を﹁霊山の開放化﹂と捉えるところに︑その特色が求められよう︒こうした分析フレームの確認も含め︑まずは本書の内容について順を追って検討していきたい︒
本論は全七章から成り︑これに﹁序﹂と﹁結﹂が付された構成となっている︒目次の詳細は︑以下の通りだ︒
序第1章 現代における修験道の位相第2章 近代における行者と講第3章 近・現代における講の変化 ︱講の衰退と修験道の﹁開放化﹂第4章 修験道にまつわる情報の流行と消費第5章 現代における大峯奥駈修行第6章 観光資源化される山岳霊場第7章 ﹁文化﹂となった山伏結参考文献あとがき
前近代より山岳信仰の場として存在してきた山であるが︑二〇世紀以降︑当地にはレジャーの場という価値が成立し︑信仰を目的としない人々の流入が恒常的となった︒そんな山の置かれた今日的な状況を︑序では﹁﹃聖﹄なる場所であった︵ある︶山に︑観光という名の世俗的な要素が流れ込んでいる状況﹂︵六頁︶と説明している︒二〇〇四年に地域の寺社などが世界 天田顕徳著
﹃ 現代修験道の宗教社会学
││ 山岳信仰の聖地﹁吉野・熊野﹂の 観光化と文化資源化 ││﹄
岩田書院 二〇一九年九月刊A5判 二二七頁 四八〇〇円+税
大 道 晴 香 ﹁現代修験道﹂││﹁現代﹂と﹁修験道﹂との組み合わせから成るこの語は︑単に研究対象の時代区分を示すだけにとどまらない語感を孕んでいる︒両者の結びつきが自明のものとされてこなかった状況と︑そこに切り込もうとする姿勢︑この一語にそうした著者の鋭い眼光を見て取るのは︑決して過剰な読みではあるまい︒
本書は︑修験道の聖地である吉野・熊野をフィールドに︑現代における修験道の在り方を探究しようとするものである︒二〇一七年に提出された博士学位請求論文に加筆・修正を施して上梓された本書は︑多彩な文献資料に加え︑大峯奥駈修行の全行程を歩いた著者の︑多年にわたる実地調査の成果に基づいて執筆された労作であり︑分析には︑修行の場に身を投じた者でしか提示できないだろう観点が多分に含まれている︒対象へのまなざしについて概括しておけば︑現代の修験道を﹁明治維新以来の大転換期﹂にあるとみなしたうえで︑そこに生じた変化
験道の変化を表すキーワードとして本書が掲げる﹁霊山の開放化﹂である︒﹁文化財化・文化遺産化の促進﹂は︑ツーリズムと結びつきながら一般民衆を霊山へと誘い︑﹁より大勢の人々に対し︑霊山を﹃開く﹄﹂︵二五頁︶と共に︑﹁霊山を訪れる人々の動機や目的を﹃宗教的な文脈﹄から開放﹂︵二七頁︶したと考えられている︒一連の動向を本書は﹁霊山の開放化﹂の語で措定し︑これが修験道や霊山に与えた影響を考察していく︒
以上のような骨子を踏まえたうえで︑本格的な分析に入るのが第2章以降である︒﹁担い手の変容﹂を扱う第2章から第5章では︑行者と講の様相から︑近代以降の修験道の動きを追っていく︒その起点として︑明治・大正期の行者と講の動向に着目するのが第2章である︒神仏判然令と修験道廃止令によって︑社会制度としての地位を失った修験道にとって︑明治期は受難の時代であった︒しかし︑こうした近代の﹁断絶期﹂においても行者と講の活動が継続していたことを︑明治期に活躍した行者である林実利の活動と︑旧当山派・醍醐三宝院の機関誌﹃神變﹄で展開された︑修験教団復興を志す教学者たちの議論から明らかにしている︒
本章が浮上させるのは︑修験道の復興に関わる﹁行者の再生産﹂の機能を果たした講の存在と︑﹁参籠・山岳抖櫢型﹂を理想に掲げた教学信仰の在り方であり︑両者には︑山岳修行の﹁実践﹂重視という共通点が見られたと指摘される︒なお︑﹁中央本山が解体させられ︑儀礼の次第や法具の使用法を組織的に伝承する媒体を失った修験道・修験者にとって︑同誌が︑それらを伝える重要な媒体となった﹂︵三八頁︶との指摘は︑出版・ 遺産﹁紀伊山地の霊場と参詣道﹂の一部となった吉野と熊野では︑この傾向が顕著に見られ︑行者や山伏と呼称される修験道の担い手たちが観光の対象となってきたという︒行者たちの宗教実践自体も現代社会において行われているように︑今日の修験道が現代の文脈の中に存在していることを︑序では確認する︒ こうした理解を読者と共有したうえで︑本論の冒頭に当たる第1章では︑宗教学の領域における修験道研究史の整理が行われ︑問題意識と学術的な背景の明示が図られている︒本書が基礎を置くのは︑鈴木正崇の提示した日本の山岳信仰の現状に対する﹁神仏分離以来の大転換期﹂との認識であり︑ここには︑①少子・高齢化などによる担い手の減少と︑②文化財化・文化遺産化の進展に伴う︑﹁信仰﹂から﹁伝統文化﹂への読み替えと保存の企図という︑修験道を含む山岳信仰をめぐる二つの動向が想定されている︒こうした現状認識が示されているにも拘らず︑修験道研究全体で見た場合︑大半を占めるのは前近代を対象とした研究であって︑現代を対象とする研究は極めて少ない︒こうした研究状況を念頭に︑本書は﹁大転換期﹂の中にあるとされる現代修験道について︑その変化の諸相を宗教社会学的アプローチによって把握することを目指す︒
変化の内実を捉えるにあたっては︑前掲の現状認識を下敷きに︑二つの局面に着目するとされる︒一つは︑修験道の担い手である﹁行者﹂と︑彼らの活動を支えた﹁講﹂を対象とした﹁担い手の変容﹂︒そして︑もう一つが修験道に見る﹁文化財化・文化遺産化の促進﹂で︑この流れの中で進行するのが︑修
報ブーム﹂の契機や表象のされ方について︑戦後の修験道研究者たちの証言と時代状況を手掛かりに論じている︒転機となったのは︑一九七〇年代後半の﹁精神世界への注目の高まり﹂と︑九〇年代の﹁文化財行政の推進による修験道の文化・遺産化と観光化﹂だったといい︑とりわけ︑後者の打ち出した観光的な価値が修験道情報の主要な消費価値である可能性が高いと推測されている︒観光的な価値が日常との落差より生ずる点に鑑みれば︑日常的なリアリティの減退とイメージの増大とは相関を成すと見てよかろう︒講や修験道の直接経験に基づく知識が希薄化すればするほど︑むしろイメージの自由度は高まり︑担われる意味は増殖して豊潤になっていくと言えるかもしれない︒
第5章からは︑著者のフィールドワークの成果に基づいて議論が展開される︒そこで報告される事例は︑いずれも修験道の現状を具に映した極めて貴重なものだ︒
第5章では︑今日の大峯奥駈修行を例に︑修験道の質的変化の一端を指摘している︒参加する行者の傾向から判断するに︑昨今の奥駈修行は︑かつての地縁・血縁に支えられる講から︑修行の中で育まれた共同性であるところの﹁修行縁﹂へと﹁緩やかに開かれている﹂状況にあるという︒また︑里での宗教活動を前提とした﹁験力の獲得﹂が参加動機の一つに後退し︑個人的な思いや動機に裏打ちされるようになった結果︑大峯奥駈修行は﹁個人化した修行﹂へと構造上変化したとされる︒論中でも強調されているように︑本章の特長は︑山岳修行の変化を﹁修行体験﹂や︑文化財行政ないしメディア上の表象から論じ 印刷メディアに媒介された近代宗教の探究にとっても示唆的だと言えよう︒
さらに﹁担い手﹂を講に絞り︑近代以降における変化を各種統計データから通時的に跡付けているのが︑第3章だ︒使用されているのは︑宮家準﹃修験道組織の研究﹄︑文化庁編﹃日本民俗地図﹄︑天川村商工会小規模事業対策特別推進委員会﹁行者講社の当村利用の実態アンケート調査﹂のデータで︑吉野では巨大な講が維持される一方︑全国に広がっていた講の分布は一九七〇年代までに近畿一円へと縮小し︑八〇年代にかけて衰退傾向と格差の拡大が顕著になったという︒また︑八〇年代から現在までの様子についても︑新聞記事の語りを通じた分析がなされ︑人々の日常生活から講のリアリティが失われていくのに伴い︑講は﹁文化﹂として客体化されるに至ったとの道筋が示されている︒
第1章から第5章が﹁担い手の変容﹂︑第6章・第7章が﹁文化財化・文化遺産化の促進﹂に対応したパートとされているものの︑二つが﹁同時進行する﹂と述べられるように︑﹁担い手の変容﹂を論じる中には既に﹁文化財化・文化遺産化の促進﹂をめぐる議論が立ち上がり︑後半への橋渡しの役を果たしている︒﹁文化としての客体化﹂の視点を得て︑第4章では︑客体化された修験道に成立するイメージや価値付けといった表象面にスポットが当てられている︒修験道の場合にも︑かつての﹁ごろつき﹂﹁胡散臭さ﹂から﹁日本の誇るべき文化﹂へと表象上の転換が生じたという︒それがあくまで教団の趨勢に直結しない︑表象上の変化であると断りながら︑本章では﹁修験道情
文脈﹂を超えての開放となっている︒この取り組みは︑地域外部の﹁観光客﹂だけでなく︑地域内部におけるアイデンティティの形成も視野に入れたもので︑﹁新たな絵解き図﹂の作成にはアカデミズムと行政︑観光振興団体など非常に多くのアクターが関わっている︒﹁絵解き﹂の語りについて︑それが具体的にどのような場面の中に埋め込まれ︑利用する﹁観光客﹂がどのような人々なのかは︑さらに知りたいところだ︒
第7章では︑熊野速玉大社の摂社である神倉神社の﹁お燈祭﹂を取り上げ︑﹁山伏行列﹂に対する主体ごとの認識の差異を手掛かりに︑文化の資源化・客体化の中で変化する修験道・修験者の在り様を論じている︒山伏行列を︑﹁見えない世界のもの﹂から祈願者や祭りを﹁外護﹂する重要な宗教活動と認識する修験者自身の理解に対し︑﹁地域の人々﹂はそれを世界遺産登録と関連して始まった﹁本祭りの余興﹂と認識していたという︒祭を﹁文化財﹂と価値付ける主体によって︑山伏行列は﹁祭りの伝統や真正性を示す活動﹂と評価されており︑図らずも文化の資源化・客体化に動員されることで︑修験者は地域社会の中で再び社会的認知を得るに至ったと考察されている︒ただし︑﹁ネガティブなものからポジティブなものへと評価を換えた地域社会における彼らの位置づけ﹂︵二〇六頁︶に関して言えば︑﹁キチガイ﹂﹁喧嘩も売られてた﹂というかつての評価と比べれば確かにそうではあるのだが︑本書で例示された︑山伏行列を﹁世界遺産登録﹂に起因する﹁最近のもの﹂と語った三名の﹁地元の声﹂を見る限り︑﹁ポジティブ﹂とまではいかない評価のようにも思われる︒こうした評価は主体と祭との関 てきた従来の研究とは違い︑そうした二次的現象の核となる修験道の伝統的な宗教実践そのものの変化に切り込んでいる点であろう︒山岳修行の現代的な変化を論じるにあたって︑この局面の探究を欠かすことは出来ない︒
本章で扱われているのは︑奥駈道を全踏破する東南院の奥駈修行である︒往復はがきを使用した申し込み方法や入行までのプロセス︑配布書類︑修行の行程︑参加費用︑携行品など︑その一つ一つが資料性の高い記述となっている︒特に携行品に関して言えば︑近代的な登山グッズに対して行者たちが﹁宗教的な語り﹂や﹁意味﹂を付与する場面は︑実に興味深い︒修行中のその他のやり取りも含め︑実際に身を置かねば決して得られない知見だと言えよう︒
そして︑修験道の現場における﹁文化資源化﹂﹁観光化﹂の展開に迫るのが︑第6章・第7章である︒第6章では︑吉野と並ぶ修験道の聖地である熊野に舞台を移し︑﹁熊野比丘尼﹂を活用した観光PR活動を例に︑修験道の観光資源化に立脚した﹁霊場の開放化﹂を明らかにしている︒昭和初期に景勝地として観光的な価値を獲得した当地では︑一九八一年の﹁日本三古道﹂と二〇〇四年の世界遺産への登録による文化財化・文化遺産化を経て︑信仰にまつわる事物が観光資源とみなされるようになった︒この流れの中で︑熊野比丘尼の﹁絵解き﹂を模した︑現地の観光ガイドの会メンバーによる観光案内が実施されるようになった︒かつて貴族から庶民への﹁霊場の開放化﹂を担った熊野比丘尼だが︑現代の文脈での﹁比丘尼﹂が果たす﹁開放﹂は︑﹁宗教の文脈﹂の枠内での開放ではなく︑﹁宗教の
いう特性を持つ観光現象は︑表象を媒介するメディアの存在無しには成立しえない現象である︒これは︑対象を客体化したうえで﹁文化﹂の価値を付与する﹁文化資源化﹂の場合も同様だ︒本書では︑﹁文化資源化﹂の延長線上に﹁観光化﹂が発生していたが︑価値についての表象行為である﹁文化資源化﹂が﹁観光化﹂に結びつくのは︑自然な成り行きだっただろう︒
なお︑観光現象が﹁非日常性﹂や﹁他者性﹂を消費対象とする点に鑑みれば︑﹁文化﹂として客体化される以前に︑行者や講の日常的なリアリティの低下に伴う﹁物珍しさ﹂や﹁奇異性﹂の発生︑また︑修験道がそもそも有する宗教性によって︑修験道には観光的な価値の素地が成立していた可能性が指摘される︒この点を踏まえた場合︑﹁文化資源化﹂は修験道の﹁非日常性﹂に公的なお墨付きを与えて消費可能にする役割︑もっと言えば︑﹁日本﹂﹁文化﹂﹁民俗﹂﹁伝統﹂などの非宗教的な消費価値の保証をつけ︑近現代のパラダイムである合理や科学との対立を回避することで︑宗教文化に由来する﹁非日常性﹂の安全な消費を可能にする機能を果たした︑と理解することもできるかもしれない︒文化資源・観光資源の中における修験道︑ひいては宗教文化のオリジナリティは十分に宗教学の問いとなり得よう︒
こうした﹁文化﹂と﹁観光﹂の表象に関わる議論は主に第3章・第4章でなされており︑第5章・第6章・第7章ではさらに踏み込み︑それらが基盤となる地域を含む修験道の現場にもたらした変化を検証している︒なかでも︑複数のアクターのもとに﹁新たな絵解き図﹂や現代版﹁熊野比丘尼﹂﹁絵解き﹂が 係性で異なってくるため︑﹁地元の声﹂﹁地域の人々﹂と括られている主体の立ち位置は気になるところである︒
そして︑全七章の各論を総括した結では︑講の先細りを背景に︑教団がツーリズムや文化財化・文化遺産化という﹁修験道の﹃開放化﹄﹂を巧みに利用して﹁行者でもなく講とも関わりを持たない人々に﹃修験道﹄をアピールしている﹂︵二一三頁︶こと︑他方で﹁ツーリズムを伴う文化財化・文化遺産化の進展は︑原理的には︑宗教としての修験道の自律性を根本から掘り崩すものであるとみることもできる﹂︵二一四頁︶ことを指摘する︒そのうえで︑﹁現代における修験道の開放化は︑宗教としての修験道の自律性を﹃掘り崩す﹄作用と﹃﹁理解﹂を広げる﹄作用という︑一見すると相反するようにも見える2つの作用を同時に引き起こしている﹂︵二一四頁︶との見方を提示している︒
本書には︑メディアと表象に媒介された近現代社会の中の宗教︑すなわち︑時空間の束縛を伴うローカルな文脈からの切り離しと開放/再文脈化を志向する︑﹁脱埋め込み﹂と呼ばれるような近現代のダイナミズムの中に息づく宗教文化の姿が︑ありありと映し出されている︒修験道研究における意義は言うまでもなく︑この点でも本書の探究は非常に高い価値を有するものと言えよう︒﹁霊山の開放化﹂とは︑まさに近代的システムとしての﹁脱埋め込み﹂を体現した現象だと解される︒
﹁霊山の開放化﹂をもたらした﹁観光化﹂と﹁文化資源化﹂は︑いずれも極めてメディア的な現象である︒行くに値する価値を特定の空間に表象として付与し︑現地で表象を消費すると
加えて︑﹁観光﹂の単語で括られているものの中にも︑細分化された個々の文脈が存在していると思われる︒本書が参照する原谷論文の場合も︑修験道の表象動向を論じるにあたっては︑おおまかなジャンル区分での動向分析にとどまっていた 1︒細部に着目し出せば切りがない︒とは言え︑観光が市場経済と不可分な現象であることを考えると︑内部のトレンドや︑どこに向けて発信された情報なのかという﹁想定される受容者層﹂には︑気を配らざるを得ないだろう︒﹁語り﹂﹁語られ方﹂を明らかにすると述べられている以上︑個々のテクストが配置されている媒体や文脈の性質を含め︑量的な調査や単語レベルの分析では捉えられない質的な部分が︑個人的には気になってしまう︒
表象の在り様が教団に直接的な影響を及ぼすわけではないとの指摘を踏まえれば︑﹁文化資源化﹂や﹁観光化﹂を通時的に跡付けるのに︑表象の内実に深く立ち入った分析は必要ないと思われるかもしれない︒だが︑表象の在り様は表象を行う主体の問題︑すなわち︑表象を介して間接的/直接的に修験道に参与する広義の﹁担い手﹂の問題に直結する︒
本書が明らかにした﹁霊山の開放化﹂の様相が物語るように︑近現代社会の﹁脱埋め込み﹂を経験した文化事象に特徴的なのは︑コミットする人間の拡大である︒表象を介した﹁コミット﹂には︑大きく二つのパターンが想定される︒一つは︑表象の形成を通じた事象への参与で︑これは修験道を語る主体の拡大を意味している︒各種メディアの普及によって誰でも容易に情報発信が可能となった昨今︑その傾向は顕著だ︒第5章に 成立している様子を描き出し︑現場の複層的かつ動的な在り方を浮き彫りにした第6章は︑非常に示唆に富む︒ただし︑無いものねだりを承知で言えば︑﹁文化﹂や﹁観光﹂の文脈に成立する修験道表象に関しては︑﹁単語﹂への着目をベースとした計量的な観点からマクロな動向が丹念に追われる一方で︑価値形成の内実に迫る︑個々のテクストの構造的分析がやや少ない印象であった︒
講や修験者が﹁文化﹂﹁観光﹂として語られていることは︑第3章・第4章の分析から確かに分かるのであるが︑①対象の選択/捨象︑②再文脈化による意味の創出という表象行為の特性に即して︑一体いかなる操作がなされているのかを個人的にはもっと知りたいと思ってしまった︒①については︑特に現場を知る者の目で見た時に︑ある特徴が強調される背後で一体どこが捨象もしくは隠蔽されていると判断されるのだろうか︒著者だからこそなせる分析が期待される︒
さらに︑②について例を挙げれば︑修験道が﹁文化﹂として語られる際︑その価値の源泉をどこに求めるかには︑﹁日本の﹂﹁地域の﹂﹁精神﹂﹁伝統﹂﹁歴史﹂﹁昔﹂といった幾つかの戦略が観取されよう︒第6章の熊野比丘尼研究に先導された﹁文化財化﹂が示すように︑ここには権威的な意味の生産主体としてアカデミズムの関与が窺われる︒この点で︑他日を期すとされた︑戦後の修験道研究の動向と世間的認知との関係は探究に値しよう︒また︑﹁吉野/熊野﹂﹁大峯﹂﹁奈良﹂﹁和歌山﹂といった﹁文化﹂の基盤となる空間的アイデンティティの所在なども︑表象の戦略性を考えるうえでは注視される︒
て修験道研究の領域に新たな地平が切り開かれた︒著者にしかできない研究の存在とそれが持ち得る可能性を︑本書は存分に物語るものと言えよう︒
注︵1︶ 原谷桜﹁現代の修験道をめぐる表象の動向││新聞記事と雑誌を対象に﹂︵﹃山岳修験﹄第四六号︑二〇一〇年︶︒ あった﹁YouTube﹂に見る﹁修験道とは何の関わりも持たない一般人により撮影され︑全世界に配信されるという現象﹂︵一一九頁︶は︑典型例と言えよう︒こうして脱文脈的に修験道の間接的な﹁担い手﹂が拡大している状況では︑必然的に︑対象を語る主体の立ち位置が重要となる︒修験道とどのような関係性にある者が︑どの立場から誰に対して事象を語り︑いかなる意味や価値を付与しているのか︒細部に入った表象の構造的な分析の必要性は︑ここに立ち上がってくる︒
もう一つの﹁コミット﹂に当たる︑表象の受容に伴う現場への直接的な参与に関しても︑同様のことが言える︒第5章から第7章に登場した﹁観光客﹂﹁ツーリスト﹂﹁地域の人々﹂﹁地元﹂と括られる現地での参与者について︑その内部に存在する主体の修験道や祭に対する立ち位置の違いを捉えるにあたっても︑表象分析が効力を発揮するのは間違いない︒とは言え︑表象より浮かび上がる﹁観光客﹂の姿は︑あくまで想定されるモデルとしての﹁観光客﹂である︒﹁︵評者注ガイドの会メンバーによる﹁絵解き﹂の︶こうした語りは︑それを聞く人々︑すなわち﹁ツーリスト﹂に対して︑宗教文化に関する関心や︑ひいては宗教そのものに対する関心を生むという可能性も無いとは言えない﹂︵一七五頁︶のは確かであるものの︑この﹁ツーリスト﹂で対象化されている人々の実態に目を向ければ︑目的意識や関心の部分において﹁信仰﹂と﹁観光﹂とが両立しているケースは少なくないだろう︒﹁観光客﹂や﹁地元﹂に焦点を当てた︑フィールドでのさらなる調査に期待が高まる︒
著者の﹁ことはじめ﹂の語で宣言されるように︑本書をもっ