Title
沖縄の水資源とその利用に関する2・3の考察 ―沖縄にお
ける水問題総論として―
Author(s)
大成, 博文; 上原, 方成
Citation
琉球大学理工学部紀要. 工学篇 = Bulletin of Science &
Engineering Division, University of the Ryukyus.
Engineering(13): 213-226
Issue Date
1977-03-28
URL
http://hdl.handle.net/20.500.12000/26834
琉球大学理工学部紀要(工学篇)第1
3
号,1
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年沖縄の水資源とその利用に関する
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-沖縄における水問題総論として-大成博文'上原方成“
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まえがき この報文は,沖縄における,水資源の開発利用とそ の問題点というテー7に関する研究の一端である。 一 口に,水資源の開発利用と言っても,様々な立場から の.また,各学問分野からの,とらえ方,究明のしか たなどがあって,問題が,複雑かつ多岐にわたってい て.研究のむつかしさは,周知のとおりである。した がって,このテーマについては,工学的な立場からの 論議のほかに.政治あるいは行政的な立場からも,また, 社会経済的な立場からも,ひいては,池波住民の立場 からも,論じらるべき事柄がたくさんあることを.認 識しておかなければならないと思う。今回は,沖縄の 地理的(地形的地質的条件も含む)および気候的(水 文気象条件)諸条件の不利性からくる貧弱な水資源状 勢と近年の水需要の急増に伴う供給能力の相対的低下 の問題に関連して,特に,沖縄の基地事情,復帰前後 からの開発関連事業および産業の発展状況,さらには, 受付:19
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年10月3
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日 ・・徳山工専(元琉大理工学部土木工学科) .・琉球大学理工学部土木工学科 「国際海洋博の開催」といった沖縄の実情とか、わり をもたせて,沖縄の水問題として,総論的に,とりあ げてみたい。214 沖縄の水資源とその利用に関する 2 ・3の考察 1.沖縄における歴史的水事情 の,広域的で,総合的な利水計画実施の大きな阻害の 因となっている。それに加えて,環境社会の蘭にも種 沖縄における,自然と人間との「融和作用」は,人 々の問題を派生きせており,たとえば,基地排水によ 々の生活の場の到る部分で,その歴史的年輪として, る水源汚染,北部ダムサイトて'の軍事演習,および. 我々の前に示されている。
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水Jとのか‘わりあいに 水道料金滞納問題などがあげられる。また,軍用水と ついても例外ではない。清浄な湧水地が,神の住む「聖 生活用水との対立も,渇水時期において表面化してい 地」とされ,人々の「拝所(ウガンジュ)Jとして処々 て,複帰後もなお,給配水施設やそのシステムにおい に存在してきたことからも,そのことがうかがえよう。 ての箪事優先が行なわれ.住民生活の場での水事情の そして,歴史をふりかえれば,沖縄住民は,常に苛酷 悪条件は,依然として解決がす、まず,今日に至つて な水事情のもとにさらされてきたことが,まぎれもな いるといえる。 い事実として認められよう。この不遇な水事情の歴史 海洋博開催前年の 1974年には,復帰後の人口増加, の故に,水が,貴重な「いのちの水」として受け入れ 都市化の進行,海洋博関連事業および工事等の影響を られてきたことに,不可思議を感じない。 もろに受け,実に,のべ 11ヶ月間にわたって制限給水 一方,第二次大戦後,沖縄諸島は,完全な米軍事占 が行なわれるという事態を招いた。これらの負荷的事 領下にあって,極東随ーの膨大な米軍基地の島とされ 実は,当然のことながら,多数のホテル,宿泊施設の た。水事情に関しては,その基地の編成強化に伴い, 増設,大震の観客動員が行なわれるであろう海洋博開 軍事地質調査 (1954,1959, 1960) によって,沖縄全 催時には,水事情の一層の悪化がす・むのではないか 島の水源が,米軍の手に掌握きれるに至った。住民へ という,住民の不安を大きくするものとなった。幸い の給水は,米国琉球民政府の補助機関として設立きれ にも,海洋博開催中の,全島的な水不足,断水といっ た琉球水道公社 (R, D, W, C, 1958) によってな た最悪な事態を招くには,結果的に.至らなかった。 された。ニの給水の実態は,どちらかと言えば,米軍 しかし,本来,科学的な立場からの検討を行なうとす 基地における余裕水が,住民の生活用水として分け与 れば,種々指摘さ耗ていた問題点1)を踏まえての,水 えられるといったものであり,米軍優先の水道行政で 問題の解明が.当然必要であり,今後の水計画とその あった。図ー Iでも明らかなように,復帰前まで.米 実施のとり方に,示唆を与えるものと考える。この作 軍用水量は,全体の需要量の%をも占め,住民の水事 業の緊急性は,海洋博終了後の 1976年 3月- 5月にお 情困窮の素因となっていた。図から,民間需要量が, ける制限給水の再発という事実(海洋博会場用等の余 経年増加しているのに対し,軍用水量ははず一定を示 裕水が,かなりあったといわれていたにもか、わらず) していることがわかり,このことは,当初から,軍需 によっても,確認されることであろう。その意味では, 要は,常に,十分確保されてきたこと裏づける一つの 生活用水確保という問題のみをみても,いまだ本土並 ~60 入 ロ50h
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示準として考えられよう。他面,この米軍基地の存在 は,沖縄における水計画の場においても,住民のため みの到達点にきていない現状であると言えよう。 II. 沖縄儲島の自然条件 沖縄諸島は,概して水資源的に厳しい自然条件下に あるといえる。過去の記録によれば,異常渇水現象が 頻繁に生起してきたことが示きれている。沖縄気象台 2) 異常気象報告書 によると少降雨の記録は以下のようで ある。すなわち, 50日単位の平均降雨量が 150mm以下 の状態で50日以上継続した場合を「干ばつ」として, 那覇では, 1901年から 1971年の聞に 24回,石垣島では. 1897年より 1972年の聞に 34凪ほど「干ばつ」とされる ものが生起している。ほほ,二,三年に一度の頻繁な 生起率であるといえる。それらの中でもとくに 1963年琉球大学理工学部紀要(工学篇)第13号, 1977年 215 と1971年は「大干ばつ
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と称されるほどのものであリ, 生活用水の枯渇,農作物被害,動植物の生態異常等, 当時の生々しい記録が沖縄産業気象報告3),こ詳しく述 べられている。以下,沖縄本島について,個々の自然 条件について概説してゆくことにする。 1. 地形・地震特性 沖縄本島の地形は,北部山地と中南部台地・丘陵地 とに二大区分きれる。前者は,山陵高度400m程度の低 山性山地であり,山地背面は浅い谷によって密に刻ま れた小起伏面を構成している。後者については,山地 の大部分が 100m以下で丘陵地と呼ばれうるもので, また,石灰岩台地が各所に存在している。 水理地質的には, (A)北部の古,中生代岩層(変成岩 を主とする)地帯, (B)本部半島の古期岩層中に爽在す る古期石灰岩地帯, (C)中部から南部にかけての‘琉球 石灰岩。分布地帯, (D)中部から南部にかけての島尻層 群の分布地帯,とに大別されるが.図ー2に地質図を 示した。 以上のような地形地質条件を水資源の面から考察す れば,地形的にはきわめて貯溜効果の乏しいことがわ かり,地形条件に地質条件が加味され,局地的には豊 富な地主量も存在するが,全体としては乏しし しかも, 賦存形態は地域によって種々であり,複雑さを増して いる。降水貯存形態は,三つに大別され,それらは, 北部部河川を中心としたダム群による地表貯留,北部 や中南部の石灰岩I也幣での湧水および地下滞水,中南 部島尻層砂岩透水層中の地下滞水等である。 2.降雨特性 沖縄地方は,湿潤更熱帯気候下にあり,その降雨特 性も本土と異なり,これまでの研究報告もかなりある。 4), 5), 6) 過去の観測資料に基づけば,年平均降雨量は, 2000 mm前後を示し,本土の 1600mmに比べてかなり大きい債 を示している。地主主的降雨分布は,沖縄本島を北上す るほど降雨量が増し, 1964年 -1969年の観測データに よれば.南から,那覇で'2315mm,名積で2456mm,与那 で2611mmとなっている。年平均降雨量の変動値は,約 300mm前後て・あるが,年によっては,変動値が1000mm を示す年も存在している。これらの変動値のばらつき は, 50mm以上の月平均降雨量の回数によって決められ るものである。すなわち,年平均降雨量が,多降雨期 である5, 6月の梅雨, 8月の台風の時期の降雨量に 極端に左右され(全降雨量の約40%にのぼる),平時の 利用可能となる降水量は本土以下の状態であるといえ る。降雨強度については,本土の都市とは異なり,亜 熱幣特有の大きな値を示している(表 1参照)Table-l Rain intensityin 10 minutes
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3皿孟 6圃孟 l畑 彪 16田正 Period Takamatsu 11.5 4.7 2.4 0.4 years 12 Hil・oshima 16.6 6.1 2.1 0.3 /1 15 Naha 50.1 25.6 9.0 2.3 /1 自 3 .河川特性 沖縄の河川は,規模からすると,本土河川の山間支 川程度のものばかりであり.いまだに十分な特性の解 明がなきれていない。 100余の河川のうちほとんどが北部山岳地域に集中 し,それらの特徴は,急峻な山地を鉄砲水の如〈流出 する点にある。流域面積は,最大の比謝川で58.9k',m 他に, 20km以上のものとして,安波川 (25.1km'),福地 )11(34.4km'),大保川1(26.5km'),大井川 (24.2km')等があ る。また.流路延長は極端に短かし最大の福池)11で 16.7km程度てずあり.他は10km前後である。日平均河川 流量は,総じて, 10-25万 ton/日程度である。7) 流出解析に必要な観測データは,最近になって備わ りつつあるが,いまだ十分とはいえない。北部河川の 流出特性は,総じて,流出率の小さい,流出の速い, 小流域の急流河川の特性を示しているが, 8)石灰岩地 域では,年間流出率が1をこえる塩川流減などもあり, 複雑である。また,流出特性が地質条件によってかな リ異なっている点が報告されている 9)(図 - 3参照)4
.地下水特性 沖縄本島における地下水層は,本部半島と中南部地 域を中心として分布している。それらは,主として, 島尻層構成土の砂岩層と琉球層群の石灰岩および古期216 沖縄の水資源とその利用に関する 2
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琉球大学理工学部紀要(工学篇)第13号, 1977年 217 天 願 川 @ 池原川。 知花川。 15 ご E M A ¥ ロ o J J M N O 10 . ω 固 い
28
司 北谷川。 普天間川。 天願川。 = ロ ヨ んじゃら川。 国場川 うひし川, 。
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n υ Fig-3 Geological condition of river basin and unit discharge 石灰岩層とに大別されうる。 地下水の湧水および流出は, ~帯水層である石灰岩層 と不透水土(中南部に於いては島尻層泥岩土)との不 盤合地点から出現しているが,それらの形態について も種々である10)(図 4-a, b, c参照)。Fig4-a Groundwater flow model
Fig4ーb Groundwater flow model lime stone sea Fig4-c a)石灰岩の基底の商が海面上にある場合 地表に不整合部からのj勇水…(佐敷村,知念村. 玉城村.宜野湾市,勝連村.那覇市) b)石灰岩の底の簡が海面下にある場合 海面上あるいは海水中に流出…(糸満市喜屋武・ 摩文仁地区) c)石灰岩の底の面が海面水準下にあるが.直接海 に接していない場合 とくに, c)の場合の典型地は,中部の嘉手納一天願地 区であり,米軍基地用水の主要をなしていた井戸群が 密集している。米軍によるこの地区の地下水吸水量は 1973年当時で1日十数万トンにも及ぶ膨大な量と推計 さ1Lている。 今後,中南部地域に於いて,新たな水源開発をを行 なってゆくとすれば,地下水以外になし開発可能な 地下水量の絶対的制約もあり,理想的には,北部河川 水の送水とを合理的に組みあわせ,弾力性を持たせた 水計画の具体化が要求されるであろう。 III水利用の現況とその将来 我が国の河川の自然流況は,その不安定性を特徴と している。そのことが,都市部を中心とした地域の水 需要構造の不安定性の大きな背景となっているが,従 来までは,なんとか.用水の大半を占めてきた農業用 水の転用取水が可能であったという点で弾力性を有じ てきたのが実態であった。しかし,近年の都市用水. 工業用水の急増にはついてゆけず,河川流況の変化が すぐにでも水需要構造に影響を与えるという状態まで 11) ひっ迫しており .沖縄の水事情は,それ以前の段階 であろう。これまでにも述べてきたように,沖縄県民 にとっての当面する緊急の課題とは,生活用水の安定 した確保が第ーなのである。現実の沖縄は,自然条件 上の制約の上に.さらに.広域的な総合的利水計画の 実施を至る所で事実上疎外している米軍基地の存在が あり,事態の改善をより一層困難にしている。 ここに,沖縄本島の水利用状況,水源別地域別日平
218 沖縄の水資源とその利用に関する2 ・3の考察 均水道給水量を表-2,表 3に示しておきたL、。
Table-2 Water consumed on Okinawa island
年 度 昭 和 46 年 昭 和 47年 内 訳日平均給水 年間総給水量m'/日 日平均給水 年間総給水量 量10'm' 量m'/日 量10'm' 138,3∞ ω,5∞ 144,2∞ 52,6∞ 軍 需 55,0ω 20,1∞ 58,8∞ 21,500 計 193,3ω 70,6∞ 203,0∞ 74,1∞ 工 業 用 水 65,0∞ 22,8∞ 70,0∞i 24,5∞ 農 業 用 水 70,0∞ 8,350 78,0∞ 9,360 A ロ 計 328,3∞ 101,730 363,0∞ 107,960
Table-3 Water supply quantity, 1971. (m'/日)
地 壇 沖 縄 本 島 宮古島 石垣島 指 島 合 計 本甑 草 郡 中南部 計 地 表 * 6,&∞ 123,7ω l,却500 7,側 5∞ 1&,03∞ 地下水 8,8(即 74,8∞ 83,6∞ 7,4∞ 1 ;5∞ 92,5∞ 計 15,6∞ 198,51'() 214,1∞ 7,4∞ 7,0∞ 2 ,O<~ 230,5∞ 1.水利用の現況 1.1 生活用水 現在,沖縄本島には 8ヶ所の浄水場(石川,天願 コザ, 登111,辺野古.金武.知念,与座)がある。そ れらのうち主力は.石川,天願,コザの三ヶ所であり, 全体の93%の浄水実績を有し,中南部都市地域を中心 に給水が行なわれている。この主力三浄水場のうち, コザ浄水場は,現在も尚,完全に米軍基地内にあり, 日常の浄水業務を行なうにも通行許可証が必要とされ るほどである。図ー5,図 6は,浄水場を中心に, 基地区域の給水ンステムを示したものである。このよ うな基地を中心とした給水事情から,民間地域まで給 水が及ぼす, トラブルがおこることもしばしばである。 最近では, 1976年 7月金武村の場合がそうである。ま た,水道施設の基地内との差別も今なお現存している。 次に水需要の概略的特徴を述べよう。 水需要の大きな都市は,那覇市,浦添市,宜野湾市, 沖縄市の四市で,県企業局配水量の約七割
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を占めてい る。そして,これらの地域は,水事情の悪化に伴ぃ. その影響を大きく彼る地域でもある。浄水場からの配 水は, 16基の配水池(実際的機能としては,ほとんど が貯水タンクである。)へ送られ,各戸へ給水されるシ ステムになっている。配水池の配置と機能についても 地域的なアンバランスがあり,給水末端にゆくほど, 弾力性が極端に低くなる地域も存在している(たとえ ば,浦添市前田地区。) 制 刷 訟 有 オ 施 ザ 四 川 凶 有 局M '
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j h 基地経由給水 読谷村(古堅) モーガンr 7----・・・・・・・・・』・・・ナ 一 地 域 ーーー_1止問地li!へ給水(
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47判 月 7日
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沖 縄 県 企 草 局 嘉手納空軍 天願系 山里配水池Fig-5 Water supply system in U.S.Army
base (Okinawa City) 表- 4は,昭和49年度の各都市の月別県企業局配水 量を示したものである。また,図ー7は1971年から 19 75年までの県企業局配水質ならびに月降雨量を示した ものである。特徴的なことは,夏場をピークとした大 きな季節変動があること,きらには,約2万',/日ほ どの年需要の急激な増大傾向があることを示している ことである。これは,最近の需要情造のダイナミγク な拡大を表わしているものであるが.それらの原因と なっている復帰後の社会・経済生活の変化の分野まで 切りこんでとらえてゆくことが課題解明の重要な視点 として指摘きれるであろう。 水不足は,降雨と貯水の両方が枯渇し,水需要に供 給が追いつけなくなることから始まる。 1971年の制限 給水の主たる原因が,夏場の極端な小降雨にみるのに 対し, 1972年末から1974年にかけての制限給水につい
昭 和49 年 l 月 4 月 7 月 10 月 那 覇 市 2,170,795 2,379,231 3,026,864 2,936,894 i中 縄 市 497,538 703,875 942,913 1,014,962 宜 野 湾 市 497,629 484,292 640,023 633,841 浦 添 市 673,011 596,641 821,167 919,932 具 志 川 市 205,527 230,538 301,966 314,466 読 谷 村 120,216 l∞,129 163,739 lω,879 南 部 水 道 137,841 110,117 129,689 154,595 嘉 手 納 村 113,477 96,966 136,073 136,467 ~t 谷 村 92,072 87,663 J(国,356 117,848 北 中 城 村 76,663 81,913 106,799 102,788 石 111 市 関,098 81,512 106,076 103,761 豊 見 城 村 87,989 102,045 135,858 135,076 与 那 原 町 71,371 72,170 87,375 80,761 中 城 村 55,826 53,928 66,049 82,591 与 那 城 村 お,591 33,015 42,894 39,420 糸 満 市 25,705 41,595 42,564 62,640 西 原 村 106,568 95,413 129,076 128,228 勝 連 村 48,256 40,539 59,966 60,020 佐 敷 村 14,387 16,048 27,127 29,021 玉 城 村 9,521 11,234 15,716 14,811 名 護 市 79,167 61,966 85,341 l∞,659 美 里 村 192,383 (以下沖縄市合併) A ロ 計 5,389,631 川
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7, 州 叶w
」 219 琉球大学理工学部紀要(工学篇)第13号, 1977年 Water supply res'ult, 1974 Table-4 量 ) 水 臥 / 施 局 設 給 7 有 業 施 へ 月 局 所 ぱ 有 地 9 業 局 器 所 地 年 企 業 水 量 閉 口 県 金 量 t J 1 和縄一
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__.J骨那覇市泊へ 見;JT〆Water supply system in U.S.Army base (Gihowan City) Fig-6 ては,夏場のピーク需要時にかなりの貯水を消費し, 全体としては,需要の増加があり,供給能力の拡大が 追いつけず,降雨量が夏場に少なくなくても給水が制 限されたという事態の推測が可能でもある。 水需要の季節変動の構造因子を気温や暑さ,あるい は,需要意識等に求め,詳細な分析を行なった研究も これまでに報告されているが,沖縄のケースがそれら のモデルに適合するかどうかについてはひとつの検討 課題であるといえる。 (注一1-8月間は制限給水実施)
W a ter supply and month-rainfall
使用量は,沖縄本島で78,000トン(地表水72,OOOm', 地下水 6,000m')である。河川水,地下水,貯水池等 Fig-7 1.
2
農業用水 沖縄農業の現実は,経営規模の零細き(全国水準の 三分のー),技術水準の低き(戦前段階といってもよい) 等から相当の困難性を有している1
1
技術水準の遅れ のうち,農業基盤整備に伴う農業利水事業も相当の遅 れが指摘されよう。また,農業用水についての地域別, 耕地別,作物別等の必要給水量についての詳細な調査 が必要とされているが,現在,その緒についたばかり 13) である。 19九年度の資料によれば,耕地面積は,畑地39,800 ha,水田2,500ha,樹園地約60,000haであり,かんがい 面積は,水田2,500ha,畑600haである。1日当りの水220 沖縄の水資源とその利用に関する 2 ・3の考察 を含めた利水計画の一つめ柱としての農業利水計画の 作成と具体化が早急に望まれている。また,これらと 関連する研究課題として,沖縄に於ける葉面蒸発,水 面蒸発,浸透量等が実験的に解明きれなければならな いものとして存在している。 1.3エ*用水 戦後日本の高度成長政策の中でくりひろげられた構 図は,資源多消費型の用水型企業による膨大な用水の 消費とその結果として生じた地盤沈下や水質汚染の深 化に終着するものであった。沖縄県においては,それ らが本格的に持ちこまれようとした危険性をはらみな がらも,持ちこみに反対する県民の声に押されて,い まだ終末段階まで到達しえていないといえる。 沖縄における工業用水の使用先は,中小企業むけが 大部分であり.量的には,砂糖,パイン,セメント製 造業等が主であり,それらは.企業独自の水源か上水 道水によってまかなわれている。いわゆる工業用水道 としては,石油精製用としての与勝工業用水のみであ った。現在,北部ダム開発にf半、、工業用水道事業が 進められていて,計画では,昭和50年に175,OOOm'/日, 日.き院に,順次増加して,昭和55年度までには,105,000
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日を確保するときれている。この工業用水道計画 てvは,送水管が生活用水のと同ーのものであり,果し て,生活用水と工業用水の量的配分が,実際にとりき めどうり行ない得るかという問題点が存在している。 しかしながら.現在,その前段階としての上位計画段 階において,工業開発の具体的なビジョンや誘置企業 先等がいまだ明確化されていないという状態であると いえる。 2.利水導水方法における問題 久志導水路は,北部ダム群と名護市久志地域に建設 せられる浄水場とを結ぶものであり,トンネル部26,500 m,埋設管部 l,300mとなっている。工事は,昭和48 年1月から開始せらtし 取水容量 396,300m'/日, 最大導水容量 448, 400m'/日,勾配1/1000の自然流 水型とされ,この種の工事では最大のものである。 工事開始前には,地元住民と県とで①河川汚染防止 対策②工事完了後の道路の整備等を内容とする契約が 交わきれていた。ところが,工事に伴う実際の被害は それらの対策で十分まにあうものではなかった。被害 状況については,8
1]に報告がなされている14)。それら について要約すれば,①トンネル堀向)1により水脈の変 化が生じ,地区水源池の水位が減少し,生活用水の不 足をきたした。なかでも.久走;地区では,実に,5,228 人(給水人口の45%)が被害をうけた。②水田,マコ モ,みかん,野菜等農作物に相当の被害をうけた。結 果として,作自転換,耕作放棄の農家が増加した。 被害の原因である工事に伴う水脈の変化,水源池お よび河川の枯渇などの事態は,事前に十分予想された ことであり,ここに見られる行政当局の態度には,地 元住民の生活用水,農業用水確保に対する配慮に欠い ていると言わざるをえないであろう。さらに,指摘さ れねばならないのは,導水路トンネル内に(米軍基地周 周辺を除いて)集水パイプ(直径2インチ)が,横断 面に12本, 2m置きに,非常に相当数附設せられ,導 水路が実際には集水路にもなっている点である(現に 県企業局は,昭和50年7月.久志導水路集水量として 約三万>,/日を計上している)。このことは,被害が大 きくなり,地元議員,住民代表が立入り調査するまで 全〈地元関係者には明らかにきれていなかった。もち ろん,導水トンネルにか‘る水圧等の構造的な問題も 同時に考えられるのは当然であろうが,今後このよう な事業では,十分な配慮が先行きれなければならない。 地元住民にも還元される利水事業の実施が強〈望まれ るものであり,その意味で,久志導水路の問題は,今 後の利水,導水計画(国頭の各ダム構築も含めて)の 一試金石となろう。 3 .地域開発と水資源開発問題 戦後わが国の国土開発は,大きく三つに時代区分き れうる。第一期は,戦争直後から1950年代にかけての 電源開発方式のもとに,多目的ダム建設を中心とした 河川総合開発が行なわれた時期である。第二期は, 19 60年代にわたるもので,所得倍増計画にのっとり,新 産業都市・特別工業整備地域指定を出発点として.臨海 性装置産業を中心とした,重化学工業化,都市化を目 的とした拠点開発方式が行なわれた時期である。第三 期は,r
新会総J
(1969年)を出発点として,産業基盤の 大型プロジェクト整備による国土の効率的開発が行な われようとした時期であるJ5) これらの国土開発政策の中で,水資源開発政策の占 める位置は.それぞれ呉なったものがあるが,本格的琉球大学理工学部紀要(工学篇)第 13号, 1977年 221 に国土開発政策中に策定せられるようになったのは, 第三期の出発点である「新会総」以後のことである。 その契機は,第二期段階において,拠点開発方式のも とに,臨海性装置産業による大量の水消費と水消費の 増加分に対する産業基盤整備のおくれを招いたからで ある。さらには,大量取水の結果として生じた地盤沈 下,水質汚染の進行といった事態を招き.広域的な水 資源開発なしには,水不足の不安に,常に強いられる という状況を呈するようになったからである。かくし て.1新金総」以後,
r
水資源の開発と広減利用の推進」 がうたわれてくるのであるが,その実態':l:,工業立地 促進のための水資源の確保にほかならなかった。 沖縄における地域開発は,復帰を前にして,r
新全総」 を基調としたその「沖縄ブロック版」が出きれること によって,そのあり方をめぐって本格的な論議が行な われた。 復帰を前後して,いくつかの地域開発計画案が作成 せられ,その中で,水資源開発計画についてものべら れている。それらの代表的なものを列挙すれば,長期 経済開発計画(昭和45年,琉球政府),沖縄本島工業用 水・臨海工業用地開発案(昭和46年,南方向胞援護会), 沖縄本島広域利水計画(昭和47
年、琉球政府),沖縄振 興開発計画の案事項別計画(昭和47
年,沖縄県等であ る。 これらの計画のいずれにおいても.水資源開発は重 要な位置ずけがなきれていて,いわば,地域開発の「ネ ックJ
として,水資源開発は県民生活レベルの高度化 と産業開発を左右する最も大きな「決め手」と目され ている。 「新会総」における水資源開発のねらいが,高度成 長政策のもとでの大型プロジェクトを中心とした独占 資本本位の国土の徹底的な効率的利用であり,水多消 費型の重化学工業の成長と人口の都市集中とによる工 業都市用水の確保にあったことは,その後の事態が明 瞭に示している。 長期経済開発計画(以下「長計J)には,その「新全 総」を基本路線として,沖縄本島東部に大規模な臨海 工業地帯を設置し,石油精製,石油化学,鉄鋼等の重 化学工業用の産業基盤整備としての水資源開発の方向 がうたわれている。このような基本路線は,r
工業用地 開発案J
,["広域利水計画J等にも同じように受け継が れている。また,復帰後,一定の民主的審議のもとに 作成せられ,現在の沖縄地域開発の基本となっている 沖縄振興開発計画においても,その案事項別計画の水 資源開発計画については,基本的には,i
長計」の方向 であるが,工業用水需要計画においてひかえめな軌道 修正がなされている。沖縄振興開発計画の評価にかか わることであるが,作成段階での民主的討議が.一応 反映して,沖縄経済開発の「自主的平和的復興J
をう たいながらも,一方では,臨海型コンビナート樽懇が もりこまれる‘不純性'を有しているが,r
水資源開発 計画jが,後者に通ずる危険性をもったものにならぬよ う看視せねばならないだろう。 現在行なわれている水資源開発は,北部ダム群の開 発が中心となっている。これらのダム群は,最終的に は,安波ダム,普久ダム,新川ダム,福池ダムの四ダ ム聞の調整水路で連結し,統合操作を行ない.中南部 地区への生活用水,工業用水にあてようとしたもので あるι 図- 8にも明らかなように.昭和56年度までに. 53万ton/日を新規に開発し,将来の需要の増加に応 ょうとしたものである1日その後の資料l司では,図- 8 の計画年度が一年ずらされて水資源開発が47
年度から スタートし 57年までとなっているが,そうすると海洋 博を想定した昭和50年度の需要曲線付近を一年ずれて しまうことになるのであるが,問題となろう。いずれ にしてもこの水需給計画にのっとっても,全需要と供 給能力とは.かなり接近しており.水事情が安定化す るにはかなりの時間を要することになろう。現状で':l:, (万トン/回 70•
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Fig-8 Water supply planning2
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2
沖縄の水資源とその利用に関する 2 ・3の考察 生活用水を最優先した抜本的利水計画のたて直しが, 早急に望まれるといえる。 IV.沖縄海洋博と水問題について 1.海型車憾と「水間・』の背景 り , 73年末から74年にかけての水不足の時点から.海 洋博による「水問題jの母体が存在していたといって よいであろう。2
.
海洋樽開催に伴う水需要針薗とその問題点 (1)海洋1
・会喝内の鎗水計画 沖縄における海洋惇の開催に関しては,種々の論謡曲 海洋博会場内への給水は,現地(本部半島)に質的 がなされたが.1海洋樽問題」のなかでも「水問題」は, 量的に安定した水源地が得られない(19)ことから,福池 海洋博会期中に「はたして,普通に水が飲めるのかj ダム貯水を新設の名義浄水場に送水し,会場内と三市 という県民の素朴な不安の声に代表されるごとし直 町村(本部町,名護市,今帰仁村)へ給水するシステ 接日常生活にかかわるものとして重大かつ緊急的なも ムとなっていた。 のであった。 1973年11月-74年9月にわたる11ヶ月間, 会場内給水計画は,主として,大阪万国博の調査研 中南部地域の都市を中心、として制限給水下におかれ, 究の経験をもとに,最高入場者数を49,000人として. 県民の不安は一層大きなものとなっていた。 表-5のようにたてられている伊そのうち,大量需要 このような詑弱な水事情下にあって,慢性的水不足 用途は,冷房用と造園給水用 (両方で約50%)である。 が長い間生起し続けてきた背景には.いくつかの要因 (2)海洋博会渇外の水需給計画 がある。 a)沖縄本島全体の水需給計画 第一Il,米軍基地の存在である。疏球水道公社時代 海洋博会期中の水需給計画は次のようにたてられた。 から,基地内と民間地域では水道施設が差別きれ,現 すなわち,会期中の総入場者数を445万人と予測IJL,そ 在も残存していること。また,空間的な基地の占める のうち1日の開催時定時観客数を 3万 人 (3泊 4日を 位置は,地下水の豊富な地域であること。そのことが, 標準として)と想定し,これらの人々の水使用量の算定 北部河川からの導水との合理的組み合せと制御により には,原単位方式が採用せられ,原単位量(1人 1日 給配水システムに蝉力性と安定住をもたせることを阻 綾大水使用量)を400.e人/日として, 12,000'ν/自の 害していること。さらには,米軍基地の使用する量も 水需要増があるとされていた。また,そのうち,中南 大量であることである。 部地域に2万人が宿泊するとして,8,000',/日の需要 第二は,本土と比べて,水資源的自然条件に恵、まれ 増があるとされていた(昭和50年度,那覇市によるl ていない点である。それらについては,前章で述べた 人1人水使用量予測値は380.e人/日となっている)。 が,水文観測資料自体も整っているとは言い難<,従 また,海洋博会場周として 1,800',/日.本部半島 って,個々の水文事象の特性も十分なほど明らにされ 三市町村に 6,200トン/日(本部町に2,200',/日,名 てはいない。この分野の研究が望まれている。 護市 lこ3,800',/日今帰仁村に1,200ん/日)合計名護 第三は,水資源開発と生活基盤としての水道施設の 浄水場から21,000',/日(名護浄水場の能力は,21,000 配備が,かなり,需要の増加に対らて遅れている点で ',/日であり,フル回転を余儀なくせられる計画であ ある。 った)送られる計画であった。さらに, 74年度の最大 第四は,高温多湿下の気候では,水使用量そのもの 需要を 300,300',/日と推定し (74年7月の最大需要 が大最であること。とくに,最近では,各戸に貯水タ 推定期は,制限給水下であり, 73年度実績をもとに推 ンクが設置せられ,ー且,水事情が悪化した場合に, 定している),さらに, 75年度年平均需要増加分を 2万 回復に時間を要することである。 ん/日として,以上の需要量を合計すると,開催時の 第五は,復帰後,とくに大量の人口移入,都市化現 1日最大需要量は,35万んとなる(表ー5参照)。 象の急激な進行が進んでいる点である。ホテル・宿泊 これに対し,供給体制は,名護浄水場の新設,石川 施設の急増があったことである。 浄水場の拡長 (7,500',/日を15万>,/日に),各所の送 以上のような五点を背景に,さらに,海洋博関連工 水ポンプの増圧等の改良,拡大能力として, 34万600 事に伴う水需要増加が付加されることになったのであ ん /日とされた。1日最大需要日の生起碓率とも関係琉球大学理工学部紀要(工学篇)第13号, 1977年 223 するが,計画上に於いて,供給能力が需要量に約1万 9,455',/日名護浄水場から 3,800ん/日,地下水(井 ',/日ほど足りないことになっていた。この不足分に 戸から吸水)3,000',/臼,河川取水で 1,000',/日合 ついては, 16基の貯水タンク(容量の合計約1S万トン) 計10,700',/目となっていたロところが,市関係者の で補うとされていたが,各タンクによって能力のアン 説明では,後の二者が,大雨になろと使用不能となる バランスがあることは言うまでもないことであった。 ということであり,事情は,これまでと問機.不安定
Table-5 Water supplyplan duringExpo 75
需 要 予 測 値 74年度ピーク需要量 300,300トン/日 75年度平均増加最 20,000トン/日 海洋博会場内 15,000トン/日 海洋博会場周辺市町村 6,000トン /日 l日3万人の観客の宿泊水使用量 12.000トン /日 計画1日最大供給能力 350,000トン/日 (b)本部半島二市町の水事情と計画 付)名護市の場合 名護市の予測計画では,既給水人口20,054人,宿泊 施設宿泊観客数5,000人,民宿宿泊観客数 500人合計 25,554人で 1人 1日使用量を 370R.とし水需要量は, であった。 (ロ)本部町 本部町には,元来,水質的には軟水に乏しくはある が,豊富な湧水源地が存在してきた。湧水は,古期石 灰岩層からのものであるが,ボーリングを行なえば, 豊富な地下水が存在する地域もある。海洋博開催前は, この地域は,簡易水道でまかなわれていたが,夏場に は,不足気味の水事情であった。 水道計画は,中間部の浦崎簡易水道区域をはさんで, 水源別に.旧上本部と旧本部の二つの地区に分けられ てたてられている。開催時の二地区の需給計画を表 -6に示す。この計画では,ホテルおよび簡易宿舎(た とえばモトブシーサイドプラザ)での1人 1日最大水 使用量を300R.,民宿においては, 260 R,人/日,テナ ント庖舗においては, 300 R,人/日とされている。
Table-6 Water supply plan in Motobu-cho
需 要 量 旧上本部地区 既 給 水 人 口 1,178.4トン/日 ホテル・簡易宿舎 1,703.0トン/日 民 宿 267.8トン/日 テ ナ ン ト 庖 舗 150.0トン/日 A ロ 百十 3,299.2トン/日 供 給 量 旧上本部地区 ボ ー リ ン グ 2,000.0トン /日 名 護 浄 水 場 か ら 120.0トン /日 メ口当、 計 400.0トン/日 (c)那覇市の計画 那覇市は.74年度実績にもとづいて.新規ホテルに よる需要増加分を表ー7のように予測している,ただ い 収 容 人 貝 の90%の利用客があると仮定している)。 (3)水需要計画の問題点 水事情の悪化という否定的事態が生起する可態性の 槻拠は次のような点であった。 需 要 量 旧 本 部 地 区 既 給 水 人 口 3,600.0トン/日 ホテル・簡易宿舎 2,110.5トン/日 民 宿 298.4 トン/日 渡 久 地 新 港 用 800.0トン/日 l仁i、 計 6,808.9トン/日 f共 給 量 旧 本 部 地 区 水 源 池 開 発 4,000-5,000トン/日 名 護 浄 水 場 か ら 100.0トン/日 lロh、 計 5,000-6,∞0トン /日 第ーは,海洋博会期の年に,近年に数度にわたって 生起した異常渇水 (1963年, 1971年, 1974年)と同規 模の渇水が起る可能性がないとは言えなかった。 ['計 画」は,平年度をもとにたてられ,渇水を想定した対 策は明示きれていなかった。 第二は,二重の意味で「計画需要予測値(旧最大需 要量35万トン
)
J
を越える実際の需要の可能性があった。2
2
4
沖縄の水資源とその利用に関する2
・3
の考察 Table-7 Water supply plan for the increase of new hotelsinN aha City タイプ 収容人員 lホテルあたり ホテル数 水 需 要 量 の本使用量 A 2∞名以上 6∞トン/日 5 3,0∞トン/日 B 100名-200名 350トン/日 15 5,250トン/目 C 99名以下 1ω トン/日 22 3,3ω トン/日 A ロ 計 11,550トン/日 つまり,その第一点は,r
計画需要予測値J
が正しいと して,その「予測値J
の範閤内でも,最大需要の日が 15日間続けば, 1日 1トンずつ減水して.配水端の貯 水タンクが空になり制限給水が始まることになったの である(実際には,貯水タンクの能力差にアンパラン (万トン/臼) 40 l日最大需要予測値35万トン 水 需 要 量 20 10 1 6 liTo
21 26~ lr16 21 26-1 1915年6月 1975年7月(日) Fig-9 Water consumptionvariancein Okinawa Islandon June and Julyスがあり,地域によっては,もっと早く制限給水に追 える需要は発生しなかづた。その原因については,前 いこまれることになったであろう)。ところが,最大需 述した問題点と照らしあわせて,詳細に科学的に分析 要の日が15日間程度続く日がありうるかどうかの問題 する必要があると思われるが.現在,それに十分な資 が焦点となってくるが,図
-9
の実績値から推測すれ 料を得ていないこともあり,1
命証に足りうる項目を列 1;1:",変動幅が少ないことから,それに近い場合の生起 挙するにとどめる。 の可能性はありえたと判断できょう。 第一は,かつてない多降雨に恵まれたことである。 この第二点は,予調JI法そのものに疑問があり,実際 手元には, 1962年以後のデータしか持ちえないが.そ には.予測された「予測値J
を上回る可能性があり, れ以後では,最大の降雨量があったのである。過去78 また.1予測値J
以下の需要要因下でも (観客数の減少, 年聞の年平均降雨量は, 2,020mm(但し, 1月-11月) 多降雨入「予測値」を上回わる可能性が,沖縄本島全 であり, 75年度は,それを約 900mmも上回わっている 域と局地的に本部町に於いてその可能性があった。 のである。 1962年以後の年降雨量を表-8-a,bに 予測計画は,原単位方式に基ずいてたてられている 示す。 が,前述したように,今回の場合にこの予測方法を採 降雨による需要の減少には,その構造的要因として 用することには疑問があるといえる。つまり,今回の いくつか考えられる。それらは,①気温の低化をもたら ような,急激な短時間における大量の人口増,それを す。②需要意識の低下が,洗たし散水,風呂等の利 受けいれるための大量の水消費を行なうホテル・宿泊 周回数の減少をもたらす。③農業・植生用水が不用に 施設の急激な短時間での新築,短期間での大量の海洋 なる。④洗車回数の減少,等であり,さらに,今回の, 博関連工事等といった事象が存在していた場合に,原 場合には,⑤会場内植生への散水,洗車,洗船,道路, 単位方式のみを適用すれば,明らかに実際の水使用量 広場への散水等の回数の減少,プール補給水,人口湖 よりもかなり低<r
予測値jを算定することになるの 補給水等への減水補給等が考えられる。⑥観客動貝数 である。故に,前述の第二の場合の可能性が生ずるの の減少等が考えられる。 である。それは,那覇市の新規のホテルによる需要増 第二は,観客入場者数が,予定の4
4
5
万人をかなり 加分の予測値11,550,'/日だけでも,本島全体の観客 下回わり, 348万人であったこと。それは,夏場にお 数3万人から算定した先の 102,000ペ/日に近い値に いても,極端に入場者数,観光客が多いという場合が なってしまうことに如実に表わされている。 多くなかったことである。(
4
)
r
水問題」の結果 第三は,局地的な水事情の悪化が心配されていた本 前節のような問題点がありながらも,結果的には, 都町に於いて,開催直後の備瀬・山川部落の断水(10 図- 9に示きれるごとく,i
計画予測値J
35',/日を越 日間),会場周辺地域の水圧低下という事態を除いて,琉球大学理工学部紀要 (工学篇)第13号, 1977年 225 Table-8-a Total rainfall in year (Naha City)
年 年 総 降 雨
量 ( ~リメートル)
Table-8-b Total rainfall in month (Naha City) 75年度月別総降雨量 5 月 414mm(過去13年間で2番目に多い降雨量) 6 月 527mm( l番目 月 445mm( l番目 8 月 370mm( 3番目 深刻な水事情の悪化が起こらなかったこと。その原因 として,多数の宿泊客が本部町に集中しなかったこと が考えられる。その後の調査に於いて,本部町の予測 値300R 1人/日を実際には,ホテル(たとえば,ホテ ルオリオンで, 700-800 R 1人/日, 1975年7月,)宿 泊施設 (たとえば,モトブシーサイドプラザで,800R 1人/日1975年9月-11月)の使用量笑績がかなり上 回っていることカf明らかになっている。 第四は,県企業局,市町村の対策が一段ととられた ことである。 第五は,一番目と重複するが,会場内使用量が計画 値の半分以下であったことである (表- 9参照
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また,図 10は,会場入場者数と会場水使用量とを プロットしたものであるが,全体として,相関性はあ りうるが,詳細は,個々の要因を検討するなかで明ら かになるものと思われる。 Table-9 1975年 7 月 8 月 9 月 11 月 Water consumption during months ofExpo 75 日平均海洋博会場内水使量 6,725 トン/日 6,408 トン/日 6,392 トン /日 5,255 トン /日 (万人) 2 8 1 (千トン/日 編 1t 8塑
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5 10 15 20 25. 30 (1975年8月1Fig-10 Water consumption and numerics of visitor to Expo 75, in August 1975.
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むすび 以上,沖縄における歴史的水事情.自然条件,水利 用,海洋博に伴う「水問題」と述べてきたが,いずれ も総論的に問題点を明らかにするにとどまった。今後 の方向性は,総論から,各論に於ける個別的分析と実 証へと向けるべきであるが,沖縄のおかれている社会 科学および自然科学的特殊性を踏まえたうえで,住民 本位の総合的な水計画の立案を展望する姿勢が要求き れるであろう。 それに至る一里塚として,第一に,沖 縄の都市における水需要特性と需要構造についての分 析,第二に,水文現象の個別的分析,と くに,降雨, 河川流出の統計的特性の把握,第三に,基地開放の課 題と結びついた都市計画のー慣として住民本位の水道. 水資源開発のあり方についての理念確立と具体化等の 諸問題が指摘されうるであろう。 最後に,資料の提供や討論に加わっていただいた。 沖縄県企業局次長大嶺朝健氏,同配水課長又吉康信氏 同経営管管理室外間盛治氏,本部町大橋配水課長の方 々に深〈謝意を表するものであります。また,社会科 学的観点から有益な示唆をいただいた琉球大学今村元 義助教授にも同時に謝意を表するものであります。226 沖縄の水資源とその利用に関する2・3の考察 参考文献 (9)通産省地質調査所:沖縄水資源開発調査報告書 (1)たとえば,海洋博と水問題についての調査報告につ いては,以下の論文がある。 喜屋武馨:水需給の現状と見通し,沖縄思潮,第5 号, 1974, 10 大成博文:海洋博と水問題,第1回海洋博シンポジ ウム報告集(日本科学者会議沖縄支部主{雀),1975. 1 大成博文:海洋博と水問題の結果,第二回海洋博シ ンポジウム報告集(日本科学者会議沖縄支部主催), 1976. 2 (2)沖縄気象台異常気象報告書, 1974 (3)沖縄産業気象報告, 1972 (4)一戸貞光:沖縄農業第2巻第 1号, 1963 (5)河野二夫他:沖縄半島北部河川の降雨および流出特 性,災害科学シンポジウム報告集, 1975 (6)喜納政修:沖縄地方における確率降雨強度,下水道 協会誌, vol6 No.66, 1969.11 (7)仲村栄春:沖縄の水資源開発マスタープラン,土木 技術資料, 14-5, (8)田中宏平:流出の実態把握およびその解析,文部省 科学研究費自然災害特別研究,沖縄開発に伴う土地環 境の変化と防災に関する研究,昭和50年3月. 1973.3 ( 10)前 記9)と同じ. (11)建設省:水問題の将来,建設要覧, 1975 (12)来間泰男:沖縄農業の現状と海洋博,沖縄思潮,第 1号 ( 13)沖縄開発庁沖縄総合事務局農林水産部:農業用水開 発調査水文観測報告(地表水)昭和50年 3月。 (14)玉城直三他:久志導水路工事とそれによる被害,第 1回海洋博シンポジウム報告レジメ(日本科学者会議 沖縄支部主催), 1975. 1 . (1日宮本憲一:現代経済と水問題, 日本経済と水, 日本 評論者。 (16)沖縄開発庁他:沖縄の水開発,昭和48年4月. ( l