忠孝活論
著者名(日)
井上 円了
雑誌名
井上円了選集
巻
11
ページ
287-350
発行年
1992-03-20
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00002936/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja忠孝活・論 講師 井上図 館友本闘﹂酉 ⋮灘ぼ.、㌶ぺ、ぷ㍑.閑 ・、ぷ察灘“繕 鰭茜 麹輪欝黛ゾ貢タρヤ人間鳶世ノ常蓮昌・テ野書未閲予除キテ︵何レ ノ鱗灘員鞍♂功代昌,モ具タサタ予〃田γ烏菖’先援曝重夢較スル 磯⇔猿ぷ毅予昌由チ粗昌.一ルチ垣声故疏何γン質モ響患孝ノ蓮﹀其 7μ唱翼プ埠惰エ塾テ︵鳥孝ノ如キ一田入昌者犬声遣冑,モ仁義ノ 釦■駈倉公象工者スル道チ竃ワレスタ牡會’,曳仁浪■,忠孝チ重 〃﹀ス声田家ア,滅ハ鳥,先a㌢テ孝,援基ス声者ア,戚︵孝,先 鋪一簡肯治 (巻頭) 4.刊行年月日 初版: 明治26年7月20日 底本:再版 明治31年2月19日 5.句読点 なし 6.その他 (1)本間酉水(館友)手録。 1.冊数
1冊
2.サイズ(タテ×ヨコ) 187×127mm ページ 総数 序 題言 111 4 9〔哲学館専門科二十 四年度報告書〕 鋭28115
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目本付
aj ・ ・一
シゆゴ げ 額、内・ 著作者 明治締 年二月十九圓再版 全 ー.ギ七月二+日登行 明治渉*幾髪潜+六日印刷 −藍 、 二.亭ぷ二繋雛.裂行者 鑑灘鰹.印刷者 所.霧.ぷ 訟 印副蹄 繋蟄薯 ∼費責所儘醗麟
…序 忠孝活論 わが甫水井上先生、つとに護国愛理の志を抱き、東西の哲学を究めて、宇宙の真理を尋ね、教学の二道をさか んにして、同胞の智徳を進めんとす。あるいは欧米に航して、文明の基づくところを探り、あるいは哲学館を興 して、後進を啓発し、あるいは全国を遊説して、同志を喚起す。その著書数万言、みな真理の幽光を閨明し、国 家の元気を策励するものにあらざるなし。近年外教を奉ずる者、ややもすればわが教育に対して衝突を惹起す。 その浸淫するところ誠に憂うべきものあり。さきに井上博士、犀利の論鋒をもってこれを難破し、ほとんど余温 なし。しかるにかの徒、頑然なお随説を固執し、牽強付会もって天下の耳目を隔着せんとす。万一わが同胞にし て、かの徒の臓着するところとなり、わが忠孝の活物にして、かの忠孝の死物なるを悟らざるにおいては、よう やくわが骨髄を消耗するに至らんとす。国憂これより大なるはなし。先生ここに慨するあり。わが忠孝の基本を 純正哲学の原理に考え、ついに個の学案を定め、哲学館日本倫理学科中においてその要領を学生に講述し、わが 国体忠孝はこれ天地霊気の換発するところなるを悟らしむ。ただ恨むらくは当時学年の期日まさに迫り、先生の 講述わずかに数回に過ぎず、先生をして周到緻密、ことごとくその学案を述ぶるのいとまなからしめたることを。 頃日、書舗哲学書院、余が手録するところのものを得て、これを世に公にせんことを請う。余もと筆記に慣れず、 行文晦渋にして人に示すに足らず。しかれども今や忠孝の論まさにたけなわにして、天下ややもすれば外教徒の ために踊着せらるるの憂いあり。すなわち卓説かくのごときものにして、あに速やかに天下に示さざるの理あら 把 んや。ここにおいて先生の許諾を得てこれを授く。この書もと僅々三、四回の講述を録するところのもの、先生
の説において、もとよりことごとくせりというべからず。しかして余の記取するところ、また全く脱漏なしとい うべからず。その完備せざるや、弁を待たざるなり。しかりといえども、かの死物忠孝を斥破して、われの活物 忠孝を顕揚し、あわせて先生の懐抱を伺うにおいて余りありと信ず。またこの書、忠孝の淵源のみを論じて適用 にわたらざるは、理論を主としたるものなればなり。その実際にわたり邦人のまさに準則すべき方規を叙述した るものは、別に﹃日本倫理学案﹄および哲学館第六学年度講義録日本倫理学科につきてこれを見よ。印刷成を告 ぐ、すなわち数言を掲げて序となし、かつ先生の鋭意熱心の一斑を世間に示さんと欲し、先生自ら二四年度哲学 館報告書に題する一文を付記して、読者の参看に供すという。 明治二六年七月一〇日 本間酉水識 288
忠孝活論
○哲学館専門科二四年度報告書題言
今、明治二四年度専門科報告を編集しこれを発行するに当たり、いささか余が多年の宿志を述べ、将来の決心を示し、 もって題言に代え、あわせて全国の有志諸君に泣請するところあらんとす。 余、先年文科大学の速成を期し、ならびに東洋諸学講究の目的をもって哲学館を組織し、ここにまた日本大学創立の準 備として専門科の開設に着手せり。そもそもこの専門科開設は余が平素懐抱せる志望にして、ことに欧米漫遊中深くその 必要を感じ、国家独立の基本を養成するはひとりこの一事にあるを信じ、帰朝後速やかにその趣意を世間に発表したるも、 いまだ同志の協賛を得るに至らざりき。しかるに昨年一〇月、わが叡聖なる天皇陛下のかたじけなく教育に関し下したま える勅語を奉読するや、不肖なお天恩の優渥なるに感泣し、積年の素志を達するはこのときにあるを知り、一一月上旬を もって東京を発し全国周遊の途に上り、寒天赤日を侵して東西に奔走し、各地の有志者を勧誘して資金の義損を懇請せり。 これより本年一〇月まで満一年間は一八県二四州一一九カ所を巡回し、各所において数回の演説を開き、その度数四四〇 回の多きに及び、いたるところ分外の優待に接し毎回非常の盛会を見しは、実に余が感喜に堪えざるところなり。しかし て今、全一年間募金の結果を検するに、その予約の金額いまだ予定資本の五〇分の一に達せず、その既納の金額のごとき はわずかに一五〇分の一をみたすに過ぎず。これにおいて、余また意外の失望をきたすに至れり。これ時機のいまだ適せ ざるによるか、はた余が精神のいまだ尽くさざるところあるによるか、その原因は二者中いずれかその一におらざるべか らず︵中略︶。 余、生来不弁にしてその演説人を感動するあたわず、かつ世情に通ぜずしてその言語人の好意を迎うるあたわずといえ ども、余がこのことに尽くすの精神は数年前より継続して今日に至り、前後寸分の異同あるを覚えざるなり。余かつて一 書を著し、巻首に宿志のあるところを示して曰く、権勢の途に奔走して栄利を争う念なく、穀誉の間に出没して功名をむ さぼる情なく、ただ終身随巻に潜みて真理を楽しみ、草茅に座して国家を思うの赤心を有するのみ。その平常口に発し筆 に動くもの、またみなこの心の余滴に過ぎずと。さきに余が哲学館を創立し、ここに専門科を開設するは、みなこの余滴 89 2 の凝結したるものに外ならず。故にその志は、今後いかなる不幸に際会するも天地に誓いて必ずこれを貫徹し、いかなる顛難の途に当たるも日月に訴えて必ずこれを断行すべし。これ余が既往の精神なるのみならず将来の志操なり。しかるに 今この一年間の結果・あるいは余が落胆をきたし・そのことの成功を疑うものあるべしといえども、余あにこの碧たる捌 一事情をもってその素志を変ぜん。およそ人の性たる、顛難を経て始めてその志操を固くし、不幸に遇いてますますその 精神を強くするものなり。果たしてしからば、この初回報告に好結果を見ざるは、天余を助けてその志を輩固にせしむる ものなるを信ず。故に余はこの報告に接してただに失望せざるのみならず、将来必ずその事業の成るを予期して、かえっ て自ら満足するところなり。しかしてそのことの成ると成らざるとは、ただ余が精神のいかんにあるのみ。もし余がこれ より一死をその成否の上に決するの精神をもってこれに当たらば、なんぞその成らざるを憂えんや。 そもそも世に人の最も恐るるものは死にして、人の最も意のごとくならざるものもまた死なり。死は実に貧富のともに 迷うところにして、賢愚のともに免るべからざるところなり。しかして一生一死は浮世の常にして天のしからしむるとこ ろなれば、なんぞ必ずしもこれを恐るるを要せんや。ただ人の死期に臨みて安心するとせざるとは、その一生間の目的、 事業の可否得失にあるのみ。もし人生まれて一事の国家に報ずるなく、一念の真理に至るなく、むなしく泉路に向かいて 永訣を告ぐるに至りては、これ実に終天の遺恨にして、たれか安んじて永眠に就くを得んや。しかるに余は今その心に期 するところありて、この大業を計画せるものなれば、死生あに余が意とするところならんや。一身を犠牲にしてその成功 を期するがごときは、余がもとより覚悟するところなり。ああ、歳月勿々流水とともに移り、本年もわずかに数日を余す に過ぎず。しかして余が春秋まさに三〇に四歳を加えんとす。人生五〇の駅程すでに半途以上を経過せり。余あに緑々と して残生を送るに忍びんや。今よりして後、更に大いに一腎を奮いて国家のためにその力を尽くし、一志を立てて真理の ためにその心をつくさざるべからず。これ実に人生の二大義務にして、余が畢生の二大目的なり。しかして今回の事業た る、この二目的を同時に達し得べき一挙両得の美事なり。余あに一心全力をこのことに尽くさざるべけんや。余、幸いに して両親の郷に存するあるも、頽齢すでに六旬の境を越ゆ。また妻子の家を守るあるも、一男一女、年みな幼なり。余が 露命のあらん限りはその孝養を怠るべからずといえども、余決してこの繋累のためにその精神を屈せんや。たとえ余、中 道にして倒るるも、天もし意あらば、なんぞ余が慈親愛子をして飢渇に泣かしむることをせんや。回想すれば余、先年そ の心に護国愛理の一端を有し、いまだこれを実行するに至らずして、一朝難治症にかかり宿志の遂げ難きを知り、半夜寒
忠孝活論 窓に対し晃天を仰ぎて号泣哀実すること数回に及びしことあり。当時自らおもえらく、貧賎に生まれて貧賎に死すればあ えて辞せざるところなりといえども、この素志ありてこれを果たすことあたわざるは遺憾自ら禁ずるあたわず、たとえ死 すとも、あに瞑するを得んやと。今にして当時の情況を追憶すれば、余をして覚えず潜然たらしむ。その後、病勢漸々快 方に走り、幸いに今日の健全に復するを得たり。爾来常に天のいまだ余をすてざるを喜び、早晩一事業を起こして本分を 全うせんことを期せり。これ余が今回の挙あるゆえんなり。 それ世に楽事多し。富貴財宝、錦衣玉食、これを得るはみな人の快楽とするところなり。しかして身は民間に潜み心は 学界に遊び、朝夕郷党の少年を訓育し有為の人物を養成するはまた愉快の事業にして、余が無上の快楽とするところなり。 おりては一家の勤倹を守り、出でては天下の正道をふみ、人情風俗の矯正、教育宗教の改良、みなこれをその一身に任じ て国家万世の大計を立つるがごときは一層勇壮の事業にして、余が畢生の目的とするところなり。この一念、余が心中に ありて常に余が精神を衝動し、ついに余をして進みてこの大事業に当たらしむるに至る。しかして今この結果に接す。余 あに奮起せざるを得んや。今よりして而後一層の鋭意熱心をもって、断然死生をその成否の上に決すべし。しかして余自 ら信ず、他日必ず大成の日あるを。もし不幸にしてその結果を見ることを得ざるも、後世余が遺志を継ぎてこれを大成す るものあらば、身死すともなお余栄ありというべし。これ真に人世の一大快事ならずや。ああ、余が将来に対する決心は ただこの一事あるのみ。 余、報告の編輯すでに成り、これを印刷に付せんとするを聞きて一夜これを通読し、終わりてまさに眠りに就かんとす。 ときに無量の感慨心頭に集まり、深更なお一夢を得ず。起きて戸外をうかがえば、四隣寂蓼として声色の絶えて耳目に触 るるなし。ひとり霜月の天心に懸かり、寒光の空階を照らすを見るのみ。その状あたかも余が嘆息を助くるもののごとし。 すなわち塵硯を払い涙痕をぬぐいて所感を書し、かつ全国満天下の有志諸君に深く懇請するところを述ぶ。すなわちこの 文なり。伏してこいねがわくは、諸君この文を一読して余が愚衷を欄察し、もってこの挙を助成せられんことを。 明治二四年一二月一九日夜二時欄筆 哲学館専門科設立者 井上円了泣拝 291
講師 井上 円了講述
館友 本間 酉水手録
292第一講緒論
そもそも忠孝の道たるや人間処世の常道にして、野蛮未開を除きてはいずれの国土、いずれの時代にてもそな わらざるなし。しかれどもその先後軽重を較するときは、国と世とによりて相異なるをみる。故にいずれの国も おのおの忠孝の道をそなうるも、その感情に至りては、忠孝のごとき一個人に対する道よりも仁義のごとき社会 公衆に対する道を重しとする社会あり、また仁義より忠孝を重しとする国家あり、あるいは忠を先にして孝を後 にするものあり、あるいは孝を先にして忠を後にするものあり。故をもって、忠孝の意義関係は各国均一なりと いうことを得ず。なにをもって均一なることを得ざるか。曰く、国異なれば建国の歴史を始めとし、内外の事情 多少相異なるところあるによる。内外の事情相異なるときは、その国の人倫道徳においてもまた特殊の性質を有 せざるを得ず。なお気候異なれば衣服その制を異にし、地味異なれば草木その形を異にするがごとし。しかして 万国古今を通じて、道徳そのものの原理を論究するは理論的倫理学にして、その各国における特殊の性質を講明 するは実際的倫理学なり。もし理論的倫理学の論究にのみこれ頼りて各国の道徳を均一にせんと欲するも、あに 得べけんや。もし強いてこれを均一にせんと欲すれば、必ずその国の体性を破壊するに至るべし。これをもって、忠孝活論 一方には理論上の講究をもって万国古今共通の道理あることを知るも、また一方には実際上の講究をもって各国 特殊の道徳あることを明らかにし、これによりてその国の体性を維持継続せざるべからず。これ余がつとに実際 的倫理学講究の必要を唱道するゆえんにして、さきに﹃日本倫理学案﹄を著し、もってかしこくも天皇陛下より 下し賜りし聖詔に遵拠し奉りて、わが国の道徳の大いに他邦に異なるところあるを述べ、今また日本倫理学科の 講義中特に忠孝論を提げきたりて、わが国忠孝の感情と他邦の斯道に対する感情と異なるものあるを明らかにせ んと欲す。 今すでにのぶるがごとく古今万国多少忠孝の道あらざるなしといえども、国異なればこれが軽重を異にするを もって、決して東西の忠孝を同一視すべからず。なかんずくわが国の忠孝をもってヤソ教の忠孝に比すれば、著 しき相違あるを見る。すなわちわれの忠孝は活物的なり神聖なり、かれの忠孝は死物的なり不神聖なり、われの 忠孝は精神的にしてかれの忠孝は無精神的なり、われの忠孝は義務的にしてかれの忠孝は便宜的なり、われの忠 孝は内心上に発しかれの忠孝は外形上に存するなり。何故にかれの忠孝のわれの忠孝に比してかくのごとき大差 あるか。これを一言にて約すれば、ヤソ教にては人間は唯一真神より作られたるものにして、君主も父母も一般 に神に対すれば付属奴僕の地位に立たざるべからざる宗義なるによる。それ人倫中最も貴きものは君と親とにし くはなし。しかれどもそのいわゆる唯一真神に対するときは、われと君父と均等にして差別あるなし。ただ外形 上世態上君民父子の別あるをもって、かれはその君父をば仮の君、仮の父と称するなり。しかしてかれは神を呼 ぶに真の君、真の父をもってす。されば神に対しては、わが父もわが母もわれと同じく神の奴隷たり。故にかれ 93 はその父母の墓碑に刻するに、往々神僕神姉の字をもってするを見る。かれまた忠孝の倫常を説くといえども、 2
その道たるや仮父、仮君、神僕、神埠相互の間に成り立てる道なるのみ。果たしてしからば、かれの教ゆるとこ ろの忠孝の道そのものも、また仮の道なりといわざるべからず。これ余がかれのいわゆる忠孝は死物的忠孝にし て活物的忠孝にあらず、不神聖的忠孝にして神聖的忠孝にあらず、無精神的忠孝にして精神的忠孝にあらず、便 宜的忠孝にして義務的忠孝にあらず、外形的忠孝にして内心的忠孝にあらずというゆえんなり。シナの倫常を説 くは、わが国の説くところと最も近しとす。しかるになお忠孝における観念は、両国やや相違なきあたわず。い わんや西洋諸邦の忠孝をや、いわんやヤソ教の忠孝をや。かれもし牽強付会の説をなして、かれが忠孝をもって 仮にわが忠孝に合せんとするものあらば、世の無学無識の輩あるいはこれに雷同するものあるべしといえども、 いやしくもわが国の歴史を読み忠孝のよりて起こる根元を知るものは、あにその言に証惑せられんや。そもそも わがいわゆる忠孝は、皇室と連絡して存するところの忠孝なり、国体と結合して行わるるところの忠孝なり、わ が民族が皇室を奉戴し国体を護持する精神より必至的に生じ義務的に発したる活道なり。故に皇室国体の永続を 祈る限りは、一日も欠くべからざる要道なりとす。しかるにかの邦国は大いにわれとその歴史を異にし、かれの 教義は大いにわれとその由来を異にす。かれの忠孝は畢寛するに便宜的利己的に外ならず。これに反して、われ の忠孝は至誠至神純然たる天地正大の元気より発生しきたるものなれば、余はこれを活物的かつ神聖的と称する なり。今この忠孝の活道を明らかにせんと欲せば、国体のよりて起こるゆえんを述べざるべからず。国体のより て起こるゆえんを述べんと欲すれば、わが開闘史上について=言せざるべからず。 294
忠孝活論
第二講 開闘論第一
天地開開の説は諸国みなこれあらざるなし。まず他邦の開聞説を述べ、しかる後にわが開闘説に及ぶべし。東 洋の開闘説は、西洋近代唱うるところのごとく天文数理の推測に出でたるものにあらずして、想像上または理想 上に立てたるものなり。西洋近代の学術ひとたび伝来してより、わが国人上下一般に有形的の事物、実験的の研 究にあらざれば取るに足らずとなし、内想的の考説をしりぞくるに至り、東洋開閥の古説また、まさにその光を 失わんとす。しかりといえども有形学の研究の結果、いまだ必ずしもことごとくこれを信取するに足らず。往々 後年研究の結果その誤謬を発見したることあり、内想的考究の結果いまだ必ずしもことごとくこれを排斥するに 足らず、かえって後世の実験によりてその真を証明するものあり。故に東洋内想的の開闘説またことごとくこれ をすつべからず。学者あに深く考察せずして可ならんや。 それ開閥説に二種あり。一は創造説にして一は開発説なり。創造説は、太初に唯一真神ありて大自在力を有し、 自らあらかじめ計画せる図形に従って世界万物を造れりという。その情態あたかも工匠の家屋を作るがごとし。 開発説は、太初に渾沌たる一物ありて、その内包の勢力によりて宇宙万有を開現せりという。これをたとうるに、 草木の種子がその内力によりて枝幹を開現するがごとし。創造説はこの世界をもって有始のものとし、開発説は 無始のものとす。また創造説のこの世界万有の生起を論ずるは外造説にして、開発説の論ずるところは内発説な り。創造説は神の造作を立つるが故に神人別体説となり、開発説は一物そのもの自ら開きて万有となると立つる 295が故に神人同体説なり。しからば今日この二説につきいずれを取るかといえば、道理上もとより開発説を取らざ るべからざるなり。創造論者はいう、およそ世界の物、一としてこれにさきだつところの原因あらざるなし。故 にこの世界の成る、また一大原因のこれを造り出だすものなかるべからず。しかしてその原因はすなわち大自在 力を有する天帝に帰せざるべからずと。しかれども因果はもと相対的のものなるが故に、すでに天帝をもって世 界の大原因なりとするときは、天帝そのものにもまた、これにさきだつところの原因なかるべからず。かくのご とくにして次第にその原因をたずぬれば、窮極するところあるべからず。これ有始説の到底立つべからざるゆえ んなり。しかるにかれの論者はこの無窮極の難を免れんがために、天帝は究寛の原因にして、またその上に原因 あることなしという。しかれども因果は相対的の理たる以上は、決してこの遁辞をもって免るるを得ざるなり。 もし一歩を譲りて、ひとり天帝には原因なしとせんか。これ世界に原因なきことを自白するものなり。果たして しからば、むしろ初めより世界に原因なしとするの優れるにしかず。なんぞことさらに、世界の上に我人の知る べからざる空想的天帝を設くるを要せんや。かつこの世界中に因果の規則存するも、これただこの世界以内の規 則のみ。もしこの規則をもって世界以外に適用せんとするは、憶断の最もはなはだしきものなりといわざるを得 ず。ことにこの世界の事物の上に因によりて果を生ずることあるも、天帝が世界なき所に世界を作るというがご とき、無中に有を生ずる論とは全くその理を異にし、決して同一視すべからず。しかるにまた創造論者は曰く、 日月星辰かくのごとくに来往し、春夏秋冬かくのごとくに循環し、晴雨風雪かくのごとくに施行し、草木かくの ごとくに成長し、人獣かくのごとくに活動するはなにものか。これが根源となりて運動を与うるなかるべからず。 なお人の計時器に運転力を与えて、よく昼夜の運転を営むがごとしと。しかれども、かれの論者は世界の死物た 296
忠孝活論 ることなお計時器のごとしとするが故にかかる想像をなすべしといえども、もし初めより世界をもって活物とな してこれをみるときは、別に世界の外にありて世界に運動を与うるがごとき機関士を設くるを要せざるなり。し かして世界の死物なりや活物なりやの論点は、前陳のごとく世界創造説の不合理にして開発説の合理たる以上は、 活物論をもって正理とせざるべからず。なんとなれば、世界の開発は自体中に本来固有せる力によるとなすとき は、その物たる活物ならざるべからざればなり。もしまたこれを事実に徴するも、この世界万有は日夜活動して、 片時も止まざるにあらずや。これ世界そのものの活動にあらずしてなんぞや。もしこの活動を見て、これ天帝の 与うるところなりといわば、不合理の憶断なること明らかなり。かれの論者あるいは難詰して言わん、草木はよ く生長し人獣はよく活動すといえども、金石土塊はよく自ら生長することなく、機械器什はよく自ら活動するこ となし。もし世界をもって自動の力を有する一大活物なりとするときは、これらのもの、またよく自ら生長し、 またよく自ら活動せざるべからずと。かくのごときは、かれ自ら論じて自ら駁するもののみ。なんとなれば、か れ神のよく運動を世界に与うるがために日月星辰、春夏秋冬、草木人獣よく人力の労作をまたずして、あるいは 回転し、あるいは生長すとなすなり。神はなんぞひとり人獣草木に活動力を与えて、しかして金石機械等に活動 を与えざるか。ともにこれ世界の一物にして、かれはよく自ら伸び、これはよく自ら動くあたわず。もしその動 くものについて天帝の創造を証明し得べしとするときは、その動かざるものについて、またその創造を否定して 可なるか。その理由ついに解すべからざるなり。しかれども世界を活物とする方の論によれば、よくこれが説明 を与うるを得るなり。すなわち金石土塊、機械器什みな細小分子より成立し、細小分子は極微元素より成立する 把 ものとす。しかして分子元素はおのおの固有の勢力を具せざるなし。およそ一物質あれば必ず一勢力を有するは
理化学の一定せる原理にして、また動かすべからざるの確説とす。元素分子の結合複雑なるものは複雑なる運動 を営み、結合単純なるものは単純なる運動を営み、あるいは極めて単純なるものはよく自ら運動するあたわず。 よく自ら運動するあたわずといえども、その自体に勢力を具せざるなし。その勢力、外縁なきときは潜勢力とな りて内に潜伏し、外縁あるときは顕勢力となりて外に発動す。またその日月星辰の運行は遠心求心二力相殺の枢 機によりて行われ、春夏秋冬の循環は軌道、推歩の地位によりて生じ、晴雨風雪の変化は水気と日光空気等の関 係によりて起こり、草木の生長、人獣の活動また固有の勢力と外縁とによりて営まざるなし。これを要するに、 一大勢力の無始より以来渾然として自存し、あるいは潜みあるいは発し、あるいは動きあるいは止まり、出没変 幻、起伏開合自由自在、別に宇宙外の操作者を有せず。故に曰く、宇宙世界は一大活物なりと。たとえこの説を 空想となすも、あにこの説全く非にして創造説ひとり真なるの理あらんや。もしこの両説ともに憶断となすも、 すでにこの世界に活動あり理法ある以上は、事実上その原因を世界固有の勢力に帰せずして、これをだれにか帰 せんや。これによりてこれをみるに、外造説の非にして内発説の是なること明らかなり。かれの論者またいう、 およそ世界の物をみるに、美妙にして人心を楽しましむるもの多し。神力の経営にあらざれば、かくのごときを 得ずと。しかれどもこの世界の美妙は相対的の成立なれば、これに対して世に醜劣にして吾人の好楽に適せざる ものあり。そのうち、よく好楽に適するものを選びて、これを讃嘆して美妙というのみ。もし一方の美妙にして 人心をたのしましむるものあるを見てその功を天帝に帰するを得ば、天帝はなんぞ他に醜劣なるものを造りて人 心を厭悪せしむるや。その厭悪するものについて天帝の創造を想するときは、天帝は人を苦しむるをもって目的 とすというを得べき道理なり。かれの論者またいう、およそ世界の物はみな便利の用を具し、よく吾人の生活を 298
忠孝活論 助く。天帝の意匠にあらざれば、かくのごときを得ずと。しかれども便利また相対上のことにして、一方に便利 なるものあれば、必ず一方に不便利なるものあり。天帝はなんぞ吾人に便利なるもののみを与えずして、しかも 猛獣を生じて吾人をかましめ、洪水を起こして吾人を漂わすや。天帝もまた残忍ならずや。かれの論者またいう、 およそ世界の物を見るに、秩序あらざるなく紀律あらざるなし。全智全能者の作為にあらざれば、かくのごとき を得ずと。しかれども、物あれば理必ずこれに具す、物の勢力は必ずその理に従って発顕す。一塵の飛びて空に 舞うや、必ず舞うべきの理あり。一葉の散りて地に落つるや、必ず落つべきの理あり。昼夜交代し四時交謝する、 みなそのしかるべきの理あり。これ他なし、一大活物の開発に固有せる必然の道理なり。なんぞ必ずしもこれを 世界以外の神力に帰するを要せんや。かつその秩序紀律は世界の秩序紀律なり。我人はいまだその天帝の秩序紀 律たるを知らず。いずくんそこれを天帝に帰せんや。かく推論しきたるときは、この世界すなわちこれ天帝、す なわちこれ神にして、世界を離れて神なしと論定するに至る。これ開発論の結果なり。この理に達観しきたると きは、ひとり世界の実体をもって神なりと知るのみならず、万物ことごとくこれ真神とみなすべし。なんとなれ ば、万物を離れて世界なく、世界を離れて万物なければなり。これをもって、吾人また神と同体なりと論定する を得べし。しかるにかれの創造論者の言うところに従わば、吾人は神に造られたるところの一物にして神人別体 なれば、到底神の付属僕埠たるを免るべからず。しかれども創造論の不合理にして開発説の合理たる以上は、神 人別体論の非にして神人同体説の是なること明らかなり。しかして以上のぶるところの神なる観念は、創造論者 と開発論者と大いに異なるところあり。かれは有意有作の個体を神となし、これは自存自発の理体を神とす。ま 99 2 た一は世界の外に神ありとし、一は世界の中に神ありとするなり。この世界すなわち神の説は、東洋の学者つと
にこれを唱え、西洋にては近世の学者スピノザ、シェリングのごときまたこれを唱えり。 の開闘説は西洋近世哲学ならびに理学にて唱うるところの開闘説と同じく開発説に属し、 説に属するなり。 これを要するに、東洋 oo しかしてヤソ教は創造 3
第三講 開闘論第二
前講は創造説と開発説とを対照してその可否を論じたるも、これいまだその理を尽くすに足らず。しかれども 今ここに詳論するいとまなきをもって、その比較のごときは余が先年著したる﹃破邪活論﹄に譲り、これより東 洋の開闘説を述ぶべし。しかして西洋近世の開闘説は、理学上より立つるものと哲学上より立つるものとあり。 理学上より立つるものは星雲開発説にしてハーシェル氏これを唱え、哲学上より立つるものは理想開発説にして シェリング氏これを唱えたり。一は有形上よりこれを説き、一は無形上よりこれを説けり。かくのごとく、近世 の学術上より説くものはすべて開発説に属す。しかるにヤソ教はこれに反して今日なおひとり創造説をとり、星 雲の前に神ありと論じきたりて開発説に抗せんとす。しかれども、その説空想にして全く憶断に過ぎず。東洋の 開闘説また想像より出でたるも、その論今日に至りて西洋の学説に一致せり。ことにその哲学上より論ずるもの のごときは、大いに西︹洋︺説に符合するものあるを見る。今、逐次これを叙述すべし。 まずシナの開閥説を考うるに、一書に曰く、﹁天地未開のとき、すでに太極なるものあり、太極の中、すでに天 地陰陽軽重清濁を含めり。﹂︵天地未開之時、既有二太極者べ太極之中、既含二天地陰陽軽重清濁一 、︶とあり。老子は﹁無忠孝活論 名は天地の始め、有名は万物の母なり。﹂︵無名天地之始、有名万物之母︶と言い、また﹁物あり混成し、天地にさき だって生ず、寂たり蓼たり、独立して改まらず、周行しておこたらず、もって天下の母となすべし。﹂︵有レ物混成、 先二天地一生、寂号蓼号、独立不レ改、周行而不レ殆、可三以為二天下母ごと言えり。﹃易繋辞伝﹄に﹁易に太極あり、これ 両儀を生ず、両儀四象を生じ、四象八卦を生ず。﹂︵易有二太極べ是生二両儀べ両儀生二四象ハ四象生二八卦ハ︶︵易の正義 に﹁太極とは天地未分の前、元気混じて一たるをいう。﹂︵太極謂二天地未分之前元気混而為ワ一︶︶とあり、﹃王子易 学﹄に﹁太極の始めは、混然なるのみ。﹂︵太極之始、混然而巳、︶とあり、准南子に﹁天墜いまだあらわれざるとき は、漏々翼々、洞々渇々たり、故に大昭という。道は虚郭に始まる。虚蒜、宇宙を生じ、宇宙、気を生ず。気に 漢︵涯︶坂あり、清陽なるものは薄靡して天となり、重濁なるものは凝滞して地となる。清妙の合専するはやすく、 重濁の凝蜴するは難し。故に天まず成りて地のちに定まる云々。﹂︵天墜未レ形、漏々翼々、洞々渇々、故日二大昭べ道 始二干虚爺ハ虚轟生二宇宙ハ宇宙生レ気、気有二漢坂一清陽者薄靡而為レ天、重濁者凝滞而為レ地、清妙之合専易重濁之凝娼難、 故天先成而地後定云云︶とあり、みな開発の説ならざるなし。 つぎにインドの開闇説を案ずるに、婆羅門の開闘談は、婆羅神なるもの天地万物を造成せりと談ずるが故にヤ ソ教の創造説に似たりといえども、よくその教旨を究索するときは、またヤソの所説と異なるものあり。しかれ ども今しばらくこれをおきて仏教の開闘説を述ぶるに、その説、客観上に立つるものと主観上に立つるものとの 二種あり。小乗教の所説は客観上に立つるものにして、大乗教の所説は主観上に立つるものなり。﹃倶舎論﹄にて は世界の変化開合を成住壊空の四期に分かち、循環変転して無始より無終に永続すと立つるなり。頒に曰く、﹁成 劫は風起に従う。﹂︵成劫従二風起一︶と。論に曰く、﹁空中ようやく微細の風生ずるあり、これ器の世間まさに成らん 301
スル ナリ とするの前相なり。﹂︵空中漸有二微細風生ハ是器世間将レ成前相︶と。﹃原人論﹄に曰く、﹁界はすなわち成住壊空、空 にしてまた成る。﹂︵界則成住壊空、空而復成︶︵﹁自註に曰く、空劫より初めて世界となるは、頒に曰く、空界に大 風起こる云々と、また曰く、空界の劫中、これ道教これを指して虚無の道という云々と、また曰く、空界中の大 風は、すなわちかの混沌たる一気、故に彼いう、道一を生ずるなり云々。﹂︵自註日従二空劫一初成二世界一者、頒日空界 大風起云々又日空界劫中、是道教指レ之云二虚無之道一云々、又日空界中大風、即彼混沌一気、故彼云、道生レ一也云々、︶と。 これ世界の開闘を客観上に解釈したるものなり。つぎに主観上にこれを解釈するものは、﹁森羅万象はただ識の変 ずるところなり。﹂︵森羅万象唯識所変︶と談じ、あるいは﹁三界はただ一心なり。﹂︵三界唯一心︶と説き、世界の開 閥を一心識の所変もしくは開発に帰するなり。故に﹃唯識論﹄には﹁実に外境なく、ただ心識あるは外境の生ず るに似たり。﹂︵実無二外境べ唯有二心識一似二外境生ハ︶と説き、﹃起信論﹄にはコ切の諸法、ただ妄念によりて差別あ り、もし心念を離るればすなわち一切境界の相なし。﹂︵一切諸法、唯依二妄念一而有二差別ハ若離二心念一即無一二切境界之 相一︶と説けり。 つぎに日本の開闘説を述ぶるに、﹃日本書紀﹄には﹁いにしえは天地いまださかず、陰陽分かたず、渾沌難子の ごとく、漠津として芽を含み、その清陽なるものは薄靡にして天となり、重濁なるものは滝滞して地となるに及 びて、精妙の合、あおぎやすく、重濁の凝、かたまり難し、故に天さきに成りて地のちに定まり、しかるのち神 聖その中に生ず。﹂︵古天地未レ剖、陰陽不レ分、渾沌如二難子べ漠津含レ芽、及二其清陽者薄靡而為レ天、重濁者滝滞而為p地、 アヲギヤスク カタマリガタシ 精妙之合、搏易重濁之凝場 難、故天先成而地後定、然後神聖生二其中一焉︶と。この説によれば、渾沌の前に神なく、 かえって天地位を定めたる後に神聖のその中に生ずるありという。これ全くこの世界をもって、渾沌一気難子の 302
忠孝活論 ごときものより開発せりとなすものなり。﹃古事記﹄には﹁天地初めておこりしとき、高天の原に成りませる神の 名は、天の御中主の神、つぎに高御産巣日の神、つぎに神産巣日の神、この三柱の神は、ともに独り神と成りま して身を隠しましき。﹂︵天地初発之時於’一高天原一成神名、天之御中主神、次高御産巣神日、次神産日神、此三柱神者並独 神成坐而隠レ身也︶と。この説は創造説に似たるも、決してヤソ教の説と同一視すべからず。また﹃日本書紀﹄に挙 ぐるところの異説を考うるに、一書曰く、﹁天地初判の一物は虚中にありて状貌いい難し云々。﹂︵天地初判一物在二 於虚中一状貌難レ言云々︶と、一書曰く、﹁いにしえ国稚地稚のときはたとえばなお浮膏のごとくして漂蕩たり云々。﹂ ︵古国稚地稚之時辟盲猶二浮膏一而漂蕩云云︶と、一書曰く、﹁天地初判の始めともに生ずるの神あり云々。﹂︵天地初判始 有二倶生之神一云云︶と、一書曰く、﹁天地いまだ生ぜざるのときはたとえばなお海上の浮雪︹雲︺の根係するところな きがごとし云々。﹂︵天地未生之時讐猶下海上浮雪無栃所二根係一云云︶と、また一書曰く、﹁天地初判のときは物あるも葦 の牙の若く空中に生ず云々。﹂︵天地初判有レ物若二葦牙一生二於空中一云云︶とあり。これらの諸説を参考するときは、 日本の開闘説の開発説なることを知るべし。もし﹃日本書紀﹄の説はシナの開闘説によりて脩飾したるものにし て信を置くべからずとし、﹃古事記﹄の説ひとり取るべしとするも、その造化の三神のごときも、いまだ全く創造 説に属すべからず。もしこれを創造説とするも、そのヤソ教に異なるはもちろん、その神人の関係、霊魂の起源 を論ずるに至りては、開発説によること明らかなり。とにかくわが皇室国体および人倫は、古来開発説の主義に よりて説明しきたりしことは、後に忠孝を論ずる一段に至りて知るべし。しかして余がここに東洋諸学中、主と して儒仏両道の開闘談を述ぶるは、その教えのつとに外国より入りきたり、その開発主義によりて、よくわが国 03 3 体人倫を維持したるゆえんを示さんとするにあり。
以上論ずるところこれを要するに、儒教にては太極といい、道教にては大虚もしくは無名といい、仏教にては 04 空もしくは心識といい、本邦にては渾沌といい、または難子のごとしといい、森羅万象みなこれより開顕すと説 3 く。故に、東洋ことにわが国諸教の天地開闘論は開発説なるを知るべし。 以上、すでに世界の開闘をもって開発なりとするときは、万有と神とはいかなる関係を有するかを弁明せざる べからず。もし創造をもって世界の開開を説くときは、万有の外に神ありと唱えざるを得ざれども、開発をもっ て天地の起源を説くときは、万有全体がすなわち神なりというべし。ひとり万有全体が神なるのみならず、万有 個々みな神なり。万有個々みな神なりとするときは、山川草木も日月星辰もことごとく神にして、われわれ個人 もまた神なり。しかして吾人は心と身とより成るが故に、心はこれ神にして身もまた神なり。しかるに山川草木、 日月星辰は自ら知ることあたわざるも、心は自知の力を有するをもって、その上に神とわれとの契合をひらくこ とを得べし。故に心はその体、直接に神と連絡するものとす。これをシナの開発説に照らせば、初めに太極あり、 開きて万有となる、しかして万有個々に太極を含むとなす。易の﹃神伝﹄曰く、﹁太極とは万化のもとなり、陰陽 動静の理、その中にそなわるといえども、そのはじめはいまだあらわれず、故に曰く、易に太極あり。﹂︵太極者万 化之本也、陰陽動静之理錐レ具二於其中ハ而其肇未レ形焉、故日、易有二太極ハ︶と。また曰く、﹁天地万物の理、ことごと くその中にあり。﹂︵天地万物之理尽在二其中一 ︶と。易学の﹃啓蒙通釈﹄曰く、﹁太極とは象数いまだあらわれずし て、その理すでにそなわるの称なり。﹂︵太極者象数未レ形、而其理巳具之称、︶と。また﹃朱子語類﹄曰く、﹁太極は ただこれ天地万物の理にて、天地にありていわばすなわち天地の中に太極あり、万物にありていわばすなわち万 物の中におのおの太極あり。﹂︵太極只是天地万物之理、在二天地一言則天地中有二太極べ在二万物ハ言則万物之中各有二太
忠孝活論 極しと。﹃読書録﹄曰く、﹁無極は太極の理なり、陰陽は五行の気なり、無極、太極は陰陽に離るるあるにあらず。﹂ ︵無極太極理也、陰陽五行気也、無極太極非レ有レ離二乎陰陽一︶と。また曰く、﹁無極にして太極、二あるにあらざるな り、声なく臭なきをもってしていわばこれを無極といい極至の理をもってしていわばこれを太極といい、声なく 臭なくして至理存す。﹂︵無極而太極非レ有レニ也、以二無レ声無ワ臭而言謂二之無極一以二極至之理一而言謂乏太極ハ無レ声無レ臭 而至理存焉、︶と。それ太極は理なり、物は気の凝れるなり。故に、ここに物あれば理必ずこれに付す、ここに理 あれば物必ずこれによる。理のあらざるところ物ひとり存するを得ず、物あらざるところ理またひとり存するを 得ず。しかして物はすなわち陰陽五行の気のみ。故に曰く、無極太極は陰陽に離るるあるにあらずと。初め天地 のいまだ剖れざる、理気渾然一体たり。その体開きて万象となるも、理気の相分離するにあらず。ただ象数の相 分派するのみ。故に曰く、万物おのおの一太極を有すと。もし太極を名付けて神とするときは、万有個々みな神 なりというべし。 儒家の立つるところは客観的開発説にして、仏教の立つるところは・王観的︵大乗教︶開発説なり。儒のいわゆ る太極は仏のいわゆる真如なり。太極開発説は時間上縦にこれを説き、真如開発説は空間上横にこれを説くの異 あり。しかして本体と万有との関係を説くに至りては二者同一なり。仏教においては﹃般若心経﹄に﹁色はすな わちこれ空、空はすなわちこれ色。﹂︵色即是空、空即是色︶と説き、﹃華厳経﹄に﹁心仏および衆生はこれ三無差別 なり。﹂︵心仏及衆生是三無差別︶と説き、﹃起信論﹄に﹁いわゆる不生不滅は生滅と和合し一にあらず異にあらず。﹂ ︵所謂不生不滅与二生滅一和合非レ一非レ異︶と説き、天台にてはコ色一香は中道にあらざるなし。﹂二色一香無非中道︶ 05 と談じ、﹁真如はすなわち万法、万法はすなわち真如。﹂︵真如即万法万法即真如︶と論定す。しかれば仏教において 3
も、我心はこれ真如なり、吾人個々みな神なりとするなり。 06 東洋の忠孝ことに日本の忠孝は、この開発説に基づきて立てざるべからず。それ道徳は人の至誠正真の心上に 3 あるものなり。その心すなわち良心なり。この心はいずれよりきたれるかといえば、すなわち真如太極の本源よ り分派し、神そのものと一致するものなり。忠孝は実にこの心の上に発する霊徳なり。故にその徳たるや、神聖 なり純潔なり。わが国の忠孝は全くこれに外ならず。この理は開発説によらざれば証明すべからず。しかるに、 もしこれをヤソ教の創造説によりて解するときは、無精神、死物的の忠孝となる。あに戒めざるべけんや。
第四講開発論
前講においてすでに仏教儒教の開嗣説を掲げ、あわせて日本の開關説もまた開発論なることを述べたり。およ そ古史を見るに、二様の異なるあり。一は神秘的にこれを見るもの、一は考証的にこれを見るものこれなり。甲 は、太古の伝説をほとんど神界中の事実として見るものにして、後世の人智のうかがい知るべきものにあらずと し、かれこれこれに研究を加うるは、ついにその真を知るべからざるのみならず、むしろ神聖を損じ尊厳を減ず るの恐れあれば、これを神界の秘密とし、われわれはそのままこれを信奉するにしかずとなす。乙は、上古の事 跡は奇々怪々の談をもって満たし、人間のなしあたわざるもの多きをもって、これを真に神明の所為に帰するも、 もとこれ蒙昧未開のときにおける伝説にして、畢寛古人の空想たるに過ぎず。そのいわゆる神明の作用はみな人 為に出ずるものなり。すでに人為たる上は、後世における歴史上の事実のごとく、種々の事実に考証して研究を忠孝活論 施し得べき道理なり。その何故に奇怪なることの多きか、その奇怪なることはいかなる原因より生じたるか、こ れを人類学、社会学、進化学等の原則に照らして会通するは、学問上最も興味ある事業なり。また、なにをはば かりて神秘にたくすることをせんやと論ずるものなり。たとえば、甲論者は古史、記するところの命︵みこと︶ もしくは尊︵みこと︶をもって神なりと解し、乙論者はこれを人なりと解するがごとき別あり。その神なりとす るは神道家の多く唱うるところにして、人なりとするは史学者の多く唱うるところなり。以上の二様の異見はと もに歴史の考察上に起こるものなり。しかるにここにまた、哲学上より世界の開発順序を説明するものこれあり。 前の歴史について考察するものは、一国の歴史上に存する事実を根拠として論ずるものなれども、哲学上の講究 は、諸学の道理を総合考定しきたりて、道理そのものを標準として論断するものなり。故に哲学上の講究は、一 国の歴史よりはむしろ万国の歴史に共通せる道理を基本とし、一国特殊の歴史上の事実のごときはこの理に照合 参考するに過ぎず。わが国古来学者の古史を解するや、神秘的の説明によるもの多くして、考証的に研究するも のはなはだ少なし。いわんや哲学的の研究をなすものにおいてをや、これほとんど絶無なり。しかるに近来に及 んでは神秘的見解をなすものますます少なく、考証的研究をなすものようやく多し。これ人智の進むに従い、到 底理外の理として神秘的に解釈し去ることあたわざるの勢いに至りたればなり。しかるに余は考証的よりも更に 一歩を進め、哲学的研究の道を開かんと欲するなり。かくいわば、事理を解せざる者は大早計に断案を下して、 これ神聖を汚すものなり、国体を破るものなりというべしといえども、哲学的研究をなせばとて、なんぞ必ずし も国史を汚辱するの理あらんや。余はかえって哲学的研究をなすにあらざれば、今日の道理世界に向かいて皇室 細 の尊厳を保ち、忠孝の神聖を立つるを得ずと信ず。わが国は神国なり、わが歴史は神代より起こる。しかしてそ
のいわゆる神は、ヤソ教の神をもって解すべからず、理学の理をもって証すべからず、哲学の源泉最も深き所よ 08 り、その原理を開ききたらざるべからざるなり。 3 これより哲学上の道理によりてわが国体人倫の根元を論定せんとするに当たり、まず開発論につきて古今東西 を通じていかなる定説あるかを尋ぬるに、およそ二種あり。一は一元開発論にして、一は多元開発論なり。一元 論は、西洋近世の哲学者にてはフィヒテ、シェリング等の諸氏の唱えしところ、東洋にてはつとに起こりしイン ドの真如開発説、シナの太極開発説これなり。多元論は、西洋近世の哲学者にてはライプニッツ氏の唱うるとこ ろなり。氏の説にては、多元相合してよく整然たる世界の組織を安成せるゆえんを解するあたわずして、ついに 多元の外に神あるを想定し、この神の予定により、万元よく契合してその秩序を保つことを得と論ぜり。故にそ の論たるや創造説なり。これをもって、多元論は到底成立することあたわざるを知るべし。しかるに一元論にお いてはかくのごとき難の起こることなく、一元よく万有を開発して、その間に整然たる紀律の存するゆえんを説 明することを得るなり。故に余は開発論中、もっぱら一元論について述ぶるところあらんとす。 およそ一元開発論にまた二様の見解あり。一は有形上より見るものと、一は無形上より見るものとこれなり。 甲は客観論にして、乙は主観論なり。しかるにここに、更に客観と主観とを結合したる一種の見解あり。これを 絶対的開発論とも理想的開発論とも名付く。かの客観的に開発を説くものは、すなわち理学上にて説くところの 星雲説なり。その説にいう、世界のいまだひらけざるに当たり、宇宙間ただ非常の高熱を有したる渾沌たる星雲 あり、その熱ようやく減じて、その体ようやく重く、その力ようやく中心に引くの勢いを生ず、これを求心力と 名付く。これに従ってまた中心を離れんとする勢いを生ず、これを遠心力と名付く。これにおいて回転起こる。
忠孝活論 回転の際、遠心力もし求心力に勝つときは一体の星雲分かれて数塊となり、互いに相引き相排し、もって天体星 系を構成するに至れりと。この客観上の説明は一理なきにあらざるも、これいまだその理を尽くしたるものにあ らず。なんとなれば、その回転のよりて起こる原力のいかにして生ずるかを説明せざればなり。近来スペンサー 氏の進化論大いにわが社会に行われ、いずれの国もみな野蛮より開明に進むものと信じ、わが神代史もこれがた めにその神聖を失わんとするの勢いなりしも、氏の進化論は全く外形的すなわち物質的進化論なれば、いまだそ の原理を啓発したるものにあらず。我が輩あにこれを偏信するを得んや。けだし回転の起こるも進化の現ずるも、 一として勢力の発動にあらざるなし。しかして物質は有形にして勢力は無形なり。形によりて力を生ずるか力に よりて形を生ずるか、力まず発して形のちに現ずるは理の動かすべからざるものなり。更に進みてその力はなに ものなりやと尋ぬるに、これシナ哲学のいわゆる気をもって解せざるべからず。この気も力もともに無形なり。 これにおいて、有形上の解釈一変して無形となる。これより更に一歩を進むれば、客観論全く変じて主観論とな るべし。すなわち仏教の唯識論のごとく、一体の識心中より千差万別の現象を開発せりというに至る。西洋にて も唯心説の起これるは、客観的研究の結果ここに至るというて可なり。かのスペンサー氏の論のごときは外見皮 相の論にして、もし更にその深底を尋窮すれば、たちまち主観論に入るは必然の道理なり。 以上の客観主観の二論は全く相反対せる方向より説けるものなりといえども、更に進みてその両端より推究す れば、知らず識らず忽然として玄妙の域に超入し、窮極のところに体達するを見る。これすなわち絶対そのもの に接触するなり。心界の上より論到するも物象の辺より論及するも、ともにここに至りてとどまり、また一歩も 09 進むべからず。シェリング、へーゲル諸氏の理想論、シナの太極説、仏教の真如はみなこれに基づく。その体を 3
理想といい、本体といい、太極といい、真如といい、あるいは単に理というも可なり。法相宗の唯識は主観論な れども、﹃起信論﹄以上の唯心は絶対的唯心説にして、まさに客観主観を結合したる理想論なり。この理想の体す なわちこれ神にして、その体自存自立、自開自発なり。その内部に有するところの勢力によりて、次第に開発し て物心両界を現示す。これを理想の進化という。儒教の太極両儀の説、﹃起信論﹄の一心二門の説、みな理想進化 の理を示したるものなり。これより更に進みて、一方には物界の進化あり、他方には心界の進化あり。かのスペ ンサー等の論のごときは、そのうち物界一方の進化を説くのみ。これ、あに完全の論ならんや。しかして余は信 ず、わが国の開聞史は理想開発論によらざれば、その神聖霊妙を維持するあたわざるを。 310
第五講神体論
前講論ずるところによりてこれをみるに、開発論のいわゆる神は太極、真如、もしくは理想なり。しかしてそ の体たるや、単一なり、至純なり、無限なり、絶対なり、完全なり、平等なり、自由なり、独立なり、無始なり、 無終なり、遍在なり、不生滅なり、不変化なり。創造論にていうところの神はその解釈やや似たるも、一種特殊 の知覚意志を有せる人間性のものとなすに至りては大いに異なり、開発論にては神は世界の本源にして万有の実 体なりとなす。しかるに創造論においては神は世界の本源なりということを得れども、万有の実体なりというこ とを得ざるなり。これ両論の大差点なりとす。開発論にては神は万有の実体なりといい得るが故にまた万有即神 といい得るも、創造論にてはあくまで万有の外に神ありというなり。しかして開発論にもまた種々の異見ありて、忠孝活論 そのいわゆる神を説くに、一は世界全系の上に立つるものと、一は世界基礎の上に立つるものとの二様あり。甲 は世界万有を合して一大全系をなせるもの、すなわち宇宙そのものの全体を指して神と名付く。西洋にてはシュ ライエルマッハー氏の立つるところのものこれに近し。しかれども氏はいまだ開発論を説くに至らず。乙は世界 万有のよりてもって現立せる基礎を指して神と称す。これスピノザ氏の説なれども、氏なおこの基礎の開発して 万有を現示するゆえんを論ぜず。しかして開発進化の原理はフィヒテすでにこれを指示すといえども、非物非心 の絶対の体より物心を分化するの理は、シェリング氏に至りて全く明らかなり。けだし二氏ともにカント氏の実 体論より起こり、その欠点を補わんとしてここに至りたるなり。フィヒテ氏は内外両界も有象も無象もことごと くこれを我境の範囲より出でたるものとし絶対的主我論を唱え、その論の結局、我即神なりと唱うるに至る。し かれども我は非我に対する相対上の名にして、我あれば必ず非我なきあたわず。すでに非我ありとすれば、我を もって絶対なりということを得ず。ここにおいてシェリング氏は彼我両境の本源にさかのぼりて別に絶対の体を 置き、物心両界はこの体より開現せるものにして、その両界更に分化して万有万象を現出すと論ぜり。これを前 説に比するに一段を進めたるものにして、氏の言によれば絶対即神というべく、この一神体が自ら有するところ の勢力によりて世界を開発せるものとするなり。しかれども物心未開の前、思想の範囲外にひとり絶対唯一の体 ありとすることは、精密なる論理よりこれをみれば到底許すことを得ざるものとす。なんとなれば、吾人の知識 は物心相対の間に存するものにして、たとえ相対の外に絶対ありとするも、相対性の知識思想を離れてたれかよ くこれを知らんや。ここにおいてヘーゲル氏たちまち立ちて一大哲学を唱道し、カント氏以来の大問題を釈定し 皿 て宇宙開発の理を完成するに至れり。氏は相対と絶対とは全く相離れたるものにあらずして互いに連合して存し、
相対即絶対、絶対即相対の妙理を啓発し、理想そのものが自体中にありて次第に物心の開発を現示し、その結局、 理想そのものを充実完成するにありとす。これを理想の進化という。故に氏に至りて、さきにいわゆる全系論と 基礎論とを併合し、もって開発論を完成せりというべし。これ理想即神論なり。その理、実に玄妙なるかな。 東洋にありては儒教仏教ともに理想開発論を唱え、儒のいわゆる太極分化論はシェリング氏に近く、仏のいわ ゆる真如開発論はへーゲル氏に近し。﹃繋辞伝﹄に、易に太極あり、これ両儀を生じ、両儀四象を生じ、四象八卦 を生ずとあり。那康節これを解して、一分かれて二となり、二分かれて四となり、四分かれて八となるという。 これシェリング氏の絶対開発論に似たるにあらずや。また仏教中、中道諸宗にて真如即万法、万法即真如と説き きたりて、この一大世界を真如の現象となすは、ヘーゲル氏に一致すというべし。 以上の開発論によれば、理想即神の存立は自存自在なり、その開発は自開自発なり。しかるにこの体より開き あらわれたる物心万境は、神と全くその性質を異にして雑多なり、不純なり、有限なり、相対なり、不完なり、 差別なり、制限なり、依立なり、有始有終なり、有生滅なり、有変化なり。単一至純、無限、絶対等の性質を有 するものより、かくのごとく全く相異なれるものを生ぜるは何故なるか。これまた一大疑問なり。しかしてこの 二者中、一を本体といい一を現象という。故にこの問題は、これを本体と現象との関係と名付くべし。この関係 を論じて、その二者一なりとするものと、二なりとするものと、不一不二なりとするものとの三様あり。一なり とするものは古代エレア学派の単一論にして、おもえらく、宇宙間真に有なるものは単一のみ、差別の現象は虚 無なり、あるいは感覚上の誤謬なりと。仏教の般若皆空の説またこれに近し。つぎに、二なりと見る方は仏教の ﹃唯識論﹄またはプラトン氏の理想論のごときこれなり。プラトン氏の物心の本源を説くところ明瞭ならずとい 312
えども、二者の関係を論ずるに至りては思想と感覚との相反相排を説き、理想と世界との一致同体を示すあたわ ざりき。﹃唯識論﹄も真如と万象とその体一なることを説くも、その関係に至りては二者の間に分界ありて、いま だ一致融合するゆえんを示さず。故にこの両説ともに不一論なり。つぎに、不一不二としてこれを見たるは仏教 中天台の説、ならびに西洋ヘーゲル氏の説これなり。しかしてヘーゲル氏の所説と天台の所説とまた多少の異点 なきにあらず。氏の所説にては、理想自体が開発する間に論理必然の連鎖として三段の法式によりて進化し、前 後順次を追うて開発するゆえんを説く。これなお開発の漸時なるものなり。しかるに天台においては、物心万境 の現象は次第に開発するを待たず、吾人の一心一念の上に具す。この一念動けば即時に万境歴然として存し、万 象森然として現るという、いわゆる一念三千の妙理ここにあり。すなわちその開発や即時なりというべし。しか して我心よく万境これ真如と達観すれば湛然一如に帰して、また一象一有の真如の外に存するを見ずという。故 に天台の論は開発論というより、むしろ実相論というを適当なりとす。すなわち万有万象の当体これ真如なりと いう。物心と理想との関係ここに至りてその妙を尽くす。これより以上は、言亡慮絶またいかんともすべからざ るなり。
第六講 物心論
忠孝活論 前講すでに述ぶるがごとく、本体と現象との関係は不一不二とする説をもって最勝なりとす。なお一物が一物 脇 たると同時に表裏の二面を有し、表裏の二面ありと同時に一物たり。一物を離れて表裏なく、表裏を離れて一物なきがごとし。故に一物と表裏とは不一不二なり。本体と物心とはまた不一不二なり。かのエレア学派のごとく、 ただ単一の本体のみこれ真にして、あらゆる現象はこれ空なりといわば、この空の生ずる根源たる本体もまた空 なりといわざるべからず。なんとなれば、我人が本体の有無を知るは、物心の現象について推論して定むるもの に外ならざればなり。またプラトン氏のごとく思想と感覚の二元を分かち、現象をもって感覚に属し、本体をも って思想となすも、二者の原理にさかのぼりてこれを達観すれば、思想といい感覚というも、ともに一心に属す るものにして、現象といい本体というも、ともに理想一元の体象に外ならざるを知るべし。故にこの二者を一と するも不可にして、二なりとするもまた不可なり。二なるがごとくにして一、一なるがごとくにして二、畢寛表 裏二面、一体不離の関係を有するものなり。 つぎに物心二者の区別も、外よりこれを見ると内よりこれを見るとにより、二様の見解を生ずるなり。外より これを見れば、理想の本体すなわち神体より心界と物界の二が次第に開現し、物心未開のときに物心なく、既開 のときに本体なしと考うるなり。しかれども内よりこれを見るときは、未開のときすでに本体中に物心を含み、 既開ののち物心の裏面にまた本体を包むとなす。もし初めに物心の原形全くなからんには、後に至りこれを発生 すべき理なく、また初めに本体ありしもの、後に至りてその体の消失すべき理なし。なお草木の種子のいまだ発 生せざりしとき、その内部にすでに枝葉となるべき原理を含み、枝葉を分出したるの後、その内部にまた種子と なるべき原理を含むがごとし。この故に、草木は果実を生じて種子を出だし、この種子また草木となりて枝葉を 現し、循環してやむときなし。宇宙また本体中に物心をおさめ、物心中に本体を潜め、生滅の現象と不生滅の本 体と互いに裏となり表となり、もって一理開きて万差となり、万殊合して一本に帰し、無始より無終に至るまで、 314
忠孝活論 けだし輻転して際限なかるべし。これを要するに、理想開発の前後において、一方は外延に単一をあらわして内 包に万差を含み、一方は外延に万差を示して内包に一理を具す。故に開発の前も後も、その総和常に唯一なり。 今、図をもってこの関係を表せん。 ﹁理体の裏面に現象を具す。﹂︵理体裏面具二現象一︶ ﹁現象の裏面に理体を具す。﹂︵現象裏面具二理体一︶ 以上は物心と理想との関係を論じたるものなるが、更に物心相互の関係につきて一疑問の起こるを見る。その 疑問とは、一理平等の本体より何故に物心なる異性質のものを生じたるか。心は無形にして物は有形なり、また 物は延長を有して心は延長を有せず、また心は有覚にして物は無覚なり、なにをもって物心の間にこの差別ある か。古今この問題を解するに種々の異説あり。あるいは曰く、物と心とは全くその性質を異にするも、これ本体 315
の上に存する属性に過ぎず。あたかも一物に色と形との二種の属性を兼有するがごとしと。これスピノザ氏の説 なり。あるいは曰く、物心の相違は加符︵正符+︶減符︵負符﹃︶のごとく、また然︵ぺoω︶否︵8︶のごとく、 ただ相対性の上に並立するものにして、一元の理想が開発するに際し、自然に二者を伴生するに至ると。これヤ コービ、べーメ氏等の論なり。あるいは曰く、世界はひとしく無数の活動的元子より成るものなれども、発達の 前後によりて物心の相違あり。物質元子もその実、観念性元子にして心性元子と同一なるも、その発達完全なら ずして、その性質不明瞭なるもの物質となりて現すと。これライプニッツ氏の説にして、この説によれば、心は 発達の高等なるもの、物は下等なるものというべし。あるいは曰く、二者の本体は心︵すなわち我︶のみなれど も、心そのもののみにてはその存在を確実にするあたわず。よって心自ら己を制限して物︵すなわち非我︶を起 こし、物心二者の相対を現すと。これフィヒテ氏の唯心論なり。あるいは曰く、一理の上に純不純の二気あり、 あるいは発達の上に完不完の二様あり。その純にしてかつ完なるものは心となり、不純にしてかつ不完なるもの は物となれりと。宋儒の理気説、仏教の﹃起信論﹄、シェリング氏の万有哲学の解釈等、この説に属す。この説に よれば、発達の上には完不完、性質の上には純不純をもって物心の区別を立つるなり。この論よく近年の理学上 の解釈に契合し、物心の区別を説くに最も適好の見解なりとなす。故にここにこの見解に従い、理想一元より万 有を開現する順序を主観客観両論の上において説明すべし。 そもそも宇宙の本源にさかのぼりてこれを考うるに、気に純不純もしくは清濁の二ありて、ともに一理より生 ずというはまさしく宋儒の説にして、その見解にまた内外の二様あり。これを内より見れば理気の区別なくして、 理すなわち気、気すなわち理というべく、外より見れば理気の区別ありて、理に善悪なく、気に善悪ありという 316