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血行性結核症の病理解剖学的研究

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原 著 〔東女医大誌 第57巻 第12号頁1433∼1441昭和62年12月〕

血行性結核症の病理解剖学的研究

東京女子医科大学 第二病理学教室(主任:梶田 昭教授) シマ ダ マコト

嶋 田 誠

(受付 昭和62年8月3日)

Pathological Study of Blood・borne Tuberculosis

Makoto SHIMADA

Department of Pathology(Director:Prof, Akira KAJITA) Tokyo Women’s Medical College

The present author surveyed consecutive 4,222 autopsy cases performed in our Department between April 1966 and December 1986, numbering 29 case(19 males and 10 females)of blood− borne tuberculosis. Thirteen cases(45%)belonged to the class of ages between 50 and 69 were assumed as reactivation of tuberculosis, triggered by underlying morbid conditions, e.g. malig−

nancy or chronic renal failure, and by related iatrogenic agents. Nine cases of primarily devel− oped tuberculosis including 7 cases of tuberculous meningitis belonged, in general, to the class of younger ages. The foci due to hematogeneous dissemination were encountered in the spleen, liver, meninges, kidneys, etc. in order of frequency. Tubercle bacilli could be demonstrated in 350f 53

specimens obtained from 29 cases. Detection was easier in the dif£use necrotizing exudate of

leptomeningitis than in the cellular granulomata of the liver or spleen.

はじめに 体内でいわぽ休眠状態にある結核病巣が,なん らかの状況で個体の抵抗性が低下した場合,新し い活動期に入り,全身感染の源泉になることがあ る.悪性腫瘍や各種の免疫異常は,このような状 況をつくり出す病態として知られている.著者は 剖検例のうちから結核症の血行撒布が認められた 症例を選び,新鮮な蔓延を生じた条件,結核症の 形態学的診断のcriteria,病巣内の結核菌の在り 方を中心に検討を加えた.本研究は,著者の所属 する教室でかつて共同研究(本多ほか1),1983)と して行われた資料をうけつぎ,これを発展させる ことを目標としたものである. 研究材料および方法 1966年4月から1986年12月に至る期間の第二病 理学教室における剖検例4,222例のうち,結核性病 変の記載のある例は217例(5.1%)である.肺門 リンパ節の石灰化,肺尖部の石灰化および勝股な ど,結核性の成り立ちを疑わせる症例が他に30例 あったがこれは除外してある.この大部分は肺内 に限って病変が見られたものであるが,29例では 面外臓器に血行性と思われる結核性病変がみられ た(表1).これは結核症全体の13.4%に当たる. 著者はこれらの例を研究の対象とし,臨床経過, 剖検所見を調査すると共に,撒布病巣の組織染色 (H,E.,マッソンのトリクローム染色),結核菌染 色(Ziehl・Neelsen法, Nyka変法,オーラミン染 色,酵素抗体法)を行なって検鏡した. 結 果 1.症例 各例について臨床経過,病理所見の大要を記載 する. 第1例(#2505)42歳,男性,16歳のとき胸膜炎. 28歳,咳噺,発熱,下痢など.胸部X線像で空洞

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表1 全症例の性・年齢,臨床診断と主要剖検診断 No. 剖検番号 性 年齢 臨 床 診 断

主要剖検診断

1 2505 ♂ 42 肺結核,高血圧 萎縮性硬化性肺結核症 2 3384 ♂ 31 脳腫瘍 結核性軟脳膜炎 3 3385 ♂ 68 急性肺炎,珪肺 肺結核症 4 3616 ♂ 1 心室中隔欠損,肺炎 初感染結核症および血行性蔓延 5 4172 ♀ 40 髄膜脳炎 結核性髄膜炎 6 4641 ♂ 52 肺結核,胃癌術後 肺結核症と血行性リンパ行性蔓延 7 5323 ♀ 49 肝臓転移癌,非定型好酸菌症 右乳癌切除術後全身転移,非定型好酸菌症 8 5605 ♂ 38 尿毒症 脳出血 9 5656 ♂ 61 脳脊髄膜炎,肺炎 結核性髄膜炎,滲出性肺結核 10 6052 ♂ 2 後頭窩腫瘤(膿瘍)の疑い 結核性脳脊髄膜炎 11 6148 ♂ 50 慢性腎不全,不明熱 萎縮腎 12 6191 ♂ 20 脳幹部脳炎 両岸の粟粒結核 13 6260 ♂ 66 ネフローゼ症候群,結核性胸膜炎 慢性腎炎 14 6635 ♂ 67 食道癌術後再発 食道癌術後再発 15 6695 ♂ 63 下咽頭癌 甲状腺癌 16 6844 ♀ 66 粟粒結核,リウマチ様関節炎 全身的な拡がりを示す肉芽腫壊死性病変 17 6875 ♂ 45 肺癌,肝硬変 肺結核症 18 6919 ♀ 12 急性前骨髄球性白血病 白血病性浸潤 19 7425 ♀ 80 完全房室ブロック,心不全 胃癌 20 7523 ♂ 30 慢性腎不全,心膜炎 萎縮腎 21 7575 ♀ 27 結核性髄膜炎,粟粒結核の疑い 粟粒結核症 22 8462 ♀ 78 急性冠不全 冠硬化症 23 8855 ♀ 59 結核,肺炎 脊髄後索変性症 24 9313 ♀ 54 SLE,粟粒結核 1upus腎炎 25 9442 ♂ 82 肺炎 粟粒結核症 26 9719 ♂ 56 結核性髄膜,脳炎 粟粒結核の全身撤布 27 10012 ♂ 76 急性白血病 汎発性壊死性肉芽腫症 28 10314 ♀ 51 舌癌 舌根部癌 29 10092 ♂ 52 アルコール性肝硬変,急性腎不全 粟粒結核症,肝硬変 の存在を指摘された.翌年から両側肺結核症とし て長期入院,治療をうけ,42歳で死亡,剖検上, 硬化性肺結核症と共に肺に結核性撒布巣が認めら れた. 第2例(#3384)31歳,男性,死亡の約1年前か ら腰痛,頭痛.5ヵ月前から頭痛が激しく,つい で複視,めまいを伴うようになった.脊髄・脳腫 瘍を疑われ入院したが,約10日後死亡.剖検(頭 蓋のみ)によって結核性脳膜炎の所見,組織学的 にもうソグハンス型巨細胞を含む結核性肉芽の像 が認められた. 第3例(#3385)68歳,男性,石工業に従事.20 年前から珪肺症と診断されている.約1月前から 呼吸困難,咳,疾.胸部X線像上,両肺野にビマ ン性の陰影.入院後,急性肺炎+珪肺症と診断. 嗜眠状で経過し,2週間で死亡.剖検上,珪症性 変化に合併した肺結核,空洞形成,カンディダ感 染を伴う.肝,脾に類結核性肉芽腫. 第4例(#3616)1歳,男性,生後6ヵ月にダウ ン症候群+心室中隔欠損症と診断された.死亡約 1ヵ月前から風邪気味であったが,10日前から呼 吸困難,チアノーゼが出現し,肺炎が疑われた. 剖検上,初感染結核症と血行性蔓延が確認、された. 第5例(#4172)40歳,女性,死亡約40日前発熱, いったん軽快したが20日前から頭痛,口区気と共に 再び発熱し,入院.脳膜脳炎と診断された.2週 間後死亡.剖検上,結核性髄膜炎,肺,肝,脾に も結核性変化が認められた. 第6例(#4641)52歳,男性,胃癌,肺結核,慢 性肝炎の既往があり,外来で観察中であったが, 食欲不振,衰弱,応答不良の状態で入院,2ヵ月 の経過で死亡.剖検上,肺に空洞性結核と新鮮な 一1434一

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管内性撒布,肝,脾にも粟粒結節.初期肝硬変. 第7例(#5323)49歳,女性,約7年前乳癌手術. 2年6ヵ月前子宮筋腫手術.以後全身状態が不良 となり,1年前ロ区気,口区吐を主訴として入院,胸 部X虚像で異常陰影を発見.当時,非定型性抗酸 菌症と診断され,抗結核剤を投与された.以後回 復せず.剖検上,癌の再発(肝,胸膜ほか)と共 に,肺,リンパ節,脾,肝などに巨細胞を伴う乾 酪巣の存在が認められた. 第8例(#5605)38歳,男性,死亡の約1年半前, 医師に高血圧,腎不全を指摘された.約1年前全 身浮腫.入院,透析療法を行なったが死亡.死因 は肺水腫と思われたが,剖検すると脳内大出血が 確認され,さらに萎縮腎,心肥大と共に,結核症 のひろがり(肺,肝,脾ほか)が認められた. 第9例(#5656)61歳,男性,40歳ころ「肺浸潤」 の既往がある.現症の経過は20日間.高熱,頭痛, 全身倦怠感,ついで嘔気,嘔吐が現われ,意識混 濁の状態で入院.約2週間で死亡.剖検上,両肺 の滲出性結核症と共に,結核性髄膜炎の存在が確 認された. 第10例(#6052)2歳,男性,発熱,嘔気,脱水, 両上肢のtremorがあり後頭蓋窩の腫瘤を疑われ た.約1日の経過で死亡.剖検上,結核性脳脊髄 膜炎.肺,肝,脾,リンパ節の結核症. 第11例(#6148)50歳,男性,死亡1年前,慢性 腎炎と診断され,死亡6ヵ月前,外シャントを作 製し,透析療法を始めた.敗血症症状出現.1カ 月前,間欠性高熱,右頚部リンパ節腫大に気づく. 気道閉塞症状によって死亡.剖検上,萎縮腎+粟 粒結核症(肺,肝,腎,骨髄,リンパ節). 第12例(#6191)21歳,男性,死亡2.5ヵ月前, 頭痛.このころ就職試験で胸部X線像上の異常を 指摘されている.死亡20日前意識消失,脳幹脳炎 と診断.以後回復せず.剖検上,肺,髄膜を含め, 全身に蔓延した粟粒結核症. 第13例(#6260)66歳,男性,死亡1年前より全 身倦怠感,医師よりタンパク尿を指摘され,次第 に浮腫が出現,増強した.ネフP一段症候群とし てプレドニン,利尿剤を投与されたが奏効せず. 胸水から結核菌が証明された.意識状態も悪化し, 死亡.剖検上,慢性腎炎,遷延性肺炎と共に,肺, 脾に血行性粟粒結核結節が認められた. 第14例(#6635)67歳,男性,死亡1年8ヵ月前, 食道癌手術,のち」血清肝炎を併発.死亡3ヵ月前, 背部痛が強く,再発の疑いで再入院胸水貯溜, 疾が多く,肺転移を疑った.ブレオマイシン,放 射線治療などの効なく死亡,剖検上,食道癌の再 発,広汎な肺炎,右上葉の乾酪性肺炎を伴い,肝, 脾に散在性粟粒結核結節. 第15例(#6695)63歳,男性,死亡10カ,錠前,右 下建部のリンパ節腫脹に気づく.手術,放射線治 療で腫瘤は消失したが,死亡2ヵ月前,右頚部に 再び腫瘤出現し,肺転移の所見もあった.喀血死. 剖検上,甲状腺癌の局所性拡大,広汎な肺転移と 共に,副腎に結核症が認められた. 第16例(#6844)66歳,男性,リウマチ性関節炎, 心筋梗塞の既往あり.死亡8ヵ月前,オステオポ ローシスで整形外科に入院約2ヵ月後,呼吸困 難,浮腫が出現,心拡大を指摘された.以後,胸 部X線像上,両側中肺野の陰影増強,関節変形も 増加,ステロイド剤を投与し,また骨髄穿刺で結 核結節が証明されたため抗結核剤も用いた.一般 状態が悪化し,死亡.剖検上,右上葉の被包乾酪 巣のほか,全身に肉芽腫性,壊死性の病変が全身 的な拡がりで認められた. 第17例(#6875)45歳,男性,死亡2年半前,肝 硬変治療中に衰弱が目立ち,左肺に異常陰影を発 見され,肺癌と診断された(smearで腺癌と確 認).以後2年間放射線療法を主に行ったが肺陰影 は拡大し,チアノーゼ,喀血など出現,死亡.剖 検上,空洞性肺結核と管内性,血行性蔓延.癌原 発部とされた領域は広汎な壊死におちいり,癌の 存在は確認できなかった. 第18例(#6919)12歳,女性,死亡1年4ヵ月前 から出血傾向,急性前骨髄球性白血病の診断で皮 質ホルモン剤,化学療法.約5ヵ月で完全寛解と 判断されたが,約8ヵ月のち再発,出血傾向と共 に頭痛が強い.脳内出血が疑われた.剖検上,白 血球細胞の汎発性の浸潤と共に両側腎結核症が認 められた. 第19例(#7425)80歳,女性,死亡4年半前,高

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血圧を指摘され,狭心痛があった.入院して完全 房室ブロック,狭心症(疑)の診断.死亡1ヵ月 前,心不全状態で再入院,胸水貯溜があり悪性疾 患の存在が疑われた.心室細動の発作中死亡,剖 検上,胃癌(肝転移),高血圧性臓器所見と共に, 腹膜,大網,肝被膜などに類結核性肉芽腫.じん 肺性変化が強い. 第20例(#7523)30歳,男性,死亡4年前からタ ンパク尿を指摘されている.1年前,尿毒症,うっ 血性心不全,心のう炎の状態になり,血液透析を 行う.死亡1カ,月前,心膜切除,このとき肺表面 に結核結節(P)に気付かれている.術後メレナ, 呼吸不全が回復せず死亡.剖検上,高度の腎萎縮 と共に血行性結核症の全身的な蔓延. 第21例(#7575)27歳,女性,分娩後,感冒症状, 食欲低下,めまいなどが出現,半昏睡状態となっ た.結核性脳膜炎を疑う.症状はいったん改善さ れたが再び意識レベル低下.発症から死亡まで約 70日であった.剖検(肺,脳のみ)すると,肺の 粟粒結核(左上葉に1個の石灰化巣),結核性髄膜 炎が確認された. 第22例(#8462)78歳,女性,高血圧で神経内科 に受診したことがある.その後,打撲で整形外科 に受診中,頭痛,めまいが続いていた.整形外科 への入院予定で輸送中呼吸停止,急死した.剖検 上,冠硬化症,心筋梗塞,脳軟化の他,肝,脾, 縦隔リンパ節に新しい結核性撒布. 第23例(#8855)59歳,女性,死亡6年前,多発 性神経炎,橋本病,慢性肝炎の合併に対してプレ ドニンを服用.死亡約!ヵ月前,嚥下困難が現れ, 入院下血から小腸潰瘍を疑われた.発熱,意識 障害の出現,死亡.剖検上,脊髄後索変性症,間 質性肺炎と共に,結核症の全身的蔓延が認められ た.右上肺葉に小石灰化巣がある. 第24例(#9313)54歳,女性,紫斑病の既往あり. 死亡の1年3ヵ月前,頭痛,口嘔吐が出現.抗核抗 体,LE細胞陽性のためSLEと診断,プレドニソ 投与.死亡6ヵ月前再入院,心嚢炎の疑い.帯状 庖疹が出現し,死亡約20日前から発熱.最終段階 で胸部X線分から粟粒結核症と診断された.剖検 上,lupus腎炎,遷延性肝炎および粟粒結核症(肺, 肝,脾,骨髄,腎). 第25例(#9442)82歳,女性,死亡2年前,帯状 庖疹後神経痛.死亡3ヵ月前,発熱,失禁,つい で下血.発熱はあらゆる治療に反応しない.衰弱 が増し,胸部X線像上の陰影も増強した.脱水症 状,呼吸困難が増し,死亡.剖検上,粟粒結核症 の全身蔓延.右肺門リンパ節の石灰化巣,右側胸 膜の全面癒着が認められた. 第26例(#9719)56歳,男性,増殖性天庖瘡,糖 尿病の既往がある.死亡約50日前,腹・背部痛(腎 結石).その後,発熱,言語障害が現れ,起立不能 となる.結核性髄膜炎を疑い,約1ヵ月間話結核 剤の投与,脳室ドレナージなどを行ったが血圧低 下し死亡.剖検上,粟粒結核の全身撒布,脳脊髄 膜炎の他,脳幹出血がみられた. 第27例(#10012)76歳,男性,死亡9ヵ月前か ら発熱と下血,出血源不明で白血病も疑われた. その後,敗1血症,腎不全,肺炎などを示唆する所 見であったが,各種治療が奏効しない内に死亡し た.剖検上,壊死性肉芽腫が全身に汎発しており, 一部に抗酸性桿菌が証明されたが,組織系は結核 症としては非定型的であった. 第28例(#10314)51歳,男性,約3年半の経過 を示した舌癌.放射線治療,抗癌剤投与を行った が著効をおさめなかった.経過中,X雪像で右肺, 左肺下部に陰影が気付かれている.剖検上,癌(扁 平上皮癌)の局所浸潤が広汎.新旧の結核巣(右 下肺葉,縦隔リンパ節,脾). 第29例(#10992)52歳,男性,死亡の約7年前, アルコール性肝硬変の診断で入院.糖尿病も指摘 された.死亡4年前くらいから肝機能が急激に悪 化.死亡1月前から腹水貯溜,発熱.その後,無 尿となり,透析を行ったが循環不全を合併して死 亡.剖検上,肝硬変と共に粟粒結核の全身的拡が りが認められた. 小戸 これらの例は,剖検記録から肺外結核症(明ら かな管内性転移を除’く)の記載のあるものを選び 出したものである.病巣の座を器官別に見ると, 脾(21例),肝(20例)がもっとも多く,腎(8例), 髄膜(7例),骨髄(7例)がこれに次ぐ.剖検時,

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例 数 7 6 5 4 3 2 1 、0 10 20 30 40 50 60 70 80 90年齢 図1 全症例の年齢分布 骨髄はおおむね腰椎から採取するので,ここでい う骨髄もほぼこれを指している. 29例の内訳は,男性19例,女性10例,年齢別に は,幼児2例の他,10代1例,20代2例,30代4 例,40代3例,50代7例,60代6例,70代2例, 80代2例である(男女合算).50歳以上の中高年者 が29例中17例(59%)を占め,とくに50∼69歳の 間に集中する傾向が著しい(図1). 経過中に結核症の存在が疑われ,抗結核剤が投 与されたのは29例中9例のみである.また副腎皮 質ステロイドの投与は9例に記録されている. 2.組織学的所見 上述した29例の転移器官について病巣の組織像 を検討し,結核菌染色を施し,検鏡した. 結核菌染色は29例から選んだ53枚の切片につい て行い,病巣内の菌の数によって,陰性,疑陽性, 陽性(十:1個以上,升:数個以上,帯:多数) と分けたが,以後の記述は,陰性と疑陽性を一括 して陰性,多少に拘わらず菌が認められたものを 陽性とする. 乾酪巣内で抗酸性を失った結核菌の検出につい ては隈部2)のすぐれた研究があるが,最近では Nyka3)の報告があり,岩井4)はこの変法を発表し ている.著者もZiehl−Neelsen(Z,N.)法と共にこ れを採用し,合わせてオーラミン染色(蛍光染色 法)5),BCGに対する抗血清による酵素抗体法6)を 用いた.53試料の内,陽性であったのは,Z.N.法 11,Nyka変法22,オーラミン染色24,酵素抗体法 21試料であった.すなわちZ.N.法では21%にと どまるが,他の3法では40∼45%になる.どの方 法でも菌が検出できなかったのは18試料(うち肝 7,脾7試料),転移巣で菌を確認するに至らな かった症例を数えると7例(第1,3,6,7,18, 20,25例)であった. 器官別にみると,菌検出率のもっとも高いのは, 脳脊髄膜(10/11,91%),これに対して,血行性 転移のもっとも頻繁に見られる脾,肝ではそれぞ れ7/11(47%),5/13(39%)で,過半数の試料で は陰性であった.髄膜の病変は一般にびまん性の 性格が強く,フィブリンや細胞成分(単核細胞, リンパ球,好中球)の滲出が主体でこれに多少な り壊死の加わった像を呈する.このような病変で は,各方法によって高率に菌が検出される.多少 の限局を示す髄膜病変(#7575)でも,原則として この傾向は維持されている. これに対して肝,脾の病変は一般に小結節の形 で,しかもその数は少ないことが普通である.血 行性結核症において肝,脾への撒布が比較的高率 に見られるとしても,このように疎な小結節の散 在という形では,おそらく生検の対象としても利 用されにくいことを示している.切片上菌が検出 されにくいのは,第一に,病巣のこのような小規 模かつ少数,という理由による.第二に病巣の性 格を見ると,細胞性の肉芽腫の形をとるものが多 いが,中には限局性のフィブリン析出に各段階の 器質化が加わるものもある(例えば#3385,#4641). Langhans型巨細胞の存在は不定で,凝固壊死像 に出会うことは比較的少ない.このような病巣で は菌の検出は困難であった. 非定型抗酸菌症と診断された例(#5323)の肝病 変は,類上皮細胞,リンパ球からなる細胞性結節 で線維化を伴っていた. 考 察 結核症はかつてわが国で広い範囲の蔓延を示し た感染症である.現在,ある年代以上の成人の多 くはいわゆる既感染者である.結核性変化は壊死, 被包化の過程で治癒する.壊死物質が完全に排除 あるいは消失することがどの位の頻度で起こるか は知られていないが,成人の既感染者の多くは大

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小,新旧は別として,結核病巣を原則として肺内 にもち,しかもこの病巣はなんらそれ以上の進展 を示すことなく長年月にわたり,停止状態にとど まる.石灰化した病巣にもなお生菌が存在しうる ことは古くから知られている.もっとも陳旧病巣 における菌の生存率について,確かなことは判っ ていない. 結核症の全身的な拡がりが中年期以後に起こる のは,長く休止していた病巣の再燃である7).もち ろん肺病巣の拡大・蔓延,管内性,.血行性転移の いずれも可能であるが,管内性(中耳,喉頭,腸 管)結核症の形で再燃が起こることはおそらく頻 度も少なく,またいったん起これば明らかな臨床 症状を呈し,さらに病巣が直達検査の範囲にある ために診断も容易である.これに対して,血行性 転移は,髄膜炎のような激しい症状を示すものか ら,肝,脾の少数の粟粒結節のように無症状のも のまでを含めて,生前には診断が困難ないし不能 なことが多い8)9).こういう意義を考慮した上で, 著者は今回の検索を血行性結核症に重点を当てる ことにしたのである. 腸管の転移については,管内性,血行性という 伝播経路を決めることが必ずしも容易ではない. 著者は粘膜に欠損を伴わない壁内病巣を血行性転 移巣とみなした.例えば,#6875では粘膜下層から 筋層にかけて,#8855では粘膜下層から漿膜層にか けての病変が見られたのである.しかし粘膜欠損 を完全に除外しにくいことはいうまでもなく,上 述の規準にも問題は残っている. 結核性髄膜炎は」血行性結核症のもっとも重大な 部分蝕で,7例(#3384,#4172,#5656,#6052, #6191,#7575,#9719)に見られた.このうち最初 の3例は,それぞれ脳腫瘍,髄膜脳炎,髄膜脳炎 と診断され,治療のためステロイド剤が投与され ている. ステロイド剤が投与された例は他に6例あり, 第13例(#6260)ではネフローゼ,第16例(#6844) ではリウマチ性関節炎,第17例(#6875)では肺癌, 第18例(#6919)では白血病,第23例(#8855)で はいわゆるoverlap syndrome,第24例(#9313) ではSLEが原疾患となっている.ステロイド剤 による結核症の再燃についてはよく知られており (例えばSahnら10>),住吉11)も結核症を悪化させ る要因として,たんなる基礎疾患(例えば悪性腫 瘍)の存在よりも,医原性の要因を重大視し,そ の一つとしてステロイド療法を指摘している. 臨床的に悪性新生物(白血病を含む)の存在が 疑われたのは7例(#5323,#6635,#6695,#6875, #6919,#7425,#10314)で,1例(#6875)を除き, すべて剖検によって確認された.白血病の例以外 は45∼80歳の間に分布している. また基礎疾患として腎不全をもっていた例は4 例(#5605,#6148,#6260,#7523)であった. 全例のうち9例は結核症以外の基礎疾患をもた ない例で,2例を除き40歳以下である.この中に は初感染結核症も含まれているものと思われる が,解析は困難であった.9組中7例は結核性髄 膜炎が主病変であったが,生前に結核性性格を疑 われたのは僅か2例であった. 29例中13画面いう約半数が50∼69歳の中に集中 していることは前述した.おそらくこの例は既感 染者の再発に当たるであろう.島尾12)(1982年)に よると,わが国の既感染世代は45歳以上,という. 著者の調査の対象は1966∼86年に及んでいるの で,そのまま当てはめることはできないにしても, 各種成人病への罹患とこれに対する治療的侵襲に よって結核症の再燃がおこる,という図式ば,50 歳以上の世代に特徴的なもの,といえるであろう. 病変の組織学的性格と菌の検出性との関係につ いては上に述べたが,肝,脾の一部の小結節のよ うに,肉芽の細胞構成にも壊死の様式にも特異性 を欠き,しかも菌も検出されない場合,それが果 して結核症の転移巣なのか,血行性蔓延に伴って 生じた非特異的な病巣なのか,現段階では決定で きない.またこのような病巣にもし結核菌が存在 するとして,将来さらに検出手技が改良された場 合に,その検出が可能になるのか,興味ある課題 と考えられる. 結 論 著者は第二病理学教室における連続的な剖検例 4,222例のうち,結核性病変のある例が217例,さ らにこのうち,血行性蔓延による臓器病変が29例

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嶋 田 論文 付 図 1

写真1 肝の細胞性結節(#6635,マッソン染色,撮影 時倍率×100) 写真2 中心壊死を伴う肝の小結節(#4641,マッソン 染色,×20) 写真3 脾の細胞性結節(#5605,H.E.染色,×100)

写翻

脾の類上皮細胞結節(#9719,H.E.染色,× ρ畢 写真5 骨髄細胞反応に乏しい壊死結節.(#6844, マヅソン染色,×20)

甥灘

。犠響欝欝ぐ

写真6 回腸.主に粘膜下層から筋層の結核結節.(# 6875,マッソン染色,x5)

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嶋田論文付図II

写真7 大網の結核反応(#7425,マッソン染色,x100) 写真8 腹膜の細胞性結核性肉芽(#10992,マッソン 染色,x50) 写真9 髄膜のビマン性滲出とその壊死(#4172,HE. 染色,×20) 写真10 同強拡大.単核細胞,好中球の浸潤が著明. (#4172,マッソン染色×100)

覇灘聴難

.“騨 搬も◎ 圃剣!繍 .露, 」罐 び 曾綿

写真11 髄膜の結核菌(#6052,Z.N.染色,×200) 写真12髄膜の結核菌(#6052,Nyka染色, x200) 一1440一

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に記載されていることを確めた.この29例につい て臨床・剖検の記録を調査し,主要臓器の組織学 的検索を行って次の結果をえた. 1.29例の内訳は男性19例,女性10例,年齢は幼 児から高年にわたっているが,50∼69歳の間の例 がおよそ半数を占め,既感染者からの再燃が集中 した年齢層と思われる. 2.全例のうち9例は結核症以外の基礎疾患を もたない例で若年者に多い.とくに結核性髄膜炎 が7例を占めているが,生前診断されたのはうち 2例のみであった. 3.結核症以外の基礎疾患として比較的多いの は悪性新生物の7例,腎不全の4例であった.経 過中,副腎皮質ステロイドは9例で投与されてい る.これは基礎疾患の治療のため,あるいば肺外 結核症の症状を育種の原因によるとの判断に立っ て行われた. 4.血行性撒布は,器官別には,脾,肝が多く, 次いで腎,髄膜,骨髄の順であった. 5.結核菌は53試料のうち35試料(66%)で陽性 であった.39例中32例(82%)では,いずれかの 転移巣で結核菌を証明しえた. 6.結核菌の検出率は脳脊髄膜で高く,肝,脾で は低かった.菌の検出は一般に乾酪化ないし滲出 物の壊死に依存し,たんに細胞集籏の形をとる病 巣では検出されにくかった. 7.肝,脾などの小結節の少なくとも一部が,形 態像の上でしぼしぼ特異性を欠き,結核菌も検出 されないことは,病巣の感染性格に若干の疑問が 残ると考えられた. 御指導を賜わった梶田 昭教授,種々御援助を頂い た笠島 武教授を始め教室の方々に感謝の意を表す る. 文 献 1)本多忠光,豊田充康,梶田 昭ほか:血行性結核 症についての病理学的観察(抄)。東女医大誌 53:528, 1983 2)隈部英雄:人膣内に於ける結核菌の生態.シュー ブに封ずる一考察.保健同人社,東京(1950) 3)Nyka W:Studies on mycobacterium tubercu−

10sis in lesions of the human lung. Am Rev

Resp Dis 88:670−679,1963 4)岩井和郎:生体内,殊に乾酪巣内の結核菌につい て.結核 51:499−501,1976 5)雫石明子:染色法のすべて,pp186−188,医歯薬出 版,東京(1984) 6)川井健司,堤 寛:酵素抗体法による抗酸菌同 定の試み.病理と臨床 2:862−867,1984 7)石川千鶴,金子 昇,金田良夫ほか:最近10年間 の剖検例における活動性結核について.東女医大 誌50:466−471,1980

8)Bobrowitz ID: Active tuberculosis un− diagnosed until autopsy. Am J Med 72:

650−658, 1982

9)Gerlach J: Die Hau丘gkeit klinisch unerkann− ter Tuberkulosen im Obduktonsgut. Zentralbl

Allg Pathol 126:223−228,1982

10)Sahn SA, Lakshminarayan S;Tuberculosis

after corticosteroid therapy. Brit J Dis Chest 70:195−205, 1976

11)住吉昭信:“Compromised host”における結核の 種々の病態.結核 62:41−50,1987

12)島尾忠男:結核菌発見100年(座談会).日本医事 楽斤幸侵 3023:3−18, 1982

参照

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