放射能・放射線の基礎科学を学ぼう
ー 誤解を解き、不安の低減と風評被害の解消のため ー
[岡山県環境保健センター公開講座]
(平成27年3月1日:岡山県立図書館)
多田 幹郎
(岡山大学名誉教授)
本日の講演内容
1.放射線・放射能の基礎
2.自然放射線と自然放射能
3.放射線の人体に及ぼす影響
4.遺伝子の損傷と発ガン
5.食品の放射能汚染(基準値
:100Bq/kg)
6.放射線・放射能との付き合い
7.放射線利用の有用性
放射線と放射能
◎放射線の定義(広義の定義)
あるエネルギーを持って飛び出してくる粒子の
流れ(粒子線)及び電磁波(電磁放射線)。
☆上記の放射線のうち、原子や分子を電離又は
励起させる程の高いエネルギーを有しているも
のを
“電離放射線”
と言い、一般にはこれを狭義
の
“放射線”
と呼んでいる。
放射線の透過能力
放射線と放射能
◎放射線の発生源
近年、各種の放射線発生装置が開発・利用されてい
るが、自然界では、
放射性同位元素(放射性元素=
放射性核種)
及びそれらを構成元素として含んでいる
物質
(放射性物質)
のみが放射する。
[即ち、
“放射能を有している”
のである。]
☆自然界には多種(約75種)の放射性物質が存在して
いるため、我々は常に放射線
(自然放射線)
を浴びて
いる。
放射線と放射能
◎放射能の定義
「ウランは放射能を有している」など、本来は、
“放射線
を放射する能力”
を意味する。
[物理学の定義:単位時間に崩壊(壊変)する 原子(
放
射性同位元素
)の数を表し、SI単位系では、
Bq(ベク
レル=dps)
が使用される]
☆一般には、「放射能漏れ」、「放射能汚染」など、放射性
物質あるいは放射性同位元素の意味で広く使われる。
放射性同位元素
◎放射性同位元素(放射性元素:放射性核種)
☆原子番号(陽子数)が等しいが、質量数が異なる(中性子数が
異なる)一群の元素を同位元素(アイソトープ)と言い、それら
のうち放射能を有するものを“放射性同位元素[ラジオアイソ
トープ(RI):放射性元素]”と言う。
☆原子番号が6番(陽子数6個)の炭素原子には、3種の同位
元素[12
C(中性子数:6)、13
C(中性子数:7)、14
C(中性子
数:8)]が存在する。 これらのうち14
Cは放射性同位元素
である(次図)。
同位体(isotope
)
電子
陽子
中性子
原子番号19番のカリウム[₁₉K]には,安定同位体の39
Kと放射性
同位体である40
Kがそれぞれ,99.98%と0.012%の割合で存在して
いる。
炭素 同位体存在比
¹²C 98.9%
¹³C 1.1%
¹⁴C 放射性:微量
放射性同位元素
◎天然に存在する放射性同位元素
☆自然界には約75種の放射性同位元素が存在している。
☆原子番号が19番(陽子数19個)の
カリウム
原子には、
39
K
(安定同位元素:99.98%)と
40
K
(放射性同位元素:
0.012%)が存在している。 成人体内には約
4000Bqの
40
Kが存在している。
☆原子番号が92番(陽子数=92)以上の原子は全て放射性
同位元素であり、ウラン原子には、
238
U、
235
U,
234
Uの3種
の同位体が存在し、いずれも放射性同位元素である。
◎核反応、核分裂によって多くの放射性同位体が生成
する。
放射性同位元素の崩壊
☆α崩壊:α線(ヘリウム核:陽子2個と中性子2個)を放射して質量
数が4少ない核種に変化する反応
例:226
Ra → 222
Rn +4
He (α線とγ線を放射)
238
U → 234
Th +4
He (α線とγ線を放射)
239
Pu → 235
U +4
He (α線とγ線を放射)
☆β崩壊:中性子がβ線(電子)を放出して[n → p+e-
] 陽子に
変わる反応、原子番号は1個増すが、質量数は変化しない。
例: 14
C → 14
N + e-
(β線のみを放射)
90
Sr → 90
Zr + e-
(β線のみを放射)
40
K → 40
Ca + e-
(β線とγ線を放射)
131
I → 131
Xe + e-
(β線とγ線を放射)
137
Cs → 137
Ba + e-
(β線とγ線を放射)
[β崩壊生成物は全て安定同位元素]
放射性同位元素の崩壊とエネルギー
α崩壊
238
U
→
234
Th
(α線:4.1MeV)
239
Pu
→
235
U
(α線:5.5MeV)
β崩壊
137
Cs
→
137
Ba
(
β線:0.5MeV)
(γ線:0.7MeV)
40
K
→
40
Ca
(β線:1.3MeV)
(
γ線:1.5MeV)
131
I
→
131
Xe
(
β線:0.6MeV)
(γ線:0.7MeV)
60
Co
→
60
Ni
(β線:0.3MeV)
(
γ線:1.1MeV)
(
γ線:1.3MeV)
◎放射能の単位
☆
Bq(ベクレル):放射線を放射する能力
毎秒当たりに崩壊(放射線を放射)する回数。
1秒間の崩壊数が1個であるときの放射能を
1Bqという。
[1Ci (226
Ra 1g)=3.7×1010
Bq]
☆Bq(ベクレル)と重量の関係
Bq=[0.693/T]×[W(g)/M]×[6.02×1023
]
(T:半減期(s), W:重量(g), M:原子量)
131
I (300Bq) =6.6×10-14
(g)
137
Cs (100Bq) =1.1×10-11
(g)
40
K (4000Bq)=8.2×10-5
(g)
ビニールシート上に降下してきたほこりなどを採取した試料から放出された放射
線のエネルギースペクトル(産総研つくばセンター)
赤:2011年3月15日に採取した試料からのスペクトル
緑:2011年3月19日に採取した試料からのスペクトル
青:試料を置かないで測定したスペクトル
放射能・放射線の測定
放射線と放射能
◎放射線の線量の単位
☆
Gy(グレイ):吸収線量単位(J/kg)
物質1キログラムが1ジュールの放射線エネルギー
を吸収したとき、その吸収エネルギーを1Gyという。
[熱量換算値:1Gy=J/kg=0.00024cal/g]
*食品照射に使用される線量
根菜類(馬鈴薯等)の発芽防止:100Gy
一般的な殺菌線量:10kGy(2.4℃の温度上昇)
完全殺菌:30kGy
放射線と放射能
◎放射線の線量の単位
☆
Sv(シーベルト):実効線量(等価線量)単位
放射線の種類や性質によって人体組織に対する影響
が異なることを考慮した、放射線防護のために用いる
“人体への影響度”を表す単位。
☆
人体への影響は放射線の種類(線質)によって異
なる。
[ 吸収線量(Gy)に線質係数[Q]を」乗じて得られる]
γ-線・β-線・X-線 : Q=1 (1Gy=1Sv)
中性子線 : Q=10 (1Gy=10Sv)
α-線 : Q=20 (1Gy=20Sv)
放射線と放射能
◎放射線の線量の単位
☆
Sv(シーベルト):実効線量単位
☆
放射線の人体への影響は組織・器官(それらの細
胞)の放射線感受性の差によって異なる。
組織・器官ごとに障害の荷重係数が定められ、この
値を尺度として全身の被曝を表し、これを“実効線量”
と呼んでいる。
《荷重係数:ICRPの勧告値》
生殖腺=0.20、 赤色骨髄、肺、腸=0.12
甲状腺=0.05、 皮膚=0.01
放射線と放射能
◎放射能の単位
☆Bq(ベクレル)とSv(シーベルト)の関係
<mSv=Bq × 実効線量係数>
[実効線量係数]
放射性核種ごとに、放射される放射線の種類(線質)が異なり、
また、摂取経路(吸引、摂食)によって集積部位(決定器官(組
織・器官)並びに、それぞれの感受性も異なる。
それ故、それぞれの組織・器官について、核種ごとに、“線質
係数”、“荷重係数”などを考慮して、ICRPが定めている。
例えば、131
I を吸引・摂食した場合の全身への影響につい
て、 その実効線量係数を 1.6×10-5
と定めている。
自然放射線と天然放射性核種
自然界には多種多様な放射性物質が存在し、
また、宇宙からも放射線が届いている。
従って、常に人は放射線を浴びている。
さらに、多くの人工放射性物質を作り出し、
社会活動に利用している。
自然放射線の量は場所によって違う
1ミリシーベルト/年(mSv/年) [=0.114マイクロシーベルト毎時(μSv/h)]
20日間露光
レンコン
カボチャ ショウガ
サツマイモ
ジャガイモ
野菜から出ている(自然の)放射線
土や野菜に含まれる天然の放射性カリウムなどの放射線で感光
(単位:ベクレル/kg)
←人体もほぼ同じ
・カリウムは、三大肥料の一つ
・天然カリウムの0.01%が放射性
カリウム
・環境中や体内でのセシウムの
挙動はカリウムと類似
食品と人体に含まれる放射性物質
(東嶋和子「放射線利用の基礎知識」より引用) ((財)環境科学技術研究所 資料より)
体重60kgの日本人
ヒト体内の放射能濃度
117 Bq/kg
K-40 と Cs-137 の比較
性状 K-40 Cs-137
化学的性状 アルカリ金属 アルカリ金属
主要な線のエネルギー 1.311 MeV 0.514 MeV
線エネルギー 1.461 MeV 0.662 MeV
物理的半減期 13億年 30年
生物学的半減期 30日 100日
体内分布 脂肪組織を除く全身
特に筋肉
脂肪組織を除く全身
特に筋肉
体内存在量 4000Bq 0 Bq
放射線・放射能は自然の一部
☆[自然(天然)の放射線・放射能は安全で、人工
の放射線・放射能は危険である] は間違い。
☆ “安全か危険か” 並びに “危険の度合い” は
《
放射線の質と量》
による。
☆[危険の度合い] は [人体中の細胞に届く放射線
の量《
被爆線量
》] と [細胞損傷の程度]によって
決まる。
放射線の人体への影響
急性障害(確定的影響)と晩発障害(確率的影響)
外部被曝と内部被曝
放射線の人体に及ぼす影響
放射線被曝は:
内部被曝
と
外部被曝
に分けられる。
人体への影響は:
急性障害(
確定的影響
)と晩発障害(
確率的
影響
:発ガン、白血病の発症リスク)に分けら
れる。
☆ICRPによる
ALALA
の考え方(勧告):
すべての被曝は、
経済的・社会的要因
を考慮し、
合理的に達成し得る限り低く抑えるべきである。
放射線による2種類の健康影響
◎
確定的影響
(急性障害):250mSv以上の被曝で発症
・吐き気や脱毛、貧血、火傷、不妊、白内障
・機能を担う細胞数の減少による
・閾値以下では全く起きない
◎
確率的影響
(晩発性障害:発がんリスク増加)
・遺伝子の修復ミスと考えられる
・1シーベルト(Sv)で5%増加
・100mSv以下では検出できない
・用心のため、閾値が無いと仮定
(僅かでも被曝すると発症の確率が高まる)
[直線仮説 : それ故、「許容」ではなく「限度」を使用]
細胞内の組織、DNAの一部に損傷が生じる
殆どの細胞は修復され
て正常細胞に戻る
放射線影響の発現の仕組み
修復されなかった細胞
修復されなかった細胞の
殆どは細胞死して、正常
細胞に替わる
正常に修復されず、ミス修復された
場合、“突然変異”が生じる
細胞死が非常に多く生じた場合
(比較的高い線量被曝の場合)
組織・器官の機能が失われ、比
較的短時間での影響が現れる
≪確定的影響(急性障害)≫
突然変異が一般細胞に生じると、長時
間を経て「ガン」が生じる。生殖細胞に
起こった場合には「遺伝的影響」として
現れる。
≪確率的影響(晩発性障害)≫
修復機構の作動
確率的影響と確定的影響の違い
① しきい線量の有無
② 線量と障害(症状)の重さとの関係
線
量
線
量
頻
度
重
篤
度
確率的影響
確定的影響
しきい線量
発がん
原爆被爆者における発がん(固形がん)リスク
固形がんの過剰相
対リ
ス
ク
線量(Sv)
200mSv以上では直線ーしきい値
無しモデルに合致する
100 mSv
100 mSv以下では直線ーしきい値無し
モデルが正しいのか誤りなのかは不明
放射線防護の最適化
(
緊急被曝の状況に適用:
ICRP 2007年勧告)
◎100mSv 以上の線量では、 発ガンの有意な
リスクがあるため、職業被曝および公衆被曝
レベルの最大値は100mSv/年とする。
☆緊急事態時における被曝の低減対策として、
公衆の被曝レベルの最大値は、20mSv/年
とすることが可能である(政府の判断?)。
(以上は、ICRP勧告の内容についての演者の解釈)
法律上の一般公衆の線量限度
=1mSv/年
緊急事態期
事故による被ばく線量を
100mSv/年以下に抑える
事故収束後の復旧期
20mSv/年以下に抑える
平常時
医療放射線被ばく以外を
1mSv/年以下に抑える
(自然界放射線は別)
100mSv
20mSv
1mSv
様々な方法で被ばく
線量の低減に努める
・避難
・飲食物の制限
・環境の除染
・1mSv/年は自然放射線の変動レベル
・ゼロを目指すのは無理だし、無意味
自然界からの放射線
=2.4mSv/年
100mSvという数値の根拠
・発がん増加が検出される最小線量
・組織障害が生じる最小線量
わが国の放射線防護の考え方
◎一般公衆及び作業従事者の被曝線量限度
公衆被曝:1mSv/年、 (特殊な状況下: 5mSv/年、
但し、20mSv/5年)
[今回の事故により、20mSv/年に増加]
職業被曝:50mSv/年(通常時)
:100mSv/年(緊急作業時)
[今回の事故により、250mSv/年 に増加]
:150mSv/年 (眼の水晶体)
:500mSv/年 (その他の組織)
: 13mSv/3月 (女子腹部)
: 10mSv/妊娠から出産までの期間
放射線の子どもへの影響
◎ ボルゴニー・トリボンデュウーの法則
「細胞への放射線影響は、増殖速度に比例し、
分化の程度に反比例する」
従って:
☆
胎児や子どもへの影響は大きい。
[特に、妊婦の腹部への線量限度は低い]
☆ 精巣や卵巣および造血器官は放射線感受性
が高い。
・放射線にはDNA鎖を切断する作用がある。
・DNA切断には、DNA二重ラセンの片方だけが切れる
1本鎖切断と、両方が切れる2本鎖切断がある。
・1個の細胞について、1Gy当たり、約1000個の1本鎖
切断、及び約40個の2本鎖切断が生じると推定され
ている。
・このうち、細胞死や染色体異常生成に直接関わる
のは2本鎖切断である。
放射線による遺伝子損傷と発ガン
A
T
G
T
A
C
C
T
G
A
G
C
放射線
DNA鎖が
切れる
A
T
G
C
T
G
T
A
C
A
G
C
細胞は切れた
DNA鎖を元通り
につなげることが
できる(99.9%)
細胞にはDNA鎖切断を修復する能力がある
ガン細胞発現の仕組み
DNAの一部に損傷が生じる
正しく修復されなかった
複数回の変異を受けて、その度ごと
に生き残り、増殖を続け、ガン細胞に
なる
正しく修復されなかった細胞のほとん
どは細胞死(アポトーシス)して、正常
細胞に替わる
ほとんどの細胞は正しく修復され
て正常細胞に戻る
正しく修復されず、ミス修復された細
胞の一部は、突然変異細胞として増
殖を続ける
修復機能の作動
発がんの突然変異
仮説
“遺伝子突然変異が発がんの原因であり、
その増殖・蓄積ががんを進展させる”
放射線ががんを起こすしくみはまだ
明らかにされていない
正常細胞 遺伝子変異の蓄積 がん細胞
放射線
がん遺伝子の活性化╱がん抑制遺伝子の不活性化
食品の放射能汚染と規制値
農・蓄・水産物について、それらに含まれる放射性セシ
ウムの
暫定規制値が500Bq/kg
と定められていた。
[
食品安全委員会のリスク評価を受けた値
]
◎この値は、
食事による内部被曝線量を 0.1mSv/年以
下
にすることを前提として定められたものである。
◎0.1mSvの被曝によるわが国の
ガン死亡者数は1.7人
の増加
と計算される。
☆日本人の体内には4000Bqの放射性カリウムが常時
存在し、
年間0.18mSvを被曝
している。
☆一般公衆の
被曝線量限度は1mSv/年
とされている。
水・食品に対する放射性セシウムの新基準値
(2011年12月21日
(水)朝日新聞)
食品に含まれる放射性核種の新基準値
の制定の目的と受け取り側の対応
小宮山厚生労働大臣の談
◎新基準値は消費者の「安心」を確保することを目的
とした。
コープふくしま専務理事(朝日新聞記事
)
◎不安あおる「ベクレル競争」
*ゼロベクレルの証明は無理です。
*放射能を勉強して、福島の食を応援して下さい。
ま と め(
1
)
2.低線量放射線による発がんリスクには、安全域が
存在するわけではありません。
3.発がんリスクは確率で表されるので、他の発がん
リスクと比較して、リスクが高いのか低いのかを
理解することが大切です。
1.疫学データでは、
100ミリシーベルト以下
の被ばく
により発がんリスクが高くなるという
証拠はありま
せん
。
低線量放射線被ばくのがん死亡への寄与
日本人のがん死亡率を30%と仮定 (神田玲子、Isotope News, 693, 28-32, 2012より)
正しく理解して、正しく怖がろう
☆放射線・放射能は自然界の一部
☆簡単に、鋭敏に検出・測定できる。
☆自然の放射線・放射能は安全で、人工のそれらは危険である、
ということはない。
☆安全かどうかは、細胞の受ける放射線の量による。
☆放射線による発ガンは確率的に起こる。
☆放射線によるガンと自然のガンは区別できない。
☆放射線による発ガンには閾値がないと考えられている。
☆低線量率の放射線被曝はホルミシス効果が期待される。
☆人工放射線・放射能は、冷戦時代の核実験で経験済み。
☆人工放射線・放射能は人々の生活向上に役立っている。
◎最大の悪影響は、不安ストレスと風評被害
ご清聴ありがとうございました。
この後、少し(約5分間)お時間を頂き、
放射線・放射能利用の話題についての雑談
をお話し致します。