酸化ストレス応答に関わる新たなプレイヤー
∼活性カルボニル∼
山内 靖雄
神戸大学大学院農学研究科
New players involved in oxidative stress response ─ reactive carbonyls ─
Yasuo YamauchiGraduate School of Agricultural Science, Kobe University
要旨 : Environmental stresses often cause serious damages to plants, and many cases of environmental stresses are accompanied by oxidative stress derived from overproduced reactive oxygen species (ROS). In chloroplasts under oxidative stress, stimulated peroxidation of polyunsat-urated fatty acids by ROS generates reactive carbonyls that can act as toxic and signaling chemicals, RSLVs (Reactive Short-chain Leaf
Volatiles). In this note, mechanism of production of reactive carbonyls and their physiological roles in environmental stress response are dis-cussed. はじめに ~植物と環境ストレス,そして酸化ストレス~ 春夏秋冬,様々に変化する環境に囲まれて植物は生きて いる.植物は固着性,すなわち一度生育を開始するとその 場で一生を送らなければならず,日常的に変化する様々な 環境にさらされて生き存えることが宿命づけられている生 物である.そのため,植物は成長に必要な栄養やエネルギー を環境から得ている.しかし生育に必要な環境因子であっ ても適当な範囲を超えると生育阻害因子となる.例えば光 は植物の生育に必須の最もありふれた環境因子であるが, 光合成能のキャパシティーを超えるような光量,例えば晴 天時の光量は強光ストレスと呼ばれる阻害因子となりう る.しかし植物は過剰な光量に対処するメカニズムを備え ており,通常は生育に影響は出ない.光環境以外にも,温 度環境,水分環境などの環境因子も生育に適切な範囲を容 易に超える変動をするが,それらに対する耐性メカニズム を植物は備えている.このように植物は周囲の環境の変化 に柔軟に適応する優れた応答システムを長い進化の過程で 獲得してきている. とはいえ植物を取り巻く環境は時に過酷な試練を与え, 植物の応答システムの能力を超えた環境ストレス因子が植 物の生育に障害を与える.その障害メカニズムは植物が被 る環境ストレスによって多様であるが,多くの環境ストレ スで共通して引き起こされているストレス要因があること が明らかにされてきた.それが活性酸素種(Reactive Oxy-gen Species, ROS)生成に起因する酸化ストレスである. なぜなら植物体中で引き起こされる酸化ストレスは光合成 機構と密接に関係しており,植物にとって不可避とも言え るストレスだからである. 葉緑体で酸化ストレスが生じるメカニズム 独立栄養生物としての植物の生育を支える光合成と は,太陽から降り注ぐ光エネルギーを化学エネルギーに変 換し,そのエネルギーを用いて CO2を有機物へと同化す るシステムである,と要約できる.光合成は光化学系と炭 酸同化系の二系統で構成されている(図 1A).光化学系は 受容した光エネルギーを,光エネルギー→励起エネルギー →電気エネルギー→化学エネルギーとエネルギー形態を変 換し,最終的に NADPH,ATP を生成する複雑なチラコイ ド膜系コンポーネントから成り立っている.もう一方の炭 酸同化系は葉緑体ストロマ局在の 13 の酵素が関わる, CO2を有機化する酵素回路系であり,光化学系で生産され た NADPH と ATP がこの系を駆動するために使われる. 炭酸同化系の消費産物である NADP+と ADP は光化学系 に戻され光化学反応の基質となるため,光化学系と炭酸同 化系はいわゆる,持ちつ持たれつの関係となる.これら 2 つの系は反応速度論的に大きな違いがあり,光化学系反応 は物理化学的反応から構成されているため光強度の増大に 伴って反応速度が増大するのに対し,多数の酵素反応で構 成される炭酸同化系は酵素の特性である最大速度に律速さ れるため,光化学系に比べ低い光強度で反応速度が飽和す る.したがって,これら 2 つの系は低光量範囲では同調的 に機能し高効率の光合成能を実現しているが,光強度の高 い環境下では光化学系のエネルギー生産量が炭酸同化系の エネルギー消費量を上まわるために同調性が失われ,エネ
ルギーギャップ(過剰なエネルギーの供給)が生じる(図 1B).このように光エネルギーの全てが NADPH,ATP の 合成に使われるなくなると,余剰エネルギーの一部は酸素 分子の励起(PSII での一重項酸素生成)・還元(PSI でのスー パーオキシドアニオン生成)に使われ,結果的に ROS が 生成される(Asada 2006),いわゆる酸化ストレスの状態 に陥る(図 1C).植物において葉緑体は主要な ROS の発 生源であり,健常な葉でも光エネルギーの 10 ∼ 20% が ROSの生成に使われていると見積もられており,Foyer and Noctor(2003)の試算では,単位面積あたりの活性酸 素生成量(H2O2換算)がミトコンドリアの 20 倍にもなる (葉緑体の生成量が 4,000 nmol m−2 s−1に対し,ミトコンド リアのそれは 200 nmol m−2 s−1).しかし葉緑体が備えた ROS消去系は,そのレベルの活性酸素は解毒可能であり 障害は出ない.だが,環境ストレスを受けた植物体中では 光化学系反応の異常や炭酸同化系の能力低下などにより光 化学系と炭酸同化系のエネルギーギャップがさらに拡大 し,それに伴って ROS の生成量も増大すると考えられて いる.例えば乾燥ストレス下の植物では蒸散を抑えるため 気孔が閉鎖するが,同時に炭酸同化系の基質となる CO2 の吸収が減少するためカルビン回路の反応速度(=NADPH の消費速度)が低下し,エネルギーギャップが増大する. このように酸化ストレスは様々な環境要因により引き起こ される光合成の二系統のアンバランスに起因して発生する ため,多くの環境ストレスに関わっていると考えられてい るのである. 葉緑体に多量に含まれる多価不飽和脂肪酸が過酸化さ れる二つの経路 ROSはその反応性の高さ故に,生体内でタンパク質, 核酸,脂質などの生体高分子を攻撃する.中でも脂質は ROSの主要なターゲットであり,二重結合を多く持つ不
飽和脂肪酸(多価不飽和脂肪酸,PolyUnsaturated Fatty Acid, PUFA)は容易に酸化されることが知られている.植物は PUFAsを多く含む生物であり,例えば光化学系の存在す るチラコイド膜を構成する脂肪酸の 8 割ほどを二重結合を 3つ持つリノレン酸(C18 : 3)もしくはヘキサデカトリエ ン酸(C16 : 3)が占める(Douce et al. 1973).これは頻繁 に変化する光環境に応答してチラコイド膜上の最適な位置 に光化学系を配置するために,融点の低い PUFAs を膜構 造に取り入れることでチラコイド膜の流動性を高め,チラ コイド膜上に局在する光化学系タンパク質複合体の移動を 容易にするためであると考えられている.このように葉緑 体は,1) PUFAs の割合の高いチラコイド膜を持つ,2) ROSの大発生源である光化学系が存在する,という脂質 の過酸化が起こりやすい 2 つの条件が重複しているオルガ ネラである.さらに光合成色素であるクロロフィルは光増 感剤として脂質の過酸化を促進することも知られており (Frankel et al. 1979),光存在下で酸化ストレス状態に陥っ ている葉緑体中ではさらに脂質の過酸化が加速されている と考えられる.実際,光照射下の高温ストレスにより起こ る脂質過酸化においてリノレン酸が主要な生成源となって いることがリノレン酸欠損変異体の解析を通じて明らかに PSII PSI 1O 2 3O 2 O2 -CO2 H2O O2 NADPH, ATP NADP+, ADP Sugar Calvin Cycle PSII PSI
e
-NADP+ NADPH エネルギー ギャップ 形成下 2H++ 1/2O 2 H2O PhotosystemA
C
B
光化学反応(物理化学的反応) 光強度 カルビン回路(酵素反応、通常時) 反応速度 エネルギーギャップ(過剰なエネルギー) カルビン回路(ストレス時) 図1 図 1 同調的に機能する光化学系 (Photosystem)と炭酸同化系(Calvin Cycle)(A).光強度が高くなると両者間でエ ネルギーギャップが生まれ,環境ストレス下ではギャップはさらに増大する(B).消費しきれない過剰なエネルギー は光化学系 II(PSII)で一重項酸素,PSI でスーパーオキシドアニオンの生成に使われる(C).されている(Weber et al. 2004 ; Yamauchi et al. 2008). 植物体内での PUFAs の過酸化は酵素的,非酵素的に進 行する二つの経路が知られており,非酵素的な過酸化経路 に ROS が大きく関わっている(図 2).非酵素的な酸化分 解は脂肪酸の不飽和度が高くなると複雑化し生じる酸化分 解物も多様となり,構造が単純なカルボニルのみならず, ジャスモン酸の構造と類似したファイトプロスタン類の生 成も報告されている.一方,酵素反応により脂質を酸化す る系としてジャスモン酸生合成経路とみどりの香り(Green Leaf Volatiles, GLVs)生合成経路がよく知られている(Ma-tsui 2006).両方の経路はチラコイド膜から遊離したリノ レン酸に 13-リポキシゲナーゼが酸素付加するまでの段階 までは共通しており,その次に作用する酵素によって二経 路に分かれる.GLVs 経路はヒドロペルオキシドリアーゼ, ジャスモン酸経路はアレンオキシド合成酵素が,分岐点の 反応を触媒する. 活性カルボニルの生成とストレス障害への関与 PUFAsの過酸化により生成する低分子化合物は多 数同定されているが,カルボニル化合物,特にカルボニル 基に加え構造中に α, β-不飽和結合を持つ α, β-不飽和カル ボニル化合物や,マロンジアルデヒドやグリオキサールの ようにカルボニル基を複数持つ化合物は反応性が高く生理 的に重要である.これら反応性の高いカルボニル化合物に ついて最近,活性カルボニル(reactive carbonyl,もしくは reactive carbonyl species)という呼称が提案され,その生 理機能が注目されている(Mano 2012).活性カルボニル はそのカルボニル基を通じてタンパク質とアミノカルボニ ル反応により化学的に結合する(図 3).さらに α, β-不飽 和カルボニル結合を持つものはマイケル付加反応を通じて タンパク質に結合する.生理学的研究においてマロンジア ルデヒドが酸化ストレスのマーカー物質として広く検出対 象とされているが,これは生体内でタンパク質毒性を示す 化合物が生成していることを同時に評価していることにな る(Esterbauer et al. 1991). 13-Lipoxygenase Hydroperoxide lyase (Z)-3:(E)-2-Hexenal Isomerase Linolenic acid (Z)-3-Hexenal (E)-2-Hexenal 13-hydroperoxide Lipase Fats Phospholipids Galactolipids 13 Jasmonic acid Allene oxide synthase Allene oxide cyclase
12-oxo-cis,cis-10,15-phytodienoic acid (OPDA)
ROS
Acrolein (E)-2-Pentenal Malondialdehyde Crotonaldehyde Phytoprostane図2
図 2 葉緑体内の PUFAs 酸化反応の経路.大きく非酵素的酸化経路(白矢印)と酵素的酸化経路(黒矢印)に分け られ,酵素的経路はさらにジャスモン酸生合成経路(右側),GLVs 生成経路(左側)に分岐する.代表的な活性カ ルボニルを点線で表示している.Michael付加
Amino-carbonyl反応
図3
図 3 タンパク質中のチオール基,アミノ基,イミダゾー ル基は,活性カルボニル(この図の場合 α, β-不飽和アル デヒド)とアミノカルボニル反応,マイケル付加反応を通 じて結合する.RSLV(α,β-不飽和カルボニル 結合を持つ直鎖カルボニル) GLV(緑葉揮発性化合物) 活性カルボニル (Z)-3-Hexenal (E)-2-Hexenol (Z)-3-Hexenol (E)-2-Hexenal (E)-2-Heptenone Methylglyoxal Malondialdehyde Crotonaldehyde C3 C4 C5 C6 C7 C8 C9 C10 シグナル分子として機能 PSII阻害作用 直鎖α,β-不飽和アルデヒドの炭素鎖長による機能分類。C3はシグナル作用は示さず、強いPSII阻害作用を示す。C4〜C9の直鎖 α,β-不飽和アルデヒドはPSII阻害作用が弱く、シグナル分子としての作用が強い(RSLV)。C10はPSII阻害作用、シグナル作用とも 示さない。
・ 、Green leaf volatile、緑葉揮発性化合物(リノレン酸由来のC6化合物で緑葉の香り成分)[点線四角内]。
・活性カルボニル(ジカルボニルやα,β-不飽和カルボニル化合物などの高反応性カルボニル化合物)[点線角丸四角内]。
・RSLV、Reactive short-chain leaf volatile、反応性短鎖緑葉揮発性化合物(PUFAの過酸化に由来する短鎖α,β-不飽和カルボニル化合物)[実線角丸四角内]。 本稿に登場する化合物の分類.
・GLV,Green leaf volatile,緑葉揮発性化合物(リノレ ン酸由来の C6 化合物で緑葉の香り成分)[点線四角 内].
・活性カルボニル(ジカルボニルや α, β-不飽和カルボ
ニル化合物などの高反応性カルボニル化合物)[点線 角丸四角内].
・RSLV,Reactive short-chain leaf volatile,反応性短鎖緑
葉揮発性化合物(PUFA の過酸化に由来する短鎖 α, β -不飽和カルボニル化合物)[実線角丸四角内]. RSLV(α,β-不飽和カルボニル 結合を持つ直鎖カルボニル) GLV(緑葉揮発性化合物) 活性カルボニル (Z)-3-Hexenal (E)-2-Hexenol (Z)-3-Hexenol (E)-2-Hexenal (E)-2-Heptenone Methylglyoxal Malondialdehyde Crotonaldehyde C3 C4 C5 C6 C7 C8 C9 C10 シグナル分子として機能 PSII阻害作用 直鎖α,β-不飽和アルデヒドの炭素鎖長による機能分類。C3はシグナル作用は示さず、強いPSII阻害作用を示す。C4〜C9の直鎖 α,β-不飽和アルデヒドはPSII阻害作用が弱く、シグナル分子としての作用が強い(RSLV)。C10はPSII阻害作用、シグナル作用とも 示さない。
・ 、Green leaf volatile、緑葉揮発性化合物(リノレン酸由来のC6化合物で緑葉の香り成分)[点線四角内]。 ・活性カルボニル(ジカルボニルやα,β-不飽和カルボニル化合物などの高反応性カルボニル化合物)[点線角丸四角内]。
・RSLV、Reactive short-chain leaf volatile、反応性短鎖緑葉揮発性化合物(PUFAの過酸化に由来する短鎖α,β-不飽和カルボニル化合物)[実線角丸四角内]。
・直鎖 α, β-不飽和アルデヒドの炭素鎖長による機能分 類.C3(アクロレイン)はシグナル作用は示さず, 強い PSII 阻害作用を示す.C4 ∼ C9 の直鎖 α, β-不飽 和アルデヒドは PSII 阻害作用が弱く,シグナル分子 としての作用が強い(RSLV).C10 は PSII 阻害作用, シグナル作用とも示さない. 植物研究においてもマロンジアルデヒドが環境ストレス を受けた植物体で増加することは多くの研究により明らか にされていたが,そのタンパク質毒性に注目した例はな かった.そこでタンパク質に結合したマロンジアルデヒド を認識する特異抗体を用いたイムノブロッティングを用い て,マロンジアルデヒドの標的になっている光化学系タン パク質の同定を試みた.対象を光化学系タンパク質とした のは,空間的にチラコイド膜局在タンパク質が PUFAs の 過酸化により生成した活性カルボニルによる修飾の起こる 可能性が高いこと,また PSII 活性が低分子活性カルボニ ルに対する感受性が高いことが分かっていたからである.
その結果,PSII 複合体の構成タンパク質(LHCII, OEC33) がマロンジアルデヒドやアクロレインなどの活性カルボニ ルによるタンパク質修飾を受けやすいこと(Yamauchi et al. 2008),さらに OEC33 の活性カルボニルによる修飾が PSIIのマンガンクラスターの不安定化をもたらし,PSII 活 性を低下させる原因となっていること(Yamauchi and Su-gi moto 2010)が明らかとなった.PSII は酸化ストレス障 害の主要なターゲットの一つであるが,活性カルボニルも 酸化ストレス障害の一因になっていることをこれらの結果 は示唆している. 葉緑体内の活性カルボニル解毒系 植物からカルボニルを抽出し網羅的に解析しても, 健全に生育している植物の活性カルボニルレベルは低く, 人為的な酸化ストレス,例えば ROS の一種であるスーパー オキシドアニオン(O2−)の生成を促進するメチルビオロー ゲンを処理したとき,活性カルボニルの一過的な増加が認 められる.これは植物に活性カルボニルを解毒する代謝系 が存在し,通常は活性カルボニルが低レベルに維持されて いることを示唆している.そこで,最も単純な構造を持つ α, β-不飽和アルデヒドであるアクロレイン(CH2=CHCHO) を基質として用い,キュウリ葉を用いて代謝活性の有無を 検討したところ,NADPH を補酵素としてアクロレインの α, β-不飽和カルボニル結合を飽和結合へ還元する酵素活性 が検出された.そこで本酵素を単一に精製し遺伝子をク ローニングしたところ,植物に特有のアルケナル / オン酸 化還元酵素(Alkenal/one oxidoreductase, AOR)と同定され た(Yamauchi et al. 2011).本酵素は葉緑体局在型と細胞質 局在型のアイソザイムが存在するが,植物によって両方持 つものと葉緑体型のみを持つものに分かれる.AOR の基 質特異性を詳細に解析したところ,毒性の高い C3 の活性 カルボニルを消去する能力が高かった.一方,アルデヒド 基に対する NADPH 依存性還元酵素も葉緑体に存在してお り,これらの酵素が協調的に活性カルボニルをより毒性の 低いアルコールまで還元していると考えられる(図 4). さらに in vivo での葉緑体型 AOR の機能を評価するため, 葉緑体型 AOR を欠損するアラビドプシス(aor 変異株) を用いて酸化ストレスに対する感受性を解析した.その結 果,メチルビオローゲンを処理した時,aor は野生株と比 べてアクロレインやクロトンアルデヒドの生成が高まって お り,PSII 活 性 が よ り 阻 害 さ れ て い た(Yamauchi et al. 2012).これらの結果から葉緑体型 AOR は酸化ストレス によって生成する短鎖 α, β-不飽和カルボニル化合物の解 毒に関わっており,生理的には光合成機能に対して特に阻 害活性の強い,末端に二重結合を持つ α, β-不飽和カルボ ニル化合物の解毒を重要な役割として担っていると考えら れる.
環境ストレス応答遺伝子を発現誘導する活性カルボニ ル~ RSLV ~ 活性カルボニルは通常時は低レベルに保たれ,酸化スト レス時に一過的にその濃度が高まることから,ストレス時 の応答反応の刺激に関わっていることが考えられる.そこ で筆者らは,活性カルボニルが植物の酸化ストレスに関わ るシグナル分子として機能しうるのではないかと仮定し, 酸化ストレスにより発現が誘導される HSFA2-HSP(Heat Shock Protein,熱ショックタンパク質)発現系を用いて, 活性カルボニルの遺伝子発現作用を解析した(Yamauchi et al. 2014).シグナル分子候補として,多くの植物種で検出 されている 2-ヘキセナールを用いて HSFA2 遺伝子の発現 能を解析したところ,曝露後 30 分後に極大を示す遺伝子 誘導活性を示した.β, γ-不飽和カルボニルである 3-ヘキセ ナールや 2-ヘキセナールのアルコール体である 2-ヘキセ ノールは HSFA2 誘導活性を示さなかったことから,α, β -不飽和カルボニル結合がシグナル作用を示すための必須構 造であることが考えられる.炭素鎖長の異なる化合物のシ グナル活性を調べた結果,C4 から C9 の直鎖カルボニル化 合物が活性を示したことから,これらシグナル活性を持つ 直鎖 α, β-不飽和カルボニル化合物を反応性短鎖緑葉揮発性
化合物(Reactive Short-chain Leaf Volatile, RSLV)と名付けた.
マイクロアレイ解析を用いて RLSV により誘導される遺伝 子を網羅的に解析したところ,環境応答に関わると考えら れている転写因子群(HSF, MBF1c, DREB2A, ZAT 等),お よびそれらの下流に位置すると考えられる環境応答遺伝子 群(HSP,抗酸化酵素等)の発現が誘導されていた.様々 な環境ストレスに対する遺伝子発現プロファイルをもとに クラスタリング解析をおこなった結果,RSLV により誘導 される遺伝子グループは,高温ストレス応答に関わる遺伝 子グループ,紫外線・酸化ストレスなどに応答する遺伝子 グループの 2 つに属することが分かった. RSLVは HSFA2-HSP系を発現誘導することから,RSLV 情報伝達系と高温ストレス情報伝達系には重複があること が考えられる.そこで高温ストレス応答情報伝達系のマス ターレギュレーターとして考えられている HSFA1 を欠損 した突然変異体(QK 突然変異体)を用いて,RSLV によ る HSFA2 遺伝子の誘導能を調べたところ,完全に誘導能 を失っていた.興味深いことに,RSLV によって誘導され AOR ADR AKR 短鎖α,β-不飽和カルボニル α,β-不飽和カルボニル 結合還元 飽和アルデヒド 飽和ケトン 飽和アルコール 多価不飽和脂肪酸 アルデヒド還元 ジアルデヒド ADR AKR アルコール アルデヒド還元 過酸化 図4 図 4 葉緑体中での活性カルボニル解毒系酵素.AOR, Al-kenal/one oxidereductase ; AKR, Aldo/keto reductase ; ADR, Aldehyde reductase.いずれの酵素も NADPH を補酵素とす る還元酵素である.
高温ストレス
HsfA1
RSLV
HsfA2, MBF1c など
HSP
タンパク質安定化
(高温耐性)
酸化ストレスを伴う環境ストレス
DREB2A, Zat10, Zat12 など
環境ストレス耐性
ストレス応答タンパク質
脂質過酸化受容体
?
ストレス
受容
情報伝達
タンパク質発現
ストレス耐性
ROS 図 5 RSLV 情報伝達系の概略図.白矢印が RSLV が関与する情報伝達系を示している.黒矢印は高温ストレスによ り活性化される情報伝達系で,HSFA1 がそのマスターレギュレーターであると考えられている.る ZAT(酸化ストレス応答転写因子)は HSFA1 を欠損し ている QK においても誘導されていることから,RSLV は HSFA1に依存した情報伝達系と依存しない情報伝達系を 刺激していることが明らかとなった(図 5). 環境ストレス時に生成する ROS は,障害をもたらすの みならずシグナル分子としても機能していることが示され てきているが,ROS は短寿命のため長距離のシグナルは 別の形に変換された化学物質が機能している可能性も指摘 さ れ て き た.RSLV は,1) 酸 化 ス ト レ ス 時 に ROS が PUFAを攻撃することにより非酵素的に生成されること, 2)α, β-不飽和カルボニル結合に由来する化学的反応性を 有すること,3)生物学的半減期が数十分の揮発性化合物 であることから,比較的長距離の酸化ストレスシグナル分 子として機能している可能性が考えられる.今後は, RSLVが植物細胞にどのようなメカニズムで受容され環境 ストレス誘導性の遺伝子発現につながっているのか詳細な 機構を明らかにすることが重要な課題である. 考察~環境ストレス応答における葉緑体の役割~ 光化学系と炭酸同化系間のエネルギー需給アンバラ ンスが酸化ストレスをもたらすこと,さらに多くの環境ス トレスで酸化ストレスが併発していることを考え合わせる と,葉緑体が環境ストレス受容オルガネラとして機能して いる可能性が生まれてくる.すなわち光条件や水分条件(気 孔の開閉状態)などの状況をモニターし,異常時(エネル ギーの需給にアンバランスが生じるとき)には ROS や RSLVのような酸化ストレスシグナルを生成し,環境スト レス応答遺伝子発現を活性化させる,というからくりが仕 組まれているのではないかという考え方である.これを非 生物学的ストレスにより植物内部で引き起こされる酸化ス トレス,と捉えると,病原菌感染や昆虫による食害などの 生物学的ストレスが引き起こすオキシダティブバーストと 対比することが可能かもしれない.また,生物学的ストレ スにおいて細胞壁の分解物がエリシターとして初期応答の シグナル分子として機能していることが知られているが, 酸化ストレスを併発する環境ストレス下でチラコイド膜を 構成する PUFAs の酸化的分解物がシグナル分子として機 能しうることは,自らの分解物を環境ストレス応答の初期 シグナルとして利用している葉緑体の姿を示しているのか もしれない. おわりに 植物は環境をどのように捉えているのか,そしてど のように応答しているのか,最近の研究によりその化学的 な一面が明らかとなってきた.そのプレイヤーの一つと考 えられる 2-ヘキセナールは葉の香り成分として 20 世紀初 頭に発見されて以降,様々な機能が明らかにされてきた. 真夏の陽射しのもと,生い茂った畑から立ち上る草いきれ にも私たちはみどりの香りを嗅ぎ取ることができるが,2 -ヘキセナールがその α, β-不飽和カルボニル結合を通じて 環境ストレス応答シグナル分子として機能しうることは, 環境に一生懸命応答しようとしている植物の化学的メッ セージを感じ取っていると言えるのかもしれない.本稿を 通じて,環境応答における酸化ストレスの重要性,また活 性カルボニルの多様な生理機能を認識していただけたら幸 いである. 文 献
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