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<研究ノート>マレーシアの企業経営(その1) : ブミプトラ政策 利用統計を見る

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(1)

プトラ政策

著者

森 彰

著者別名

Mori Akira

雑誌名

経営論集

34

ページ

151-162

発行年

1990-03-24

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00005730/

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja

(2)

〈 研 究 ノ ー ト 〉

マ レ ー シ ア の企 業 経 営 ( そ の1 )

ブ ミプ ト ラ政策

151

はじめに

東洋大学 経営学部で はア ジア諸国 の諸大学 と学術交流を進めてい る。 論者

は主 としてマレー シアと の交流を希望し,2

回 に渡ってマレ ーシアをおとず

れ,マレ ーシアの実態を 調査す るとと もに, マレ ーシア企業 への訪問 調査や

マラヤ大学 (UniversityofMalaya

) の教員 などとの研究会 の機 会をもっ

た。論者 の専門領域 は「 マーケティ ング及び流通」 であり, とり わけ「情報

システム」関連 の領域であ るが, マレ ーシアにおけるその領域の研究を以 前

に, マレーシアの概要, マ レーシア企業 の特性,等, マレ ーシアに関す る一

般的な認識を深めておくことが不可 欠であ る。 そうした意味 で, マレ ーシア

の概要と, 政府が経済 の中で果 たしている役割とを中心として研究 した結果

を まとめ た。 マレ ーシアの経済 ・経 営に関す る文献 は和書 で も少 ない。 マ

レ ー シアで は1983 年以 降 の大学 教 育 は全て マ レ ー語( バハ サ・マ レ ー シ

ア:BahasaMalaysia

) で行なわれており, マレー シア国 内で も英書 は限 ら

れている。また,論者 は現在のところで はマレー語文献を読むこと もで きず,

そうした条件の中で マレー シアの企業経営を研究すること には多 くの困難が

っ きまとう。 しか しなが ら,2

回 のマレーシア訪問 と入手 で きた資料だけを

使って初歩的 な研究だけ はで きるであろう。 マレーシアの実態を 十分把握し

ていないために, 誤解や誤読 も多 いかと思 うが,以後の研究で順 次修正をし

ていく予定であ るので, ご容赦 頂きたい。

1

マレーシアの概観

マレーシア連邦(以下 マレ ーシアと略記す る) は1963 年9 月16 日にマ ラ

ヤ, サバ,サラワク, シンガポ ール(1965 年8 月9 日に脱退)の連合体とし

て発足した新しい国 であ る。 日本 とマレー半島 との関係1)

は1549 年 にフラン

(3)

シスコ・ ザビエルがマ ラッカから来 たと きに姶ま ったといえる。 御朱印船に

よる南蛮貿易,日露戦争後か らのゴム園の経営,1920 年代からの鉄鋼石 の採

掘,およ び日本製品 の輸出などの活動を経 て, 第2 次世界大戦時期におけ る

占拠, と,日本とマレー半島との関係 は少 なか らざ る ものがあ った。 近年 で

は貿易の増大( マレ ーシアからの輸出 として はパ ーム油,錫, ゴムなどの1

次産品, 日本からの輸出としては自動車,家電, その他非常に多 くの工業製

品), さ らに日本企業 の現地生産 も急速 に進展 しており,日本とマレーシアは

急速 に大 きな関係を持つよ うになった。

とはいえ, 日本でのマレーシアに対す る関心 はか ならずし も高いとは言え

ない。 また, マレーシアに関する情報 も一 般的に はなかなか得られない状況

と言えよ う。 そこで,本論に入 る前に, この研究で必 要とされるマレ ーシア

に関す る最少限 の一般的な情報2)を示 してお く。

天 竺 − − − − 一 一i 図一1 マレーシアの国土 出所:外務省アジ ア局編『マレイシア』

(4)

マレーシアの企業経営(その1)153 (1) 国 土 と国 家 マ レ ー シア は北 緯1 度 か ら7 度 に 位 置 して い る。 国 土 面 積 は 約33 万平 方km (日本 の約9 割 )であ る。マ レ ー シ ア半 島 部 分 は13 万 平 方km, サ バ は7 万平 方km, サ ラワ ク は12 万 平 方km で あ る。 マ レ ー シア は13 の州 か らな る 連 邦 共 和 国 で あ る。 そ れ ら の13 の 州 は, ジョ ホール, ケ ダ, ケ ラ ン タ ン, マ ラ ッカ, ネ グ リ・ セ ンビ ラ ン, パ ハ ン, ペ ナ ン, ペ ラ ク, ペ ル リス, セ ラ ンゴ ール, トレ ンガ ヌ, サバ, サ ラ ワ ク, であ る。(2 ) 歴史 マ レ ー シ アの歴 史 は14 世 紀 か ら除 々 に 明 確 と な っ た。 そ の 後 の 主 要 な歴 史 を年 表 風 に示 す3)。1405 マ ラ ッカ帝国 樹立1511 ポ ルト ガ ル の マ ラ ッ カ占 領1641 オ ラ ンダ が マ ラ ッ カを 占 拠1786 ペ ナ ン島 が イ ギ リ ス領 と な る1819 シ ンガ ポ ールが イ ギ リ ス領 と な る1874 パ ンコ ール協 約 に より 英 国 の支 配 体 制 が確 立 さ れた1888 サ ラワ ク, ブ ル ネ イ, 北 ボ ル ネ オ が英国 の保 護 領 と な る1895 ペ ラク, セ ラ ンゴ ール, ネ グ リ・ セ ンビ ラ ン, パ ハ ンが連 邦 に統 合1909 ケ ダ, ペ ル リス, ケ ラ ン タ ン, ト レ ンガ ヌ の宗主 権 が シ ャ ムより 英 国 に委 譲 さ れ る。1914 ジョ ホ ール が上 記 と共 に マ レ イ非 連邦 州 を形 成 第2 次 世 界大 戦1945 年 まで 日 本 の統 治 が続 く1948 マ レイ連 邦協 定 に よ り9 州 か らな る マ ラ ヤ連邦 が 発足1948 −1960 共 産 主 義 テ ロ1955 新 憲 法制 定195711 州 よ り な る英 連邦 内 の 独立 国 と して マ ラヤ連邦 が 発 足1963 マ レ ー シア連邦 の成 立1965 シ ンガ ポ ール の マ レ ー シア連 邦 か ら の離 脱 以 上 の年 表 に よ り,マ レ ー シア は ポ ル トガ ル,オ ラ ンダ, イ ギ リ ス√日 本, 等 の 支配を受 け て き た こ と が理 解 で き る。 さ らに中 国, イ ンド, 等 か ら の大 量 の 移民 が あり,多 民 族 ,多 文 化 ,多 宗 教,が 混在 し た社 会を 形 成 して い る。

(5)

(3) 国民1988

年 の総人口 は1697 万人である4)

。 内, マレ ーシア半島部 は1400 万人

と大半を 占めて いる。半島部の人口を人種的 にみると州 によりかなり異 なる

が, ブミプト ラ(Bumiputra:

土地 の子)と呼 ば れて い るマレイ人や土着民

族 は58 %, 中国人 は32 %, インド人 は10 %, その他 は0.6%, となってい

る5)

マレ ーシアで も近代化の進展の中で都市 への人 口集中 が進んで来ており,

最大の都市 である クアラルンプ ール (KualaLumpur:KL

と略すことが

多 い)は約92 万人, 以 下イポー(lpoh )約29 万人,ジョ ージタウン(GeorgeTown

)約25 万人 ジョホールバ ール(JohorBahru

)約25 万人,ペ タリング

ジャヤ(PetalingJaya

)約21 万人, とな ってぃ ず)

。宗教 に関しては, イ

スラム教が国教であ るが宗教 の自由 は憲法で保障さ れて いる。

GDP 構 成 比 ︵ % ︶ 100 8060 0004n 乙 100 80 60 40 200 1947 1957 19681975198019851990 年

図一2GDP の産業別構成比の推移 出所:Fong,New ・EconomicDynamo,p.11. サービス業 建設業 製造業 鉱業 農林水産業

(6)

マレーシアの企業経営(その1 )155 (4 ) 政 府 マレ ー シア は国 家 元首 (Yangdi-PertuanAgong ) を い だ い た立 憲君 主 制 度 を と って い る。国 家 元 首 は サ ル タ ン(Sultan ) 会 議 で 選 任 さ れ,任 期 は5 年 であ る。 議 会 は衆 議 院 と上 院 の2 院 制 で あ る。 中央 政府 と と もに, 各 州 独自 の憲 法 と 行政 府 を 持 って い る。 (5) 経済 マ レ ーシ アは一 見 農業 国 の よう に思 わ れ る が, 実 はGDP に占 め る第3 次 産業 の割合 は50 % を 越 し て い る7)。1947 年 か ら の推 移 は図 一2 に 示 す通 り で あ る。

1987 年 の国内総生 産高 (GDP ) は934 億 マレ ーシアト ルM$ (1M$

≒50

円8)

)であ る。産業別の国内総生産高(1987 年 )9

)と就業者(1983 年)の割合

は次に示す通りであ る。

農業,林業,漁業

鉱業,採石

製造業

建設

電気,ガス,水道

輸送,倉庫,通信

卸,小売,ホテルレストラン

金融,保険,不動産,サービス業

政府機関

その他

財貨の輸入

サービスの輸出

合 計

失業率6.0

国内総生産 高14

%7

52157681 1 CO00 CSI 100.0

就業者数37.0

1.2 15.3 6.6 1.1 4.6 12.6 0.9 16.0 4.7 − −

(7)

主 たる農業製品 は次の通り であ る。

ゴム

木材

パ ーム油

石油

その他

世界需要の38 %

世界需要の33 %

世界輸出の79.5%

総輸出額の23.9%

榔子,胡楸, 米,等

2

マレー シアの産業 と企業(1)

新経済計画1966

−1970 年 まで のマレー シアの経済政策 の目標は「経済成長」

「人 種間

の不均衡の是正 」

,および 丁雇用機会 の増大」であった10)

。最 も重 要な政策 は

「土地政策」 と「与 信政策」 であった。前者に関 して は1956 年 に設立されたFELDA(FederalLandDevelopmentAuthority)

が中心 となり,居住地 や

産業 の開 発を 行い1973 年 まて7に は約17 万 人がFELDA

の土地 に住む よう

になった。 また, ブ ミプト ラ農民 に対す る事業資金の提供 や地方 産品の販売

のためには1966 年 にFAMA(FederalAgriculturalMarketingAuthori

,ty)

を設立し た。 しかしな がら,十分 な成果を 挙げることはで きなかったと

評価されてい る。1971

年 には1990 年 までを見通した新経済計画(NEP:NewEconomicPlan)

が制定さ れU) その目 標は「人種間の経済不均衡 の解消」と「長期 的な

経済成長」 とさ れた。197 ト75

年 を対象期間とした第2 次 マ レー シア計画(SMP)

が発表 された。最 も重要 な具体的な目標とさ れたの は,人種別の雇用

の割合を半島部 の人 種構成割合 にもって行 くことと, 商工業 の資本の所有割

合をブ ミプ ト ラ人 口の割合 に近付け ることであった12)

。 そのために, 政府 は

次々と公営企業( もしくは政府 機関) を設立したり, 既設の公営企業の役割

を大 きく変え た。その代表的 な ものとして は,MARA(

後述),PERNAS(

述),SEDCs(ThestateEconomicDevelopmentCorporation),UDA(

述),MIDF(MalaysianIndustrialDevelopmentFinanceLtd.)

などがあ

る。SMP

の期間 の経 済成長率 は年 平均7.4 % とかなり高 い水準 を達成 し た

が, マレ ー人 の生 活 はそれほど良 くなったとは言えなかった。1976

−80 年 は第2 次 マレー シア計画の期間であり,この計画で は主と して

(8)

マレーシアの企業経営(その1 )157 マ レ ー人 が 住 ん で い る地方 の町 と産 業 を 振興 し地 方 の 経 済 を 発 展 さ せ るこ と を 目的 と し た。さ らに,1981 −85 年 は第3 次 マ レ ー シ ア計 画 の期 間 であ り, ク ア ラル ンプ ー ル等 の大都 市 で の大 規 模 な公 共 事 業 の実 施 と 雇 用 機会 の増 大 を も政 策目 標 と して 設定 し た。 以 上 の一 連 の計 画 によ り, 国 全 体 で み ると 貧 困 者 はか な り 減 少 し た。 貧 困 者 の割 合 は, マ レ ー人で は68 % か ら46 % に, 農 園 に従 事 し て い る イ ンド人 で は40 % か ら35 % へ, 中国 人 で もあ る程度 減 少 し た。 し か し, マレ ー人 の 地 位 の向上 は十 分 で はな く, 同 時 に中 国 人 や イ ンド 人 が受 け た相 対 的 な地 位 の低下 に対 して の 不満 も多 いと 言 わ れて い る。 (2) ブ ミプ ト ラ政 策1970 年 代 よ り マ レ ー シア の経 済政 策 は民 族 間 ( ブ ミプ ト ラ, 中 国人 , イ ン ド人 ) の均 等 を 目 標 と して 実施 さ れて き た。 す な わ ち, 相 対 的 に劣 位 にあ る マ レ ー人 の 地 位 を 向上 させ る た め の政 策 が一貫 と して 採 ら れ て き た。 こ の政 策 は ブミプ ト ラ政 策13)と呼 ば れ,経 済 の みな ら ず 政 治 ,教育 ,企 業 経 営14),な ど あ ら ゆ る分 野 で 実施 さ れて き た。 華僑 やイ ンド人 に牛耳 ら れて きた産 業 活 動を マ レ ー人 の 手 に 取 り戻 す ため に,政府 は産 業 に大 き く関 わ らざ るを得 なか った。1971 年 の第2 次 マレ ー シ ア計 画(SMP:SecondMalaysiaPlan )以 後, 政 府 は政 府 主 導 型 の公営 企業 (PublicEnterprise )を 次 々 に設 立 し,ブ ミプ ト ラ資本 に対 す る援 助, 外 国企 業 と の合弁 事業 や 外国 企業 の誘 致 に力 を入 れた15)。 政 府 の事業 が産 業 の中 で 占 め る割 合 は非 常 に 高 い 。 政 府 の事 業 の遂 行方 式 はそ の経 営形 態 か ら みて, つ ぎ の3 つ の種 類 に 分類 さ れ る。 ・ 直営 事業 局 … …… 各官 庁 が 事業 を 行 な うた め に 設 立 さ れ た局 ・公 社・ 公 団 (statutory ) … … …法 律 が定 め る目的 に 基 づ いて 設 立 さ れ る ・ 公 営企 業 (PublicEnterprise ) … … …会 社 法 に基 づ い て設 立 さ れ る こ れら の政 府 の事 業 を 遂 行 す る諸 々 の公 社・ 公 団 ・公 営 企業 は各 省庁 の1 つ の組 織と同 じ 様 な 位置 づ け が さ れて い る よ うで あ る16)。1970 年 代 に存 在 し た中 央 政府 の 公 営 企 業 や 公 社 ・ 公 団 は91 社, 州 政 府 の 公 社 ・ 公 団 は56 社 あ った17)。 こ れ らの 公営 企業 や 公 社・ 公団 は更 に数 多 く の 子 会 社 (公 営 企業 また は上場 企 業 ) を 擁 して い る。1970 年 代後 半 か ら80 年 代 に かけ て855 社 が設 立 さ れ た と も言 わ れて い る18)。 中央 政 府 の代 表 的 な 公 営 企 業 と して参 考

(9)

までに3 つ の公営企業を紹介す る。

(3) 代表的 な公営企業

っ1

)MARA

(MajlisAmanahRakyat

勺MARA

は1966 年 に設立 さ れ8 つの部門 を持 っている。

管理部門…………リH

ヽ│

のMARA

の管理

財務部門 …………MARA

従業員 の給与支払いやその他の財務活動

サービス部門…… ……人材開 発,雇用

商業・産業部門……… …ブ`ミプ ト ラに役に立つと思 われる分野へ の投資

運輸部門 …………・田舎 でのバスの運行,高速バ スの運行

融資部門 …………主 として5000M$

以下 の小口融資

相談・企業開発部門…………経営・技術・マ ーケティングの分野での助成

教育・訓練部門 …=‥

・…・ブ ミプ トラに各種の技術を身につけさせ・

る2

)PERNAS

(PerbadananNasionaF"

この会社 はブ ミプト ラが新しい会社を起こすときに支援をす ることを目的

として1969 年 に設立 された・PERNAS

は株式を公開 した(Public )多 くの子

会社や孫会社を 持ちそ れらの子 会社および孫会社が実 際の事業を遂行 して い

る。

・MalaysiaNationlInsuranceSdn.Bhd;

≫ 保険

・PERNASConstructionSdn.Bhd.

建設

・PERNASPropertiesSdn.Bhd.

不動産

・PERNASTradingSdn.Bhd.

流通

・PERNASEngineeringSdn.Bhd.

労 働集約的 な製品 技術

・PERNASSecuritiesSdn.Bhd.

ブ ミプト ラ企業 へ の投資

・PERNASMiningSdn.Bhd.

錫 の鉱山

・PERNASWakiP'

)Sdn.Bhd.

政府資材 の供給3

)UDA

(TheUrbanDevelopmentAuthority

マレ ー人 の小規 模 な製 造 ・小売 ・ サ ービ ス部門 への進 出を 促進 する ため

に,UDA'' )は1971 年 に設 立さ れた。UDA

が実 施した活動 は多岐 に渡り,そ

れらの活動 はプロ グラムA ∼E に分類される。

プ ログラムA :ブ ミプ ト ラの事業 の前提整備 のための融資 など

プ ログラムB :非 ブ ミプト ラ所有 の土地を開発する

プロ グラムC:

資本, 経営技術などを提供する

(10)

マレーシアの企業経営(その1 )159 プロ グ ラムD: 都 市 部 を 再 開 発 し て大 規 模 な商業 施 設 な ど を 建 設 す る プロ グ ラムE: 都市 部 の土 地 の早 期買 収 (4) 公営 企業 に 対 す る反 省1970 年 代 に政 府 は ブ ミプ ト ラ資 本 家 の代 わり に資本 蓄 積 を 進 め て,多 く の 公営 企業 が 設立 さ れ, そ れな り の役 割 を果 たし た と はい え , 成 功 し た と は必 ず しも言 え な い24)。 た とえ ば,「民 間投 資 の長 期 的 な減少 傾向 」,「 経 済成 長 率 の鈍化」,「 公営 企 業 の財 務 的 な行 き詰 り」,「 公営 企業 の 低 い 生 産 性 」,「 政 府 の重点投 資分 野 の 見 直 し」,「政 府 の果 た す べ き役 割 の見 直 し」,「 ニ ーズ の多 様 化 に政 府 は対 応 で き な い」,「競 争 が 少 ない た め生 産 性 が 上 が ら な い」,な ど 多 くの問題 が指 摘 さ れ て い る25)。1978 年 よ り,公営 企業 や 公 社 ・ 公団 の民 営 化(Privatization )を 図 るた め に,YPB ,PNB,ASNB の3 つ の機 関 が設 立 さ れた26)。1983 年 よ り民 営 化 構 想 の実施 が始 ま っ た27) ■

まとめ

以上, マレーシアの概観, 新経済計画, ブ ミプト ラ政策,民 営化, といっ

たマレーシアの主要 な動向 を調査した。これらの調査 から理解 で きる通り,

マレーシアは国家 として きわ めて新しく,現在 は独立後 の建国 の時代 にあ る

と思 われる。 国 内 の生 活 水準 を高 める ための経済政策 と世 界経 済 の中 でマ

レーシアの経 済を位 置づ ける ための経済政策をうまく結 びつ けるために新経

済計画を実行中 であ り,現在 は,政 府主導型 の資本蓄積 の段階 から民間企業

の力を付けさすための民営化 の段階 に進 みつつあ ると思 われる。

こうした社会・経済的 な背景 の中 でマレーシアの民間企業 が活動 してい る

わげであ るが, 企業 の形態 が日本 とは相当 異な ってい る。 マ レー シアの公

社・公団や公営企業 はその配下 に多 くの子会社を持ち, その子会社 が更 に孫

会社を持ち,各 種 の事業を営 んで いることはすでに説明 し た。 マレーシアの

民間企業もまた似 たよ うな形態を採 っている。 すなわち,最上 位に「持株会

社」 もしくは「投資会社」 があ り, それらの会社が事業 会社を支配 したり,

さらに「持株会社」や「投 資会社」を擁 している。次稿で は,そうし たマレー

シアの民間企業 の実態を明 らかにする。

(11)

付記

本研究 は,昭和63年度の短期海外研究の成 果の一部をまとめたものであ る。

注 1)綾部恒雄・永積昭編『もっと知りたいマレーシア』弘文堂,241 −265頁.2 )次の文献がコンパ クトにまとまっている. マレーシア外務省『マレ ーシア概観1985JMinsitryofForeinAffairsMa-laysia,KualaLumpur. 外務省アジア局編『マレイシア』(財)日本国際問題研究所,昭和53 年. 『マレーシア』日本貿易振興会,1985 年.3 )BarbaraWatsonAndaya,LeonaldY.Andaya,AHistory/ofMalaysia,Mac-MillanEducationLtd.,London,1982. 綾部等,前掲書,1 −37 頁. 外務省アジア局,前掲書,81 −89 頁. 黒沢一晃訳,ジャック・デュピュイ『 シンガ ポールとマレーシアの経済』白水 社,1975 年. 野村亨訳, ザイナル=アビディン=ビン=アブド ゥル=ワーヒド編 『マレー シアの歴史』山川出版,1983 年.4 )EconomicReport1987/88,MinistryofFinanceMalaysia,p.7. なお,1980 年の国勢調査の結果 は,下記に詳しく説明されている。CulroseKarim,InformationMalaysia(YearBook),BeritaPublishing,KualaLumpur,1988.5 )Ibid.,p.19.なお, 複合民族国家の状況に関しては次の文献比詳しく説明されて いる. 綾部等,前掲書,71 −136 頁,159 −235頁. 栗山昌子『マレーシアの魅力』, サイマル出版,1989,15 −83 頁. 鈴木佑司訳,ザイナル・ クリン編『マレ ーシアの社会と文化』勁草書房,1981 年. 高多理吉訳, マハティ ール・ ビン・ モハマッド 『マレーシアの経済』勁草書 房,1984 年.6 )Karim,op.cit,p.20.7 )FongChanOnn,NewEconomicDynamo: ・StructuresandInvestmentOp-portunitiesintheMalaysianEconomy,Allen&Unwin,1989,pp.10 −30.8 )実際にマレーシアで生活すると, 物価は5 分の1 から6 分の1 位に感じる. た とえば,インターナショナルクラスのホテルは200 ∼130M$ 程度,タクシーは1 時間使うと12M$ から20M$, 屋台での焼 きそばやチャーハ ンは1M$ 程度,

(12)

マ レ ー シア の企 業 経 営 ( その1 )161 果 物 類 は お し な べ て1kg あ た り5M$ 程 度 , で あ る。 不 記 の ル ポ タ ー ジ ュ を 参 照 さ れ た い 。 鎌 田 慧 『 ア ジ ア絶 望 工 場 』 講 談 社,1987 年 。9 )EconomicReport1987/88,p.5.10 )Andayaet.al.,op.dp.,pp.282 −284.11 )Ibid。・pp.284-289.Fong,op.cit,pp.7 −9.12 ) マ レ ー53.2 %, 中 国35.4 %, イ ン ド10.7 %, そ の 他0.8 %, の 雇 用 割 合 に す る。 ま た, 資 本 構 成 に 関 し て は, マ レ ー30 %, 中 国 ・ イ ンド ・ そ の 他40 %, 外 国 資 本30 %, を 目 標 とす る。13 ) 堀 井 健 三 ・ 荻 原 宜 之 『現 代 マ レ ー シ ア の 社 会 ・ 経 済 変 容 一ブ ミプ ト ラ 政 策 の18 年 』 ア ジ ア経 済研 究 所,1988 年 。14 ) た と え ば ,新 聞 の求 人 広 告 で も「 マ レ ー人 が 望 ま し い 」と い う 表 現 が 非 常 に多 く 見 ら れ る。15 ) 綾 部 等, 前 掲 書197 −212 頁.Gale,PoliticsandPublicEnterpriseinMalaysia,EastermUniversityPress,PetalingJava,1981,pp.28 −38.16 )InformationMalaysia,pp 丿38 −321.17 )Gale,op.cit・,pp.224 −228.18) 堀井 等 , 前 掲 書 ,12 頁 。19 )Gale,op.cit.,pp.44 −85.

な お,Majlis はCouncil,Amanah はTrust,Rakyat はCommonPeople,

を 意 味 す る マ レ ー語 で あ る。20 )Ibid.,pp.86-138.21 )Sdn.:Sendirian=PrivateBhd.:Berhad =Limited22 )Wakil =Agent23 )Ibid。pp.139 −174.24 )Ibid。pp.175 −207.25 )Mohd.NorAbdulGhani,BernardT.H.Wang,IanK.M.Chia,BruceGaleeds.,MalaysiaIncorporatedandPrivatisation,PlandukPublications (M )Sdn.Bhd.,PetalingJava,1984,pp.99 −112. 26)YPB:YayasanPermodalanBumiputraPNB:PermodalanNasionalBerhadASNB:AmanaSahamNasionalBerhad27 )Gale,op.ci£,pp.13 −14. ブ ミプト ラ投資基金 国営持株会社 国家投資信託会社

(13)

RESUME TheFederationofMalaysiaisaquitenewcountry.Itwasformedin 1963,butSingaporebecameanindependentstatein1965.Inthispaper, theauthorintendstointroducethegeneralinformationonMalaysia beforediscussingthenatureofMalaysiancompanies'wayofmanage-mentandmarketing 。First,theauthordescribestheenvironment,history,population,gov-ernment ,economy,andindustryofMalaysia.Second,hedescribestheNewEconomicPlan(NEP)whichisthegovernment'sfundamentalpolicy.NEPhasstartedin1971 ,andNEP'smainobjectivesare1)longtermeconomicgrowthand2)eliminationofdisparityamongtheethnicgroups.Thefirstobjective(economicgrowth)isgeneralinNIESbutthesecondobjectiveisaMalaysianproperone.Third,hereferstotheBumiputraPolicywhichconcernstothesecondobjective.TherearemanyracesinMalaysia.53 %ofthepopulationisBumiputrawhichmeans ”thesonsofthesoil",andwhichisconsistedofMalayandindigenouspeople.35 %ofthepopulationisChinese,10 %Indian,andfewothers.TheaimoftheBumiputraPolicyistotransferalargeshareoftheownership,managementandcontrolofeconomyintothehandoftheBumiputra.Tosolvethisproblem,thegovernmentuseditspoliticalpower.ItestablishedmanyAuthorities,publicenterprisesandstatutorybodies.Theyusuallyincorporatedmanysubsidiarypubliccompaniestodoeconomicbusinessesorsocialservices.Finally,government'spoliticalinvolvementtoprivatesectoroftendecreaseseconomicactivitiesinthenation,Privatisationstartedin1983 。Insuchcircumstance,Malaysianprivatecompanieshasespecialnatureandmarketingsystem.Nextpaper,theauthorplannedtodiscussthecharacterristicsofprivatecompaniesinMalaysia.

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