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アメリカにおける教育テレビの法的諸問題--Yale Law Journal誌所掲論文の紹介として 利用統計を見る

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(1)

アメリカにおける教育テレビの法的諸問題--Yale

Law Journal誌所掲論文の紹介として

著者

三和 一博

雑誌名

東洋法学

3

1

ページ

137-168

発行年

1959-06

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00007778/

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja

(2)

~i. じ め

リカにおりる教育テ

l

吋 色 。

ν

ビの法的諸問題

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25

同二一両所掲論文の紹介として││

E 局 の 局の認可

l

l

チャ γ ネル割当政策 織 E 局 の 著作権侵害に対する責任 財 政 N 組 む す プライパ γ l の権利 び

v

アメリカにおける教育テレビの法的諸問題

一 三 七

(3)

東 洋 法 学 一 三 八

l

教育テ

ν

ピの価値が媒体の急速な発達と共に増大してきたことについては、今更いうまでもない

T v

o

テ レ ビ 放送は大勢の聴視者に到達し、高度の集中をひき起すものである。教育テレビが完全に利用されるならば学校教育は 改良されるであろう。'また、優秀な講師が個々に分離された教室で大勢の聴視者と近密に接触するならば、教師の不 足も除去できる門 2 3 更に、家庭へ大学課程を提供することによって成人教育がなされ雪之 類型的な商業テ V ピ ・

ν

ョーよりも高級な教育的・文化的な内容のノ y ・アカデミヲクな番組を放送することによって、社会一般人の教養 を高めることもできる。現代アメリカでは、二一の州と一つの准州において五千万人の潜在的聴視者をもっ三

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の 教 育テレビ局が、これらのタイプの番組を提供しつつある︿ 41 更 に 、 より制限されたテ V ピ放送のタイプ

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閉回路 テ レ ビ

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内 目 。 町

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巴 gV(5)││ は、全国を通じて一

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一 ニ の 教 育 施 設 に 備 え つ け ら れ て い る 。 註 ( 1 ﹀アメリカにおける教育テレピの生成と有用性の一般的概説については、守山口同

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同町田 m l J ﹃ 己 2 8 E m w Z 0 4 ロ w 呂 町 斗 w 同 省 ・ 定

1

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3

吋 宮 河 内 山 匂 0 2 0 ♂ 冨

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巴 印 戸 電 ・ 。 lNO を 参 照 。 ( 2 ) 学校テレピの使用における最も広汎な試みは、国高 2 E 0 4 3 w Z 2 1 m ロ島においてであり、そこでは、一九五八年九月ま でに、閉回路 γ ステムによる現在の授業が一八、

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人の生徒について四八校に及ぶであろう、といわれている。現 在考慮中の最も広汎な計画は、南部の一六州における三

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を含み、そして各学期 ( 8 1

(4)

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に 五

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課程をテレピ放送するという閉回路ネットワークである。 ( 3 ) これらのコ l スについて課目修了証 2 0 m g o のH O L S を受けたいと思う聴視者は、関係大学に登録し、かつ最終 試験を受けることになっている。 z o d ﹃ J 問 。 同

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大 学 の 現 代 成 人 教 育 番 組 ( 昨 日 H 0 0 5 5 5 包 己 ニ ロ 丘 2 0 0 ロ M v g m g g ) の議論については 1 2 ・ J ﹃ ・ 寸 仲 間 括 的 " 司 o r a -忌 日 ∞ " M M ・ 日 " の o -- N および回 H E r g 広 岡 高 1 4 巳 2 虫 色 H M m w ω o 宮 -N ω L S F 匂 ・

5

N

を参照。冨 O E Z 一 戸 ω における教育放送局は、千人の文盲者に読み方と書き方を教えるためにテレピを使用した と い わ れ て い る 。 ( 4 ﹀一九五八年二月一日現在である。更に、一九五八年中に五局が放送の開始を予定しているといわれている。 ( 5 ) 閉回路放送(。

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-己 完 ロ 伊 丹 . r g 包 g a H M m ) では、聴視者への送信は大気を通してなされ、 γ グナルの範囲内にあ るすべてのセットが受信できる。閉回路では、 γ グナルはワイヤー又はケーブルにおいて限定的にされ、連絡されたテ レ ピ セ γ トのみが受信できる。 2 このような教育テレビ局はその番組対象がより特殊化しているので、商業放送局とは異ったものとなる。しか しまた反面、両放送局の番組はしばしば類似していることもある。商業放送局は学校教育番組や成人教育番組の放送 を奨励されるであろうし、反対に教育放送局はその主たる事業の性質と両立する範囲で最大限のポピ

f

フ!なアヅピ ールを博するようなテレビ放送を作成しようとするであろうから︿ 61 註 ( 6 ) 連邦通信委員会公 F O M り え

2

己 の 。 B B g r 丘 町 。 号 。 。 BB 町 田 町 g H 司のの﹀は、ある程度申請者の申込んだ番組にもとずい て認可するが、高級な教育番組を目的としている局はしばしば他の申請者よりも優先権が与えられた。また、このよう アメリカにおける教育テレピの法的諸問題 一 一 一 一 九

(5)

東 洋 法 学 一 四

O

な教育番組の放送は、商業放送の認可を受けた者の公共サービス的任務の一部であり、認可が三年毎に更新されるとき に 、 FCC に よ っ て 畠 酌 さ れ た 。 娯楽番組と教育番組の区別はしばしば困難である。最も娯楽的な番組(例えば西部劇)であっても、幾分は教育的知 識を与えるものである。しかも、教育番組は最大の効果を上げるために娯楽的な様式でその素材を提供しなければ赴ら な い で あ ろ う 。 FCC は 、 ﹁ 教 育 的 ﹂ ( 作 品

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片 山 。

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と い う 一 言 葉 を 、 教 育 施 設 に よ っ て 或 は 教 育 施 設 の た め

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作 成 さ れ た番組のみを含むと定義している(但し

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のような商業子供番組、或は E 吋 OEV

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のような学生参加番組は除く)。現在、商業放送局によってテレビ放送され て い る 教 育 番 組 は 、 ロ γ ヤ 語 ( ∞ 島

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2

宮 内 同 F Z ・ J ﹃ ・ ) 、 工 学 ( Z 0 4 ﹃ J 問 。 件 。

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、音楽鑑賞

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︿ 釦 ・ ) お よ び 文 学 ( Z 0 4 ﹃ J 問 。 同

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・﹀の各講座、並びに地球衛星と月飛行についての講義ハ

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﹀ ロ ∞ 巴 opn 巴 ・ ﹀ で あ る 。

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3

アメリカの放送事業は伝統的に商業放送という極めて資本主義的性格の濃厚な企業形態をとっており、非商業 的な制度はその範囲において作用しなければならないので、教育テレビは独特な法的問題を生じてくる。以下に、 ア メリカの教育テレピの法的諮問題を紹介しようとするのであるが、このような問題の紹介は広汎な知識の基礎を必要 とするものであって、到底私のよくなしうるところでない。が、幸い最近発表せられた吋払 o F m d q M O R 払 ハ ︿ ♀ ・

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山 田 │ ∞

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∞﹀誌に掲載の論文があるので、 本稿では専らそれによることができる?古 果して十分に紹介できるか、また私が誤って理解したところがあるのではないか、 と倶れるのであるが、法律学徒と して現代の問題に自を通しておくことも無意味でないと考え、あえて起稿した次第である。

(6)

註 ( 7 ) こ の 論 文 は 、 4 m F F ・ H ・誌の編集部が現在経営中の二八局ヘ質問書を送り、その中の二四局から受けた回答を基礎に して研究されたものである。なお、本稿中に引用する諸文献も大体 J F F ﹁同・誌によったものであることをお断りし て お く 。

I

局の認可

ll

チャンネル割当政策 沿草 ラジオの第一次的使用からテレビの最近の発達にかけて、教育放送についての二つの対立する意見が あった。まず、有効な施設を独占して自己の最大発展に関与している商業放送事業は、商業放送局によって放送され る特別な教育番組が最も有効に学校教育の目標を進めると主張した ( 1 1 それに対して教育放送局側は、商業放送局 において利用できる時間を不適当とし、教育的な要求は商業放送と切り離した別個の教育放送の方法によってのみ満 たされるものと信じた ( 2 ) 。 連邦議会は、放送を規律する基本的な制定法である一九三四年の通信法ハ。。

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巴 。

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。 。 ︽ 3 ) を作成する際、この対立する議論を芳慮した。それ以前に認可されていた非商業的な教育放送局のほ とんどが財政上の困難に遭遇して運営を中止していたので、教育放送を復活させるため、非営利的な施設によって運 営される局の放送施設の二五パ!セ Y トを留保する計画が議会に提出されていた。非商業放送局に固有な財政上の制 タ イ A ・ セ リ ン グ 限を、広告者への時間売り注目。

2

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を許すことによって除去しようとするものであった

2 )

。しかし、時間 弘 川

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局の番組の望ましい性格を稀薄にするであろうという倶れから、連邦議会はこの提議を却下し、そして直接の 行動をとることを止めて、連邦通信委員会ハ

F

C

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)

へ研究事項としてその留保案を委ねた。 アメリカにおける教育テレビの法的諸問題 四

(7)

東 洋 法 学 四 審 議 の 結 果 、

FCC

は、特別の留保をしなくとも教育的価値を害したり割当の分裂の生ずることは少ないであろう と認定し、この目標を、商業放送局の公共サービスとして教育番組を作成させることによって推進しようとした。し か し 、 この結果は不十分な教育放送をもたらした。そのため、問題の最初の考慮の十年後、 即ち

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ハ 片 岡 ・ 0Q ロ ぬ ロ の 可 目 。 仏

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の発達が放送施設を拡張させたときに、

FCC

はこの政策を逆転させ、 教育放送による使用に限定し たチヤジネルを留保することにした。そして、このような留保計画が若干成功したため、テレビがラジオよりはるか に有望な教育道具となった一九五二年のテレビ施設割当においても同様の政策が続けられた。 註︿1)それによって教育者は、局の技術、運営および財政の未経験な分野へ入りこむことなしに、最大の聴視者を動かすこと が で き る 、 と い う こ と で あ っ た 。 ( 2 ) 商業放送は、潜在的聴視者が少い場合は、教育者へ割当てる時聞を不規則にしたり、短時間にしたりする︿例えば早朝 とか深夜﹀ということ、および、番組テ l マが商業放送局の広告者に不適当である場合は、そのような番組が締出され る慎れがある、ということであった。これらの原因は、確かに商業的施設の重要な使用を妨げるものである。 ( 3 ) お

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・ ハ4 ) 非商業放送局は、原則としてタイム・セリソグを禁じられている。後述 E ﹁ 局 の 財 政 ﹂ を 参 照 。 2 教育放送のためのチヤジネル留保政策 教育テ V ピおよび商業テレビの認可は││予期される局の

ν

グナル の範囲内に含まれる人口数におよそ比例して各コミ品ニティ

I

ヘチヤジネルを割当てるところの││全国的なスケジ ュールにもとずいて与えられる。これらのチャシネルは

VHF

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ロの包帯と

UHF

ハ ロ 日 常 円

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﹀帯とから成っており、 いずれかのナヤジネルに指定される局の問の混信を避けるため地理的に一定の間隔 を保たせであるので、申請者はゴミュニティ

i

に割当てあるチヤジネルのみを求めることができる。

FCC

は、教育 毘 リ ア 施設がテレビ放送を準備するためには商業的な側よりも多くの時間を要するであろ-うという推定から、重要な地域に おける有効な放送施設を、教育者がそれらの準備を完了できる前に専有されないよう、非商業放送による教育的使用 のために指用される八六の

VHF

局を留保した

(

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。 しかも、教育施設は留保されていないチャシネルに対しても申 請することを妨げられない。このように、委員会の留保政策の趣旨は、重大な商業的な目標のためよりも、教育テ V ピの発達のためにあったことは、 一 応 明 白 で あ る 。 註 ( 5 ) 技 術 上 V H F チ ヤ γ ネ ル が U H F チ ヤ γ ネ ル よ り も 優 っ て い る と 考 え ら れ 、 一 ニ 或 は そ れ 以 上 の V H F 割 当 を 受 け た 各 地 方 毎 に 一 V H F チ ャ ン ネ ル が 留 保 さ れ た 。

3

留保政策の欠陥

l

l

留保の削除要求 a 割当計画の採用以来の意外な発展は委員会の種々の目標の実現を 妨 げ た 。

UHF

チャシネルは技術的に劣っており、 一般的にいって営利を目的とする商業放送の経営を支えるために は十分でなかったので、認可された

UHF

施設の広範な放棄の原因となった

{

ε

。 同時に、教育施設は商業放送者の ようには速やかに

VHF

チヤジネルを活動化しなかった?)。 その結果、財政上も技術上も直ちに放送の開始を準備 している多数の商業的経営者は、活動的でない教育的な留保の削除とそれの商業的指定の使用許可とを

FCC

に要求 ア メ リ カ に お け る 教 育 テ レ ピ の 法 的 諸 問 題 一 四 一 一 一

(9)

東 洋 法 学 一 四 四 した ( 8 v

これらの変化した事情の下で、

FCC

は、放送施設の最も効果ある使用を保障すべき法律上の責任から、削除処置 において個々の教育的な留保を再検討した。かかる削除要求の考慮は、

UHF

チャシネルの予期しない衰弱によって 議起した放送資源の不足を緩和し、更に削除の兆しは、永続的な留保の確信から安心していた教育者側をチヤジネル 活動にかりたてた。 註 ( 6 ) 一 九 五 六 年 に は 、 一 ニ 七

OO

万台のテレピ・セ γ トの中約四

OO

万台だけが U H F γ グナルを受信するために備えられ た 。 従 っ て 、 UHF の認可を受けた者は VHF の認可を受けた者と同じマ i ケヲトで競争できない状態であった。一九 五八年二月現在では、八四の商業 UHF 局が四二

O

の 商 業 VHF 局 と 対 立 し て い る 。 ( 7 ) 一九五二年に教育おいて留保された八六 UHF 中 コ 一 五 チ ヤ Y ネルだけが申請され、しかも残りのチャンネルのほとんど が、それが指定されたより以上に商業放送局の必要なコミュニティーであった。 ( 8 ) 教育的留保が削除される場合は、再びそれは商業的および非商業的な認可をとるすべての申請者に利用されることにな り、教育施設も同じ聴視範園にある他の申請者と競争することになる。 これらの要求は、チヤ γ ネルの取換えが営利的経営の唯一の期待を表すような財政上困窮している UHF の被認可者 からなされることが多かった。

b

このような削除手続は、指定されている潜在的な教育的利用よりも、付加的な商業的な販路がそのコミ品ニデ ィーにおいて重要であることを含んでいた。しかし

FCC

は、教育者側が局活動に向って実質的な努力をしていると

(10)

ころでは、たとえ削除が商業者側に重要であってもその削除要求を一貫して拒否した。更に、そのような努力があま りなされていないところでも、付加的な商業的販路のために必要な事情が潜在的な教育的サービスの排除を正当化す るのに十分でないところでは削除を否定した。 しかしながら最近の判定では、 いかなる努力も教育的な留保を活動化する方向に対してなされていず、又考えられ る将来において何らの期待もされないということ、 および商業放送局が﹁実質的人数に対してテレビ・サービスを供 給する﹂だろうということをみることによって、 商業放送の申請者のために留保を削除している

(

5

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更に委員会 は、教育者側に起る必要な金銭や放送設備の比率にも関与したようで、教育に対する経費が低いということを理由に して、他の州よりも教育テレビの必要が大きく、教育テレビに代る個別的な種類の授業を準備できないような

VHF

留保を削除している白三しかし、大体において委員会は、地方商業局の現在の開設よりも、教育テレビの将来の発 展をとってきたようである。 註 ( 9 ) 回

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に対するチヤ γ ネル指定︹

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︺。委員会は教育者側に対して 次のことを通告した││﹁教育者側が地方における期待を充すべき積極的な努力をしたという実質的証拠を欠いており ・::殊に、実質的人数に対してテレピ・サービスを供給するであろう商業放送局が留保されたチャンネルに対して請求 した証拠のあるところで﹂教育者側が﹁教育的目的のために有効なスペクトル・スペースの継続的な留保を正当化﹂し な か っ た 、 と 。 (叩)当

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一 ︿ 目 指 宮 古 に 対 す る チ ヤ γ ネ ル 指 定 ︹ 区 間 注 目 。 問 。 m

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︺ 。 アヌリカにおける教育テレピの法的諸問題 一 四 五 i

(11)

東 洋 法 学 一 四 六

4

UHF

の留保││代用政策の当否 削除された

VHF

留保の代りに

UHF

の教育的留保をなすことによって 削除の影響を少なくしようとする努力は、

FCC

は好んで用いなかったようである。

UHF

放送は、なお当分の問、

VHF

チャシネルと十分に競争するまでには発達しないであろうし、その結果、現在における代用政策は、

UHF

放 送が適当となるまでは、活動化に向う重要な教育的努力を延期する、ことにのみあるようになるからである。しかし、 テレピ施設の新たな使用は、やがて

VHF

ナャシネルに対する現在の需要に匹敵するような

UHF

の需要を生みだす こ と で あ ろ う 。

5

将来の削除要求に対する J P -o F -M ・誌の意見

FCC

は公衆の利益に影響するすべての要素に対して適 当な芳慮を与えるべきである。地域における教育テレビの必要やその必要を満たすための教育者の能カが、付加的な 商業放送から生ずると予期される利益に対して比較されねばならない。教育テレビが周囲のコミュニティーに特に重 要であるところでも、商業的サービスが永続的に不足している場合は、現在における教育者側の努力が欠けているこ とだけで、削除を正当とすべきである。同様に、聴視者が主要なホットワ

l

クから競争的なサービスを受けていると こ ろ で は 、

FCC

は 、

UHF

の不適当が予想される時期内は、教育的な活動の不可能が確信される場合を除き、戎は 商業放送の申請者が実質的かつ単一の地方番組サービスを提供する場合を除いて、 留保を維持すべきである。 し か し、聴視者が地方局又は近隣の局のいずれからも競争的なネ γ ト ワ

I

クを受信できないような場合は、比較はより困 難となる。このような状態で留保を保つためには、適当な近い将来の中に、教育者側にその指定を活動化するための 財政上・組織上の能力を示すように要求すべきであろう。

1lQ

83

(12)

E

序 説 教育テレビ局を所有し運営するために形成される組織は、

FCC

の規則と州の制定法とによって規制 される。連邦規則は、局の管理および番組の編成において十分な教育的強調を保障するために、教育放送の認可を受 けられる組織の性質を命ずる。州の教育に対する権限を基礎づける州の制定法は、公的な教育施設のテレビ活動の限 界を定め、又何らかの事情の下では、私的な教育施設の指導をも指定することがある。

2

FCC

の 規 則

FCC

は、営利を目的としない教育施設に対してのみ教育テレビ局の運営を認可した。現在 認可されている公的なものでは、学校 V ステム・州立大学および州委員会があり、私的なものでは非営利的な社団 ハ 。 。 吋 唱 。 g z o ロ ω ) と財団 Q o ロ ロ 合 一 民 。 ロ 乙 で あ る ハ

17FCC

は、専ら教育放送局を運営する目的で形成されたものを ﹁ 教 育 的 組 織 ﹂ ハ 包 宮 内 凶 昨 日 。 ロ 色 。 同

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丘 町 。 ロ ω﹀として容認した ( 2 ﹀。従って、これらの社団が構成的グループによっ て形成される場合には、教育放送局の管理に参加しようとする非教育的な組織は、教育を単一目的とする他の団体と 合併することによって、制限を蝉脱することができた。更に、営利を目的とする組織も、同じような基礎的要件で規 則を回避することを考えられる。勿論このような形式主義が許されるべきでないことは、

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同・誌の論者もい っているな・

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FCC

は、営利を目的とする社団は勿論、非教育的な社団(病院とか養育院の如きもの﹀も望ま しい教育目標を達成しえないものと考えた。従って、この政策の完全な実現の確保のためには、

FCC

は、何らかの 単一目的の申請者の構成的部分をみるべきであり、 かつ各人に対して教育的であることと営利を目的としないことと アメリカにおける教育テレビの法的諸問題 一 四 七

(13)

東 洋 法 学 一 四 八 を第一とするように要求すべきである

27

註 ( 1 ﹀現在運営中の公有の二

O

局の中、七局は教育庁と地方学校放送、八局は州立大学、四局は州委員会、そして一局は大学 と学校地区との共同組織へ、それぞれ認可されている。 ( 2 ) F C C は﹁教育的組織﹂の意味を純化しなかったが、規則の趣旨と、局がコミ品ニテイ l の教育的必要を主としてサ i ピスするために用いられるための要求とから、認可をうける者を、主として教育的目的のために形成されたものに制限 す る 意 図 の よ う に 思 わ れ る 。 ( 唱 ・

8

8

0

( 3 ) 現在運営中の局の所有組織の構成グループは、文化、科学、歴史又はその他教育的指導のような種類である。ジカゴ教 育テレビ協会の構成メ γ パ l は、単科大学、博物館、芸術協会、図書館、動物学会および教育会議を含む。グレイト・ γ γ シナティ教育テレピ財団は、専ら学校 γ ステムと教育施設とから成る。ポスト γ に お け る WGBH 教育財団は、大 学ニ・財団二・オーケストラ一およびロ l ウェル協会協同放送会の各代表者から成る。デトロイト教育テレビ財団の構 成 メ

ν

バ l は、公立学校、教区附属学校、単科大学、博物館、図書館およびオーケストラを含む。

3

地方規則 教育テレビ局の組織は地方規則によっても重要な影響をうけた ( 4 ) 。教育放送を認める立法は種 々の形態をとっているが、最も普通の型はテレビ局の構成および運営を教育当局に広く認めている ( 5 コ イ リ ノ イ 州 やカりブォルニヤ州で実施中のより制限された立法の形式では、 番組の購入を学校評議員会ハ ω

8

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。白色乙に許 し、局の財政および制作の援助を提供するが、局の運営については禁じている

(

5

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オハイオ州では、私的な非営利 的な教育テレビ社団への学校評議員会の寄付を認め、更にイリノイ州やカリフォルニア州と異り、学校評議員会によ

(14)

る局の所有も禁じていない ( 7 ) 。更に六つの州では、研究調査や助言から現実の所有にわたって権限をもって教育放 送を規律する州委員会をつくっている?)。 h註ハ 4 ﹀媒体の発達に先んじて学校当局の権限を定めた州立法は、一般的にいって教育テレビの特殊な要求を期待していなかっ たため、公的な教育団体は(準地方自治体としてその権限が厳格に解釈されるので)特別法による授権を欠く場合には しばしばテレビ活動を禁じられたな・880 ( 5 ) 司 F ・ ∞ g ∞ ・ F m 羽 田 H 山 v g J n ・ 日 可 一 │ ω H N W 国 N A 5 ・ 。 ∞

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z

・ J 同 ・ m o g -F m H 4 4 ω H S F 。 . N o r 一 w H U Z ・ J ﹃ ・ 何 仏 口 。 ・ 戸 内 同 省 航 N ω A W U F P 問 。 ︿ ・ の 官 同 -K F ロ ロ ・ ゆ 時 口 H N 吋 臼 l H M 吋 吋 ω ( ∞ ロ 毘 ︾ ・ 5 印 吋 ) U 司 ω ・ 盟 主 -K F ロ ロ ・ 告 -N 品 v ゆ 印 │ 印 N ω ( ω ロ E V ・ 呂 町 吋 ) U 4 0 ロ ロ

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0 3 3 5 5 M l 出 口 正 ∞ 名 目 v ・ 呂 町 吋 ) ・ ( 7 ) 。 E 。 問 。 司 ・ わ 。 円 四 O K F ロ ロ ・ ゆ ω 臼 吋 ・ ] 5 ( 句 白 血 刷 。 ω ロ 回 以 ︾ ・ 5 印 、 吋 ) ・ ( 8 ) ﹀ ﹃ ・ 。 。 骨 同 町 ・ 印 N W Z S 吋 l l ω N ( ∞ 右 目 M 5 印 印 ) ( 所 有 権 ) U E P 印 0 2 ・ F 2 2 H S U 1 w 。 ・ 可 │ ω H N 切 ZN怠・21E (調整と援助、送信設備の賃貸或は運営﹀UFω・同

2

・ F F K F 5 ・ 戸 口 h N 印 2 l h N 日 8 3 ロ 宅 -H 8 3 ( 財 政 援 助 、 研究調査および公開 ) L A -n ・ の

8

・ m g ? 怒 E ω 1 N 誌 吉 │ 句 。 ( 印 毛 匂 -H S N ) ( 検 査 ﹀ U C E p m g -K F ロ ロ ・ 岳 ・ s w Z N H 色 1 3 3 c 匂 ℃ ・ 5 N 吋 ) ( 所 有 権 ) 山 、 H ,

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。 品 。 ﹀ ロ ロ ・ 努 怠 l ω ∞ 。 N Z 1 8 8 3 毛 司 ・ 呂 町 斗 ) ( 財 政 援 助 お よ び 研 究 調 査 ﹀ 山 巧 仲 間 ・ m g 同

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b

・8G88(研究調査および試験)。

4

州の独占的立法 州内の教育ネットワークの発達を促進するために、若干の州では、州内の教育放送局の所 有を単一の州の手段に集中する制定法を採用した。例えばアラパマ州では、州内にある留保されたチャシネルの使用 アメリカにおける教育テレピの法的諸問題 一 四 九

(15)

東 洋 法 制 ・ 一 五

O

に対する統制を地方テレビ委員会合

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2E

。 " の 。 日 田 町 乱 。 乙 へ 委 託 し 、 オクラホマ州では、州内の販路宕 所有し運営する権限を委員会に与えているハ

9

1

このような事実上私的な施設を教育放送への参加から締め出す制定 法は、教育テレビに対する州の独占をなすものである。従って、他の点で資格ある私的施設が教育チャ y ネルを申請 した場合には、それらの州制定法と一般の申請者間の選択についての

FCC

の制定法上の権限との抵触が生ずる。し か も

FCC

は、このような場合、私的な教育施設と公的な教育施設との競争する申請を考慮すると指示した。(匂・

8S

。 このような州の独占的立法は、他の諸立法殊に連邦規定││通信法ーーとの抵触における効力の問題が生じてく る。しかも将来、教授方法として教育テレビの重要性が増大してきたときには、州の独占的な留保は、連邦憲法第一 四 条 ︿ 号 。 明 。 ロ 2 0 0 5 r ﹀ 目 。 ロ 仏

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同﹀によって採用された禁止領域により接近することになる白 ) O 註 ( 9 ) ﹀

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。 品 。 昨 日 沖 -m N V ゆ め ω H ( N ) ( ∞ ロ 毘 y H 8 3 u o r r ・ 盟 主 ・ ﹀ ロ ロ ・ 岳 -J 1

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( m v 唱 ( 同 ﹀ ( ∞ ロ 冨 y H 8 3 ・ ( 叩 ) 教 育 権 お よ び 私 立 学 校 の 権 限 に 対 す る 不 法 侵 害 等 が 理 由 と な っ て く る 。 な ℃ ・

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州独占と私的申請者との選択についての

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同 ・ 誌 の 意 見 各申請者の財政的技術的な能力を比較し、 かつ申込まれた番組サービスとその地方的必要性との関係を芳慮した後に、

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によって専らなされるべきであ る。州のネットワークは、人口の少ない州或は成年教育施設が公有であるところでは、適当であろうが、より以上の 人口をもっ州での公的な独占的制定法の承認は、資格ある被認可者の選択を著しく制限することになる。より一般的

(16)

にいえば、公有の局が成人教育よりも学校教育に重きをおく傾向にあるほど、州の独占は番組の両刻面を推進しよう とする

FCC

の指示とも抵触することになるだろう。

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タイム・セリ y グの禁止とその例外 財政上の手段の制限は、今日、教育テレビの発展にとって最大の障害 となっている ( 1 ﹀ O そ れ は 、 商業局における第一の牧入源となっているスポシサーへの時間の売却

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-古 也 に対する教育テレビ局の無能性に基因している。

FCC

は、教育テレビ局に対し﹁対価を受ける﹂ ハ 問 。 。 ロ ω 山 門 目 。 同 町 注 目 。 ロ 日 ω 円 ゅ の ゆ 才

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ような番組の放送を禁止する。但し、この一般原則の例外として、外部的な源泉によって提供された

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ゴ l ド番組を放送すること、或は、局へ流入する単なる対価であるならば、番組制作の実際のコストを受取ることを 許す

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商業アナヲシスに関する特別な制限の下では、教育局も、商業局或は商業的ネットワークが必要な送信費 用を払う場合は、商業的販路においてオリジナルに制作した番組を放送できる ( 3 ) 。従って、これらの例外は教育テ レピ局に対して自主制作以外の番組を放送することを許した。 タイム・セリジグの禁止は、教育局に対していずれかの財政上の補助源に依拠することを強いた。あるものは州基 金でもって運営され、あるものは学校や非営利的な財団から補助を受けている。更に多くの局、殊に﹁コミュニティ ーの有する﹂局は、学校 V ステム・コミ品ニティ

1

1

サービス協会・営業グループおよび私個人から、金銭や番組援 助の寄付を受けている︿ 4 ﹀。しかし、これらのすべての補助源から牧益を受けることは、財政的教育的計画について ア メ リ カ に お け る 教 育 テ レ ビ の 法 的 諸 問 題 一 五

(17)

東 洋 法 且 品 寸a 一 五 の一般公衆の抵抗をうける。 註 ( 1 ) 基金の不足は、活動と番組の両面において媒体の潜勢力の最も効果ある利用を害した。多くのコミュニティーでの留保 されたチャ γ ネルは、教育者が運営に必要な基金を調達できないために使われないまま残っている。同じく運営中の局 も、教育道具としてのテレピの最も効果ある使用をなす放送のタイプに自由に資金の調達ができない状態である。教育 局 の 年 間 運 営 予 算 ( ゴ 一

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万ドルから四

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万ドル)は一ネットワークの番組より少い。一九五七年における教育局の通常 放送時間は、週一一二時間、或は一日四時間半である(週最大時間は七二時間、最少は一二時間半)。 ハ2 ﹀ h q - n ・ 司 ・ 同 ・ ゆ ω ・ 。 N H ( 3 ・﹁教育局は対価を受取るような番組を放送しえない、但し、番組提供以外の対価を被認可者 が受取る場合は、被認可者以外によって若くはの費用で制作され又は提供された番組を除く。他の局文はネヲトワーク に よ る 費 用 ( ロ ロ φ 岳民需)の支払いは、本項によって禁止されるものとみなされない﹂。 ( 3 ) 包 -g ω -m w N H ( 5 w ( 0 ) " ﹁非商業的な教育局の被認可岩以外 bhhU 若くは m山中野郎も制作され又は提供された番組の 当該局による放送へ適用しうる範囲については、スポ γ サ l ある番組についてのアナウ γ スに関しての三、六五四条の 規定が適用される。但し、製品又はサービスの売買を動かす(視的若くは聴的な)アナウ γ スを、何らかの番組と関連 して送信することはできない﹂。しかし﹁スポンサーの名前又は製品が、背景幕かそれと同様の形かのいずれかで、同 時番組又は再放送番組の過程における視的映像において現われる場合は、かかるイ γ フォメ l γ ョソを示す番組の部分 を削除するには及ばない﹂と規定する。 ( 4 ) 教 育 テ レ ビ 共 同 評 議 会 公 宮 旬 。 古 件 。 。 ¢ ロ の 即 日 。 ロ 何 含 一

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は、一九五三年から五七年の聞に六千万ドル が教育テレピ活動に使用されたと算定し、その財源は、財団が二八

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万ドル、州立法府が七

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万ドル、公立大学が 七

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万ドル、種々の私的組織(商社を含む﹀が七

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万ドル、商業放送者が六

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万ドル、地方自治体および教育会 識が五

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万ドルである、という。

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(18)

2 ナイレ Y ト・ゴマ

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ャ ル 若干の教育テレビ局では、営業施設との財政的協定によってその牧益を補って いる。それは、商社への﹁信用﹂ に特定の製品の購買を感化するような番組を放送することを含んでいた ( 5 ) 。 ハ

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門出。をアナクシスすること、および(特別な商業的なものを伝えなくて)聴視者 グレタ h y ト ﹁信用﹂の返還として、寄付された金 銭又は提供された番組によって、 スポシナ i は自己の名前を公衆の前に有利にキ!プできた。このようにして特定の 製品に対する欲求をつくりだす番組に存する﹁サイレジト・ゴマ

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ャ ル ﹂ セリング・ヂイザアイス 販 売 方 策 と な る ( 6 ) 。 ハ 巴

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の 町 内 込 ω ﹀ ~;:t 一層直接的な これらの実際は、 タイム・セリシグに対する

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の禁止には違反しないかもしれないが、禁じられているところ の局とスポシサ!との商業的関係と同じ基礎をなすものである。各場合において売主は消費者の態度に影響を及ぼす 機会でもって買主に提供する対価として牧益を受取り、サービスをする。従って、番組コストの負担の場合とタイム・ セリシグの場合との間には、実際上の差異は存在しない ( 7 ﹀ ( た だ 、 後 の 負 担 が 利 潤 を 含 ん で い る と い う こ と を 除 い て は ) 。 註 ( 5 ) これらの番組は、商業的価値と同じく教育的価値をもっている。例えば、地方音楽庖によって支払われたピアノ演奏法 の番組、地方仲買業協会によって支払われた担保のつけ方という番組、生命保険会社から融資をうけた健康教育番組 等。ピアノ練習番組のケ l スにおいては、番組を提供した商人は、自己の製品を求める消費者が増えることを要求し た 。 匂 ・

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Z 出 ・ ( 6﹀その正当性として教育局は、これらの実際が、番組以外に局へは何らの対価も受取っていないということによって、禁 じられた商業的関係を構成しないと主張し、更に、与えられた番組は同一のものとして扱われるという明示規定を強張 す る ( 均 の ・ 明 ・ 同 ・ w ω ・

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仏﹀)。しかし、番組の強制的な同一取扱いは、そのようなグ γ ドウイル広告を許すために アメリカにおける教育テレピの法的諸問題 一 五 三

(19)

東 洋 法 学 一 五 四 書かれたものではなく、放送源を公衆には同一のものとして扱うことによって、隠れた広告を予防するために書かれた ものである。第三、六五、四条は通信法第三一七条の補充として書かれたものであり、この規定は、一九二七年のラジオ 法からそのまま引きつがれたものである。ラジオ法の委員会リポートによれば、この規定の目的は﹁聴衆から広告を隠 すことを確保するためのもの﹂であった。サイレ γ ト ・ コ マ i γ ャ ル の 実 例 に つ い て は 、 匂

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ロ 。 官 官 を 参 照 。 ( 7 ) しかも、これらによって得た金銭は、無償の寄附や政府基金よりも自由に放送者のために利用できるので、規則がこの ような実際を許す限り、それが増加することは十分に考えられる。

3

タイム・セリ Y グに対する各意見 a 支持する意見 このような準商業的な関係の潜在的な膨張に対し て、教育放送局によるタイム・セリジグの禁止は再検討されねばならない(番組や内容に対するその浄化的効果が、 そ の 利用しうる基金に対する制限的効果だけの値うちがあるかどうか)。そして、 タイム・セリジグが許されるか、 或は規則を 委員会の意図からそれないように改正するか、 のいずれかにすべきである。タイム・セリ γ グを支持する議論は、そ れによって局の牧益が著しく増大するということにある。そういう付加的な基礎は、停滞しているチャ y ネル留保の 活動化を許すであろうし、 番組の質や範囲を増大するであろう。 更にそのようにして増大した教育局の牧入の効果 は、教育放送のみならず、全テレビ産業における競争的条件を刺激するであろう(全放送者は、聴視者とスポ γ サ l に 対 してより効果的に競争せんがために、そのサービスをよりよくしようと努めるであろう)。

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な ・ 。 。 。 ﹀ b その反対意見 教育放送局にタイム・セリジグを許しても、彼らはなお運営基金を増大しえなくなるかもし れない。というのは、そのような商業的牧益は予想されるほど多くはないであろうから││教育局は確かにスポシサ ーに対するレ

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スにおいては競争的優位を占めるだろう(彼らが利潤をも税の必要をも含まない値段を定めるから﹀が、し

(20)

かしこのゴストの優位性は、聴視者を多数にし或は商業的販路として番組スケジュールを柔軟にして、 スポジサ l に 提供するための教育放送の無能性による埋合せより以上のものとはならないであろう。しかも、教育放送局にタイム -セリγグを許すことは、チヤジネル留保政策の理論的基礎の意味を失うことになる ( 8 ﹀ 。 教育放送局の基礎的な教育的意図に対するタイム・セ

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グの影響は更に重大である。 商業的牧益に依存する局 は、必然的に他の局や他のマス・メディアとスポジサ

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を競争しなければならない。 スポシサ

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は、当然、最低の単 位コストで最大の聴視者に接近できるものを求める。かくて、 タイム・セリシグをするテレビ局は、多数の聴視者を 引きつける番組を作成し、商業的アナクジスのために多数の聴視者を保持することによって、 スポシサ i の潜在的な 経済的報酬をできる限り増大するように努力しなければならない。しかし、そのために最も有用であるべき教育番組 についての潜在的聴視者は、類型的なコマ

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ャ ル -V ョ!のそれよりもはるかに限定されたものである。従って、 教育局がスポジサーへのタイム・セリジグによる牧益のために競争すればするほど、彼らは、その認可された番組サ !ピスの競争的減退か或は徹底した調整かの二者択一に直面することとなる。そして、その結果起る番組改訂は、放 送の教育的内容を引下げることのみとなる。││(宅・

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-註 ( 8 ) 局の教育的性格はチャγネル留保政策の某礎ではなかった。タイム・セリγグを欲する教育施設は、留保されないチャ ンネルで放送できるであろう。というよりも、FCCは、教育施設が広告収入による局以上に基金調達に時間を要する であろう、ということを信じてチャソネル留保をしたのである(前述 I の 2 ﹁ 教 育 放 送 の た め の チ ャ ソ ネ ル 留 保 政 策 ﹂ を 参 照 。 ア メ リ カ に お け る 教 育 テ レ ピ の 法 的 諸 問 題 一 五 五

(21)

東 洋 法 ぶ 比 寸・ 一 五 六 c

ω -o H E M -誌の意見 タイム・セリングを否定する議会の討論は、今日でも等しく説得されるものと思わ れる。このようなセリシグの潜在的な利益(附加的経営基金﹀は他からも得られるであろうし、何よりもタイム・セリ シグによってもたらされる害悪(教育的過程をその健全な発展に適さないような商業的な外貌で包むこと﹀は、教育放送局の 真の目的を危くするものである。従って、委員会の本来の禁止は固執されるべきである。

FCC

は、準商業的な実際 的方法を排除するように規定を修正すべきであり、同時に、商業的関係から提供される番組に対する同一性の要求も 撤回されるべきである。これらの改正は、教育放送局の非商業的な要求に対する逃げ道を、規則の予定した保護を害 うことなしに排除するであろう。準商業的な実際的方法を排除することは、決して教育放送局からその実質的な維持 を奪わないはずである。 ( 現 在 で は 、 局 は ほ と ん ど そ の よ う な 準 商 業 的 実 際 に 関 係 し て い な い ) 。 し か し 、 それは局における 巨大な商業的方向の漸次的発展を妨げるであろうから、議会の期待した型の番組を普及させるためには、教育テレビ 局は、財政について彼らのコミュニティーの教育施設や教育の振興に関心をもっ私的な贈与者ヘ大きな支持を求めな ければならない。教育テレビは、財政面でのこれらの十分な公的参加がない限り、その番組の性質の好ましくない変 更なしに十分な発展を達しえないであろう。

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著作権侵害に対する責任

序説 テ V ピ番組は、音楽的作曲・ドラマ作品・文学的素材・映画・美術作品その他著作権法によって創造 され保護される財産権の多方向にわたる使用をなすものである ( 1 ﹀。これらの素材をその侵害に対する責任を危くす

(22)

ることなしに放送するためには、局は著作権者 ( 2 ) ハ

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は、その作曲者又は発表者の被許可者若くは譲受 人としての協会公

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によって保持せられている。通常は、これらの協会は、局およびネットワークに対して、 作曲の使用許可に対する支払いを要求するのであるが、教育局に対しては、協会の支配の承認および当該作曲の使用 に対する制限の遵守を合意することを条件として、無償で許可を与えた。 註 ( 1 ) 著作権法は、著作権ある作品のコピ!の作成および売却、作品の翻訳又はその他の変形、非ドラマ的作品の場合はその ドラマ化、ドラマ作品の場合はその上演、文学作品・詩・エッセイ若くはその他の非ドラマ的文学作品文は音楽的作曲 である場,合はそれの営利のための公開、および非ドラマ的作品・ドラマ作品・文は音楽的作品である場合はそのレコー ド、に対する権利を保護するものである。口口・

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・ 著作権については共通条約があり、大別してヨーロッパ中心の一九四八年のベルヌ条約(日本も加盟)とアメリカ大 陸の一九四六年のパ γ ・アメリカ著作権条約とに分れるが、その両者の橋渡しとして一九五二年ジェネ l ブでの万国著 作権条約がある。従って、著作権に対する取扱いについては、日本とアメリカとでは多少異るところがある。著作権に ついての詳細については、その専門書殊に野村義男﹁放送著作権﹂を参照。 ハ 2 ) ここにいう﹁著作権者﹂とは、著作権の所有者と、著作権所有者のもつ権利の一部を譲受けた者との両者を指す。

2

﹁営利のため﹂という規定についての論争 a 若干の教育施設は、音楽的作曲および非ドラマ的な文学的 素 材 ︿

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の生放送が法の下での侵害を構成しないという理論でもって、 )れらの許可に対して申込むことを拒否し アメリカにおける教育テレビの法的諸問題 一 五 七

(23)

東 洋 法 、 ....与 すー 一 軍 人 た。このような議論は、著作権者の独占権が﹁営利のため﹂ ハ 向 。 同 司 同 。 片 山 。 の使用の場合にのみ制限されるという法 の関連規定から生ずる

21

しかし、他の素材については、制定法の該当箇条は﹁営利のため﹂という条件を挿入ーし ていないので、何らそれに匹敵するような主張はできない。なお又、著作権者の権利についてのこのような制限は、 音楽的作曲又は非ドラマ的な文学的素材の放送が生のものでなくレコードされたものである場合は、発動されない。 註 ( 3 ﹀ 非 ド ラ マ 的 な 文 学 的 素 材 と は 、 演 説 ・ 詩 お よ び 文 学 の 口 頭 に よ る 表 現 等 を 含 む 。 ハ 4 ) H 吋 巴 ・

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教育者側の主張の根拠は、 ﹁営利のため﹂という条件の理論的基礎および沿革に大きく依存している。著作権

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ステムにおいては、その知的財産の支配に対する著作権者の利益が、その一般的流布と亨有とに対する公衆の利益 と衝突するものである(著作権保護の範囲は、無制限な公衆の使用からの共存的な撤退である﹀。 音楽的作曲や非ドラマ的な 文学的素材は、 この衝突の特に重大な場合である︿ 5 ) ( そ れ は ポ ピ ュ ラ ー な 文 化 の 共 同 通 貨 で あ る │ │ そ れ ら に 対 す る 権 利 が あ ま り に も 広 ︻ く 保 護 さ れ る と き は 、 著作権ある曲を歌う人或は著作権ある詩の数篇を吟諦する人はすべて侵害者となるのであろ う)。それ故、著作権保護の付与において連邦議会は、もし保護しなければ著作権者の正当な報酬を波牧することにな るような使用ハ殊に侵害者に金銭上の利益を与えるような使用)のみを、 公的な使用から徹退させようとした。 一八九七 年に連邦議会がまず著作権保護を音楽的作曲へ拡げたときは、権限なき使用をすべて侵害として定義した。 ﹁ 慈 善 的

(24)

目的又は有益的目的﹂でなされる使用を免除しようとする試みすら、議会は、使用目的の如何を問わず著作権者は自 己の財産の使用に由来する牧益に対して参加する権利がある、 として拒否した。しかし、 一 九

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九年の法規の広範な 再審議の際、議会は、著作権者に対して正当な経済上の報酬を与えるであろうが、 しかし害意なき素材の日常的使用 は 許 す 、 という妥協案を求めた。 ﹁営利のため﹂という制限はこの目的のために挿入せられたものである。更に、個 ポ l 先ん・ v + Z テ ィ ー 公立学校・教会唱歌隊又は音戸協会によって使用される聖歌作品に対して、その使用が﹁慈善若く 々 的 な 免 除 は 、 は教育の目的のためであり、 かつ営利のためでない﹂ことを条件として許されたハ£。 註ハ 5 ) 界ドラマ的な文学的素材および音楽的作曲が、他の素材から区別される今一つの理由は、著作権者が報酬を受けるため の商業的な使用の効果の決定が困難なことにある。 ( 6 ) ロ ロ ・

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・ 。 ・ O H O ( H 8 8 ・この免除は、金銭が慈善的教育的目的のために使用されるならば、その使用に対して報酬 ハ 入 場 料 ) を 課 す る こ と が 許 さ れ る と 解 釈 さ れ た 。 切 る 窓 口 。 S H E -c このようにしてできた﹁営利のため﹂という語は、不幸にも定義されなかった。従って、法律的構成はそれに 非常に広い内容を与えた。放送の分野での保護は、グヅドクイルを含む使用、或は商業施設のための広告の制作物に 属するものに対して存したが?コ いずれにせよ、著作権ある作品の権限なき使用が牧益を生み出すために企てられ る限り、裁判所は容易に侵害を見出すであろう。 アメリカにおける教陶酔テレビの法的諸問題 一 五 九

(25)

東 洋 法 品ι 寸ー 一 六

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著 作 権 あ る 音 楽 が 、 唯 一 の コ マ ー シ ャ ル を 番 組 の 前 後 で ア ナ ウ γ ス し た 被 告 所 有 の ラ ジ オ 局 で 演 奏 さ れ た ど

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印 ) ( わ れ わ れ の 裁 判 に お い て は コ マ ー シ ャ ルが各聴衆によって使用に対する直接的支払を確実にするものとして用いられたか、間接的支払のために用いられたか は 、 重 要 で な い : : : 報 酬 が 要 求 さ れ な い 場 合 で も 、 あ る 人 の 製 品 の 売 却 に よ っ て な さ れ る 利 潤 の 期 待 お よ び 希 望 に お い て そ の 人 の 名 前 を 広 告 す る よ う な 一 般 的 商 業 的 利 益 で あ る と き で あ る : : : )

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事件 この事件においては、以上のよう な原則が非商業的な事業(市民的・教育的かつ文化的な目的を推進するために組織された非営利的社団)に対して適用された ︿

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被告は、自分の従属するラジオ局によって著作権ある素材を権限なくして使用したことを認めたが、 しかしそ れが侵害を構成することは否定した。即ち、被告は、その非営利的な地位を強調し、著作権ある素材の使用がスポン サ!なきハ﹁局負担の﹂)放送に限られたということを主張し、著作権者の権利のついての﹁営利のため﹂という制限 を発動した。それにも拘らず侵害は見出された。裁判所は、被告の非営利的性格に関係なく、 ﹁ ロ o r m は、広告番組 と局負担番組との両者において、広告者の利益に帰する事業に関係し、 かっその負担を返還することによって自己の 財源の増大に関与した:::而して年間の欠損を回避した﹂という二点において、著作権者は分配を受けるべき機会を 与えられなかったとし、その牧入を実現すべき制定法上の権利をもつことを見出した

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しかし、ロ各 ω 事件の方法に従うならば、教育放送局は、著作権ある素材の権限なき使用に対して常に責任を負わ

(26)

-q ' P P M U , . F E F ねばならなくなる。商業的事業によって提供される番組での著作権ある素材の使用は、提供者が伝用或はサイレシト 番 組 で す ら 、 -コ マ

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ャルの利益を受ける場合は、明らかに営利のためとなるだろう。更に、非商業的施設によって提供される かかる番組の利用が教育放送局およびその組織の制作費を減ずるために、

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事件の理由の中に含め ることができる。同様の処置は、所有組織の財源を増大する登録料︿

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﹀を含む大学のテレビ・

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事件を最広義に解すれば、教育放送 は、その制作物が局職員へ支払う付随的な報酬を含むために、その性質にかかわりなく﹁営利のため﹂にあることに コースにおいて、著作権ある素材を使用する場合に生ずるであろう(想。 なるだろう

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註︿ 8 ) E H 司 ・ ML ∞ 印 N ( 位 。 叫 -Y22 ・

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ロ ・ ∞ ・ J 言 。 ( 忌 怠 ) ・ ( 8 ) 裁判所は、﹁利益ぷロ o v m に 帰 し た か 、 そ の 従 業 員 に 帰 し た か 、 文 は 広 告 者 に 帰 し た か 、 ﹁ 利 益 ﹂ の 積 極 的 な 帰 属 に つ い て 区 別 し な か っ た 。 ハ 叩 ) 信 用 の た め に テ レ ビ ・ コ ー ス を と ろ う と す る 学 生 は 、 登 録 を し 、 登 録 料 文 は 授 業 料 を 支 払 わ ね ば な ら な い 。 若 干 の 局 は 、 コ l ス と 関 係 す る 使 用 に 対 し て 料 金 を 負 担 す る 。 匂 ・ 。 ミ ロ 。 宮 H N H U 1 0 M g j ﹃ o n y ロ 刊 の 乱 。 。 ロ o m 0 ・

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・ ハ 日 ) カ ナ ダ 著 作 権 法 は 、 あ る 種 の 非 営 利 的 な 使 用 を 免 除 す る 。 匂 ・ 。 ミ ロ 。 宮 HNN ・ は 重 要 で は な い ﹂ と し て 、

4

連邦議会の態度 連邦議会が﹁営利のため﹂という規定を

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事件の構成と同様に広くしようとしてい るかどうかは、疑問である。討論も委員会のリポートも、 日常の使用以外の何かを免除しようとする意凶を示してい ア メ リ カ に お け る 教 育 テ レ ビ の 法 的 諸 問 題 一 六

(27)

東 洋 法 品ι 寸申 一 六 ないが、事実上は、慈善的な唱歌隊の使用に対する特別免除の存在は、他の類似的な使用を﹁営利のため﹂という規 定から除くような明示条款を要求するように解釈された。更に、 一九五二年に連邦議会が非ドラマ的な文学的素材へ ﹁営利のため﹂という条件を及ぼした際に、採用された委員会のリポートから混乱が生じた。そのリポートは、連邦 議会が﹁営利のため﹂という語についての法的定義をなすように勧告し、そのために、 ﹁実質的・有形的・商業的な 営利﹂という形式を参照とした(ぎ。りポートは、使用の商業的外貌を強調することによって、教育テレビ局による 音楽的作曲又は非ドラマ的な文学的素材の生放送が、侵害的な使用を構成しない、ということを示唆するもののよう に思われる。しかしながら、付随的な財政上の受領又は支払いを含む、完全に非商業的組織による使用が、著作権法 の下での侵害に当るかどうかを直接に決定したケ!スはないが、判決の傾向殊に

o r m 事件における言葉は、それ が侵害に当ることを示している。従って、裁判所の判決に対するリポートの依存は、連邦議会の意図の最近の宣言と してのその定義の価値を疑わしくする。

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註 , ( ロ ) ﹁ 営 利 の た め の 公 開 ﹂ と い う 概 念 は 、 一 九

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九 年 以 来 、 著 作 権 法 に 存 し て お り 、 裁 判 所 は 、 こ の 句 を 、 的 ・ 商 業 的 を 営 利 ﹂ の 意 味 と 解 釈 し た 。 ﹁ 実 質 的 ・ 有 形

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ペ包 o F ・ L﹃ ・ 誌 の 意 見 目下のところ﹁営利のため﹂という制限の効果は、教育テレビ局又は著作権者のい ずれに対しでも実際上あまり重要でない。音楽的作曲ハ教育放送局によって使用される著作権素材の主たるもの)について

(28)

の自由な許可は、要求において与えられている。許可の申込みを拒否する局は、蒐集せられた著作権から自由なミ l ジック・ライブラリーによっている(想。しかも、教育テレビ局が非常に慎み深い態度で運営しているので、著作権 者は重要な牧益をあまり奪われていない。しかしながら、教育テレビが予期されるような発展をするときには、 ﹁ 営 利のため﹂という規定の範囲は重大な意味をもってくる。この場合には、 一般公衆と著作権者との衝突する利益が調 和されねばならない。著作権者の明白な経済的利益に対して、 より魅力ある番組を編成しようとする教育テレビ局の 要求が対立する。 ﹁営利のため﹂という制限をめぐる当面の混乱は、連邦議会が適切な均衡的定義をなすことを示唆 している。もし教育的な免除が望ましいということに決まるとすれば、それは、唱歌隊の作品に対する現在の免除の 線に沿って新しい立法を制定すべきである。その修正は、 認可された教育施設は、 もしその番組が教育目的に役立 ち、かつ何らかの営利を目的とする施設に利潤を生じないならば、音楽的作曲および非ドラマ的な文学的素材を放送 することができる、 というように規定すべきであろう。 註 ( 時 ) 主 と し て 、 大 衆 的 作 品 や レ コ ー ド さ れ た 外 国 の 作 曲 を 蒐 集 す る 。 こ れ ら の 著 作 権 者 は 、 合 衆 国 に お け る 著 作 権 上 の 保 護 の 取 得 を 企 図 し て い な い の が 普 通 で あ る 。

V

プライバシーの権利

序 説 マス・メディアの成長に応じて一九世紀の終りに発達したプライパ V l の権利は、非名誉致損的な方 ア メ リ カ に お け る 教 育 テ レ ビ の 法 的 諸 問 題 一 六

(29)

東 洋 法 学 一 六 回 法においてすら、個人の名称・肖像又は業務の広範な流布が精神的又は感情的な苦痛の原因となりうる、 という理論 に基ずいているハ 1 ) 。権限なくしてそれらが公開される場合は、免責を生ずる事情がなき限り、原告は損害賠償を受 けることができた。 一般公衆が正当な利益をもつような情報の伝婚を含む侵害に対しては、このような免責が与えら れる。従って、公的な場面

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ロ 巴 芯 名 O O E O -0 6 或は報道価値ある事件に表われる個人は、自己の肖像がニナ l ス の 一部として発表される場合は、プライパ V i の権利を否定された。 教育放送者の直面するプライパ V ! の権利の問題はしばしば商業放送局のそれと比較されるけれども、法的なかか り合いは若干の重要な点で異る。州所有の教育放送局は、公的教育施設を不法行為責任から免責するという理論の下 で、訴訟から免除された ( 2 ﹀。勿論、私的な教育施設の所有する局は、このような免除にはあずからない。又、放送 がその所有活動たる局の教育目的とあまりにも無関係な問題において侵害を生じた場合にも、公的なものといえない で あ ろ う 。 註 ( 1 ) 垣 島 叫

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がプライバシーの権利の独立 的承認を擁護する最初のものであった。その後の判例と制定法の発達の議論については、

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を参照。なお﹁法律時報﹂一三巻六号、の特集も参照。プライシパ!の権利とは、要する に、秘匿権・反公開権というか、そうっとしておいてもらいたい権利

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2 教育テレビ局の非商業的性質は影響すべきか 免除を欠く場合においては、教育放送局の非商業的性質はプ ラ イ パ V l の侵害に対する責任に影響すべきでない。若干の州における制定法は、商業的目的のための侵害へ責任を 制限している

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か つ 又 、 公益による免責の存在において、 ほとんどの裁判所は、広告目的のための侵害と非商業 的な目的のための侵害とを区別した。新聞紙および定期刊行物の発行に対する適用において、この区別は、 ニナ l ス および特別記事

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ロ乙における素材についての免責を許すが、 広告物に見られるすべての侵害を起訴 できるものとした ( 4 ) 。 このような区別を教育テレビの場合に適用すれば、 若干の許された商業信用の形態を除い て、全番組が免責を許されるであろう。しかし、このような結果は、区別がそれ自身の分野ですら人為的であって不 適当である。例えば、新聞は少なくとも幾分かは商業的な目的(その広告へ読者をひきつけるため)のためにニ品 l ス を 印刷するものである。しかし、プライパ V I の権利は、精神的苦痛を予防するために予定されているのであって、発 行者の不当利得のために予定されているのではない。このような苦痛は、商業的な目的でサービスする侵害からも、 非商業的な目的のそれからも、平等に生ずるものである。従って、公益による免責は認められるべきであるが、それ は潜在的な侵害者の経済的動機づけと混同されるべきではない。 │ │ ( 3

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教育テレビにおける公益による免責の適用可能性 a 序 説 この問題は、当該放送が教室からなされる 場合(教育放送局の最も重要な活動の一である)には特に困難となる。 もしカメラが醜悪・不具又は甚だしく臆病な子供 の影像を送信するとか、或は子供をまごつかせるようなまずい独唱を伝える場合には、やはりその子供のプライパ V ーを侵害することになる︿ 5 コこの場合には、その免責はテレビ放送の性質によることになる。そのような教室は、 聴視者を校内の他の学生に限定する閉回路によるか官コ或は、教育の目的のため又はクラス運営を公衆殊に両親に 習熟させるために、開回路において放送される ( 7 ﹀ 。 註 ( 5 ) 回 釦 N 0 5 0 5 4 ・ m m ︿

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参照

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