第73巻 第 3号 2000年 12月 307-333
ドイツの生産協同体
佐 藤
忍
は じ め に
企業という経済主体は資本と労働力を生産要素として調達し付加価値を生み だす。したがって労働市場および金融・資本市場という要素市場が企業組織の あり方を規定する。本稿はこの自明の命題にもとづいて, ドイツ企業のあり方 について検討を加えようとするものである。そのさい, ドイツ企業の競争力の 源泉を企業組織ないし経営組織の生産協同体としての性格づけのなかに把握す る。その強固な骨格を確認し,変容しつつあるプロセスにひとつの見取り図を 与える。I
生産協同体
l 所有者企業 企業という組織は基本的に経営者および労働者からなる生産者とともに,そ の生産活動に必要な資金を提供する出資者から構成される。出資者は企業の所 有者である。所有者と経営者との関係は,近代企業形態の発展とともに所有と 経営との分離という脈絡のなかで久しく議論されてきた。その点における今日 のキーワードはコーポレート・ガパナンス(企業統治)である。 企業統治のドイツ的モデノレは,いまでも,所有者がマネジメントを担う所有 者企業である。つまり所有と経営との一体化がドイツ企業の基本的な特徴であ る。ドイツの代表的な企業形態は,株式会社 (AG),有限会社 (GmbH),そして 合資会社(KG)の 3つである。売上総額全体に占めるそれぞれのシェア(1994 年)は,順に, 19,,6%, 32,,3%, 22,1%である。これら 3つで全体の 4分の 3308 香川大学経済論叢 758 を占める。合資会担は無限責任を負う所有者兼経営者に有限責任の出資者が加 わった所有形態である。無限責任の出資者が単独でト経営する完全な所有者企業 (14.9%)と合わせると,所有者企業の売上げシェアは37%となる。所有形態 のなかで最も多いのは,有限会社である。それは株式会社と同じく有限責任で あるが,資本金は出資者に「営業持分J(Geschaftsanteilen)として分割される。 持分の譲渡は他の出資者の同意を必要とする。所有者は比較的少数の出資者の あいだに限定されており,それゆえここでも所有者と責任の所在は確認しやす し〉。 株式会社のシェアはきわめて小さい。株価時価総額のGDP比(1991年)は, 日本が88..5%,イギリス 80.8%,アメリカ合衆国印刷5%のとき,ドイツはわず か23..3%である。株式会社は資本金を株式に分割し,株主という名の持分所有 者は自己の出資額の範囲内でのみ経営にたいして責任を負う存在である。株主 のこうした有限責任は,自己にのみ限定された責任であり,他者,すなわち債 権者,従業員,取引先などのステークホルダー(Stakeholder)にたいする責任を 免れている。情報の非対称性は経営者にたいする所有者の監視機能を弱めるか ら,モラル・ハザ、ードが発生しやすい。その意味で,株式会社は無責任を助長 しやすい企業形態である。コーポレート・ガパナンスの議論が株式会社という 企業形態に集中しているのは当然の成り行きである。株式会社の比重が小さい という事実は所有と経営との一体化を徹底して追及してきた営為の結果であ る。コーポレート・ガパナンスの問題は, ドイツでも最近になってやっと議論 されはじめたが,それは後述するように株式文化の浸透という新しい情況に触 発されたものである。コーポレート・ガパナンスという言葉が外来語であるよ
( 1) Stefan Prigge, A Survey of German Corporate Governance, in: K J Hopt et al
(ed), Comparative Cortorate Governance.. The State
0
/
the Art and Emerging Research, Oxford University Pres芯1998,p 948( 2 ) Julian Franks, Colin Mayer, Owership and Control, in: Horst Siebert (ed),
Trends in Business Organization Do Partic
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ation and Cooperation incriιase Competitiveness,?.J J B.. Mohr 1995, p.. 175759 ドイツの生産協同体 -30少ー うに,その問題自体もドイツの企業にとっては周縁的である。 2“職業文化 ドイツの国内市場は狭障で地域的にも分散している。アメリカ型の大量生産 はドイツにはなじまない。ドイツの生産者はそれゆえ隙間生産の追求と顧客の 要望に柔軟に対処しうる生産方法とに活路を見いだした。そうしたドイツ的生 産方法の理念型が手工業(Handwerk)である。手工業はいかなる時代にもドイ ツ的なるものを絶えず覚醒させ,再生産させるべき重要な役割を担う。「手工業 秩序法J(Gesetz zur Ordnung des Handwerks)は94の職種を手工業の活動部 門と規定している。それ以外の職種は工業部門に属する。つまり手工業と工業 とは競争の仕切りによって棲み分けしているのである。手工業部門への参入を 意図する生産者は,マイスター資格の取得と「手工業らしさJ(handwerkmaβig betrieben)という条件を満たさなければならない。「手工業らしさ」とは要する に「ドイツ的なるもの」であって,それを特定することは容易でない。時代の 変化に対応すべき強靭さをもたなければ時代遅れになってしまいやすい。行政 裁判所の判例が時代にマッチした内容を規定している。小規模性,所有と生産 との人格的一体性といった特徴はもはや「手工業らしさ」の指標とはみなされ ていない。熟練労働者の高度な専門性と柔軟性に大きく依拠しているような作 業組織をもつことが「手工業らしさ」の核心である。認定され登録された手工 業者は手工業会議所(Handwerkskammer)に強制的に加入し,そして地域単位 で日常的な運営に関わる。こうした手工業に従事する事業所数は
5
0
万弱,就労 者数は5
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万人弱である。売上総額は4
,0
0
0
億マルクにも達し,化学工業,自 動車工業をはるかに凌ぐ。 (4 ) 近藤義晴「第 2次ノ、ントヴエlレク秩序法をめぐる論議についてJ'中小企業季報J 1 998年 No.3,11頁。 ( 5 ) W olfgang Streeck, Social lnstitutions and Economic Perlormance. Studies 01 lndustrial Relations問AdvancedCapilalistEじonomies,Sage Publications1992, pp 110-111 ( 6) lbid., p.109-310--- 香川大学経済論叢 760 手工業は職業教育をつうじて自己の人的な担い手を再生産する。手工業会議 所は訓練過程を監視し,検定試験を実施する。合格者は専門工(Facharbei ter) となる。それは当該労働者が当該職種にかんして一人前の熟練労働者であるこ とを証明する。専門工として平均7年の経験を積めば,マイスター学校への入 学資格が与えられ,合格すればマイスターとなることができる。マイスター資 格は手工業の開業権とともに手工業部門における職業教育の担当資格をも付与 する。マイスター資格の新規取得者は毎年平均すると
3
万人弱である。また1
6
歳から 19歳にある若者のおよそ 4人に 3人が職業教育に参加するが,そのうち 約3
分の1が手工業の職種で訓練を受けている。手工業職種における検定合格 者のおよそ半分は訓練企業を離れ,工業部門へ流出しているといわれている。 手工業部門における「過剰な」訓練は,いいかえれば,工業部門にたいして貴 重な労働力を供給していることになる。こうした部門聞の労働力移動は「手工 業らしさ」が工業部門へ伝播していくひとつの経路となっている。手工業と工 業とは制度的な棲み分けをとおして融合するのである。 工業部門における経営の組織構造は,平坦,スリム,簡明である。工業部門 の 現 場 管 理 者 は 手 工 業 の マ イ ス タ ー に た い し て 工 業 マ イ ス タ ー(Indus -triemeister)と呼ばれている。工業マイスターは豊富な専門工のなかから選抜 され,工程管理を任され,現場労働者にたいする人事権を掌握する。専門職能 と管理職能とを工業マイスターのなかに統合することによって,専門職能にか かわる要員をスリム化し,他方で管理職能にかかわる要員を削減し,組織の階 層性を平坦にする。組織上の調整コストも専門工の非公式な問題解決能力に委 ねることによって節約できるため,職務分担は簡明である。 (7) Ibid.., p..114( 8 ) David Soskice, Reconciling Markets and Institutions: The German Apprentice -ship System, in: Lisa M. Lynch (ed), Training and the Private Sectors. Interna -tional Comparisons, University of Chicago Press1994, p.37
( 9 ) Amdt Sorge, Mitbestimmung, Arbeitsorganization und Technikanwendung, in: Wolfgang Streeck, Norbert Kluge (ed.), Milbestimmung in Deu恥hland. Tradition und Effizienz, S.. 39-42
761 ドイツの生産協同体 A i そのうえ企業経営の上層部にも専門工の叩き上げが少なからずいる。マネジ メントのおよそ 4分の lは専門工を経てエンジニア学校 (Ingenieurschule),専 門 大 学 (Fachhochschule)あるいは総合大学へと進学し工学士(Diplom-In -genieur)などの関連資格を取得している。職業教育を経験することなくギムナ ジウム,そして総合大学へと進学した学生の場合にも,大学教育は現場指向を 強く意識して実習 (Praktikum)をカリキュラムに組み込んでいるから,彼らも 現場の事情に精通している。つまりマネジメントは専門工やマイスターといっ た現場労働者と共通の職業文化をもっているのである。日本と同程度に低い社 長の年収 (1990年時点で平均 40万ドル)も生産協同体のこうした一体性に規定 されていると思われる。 3 .対抗パートナー マネジメントと労働者とは生産協同体のなかで協力し合うとともに,しかし 対立する利害をなんとかして調整しなければならない。対立と協力というこ律 背反の関係をうまく統合する必要がある。ご元的制度といわれる労使関係の狭 義の枠組はここに関係している。 対立と協力との関係はまず最初に生産者双方の自発性にもとづいて運営され ている。ともに産業レベlレで組織された任意団体としての労働組合と経営者団 体とによる団体交渉が,それである。団体交渉はストライキといった実力行使 を予定しているのであるから,文学どおり対立の場である。そこで締結される 労働協約は労働基準の下限を産業レベルで設定する。労働協約が適用される労 働者の割合(協約適用率)は 83% (1991年,西ドイツ)である。さらに細かく (ll) Mary O'Sullivan, Contests for Corporate Control Co
ψ
orate Gove丹wnω andEconomic Peゆ rmancein the United States and Germany, Oxford University Press 2000, pp. 248-249.
(12) OECD, Economic SurvのISGe門 珂any1995, p.. 107
(13) Vorwort des Herausgeberszur3..Auflage, in: Walter Muller-Jentsch (Hrsg),
Konfliktpartnerschaft Akteure und Institutionen der industriellen Beziehungen 3 Auflage, Rainer Hampp Verlag 1999, S.8-10
-312ー 香川大学経済論叢 762 みると,産業別労働協約は
72%
,企業別労働協約が11%
である。産業別労働協 約の効力は産業別労働組合の組織率と,それに対抗すべく組織された経営者団 体の組織率に依存している。とりわげ後者が決定的に重要である。たとえ労働 組合が産業別労働協約の締結を望んだとしても,経営者が札織されていなけれ ば実現できないからである。金属産業(19
8
0
年)を例にとれば,労働組合の組 織率4割弱 (37%)にたいして,経営者団体の組織率は6割弱 (57.4%)一従 業員数を基準にすれば, 727%ーである。労働者よりも経営者の方が組織率が 高いのである。経営者団体に加入し,産業別労働協約の適用を受け入れること は個々の経営者にとっていくつかの利益をもたらす。産業別組合は労働協約の 有効期間における産業平和を遵守しなければならないから,少なくともその期 聞については個別企業レベルの予期し得ない紛争を回避することができる。と りわけ重要な点は,一種のカルテル機能である。産業別労働協約が賃金水準の 下限を産業レベノレで設定するということは,賃金水準に安定性を与え,製品の 品質と差別化とを企業間競争の共通土俵とする。価格競争から品質競争へと経 営資源を集中することが可能となる。 事業所レベノレではなによりも経営組織法という法的な枠組が生産者双方に協 力し合う関係を義務づけている。その法律は従業員の共通の組織としての従業 員代表委員会(Betriebsrat)に共同決定権を付与する。経営にかかわる各種の事 項は社会的事項,人事的事項そして経済的事項に大きく区分されたうえ,それ ぞれの内容について詳細に権利が明記されている。情報聴取権から協議権,共 同決定権,さらには同意を与えることを拒否する権利がそれである。たとえば 合理化計画や事業目的の変更といった経済的事項は情報聴取の権利にとどまっ (14) Franz Taxler, Nationale Tarifsysteme und wirtschaftliche InternationaIisierung Zm Positionierung des “Deutschland" im internationalen Vergleich, in:WSI Mitteilungen 4/1998, S. 251 ; Reinhard Bispink, Thorsten Schulten, Flachentarifver -trag und betriebliche Interessenvertretung,加n:Walter Mu叫辻111加e釘rト-一-Je! at, S 192(15) VgI Franz Taxler, Der Flachentarifvertrag in der OECD Entwicklung, Bestands -bedingungen und Effekte, in: lndustrielle Beziehungen 4.. Jr Heft 2, 1997
763 ドイツの生産協同体 313 ている。他方,労働時間,賃金支払い手続き,出来高換算率などの社会的な事 項はすべて共同決定事項であり,要員計画あるいは職業教育計画の導入といっ た人事的事項は協議事項である。人事的事項のなかでも募集・選考基準といっ た事項については従業員代表委員会に拒否権を付与している。従業員代表委員 会は法律によって付与された権利にもとづいてマネジメントと対時しつつ,他 方では「信頼に満ちた協働」を義務づけられている。協力的枠組のなかに対立 関係が組み込まれているのである。 従業員代表委員会は従業員によって選出され
4
年ごとの選挙によって従業 員の審判を仰ぐ。従業員代表委員会は任期のあいだ上記の諸権利を駆使して経 営の意志決定に主体的に関与するのであるが,従業員一人ひとりは選挙あるい は時折開催される従業員総会をつうじて間接的に関与するだけであり,あくま で客体にとどまる。代表をつうじた共同決定であり,一人称の直接参加ではな い。この意味で従業員代表委員会は従業員からもある程度自律して行動しうる のである。 産業別労働組合は従業員代表委員会のこうした自律性にたいして強い警戒心 を抱いてきた。その積極的な意義はほぼ半世紀をへてやっと認識された。従業 員代表委員会のメンバーはそのほぽ8割が労働組合に加盟している。労働組合 主催の研修会に経営の費用負担で出席しうる権利を与えられており,また労働 組合の専従役員の従業員総会への参加も許されている。労働組合にとって従業 員代表委員会は新規組合員勧誘の枢要な窓口として機能している。法律は労働 協約優先の原則を明記し,従業員代表委員会の争議行為を禁止しているから, 従業員代表委員会が産業別労働組合の組織基盤を掘り崩す危険性はない。しか も法律の強制力にもとづいて従業員組織の自律性が保証されているから,産業 別労働組合の任意団体としての組織的な不安定性を補うことができる。個別事(17) Hartmut Schmidt et a!, Coψorate Governance in Germany, Nomos VerlagsgeseIl -schaft 1997, S 224
(18) Rudi Schmidt, Rainer Trinczek, Der Betriebsrat als Akteur der industrieIlen Beziehungen, Walter MuIlerJentsch (Hrsg), op.αt, S..I11-113
314 香川大学経済論叢 764 業所レベルの煩雑な諸問題は別個の組織である従業員代表委員会の仕事である から,産業別労働組合はあくまで産業レベルにおける労働条件の下限設定に自 伽) 己の任務を限定することで組織の正当性を維持できるのである。
I
I
連 結 の 環
1 支配的株主 マネジメントと労働者とは,対抗パートナーとして対立する利害を調整しつ つ,共通の職業文化を背景としながら協力関係を構築している。ここに成立す る生産協同体を所有者は資金的に補強する。こうしたドイツ的な経営のあり方 は株式会社の場合にはどうなるのであろうか。 所有者の顔が見えるという特徴は,株式会社の所有構造にも反映されている。 日本やアメリカ合衆国の所有構造にみられる一般的な特徴は分散所有である。 すなわち筆頭株主の持ち株比率10%
未満がそれぞれ6L1%
,6
6
.
.
0
%
を占めてい る(第1
表)025%
未満になると824%
,834%
である。両国の株式会社の8
割 以上が25%
以上の筆頭株主を持たないのである。取締役を選任できる最低限の 第1表 筆 頭 株 主 の 持 ち 株 比 率 ドイツ 日 本 アメリカo
%~9 99% 3..2 61.1 66..0 10%~24. 99% 6..9 21 3 17..4 25%~49..99% 16 7 12..9 13..0 50%~7499% 31..9 4..7 2.1 75%~100% 413 15 (注) ド イ ツ : 上 場 企 業550社 (1994年) 日 本 全 上 場 企 業1,321社(1995年) アメリカ:上場企業1,500社(1994年) (出典)Stefan Prigge, A Survey of German Corporate Governance, in: K J Hopt et.a.l(ed..), Comparative Corporate Governance The State 01 the Art a目dEmerging Reseαrch, Oxford University Press 1998, p. 972765 ドイツの生産協同体 315-持ち株比率が25%であるとすれば,両国における企業は単独の株主による介入 を免れていることになる。会社支配の類型からいえば,経営者支配に属する。 これにたいしてドイツはまったく正反対でトある。ドイツにおける株式会社の筆 頭株主は,最低でも 25%以上の持ち株比率を保有している。ほぽ9割の株式会 社がそれに該当する。単独の株主で75%以上の持ち株比率を保有するケースが 4L3%もある。ドイツの株式会社は単独の株主の圧倒的な支配下におかれてい ることになる。経営者支配の類型に対比すれば,完全所有者支配の類型である。 25%以上の持ち株比率を保有する筆頭株主の3分の lは,事業会社である。 ω) それにつづくのが創業者一族である。子会社は親企業の組織に吸収統合される のではなく,一定の自律性の保持を前提として系列下される。これがいわゆる コンツェノレン化である。事業会社相互の支配的な結合形態は,日本的な相互持 ち合いではなく,親会社を起点としたピラミッド型となる。前者は4ド2%,後者 仰) が49..5%を占める。いいかえると諸生産協同体はピラミッド型に編成されてい る。 ピラミッドの連結の環として位置する支配企業は,しかしながら多くの場合, 所有を分散している。株式会社の結合関係を所有構造の観点から調査したバイ ヤーの研究によれば,調査対象694社のうち,筆頭株主が75%以上の持ち株比 率を保有する純粋な所有者支配のもとにある株式会社は438社,すなわち 63.1%である。直接的な所有構造からみれば,上述のようにドイツの株式会柾 は所有者による支配が明瞭である。その筆頭株主を芋蔓式に手繰り寄せていく と,究極的な所有者が確認できる。そのようにして確認されたピラミッドの頂 点、に立つ企業の所有構造からドイツにおける株式会社の究極的な支配の在処が 突き止められる。頂点に立つ企業の所有構造を筆頭株主の持ち株比率で分類す ると,筆頭株主の持分比率が25%未満であって株式が分散所有されている大企 (21) Stefan Prigge, opci,..tp. 972 (22) Julian Franks, Colin Mayer,。
ρ
ci,..tp..177 (23) Jurgen Beyer, Managementherrschajt in Deutschland,'.Westdeutscher Verlag 1998, S 99;豊島勉「ドイツにおけるコーポレートガパナンスー企業支配構造と経営者 支配の問題を中心にーJr修道商学』第39巻第2号(1999年), 109頁。316- 香川大学経済論叢 766 業の支配下にある企業が498社,すなわち 71.8%を占める。株式が分散され支 配的な株主が存在しない企業では経営者支配が貫徹しやすいと考えられるか ら,究極的な支配の在処はコンツェノレン本社の経営者が掌握していると判断さ れる。個別企業レベルにおける完全所有者支配を総体としての経営者支配が包 摂するという構造が確認できる。
2
,監査役会 所有と経営の分離という問題は諸生産協同体それ自体にではなく,むしろそ れらの連結の環たる株式会社の大企業に限定して発生しやすい。ドイツの企業 統治におけるこの弱点を埋めるひとつの制度が監査役会(Aufsichtrat)である。 取締役を選任し,その業務執行を監査する役割を担う機関であり,事実上の最 高経営者会議である。たいてい四半期ごとに開催される。 1976年の新共同決定 法は従業員規模2,000人以上の大企業における監査役会の構成を株主代表と労 働者代表の同数とした。それまでの法律は,従業員規模500人以上の企業を等 しく扱い,すべて労働側委員を 3分のlとしていた。新共同決定法は大企業の 企業統治にたいするドイツ的対応である。 株主を代表する監査役員として,事業会社(54,8%),銀行・保険会社(19,4%), 邸) その他の株主代表(198%),さらに政治家・公務員 (6%)がある。他方,労 働側委員の半数近く (46%) は当該企業の従業員代表委員会のメンバーから構 成される。その次に多いのは,従業員として在籍しない産業別労働組合の役員 (29%)である。そのほかには中間管理職の従業員(13,,7%),あるいは子会社 。 日 の従業員代表委員 (54%)などが含まれる。株主代表の監査役のうち当該企業 の株を直接保有する個人または法人はわずか半分である。したがって純粋の株 仰) 主代表は2分の lではなく 4分の lである。とすれば当該企業の文字どおり (24) Jurgen Beyer, ibid, S..61;豊島勉,向上, 102頁。 (25) Stefan Prigge, op., ci,.tp..957の数値を2倍した。 (26) Ibid, p. 1007 (27) Ibid., p..965767 ドイツの生産協同体 -317-のインサイダーは,株主としての事業会社および従業員代表委員会のメンパー であるから,大まかにいって,監査役会の半数程度であるとみなしてよいであ ろう。この限りでいえば監査役会は事業所レベルの生産協同体を本社レベルへ 拡張したものである。監査役会の構成について特筆すべき点は,産業別労働組 合と金融機関の参加である。 労働組合は労働協約によって産業レベルの労働条件を設定した後,従業員代 表委員会の自律性を利用して事業所レベノレの意志決定にたいして間接的に関与 しつつ,本社レベルにおける企業経営に監査役会をつうじて参画する。第1図 をみよ。関与の順序はまず最初に産業レベノレがあり,ついで事業所レベノレ,そ して本社レベルである。しかしながらマネジメントの意志決定順序は逆である。 まず最初に,製品市場の動向からマーケティング戦略を定め,それに照応した 生産工程を設計し,そのうえで必要な人事管理を決定する。労働組合との賃金 交渉はマネジメントの本来の意志決定手続きにとっては最後尾に位置してい る。労働組合は基本的に企業の外部の労働市場に照応した組織であり,労働市 場の組織化をつうじて企業内部における作業組織の編成を規定する。たとえば マネジメント マーケティング 工程管理 人事管理 賃金交渉 A iこ 業 製 品 市 場 製 品 戦 略 テ ク ノ ロ ジ ー 作 業 組 織 労 働 市 場 第1図 企 業 の 意 志 決 定 労働組合 監査役会 │従業員代表委員会│ 賃金交渉
(出典) Arndt Sorge, Wolfgang Streeck, lndustrial Relations and Technical Change: The Case for an Extended Perspective, in: Richard Hyman, Wolfgang Streeck (ed), New
-318 香川│大学経済論叢 768 ω 現場におけるプログラミングを積極的に組み入れたコンピュータ制御技術,あ るいは労働者自身による創意工夫を反映する「古典的な」賃金形態としての請
ω
負賃金,これらの波及は労働市場に供給される専門工の能力を十全に引き出す ための賃金形態であり,製造技術である。製造技術は他方でどのような製品を どこの市場に販売するかという製品戦略によって左右されている。企業の製品 戦略を規定するものは,国際的な競争にさらされた製品市場である。製品市場 によって製品戦略が左右され,労働市場によって作業組織が規定される。製造 技術は両者によって影響され,また両者にたいして影響を与える。労働組合の 監査役会への参加は,労働市場の論理と整合しうるような,つまり企業横断的 に標準化しうるような作業組織そして製造技術にむけて働きかける力を企業の 。 骨 なかに組み入れることを意味している。 一方,上位100社のうち 75社が銀行から監査役を受け入れている。延べ数は 179人である。平均すると, 1社あたり 2..4人の委員が銀行から派遣されている ことになる。しかもそのうち議長3
1
人,副議長3
5
人である。銀行は監査役会 の中枢メンバーとして重要な統治機能を担っている。 銀行全体で5%.以上の持ち株を保有している企業は上位100祉のうちの56ω
社にすぎない (1975年)。そのさいの平均持ち株比率は7.28%である。銀行は 直接保有以外に顧客の株式を管理している。顧客は株式の売買を銀行内部の口 座振替として処理することによって証券取引税の課税を免れることができる。 それゆえ自己の保有する株式を銀行に預託し,株主としての議決権の行使も銀 行に委託している。これがいわゆる代理議決権(Depotstimmrecht)である。そ (28) Arndt Sorge, op.cit, S.. 93-111(29) Klaus Schmierl, Umbruche in der Lohn-und Tar妙。litik Neue En忽.elおysteme bei arbeitskrajtzentrierter Rationalisierung in der Metallindustri
ム
Campus1995, S 140-148(30) Arndt Sorge, W olfgang Streeck, lndustrial Relations and technical Change: The Case for an Extended Perspective, in: Richard Hyman, Wolfgang Streeck (ed.), New Technology and lndustrial RelatiOns, Blackwell 1988, pp..38-42
(31) Jeremy Edwards, Klaus Fischer, Banks, finance and investment in Germany,
Cambridge University Press 1994, p. 136, 207
769 ドイツの生産協同体 -319ー ω) れはビスマノレク時代からの伝統的なやり方である。銀行は平均して
50%
弱ω
(
4
9
,4
5
%
)
の代理議決権を保有している。自己保有と合わせると,過半数を超 える。これは分散所有の限界を克服するドイツ的な安定株主工作であるといっ てよい。いいかえると,銀行が証券市場を代行し,株式売買をコントロールし ているのである。銀行が監査役会において株主代表として圧倒的な影響力を行 使しうる根拠はなによりもまずここにある。ただし銀行は株主代表としてのみ 行動するわけではない。この点に注意を要する。監査役会の銀行出身者は株主 のみを代表するとすれば,監査役会に占める銀行出身委員の議席数は当該銀行 の自己保有持ち株比率と代理議決権とによって説明されるはずであろう。議席 数 (Z) を説明変数とし,自己保有の持ち株比率 (X) と代理議決権 (y) を t由 独立変数とした回帰方程式は,以下のごとくである。(かっこ内はt値)Z
=
1.68+0
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2
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.
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, ,1
2
4
自己保有の持ち株比率とのあいだには予想されるとおり相関性が認められる が,代理議決権の推定係数はほとんどゼロに近い。代理議決権は銀行に株主代 表としての大義名分を与えるが,議席数の配分には影響していない。 他方,銀行は事業会在にたいして融資をする債権者でもある。債権者と経営 者とのあいだの情報の非対称性は,前者が後者の経営を日常的に監視しうる立 場に立つことによって,縮小することができる。監査役会への銀行の関与がそ れである。このように考えて大過ないと思われるが,ここでも気を付けるべき ことがある。ドイツの事業会社は必要な投資資金の大部分を自己金融によって 賄うことができるという点である。8
0
年代をつうじて金融資産を除いた物的資 産への投資のほぽ8
割(
8
0
,,1%)
は減価償却引当金や留保利潤から構成される (33) マーク・ロー(北候絡雄・松尾順介監訳)Wアメリカの企業統治 なぜ経営者は強くなっ たか』東洋経済新報社, 1996年, 273頁。 (34) Jeremy Edwards, Klaus Fischer,。ρcit,p"199 (35) lbid, p,,206-320ー 香川大学経済論叢 770 内部資金によって賄われている。そのうえ従業員のための企業年金の積み立て も自己金融に一役買っている。ドイツの大企業では外部の独立した年金基金あ るいは生保に積み立てる企業年金ではなく,企業が内部で準備金を貯蓄し直接 給付義務を負うタイプが支配的である。これを「直接約定型J(Direktzusagen) という。この従業員からの一種の借入金が投資資金の
5%
を占めている。銀行 からの借り入れは10%にすぎない。たとえば日本の事業会社が銀行からの借り ( 納 入れに依存する比率は30%である。ドイツの企業は銀行への依存から相対的に 自由であり得る金融構造をもっているといえる。しかもその割合は大企業にな ればなるほど小さしさらに大企業になればなるほど取り引きする銀行の数は。
1 ) 増える傾向がある。融資先をめぐる銀行間の競争は蛾烈である。それゆえドイ ツの大企業の特定の銀行との関係はハウスパンクという言葉からわれわれが連 想する以上に希薄である。とすれば債権者としての銀行の立場についても過大 評価はできない。 監査役会への銀行の関与の度合いは株主あるいは債権者としての個別的な利 害だけからは納得ある説明をすることが難しいように思われる。むしろ銀行に は株主や債権者としての個別的な立場を超越した役割が期待されているのでは なかろうか。産業別組合が労働市場の論理を代弁するように,銀行は金融・資 本市場の論理を代弁し,企業の日常的な意志決定のなかに市場の論理を内面化 する役目を担っていると思われる。資金調達や為替へッジ等にかんする財務上 の諸問題について中立的な立場から専門的なアドバイスを提供するだけではな い。ションフィールドの言葉を借りれば r盲滅法の格闘ではなく,組織された (38) 慎重な闘い」として市場競争を展開しようとするドイツ社会の指向性は,競争 秩序の日常的な監視と調整にあたるコーディネータを必要としている。事業会 社がそうした役割を銀行にたいして期待しつづけるかぎり,銀行がそれを自己 の社会的使命として引き受けたとしても不思議はないであろう。監査役会の企 (36) Ibid, p.54, 68 (37) Ibid, p.. 141 ; Stefan Prigge, ot.at, p..1020 (38) アンドリュー・ションフィーfレド r現代資本主義』オックスフォード大学出版局, 1968 年, 241頁。771 ドイツの生産協同体 321-業統治機能は,産業別労働組合および銀行の参加によって一定の競争秩序のな かに株主の利害を繋ぎ止めることである。 3リ競争優位 世界輸出に占めるドイツの平均シェアが 10れ6%(1985年)であるとき,それ 以上のシェアを示す業種はドイツ国内において実に
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に達する。輸出額の上 位 50業種は,ドイツ輸出額のわずか 41.6%を占めるにすぎず,アメリカの 51“6%,日本の62.7%に比較すると低い。すなわち,ドイツの国際競争力は「広 日 目 がりと深さ」を特徴としているのである。ドイツが競争優位に立つ業種はハイ テク技術を駆使する業種ではない。むしろ「中間技術J(medium technology)の 例) 応用とその漸進的な革新とがドイツ企業の強みである。とりわけ工作機械や化 学の分野において顕著である。手工業と工業との,職人生産と大量生産との融 合をつうじて,顧客の多様な注文に柔軟に対応し,高品質の製品を生産すると いう「多様な高品質生産J(Diversified Quality Production)こそがドイツの競 争優位をもたらしている。3つの条件がこれを支えている。それらの諸条件はこ れまで述べてきた諸制度,すなわち産業レベルの労働協約,事業所レベノレの共 同決定,所有と経営との一体化,さらには監査役会をつうじた株主利害の牽制 によってもたらされる効果である。 まず第一に,賃金の水準と格差付けとは,労働力の生産性によってではなく, 社会的に妥当とされる水準と公平性によって外在的に設定される。産業別の団 体交渉がその内容を規定する。まずはじめに賃金ありきである。ドイツの賃金 は周知のとおり国際的にみても高水準にあり,しかも賃金のばらつきは小さい。 時間あたり労働費用の絶対値は,ドイツを 100とするとき,フランス 64,イギ (39) M Eポーター(土岐坤ほか訳)I国の競争優位』ダイヤモンド社, 1992年, 501頁。 (40) Wendy Carlin, David Soskice, Shocks to the System: the German Political Eco -nomy under Stress, in: Nationa! Institute Economic Review No. 159 (1977), p..64 (41) Wolfgang Streeck, Productive Constraints: On the Institutional Conditions of Diversified Quality Production, in: Wolfgang Streeck, Socia! Institutions and Economic Peてか門叩ance,0ρc, it, pp..1-40.-322ー 香川大学経済論叢 772 (42) リス 46,アメリカ 55,日本78である(1995年)。平均的な賃金を得ている第 5 分位にたいして上位第9分位の賃金の倍率をみると,ドイツの1.64が最も小さ く,イギリス L99,日本 1ド73,アメリカ2..22である。逆に,最も賃金の低い 第1分位の第 5分位にたいする倍率をみると,ドイツの 0..65が最も高い。平均 賃金の部門聞における分散係数をとると,ドイツは14..9と最も小さい。中小企 業の賃金の大企業の賃金にたいする割合はドイツでは90%であり,企業規模別 の格差がきわめて小さいことがわかる(第 2表)。企業規模別格差が最も著しい のは,日本である。高水準かつ平等な賃金はドイツ企業にとって与件である。 その与件は労働者と企業にたいして市場への参入障壁となる。企業は賃金水準 に見合うだけの生産性を労働力に求めざるをえない。さもなければ採算性がと れない。若者も労働市場へ参入しうるだけの生産性を身につけるために必死と なる。見返りが確実であればあるほど学習意欲は鼓舞される。ドイツの若者に たいする徹底した職業教育の実践がかくして需要と供給の双方から動機づけら れることになる。 第2表 賃 金 格 差 第9分 位a) 第l分{立a) 第5分位 第5分 位 ド イ ツ 164 0..65 イギリス 1. 99 0.59 日 本 1..73
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61 アメリカ 2 22 0..40 (注 a) 1990年初頭 b)フルタイム労働者の平均賃金の分散係数 c)中小企業:従業員500人未満 部門間b) 中小企業c) 格 差 大 企 業 14..9 90 (58) 20 0 80 (40) 24..1 77 (68) 24 8 57 (35) d)カッコ内の数字は製造業の総雇用に占める中小企業労働者の割合 (出典)Wolfgang Streeck, German Capitalism: Does it Exist? Can it Sur-vive?, in:New Politiω1 Economy, Vol 2 No.2, 1997, pp.239-240
(42) Ralf Kδddermann, Sind Lohne und Steuern zu hoch ? Bemerkungen zur Standort -diskussion in Deutschland, in:IFO Schnelldienst20/1996, S..6
773 ドイツの生産協同体 323-職業教育によって獲得した専門工資格は,労働者の私物である。労働者はそ の証明を持っていればどの企業にも移動できるし,そうした労働者の生産性は 証明済みであるから,企業としてもいつでも利用したい。熟練は,したがって 個別の企業にとってみれば一種の集合財である。企業は自ら訓練費用を負担せ ず,よそで訓練された労働者を引き抜きたい衝動に駆られやすい。集合財の生 産に自ら関与することなくそれの消費にただ乗りするわけである。コストの節 約が追求される企業間競争が蛾烈であればあるほど,そうした衝動は強くなる。 もしその状態が放置されるなら,専門工の生産は,たとえ各企業はその価値を 認めていたとしても,次第に縮小するであろう。あるいは企業に特殊な熟練の みが繁茂することになるであろう。そうなると,社会的に設定された生産性の 水準をクリアしうる労働力は過少供給され,結局,競争優位の条件を掘り崩す ことになってしまう。そうならないためには,それゆえ,企業間競争の抑制が 必要である。これが第2の条件である。市場参加者のあいだに競争淘汰ではな く共存共栄の関係を構築する必要がある。工業と手工業との仕切られた競争に ついてはすでに触れた。手工業の競争力は社会的ネットワークの形成にある。 技術革新に遅れをとらないためには,研究開発が不可欠である。ネットワーク はそのコストの社会化に寄与している。工科大学,専門大学とのあいだで学生 の受け入れや委託研究といった形で密接な交流を行っている。あるいは業界団 体(ドイツ電子工業中央会など)が競争企業による共同研究プロジェクトを立 ち上げたり,また製品の標準規格を設定することで競争を調整している。各企 業は業界というコミュニティの一員としての自覚と忠誠心とを醸成しているの である。 「多様な高品質生産」は労働力の定着を必要とする。労働力の流動性が制度的 (43) WoIfgang Stre巴ck,0"ραt, pp.21-26
(44) Gary Herrigel, Large Firms, Small Firms, and the Governance of Flexible Spe -cialization: The Case of Baden Wurttemberg and Socialized Risk, in: Bruce Kogut (ed), Country Comtetitiveness. Technology and the Organizing of Work, Oxford University Press 1993, pp.. 15-33; Gary Herrigel, Industry as a Form of Order A Comparison of the Historical Development of the Machine Tool Industries in the
324 香川大学経済論叢 774 に保証されているとき,それはいかにして可能であろうか。共通の職業文化は 事業所を生産協同体として観念しやすくし,一体感や愛着を生みやすい。しか しながら指揮命令系統に内在するマネジメントの権力志向は,そうした従業員 の片思いを裏切ることがよくある。景気循環が避けられないとすれば,とりわ け不況期にその傾向が強い。従業員代表委員会への共同決定権の付与は労使相 互の猫疑心を除去することによって不安定な一体感を強固にする。法律は従業 員代表委員会とのあいだで納得のいくまで話し合い,合意のうえで実行に移す という経営スタイルをマネジメントに強制している。しかも従業員5人以上と いうすべての事業所に画一的に適用されているわけであるから,抜け駆けの余 地はない。従業員代表委員会の結成と日常活動を支援する産業別労働組合の組 織力がその余地を狭める。つまり競争相手の事業所は手間暇のかかる手続きを 省略して貴重な時間のコストを節約しているのではないかという疑念の発生す る余地は小さくなる。「多様な高品質生産」のためには従業員との信頼関係が大 事であることはわかっていても囚人のジレンマに陥って信頼関係を損ねてしま わざるを得ないという状況を脱出することができるのである。こうして形成さ れる労使の確かな協力関係が競争優位の第3の条件である。
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亀裂の兆候
l 株式文化 ドイツの企業は所有者企業を模範とし,やむなく株式公開する場合にも支配 的株主を確保している。浮動株比率はおのずと限定されているから,株式市場 の発達は遅れている。監査役会の半数を労働側が占めるという共同決定の法的 な枠組は,株主側にたいして集中的な所有構造の堅持を動機づける。さもなけ れば労働側が優位に立ってしまうからである。共同決定は所有の集中を促進しUnited States and Germany, in:
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Rogers HolIingsworth, PhilippeC.Schmitter,Wolfgang Streeck (ed), Governing CaPilalist Economies. Peゆrmance& Control of Economic Seao符, Oxford University Press 1994, pp..97-128
775 ドイツの生産協同体 -325 個 師 ている。支配的株主は生産協同体に深くコミットせざるをえず,組織の成長を 支持することになる。生産協同体は純粋投資家の短期的な利害から相対的に自 由となることができる。「多様な高品質生産」は競争を抑制する諸制度を前提条 件とし,それらの諸条件は株式市場の発達を阻害するように作用すると考えら れるから,結局のところ,-多様な高品質生産」と抑制された株式市場とは不即 不離の関係にあるといってよい。こうした基本構造に亀裂がみえはじめている。 生産協同体の束縛から解放された株式市場が,生産協同体にたいして影響力を 行使しはじめているようにみえる。 株主を大きく 2つのタイプに分類してみよう(第 3表)。生産協同体に束縛さ れ組織の成長を支持する株主と,投資収益率という短期的な指標にもとづ、いて のみ行動する純粋投資家である。前者の組織成長派は1960年には株主の91% を占めていた。支配的株主として君臨する事業会社,自己保有の株に加えて預 託株式の代理議決権を行使する銀行,さらには政府機関がそこに含まれる。こ れにたいして外国人投資家や生命保険会社といった機関投資家は利回りに最大 第3表 ドイツ企業の株式所有(株主の利害別) (%) 1960年 1970年 1980年 1985年 1990年 組織成長派 事業会社 44 41 45 43 42 銀 行 6 7 9 8 10 代理議決権 27 28 19 18 17 政府 14 11 10 9 5 小言十 91 87 83 78 74 純粋投資家 外 国 人 6 8 11 13 14 生命保険 3 4 6 9 12 小計 9 12 17 22 26 総計 100 100 100 100 100 (出典)フレyド.R ケーン,ハイディマリー・ C シャーマン「ドイツの銀行制度と企業の統治J, fTokyo Club PapersJ No. 7, 1994年, 260頁。
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et M Blair, Mark JRo鳥 Emtlpyeesand CoゆorateGovernanα, Brookings Institution Press 1999, pp. 194-205326- 香川大学経済論叢 776 の関心があり,いつでも生産協同体を乗り換え,あるいは退出する株主である。 この純粋投資家は1960年には株主のわずか 9 %にすぎなかった。純粋投資家の 比率はとりわけ1980年代に上昇し, 1990年時点では 26%に達している。 これまで成長支持派と考えられてきた投資家もしだいに株主価値を意識し主 張するようになってきた。政府はフランクフルトの金融センターとしての地位 が資本市場の国際化のなかで空澗化することに懸念を抱き, ドイツ株式市場の 改革に 1980年代後半から着手している。証券取引法の改正をつうじて電子取引 を導入したり,先物オプション取引を合法化した。有価証券取引税の廃止を決 め,またベンチャー企業の資金調達を促進するために新しい証券市場としてノ イア・マルクトを開設した。有限会社の株式会社化を促すために上場基準の緩 和も進めている。ドイツ・テレコム, ドイツ鉄道につづいて, ドイツ郵便の株 側 式公開も決定した。株式文化の創出にむけて政府が旗振り役を担っていると いってよい。 国際的な競争の激化から財務コストに敏感になっている事業会社は国際資本 市場から資金調達をはじめた。夕、イムラーベンツ社は, 1993年,ドイツ企業と してはじめてニューヨーク証券取引所に上場した。ドイツ資本市場の改革の遅 れにたいしてドイツ看板企業が見切りをつけた衝撃的な事件である。これを きっかけとして, ドイツ企業の伝統的な会計システムに風穴が聞いた。債権者 保護の観点から利益の過少計上を可能ならしめていた慎重主義の会計原則にた (帥 いして,株主保護を優先する国際会計基準が適用されはじめたのである。こう した会計システムの転換は,経営者にたいして自社株買いを認めるストック・ オプション制度の導入とともに,株主価値を重視した経営を強めざるをえない (47) 服部哲郎 n株式文化の欠如』克服に取り組むドイツードイツの金融空洞化対策の成果 と今後の課題JI 日興リサーチセンター投資月報~ 1995年4月.20-33頁:鈴木和重・田 中宏治「ドイツにおける証券市場改革の動向と日本への示唆J I月刊・資本市場.!146号, 1997年7月.54-65頁,参照。 (48) ,日本経済新聞J2000年8月24臼。 (49) 鈴木義夫『ドイツ会計制度改革論』森山香庖.2000年,第2立,参照。 (50) 川口八洲雄『会計指令法の競争戦略』森山香庖.2000年,第1章,参照。 (51) 鈴木義夫,前掲,第5章,参照。
777 ドイツの生産協同体 -327 -であろう。 銀行は持ち株の売却や監査役会からの撤退をつうじて事業会社との関係を見 直している。上位 100社の監査役会に派遣されている銀行からの委員数は1974 年の時の 162人から 1989年には104人に減少した。銀行が10%以上の株式を (悶 保有する会社数は1976年の129社から 1986年には86社と減っている。たとえ ばドイツ銀行は1997年には百貨庖カールシュタットの保有株式をすべて売却 し,その他の株についても投資信託関連の子会社に移管した。翌年の 1998年に は,アメリカの銀行持株会社パンカース・トラストを買収し,国際投資業務を 自 由 本格化させている。銀行は自己にたいする役割期待の変化にあわせて競争秩序 の調整役から機関投資家へと転身を遂げつつあるかにみえる。 年金改革の帰趨も無視できない。高齢化は年金受給者を膨脹させ,失業問題 の解決策として導入されている早期引退制度は受給者の増加に拍車をかけてい る。通常の受給開始年齢で引退する受給者にたいする年金給付額は給付総額の (5~ わずか29%にすぎない。残りは早期引退者にたいする年金あるいは障害年金な どである。賦課方式の公的年金だけに頼ることは負担可能な保険料の限度を超 えるから,年金財政の健全化のためには個人年金の加入促進が不可避と考えら れている。金融流動化と株式市場の活性化とはそのための条件整備でもある。 企業年金についても従来の積み立て方式から基金方式への移行が叫ばれてい ω る。年金引当金の一部あるいは全部を証券化し,生命保険会社や投資信託会社 によるアセット・マネジメントに委託するケースが増えている。個人家計の金 融資産構成に占める株式の割合も, 90年代初頭の5ι%から, 7..6% (95年),
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8..8% (99年)と徐々に増大しはじめている。株式ファンドの資産総額は90年(52) Richard Deeg, The State, Banks, and Economic Govemance in Germany, in: Ge門nanPolitiωVoL 2 NO..2(August1993), pp. 156-162.;Mary O'Sullivan, op..cit, p..283
(53) Mary O'Sullivan, ibid, pp. 282-283
(54) Ibid, p. 265
(55) Ibid, p.281 (56) Ibid, p. 284
328- 香川大学経済論議 778 代のあいだに 5..7倍の膨脹をみせた。株式文化は確実にドイツ社会に浸透しは じめているとみてよい。 2“脱平準化 1990年代は東西ドイツ統一の10年であった。統一ドイツは旧西ドイツの拡 大であった。制度的な制約が競争力の源泉に転化しうるという経験と過信にも とづいて旧西ドイツの労使関係制度がそのまま適用された。旧東ドイツの労働 者はともかく生活水準の早期引き上げを熱望していた。 1991年には,賃金水準 を4年間で西ドイツ水準に引き上げる労働協約が締結された。これは労働者の 熱望するところではあったが,けっして個別企業の経済的な利害を集約したも のではなかった。指令経済のなかではマネジメントの判断能力が養成されるは 自由 ずもなかった。対抗ノfートナーシツプの前提条件を欠いていたといわなければ ならない。時代の力の赴くところに委ねた労働協約といったほうが適切であろ うと思われる。折しも,旧コンビナートの解体,民営化,売却が遂行されてお ω り,失業者は公式統計だけで世界恐慌時に匹敵する規模に達した。戦後最大の 不況を迎える 1993年,経営者団体はみずから締結した労働協約を一方的に破棄 するという暴挙にでた。東ドイツ地域の経営者団体は信任を失墜した。労働組 合は当然ながらストライキに訴えた。東ドイツでは
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年ぶりのストライキで (57) 大矢繁夫「ドイツ・ユニバーサルバンクの株式市場へ関わる位置と能力一1990年代の構 図一J I商学討究』第50巻第l号, 1999年7月, 34-35頁。 (58) V gL Wolfgang Schroeder, lndustrielle Beziehungen in Ostdeutschland Zwischen Transformation und Standortdebatte, in:Aus Politik und ZeilgeschichteB40/96, S 25-34; Markus Pohlmann, Rudi Schmidt, Management in Ostdeutschland und die Gestaltung des wirtschaftlichen und sozialen羽Tandels, in: Burkart Lutz et.al(Hrsg), Arbeit, Arbeilsmarkt und Betriebe, Leske+Budrich 1996, S 191-226; Joa -chim Bergmann, lndustrielle Beziehungen in Ostdeutschland Transferierte ln -stitutionen im Deindustrialisierungsprozeβ, in: Burkart Lutz et. aL (Hrsg.), ibid, S 257-294
(59) Giuseppe Tu日io,Alfred Steinherr, Herbert Buscher, German Wage and Price lnflation before and after Unification, in: Paul de Grauwe, Stefano Micossi, Giuse -ppe Tullio (ed), l
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β'ation and Wage Behaviour in Euro.ρe, Clarendon Press 1996, pp 4-7779 ドイツの生産協同体 -329 あった。段階的労働協約は1996年6月30日まで延長することでなんとか決着 した。そのさい労働協約の個別企業への適用にかんして重大な条項が盛り込ま れた。いわゆる「苦境条項J(Hartefallklausel)がそれである。経済的な苦境に あると協約当事者が認定すれば,その企業については協約の適用を免除すると いうものである。また卸・小売業部門では「小経営協定」が締結され,従業員
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人(卸)あるいは15人(小売)未満の事業所は協約賃金の最大6 %まで賃金 を割引くことができるとした。産業別労働協約をつうじて労働条件の平準化を 側 達成してきた旧西ドイツモデノレの重大な修正である。 東ドイツにおける労働条件の引き上げの成果を確認しておこう(第 4表)。 1991年時点、の協約賃金は西ドイツの60%である。クリスマス手当等の付加給付 を考慮に入れると,手取り給与の格差はさらに広がる。手取りで西ドイツの半 分である。税額控除があるから,実質的な給与格差は55%程度となる。それで も3
割程度にしかならない生産性よりは高めに賃金が設定されていることにな 第4表 東ドイツの労働所得および生産性 (西ドイツ=100) 1991年 1997年 協約上の基本報酬(月当たり) 60 0 89 5 粗賃金・給与額 就労者一人当たり 48..3 77 2 労働時間当たり 50..7 72..7 純賃金・給与額 就労者一人当たり 54.7 85.1 労働時間当たり 57..5 80..2 名目粗生産額 就労者一人当たり 31..9 62.4 労働時間当たり 33 9 58..9 (出典)Michael Gromling, Claus Schnab巴1,Angleichung ostdeutscher Einkom -men an Westdeutsche Niveaus: Eine Bestandaufnahme, in: iw-trends, 3/98, S 64 (60) Reinhard Bispink, Collective Bargaining Policy in a Transition Economy Ta-king Shock after five Years of Collective Bargaining Policy in the new German Lander, in: Reiner Hoffmann et aL, German lndustrial Relations under the 1mρ
'act of Struaural Change, Unification and European lntegratio,招 Hans-Bockler-Stiftung 1995, pp. 62-77-330- 香川大学経済論叢 780 る。その後,
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年までに賃金格差はかなり縮小している。協約賃金ではほぼ90%
に達している。労働時間の差を考慮した税引き後の実質ベースで80%
であ る。賃金水準は西ドイツ並の水準のところまで一応キャッチアップしていると 評価レてよい。段階的労働協約の成果である。しかしながら生産性のキャッチ アップは賃金よりもずっと遅れている。生産性を無視した賃金を支給せざるを えないところに,段階的労働協約の無理がある。上記の「苦境条項」はこうし た無理を苧んだ労働協約をそれでも維持しようとする苦肉の策である。 経営者団体の統合力は,にもかかわらず弱体化している。東ドイツでとくに 顕著でFある。1
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年にはまだ60.1%
の企業が加盟していたが,1
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年には3
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%
にまで低下している。わずか3
年間で24%
の減少である。西ドイツでも 経営者団体の組織力は傾向的に後退している。新規設立した企業,あるいは分 社化され独立した企業はもはや経営者団体に加盟しない傾向にあるといわれて いる。1
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年iにおける企業の加盟率は6
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であった(労働者の割合では766%)
であったのにたいし,とりわけ8
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年代後半以降の低下が大きし1
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(的 年には4
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%(663%)
となっている。経営者団体の組織率の低下はそれが一 方の当事者となって締結する労働協約の適用率に反映される。1
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年時点の工 業部門における協約適用率は以下のごとくである(第5表)。工業を投資財部門 と消費財部門とに分類し,それぞれの東西ドイツにおける協約適用率を労働者 第5表労働協約適用率(労働者の割合) 1998年(%) 産業別労働協約 企業別労働協約 無 協 約 西 東 西 東 西 東 投資財部門 74..0 40..0 5 9 10..8 20 2 49..2 消費財部門 75 9 38..2 7.2 15..3 16.9 46..5 (出典)Wolfgang Schroeder, Tarifbilanz Ost Dezentralizierung und Pluralisierung der Hand -lungen, in:Ge叩erkschaftliζheMonatshefte 6/2000, S.360(61) Wolfgang Schroeder, Burkard Ruppert, Austritte aus Arbeitgeberverbanden Motive-Ursachen-Ausmas, in:WSI Mitteilungen 5/1996, S. 318
781 ドイツの生産協同体 -331-の割合として表示したものである。産業別労働協約の適用率は西ドイツで 75%,東ドイツで 40%である。東ドイツでは企業別労働協約の適用率が西ドイ ツのほぼ 2倍である。労働協約の適用を受けない労働者は西ドイツでは 2割弱 であるが東ドイツではなんと半数近くを占めている。労働協約の適用力は疑い なく縮小している。 産業別労働協約による規制を与件としそれをむしろチャンスとして生かして きたこれまでの西ドイツ企業の行動にも変化が生まれている。この点にかかわ る最も象徴的な出来事はいわゆる Viessmann事件である。 Viessmannは従業 員数 3,760人のラジエーター製造メーカーである。へッセン金属工業経営者連 盟に加盟している。したがって金属労働組合と経営者団体とのあいだで締結さ れた労働協約が適用される。しかしながら会社は協約賃金の負担からチェコへ の生産移設とそれにともなう人員削減とを提案した。従業員代表委員会は対応 を検討した。会社都合解雇を3年間凍結するかわりに3時間のサービス残業を 提供するという代替案を提起した。時間あたり単価の切り下げであり,協約違 反である。 15名の委員のうち,金属労働組合の組合員でもある 9名は反対した が, 14対 9で可決された。協約違反となる経営協定を締結することは協約優先 の原則から許されない。従業員代表委員会はそこで従業員全員の非公式な投票 を実施した。 90%以上の従業員が従業員代表委員会の案に賛成した。それをう けて従業員一人ひとりの労働契約によって労働協約を下回る賃金を承諾するこ ととした。金属労働組合はこれを提訴した。しかし労働協約に違反する内容で あっても労働者にとってその変更が有利であれば許されるという有利性の原則 (Gunstigkeitsprinzip)が示された。協約賃金は雇用確保との比較考慮のうえ棄 却されたのである。労働協約の適用力は衰弱せざるをえない。 協約賃金を最低基準とし,個別企業レベルでそれに上乗せをしてきたプラス の賃金ドリフトにかわって,歯車はいまや逆に回転しはじめたかにみえる。賃 金協約は一つの目安であって,むしろそれを下回る賃金が協約適用領域の外延 (63) Ulrich Zachert, Modernisierung oder Liquidation der Tarifautonomie人in: Kritische Iustiz VoJ.30 Nr..4 (1997), S 413-419
332 香川大学経済論叢 782 的な収縮と領域内部における衰弱とによって拡散するという「マイナスの賃金 ω ドリフトJ(negative Lohndrift)が静かに進行している。 む す び ドイツの競争優位が「多様な高品質生産」にあるとすれば,その根底には生 産単位の独特な編成様式がある。生産諸要素の結合は濃密な生産協同体へと鍛 えあげられ,高能率・高生産性を発揮している。その仕組みを簡潔に要約すれ ば,次のごとくである。下の第
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図をみよ。まずはじめに労働市場の組織化が ある。産業別労働協約によって賃金の下限が産業レベルで設定される。賃金の 高位平準化は賃金コストの平準化をもたらすと同時に,生産過程に投入される 労働力にたいして厳格な参入規制を課す。企業聞の価格競争は緩和され,職業 教育の徹底充実を内在化する。職業文化の共有が醸し出す経営の一体感は共同 決定の法的な枠組みによって補強される。マネジメントは従業員代表委員会と の共同経営をつうじて,従業員の信頼を獲得しようと努めなければならない。 事業所レベルに形成される生産協同体はそれに親和的な所有構造をもってい 産業別労働協約 労働市場 金融・資本市場 第2図 生 産 協 同 体 の 骨 格 (注) 矢印は影響力の方向を示す。 (64) Wolfgang Schroeder, Tarifbilanz Ost Dezentralisierung und Pluralisierung der Handlungsarenen, in:GeωerkSUluβliιhe MonaおheJte6/2000, S.. 352-363783 ドイツの生産協同体 333-る。基本的な企業形態は所有と経営との一体化であり,マイノリティの株式会 社も圧倒的な支配的株主の影響下に置かれている。所有の分散している大企業 の場合には,銀行による代理議決権の行使をつうじて安定株主が確保されてい る。支配的株主,安定株主は所有者企業の所有者として行動する。株式市場は 生産協同体によって束縛され抑制されている。生産協同体の生みだした利潤は 内部蓄積され,投資の原資となる。企業金融は自己金融中心である。慎重主義 の会計原則がこれを容認・促進する。銀行と産業別労働組合は株式会社の最高 意志決定機関である監査役会への参加をつうじて株主を生産協同体へ深くコ ミットさせるとともに,諸生産協同体の活動を労働市場あるいは金融・資本市 場の観点から監視・調整する。 ドイツの競争優位をもたらした生産協同体の構図をおよそ以上のように捉え るとき,それはいま二重の試練に直面していることになる。ひとつには,生産 協同体の起点として枢要な位置を占める産業別労働協約がその効力を衰退させ ている。経営者団体の組織率の低下,苦境条項の導入,有利性原則の登場とが 協約賃金の基準設定力を浸食している。生産協同体を支えてきた労働市場の側 からの力が弱くなっているのである。これは内からの試練である。生産協同体 は外からの試練にも直面している。すなわち資本市場の国際化である。激化す る国際競争のなかで国際資本市場からの資金調達が重要になってきている。フ ランクフルト証券取引所が国際資本市場の動向に遅れをとるならば, ドイツ企 業の競争力は資本コストの面から著しいハンディを背負うことになる。圏内資 本市場と会計システムの改革,そしてこれに連動して年金改革もそれゆえ緊急 を要している。それはこれまで抑制されてきた株式市場を活性化し,株主価値 を重視する経営へと移行することを意味している。生産協同体のいまひとつの 支柱であった自己金融を動揺させることになる。これまでドイツの誇ってきた 生産協同体は,かくして流動化の過程に入っている。