第56回 日本視能矯正学会
一般講演
若年者向け累進屈折力レンズの調節微動による眼疲労の評価
塚田 貴大
九州保健福祉大学 保健科学部 視機能療法学科
Evaluation of eye strain relaxation of progressive power lenses for
the young adjustment by accommodative fluctuation
Takahiro Tsukada
Departrnent of Orthopitics and Visual Science, School of Health Science, Kyushu University of Health and Welfare
要 約
【目的】VDT症候群が問題視される中、調節力の補助および眼精疲労・眼疲労の緩和を目的とした
若年者向け累進屈折力レンズ(Progressive Addition Lenses for the young:以下PAL)が流通し ている。今回、健常者を対象とし、眼の疲労の評価に有用とされる調節微動高周波成分出現頻度 (High Frequency Component:以下HFC)を指標とし、PALの有用性を検討した。
【対象および方法】若年健常者19名(男性7名、女性12名)、平均年齢19.79(±1.06歳)、屈折度数 は平均-3.15D(±1.74D)を対象とした。同一被験者に対し、遠用単焦点(HOYA HILUX 1.6)お よびPAL(HOYA REMARK-Active)を、それぞれを2週間装用後、30分間のVDT負荷作業を与 えた。その作業前後および20分間の閉瞼休息後のHFCを、調節微動解析装置Speedy-i K-model にて測定し、調節反応量0.50Dから1.00Dの範囲のHFCの差を抽出して比較した(single-factor ANOVA, Tukey-Kramer法)。 【結果】19例中有意差を認めたのは、負荷作業前は3例で、うち2例がPALのHFCが低かった。負 荷作業後で有意差を認めたものは5名で、うち3名がPALのHFCが低かった。休息後で有意差を認 めたものは6名で、うち4名がPALのHFCが低かった。 【結論】一部の症例、特に-3.00D以下の症例で、PAL装用下でのHFCの低下がみられた。PALは 眼精疲労よりも眼疲労および疲労回復に奏効する傾向がみられた。 別冊請求先(〒882-8508) 宮崎県延岡市吉野町1714-1 九州保健福祉大学 保健科学部 視機能療法学科 Tel. 0982(23)5696 Fax. 0982(23)5697 E-mail:[email protected] Key words: 調節微動、若年者用累進屈折力眼鏡、眼疲労
accommodation microfluctuations, progressive addition lenses for young people, visual fatigue
Ⅰ. 緒言
パソコンやスマートフォンなどの近業を長 時間続ける事は、若年者で特に多くみられ、 眼 や 身 体、 心 に 支 障 を き た すVisual Display Terminal( 以 下VDT) 症 候 群 が 問 題 視 さ れ ている1)。この様な社会的背景の中、調節力 を補助し、眼の疲労を緩和する事を目的とし た若年者向け累進屈折力レンズ(Progressive Addition Lenses:以下PAL)が流通している。 調節力の豊かな若年層を対象として開発され、 レンズ下方に約0.50D~1.00D程度の加入度数 を加えた設計となっている2)。しかしながら、 本レンズが臨床的にどれだけ疲労を軽減するの かを他覚的に定量・検証した報告はみられな い。一方、近用ワイド設計(近々レンズ)を 装用させ、その前後で調節微動の高周波成分 出現頻度:High Frequency Component(以下 HFC)を比較し、HFCが有意に減少したとの 報告3)はある。 眼の疲労の評価方法として、中心フリッカー 値4)、調節幅5)、調節の変動幅6)、調節ラグ7)、 瞳孔径8)などが報告されているが、眼の疲労は 自覚的な症状で個人差も大きく、いずれも決 定的な評価法とは言い難い。近年は調節負荷と HFCの関係の研究9)~11)が進められ、毛様体筋 の負担増加でHFCが上昇すると多数の報告3),12) ~20)がある。更にHFCの変化が自覚症状と関連 するとする報告3),21)もあり、HFCの評価は眼の 疲労に関する疫学研究やVDT検診の客観的評 価法として期待されている。 静止視標を注視した際の屈折値を頻回計測 し、経時的に連続記録することで得られる調節 応答曲線を観察すると、正弦波様の動揺を認め る22)。この屈折値のゆらぎは調節微動と呼ばれ ている。調節微動を周波数解析すると、周波数 成分0.6Hz未満の低周波成分と1.0~2.3Hzの高 周波成分に分けられる23)。前者は調節運動その ものに24)、後者は水晶体及び支持組織の振動に 由来し25)、毛様体筋の活動状態を反映すると考 えられている。調節微動をハニングの窓を適用 して高速フーリエ変換(fast Fourier transform: FFT)し、パワースペクトル曲線を常用対数に 変換後、高周波領域(1.0Hz~2.3Hz)を積分し た平均値をHFCとしている26)。 梶 田 ら は、 若 年 正 常 者 で 調 節 安 静 位 付 近 のHFCが 極 小 値 を 示 す と 報 告11),14),15)し、 さ らに調節負荷を与えた際に調節安静位付近の Abstract【Objective】Progressive addition lenses (PALs) are used to help accommodation and relieve eye
strain and visual fatigue in young people for whom visual display terminal (VDT) syndrome is a problem. This study investigated the utility of PALs in visual fatigue the high frequency component (HFC) of accommodation micro fluctuation which has been shown to evaluate the eye strain & visual fatigue.
【Subjects and Methods】This study comprised 19 young, healthy subjects (7 men, 12 women)
with a mean age of 19.79 ±1.06 years and mean refraction of -3.15 ±1.74 D. Participants wore single focus (SF) lenses for distance and PALs, each for 2 weeks, then worked at a VDT for 30 min. Before and after VDT work, and after eye closure and rest for 20 min, the HFC was measured using an accommodation analyzer, and differences in HFC over a range of accommodation from 0.50 D to 1.00 D were compared using single-factor analysis of variance and Tukey-Kramer analysis.
【Results】Three of the 19 subjects showed significant differences before VDT work, including 2
subjects with lower HFC using PALs. Five subjects displayed significant differences after VDT work, including 3 subjects with lower HFC using PALs. Six subjects had significant differences after eye closure and rest, including 4 subjects with lower HFC using PALs.
【Conclusion】The HFC was lower with PALs in some cases, particularly subjects with refraction
<-3.00 D. These findings suggest that PALs are more effective for eye strain and accommodation recovery than for asthenopia.
HFCが増加したと報告12),13)している。また、 HFCの再現性については、変動係数20)および Bland-Altman plotによる評価27)で確認されて いる。今回は、可能な限り他覚的な測定方法に よる眼疲労の定量評価を目指し、調節安静位付 近のHFCを比較して評価を行った。
Ⅱ. 対象および方法
文書及び口頭による説明により同意を得た、 眼疾患のない若年者19名(男性7名、女性12 名)、平均年齢19.79歳(±1.06)、平均球面度 数-3.07D(±1.75)、平均円柱度数-0.71D(± 0.31)を対象とした。調節異常者除外のため、 事 前 にSpeedy-i K-model( 以 下speedy-i) に てHFCの予備検査を行った。測定の初期値は 完全矯正度数とし、STEP1~4までの平均HFC が65dBを超える者を除外した。また、結果に 影響するLASIK(Laser in situ keratomileusis) 施行者3),28)、ドライアイおよびハードコンタク トレンズ装用者3)を除外した。本研究の実施に あたっては、九州保健福祉大学倫理委員会の承 認(受理番号12-010)を得た。 遠用単焦点レンズ(single focus: 以下SF)は HOYA社製HILUX 1.6、PALは同社のREMARK Active(加入度0.53D、屈折率1.5)とした。同一 被験者にSFを1本、PALを1本の計2本の眼鏡 を作成した。PALはその構造上、近用部に加入 度数が入るため、遠用度数は本人が常用できる 最も完全矯正度数に近い度数とした。レンズ加 工 はHOYA社 のHELP(HOYA Excellent Lens Production)システムを使用し、SFの光学中心 とPALのフィッティングポイントが一致するよ う作成した。フレーム(株式会社シャルマン)は SF、PALともに同一の物を用いた。 眼鏡装用順序は、先にPALを装用する群と、 先にSFを装用する群とに分け、クロスオー バー比較試験を行った。carry-over effectを考 慮し、両眼鏡の装用前に1週間のwash-out期間 を設けた。被験者と測定者の先入観を排除する ため、装用眼鏡の管理は第三者が行った(二重 盲検法)。 HFCの 測 定 はSpeedy-i( 株 式 会 社 ラ イ ト 製作所)を使用した。測定時の機器の設定は AMF(Accommodative Micro Fluctuations:調 節微動解析)モードのPRECISEモードとし、 初期値(測定時の調節刺激の基準点)は作成眼 鏡の遠用部度数と同度数とした(乱視は等価 球面度数)。評価はFK(Frequency of Kinetic reaction)-mapのカラー表示を用いず、専用ソ フトウェアi-File(ver.5.00:株式会社ライト製作 所)にてデータを抽出し、数値によるHFCの 比較を行った。 調節は自律神経系の影響を受けるため、測定 室は防音設備の整ったシールドルームを使用し た。デジタル照度計IM-2D(株式会社トプコン テクノハウス)を用いて室内照度を500lx とし、 空調および加湿器にて室温25℃(±1℃)、湿 度35%(±5%)に管理した。 試験眼鏡を2週間常用した後、調節負荷とし てノート型パソコン(Panasonic Letʼs NOTE W4)の入力作業を30分間行い、負荷作業前後 および負荷作業後20分間の閉瞼休息後の優位 眼のHFCを測定した。なお、負荷時間は先行 研究29),30)に習い30分と設定した。画面上方に 40cmの紐を付けて視距離を一定に保ち、原稿 面までも同様に30cmとし、原稿は視能学(第 二版)とした。 Speedy-iで得た他覚的屈折度数から、瞬目等 によるアーチファクトを避けるため、95%信頼 区間(mean±2SD)を逸脱する値を外れ値とし て除外した上での最小値を被験者の最低屈折度 数とした。最低屈折度数を起点とし、0.50D以 上1.00D未満の調節を行った際のHFCを抽出し (図1)、これを本研究における調節安静位の範 囲と定義した。 PALお よ びSF装 用 下 に お け る 作 業 前、 作 業後、休息後のHFCを比較した(two-factor ANOVA)。PAL装 用 下 のHFCか らSF装 用 下 のHFCを減算し、負荷作業前後と閉瞼休息後 で 比 較 し た(single-factor ANOVA, Tukey-Kramer method)。自覚的な装用感を調査するため、眼の疲労・快 適性に関するアンケート調査を施行した(図2)。 快適性、疲労度、明瞭度、歪み、装用感は、 臨床痛の評価法で信頼性が高いとされる視覚
図1 本研究におけるHFCの比較方法
先行研究では、調節量0.00D~0.75Dの区間のHigh Frequency Component(HFC) を調節安静位の位置におけるHFCとして比較している11)。今回は調節量0.50D~ 1.00Dの区間のHFCを抽出することで、極小値(調節安静位)の部分のみ評価する 事を試みた。
的 評 価 ス ケ ー ル(Visual Analog Scale: 以 下 VAS)31)~32)を用い、スコアリングして比較し た(Wilcoxon Signed-Rank Test)。眼鏡への慣 れはチェックボックスによる選択性とした。ま た、作成した2本の眼鏡で、自覚的に装用感が 良かったのはどちらであったかを、全ての測定 終了後に聞き取り調査を行った。
Ⅲ. 結果
A. 負荷前、負荷後、休息後の全体としての HFC比較 負荷前、負荷後、休息後の全体のHFCを二 元配置分散分析にて比較した(図3)。PALと SFの群間に有意差はなかった(p>0.05)。図3 負荷前、負荷後、休息後の全体のHigh Frequency Component(HFC) の比較
縦軸:HFCの差 [db] 縦軸:被験者の屈折度数 [D]
図4 調節反応量0.50D以上1.00D以下でのHigh Frequency Component(HFC) 負荷前の結果
縦軸:HFCの差 [db] 縦軸:被験者の屈折度数 [D] ◇:有意差を認めなかったHFC
緑□:全体の平均値
青⊿:Progressive Addition Lenses(PAL)のHFCが有意に高い症例 赤◯:PALのHFCが有意に低い症例
マーカーはPALのHFCとsingle focus(SF)のHFCの差を表し、ゼロ以下 のマイナス値が大きいほど、 調節安静位におけるPALのHFCが低いことを 示す。
B. 調節反応量0.50D以上1.00D以下の個々の HFC評価 一元配置分散分析にて水準間に有意差があ ることを確認した。多重比較の結果、全19例 中、負荷前で有意差を認めたのは3例で、うち 2例がPALのHFCが低かった(P<0.01、図4)。 負荷後で有意差を認めたのは5例で、うち3例 がPALのHFCが 低 か っ た(2名P<0.01、1名 P<0.05、図5)。休息後で有意差を認めたのは6 例で、うち4例がPALのHFCが低かった(3名 P<0.01、1名P<0.05、図6)。 負荷前、負荷後、休息後の全ての条件下にお いて、有意差を得た例ではPALのHFCが低い 被験者が多かった。 C. 屈折度数(等価球面度数)とHFCの関係 有意差を得た例でPALのHFCが低いのは、 負荷前よりも負荷後と休息後で多くみられた。 負荷前で有意差を認めた3例は、PALのHFC が 低 い 者 の 屈 折 度 数 は-3.13D、-4.75Dの2例 で、遠用SFのHFCが低い者は-4.75Dの1例で あった(図4)。負荷後で有意差を認めた3例 は、PALのHFCが低い者の屈折度数は-0.13D、 -3.00D、-3.13Dの3例 で、 遠 用SFのHFCが 低 い者は-4.50D、-4.88Dの2例であった(図5)。 休息後の比較で有意差を認めた6例は、若年者 向けPALのHFCが低い者の屈折度数は-0.13D、 -3.25D、-4.75Dの3例 で、 遠 用SFのHFCが 低 かった者の屈折度数は-3.13D、-4.75Dの2例で あった(図6)。 D. アンケート結果および選択眼鏡 眼鏡の慣れに関して、すぐ慣れた者を3点、 数時間で慣れた者を2点、数日で慣れた者を1 点、慣れなかった者を0点としてスコアリング し た と こ ろ、SF、PALと も に2.06点( 同 点) で、両者に差はみられなかった。 VASにて収集したアンケート結果の平均を(図 7)に示す。不快度はSFが16.28%、PALが13.11% で、疲労度はSFが17.39%、PALが26.00%で、明 瞭度はSFが10.89%、PALが11.29%であった。歪 みはSFが12.17%、PALが11.56%であった。フ
図5 調節反応量0.50D以上1.00D以下でのHigh Frequency Component(HFC) 負荷後の結果
縦軸:HFCの差 [db] 縦軸:被験者の屈折度数 [D] ◇:有意差を認めなかったHFC
緑□:全体の平均値
青⊿:Progressive Addition Lenses(PAL)のHFCが有意に高い症例 赤◯:PALのHFCが有意に低い症例
マーカーはPALのHFCとsingle focus(SF)のHFCの差を表し、ゼロ以下 のマイナス値が大きいほど、調節安静位におけるPALのHFCが低いことを 示す。
図6 調節反応量0.50D以上1.00D以下でのHigh Frequency Component(HFC) 休息後の結果 縦軸:HFCの差 [db] 縦軸:被験者の屈折度数 [D] ◇:有意差を認めなかったHFC 緑□:全体の平均値
青⊿:Progressive Addition Lenses(PAL)のHFCが有意に高い症例 赤◯:PALのHFCが有意に低い症例
マーカーはPALのHFCとsingle focus(SF)のHFCの差を表し、ゼロ以下 のマイナス値が大きいほど、 調節安静位におけるPALのHFCが低いことを 示す。
図7 Visual Analog Scale(VAS)による眼鏡装用感についてのアンケート結果 縦軸:百分率で表した症状[%] 横軸:アンケート項目
ワ フ ワ 感 はSFが16.35%、PALが13.47% で、 いずれも有意差はなかった(p>0.05)。 最 終 的 にPALを 選 択 し た 者 は19名 中12名 で、SFを選択した者は7名であった。PALを 選択した理由は、「疲れない」が5名、「見えや すい」が1名、「歪みが少ない」が1名、「特に理 由はない」が5名であった。SFを選択した理由 は、「疲れない」が1名、「すっきり見える」が1 名、「特に理由はない」が5名であった(図8)。
Ⅳ. 考按
PAL開発の背景には “仕事量[D]×単位時間 [h]=仕事量[Dh: 次元]” という概念がある。正 視眼が眼前40cmを見る時、計算上2.50Dの調 節が必要である。この作業を単位時間として10 続けた際、眼は “2.50[D]×10[h]=25[Dh]” の 調節を行うが、+0.53D加入のPAL装用では、 “(2.50[D]-0.53[D])×10[h]=19.70[Dh]” とな り、およそ20%の調節量が軽減されるという思 想から生まれている。 PALの効果を検証するにあたり、PALおよ びSF装用下における負荷前、負荷後、休息後 の全体のHFCに、二元配置分散分析を施行し た。その結果、PALとSFの群間に有意差はな かった(p>0.05)。 19例のSFおよびPAL装用下における調節反 応量0.50D~1.00DのHFCを個々の症例で比較 した結果、負荷前、負荷後、休息後の全ての 条件下において、有意差を得た例は、PALの HFCが低い者が多かった。この結果は、今回の 条件下において、一部の例でPALが疲労軽減に 奏功した事を示している。 VASに よ る ア ン ケ ー ト 調 査( 図7) で は、 PALの疲労度が高かったにも関わらず、最終 選択眼鏡の選択理由(図8)とは矛盾している。 これは、前者はPALおよびSFの単体評価で、 後者は2本の眼鏡を比較しての相対評価である ことから生じたものと推察する。 負荷前後および休息後の屈折度数とHFCの 関係を示したグラフ(図9)から考察すると、 実線で囲んだPALのHFCが有意に低い群は、 弱度~中等度の近視が多く、点線で囲んだSF のHFCが有意に高い群は、中等度~強度の近 視が多い傾向がみられた。この結果は、眼の疲 労を訴える者に対し、屈折度数からみたPALの 適応を選択する際の一助となると考えられた。 自覚的なアンケート結果、終了時に選択した 眼鏡、他覚的なHFCの間に一定の傾向はみら れなかった(表1)。 眼の疲労は、「眼疲労」と「眼精疲労」に分 けて考えられる33)。休息により回復し翌日まで 残る事はない “生理的な疲労” は眼疲労で、休 息により回復しにくい “病的な疲労” は眼精疲 労である。この事から考察すると、2週間とい う比較的長期間の眼鏡装用を徹底した事から、 図8 選択眼鏡及びその理由 縦軸:人数 横軸:選択眼鏡負荷前の結果は、中長期的な疲労を表している ことが考えられ、負荷後の結果は、VDT作業 直後の測定のため、一時的な調節負荷による眼 疲労の評価に近いと考えられる。また、休息後 の結果は、調節機能の回復の度合いを示すこと が考えられる。今回の結果で、PALのHFCが 低値を示したのは、負荷前より負荷後および休 息後で多く、PALは中長期的な疲労よりも一過 図9 負荷前後および休息後のHigh Frequency Component(HFC)と屈折度
数の関係
縦軸:HFCの差 [db] 縦軸:被験者の屈折度数 [D]
赤◯:負荷前Progressive Addition Lenses(PAL)- single focus(SF) 緑⊿:負荷後PAL-SF 青□:休息後PAL-SF 有意差を認めたものを塗り潰しのマーカーで示す。 PALのHFCが有意に低い群を赤の実線で囲み、PALのHFCが有意に高 い群を青の点線で囲んだ。 SFを選択した者、アンケート結果でPALの評価点が低い者、HFCの差で遠用SFの方が小 さいものを灰色に着色した。 表1 実験眼鏡装用順序、選択眼鏡・アンケート結果・有意差を得た例および選択理由の一覧
性の眼疲労や疲労回復に奏効することが示唆さ れた。 梶田らは、過剰な調節負荷では毛様体筋の活 性が維持できなくなり、HFCの低下を来すと報 告13)している。今回の結果にみられたHFCの 低下は、眼精疲労を軽減したのか、毛様体筋の 活性低下なのかを判別する事は難しいが、25歳 の被験者に10時間のVDT作業を施行した報告 12)では、作業開始後6時間まで急激にHFCが上 昇し、その後徐々に減少したとしている。今回 の調節負荷時間は30分と比較的短く、疲労によ り毛様体筋の活性が低下したとするのは早計と 考える。 屈折度数とHFCの関係で川守田ら17)は、調 節刺激0.00Dおよび0.50Dにおいて、近視度数 とHFCに正の相関があったと報告している。 本研究の事前測定で得た調節反応量0.50D~ 1.00Dの範囲のHFCと屈折度数(図10)では、 相関を認めなかった(R=0.01)。これは、調節 刺激量とHFCではなく、調節反応量とHFCを 比較したためと考えられる。また、事前測定の HFCの箱ヒゲ図(図11)は、個体差、ばらつ き共に非常に大きいため、同一症例以外を比較 評価する際は考慮が必要である。 調節機能は自律神経系のバランスの上に成立 している。小手川らは、調節力の十分な若年者 に対し、屈折矯正を低矯正にすることで調節機 能を緩和させる処方に疑問を持ち、眼精疲労を 訴える患者に適正矯正眼鏡を処方し、調節機能 の改善および自覚症状の改善をみたと報告して いる34)。遠方調節は交感神経の興奮と副交感神 経の抑制で成り立ち、低矯正眼鏡は遠方が明視 できないため、適切な刺激となりえないことか ら、調節の寛解が十分に行えず、調節における 自律神経系のバランスを壊している可能性は否 定できない。今回の実験で設定したPALの遠用 部およびSFの度数は、本人が常用できる最も 完全矯正度数に近い度数を設定していることか ら、遠見における調節刺激は十分に与えられて いたと考えられる。 調節力旺盛な若年者に対し、必要調節量を減 じるPALを装用させることで、近見眼位への影 響が考えられる。今回の実験に使用したHOYA 社のREMARKシリーズは、加入度が幅広くな ることを前提に開発された通常の累進設計と異 なり、加入度が弱いことを前提とした非球面化 図10 被験者の屈折度数と調節反応量0.50D~1.00DのHFC (事前測定)
縦軸:High Frequency Component(HFC)[db] 横軸:被験者の屈折度数
による累進設計が特徴である。 眼鏡装用時の両眼視を考慮した設計を採用し ており、レンズ中心から各視線方向におけるレ ンズ通過位置(瞳孔中心線以外)は左右非対称 設計で、近方視線を考慮したものとされている が、その設計のアルゴリズムは公開されておら ず、実際にどの程度の眼位補正プリズムが入っ ているのか、また、どの程度の効果があるのか は検証が必要である。今回は調節微動と調節反 応量に限定して検証を行ったが、日常視におけ るPALの有用性を検討する際、眼位の評価は必 須であり、今後の課題としたい。 測定に用いた検査機器Speedy-iは瞳孔径を記 録する機能を備えている。調節に伴う縮瞳にて 光学的に焦点深度は深まりボケが改善され、調 節量は軽減される35)。また、縮瞳に伴い回折効 果、低次・高次収差の変化が生じ、調節応答の 精度に影響することも報告されている36)。この ように瞳孔径は調節機能に影響を与えるが、本 器による瞳孔径測定はリアルタイムな記録では なく、各ステップに移行した瞬間の1回のみを 記録しており、検証に用いるのに十分なデータ 数とは言い難く、今回は検討対象から除外して いる。 眼疲労は眼のみの疲労にあらず脳疲労(ある いは全身疲労)のセグメントに含まれ37)、調節 量の軽減のみを指標として眼疲労をコントロー ルしようとすることは早計であり、今後より包 括的な他覚的評価法、すなわち脳波等による電 気生理学的手法を用いた検討が期待される。 今回、調節微動と調節反応量を指標として検 証を行ったところ、全体評価においてはPALが 眼の疲労軽減に有用という顕著な結果は得てい ない。これは対象年齢が限局された事にも一因 が考えられる。しかし、個々の症例でみると、 有意差を認めた例では、負荷前後、休息後とも にPAL装用眼のHFCが低下した例が多く、休 息後では特にPAL装用でHFCが低値を示す傾 向がみられ、PALが調節機能回復の助成もしく は長期的な疲労を残しにくく作用している可能 性が示唆された。 PALの設計は多種多様であり、今回得られ た 結 果 は、 実 験 に 用 い たHOYA REMARK-Activeに限定している点が本研究の限界といえ る。今後は被験者の年齢層を拡張し、20~30 歳以降の年齢の被験者による実験を含め、更な る検証が必要と考える。 本研究は、HOYA株式会社ビジョンケアカン パニー 日本本部 日本営業部による委託研究と 図11 各症例の屈折度数と事前測定のHFC(箱ヒゲ図)
縦軸:High Frequency Component(HFC)[db] 横軸:被験者の屈折度数(等価球面値)
箱ヒゲ図はデータのばらつきを表し、上から順に最大値、第3四分 位(上位データの中央値)、第2四分位(中央値)、第1四分位(下 位データの中央値)、最小値を示す。
して行われた。
謝辞
終始ご指導ご校閲いただきました学校法人順 正学園 九州保健福祉大学 内田冴子先生、山本 隆一先生に深謝いたします。また、測定法や評 価法につき貴重なご意見を数多く頂きました梶 田眼科 梶田雅義先生に、心から感謝の意を表 します。 文献 1 ) 伊比健児: テクノストレス眼症と眼調節. 日 職災医誌 50: 121-125, 2003.2 ) HOYA株式会社: LENS HAND BOOK. 26版, HOYA株式会社, 東京, 2010
3 ) 梶田雅義, 高橋奈々子, 高橋文男: 調節負荷と ドライアイ-関係の可能性について-. 視覚の 科学 25: 40-45, 2004.
4 ) Saito S, Sotoyama M, Saito S , Taptagaporn S: Physiological in-dices of visual fatigue due to VDT operation: Pupillary reflexes and accommodative responses. Lndztstrlal Health 32: 57-66, 1994.
5 ) Östberg, O: Accommodation and visual fatigue in display work, Ergonomic Aspects of Visual Display Terminals, 41-52, Taylor and Francis Ltd., London, 1980
6 ) 中村芳子: VDT作業者健診にみる屈折・調節 異常. 視覚の科学17: 11-18, 1996.
7 ) Chase C, Tosha C, Borsting E, Ridder W: Visual discomfort and objective measures of static accommodation. Optom Vis Sci 86: 883-889, 2009. 8 ) 細畠 淳, 近江源次郎, 不二門 尚, 安藤孝久, 星野美保, 金谷経一: 2D-3D変換による立体 映像の瞳孔・屈折に与える影響. 視覚の科学 17: 139-143, 1997. 9 ) 岩崎常人, 栗本晋二, 野村恒民,相良久美, 野 呂影勇, 山本 栄, 吉岡 真: Visual Display Terminal使用者の調節機能に関する研究. 眼 紀33: 90-95, 1982.
10) Iwasaki T, Kurimoto S: Objective evaluation of the eye strain using measurements of accommodative oscillation. Ergonomics 30: 581-587, 1987. 11) 梶田雅義: 調節応答と微動. 眼科40: 169-177, 1998. 12) 梶田正義: 調節微動の臨床的意義. 視覚の科 学16: 107-113, 1995. 13) 梶田正義, 伊藤由美子, 山田文子, 渡邉まき 子, 加藤桂一郎: 調節疲労と調節微動. 視覚の 科学17: 66-71, 1996. 14) 梶田雅義, 伊藤由美子, 佐藤浩之, 小林健太 郎, 渡邉まき子, 加藤桂一郎: 調節微動による 調 節 安 静 位 の 検 出. 日 眼 会 誌101: 412-416, 1997.
15) Kajita M, Ono M, Suzuki S, Kato K. Accommodative micro-fluctuation in asthenopia caused by accommodative spasm. Fukushima J Med Sci. 47: 13-20, 2001. 16) 鈴木説子, 梶田雅義, 加藤桂一郎: 調節微動の 高周波成分による調節機能の評価. 視覚の科 学22: 93-97, 2001. 17) 川守田拓志, 魚里 博, 中山奈々美, 半田知 也: 正常眼における調節微動高周波成分と屈 折異常, 眼優位性の関係. 臨眼60: 497-500, 2006. 18) 岩崎常人: 眼精疲労の測定方法と評価:CFF とAA1. 眼科51: 387-395, 2009. 19) 梶田雅義: 眼精疲労と眼鏡. あたらしい眼科 30: 1069-1076, 2013. 20) 川守田拓志, 魚里 博: 調節微動のしくみと臨 床的意義. あたらしい眼科31: 645-649, 2014. 21) 中山奈々美, 川守田拓志, 魚里 博: 過矯正が 調節微動日内変動に及ぼす影響. あたらしい 眼科25: 259-261, 2008.
22) Campbell FW: The accommodation response of the human eye, Br J Physiol Opt 16: 188-203, 1959
23) Canpbell FW, Robson JG, Westheimer G: Fluctuations of accommodation under steady viewing conditions. J Physiol 145: 579-594, 1959
-調節機能からみた屈折矯正-. 視覚の科学 22: 2-6, 2001.
25) C h a r m a n W N : F l u c t u a t i o n s i n accommodation: A review. Ophthalmic Physol Opt 8: 153-164, 1988 26) 鈴木説子, 梶田雅義, 加藤桂一郎: 調節微動の 高周波成分による調節機能の評価. 視覚の科 学 22: 93-97, 2001. 27) 藤井千晶, 岸本典子, 大月 洋: 間欠性外斜視 におけるプリズムアダプテーション前後の調 節微動高周波成分出現頻度. 日本視能訓練士 協会誌41: 77-82, 2012.
28) Haugen OH, Hovding G: Strabismus and binocular function in children with Down syndrome. A population-based, longitudinal study. Acta Ophthalmol Scand 79: 133-139, 2001. 29) 梶田雅義: IT機器使用による調節機能変化の 検討. 日本眼科医会IT眼症と環境因子研究班 業績集 100-103, 1002-2004. 30) 梶田雅義: 屈折矯正における調節機能の役割 -臨床から学んだ眼精疲労の正体-. 視覚の科 学 33: 138-149, 2012.
31) Keel KD: The pain chart. Lancet 2: 6-8, 1948.
32) S c o t t J , H u s k i s s o n E C : G r a p h i c representation of pain. Pain 2:175-184, 1976. 33) 不二門尚: 眼精疲労に対する対処法.あたらし い眼科 27 (6) : 763-769, 2010. 34) 小手川泰恵, 原直人, 大野晃司, 有本あこ, 向 野和雄: 眼精疲労を有する若年visual display terminal (VDT) 作業者に対する屈折適正矯正 による調節反応と自覚症状の変化について. 日眼会誌112: 376-381, 2008.
35) Ward PA, Charman WN. Effect of pupil size on steady state accommodation. Vision Res. 9: 1317-1326, 1985.
36) S Plainis, HS Ginis, A Pallikaris. The effect of ocular aberrations on steady-state errors of accommodative response. J VISION. 5: 466-477, 2005.
37) Richter HO1, Costello P, Sponheim SR, Lee JT, Pardo JV. Functional neuroanatomy of the human near/far response to blur cues: eye-lens accommodation/vergence to point targets varying in depth. Eur J Neurosci. 20 (10) : 2722-2732, 2004.