不法行為における原状回復的救済論--金銭賠償主義
批判
著者
三沢 元次
著者別名
M. Misawa
雑誌名
東洋法学
巻
24
号
1
ページ
p1-49
発行年
1980-10
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00006040/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja不法行為における原状回復的救済論
ー金銭賠償主義批判i
三
沢
元
次
目 次 ω 通説の問題点と解決 ③ 反対説の問題点 q爵 従来の判例 ω 利川製鋼差止請求事件の特色 ③ サリドマイド和解事件の意義 東洋 法 学 二、原状回復的救済とその法的根拠 圏 ドイツその他における状況 圏 判例に現らわれた金銭賠償主義不合理の徴候と問題点 口 通説と反対説における問題点 8 序文 一、学説。判例の分析と検討 一嘱 ω 民法難洲七条の新匁なる辮職 ω 強者の論理 ⇔ 民法上金銭磐償以外の救済を認める明文の存しない事と新たな解釈 ⑥ 物権・債権における不可侵性・排他性と不法行為 勧 不法行為法の不備 ω 原状回復について 8 不法行為における原状回復の可能性 不法行為における原状回復的救済論 三幅結語 学説・判例の分析と検討 二
9 序文
不法行為における賠償は金銭賠償を原則としこれが被害者にとって最も有効かつ便宜であるとした従来の通説・判 例は.近来の社会現象の複雑化に伴う不法行為の増加と多様化に必ずしも対処しえず、具体的には差止請求ないし妨 害排除等の原状回復的救済を是認する可否とその根拠に戸惑いながらも、その解決の方向と手段を模索している状態 にあるといいえよう。すなわち今日の商晶経済社会において金銭賠飯の原則を堅持する事が合理的とされながらも. ︵三﹀ 種々雑多な公害事件にも伺いうるように、不法行為における被害者の具体的救済をめぎしつつあると考えられる。 このような状態に至らしめたのは社会の急激な発展や経済ないし産業優先等多くの原因が考えられるが、その最も 主要なのは立法者の意図した金銭賠償主義とそれにも増して従来の通説・判例がそれに追従した事が大きな理由と考えられる。確かに通説・判例が近代資本主義制度とその発展に大きく寄与し、金銭賠償の原則が最も適した救済方法 として多くの実益を挙げえたのは勿論、今日においてもほ穿不都合ない原則として一般に是認されている。 しかしながら不法行為が裁判により認められれば結果的に金銭によってのみそれを賠償せよという論理すなわち金 銭賠償の原則は、はたして被害者と加害者の紛争解決の手段として衡平であり妥当であるのか、これが被害者救済手 段として理論的にも実際的にも最善として是認されるのか、また今後も被害者救済において更には不法行為の防止に もその実効を収めうるのかという疑問がある。 そこで学説・判例の分析と批判を通じこれらの点を明確にしながら、原状回復的救済の可能性ないし必要性とその 法的根拠を、本稿に明示せんと試しみるものである。 口、通説と反対説における問題点 ω 通説の問題点とその解決 ①通説的見解が﹁不法行為の制度は、違法行為からすでに生じた損害の填補をさせるものであって、現になされ 澄④、 、 、 、 、 、 、 、 、 ている違法行為の停止︵妨害排除︶ないし将来なされるべき違法行為︵妨害予防︶の請求権は、不法行為から直接に 、 、 、 、 、 、 濠⑬、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 発生はしない﹂とし、また﹁物権の侵害の場合のように、不法行為と別に物権的請求権が生じるならば、それによっ て妨害排除ないし妨害予防の請求ができることは当然である。﹂とする。そして学説・判例がこのような妨害排除請 求権を無体財産権や人格権のような支配権、賃借権のような特殊な債権への適用の拡張までは是認しながらも、これ を更に拡張し解釈論または立法論として不法行為の効果として一般に損害発生の排除ないし予防の請求権として認め 東洋 法 学 三
不法行為における原状騒復的救済論 四 るべきとする見解には否定的である。 濫◎嘱隔隔隔幅幅庵為㌃幅隔穐属悔蒐、㌔、、、隔伽幅、悔、渇隔・、噛、、悔淺悔隔隔∼嘱幅為、隔 その理由は、 ﹁いやしくも権利である以上侵害に対しては妨害排除請求権があるとか、不法な侵害に対してはその や ゼ ゆ ゆ な や パ ゼ ゆ ぽ ゆ ゆ ゆ タ な ゆ ガ ゼ ゆ ル ゆ パ ぽ う ん パ ゼ ゆ ゼ や ガ 排除が認められなければならないとかいうことは、理論的にありえない。侵害された権利ないし利益の種類・性質に よって.あるものは単に損害賠償しか認められないが、他のものは妨害排除まで認められる、という程度の差があっ 灘⑬隔隔隔翫陶楓隔隔梅職楓幡悔極隔隔趣舗眠隔極 漢鷺︶塊蝿穐地憶隔濾幅穐穐穐曳梅隔穐隔てもよいのであって、どこまでの救済を認めるかは立法政策の閥題である。くして立法紋策として考えるならば.妨 害排除み誌めるか否かは、それによ鴨、て侵害者の側の自由活動申.制限することの損失と.彼害者の側のそれによって 受ける利益︵逆にいえば損害賠償は認めながら妨害排除を認めない鑑とによる損失︶との比校プ,轟によってきめるべ ︵窯︶ きである、﹂としている︵筆者傍点および注④ー注⑪について次項で論ずる︶. ②.右のような見解におけるそれぞれの註の部分について以下のように解しうる 注⑧について。既に生じた損害とその填補についてこの見解は.所謂金銭賠償の原則しか認めない民法四一七条の 準用を根拠としている如くであるが、このように通説の否定する原状回復的救済が不法行為法に内在する効力と認め られまたそのような解釈が可能とならない限り、不法行為一般について妨害排除ないし妨害予防の請求権は不法行為 から直接には発生しないとせぎるをえぬようであるが.これは必ずしも妥当な解釈でない事は後述する︵二のe及び 口参照︶ 注⑧について、 第一点 物権侵害に対して直ちに物権的請求権が生ずるが、物権侵書も所謂不法行為の一類型であり、物権侵害に対する特
殊型救済である。同じ不法行為の場合にも物権侵害では物権的請求権が発生し、これによる救済が具体的には被害者 にとって最も必要且有利となる場合が多いと思われる。 物権侵害も不法行為でありその効果として当然物権的請求権が生ずるとする以上、そして不法行為においてかかる 救済を民法は是認している以上、他の類似ないし同様な侵害に対する救済の可能性を認めうるのではなかろうか。す なわちこれは民法上原状回復的救済の可能性を示す事例の一つといえるものであり、具体的には法の解釈或いは運用 の問題となるがこの様な可能性を全く否定することはできないであろう。 ︵ニノ9ノ②参照︶ 第二点、 この物権的請求権を拡張し他の権利侵害の場合すなわち無体財産権や人格権または特殊な債権への適用を認めてい る事は、自ずから不法行為におけるかかる救済の必要性と可能性を示すものである。しかしながら不法行為の特殊型 としての物権侵害に許される物権的請求権による救済を、他の場合の救済へと拡張せんとする事であるが、それは例 えば債権侵害の如くかかる救済を明文上認められずすなわち四一七条はこれを許さないとしているのにかかわらず拡 張しようとする事であり、かかる救済手段が不法行為の救済として必要且可能である事を無視した立法者の誤りに対 する是正を求めている事を暗に示すものといえよう。ただ現状についてみると原則において否定せられている事を特 殊・末端の現象からおしなべて一般現象に適用せんとする事であり、必ずしも妥当といえないものである。一般と特 殊すなわち原則と例外が倒置され、特殊を一般に敷術せんとする無理が存するように思われる。 しかしてかかる不法行為における原状回復的救済の必要性・可能性は、不法行為法ないし民法に内在するものとし 東洋法 学 五
不法行為における原状回復的救済論 六 て、それが必然的に各種具体的救済として発現されるのであり、この事は新たな立法としてそれぞれの無体財産権や 不正競争法において、かかる救済が当然の救済として発現するのみならず時には犯罪として刑罰の対象となる事もあ ︵3︶ るのである。 注◎について、 ゆ や あ ゆ ゆ ゼ ゆ あ ゆ 権利ならば当然侵害の排除が認められるとリジ禦は理論的にありえないとし、その理由は権利ないし利益の種類に よって救済の程度の張が生じ、どこまで救済を認めるかは立法政策の問題とするひ 蔦れはパンデクテン法挙の特色を承継する我民法の物権・債権という権利の差異ないし区分を前提としているよう であるが、権利ないし利益の種類や性質の差曇がありその保護の程度に跳異の生ずるは真理である。さればぐそ侵害 の態様にも被害の状態にも種々あってその救済の態様も必要に応じた形態を認めて不都合ではないであろう.という よりむしろ必要ではないかと思われる。確かに物の滅失や生命侵害の如くその回復や再生は不能となる侵害に対して は損害賠償にょる壌補ないし救済しか不能であるが、必ずしもかかる侵害ばかりでなく回復可能な侵害状態の存する 事も真理であろう。 そしてこのような権利や利益の差異とするのみならず.ここではこれを立法の間題とする。確かに新たな立法によ って社会的に生ずる新たなる侵害とその救済を計る事は発展する社会現象において必然であるが、それ以前の問題と して現在の不法行為法の問題として生ずる権利一般に対する侵害の具体的救済殊に原状回復的救済を、法の論理ない し解釈によってなそうとせずその責務を立法者に委ねてしまうのであろうか。
様々な権利がある如く様々の侵害が生じそれ故種々の被害状態や種々の加害状態が存するのであり、その中から可 能なそして必要な救済の態様として権利侵害の差止や妨害の排除が何故認められないのか、権利の本質がかかる無力 なものでない事は後に詳論する事とする︵ニノeノω︶ 注⑪について、 立法政策として考える⋮⋮とするが何を考えるのか。救済方法か、後の文意より解釈の問題とも受けとれるが、こ こでは立法措置のようである。それにしても、 ﹁妨害排除を認めるか否かは、それによって侵害者の側の自由活動を 制限することの損失と被害者の側のそれによって受ける利益との比較考量によってきめるべきである﹂とする。これ は、権利そのものが現に侵害され被害を受けながらもその可能な排除を認められないのみならず、立法措置に委ねよ うとするのであろうか。 現在の侵害によって非常な苦痛のある疾病や騒音、財政的負担や家族の苦しみ等に悩ませられている被害者は、も ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ っぱら企業が他方においてより多くの利益を生み出しているのだからその比較考量によって、かつ立法によって救済 すべしとするのであろうか。否まさか現実的な被害者の救済までも放置する意図ではなく将来における被害者と加害 者の関係を示したものと思われる。しかしながら通説は何ら現実的救済策さえ解釈によってもたらしえなかったので ある。 権利ないし利益の侵害状態が現実に発生し或いはそれが継続している場合において、その侵害や加害行為の停止や 排除が具体的に可能であるなら、後に示すように権利の本質ないし内在的効力から当然それを差止め排除する事は可
東洋法学 七
不法行為における原状回復的救済論 八 能なはずであろう。 確かに当事者の紛争解決のために利益の比較考量をなし衡平を計る事は必要であるが、そして企業がより多くの利 益を生み出しているとしても.現に生じている被害を差止め妨害を停止して被害者を救済する事こそ法の目的とする ところではなかろうか。たとえ差止により企業が大きな損失を受けようとも、それはやむをえぬ事であり、多くの人 々の苦痛や生命と引換に、更に企業の利潤を優先させよとする理論は、決して法の論理ではなく、まさに強者の論理で なかろうか. 立法上それが放置されていても解釈論として.一定限度をこえる侵害に対しては.人格権の侵害として.妨害の排 ハ毒︶ 除ないし予防の請求を認める礁とが可能であるとする事と矛盾しないであろうか。 ︵i︶ 注釈民法働三四五頁.加藤﹁不法行為﹂二一五頁.幾代﹁不法行為﹂三〇〇頁.篠塚﹁ジ.騨リスト﹂四五八ニニ八六頁 ︵2︶ 加藤コ不法行為﹂一二三頁∼二一四頁 ︵3︶ 特許法一〇〇条一〇六条一九六条∼二〇照条.不正競争防止法一条・五条 ︵4︶ 加藤﹁不法行為﹂二一酋頁 ② 反対説と間題点 右の通説に対して早くから反対し、現状回復を認むべしとする見解があったが、その主張せんとする意図が一般に ︵i︶ 十分理解せられず、また原状回復を認める根拠並びに以下の諸点に難点が存したものと思われる。 第一点、
﹁不法行為の効果としての救済方法は、何よりもまず損害を惹起せしめている状態の除去になければならない。す 濫④ ・、、、、、ら、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 なわちそれは不法行為による侵害を停めさせ侵害がなかったならばあったであろう状態に戻す原状回復にある。ー 淀⑧ 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 ︵2︶ 申略ーこのような原状回復を認めることは全く理の当然である。従ってもし民法七二二条が金銭賠償を全く否定す るものであるとしたら、そのような規定は、不法行為の効果の本来のあり方が原状回復にあり、原状回復が事物の性 質と法の論理に一致するという理の当然に反することになるから、これを解釈によって補う必要がある。かくして私 は不法行為の効果として原状回復的な損害賠償を認めることは理の当然のことであるから、民法七二二条はかかる原 状回復を否定したものではなく、これと競合して成立し得べきものとしての金銭賠償を認めたものと解する。﹂ とし ているQ 注④について、 立法者並びに通説の意図したのは、 ﹁原状回復は事実上不能なことがあり、可能であっても債務者の為さぎる為、 ︵3︶ 結局の目的を達し得ぎることがある﹂とした。また金銭賠償は被害者にとって有効且便宜とするのである。 立法者並びに通説は既に生じた不法行為、例えば物の滅失や被害者の死亡の如く物や人命の回復再生の不可能な場 合を想定しており、この様な場合に侵害の停止や排除の原状回復的救済の不能は当然であり無意味な議論とするのに 対し、浜田氏はおそらく継続的ないし回復可能な侵害状態を想定し原状回復が理の当然と決めている点で、両者の観 点と議論が噛み合わなかったものと推測される。実際上賃借権が不法な侵害によって妨害されたり継続的不法行為等 による債権侵害では、その侵害の差止や排除も物理的には可能となりこのような場合の原状回復的救済の可能性の説 東洋 法 学 九
不法行為における原状回復的救済論 一〇 明が不十分であったと思われる。 注⑧について. 原状回復を認めることは全く理の当然とする点については、右に述べた可能性の間題と共に、その理論的根拠の提 示と説明に欠けるところがある。 原状回復が事物の性質と法の論理に一致するとする点は正当であるが、曳れ故にこそ権利の種類や性質によひて羨、 の救済の異なる事の指摘や具体性に欠けると晶つがあり.単に法の論理・理の当然という概念的な説明に不備が存し ︵塁︶ たといわざる奪えないのである. 第二点. ﹁不法行為の効果としての原状回復を認めることは不法行為の特殊型と考えられる債務不履行の法理との対比から も明らかになる。⋮申略⋮ーすなわち四一四条は、不法行為とその本質を同じくする債務不履行に対しては、債務 の不履行がなく.債務が履行されたのと同じ結果に斉すといういわば原状回復的な、現実的な救済を与えているので 溢◎ 鬼 穐 ㌃ 濾 穐 隔 嘱 梅 、 幅 憾 、 幅 、 幅 斗 穐 隔 幅 幅 、 、 斗 嘱 穐 幅 葱 、 篭 為 穐 、 穐 幅 葱 斗 幅 曳 ある。従ってこの精神は債務不履行とその本質を同じくする不法行為にも適用されるのが当然であり、かくして不法 行為についても金銭賠償以外の原状回復的な手段を認め得ると考えるのである。ー申略⋮これを要するに、わが 民法上不法行為の効果としての原状回復を認める解釈上の根拠は、原状回復を認めることは理の当然であること、お よび不法行為とその本質を同じくする債務不履行に対して現実的な救済が認められる以上、不法行為に関してもこれ ︵5︶ を認めうるということにある。﹂と結論づけている。
注◎について。 債務不履行も不法行為の一類型であり、不法行為とその救済の形態を全く異にするのは権衡上不当とする点は、理 論的には正当といわざるをえない。しかしここでも前述の如く通説が予定している不法行為の結果は回復不能を想定 しており、噛み合わぬ議論であったと思われる。ただ債務不履行に対する救済が債権に対する対内的な侵害に対する 結果でありこれがかように厳格である点は注目すべき点であり、後述するようにこの点の示唆は大きな意義を有する ものと思われる。 更に、立法者は我民法上金銭賠償主義を意図し七二二条により賠償方法として四一七条を準用し、ドイッ法フラン ス法継受の操作をして我国独自の金銭賠償の原則を打ち立てようとしたと思われるが、この際各所に残るドイッ法フ ランス法上の原則たる原状回復主義の精神までをも全て払拭きせる事までなしえなかったように思われ、それが今日 まで我国の法学徒を苦しめた一因と思われる。 浜田氏の解釈はまさにそのドイッ法ないしフランス法的精神を捉えたもので、民法の解釈上論理的で妥当なものと 判断できるが、ただ債務不履行と不法行為を対置しこれを不法行為の原状回復の具体的根拠としている点に無理があ り、理の当然とする根拠づけにも不備があるといわぎるをえないようである。 ︵ニノe及び口参照︶。 第三点、 ﹁物権的請求権や占有権および法がとくに認めた物権的請求権にも比すべき﹁権利的﹂請求権は、七〇九条以下が ︵6︶ 要求する故意過失の要件を必要としない広義の﹁不法行為﹂に関するものである。﹂とする。
東洋法学 二
不法行為における原状回復的救済論 ご一 これは、通説・判例にも見られる不法行為の救済に物権的請求権の法理を適用ないしそれを拡張していこうとする 事と共通するところでもあるが、更に次の如く論ずる。 コ般には物権的講求権は物権から流出するものであって七〇九条が要求するような不法行為の要件を必要とせず 七〇九条とは一応別の制度であるとされている。然しながらそれは、物権に対する客観的な違法への反叢としてこれ を排除する九めのものである点から考えれば、不法行為と全く関係がないとする蔦とはできない。ー申酪ー然し 物権的請求権は本来物権に対してのみ認められるものであって、人格権や頼権には認められるものではない.けだし 灘⑪地 極 嘱 ㌃ 甥蔦 恥 楓 ㌔ 爆 醸 塊 施颯 幅騒 塊 幅 梅 極 糠 糠 隔 梅 悔 穐 馬 梅 擁海 隔 麟駄 れ等は物権ではないのであるから.従って、或いは支配権たる点で物権と性質を同じくするとの理由から入格権や 無鰹跡藤椿轡り︵き暫櫛鹸紬襲櫛ゆ轡蜘蜘い・蜘い掛蜘加拠継卜齢櫛齢い擁魯伽物伽鰹論襲旛趣謙ぬかお飾か唖酔蜘 な ゆ ゼ ゆ な な あ あ や 本来は間違っているのではなかろうかと考えられる。 漉⑭ 悔 縄愚灘穐鞠へ ㌔醸隔為 斗斗極幅穐穐穐濾無梅幅梅施穐隔㌔穐擁幅隔嘱 かりに﹁権利の絶対性・不可侵性﹂を理由にしてその権利に基いて物権的講求権のような請求権を認むべしとする ならば、それは﹁物権的﹂ということではなしに﹁権利的﹂請求権ともいうべきである。そしてこのような﹁権利的﹂ 請求権が﹁権利の絶対性・不可侵性﹂に基き、これに対する侵害︵広義の﹁不法行為﹂︶への反擾として認められる とすれば、かかる︷、権利の絶対性・不可侵性﹂はすべての権利について認められるものであるから.このような﹁権 ︵7︶ 利的﹂講求権もすべての権利につき認め得るであろう。﹂とする。 注◎について、 物権的請求権は本来物権の侵害に対する救済として占有の訴・本権の訴を認めており、物権が何らかの事実によっ
てその円満な権利状態を害されれば、故意・過失を要件とすることなくその原状回復的救済として物権的請求権が生 ずるのであるが、これこそ権利が権利と認められる由縁であり権利存在の前提条件と考えられる。しかるに債権にお いては債権者平等の原則・契約自由の原則を認め、具体的には排他性なしとする結果、物権化した債権という理論に よってそれのみ救済きれる以外、その不法な侵害に対して可能な場合においても物権的請求権の如き救済は認めえな いとされている。 ここにおいて所謂物権的請求権の拡張によって現実的救済を計ろうとする通説・判例に対する批判として、次にみ るように非常に示唆に富むものが含まれていると思われ、具体的には不法行為の原状回復救済の根拠を明らかにせん とする努力が伺われる。 物権において物権的請求権を認めながら何故債権において同様な回復的救済を否定するのかという基本的な疑問の 提示であり、この批判は学説・判例も素直に受け入れるべきであったろう。勿論、回復不能や原状回復になじまない 不法行為の現象ないし形態の場合においては金銭賠償によらぎるをえないが、救済の可能な場合に被害者を犠牲にし 回復的救済を計らない或いは計りえないとする事は、法の目的ないし法の論理より是認されないのみならず、部分的 不能を全部不能と混同する初歩的な誤りを立法者は犯したといわぎるをえないであろう。更に原則的に債権侵害その 他の不法行為において可能な場合の原状回復的救済を認めず、物権化理論にょる例外的な場合にそれも全く偏る方法 で救済を計らんとする事は、浜田氏の指摘のように不都合でありまた理論的にも本末転倒の誤りをおかしているのは 後にみるとおりである。
東洋法学 一三
不法行為における原状回復的救済論 一瞬 注⑤について、 近年債権侵害によって不法行為の成立を認めるようになっでから権利の絶対性・相対性の区別による対比はあまり なされなくなったようであり、この点は省略し不可侵性についてみてみよう。 不可侵性に対する学者の見解も必ずしも一致していないようであるが.かって判例が指摘した権利一般の通有性と ︵8︶ しての不可侵性の捉え方を根拠としている如くである。 しかしながら鉱れは必ずしも妥当といえない点彼に詳述︵ニノ8ノω︶するが.惹凱において物権に対比し頼権な いし不法行為における救済の不備を如実に指摘している点は注目すべ慧ものである。 ︵蓋︶ ︵2︶ ︵3︶ ︵4︶ ︵5︶ ︵6︶ ︵7︶ ︵8︶ 浜田稔﹁不法行為の効果に関する輔考察﹂ 私法第一五号 傍点筆者.これは原状回復の誤りと推認する。 宗宮儒次﹁不法行為論﹂三五三頁 加藤一郎﹁不法行為﹂二一三頁 浜田前掲榊〇一頁 浜田前掲 一〇二頁 浜田前掲 九九頁 大判大十・十二五民録二七輯一ノ七八頁大判大十二・臨 一〇〇頁 ・十瞬民集二巻二三七頁 日 判例に現らわれた金銭賠償主義不合理の徴侯と問題点 ω、従来の判例と間題点
﹁不法行為二困ル単純ナル損害賠償ノ請求ナル以上ハ其賠償方法ハ必ズ金銭ノ賠償二依ルベキモノニシテ⋮⋮:金 ︵i︶ 銭以外ノ給付ヲ以テ賠償方法ト為スコトヲ許サザルコトハ民法七二二条同四一七条ノ規定スル所ナリ﹂とし、或いは ﹁損害ノ賠償ハ別段ノ意思表示ナキトキハ金銭ヲ以テ其額ヲ定ムベキコト民法第四一七条二規定スル所ナルガ故二賃 借人ハ其占有二係ル賃借物ヲ他人ノ為メ不法二占有セラレタル場合二於テモ占有権二基ク訴二依リ其物ノ返還ヲ請求 ︵2︶ スルハ格別賃借権若クハ損害賠償請求権二依リ之ノ引渡ヲ請求スルコトヲ得ベキニアラザルナリ﹂と判示している。 当初の判例は不法行為における救済が金銭賠償主義である事の確認であり立法者の意図した通り全く原状回復の可 能性を否定する。 その後﹁権利者ガ自己ノ為メニ権利ヲ行使スルニ際シ之ヲ妨クルモノアルトキハ其妨害ヲ排除スルコトヲ得ルハ権 ︵3︶ 利ノ性質上因ヨリ当然ニシテ、其権利ガ物権ナルト債権ナルトニヨリテ其適用ヲ異ニスヘキ理由ナシ﹂とし賃借権に 基づく妨害排除の請求を認め、更に寺院の境内地の使用権につき﹁比ノ使用権ハ物権タルト債権タルトヲ問ハズ不可 侵性ヲ有スルモノナレバ、之ヲ妨害スル者二対シ其妨害ノ排除ヲ請求スルコトヲ得ルモノト謂ハザルヲ得ズ﹂とし明 ︵4︶ 渡請求を認めた。 これらのケースからは債権に基づく妨害排除ないし不法行為の効果として原状回復的な救済を可能とするかにみえ たが、その後債権に基づく妨害排除請求を否定する判例もでている。そこで判例が妨害排除請求を是認する場合をま ︵5︶ ︵6︶ とめると、ω既に占有を取得した賃借権。@占有を伴わないが対抗力を有する賃借権。である。これらに対し占有を ︵7︶ 伴わずまた対抗力のない賃借権或いはその他の債権に基づく妨害排除請求は否認している。 東洋法学 一五
不法行為における原状回復的救済論 一六 このように旧来の判例は不法行為における原状回復的救済に動揺を示しながらも、物権的請求権の法理の適用或い は拡張という無理があったとはいえ、具体的救済を計ろうと努力していた。そして以下にみられるような注目すべき 判例が生ずるに到った。 まず多数の被害者が健康に影響を及ぼす程度の被害を受け居住地・住居を生活活動の場として利用することが困難 となる蓋然性が高い場.“には.その被害は金銭的補償によって回復しうる性質のものではないとし、受忍限度論によ ︵駐︶ って差止請求を認めた、 次に環境利益はもともと金銭による評価が極めて困誰なものであり.金銭によっては殆んど・、の愚的を達成するこ とはできないし、具体的差止蕪求権を取得しこの行使によむ所講環境利益の保全をなさなければ.住民ぱやがてより ︵霧︶ 深刻な被害を蒙ること必至として.環境利益不当侵害防止権によりその差止を認めた。 更に人格権の内容をなす利益は人間として生存する以上当然に認められるべき本質的なものであって.これを権利 として構成するに何らの妨げなく、実定法の規定をまたなくとも当然に承認されるべき基本的な権利であるというべ きであるとし、このような人格権に基づく妨害排除および妨害予防講求権が私法上の差止請求の根拠となりうるもの ︵鎗︶ として.大阪空港騒音事件はその差止が認められた。 これらの新たなる判例にみられるように或いは実定法に規定を欠くとしても当然承認されるべき基本的権利として の人格権理論を構成し或いは環境権を構成して具体的救済を計らんと努力している。 不法行為による権利侵害に対するかかる差止の請求にこのような各種名称の根拠づけは必ずしも必要でなく、もっ
ぱら不法行為の効果として当然生ずる事は後に論証するが、かかる裁判官の苦心と努力にかかわらず、 の協力をなさず自からその責務を放棄するのか理解に苦しむところである。 ︵1︶ ︵2︶ ︵3︶ ︵4︶ ︵5︶ ︵6︶ ︵7︶ ︵8︶ ︵9︶ ︵10︶ 大判弱37・鷲・B 大判大m・2・葺 大判大10・! 0・1
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大判大招・4・憩 大判昭6・5・B 最判昭28・鴛・綿 最判昭28・鶏・蟄 広島高昭娼・2・M 神戸地尼崎支部昭48・5・亘 大阪高昭50・U・27 昭和五〇年︵ネ︶七二四・七六〇 民録鎗輯工ハ四一頁 民録飾輯三二六頁 民録27輯一七八八頁 民集二巻⋮二七頁 新聞三二七三号一五頁 民集七巻一五一五頁 民集七巻一四〇頁 昭和四六年︵ネ︶一七八号判時六九三号二八頁 昭四七年︵ヨ︶二三一号判時七〇二号一八頁 昭四九年︵ネ︶四五三・四七三号 判時七九七号三六頁 ・八六〇号 学説は何故そ ②利川製鋼差止請求事件の特色 事案の内容は、名古屋市内のY会社製鋼工場から三〇〇米以内の地域に居住する二七七名の住民が、Y会社工場か ら発生するばいじん・騒音・振動の増加に悩まされ快適な生活を妨げられ健康被害及び疾病増悪等の被害を蒙ったと して、総額九四一〇万円の慰薙料の支払と、会社工場より発生するばいじんを一定限度以上発生させてはならない旨 ︵玉︶ の差止請求をしたものである。 東洋法学 一七不法行為における原状回復的救済論 一八 この事件で特に注目すべきは、その判決理由で差止を認める根拠として物権的請求権に基づく排除という伝統的構 成を認める事なく或いは人格的なものにも根拠づけず新たな特色を示した事である。 すなわち﹁およそ何入であれ.この地上に生を享けている以上.平穏で快適かつ健康な生活を営む利益が保障され なければならないことは条理上当然である。従って右利益が違法・有責な他入の行為によって侵害されその侵害の程 度が著しく.か?弧のような侵害が将来にわたって継続する高度の可能性が存在する場合には、被空者としては特段 の免責事由の存在しない限り即ち侵害行為の社会的有用性.差止により加害者の蒙る損害の大きさおよび加害者の防 除措置に対する努力等が右侵害避止義務を免責する程度のものでない限り加害者に対し一定の限度で右侵害の差止を 請求しうるものと解すべ蓉である、 ゼ な ゆ す ゼ ゼ パ な ゆ パ な や な な ゆ ゼ 過去における違法有責な行為に対する被害者の損害賠償講求権を規定している民法第七〇九条がこのような当然の ゆ ゆ ゆ ゆ ゆ ゆ ゆ ゼ ゆ パ な な ゼ ゆ ゼ あ ゆ ゆ ゼ ゆ ゼ ゆ パ ゆ や ゆ ゆ 事理を否定する趣旨を含んでいるものと解されるべきではない。﹂として損害賠償と共に差止請求を認めたものであ ︵2︶ る︵傍点筆者︶。 この判決で.条理上平穏で快適かつ健康な生活を営む利益を保障されるべきであり.この利益が違法、有責な行為 によって侵害され.かつこのような侵害が将来にわたって継続する場合、特段の免責事由の存在しない限り、右侵害 の差止を請求しうると解すべきとし、七〇九条がこのような当然の事理を否定するものではないとする点に特徴があ る。すなわち従来の判決は金銭賠償しか認めず或いは差止を認めたとしてもほ穿物権的請求権を根拠とするものであ り、この判決の如く七〇九条と正面から取り組みその条理を当然の根拠とするものはほとんどなく、今騒までこのよ
うな理論的追及を看過していた。 しかしてこの判決は明確には論じないけれども七〇九条は金銭賠償のみならずその内容において差止請求権を否定 しないものと解し、且それは条理上も認められるとする。その法的根拠の証明ないし理由づけに明確さを欠くとはい え、まさに画期的判決と評価しうるものである。これこそ不法行為とその妥当な救済をめぎす不法行為法の根本原理 にふれるものと思われるが、過去における損害を金銭賠償によって璽補するのみならず現在進行中ないし将来も継続 する侵害行為の差止ないし排除の根拠を民法法規殊に不法行為の規定に求めんとするものであり、誠に正当な判断・ 妥当な解釈といいうるであろう。 従来の学説批判において既にみた如く、現在進行中ないし回帰的不法行為に対しては、まず第一にその侵害行為の 停止ないし排除を求めうるのが権利の前提条件である。現在進行中の権利侵害は傍観すべきで結果として損害が生じ 違法と評価せられれば賠償金が支払われ救済されるとするならば、これこそ権利の否定につながり加害者を利す強者 の論理といわねばならない。 今日まで七二二条が四一七条を準用する事から金銭賠償を原則とせざるをえないと通説・判例は判断してきたが、 必ずしもそれのみではないと解釈する根拠がここに提示せられたといって過言ではないであろうし、これを明確に立 証する事の妥当性も認められることになろう︵ニノロ参照︶。 ⑥ サリドマイド和解事件の意義 ①、日本で最初のそして最大の薬害訴訟として知られたサリドマイド訴訟は種々の点で大きな特色を有している 東洋法学 一九
不法行為における原状回復的救済論 二〇 が・ここで最も興昧深いのは和解における被害者救済のための具体的施策すなわち福祉対策を導入し原状回復的救済 を認めている事である。 厚生大臣及び総本製薬株式会社は、全国サリドマィド訴訟統一原告団と、サリドマイド被害児及びその家族に対す ︵3︶ る損害賠償の支払と共に被害児の生活・医療・介護・教育・職業等に関する施策について確認書を交わした。すなわ ち製造から回収に至る一遮の過程において、催奇形性の有無についての安全性の確認.レンツ博士の藩告βの処置等 につき.落度があった鉱とに鑑み.右悲惨なサリドマイド禍を生ぜしめたことにつ熱.薬務行政所管庁鮎弧して及び医 賦薬晶製造業者として、それぞれ責任を認めている。更に厚生大臣及び大臓本製薬は、訴訟上十年余に亘って右因果 関係と責任を争い、礁の間被害児とその家族に対して何等格別の救済措置を講じなかったことを深く反省し、原魯等 く嵯︶ に対して衷心より遺憾の意を表するとしている。 このように厚生大臣及び大鑓本製薬は.サリドマイドと被害児出生との因果関係は勿論製造から回収に至る一連の 過程での過失を認め、薬務行政所管庁として及び医薬品製造業者としての責を負うものとする。ここで注目すべき は、全被害児の健康管理・医療・介護・教育・職業その他将来の生活の安定のために必要な事業を行うことを目的と する財団法人を大日本製薬の出損により設立し、財団発足後は厚生大臣は財団の事業達成のため所管官庁を通じ積極 的に協力する旨.約している点である。 確かに国の薬務行政所管官庁として医薬品の安全性確認を怠たり、危険な副作用が発見されながらもそれを放置し た責任は重大なものである。しかしながらこの厚生大臣すなわち国家としての責任は如何なる責任であろうか。まさ
に薬務行政所管庁としての監督ないし管理の責任ないし公権力の行使についての責任、すなわち国家賠償法上の責任 ではなかろうか。しかるにここでの和解においては、損害賠償の支払のみならず、財団の設立と将来にわたりその運 営にも事業達成にも積極的な協力が義務づけられている。かかる責任を製薬会社が負うのは勿論としても、監督管庁 としての国家がはたして負うべきかまた負いうるのか、もし負うものとすればその法的根拠はいずれであるのか、少 くとも従来の通説・判例の認める国家賠償法上の責任としては生じないのではなかろうか。 すなわち従来の国家賠償法に基づく損害賠償ないし損失補償は、原則として金銭賠償であり本件の如き具体的原状 回復的救済は不能であった。勿論民法上原状回復的救済が可能と認められれば国家賠償法第四条によりそれが準用さ れかかる救済も可能となる︵ニノロ参照︶。 しかしてこの裁判では、十年余に亘る長期化・千数百人に及ぶ被害児とその家族の苦痛・社会的影響等の諸般の事 情から、そして行政的ないし政策的配慮から、行政施策として行政的責任を認めかかる和解がなされたと推定される 点がまず第一の問題である。すなわち本来これは法的根拠にょるべき救済でなければならないにかかわらず、国の政 策的ないし行政的配慮から、福祉的救済として和解に到ったように思われる。それも因果関係の立証の問題よりもむ しろ結果的救済として損害賠償の支払のみでは被害者救済が不十分であり不都合である事が明らかに予見された結果 でなかろうか。この和解確認書に見られる救済の内容は、被害者にとって満足ではなかったにしても最善の方法に近 いものであろうし、従来の金銭賠償主義ではなしえない多くの利点が認められ従来の金銭賠償でみられた個入的に医 療機関その他で可能な救済としてえられた効果と比すべきもない成果が生じる事も予想され、その意味からもかかる 東洋 法 学 一二
不法行為における原状回復的救済論 一ご一 センターの設立とそこでの長期的回復的施療は大きな意義をもち妥当な解決と思われる。 ②、当和解事件において提示された救済が画期的なものと注目されるのは、被害者にとって最も望ましい且可能な 具体的救済すなわち原状回復的救済にあり.森永ミルク中毒事件の和解でその先例を見たとはいえ、国家が積極的な 協力体制のもとに被害者救済に全力をつくす事にある。 本件が和解であるため.本訴訟で裁判所がどのような心証でどのような法的判断をなしたかは知る機会を失しなっ たが、少くとも不法行辱における救済として妥当な解決がえられたのは確かであ軽、かか鵜救済手段の可能性が先例 となるところに絶大な意義ゼ認めうるのである。 そこでこのような呉体的原状回復的救済が本来法的根拠のも−.篇にしかももっと迅速に成しえないか.というのが窮 二の問題である。 本件和解の如く、本来法の解釈ないし法の運用によって解決すべき問題を行政措置や立法措置に委ねねばならぬと するのは、不法行為の救済を金銭賠償主義に固執し可能な原状回復的救済を無視してきた結果であり、これこそ民法 解釈学の硬直と時代の要請に対応できない遅れとを如実に示すものといわぎるをえないであろう。 かくしてここにも不法行為における原状回復的救済の可能性と必要性を認めることができると共に.その法的根拠 を内在的に求める事の妥当性が確認されたといいうるのである。 ︵ヱ︶ 判例時報六八三号二一頁名古屋地判47・iO・鐙 ︵2︶ 判例時報六八三号二一頁
︵3︶ ジュリスト五七七号﹁サリドマイド事件の和解﹂六〇頁 ︵4︶ ジュリスト・五七七号六〇頁 ㈱ ドイツその他における状況 ドイツ民法は第一次的に原状回復請求権を認め、賠償義務を生ぜしめる事実が発生しなかったならば存したであろ ︵1︶ う状態をつくりだすこととする。そして原状回復が不能または賠償として不十分な場合および不相当な費用を要する ︵2︶ 場合等においては金銭賠償を可能とするのであり、まさに我国民法と対称的な様相を示している。 このような原状回復の原則を認める理由として、近代諸国の立法の原則にもとづくのみならず、原状回復の義務を 負わせることU一〇くR融畠霞品N弩2鎚賞邑8畏嘗ぎpを第一に含んだ回復義務譲一&①魯①誘邑一毯αqω桂8窪の原則 は、事物それ自身の性質を有し法の論理に一致する。この原則を否定する一般的規則は、あるときは債務者に対しま たあるときは債権者に対し不公平になるとし、原状回復こそ﹁法の論理﹂に合するのみならず最も完全な賠償である ︵3︶ とする。 この原状回復とは一度生じた事実を全く起らなかったような原状に戻すことは実際上不可能であるから、原状回復 ︵譲①簗色毯αQ︶とは以前の状態の完全なる復元・以前と全く同一状態の回復ではなく、本質的に同じ状態。同じ価値 ︵4︶ の状態の回復であり、要するに原状回復は単なる有形的な以前の状態への復元ではなく、加害行為の後に生じた賠償 権利者の経済状態と加害者の義務に適した行動があったならば存したであろうような状態との差額をうづめることで ︵5︶ ある。
東洋法学 ⋮二
不法行為における原状回復的救済論 二四 このような原状回復とは具体的には、例えば侵奪された物の返還や権利の再設定・物の殿損の回復や継続的な不法 行為ないし悪意ある震動の惹起等についてはこれらの停止である。しかしながら不法行為における賠償が原状回復を 最も適する救済としても.全ての場合に原状回復でなければならないとする事は実際上不便が生じることとなり.ド イツ民法も多くの例外を認めている。例えば.賠償権利者は身体傷害または物の殿損については原状回復に代えてこ れに必要な金銭を請求することもで熱るが、ただ胤の場合における金銭による賠償は原状回復の一態様として認めら ハ6︶ れ、本来の意味における金銭賠償とは異なるものとされている、また原状回復のため相当の期間を指定した時の期間 の徒過︵二五〇条︶・原状回復の不能やそれが十分な環補にならない場合︵二五一条︶等である。このように原状回 復を原則として認めながらもこれは必ずしも被害者に有利とならない場禽もあり.またド犀ツ的合理主義から富みに 金銭賠償の事例が増加している事も事実である。 更に原状回復の方法も具体的な場合によって異なるが.例えば鷺ウソクの火で労働服に穴をあけたという事例では 修善が可能であり、また礼服とちがって修繕をしても労働服として利用でき、この場合には修繕することが原状回復 であり被害者は修繕プラス減価分の金銭賠償を請求できる。修繕に代えて修繕費を請求することも原状回復の一態様 として認められる。これに対し礼服に穴をあけて殿損した場合、これを修繕しても礼服として使用できないときは修 ︵7︶ 繕による原状回復は不能となり、新調の礼服を被害者に給付する事も原状回復の方法となる。 また不法行為の予防のための不作為の訴すなわち原状回復としての不作為の訴は、継続的不法行為において現に発 生している侵害を除去するためのものは認めるが、不法行為を予防するための不作為の訴は物権侵害の如き場合は当
︵8︶ 然としながらも単なる利益保護のためには否定される。 このようにドイツ民法においては不法行為の効果としてまず原状回復を原則とし、被害者の救済が十分に計りうる ように金銭賠償も当然の事と認めており完全賠償主義といいうるものである。 フランス民法一三八二条は﹁他人に損害を惹起せしめる人の行為は如何なる行為と錐も、それが生じた原因たる過 失︵欝舞①︶ある者をしてその損害を賠償すべき義務を負わしめる﹂と規定し、不法行為の効果としての損害賠償義務 を定めている。しかしながら賠償方法に関する規定は存在しないが、学説は法律が損害賠償の義務のみを述べている ことからは不法行為の継続の中止を訴ええないと結論することはできないとして、金銭賠償以外の救済手段すなわち ︵9︶ 原状回復的救済を認めている。 具体的には我民法における如く債務不履行による損害賠償に関する規定の適用もなく、もっぱら裁判官の裁量によ って定むべきものと考えられている。そして損害賠償は原則として金銭賠償によるとしながら裁判所はその権限によ って他の損害賠償の形式として原状回復請求を認めている。更に将来に対する予防の手段も加害状態継続防止の命令 ︵10︶ によってなしうるものとする。 イギリスにおける不法行為の救済方法としては、損害賠償︵留讐品霧︶及び差止命令︵一三毯鼠§︶ そして財産の 特定回復︵巷9誌oお毘賞ぎp亀短○需簿璽︶を認めているが、特に興味深いのは差止命令である。 この差止命令は侵害が加えられるのを容認していたら損害賠償によって十分な救済がえられないような場合に、予 想され危惧される不法行為を予防し、或いは継続的な侵害における侵害の継続を防ぐために、すべての不法行為につ 東洋 法学 二五
不法行為における原状回復的救済論 二六 ︵猛︶ き補助的救済手段として認められるものである。また差止命令は本来一定の行為をすることを禁止するものであるが 既に不法な行為をした場合には、その不法結果を除去するために積極的に一定の行為をなすべきことを命ずる︵導㌣ 欝留8曙陣三麟鵠o鶴○⇒︶こともある。 この差止命令はフランスと同じく裁判所の裁量によってなきれるが、継続的権利侵害例えば不法妨害︵翼認露8︶ や無体財産権の侵害に有効であむ.急迫な場合には一方的申立のみによって暫定的に与えられる仮差止命令 ︵瞬糞? 暴瓢陣蕊蕪爾糞瞬馨︶ もあ船. そして不法行為の訴云は契約辻反でないあらゆる権利侵吉に対する適当な救済方法として無制限に種々ある如く. 不法行為もまた無限の種類があ鋒、これに対処すべく権利の存すると鵯ろ救済方法あり︵贋凱㎞講瞬瓢触欝羅熱藤爾︶な ︵捻︶ のである。 以上のように大陸法系における各国が不法行為の効果として原状回復を前提とするのみならずイギリスと共にそれ を継受したアメリカにおいても同様、いかなる権利侵害に対してもまず侵害排除の態様を認め権利の保護と救済を十 分に計らんとしているのに我国の民法が金銭賠償主義であるのはやはり法とその解釈に不備の存する事を認めぎるを えないのではなかろうか。 ︵1︶ ドイツ民法二四九条一項 ︵2︶ ドイッ民法二四九条二項 二五〇条・二五一条 ︵3︶ 霞。馨Φ蟹α①導浮箸轡篤①巴霧。 。じ oOじ ご“一・ 。・ 。・ Qv匿辱騨㈱銭㊤ ︵4︶ 灘霞瓢霧ぴ繋ドぴ蝕も り欝鐸籔雛αqo拳ぎ湧簿曾欝吋慧簿じ ご○嘗 鯵嚇︸譲鱒じ 曝臨・騨穆鉱一鮮ψ爲
︵5︶ ︵6︶ ︵7︶ ︵8︶ ︵9︶ ︵10︶ ︵U︶ ︵1 2︶ 二、 一、 α ○Φ慧簿きpぎ蓉導①馨弩鍔簿膨○搾一8G Q︶ゆ餌戸↓亀トω。蕊 ○巽酵睾p知g窪伽R留ξ年︿角ご浮誘や戸>ぴ叶匙欝αq”㈱鱒お ドイッ民法二四九条二項、 い巽①暴︾く①葺お§傷¢漠①。F 醤ρ○ 。O G 浮αq①ぎ弩詳げ蝕ω欝琶ぎ鴨簑ぎ蒙ま艮覆鐘簿膨Oご ご︶毘︶F↓亀︾吋ω.♂・ 。。罐 浮o訂ユ㌣90欝①︾コ餌巳訂畠山①ω︷鍔震〇三富畠黄一〇 。逡弱α口㈱鉢一9¢↓総 型O壱o旨︾びoωo象αq銭op即一零P謹㊤ Ωo蒔節ピぎ島Φ芦ゼ鄭類○協↓o属即一濾㎝︶℃●8α qφ伽①誉βい9≦o︷↓o旨ω”一8伊℃●刈 二五一条一項 原状回復的救済とその法的根拠 不法行為における原状回復の可能性 ︶、原状回復について 原状回復とは例えば侵害された物の返還や権利の再設定或いは鍛損された物の回復等であるが、一度生じた事実を 全く起らなかったような原状に戻すことは実際上不可能な場合が多く、ここでは同一状態の回復というよりむしろ本 質的に同じ状態・同じ価値の状態の回復である。 我国における通説・判例が金銭賠償の原則を支持し、その理由は﹁徒二事物ノ混雑ヲ来タシ却テ不便﹂であると し、また﹁損害ヲ測定スルニ最も便利ナル金銭二依リテ其賠償ヲ定ムル﹂のが現代社会において合理的とされ、或い は﹁不法行為二因ル単純ナル損害賠償ノ請求ナル以上ハ其ノ賠償方法ハ必ズ金銭ノ賠償二依ルベキモノ﹂とし、更に ︵i︶ は原状回復は不能の事とされてきた。実際不法行為における損害は、これを金銭で評価する事が可能でまた便利であ
東洋法学
二七不法行為における原状回復的救済論 二八 る場合が多く、被害者救済方法として簡便なのは確かである。しかしながらこの金銭賠償主義が被害者にとって最も 妥当な救済手段であるか否かは別間題であり、或いは金銭支払のみにては救済が不十分・不合理である場合の存する 事は既にみてきた通りである。 そこでまず閥題となるのは従来指摘された﹁原状回復は不能﹂とする考え方の当否である。先に述べた通り一度生 じた薯叢全く起らなかったとする事は不可能であ吟、不法な侵害によって物を減失したり交遡事故で被害者を死亡せ しめた場合には、物の回復や生命の再生が全く不能な亨は明らかである.しかしながら不法行為において生ずる被害 は鑑のような回復不能な状態ばかりではなく、本質的に同じ状態や価値の回復が可能な場合の存する如く、具体的に は種々の侵害の状態や段階があり或いは継続的・回帰的侵害のように.侵害の状態や被害の結果は一概に論じえない 多様な現象となるのである。このような状態を無視し一律に回復不能としたり或いは事物の混雑を来たすから金銭賠 償主義が良いとした立法者とそれに追従した学説・判例は大きな誤謬を犯しその責は重大であるといわざるをえな いQ またこの点は所謂債権に排他性なしとしてかっては債権侵害による不法行為を否定し、後に至って不法行為を認め ながらも債権においては物権的講求権の如き救済は原則として否定され或いは制限せられるとしてきた事と共通する 誤りと考えられる。 既にみてきた最近の判例やいくらかの学説に示されるように、現実に権利侵害が発生し継続している場合にその差 止を講求し以て加害状態の停止によりまず被害者の安全と救済を計る事の可能性と必要性・また例え和解であるとは
いえ、サリドマイド事件や森永申毒事件において示された被害者の具体的・継続的施策により少しでも回復の状態に 至らしめる努力の必然性、これらこそ不法行為に共通するそして原則的に認めうべき原状回復的救済の不可避性を如 実に示すものと考えられる。 ω、不法行為法の不備 物権侵害による救済として認められる物権的請求権は物権の権能を十分発揮せしめるために不可欠の要件といいう る救済を導きだすと考えられるが、この物権侵害も不法行為の特殊形態として発現したものであり、債権侵害の特殊 形態としての債務不履行の場合と共通するところがある。この物権的請求権は物権侵害の排除の根拠となりそれは物 権の本質として内在する排他性ないし支配権に基づいて認められ、各種の侵害の形態に応じその排除態様として侵害 の停止・回復・予防の権能が認められる。 これにたいし債権その他の社会生活上の権利ないし利益に対する侵害たる不法行為における侵害と救済の法理は、 民法七〇九条以下の規定に従い、不法行為の要件が満されそれが成立すれば名誉殿損を除き全ての場合に金銭賠償に より、それも結果的にのみ救済されるとしている。 不法行為の規定は物権たると債権たると或いは自由権たると生存権たるとを問わず、社会生活において生ずる他人 の違法な侵害行為とその私法上の救済のためあらゆる場合に適用される条文であり、私法の原則法としての民法の申 でも重要な役割を担っている。この重要な役割をもつ原則的規定が、原状回復的救済の可能な場合にさえ、何故その
策洋法学
﹄ 二九
不法行為における原状回復的救済論 三〇 可能性を否定せられるとするのであろうか。はたして立法の不備なのか或いは解釈の不手際であるのか。 それはともかく、物権的請求権による救済を特殊的部分的な物権侵害において認めながら、一般的権利侵害と救済 を扱う不法行為法の規定において全く否定する事は、例え不法行為においては回復が不能とされる部分がありまた実 際的な回復は限られるとはいえ、これを全く不可とするのは部分と全体を混同する事であり原則において否定しなが ら部分において認めんとする本末転倒の論理でなかろうか。またこの事は不法行為法より分離され特別法によって保 斐せられる事となる各種権利︵例特詳法・不正競争法︶の保護と救済が十分なされている事との対比においても伺い うる矛盾である。しかしてこの不合理を解釈によって補いうるのではなかろうかというのが間題の第一点である。 次に物権においてはその内在的な排他性等による物権的請求権が論じられているのに対して、債権侵害ないし不法 行為においては権利の違法性という外在的側面より論じられるという不都合があるのが第二の問題点である。これら は立法者が不法行為における原状回復の効果を否定した誤りと関連すると思われるがこの対処方法を次に論究してみ よう。 ⑥、物権・債権における不可侵性と排他性。 ① 不可侵性 ︵2︶ 権利はその通有性として不可侵性をそなえている事は通説・判例の承認するところである。 侵性の意義ないし捉え方が必ずしも一様でなく、ここにその意義を明確にしてみよう。 しかしながらこの不可
ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ 不可侵性とは権利侵害の禁止であり現在または将来の利益享受を可能ならしめるため法が認める各種の権利につ き、権利者以外の何人もその利益享受を全面的または部分的にせよ不能ならしめ権利者の権利行使を妨げてはならな いのは当然である。勿論権利侵害は権利自体の存立を害する方法でなされる事もあれば、或いは権利の内容を現実化 する過程すなわち権利の行使を妨げる方法でなされる事もあり、侵害の方法や態様は各種の権利の性質や内容の相違 によってそれぞれ異なることとなる。 それ故権利一般の通有性として認められる不可侵性が存しても、その権利の内容によっては、侵害の排除すなわち 原状回復的救済が不能ないし制限され或いはその必要性を必ずしも認められない事となる。この事は財産権のうち物 権と債権において特に顕著な対立をみせている。まず物権においては故意過失を要件とせず、侵害事実が生ずれば或 いはその可能性が存すれば物権的請求権が発生し原状回復的救済が可能となる。これに対し債権は現に侵害が生じそ の継続する場合でさえ、可能な排除が否定され結果的に金銭による救済が計られるとする。 その主たる理由は債権に排他性なくそして法構造上物権が債権に優先し、債権者平等・契約自由の原則を認める結 果とされるが、これは次の解釈によって必ずしも妥当でない事が証明されうる。
②排他性
物権に対する侵害は不可侵性によって禁じられるが、現実に侵害状態が生ずればその排除をなす事となりその排除 請求は不可侵性より生ずる事はない。例えば債権侵害は権利の不可侵性より禁じられるが、原状回復的請求が全く認東洋法学
一三不法行為における原状回復的救済論 三二 められず、また生命侵害は禁じられるがその回復は不能であるという点に伺いうる。すなわち権利における侵害禁止 は不可侵性によって認められるが、侵害状態の排除請求は不可侵性より生じないのである。 この侵害状態に対する排除態様の請求権こそまさしく排他性によって生ずる事を次に論証してみよう。 ω、 物権において認められ存するとされる排他性の意義ないし内容について分析してみれば.そ惹には次の二つの側面 の存する事申.お繍めねばならない、 第一の側面は、物権の存立において同一羅的物につき同一内容の二個の権利が同時に並背しえない事、あたかも同 パ ゆ な な 一空間を占める物体が同時に二個存しえない如く.同一欝的物につき所有絶は同時に二鶴並存しえない肖並存の物 ゆ な ゆ ゆ ゆ や な な ゆ な 理的・観念的否定である。すなわち並存の外観を呈する場合もその内容を異にするとか、物権がその成立の順序に従 い一物一権主義であるとする現象に現らわれている。 第二の側面は、物権の内容が何らかの事実によって妨げられるという場合に、その侵害状態を許容する事なく排斥 しうる事.あたかも違法な侵害が正当防衛の権利を生ぜしめ自力救済を認める如く、物権侵害においてはその排除態 ゼ ゼ ゆ パ ゆ ゆ す パ パ ガ ゼ ゆ パ ゆ 様として物権的請求権を生ぜしめる旨並存の法律的・人為的否定である。すなわち物権が対抗力を具備することに よって.物権相互闘において或いは債権に対して優先的効力を認めるとする現象にも現らわれている。 通説において排他性の第二の側面が全く看過せられ本来この側面が重要であるにかかわらず第一の側面において捉 えたがために、物権の効力たる物権的請求権の根拠を外在的な絶対性・不可侵性・支配権性等に求めぎるをえなかっ
たものと思われる。またこの事から根拠と効力についてその学説の紛糾と理論の矛盾ないし不備が生じたわけである が、排他性を第一の側面の意義に限定すべき積極的理由が存しないのみならず、むしろ現実に侵害の生ずる以上その 排除が内在的な性質ないし効力から認められるものとする方が論理的であり、特に排他性の意義を第一の側面にのみ 限定するならば理論としてはかかる現実の侵害状態の惹起をも否定せぎるをえないのではなかろうか。 @ 債権においてこの排他性はいかに扱われるべきであろうか。 排他性の第一の側面は債権においては、債権が同時に同一内容のものとして無数に並存しうるからと通説は排他性 否定の理由としており、ここに全く否定せられるかの如くである。 まず債務者の関係“債務において考察するとき、例えば債権者︵A︶が債務者︵B︶に対して一定の給付︵C︶を なさしめる債権関係︵Z︶は、同一所有権が同時に二個並存しえない如く物理的に並存しえないものである。つま り、他の債権者︵κ︶が債務者︵B︶に対して一定の給付︵α︶すなわち債務者にとって先と同似内容の給付をなす べき債権関係︵7︶は、先の︵Z︶と同時に並存するが、厳密にすなわち両債権関係が︵Z︶として並存する事は物 理的に不能であろう。 債権関係においては物権と異なり同時に同一内容の無数の債権債務関係が並存しうるとするも、それは単に債務者 の側において同似内容の債務が並存するだけの事であり、物権において同一人に異なる物に対する物権が同時に帰属 している事と異なる現象ではなく、通説の掲げる目的物と所有者との関係すなわち所有権が一個であるとする事とは
東洋法学 三三
不法行為における原状回復的救済論 三四 対比において相当せずもし対比するなら︵Z︶または︵Z︶と等置せねばならず、故に妥当な結論といいえない。 次に目的物貸客体としての物に対する関係において債権は無数に並存するとするも、これは同一目的物につき所有 権と占有権或いは質権等が並存する如く、その並存債権は帰属を異にし内容の異なる債権が並存するだけでなかろう か。例えば特定物の引渡債務や特定履行の給付として同︸内容の債務が同時に物や行為に関して存する如くである が.物や行為を対象に債権関係の存否を論ずるのは適当でなくというよりも見当違いで.結局債権の鐵的たる債務者 の給付として捉えるべきであむその給付は債務者の意思にかかるものである、従って外観的に譲的物に多数の債権が 並存する如く思われる現象は、正しくは帰属を異にする債務関係が並存している先の現象の側面といいうるであろ う鱗 そうだとすれば、物権における排他性の第一の側面すなわち観念的・物理的並存の否定は債権においても認めうる 事となりここに債権にも排他性が存するといわねばならない。 排他性の第二の側面についてみると、債権の性質上または法構造上そして契約の自由・債権者平等の原則を認める 事から、同︸目的物に対する同︸内容の債務が同時に並存する事を許し、その事から所謂二重契約も違法性をおびず 自由競争の所産として許容され合法且有効に無数の契約関係の成立が可能となり、事実上の侵害状態を債権において は排除しえずないし侵害そのものが成立せずとする通説に従えば、この側面は全く否定されるかの如くである。 確かに債権関係は右の如く法構造上物権に優先的効力を与え或いは私的自治の原則に従う自由競争に伴って債務履