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Microsoft Word - 日本人の歩き方.doc

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日 本 人 の 歩 き 方

人間関係学部 山根一郎

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1. 歩 行 と 作 法

本稿は、身体動作から「人間」を探る視点の一部として、人間の人間たるゆえんといえる「直立二足歩行」について、 作法とりわけ「小笠原流礼法」という武家礼法の観点から問題にしたい。 まず、小笠原流礼法について簡単に紹介する。清和源氏の一族である小笠原氏は、言い伝えによれば、鎌倉時代から弓・ 馬(すなわち上級武士の武術)の師範の家柄であった。南北朝期にそこに礼法を取り入れ、以後、弓・馬・礼の三法を 武士の嗜み(武芸)として「糾法」と称し、その家元を任じた。このように武家礼法は戦場での命をかけた武術と同格 で、武術の動作原理(身体力学的合理性、 隙 すき のなさ)を非戦場たる日常世界に応用したものである。それゆえ武家礼法 は立位・坐位の姿勢(「胴造り」「生気体」)を基本とし、歩行をはじめあらゆる日常動作に及んでいる。武士にとって礼 法・作法とは、日常の起居進退についての考え抜かれた 理想レベルの動作法 のことであり、特別な儀式のしきたり的 な手順(故実)のことではない。そのような視点から、われわれの歩行姿勢・動作(=歩容)を論じてみよう。

1.1. 現代日本人の歩き方

まず、現代日本人の歩行姿勢(歩容)をチェックしてみよう。そもそも、幼な子がただ歩き始めただけで喜ぶ親たちは、 その子の自然な歩行を洗練させることなど思いもよらない。その結果、運動効率的・美的に理想とかけ離れた姿になっ ているのに本人も気づかない。たとえば、学生を歩かせてみると、腕の振りが左右で不均衡、というより片手は全然振 られない歩容が目につく。これは同方向の片荷(いつも同じ側の手で荷を持つ)による癖によるもので、おそらく肩の 高さも左右で違っているだろう。 一方、意識的に腕を振ってウォーキングしている中高年は、腕の振りが体幹の前と後で不均等になっている(体の前方 だけで振っている)。彼らは「競歩」の基本的なフォームを身につけていないため、腰の回旋(ウエストのひねり)がな く、腕が自然な振り子運動(前後の振幅が等しい)になっていない。骨盤から歩いていないため、開脚軸が低くなり、 思ったほど足が前に出ない(歩幅を損している)。 また着地時に膝が曲っている姿勢も多い。これは後述する洋式歩行の基本ができていない証拠である。特にハイヒール +ミニスカート姿で膝が曲っていると、せっかくのおしゃれが台無しになる。 一方、和服姿では、立っているだけなら美しいのだが、歩くとボロが出る。さすがに腕は振らないものの、踵を上げて 草履の裏が見える歩き方をしている。このような歩き方をする人に、和室での音を立てないしずしずとした歩きは期待 できない。すなわち、現代の日本人は、洋式歩行と和式歩行が中途半端にミックスした、逆にいえばどちらからも理想 的でない歩容になっている。必要なのは両方の歩行をきちんと身につけ、服装・履物によってきちんと使い分けること である。

2. 歩 行 の 原 理

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では和洋の理想の歩行法を紹介する。洋式歩行は作法というより科学的に追究されたものである。

2.1. 洋式歩行

洋式歩行は、Ducroquet(文献 1)によれば、着地期・支持期/遊脚期・蹴出期の 4 相か らなり、彼はそれぞれを綿密に分析している。ここではそれらを元に簡単に流れを示す (歩行相ごとのより細かい記述は文献 1 または 6 参照)。洋式歩行では推進力はつま先の 後方蹴り出しである(蹴り出し駆動)。つまり脚を前に出すから進むのではなく、後ろに 蹴り出す反作用で前に進むのである。そして、蹴り出しによって前進した上体のつっか え棒のために、脚を伸ばして踵から着地する。したがって着地脚の膝は棒状に進展する (図 1)。また、歩幅をかせぐために、股関節ではなくその上の骨盤から歩く(骨盤歩)。 骨盤は水平面において回旋するので、その反動として、腕が体幹を軸に前後に等しい角 度で振られる。腕は前・後ともに内側(体軸側)に流れ、前後面から見て体の外側に腕 が出ることはない(図 2)。 着地から蹴り出しまでの足内の体重移動は、踵から足底部に沿って拇指に抜ける。踵を 引きずるような「すり足」には絶対しない。 このような歩行に耐える靴は踵着地の衝撃とつま先の後方蹴り出し時の屈曲に耐える頑 丈かつ柔軟なものである。 以上、洋式歩行の特徴をまとめてみる。 ① 後方蹴り出し動作が推進力である。 ② 蹴り出しから遊脚期以外は膝が伸びている。 ③ 下肢だけでなく、腕も腰も使ったダイナミックな全身運動である。 ④ 踵着地・蹴り出しに負荷がかかるため、踵が頑丈で、中足骨関節部分が柔軟な履 物が求められる。 この歩き方は乾燥した平原をスタスタ歩くのに向いている。ただし、われわれはこの洋式歩行が人類の唯一の理想的歩 行法だと思ってはならない。

2.2. 和式歩行の原理

そこで和式歩行である。そもそも日本と西洋とでは、歩行だけでなく、テーブルマナー・立位と坐位の価値など作法の 原理が根本的に異なっている。作法学では、それらの違いを単なる習慣の差とみるのではなく、それぞれが追究してい る価値が異なる、合理性・理想の追究における「理」の相違であるとみなす。したがって和 式歩行は洋式歩行と「どこが違うのか」だけでなく、「なぜ違うのか」が問題となる。 a) 小笠原流礼法における室内歩行法 小笠原流の歩行は、踵も爪先も着けたままの完全な すり足 である。まず、和式立位姿勢、 すなわち両手を腿上につけ、膝を軽く曲げて腰をやや落とし上体を垂直にする。足は外向せ 図2 洋式歩行の着地・蹴出期の前後面 図1 洋式歩行の着地・蹴出期

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ず正面を向き、両足の間隔は自然な腰幅にする。そこから滑るように片足をすり足で前に踏み出し、その脚の膝を曲げ て、上体をその膝の上に移動する。この動作が推進力となる(踏み出し駆動)。そして後ろに残った足の踵を地につけた まま、前に出した足に追いつかせる(ここで後足が前足を追い越す歩きと追い越さずに揃える歩きとがある)。歩行中は 上体を固定し、両手を腿上から離さない(腕を振らない)。膝は常に伸ばさず、腰をやや落として、上下動・左右動をな くす。また呼吸と歩行を対応させる(図 3)。足内の体重移動は、踵から小指丘へ抜ける。 この和式歩行は、格式(歩く場面)に応じて、主に歩幅を違えて次の 5 種類に別れる。すなわち歩幅が広く、格式の高 い順に、「練り」(儀式での歩行、追い越さない歩き。図 3)、「運び」(以下追い越す歩き)、「歩み」(通常の歩幅)、「進 み」(やや急ぎ足)、そしてこれらとは形が異なる「走り」がある。 「走り」は、歩幅は半足分で、一呼/吸で四歩進む「小走り」である。このように、和室では格が低く、また急ぐ時ほ ど歩幅を小さくする。足音や体の揺れをふせぐためである。ちなみに、武家礼法では屋外で走ることは想定されない。 上級武士の急ぎの移動は乗馬によるからだ。 屋外では、完全なすり足でなく、すり足気味..に歩く。草履の裏を見せないように、後方蹴り出しは極力おさえ、着地は 踵ではなくつま先からにする。 以上の和式歩行の特徴をまとめる。 ① 前方踏出しが推進力である。 ② どの歩行相においても膝を伸展しない。 ③ 最低限の部位しか動かさない静的な歩容。また体をねじらない。 ④ 急ぐ歩行ほど歩幅が小さく、小股になる。 b) 和式歩行のバリエーション 以上の武家礼法の歩行法が作法としての和式歩行の基本であるが、身分や履物によって歩き方は異なっていた。それら のいくつかを紹介する。 c) ナンバ 現在スポーツ関係者から注目されている「ナンバ走り」は江戸時代の飛脚の走り方に由来すると言われている。今では 走りだけでなく様々な身体操作法として「ナンバ」が拡大されている。そこでの「ナンバ歩き」では、骨盤を踏出し足 側から旋回させる。その結果、腕も踏出し足側が前方に振られる(ただし腕を振る動作はしない)。まずこの点で洋式歩 行と異なる歩容になる。ただナンバより以前に武家礼法が作法として上述の歩行法を確立させているので、ナンバを和 式動作の基本とみるのは誤りである。 武家礼法とナンバの違いに注目してみよう。まず武家礼法では殿中を長袴で歩く(練る)時以外は骨盤の回旋を使わな い。つまり足と同側の腕を出すという動作はない。 空間移動・廻転動作は、武家礼法では股関節より下の関節のみを使う。たとえば、ふり返る時の動作も足を使った 体 捌 たいさば き(「開く」という所作)をして、体幹は決してねじらない。ナンバのふり返り方とされる「見返り美人」の所作は武家 礼法にはない。 坐位から立位への動作(その逆も)同様であり、武家礼法では上体は垂直のまま固定して動かさない。また両手は腿に

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あてたままである。 武家礼法からみると、ナンバの所作は運動合理性のみを原理としており、風格・美しさに欠ける。ナンバは庶民の作業 動作であり、武家礼法は大名クラスの作法であるから当然であるが。 d) 履物による差異 洋式歩行でもハイヒールでは踵着地ができないように、履物によっても歩行法は変わる。 たとえば「 足 半 あしなか 」という長さが半分しかない草履がある。絵巻物によると、 旅や運搬作業での着用が見られることから、足半は裸足を常とする人たちのす べり止め用らしい(長良川の鵜匠は現在も着用している)。絵巻物を概観する と、足半は機能的にも身分・作法的にも裸足と草履の中間の存在であることが わかる(図 4(右図は図 4 の誤り)。 裸足に慣れている当時の庶民は、足半を履いていてもすり足をしていたようで あるが、足半に合わせてつま先立ち姿勢をとることによって、足半特有の歩行 運動が実現する。つま先立ちの静止姿勢で、最初の一歩を踏出すと、重心が前 に移動するので、自然に後方蹴り出しになる。すると、蹴り出しからの慣性力 だけで上体が着地足よりも前方に出る。重心が依然として足より前方にあるため、次の足がまた自然に着地足の前に出 る。この推進原理は洋式歩行に近い。ただ洋式歩行と違って、一歩ごとの後方蹴り出しが不要となり、最初の一歩以降 は、ほとんど慣性の力だけで前進できる。足半を実際着用してみると、非常にエネルギー効率のよい歩行を実現する履 物であることがわかる(むしろ制止時に制動力を使う)。これは、ナンバの「地球重力をじょうずに活用して、前に倒れ ながら移動」(小林、2004)という歩行原理を実現しているといってよい。この利点のため、足半は図 4 のように馬に 乗らない下級武士(歩兵)の履物として戦場で使われるようになった。 また一本歯の足駄(高下駄)という不思議な履物がある。修験者の履物として有名であるが、絵巻物によると行者でな くても履いている。これを履いている時のアンバランス状態が身体の訓練によいと古武術家の甲野善紀氏が推奨してい る。筆者がこれを履いて実感したのは、安定して歩くには完全なすり足歩行を必要とするということだ。言い換えれば、 昔の日本人は元来すり足歩行であったため、このような一見不安定な履物でも難なく履きこなせたのである。 さらに、すり足歩行自体がバリエーションをもっている。たとえば同じ小笠原流でも弓術(弓道)の時は、踵を上げた ままのすり足で進む。また小笠原流礼法と同時代に完成した能の仕舞・狂言では逆に一歩ごとに爪先をあげるすり足で 進んでいる。

3. 歩 行 の 使 い 分 け

以上概観してきたように、理想の歩行は一種類ではなく、理想の根拠の数だけ存在することがわかる。歩行姿勢を規定 するのは、履物・服装、そして接地面の状態である。また歩く目的によっても理想の動作は異なる。たとえば速度・運 動効率を求めるなら競歩やナンバが理想になろう。しかし風格や美しさを求めるなら礼法のような別の基準で洗練され た歩行姿勢になる。このようにみてくると、一人の人間にとっても複数の歩行法をマスターし、状況に応じて使い分け 図3 足半の武士(『春日権現験記絵』より)

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た方がよい。

4. 参 考 文 献

1. R.J.et P.Ducroquet(鈴木良平訳)『歩行と跛行』1975 医歯薬出版 2. 『春日権現験記絵』(日本絵巻物全集 16)1978 角川書店 3. 小森君美『ナンバの効用:整体動作がカラダを変える』2004 徳間書店 4. 木寺英史『常歩:本当のナンバ』2004 スキージャーナル 5. 澁澤敬三・神奈川大学日本常民文化研究所編『絵巻物による日本常民生活絵引』1984 平凡社 6. 山根一郎 『小笠原流日常動作法』2003 三恵社 7. 山根一郎 「中世武家礼法における中国古典礼書の影響」(椙山女学園大学文化情報学部紀要 4) 2005 8. 矢野龍彦・金田伸夫・織田淳太郎 『ナンバ走り』2003 光文社

参照

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