• 検索結果がありません。

『宗教研究』新第11巻第1号(*80号)

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "『宗教研究』新第11巻第1号(*80号)"

Copied!
182
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

――目次――

1,

宗教的経験の領域,過程及び類型,宇野円空,Enkū UNO,pp.1-11.

2,

耆那教知識論の一節,入諦義経及び其の原註における認識論の解釈,金倉円照,Enshō

KANAKURA,pp.12-26.

3,

ヘーゲルの啓示宗教,小松摂郎,Setsurō KOMATSU,pp.27-39.

4,

提婆品挿入説再吟味,布施浩岳,Hirotake FUSE,pp.40-49.

5,

唯識説発達における二潮流(承前),河村節三,Setsuzō KAWAMURA,pp.50-68.

6,

平家物語に現れた末世観について(続),宮本隆運,Ryūun MIYAMOTO,pp.69-83.

7,

人間死後の霊魂信仰の心理学的研究(下),安倍三郎,Saburō ABE,pp.84-96.

8,

了別者と被了別者との関係(下),唯識四分説の一部として,富貴原章信,Akinobu

TOKIHARA,pp.97-111.

9,

満州薩満教の家祭,秋葉隆,Takashi AKIBA,pp.112-128.

10,

現代ドイツ・プロテスタント思想の諸傾向,丸川仁夫,Hitoo MARUKAWA,pp.129-140.

11,

マトゥラー彫刻への関心,J.Ph.Vogel, La Sculpture de Mathurā,高田修,Osamu TAKADA,pp.141-150.

12,

反宗教運動の建設面,Hecker,J., Religion and Communism,佐木秋夫,Akio SAKI,pp.151-158.

13,

新刊紹介,pp.159-180.

(2)

宗教的経験の領域、過程及び類型

宇 野 囲 空

○ 侶仰といふ語の通俗的な使用は、多くはキリスト教国民に由来するのであらうが、それを受入れての近頃での 乱用は、往々その本来の語義を捜却したかに見える。これを宗教的経験といふに代はるべき同義語として、その 多様な種類とすべての部分を言ひ表はすのは、今では畢的な範囲にまで有がちの用語法となつて、それは必ずし も侶する心の働きや態度、もしくは信じられたる事物の観念のみを意味しない。廉い意味で或る事物の存在を信 じる心は、日常の経験にも何らかの形で含まれてゐるし、超感覚的な存在と交渉することの多い宗教的経験では、 それらの勘念は特に信念となつてその確貰性を保許される必馨がある。しかしそれ故に宗教的経験の仝醍を倍と いふ語で表はすことは不雷であつて、それに或る特定の信念が出立鮎となカ中心となつてゐる場合ですら、それ には信仰とはいへない種々の意識的要素が加はつてゐる。故にこれらを級括して信仰とか信念とか呼ぶことの可 否は、或る程度まで便宜上の問題であるけれども.これが感めに宗教的経験そのものの内容や性質に封する誤解 の生することは、この場合に特に警戒を要する。 信仰といふ育英で碇きかへられた宗教的経験は、その観念の客観的貫在性の確信の方面、特にそれが他人の言 浣数的経験の領域、過程及び類型 ヱ

(3)

宗教拍紳助諭鶴城、過程及び親和

詮に摺り、もしくは論理的思惟を越えて直観的に信ぜられる特殊性のみに、過大の注意を奪ふ嫌ひがある。従っ

てそれは極めて多様な柄類をもつて現はれる宗教的経験について、むしろ特定な型を取りあげて、これ㌻二般的

のものと考へさす傾きがあ少、またそれらの仝髄に共通な諸要素についてすら.その↓部分を力説して他を顧み ない結果をもたらす。ことに信仰とか信念とかいふ時に.人は多くその信ぜられたる内容の観念的なものを想起

する。しかもこの観念的要素は宗教的経験の永続性を保許するものであるだけ、また多少それを固定せしめる作

用をもち、それが反省によつて明確にされ.いはゆる不動の信となつた時に於て特に甚しい。故にこの翫鮎から

見た宗教的経験は、往三定不欒の心的状態であるかの如く考へられ、その時問的経過に於ける程々の欒動にも

拘らず、その宗教性を或る特定の時鮎、特に思想的調整による終極的安定の輿へられた時に限って認め、往々そ

の感動や析力の稀薄になつた観念的形骸のみが重税されることになる。これは用語の不常な適用に導かれた常識

的な誤解ではあるが、それが歴々畢的な解樺にまで累を及ぼしてゐることも注意すべきである。

それで信仰といふ代りに宗教的鰹験とか経験とかいふ場合にも、箪にその這の段階に於ける高調黙のみが問

題となることが多い。見性や擁取の瞬間を特に宗教的な経験として物語るのは、そこに多少の理由がないではな

いけれども、これだけを切離しての研究は映隋が多く、宗教的生活の理解に甚しい錯誤をも来す。それは宗教的

経験の特殊相を強調するに便利ではあつても.動もするとその畿現、高揚、持緯等の欒化の諸相を度外視し、各

個人の仝生活に対する開陳や機能の方面を逸しやすい。また紳の観念や聖なる存在への閲係の意識の強調は、む

Lろその経験の宗数的特徴を示すだけで、他の種々の認識的要請や動向をふくむそれの具餞的内容を忘れがちで β

(4)

ぁる。かくしてそれの平面的構造と時間的欒化において、教系や性格による多様な類型と個性のあることを無税

し、略三枝な内容と形式に固定して見ることは、今に畢的な論議の場合にも少くないのである。これは一つは

いはゆる宗教的経験のあまりに特殊的な取扱に却って災ひされたのであつて、ために人々がそれの本来の抽象的

な性質を顧みす、恰もそれ自身で猫立な具髄的現象であるかのやうに想像するからである。

宗教的経験の必然的な特徴として、何らかの意味での神聖の意識がその中心であることは、その内容や構造の

詮明の如何に拘らす、大鰻に於て許されてい1概括であらう。これをその主観的状態について一骨直接に名けた

ら、驚異、尊敬、恐怖及び好悪の情緒や情操の複合である畏敬の意識であ少、事賓に於て畏怖または畏忌と崇敬

とに分極して現はれる情操だと私は解樺してゐる。そしてこれら各情緒の認識的基礎として、その対象にみとめ

られた超自然性もしくは神秘性と威厳、及び何らかの利害閲係の観念は、組じてその存在の神聖な性質を構成し

て、畏敬の情操にその観念的要素として含まれるのであるから、これをや1客観的な意味から名けて神聖の意識

といふのであゎ∴それはいはゆる神聖観念とこれに封する多少主観的な感情的反應とを合せたものである。しか

もこの反騰にはすでに或る動向の意識が結合してゐるので.それはやがて特殊な慾望や意志として餞展すべき可

能性を備へてゐる。故に箪なる紳聖の意識といひ畏敬の情操といつても、その意識的性質と方向に於て、可なり

多様なまた複雑なものを包含してゐるのである。

またこれを内容について見ても、神聖と認められるもの1種類は、賓際に人によつて佐々雑多である。それは 琉歌灼解放の領域、過程及び類型 3

(5)

宗教的経瞼の錦城、過程及び類型

紳とか襲とか呼ばれる人格的存在には限らす、一方では感覚的な人間や動物から金石その他の呪物、他方では超

感覚的に想定された山川草木であることもあカ、また個物ではない祭儀戦争等の事態、他界浄土その他の黄金時

代、さらに抽象的な智葉、愛、至上菩等の性状であることすちある。かつこれら神聖の焦鮎となる種々の存在は−

その周囲にある他の存在と直接間接に関係づけられて、その神聖な性質を轄移放射するから、神聖の意識に於け

る観念の範囲は、注意の集散とその程度につれて、事賓上これに明かな限界を付することは困難である。それを

単に画その他の聖物の観念のみに限定して見るのは、意識の算情をかへりみない俸統的な猫断である。ことにそ

れ白身紳聖とは見られない種々の存在も、宗教意識の中に在っては凡俗としてこれに封立せしめられ一両々相ま

ってその宗教的意義が高調境大されるのであつて、それに多少の合理的反省が加へられた時には、この種の観念

の領域は釜々贋々なる。そしてこれらに封しても夫々何ほどかの情意的反應があり、それが金牌として宗教的経

験の意識内容を構成するのであるから、硯算の具慣的な経験は単なる神聖の意識といふほかに、幾多の非宗教的

な変素を包含せざるを得ないのである。

なほ必ずしも意識的な経験となつて現はれないにしても、畏敬の情操の根概には、つねに何らかの慾求が働い

てゐる。単純な神秘や威厳の感じですら、本能的にもせよ各日知的進出かまたはカ的調節の傾向がなくては規は

れ得ない。まして恐怖や好悪の情操的要素は、種々なる慾求と閲聯しての貰際的な利寄の関心から派生したもの

である。故にこれらの慾求といふ中には、潜在的な性向もあり意識的な慾望もあるが、その方向や目的に於て人

間に現れるあらゆる慾求に亘少、従ってそれ自身では何ら宗教的な性質をもたないにも拘らず、それが神聖な存

4

(6)

在の観念と閲聯し、かつ終始畏敬の情操を支持する鮎に於て、宗教的経験からは除外し得ないものである。もつ ともこの慾求の一部は、畏敬の情操の中にあつて、その動向的要素となつて働くが、さらにそれが紳聖な存在と 閲聯して、これに対して特殊な目的をもつた慾望や意志に費展Lた時には、それはもはや神聖の意識自照の範囲 外のものである。しかも手段は手段を生み、近い目的は違い目的に連なつて、それらは神聖な存在を直接の封象 とするものと然らざるものとを交へ、観念的にも或る程度の餞系を形つくることが多い。ことにそれに伴ふ執意 や努力.またそれから派生した行動とその結果と相まつての緊張弛綬及び不安満足等の意識は、宗教的経験とし ては特に重要な部分である。すなはちこれらが全照として畏敬の態度に於て行はれるにも拘らず、それ自鰹では 神聖の意識の構成要素ではない薦めに.それを宗教的経験から除外して見ることは常を得ない。 ○ かくて畏敬の情操はそれ日韓の認識的及び動向的要素を包括して、宗教的経験の指導的中心であり焦鮎ではあ るが、それだけで具性的な経験の金牌を構成するものではない。宗教的経験は其平面的な領域や構造に於ても、 これ以外に種々の観念的及び情意的要素を包含し、これらのそれ自身では宗教に固有ではない意識的要素の範囲 と出入に於て、むしろより多くその具鯉的な種類や欒化を示すのである。このことは宗教的経験をその時間的過 程に於て見る時に一骨顛菅であつて、神聖の意識の生滅滑長を中心として、これに迫伴しまたは綿復して現はれ る意識的要素の如何が、経験仝鰹の具性的な性質を決定する。この場合にも特に畏敬の情操が高調に達した時の 状態が、その宗教的特徴を明かに現はす意味に於て重要ではあるが、その前後の経過も宗教的経験としては度外 宗教的経験の額城、過程及び類型 五 ∂

(7)

硯できない諸段階であ少、ことにその中に鈍り込まれた本釆非宗教的な戌謝的要素との交渉は∴・が数的生酒の全

醒を考へる上からも、十分忙顧みなくてはならない具醍的な欒化である。

畏敬の情操の畿現に貰って、その基礎的慾求は時間的にもこれに先って存在するのを常とするが、この場合そ

れは必すしも意識的な慾望として経験されるのではなく、却って帥聖な存在の認識とその関係によつて意識的に

なることも少くない。しかしまたこの認識は慾望の先在によつて促されるものも多いので、か1る慾望とそれに

含まれた目的や封象の凱念は、未だ厳密には何ら宗教的性質をもたないけれども、宗教的経験の構造から除外す

ることはできない。かりに軸聖た存在の認識が全く受動的に常時の環境や刺戦から輿へられ、もしくは教養や博

統の暗示を動横として生する時でも、この慾望がもたらす種々の観念は、神聖な存在と何らかの閲係に於て意識

の中に存緯し、往々それ白身紳聖の範囲に人つて、畏敬の観念的領域を種々の方向に損大するやうになる。そし

てこれらの前後と交錯によつて種々なる宗教的経験の個性も現はれ、それから抽象した畏敬の情操より外の意識

的要素の欒化をその過程の中に包含するのである。

もつともこの情操自鰹の成立も、多少の時制的過程に於て軽々の心理的順序をもつて行はれるので、決してそ

れは一時にまた二様に意識に上るのではない。神聖な存在の観念が罫なる観念として意識されてから.相首長い 時間を経て後に、これに應する情意的要素を経験するに至ることもあり、後者がまづ不明瞭な観念を構成しっ1

動いて、漸次に反省や思惟による観念の審理がこれを確定するやうな場合も、猫創的な宗教的経験に於てはこと

に多いやうである。ことに神聖な存在、特にその中心となり根瀕となるものが多く超感健的な存在である鮎から

謀殺的繹拍⋮禰域、渦稗及び類型 β

(8)

も、それの認識と其賞在信念の成立過程は人によつて区々であ少.歴々これに数年の歳月を要することもある。 信は語濾的にも他人の言説の伝受であるが、宗教に於ける聖なる存在の信念は、ことに先覚者のそれの借受から 間接に輿へられる他受の信であることが多い。そしてこの場合にも直接に自己の知覚、想像、または思惟の結兼 を信じるのと同様に、輿へられたるものを、何ら疑ふことな/\経験と同時に客観的賓在として信することもある が、性質上日常の経験と朔を異にする宗教的事物としては、むしろそれに先づ疑惑をいだくのが自然であつて、 これを解治しての再信となる瓢に信念が強調される理由もある。しかもこの疑惑の解消は時として容易でなく、 そこに存在の認識または経験からその賓在が信ぜられる迄に、相常な時間に亘っての意識の動捧と活動があ少、 その信念の根接が築かれて行く方法の上にもー外部的な権威に伐侍するのと、感覚的な経験による徴験や論理的 整合の蔑見にまつのと、その意識的構造の著しく興った宗教的匿験の過程を示すのである。 紳聖の意識の基礎となる種々の慾求、及びそれの相承欒形としての畏敬の情操に於ける動向的反應が、さらに 特殊な慾望や意志となつて.種々の目的に向つての執意、努力、及び行動を派生し展開するのは、先に二言した 通り相常に長い暗闇的過程に於てゞある。その間絶えす新しい目的と封象及び環境の認識があり、各手段の成否 によつて失望または満足の意識を伴ふところの意志の段階があつて、これらは必ずしも神聖な存在を封象としな くても、同じ畏敬の情操に統制されてゐる鮎に於て、その宗教的経験の一部を構成する。従ってこの意志的過程 は、紳に近づき救済を被り、塞験を獲得し覚誇を待つといふ如き、自他の貨利を目的とするものには限らず、聖 なる存在とその経験の知的または畢術的な再省や表現、それの俸道その他の杜禽化を目的とするものを含めて、 宗教的拙軌の翫観、過程及W新型 七 7

(9)

八 宗教的経胞の鋳域、過程及び類型 その心的作用に説はれ意識に反映する限り、略火同一の観念的基礎に於ける神聖の意識が滑滅するまでは、一つ の宗教的経験として持接するのである。 ○ 宗教的経験をその平面的領域と時間的過程について見ると、その構造と欒化とはかくも複雑であ少多様であっ て、これ藍単なる紳聖の意識や畏敬の情操のみに膵着せしめることは不可能である。それは宗教的経験の指導的 要素であり意識的焦鮎ではあるが、決して経験の金牌ではなく、かつそれ白身にも具鰭的にはその成立と内容と に多くの欒化をもつてゐる。ましてその他の意識的要素の出入消長は、これと交錯して宗教的経験の蓉生と持綬 に閲興し、その具慣的な内容を形くるので、そこにまた非宗教的な生活との開聯交渉も起るのである。かくて宗 教的経験の事賞に於ける多様性と、他の生満の諸所に連なる不可分の関係とを顧みるならば、極めて特殊な宗教 的経験の理解や偉統的な概念を固執して、それを普遍化することによつて宗教的経験を二番的に解樺したり、単 に諸宗教に共通な経験の特徴を抽象して、宗教的生活を飽から切離された孤立的な経験であるかのやうに見る従 釆の傾向は、常然こ1に修正されなくてはならない。 それで宗教的経験をその最も異能的な相に於て見るには、これを各人について個々の経験に徹しなければなら ぬ。しかしこれを試みるにも無数の個人に常ることはできす、限られた人々にそれを求めるとすれば、出来るだ け種類の異った事例を集めることが効兼的であつて、この鮎からも靡い範囲に立つての類型の湛分が必要になつ て来る。何れにしても宗教的経験に若干の類型を認めることは、それを宗教仝鯉として概括するよりも、多少具 ∂

(10)

鰹的な理解に進む所以であ少,それの多様な欒化を認める以上、畢的に避けがたい事績の一つである。そしてこ の類型は従来一般には、宗派または歴史的教系によつて認められたので、教系によつて教義と儀鰭その他の行動 規定を一にする鮎では、これは宗教的生活の終始を通じて全髄的な経験の類型を示すに、比較的に通常な方法で もあつた。しかしそれも単に教義上の差異のみに注意する場合には、動もすると宗教的経験の観念的要素の分類 に過ぎないことになるので、もしその情意的な方面の諸相を重税するならば.教系よりはむしろ個人の性格によ る経験の異同の方が顕著になつて凍る。そこで近年は心理畢的にこの性格の差異を主眼として∴示教的経験をそ の知情意等の各要素の優越した諸型に分けて見る人々も多いが、これも単に経験の内容を静的に見たゞけでは、 極めて抽象的なかつ相封的な意味での類型しか見られない。 ジェームス等に於ける畢生型と再生型との封立は、この鮎で最も著名であわ、宗教的経験の仝醍観の上からも 有意義である。しかしこれもその根砥は信仰の寄生が漸進的であるか勃頚的であるか、従ってそれを中心として の世界観や生活態度の急激な欒劫があるか香かの問題であつて、むしろ貫質的には生活に封する信仰の支配領域 の大小にすぎない。故にもL神聖の意識の畿現する様相を主としてこれを分けるならば、前にもいつた謡うに基 礎的愁求に促されて能働的にこれを求めるものと、受働的に環境に利戟されて意識するものと.及び俸統や他人 の言説によつて間接に啓蟄されるものとが、一骨具鰭的な類型として見られる。またそれが特に信念となる過程 については、直信型と再信型と、そして後者に理知型と樺成型とを分けることができる。そして畏敬の博捜その ものについても、その観念的要素の明瞭の程度と感情の張劣等を宙別する必要がないではないが、これらは事賓 宗教的経験の兢域、過程及び顔型 九 9

(11)

上多くは祁封的な程度の問題となり、あまり具性的な類型の観念とはなり難い。

たゞこの中で動向的要素の強翳または性質の差異は、その後の意志的過程の消長の根源となり、宗教的経験の

種類を決定する重要な契機である。すなはち神聖な存在の経験によつて慾求の満足藍息放する者には、その経験

白鰹が却ってそのま1停止路地して多く進展せす、輿へられたる翌そのものへの強い関心からは、それの知的反

省、感情的静観、および貰動的表現等の諸型があらはれる。また主として賓利的な慾望が持緯し驚展する場合に

は、神聖な存在の現在の状態と関係とを保持しもしくは欒更せんとする効果的な行動が催托され、これに封する

エ夫、努力、及びその結果に関しての失意や満足が、宗教的経験の重要な部分を占めることになる。この場合そ

の目的とする効果の原因を、主として自己の行動に認めるか聖なるもの1働きに節するかによつて、普通いはれ

る自力と他力との宗教塑が分れるが、これは単に観念的な直別のみではなく、努力の性質や程度に関しての能働

的及び受働的な宗教性の封立と見倣すことができる。

かくて内部的には主として意志的な質素の持緯と牽展とによつて、一つの宗教的経験が比較的急速に賂止する

か長年月に宜つて持韓するかは、その類型を考へるに重要な鮎である。同時に他方で畏敬の情操がより多くその

中心封象に集中され、従ってそれに支配される行動の範囲が特殊な俵痩的なものに局限されるか、反封に廉く種

々なる生活行動にこの情扱がその統制を及ぼして、日常生新の諸両が仲里なる存在との関係に於て営まれる普遍

的宗教性となるかは、相封的な差異ではあるけれども宗教的経験の領域の問題として一骨重要である。しかしま

た各人に於て事貰上時を異にして規はれる宗教的経験は、大鰐その中心となる紳聖観念の伺∵によつて、“つの ∬

〃祁数的糾魔の領域、渦提及び漑示

(12)

経験の持続と見なすべきであるから、生涯を通じての個人の宗教的経験はー比較的に簡単に統一される可能性が ある。そしてこ1に別個の経験を時に應じて多数に持ち得る人々と、それらを靡く観念的に連絡統合して大きく 纏った宗教的生活をする人々との差異が生じる。これが多紳的な信仰と二押的または汎神的な経験との終局的な 封立であつて、それは各人の宗教的経験の組織と統合といふ郵に重要な意味をもつ。 乗数的経瞼の領域、過棍及び類剋 ヱヱ

(13)

︵一︶ ゥマースブーティの入諦義痙第二単に接ると、﹁正見と正知と正行とが解除の道である﹂。即ちヂャイナの宗教 的理想は屯見と正知と正行とを完成することによつて賓現せられるのであつてT其の何れを軟くも之を成就し得 ︵こ︶ ない﹂関係にあると言はれる。此の解脱の必須俵件たる三軍の中でT正見とは眞貴義︵諦義︶即ち原理の信仰﹂で ︵四︶ あり、﹁原理とは命と非命と漏と縛と遮と滅と解晩﹂の七諦を指し∵信仰とは確貫なる信頼﹂豊息味するから、 正見の語はヤコービやヂャイニが覇諾したやうに寧ろ正信RechtesG−aubeローR屯−tbe−i2︻と音詩した方が原意 ちか ヽヽ に尊いであらう。斯くすれば.ヂャイナにあつては﹁正信と正知と正行とが解脱の造である﹂と言ふことになら ねぼならない。 欒︸Ⅰ・Jac。bi−EineJai冒DOgmatik︵ZD呂G謬nd︸L舛︶及びJ・HL・Jaini、Tattく賢gdEgam試已ra︵T訂Sacred出00ks O叫 ︷he Jainas言︼﹂Ⅰ・︶参照。騎本論文傍証の数字は経の番班を示す。 ︵三︶ さて此の正信は﹁自然に牽生する場合と、入得即ち習畢を保って始めて畿生する場合とがある﹂とせられるが、 自然に教生する場合は前生に於ける菩柴の結果に基づく場合を指すのであるから、其の費生は現在の我々の知識 飽 香邪教知識諭の一節

署部数知識論り一節

− 入諦義経及び其の原話に於ける認識論の解樺1

金 倉 囲

(14)

とは仰等m踊係を有しない。従って原理の習畢を目的とする耗白糖も之に閲しては之以上に論及しないが.彼の ︵石︶ 場合に関しては前記の七原理を﹁名稀と表現と貨幣と状態とによつて決定せらる﹂と説きたる後、原理の﹁入得 ︵七︶ こハ︶ 即ち召畢は諭式と量とに由る﹂となし、叉﹁定義と所属と成立因と場所と持績と区分とに由る﹂と述べ、文﹁存 ︵入︶ 在と教と任地と延長と時間と中絶と状態と多少とに由る﹂と詮いてゐるのである。経は之等のA+柏+の+加=二 十偶の概念を単に七原理を正しく倍する鶴の決定として或は之を習畢確知する馬の手段として順次に列記するに 止まるのであるが、併し、註群衆の説明にも拘らず、之等の概念中には明かに英検の布衣することは否定し得な い。例へば場所と任地の概念の如き、或は持続と時間の概念の如きである。叉状態の如きは前後二同同l術語が 現れてゐる。斯くの如きは古来それぞれ礪立に一定数の型に入れられてゐた概念を経作者が十分なる批判と整理 を加へすして並列した結果に他ならない馬であらう。更に経作者は他の概念を﹁論式﹂及び﹁量﹂と共に習畢受 入の手段と見るけれども、三者の間には各自性質の差別の存することを看過し得ない。如何となれば、戎封象に 関して其が如何なる名栴を有し、如何に象徴化せられ、封象白煙としては如何に、展性を具せる状態としては如 何にと決定すること、乃至その所蜃や成立因や数や持接する時間等を考察することは、決して単なる感官知や推 理の知即ち量や量知ではたく、寧ろ豊を基礎として行はれる綜括的な判断であ少、叉ヂャイナ特有の観察法たる ﹁諭式﹂即ち五種︵或は七柾︶のナヤとも別稜の概念群であるからである。ダラーゼナップ氏は大著﹁ヂャイナ敦﹂ の中で前記名栴表現等の概念群を一種の軌察鮎と名付け、如何なる種類のヂャイナ文献においても廣略の別はあ るが教理の叙述に富つて類型的に適用せらる1方法であるとなし、之を﹁眞理の倦達﹂といふ範疇の下に統轄し 帝都数知識論の一節 J.3

(15)

ヽ 一四 額邪教知評論の一節 ︳ヽ てゐる。而て諭式は之を﹁本鰹論と群語法﹂の下に、量は之を一認識の源泉﹂即ちFrkem旨isque〓e−−の下に統 轄し、此の三相の統轄に依ってヂャイナの﹁知識諭﹂全般を論述してゐるのである。ヂサイナの知識論を如何に 分類して諭するかに閲Lては異った立場も認められるが、ともかく量と論式と其の他の概念群とが分類して考察 せらるべき事は此の著述の示す所に擦っても知られ得るであらう。 ※Ii・ヂG−asenPpP−UerJainismu叫−p﹂畠f・参照。 斯やうに考へて来ると、既読のヂャイナ知識論では前記の概念群や諭式や其の他スヤーヅグーダの如き論語も 考究せられねぼならないが、狭義の知識諭即ち直接認識は如何なる手段にて成立すると焦すかといふ問題に限定 すれば、畢に量のみを考察すれば足りる事が明瞭となる。そこで此の小篇に於いては入諦義経及び経作者の原話 を中心としてヂャイナの量特に感官知の問題を解繹して見たいと思ふのである。 さて入諦義経︵直諾すれば諦義入得経、虞貴義習畢経︶は前掲の論述に引き培いて﹁知は感官知と聖典知と脱 ︵九︶ 知と他心知と全知とである﹂と五種類の知を奉げる。控作者白撰の詫疏に揺ると前節八経までが正見即ち正信の 説明であつて、之以後が正知の解樺である。従って之までの問に知識に関する論述が見られたが、其は正信が心 に恐生する焉の一越の手段− 何者、正信は自然にも教生するから−・として論及せられたに過ぎないものであ って、知自照に関する論述では無かったのである。三賛の第二賓たる正知の研究は、此の第九控五知の分難に依 ︵一〇︶ って始めて其の門に入ったのである。而て経に従へば此の五知は﹁二量となる﹂。即ち間接知と直接知の二量に分 二こ︵︼二︶ 類せられる。﹁初二即ち感官知と聖典知砿間接知である﹂が、﹁他即ち観知と他心知と全知の三は直接知である﹂。 J4

(16)

何故に斯く言はれるかと云ふに、初二知の申第一知たる﹁感官知は念とも想とも思とも覚とも宿せられてゐる物 ガ 〓三︶ 二円︶ に全く等しい﹂が、此の知は﹁根を基因として生する物と非棋を基凶として生する﹂物との二種に分類せられる。 根は即ち眼耳鼻舌身の五知根であり、非根は此庭で特に意︵末郡︶といふ内在器官を指す。故に眼根等に依って 生する眼識等の五識と、偶別化せざる共通知︵Og訂j崇nam︶たる意識︵末郵識︶とを綜括せる感官知は、何れ も感官を通じて、或は感官に依存して始めて教生するものであるから、之を間接知と栴するのである。更に第二 ︵二C︶ 知たる﹁聖典知は感官知に基づく﹂。肢内︵アンガ・プラグイシュト7︶と肢外︵アンガ・バーフヤ︶との根本聖典に よつて悟へられた知は、感官知と同時に成立するのでは無いかといふ疑問を生じ得るが、賓際之を川ゐる場合に は感官知に基づいて始めて畿生するのであるから、聖典知も亦間接知である。然るに穫飴の三知は根を超越する 註arOk官ay誓tbasyagr置P訂七j研ぎam Hd鼠aml 即ち起五官知であるから、之を直接知と名づくるのである。此の直接知の原語はプラツヤクシュアで普通に現量 と反課せらる’語と同一であるが、他の撃沈及びヂャイナでもシッダハセーナ・デイブーカラ以後では、現量即ち 直接知は感覚認識を意味し聞接知即ち。ハロークシュアが却って感覚認識以外の比重聾量等を意味するから、直接 間接の用法は寧ろ雨着の問で反封であり、入諦養経はヂャイナの古語を保持してゐることを注意すべきである。 ※Sidd訂sena Di邑kara、2y押yぎatぎa の節四偶に PJat竃k朝am itarajj蜘eya増parOk瑚aづgra訂記k瑚ayエー とあるを参照すべし。 さて直接知の中で耽知は天界や奈落に任する者に具は少人間では之を覆ふ業の消滅と停止によつて生すると言 著那欺知識諭の一節

(17)

一六 帝郡教知繊諭の一節 はれ.他心知は人間にのみ関係するが其の畿生は特に感官を制御せる者に限定せられ、又、全知は痍の消滅と知 見を襟ふ障碍の消滅から生すると解せられてゐて、何れも直接感官を通じて外界を認識する通常の認識成立とは 其の性質を異にするのである。従って狭義のヂサィナ認識論を問題とする此の小論文では暫ら︿之を論外に置き、 所謂間接知にのみ問題を限定しなければならない。然し間接知の中で聖典知はヂャイナ宗典の壁一一口皇一日ふに他な らないから、背部教としては勿論ウマースダーティの言ふ様に三せに貫通Lた眞理であり感官知よりも清浄であ り知識の封象としては一骨大なる憤値ありと認めねばならないであらうが、それと何時に感官知を基礎として始 めて成立し得ることも否定し得ないから、此虎では前と同じ理由で﹁現在の境のみを封象とし、根と非根とに基 づき/自己に存する識の本態より輪廻せる︵ぎゴanOjぎsく詳h晋y巴p腎i息邑kam︶感官知﹂のみを考察すれぽ足 りるであらう。 ︵一石︶ そこで此の感官知に関して経は﹁知訟と欲知と判断と保持﹂の国枝の直別があると言ふ。ウマースブーティ白 身の註樺に綻ふと、此の中で知認︵当ag邑1乙といふのは、個々の感官によつてそれぞれ漠然と封象を知覚肯定 することであつて、把握・知覚・肯定と言ふのと同義であると言ふ。即ち未だ分別を加へざる前の漠然たる単純 な知覚堅言ふのであつ七、漫然と白いものがあると知る程度を指すのである。次に欲知︵叫hごは註繹によると前 述の如く知謁したる時に封象物の一部分から残徐の部分に及んで知ることであり一種の決定なる探求であると言 はれ、推考・思揮・穿整・探求といふのと同義であるとなしてゐる。ヤコービは此の欲知をElkenn3WO−knと 諾し漠然と白く知認したる者を旗であらうか鶴であらうかと思ふ事であると説明Lてゐるが、ウマースブーティ 謂

(18)

に於いては無論之は確定的忙封貌が何であるかを知らんとする意欲でもあるが其と同時に漠然たる知覚を良く考 察して一骨判然たる一種の確定した表象に作少上げる作用をも此の申に含めてゐる物と見るべきである。一定の 形を得れば其は巳に一種の判断であるとも言へやうが、然し一定の心像を摸ならば旗といふ概念と結合し或は之 を善意不正等なりと判断することは心的過程に於いて分析して考察し得るから、欲知は漠然たる知覚から第三の 判断に至る間のすべての心的過程を綜合して斯く名付けたと見るのが通常であらう。第三に判断︵apギa︶は封象 が知覚せられたる時正なり不正なりと卓越と欧陥とを穿整して決智拾棄することであると註揮せられ、分離・拾 乗・放珂・離脱・遮離・放棄・除去と同義であると言はれる。ヤコービは之を説明して﹁上下へ飛び巽を打ち合 せたりするから鶴であつて旗ではない﹂とすることであるとし、ヂャイニも亦同様に心像の概念としての決定を 指すと見てゐるが、然しウマースダーティ自身の詫輝から考へると、此の心作用は正samyak不正a川amyakな りとする事であり熟考して書き鮎gu膏を断定し悪しき鮎dO肇を冷菓することであるとするのであるから、単 なる概念の決定を言ふのでは無くて、寧ろ其を基礎として行はる1幸恵正邪等の債倍判断を意味するものと考ふ べきであらう。そLて単なる概念の決定は却って﹁特殊の決定をなす探求 2.肯aya・ま茸且告抑sどと定義せられ た第二の欲知中に包含せられる作用と考ふべきであると思ふ。無論ヤコービやヂャイニの解樺は他の註繹家の詭 を参酌して為されたものであるから、一概に之を誤りであると言ふのではない。唯此虚では挺作者白撰の註疏に 即して解樺すれば右の如く考ふべきであらうと言ふに止まるのである。叉アパーヤといふ原語が水難棄て去る意 ◎◎ 味で単に判つ断つと云ふ語源の判断では十分原意牢∵=ひ表し切れない。列挙せられた数個m同義語からも推測せ 礪邪教知識諭の一節 エア

(19)

者邪教知識諭の一節 一入 られるやうに、其の申に取捨扶持の意味が含蓄せられてゐることも考慮に加ふべきである。叉ウマースブーティ の解樺では欲知と判断の二作用が共に知認に直接穂積し繭作用が封立同時的な関係にあるものの様にも理解され るが、之は恐らく彼の叙述の不用意から起った結果であつて、事賓は知認に噌いで欲知があり欲知に憎いで判断 があると考へてゐたと見るべきで奉らう。最後に保持︵dh腎a息︶はそれぞれの頂得であり感官知の固執であり叉 肯定︵確定︶であると註解せられ、領得・肯定・固執・確信・理解・識認と同義であると述べられてゐる。此庵 で些か奇怪に思はれるのは最初の知認の同養語として車げられた肯定︵誓adh許ぷam︶が再度最後の保持と同義 語とせられてゐることで、原著者の単なる不用意か鳥誤に基づくものであるか明かでないが、最初の場合は単に 封象の存在を漠然と肯定する意に用ゐ、最後の場合は之を確立する意味に用ゐたと見れば必ずしも理解が不可能 ではない。ヤコービは之を﹁昨日見た梅と同一である﹂と再認する作用と解樺し、又再認では無くて再認に至ら しむる記憶知を言ふとする解樺の存在も指摘してゐるが、然しウマースダーティの註疏では唯知覚判断した心像 を心に確保する即ち銘記する記憶するといふ程の作用を意味Lてゐると見る方が安富であらう。 ︵二ハ︶ 更に経は進んで、之等に依って﹁多と多種と迅速と不明と不言と不易と各々の反封なるもの﹂が知られると詮 二七︶ き、又﹁封象が﹂知られると叙べてゐる。今ウマースダーティの註樺に随って解樟して行くと、之等多其の他の 封象及び其の反封なる物に閲して、知認等の四種の感官知の区分がl々存在する。即ち前に詮明した認識の四過 程が多等の一々に関して発生するとするのである。反封なる物とは反封概念を有する物の意味で、多に対して少、 多種に対して一稜といふが如きを云ふ。斯くして知認に関して例示すれば、多を知認す、少を知諾す、多種を知 謂

(20)

謝す、一棟を知謝す∵迅速蔽知認す、踵慢に知謝す、不明を知認すl明晰を知認す、不言を知認す、眈言を知認 す、不易を知認す、欒易を知認すとの十二の場合を設定する事に成るが、残飴の三拉の心作用においてもそれぞ れ十二の場合が設定せられるから、絶計四十八軽の場合が設定せられることに成らねばならない。さて此等四十 八櫨の範噂は何を櫨準として立てたものであらうかと考へて見るに、前掲認識に閲する四種の心過程は個々の感 官に特有の作用を論じたものではなく、五根と末邪との六誠に共通した認識過程を叙べたものに他ならないから. 此虚でも首然六識に共通した四十八種の範噂であると見なければならない。若しさうで無いとしたら眼識に関し て赤と知認す自と知認すといふが如き範噛も可能となる理であつて、其の数は殆ど無限に境大せられ到底之を凹 十八種に限定することは不可能である。そこで今言った立場にあるものとして更に此の四十八紡が我々に十分納 得できるか如何かと再考して見るに、遺憾ながら完全に了解し得ないやうな種類の物も含まれてゐることを認め ぎるを得ない。例へば迅速といふやうな概念を味覚のみを本領とすべき舌根によつて如何に知覚し判断し得ると 考へてゐたのであらうか。恐らく腐慢に甘いとか迅速に辛いとかいふやうな脛験上の封立を基礎として味覚にも 適合し得ると考へたのであらうかと思ふが、若しさうだとすれば、同じ理由で強弱といふやうな封立観念も四十 八穫に追加し得ると考へねぼならない事にならう。従って四十八種といふのは必ずーしも厳密な限定とは言へない であらうが、此魔では斯く設定した意味を考察するのを以って満足して置かねばならない。更に﹁封象が﹂知ら れると言ふ次の経に関してウマースダーティの樺する朗は、単に知認等の感官知の区分は封象に閲して存すとあ るのみで、一見封象は前記多等の十二範噂と並立するかの如き記述に成ってゐるが、之は後に言ふ第十九陛下の 僧都故知説諭の一節 ヱβ

(21)

者邪教知識諭の一節

二〇

註樺から考へても叉理論的に推しても斯く見るべきでは無く、単に物に閲してとか、或は精々次経の不確定物に 封して確定せる物に関してとかの意味と見るべきであらう。従って封象の語は全鰻の主語として第十五第十六の 爾腔にか1るものと見ねばならぬ。即ち封象を多なりと知認すとか封象を迅速な少と判断すといふやうな形式の 命題を得べきものとなすと解せねぼならぬ。又此の封象arthaはプーヂュヤパーダのサルブールクハシッデヒに ょれば賓㌣aくya上解すべきであるとヤコービは注意してゐるが、ウマースダーティの匪に規るる貫の字の用例 を採集して見ると、実は名栴表現状態等と封立して物の本鰹といふ意に用ゐられ︵一ノ五︶叉、感官知と聖典知と は放ての賓を封象とするも絶ての状況を封象となし得す︵一ノ二七︶全知は絶ての賓と状況とを封象となし得︵一 ノ三〇︶とし、更に特じて非命と命とは貫なり︵五ノ二︶峯までは単に責なり︵五ノ五︶と言ひ、又、穿とは徳と状 況とを有するものなり︵五ノ三七︶とし、又、或人は時間をも穿と言ふ︵五ノ三八︶と異説を掲げ、徳は賓に依存し て自ら徳なし︵五ノ四〇︶とも用ゐられてゐて、責は性質状況の依存する貫鰹と考へられ同時に命非命の金牌を姐 括するから、此虎で封象を直ちに賞と置き換へても支障ないであらう。然し今掲げたやうに貰の語は経の中に一 定の意味を以て諸所に使用せられてゐるのに此虚では特に経作者が封象の語を使用したのであるから、一般に封 象の知に関して詮いたものと解するのが自然で特殊の穿整を加ふる必要はないであらう。 ︵一入︶へ一九︶ 更に鮭は進んで﹁不確賓なるものに関しては知詔あり﹂﹁眼と非根とによつては然らす﹂と説いてゐる。控作者 自身の説明によると、不確貴なるものに関しては知認のみが成立し欲知等の心作用は成立しない。従って知認は 不確賞なるものに踊する場合と︵確賞なる︶封象に閲する場合との二程となるが、欲知等は唯︵確貰なる︶封象 か0

(22)

忙のみ踊俵すると説くのである。叉、睨と非根即ち末郵とを以てしては不椎葉なるもの1知認は成立しない姥故 旧 の個根即ち耳鼻青身によつて成立すると云ふ意であるとなす。而て斯くの如くして感官知は二種国縫二十八種百 六十八種三百三十六橙と成ると説明してゐる。此虎で不確資なるもの︵くya巴aロa︶と言ふのは例へぼドーンとい ふ響がきこえて其が大砲の音であるか花火を打ち上げた一昔であるか全く不確であつて其以上に推理判断を加へ得 ないやうな感覚封象の場合を言ふのであらうが、斯かる漠然たる知覚が知覚として止まる場合に何故に眼根は除 外せられなければならないのであるか。ウマースダーティの叙述では眼根と末郵とでは知覚せられたる封象は必 ず明確な物であり換言すれば必ず四つの心的過程を経て明確な概念として心に保持せらる1物に限られる理とな るが、地覚や解覚等にのみ不確定のま1消失する知覚を許し祀覚には之を拒否するといふ理由は我々には容易に 理解できない。それはともかく、上米の叙述に依って感官知は二種乃至三百三十六柾とならねばならぬと原著者 は諭するのである。今ハリバハヅラスーリ及びシッダハセーナの註記に操って之を解樺するに、二種とは固より 根に基づくものと非根に基づくもの皇一日ひ、四鐙とは知認等の凹種を指すのである。而て二十八樫とは五根と末 郊の六識がそれぞれ四柾の認識過程を取るから二十四種の別を生じ共に耳鼻青身の四根が不確賞なるもの1知認 をなすから合計二十八種の感官知となるのである。更に此の二十八種がそれぞれ多等の六種の範噂に従って認識 するから百六十八種となり、多等の反封概念たる少等の範噂をも併せて十二種の範疇に碓って認識するとする時 は、三育三十六種の感官知を得るとなすのである。試みに之を略示すると次の如き表を得るであらう。 著邪教知識論の一節

(23)

ヽヽヽヽヽヽ ︼見合理的に堅へられてゐるやうであるが然し例へば身即ち偶覚によつて不破賞なるものが未だ言はれすと漠然

知覚するといふが如き場合は何の意味を有するか、殆ど何等の意味を成さざるものとしか了解されない。既に論

じた様に之等の範噂の設定には十分に省察の加へられてゐない鮎もあつて我々に理解できない物も存在するが、

根本の不備は前五識と第六識との機能の差別を深く考察せす絶てを同位的に見た事に基因するものと見なければ

ならない。而て知認から判断保持に至る四佃の認識過程は之を盾位的に或は時間的に見てゐるものと解せられは

するが然し意識と前五識とに配首して分類することを為さす、唯機械的に全器官と凶作用とを組合せたに留まつ

てゐる。更に恐らく判断の類例とも解すべき六佃乃至十二個の観念を無批判に四柾の認識過程の‡と結合せし

めた結果、遮に全く無意味な組合せの畿生し得るが如き場合は反省する暇なく∵ニ百三十六種の感官知を設定し

得たのを以て満足したものであらう。

入諦義経第一茸における感官知白煙の考察分類は以上を以て一段落を告げる。以下の経では持じて聖典知と親

帝那故知識諭のl節 保 制 欲 知 持 断 知 認 多 ︵少︶ 多 種 ︵一種︶ 迅 速 ︵成慢︶ 不 明 ︵明晰︶ 不 言 ︵耽言︶ 不 易 ︵欒易︶ ββ

(24)

知と他心知とを論じ、叉総じて五知の問における異同を桝別するのである。其の中感官知に関するもの堅吉へば ︵こ七︶ ﹁感官知と聖典知とは視ての賞牌に関係するも絶ての状況忙は閲係せす﹂となし﹁叫より四知に至るまで一時に ︵三ニ ︵三〇︶ ー命我に生じ其々直分せらるべし﹂とし﹁感官知と聖典知と槻知とは叉転倒︵無知︶たり﹂とて正信に反する場 合は誤れる認識の畿生するを訓へるが如きである。感官知以外の知識の叙述も知識の性質内容を考察するのが主 要た目的では無く、唯其の機械的な分類を以て能事終れりとするの耽がないではない。然し其の煩雑多岐なるこ とは感官知の場合が尤なる物で他はすつと簡盟に叙述せられてゐる。そこで感官知の分類に還って考察するに原 作者ウマースダーティの年代は飴り明白でないがヤコービ等の推定に掠って大髄西暦紀元五六せ紀噴とすると 常時の印度野草の畿達状勢殊に件数に於ける唯識や因明の進歩した思想に比して可なり幼群な状態を彷模してゐ る事は否定し難い。恐らく之は著者はヂャイナとしては古く且つ傑出Lた教理の組緻家に相違無いが、其の組轟 家たるや教理の心髄を十分に岨囁髄験して以て一個の統一ある鰹系を建立すると言ふよりも寧ろ苗詭を忠賓に博 綜し其の間に一種の有機的聯絡を付くるを主要事とした人であつたが籍であらう。彼が苗詭に恩賞であつたこと は註疏を除外した彼の入諦義経が基白両派に依って共に公認せられてゐる事菅が之を明白に詮明してゐるのであ る。斯様な見地から考察して行くと、彼が本鰹或は其の註疏に於いて論述する教義又は使用する術語の如きも、 大部分は既に彼以前の聖典若くはニルユクティに散在して詮かれ用ゐられたものであると思はれるのである。而 て彼は眈に或程度に眈に出来上ってゐた部分的な組織なり概念群なりに多少の斧藍を加へ若くは無批判に之を使 用Lて綜合集億した物が入講義経と成つた物であらう。勿論之は新二佃の管見であり預見に過ぎないものであつ 帝都教知識諭の一節 β.ブ

(25)

て、入諦義経全般に捗って其の問題を過去の悉檀多等に遡及せしめて源流を論許することは蓋し容易の菜では無

いが、少くとも其の知識諭に関しては斯く推断すべき多少の材料が存在しないでは無い。

即ち悉檀多の申で知識の分覿に閲して誅く所のあるものとしては、先づナンディスックやアノゥオーガダーラ

スックの類を塞ぐべきであるが、前者に関してウェベルの記述する研を見ると此の苦吟敢初に胚聖系譜︵テヘー ラーゲリー︶を掲げ然る後に知識の研究に入るのである。而て其庭に記されてゐる所は﹁知識に五種ありn昔いtづ pヒ苫aまh呂J感覚知と聖典知と鶴知と他心知と全知なり旨hini言hiya占茸aゼSua・n.旨、a蔓Ohi・n首aちma膏p凰号≡ n首aづke邑P・已官m或は叉直接pPCCakkhamと間接par。kk︻−amの二桂なり。而て後者は感覚間接知と聖典知 間接なり∴旨hi已く。hiyPp≒。kk訂←旨a卓CaSu§首a・pal・。kkhaゼCa更に此の中感覚間接知は聖典に支持さるる物 と支持されざる物sua已s㌢召CaaSuanissiaづCPとに分類せられ其の各々が四佃の小匿分を有するが、聖典に支 持せられざる感覚間接知はuppattiy㌣くe鼠yざkPmmiyざp邑.21miyPl言ddh︷の四匿分を有す﹂と言はれてゐる。 ※A●We訂−−Ⅰ乱isc訂Studieゴ、く○︼・−q p・8参照。 そこで今之を入諦義経の知識の分類に比較参照して見るとナンディに説く五知の分類は其のま1養経に採用せ

られて第九経と成ってゐることを知るのである。尤も最初の感覚知アーブヒニヴォーヒヤは感甘知マティと名稀

が欒吏されてゐるが、雨着が全く同一物を指すことは轟経第十三に感官知とはアーブヒニポーデヒカと同番であ

ると述べてゐる事に凍って極めて明白である。義経が殊更斯かる同養語を列車するのはナンディ等の苗興の用例

を作者が暗に指摘してゐる物としか理解できないことは特に予が讃者の注意蕃喚托したい郎である。此の串は経

者邪教知識論の一節 β卓

(26)

作者自撰の註疏に親しても川断である。更にナンディに説く直接間接の分類は義経第十に租首し、間接知を感覚

知と盤典知に分つことも其のま1義経第十一に採用せられてゐる。唯ナンディが感覚知を聖典に支持さるゝ物と

然らざる物とに分つ鮎は義経に採用せられす、却って之を前五故に基づく物と意識に基づく物とに分類し、此の

鮎に於いて埠分か進歩した跡が認められないでは無いが然し結局此の分銅も意識作用の考察が不十分な為に、何

等之以上の合理的な観察を為し得す、純粋な機械的組合せを脱出し得なかった事は既に論述したとほりである。

更にナンディは翌典に支持せられざる感覚知をウッ.ハッティヤー等の凶知に分類するが、アルダハマーガデヒー.

コーシュアに掠ると此の分類はバハガプチィー、ナーヤーダムマカハーオー、ゲィブーガスヤム∵フーヤパセー

ナイヤ、ニラヤーブリヤーオi等の肢副肢中にも散見する物で、古くから常用せられを分類と思はれる。入諦義

経も亦既に言へる如く感官知を知認等の四種に分期するが、其の四柾とナンディ等の四知とは内容上には直接関

係する研が無い。恐らく其の源流は他に求むべきである.然し知識全饅の分類の大綱は全く同一であつて決して

ウマースダーティの猫創に基づくもので無いことは之に掠って明白であらう。

※RPtn︸Candraj河E巳㌫・首、A・dham蒜註b川k。佃a−S・く・upp註y押参照。

入講義経を中心としたヂャイナ知識論は以上にて轟くされたわけでは無い。始に断つたやうに此庭では五知の

中感官知以外の四知は全く問題とせす、専ら最初の第一知のみを主題としたのである。然も問題を限定する為に

本鰹第一章の数経を経作者の白話に接って解樺するといふ事を主眼とし、成るべく其の範囲を晩せざるやうに留

意した。若し廉く本鰹の感覚論をも諭するとすれば第二章第十五経以下をも問題としなければならなかったであ

帝都敦如鵡論ムい節 βぶ

(27)

二大 省都故知試論の︼節 らう。叉サマースダーティの知識論を研究するに際して他の畢次にて立つる認識畳と彼の直接間接の二量との関 係に問題を導くならば、興味ある論究を展開し得たのである。更に入諦義経の知識の分類が著者の褐創に負ふ所 少く古典の分類を供用集成した鮎が多いといふ事を論辞する為にも、紙幅の閲係上単に其の例語としてナンディ スッタの一聖典を例示するに止めなければならなかった。斯くの如き諸鮎は他日機禽を得て詳しく研究して見た い。入諦義経はヤコービやヂャイニに依って覇詳解樺されたが其の解繹は何れも原著者白撰の註繹以外の解樺を 根接とLたものである。然し経の原意は原作者の註記に基づいて解樺するのが最も正鵠を得たものと冨はねばな らぬ。予は固より洩畢であつてヤコービの翻澤を断念せるが如き困難なる註疏を完全に理解し得たと自負する着 ではないが、初歩の人には何程かの便宜を輿へ得るかと本誌の折輯者に求めらる!まゝに此の一篇を草したので ある。博雅の叱正を得て誤解せる部分草訂正し得れば予の望外の幸である。椅入諦義経は故鈴木重信氏が和語し 出版せられてゐる。入諦義経といふ経名も其の諾例を踏襲したのであつて同氏の背部教諭中背郵論理畢の一節も 亦本稿の参考資料と成った。本粒の作者は蛋衣派即ち裸行派ではウマースグーミンと呼び、紅白憾も同派で悼へ る物は多少の相違があるが、此麗では絶て白衣派の所俸に準接したのである。尤も本稿で取扱った問題の関係す る限りでは、経に就いての両派の所俸の椚逆は、格別重要では無い。︵完︶ ︵八・一︼・ニ九︶ 2♂

(28)

何れの哲畢もその立場を持ってゐる。この立場は哲畢以外のものにその根接を括ってゐる事が普通である。こ

の曹単以外のものと云ふのは塵上蓼術∴示教、科挙等である。習革も諸の文化形態の中の一として他の文化形態

と密接な聯陶を持ってゐる。一つの哲畢憶系を解明するにはその立場を露はにする串が肝妥である。凡そ認識は

他者との封質に依って異性的になる。二者の認識は他者との聯閲に依って初めて具鰹的である。一つの哲畢鰐系

︵こ

を解樺するとは、それをその地聾から解明する事である。私峰嘗て﹁カントの理念に就いて﹂考察して、カント

が自然の哲単著であ少、その地質はニュートンの物理畢である事を見、併せてヘーゲルの野草の地盤が宗教であ

︵二︶ る事を見た。叉、ヘーゲルの﹁群語法論理の基礎﹂に就いては、それが精神である事を見た。この小論はこれら

の研究との聯閲の下に、そこに於ける宗教、精帥等の規定を更に具懐的にし、ヘーゲル習畢の地盤が彼の所謂﹁啓

示宗教﹂︵○詳ロbareRe−igiOn︶である事を見ようとするものである。拘にヘーゲルに於いては宗教と背撃とは叫 であ少,同一の内容を異る形式に於いて∵即ち宗教は表象の形式に於いて、哲畢は思惟の形式に於いて把捉した

ものである。のみならす、ヘーゲルの牌系の金牌に亙って宗教はその基礎をなしてゐる。彼の論理畢、自然哲畢、

へ三︶ 精神哲畢を我々はその宗教的基礎から解明する寄が出来る。この事は後に侍明になるであらう。 ヘーゲルの啓示宗教

ヘーゲ ルの啓示宗教

桧 播

β7

(29)

︵こ 鞘稿﹁カントの理念に就いて﹂︵﹁哲寧雑誌﹂節四十七巻、四二七1四五二貫︶。

︵ニ︶ 拙稿﹁招澄法論理の基礎﹂︵﹁哲学雑誌﹂第四十六巻、六一六−六四七賞し。

︵三︶ ⅠIege︸s Ged旨keヨ邑二stく。nGrundauseine邑啓訝eいSeine冒i−。S。phie ist Re厨iOn−dieiどeigeロeSノ芳一engnd・

ank−icl−beg邑r−・Wennsie言nderWe−ニnibrenm呂nigra己genSturen訂ndeH−︶SObande−−∼訂e訂ndヒゴrノ、OnGO−t・

Denn d訂We言ist das AbsO︻ute in乱nel Sどreneロtraごung︶und das Se5.GOtteS ist kein anderes a−s das in dieser

Entraぎng sicb mPnirestiere已e・︵N・IHa−tmPnn、ⅠIege︼、S・∽ヨ■︶

ヘーゲルの鰹系は後年に至って整然たる形を取るに至ったが、彼の思想の母胎たるものはヘルマン・ノールの ︵四︶ 編纂した﹁ヘーゲル青年時代の紳単音著作﹂である。これはテユービンゲン大挙時代及び一七九三年から一八〇 〇年に至る家庭教師時代のものであるが、その中には幾多の思想が紛糾錯綜してゐるのを見る。この中でもへー ︵五︶ ゲルの興味の中心を成してゐるのは紳畢的∵宗教的問題である。ここで我々は彼の思索の出張鮎が宗教と結び付 いてゐるのを見る事が出来る。

︵e I訂ge−s theO−Ogi∼Cbe Jugendscどi芽n、hrag・言ロⅠ訂rman NOh√T旨ingen−警苛・

︵ご 尤もこの時代のヘーゲルには紳壁上の関心と並んで政治的関心も敬いものがあつた。例へば.欝erdieneuesteninロe・

蒜nくer宗旨isse Wirtembergs、be岩ndersきer die Cebrechen derMagistrats完r訂suロg︵−諾℃︶いKritik derペer訂・

Su−−g D2utSCEPnds︵︻80γ○旭︶等がある。

一入〇一年の一月にヘーゲルはイエナに赴き、ここで数個の重要な論文を公にLたが、この時代の最後を飾る

ものが彼の主著﹁精神現象論﹂︵勺h詳Omeロ○︼Ogie des Geistes、−塞ごである。これは彼の第二の主著であ一り、ヘ

ーゲルの根本思想は殆どこの苦に轟きてゐると云ってもいい経である。後に彼は更に施大な鰭系を築いたが、そ

ヘーゲルの啓示宗教

(30)

の根本思想からすれば結局﹁現象論﹂の埼を損ないものである。 今特にヘーゲルの宗教哲単に就いて見るとしても.彼に於いては宗教と哲撃とは一である馬、特に彼の宗教哲 ︵六︶ 拳のみを取出す事は困難である。併し特に彼の宗教哲畢の資料と見るべきものを奉げて見るならば、先づ﹁紳畢 的著作﹂がある。次が﹁現象論﹂の﹁宗教﹂の部分である。薗﹁野草的濠備畢﹂︵Phi訂。首isc訂ワOp註eutik− −空減丁−C、﹁エソチクロペディー﹂︵Encyc−Op琵ie、−讐ご∽・A・−缶○︶等に於ける﹁宗教﹂の部門があり、最後 ︵七︶ に彼の宗教哲畢を包括的に叙述したものが﹁講義﹂︵ぎr訂s∈応en旨erdie字i−OSOp己ederRel直On︶である。 而して彼の宗教哲拳の襲展から見れぼ、﹁現象論﹂の中の﹁宗教﹂の一節は彼の宗教哲畢の骨子である。﹁諌備攣﹂ や﹁エソチクロペディー﹂に於ける﹁宗教﹂は概要的で簡単であるが、﹁講義﹂は鰹系的に且つ詳細に述べられて ゐる。﹁現象論﹂と﹁講義﹂との問には相常長い年月があるが、今﹁現象論﹂の﹁宗教﹂と﹁講義﹂とを較べてみ るに、﹁講義﹂の要旨は殆ど﹁現象論﹂で轟きてゐると云ってもいい。畳から云へば﹁講義﹂の方が遠かに多く、 詮明も精しく、材料も豊富に使ってある。部分的には﹁講義﹂の方には種々新しい事もあるが、その根本思想に は欒りがないと見ていいかと思ふ。そこでヘーゲルの宗教哲畢の螢展を云へぼ、青年時代の著作では未だその思 想が定かなる形を得るに至らす、﹁現象論﹂に於いて初めて一定の確歩を得、晩年迄その田山想が緯いたと見る事が 出来る。従って彼の宗教曹拳をその完成した姿に於いて見ようとすれぼ﹁講義﹂に依らねばならないが、その根 本思想を知るには﹁現象論﹂で十分であると云ふことが出来る。 ヽヽヽ︳ヽ ︵六︶ 例へば論理撃と宗教菅野とは別のものではなく、宗教哲療は應用論理嘩︵PngeW弓dte一点ik︶とも云ふことが出来る。 ヘーゲルの啓示宗教 ββ

(31)

今﹁講義﹂と﹁現象論﹂の﹁宗教﹂とを簡単に比較してみるに、前者に於ける序説であるH.Tei−︰謬gri苛 deJR2蜃Onは後者の﹁宗教﹂の序詮、即ちラッソンの三版では四七三−四八〇貢に相應する。次に歴史的叙述 に入わ∴前者のHI・Teil︰UiebestimmteRe−igi。ロこ・野pi邑︰DieNa−ur邑igiOnは後者のA.NatEichc R。−igi。nに相臆する。ここでも前者の方が造に精しく、支部、シリア等後者にない領域に迄及んで詭かれてゐ る。次に前者のHI・内ap.te−︰DieRe−igぎ dergeistigenIndi象邑i−警は後者の出.Die芥unstre−igiOn に 相臆する。尤も二営eRe−igi。ndergeistigenIndiくid邑it警はユダヤ教としてのUieRe−igiO︼″derErh旨en訂it、 ギリシャの宗教としての DieRe−igi。ロderN。tWe−乙igkeit。derderSch旨heit、ローマの宗教としてのDie Re−啓OnderNwec粁m訝zigkeitの三つに分れ、後者の ⊆e芥unst邑igi。1−はギリシャの宗教であるから、Die R。−igiOnderS︹h許heitに相應し、ユダヤ教とローマの宗教とは﹁講義﹂に於いて新に加はつたものである。以 上の歴史的費展の最後に任するものがキリスト教であつて、之はDieabs01ute、邑訂ndete−○欝nbareReligiOn

と云はれる。この三つの栴呼は何れも同じキリスト教を意味する。これに依って宗教の歴史的費展が完結するの

である。前者ではⅠILTeiごDie賢。−uteRe−igi。n、後者ではC●DieO夢旨reRe−igi3が之である。而し ︵八︶ てこの啓示宗教の部分の叙述では、雨着の根本思想に於いてその異るを見ないっ ︵八︶ 餌この外﹁講義﹂ではAnhang︰Die謬weise岩m DaseinGOtteSが附せられてゐる。 ヘーゲルの啓示宗教 ︵芽g。−︶宮grif︻dehRe−igi。ローく。rW。rt言nGe。rglLaSS。n、S・H・︶ ︵七︶ 之は一入ニー年以後のものである。 三〇 ごク

(32)

ここで二眼に.ヘーゲルの立場は揮示宗教の立場七飢ぇふ意ふ事が出来る。﹁現象論﹂の液彼の段階が﹁符東京 封 教﹂であ少、ここで精神は自己の安住の地に到達したのである。尤も﹁啓示宗教﹂の後に﹁絶封知﹂の段階があ るが、之は内容から云へぼ宗教と同一であ少、紳を概念的に把握したものである。即ち哲畢に外ならない。 ここで聾術、宗教、哲攣二者の聯閲に就いて二言せねばならない。この三者は﹁エソチクロペディー﹂に於い ては絶封的精紳の三つの形態として牌系の最後に位せしめられてゐる。この考へはヘーゲルの完蛾した醒系に於 けるものであるが、初めから必ずLもさうであつたのではない。先づ﹁一八〇〇年の鰻系断片、或は宗教哲畢﹂ に於いては宗教を哲畢以上の地位に撞き、後代の考へ方とはその順序を逆にしてゐる。彼に従へぼ宗教的なるも のとは愛の已書き盲︵充貫︶であつて、愛に伐る合一は絶えず反省のために破壊されるが、これに反して宗教 ︵九︶ 的なるものに於ては反省と愛とは合−し、両者は結合されたものとして考へられてゐる。而して﹁人間が斯く有 限から無限へではなく、何となれば有限、無限とは単なる反省の所産に過ぎす、かかるものとして輌者の分離は 二〇︶ 転封的であるから ー 寧ろ有限的生命から無限的生命に昂揚する事が − 宗教である。﹂ところが﹁.常拳は宗教の 現れると共に終らなければならない。何故なら、前者は思惟であつて、従って非思惟との封立を持つと共に、又 思惟するものと思惟されるものとの対立を持つから。⋮⋮有限から無限への昂揚は正にそれによつて有限的生命 から無限的生命への昂揚として、即ち宗教として性格付けられる。従って宗教は無限の存在を反省に伐る存在即 〓こ ち客観的或は主観的存在とLて措定する事はない︰⋮・。﹂ ︵九︶ 巳ege訂t訂0︸OgiscbeJugendschrirteごS・誓声 ︵岩︶ A・a.〇.S.㌘笥. ︵≡ A・a・〇・S・望甲 ヘーゲルの啓示宗教

(33)

ヘーゲルの啓示乗数 三二 これは常撃と宗教との関係であるが、次に塾術と宗教との関係に就いて云へぼ、この雨着が明かに分離されて 把握されたのは後年の事に廃する。先づ﹁現象論﹂︵一入〇七年︶に於いては垂術は宗教の中に含ませられて、﹁蓼 術宗教﹂ ︵Di2Kunst邑igiOn︶として挽かれてゐる。ここでは未だ塾術に猫立の地位が輿へられてゐない。後年 の美挙の母胎はここにあるのであるが、ここでは未だ分離してゐない。次に﹁エソチクロペディー﹂第一版︵一 八︼七年︶に於いても、﹁絶封的精神﹂はa・Re−igiOnd2r内unst−b・GeO謬nbarteReligiOゴーC●ヨ邑OSOphie と なつてゐて、聾術は﹁萎術の宗教﹂の題目の下に叙述され、宗教の一部に属するものと見られてゐる。萎術、宗 教、哲挙が絶封的精神の三つの頼現形態として把揺されるに至ったのは﹁エンチクロべディー﹂第二版︵一八二 〓二︶ 七年︶に於いてである。而してこの三つは﹁講義﹂に於いては詳細を極めて詮かれてゐる。 ︵三︶ 尤も 字i↑OSOpEsche吋;笠dentik︵−00吉⊥−︶ では﹁純粋な叔述に於ける精神﹂として峯術、宗教、畢の三者が歌か れてゐる。 ︵︼三︶ 我々に遺されてゐる﹁講義﹂には右の三つの外に﹁歴史哲撃﹂がある。この四つの﹁講義﹂に於いては歴史的 叙述が大部分を占めてゐる。この歴史的叙述の部分に於いては、その歴史的蟄展の順序は大鰐軌を一にしてゐる。 それはヘーゲルに伐れば、歴史の発展は一つの理念の畿展であるからである。世界歴史、峯術、宗教、哲畢等の 形態に於いて蟹展しても、その根嬢に貰いてゐるものは一つの理念である。さればこれらの歴史は何れも一に辟 ︵一円︶ するのである。伺ヘーゲルの考へ方は一般に歴史的であり、これらの﹁講義﹂に於いても歴史的叙述が大部分を 占めてゐる。ヘーゲルは屋上旛史主義であると云はれる。然らばそれは如何なる意味に於いてであるか。 3β

参照

関連したドキュメント

グローバル化をキーワードに,これまでの叙述のス

これまた歴史的要因による︒中国には漢語方言を二分する二つの重要な境界線がある︒

厳密にいえば博物館法に定められた博物館ですらな

図2 縄文時代の編物資料(図版出典は各発掘報告) 図2 縄文時代の編物資料(図版出典は各発掘報告)... 図3

歴史的経緯により(マグナカルタ時代(13世紀)に、騎馬兵隊が一般的になった

本県は、島しょ県であるがゆえに、その歴史と文化、そして日々の県民生活が、

歴史的にはニュージーランドの災害対応は自然災害から軍事目的のための Civil Defence 要素を含めたものに転換され、さらに自然災害対策に再度転換がなされるといった背景が

これに対し,わが国における会社法規部の歴史は,社内弁護士抜きの歴史