〈
研 究
ノー ト〉ア
ユタ
ヤ
ー期
後
期
か
ら
バ ン コク
期 初 期
に
書
か
れ た
絵
入
り折
本
紙 写 本
の
解 読
ク メ ー ル
文
字
パ ー リ語 表 記
の仏
典
写
本
を中
心
に して 一田 辺 和 子
1
.ク メ
ール 文 字
パ ーリ語 表
記
折
本
紙 写 本
縁
を得
て, ラ ーマ1
世(
1782
〜 】809
)
ゆ か りの トン ブ リ ーの 王室 寺 院ワ ッ ト ・ラチ ャ シ ッ タ ラム の 貝葉 写 本 開 封 を垣 間見せ て も らっ た時に,先 ず 感 じ た こ とは, ク メ ール文 字パ ー リ語で 書かれ た ,膨大
な量の ア ビダン マ 七論
の 写 本が残 っ て い る とい うこ とで あっ た。 そ れ にitipisobhagava
で は じ まる仏
功 徳 の説明 のMahabuddhagupava
叩 ana な ど,余 り知 られて い ない仏典
写本が保 存
され て い るこ とに気づ い た。 そ れ らは,以前
に別
の寺 院
で 見せ て もらっ てい た , アユ タヤ ー後期 (
1740
〜1768
)
, トン ブ リ ー期(
〜1782
)
,バ ン コ ク 期 初 期(
〜1851
)
の 折本 紙写本に も書 写されて い る事 と思い 合わ せ て , 上 座 仏 教で は ア ビダン マ 七論 や 仏 功 徳が 重 視 されて い た こ とを示す証
で あ ろ う と 思わ れた。タイ 中 部 地 域に保 存さ れて い る仏 典 写本 に は , ヤ シ の 木の
葉
を乾
燥させ た 貝葉写本
とサ ム ッ トコ ー イ と呼
ばれ る ,桑 科
の木
か ら作
られ た折
り本の紙写
本の二 種 類が見 られ る。 貝葉写本に 関し て は,16
世 紀 頃か ら20
世 紀 初 頭 ま で に クメール 文字
パ ー リ語表
記お よ び ク メ ール 文 字 タ イ 語 表 記の もの が , ア ユ タヤ ー, トン ブ リー,バ ン コ ク等の寺
院で大 量に作 成さ れ た と考え られ る が, ア ユ タヤ ーは町 全 体が焼 失 し た た めア ユ タヤー に残さ れた写本
は皆無
に 近い 上, 今 日に至る まで タイ国 立図書館
所蔵
貝葉写本
は広 く公開
さ れ る こ と74 パ ーリ学 仏 教 文 化 学 な く, ま たバ ン コ ク及 びその周辺 の
寺 院所
蔵貝
葉
写本
も外部
に出
され る事
な く各 寺 院の 奥 深 く秘 蔵 さ れ て い たの で , タ イ 中部地 域の 貝葉
写本
群の 実情
は, 殆 ど知 られ る事が なかっ た。 従っ て これ らの ク メ ール 文 字パ ー リ語 表 記 及 びクメ ール 文 字タイ 語 表 記の 写 本 群が公 開さ れ る よ うにな る と, 今まで知 られ てい な かっ た タ イの アユ タヤ ー期後期
か らバ ン コ ク期 初期
の仏教教
理 や 仏 教 信 仰の実態 が 明 らか に さ れ る事 と思 わ れ る。ま た, 折 本 紙写
本
は コ ー イ(
桑 科)
とい う木の中
の樹皮
か ら取られ た手 製 の 紙か ら作 られて い る。 樹皮
の 中の 湿 っ た ど ろ どろ し た もの を長 く広 く切れ 切れ に して 型 枠 の 中に広 げて 太 陽で 乾かす。 重い 紙 片 は後で 縦に端 と端 とを つ な い で長
い本
を作
る た め に張
り付
け ら れ る。 その本
は,長 方形
の 型に ア コ ー デ ィ オ ン風 に折 り曲 げられ る。 こ れ は,折 りた たみ本 と もい わ れ る。こ の
紙
は テ キス トに も絵 画
に も適 して お り, 色 の ない ものに も使わ れ る。 ま た す す や炭をっ けて 黒 く してい る場 合も ある。 黒い紙
は,装飾 的な書
き方 や絵 画に も使わ れる。[
Ginsburg
,2000
.p
.8
]表 紙
は紙を重ね て厚 くし て漆で 固め て作ら れて い る。筆 者が こ こ で 取 り上 げる 「絵入 り仏 典 折 本
紙
写本
」 は,18
世 紀 は じめ か ら19
世 紀 は じ め に か けて 作 製 さ れ た, 両 脇 に 絵が描か れ, 中 央 に は経 典が クメ ール文字
パ ー リ語 表記
あ るい は クメール文字
タ イ語表 記
で書
写 さ れ,幾
重 に も折 りた た ま れ て裏表両面
に書
か れ て本 に な っ て い るもの で あ る。 こ れ らは, タイ中部地域で 死者の 供 養の た めの 施 本, あ るい は 法要 時の施 本 とし て 作 製された もの で, 寺院
に奉 納 された もの で ある。 死者
の 供養
の た め に作
製さ れた もの で あ る か らこ の 「絵入 り仏 典 折 本 紙 写 本」 の 全 容が わ か れ ば, 当 時の 人々 の 死 後の 救い となる経 典が どの よ う な経 典で あ っ た か , 人々 が ど の よ う な経 典
にす が っ て い た か,当時
の 上座 仏教 信
仰が どの よ うな様
子 で あっ た か な どを 知 る大き な 手 が か り とな る と思 わ れ る。 こ れ らの 写本
の 美 術 的文 化的価 値 を認め る人々 の手 に よっ て, その多
くは海 外に流
出し,価 値 の高
い と思わ れ る もの は,現在
欧 米の博物館
に収 納 され てい る。 これ らの写本
は散 逸 し て し ま っ て タイ に現 存 する もの は少ない が ,ansburg
が紹 介 して いアユ タヤー期 後 期か らバ ン コ ク期 初 期に書か れ た絵 入 り折 本 紙写本の 解 読
75
る こ の 欧米 博 物 館所 蔵の折 本 紙 写本 と筆 者が撮 影 許 可 さ れ た タ イ寺 院所 蔵の 折 本 紙 写 本を中心 に解 読 を試み た。2
. アユタ
ヤ
ー期
か らバ ン コク
期
最
初 期
の 「絵
入 り
仏 典折 本紙
写
本
」タ イに現
存
して い る 「絵
入 り仏典
折本紙
写本
」 は余
り多
くない 。特
に アユ タ ヤ ー期の もの は極 くわずか で ある。筆者
が撮 影を許可
さ れ た折本紙
写本
の中
で 明ら かに アユ タヤー期 と さ れ るもの は,バ ン コ ク ,バ ー ン クン テ ィ ア ン区の
Wat
Hav
Krah
Peu
所 蔵の もの ,ペ トブ リーのWat
Lat
所 蔵 の もの の二 本で あ る。
こ こ に, 写本が , アユ タヤ ー期 以 前の成立 か以 後の 成立 か を判 断 する材 料
となる ため に, ア ユ タヤ
ー後 期か らバ ン コ ク期 最 初 期 まで の 「絵 入 り仏
典
折本 写 本」 に つ い て 知 られて い るこ と を ま と めて お く。
(
1
)
Wat
Hav
(
STsa
)
Krab
Peu
所蔵 [
No
Na
paknam
,pp
.23
−
24
]
バ ン コ ク ,バ ー ン クン テ ィ ア ン 区形 式
ア コ ーデ ィ オ ン型 の 折
本
紙写本2 葉 1
セ ッ ト19
綴 り年代
B
.S
.2286
,C
.S
.llO5 (
1743
年 〉
長 さ62
.5cm
幅9
.8cm
厚さ4
.5cm
文
字
表 記太字 ク メール文 字, パ ー リ語 作 者 ブ ン カ ム
仏 典 の 出 典
(
brah
が 冠 され て い る もの の み写本 中
に 出典明 記 さ れて い る)
bra
祖nahabuddhagupava 脚 a順 , vinayapitaka ,dhammasahgani
,
puggalapafifiattim5tik
盃, mah 蕊
pa
#hd
血a,yamaka
,kathavatthu
,
dhEtukathA
, vibhahga,
brah
エnajalasutta
,絵 画 内 容
合 掌 神 群 (青 黒い イ ン ド ラ神,
4
つ の顔を持つ ブラフ マー
神
,合 掌
する神
々達)
, ヒマ ラ ヤ地 方の自然
,植 物
,動 物
(
獅 子
、 キ ン ナ ラ)
, ヴ ィ デ ィ ヤ76 パ ーリ学 仏 教 文 化 学
姿
)
色 彩 淡い 色 合いWat
Hav
(STsa
)K
エabPeu
所 蔵の 写 本 の バ ー ン バ ネ ー ク(
奥 付)
に , 古タイ文字
でB
.S
.2286
,C
.S
.llO5 (1743 年)
の年代
が記
され , ブン カ ム が両親
の 涅 槃を祈 念 して作 っ た と書か れてい る。 こ の年 代は, ア ユ タヤ ー時 代の美 術の 最盛期で あ る,Boromakot
王(
1735
−1758
)
の 時代 で あ る。 こ の 写 本 の 絵も 文字
も, 王 の息子
で 詩 人のChao
Fa
Dhammathibet
王子 の ス タ イ ル に近 似 し てい る。 また, バ ー ン バ ネー クの 古 タ イ文 字は ,Chao
Fa
Dhammathibet
王子 の 時代の 習 字表
の 文 字に近似
して い る。仏 典の文 字 は, 太 字クメ ール 文
字
パ ー リ語
で書か れ , ア ビダン マ 七論
とMah
亘buddhagupava
ηηap 亘が書
か れて い る。絵
は,写 本 の左右
両脇
に描
か れて お り,三部
に分
か れて い る。 第 一 に は , イ ン ドラ神
と ブ ラ フ マ ー神
を始め , 合掌神群
が描
かれ て い る. 第二 に は, ヒ マ ラ ヤ 地方の 森の 景 色, 動物
, 植 物 な どが描か れてい る。 第三 に は, ヴ ィ デ ィ ヤー ダ ラ と呼ば れ る生存の , 空 中 を飛びなが ら花を持 っ て 合 掌 讃 歎 する姿が描か れて い る[
Vathananukit
,pp
.319
−320
,Nathinee
Kla
皿phonplook
和訳]
。(
2
)
Wat
Lat
所蔵
1
ペ トブ リー形 式
ア コ ー ディ オ ン 型 の 折 本 紙写本
2
葉1
セ ッ ト10
綴 り年代
アユ タヤ ー期 と
伝承
されてい る。長
さ64cm
,幅llcm
, 厚さ3cm
文 字 表 記
手 書
き, 稚 拙な太 字ク メ ール 文 字 , パ ー リ語写
本
中央 仏典
の 出典(
brab
が冠さ れ て い る もの の み,写本
中に出 典明記)
brahmah
琶buddhag
叫 ava 草p
鋤 巨,dhammasafigani
,puggalapafifiatti
,mahap 罎
h
百na ,yamaka
,kath
且vatthu ,dhatUkatha
, vibha 血ga
,写本 両 脇の絵 画
合 掌
神群
(4 本
の腕を持
つ ナ ラヤ ナ神
,4
つ の顔
と手を
持
つ ブ ラ フマ ー神)
アユ タヤー期後期か らバ ンコ ク期 初期に書かれ た絵入 り折 木紙写本の解 読
77
無
常相 (
僧 と死体 )
色 彩
淡
い赤色
と黄
色の 色合いペ トブ リー の
Wat
・Lat
所 蔵の 写本
の 中 央 の仏
典は, 太字
ク メ ール文 字
, パ ー リ語で書か れ て お り,文 字 は手 書 きの ス タ イ ル で稚 拙 な趣 を もっ て い る。 こ こ に もア ビ ダン マ 七 論 とMah
巨buddhagupav
脚 a項 が書
か れ て い る。 絵 は, 写 本 の 左 右 両 脇 に 描か れ, 合 掌 神 群, 動 物, ア ッ タカ タ ー 中の話
, ジ ャ ー タ カ の 話, 仏 教の 無 常 相 が描か れ て い る[
Vathananukit
,pp
.195
−197
,Nathinee
Klamphonplook 和訳
]
。 これ らは, アユ タヤ ー期特 有
の赤色
と黄 色 の 色彩で描か れて い る。 柔 らか み と温み の あ る写本で ある。(
3
)
Wat
Lat
所 蔵2
ペ トブ リー形 式
ア コ ーデ ィ オ ン型の 折 本
紙
写 本2
葉1
セ ッ ト8
綴 り以上年代
バ ン コ ク期初 期 と伝承 さ れて い る。
長 さ
65cm
, 幅12
.5cm
, 厚 さ3cm
文
字表記
手
書
き ,稚 拙な 太字
ク メ ール 文字
,パ ー リ語手
書
き,稚 拙 な太字
ク メ ール 文字, タ イ語写 本 中 央 仏 典の出典
(
写本 中に出典 明 記)
brahsafigi
ηi
,brahmahapatth
互na ,brahyamaka
,brabkath
巨vatthu ,
brahdh
且tukath乱,brahvibhahga
,プ ラマ ー ライ の
部分
の クメ ール文字
タ イ語
は解 読
不能
写
本両脇
の絵
画イ ン ドラ
神
とブラフ マ ー神
ヒマ ラ ヤ地 方 の 森の 中の
自
然 ,植 物,動 物プラマ ー ライ , 物 語の 中の僧 達, 地 獄 絵
色 彩
ピ ン ク, 緑, 青, オ レ ン ジ等 多 彩な 色 彩, 背景 の 色も多彩 ブ
ル ー 系 [
VathananUkit
,pp
.195
−197
,Nathinee
Klamphonplook
和訳 ]
。ペ トブ リー の
Wat
・Lat
に現存
して い る も う一 本の絵
入 り仏 典 折 本 紙写本78 パ ーリ学 仏 教 文 化学 は, プラマ ー ライの
物語
の 写本
に ヒマ ラ ヤ 地方
の自然
が描
か れて い る。 プラ マ ー ラ イ の 絵の 部 分 の 中央は ク メ ール 文 字 タイ語で か かれて お り, さ らに絵 が 描か れずに クメ ール文 字
タ イ語
の み の 写本
が何
枚 も続い て い る。 ヒ マ ラヤ 地 方の自
然 の絵
の部 分
の 中央 に は, クメール文字
パ ー リ語の仏典
が書
かれて い る。 こ こ に は, ア ビダ ン マ が書か れて い るが, 全 て に 出 典が明 記 さ れて いる。
仏
の 功 徳 を示すMahabuddhaguim
. avaiym. apa は書
か れ て い ない 。 この 写本
はバ ン コ ク期 初 期の 作品で あ る と伝 えら れ て い る。
ア ユ タ ヤ ー期の 写
本
に は,Mah
互buddhagu
叫Lava叫箪apa の出典
は書か れ て いるが, ア ビダン マ の
出典
は書
か れ て い ない の で こ の 点が 異 な っ て い る。写
本
の 左 右 両 脇の 絵に は, ヒマ ラヤ地 方 の 森の 中の自然
,植物
と動物が美 し く描
か れて い る。色彩
は多彩
で アユ タヤ ー期の作
品 よりも豊
かな色使
い だ が ,暗い 色 調であ る。ペ トブ リー に は , プラマ ー ライ を描 く絵 入 り折 本 紙 写 本もい くつ か現 存 し て い る が , そ こ に見 られ る中 央の 仏 典は , クメ ール 文 字パ ー リ語 , クメ ール 文 字 タ イ語が混 交に書かれて い る。 プ ラマ ー ラ イの 古い とみ られ る写本に も 同様の
表 記
が認
め られ る[
畝 部
,pp
.104
−156]
。(
4
)
New
York
Pubiic
Library
所蔵1
[
Ginsburg
,fig
.33
,pp
.55
−58
]
形 式
ア コ ー ディ オ ン型の
折本紙 写
本 2 葉 1
セ ッ ト26 綴
り年 代 ア ユ タ ヤ ー期
18
世 紀 半ば長さ
61
.5cm
文字表
記太
字
クメ ール 文 字, パ ー リ語写
本
中 央 仏 典の 出 典(
brah
が冠さ れて い るもの の み ,写 本 中に 出 典明 記)
dhamInasa
血gani
,yamaka
,brahsUtra
,brahsa
血gi
ηi
, etc .写
本両脇
の絵画
ジ ャ ー タカ(
ム ー ガパ ッカ , マ ハ ージ ャ ナカ, ブ ーリ ダ ッ タ
)
, ヒ マ ラ ヤ 地 方の 森の 中の自然
植物
,動 物
(
ガ ジャ シ ン ハ 等)
色彩 オ レ ン ジ系 赤, 黄 色,背 景の 色は,赤 系又 は 白。アユ タヤー期 後期か らバ ン コ ク 期 初 期に書か れ た絵 入 り 折 本 紙 写本の 解 読
79
(
5
>
British
Library
所蔵1
[Ginsburg
,fig
.34
,pp
.59
−62
]
形式 ア コ ー デ ィ オ ン型 の 折本 紙 写 本
2
葉1
セ ッ ト28
綴 り年 代
アユ タ ヤー期又 は トン ブ リー期,
18
世 紀 後 半長
さ62cm
文字表記
太
字
クメール 文字
,パ ー リ語写
本
中央仏
典の 出典(
出典
明 記 な し)
yamaka , etc. 写本 両 脇の 絵 画 ジ ャ ー タ カ (ヴ ィ ドラパ ン デ ィ タ、 ヴ ェ ッ サ ン タラ
)
、 ヒ マ ラ ヤ 地 方の 森の 中の 自然
植 物(
人 の なる木
)
, 動物 (
キ ン ナ ラ等)
色 彩
色 彩 多 彩, 背 景の 色は, ブル ー系 。
(
6
>
British
凵brary
所
蔵2
[
Ginsburg
,fig
,35
,pp
.63
−
64
]
式代
形年
長さ 文 字 表 記 写本 中
央仏典
の出典 (
brah
が冠
さ れて い る もの の み,写本 中
に出典
明記 )
bra1
即 ahabuddhagu 口ava 脚 ap亘,puggalapafifiatti
,kathavatthu
, etc.写
本
両脇
の絵画
ジ ャ ー タ カ(
ブー リダ ッ タ , チ ャ ン ダクマ ー ラ)
,僧侶
と在 家信
者 色 彩色 彩 多 彩, 背 景の 色は, ブル ー系 。 ア コ ー ディ オ ン型 の
折
本 紙写本 2 葉 1
セ ッ ト30
綴 り アユ タヤ ー期又 は トン ブ リー期,18
世紀
後 半 最 後 尾 に1825
年にColl
CriHbrd
に よっ て東イ ン ド会 社に与え ら れ, さ らにBritish
Library
に寄 進さ れ た と書か れて い る。60cm
太 字
クメール 文 字, パ ー リ語(
7
)
Bodleian
Iibrary
,Oxford
[
Ginsburg
,fig
.36
,pp
.65
−
71
]
形 式
アコ ー ディ オ ン 型 の折 本 紙 写
本 2 葉 1 組
セ ッ ト40 綴
り
80
パ ーリ学 仏 教文 化学 長さ66
.5cm
文字表記
太
字
クメール 文字
, パ ー リ語,太 字 クメール
文字
タ イ語 少々 。写 本 中央 仏 典の 出典
(
brah
,bra
が冠 されて い る もの の み写 本 中に出 典明 記
)
brahnlahabuddhagu
珮 vaロpapa
,無常
偈, 三十三天で の説 法に関 する経 典,brahsahassapeyya
,braya
皿 aka , mah5patth5na , etc.写 本 両 脇の 絵 画
仏 伝
(
双 神変
, 三 十三 天で の 説 法,出家
, 中道,降
魔 成 道,悟 後の布
施,誕生 ,四門 出遊)
, ヴ ェ ッ サ ン タ ラ ジ ャ ー タ カ。色 彩 色 彩 多 彩, 背 景の 色は, 赤, 黄,オ レ ン ジ , ブルー系。
(
8
)
Chester
Beattry
Library
所 蔵1
[Ginsburg
,fig
.37
,pp
,72
−73
]
Dublin
形 式
ア コ ー デ ィ オ ン 型の折本紙写
本 2 葉 1
セ ッ ト30 綴
り 年 代 奥 付に1780
年10
月に書か れ た と さ れ る。 トン ブ リー期。 長 さ62cm
文 字表
記太 字 クメール 文 字, パ ー リ語 , 太字 ク メール 文 字 声調 が加え られ てい る タイ語 少々。 写
本 中
央 仏 典の出典 (
bra
が冠 されて 出典 明 記)
bradhammathfinasUtra
,brasahginisahkhepa
,bravibha
血gasahkhgpa
, etc.写本 両脇 の
絵
画ジ ャ ー タカ
(
マ ハ ージ ャ ナカ, サーマ ,ニ ミ)
色彩色彩 黄色 ,
赤
色 系,背景
の 色 は ,黄
, ピ ン ク, 明るい 色。(
9
)
Chester
Beattry
Library
所 蔵2
[Ginsburg
,fig
.40
,pp
.78
−79
]
Dublin
形 式 ア コ ーデ ィ オ ン型 の 折 本 紙 写 本
2
葉1
セ ッ ト24
綴 り年代 奥付
に1797 年
に書
かれ た と さ れ る。アユ タ ヤー期 後 期か らバ ン コ ク期 初 期に書かれ た絵入 り折 本 紙写本の解 読
81
文 字 表 記 細 字 ク メ ール 文字,パ ー リ語,
細 字 ク メ ール 文 字 声 調が加 え られて い るタ イ語
少
々。写 本 中央 仏 典の 出典
(
出 典 明 記の もの に は,bra
が冠 さ れ てい る)
bravibhaflga
,bradhAtUkatha
,brapuggalapa
五fiatti
, etc.写
本両脇
の絵画
ジャ ー タカ(
マ ハ ージ ャ ナ カ, サ ー マ)
, プ ラマ ーライの
話
。 色 彩色 彩
暗
色系多
彩,背景
の色は, ダー クブル ー,暗色 系
紫
。Hono
【uluAcademy
ofArt
所 蔵[
Ginsburg
,41
,pp
.79
−81
]
形 式 ア コ ーデ ィ オ ン 型の 折 本 紙 写 本
2
葉1
セ ッ ト26
綴 り年
代奥
付
に1813 年
に書か れ た と される。 長さ66cm
文 字表記
細 字 クメール 文字,パ ー リ語。 タイ文字 タイ語で 出 典が書 か れてい る。 写本 中央 仏 典の出典
bra
りvibha 亘ga
,brahkath
匪vatthu, etc.
写 本 両脇 の 絵 画
ジャ ー タカ
(
マ ハ ー ジ ャ ナ カ , ブ ー リ ダッ タ)
, プ ラマ ー ラ イの 話。色 彩
色
彩
暗色 系 多 彩, 背 景の 色は, ダ ー クプル ー , 暗 色 系 紫(
11
)Chester
Beattry
Library
所 蔵3
[
Ginsburg
,fig
.43
,pp
.83
−84
]Dublin
形 式
ア コ ーディ オ ン 型の 折 本 紙 写 本
2
葉
1
セ ッ ト14
綴 り年代
18
世 紀 後 半 長さ615cm
文 字 表記
太 字 ク メ ール 文 字, パ ー リ語
写本 中央仏典
の出典 (
brah
を冠
す る もの の み写本 中
に出典
明記
)
dhatUkatha
,puggarapafifiatti
,brabsahassaneyya
,三帰依
文,82
パ ーリ学 仏 教 文 化学mah 亘
buddhag
田 avappa 項 , etc.写 本 両 脇の 絵 画
全 場 面
vessantar勾
巨taka色彩
淡い 色 合い 多 彩。 背景 は赤 色 系,及 び淡 色 系。
(
12
British
Library
所蔵
3
[
Ginsburg
,fig
.48
,p
.90
]
Oriental
Office
Collections
形 式
ア コ ー デ ィ オ ン型の 折本 紙写
本 2
葉1
セ ッ ト18
綴 り年 代
18
世紀 後半 (
Ginsburg
は,1760
〜1780
と し て い る)
長
さ62cm
幅 11cm
文
字表
記太字
クメ ール文字
, パ ー リ語
写 本 中 央 仏 典
の 出典 (写本 中に 出典明記)
bra
皿 ah亘buddhagupavap
ηaη且, etc.写 本 両 脇
の 絵 画合 掌神 群
,森の中
の動物
, 人間
, 小 鳥, 自然色彩
緑
オ レ ン ジ,黄 色, レ ン ガ 色 , ピン ク等
。背景
の 色は, 明 るい 色。
3
. 「絵
入 り仏
典折
本 紙 写 本
」 の新 古判 断
の試
み上 記 紹 介
の い くつ かの写本
を比較検討
して 新古
の 判 断を試み て ま とめ る と 次の ように な る。1
.紙 写 本の 大きさ か らみ る と, ア ユ タヤー 期 の もの は, サ イ ズが小 さい 。2
.文字表
記か らみ る と, ア ユ タヤ ー期の折本紙写本
の仏典
は , 太字
ク メ ール 文 字パ ー リ語の みで 書か れ , ア ビ ダ ン マ が
書
か れ る場 合 に も仏 典の 初めの 部 分 の み で な く, 長 く書 写 され て い る の を特 徴 と して い る。 ア ビダ
ン マ に
関
して は, ア ユ タ ヤ ー期の 折 本紙 写
本に は ,Vibhahga
で あ るか,KathEvatthu
で あるかの 出 典が書か れずに た だ 長 く書 写 さ れ る事
が多
い 。3
. 太字
クメール 文字
パ ー リ語で 仏 典が書か れ た後に, ほ ん の わず
かで あるが クメ ール
文 字
タイ語が書
か れ る よ うに な る(
例
えば, 「以 上 終 了 」 の意
味
の タ イ語 等 )の は, ア ユ タヤー期 と トン ブリー期 との 間 ぐ らい か らで はアユ タ ヤー期後期 か らバ ン コ ク 期初期 に書か れ た絵入 り折本 紙 写 本の解 読
83
ない か と思 わ れ る。また, こ の 頃 に は, クメ ール 文 字に
声
調 を加 えて タ イ語で 書か れ る言 葉 が 入 る よ うに な る。4
.仏の功徳を讃 えて説 明 して い る仏典brah
皿 ah且buddhagupavaqpa
啅 は,バ ン コ ク期に な ると余 り書か れ な くなる 。 バ ン コ ク期 に な る と, プラマ ー ラ イの 話(
超
能 力 を具 えた僧
が天界 と地獄 をめ ぐ り,つ い に未 来 仏 弥 勒に 会い , ヴェ ッ サ ン タ ラ ジ ャ ー タカ を読 誦せ よ とい う教 え を聞 く話
)
の 折 本 紙 写本
が 多 く な り, そ こ に は,brabmahabuddhagUnava
ロn
. apa が書
写さ れ な く な るか ら と考え ら れ る。 プラマ ー ラ イ の話
の 折 本 紙 写 本 は, クメ ール 文字
,パ ー リ語
と クメール文字声
調の入 る タ イ語
の混交
で書写
さ れて い る。5
仏
典
が細字
クメ ール 文字
パ ー リ語で書
か れ るよ うに な るの は, バ ン コ ク 期に なっ てか らの よ うに思 わ れ る。 ラマ ニ 世 の時代
に な る と,仏 典の 出典 が 細字
タ イ文字
タ イ語で書か れ る場 合 も ある。6
写
本左右
両脇
の 絵 画にっ い て は, ジャ ータカ , 仏 伝(
タイ写本 で は稀)
, 仏 弟 子の 生涯, 無 常相, ヒ マ ラ ヤ の 森の 自然, プ ラマ ー ライ の話 な どが 描 か れて い る が , ヒマ ラ ヤ の 森の 中の 想像 の樹 木で あ る, 人の なる木や, 想像
上の動物
で ある, キ ン ナ ラ や象獅 子
は, バ ン コ ク期
以降
に は描
か れ な く な る。7
.絵画
の色彩 につ い て は, アユ タヤ ー期の 古 くは,淡い オ レ ン ジ系 , 赤, 黄で描
かれ背
景は赤 色 系の 明 るい 色で描か れ, アユ タヤ ー期か ら トン ブリー期 に な る と多 色に な るが , 背 景 の 色が ブル ー系に変わ る . バ ン コ ク 期に な る と, 背 景が ダー ク ブル ー に 変わ る
傾
向が見 ら れ る[
Ginsburg
,p
.79 ]
Q4
. 「仏
伝
図 入 り仏
典
折
本
紙 写 本 解 読
」例
Bodleian
Library
所 蔵四 葉 解 読
図
1
参 照[
Ginsburg
,
pp
.66
84 パ ーリ 学 仏 教文化 学
〔
1
)
解 読理 由こ こに解 読 を試みた 写 本の 絵の 部 分 に は,仏 伝図
(
誕 生, 四門出
遊, 出城 と出家
,降魔
成道後
の布
施,双神変
,天 界説法,従天 界 降下
)及 び ヴ
ェ ッ サ ン タ ラ ジャ ー タ カ図が描 か れて い る。 こ の 写 本に つ い てGinsburg
は, ∫.Filliozat
女 史か らの タ イ に は貴
重な18
場
面の 仏 伝 図入 り紙
写 本で あ る との ア ドヴァ イス を註 に述べ て い る 。 タ イ作
製の絵
入 り折 本紙
写本
の 中で仏 伝 図が 多 く描かれ て い るの は非 常に珍 しい とい うこ とで あ る。 こ の 一連 の仏
伝 図の 中で仏 陀にマ ン ゴ ーを布
施す る者
の姿
が描
か れてい る図(
図1
,右上)
に対 してG
血sburg が註
の な かで, 厂仏に マ ン ゴ ー を布
施す る ス ジャ ー タ」 と述
べ て い る。 こ れに対 して絵
の な か の マ ン ゴ ー布 施 者が 男の 姿 と して描かれて い るの で 不 審に思っ た筆 者が, 『法 句 経 註』 の 双 神 変 物 語 を読 んで , こ の マ ン ゴ ー布 施の 男は ガ ン ダ と呼ば れ る園 丁で あ るこ と に気づ い た。 さ らに 『法 句 経 註』 の 双 神 変 物 語の 中の パ ー リ文の こ とばが , こ の 写 本 中 央の クメ ール 文 字パ ー リ語
で書
か れて い る仏典
に含
ま れ てい る事
を知 り, 『法句経 註
』 の パ ー リ文と どの 程度
合致 す るか を検
討す る為に解
読 試み を始め た。 こ の写本 は , 製 作年代
は 不 明 で あ るが , アユ タヤー 滅 亡前 後 に製作
さ れ た と 思 わ れ る。ア ビダン マ七論と 双神 変 物 語 (『法 句 経 註 』 よ り)
こ こ で 扱 う写
本
の中
の 四葉 には 双神
変 と天 界説
法, 三 十三 天か らの降
下, そ れ に神 変 を起 こ した木に関
係あ るガ ン ダの マ ン ゴ ーの 布 施に関
す る もの の 四場面
が描
かれて い る。 三十
三天 で の説
法 は,仏陀
の ,母マ ーヤ ー をは じめ とす る天 人 達 へ の 説 法を意味
す るが ,ア ビ ダン マ の 説 法を説 く もの で あ るか ら, 上座 仏 教の ア ビ ダン マ 重 視の鍵を解 くもの で あ るか と思 わ れ る。『法 旬 経 註』 の 中の 「双 神 変 物 語 」 [
Norr
lan,1970
]
を読んで それ をもとに 解 明を試み る。1 )
三十
三天で の説法
仏
は, ア ーサ ール ハ月
の満 月
の時
に ,舎衛
城の園丁
ガ ン ダのマ ン ゴ ーの木
アユ タ ヤー期 後 期か らバ ン コ ク 期 初 期に書か れ た絵 入 り折 本 紙 写 本の解読 85 の 根 元で 双 神 変 を行っ た。 仏が歩かれる と化 仏が 立 ち止 まっ た ,座 っ た, 横 にな っ た 。 化 仏が横 に な る と仏が 歩か れ た, 立 ち止ま られ た。 そ れ か ら火 遍 定に よっ て頭か ら火を出 し, 水 遍 定に よっ て 体の 下か ら水 流を出 した。 その
仏
の神 変
を見て い た500
人の良家
の子
息 達が舎 利 弗尊者
の弟子
と して出家
し た。仏 は
神
変 を行 い な が ら, 過 去の 諸仏
は神
変の 後三 十三 天で 雨期を 過 ご し, 母の た め に ア ビダン マ ピタカ を説 示 し て い る事を観 察 し, 右足 を持双 山 (Yugandhara )
に左 足 を須 弥山の 頂 上に置 い て 三 十三 天に行か れ た。仏 は
母
マ ー ヤ ー 夫 人 の た め に 三 十三 天(
tavatimsa)
の 珊瑚 樹
の根 元
で(
ParicchattakamUlasmim) 黄
金 石 座(
silayamPaqdukambale )
に 止 まっ て 説法した。
十
方 世界に 神々 は参集 し た。 説示 の 終わ りに八 万億の 神々 に法 の理解 があ り, マ ー ヤ ー夫人
は預流果
を得
た。仏は 天 界 に化 仏を置い て説 法 さ せ ,
自
らは ヒ マ ラ ヤ地 方 に行 き食 事を し た り口漱 ぎ を し た り して, 舎 利 弗に は ,500
人の 弟 子 達に, 天 界で 説い た ア ビ ダ ン マ 七 論 を説 くよ うに指 示 し た。 こ の500
人の 弟 子 達 は 七 論 保 持 者 (sattappakara4ika )にな っ た。 迦 葉 仏 の 時, 蝙 蝠だ っ た彼 等は 比 丘 の 称え る ア ビダン マ の声
に聞
き惚
れ,死後天 界
に生ま れ無仏 時代
に天界
で過 ご し,釈
迦仏
の 時代に舎衛
城 に 生ま れ ,舎利
弗
の弟子
にな っ た とい う功 徳の 因縁 を持
っ てい た とい う。2 )仏従
三十三天降
下 雨 安 居の 終わ る 自恣の 日に舎 利 弗 尊 者の い るサ ン カ ッ サ の 町 の 入 口 に仏が 天か ら降 下す る こ と を決 め られ る と, 帝 釈 天 は, 金, 銀, マ ニ の3
階 段を造 らせた。頭
は須
弥 山の 頂 上に, 足はサ ン カ ッサ の町 の 入 口 に置
か せ た。右
は神
々 の た め の金 の階 段 左 は梵天 のため の銀 製の階 段 中央 は マ ニ の階段で 仏の た め の もの で あっ た。降
りる に あた っ て,仏
は須 弥 山の 頂上 に 立 っ て上を見た。梵天
の9
の 世 界 が あっ た。 下を見た。 ア ヴィ ーチ地 獄 まで 一 っ の 世 界があっ た。 降 りるの に梵天
は旗
を持 っ て降 りた。素晴
ら しい 仏の 姿 を見
て 神々 も人々 も仏に な る事
86
パ ーリ学 仏 教文 化 学 を願わ な い 者は い な かっ た。 こ の 時, 過 去に蝙 蝠で あっ た, 舎 利 弗の 弟子500
人の 比 丘は阿羅漢
果
を得
た とい う。(
3
)
三十三 天説法 の話とタイの 三 界 経の世
界か らみ る タイの世界
観こ の 『法句 経 註』 の 「双神 変
物
語」 に伴
う 「母 の た め の 説法 」 の 中に は , 仏が ア ビ ダンマ ピタ カ を 母 の た めに 三十三 天で3
ヶ 月 間説 い た こ と, そ して 天 界の神
々 が参集
して きて そ れ を称讃
した こ とがつ ぶ さに説
かれて い る。 そ の 様 子は, 『三界 経 』 の 世 界を描い た とされる寺 院の 壁 画に二 重 写 し に映 し 出さ れ て い る こ と を知る。 タイ撰 述 のPathamasambodhi
とい う仏 伝 が あり, その 中に こ の 場 面が くわ しく増 広さ れて 述べ られて い る が , そ の源 泉 は 『法 句 経 註』 で あ り, それ を逸 脱す る もの で は ない 。バ ン コ ク王
朝
の ラーマ1
世が復
興 した寺 院
とさ れ るワ ッ ト ・ラカ ン(
ワ ッ ト ・パ ク ナ ー ム)
や ワ ッ ト ・ラチ ャ シ ッ タ ラム の布 薩堂
に入 る と正面
の仏像
の後の 壁 面 に は, タ イで 製作
さ れ た 「三 界 経 」(
トライ ブー ミ カ タ ー)
の 世 界が描
かれてい る。 「三界経
」 は, 異論
が あるが, は じめ は ス コ ー タイの 王 リ ターイ に よ っ て 書か れ た とさ れ る。 し か し最 古の 完 全な写 本が 発 見 され た の は,1778
年 に僧マ ハ ーチ ュ ア イ に よっ て 書 写 され た もの で あ る。 そ して ラーマ1
世
の時代
の1787 年
に僧
マ ハ ーチ ャ ー ン に よっ て書
写さ れ た写本
も 残 っ て い る。 こ れ らは い ずれ も クメ ール文 字
で書
か れ た タ イ語の もの で あ る。[
lvarsson
,1995
,p
.58
.]
そ して これ らの
書 写本
を も とに して1912 年
にタ イ芸術局
か ら 『トライ プー ム ・プラ ル ア ン 』 が 出版 され て い る。[
lvarsson
,1995
,p
.59
, 澤 井,2000
,p
.21
.]
その 後 重 版を重ね, 解 説 書が 製 作 さ れ て お り,1985
年に は, タイ語 と 英 語 の タ イ訳 版TRAIBHuMIKArHA
もAsEAN
委員
会に よっ て 出 版 さ れ て い る。 その 中に は, 「これ は価 値 あ る本で あ る 。 最 初の タイ王 国 が光を 見 た 時代
で あ る, ス コ ー タイ 期か らの 文 学作
品で あ る。 ス コ ー タ イ期は, 人々 に平
和 を そ して 国家に安 全 を も た ら す よ うに願わ れ た時 代で あ っ た。 そ れ故
, 国家の人々 に, 道徳
と平和
に 励む心 とお だ や か な共 存を も とめ さ せ, そア ユ タヤー期 後 期か らバ ン コ ク期 初 期に書か れ た絵入 り折 本 紙写本の 解 読
87
して人 々 が善悪
に 気付
い て 良い行 い を も とめ る よ う な 共 通 の考 え を 生 み出
すた め の 努力
が な さ れた。 そ して 一般 的
に 知 られ るよ うに 立法 と宗
教は 国 家の 中を平 和に する最も よい 道 具で ある。 『 トライ プ ー ム ・プ ラ ル ア ン 』 即 ちTraibhumikatha
は, 仏 教 本 とし て よ い 意 味に於い て こ の 機 能を果た して い る とい うこ とが 意 味 されて い る 。 そ れ は, 善悪 業へ の 信や善 と平 和へ の信 と に基づ く考
え を強 化す る こ とによっ て, 人々の 生活
統
治のため の基盤
政 治, そ して 民 族文化
へ の影響
を持
ち続
けて き た文学作
品 とみな さ れて い る。 」 と述
べ られて , 国 民に とっ て道徳
平 和, 共存
, よい 行為の基盤
に な る仏教
本
で あ り, しか も そ れは国民統
治の ため の よい 道 具 にな っ てい る と説 明 し て い る。そ の 他に も 「三 界 経」 につ い て は色々 に論ぜ られ て きて お り, タ イ の 社 会,芸 術 文 学へ の影 響が語 ら れて きて い る。 「三界 経 」 は, 宗 教 本で あ り なが ら, こ れ を もとに して 近 代タ イ国 家の 国の 安 全 と
平和
を保
つ 政 治的
な考
えの 重 要な要 素 に なっ て い る。 ア ユ タ ヤ ー が1767
年 に ビル マ に よっ て滅亡 さ れて タ ク シ ン 王 が トン ブ リー に都
を築
い た トン ブリー 王朝
は1782
年
まで続
い たが , な かなか 内戦が お さ ま らず 落 ち着
か な い 時 代 で あ っ た。 [Syamananda
,1971
, 二 村 訳,1971
,pp
.1653
−172] 1782
年に ラーマ1
世が今の チ ャ ク リー王朝 をバ ン コ ク に築い て安 定
し た国家
を形成
す るの に 『三界 経』 の力 を政 治の 上で 借 り よ う と して 寺 院の 壁 画 に神々 の世 界, 人 間の 世 界, 地 獄 の 世 界 を描 い た の か も しれ な い 。 し か し, この 壁 画に は, 神々 の 世界
の中
心 と して仏
の 天界説
法の 図が あ るの で , ア ビダンマ説
法を称讃
して い るこ とが分か る。 しか もこ の時 代に描 か れ てい る両脇
の壁面
に は,幾
層に も合 掌 して仏 乃至経 を讃
え る神々参
集の姿
が描
か れて い て , そ れ が大き な特
徴 と なっ てい る。 こ れ は 「テー プ チ ュ ム ヌム(
神
々 の参 集)
」 と呼ば れて い る もの で あ る。 こ こ で は天 界 説 法が 尊 ば れ て い るこ とが知 られ る。それで は, ア ユ タヤ ー時代に は , 『三 界
経
』 は どの よ うな地 位に置
か れて い た の だ ろ うか。 ア ユ タ ヤ ー は ビル マ に よっ て 町中が 焼か れ て灰 に帰 して し
88
パ ーリ学 仏 教 文 化 学 まっ た の で,本 来書
写 され てい た 『三 界経
』(
トライ ブー ミ カ タ ー)
の写本
等も焼 失 し て しまっ たの か もしれ ない が, アユ タ ヤ ー期 後 期ボ ロ マ コ ー ト王 時代に描か れ た と さ れ る, ペ トブ リ ーの 王 室寺 院ワ ッ ト ・コ ーケ オ ス ッ タ ラ ム の 布薩
堂に も, 『三 界経
』 の 世 界が描か れ てい る こ とが分か る。 「天界の 神々 」 「三 十三 天 の 帝 釈天 の乗
り物
の 上 に い る仏 陀(
即ち 母 をは じめ とす る 天 人達へ の説
法 図)」 「梵
天と帝釈 天
」 「チ ュ ー ダーマ ニ塔
」 「日月」等
が描
か れて い る。 (堂 内に1743
年 作の 記 述あ り。 )た だ , こ こ に は, 「テー プ チ ュ ム ヌ ム 」 と呼ばれ る神々参 集の壁 画は み られ ない が , や は りペ トブ リ ーの王室 寺 院ワ ッ ト・ ヤ ーイス ヴァ ン ナ ラム の 布 薩 堂に は 「テープチ ュ ム ヌ ム 」 が描 かれて い る。 また ア ユ タ ヤ ー期 の 折本 紙
写本
の 中に は, 多 くの場
合, ア ビ ダ ン マ が書
写され て い る。従
っ て アユ タ ヤ ー 期にお い て も天 界で の説
法 が重視
さ れて い た こ とが考
え ら れ る。なぜこ の よ うに ア ビダ ン マ が 重
視
さ れ て き た か とい う と, ア ビダ ン マ が , 天 か ら地 獄 に至る全ての 生存
が救
わ れ るも とに なる こ とを教
え よ うとする仏
典で ある と, 当 時の タ イ の 上座 仏教で は考 えて い た よ うに思 わ れ る。(
4
)
Bodleian
Library
所 蔵 「仏伝 図
入 り仏典折
本紙
写 本」 解 読[
Ginsburg
,pp
.66
−67]
図1 参
照二 場
面
描写 図(
両脇
)
, 太字
クメール 文 字パ ー リ語 (
中央
)
,絵
入 り仏 典 折 本紙 写 本, 二 葉
1
セ ッ ト40
葉 綴 りの 内の2
セ ッ ト。 長さ665cm
。(
こ の 写 本 は, 前 述 の よ うに, 仏 伝 の う ち の ガ ン ダに よ るマ ン ゴ ー の布
施 図 , 双 神 変, 於三 十三 天 説 法, 仏 従三 十三 天 降 下 の 四 場 面 が描 か れ て い る。 こ れ は , 明 らか に 『法句 経
註 』 の 「双神
変物 語
」 に合 致す る場 面 で あ る。 折 本 紙写 本 の 中央 の仏
典 に は, 大 体 ア ビ ダン マ か 仏 の 功 徳 を 示 す mah5buddhag av 鄲 鋤a
が書
写 さ れ て い る の で あ る が, こ こ で は,ア ユ タ ヤー期 後 期か らバ ン コ ク期 初 期に書かれた絵入 り折本 紙 写 本の解 読
89
説 法の 文が書
写
さ れ てい る。 この点
が 非常
に珍
しい書 写
で あ る。)
1
)上段二 葉中
央 仏 典mah 且
buddhagu
聊a
と無 常 偈 裏/
imin
互caimin 亘cak 諏apenasobhagava
bu
ddho
/ /iminacaiminaca
〔k5)
rane na sobhagav 蚕tibhagav且 / / sahassasise ]pi
cepPoso sisesisesatt 11姑
ha
/mu :klchemukkhesattaCm
}jivha
jivakappocamahiddhiko
/
表
1nassakoticava
口pe
啣nassesa 卑sa忙
hu
取ogu
panti
!!
braly
皿ah
且buddhagum
.idmtthit 亘! anicc5vatasaUlthdra up 窃
daveyyadhammano
uPajitvanarujintatevupPassamosulckho
!
1
く〜/
1
buddhaguqarp
dha
皿 magupam samghagui )arpFilliozat
,EFEO
PALI
40
Face
B
に よ る と,imin
亘 caimina
cak
訌rapena sobhagav
琶buddho
/imin
巨caimin
五cak
亘ra りena sobhagav
袞ti
bhagava
ti/sahassasise sisepi
cediso sise sise satamukkha /mukkhe mukkhe satajivhfijivakapo
ca mahiddhiko /na sakkoti vanetUm nisesam satthunogu
聊anti
!brah
皿ahabuddhagupmavarpi
.tana nitthita !とある。 無常 偈DN
.Vol
.2
,
p
.157
anicc 五 vata samkhfir 医 upP 亘
da
−vaya −dha
皿 mino ,upPajj
itva
nirujjhantitesarp
vilpasamo sukho諸 行 無 常 是生 滅 法 生滅 滅已 寂 滅 為 楽
右 図
園丁ガ ン ダが
仏
陀に マ ン ゴ ー を差 し出す場面
左図
舎衛
城のガ ン ダの マ ン ゴー樹
の も とで行わ れ た仏
の 双神 変2
)
下 段二葉 (
パ ー リ文の 中の 網か けの 部 分は未 解 読の 部 分)
90 パ ーリ学仏 教 文化学
(
仏
三 十.三天(
tavatimsasuralaye)
に ての abhidhammapitaka 七論 説
示に関
す る言 葉 ) 裏
1
/namotassabhagavato
ara
(
ha
)
tosam (m )且sarnbuddhassa/
1
vanditv 巨siras 且
buddha
珥sasadhammatauttamam unhissavij aya耳皿 巨ma
satAnam satanarp 巨
yuva
〔Jh
跏 a卑1
pavakkh
巨micavarama η4a
珥 sa mbuddhenavadesitalp/
鑾
戀灘鸚讖購驪灘蠶覊饑
鑾藤
韆
爨鑼鑞戀
1
:
鞴
/ekasmiipsamayen 亘
tho
tAvatirpsesuralaye
1
ノpa
ησukambalan 且make/ /
:
ViharitvEpidesemi
abhidhammakathavararp
/ /
sat
(
t)
appa :karapanama
dhammasahginiadita
叩1
1
siramEyapalnukkh
且nal ロdev
巨napt .、・』
鑼
F欝 鵬緇』い
tt/・”ti/
1devapu
t
(t
)otad
翫ekonamenasu
patitthito
!
試 解 読
namo tassa
bhagavato
arahato samm 再sambuddhassa / vanditva sirasabuddha
卑sadhammatauttamam uphissavijaya 珥 n盈ma satanam sat百nalp
蠶
/pavakkh
巨mi ca vara 叩 sambuddhena vadesitarp /鑾糶鑾韈谿鑼覊
灘韈灘
1
覊鑼驥韈鍵爨鑾灘難難
/ ekasmi 珥 samaye nathotavatiipse
sur五laye
/(
あ る時 師は,三十三天の 住 まい で )p
巨richatakamUlamhiparpdukambalan5make
/ viharitv 巨
pi
desemi
ぬ
hidha
ak 曲 帥 ar副 sa卿pak
脚 anama 曲 ammas 山gini
亘dit
副 sir …唾(珊 瑚 樹の 下の 黄 金石座 とい う名の所 に止 まっ て ,法 集 を は じ め とす る七
論
とい う,素晴
ら しい ア ビダン マ の話
を私
は説
き ま す。)
pamukkhiina
狙dev
蚕nalp攤
/devaputto
tada
eko namena supatitthikoノ 左図 三十三 天 に お け る母の ため の 説法 , エ ー ラワ ン 象上 の 仏 陀 及 び梵天, 帝 釈 天 等
表
1
!p
翫ichatakam
沍lamhi
/アユ タ ヤー期後期 か らバ ン コ ク期 初 期に書 か れ た 絵 入 り折 本 紙 写 本の 解 読 91 右 図 仏 従三
十
三天降 下。5
. まと
め「絵入 り折 本 紙写本 」 の 中央 に書か れて い る, クメール 文 字パ ー リ
語
表記及
び ク メ ール 文 字タ イ語 表 記の仏 典の多
くは, ア ビダン マ 七論で あるが, その他に mahabuddhaguqavapm . ana , sahassaneyya ,
無常偈
な ど が書
か れ てい る。こ れ らの 写本 は, 死 者 供 養, あ るい は法 要の 施 本 と し て 作 製 された もの で
あ る か ら, こ こ に
書
か れ て い る仏典
は, 死者
の 安 寧や救い の ため に大 変重要な経 典で ある と当 時の タ イの 人々 が