1538Vol.30(7),Jul.1988
=症
例=
十 二 指 腸 に 発 生 し た 有 茎 性 脂 肪 腫 の1例
― 本 邦 報 告 例56例
の 検 討―
勝 見
康 平
・伊 藤
誠
・岩 田
章 裕
藤 岡
俊 久
・ 丹 村
敏 則
・ 三 好
義 光
岸 本 明 比 古
・武 内
俊 彦
要 旨:症 例 は58歳 の男性で,全 身倦 怠感 を主訴 として来院 した.低 緊張性十二指腸造影お よび内視鏡検査で十二
指腸下行脚外側壁 に長い茎を有す る腫瘤がみ られ,表 面は健常粘膜 に覆われていたが,一 部 にび らん形成を認め
た.有 茎性粘膜下腫瘍 の診断の もとに腫瘤摘 出術を施行 した.腫 瘍の大 きさは2.7×2.1×1.9cmで,病
理組織学
的 に粘膜下層に発生 した脂肪腫 と診断された.本 邦 における十二指腸脂肪腫の報告例 は現在 までに56例 み られ,
その臨床的特徴 について考察 した.
Ⅰ緒 言 今 回,わ れ わ れ は十 二 指 腸下 行 脚 にみ られ た 有 茎性 脂 肪 腫 の1例 を経 験 した ので,本 邦 報 告 例 と併 せ て そ の臨 床 的 特 徴 につ き検 討 し報 告 す る. Ⅱ症 例 患 者:58歳,男 性. 主 訴:全 身 倦 怠 感. 既 往 歴,家 族 歴:特 記 す べ き もの な し. 飲 酒 歴:酒3合/日. 現 病 歴:約1カ 月 前 よ り全 身倦 怠 感 と食 欲 低 下 を 自覚 す る よ う にな った.某 医 を受 診 し,上 部 消化 管X線 検 査 で十 二 指 腸 の 異 常 陰影 を指 摘 され,精 査 の た め当 科 へ入 院 した. 入 院 時 現 症:体 格 中等 度,栄 養 良,意 識 清,眼 瞼結 膜 貧 血 様,眼 球 結 膜 黄疸 な し,脈 拍78/分 整,血 圧136/76 mmHg,表 在 リ ンパ節 の腫 脹 な し.胸 部理 学 的 所 見:異 常 な し. 腹 部 理 学 的 所 見':肝 を正 中 線上1横 指触 知 し,辺 縁 は 鋭,弾 性 は硬 で あ った.腹 部 腫瘤 は触 知 しな か った. 入 院 時 検 査 所 見(Table1):便 潜血 反 応 は 陽 性,赤 血 球327×104/mm3,血 色 素11.5g/dlで 軽 度 の 貧 血 を 認 め た.血 液 生 化 学 で はAl-P316IU/1,γ-GTP116U/1,Table 1 Laboratory data on admission.
Gastroenterol. Endosc. 30 : 1538•`1542, 1988 Kohei KATSUMI
A case of pedunculated duodenal lipoma.
名 古屋市立緑 市民病院 内科,
GOT112U/1,GPT147U/1で 肝 機 能 障 害 を 認 め,TGも 310mg/d1と 高 値 で あ っ た. 消 化 管 造 影 所 見:低 緊 張 性 十 二 指 腸 造 影 で はFigurel の ご と く,十 二 指 腸 下 行 脚 外 側 壁 を 基 部 と す る 有 茎 性 腫 瘤 を 認 め た.茎 部 お よ び 腫 瘤 の 辺 縁 は 比 較 的 平 滑 で,Fig-ure2の 圧 迫 像 で は 腫 瘤 頭 部 は3.1×2.3cmの 類 円 形 を 呈 し,辺 縁 は 平 滑 で あ る が 粘 膜 面 は 中 央 部 で 一 部 粗 造 な 所 見 を 呈 し た.
Figure 1 Hypotonic duodenography reveals a pedun-culate tumor in the 2nd portion of the duodenum.
Figure 2 X-ray findings of the tumor by compression study. 内視 鏡 所 見:内 視 鏡 像 で はFigure3(カ ラー 附 図)の ご と く,十 二 指腸 下 行 脚 外 側 に長 い茎 を有 す る腫 瘤 が み られ た.Figure4(カ ラー 附 図)は 頭 部 の近 接 像 で,一 部 に 白苔 を伴 っ た粘 膜 欠 損 お よ び出 血 もみ られ たが,そ の他 の部 位 は健 常 粘 膜 に覆 われ て いた.ま た,粘 膜 欠損 部 と健 常 粘膜 との境 界 は 明瞭 で あ った.な お,腫 瘤 か ら の生 検 で は 質 的診 断 を得 る所 見 はみ られ な か っ た. 以 上 の所 見 より十 二 指腸 の 有 茎性 粘 膜 下 腫 瘍 と診 断 し, 腫 瘤 頭 部 の び らん形 成 か ら脂 肪 腫 を疑 っ た が,確 診 は 困 難 で あ った.内 視 鏡 的 ポ リペ ク ト ミー の適 応 と考 えた が, 患 者 お よび 家族 の 希 望 で手 術 に よ る摘 出 を施 行 した. Figure5(カ ラー附 図)は 摘 出 腫瘤 の新 鮮 標 本 で あ る. 腫 瘤 は 有 茎 性 で 頭 部 の 大 き さ は 横 径 ×縦 径 ×厚 さが 2.7×2.1×1.9cmで あ った.腫 瘤 の 表面 は十 二 指腸 粘 膜 で覆 わ れ て お り,頭 部 は やや 凹 凸 不整,一 部 にび らん を 認 めた. Figure6(カ ラー 附 図)は 縦 方 向 に割 を入 れ た組 織 の ヘ マ トキ シ リン ・エ オ ジ ン染 色標 本 で あ る.腫 瘤 は粘 膜 下 層 に発 育 した脂肪 腫 で,成 熟 した脂 肪 細 胞 か らな り異 型 性 は 認 め られ な か った.図 の左 上 方 部 で は粘 膜 が欠 損 し,粘 膜 筋 板 が 露 出 して いた. Ⅲ考 按 消化 管 に発 生 す る粘 膜 下 腫瘍 の うち,脂 肪腫 は比 較 的 まれ で,Mayoら の集 計 に よれ ば消 化 管 良性 腫 瘍4,000 例 中164例,4%で あ る.発 生 部 位 別 に み る と,本 邦 で は 胃,小 腸,大 腸,十 二 指腸,食 道 の順 に 多 く,十 二 指 腸 で の発 生 頻 度 は全 体 の3.3%に す ぎな い 。 本 邦 での 十 二指 腸 脂 肪腫 はTable2の ご と く,1987年 現在 まで 自験例 を含 め56例 が報 告 され て お り,pan endoscopeが 普 及 し た1980年 以 降 に増 加 傾 向 が み られ る.好 発 年 齢 の ピ ー クは50歳 代 で,20例,36.9%を 占 め,つ い で60歳 代 が13例,23.6%と 多 い.男 女比 は約 1:2で 女 性 が優 位 で あ る.臨 床 症状 は腹 痛,腹 部不 快 感 な ど何 らか の腹 部 症 状 を呈 す る ものが34例,65.4%を 占 め るが,い ず れ も脂 肪腫 に特 異 的 な症 状 とはい え な い. 腫 瘍 の存 在 部 位 を記 載 の あ る52例 に つい て み る と,下 行脚 が22例 で最 も多 く,それ よ り口側 の もの を併 せ る と 42例,全 体 の80.8%を 占 め る,ま た,腫 瘤 の 最大 径 は0.7 cmか ら15cmに 及 び,平 均2.5cmで あ る. 腫 瘤 の 形態 につ い て 記載 の あ る44例 の う ち,本例 の ご と く明 らか に有 茎 性 の もの は19例,43.2%み られ,亜 有 茎 の もの も含 め る と約 半数 が 有茎 性 粘 膜 下 腫 瘍 の像 を呈 す る とい える,ま た,び らん な どの潰 瘍 形 成 を伴 うもの Gastroenterological Endoscopy
1540症 例 勝 見 康 平 ほ かVol.30(7),Jul.1988
Table 2 Reported cases of duodenal lipoma in Japan.
は37例 中11例,29.7%で,下 血 な ど顕 出血 を来 した例 は5例 み られ る. 脂 肪 腫 のX線 学 的特 徴 は,境 界明 瞭 で 表面 が平 滑 な粘 膜下 腫 瘍 の 形 態 を呈 し,腫 瘍 が 比較 的 柔 らか い た め圧 迫 あ る い は 蠕 動 で 腫 瘤 の 輪 郭 が 変 化 す る こ と(squeeze sign),X線 透過 性 の良 い こ と な どが あげ られ てい る. 内視 鏡所 見 で は表 面 平 滑 で光 沢 が あ り,黄 色調 で とき に び らん を形 成 す る.ま た,腫 瘤 が 軟 らか い た め鉗 子 で押 す と凹 む"pillowsign"と よ ばれ る所 見 を呈 す る. 本 症 は大 きい例 で は通 過 障 害,腹 痛 の原 因 とな るほか 顕 出血 を来 す例 も少 な くない こ とか ら,治 療 は腫瘍 の摘 出が 望 ま しい.近 年,内 視 鏡 的 ポ リペ ク トミー を施 行 し た報 告 もみ られ るが,比 較 的 小 さな病 変 に は有 用 な方 法 で あ ろ う.
なお,本 例 にみ られ た肝 機 能異 常 は禁 酒 に よ り速 や か に正 常 化 した こ とか らアル コー ル性 の 肝 障 害 と思 わ れ, 本 疾 患 との関 連 は 無 い もの と考 え た. Ⅳ 結 論 十 二 指腸 下 行 脚 に み られ た有 茎 性 脂 肪腫 の1例 を経 験 した の で,本 邦 の 報 告例56例 と とも にそ の 臨床 的 特徴 に つ き検 討 し報 告 した. 文 献
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論 文 受 付 昭 和62年12月22日 同 受 理 昭 和63年1月20日
1542症 例 勝 見 康 平 ほ かVo1.30(7),Jul.1988
A CASE OF PEDUNCULATED DUODENAL LIPOMA
Kohei KATSUMI, Makoto ITOH, Fumihiro IWATA, Toshihisa FUJIOKA, Toshinori NIMURA, Yoshimitsu MIYOSHI,
Akihiko KISHIMOTO AND Toshihiko TAKEUCHI Nagoya City Midori Municipal Hospital.
The First Department of Internal Medicine, Nagoya City University Medical School.
A case of pedunculated lipoma of the duodenum is reported. A 58-year-old man was admitted to our hospital complaining of fatigue and a loss of appetite.
Barium X-rays (hypotonic duodenography) and endoscopy revealed a pedunculated tumor with erosion at the tumor head in the 2nd portion of the duodenum. The head of the tumor was covered with intact duodenal mucosa except for the part involved with erosion,
and the erosion was attached with whitish coat. The tumor was diagnosed as a submucosal tumor of the duodenum.
The surgically resected tumor was 2.7•~2.1•~1.9 cm in size and diagnosed his-tologically as benign lipoma derived from the submucosal layer of the duodenum.
Fifty-six cases of duodenal lipoma including ours are reported in the literature up to 1987 in Japan. The clinical features of these cases are also discussed.
《カ ラー図説》
Figure 3 Endoscopic picture of the pedunculate tumor. Figure 4 Close view of the tumor head shows an erosive lesion. Figure 5 Gross appearance of the resected tumor.
Figure 6 Photomicrograph of the tumor stained with hematoxyline-eosine reveals a submucosal lipoma.
a b Flgure-1 Figure-5 Figure-7 《I ruru Maetani ほ か 論 文 附 図 本 文 掲 載 頁 : p.1530∼1537》 a Figure-7 b 《Kohei Katsumi ほ か 論 文 附 図 本 文 掲 載 頁 : p.1538∼1542》 Flgure-3 FIgure-4 Figure-5 Figure-6