なぜ
HondaJet の利用環境を整えないのか
(航空機産業を育てたいのであれば)
本田技研工業の航空機事業子会社Honda Aircraft Company(本社=米国ノースカロライ ナ州)は2011 年 10 月 10 日、本社隣接地に、同社が開発中の超小型ビジネスジェット機 HondaJet 用の MRO(=整備・修理)施設を建設する、と発表した。2012 年前半に着工し、 2013 年前半の完成を目指す。HondaJet の総点検、整備、機体の補修・修理などをおこな い、ディーラーのアフターサービスを補完する施設で、投資額 2,000 万ドルを予定してい る。
一方、同日、航空機産業の国際情報誌Aviation International News 誌など複数のメディ アが、HondaJet がエンジン・テストにおいて必要な要件をクリアできなかったため、同機 のデリバリーが2013 年半ば以降にずれ込む見通しである、と報じた。
HondaJet は、エントリー・レベルあるいは VLJ(=Very Light Jet)と呼ばれ、ビジネ スジェットの中でも最も小型の部類に入る。競合機種としては、セスナ社製の Citation Mustang や、エンブラエル製の Phenom 100 などが挙げられる。いずれも近距離輸送用の 機種で、エア・タクシー(航空機版タクシー事業)などで活用されることが多い。 ところで、航空機産業を育てたいのなら、なぜ日本で HondaJet を活用できる航空環境 を整えないのだろうか? 写真=航空機産業を育てたいなら、既に具体化している HondaJet をサポートするのが自 然な流れだと思うが……むろん“サポート”とは、WTO に訴えられるような開発補助金で はなく、国内のビジネスジェット利用環境整備である
★ 使う環境がない=売れない=造る理由がない
この疑問を以前、本田技研工業の社員に訊いてみたことがある。先方いわく、「行政から も、日本国内でも生産してほしいという働きかけは受けているが、売れないところで造れ るはずがない。なぜアメリカで造ることになったのか、考えてほしい」と、いささか憤慨 した様子だったが、無理もない。 そもそも今回の航空機産業育成事業が始まるずっと以前から、HondaJet の開発事業はス タートしていた。国産ジェット機プロジェクトを含め、日本の航空機産業を育てるのであ れば、まずはHondaJet へのサポートから始めるのが筋ではないだろうか。 何も特定の民間企業の収益事業を、国家予算で補助する必要はない。ビジネスジェット の利用環境を整えるだけで良い。その先は、セスナのCitation Mustang やエンブラエルの Phenom 100 などとの競争となるが、今の日本は競争する環境さえ存在しないのだから、そ れ以前であろう。 ビジネスジェットの利用環境とは、専用空港や専用ターミナル、発着枠、格納庫、法制 度などである。 専用空港の新設は難しいだろうが、定期便が少ない地方空港は、ビジネスジェット優先 空港にする手もある。専用ターミナルは、空港ビルの空き部屋をひとつ転用するだけで簡 単にできてしまう。 どちらもハード整備には大して手間はかからない。重要なのは、車寄せからジェット機 までの動線を、いかに短く簡素にするかだ。また、国際運航の拠点とする場合は、CIQ(税 関・検疫・出入国審査)のオンデマンド出張対応を確立する必要がある。空港利用料の支 払いや、各種手続きを簡略化し、ストレス感なく使える環境づくりも欠かせない。国内運 航専用の空港であれば、クレジット・カードを機械にかざすだけで出入りできるくらい簡 素化しても良いかもしれない。 定期便との共用空港の場合は、発着枠の割り振りが必要だが、今の日本の空港で、ビジ ネスジェットに発着枠を割り振れないような混雑空港など、片手の指ほどもないだろう。 格納庫は、需要規模さえあれば航空運送事業者が建ててくれる。土地だけ用意しておけ ば良い。 法制面は課題山積だが、たとえばオーナーが使わない日には、チャーター用に賃貸でき る制度を整えるだけでも、現状の日本の利用環境とは雲泥の差が生じる。 いずれの項目も、「定期便は航空輸送のほんの一部分」であることと、「重要なのはハー ドでなくソフト」の2点さえ理解すれば、いくらでも改善の余地はある。地方レベルで対 応できる案件は、全面的に地方裁量に任せてしまうくらいでも良いのではないだろうか。写真=米国の地方空港(自家用機などの専用空港。定期便ゼロ)の一例。一般道路から駐車 場にマイカーを停め、開けっ放しのフェンス(↑)から簡単に駐機場(↓)に出入りできる。 あとは自分の飛行機に乗って飛んでいくだけ。月間発着回数は 800~1,000 回ほど。自家用 機など100 機が拠点としており、そのうち 20 機ほどがビジネスジェット。MRO もおこなわ れている。フロリダ州オーランド郊外のDeland Jet Center
★ エコカー補助金と同じ理屈で、購入補助できる
航空機産業振興の旗振りをしている関係者などにこの話をすると、ほぼ定番のように、 「日本ではビジネスジェットの需要は少ないので、利用環境を整えても──」というリア クションが返ってくるが、その意見にはいくつかの問題点がある。
② 新産業の創出と雇用の両面で貢献できる点は共通なのに、エコカー補助金や家電エコポ イント制度による人為的な需要創出はOK で、ビジネスジェットに対する購入インセン ティヴは認められないのか? ③ 三菱製リージョナル・ジェットMRJ も外需依存だが、経済産業省から数百億円の開発 補助金が投じられている まず①について。 HondaJet クラスのビジネスジェットであれば、ホビー用途のプライベート・ジェットと しての市場も大きい。また、自家用機など定期便以外の飛行機は、日本でも 600 機ほど存 在しており、そのうち70 機程度はジェット・エンジン機が占めている。比較的老朽化して いる小型ジェット機や、燃費で劣るレシプロ・エンジン機などの買い替え需要を視野に入 れれば、ある程度の需要は見込めるだろう。 ここで、②のように、エコカー補助金のようなインセンティヴが大きな役割を果たす。 エコカー補助金の予算総額は、2010 年の第二次補正予算分だけでも、約 5,837 億円。こ のうち1%を割くだけでも、HondaJet などエントリー・レベルのビジネスジェットであれ ば、10-15 機以上購入できる額になる。仮に補助率3割にすれば、33-50 機程度をカバー できる。 どのみち使われている飛行機であれば、燃費の良い新型機に買い替えてもらうことで、 エコカー購入と同じ理屈で環境負荷の軽減になる。 また、リージョナル航空機では供給過多となる地方間マイナー路線に、エア・タクシー で投入できる法制度を整えれば、路線撤退した地方空港と、空港での雇用を含めた、地方 経済の活性化にも貢献できる。 現在、HondaJet の受注機数は、世界全体で 100 機強と報じられている。GAMA(全米 ゼネラル航空機製造協会)のデータブックによると、Citation Mustang は、2006 年の供給 開始から2010 年の5年間で、納入数が約 350 機。Phenom 100 は 2008 年の供給開始から 2010 年の3年間で、納入数約 200 機。それぞれに性能も若干異なれば、営業ターゲットも 異なるので、受注数の差は必ずしも市場評価には直結しないが、市場規模の目安として見 てほしい。 ちなみに、自家用機など定期便を除く飛行機の就航機数は、英国 9,600 機強、フランス 約6,000 機、米国約 23 万機。中国は 900 機程度だが、米国並みの市場拡大を掲げて、中国 政府による利用環境整備が推し進められている。その狙いのひとつは航空機産業の育成だ。 したがって、利用環境と購入インセンティヴの整備で、日本の自家用飛行機需要が拡大す
る可能性は十分に想定できる。 HondaJet の国内需要が増え、現地生産拠点と MRO 拠点を誘致できるほどになれば、日 本初の民間ジェット機完成品工場の誕生であり、産業振興と雇用促進に大きな効果が生ま れる。この点も、エコカー補助金と同じ理屈が通用する。 さらに、小型の自家用飛行機も、アメリカ東海岸までノンストップ飛行できる大型ビジ ネスジェットも、使うインフラは共通しているので、HondaJet の利用環境を整えるだけで、 日本の空に欠けていた定期便以外の飛行機の利用環境が、ひとそろい整うことになる。需 要規模次第では、交換部品製造工場や、大型ビジネスジェットのMRO 工場を誘致する可能 性が広がる。 突発的な金融危機の真っ只中にもかかわらず、慌ただしく決まった減税や補助金の適用 期間中に、マイカーを新規購入できる資金力のある市民を補助するのであれば、その1% をジェット機購入補助に回しても、問題ないのではなかろうか?
★ エア・タクシーの可能性
最後に、③について。 ジェット機開発への補助の是非を、需要規模で判断するのなら、路線縮小がつづいてい るリージョナル航空機への補助も、正当性には疑問符がつく。むしろ利用環境は整ってい るにもかかわらず、路線縮小しているのだから、将来性はビジネスジェット以上に厳しい ともいえる。東京への一極集中、新幹線ネットワークの伸張、国内市場の縮小、企業の海 外移転の加速──日本社会の傾向は、いずれも国内定期路線にとって逆風でしかない。 ならば、エア・タクシーのような新手のビジネスを導入してみるのも手だろう。 先にも記したとおり、HondaJet の利用環境を整えれば、付随して他のビジネスジェット や自家用機の利用環境が整う。さらに、航空会社やマスコミを退職し、自家用機オーナー となっている元職業パイロットにアルバイト空輸などを認めることで、ビジネスジェット から小型プロペラ機まで、キャビンの広さ、速度、運賃のさまざまな面で、幅広いエア・ タクシーを提案することが可能となる。 これは、新幹線ネットワークから外れ、定期便も撤退した地方の孤立を防ぐ上で有望だ。 需要の大きい地方空港は、それら小型機の交換部品工場や整備工場の拠点となる可能性も 開けてくる。 日本の根本的に間違っている点は、航空機のマーケットを育てることなく、航空機産業 を育てようとしていることにある。ファンボロー航空ショーやパリ航空ショーに出展していながら、その会場となるFarnborough 空港や Le Bourget 空港の機能、その社会的背景 には全く関心を払おうとしない。「日本人は欧米人のようには、飛行機を使う文化も習慣も ないけど、ものづくりは得意だから、輸出で稼げばいいや」という安易な姿勢の表れであ ろう。 だが、そんな考えは世界には通用しない。 なぜか? 理由は至って明白。あなただったら、そんな安易な姿勢でつくられた飛行機に、自分の 命を預けられますか? 写真=HondaJet と同じくエントリー・レベルのビジネスジェット、エンブラエル製 Phenom 100。ブラジルのビジネスジェット就航機数は 1,225 機(日本の 20 倍以上)。さらに、ヘリコ プターによるタクシー事業も盛ん。「使う」を知る人々の造る製品は強い 文責:石原達也(ビジネス航空ジャーナリスト) ビジネス航空推進プロジェクト http://business-aviation.jimdo.com/ 略歴 元中部経済新聞記者。在職中にビジネス航空と出会い、その産業の重 要性を認識。NBAA(全米ビジネス航空協会)の 07 年および 08 年大 会をはじめ、欧米のビジネスジェット産業の取材を、個人の立場でも 進めてきた。日本にビジネス航空を広める情報発信活動に専念するた め退職し、08 年 12 月より、フリーのジャーナリストとして活動を開 始。ヨーロッパの MRO クラスターの取材を機に、C-ASTEC とも協 力関係が始まり、現在に至る