漁業事件における「一貫した反対国」の原則
著者
江藤 淳一
著者別名
J. Eto
雑誌名
東洋法学
巻
32
号
2
ページ
295-323
発行年
1989-03
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00003615/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja漁業事件における二貫した反対国﹂の原則
江 藤 淳
一
目 次 一 はじめに 二 従来の学説 三 当事国の主張 四 判決の立場 五 おわりに はじめに 現代における慣習国際法の形成過程は、経済的・政治的条件を異にする、世界各地域の大小さまざまな国家が、最 大限の利益の獲得をめざし、現実の行動において対立と譲歩を繰り返しながら、合意可能な規則を見いだしていく過 程である。東洋法学
艦 二九五漁業事件におけるコ貫した反対国﹂の原則 二九六 この過程においては、諸国の実行が完全に分裂した段階から、逸脱がほとんど見られないほど安定した段階まで、 さまざまな状態が生ずる。そのなかで、慣習国際法をめぐって最も鋭い形で争いが顕在化するのは、次のような場合 である。すなわち、ある慣行が大多数の諸国によって支持されているにもかかわらず、一ないし若千の諸国が断固と してその慣行を拒みつづけるといった状況である。国家は、国際社会全体の利益という大義をかかげる一方で、その 死活的な利益が奪われかねないときには、地理的、経済的、政治的、歴史的等の特別な立場を理由として自己の主張 を貫き、多数諸国の立場を受け入れない。ときに実力行使にまでおよぶ深刻な紛争が発生するのはまさにこういう状 況である。 こうした場合に適用される原則として、とくに最近主張されているのが﹁一貫した反対国﹂の原則と呼ばれるもの ︵1︶ である。この原則によれば、ある慣行が大多数の諸国によって支持されている場合、たとえ一ないし若干の諸国の反 対があったとしても、その慣行は慣習国際法として認められる。ただし、その慣行が形成される以前から絶えず明ら かにそれに反対を表明してきた国家はその慣習国際法の適用を拒むことができるというのである。言い換えれば、一 定の要件をみたして慣習国際法が成立したとしても、成立以前から継続して明確に反対を表わした﹁一貫した反対 ︵2︶ 国﹂はその慣習国際法に拘束されないという原則である。 ︵3︶ この原則は、アメリカ法律協会が一九八七年に改訂を終えた合衆国対外関係法リステイトメントに取り入れられる など、かなりの支持を集め、議論を呼んでいる。しかし、これまで、原則の根拠や内容など必ずしも十分検討されて きておらず、かなり安直にこの原則が語られていたり、また、具体的な争いに機械的にそれをあてはめようとする議
論も見られる。いま述べたとおり、この原則は、慣習国際法をめぐる最も争いのある問題に対する解答であり、した がって、より詳細かつ綿密な検討を要求されるように思われる。 本稿では、以下において、この原則を語る際にその実証的根拠として引用される国際司法裁判所の漁業事件判決に ついて検討を加え、それによってこの原則をめぐる問題点を明らかにし、現在の議論を考えるうえでの基本的な視点 ︵4︶ を定めておきたい。 ︵1︶ ︵2︶
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で、8霧馨o導ξ〇三9ユ謁o触島霧窪鉱罐。 需邑の8纂○ε①99の語が用いられるようになったのは最近のことであり、必ずしも定着したものとはいえない。同じ意味 。韓oが用いられることもある。しかし、註の︵2︶にあげる論文のタイトルからも わかるように、ひとつの原則として取り上げる場合には、需邑鶉①導oεの9簿村鉱①またはづは琴ゼ一①9饗邑器馨0988村 という用語が一般的になりつつあり、ここではそれにしたがった。なお、 隠邑。 。富暮には、﹁頑固な﹂とか﹁しつこい﹂とい うニュアンスが含まれているが、内容的には、本文で述べるように、慣習の成立以前から絶えず明らかに反対を表明する国 家をさすものである。本稿では、饗琶ω8導o蕊98目に﹁一貫した反対国﹂の語をあてる。 この原則を扱ったものとして、次の論文がある。肯定論として、ω鼠P8ミ﹄慧ミ§魯気導鳴黛響、§駄bミ§§ミ、↓ミ 等帖§愚隷蔓舷書∼器慧§聾○建8味ミき㌧蕊馬§鶏織§匙卜貸§器霞鍵く﹂講、一ピト心竃︵おo o窃y否定論として、O冨導2︸ Sぎ謹蓋曇§駄Oξ8鷲ミ肉ミ鳴氣ミき恥b竃乳息ミ§聾馬O§む§ミ黛㌧蕊鳴ミ蕊艦§匙卜Qド9ω簿●搾ω﹂糞.一いレ︵おG o㎝︶・ 菊①の戸o 。a︾寄。 。馨①響Φ簿○︷爵。蜀o昆αQp男。簿一〇霧ζ毒○︷爵。d巳件&ω聾窃︵お・ 。刈y蟻800導碁。旨創 二貫した反対国﹂の原則については、漁業事件における原則の定式化が、その後の国際司法裁判所の事件のなかでいかな る形で扱われたかという角度から以前に論じたことがある。江藤淳一コ貫した反対国に対する慣習国際法の効カー適用 除外説と国際司法裁判所の対応﹂法研論集︵早稲田大学大学院︶三五号︵一九八五︶、七一頁。しかし、これは、漁業事件自東洋法学 二九七
漁業事件におけるコ貫した反対国﹂の原則 二九八 体への論及が必ずしも十分ではなく、また、この論文の執筆以後、註の︵2︶にあげた論文等を含め、この問題に関する議論 が活発となってきた。そこでここに再論することとした。なお、一九八八年度国際法学会秋期大会において、このテ!マに ついて報告する機会を与えられたが、その報告に基づく﹁一貫した反対国しの原則の理論的検討は国際法外交雑誌第八八巻 第一号に掲載される予定である。 二 従来の学説 ﹁一貫した反対国﹂の原則は、漁業事件においてノルウェーが主張したものである。ノルウェーは、慣習国際法に 関する前提的考察として、﹁慣習規則は、その承認の拒否を絶えずあいまいさなく︵儀、§Φ臼き衝08霧鼠纂①9嵩8 ︵5︶ 9貯2奉︶表明した国家を拘束しえない﹂として、﹁一貫した反対国﹂の主張を展開した。この原則の性格を理解す るにはノルウェーがこうした形の主張を行った理由を明らかにしておくことが有益である。そこで、ここではノルウ ェ⋮の依拠した学説、とくにその主張に影響を与えたド・ヴィシェ;ルの考え方を中心に、二貫した反対国﹂の原 則と従来の学説の異同について検討しておきたい。 ︵6︶ 最初にノルウェーがあげたのは、﹁黙示の合意﹂理論である。この理論は、慣習国際法の妥当根拠を、慣行によっ て示される諸国の﹁黙示の合意﹂に求めるものである。これによれば、国家は、ある慣行にしたがう意思をなんらか の形で表明しないかぎり、その慣行に拘束されることはない。したがって、二貫した反対国﹂が慣習国際法の適用 を免れることは明らかである。たとえ、慣習国際法の立証の際に、沈黙から﹁合意の推定﹂を積極的に引き出す立場 をとるにしても、国家は、当該慣行に明確に反対を続けていれば、そうした推定を受けることはない。つまり、﹁黙
示の合意﹂理論の立場からみれば、﹁一貫した反対国﹂の原則はまったく自明のことであり、ことさらそれを一つの 原則として主張する必要もないことになる。 ノルウェーも、最初にあげてはいるものの、この﹁黙示の合意﹂理論を必ずしも全面に押し出しているわけではな ︵7︶ い。これを支持する学者としてシュトルップを引用して、ごく簡単な説明を加えているだけである。むしろ全体的に みれば、ノルウェーは、﹁黙示の合意﹂理論をとる学者以外においても、二貫した反対国﹂の原則が支持されている 点を印象づけようとしているようにみえる。それは、当時において、﹁黙示の合意﹂理論に対する批判が強くなって ︵8︶ いたことに配慮したためと思われる。いずれにせよ、かりに﹁黙示の合意﹂理論に全面的に依拠するのであれば、 ﹁一貫した反対国﹂の主張を行わずとも、国家は合意しない限りいかなる規則にも拘束されないと論ずることで十分 であったはずである。 ︵9︶ ︵10︶ 次に、ノルクェーは、﹁黙示の合意﹂理論以外の学説として、ド・ヴィシェール、フランソワ、フェアドロス、ラ ︵n︶ ︵姐︶ イトの見解を引用している。しかし、このうち、フェアドロスとライトは﹁一貫した反対国﹂の原則について述べて ︵B︶ はおらず、フランソワはそれに触れてはいるがなんら説明をしていない。したがって、ここで検討を要するのは、ド ︵M︶ ・ヴィシェールの見解のみである。それは、﹁国際法における法典化﹂︵一九二五年ハ;グ講演集︶で示された見解で ある。この論考は、慣習国際法について、単なる﹁黙示の合意﹂理論とは異なるきわめて独特な理論を採用してお り、それが、漁業事件の当事国のその後の主張にも反映している。また、それは、コ貫した反対国﹂の原則を理解 するうえでも有益な視点を提供するものである。
東洋法学 二九九
漁業事件における﹁一貫した反対国﹂の原則 三〇〇 ド・ヴィシェールは、まず、国際法の法典化の問題に関する科学的研究に必要な前提として、法の﹁基礎︵訂器と と﹁淵源︵8貰8︶H慣習と条約﹂の区別を強調する。そして、﹁国際法の規則は、すべての法規則と同様、入間の意 識、個人の意識のなかにその真の基礎および究極の根拠を有する﹂と述べ、次のように説明する。人間の社会生活 は、人聞の行動が﹁最小限の社会的道徳﹂として現われる一定の基本的な規則に合致することを要求する。この規則 は、個人ばかりでなく、社会的集団の相互関係にも課されるから、これは国際法規則の場合にもあてはまる。ある 規則が、国際関係の維持のために不可欠であり、組織化されたサンクションが必要であるという個人の意識︵8巨o 甘蔚巴奉器8。 。ωぎ器︶が生じる場合、それは国際法の規則となる。多くの学者および先例は、国際法規則の基礎、究 ︵15︶ 極の根拠を国家の意思に見いだすが、それは法の﹁基礎﹂と﹁淵源﹂の区別を怠ったものである。 次に、ド・ヴィシェールは、デュギの理論にならい、国際法の規則を﹁規範的規則︵岱αQ誇β9臼鐘く霧︶﹂と﹁構成 的規則︵審αq誇8霧霞8銘おω︶﹂に区別する。規範的規則とは、﹁合意は拘束する︵饗。富霊導器籍き鼠︶﹂や﹁国家の基 本的権利﹂のような、きわめて基本的な国際法の規則をさす。この規則は、国家の意思によって形成されるのではな く、国際連帯のためにそれが絶対に必要であるという個人の意識に起源を有する。いかなる国家もこの規則にしたが うことを拒むことはできない。これに対し、﹁構成的規則﹂とは、﹁規範的規則﹂の速やかな、完全な適用の保証を目 的とする技術的規則である。この規則は、それを定立し、その履行を監視する一定の権威、すなわち、国家の存在を 前提とする。この国家の意思の表明が慣習と条約である。慣習と条約は、実定法の形式的淵源を形成するものでしか ︵お︶ なく、それらが定式化する規則は、上位の原則を確認するだけである。
国際法の基礎と形式的淵源に関するこれらの区別を前提として、ド・ヴィシェールは、国家聞の﹁黙示の合意﹂で ある慣習についての考察に移る。その対象は慣習国際法の問題全般におよんでいるが、本稿との関連で注目される のは、適用範囲に関連して慣習を次の三つの場合にわけている点である。第一は、ある実行が若千数の諸国によって しか遵守されていないときである。この場合、当該実行は、限定された権威しか有せず、制限された適用範囲しかも ︵17︶ たない。その適用は、当該実行に黙示の合意を与えた若干数の諸国の相互の関係だけに限られる。第二は、普遍的慣 習規則である。この規則は、直接かつ明らかに﹁規範的規則﹂に結び付いており、すべての国がその遵守を求められ ︵娼︶ る。新国家など慣行の形成に加わらなかった国家も、この普遍的規則には服さなければならない。第三は、普遍的性 格を獲得するにいたっていない慣習である。これは、ある慣習が広い範囲の実行によって認められているが、なお一 定の諸国がそれとは異なる実行をとっている場合である。この慣習は、継続的な実行によってそれを認めている国家 ︵19︶ をその相互関係において拘束するが、それにしたがわないという一貫した意思を示している国家には適用されない。 このド・ヴィシェールの慣習理論で注目されるのは、適用範囲に関する第二と第三の場合の区別であることはいう までもない。とりわけ、その区別を規範的規則との結び付きという点から説明するところが特色となっている。つま り、規範的規則に直接結び付く慣習規則が﹁普遍的慣習規則﹂として、すべての国を拘束するという説明である。し かし、一方では、第二と第三の区別は、慣行への諸国の参加の程度に求められている。そして、広い範囲の諸国があ る慣行に参加していたとしても、反対国が存在する場合には、その規則は第三の場合にとどまり、﹁普遍的慣習規則﹂ とは認められない。とすれば、国家は、一貫した反対の態度を表明していれば、慣習規則に拘東されないということ
東洋法学 三〇一
漁業事件におけるコ貫した反対国﹂の原則 三〇二 ︵20︶ になろう。この結論は、﹁推定の合意﹂を認める﹁黙示の合意﹂理論のそれとほとんど変わるところがない。ド・ヴ ィシェ⋮ルが形式的淵源を論じる前提として、国際法の﹁基礎﹂と﹁淵源﹂、﹁規範的規則﹂と﹁構成的規則﹂の区別 ︵然︶ を強調した意味がここには直接は現われてこない。 ノルウェーは、漁業事件の裁判官の一人であったド・ヴィシェールのこの見解をうまく利用しようとした。という のは、ド・ヴィシェールは、国際法の基礎を国家の意恩に求めないという点では、意思主義の系譜に属する学者では ない。一方、慣習国際法については、その見解は、検討してきたとおり、結果として﹁黙示の合意﹂理論とほとんど 変わるところがなく、当然﹁一貫した反対国﹂は慣習国際法の適用を受けないことになる。したがって、ノルクェー は、このド・ヴィシェールの見解を引用することにより、自らの主張が学派の区別なく支持されているという印象を 与えるよう努めたのである。ノルクェーが、﹁黙示の合意﹂理論を全面に押し出さずに、﹁一貫した反対国﹂という形 の主張を行ったのは、このような理由によっているものと考えられる。 しかし、このド・ヴィシェールの見解は、潜在的には﹁一貫した反対国﹂の原則を制約する要素をもつものといえ よう。というのは、その見解は、国際法の究極の根拠を国家の意思以外に求める以上、ある場合には、国家の意思に かかわらず、たとえ反対国が存在するとしても、すべての諸国を拘束する法が成立するという考え方に結び付く可能 性が十分あるからである。この点は、次に検討する漁業事件の当事国間で行われた興味深い議論を通じて明らかにな っていく。
︵5︶ ︵6︶ ︵7︶ ︵8︶ ︵9︶ ︵10︶ ︵n︶ ︵E︶ ︵B︶ ︵艮︶ ︵15︶ ︵16︶ ︵茸︶ ︵娼︶ ︵珀︶ ︵20︶ ︵21︶ 一〇匂・距窪臼謎のし評ぼ擁奮9ω①鳩帥&。。一︵お鍛︶。 凝。緯c oGOピ ω窪巷ダ霜甜、塁鷺愚ミN8§辱も隷籍ミ特鷺きミ勾のS亀留ω8霞の鱒8︸o 。一〇︵おら 。戯⋮H︶・ 後に検討するイギジス側の主張にもあるように、﹁黙示の合意﹂理論は新独立国に対する慣習国際法の拘束力を説明できな いという理由で批判を受けていた。なお、註の︵20︶を参照。 津き8銅沁甜蓼鷺蕊ミ内霧§辱o蹄警ミ鷺蹄︸①①閑o窪亀留。 。8巽の鮒一謡︵おωo 。i簗︶。 <霞90β肉暗N翁鷺愚、ミ霧§魯o職警騨旨騨︾G oO菊①窪亀留。。8畦ω曽ど賠①︵H80ー<︶● 譲はαq響︸﹄蕊恥§貸畿§匙卜黛ミ翰魯良鼠ξ聾ミq蔑妹&のミ譜砺≧袋艦ミ§絶﹄蔑§駄臥ぎ肉8ミ鼠賊§⇔皇尋ミ§騨o o駆 ︾濤トH馨、回熔器G o︵一逡○︶。 H︵︶﹂。瞑①鋒ぎσqω︾一鎌ω幕貰oωO霧9簿も 。o ob o。 この点については、ω8鐵︶簑辱ミ88ρ箕齢O戸一ρ Ooく一ωω90さOqミ、翁織§§辱o欺厭蕊恥ミ&賊§ミ”①菊①象亀留の8一墓G oNG o︵おωqー一︶.
東洋法学 三〇三
鋭。碧も oooOi駆一. 疑。舞o o合ー駆伊 醤“象o o駆O● 観.無Φ o臼ー①P 醤弓簿o o①o o魯 ただ一つ変わるところは、普遍的慣習規則は新独立国も拒むことができないという点である。新独立国への慣習国際法の 適用の問題は、現在ではさほど重要な意味をもたないが、この当時においては大きく取り上げられていた。ド・ヴィシェー ルは、ジュネーブの法典化委員会においてこの問題が議論されたことを指摘している。疑。魯o 。B● ド・ヴィシェールは、別の文脈においては、これらの区別に意味を与えている。すなわち、一定数の諸国がしたがってい漁業事件における二貫した反対国﹂の原則 三〇四 る慣行が真に法︵構成的規則︶として認められるかを判断する際には、その慣行が諸原則︵規範的規則︶に合致しているか を検討することが不可欠であると指摘する。この場合には、﹁諸原躍との合致﹂が慣習国際法の成否の基準として機能するこ とになる。凝●舞o oB・ 三 当事国の主張 漁業事件では、領海の基線の画定に適用される国際法の原則が何かが争われた。そのなかで、特に﹁一貫した反対 国﹂の原則が問題となったのは湾口一〇カイリ規則である。イギリス︵申述書︶は、条約、仲裁判例、一九三〇年の 法典化会議における各国の主張、さらに学説を検討したうえで、湾口の最大幅は一〇カイリであることにほぽ普遍 ︵22︶ 的合意があると述べ、本件で適用されるべき国際法の一般規則として湾口一〇カイリを主張した。これに対しノルゥ ェー︵答弁書︶は、同様に、条約や仲裁判例等を分析した結果、湾の最大幅に関する国家実行には不一致があり、慣 ︵23︶ 習国際法の成立は認められないと主張している。それとともに、慣習国際法に関する前提的考察のなかで、たとえあ る慣習国際法規則の成立が認められたとしても、国家は、その規則が自国を拘束するような形で確立する以前に、明 示的にか、絶えずあいまいさのない態度をとるかによって、その規則にしたがわない意思を表明した場合にはその適 ︵24︶ 用を受けないという見解を示している。以後、訴答書面において、この問題をめぐって両国の間で議論が展開する が、それは﹁一貫した反対国﹂の原則に関する論点をほぼすべて含む興昧深いやり取りである。ここでは、両国の主 張を整理したうえで、その問題点について検討を加えたい。 ︵2 5︶ ︿イギリスの主張︵抗弁書︶﹀ 厳格な実証主義︵﹁黙示の合意﹂理論をさす︶の立場を表明したロチュース号事件以
来、国際関係における傾向は、多数意見の尊重に向かっていることに注意すぺきである。この傾向が、慣習法の形成 にどれほど影響を与えてきたかをここで考慮する必要はない。慣習規則に反対する国家の権利は絶対的とはみなされ ないといえば十分である。新国家は一般に認められた慣習規則を遵守しなければならないし、さらに、基本原則が関 係する場合には、国際社会は、いかなる国にもその原則の効果を断つ権利を認めない。他方、国家は、慣習法のある 種の一般規則に関しては、歴史的権原の取得に類似したプロセスによって例外的な地位をえることができる。 海の自由と沿岸海への権利が等しい重みをもつ原則とみなされるにしても、公海における国際社会全体の権利にか かわる形で、各々は必ず相互に影響を及ぽす。要するに、領海の画定は、慣習法に関する一国の法的態度を諸国の共 同体全体の態度から切り離すことができる領域ではない。もし一国がある立場を支持し、国際社会が別の立場を支持 するならば、領域の境界について、紛争は未解決のまま残されることになる。この紛争は、どちらかの立場を認める ことによってのみ解決されうるのである。したがって、他の諸国によって一般に認められた実行を反映し、国際社会 全体の利益をまもる見解が、一国の見解に優位しなければならない。ただし、国家は、他国の明らかな黙認または歴 吏的権原を示すことにより、その例外を主張できる。 ︵26︶ ︿ノルウェ⋮の主張︵再抗弁書︶﹀ 基本原則が問題となっている時には、国際社会はいかなる国に対してもその原 則から逃れる権利を認めないという主張は正しい。しかし、この命題については、﹁原則﹂という言葉の意味を限定 し、﹁原則﹂とその上部構造しか形成しない技術的規則とを混同しないことが不可欠である。﹁原則﹂が︵ド・ヴィシェ ールのいう︶﹁本質的かつ根本的な﹂規範的規則、すなわち、﹁個人の意識に深く浸透する﹂規則を意味するならばき 東 洋法 学 三〇五
漁業事件におけるコ貫した反対国﹂の原則 三〇六 いかなる国家もその適用から逃れえない。しかし、領海の画定に関する慣習規則は、この﹁原則﹂と共通するところ がなにもない。それは、国家の同意に基づいて成立する技術的規則である。 多数決原則が国際関係において不可避の傾向にあるという主張については、それが慣習法の形成に影響を与えるか 否か、および、どの点まで現実に与えるかを知ることが重要である。しかし、多数決原則が、国際的な制度において 優勢になったとは認められず、また、慣習法の伝統的構造において多数決原則への変化が生み出され、慣習の成立条 件がそのために変化したと結論することはできない。 国家の意思は、その法的立場が新しい規則の承認によって、変更されるのを妨げうるだけである。かくして、例え ば、ノルウェ;は領海三カイリ規則に服しない。この規則がコ般的﹂とみなされるのに十分な数の国家の同意を集 めたとしてもである。なぜならば、ノルクェーは、四カイリの限界!それはノルウェーに関しては新しい定式が発 展した時にすでに確立していた伝統を示すーを放棄することをつねに拒んだからである。同様に、湾口一〇カイリ はノルウェーには対抗しえない。ノルウェーは、つねにその承認を拒み、伝統的規則iそれにしたがえば、すぺて のフィヨルドは、たとえそれが海の通路であっても、内水の一部をなすーを変更することを拒んだからである。 以上が両国の主張である。ここでまず注目されるのは、慣習国際法を多数決原則によってとらえることができる のか否かという問題である。かりに慣習国際法に多数決原則が妥当するとすれば、それは、多数諸国の支持する慣習 国際法については、反対国もその適用を免れえないことを意味することになる。しかし、多数決原則を主張するイギ リスは、それを実証する証拠をなんら示しておらず、ただ基本原則については国家はそれを拒むことができないと述
べるにとどまっている。また、ノルウェーも、慣習国際法の伝統的構造に変化はなく、多数決原則の影響は認められ ないと指摘するだけで、徹底した反論を行っているわけではない。このため、慣習国際法理論の根本にかかわるこの 論点については、つっこんだ議論のないままに終わっている。 しかし、このなかで、基本原則について両国の見解に一致がみられることは重要である。イギリスは、いま述べた ように、多数決原則とのかかわりで、少なくとも基本原則については、国家はそれを拒否できないと主張している が、これに対し、ノルウェーも、反対国といえども基本原則の適用からは逃れられないことを認めている。この点で は、両国の見解は完全に一致しているといえよう。ただ、何をもって基本原則とそれ以外の規則を区別するかについ ての見方は異なっており、具体的に争われている規則が基本原則にかかわるものかをめぐり見解が対立しているので ある。 一方、ある種の一般規則については、国家は反対によってその適用を免れることができるという点でも、両国の見 解は接近している。イギリスは、ここでは歴吏的権原の取得に類似したプ覆セスという意味の不明瞭な言い方をして いるが、﹁ある国が、かつて広範な海域に対し確立した法的権利を有しており、かつ、それ以来、こうした権利を制 ︵27︶ 限する国際法の変更を黙認するのを拒んでいる場合には、その国はその確立した権利を失わないことを認めた﹂とい われる。ノルウェーも、反対する権利が絶対的であると主張しているわけではなく、反対が効果をもつのは、伝統的 規則が変更される場合だけであるとすら述べており、しかも、その例としてあげられたのは、通常は歴吏的権原の例 とされるノルウェーの領海四カイリ規則である。したがって、ここでも、両国の見解にさほど大きな違いはないとい
東洋法学 ﹃ 三〇七
漁業事件における﹁一貫した反対国﹂の原則 三〇︵ ︵28︶ うことができよろ。 このように、両国は、慣習国際法への多数決原則の妥当性という論点を中心として、まったく見解を異にしている かのようにみえながら、﹁一貫した反対国﹂の原則については、実はほぼ同じ主張を行っているのである。すなわち、 両国は、コ貫した反対国﹂の原則は、少なくとも基本原則には適用されないことを認める一方、少なくとも確立し た権利に基づく反対には妥当することを認めたのである。したがって、すでにこの段階で、問題は、﹁一貫した反対 国﹂の原則の存否ではなく、その適用の如何に絞られていたことになる。後に見るように、漁業事件の判決が、ほと んど説明もなく﹁一貫した反対国﹂の原則に触れる意見を示したのはこのためであろう。 ところで、両国の基本原則の取扱いについては、ド・ヴィシェールの見解が影響したと思われる。すでに検討した ように、ド・ヴィシェールは、規範的規則に結び付く慣習規則の普遍的適用を論じたが、それが、両国の主張におけ る基本原則の普遍的適用に結び付いたと考えられる。このことは、ノルウェーの主張にはっきりと見ることができ る。ただ、ド・ヴィシェールの見解では、慣習規則を普遍的規則とそれ以外に区別する実際の基準は、慣行への諸国 の参加の程度であったが、両国の主張では、基本原則とそれ以外の規則の区別は、規則自体の性格に求められている ところに違いがある。そのために、ド・ヴィシェ⋮ルの見解が結論においては﹁黙示の合意﹂理論と変わるところが なかったのに対し、両国の主張にしたがえば、基本原則については、たとえ一貫した反対があったとしても、その反 対国に対する適用が認められることになる。これは、﹁黙示の合意し理論の立場からは逸脱するものである点に注目 ﹂なければならなb。
なお、ノルウェーが、コ貫した反対国﹂の原則を伝統的規則の変更の場合に限定する主張を行い、イギリスの主 張に歩み寄りをみせたのは、それだけで十分に訴訟目的を達成できる、つまり、湾口一〇カイリ規則を排除できると 判断したためであると思われるが、その理論的根拠については説明はなされていない。 ︵22︶ ︵23︶ ︵24︶ ︵25︶ ︵26︶ ︵27︶ ︵28︶ Hρ9国窪島お。。uμ田路Φ円奮O器9舞①O⋮譲。 赴。鶏戯緯ーα縛 観。籔Q oG o一ーo o戯. 一ρい驚$鎌おる 。︸ω額の訂村奮O器9籔蕊o 。ー⑳Pなお、この抗弁書において、﹁慣習規則の承認を一貫して︵饗鼠。 。富旨ぐ︶ 拒む国の立場﹂という形ではじめて饗邑ω8暮にかかわる表現が用いられている。疑。象蕊o 。’ H.ρ︸●罷$鎌⇒αQω”o o螢号①はo。陰○霧ρ簿8ド 譲巴30ぎ﹃欝添醤曳?≧ミミ轟軌§康吻欝篭禽O覇魯 鵠野鉾イ膨﹂糞、一炉揖合餐O︵お鐸y本件のイギリス側の弁護 人であった譲鉱魯鼻は、これに続けて次のように述べている。﹁しかしながら、これは、新しい規則がはじめて実施される 時点で、公然と一貫して︵8象ぐき儀8霧糞。簿馨︶その新しい規則への反対を知らしめていた場合にかぎられる。本件に 関するかぎり、イギリスが論じたのは、ノルウェ!は、湾口一〇カイリ規則の適用を争うためにこの原則を援用しうるかも しれないが、沿岸線規則の適用を争うためにそれに依拠することはできないということである。﹂ 譲欝臼帥摸一8や譲巴3舞も、漁業事件に関する論評のなかで、この点での両国の見解の一致に触れている。田欝箏震誉漁 椋鳶卜貸ミ“蕊魁ヤ、8&ミ鴨o\妹漕﹄蕊偽ミ黛賊§ミOoミ妹も、誉的職&韻蟄ー9甲O§讐ミ㌔嵐§愚N翁§叙砺§§霧o、卜黛§も oO 浮鉾ドω﹂馨.一野ど謡︵お零y毛巴♂o一肉も愚ミ8富曽︸彗冨ρなお、この点については、ω号8窪撃﹄蕊幾ミ職§ミ ト黛ミき﹃ミミ黛§亀ヤ、§誉♪黒o o幻の窪o瓢餌。の8弩のPo 。臼︵おG 。卜oー<︶・
東洋法学
三〇九漁業事件における﹁一貫した反対国﹂の原則 一三〇 四 判決の立場 イギリスとノルウェi間の漁業事件は、ノルウェーが一九三五年の勅令で採用した漁業水域︵蛙領海︶を画定する ための基線が国際法上有効であるか否かをめぐって争われた事件である。裁判所は、屈曲の多い海岸線については直 線基線が用いられることを認めたうえで、ノルウェーが採用している直線基線がはたして国際法の規則に合致してい るかについて検討した。すでにみたように、﹁一貫した反対国﹂の原則が超問題となったのは、一湾に引くことができる 直線基線の最大の長さが一〇カイリであるとするイギリスの主張に関してである。 判決は、この湾口一〇カイリ規則について次のように述べている。﹁⋮⋮一〇カイリ規則は、若干の諸国によって その国内法や条約において採用されており、若干の仲裁判決がこれらの諸国の関係についてそれを適用してきたけれ ども、他の諸国はこれと異なる限界を採用してきている。したがって、一〇カイリ規則は、国際法の一般規則の権 ︵29︶ 威を獲得していない。﹂このように、判決は、まず一〇カイリ規則が慣習国際法の規則であるというイギリスの主張を 否定したが、これに加え、仮定形において次の一節を付け加えた。﹁いずれにしても︹一〇カイリ規則が慣習国際法 の規則であるにしても︺、一〇カイリ規則はノルウェーに対抗しえない︵仏文汐8速。 。筈箆英文ぎ巷讐8玄o︶と思 われる。ノルウェーは、自国の海岸にその規則を適用しようとするあらゆる試みに対して常に反対してきたからであ ︵30︶ る。﹂これが、二貫した反対国﹂の原則を宣言したものとしてよく引用される一節である。しかし、この一節は、当 事国間での議論と比較してわかるように、きわめて簡単で、しかも唐突であるため、裁判所が何をどのように理解し
ているか必ずしも明らかでない。そこで、まず、判決のこの部分をいかに解釈すべきかを検討したい。 第一に、ノルウェーに﹁対抗しえない﹂という一節が本当に﹁一貫した反対国﹂の原則を述べたものかという問題 がある。この点については、二つの異なる解釈が示されている。ダマトの解釈によれば、この一節は、 一〇カイリ規 則が特別慣習としてノルウェーに適用できるか否かを検討したものであり、特別慣習については反対国はその適用を ︵雛︶ 免れるという原則を述べたにすぎないという。また、ブラウンリーの解釈では、裁判所は、一〇カイリ規則がノルク ェーに対抗しえない理由を、ノルウェーの制度を他の諸国が黙認したことに求めており、それを二貫した反対国﹂ ︵32︶ の問題として扱っているのではないという。これは、問題の一節を判決全体の論旨に照らして解釈しようとするもの である。 しかし、この二つの解釈は、﹁対抗しえない﹂という部分の解釈としては受け入れ難い。判決は、ここでは疑いな く﹁国際法の一般規則﹂を論じており、特別慣習はまったく問題となっていない。また、後述するように、確かに判 決の後半では他国の態度からノルウェーの制度の有効性を引き出そうとするが、この一節では他国の黙認にはいっさ い触れていない。当事国の主張も考え合わせるならば、﹁常に反対してきた﹂という指摘は、二貫した反対国﹂の原 ︵33︶ 則を示したものと解すのが妥当であろう。 第二に、﹁対抗しえない﹂という一節が﹁一貫した反対国﹂の原則を述べたものとして、裁判所がその原則をどう 理解しているかという問題がある。すなわち、この原則が適用されるための要件である二貫した反対﹂とはどの程 度の反対をさすのか、あるいは、この原則はいかなる慣習国際法の規則にも適用できのるか、といった問題である。
東洋法学 三二
漁業事件におけるコ貫した反対国﹂の原則 三一二 判決は、ノルウェーが﹁あらゆる試みに対して常に反対してきた﹂と述べているだけであり、これらについて直接に はほとんどなにも述べていない。しかし、判決と当事国の主張を照らし合わせることによって、若干の点については 裁判所の考えを明らかにすることができる。 ︵3 4︶ まず、コ貫した反対﹂とはいかなるものかという問題である。すでにみたように、ノルクェーは、ある慣習規則 が確立する以前にその承認の拒否を﹁絶えずあいまいさなく﹂表明した国家はそれに拘束されないと論じた。このこ とから、ノルウェーが主張した﹁一貫した反対﹂とは、﹁規則の確立以前﹂の反対で、かつ、﹁継続性﹂と﹁明確性﹂ という条件をみたしたものということができる。 これに対して、判決は、ノルクェ⋮が﹁あらゆる試みに対して常に反対してきた﹂と述べているのであるが、これ に関連する事実として次の点を認めている。まず、一八六九年からイギリスとの紛争が発生するまでの問ノルウェ ーが直線基線の制度を絶えず一貫して適用しており、それに対して外国は異議を提起しなかったこと、また、このノ ルウェ⋮の制度は、この海域の諸国、とくにイギリスには公知の事実であったこと、さらに、一八八二年の北海漁業 取締条約に際して、ノルウェーは、この条約における湾の基線の限界︵一〇カイリ︶に反対しており、その後のイギ ︵35︶ リスの働きかけにもかかわらず、この条約に加入しなかったこと、である。つまり、判決は、ノルウェーの直線基線 の制度が、一〇カイリ規則が主張される以前から公然と、一貫して維持されていることを認めているのである。した がって、ノルクェーは、一〇カイリ規則に対して﹁規則の確立以前﹂から﹁継続﹂して﹁明確﹂に反対の態度をとっ ていたということができる。判決が﹁あらゆる試みに対して常に反対してきた﹂と述べたのは、こうした事実認定を
ふまえたものであろう。 次に、﹁一貫した反対国﹂の原則は、いかなる慣習規則に適用されるものと理解されていたかという問題である。 すでに検討したとおり、両当事国の主張においては、一方で、コ貫した反対国﹂の原則は基本原則についてはなん ら効果をもたないという点で見解が一致し、他方、この原則はもっぱら確立した権利に基づく反対の場合に妥当する という理解も共通していた。これに対し、判決は、直接にはなにも述べていないが、関連する問題点をいくつかあげ ることができる。 判決にしたがえば、領海の限界画定は明らかに国際法の領域に属する問題であるから、それに適用される基準が必 ず存在する。それは、領海の性質に密着する一定の基本的考慮から引き出されるものである。すなわち、﹁基線は海 岸の一般的な方向から著しく離れて引いてはならない﹂、﹁一定水域と陸地形成物との間の密接な関連﹂、﹁長期の慣行 によってその現実性と重要性が明確に証明された地域に特有の経済的利益﹂という基準である。こうした基準は、精 ︵36︶ 確性は欠くが、裁判官に十分な決定の基礎を提供しうるものと理解されている。 ところで、判決は、こうした基準が領海の性質そのものから導かれるとしており、この点では諸国の態度を問題と していない。つまり、慣習国際法の認定のうえで必要となるような検討をいっさい行っていないのである。したがっ て、これらについては﹁一貫した反対国﹂の問題が生ずる余地もないことになる。このことは、一定の基本原則につ いては諸国の意思はかかわりをもたず、二貫した反対国﹂の原則の適用はないという当事国の理解を確認するもの ということができる。
東洋法学 三一三
漁業事件におけるコ貫した反対国﹂の原則 三一四 一方、判決は、ノルウェーの直線基線の方法は、紛争の発生以前に長期間の慣行によって固まっており、諸国の態 ︵即︶ 度はそれが国際法に反しないことを証明すると結論した。これは、直線基線の方法が、国際法上の権利として確立し ているというノルウェ⋮の主張を承認したものである。したがって、湾口一〇カイリ規則はこの確立した権利を奪う ものであり、また、逆に述べれば、一〇カイリ規則に対するノルウェーの態度は、確立した権利の制限に対する反対 であったといえる。つまり、この点においても、判決は、当事国の主張の枠組みにしたがう形で、﹁一貫した反対国﹂ の原則を適用していることになる。 しかし、このことから、裁判所が﹁一貫した反対国﹂の原則を確立した権利に基づくものに限定して理解している という結論をただちに引き出すことは無理であろう。判決は、﹁対抗しえない﹂という一節を含め、それを示唆する ようなことを何も述べていない。すでにみたように、その一節はノルウェーの反対の一貫性を確認しているにすぎな い。この判決からいえるのは、一定の確立した権利に基づく反対には﹁一貫した反対国﹂の原則が妥当する場合があ るということである。 さらに、もう一つ注意しておきたいのは、判決が事件の背景にあるノルウェーの特別な事情に目を向けている点で ある。すなわち、ノルウェーの海岸の特異な地形︵地理的事実︶と吉くからの慣行が証明する住民の漁業への依存 ︵38︶ ︵経済的事実︶である。これらは、ノルウェーの直線基線9採用と一〇カイリ規則への反対を正当化する要因であ る。ノルウェーの反対がこうした特別な事情を背景としている点も、判決が﹁一貫した反対国﹂の原則を認めた理由 の一つになったと考えられる。
以上、﹁対抗しえない﹂という判決の一節について解釈を試みた。このことから少なくとも次の点は指摘すること ができる。すなわち、国家は、そのおかれている﹁特別な立場﹂から、ある慣習規則に対し、その﹁成立以前﹂に ﹁継続﹂して﹁明確﹂に反対を表明すれば、一定の﹁確立した権利﹂の変更を拒否できるということである。しかし、 これは、あくまで﹁一貫した反対国﹂の原則の最小限の内容を述べたものであり、その原則がこれ以外の内容をもち えないというのではない。実際、漁業事件以後の学説においては、﹁対抗しえない﹂という一節を根拠にして、異な った﹁一貫した反対国﹂の原則が語られることになる。 その原因は、判決が二貫した反対国﹂の原則の理論的根拠をいっさい示唆していないことにある。すでに検討し てきたように、ノルクェーは、﹁黙示の合意﹂理論やド・ヴィシェールの学説を根拠にしてこの原則を主張したが、 その後の当事国間の議論では、原則の理論的根拠が必ずしも明らかにされないまま、原則の妥当範囲に関する見解の 一致をみている。判決はこの当事国の見解にしたがう形でその判断を示しているだけであり、原則の理論的根拠はあ いまいに終わっているのである。そのため、漁業事件以後の学説においては、この理論的根拠をどうみるかについて 見解がわかれ、それが異なる原則の解釈をもたらしている。 ︵39︶ 一方には、この原則の理論的根拠を、﹁黙示の合意﹂理論や多数決原則の不成立に求める立場がある。この立場を とると、コ貫した反対国﹂に慣習国際法の規則が適用できないのは、慣習国際法の理論上当然のこととなり、国家 は、二貫した反対﹂の要件をみたすかぎり、いかなる慣習国際法の規則の適用も受けることはない。ただし、その なかには、国際法の強行規範だけは別扱いにして、﹁一貫した反対国﹂の原則も強行規範には妥当しないと主張する
東洋法学 三祠五
漁業事件における﹁一貫した反対国﹂の原則 一三六 ︵船︶ 者もある。 他方では、﹁一貫した反対国﹂の原則の適用をかなり限定的に解することもできる。それは、慣習国際法は普遍的 に適用されるのが原則であり、コ貫した反対国﹂の原則はこの例外であると考える。したがって、この考え方によ れば、例外を正当化する事由がないかぎり、反対国も慣習国際法の適用を免れないという結論が導かれる。そうした 事由としては、漁業事件の分析に基づいて、地理的・経済的等の特別の事情や確立した権利・利益の存在をあげるこ ︵41︶ とができる。 このように、﹁対抗しえない﹂という一節は、さまざまに理解されてきた。しかしこの一節は、最初に指摘したよ うに、付随的意見にすぎない。つまり、判決は、一〇カイリ規則の成立を否定したうえで、仮定形において﹁一貫し た反対国﹂の原則に触れたのであり、実際にその原則が適用されたわけではない。この点に関連して、以下に若干の 問題点を指摘したい。 いま述べたように、判決は、一〇カイリ規則が慣習国際法であるという主張を否定したわけであるが、このことか ら、裁判所は、慣習国際法の成立要件である一般慣行についてきわめて厳格な立場に立っているといわれる。例え ば、この判決を根拠に、慣習国際法は利害関係を有する実質上すべての諸国の同意あるいは黙認がなければ成立しな ︵姐︶ いという主張もなされている。かりにこの主張が正しいとすれば、反対国が存在する場合には、常に慣習国際法の成 立が否定されるわけで、﹁一貫した反対国﹂の原則を論ずる余地がなくなることになる。 湾口一〇カイリ規則は、一九三〇年の法典編纂会議で多数の諸国によって支持されたものである。しかし、判決
は、若干の諸国および若干の仲裁判決がそれを支持するが、他の諸国がしたがっていないとの理由でその成立を否定 した。裁判所に提出された証拠によれば、なんらかの形で、一〇カイリ以上の基線を採用する諸国はかなりにのぽ ︵43︶ ︵毅︶ る。しかし、ノルウェーと同様に一般的に直線基線を採用しているのはごくわずかである。このことから、裁判所 ︵45︶ が、一般慣行の要件について、単なる多数諸国の実行という以上のものを求めているのは確かである。ただし、それ は、慣習国際法の成立に実質上すべての諸国の同意あるいは黙認を必要とするという結論を引き出すほどのものとは いえない。したがって、﹁一貫した反対国﹂の原則が実際に適用される可能性は、さほど高くはないにしてもまった く否定されるわけではない。 ところで、厳格な要件が採用される結果、紛争に直接に自動的に適用できる慣習国際法の規則がないからといっ て、そこで裁判が終わるわけではない。判決は、一方では、すでに指摘したように、領海の画定に一般に適用される 三つの基準を示し、ノルウェ⋮の制度がそれに合致するか否かを検討した。そのなかでは、ノルウェーの海岸の特殊 ︵46︶ な形状や地域に特有の経済的利益の指摘も行われている。他方では、ノルウェーの制度に対する他の諸国の対応にも 注意を向けている。その結果、ノルウェーの制度は、他の諸国の一般的容認をえており、また、イギリス自身の行動 ︵47︶ の回避によって、イギリスに対抗しうると結論されている。要するに、裁判所は、一般的な基準の適用と諸国の個別 ︵娼︶ の対応という二つの側面からの検討を通じて、事実に則した紛争の解決をはかったわけである。 この問題解決は、かりに﹁一貫した反対国﹂の原則がこの事件に実際に適用された場合でも同じように行われたと 考えられる。すなわち、この事件で、湾口一〇カイリ規則の慣習国際法化が認められ、ノルウェーが﹁一貫した反対
東洋法学 一三七
漁業事件における二貫した反対国﹂の原則 三一八 国﹂としてその適用を免除されたとしても、ノルウェーは、裁判所の指摘した一般的な基準には服しなければならない はずであり、したがって、いま述べたのと同様の検討が行われることになる。要するに、たとえある慣習国際法規則 の成立を認めても、﹁一貫した反対国﹂の原則が妥当し、その慣習規則が紛争当事国の間に適用されない場合には、 ︵49︶ その紛争については、慣習国際法が存在しないと述べることに変わりがないのである。 かりに、﹁一貫した反対国﹂の原則が適用されるにもかかわらず、慣習国際法の成立を認めるとすれば、それは当 該紛争の解決のためのものではなく、一般に法の存在を示すという目的をもつものとなる。しかし、これは、裁判所 がこれまでの判例において示してきた態度とは矛盾するものであろう。裁判所は、できるかぎり付託された事件に限 定する形で法の認定を行うものであり、一般に諸国の権利義務関係に予断をあたえかねない見解を示すことは慎重に 避けると考えられる。したがって、この点からみても、裁判所が、﹁一貫した反対国﹂の原則が妥当するような場合 に、慣習国際法の認定を行う可能性は乏しいといえよう。 漁業事件では、当事国の主張において﹁一貫した反対国﹂の原則が一つの重要な論点となり、しかも、その存在に ついては当事国の問に見解の一致があった。そのため、裁判所は、その原則に触れる必要を感じ、また、たいした抵 抗感もなくそうすることができたのであろう。しかし、いま述べた理由によって、一般にはこの原則が適用される可 能性が低いことは確かである。実際、この事件以後、何度かこの原則が商題となりながら、判決においてそれが適 ︵50︶ 用されたことはない。コ貫した反対国﹂の原則が、慣習国際法の理論上重要な問題であるにもかかわらず、これま で簡単にしか取り上げられてこなかったのは、このようにそれが現実の適用をみていないという理由によっているの
である。 ︵29︶ 摂○ト菊80器お臼︾p ゆ誉一〇 。一● ︵30︶ 疑6象一G 。ゼなお、判決の仏文︵正文︶の坤8箸o器江oが英文では一葛竈ぽ答8となっている点には注意しなければなら ない。現在では、仏語の○竈8答鰹鼠あるいはo題8答寄に対応して、英語でも○題oω魯導蔓あるいは○竈○ω筈笹が用い られるが︵例えば、漁業管轄事件の判決。HO8幻80器這設”跨8”o 。ご島。︶、当時においてはあまり用いられない語で あったという事情がある。漁業事件では他にニカ所で○隠8筈訂が使われているが、そこでの英訳はo鼠窪8呂竃となって いる。ドρト沁碧o誘ご鰹︸鶏嵩oo︾罷簿ところで、ノルウェーの答弁書においては、﹁一般慣習が特定の国家に対抗しう る︵o唱oω筈芭ために必要とされる条件﹂︵HOト曳霧島茜ω︾一田。 。びΦ旨ωO霧ρ鶏o 。お︶という表現がある一方、これを 言い換えたものとして、﹁特定の国家に一般慣習が適用されるためには︵2葭窪憲冨巷嘗8ぎp競爆昌田象留齢R昆激Φと ︵攣象零oo︶という表現が見られる。このことから見れば、この文脈においては、慣習の特定国への対抗力と適用とは同 じ意味であって、判決の英訳は妥当なものと評価できる。なお。文献において、コ貫した反対国﹂の原則を慣習国際法の対 抗力の問題として取りあげるものもある。2αQξ窪O琴。Uぎ7ダU匙一R節︾勺&簿”90答貯齢Φ簑斡鉱o欝一讐窪。︵も 。① 蝕。︶c o8︵這o 。刈Y譲亀”↓oミ黛ミ⇔肉亀蕊駄竃さ、§貸畿箋量き㌧蕊軸ミ&帆ミミト黛建吋ミ︾芦ト回濤、一い合ω︾戯巽︵這o 。も 。y ︵3 1︶ >●ご、︾簿象9円竃088讐90毯8導汐H糞㊦鰐餌鉱8一霊名㌶c 。ー爲︵る謡︶。 ︵3 2︶ 一●鱒o類巳す津ぎ。乾①のo幽娼昏ぎ言欝旨舞凶8巴雰≦嵩︵G 。鼠&9一零Oy ︵33︶ ≧ハ魯弩曾は、U、︾露霧oと頃○庁要曙の解釈を批判してこの結論を示している。 ≧お﹃霞3 0§§嵩翁Q象ミミ蔓 ﹄蕊偽§&賊§匙ト“§賢ωは幹ドω’H旨、一尉遭−謡︵お誤ー蕊︶。 ︵誕︶ ﹁一貫した反対国﹂の認定の問題については、江藤淳一、前掲論文︵註4︶、七八−八○頁。なお、二貫した反対国﹂の原 則との関連において、反対の形式や程度について分析したものとして、OO一8P 螢oミ評蕎慧§嚇さ無鳳ミ評蕎裟§舷O働 篭駄ミ切鳴り臼譲器び貯αQ8pい・幻Φ<・O零︵おG o①y
東洋法学 三一九
︵3 5︶ ︵36︶ ︵37︶ ︵38︶ ︵3 9︶ ︵40︶ ︵咀︶ ︵4 2︶ 漁業事件におけるコ貫した反対国﹂の原則 三二〇 HO﹂,圃店o昌のご臼響豊一〇 〇〇〇1ωP 観︸暮一〇 〇めーωoo、 観・讐一ωP ﹄劃暮]・悼刈−邸Q o, もっぱら﹁黙示の合意﹂理論に基づく説明として、︻竃蓉O籏ぽ♂O§誉ミミ疑簿譜§鼠賊§ミ﹄轟ミ“戴迅馬§鷺象§暴o ooo ㌍霊紹切﹂目、一■篇嵩−お﹃ーo。oo︵這竃y望o昼裟㌣黛8富bo︸弾区関1$、多数決原則の不成立から論じるものとして、 P国o目器Φ艶一一U容智一旨Φ臣暮一9巴冠寓一90 0卜oO︵冨刈Oy い<o鼠一一︾一H艮Φ旨8一8巴一角巧営缶嘗〇二〇角一b曾確ooユ<ρ oo刈︵這Ooo︶・国,<一一凝o月︸O島叶oヨ暫q冒g旨蝕8巴ζミ聾鼠↓語慧Φω嵩︵一〇〇。㎝︶噸︾犀oぼ匿”旨唱ミ8富ω辞舞鳶’ ︾5ゴ韓は、コ貫した反対国﹂の原則は、新独立国への慣習国際法の効力を認める点で、﹁黙示の合意﹂理論とは異なる ことを強調する。禦簿卜o貸曽−卜oo。, H甲o零巳一9婁辱ミぎ富認u暮目戸9冨,閃o。。暫↓げo寓Φ島&o一〇鶏o隔冒峠臼尽島oロ巴ピ担毒漣只一〇〇。似︶,家&o量昏ミ 蹄§鷺ミ黛笥oミト趨ミさ§りー↓ミの誉題勉馬Oミミ導も、尋鷺§無軌§ミト恥ミ§織き鳴q麗o、噺むO§むミミ黛肉ミ題” 。霧爵g吋︼W﹂旨、一戸認︵這おy蛍↓匡N昇曙︸冒醇翼蓼口巴O更o馨qピ署彗畠9島瀞豊g置O︵ピ認︶,2磯ξ窪 080U置プコU鉱嶺R即︾・男①一一〇“簑嚇ミぎ冨o oρ跨ωOド 田齢日の脅一。のと名巴ま鼻は、いずれも漁業事件で主張されたユ貫した反対国﹂の原則は伝統的権利に関するものであ ると解している。田甘唐霊旨9黎辱ミ唇富boo。一讐卜。9マ巴号爵︸恥愚ミ8布曽一自 。一岩ρまた、漁業事件が特別な事情に おける原則の適用であると解するものとして、留冨島器ひ ↓慧さ牒ミ鳴黛ミ等8題吻鼻卜鵡罠b恥器N息ミ§蝋曹簿誉下 ミ蕊軌§匙碕8黄y冒8Uo召匡\冒ぴ富8口︵巴■y↓ぽω#8霞器き山甲08田o︷智富目簿叶剛8一訂妻置伊ミO︵HOooooソ これは漁業管轄権事件における西ドイッ側の主張である。一■ρ9国$岳漏9さ o国路。ユ霧冒誘島&o望讐卜 o拐O訂円口薯 も、﹁特別に影響を受ける諸国が、法規則とされるものにしたがう仕方で行動していない場合には、国際司法裁判所は、当該 規則を支持する判決はしたがらないであろう﹂と指摘する。O訂旨。ざ襲辱ミ8富N讐応oも。・
︵43︶ Hρ9鷺9島お即一肇ωぽ吋野O器ρ象禽o 。ー蕊●では一〇力国ほどがあがっている。 ︵44︶ 薯亀3鼻は、 一⋮ニカ国としてサウジアラビア︵一九四九年Vとエジプト︵一九五一年︶をあげる。薯巴儀8鮮 恥愚ミ 8$贈︾讐易o。●妻鋤号鼻は、裁判所の慣習国際法の認定に対して批判的である。凝。象一8。なお、この点については、 中村洗﹁イギリス・ノルウェー漁業事件の国際法的意義﹂国際法外交雑誌第五六巻三号︵一九五七︶、五五1五八頁。 ︵妬︶ 山本草二﹃国際法﹄︵有斐閣、 一九八五︶、三八頁では、争われている規則の性格に注目する次のような見解が示されてい る。﹁・−・−たとえ相当数の諸国の実行︵領海の幅員を直線基線により測る場合の基準として湾口一〇カイリ規則︶に均一性が みとめられても、複数の規則をひとしく許容すべき重大な理由がある場合︵沿岸国はその沿岸地域の実情に最もふさわしい 基準を別に選定できる︶であれば、その実行を一般慣行とはみなさないこともある。﹂ ︵46︶ 梱ρ9勾80諺ご田”簿置O⋮戯伊 ︵葬︶ 籍・舞一〇 〇〇〇ーo o9 ︵娼︶ この二つの側面からの検討については、その整合性が問題となる。というのは、ノルウェーの制度が一般原則の適用範囲 内にあると解される場合、他国のそれに対する黙認の検討は必要ないからである。この点について、頃鋤器窪慕8訂域は、ノ ルゥェーの制度がイギリスにより激しく争われていた事実があったために、裁判所はイギリスの態度について検討せざるを えなかったと理解する。さらに、裁判所による他国の黙認への言及は、ノルウェーの制度が国際社会によって承認されている ことを示すためのものであって、それによって、ノルウェーの制度の客観的妥当性を強調することを目的としたものであった と結論する。国おαR窪導8ぼぴト黛織8味註ミ§的叙袋執瓢転ミ§徴魯辱§8蕊黛義畦§醤⇔騨特ミ愚§魯ミ8§帆蕊鳴§今 匙§ミ”OO幻oぎoO魯鋤巴飢oO8一幹H纂Φ導彗一〇昌巴勺浮一登P“O olooO︵一〇G 。①y ︵49︶ この意昧では、﹁一貫した反対国﹂の原則は、紛争の解決を志向していないといえよう。つまり、ω鼠⇒が指摘したように、 ﹁それは、﹁被告﹂が﹁原告﹂の援用した実体的規範に拘束されるかという問題に答えるだけであり、その相互関係にいかな る規則が適用されるかという問題にはなんら答えを与えない。﹂ω鼠9簑㌣貸8$鉾鶏腿ミー鍋 ︵50︶ この点については、江藤淳一、前掲論文︵註4︶。﹁一貫した反対国﹂の原則を認めた判例として庇護事件をあげるものも
東洋法学 喜二
漁業事件におけるコ貫した反対国﹂の原則 あるが、これは特別慣習についての判例であり、特別慣習については、 ︾。U、>導象9簑特ミ8富o o一︾象鱒総ー総︾︾犀魯q誘び襲辱ミぎ器o oo o” 三二二 当然に﹁黙示の合意﹂理論が妥当すると解される。 餌齢鱒Q Q−ーQOρ 五 おわりに 現在の慣習国際法の議論は、一方で、すべての諸国に適用される法としての慣習国際法の重要性を認識しながら、 他方で、はたして本当に慣習国際法は反対国に適用できるのかという疑問をかかえている。 こうしたなかで、本稿で検討してきた漁業事件判決は、﹁一貫した反対国﹂の原則を承認したものとしてしばしば 引用されるものである。しかし、この判決は、あくまで付随的意見のなかでこの原則を認めたにすぎず、また、その 際、原則の理論的根拠や妥当範囲についてなんら言及していない。さらに、その問題解決全般に照らしてみると、こ の原則が実際に適用される可能性は乏しいともみられる。したがって、この判決の意義を過大に評価し、﹁一貫した 反対国﹂の原則を絶対的な原則として語ることはできない。 結局のところ、当事国の主張や判決からわかるように、次のような問題について明らかにしないかぎり、﹁一貫し た反対国﹂の原則を論じえないということである。すなわち、慣習国際法の成立を多数決原則の観点からとえるのが 妥当か、慣習国際法の成立要件である一般慣行をどのように解するのか、反対国に対しては国際法の基本原則も適用 できないのか、慣習国際法の適用にあたって各国の特別な事情や伝統的利益が配慮されるのか、といった問題であ る。これらの問題を一つ一つ検討していくことにより、﹁一貫した反対国﹂の原則を複合的な視点からとらえることが
必要なのである。 ︵叡︶ 最近においては、こうした方向での検討が少しずつ進みつつあるが、その議論も含めて、慣習国際法の理論と一、︸ 貫した反対国﹂の原則との関連については、稿を改めて論じたい。 ︵駐︶ω鼠⇒は、コ貫した反対国﹂の原則が、既得権保護や国際法における規則や概念の多様性といった問題との関連において、 いかに位置づけられるかを検討していく必要性を指摘する。ω鼠ダ朝愚ミ8$鱒讐鳶αーo 。一・ ︵一九八九・一・一七脱稿︶ 東 洋 法 学 三二三