2.産業共同研究センターによせて 2011-July No.10 3 滋賀大学 学長 佐和 隆光 戦後の日本経済史を振り返ってみると、その折々の花形産業が経済成長をけん引する主役を演じていたことに気 づかされる。1945 年から 55 年にかけての戦後復興期、有澤広巳東大教授(当時)が提言した傾斜生産方式に従い、 政府の復興基金の融資先として石炭産業が最優先された。電力は「水主火従」から「火主水従」へと転じつつある状 況下、石炭火力発電所の新増設に当たり、また戦火により失われた建造物の再建のために、鉄鋼の増産が欠かせ なかった。そこで復興基金の融資先として、石炭に次いで優先されたのが鉄鋼産業だった。鉄の生産には石炭が不 可欠、石炭増産のための坑道づくりに鉄は欠かせなかった。当時の家庭に備わる電化製品と言えば、白熱灯、真空 管ラジオぐらいしかなかった。暖房は火鉢と湯たんぽ、マキをくべて湯を沸かし、ワイシャツのしわ伸ばしには焼きコ テ、雑音混じりのラジオ放送に耳を傾ける。こんな生活の中で、電力消費の主役は白熱灯だった。停電を回避するた めにと、数人の男子中学生が「一軒に一灯」と大声で叫びながら、毎夜、町内を回っていた。 1956 年度『経済白書』は、「もはや戦後ではない」という名台詞を流行らせたことで有名な白書だ。この言葉の意味 するところは次の通り。戦後 10 年を経て日本経済は戦前水準を復興したのだが、それまでは「戦後復興」というバネ 仕掛けで発展してきた。戦後復興が成就された今、次なるバネ仕掛けを備え付けなければならない。白書執筆者後 藤與之助が提案したのが、技術革新(イノベーション)と近代化(トランスフォーメーション)の二つだった。後藤の予言 どおり、1957 年 7 月、景気は下降局面を迎えた。後藤は、この不況を「なべ底不況」と名付けたのだが、幸いにも後 藤の予言は的を外れ、不況は翌年 6 月に「底入れ」し、日本経済は高度成長期を迎えることとなる。 高度成長のけん引車となったのは、「三種の神器」と呼ばれた白黒テレビ、電気冷蔵庫、電気洗濯機の普及だった。 三種の神器の世帯普及率が 90%を超えたのは、万国博覧会が開催された 1970 年のことである。さて、その 3 年後 にオイルショックに襲われ、日本の高度成長期に終止符が打たれた。石油価格が数ヵ月で 4 倍高になったのは、石 油業界のみならず、電源構成の 70%を石油火力が占める電力業界にとっても一大事だった。石油代替電源のエー スとして奉られた原子力発電所が、70 年代、相次いで新増設された。 オイルショックの衝撃には只ならぬものがあり、1974 年には、戦後初めてのマイナス成長を記録した。高度成長の 15 年間、日本の実質経済成長率は平均年率 9.4%を記録した。75 年から 90 年までの 15 年間を、私は減速経済期 と呼ぶのだが、その間の実質経済成長率は平均年率 4.2%に半減した。とはいえ、欧米先進諸国が軒並み 2%成長 に落ち込んだのと比べれば、オイルショック後も日本の経済成長は堅調に推移したというべきだろう。そのけん引車 となったのが自動車産業だ。日本の乗用車世帯普及率は、1965 年に 10%、70 年に 22%と、まだまだ低水準にあっ た。それが 80%の大台を超えたのは 1991 年、バブル崩壊不況の始まった年のことだった。その後、今日に至るまで、 80%台の前半で上下している。その理由として、わが国では自動車の保有コストが高いことが挙げられる。 自動車産業ほど経済成長のけん引力の強い産業は類例を見ない。自動車の増産は、鉄鋼をはじめとする素材産 業を潤す。のみならず、石油産業は潤い、損害保険会社をも潤い、大型小売店舗も潤う。1991 年に不況に突入して 以来、今日に至るまで実質経済成長率は 0.6%という有り様だ。その理由は、過去 20 年間に普及を遂げた耐久消費 財は、携帯電話、デジカメ、DVD プレーヤー、ノートパソコンなどのデジタル製品に限られるからだ。デジカメと自動車 を比べれば、産業連関的波及効果において雲泥の差がある。日本経済が長らく低成長に甘んじているのは、そのせ いである。紙幅の都合上、割愛せざるを得ないが、結論だけを申し上げれば、今後、日本経済が 2~3%の成長経済 に復帰するには、エコ製品の普及に頼るしかない。「温暖化対策なくして経済成長なし」が私の信念である。
2-1. 産業共同研究センターによせて(滋賀大学産業共同研究センター報 No. 10)
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