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『宗教研究』新第3巻第6号(*32号)

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(1)

――目次―― 1,口絵,トラジャの死霊祭 2,「文化科学としての宗教学」に対する疑,小野清一郎,Seiichirō ONO,pp.1-10. 3,宗教的作用,久松真一,Shinichi HISAMATSU,pp.11-20. 4,仏典に表はれたる餓鬼の研究,山辺習学,Shūgaku YAMABE,pp.21-34. 5,アイヌの神と熊の説話,金田一京助,Kyōsuke KINDAICHI,pp.35-52. 6,使徒パウロの「聖霊」観(下),蘆田慶治,Keiji ASHIDA,pp.53-74. 7,起信論の成立問題について,特に望月博士の起信論支那撰述論について,林屋友次郎,Tomojirō HAYASHIYA,pp.75-111. 8,仏陀時代の有神論(下),羽溪了諦,Ryōtai HATANI,pp.112-128.

9,東西の神秘思想,Rudolf Otto, West-oestliche Mystik, Klotz, Gotha, 1926,赤松智城,Chizyō

AKAMATSU,pp.129-132.

10,不滅の問題,原田敏明,Toshiaki HARADA,pp.133-139.

11,宗教意識と実在,Arthur Drews, Die Religion als Selbstbewusstsein Gottes,

417s. Jena 1925. 2u3Tsd.,石津照璽,Teruji ISHIDSU,pp.140-148.

12,現代支那の仏教研究一斑,南京内学院発行の「内学」について,佐藤泰舜,Taishun SATŌ,pp.149-156.

13,新刊紹介,pp.157-166.

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(児繋凛鳩)○帯桁押齢糾E沿8決qゝづ持寄叫ゝ1■ヾu屑舞讃。小 れ朝粥鋸㍑‖日代川け再演測れ㍍軋車両咋匝拍叫.禁小かサp〈了き訂細密課さ 群引封印柑虐腰轟かH帽拍押耳乳吊耶障 ○小OH丸トlヽ〈囁寸謳パrI計彗苛.一 汁一局一町いれ車1N・々8 tll恥IW 激辛■rt√1払す幹一計IItl笹nI謙>すヰ8知溜 ■l…Wh!J識.一汁G週パヰ声召付個訣不当}薄.小川付せ小珂ほ虻引射増 ○・帆れ需朋拍けl一口陣00・≠瑚瞞いり拇h叫.〉沸き市郎河とα〆き00・廿パ 馬毒づチト財劇8軸割めp甑8諺了訃パ「不可8E掛βき■d了立付津川8什つ lヰ.乳両臥両日ルl耳小符和.ずれ川押頂伸バ小針絹紺周屑旨か即行牒○小 れ小用竹劇漸削稲河儒伊那加用=刷淋叩吋.山川月掛熱用噌水師洞ほ か両瓢中日れH㌍臣巾l−付㌢什.∩掛目指摘サ乳瀞中州膵捕虜不明削洞。ト 了卜小むパd柵彗再謬rlJh符ま翰.小い=行目牒吊組吼針山Hけ叫00・甘さ叶 い小バ匝伊都8嵩パ「卜鵡.小山”沌h嬬一計欄決8霹裔彗Pl−.乳出い洪叩憎付 払熱誠淋鋸拍帽帥湧挿て†一ヽホ.》甲甘辛サーヽい叫蓼.パ「片付霹剛8サ遡淳 霜鳥不買酉再掲再訂軍書汁8腰翻さ副きパr〃○両山川庖彗現駅油揚郎椚配付 薗小、ヰ鵡市㌢l・禁漁鯵.「胃やl軌祐汁F>嶋ⅦH那Ⅴ♪▼一丁か8什.づさ麟滑dき伊 事闊づ苅8dヤ月欄個け†−ゝ明男.伸町サモサーゝ叫了彗汁○−=打摘再琶月tl¶n 岬‖I甘停滞き>丼8さ払彗芦什再訂利為8〈隕.小机り“再澹訓臥M鞘け欄.す かか付表18譲葉8>岳芦北さ‘り1\)群○べ凱付帯欄騒動耶拍憎.す汁ヰ叫漆淳 一l了月けり凱牌.郵耶叫川向再小町川.9苛璃l肴欄輝再洞欄l付潰8冨)捧づ耐暑か 了什汁再き′8み小か坤坤.p?か′サ彗遥カ.∼廿再訂F〃00一発伊撫譜パrβ付霹 ぶさ〈嘲巧片溢遍パ「rナ帥静帝決不当e付.彗小葛一計相対バ了F一〈伊井凛不良独了 詳哺トい㍑Ⅷ†べl▼○かかd>寸1;Ⅷ丁彗8小両市きE8算ト8三ヾヽヰ811.dささ t月‖!l.=tりIIJ岬−1りlヨ凛てひ4.埠ゝ1ぺ」t8◆芹8トラ叶緑芽寸ヾ;一け鴻・汁.彗小 ひ′トJ六=7トり・−沌■沙苅き三片き節句8y入て正貨せ口重l芹づ◆汚損8寸てi」・† 語蹄=舅 0.℃\l†

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846

﹁文化科撃としての宗教学た射する疑

小 野 清 一郎

宗教研究新銅三界第五故に認表された鈴木宗忠氏の﹁文化科草としての宗教率﹂は、私にとつて

頗る典味澤き論文であつた。それは一雨に於て宗教箪成立の論鞘的可能を吟味する一の方法論的考

察で争0と北ハに、他面に於て﹁宗教串の新建設﹂をま張する一の率問的運勒と見るペきものであら

ぅ。だが、私は不幸にして鈴木氏の悪鬼には承服しかねるものがある。といふのは、方法論的に一

個の﹁粗描的文化科草﹂としての宗致串の成立が公然不可能であるといふのではない。それは恐ら

く可恍であらう。私の疑問−qとするは、其の新に璧筈らるペき﹁宗教準﹂其のものが、箪岡的に、済

又宗教的に果して何程の欝質的意味を有するものでめらうか、といふことである。以下少しく此の

疑問を中心として鈴木氏の論文に封する卑見を並べて見たいと思ふ。

鈴木氏の﹁文化科撃としての宗欽率﹂は、何といつてもクッケルトの科撃方法論に根披してゐる。

u′ッケルトの串説に封して多少の修正を施す意向を示されてはゐるが、n然利率に判するに文化科 ﹁文化科館主・しての宗秋蝉﹂に封†る疑

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846 二 ﹁文化科畢写しての宗軟拳﹂lこ討†る拉 畢を以てし、其の文化科準とは﹁慣位蜘係の方法を取るペき﹂︵三苅︶ものであるといふ鮎に於ては、 全然リッケルトの方法論に徒ふものでぁること勿論である。唯﹁文化科畢には、歴史邸がぁると共 に、組織率の存することも視めなければならぬ﹂︵三封︶といふ悪政で、白魚科挙と應虫恕とを封立 させることを排斥し、専ら自然科嬰と文化科邸とを封立させるだけである。かういふ考へをもつ人 は他にも可成りあるやうであるが、それだけのことならば、”′ッケルトと雄も個別化的文化科串、即 ち国有の忠妹に於ける歴史邸の外に、普通化的文化科串gener計訂reロde︼ハ乙tur乱発邑1P芽妄認め てゐるのでぁるから匂iO草香呂d巧邑uヨ許n邑−蔓ぎe冒g一声Ti︼d誓粥Pu・血・AuPⅥ・㌫¢︶、結局は同じこと に締着す一〇とtl−心ふ。而して鈴木氏り﹁宗教軍﹂が賓現された場合に於て、それが方法論的に一の﹁組 織的文化科邸﹂又は﹁普退化的文化科率﹂であるべきであるといふ、方法論的立論の限度に於て、 私は何等の典舐がないのである。 然るに鈴木氏は此の方法論的省察を基礎として、一の薪なる科串の連投をジャスチアアイしょぅ として居られる。誤謬は抑も此の瓢に胚胎してゐるとM心ふ。元凍クッケルトの﹁文化科畢﹂の概念 は純方法論的概念であつて、騒に現鱈存在する或る縄の科挙、殊に歴史挙が、到底自然科学的概念 構成とは典れ・Q、別和の概念構成に韮くものと認めなければならぬといふことを論じたものに過ぎ ない。それは決して新なる科挙の建設を野蛮的に理由づけようと欲す一?ものではなく、また種々の

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847 科率の問に串間としての慣伍判断を施さんとするものでもない。勿論、明かなる方法論的自発が、薪 なる料率仰域の開拓を容易ならしむることはぁるであらう。だが、それは或る方法論的白魔の訴野 上の作用に外ならぬので、方法論そのものは何等科挙の新建設をま張したり、群議したりするもので はない。軌糀的文化科率としての宗敦率の成立が方法論的に可能であるといふことは、未だ似て其 の科挙としての鹿妻性につき何等の判断をも.また保障をも輿へるものではないのである。 ところが、鈴木氏は此の方法論的﹁文化科率﹂の概念を基礎として、新に﹁宗教畢﹂を建設されよ うとされる。しかも其の薪に建設せらるべき﹁.組織的文化科畢としての宗致畢﹂を以て、唯一の﹁宗 教畢﹂とし 考へて居られるらしいのである。少くとも﹁西洋に於ても、大串に於ける紳挙が、宗教畢的になら うとする傾向は、漸次に顕著になつて、既に或る観に於ては、醐畢部は大串の組織の上に消滅した 併もぁり、又他の固に於ては、油漉しょうとする所もある﹂︵三夫︶・といふことが、鈴木氏にとつて は伶程重要の串であるらしく、之を以て新宗教畢建設の提唱に於ける因縁分とされて居るのである。 しかし私は、たとへ西洋の大串の組織の上に於て、鈴木氏のいはれるやうに御輿部は靡されても、 紳畢そのものは、筍くも基督数が生きた赴骨の信仰として存在する限♭は、依然として存督するで あらうし、また鈴木氏の開ゆる﹁宗教串﹂などよ♭は温かに重要なる畢科叱る地位を失はぬであら ﹁文化科串モLて¢宗教草﹂に封†る錠 ∵

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848 ﹁文化耕拳亡しての宗軟畢﹂に封†る縫 臼 ぅと恩ふ。同時に我が邦に於ける宗致研究も、鈴木氏の﹁宗敷革﹂、即ちすべての宗放から抽象され た組織的文化科邸よ♭も、寧ろ偶数、基督数の如き典膿的な宗教の組織的数塾︵赫率、宗琴︶の方 面に敬遠すべきものと考へてゐる。此の艶がつまり鈴木氏と意見を異にする要鮎なのである。 〓 抑も宗致は鈴木氏のいはるる如く一の﹁文化﹂である。串間は亦一の﹁文化﹂である。唯雨着は 其の惜植的原理を異にし、それぞれの職位一里脱埋として成立するものである。宗致塾は宗教に閲す る﹁串間﹂でぁつて、票数そのものではない。基は宗放といふ特殊の文化を対象とするも、しかも其 の本質的に理論的職位を基本とすること・で拒ひことは出水ない。宗歓単によつて新なる宗教を生す ることは出水ぬ。琶啓蒙期の率者は票数哲単に依って新なる一の﹁理性的宗教﹂を捷設し得ると 考へた。しかし今‖の宗致哲邸薪はそんなこと・で考へてゐないといふことは、夏めて諭するまでも ないことである。今鈴木氏の建設をま張されるのは﹁宗教哲学﹂に非ゃして、一の﹁宗教革﹂であ ヽヽ る。﹁宗教畢をば背邸として組織するのでなく、科塾として立てるのでぁる﹂といはれる︵八書。然らば 仲夏のこと新宗教の建設を企陶されるのではなかるべき筈である。然るにも拘らす私は鈴木氏の 諭文を講んで通ると、何となく紳螢・宗率を排斥するのみならす、彿致及び韮督致を打って一九と する世界的宗数又は之に代るペきものとしての﹁宗教畢Lの建設を説いて居られるのではないかと

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8・拍 さへ疑はれる。しかし私は鈴木氏がまさかそんなことを考へで居られるものとは信じない。即ち鈴 木氏の﹁宗数学﹂の成立すると否とに拘らす、生きた現賓の宗教は偶数、基督敢、同数等ぁるのみ でぁつて、﹁理性的宗教﹂のあり得ざる如く、﹁科邸的宗教﹂のふγり得ぎることについても、年がない ものと考へてよからうと恩ふ。 さうして見ると、問題は鈴木氏の提唱される如き﹁組織的文化科率としての宗致畢﹂が成立すると して、それは串間的に、また㌫数的に果して何程の重要を有するものであるかといふことを頂鮎と ヽヽヽ する。鈴木氏は現加の基督数.偶数の如き﹁世界的宗致し︵其の意妹は﹁凡ての氏族に共通に行はれ る宗数﹂といふにあるらしい︶を材料として﹁宗敢畢﹂を組織すべきものとされる。其の材料たる 種々の歴如的宗致現象の中から、﹁職位関係﹂の方法によつて一個の軌識的文化科撃を雄没しょうと いふ。其の際に於ける遅澤の原理たる僧侶は何であるかといへば、それは﹁普遍的な宗数的僧侶﹂ でぁるといふのである。﹁宗教史に於ては、それは個々の宗故に合まれた個々の宗教的僧侶である。 例へば彿故に合まれた宗数的職位とか、基督故に含まれた宗数的職位とかが、宗教史の原理となる のである。之に反して宗致邸に於て隣係せられる侶伍は、傭款や基懲敦と云ふやうな個々の宗敦に 企まれた宗教的慨伍ではなくして、普遍的であト客軌的である宗数的僧侶でぁるら一入封︶。しかし私 は鈴木氏にお尋ねしたい。彿放とか基督敦とかに於ける具鯉的文化職位を離れた、普逼的な宗数的 ﹁文化科単写しての宗秋草﹂に封†る掟 五

(9)

緋 僧雇とは抑も如何なるものを云はれるのでぁるか? 若し私の推測にして誤ってゐないとすれば、それは﹁宗教的なるもの﹂の怒識の原理としての形 式的な宗教概念にすぎない。即ち何を以て宗致と点すかについての範噂的な先廠的宗教概念たるに 止まる。それは賓質的な償位判断の原理、即ち碓々の宗数的信仰又は教理に対して、其のいづれが ヽヽ より高い僧伍を有するものであるかを終局的に判断し得るやうな理念ではあら得ない。何となれば、 此の如きは唯超越的宗故習轟の問超であつて、一の﹁科挙﹂佗る宗致畢の問題ではないからである。 また促りに鈴木氏の﹁宗教学﹂が斯かる欝質的慣位理念を前提とするものでぁるとしても、其の一 の﹁科挙﹂たる限り、騒に﹁侶位牌係﹂の方法によつて現賓の経験的宗教現象を邁拝するに過ぎざ るもので.之に対して﹁侶伍判断﹂を施す藩政に於て取捨を加ふることを得るものではない。此は ,,ケルトに精通せらるる鈴木氏の固より充分承知して居られる誓のことである。唯、私として束 ヽヽヽヽ にかかるのは、﹁宗政孝は普遍的な宗数的慣伍を原理とするが故に、かかる何位のより多く現れた宗 ヽヽヽヽ 扱が、其の材料としても.より少く現れたものに勝るのは無給でぁる﹂︵二八書といふやうな語句の あることが、若しや無意識的に﹁侶位列噺﹂の方法によつて取捨邁拝される意味なのではなからう かといふことである。 . 今鹿理論的な﹁職位楓係﹂の方法によつて道管敢、偶数其の他の.﹁世界的宗教﹂の革質を邁葦せ ﹁文化耕拳ミしての宗牧草﹂に封†る疑

(10)

851 んとするならば、勢ひそれらの詩宗故に於ける信仰、数理などが雑然と怒識の諌茎の上に登って凍 ることは明かである。蓋し、個々の宗教に於ては普遍的宗教侶位が或る具健的構造の下に欝現され てゐるから、其の巾に飢識的な概系が見出されるのである。然るに偶数、基督放といふが如き狗立 の宗数を同時に材料とするに於ては、如何にして其の問に﹁組織﹂を見出し得るであらうか。其の 間には本来組織のないものなのである。それを組織立てようとせば、騒なる外商的な目安によつて、 之を抽象的に分揖するの外ない。弦に於てか内面的・論理的な統括の極めてルースな、内容の散漫 柱.若し強ひて之を棺系化せんとすれば、極臆に抽象的な、内容の容疎な串間が出水上ることにな るのでぁる。其れは恰も法錘単に於て嘗て一派の単著︵メルケル、ベルグポーム︶によつて試みら れた︼般法塾︰邑gemeiロe団交U−1邑註re即ち質記的な種々の法律礁系を材料とし、其の中から︼般的 原理を抽象して組織せんとする串間上の試みなどに相督するものである。而して一般法邸なるもの は今日埠坪背単著からも、純粋の法律単著からも顧みられざるは何故であるか。其は内而的統括な き抽象に終るがためである。

私は普遍的宗数億位の存在を疑ふものではない。しかしながら其の普遍的宗教惰偲なるものは. それを前提として一個の﹁組織的文化科畢としての宗敢畢﹂を組織すべき程に、lしかく自明なもの ﹁文化科畢ミJての宗散華﹂に封†ろ疑 七

(11)

さ52 ﹁失地科挙写しての宗軟堪﹂lこ封†る投 入 ではない嘗である。其の考察は超越的宗教哲率の問題でぁるが、私はそれはかの雄大なる宗教音型 の怖系と見るべき大乗起信諭などに謂ゆる﹁一心・眞如﹂といふやうハ仏ものであらうと思ってゐる。 異如そのものは思惟すべからす、また語るべからざるものである。其の思惟に登り、言語に登る宗 教侶伍は原虫的宗致生活を離れてないのである。普邁的慣偲は唯典醗的文化の理念としてのみ欝現 されるのである。此の瓢に於て質はタイソデルメソト及びグッケルトの自然科挙と歴史率とを対立 させる深い窓眈があるのであつて、すべての文化、即ち偶成に印したるものについては、普遍化的・法 則的概念柿成では認誠の埋念は満足されない。唯個別化的・個性記述的概念梢成によつての一み、基 の怒識は完き・で得る、といふ消息があるのである。此の忠娩に於て私は借款、基軒数の如き具髄的 宗故に閲すろ研究の方が、抽象的な﹁宗教革﹂よりも、﹁文化科串﹂としての怒識的償位が高いもの であると倍するのでぁる。 しかしながら個々の宗教に閲する質問的研究を以てすべて文化科率又は原虫畢ならと袋すことに は、私は別の方南から疑をもつてゐる。大凡リッケルトの﹁文化科草﹂の概念はまとして願出単に 関する方法論でぁつて、紳塾及び法相塑の如き科挙に之一ピ通用し得ペきや否やについては.サツケ ルト白身のすでに疑問としてゐるところでぁる︵欝○−∽・喜、き︶。宗教虹と紳邸、法制史と法枠寧との 差典は異な一〇桐別化的と普遍化的との差典ではない。一方は純粋に緯瞼的・理論的認識であるに反

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853

して、他方は規範的・質際的な意昧をもつた認識である。たとへば苑督敢の紳畢は歴史的な或る散

骨の信仰を内容とする組織的・論理的研究でJのるが、それは罫に経験科塾的な郡賓の認識たるに止

まらゃして、其の特殊文化僧侶の理念に韮く規範的妥雷を諭せんとするものであつて、少くとも嘗

該政令の宗教生活に対して特殊の罪更なる欝際的意義宙有するのでぁる。

私は再び法錘撃について例説したい。法枠単に於て最も重要と認めらるるは固有の意味に於ける

法紳畢Jur甘r已eE即ち我が邦に於ていへば口本の民法、日本の刑法を封象とする率問である。其 の研究に於て法制史及び比較法偶の串賓を塵考するけれどー英は率先﹁盤考Lにすぎない。今若し

殿りに鈴木氏の例に倣って、世界各図の民法、刑法を比較して普誠的な民法埋又は刑法邸を組威せ

んとするならば、それは結局何慶の固にも行はれない﹁民法らしきもの﹂又は﹁刑法らしきもの﹂が

出水上るのみであつて、生きた民法又は刑法の認識とはならね。此の埋は亦推して宗敷革について

もいはれるではあるまいか。醐邸又は宗螢は、ひとり其の歴史的、典慣的宗故に閲するといふ粘か

ら串間的に韮要なるばかりでなく..其の現欝の宗敬生活に対する野際的意童の鮎に於て、宗数的に

其の正妻を粛するのである。

私は我が邦に於ける蛸鶉の宗致螢、即ち宗教に圃する串間的研究が、宗教哲邸及び宗教史︵係数 虹、韮冊数虫︶の外には、主として偶数宗邸の組織化、恐系化にカを用ふペうものであらーうと信じ ﹁文化科帝王Lての宗教串﹂に封†る錠

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﹁文化粁畢ミJての宗教拳﹂に謝†る疑 一〇 捌 てゐる。其の一般的理由は上水論じ凍った迫りであるが、其の特殊的賓際的理由としては、我が邦 に於ける現賓の宗教生活に於て、何といつでも偶数が其の生業の地位を占むることである。勿論韮 督敦の信仰が現密約に麓安となるに徒て韮督致軸率も重要となるわけでぁる。唯基督数の紳隼はす 、 でに外国に於て或る程度まで完成されてゐるに反し、借款の宗邸は今‖も僻典籍註膵の域を脱して ゐない。此は言ふまでもなく串間的に頗る追憶とすべき状態でぁつて、係数に屈する種々の信仰内 容が、其の系統に徒ひ、それぞれの組成約数撃として櫻系的に叙述されることは、ひとり隼問的に 意妹ぁるばか♭でなく、宗敦生活そのもののために重要古布することでぁる。之に比すれば多くの ﹁世界的宗教﹂から抽象された﹁組織的文化科率としての宗教挙﹂の如きは、恐らく一の啓蒙的・教 育的意味を宥す一んにすぎぬであらう。三たび法梓畢に類推して考へるならば、例へば法律学の入 門として﹁法華通論﹂の必要なる如きものであらうか。

(14)

一路5

宗 教 的 作 用

久 松 眞 一

音凍哲塾的に宗教の眞理性もしくは燭光性一ぞ支持群註しょうとする人々は.まづ宗教の封象であ

る紳が疑ふべからぎるものであること、即ち紳が迷信や幻想でないことを恩坪的に諭記しょうと試

みるのが常であるやうに思はれる。しかもこの時.論記せられる紳は論語する人の背単に於て根本

原理として立てられて居るものと同一のものでぁる場合が多いやうで今○。宗教の醐を直ちに哲率

土の根本原理と同一脱することの不可なるはいふまでもな小ことであるが、たとひ宗教の軸でぁる

にしても、その疑ふべからぎることを思群的に論証し与フとする企は到底宗教の眞理性もしくは狗

立性を支持し蹄逢し得ないのみならす、むしろ却ってそれを允くする所以と捏了りはすまいか。

カントによつて列傘せられ叱る紳の存在に関する三つの証明法ほもとより、理論理性を批列して

認識の限界を定め紳の存在に関するそれ等の澄明が不可能なる所以を明かにしたカント自身も、前

の疑ふペからぎることをば道徳成立の根本棍定から思締約に諭記しょうとした。カントに邁ってカ

ントを理解し、もしくは更に進んで彼を超出しようとする現代の理想ま哉の人々も.種々の鮎に於て 宗教的作用

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鑓6 一二 宗教的作用 カントそのものとは典って居るにか∼はらす、翻の質在を狭義の道徳或は贋哉の遺徳即ち憤偲生活 一般の根本辣想として論語し与フとする鮎に於てはカントとその軌を一にして居るといふことがで きる。現代わが国の係数邸非に於てもか∼る新カント況、ことにバーデン邸派の影噂の下に彿をも 債疏生活一般の根本汲想として論証し、これによつて俳致の眞理性又は覇立性を基礎.っけようとす る仰向があるやうである。もとよりか∼るカント的の方法が宗敢或は信仰を認識よら猫立せしめ、 それ等に認識の任すことのできない標利を附興したことはさすがに批列重義繭であつて、方法ぬ上 映して窮迫することのできぬ窮妥へ仏る隼柄ではノのるが、惜しむらくばこの方法は折角認識の囚より 救ひ出した宗数をば正に道徳の暴訂に重ねてしまつた。カント淀の人々は何故にその批判的方法一で 更に進めて遺徳.別してその状況たる豊鰯を批判してその限界を定め、道徳的常満といへども〒渉 し得ない閉域一ゲふポ歓に認めるまでに根底しなかったであらうか。これは恐らくこれ等の人々が一般 道代人と同じく近代思想の最も肯しい特徴、否その中核でぁる人間性の自発、自我の栗醍.とhソ・り なほさす道徳的常盛の意識を人生観の根本原理とする理想ま童に立脚して居るが爵に批判ま童の鋭 鋒を鈍らせられて、カントが﹁罫なる理性の限外内の宗故﹂といひI ナトルブが﹁人間性の限界内 の宗放﹂といふ如く宗教をもこの理想主義の立場から理解しょぅと企て、道徳的印性若しくは人間 性に取っては非合印的なる要素が宗数的忠誠には本葉的なるものとして食まれて居ることを洞見す

(16)

857 ることができなかった焉であらう。 寂静彼等に取っても異なる道徳的生活或は慣偲生活は宗放ではなくして、それが醐に対する関係 を意識した時に初めて宗放となるのであるから、彼等が宗教に道徳と典った閉域一ざ全く認めて居な いとはいへないやうでもある。カ∴′トでは宗教は道徳の如く畢に鶴弥を造行することではなくして、 凡ての鶉務をば紳の命令として知ることであ♭、タイソデルバンドでは宗致は単なる僧侶生活では なくして、償位生活が超威性的なる賓在に関係することである。併しながら、たとひタイソデルバ ンドの場合の倍伍生活が軍閥、道徳、茹術の全般に亙ったものであつてダントの場合の道徳よbも 贋鶉であ♭、又タイソデルバンドの超戚性的潜在は、カント的の道徳哲畢よりいへば、カントの紳 よりははるかに純化されたるものであるにしても、畢話するに彼等が宗教と耕するものは泣穏的意 識に於ける二つの根本要素、即ち、戚性的なるものと超戚性的なるもの、現質的なるものと理想的 なるもの、反規範的なるものと規範的なるもの、存在と常眉との内両的必然的関係の上にまてられ たるものに外ならぬものであるから.道徳と本質的に遜ったものではない。彼等は、宗故に於ては 温熔は醐に関係するといふが、彼等がいふところの紳は道徳に於ける常超に外ならぬ。理想ま哉の 人々に取っては、超戚性的とか、超人閉的とか或は超世界的とかいはれ得るものは常おの外にある べきでない。常秀は道徳的生活のαであむ山である。道徳的生活は雷名の胃壁に始まり、常男の自 宗教的 作用

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鈷8 宗教的作用 一四 由に終る。遺徳的生活は常男、義務.或は純粋意志が存在、意向、或は戚性と閉ひつ∼それに打肪 ちて自由になり行く過程である。造徳の究覚目的は、タイソデルバンドも指摘して居る如く、徳と ハイサツt 頑との一致ではなくして、むしろカ∴′トの意妹での塾的の境涯、即ち常鰯の絶封自由でなければな らぬ。叡智的性格と綻唸的性格とより成る人間に取っては、クツケルトもいふ如く、この染的の境 涯、若しくは完成されたる徳性は到達の限界外ではあらうが、それにもか1はらやそれは道徳の日 ぎすべき奥の目的でなければならぬ。純粋忠志を道徳の根本原理となす以上、理由の奈何にかゝは らす、徳と編とが一致すべきであるといふことは賓戌理性の純粋な要求とはいはれない。 泣穂成立の根本仮定として要辞さるべきものは、それ故、カントのいふところの敢高書を質現せ しむるやうな紳ではなくして、存在を常男によつて自由に征伏すること、即ち雷鰯の絶封自由なる 境涯でなければならぬ。この汲想なくしては拘に道徳の世界は不可能である。これを信するといふ ことは、随って、迷信や幻想ではなくして、賓践理性に取っては皆然な信仰でぁる。フィヒテが世界の 道徳的秩序を倍することが宗教であるといつたのもこれによるのである。常食の絶封自由の境涯に 於ては世界は道徳的に歌作つけられたるものでぁる。世界はその根祇に於て道徳的耽序を保って居 るといふこと∼遺徳の目的は皆東の絶対白山であるといふこと∼は別なことではない。フィヒタが なし氾如く、もしも普々が道徳の枚祇で九∵り且目的であるこの道億約款序、即ちOrdOOrdi−−冒偶に

(18)

869 軸といふ名を附す一〇ならば、遺徳は紳より出で∼紳に逸るものである。人間が自然に打膠って皆鰯 を白山にして行くといふことは、現悪からいへば、人間が紳に近くことであTク、紳の内在粒よりい

へば、人間に於ける紳の啓示であり、醐の立法性、超越性からいへば、紳の命に徒ふことである。

されば、入関が温徳を行ふといふことは紳の思召しにかなふといふことであり、温徳的に生活する

といふことは、紳が人間の内に住むことでゐ♭、同時に人間が紳の内に生活することである。フィ

ヒテが票数的生活と押するものはか∼る生活に外ならぬ。カントが穂と頑との一致である最高巷を

賓現するものを紳としたるに射し、フィヒテが生きた機動的なる道徳的秩序を唯一の紳とし、昔々

は何等他の醐を要しないとしたことは、理想主鶉の立場より見れば、カント上ちはるかに徹底した

債度といはなければならぬ。

フィヒチやカ∴′トは常男を只追徳の原理とのみ考へたのであるが、常虚は道徳の原理としてのみ

見るべきではない。串間や茹術も常盛の意識なくしては成立することはできぬ。串間は典偶の判断

であ♭、輩鏑は美醜の戚じである限りその根粒に常焉がなければならぬ。串間によつて眞が削明せ

られ、歯梢に於て美が正祝されて行くといふことは、綿局それぞれの防腐が白山になつて行くとい

ふことである。それであるから、タイソデルバンドは常用をば遺徳の世界に限らゃして、職位生活

︼般の原理としたのである。随って、彼に於ては常鰯の絶封自由とは完成されたる職位生活一般で

宗牡的作用

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860 宗快的作用

〓ハ

なければならぬ。彼が超越的寓在として惜験されたる奥、蕃、其の規範窓弼即ち契約と耕するも のはこれである。彼はこの規範意誠が超経験的でみウ、且それが惜仇生活一般に於て滋も碓鱈にし て疑ふべからざるものでぁるといふ理由でそれに超越的賓在位一で認め、それを細としたのでぁる。 彼に取っては、否々の惜仏堂活がこの耐によつて規定されて屠るといふことを知るのが宗放で争Q。 以上述べ凍りたるところによつて吾々は、カント浜の人々に取っては宗数的生活とは、惰伍生活 の根紙であ♭.皿‖的である倍率∽紀封自由を信じっ∼何位生活を営んで行くことでなければへ仏ら 曲と〓心ふ。か、る正統の宗故に於て撞二榊は拘に情琉生前の要請に加速ないものであるから、僧侶 生活を承認する限り疑ふことのできぬもので一のらう。随って、か﹂る紳の信仰としての宗苧蒜決 して迷信や幻想でないことは明かである。然らば、技に於て宗教の異理性は全く基礎づけられたと いふことができるやうである。併しへ号がら、かゝる宗教のか∼一〇基礎づけは畏して宗数の基礎つけ として妥常へ住ものでぁるかどうか。 先にも述べし如く、苛も宗教の韮攣っけで一のる以上、基礎つけの対象となる宗致は、常塾者が哲 畢的耕詮の過程に於て清澤したやうhuものではなくして、現㌍め崇薮でなければならぬことはいふ までもないが、カント派の人々の謂ふところの宗教は視野の宗放であるといふことができるでめら ぅか。カント派の考によると.宗数的珪活は迫徳的生巧若しくは僧侶生活とは内容的に何等琴¢

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861 ところなく常承の意識、即ち質践理性に韮ついて生活することである。宗教的生活は、道徳的生活 の根抵に紳があることを信じて温徳生活を営むことであり、単なる道徳的生活は、その板柾に醐が あるのにそのあること一で信せやして、香気づかすに道徳的生活を館むことではあるが、何れも道徳 的生活を螢む鮎に於ては同じである。宗教的生活は、翻のあることを信じはするが、その信するこ とは泣徳的生活に何等内容上の橙化一里狩らさない。それであるから、彼等に取っては、道徳的生活 と意味内容一軍英する宗教的生活といふものはないことになるのである。これは彼等が、超越的とい ふ屈性を合理的に持ち得るもの、即ち紳は常男の外にはあり待ないとする理想ま並の侍統的職階に ょるものである。この覇断が彼等をして批判ま鶉の徹底を快かしめ、宗教の正解を妨げるのである。 宗故に於ては超越的といふ属性を合理的に持ち待るものが紳でぁるのではない。かゝる紳は理性に ょって考へ出されたる釧であつて、宗教の紳ではない。宗教の紳は理性の対象ではない。随って、 ヽヽヽヽ 宗教の醐は、カント派の人々のいふやうに、遺徳の目的でも.何位生活の根植でもない。宗数の紳 ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ は宗教の根粒であり、宗教の目的である。道徳の根樵は常承であるが、宗致の根堆は紳である。宗 教と造徳とは全くその根粒を異にするものである。道徳は雷鰯と共に始まり、常鰯と共に終るが、 宗敢は紳と共に始まり、紳と共に終る。ショルツが宗教は人間の創造ではなくして紳の創造である といひ、又、宗教は人間梢醐の狗立位からではなくして紳の精細の伐動から起るといふのもこの忠 宗教的作用

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882 ヽ −八 宗教的作用 放であらう。頑なくして宗教はあり得ない。理想主我の人々には道徳の世界はあつても、票数の世 界はない。宗教は宗教の立場に於て始めて具に理解することができる。宗敢を理想ま鶉の立場に於 シュクエルノ’イ て坤解しユうとすると、カントが啓示宗教に対してなしたやうに忌想として狗断的にその眞理性を 否定するか、或は理性宗教を捏造して宗教を温徳化してしまふかよ♭外に追はない。それであるか ら理想ま哉の立場に於ては宗教は理解されない。宗教の理解−ごは、理想ま童の破棄が要求さるる。 理想ま藁の破棄とは、常男を臆して前に蹄入することでぁる。道徳の世界は戚性に対して常男の上 位が認めらるゝ世界であ♭、宗教の世界は常男に封して郁の上位が認めらるゝ世界である。それ故▼ 宗敬信者に取っては道徳は第二哉的の意味しか持たない。宗教信者に取っては道徳よりも高い侶偵 がある。たとひ、道徳には反しても背くことのできぬ構成がある。それ故、いかに道徳的には不完 全であつても、宗数的に完全なるものがあり、造穂的に完全でみつても宗教的に不完全なるものが ある。道徳的には非難すべき人でも宗数的であることができる。道徳にかなつて居るか居らぬか、 といふことは、人が宗教的かどうかといふことの樺準にはならない。コーエソなどは.人は道徳に よつて紳に仕へる、といふが、\人は道徳によつで人に仕へることはできようが紳に仕へることはで き氾。人は宗教によつての・空間に址へることができる。スピノザはへ、HF邑。gi邑→pO−it訂訂曽a粁E、、

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さ63 に於て、㌫故に最も苅冥な各要素は道徳的生活であると考へ、道徳的生活を造らすして帥を信じょ ぅとする人は百家撞着に陥ったもので、さういふ人は箪欝上無副論者である、之に反して道徳的生 活を造って行く人は、とりもなほさす宗教的戚備を持った人である、といつて居るが、榊の信仰に 揖澄せぬ宗教的珪浦はあり待ない。いかに道徳的生活を造ったとて宗数的戚傭一ぞ持つことはできぬ。 ブルノー、バクフも﹁紳単数骨雑誌﹂の昨年の第一故に於て、同時に道徳的であることなくして宗 教的であ一夕1とは不可伐である、紳に直接に編入するといふことは自由なる純粋なる道徳的の心に のみ可能なことであろと述べて屠るが、紳に正接に繰入するといふことはいかに純粋であつても道 徳心のよくするところではない。理想ま義の脚ではなくして、宗教の紳でぁる以上、紳に臨入す一〇 眉には純粋なる宗教的作用を要する。バクフは西南塾況の人であるからさう考へるのは無理もない ことでぁる。彼は、理想ま義の宗教暫単には都合のよい語として屡々引用されるゲーテの有名なる 語﹁萄術や串間のある人には亦宗教もある﹂を野際と矛盾しないものとして背光して居るが、事々 はショルツと共に、これは宗教塵よく理解しない語として否定しなければならぬ。否々は紳を得る ことによつてのみ宗教を得る。紳を縛ることは畢問、道徳、薮術等の人間的鞘性によるにあらやし て宗教的作用によるのである。恰も眼によつて色を見る如く、宗教的作用によつて耕一笠間験するの である。限なきものには色は見えぬ如く、宗教的作用を映くものには紳は櫓脇されない。弟の普過 宗教的作用

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郎4 二〇 宗教的作用 性が蕗術的作用によつてのみ確立せられて居う如く、紳は宗教的作用によつてのみその普遍性と硝 立性を獲得する。紳の疑ふペからぎることは、理論理性や、賓践理性によつて思摺的に論証さるべ きものではなくして、宗数的作用によつて偲験さるべきものである。紳を疑ふものに対して吾々の 取るべき唯一の緋護法は彼の宗数的作用を喚起すことである。限によらゃして色の見えぬ如く、い かt串間一軍なし、道徳を行ひ、蕗楠を創造するも、宗数的作用によらざれば紳・ぜ偲瞼することはで きぬ。さればいかなる宗教も生きた宗教でぁる以上、宗数的作用を具備せぬものはない。パスカル の﹁只、蹟づけ、然らば汝は信心浣くなるであらう﹂といふ語は、帯極端ではあるが、この忠娩に 於て典眈深い語である。

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865

山 速 習 撃

一般に餓鬼は、.吾等の死後、現世の所行に随って赴くべき六趣︵又は五趣︶、三意趣のlであると せられ、堆に食慾多いものが蛤つる握とせられてある。その形相は日本中舌の姶器物︵﹁餓鬼草紙﹂ 等︶に衣はれてゐる飢えにやつれた甘の細い太鼓のやうな腹をしてゐる浅間しい有情とせられ、今

日に於いても各宗派の問に施餓鬼曾が行はれてゐる。併し阿合鮭にあつては、只身口意芋悪を行す

るものは、三悪趣に入り、三野に対する不壊の信を抱く宕は是等の悪道に入ることはないといつた

程度のもので、典倍的に餓鬼道そのものは説かれてない。併し是等の鮭設が射手に何等の疑問︵特 に断見を抱く人を除いて︶ヤ豊晋起さないことから推測するに、三忍勉︵地獄、餓鬼、畜生︶の思

想は、恍に常時の民間信仰となつてゐたもののやうに思はれる。秤食は是等の民間信仰一ぜ材料とし

て、眞賓の宗敢を弘められたことであらう。

一 餓 鬼 の 起 原

価典に蛮ほれたろ銑鬼の研究

彿典に表はれたる餓鬼の研究

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8(;¢ 彿典に衷はれ上る餓鬼の研究 二二 従って辞令常時の餓鬼の勒念は、今日一般に抱かれてゐるものと可成らの懸隔があるやうである。 餓鬼の原語はPretP又は七三11︵辟薪拶、又は略して辟薪と骨許す︶正しい評は寧ろ死者の琴又は 幽冥界の人と云ふべきである。この悪政を失はぬ傭件で亡者、幽鬼、といつても差支へはない。是 等の椰々なる亡者の小、飢餓に苦しんでゐるのを特色とするので、所珊⋮披膠頒諭して餓鬼と定評し 0 00 たのである。故に玄非以後は鬼として餓鬼と云はないと云はれてある。 彿此ハに表はれた桝で尤も古い形の餓鬼の描焉は十諦仲節二十五︵準四︶︵へ占iくyざPdぎp、、p●p. ヽ −−PeであるとM心ふ。阿整提の王薩嬰︵≦彗P︶取落の沙門億耳︵∝r。召す材量k弓召︶が荷主とな って大海に入り、多くの琴で獲て締る道すがら、陸路を擢んで沙漬の放を頂けてゐる中、ある朝、 一行に耽き去りにせられて、飢餓に憎み、こゝかしこと食を求むる中に輔々なる有情を見た。大凡 左の三和である。 プレー’ 一、沙注の中に放しい城がめつたので、彼がそこを訪れて食を乞へば、多くの亡者が現れて﹁こ れは鬼城︵PreFl−仰曹rP︶で今Q。吾々は吾千載歳の問今日初めて食物の葦を聞いた。吾等は僅み心 によつて布施することをせなかった蕾めにこの餓えに苦しむ踵に蛇ちて凍たので争0。L云々、次に 一城を見て水を乞ふた暗も、是と同じ石棺一で見た。 二、その柁は一柳の下に宿ったが、発しい男女が何盛からともなく現れて、奇児な貼−本に死の染み

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88丁 を菓んでゐる。彼は﹁他人の私事を石てはならぬ﹂と好奇心を抑へたが、やがて柁明けになると。 林滅し女波し、男は傍らしくも群れ集ろ狗の眉めに全身を吠ひ並され。見るく骨丈となつた・。億 耳は稔らのことに驚き見れてゐたが、柁が再び訪れると、骨ばかりとなつた男が再び元の美しい姿と なつて、再び現はれ好い淋の中に先きの美人と喜びを共にしてゐる。彼はその所へ赴いてその故を 閃へば、英男いふ﹁科は阿粟粒囲の‡薩細褒蕗の屠殺着である。嘗て長老大迦肪延を供養してをつ たが、師は常に捕殺の窓行なることを云はれたので、自分は先世以水の業務でいたし方がないと申 すと、韮は止むを待ないとすれば、せめて柁丈にても五戒を守るがよいと云はれる。私は致の通り 守ったので重患、種芋の報い一で受けてゐる﹂云々。 彼はこの奇しき邦と訣れて沙漠をゆき、久しかららゃして文一樹の下に宿ったが、翌日又美しう装 うた男女の寄集するを見た。そして死になると、淋と女は洩して男は群り凍る百足ぬの吠ひ蚤す所 となつた。之は前者と比べて柁と査と全く反対である。この男のいふ所によると﹁嘗って他の好を 犯してゐたが、長老大池肪延の教化ぉ受け、その素行を止めやうとし氾が、どうしても抑へる主が出 水ない。せめて杢丈にても五誠を守った男めにこのやうな丑馨、柁慈の報いを受けつゝあるL云々。 三、次いで行く堤に清らかな弛は林を伐らし、費を鉾めた邸宅がぁる。彼は梵き苗びて先つ他に ブレーク 入りで絡みし、食を乞うた。と見れば一人の婦人が象牙の淋に坐し、二人の亡鬼を林の脚に繋いで 彿典に衷はれ上る宙鬼の研究

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る¢8 二四 彿典に衷l王れ余る他見り研究 ゐる。原人は倍耳の袷ひを容れて懇ろに食を輿へたが、やがて宅を出づる時、是等の亡鬼に食を輿 へてはならぬというた。亡鬼は婦人の去るを見るや﹁せめて半口でもよいからこの食物を分けてく れ。腹の中は飢の火に焼かれてゐる﹂彼は怨みて各一口づ∼分けてやると.その食物が彼等の口へ 入るや否や戎らや吐きき出して仕琴フた。見れば汚い脇血で、室は悪臭に満ちた。婦人は遣り水ら て、憶耳一芸人め、奇毘に流ひ清めて脊一で焼いた。その時和飽いて二人の女が食を求めに凍たが、そ の好人は冷静に﹁汝の常食を食べるがよい﹂というと,第一の女は沸きたつ熟錐の中に入トて皮肉 爛れて骨ばかりとなつたが、やがて冷凪が吹いてくると、本の身となら、先に骨から離れた我身の 肉一里節り吹うて去♭、第二の女は羊と化りて葦を喰み出した。 億耳は此右械一ぜ見て.n分は死んで冥界に生れたのでないかと疑し佗が。狩人のいう研によれば、 淋の脚に繋がれてゐ至一亡鬼は彼女の克と息子で、寄って生前、彼女が大池筋延を供養するを見て、 いへも眼を疲らして口汚く瓜ったのであつた。又二人の女は娘と姉女で、生前悔み心で施したので、 今かうした報いを受けるのだといふ。そして女寛人或は少罪の眉めに暫く是等の亡鬼と一所にゐる のでぁるが.やがて四天王の天界に生れるであらうといふ。更に彼女は億耳に頼むにはどうか王薩 婆の地に締ったならばまだ生き残ってゐる一人の娘に告げて、どこそこに漉してぁる財物一曾とつて 長悪大迦肪延一で供養するやうにと。好人の命の如く億耳が限を閉ぢると、不思誌や彼はその郷里に

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869 ぁつた。彼は早法婦人の依究をその娘に告げてその言の如くなさしめ、更に父母を養うこと十二年 にして迦肪延の許に出家した。云々。 是樽設は椰々の意味に於いて多くの興味と暗示を典へるやうに思はれる。厩うに彿在世から恐く ば数百年に亘トて偶数が常時の民間信仰となるに至ったのは、この卑俗な因果軌念であると思ふ。 即ち人間生活の尤も現質的な部而なる殺生と盗みと、邪建等に対する宗教的批判でぁる。それは蕃 素因巣の道理で、そしてそれは単に道理たるに止まらす、かうした典健的な物語が、必要とせられ たので.そしてその内先の欝憺約数削がどれ程一般人を教化したか知れないと思ふ。﹁併設因縁何社 鮭﹂︵宿、八︶︵。巨くy晋乱賢p;pp・旨¢−∽缶︶衣はれて仰誰︵S眉g訂⊇訂Fitp︶比丘の汚に入りての紆 路の物語りも上越と同巧異曲で、飢えて食を沙瑛の中の伊原に食を求めると付逮が彼の目前で火に 焼かれたり、熟朱を吠うたbしたといふのである。 是等の物語りに敦はれた所では、その苦難の外に地獄といふ解凍の意味をもつた忍趣の玖想もな いのと、そこには研開地獄の苦妬に等しいものもある。つまり常時の偶数民間信仰をありのまゝに 語ってゐるので、布施を術ひ、玉城を守れば、天界に生れ、無白兜に只現欝の生活に没頭してをれ プレI’ ば亡鬼界に入る。恐くば︵一︶柁靡︵y昌P︶界に入る思想に畢君国典の宗教的批判が加ゎてこの亡鬼 ナガ’ 界の㍊恕を生じたのであらう。そこには常時の素朴の宗教思想を見ることが出水る。故にそこは必 伊興に辞任れ圭る職鬼の研究

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870 〓六 彿典に敦l王れたる俄鬼の研欠 ゃしも飢餓前のみではなく、現に上述の物語中の壷華柁窓等の男や苛惰なき婿人のやうな人物もゐ るのである。﹁併読難波経﹂︵宿、六︶は後に紹介する﹁餓鬼報應経﹂と前半を等しうする内容を宥 ヽヽ する緯典で種々なる亡鬼を描いてゐるが、その中に二稚の黄泉報者をあげてゐる。一は塔中の迦尭 ヽヽ 倣一で絶した功力で、成さ石山句の逃基に乗じて有らゆる欺寮の具をもつてゐる天女であら他は一条 0 0 者が術終に立って食を乞ふ沙門に慈善家の家をボ示した功カで大字Q身櫻をもつて金色の指先から ぁらゆる資産の典を洗犯する糾鬼である。 後者に等しくして更に小説的の内寧ぜもつ物語りは﹁倍訟阿鳩留綻﹂︵桁、七︶である。摘ま阿鳩 留が多くの偶人を通れて沙摸の放をつ︸けたが、道に飢餓に迫られ、常に一同とゝもに死なうとし たが、計らすも一樹の下にある〓平八に逢ひて、その手から出づる飲食と水によりて飢渇を救はれ たばか♭でなく、正に彼怨の求むる併の金銀財密盲でを手中より頭出して彼等に典へた。そして驚 き怪しむ彼等の問ひに対していふ。 ブレーク おは ﹁我は天に非らす、親にぁらす。鬼にあらす、亦人にあらす、慕いな争辟茹である。生前、布施 し化報いによつて、かやうなカセもつのでぁる。﹂云々。 之を要するに古い彿典に淡はれた餓鬼は、常時の係数の民間倍仰の一部一旦箪るもので、事業団奥 の質標的説明で今Qと思ふ。即ち死彼の世界の説示であるが、その冥界はそのまゝ現世と打ち姓タ、

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871 ヽヽヽ 亡者が何等かの埼繰で人間と交通することで争Q。﹁嫌阿合経﹂第十九にはけたいな有情が描かれそ れ等は菅な令索日蓮によらて見られたといふのである。

〓 餓 鬼 の 分 類

上のやうな種々打てる幽鬼の中幡に苦悩に沈めるもの武を一括したものが﹁餓鬼報應綻﹂︵宿、六、︶ である。三十六糀の餓鬼二l手七輔の原因をあぐ。記述の鴨裁は一鬼毎に奔♭て自らの苦滞を訴へ、 日址は一々その原因を詭く。左に摘出す 俳典に敦ほれtる餓鬼の研究 帰 帰 扮 身を森げて扮爛 食飽くるを知らず 印弼治するに由なし 見場正なれど男な早世す 央の多くの妾を苛ふるを倦む 印柿、胡桃炉爛 身醗虎狼、不浄 杖をとつて有情の頭をうつ いきもの 山野を焼き有情を雀ふ 措芋ぜ帰す 人に不足の食物を典ふ 温徳を敬せす、︰人を偽る 見等の殺生皇尊び彼等の殺せし肉を食ふ 央韮を敬せす邪妊せる虐め 塔廟等の梁所に行淫す 有徳を敬はす、沙門に沙を榔つ 二七

過 去 の 原 因

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872 28272625242322212019181716151413121110 彿典に衷はれたる依鬼の研究 食.山科なるも足らず 脚腫れ、噴煙 常に勲掲を忠ふ 狂寂無智 子等に逆ひ向ふ 常に吐く 賛助一?りながら弊衣一で好む 巷宿らあらて定宿なし ムたな, 二形仕︵不朗不女︶ 梵 黙lニ菅・しみ佗河lニ入れげ月側⋮鞘・し水わ呑みば五臓六蹄焼 く 雷狗興りて肉わ岐ひ内捉に摂す、又之わ経り返† 不渾中にふ∵りて木澤一ぜ食す 手、身醗の彪々に生じ利斧に破らる 飢えて側に近けば大力鬼ふ∵りて技つ 咽は針孔の如く腹は藍、食下し持す 田上に沸銅現わり杓にて汲み班より浴びれば五俺わ魚瑚 † 人光りて刀糾にて光昭む斬ろ五臓いで菅轟萌埴 両膝下に熟鰐輸あアリ 二八 比丘と打アりて付伽の虐めに求めて自ら食す 家事に重荷を負はす 漁狼を好む 酒を人に呑ます 孝養せぎる虐め 馬♭ながら食を奥ふ 施して後悔ゆ 客を好過せや瞑り罵る 無慈悲にて六番を養ふ 禽既一里繋ぐ 舶仰と行アワて他人を迷はし利益を貧る 天網立となりて牛羊の血一ざ供ふ 婆凝門にして沙門の鉢に糞を入る 冊伽の物︵石蟹等︶一ぞ盗み食す 冊虜の世話をして衆何に飽食を奥ふ 地主として小作人を虐待す 酢瓶を和して客比丘に輿ヘヤ僻比丘に典ふ ︵こ 天嗣lこ羊牛な供・し正洗わ惜ゼナ ︵二︶ 首斬役人寸Jなりて好んで人わ殺† 何伽の併を盗み食す

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87:; 以上の項日一で検するに、︵1︶よ♭︵9︶まで肉恐の一寸した故障であり、︵6−︶の如きは発見の死

と夫の妾狂ひを憎む要の囁きに過ぎないので、これは死後の世界まで求めすとも、現世にいくらで

も見る所である。︵14︶から︵19︶までも大凡上と著しく子等の反日に苦しむ親、常吐や二形生や梵や、 財物あトても弊れ衣に執着するなどは現世にあらふれたものである。将に︵17︶の巷にうろついて定

宿のない浮浪人や立ん坊は近代の都市に於ける鍋の一である。そして是等の報を招く原因も亦日常

生活に常に見開する一寸した圧迫穂的行秀や忍習慣位のものである。併し︵20︶から︵36︶までは流石 に亡鬼の苦瓜を物語る。︵2022︶は水が火と打†り不評を食とするもので餓鬼温の特殊性を茨はし、︵25︶ は咽は針の孔.腹は璧といふ餓鬼の形相を痛く。その他は︵30︶の身憶が旋風のやうに剋旋するとい

3(;3534 3332 313029

俳典に衷liれ来る俄鬼の研究 熱蛾九頭よ♭入りて身の各虞にいづ 行かんとして却って遣ゎ身を旋風の如し 身内熟めり熟蕩を抱く如し 常に恐怖して人の凍るを恐る 熟成の範、身に絡トて焼く 手足なく段内、狐狽ょり吠ふ 三鬼凍りいふ、釘肌を裂き骨を破る 田なく限鼻等旬にあ丁, 沙甜ミ光りて冊仰の痛めに確綴省か背†和上lこ特に七つ み輿ふ ト師と打アりて人一ぜ紅かす 第一夫人ざ咋りて小夫人か嫉み熱酔わ注ぎて殺† 邪淫して他の知るを恐る 銅等にて生物一ざ捕って殺す 堕 胎 罪 馬押、牛肺魚帥ご光りて肘り匁めに無類憩に餞別わ用l中 殺人者を助け、慈心なし

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874 併典に表ほれたる依鬼の研究

三〇

ふ不思議の判別を除いては、菅な地獄の刑割といつても差支はぁるまい。その原因も流石に複雑と 深刻を嘉してゐる。邪法やト笠によりて愚民を淡はすもの︵202127、30、︶邪姪︵32︶、嫉穀︵31︶.何物を 刺するもの︵23、24、26、28、29︶がその重なるものである。小作を虐待する地主︵25︶、堕胎︵34︶、生物一で 酷遇するもの︵33、彗36︶等、通常の法梓や道義を超えて、深い宗教的審列の意義が充分に衷はれて ゐる。随ってそれに射する應報も劇烈と残忽を極めてゐる。 そして更に注意を要することは、﹁餓鬼報應綻﹂の記磁者は目迎の口を惰りて、是等の受苦は留な華 報でやがてはこの欝朝を地獄に受けるでぁらうと説明してゐることである。即ち彼は是等種々へ仏る 餓鬼の輯銀をなすに雷って、勢ひ地獄との関係を考慮し、そこに華報と繋報の範噂をもつてその間 題を解決したのでぁる。 是と開通した餓鬼の分新は上述の﹁嫌阿合経﹂第十九︵辰、三︶の表はれた譜有情である。こ1に 二十七綻ありて各日注が者開嘱山から王合城へゆく途上に見たものとせられてあるが、類似のもの を除けば大凡左の十四碓となる。 ︵一︶一有情の身は稼働のやう、囁き放び・⋮・・虚に乗じてゆく⋮・⋮・。 ︵二︶ 筋骨和辻♭衆身不渾の有情を猛鳥、霧散加追うて吠ふ。 ︵三︶ 大なる有情.身の中凡て皮なく、全くの肉段であるが、容に爽じてゆくと、鳥鶏等疫み吠ふ。

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875 ︵四︶ 大な針やうな毛を満身に生じてゐる一有情が娼と燃ゆるその毛に焼かれて苦しむ。 ︵五︶ 無頭の有僻、両側に日、切にロあ♭、満身血智流し諮蝕に喰まる。 ︵六︶ 陰嚢虫と大きく.坐すればその上に掘り、行けば肩に拾うてゆく者。 ︵七︶ 銅銭の熱脛刑を身に碗ひて焼かるゝ老。 ︵八︶ 頂に蛾の磨あり、火煉んに燃ゆ。 ︵九︶ その身自ら幡ら旋風の如く毎に乗じてゆく。 ︵一〇︶ 膿捜した身慨で容をゆけば諸鳥啄み吠ふ ︵一〓一熱感九に身偲を破られつ∼容をゆく。 ︵一二︶ 贋い音を炎熱の別館に裂かれつゝ杢をゆく ︵〓ニ︶ 堅城翰を両脇七抱古姐旋するとゝもに姦をゆく。 ︵一四︶ 燃ゆる域串に頸筋を鶉せられ室をゆく。 そして是等の原因は留な﹁餓鬼報應経﹂の中に丸γり、受苦の和も、大慨に亘りて異なもものはな い。只︵四︶︵六︶︵一四︶が僻典を示す女である。そしてこゝには所謂餓鬼に和常するものがないのと、 ﹁蝕鬼報應綻﹂と比べて、是等は地獄の判別を受けた彼の伶邦でぁるとすることである。 ︵二︶ 進んで﹁正法念廃艦﹂に至れば、それは玉造の文串的犬猫蕊を企てたものである丈、各界の限界 悌典lこ襲はれ来る餅鬼の研究

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8丁6 三二 作興l︰表lェれtる依鬼の研究 は明かにせられ、所細今日吾々が姦にもつてゐる餓鬼の胱騒が精記軋られてある。後代の餓鬼の 穐念は恐く此捏典が木であらう。同紀第十六︵句一︶に三十六和の餓鬼をぁげ、﹁略して三十六稚の 餓鬼音読いたが、成く説けば無象でぁる。重き心にて琴£箸、発行各薫る。純々なる悔み心にて 布施一箪行はす、貧心の内線にで稚々の身を安く﹂と贋俣なる餓鬼界を暗示しっゝぁる。 ︵一︶班身餓鬼︵二︶鍼に⋮・・︵三︶食吐⋮・・︵四︶食草⋮︵五︶無食⋮・⋮︵六︶食草⋮︵七︶食法⋮⋮・・ ︵八︶食水⋮⋮・・︵九︶怖撃⋮⋮︵一〇︶食唾⋮・・︵二︶食撃⋮・⋮︵一二︶食血⋮・・︵〓ニ︶食肉⋮:︵一四︶ 食有朋・・⋮⋮︵一五︶妖術⋮︰︵一六︶伺埠⋮⋮︵一七︶地下⋮⋮:〓八︶紳迫⋮︰︵一九︶蛾燃⋮:三〇︶ 伺埋兄使⋮⋮人ニー︶欲色⋮⋮・︵二二︶保革⋮⋮・︵二三︶囲維王位執杖⋮⋮︰︵二田︶食小鬼⋮⋮・︵二五︶食 入鞘革・⋮⋮︵二六︶逓刺⋮⋮人二七︶火盤蛇食⋮・⋮︵二八︶木渾巷陪・⋮⋮・︵二九︶食凪⋮⋮・︵三〇︶食火⋮ ・・人三一︶公準・⋮⋮︵三二︶城野⋮・⋮・︵三三︶塚間代食熱涙土・⋮人三四︶樹中t−三⋮⋮・︵三五︶国交迫⋮⋮・ ︵三六︶穀身⋮⋮・。 此巾︵六︶は塔廟に捗げられたる供養物の香気を食とし︵七︶は施しに閲する説法を開いて苧フじて 生命をたもち︵九︶は只亡者に供養するものをのみ食することを得ていふ︵一入︶は勢力をもつて地 物努盗み諾意有に分つ等の式賊的行渇から鬼身ぉ受けセので、多くの春歌の餓鬼一でもつてゐるが、 ︵〓一 彼等は飢餓に苦めども、彼のみは刺通自在で・¢る。︵ニー︶の欲色餓鬼も特色のぁるものの一でめ

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877 る。巧みに美しい男女の姿と打了りて人と交合す。︵二大︶は閲魔王に使はるゝ鬼である。 本緯は又餓鬼の佳寧竺一つに分ち︵一︶人中任︵二︶餓鬼界住とする。そして餓鬼界に堕つる原因と しては﹁客みて典へることを知らず、悔みと嫉みにて自ら証かさる。をもつてし、更に﹁女人は多 く餓鬼泣叫に生る。何故かと云へば、女人の性として心、妬嫉が多いからである﹂といふ。僻は本 終には上述の三十六椰の外に自食臓餓鬼︵同維第十一、宿.一、四十七丁左.︶の名目をあぐ。その罪 因も抑弛も記麗してはをらぬが、文字の示す如く自らその腰娃を喰ふ餓鬼でぁらう。創作や研畢や 凡て思想や計測一で珪命とする人々の側面翫を暗示せしめられる。 彿典の餓鬼追は木蛙に至って完成せられたものと云ふべきであらう。 ︻旺︼ ︵一︶ ミロil号ヨdすp。p・わに億耳が如何光ろ共によりて此見へ生れたかミ閃、つミ、彼等は一個か唱へた﹁晋等圧嘲笑 寸J耽り亡挟みミ悼恨の持主で、ま㍗和紙†る=亡兄かりき、かくて此父組り園︵ヨ芭○−︰巴ゴ︶へ光れり﹂吠陀時代竺父弧の国﹂ ほ所々ミLにゐる光りり囲でわつた。今や此偶に喪−‡れtやう火道鵡の批列ね持て、﹁父軋り園﹂は﹁暗黒の他の国﹂享冗つた。 ︵二︶ 仇鬼に陶†﹂ゎ仰釈文摂ら一に・して叉尤も大い光る感化み後代に典へたものli﹁仰視孟紺盆﹂でわる。此種典ミ﹁▼ハー バーヲタ﹂に衷lェれ㍗民問信仰lニ朗†る有益光る研究に替つて池田氏によつて本寵に就学りれtものでわるが、常に俄鬼七跳 係り探い〓述ミその批唯ごの交渉な揃いた指別の輔紳的餌銀でわろ。=の内容研究li別の鉛白が嬰絹ぜらるゝでわらう。 ︵三︶ A琶己ミG呂旨Pr召︵札連婆︶は夫婦で榊に作J輩宴な供へ、秋邦†、又人間に来りて男女年娩乱†モ云托左。色欲銃 丸−‡之か拍†か。背光寧ろ内宮・の名の示†如く、カー▼紳の彿軟的批列か.カー▼li ㌔T訂気品乱乳tF−0貞−ng、ber邑まtF︼○■○ 彿典に求l‡れ上る餓鬼の研究

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878 Ⅰす乳ちt﹃㌢rm︵d Or5H乱d命臥扁⋮ WitF tgこ旨云白雲二す邑訂−一色l 研ぎ一−夢ヨp p−巾︻籍t一−墾tO t訂l︼Bき; −1ざO At一声コ声﹂雪㌢−PコT.誓rド ミ欺lェれてわる。カー▼の饗lェ戸島三‡liれ、情欲り女榊でわる。ヒンrクーのデュナスでわる。彼女li常に笛な吹く失︺ い女紳ミJて崇拝ぜらる。 カー▼が一代の犬侍三軍はるゝものl‡、温婆所の見取の苦行か動けんミ︺て英軍二眼より出づる火にく焼殺され㍗こヾ1でぁる。 ■−Eミlも○〓訂Ⅰ巳nd‘、、p●崇声 併典に衆lェれ㍗る餓鬼の研究

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アイヌの紳と騒の説話

金 田 一 京 助

アイヌの神話の中に、7−テナテナフーといふ折返で話はれるかういふ奇な一曲がめる。 若きアイスラックルが物に想かれていつも狂人の楼に振舞ってゐる。爪先で立ってチョイ、チョ イと跳ぶ、爪㌘里だか晒秋だかをのべつに唸る、さうかと思ふと、アイワイ大堅を揚げて泣きわ めく。育ての老爺はふさぎ込んで墟ばたに何時も火を背にして顔をそむけたまゝ渡そべってゐ る。或る時老爺が始めて火の方へ向き拡ったとm心ふと、かう云った。 ﹃今は苛汝の父、先代のアイ,二フックルが二才構を飼ってゐたが、純のまゝ逃げられて、其か ら怒って食も取らす彪てゐて蓬に位を去った。汝が木曽にえらいものなら、鰻のあとをたゞ して行って連れて狭い。﹄ 是に於て我︵原文は若いアイラフックルが整〓人銅で叙してゐるから、我といふのは若いアイ ヌラックル︶家を出で、里川に琴フて山路を登り、行き行きて水源に着くと、大きな細山が塞へ 整えてゐる。山について登って又背く行くと、山の上に大きな家がある。その家へ入ると、何 アイヌの紳ミ熊の耽括

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880 といふ霧紳.嬰前の装ひでぁらう、たゞ具崩な衣一で一組に観ねてゐる。 ﹁我は若熊のあとをたゞして連れ戻る偏に凍たのだ﹄ と云ふと、蕩紳の云ふやう、 ’プり’pカイムイ tムシカ▲1 丁エカシスカブ ﹁我は︵熊紳のま紳の︶獄の紳だ。我が見一ピアイラフプクルに迫はしたら、細のまゝ逃げて造 って奔た。それから、其の純一で解きにか∼つたが、どうしても解けない。天の大紳をこぞつ て解きにかゝつたけれども解けない。して見れば、人間の手で露った純は、軸の世へ凍ては もう紳の手に解けないものなので、かぅなのだ。やむなくそのま∼にして在るのだが、我が 兄は、その純が次第に肉へ喰ひ入って、もう死ぬばかりに弱ってゐ一っ。よい所へ汝が迎へに 凍て呉れた。さあ通れて行くがよい﹄ 見ると姐の束の精座に、若い男紳が死に相な援子をしてゐる。その肉の中へめ丁りこんで成程葡 萄蔓の皮の純がついてある。早速のその純を我が手に執って曳いて下った。我家へ戻って背月 へ繋いへ内へ入ると、悪爺は口を蔽ひ鼻を蔽うて驚歎し、 ウlIウヰ’ル ﹁木常に若はえらいものだし と云った。それから今度は其の砦購を逢った。すると、どうしたものか、その後は我が狂騒も ひとりでに止んだのだ、 アイヌの紳ミ錆の耽話

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き81 と、若いアイぞフックルが云った、とこの一曲は結んであるだけである。 勿論末尾の﹃其の砦餞を送った﹄といふのは、所謂﹃熊迭﹄で、酒を醸し、大筋霊亀♭、村人を 大勢招いで、その構を殺し、嬢の頭を正座に拡ゑて、供物一で山と糀んでその前で三日も燕楽音した ことをいふのである。 何故に田原に見えるやうに若いアイそフックルが始め物狂の騒をして茶らしてゐたのか、それをア イヌの古老に問うて見ると、答は、父︵即ち先代のアイでフックル︶が、その須に死ぬ位に心を残し托 ことを、子がまだ幼くして其のま∼拾て∼貴くので、子には何の考もないのだけれど、父がさうさ してゐたのだ。早くあとをたゞして捕って凍ればよいと思ふ父の思ひが、子を物狂はしくさせてゐ たのだ、といふのである。 仰此の物語を此彪へ取出した眼目は、紳迂が、・人間の細った純をば解きかねるといムー傭である。 再々だつたら反対に、輌の結んだものを人間が附きかねるといふであらう。アイヌの紳は人間と対 立するもーつの存在だけで、人間沃或鮎では紳以上でぁる。その人間が紳を敬ふと、紳が戚謝して 報酬に人間へ澄みを輿へる。和侍って立つ関係の榊と人とである。 もひとつ、天上の世界に一組の孤衣を菓ねた人の家族で、老窟・老婆と若い青年のガ両脚だつたのが、 純を執って下界へ連れて下ると、その有年がいつの問にかたゞの熊になってゐたと見えて、﹁戸外へ アイヌ¢紳ミ銅の耽砧

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882 アイヌり紳ミ駆の統括 三八 繋がれL、終に村人を集めて開館をされる。此彪がアイヌの紳の殆んど基礎祝念で、この基礎甑念の 詑明なしに了解の出水ない朗である。 アイヌに徒へば、隅も狐も猥も驚も鳥も鳥も、紳で、天では即ち翻の輯に於ては、人間のやうに 家一軍営み衣服を着け、親子兄弟、踵をかこんで、吾々と同じやうな生活をしてゐる。たゞ人間他罪 ハヨ’ペ へ遊びに凍る昨、それらの紳々が夫々あの一定の仮装を着けてあの要一で現やるのであると。故にア イヌと一所に同じ鴨の檻の前に立って、吾々の見るのは飽くまで駄としての熊であるが、現に一所 に撫でたり嘲ったりしながらアイヌの見てゐるのは、その眞黒号毛皮の仮装一ぞ透して、みのクルく した日の元気のよい幼い紳・で見てゐるのである。同じ物・で一所に見てゐて、偶然彼等のHをついて 出る言東からそのことに束がついて、急に異様な成一ざ深くさせられることが屡々あつた。 先年、宮坂・久保寺の二若とアイヌの婆一曾伴って貰窺別へ赴く途上、荷馬串を傭った。患い山道盲 汗だくで吾等の一行・で曳く駄掲一で、吾等は一枝に親戚を投げて事の上から眺めてゐた、その時婆が ケン▼カムイ サン▼カムイ まづ口を切って﹃将帥もたいへんだなあ!﹄と嘆息し托。一同失って、﹁ほはア、馬も紳か﹂﹃何でも カム一﹁ 頑なんだなあLと云ったら、大奥両日な婆.r紳だペせ、これだけの人を載せて汗一ぎ出Lて曳いて行 シラウカイ ってくれるもの!L久保事君が掲醗に密封する虻・で放で迫ってやりながら、﹃虻紳のひどいこと!﹂ シ’ウキイカムイ カ!丁シ といへば、嬰rへツー﹂と側を向いて、r虻が何紳だア? あれア化物だよ!J

参照

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