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欧州経済発展史論―欧州石炭鉄鋼共同体の源流― 利用統計を見る

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欧州経済発展史論―欧州石炭鉄鋼共同体の源流―

著者

島田 悦子

学位授与大学

東洋大学

取得学位

博士

学位の分野

経済学

報告番号

乙第127号

学位授与年月日

2001-01-29

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00004061/

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja

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第9 章  ア ルベ ッ ド

グ ル ー プ

一 づレクセンブ ルクを中心 とした典 型的西欧重上業コンツェ ルンー

は じ め に 西欧経 済は1950 年 代にめざましい 発展の 道を た どり始 め た。1952 年 には 欧 州 石炭鉄鋼 共同 体が成ダし たが, 1958年 初頭 になる と,欧 朴│経 済共 同 体 が 発 足 し た。叫欧の経 済統 介運 動 はここ に さら に‥・歩巨 歩 を 進め たのであ る。第2 次 世 界人我 後の欽 μ 経 済には 地 域 的 統 介運 動の機 運 が大 き く 盛 り 上って き てい る が, これは 新しい 時 代 の 要請に沿った 必 然 的 な なりゆ き であり, 西欧 諸 国 はこ の 運 動の 先頭をきっ て経 済 統 合 の 成 果 を あ げつ つある。 経 済 共同 体の 発足によっ て,人陸6 力 国 は シュ ーマ ン 共同体の石 炭・鉄 鋼 に 限定された部 分的 な経 済 統 介か ら 進 ん で. 令経 済的 統 合 の実 現 に 努力 す ること になっ た い㈲時にこの 経 済 共ト\体の 形 成 が, 西 欧 諸 国 の 通 貨 の自 由 化 を促 進 し, ここに急速に広人な白 山巾 場 を 現出させ た。 これら う山の措 置は,フラ ン スや 英 国 の よ う な弱体な 経 済国 家 に とって は確 かに□険的な もの で あった が. 各川の 熱心な 経 済 建 て 直 し政 策 と と も に 国 際 同の 緊密な協働 政策 が と ら れる よう に なった こ と は. 米川の 強 力 な援 助 政 策 と も相まって叫 欧に そ の 後 の忽 速な 経 済 発展を も た ら し た。 これら の措 置によって西 欧 諦 国の巾 場は人き く自 由 化さ れ, 国 際取引が活発 化し,資 令の 流 通 が 円 滑に な り, 四 欧 経 済の発艇 に強い 刺激 が 与 えられた。し かし 反面 , 国 際 競争が激 化し, 削p]は近 代 化お よ び今 理 化運動 を強 力に 展開す

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238 る こ と に な る。し た がって 人 企 業 間 の 紹 介, I ]川 等 心 編 成 が急 速 に 進 行 する よ う に な る と 考え ら れ た。こ の こ と は 国 内 の み な ら ず, 四 欧 の 自 山 化 さ れ た 人巾 場 を 舞台 にし て 広 く国 際 的 に 行 わ れ, そ の 紹 米国 際 的 資 本集 団 の いっ そうの 強 大 化 を もた ら す こ とが 斤想 さ れた。 すで に 西欧 彰]・業 界に はい くつ かの 国 際 的 なけ 人コ ン ツ- ェルン が,そのiと配 網 を は りめ ぐら し て い た(【町欧 を 中 心 とした ㈲ 簾的 屯】し衷コ ン ツ。!ルン の 支配 網 につ い て は,拙 稿「四欧 国 際 重 工 業 コ ン ツェル ンの発展J ''-政 経 月誌丿 第A7,48 号,参 照卜 そ し て 四 欧 の 経 済続 合 運 動 の 推 進 ノ}の 一つ は, こ れ ら 人:J ンツ ェ ル ン に よ る国 際 的 な資 本交 流 の 事実 で あった と い う こ と が で き る。 こ うし た 国 際 的 大 コ ン ツェルン の 顕 咎な 例 として, 筆 者 は す でにフ ツ ン スの 人 重 工 業 コ ン ツェ ル ン た る ド・ヴァン デ ルお よ び こ れ と 双 璧 を な す シュナ イ ダ ー・グ ル ープ を と り上 げ て 検 討 し て きた,こ の シュ ナ イ ダー・ク ルー−プ と密 接 な 関 係 を持 つ ル ク セ ン ブ ル クの ア ル ベッドレ ΛKBF(D) コ ン ツェルン も また, 西 欧 き っ て の巨 大 な国 際 的 コ ン ツェ ル ンで あ る。ル クセ ン ブ ル クの よ う な小 川 に こ う し た 世 界的 な 大 コ ン ツェ ル ンが 存 在 す る こ と は, ちょっと む妙 に思 われ る か も し れ ない。だ が 実 際 は ア ルペ ッド に は フ ラ ン ス, ベ ル ギー一等 のl l人な 外: 因 金融 資 本 がい くつ も 人 きく 参 加 し て い る の で あ り,そ し て ア ル ベッド 自身, フ ラ ンス,ベ ル ギ ー, 西独,南 北 ア メリ カ 等 に 広 汎 な 資 本 的 参'}-を 行丿てい る す な わ ち ア ルペ ッド は 西 欧 の 国 際 的 資 本 支 配 網 の ーつ の 弔v変 な 結 び 目 と なって いるとい う点 で 特別の興 味 ある 存 在 で あ る。 第1 節  ア ルベ ッ ド の 歴 史 的 発 展 ル ク セ ンブ ル クの 製 鉄 業 は 地 元 の 鉄 鉱 石 を 使 川 し, 木炭 を燃 料 とL て古 く か ら活 動 して お り ,10 世 紀 ご ろ に は ラ イ ン地 万に も輸 出 を し てい た。I 7 111;紀初 め ご ろ か ら, 鉄 の 需 要 増 人 に 伴 い , 水 力 を 利 川 し た 人 に場 が 建 設 さ れ る よ うに な り, 熔 鉱 炉 で 造 っ た 銑 鉄 を 低 炉 で 精 錬 し て 錬 鉄 と し て い た ,し か し, 19 ill;紀 初

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3fi H や アルバ。丿ヽペダル一一ブ 239 頭 に は な お ルク七 ン ブ ル タ の 製 鉄 所 数 は わ ず か10 で, 11 基 の 木 炭 高 炉 と8 つ の 精錬 所 が あ っ た だ け で あ る。そ の 後 ル ク 七 ン ブ ル ク の 製 鉄 業 は 先 進 工 業 国 , と く に 災国 と の 競争に 敗 れ て 実 退 し. 19世 紀 中 ご ろまで は 設 備 お よ び 製 法 に 何 ら の 進 歩 も み ら れ ず,沈 滞 し て い たト ・レ ク 七 ン ブ ル ク の 鉄 鋼 業 が 叫 び 発 展 を 開 始 し た の は, 1840 年 代 に 国 の 南 部 に ミ ネ ッ ト の 人 鉱 床 が 発 見 さ れ て か ら で あ る,そ れ ま で は も っ と 高 品 位 の 冲 積 鉱 石 が 使川さ れ て い た。こ の ミ ネ ッ ト を コ ー ク ス を も っ て 精 錬 す るよう になっ て か ら は ひ じ ょ う に低 廉な 費川で パ ド ル 用 銑 鉄 が 生 産 さ れ る よ う になり, 1859 年 か ら62 年 に か け て 鉄 道 の幹線 が 完成し て の ち は い っそう 有利にこの 新 鉱 石資 源 を活 川で き る よ う に な っ た 後 に アルベ ッ ド に 合 流 し た諸 会 社が 初 め て 現 わ れ。ル ク センブ ルク 鉄 鋼 業の 発 展に収 変な役 割を 演 じ る よ う に な っ た のは この 時 か ら である 。この鉱 床の 重 安な採 据 権を殼 初に獲 俳し た の は, 初 期の 先 駆 的 な 製 鉄 企 業 の ー-つで ある エ ッ シ ュ(I'ich) の オ ー ギ ュ スト・メッ ツ社(Soci φtトAugusle Metz & Cie) で あっ た(1837 年 印)設)

いこれが 後 年 の ア ル ベ ッドの中 核となっ た 会社 で あ る。同 社 は エ ッ シ ュ付近 に ミ ネ ットの人ミ鉱床を 所有し, 1848年 か ら50年 に かけて 初 め て こ の鉄鉱行を 熔鉱 炉に使川し た 。 1858 年にはコ ー クス専肝高炉を建 設 し た。こ の 会社 はの ち に エ ッ シ ュ製 鉄 合 資 会社(Soci(tO en Comiiiendile des Forgesd'Ki(h)

と な っ た 几 I8ri5年の ベ ッ 七 マ う 大の発 明で,燐 分の多 い 銑 鉄を生産 す る ルク セ ンブル ク 製 鉄 茫 は ・11.^困 却な事態 に 陥っ たが, 1879 年のトー マス 製 鋼 法の発 明 に よって 叫び発 展への 道を た どり 始 めた 。 この トー マス 法の使川許旺 を 大 陸 で 初 め て 得 だの はこのエ ッ シ ュ社でヽある (1879 年4 月21 川) 。 1882 年 にエ ッ シ ュ社は,の ら のアル ペッド 社 長 , ガ ス トン・バ ル バ ン ソ ン((ast 。n Bai・bauson) 氏の祖 父に あ たる人物 と 共同でトーマ ス 法 の 作 業 を目的 として デ ュ デ ラン ジュ製鉄会社(Societ φde l卜ine de Dudelange) と い う 新 会

社を 設しし,デ ュ デ ラ ンジュ裂 鋼 所を 住 設した。こ の 製 鋼 所 は 熔 鉱 炉,塩 基 性 紅炉工場 お よ び吋ミ延 工場を有す る ル ク セ ンブル ク 最 初 の 完 全 な 総 今一貫 工 場で

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240 図9-1  ル ク セ ン ブ ル ク鉄 鋼 工場 所 在 図 ○ − ︱ 一 あ9 た , ト ー−マ ス 製 鋼 法 が 開 始 さ れ た の は1886 年3 月 凶 に , ル ク セ ン ブ ル ク 鉄 鋼 裳の 発 展 が 心 び 始 ま っ た 記 念 す べ き 日 で あ っ た 。 こ の ほ か 肖 時 の 収 要 な 製 鋼V. 場 と し て は ロ ダ ン ジ ュ{Ro ・daii 叩 製 鋼 所, 1872 年 印)設). ド メ ル ダ ベ ル ギ ー ノ アチュ ミュ ソンi ・  イ / // ’ぺ_ / e ……… −'o ロ ダ ン ゝ   " "  ー㎜〃     ミ〃 W -テ ール . ) レ ージュ フ ラ ン ス 1 高  炉  / 鉄 道幹線 ○ ‘ 貫V 場 /│ 可  境R

製鋼: 場 {Metal Fiultetin. March 1955) ン ジ-"パDomnu'i'dan 只<■製 鉄l ミ場 , 旧55 年),デ ィフェル ダ ン ジュ(Differdange 製 鋼所, 1896年丿 等 があ る,こ れら,諸 企業 の中 で も デュデラ ンジュ製 鋼所 は常 に業 界をリー ド する,シl場 に,ンい て いた。 同製鋼所 はデ ィフェル ダン ジュ製 鋼 所 とともに1900 年に初め て ガス動 ノバ;場を 設 置 した,こ れは 当 時 と しては 実 に 人 胆 な 企 画であっ たが,そ の 後の 裂 鉄 条 の 技術 的 発 展 に 大 い に 貢 献 し た。また こ のl 製 鋼所はル クセ ンゾル クドガス渋浄 法をも採り入れた几 20 世紀初頭 の デ ュ デ ラ ンジュ製 鋼 所 の 状態 につ いて,1902 年に同 国を訪 問し た 英国 鉄鋼連 盟 会 員の視察 団 の 報 告 は 大要次 の よ うに述べ ている 。 「 こ の 会 社 は ルクセンブル クお よ びロレーヌド2,200エ ーカーの 鉄 鉱山をも っ て い る,1 日約1 ,900ト ン の ミネ ット がi:場 から1 マ イ ル以内のと ころで 採 掘される,こ れは鉄道 で 炉 に運ばれる,コーク スは もっぱ ら ド イツから輸 入さ れる,現 在高炉5 基が 稼 働し て おり, 6番 目が再建され たところで,ま もな く 火 入 れされる,は ず だ。こ の巾4 基 は目楽日0 1ヽン, 1 基 は㈲ト170 ト ンである,

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第9 伊 アルペJ ;ヽ≒ グループ 241 銑 鉄 は 令 部 ベ ッ セ マ ー 銑 で,隣 接 の ベッセ マ ー 工 場 で 鋼 に な る,転 炉は6 基 で, lO∼lS ト ン の 能ノJである。 ブ ルーミ ン グ ミ ル は1、000馬力の エ ン ジ ン で 動 き,日(f:600 トンであ る,大 型 梁 材・レ ー ル ミ ル は3.500 馬 力 エ ン ジ ン で4 ス タ ン ド であるト 」 な お1901 年当時 の ル ク セ ン ブ ル クの 鉄 鉱 石 生 産 は445 万5.000 トン, 28 基 の 高 炉 中 稼 働して い る も の25 基 で,銑 鉄 生 産 は91万6,404 ト ン で あ っ た卜 っデ’ユデ ラ ン ジ ュ の 銑 鉄 生 産 は ル ク セ ン ブ ル ク 全体の 約20 % と い う 大 きな割 合を占 めて い た わ け である,。 19111紀; 末 から20111;紀の は じ め に か け て, 耽 界鉄鋼業 の発展は実 に めざ ましか っし と く に勃 興し つ つある ド イ ツ の 拡 大 ぶ り は す ば らしく,またフ ラ ン スや ベ ル ギー一等 の 隣接 諸 国も そ の 生 産力を 着々と 増人さ せ て いた。この時 期 は ま た 企 泉合ト]と集 中の 急速に進む と き でも あった。このような 外 国の重工 業 の 圧迫 に対 抗し て,ル ク セ ン ブ ルク鉄鋼業 に も, 独立 を維 持す る ための大 規 模 な 企 業 介" ]が行 われ た。す なわち1911 年 の デ ュ デ ラ ン ジ ュ 製鉄 株 式 会 社 (SocieteAll.

iivme (k's Hants [■ u(riu'auχ et ドorKes de Dudelange) を中心 としたエ ッシ コ。製鉄 合 貴 会 桂(Socirt 匹n coiiimandile d厄Forges d ’Eich)お よ び ル ク セ ンブ ル ク鉱山 ・ザールゾリュ ッ ク製 鉄 株 式 会社(Soci かtひanonvmc des Mines duLuxi'n

山0川・匹 ヽtド田・KCS cie Saarebnick) の 合同である。1882 年創立の デ ュ デ ラ ン ジ ュが もっとも 新しく, 一番古いのはエ ッ シ ュ で!847 年 の創」立で あ る。新 会

什 は^,称をア ルペ ッド(ΛRB □ ),Λcieries Rt'unies de Ihirbach-Eich-Dudelange,s.

Λ。) と し た いこ こに の ち の国際 的け 人コ ン ツ ェル ン たる ア ルベッド が 誕生 した のである。こ の 介川は デュ デ ラ ンジュの 卯」え に 参 加した バ ル バ ン ソ ン 家 の ガ ストン・バ ル バンソン 困aslon Bai・banson, のち に ア ルベッド の 社 長 に な る ) と人 陸 粗 鋼 カ ルテル の 発起 者で その初 代会 長となったエミール・マ イ リッ シュ(iCmile Mayi・isch) と の協 力に よっ て できた。こ の 合同は3 社 の問に 発 展 してき た共 川の利害 お よ び人 的 結 介により 望 ま し い も の と さ れ た㈹ 介ド ]が行 わ れた時 ,エッシュ社 はエッ シュに 高 炉4 基 を 有 す る 工 場(半 分 は ルク セ ン ブ ル ク鉱 山 ・ザールブリュ ック 製 鉄 会社に よって 所有さ れ ていた).

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糾2 資 本系 統 ル ク セ ク ベ  ・ ル  ・  一 ブ 仁 キ Iレ岫lARIiKI) ド イ ツ ペ ル ギ ー 表9 −1  ル ク セ ン ブ ル クの 鉄 鋼 工 場 (1913 年 ) 勁 旺r, Gi.'lsenkirch(.'nt.T HcfK'・w(Tks A バ:;,

S, A ,cits liauts FuurHfaux el Aci φΓit's dfSttinforl

Dei 】Lsch土i!χfmbiir μischfBtrgwerks 11, I lotionA.

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S. A. dcs Hauls I-'niir ・neaiix

di- Runu-l.'inHe St. Ink'bert S.A.d'Ougrcf MarihaM ・  ̄  ̄ I  ” i:場(.'■:叫    呼h レ 製鋼 炉 川 仔 基 数 一 一 l)(.ninn・llDKヽ・II 1 {siiに 川ik-y Al/.lt,Dm

画 仙ii応 Saai'ijnicki.・n = .叶 " ' - I レ −一一 一 一 り 二 ノ 鳩li. I ,,ン プ ゛4 ‥‥‥4 ・ -3 6 、 h S 一一一 一

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し かし 第1 次 人戦 に ド イ ツが 敗北 し たため・レク 七 ンブ ル ケと の 関 税 同 盟 は 破 れて , 両 国 の 経 済 的 連 結 が 失 わ れ。 また フ ラ ン ス資 本 の 強 い 圧 迫 が あ っ て ル ク七 ンブ ル クの ド イ ツ資 本は 後 退 せ ざる をえ な くな っ た。か く て1919 年 に は ゲル ゼ ン キ ルヘ ン はフ ラ ン ス, ベ ル ギー, ルク セ ンブ ル ク資 本 ( ア ルベ ッ ド, シ ュ ナ イ ダ ー, ド・ヴ ァ ン デ ル 第9 命 了 ルペッド・グループ 糾3 表9 −2  ア ル ベ ッ ド の驚 ム やT う ン 1918-1919 I9:'i∼192219 引 192F)1925 * 卜心卜** t 心S -!27 730 1 .2065211.7882.325 ︲ll − 373 935 1 .182 11508 , 1.766 2.282 ︲ − − 9 . 1 O J 1 -- I O ' U D 1 り ﹄ 6 1 7 4 3 6 9 4 4 8 註:*T.-r-,・s R‥nii!,・・sを 含i'i へ *.[.:に く

含t-川 叫: Alfre( Siartus, I 々( 沁ss・n Eisrn uml 。りelalltm・i.'m, .[りai p 2

等 ) の支 配 ドに入っ て, テ ー ルりレ ー ジ ュ 製 鉄 会 社(Societe MetallurgiqueTerres RouRes) お よ び テ ー ル・ル ー ジ ュ 鉱山(Miniere des Terres Rouges) と

な り, 1920年にはド イ ッ チ・ル ク セ ン ブ ル ク か ら は フ ラン ス, ベルギ ー , ル ク

セ ン ブ ルク 介 資( ジ ョ ン・コ ッ ク リ ルJohn Cc

ckerillおよびマ リ ヌ・エ・サ ン =テ チ エ ン ヌ 製鋼Acieries do la Marine et Saint-Elienne) の デ イ フ ェル ダ ン ジ

ュ・サ ン= 7'ン グ ベ ー ルこリュ メラ ン ジ ュ鉄 鋼 株 式 会 社(S. A. des HautsI'nu

自匹aux et ΛciφΓics Ci(> )ifferilange-S It.ngbert-Runielange・− ア デイー ルllailii ・) が 卯」設 された 。 シ ュ タ イン フ ォル ト はフ ラン スの 会 社(SocieteMola

油i図(即' d丿 口oire 丿:iris) に買 収されたが,そ の後 ベ ル ギ ーのオ ラ ン ダ・ベルギ ー・マ ーX ト リヒト 社(Societe HoUando-belge de Maastricht) と い う コー クス会社 お よ びア ングラ ール・アチュ = グリー ヴ ニ ェ製 鋼株式 会 社(S.

Λ。(cs Λ(iei-ics d'AiiKl田c・(t d'Athus・(Irievfgnee) と密 接 な 関 係 を 結 ん だ㈹ こ のアングラ ール社は 第2 次人 幟後コ ック リ ル に 今 併 さ れ,シュタインフ ォル ト はコ ック リ ル・ウーグレのJ'-々社 回様 に なっ た 。 ア ル ベットは192 鴎八こテ ール・ルー ジ ュ製 鉄 会 社 を 介 併 し た。同 社 は1926 年 にド イ ツ に 合同製鋼が出 現し て か ら は,こ れ に 次 い で 欧 州 第2 の 鉄 鋼 会 社 と な った。同 仕の生産 の発 展は 表9 −2 の と お り で あ る。 旧テール ペ レージ ュ礼の ル ク セ ン ブ ル ク所在 の 工 場 は ベ ル ヴァル (Belval) お よ びエッ シ ュ の2 工 場であり, 高炉日基, トーマ ス 工 場 !, 分塊工 場2, 圧

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糾4 表9 −3 ア ル ベ ッ ド の 鉄 鉱 山 お よ び 炭 坑 所 有 -ル ク七 ン ブ -ル ク ロ レ ー-ヌ ペ ルギ ー-ド イ ツ 1.21,1 しヘ ク タ ー ル16,728 311 2,788

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延i; 場l が あ る  エ ッ ジ.1.r.場 は 鉄 鉱 山 も 所 有 し て い る  ま た ド イツ に は ア ー ヘ ン (ΛachiMi) に ロ ー テ ・ エ ル デ(RolfKrde )1'.場 が あ り. \i鋼, II ミ延 に場 お よ び 厖 人 な 掲 炭 の 資 源 を 持 っ て い るりト こ の 合 併 に よ り , ア ル ベ ッ ド の 所 イJす る 鉱 山 は さ ら に 国 際 的 に 拡 人 し た  鉄 鉱 石 の 生 産 は1918 ∼19年 に158 万 ト ン. 1924∼25 年 に は292 万 ト ン で あった 第1 次 大 戦後 ル ク セ ンブ ルクは ベ ル ギー と結 び つ い て 関 税 同 ほ を 形 成しだ しか し ア ル ペッ ドは昔から の ド イ ツ との 関 係 も囚 く 維 持 し,ド イツ 領 内 に 石炭 資 源 を支 配し つ づけていたし,鉄鋼加 工 部 門 を も確 保 し て い た,中 で も φミ要な 支 配 は エ シュ ヴァイ ラ ー 鉱 山 連 合(・Eschweiler 如Kwerks Λ’c山n,l'^Bい で,1927 ∼28年 の出炭は372 万トン,銑鉄 生 産 は3 万3,000 ト ン で あった  また ワエ

ルテ ン ・ウ ン ト・ギ ョーム・カ ルルスヴェ ル ク 社(I'el ten und Guilli-a田lU'Carlswerk A. G., Koln-Molheim) は欧 州きっ て の重 要な 線材i万場 で あI), こ れ

ら の 支 配 を 通じ てア ルベ ッドはドイ ツの鉄 お よび非鉄 令 属 業 と も 深 く 結 びつ い

てい た.

同 時 にベ ル ギ ーや フ ラ ン ス との 関 係 も極 めて根づ よいもの がある,ベ ル ギー

で は フラ ンダ ー ス のクロント リ・エ・ト レ フイル リ{Cl( nt巾i'S (Prefilげil'S, ベ ル ギーの 有力な線材 工 場)や リュア ンHミ延ボルト社{I>amin()irs ・tt Houlon・neries

du Ruanj 等 に参 加してお り,ま た ウーグレ・マリエ と鉄回し て ザ ファ ク社(Safak s. A.)等多く のf 会社 を つ くっ てい る,マイリッ シュ社 長が1928 年 に死去 し て の ち,ベ ル ギーの 夫 金 融 資 本 ソ シエテ・ジ.1.ネラル・ド・ ベル ジークがア ルベ ッドの株式25万 株の う ち4 万fi,000抹を 支配し,強 力 に 侵 人し てく る よ うになったが,こ う し た 両国 資 本の結び つ き に は すでに以前 から 川実 的土合がで きて いた のである. フ ラ ンス資 本 も また テ ール・ ルージュ製 鉄介併 の際 に心接 アルペ ッドに 参加 し てい る,また1919 年にl日ゲ ルゼ ンキルヘ ン のi;.場 からテ ール・ ルージュ製鉄

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第9 争 アル・い ド・クルー−プ 245 と同 時 に 没ヽ丿さ れた テ ール・ルー ジ ュ 鉱 山 に は,シ ュ ナイ ダー等 と と も に ア ル ベッド も 参ソし て い る  こ の テ ー ル・ル ー ジ ュ 鉱 山 は オー プ リ ブ・ヴ ィ ルリ ュー製鉄 に参り七 て い る が,ア ルペ ッド自 身もこの 会 社 に は強い支配 的 関係 を もっ てい る こう して 第i 次人戦 後 に ア ルペ ッド は 雄 人 な国 際 的 重工 業 コンツェ ルンの 性 桁をはっ きり と現 わし て き た の であ る。 几宋,ルクセ ンブル ク鉄鋼業は 輸 出に依 存 すること大き く,アルベ ッドも輸 出促進の ためt";界 各地に支店 を 設け ること に努 めへ また 外国との資 本 的 関 係 を通じ て版路の確 保に努力し か。そ し て1926 年に は ア ルベ ッド が斡 旋 役 を つ と めて,独,仏,ザール, ル クセ ン ブ ルク鉄鋼業 の間に大 陸粗 鋼 カ ルテルを 組 織 させた。アルベ ッド社長 マイリッ シュ の 熱心な努力がなかったらこの 粗鋼 カ ル テルは成,丿し なかっ た ろ う とまでd われてい るが,ア ルベッドが 大陸諸 国 の 鉄 鋼業の統介に 熱心だ っ た のは,地 理 的にい]人 な 独 仏両国 には さ ま れて , 両 方 か ら圧 迫を受ける とい う ルクセ ン ブ ル ク鉄 鋼 業の困 難 な状態を打 開 す る た め ば か りでな く, ㈲県巾 場の安 定と拡 人と に 特別の関心 を持つた からで あ る。ア ルペ ッドが資本的に独 仏の中 問 的 々場. を紺持し ていたこと,さら にア・レペッド が そ れ自身 人陸 諸 国に岡際 的 な 資 本連 鎖 網を持っていたこ とが,大 陸 の 鉄 鋼 業 を 緊 蜜に結びっけるI-.でひじ ょ う に効米があっ たと 考え られる 。第2 次 大 戦 後 の 欧 州統合 運動でも ル クセンブル クが 重 要な推 進 者として 活 躍して い るのは,や は りル ク七ンブル クの心土 業 が国際的に広 汎 な 利害 関 係 を持って お1), いわば 資 本的にはすでに㈲祭的な つ の 人き な 統 今体を形 成 して い る と い う 性 格 が, こ の運動の強い 裏づけとなっ てい る か ら であると 考えら れる 。

い Ir 皿and C 皿ドTn 心h'l'vifw. 21 SvnL.1934. 「ルクセン ブルグ製 鉄 業 の 沿 吊:」。

2) Iron卜aiul Cod ドTraiU りieviru い5 June 1958. Mart-el cl Guy Sleffes. l.i' Indusiis ・iesM 沁 柚rc el .S'tV/雨H 小 叩 四di< Iai,,・。/ 。。i; an fi/ties a 。ne,s. 1962. pp. 42-43.

3)Sk'ffs, 0/いJ ・. PI)。44. 72−74. Iron and Coal Trade叩 用nr, 21 Sept 1934. '1)The Journal ・川'roll and Steel Ii出itutcバ902. II、p. 353.

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246 表9 −4  ア ル ベ ッ ド の 粗 鋼 生 産 ・甲剪: r 一卜し 1955年 匹f) 年 ル クセ ンブ ル ク ザ ー ル 1 g卵7 抑 2.1)57S2 今   計 2.695 2.897

,'ti所:Ccml;<u-},al,r i::s,・nりan<l,l・.M,i lUnV

6) Sii・fft'S. ,)/>. I・・/・.pp. 72 71. ガ ス ト ン・バ ル

バ ル ソ ン とJ・,ト づ レ・マ イ リ ッ ン ユ に 勺 い

て は , 回,・□( 凪11)91'! 参 照

D Iron 卜and Coal Tra ふ・ 心'}・il-U・. fi J 川lr 19 ら8

8 ) 沢 吋 宏 叩 し 岑 削 り の 製 鉄l. だ け 回 年 ,15:^-is:

順 \

則 Alfrt ヽd Marc 一卜 l)h- (iross, ・i,/.is,u nnii

Metallkonzeme. 1929. pp.ト10. お よ び 沢 村前 掲 書. 150. 15:^l'i

10 ) ア ルベ ッ ド は 世 界 各国 に 販 売 支店 を 持 っ て い た . にS. Tariff Coinmissiiin. Ironand Steel. 1938, p. 178.

第2 節 第2 次世 界大 戦後 のア ルベ ッド

ア ルベ ッド は 第2 次 大 戦 後 の困 難 の多 い 年 を乗 り きって , 急 速 に 発展した1956 年 現 在 そ の 粗 鋼 生 産 は300 万 ト ン 近 く に 増 人 し た(i'びト り , こ れは 西 欧 の 鉄 鋼 会 社 の 中で も 最人 の 生 産 ぱで あ る.,I9r5(i年 の ル クセ ンブル クの 全 粗 鋼 生 産 は345 万 ト ン で あ る か ら , ア ル ベ ッ ド は そ の90 %近 く を占 め る わけ であり,ア ル ベ ッ ド が ル ク セ ンブ ル ク経 済 に お い て い か に 収要 な 地 位にあ る か が理 解で き る。 従業 員 は2 万5,000人 ,資本金 は30 億 ベ ル ギーフ ラ ン で あ る,, I'JfiG年現 化 こ の ほかに 法定積立 金 が1 億2,000 万 フ ラ ン以 上ある, アルベ ッ ド ぱ発展 の ために償 却 お よ び投 資 に人きな努力 を払 っ てお り, 旧6 年 に は償 却 は10億 フ ラ ン台 に上 っ た。近代 化 投資 基 金 は38 億 フ ラ ン で, 資 本公 よりも多くなっ て い る≒

U Conlinenlaler Ei・se仇andn el Mai . 1957.

ア ル ベ ッ ド の 現 状 に つ い て 詳 し く は 英│刈鉄 鋼 連 盟 会 員 の ベ ル ギ ー ル'/セ ンゾ ル ク 鉄鋼 業視 察 報 片(iron and coal Trade Review, 6 Jun丿958.) 参 川 ,

(12)

第 り び r ・レペ ノド・グ・ジー プ 247 ・A-I o 節  ア ル ペ ッ ド に 参 与 す る 国 際 金 融 資 本 巾  バ ル バ ン ソ ン 家 ア ルペッド の 創 ぺ。行バ ル バ ン ソ ン 家 は, 1955 年 に お い て もまだアル ベ ッ ドの 令株 式の】5ないし20 % を支 配し て お り,そ の代表者と し て 一族 からアド リア ン・バ ル バ ンソ ン(Λdrien Barbansoii )が 重役に な って いるト 。 巴  ソシ エ テ・ジ ェ ネ ラ ル・ド・ベルン 一ク 介株式 の約16 %はベルギ ー のもっとも 有 力 な 大金融会社 , ソ シ エ テ・ジェネ ラ ル・ド・ベ ル ジ ークのB こある。19 世 紀初 頭 の ベ ルギー資 本主義 勃 興 の 時 に ,_1 ミ室 と民 間銀行 家の協 力によっ て創立 さ れ て 以来,この 会社 は 本国と 植 民 地 に また が る ベルギー経済の代 裏 的 巨 人総合コ ン ツ ェル ン に 発 展したので あ る。現 佃で は銀 行,保 険 , 鉄道, 鉱山 ,精 油 , 製 鋼 , 公共事 業 , 化学, 繊 維,兵 器産 叉, 木 材,ダイ ヤモ ンド お よび そ の他の諸 企 業の巨 大 な 集 合 体 で あ る。 こ のソシ エ テ・ジ ェ ネ ラルの支 配 する事 業 は 人 体にお い て ベ ル ギ ー と コ ン ゴ に集 中されているが , 第2 次 人 戦 後 に はカナ ダにも 重 要 な 投 資 をして い る呪 ベルギーにお けるヤ な 丈 配をあ げる と, 鉄 鋼 業 に お い て は 主 な る 持 株 は コッ クリ ル・ウー−グレ(Corkerill O 収r心. ベ ル ギー最 人のメ ー カーで1957 年 の 粗 鋼 生 産 は200 Jjトン以 川 であ る。 また プロヴ ィダ ン ス 製 鉄(F'orges et Fon-clerics cle la Pr( viclen(e, ベ ル ギー・フ ラン ス に ま た がる大 会 社),エ ノ ー=サ ンブル(llainaut-Sar 川 )re),ア デ ィ ール(lladir) 等コ ッ クリ ル・ウーグ レ系統 の 諸 会社 ,お よ び ヴィ エイ ユ = モ ンター−ニ ユ(Vieille-Moiitagne )等 に も 参 与 してい る。

金属 ・ 霜:機関 係で はラ・ブルシ ョリース・エ・ニヴェル(La Bruget ise etNivdU-s,

土に鉄道資 材), シ ャルル ロ ワ 電 機 製 作 所 (Λteliers de ConstructionsElectriques dc Chat

・leroi, A. C. E. C ,重 電機に国 際 的 名声 の あ る 会 社 ) 等 の 持 株 が ある。板 ガラ ス工業 にも 関 係し て お り,第2 次 大 戦後はセメント 練瓦 合

(13)

248

I""] (Cinienlcries et Br ㈲leterii's Reunies, C. !i,K.) を 通じ てセ メ ン ト 衷 界 に も

進出 し て い る。この会社 は ベ ル ギ ー 領 コ ン ゴ に 七 メ ン ト 公 社 を 数 社,カ ナ ダ に1

社(Inland Cement, Λlberta) 設,丿し た。

重 化学 で は カ ル ボ シ ミック(Carbochim ㈲1 ぺ  裂 紙ではベ ル ギー製 紙

(Papeteries de BelgiqiiL"), 機 械・造 船 で はベル ギー造 船(CompaKnIc Mai'iliiiicBeige) 

に参リ し て い る。

カナ ダ におい て は モ ン ト リ オ ー ル の 持 株会 社,ソ ジェミ ヌ 社(S( 恥mines.Ltd.

)を 通じて , カナ デ ィ ア ン・ペ ト ロ フ でナ(Canadian I 山ofina) を はじめ

多数の会 社の株 を 持っ て い るし ソ シエテ・ジェネ ラ ルの支配 す る 事 業 の 中 で お そ ら く もっと も 人 規 模 な もの は ベ ル ギ ー領コ ン ゴの開 発であ ろう。同 社 は ユ ニ オ ン・ ミ ニ ェール・デ ュ・ オ ー・カ タ ン ガ(Union Miniere du Haut Katan 只a) を 通 じ て コ ン ゴでもっ とも 強い支 配 力 を 有し ており,コンゴ の 産 出 す る 莫 大 な 富 を吸収 し て い る  な お ソ シエ テ・ジェネ ラ ル お よび コ ックリル・ウーグレ・グ ルー プに つ い て は 次 ㈹ こ おいて詳述 す る。 (3) コント・ド・ローノ ワ・グ ルー プ ア ルベ ッ ドの 株 式 の 最 大の割 合 (約3 分の 帽 が コ ン ト・ド・ローノリ (Comte de Launoit)  グ ルー プ の 手にある。 こ の ク ルー−プ は ブ リュフイナ

(Brufina, St}de Bruxeiles pour la [・" nanci e et ri(niistr面 お よ び ブ リ ュッセ ル

銀行(Banque de Bruxelles )を 通じ てア ルペ ッ ド を支 配し て い る。こ の コ ン ト・ド・ロ ーノワ・ グループ も 同じくベルギーの 重 に業コ ン ツェル ン:J ック リ ル・ウ ー グレに 大 き な 関係を もっ てい る,こうし て アルベ ッ ド と コ ッ ク リ ル ・ウーグ レはベル ギーの二人 金 融 資本た る ソシ エ テ・ジ ェ ネ ラル およ び コ ン ト・ド・ローノワ を 通 じて相皿に蜜 接 な 関係を有し ていたのである。 (41 シ ュ ナイダー さ ら に アルベ ッ ド に は フ ラ ン ス 最人の国│;≫:<的・K に=裳 コ ン ツェルン た る シ ュ ナ イダーが 重要な 参 与 を行っ てい るご光 来 シュナ イ ダーはテール・ルージ ュ製 鉄 の 支 配者であっだ の だ が,テール・ ルージュがアルペ ッドに介併された際 ,そ

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第9・Q アルベノド・グループ 249 の支配 権 を ア ル ベ ッ ド に 譲 渡 し て, そ の 代 わ りに ア ルベ ッド の 株 を もつ よう に なった。,そ の 持 株比 率 は1950 年代 に10 % から25 %に 増 大 し て い る。 ア ルペ ッド の 副 礼 長 け シュ ナ イ ダー の 代 表 者 シ ャ ル ル・ シュ ナ イ ダ ー(CharlesSchneidei り であ る。 以1- の よ う に ア ル ベ ッ ド に も っ と も強 力 に 参 与 し て い る の は ソ シ エ テ・ジェ ネラ ル・ド・ベ ルジ ー クお よ び コ ン ト・ド・ロ ー ノワ・グ ルー プ の ベ ル ギ ー系 資 本で あ り, 次 い で フ ラ ン ス の シュ ナ イ ダ ー・グ ル ープ で あ る 。 ル クセ ンブ ル ク資 本は も っ と も 弱い 。,し か し 戦後 シュ ナ イ ダ ーの 支 配 力 が か な り 強 化 さ れ て きてお り,同 礼 を は じ め と す る フ ラ ン スの 諸 会社 の 代 表 が こ の ト ラ ス ト の 理 事 公と 小 務川 の メ ン バー を 構 成 レC い る と い わ れ るト フ ラ ン ス のEcoi旬mie etI'oti

・同心 誌 の 「 フ ラ ン スの ト ラ スト特 集 号」 は ア ル ベ ッ ド を シ ュ ナ イ ダー の 支 配ドにあ る と み な し てい が い。

D /l 。iul,lsblatl. 28 OklobtT iDsri.

2) ソ シ エ テ・ジJ- ネ ラ ル・ド・ベ ル ジ ー ク に つ い て はLiefmann. 仙々iliどungs-../. `加ua函,r,川μ(;t'Si'lls油atti'r. S. 127", I lam川shlati. 22, 23 Marz 1957. L'Eco, 四mie. 20I )巾l9 叫Induslru ・{ ベ ル ギー に 栗 達 附 小組), nov. 1956よinies s. Allen. Atomi・「h 呻・'nc山,s JM: ri, Stale M{≫wl<心 凹 臼;i<- ふ 川. 1952. アレンr 原爆帝 国 主義丿 世 界 経 済研究所 訳, 2r)3-:≪)冒!, 川川(:;UnlhtT ,!}is山nra. 1956. ア フ リ 内剔 II. 1-川哲 訳. 183・・usぼ',等およ び本 方第10 章 参照.

3』Si)ci('U' GiiU'rale d丿 列 ふ 昨ヽ年 次 報 告(Fxnancial Times. 20 March 1958 八 判  べ・エ ヌ・A '―スリンr 鉄 鋼 哀丿 占畑 ・ 泗 坪 共訳, 901'!,.

r>)/'.conomi, iリ \)lii\iin(\ N( ,5-6. 1954. ).210,

第4 節  ア ルベ ッ ド ・ コ ン ツェ ル ン の \止界的 支 配 網

ア ルベ ッド の 支 配「刈係 は, 炭 坑 , 鉄 山 か ら 加i: 部門, さ ら に 非 鉄 金属 に まで 及 んでお り, ま た国 内 お よ び西 欧 大 陸 の み な ら ず, 他 界各 地 に広 範 囲に 拡 大 し

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250

て い る。そ の 主 な も の だ け に つ い て , ま ず フ ラ ン ス と の 関 係 か ら に る と 。

巾  テ ー ル リ レー ジ ュ 鉱 山 株 式 会 社(S( cii'te Mink'rtcies Tc 口' ・c丿 州 尚s S 。A.)

も っ と も 重 要 な 支 配 会 社 の  一つ で , 几 は ド イ ツ の ゲ ル ゼ ン キ ル ヘ ン 鉱 山 会 社 の ロ ー テ・エ ル デ の 工 場 で あった が, 1919 年 に 敗 戦 の 結 果 改 組 さ れ. フ う ン ス の シ ュ ナ イ ダ ー と ド・ヴ ァ ン デ ル(33 % 支 配), お よ び ア ルペ ッド の 支 配に叫 し た も の で あ る,そ の 後 ア ル ベ ッ ド が こ の 会 社 の 株 式■l億 フ ラ ン ス ープ ラ ンの 大 き な 部 分 を 所 有 す る よ う に なった,。従 業 貝 は2,000 人 で. {-.として モーゼ ル の 鉄 鉱 石 資 源 の 採 掘 を 行 っ て お り. 製 鉄 工 場(年 産25 万 ト ン 能 加 を 経 営して い る ‰ (2) フ ラ ン ス の 鉄 鉱 山 で は , さ ら に ベ ル ヴ ュ 鉱 山 株 式 会 社(S.A. ck-s MinesBellevue,

Longwy )お よ び エ ル ヅ イル 株 式 会 社(S.A. cl'Krr)u、・illc, Pat・is)を 支

配 し て い る,後 者 は 第2 次 人 戦 前 に は80 万 ト ン 前 後 を 採 抽に て お り , ド・ヴ・

ン デ ル が 参 与 し て い る。

(3) ミ ッ シ ュ ヴ ィ ル 社(Compa 印ie Michevilk い  と 共 同 で オーブ リ ヴ・ヴ・f

ル リ ュ ー 製 鉄(S. Λ. MetallurKique d' Λubriv ヽs ct Vi )】r叩O  に 人,き く 投 資して

い る。し か し こ の 会 社 の 株 式 資 本 (6 億4 ,800 万 フ ラ ン ス ・ フ ラ ン)の 過 十 放 は フ ラ ン ス の ポ ン = タ こ ム ソ ン が 支 配 し て い る。鉱 石3()万 ト ン , 鋳 物 銑12 万5,000 トンを 生 産 す る。 し か し ミ ッシュ ヴ ィ ル と い っ て も ポ ン=タ こ ム ソ ン と い っ て も,結 局 回 し シ デ ロ ー ル(Sidelor) 団 に 属 す る 会 社 で あ る,ロ ー ラ ン  ㈲iira 山  グ ループ ( 中心会 社 は マ リ ヌ・エ・サ ン =テ チ ェ ン ヌ 製 鋼 ) と カ ヴ ァ リ ェ (Cavalier) グ ルー プ ( ポン=タ= ム ソ ン ) と の結介 に よ っ て シ デ ロール けIが で き,ミッ シ ュ ヅ イル ,ポ ン =タ= ムソン,ロ ン バ が 合 同 し て シ デ ロ ー ル 社 を 印ト た の で あ る,こ の 時 ミ ッシュ ヴ ィ ル は ロ ー ラ ン と カ ヴ ァリェ に よ っ て 共同し て 丈配 さ れ る持 株会 社 と な り,シ デ ロ ールの ほ か に,オ ー プリヴ・エ・ヴ ィ ルリ"'- ーお よ び ルク セ ンブル ク のア デ ィ ー ル に も 大 き く関 係し て い る。シ デ ロール団は フ ラ ンスだ け で少 なく とも 労 働 行5 万 人 , 取 引 額750 億フ ラ ン を有す る シ ュ ナ イ

(16)

第9 i'f_ フルヘ・ノドI・クル--プ 251

ダ ー や ド・ヴ ァ ン デ ル と 肩 を 並 べ る大ト ラ ス ト であるト

巾  フ ラ ン ス内で はi-.と し て 鉄 鉱石 資源 を お さ え て い る が,ベ ル ギ ー・ルク

セ ン ブ ル ク で は 加 に部 門 に 投石し て い る,そ の 中 主 な も の は ルク 七 ンブル ク の

鋼 建 築 会 社,ポ ー ル・ヅ ユ ル ト(S. A. des Anciens Etablissements Paul Wurthj

で あ る,ま た 銑 加 に会 社 プ ロ デ ュ ラック(Produrac )は資 本金2 億 フラ ン , ガ

ンの 近 く の ヴ ィ シュラ ン(W'ichelen) に 工 場 が あ る。その他ルク セ ンブ ルク・

セメン ト 杜 ぺ Λ. des Cinicnts Luxeml 。)urge()is),エ ルシュ トラ ン・エ・ゾルデ

炭坑(S. A. Char )onnagi's de ll山hlei'en et ZoldL't," ベ ルギー,年 出 炭100 万 ト

ン以目  を支配し ている。,

1,5)コリユメ タ(Coliinu'ta. Comploir Mctallurgique des Luxemburgeoise) 令アルベ ッド・グ ル ー プ の販売 会社で, 海 外にも その支 配 会 社があ る。 ド イツに お け る支 配 閉 係は,電 機, 電 気通信 会社,お よび 巨大 な炭坑 会 社 を 中 心と し ている。 ㈲ フJ'.ルテ ン・ウ ント・ギ ヨ ーム・カ ル ル スヴェ ル ク (ケ ル ン ハ イム) こ ` ユ ー ル こ の 公什は195-1 自< こは5 億マ ルクの 売上げ を持っ た ほ どの欧 州 きっての電 線 , 電機 の人 会 社である 。従 業i-i数 は1 万9,000人で,非鉄金属 加工 工場 も所 有し, アルベ ッド はこ の 会社を通 じて, ドイツ の鉄およ び非 鉄 金属工 業 と 深 く 結 び つ いている 。 フ ェルテ ン・ウ ン ト・ギヨ ームのf・会 社の中でも 異 色のある のは リ ブ ラ ル(Liblar) 喝 炭・煉 炭 会 社で,第1 次 人 戦 後o 億 トン に のぽ る巨大 な 石 炭 資 源 を発 見レC い る。またオースト リア そ の他 外国 に も 多数 の子 会社を もって お り, 外川のf・会什は す べてス イ スのエル ヅエル9 M; ㈲werta A.G.) を 持株会 社 と して管理してい る い (7) エシュヴァイラ ー鉱山 辿介 匿B. V.) ア ーヘ ンの人炭坑で製 鉄所も 所 有し てお り, 1955年の 売- 」。高 は3 億 マ ル クを1 越え ている。従業員は2 万2.000人である。 ア ーヘ ン地区 最 大 の 炭坑グル ープ で,これを通 じて アルベ ッドは同 地 区の出,炭量 の60% 以上 を 支配し ている

(17)

252

(1954 年 に は444 万 ト ンレ 近 年 投 資 額 は 斡 し く 増 加 し て い る, _r.ミーづレ・マ イ リ ッ シ ュ(Eniile Mayrisch) と い う 新 堅 坑 が 開 設 さ れ て おI). コーク ス に場 も

拡 大 し た卜 ま た ア ル ベ ッ ド は こ の 時 期 に エ シュヴァイ ラーを 通じて ボッフ ム(liochuni, ル ー ル)の ロ ー ト リ ン グ ン(LothriiiKt-'riJ炭 坑 を 獲 得 し た  こ れ に よ,犬にC""'’・し・ ベ ッ ド の 石 炭 の 基 礎 は 大 い に 強 化 さ れ た , エ シ ュ ヴ ァ イ ラ ー に は さ ら に 年 産J5 万 ト ン の パ イプ1: 場 そ の 他 の りで延Iミ場 が あ る。 ア ル ペ ッ ド は 海 外 で は 次 の よ う な 支 配 を 行って い る。

(8) プ ル ミ エ・ワ イ ヤ ー 製 鋼 会 社 (F-'remiL'?' Wire & Steel C(.. Rapsladt 所 在)は 南 ア フ リ カ の 線 加 工 会 社 だ が , ア ル ベ ッ ド・グ ループ の 輸 出 にと って 承

要 な 役 割 を 果 た し て い る,

㈲  南 米 に も多数 の 了一会 社 を 持 っ て い る。そ の う ち ア ル ゼ ン チ ンでは 第l 次

大 戦 後 ブ エ ノ ス ア イ レ ス の サ ン エマ ル タ ン 製 鉄 会 社(Socic (ad Λiioninia Tillleres Metal

lurgicos San-Marlin, Tam 山  に 参 与 し た,平 炉 鋼 , 鋳 物 , 建 築 材 悴 を 生 産 す る 会 社 で,ア ル ゼ ン チ ン 鉄 鋼 界 に 服 要 な 地 位 を 占‘ め て い る,

ブ ラ ジ ル は 戦 後 盛 大 な 鉄 鋼 業 拡 張 計 画 を 進 め て お り, 1954年 の 製 鋼 絹 よ目5

万 トンである が,こ の う ち 約15 % が ア ル ベ ッ ド の}'■会 社 ベ ル ゴ=ミ ネ イ ラ 鉄 鋼

会 社 (Companhia Siderurgica 列 印・Mineira s. Λj に 属 レ てい る,こ の 会 社 は 国 営 製 鉄 業 や そ の他の 大 規 模 な 鋳 物 工 場 , 合 金 鉄r. 場 , 発 匍:所 , 線 材r. 場 等 に 参与 し , 広 い 子 会社網 を も っ て い る, 以 上 述 べ た よ う に , ア ル ベ ッ ド に は│町欧 の代 衣的 なlA際 的 人コ ンツェルンの 支 配 の 千 が 四 方 か ら の び て き てお り, そ して ア ルベ ッド 自 身 が さ ら に 国 際的 な 資 本 的 支 配 網 を 呵 欧 人 陸 を 中心 と して 広 く 海外 に まで 広 げ て い る の で あ る。こ うし て ア ルペ ッ ド を 中心 と し て 西欧 の 金融 資 本 は 複雑 に 交 流 し , 相 斤。に 蜜接 に 提 携 し て い る。 まず フ ラ ン スで は シュ ナ イ ダ ー ・ グ ループ がり' ( 接 に ア ルペ ッド に 参 加 し てい

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第!i や ア.'レヘJ ド・グjレーブ 253 るし, も う ーつ の代。八的'It i;業 コ ン ツェル ン で あ るド・ヴ ァンデ ル は, アル ベ ッ ド のJ'・公 社 テール・ルージ ュ 鉱 山株式 会 社 に33 % の 資 本参与 を 行 っ て い る。 シュナ イ ダーお よ び シ デ ロール団 は オープ リ ヴ・エ・ヴ ィ ル リ ュ ー に ア ル ベ ッド と 共 同 投 資 を し て い る いシ デ ロ ー ル は,ア ル ベッド を支えてい る 国 際 的 大 金 融 資 本 団 のー・つ で あ る ソ シ エ テ・ジェ ネ ラ ル・ド・ベ ル ジーク のT 会社ア デ ィール(ル ク セ ン ブ ル ク の 九 鉄 鋼 会 社)に 対 し て も 強 い 支 配 力 を も ってい る。。 また シ デ ロール・グ ループ の 了・会 社 で あ る ベ ー リ ン グ ン 炭 坑(Charbonnagesde BeeriiiKen, ベ ル ギ ー の ラ ン ブ ー ルLimbourg 炭 田)には ,ド・ヴ ァン デル お よ び ミ ラ ボ ー(フ ラ ン ス の 銀 行)と と も に ソ シ エ テ・ジ ェ ネラルが同 量ずつ 参り七 で い る。 こ の ベ ル ギーの ソ シエテ・ジ ェ ネ ラ ル は,国 家 資本と 結 ん でベルギ ー 経 済 全 体を 支配す るに 人コ ン ツェルン であり,ア ル ベッドは これ を通じて ベ ル ギ ー 重 工 業ト月と 緊密な関 係を払ん でいる。こ と に ベ ル ギ ー 最大の鉄 鋼会社 で あり,国 際的 人コ ン ツェル ン を 形成し て い る コ ッ ク リ ル・ウ ーグ レとは 密 接 な 協 力 関 係 にあI), 共 同で多 数のf・会社を所 有し ている。ヽノ シ ェ テ・ジ ェネ ラル の支 配 会 礼の ・つ である プロヴT ダンス は ,フ ランス の ロレーヌ 地 方にも 重 要 な 鉄 鋼 工 場を所 有し ている が,これは ア ル ベ ッ ド の 工 場 と 近 接 し てい て,や はり 両者の 闘に強 い 人 的 協 ノ]関 係がある。プロヴ ィ ダ ン ス はベルギーお よ びフラ ン ス に 鉄 鋼 け湊jを所有し,ル ク セ ン ブルケ の ラ マ ドレーヌ(l.amadelaine) 鉄 鉱 山 や フ ラ ンスの 企業 多 故に関 係し ている。 アル ベッド自身 の 吉 本的 丈 配 網 も,すで に述 べたように  ド イ ツ,ベ ル ギー, フ ラ ンス 等 の 近 隣諸 川をけ じ めと し て遠 く 海 外にま で 広 がっ ている。大 陸 に お ける石炭 の 支配は,ベ ル ギーのエルシ ュトラ ン・エ・ゾ ルデお よ び ド イ ツの エ シ ュヴァイラ ー鉱山だ けでも 年 産550 万 トンに ト。る。 粗 鋼 生産では ア ルベッド,アデ い づレ. コ ック リ ル・ウ ーグ レ を一一つの 資本 的グ ループと す れ ば,600 万トン近 くに達 する。さらに こ れ に シュナ イ ダーを 加えれ ば800 万 トン に上るであ ろ う。その他 ,ド・ヴ ァンデル,シデ ロール, プ ロ ヴ ィ ダンス 等 を も ぢえ介 わ せる と,その 連 携 は 四 欧 大 陸 全 体 に 拡 大 し て い

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254 る と言う こ とが で きよう 。 かく て国境により小 地 域に 分割さ れて い るm 欧 に おい て は,すで に国 境 を 超 え た 大企業 問の資 本的 交流 が,活 発に か つ人規佼 に 行 わ れ てい る の であ る ,シ ュ ーマ ン・プラ ンおよ び経 済共回 体は 人陸6 力 国 に 跨 が る 単一 の 人 自山巾場 を 実現 させたが ,そ の裏 には 国 境 を 越 え て 行 わ れて い る こ う し た 国際 的 資本結 介 とい う 現実的 土台が す で に存在し て い た の で あ る 1) 2) 3) /a 。delsbtatl。28 Oklot〕L'f 1955. Ec 四w 惣ie et Polilique. No. 5-6. 1954.Conti

(20)

255

第10 章 

シ エ テ

ジェ ネラ

ベ ル

ジ ー ク と

コ ッ クリ

ウ ー グレ

ー バ ルキーの国際 的金融資 本とその傘 ドの巨 人重工業 グル ープー

け じ め に 西 ヨ ー ロ ッ パ に お け る 経 済 統 合 運動 は,シュ ー マ ン・プ ラ ン(ECSC ) か ら 経 済 共同 休(EEC) へ と 発艇 し,め ざ まし い 成 果 をあ げ て きた。こう し た 広域 経 済 圈の 形成 は,と り もな お さ ず 人企 裳の自 由 な活 動 範囲 を拡 大 す るもの であ り,した が っ て 彼 ら に さら に人き な 発 展 の 円‘ 能性 を も たら し た ので あ る。事 実 両ヨ ーロ ッ パに お け る人企 業 の 発 展 は,経 済統 合 運動 と と もに,著 しく活 溌化 レC きど。 几軋 叫三ト ーロッ バに おいて は, 地坪的. 歴史的条 件によっ てト占くか ら資 本の㈲ 祭的拡 人ミや4I.-/Vが.発達 し て き た い良い資本主義 の 歴史を通じ て, 大 資 本 は川家的 領域を越え て支配の丁・を伸 ばし た のである。だが 国家という強固な 枠 がある限 り. 資 本の自 山な国 際 的発展は あ る程度制限を受 けざる を えな かっ た。 しかし 第2 次 人幟 後, 国 家 的 障 壁を と り 除 き, 自由な大 市場 を形 成しよ うと す る運勁が巡 展す る にしたがっ て,人 資 本の自 山な活 動の場 が国際 的 に 拡 大し, その 発 展を促進 する基 盤を つく り 出し た の である 貼 今川叫ヨ ーロッパ経 済を支醍し ている国際的k 金融 資 本 は,いずれ も古い 歴 史的伝 統 を持っ ている 。 そ し てベ ルギー,ル クセンブルクの よう な,い わ ゆ る 小 川に も,ド イツ や フラ ンスに匹敵 する人コ ンツェルンが 地 中 深 く根を はっ て お り, かつ これら ヨーリッパ のヨ ンツェルン相互間には密 接 な 協 力 関 係 が結 ば

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256 れて い る の で あ る仁 1950年 代 に お い て 目 本 の 人 企 業 をこ れら ヨーロッパの 人 企 業と 比 較 し て みる と,発 展 力 は ひ じ ょ う に 旺 盛 であ る が, 蓄 績 が 少 な く. 資 本隋 成 は 忠 く , 組織 化 も著 し く 立 ち 遅 れ てお り, は る か に安 定 性 に乏 し かったこ とを 痛 感 す る, 私は す で に 前 章 で シュ ナ イ ダー と 緊密 に 結 合 して い る ル ク セ ンブ ル クの ア ル ベ ッド・グ ルー プ に つ い て 検 討 し た が, 本 やで は さら に 寸 す んで ベル ギー最 人 の 金 融 資 本 ソ シエ テ・ジ ェ 水ラ ル・ド・ペ ル ジーク と,そ の 傘 ド の 重 し 衷グ ル ープ , コ ッ クリ ル・ウー グ レ(Cockerill Ouer よ)を と り しげ る こ と に する ベ ルギ ー は 領 土 的 に は 小 国 であ るが, 大 陸で は もっと も早 く 産業 革 命を 遂 行 し た 先 進 国 の 一つ で , ヨ ー ロッパ 重 工 業 の中 心 的 地 域 を なし て い る, ベ ルギ ー で は 金 融 的 集 中 は と く に 強 く, 少 数 の 分融 グ ル ープ に よって ・国の 経 済 が 支 配 さ れ て い る と い わ れる3……そ れの み なら ず, と く に フ ラ ン ス. 死囚, ル ク センブ ル クお よび ド イツ の 人 金 融 資 本 と の結 びつ き に よって , 匪 界的 なコ ンツェ ルン支 配 網 の 一 環 を 形 成 し て い る。 ベ ル ギ ー重 工 業 はこの よう な 金 融資 本 の も と で, ほと んど 完 令に 糾 織 化 され, ヨ ーロ ッ パ重 工 業 に お け る 重 要な 勢力 と な っ て い る,こ こ に 取 りi-.げ る ソ シエ テ・ジェ ネ ラ ル・グ ル ープお よ び そ の 傘 ド の コ ッ ク リ ル・ウーグレ・グ ループ は,そ の な かで も もっ と も中 心 的 な 存 在 であ る, 1) 西 欧 の 経 済 統 合 運 動 と 人 企 業 と の 関 係 に つ い て は 拙 柚 「 欧 州 石 炭 鉄 鋼 共 同 体 の 新 し い 発 展 段 階一 国 際 コ ン ツ ェ ル ン の 高 度 化 と 西 欧 経 済 統 介 運 動 の 新 た な 厦 開 -」 東 洋 大 学 『経 済 経 営 論 集』第16 ・ 17介flf り・, 参 附,

2) Cf. 丁ibor ScitDvsky, f'lrりJU?mic Thcorv and 悍slcn・1{./け卯・’皿/, 山・μ斤出,川,円ri8, 即 22-32

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弟i(i';t ・ノシr. -r・ ジ ピ?・ラ ル・ ト ・ ヘ''y シ ー−'J・ヒコ ノクリ ル・ ウ ー グレ 25 フ

第1 節 ベ ルギ ー経 済を 支配 する ソシエ テ

ジェ ネラ ル

グ ループ

1. ソ シ エ テ・ジ ェ ネラル の発 展と 国家と の 結 合 ベ ル ギー経 済 は 少 数 の 金 融 資本に よって 支 配 さ れ て い る が,なか でも もっ と も 強人な 影 響力を介し て い る の はソシ エ テ・ジ ェ ネラ ル・ド・ベ ル ジーク(St cit't(;eeni'Γale (l川 州Ki(μic)で あ る。ヽノ シ エ テ・ジ ェネ ラ ルはベル ギ ー三大 金 融 資本の ・つ であり,銀行, 傑 険,鉄 道,鉱山 ,精 油,製鉄鋼,上木,化学, 繊 紙  良江 機械, 木 材 ,ダ イ ヤ モンドおよ び そ の他の 諸 企 業 の 巨大 な 集合体 で あ る19 III;紀 初頭 の ベ ル ギ ー 資本 ヤ義 勃 興 期 に,王 室と 民間銀 行 業 者 との協 ノJに よって卯」立 されて以 来 ,こ の 会 社 は ベ ル ギー本国 と そ の植 民 地 に ま た が る ベ ル ギー経済の丈 配 的 人コ ン ツ ェ ル ン に発 展し た の である。ベルギー経 済 は ほ と ん ど ソ シ エ テ・ジ ェ ネ ラルによって 左右さ れ ている といって も 過言で な い ほ ど,そ の勢)Jは強 人であるト ソシ エ テ・ジェ考ラ・レは1822 年8 ij に  オ ラ ン ダ政 体 ド に お い て 低 地 諸 国(low couiUi'ies) 南 部 の に栗 発 艇の促 進の ため に 最 初 の 投 資 会 社 と し て,ブ リュ ッセ ルに, オラン ダのウィリアム 七 によ って ソシ エテ・ジェネ ラル・デ・

ペイェババSociet バ 沁I心・ale ties Pay・sHas) と して/>l」立さ れた。段々.当 時 の 資 本 側 よ5,000 万フu リン で実 に□人 な 会 社であっ た。この会 社 は 国 庫 で あ り, 発 が 銀 行であ ると回時 に 頌 歌 銀 行でも あI), 公 共 事 業 体の債 務 を巨額 に 引 き 受 け , 各棒の民 問企 業 の11│」設 に も 参加し た。 ま た旧 式の信用機 関 で,王 侯 の 財 政 と緊 密 に 結 介 していた。近 代銀行 的な 業 務 の 専門 化は 行 わ れ な かった。 1830年 の ベ ル ギー圃の建設 に よって,ソ シ エテ・ジェネ ラ ル・プ ール・ファ ヴ ォリゼ・ラ ンデ ュスト リー・ナ シ オ ナ ル(So(iete (沁ii白・ale

pour favoriserI'incliistrie nalionalc) と改名 し, 商業・ 投 資 銀 行と し て ベ ル ギー工 業 の発 展と

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258 ド・ペルジ ー ク と なi),ベ ル ギー領 コ ン ゴの経 済 的・社 余 的 発 展 に 乱 ユニオ ン・ミニ エール 社(じnion niiniφΓe du llaiit KalaiiKa)を 通じ て人 きく関j した, 祚」立 当時は 国 王 が 人 部 分 の株式 を 所イ七i て い た が. 18-10∼.18年 間に,ソ シエ テ・ジェ 木ラ ル は 国 王 の 持 株 を 買 収 しし  続 い て1850 年 に は 国 ヽ卜 銀 行(Banqiie nation副 が で き た の で,その株 式 を1 /j 株 所有する と川 叫 に  発作 業 務 を 国 立 銀 行 に 譲 渡 し た。 ソシエ テ・ジ ェ ネ ラ ル は 預 金 為 替 業 務 も 行った が,しか し はじめ は 主と し て 国 債 の 売 買 等 に あ たった。1830 ∼40 年 代には ロ ス チ ャ イ ル ド 家 と 共 同し た1), あ るい は 単独 でベ ル ギ ー 国 債 を 引 き 受 け た,。ま た 上 要 都 心 の 公 債 や 外 国 公 債 も 引 き受けたっ 証券 投 資 も 行ったが,こ の 場 合 に は 証 券 投 資 吋 門 のJ'-会 社 をつ くり,そ れ を 通して 行った もの が多い。18.35 年 か ら62 年 ま で の 間 に ソ シエテ・ジ」ヅ ヽヤ レの 参 与 し た 会 社 は62社 に 上 っ た,そ の 中,銀 行 関 係 の 参'j-li:糾 肋 間 の も の が 多 い が,鉱工業 企 業の場合 は長期支配 的 で あ る,参 り・額 はi83r) 年 の:-i7( 万 フ ロ リ ン か ら 始 まり,1850 年には5,480 万フ ロ リン, 1860 年 に は さ ら に8.520 万 フ ロ リ ン に達した, 1848 年 以 来 , ソ シエ テ・ジ ェ ネラル は そ の投 資活動をiモとして 坊本的・R i喋 の 発 展 に 集 中 させた が , そ れ が 同 社の今 目の発 展を も た ら し たv モ要 な 原 囚であ る。第1 次 大 戦 前の20年 間 は 少し く沈 滞ぎ み だった が, 人 戦後叫び活発 な 活 動 を 開 始 し た, 1934 年 の 新 銀 行 法 に よっ て,ソ シエ テ・ジェ ネラ ルの商 裳銀 行 的 活 助は,投 資 活動か ら 分 離 さ れ , 新 し く 創 設され た バ ン ク・ド・ラ・ソ シエテ・ジ! ネラ。

ル・ド・ペ ル ジ ーク(Banqiie de la .S( citt□ 沁neralo<\v . (頷向  に移さ れ た

故 に ソ シ エ テ・ジェネ ラルは純 粋な投資 会社に なった。そ し て ベルギ ー一本 国お

よ び ベルギー領 コ ンゴに お け る 経 済 活 動 の 重要な指導名・となっ ている。 王 室 と 民問金融業者の私 的企 業 と して発足し たl│り社はその 後iミ室 の打有 を ・

部 引 き 受 け た が , な お 王 宇 は か な り の 量 を 所有してい た。と ころ が レ オポル ド2 I!);の 時代(19 世 紀 後 期)にf{室 は こ の持 株をベルギー政府にか な り 鳥 い値段

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第1・呻 エ ーr・ジ1.-fヽ-7 II・1ヽ・・ヘ ルシ ー- クと コ ノ ク'ト レ・ウ ー グレ 259 で売 り 波 し だ ,そ の ため ソ シエ テ・ジJ- ネラ ルに は 国 家資 本 が 入 りこ んで お り, 公私混 介形 体 の 独占 体 と なっ て い るし 2 。 ソ シ エ テ ・ ジ ェネ ラル の 国 際 的 支 配 網 ソ シエ テ・ジェネラ ルの 支配す る 事業 は 大体 ベ ルギ ー 本 国 と ベ ルギ ー 領コ ン ゴに 渠巾 さ れ てい る が. 第2 次 人 戦後 は カ ナ ダに も重 要 な投 資をしてい る。 ベ ルギーにお け る 支配網 は重工業 を中 心 とし て 次 の よ う に 広 く は りめぐ らさ れてい るし, 巾  鉄鋼裳で はr. な持 株は コ ッ クリ ル・ウー グレである。同社 はベ ルギー 最 人の鉄鋼会社であり, 同 時に自 身で ーつ の 国 際 的 重 工 業 コンツ ェ ルン を形 成し ている,バ955 年6 月に ジ ョ ン・コ ッ クリ ル社 と ウー グレ・マリエ社 と いう 大 会 社が介併し て 設)ン'.さ れ た も ので あ る,ノ ノシェ テ・ジ ェ ネラ ルはベルギー 第2 の 人鉄鋼会 社 (在 仏 資産 を 含めた場 介)である ブ ロ ヴ ィ ダ ンスの資 本の半 分 も所 イに て お り,同 社を自 己の支配 ドに収 めて い る。この ためベルギー鉄 鋼業 は 大 部分ソシエ テ・ジ."Lネラル・グル ープ の支 配下に入って しまっ てい る。 m)金属・電機 \トかごはラ・ブ ルジ ョ ワ ーズ・エ・ニ ヴェ ル( 主と し て鉄 道 資 材), ソ シエ テ・ド・トラ ク シ オ ン・エ・エ レ クトリシ テ(Soci むte de Trac-ti(

11et l大 山icitO, トと して発電 機), シ ャ ル ルロワ電 機 製 作 所(A. C. E. C。重

電 機に国際 的 粕 切 )ある会社) 等 を支 配し ている。

(3) 板 ガラス│ト靭こも 関 係し ている。ヴ ァルこサン こラ ンベール・ガラス会 祉{Crislallcrics小I Val、Sain七tm 山ert,・炎術 ̄に芸会 社と して 匪 界 的 に 有 名) のi

モな情味会 社である。 圃 七 メ ントし 叉では , 戦 後 は 合 同 セ メント 煉 瓦 会 社(Cimcnteries et Bri一flucU'rics kcimics, C. I!.K。)を通じ てセ メント 哭 界に も進出した。こ の 会 社 は2 ンゴ に セ メント会社を数仕,カ ナ ダにレfi :(イン ラ ンド・セ メ ントInlandt^t'nu'iu, ΛI│erta)を 設し した。 ㈲ 化学 に業では カルボ シ ミッ ク,ペトロ シ ム(Petrochim ), ㈲ 製紙L 業 で は ベルギー製紙(P;ipeterit's dc Ik'lμiquよ

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26o

子  機 械 , 造船 業. 海運業 で は ベ ル ギ ー 造 船 会 社(Ci)開)以iiii-M 出' limcBeige)

⑧  非 鉄金 属 で は ホ ボ ケ ン 冶 金 ・般会 社(S( cit'(ieneii小ti' ・ Met:川ui'.t;i(│面tK'Hoboken)

にそれ ぞ れ 重要な 参 与 を し て い る

カ ナ ダにおい て はモ ント リ オ ー ル の 持株会fl:ソ ジェミ ヌ 社(S()^;l■巾Un 'S l.uレ

奇 通じ て 関係し て い る。こ の 会 社 は カ ナ ディy ン・ヘ ト ロ フ・でナ でaiia(iimPetrofina), イ ン ラ ンド・セメン ト. リ オ・テ ィ ン ト 鉱 山 公 仕(Kiu TiiU ( Mining of Canada) その他の 会 社 の株式 を 所 有 し て い る。

ソ シ エ テ・ジェネ ラ ル が1957 年 に 新 た に 関 係 す ること に なった嘔業 とレごは

ペ ル ギ ー 磁 気 鉄 板 会 社(Compagnie BelKe des Tok's Ma^ni'tic 即 ぐFolnialiり を

コックリ ル・ウーグ レと協 働し て 創 設 し た,ヽノシ エ テ・ジェネ ラ ル 系 の べJレ

ギ ー・ア ル ミ ニ ウ ム 会 社 (Compagnie Hdgf pour I ’lnduslrie ckイ;山in而i U 1、11Co be副 は , カ メル ーンの ペシネ ー・ユ ジ ー ヌ の株を 所有し て お り,こ れ を 通 じて 低 コ ン ゴ に ア ル ミニ ウムi:場を建 設す る 計㈲を た て て い る。ま た ベ ル ギ一 石 油 会 社 にompagnie BelKe des Petrok'S. Pさtro-(B収O は ベ ル ギーの ペ ト ロ フ

ィ ナ と 協 働して 石 油 の 探 査 と 採 掘とを 行っ て い る,ソ シ エ テ・ジ-'ノ, ラ ル は ま

た い く つ か の 了一会 社 を 通じて 原 了■Jj工業にも 関 係し て い る ,

ベ ル ギ ー 領 コ ン ゴでは ソ シエ テ・ ジェ ネ ラ ルは ユニ オ ン・ミニ エ ーづ レ叶 (Union Miniere 小i Haut Katanga )を 通じ てそ の 支 配 的 勢 力と なって い る ヅ ノ

シ エ テ・ジェネ ラ ル は ユニオ ン・ミニ エ ールに八 面L は僅 か4.75 % し か 参j し て お ら ず , 他 の 数 社 が 合 計 約42 % を 所 有 してい る のであるが卜 そ の中で もも っと も 重 要 な 地 位 を 占 め る コミテ・スペ シア ル・デ ュ・ カ タンガ(Co 川心Special du Katanga, C. S. K.一25.6 % 参 い は , 実 は ソシ エ テ・ジ ェネラル系 列 の 会 社 で あ り , 実 際 に は ユニオ ン・ミニ エ ール は ソ シエ テ・ジ ェネラルの勢 カ ド に 入 っ て い る の で あ る≒ ユニオ ン・ミニ エ ール は コ ン ゴ の カ タ ン ガ 地 方 の 慨堺 的 な 釧 資 源 の 独 占 的 丈 配 者 で , そ れ に 関 連 し た 諦 鉱 物 資 源( コバ ル ト , 一川鉛 , 鉛 , ゲ ル マニウ ム , カ ド ミ ウ ム , 金 , 銀,ウ ラニウ ム 等 ), お よ び エ ネ ル ギー等 の 人 資 源 を ・自こ即

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第】涼  ノl ン ユ-T・ジ1 Tヽラ ル・ド・ヘル シ ー−■;と コ ノ'7リル・ウ 一グレ 261 発 しC い る コ ン ゴ の 鉱 山L で あ る, 。そ し て ユ ニ オン・ミ ニ ェ ー ル はそれ 自身 コ ン ゴ の 多 数 の収 安企 業 に 参 与 を 行って お り, コ ン ゴ 工 業 を支配 し て い る ので あ る 以 ト の よ う に,ソ ッ エ テ・ジェ ネ ラ ル は,ベ ル ギ ー 経 済 の ほ と ん どあ ら ゆ る 部 門 に 支 配 網 を は り め ぐ ら し て い る □ 大 な コ ン ツェ ル ン で あ る が,同 時 にヨー ロッパ の 他 の 国 際 的 人:コ ン ツェル ン と 結 び つ い て, さ ら に 大 規 模 な 世界的支 配 網 を 形成 し て い る の で あ る。 例 え ば ベ ル ギ ー三人財 閥 の 一 つ であ る ソ ルヴ ェ ー・コ ン ツ ェ ル ン(Solvav) と出資 関係を 通 じ て 密接に 結 び つ いて い る が , ソ ル ヴェ ーは ベ ルギ ー の コ ン ツ ェ ルンと い う よ り も 米 国,英国, ドイツ 等に ま た がって, iでと し て化学i: 業を 支 配し て い る典型 的 国 際 コンツ ェ ルンであって, 米 国で は ア ラ イト・ケ ミ カ ル(ΛHied Chemical) に20 %, 英 国 では イ ンペ リア

ル・ケ ミカ ル(Iniporial Cheniic 副  にor: 0/の 参"j・をし て お り, ド イ ツ のI. G.

フ ァ ル ベ ン とも 結 介し ている の である。 と く に 重 要 なのは イン ペ リア ル・ケ ミ カルと の結 び っ き で,これを通じ てソ ル ヴ ェ ーは ロ スチ ャ イルド・グ ル ープと 密接な 関 係 を持っ ている い ロ スチ ャイルド は また ソ シ エ テ・ジェ ネ ラ ル に も 直 接 人き な 参り七 行っ ている の であ り, この 三大金融 資 本の結 びっ き は 極 め て 緊 密であ る。 本 ぴではこ の ソ シ エ テ ・ジ.r.ネラ ル・グ ル ー プ の中の基 礎 的 重 工 業 部 門 で あ る鉄 鋼 業 の コックリ ル・ウー グレ・コ シツェ・レン を とり 士■.Ifで, さらに 深 く 考 察 す る こ と にする。 コ ック リ ル・ウー グ レ 社 は, 1955 年 に ベ ル ギー の ぐ 人 鉄 鋼 会 社 ジ ョ ン・コッ ク リ ルとウーグ レ ・ マ リエ とが 介トに てで きたも の で, 一流 の 国 際 的 大 鉄鋼会 社であ ると同 時に, 傘下に 多 数 の関 係会社を 擁 し て, 自身 で 一一つの コ ン ツェ ル ンを形 成し ている。 コ ッ クリ ル ・ウー グレ ・コ ンツェル ン は そ れ自 体ひ じ ょ う に □ 大 な組 織で あ る が, ソ シエテ ・ジェ ネ ラ ル・グ ルー プの 中に 包 含 さ れ て い る こ と で 。そ の 勢 力はさら にいっそ う強 人なもの と なっ てい る 。例え ば原 料の肉で は ソ シエ テ・ ジェネ ラル が厖人な石 炭 資 源 を 支 配し ている こ と が,コ ック リ ル・ウーグ レ に

(27)

262 表10- 1  ソ シ エ テ ・ ジ ェ ネ ラ ル 支 配 下 に あ る 炭 坑(1956 年) 会 ・旺 y, O df Mnns Charbonna μfs ik'lKes * L P du Fl.EXr M. Fonlaint' CIl REfNlS GOI 下FRE B dA \'ROY CH. Colard * A Dumont L. en Campine * HOUTHALEN BEERINGEN L. X'erreening (オ ラ ン ダjDA)lLBi;SCH (ド イ ツ) 採 掘w: 1 r卜 1 l l l 一 一613 巧:jK< IL'7L',1fifiT ■18り 川013033S2932819nn250gnf) --注:*特 に コ・ノク・) ル・ウ ー グレ 杜 の 石 炭 部 門 ヒ い え る 関 係 に お か れ てい るt, の。 出所: Hm ㎡elsblall. 23 .an \9:u と- )て人き な力と なっ てい るの であ る (jili -1 )。 こ う し て コ ッ クリ ル・ウ ー グレ はi 内接 的 参'}-,あ るい は ソ シエ テ・ジ ェ ネラ ルを 通 じ て の 間接 的 関 係 に よ っ て 鉄 鋼 業 を 中心と しC 原 料か ら 加r. 部 門まで の 縦断 的 な 企 業集中体を 形 成 し て い る, こ の組 織 は ベ ル ギー の鉄鋼 業 を ほ と ん ど包忿 し,きら に フ ラ ン ス,ルクセ ンブ ル ク,ド イツ 等 へ 拡人し て,近 隣 諸国の国 際 的 人 コ ン ツ ェ ルン と も 緊密 な 結 合関 係 を 結 んで い る の であるト こ う し て ソ シ エ テ・ジ ェ 考ラ ルお よ び その 傘ド の コ ックリ ル・ウ ー−グレ・コ ン ツェ ルン は 西 ヨ ー ロ ッ パ の代 表 的 な国 際 的 金融 資 本と な-J て い る D Cf. Pierre Joye. Les Trusts en li,仰ique. 1960.

幻 Liefmann. Heteiligtuiμs und /’iiu川z かrnuμ(ipst'l沁・加か・・, S. 127-。

3) James S. Λlien. Atomic / 携lyeriali切: Ths e Stale, M 加 叫丿V and Ih・ /畑圈. 1952. 川 訳

−−

254頁 ,

4) ソ シエテ ・ ジェネ ラ ル 社 年 次 報;';- / ・, 'iminri心Times, 2( 川心rcl丿9 素 5) John Gunlher. Inside Africa, \%6バこよる と2( % である,, f\訳II'> を,i8ru'i,

6) 小 平 勉「ソ シエテ ・ジ ェネ ラ ル 系 鉄 鋼 会 社 の 業 績」鋼 材 旧 業部 『情 報』22{''・j,1957 年3 月 川 几

(28)

第io'S ・ノンJ- -r・'J I_ネ ラ・し・ト'・ベル シークヒ コノクリ ル・ウ一 グレ 263

第2 節 ジョ ン

コッ クリ ル社の 歴 史的 発展

1 . 産業 革命 期に お け る創 業 と 基 礎 的 建 設 ベルギーは 鉄 鉱石お よ び石炭資源 を有し て お り,ム ー ズ(Meuse )お よびサ ンブ ル(Sam b re)の 谷 に は中 世紀 に す で に多数 の 冶 金業者が 存 在 した。釘は エノー(Hainaul), 刃 物は ナ ミュ ー ル(Namur) で 製 造され, ディ アン 巾ian) は 銅壷 , 銅鍋そ の他の 公物類 で 知 ら れ て い た。リ エ ー ジ ュ(Liege)は 兵 器, 刀 剱類 の諦閥に対す る供給地で あ り,兵 器 の変遷 に適応 して 発展を 続け, ナポレオン時 代に は彼の 兵 器廠の ・つ と もなったし また ベ ル ギーの繊 紺i; 衷も歴史が占‘ く,申 世 に は フ ラ ン ダー ス地方はヨ ーロ ッ パ人陸 におけ る繊 却工業 ト{ と し て 羊i 毛}の中心地であった。その技 術 は 英 国に 蝉人されて災国の繊 維 工業 の 発達 に人きな 貢 献 を したのである。 ベ ル ギーは 帽 巾こ比 肩し う る 産業 革 命を もっとも早 く経 験し た西欧 人陸 国 で あ る。そ の片 山とし て は, まず以│ソ )よ う に占^く か ら国内繊 維工 業 お よび 金 属 に叉が発達 していた こ と があ げられる。そ のほか ベル ギーが 欧 州の枢 要な 位 置 を,'fめ, 北のド イツ・円以と南の フ ラ ンス平原と を結 ぶ 低平な 沿路 にあ り, 海 峡 をへ だ てて は則Klと接 近し ている こ と, 重 要 な 交 通 路で ある ラインの河 口 に 近 く, かつ ア ント ワープ とい う 人港を持っ ていること, 木 材, 石 炭, 鉄 鉱 石 , 皮 竹の よう な原 料 に 恵 ま れている こと, 熟 練した工 業 人「Iが あるこ と等 の 理 由 が ある。また 外 囚 人が ベ ルギーの に業 化 に 重 要 な 役割 を果たしたこ と も忘 れ て は ならない。ベ ル ギーは1830 年 に 独 立 を 確 保 するまで , スペ イン, オースト リア, フラ ン ス, オラ ンダに 次 々 に 支配 さ れ た が, 彼 ら はす べ て ベ ルギーの 将 来 の 工 装的 発展 に 貢 献 し た とい う ことが で き る几 なかでも 産業 革 命時 に おけ る 英 国 の 影響 は と くに 大 きかった。英 国 か ら は 技 術 者, 機 械 , お よ び 設 計 図 が 続 々 と ベ ルギーに 流 れこ んだ。産業 革命 の 初 期 に

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