日本助産学会誌 J. Jpn. Acad. Midwif., Vol. 27, No. 2, 226-236, 2013
*川崎市立看護短期大学(Kawasaki City College of Nursing)
2012年9月18日受付 2013年8月21日採用
原 著
バングラデシュ農村部における女性の出産に対するケア・ニーズ
—SKILLED BIRTH ATTENDANTSへの示唆—
Women's delivery care needs in rural Bangladesh:
Recommendations for skilled birth attendants
五 味 麻 美(Mami GOMI)
*抄 録 目 的
バングラデシュ農村部における女性の出産に対するケア・ニーズを明らかにすることにより,Skilled Birth Attendants(SBA)のあり方について示唆を得ること。
対象と方法 研究対象者はボグラ県農村部に居住し,過去1年以内に出産を経験した女性9名である。本研究の趣 旨と倫理的配慮について説明し,自由意思に基づき研究協力の同意を得られた方を県内の3村から各3 名ずつ選出した。研究デザインは質的・帰納的記述研究である。フィールドワークを通してフィールド ノートと研究対象者への半構成的面接データ,キーインフォーマントへの非構成的面接データを収集し, 半構成的面接データは質的・帰納的に分析を進めた。面接は通訳を介さず研究者が直接ベンガル語(公 用語)で実施した。 結 果 バングラデシュ農村部の女性の出産に対するケア・ニーズとして【家で産むための支援】,【親族の立 会いで産むための支援】,【無事に丈夫な子を得るための支援】の3コアカテゴリーが抽出された。またケ ア・ニーズには宗教や慣習が大きく影響を与えていることが確認された。女性たちの語りからSBAは妊 娠期の有益な情報提供者,異常時の援助者としては受け入れられつつあるものの出産時の精神的な支え となる存在としては捉えられておらず,正常出産では親族を中心としたTBAが優位に選択されている 現状が明らかになった。 結 論 バングラデシュ農村部においてSBA が出産時の立会い者として選択されるためには,医療者として 根拠に基づいたケアを実践するためのアセスメント力,判断力,実践力,特に基本的な産科緊急対応力 を高め,専門性を適切に発揮しつつも宗教を含めた社会文化的背景を広く考慮し,女性と家族のニーズ を尊重し意思決定を支える関わりを持つことが必要である。
キーワード:出産,ケア・ニーズ,SBA(Skilled Birth Attendants),TBA(Traditional Birth Attendants), バングラデシュ
Abstract Objectives
To ascertain the state of delivery care needs of women in rural Bangladesh in order to gain insight into ap-proaches involving skilled birth attendants (SBA).
Subjects and methods
Subjects were 9 women who resided in the rural areas of the Bogra District and who had delivered within the last year. The study design was a descriptive study involving qualitative inductive analysis. Field notes from field work, data from semi-structured interviews with subjects, and data from unstructured interviews with key infor-mants were collected. Data from semi-structured interviews were analyzed using qualitative induction. Interviews were conducted by researchers directly in Bengali (the official language) without the use of an interpreter.
Results
Three core categories of delivery care needs of women in rural Bangladesh were identified: "support to give birth at home," "support to safely deliver a healthy child," and "support to give birth with relatives present." In ad-dition, care needs were found to be heavily affected by religion and customs. Based on the women's descriptions, SBA were accepted favorably as a provider of information during pregnancy and a provider of aid in the event of problems but were not considered necessary during a normal delivery. During a normal delivery, women preferred a traditional birth attendant, primarily in the form of a relative.
Conclusion
For SBA in rural Bangladesh to be chosen as birth attendants, 3 criteria must be met. First, SBA must be better able to make assessments, make decisions, and respond to obstetric emergencies. In addition to being skilled, SBA must consider the social and cultural backgrounds of villagers they will be attending. Finally, SBA must respect the needs of women and their families and support their decision-making.
Key words: delivery, care needs, skilled birth attendants (SBA), traditional birth attendants (TBA), bangladesh
Ⅰ.緒 言
地球上では毎年35万人以上の女性が妊娠や出産に 関連して死亡している。妊産婦死亡の99%以上は開発 途上国で起きており,そのうちの約87%が南アジア とサハラ以南のアフリカ諸国に集中している(World Health Organization, United Nations Children's Fund, United Nations Population Fund, et al., 2010)。
2000年に国連が採択したMillennium Development Goals(以下MDGs)では,「妊産婦死亡率の削減」が 2015年までに達成すべき世界的課題の一つとして掲 げられた。また,途上国における出産の多くが専門 的な教育を受けた医師や助産師などSkilled Birth At-tendants(以下SBA)の立会い無しに,親族や近隣女 性など素人のTraditional Birth Attendants(以下TBA) によって行われている点に着目し,「SBAの立会いに よる出産率の向上」を妊産婦死亡率削減に向けた具体 的取り組みの指標として定めた。2010年に発表された MDGsの中間評価によると開発途上国全体における SBA立会いによる出産率は1990年の53%から2008年 には63%まで向上し,全世界的にも増加傾向にある と報告されている(United Nations, 2010)。 しかし,依然としてTBAによる出産が大半を占め る国も存在する。南アジアに属するバングラデシュ人 民共和国(以下バングラデシュ)では,SBAの立会い による出産率は国全体で18%に留まり,農村部にお いては85%以上の出産がTBAの立会いのみで行われ て い る(National Institute of Population Research and Training [NIPORT], Mitra and Associates, & Macro In-ternational, 2009, pp.118-119)。多くの途上国で出産立 会い者としてTBAが選択されている要因として医療施 設や医療従事者へのアクセス問題や経済的問題,医療 知識の欠如などが指摘されてきた(Celik & Hotchkiss, 2000; Lule, Ramana, Oomman, et al., 2005)。バングラ デシュにおいても医療施設や医療従事者の不足は深刻 な問題であり,同国政府は国連機関やNGOと協働し, 地域保健を担うSBAの育成や農村部にSBAが駐在する 安価または無料の医療施設を多数設立するなど医療へ のアクセス改善や経済的負担の軽減を図った。同時に, 女性の外出について決定権を持つ家長や夫,村でキー パーソン的役割を担う宗教指導者に対し,妊産婦の 医療機関受診を促す働きかけを強化してきた(Nasree, Ahmed, Begum, et al., 2010; Murakami, Egami, Jimba, et al., 2003)。しかしながら,こうした努力にも関わら ずSBAの出産立会い率の明らかな増加には至っていな い。バングラデシュでは医療へのアクセスや経済的問
題が軽減してもなおTBAの立会いによる出産を選択 する傾向が強いことより(NIPORT et al., 2009, pp.117-119),同国の女性たちは何らかのニーズに基づき積極 的にTBAを選択している可能性もあると考えた。 しかし,同国では妊産婦のニーズや出産立会い者選 択要因に関する研究は皆無である。その背景にはニー ズを尊重した看護・医療に対する意識の低さやポルダ (Porudah)と呼ばれる男女隔離の慣習が関係している と思われる。ポルダとはウルドゥー語やペルシャ語で カーテンを意味し,イスラム教圏を中心にアジア,中 近東,アフリカ諸国等に広く浸透している女性隔離の 風習である。イスラム教を国教とするバングラデシュ では,女性は男性の性的欲望を刺激する存在と考えら れ,思春期以降の女性は男性の欲望を煽ることのない ようごく近い親族以外の男性の目に触れぬよう極力自 宅に留まることや外出時にはベール(burqu)を着用す るなどポルダを守ることが求められる。また,ポルダ は女性の行動規範としてのみならず慎みや恥じらいと いった女性としてあるべき姿そのものを体現する規範 として重んじられている(Najmir Nur Begum., 1988)。 近年,都市部やインテリ層を中心に多少の変化がみら れるものの一般的には成人女性はポルダによる社会的 規制が働くため女性のフィールド研究者は多くはなく, 男性研究者がポルダの強い農村部に入り既婚女性を訪 ねて出産に関する調査を行なうことも容易ではない。 研究者はバングラデシュでの国際協力経験を持つ日 本人助産師としての立場から同国における女性の出産 に対するケア・ニーズを明らかにし,妊産婦死亡率の 削減に向けてSBAが出産立会い者として選択されるた めの方策について示唆を得たいと考え,本研究を計画 した。
Ⅱ.用語の定義
1.ケア・ニーズ 女性たちが妊婦健診,出産場所及び出産立会い者に ついての語りの中で表出したケアに対する欲求や期待 をケア・ニーズと定義する。2.TBA(Traditional Birth Attendants)
専門的な教育を受けることなく妊娠,出産,産褥 期のケアや新生児ケアを提供している者の総称と定 義する(World Health Organization Bangladesh [WHO Bangladesh], 2004)。バングラデシュでは一般に「ダイ」
と呼ばれており,本研究では研究対象者が使用した場 面に限り呼称をそのまま用いる。
3.SBA(Skilled Birth Attendants)
専門的な教育を受け,妊娠,出産,産褥期のケアや 新生児ケアを提供している者である。具体的には医師 や助産師に加え,助産技術研修を終えた看護師やそ れぞれ18ヶ月,1ヶ月の母子保健研修を経てコミュニ ティベースで家族計画指導や助産活動を行うFamily Welfare Visitor(家庭福祉訪問員),Female Health As-sistant(女性ヘルスアシスタント)をSBAと定義する (WHO Bangladesh, 2004)。
Ⅲ.研 究 方 法
1.研究デザイン 質的・帰納的記述研究。 2.研究対象者 バングラデシュ北西部ボグラ県の農村部に居住し, 過去1年以内に出産を経験した女性とする。本研究の 趣旨と倫理的配慮について説明し,自由意思により研 究協力の同意を得られた方を県内の3つの村から各3 名ずつ選出した。対象者の選出にあたっては,研究者 がJICA青年海外協力隊員として配属されていた現地 NGOを研究協力機関として協力を依頼した。バング ラデシュ訪問に先立ち研究対象者の条件をNGOに伝 え,予め対象となる女性を選定していただいた。バン グラデシュ入国後,対象となる女性の自宅を研究者が 訪問し,ベンガル語で本研究の趣旨と倫理的配慮を説 明した。最終的に自由意志に基づいて研究協力の同意 を得られた9名を研究対象者とした。 3.キーインフォーマント(以下KI) KIは研究協力機関のNGO病院に勤務する20代の看 護師2名,NGO村診療所に勤務する30代から40代の Family Welfare Visitor(以下FWV)3名であった。SBA として出産立会い,介助をした経験があり,研究フ ィールドにおける母子保健事情に精通していることを 条件に選出した。 4.研究フィールド 研究フィールドは研究協力機関NGOの活動拠点で 研究者が過去に2年間,助産師として活動していたボグラ県内の3つの村である。ボグラ県は首都ダッカよ り北西に約270kmの距離に位置する地方都市である。 県全体の識字率は男性45%,女性31%であるが,こ の中には自分の名前程度の読み書きしか出来ない者も 多く含まれており,ボグラ県農村部において日常生活 に支障のないレベルの読み書きが出来る者は20%程 度と報告されている。県内の主要産業は農業,主な 収入源は農業が30%,リキシャ夫(人力車こぎ)など 肉体労働による賃金労働者18%,商業16%等であり, 生活階級は富裕層4%,中間層23%,貧困層73%であ る(Bangladesh Government, 2008; Wikipedia, 2008)。3 村の詳細については表1に記す。 5.データ収集 フィールドワークを通じてフィールドノート,半 構成的面接,KIインタビュー,資料記録を収集した。 データ収集期間は2007年7月∼8月であった。 1 ) フィールドノート フィールドノートには収集したデータ,面接時の状 況,協力者の雰囲気,印象や非言語的メッセージ等を 記載した。 2 ) 半構成的面接 研究対象者が単独での外出に慣れていない農村の女 性であることを鑑みて,面接は各対象者の自宅で実施 した。インタビューは通訳を介さず研究者が直接ベン ガル語(公用語)で実施した。インタビューガイドを 用いて妊婦健診受診の有無と理由,出産立会い者や出 産場所の選択理由および立会い者や出産場所に抱く印 象,出産への思いなどについて回答を得た。面接内 容は対象者の了承を得た上でICレコーダーに録音し, 面接終了後に研究者が逐語録にベンガル語で転記し日 本語に翻訳した。研究者はバングラデシュでの長期単 身生活の経験がありベンガル語の日常会話および読み 書きは可能であるが,信頼性確保のため依頼書や同意 書,質問紙等のベンガル語資料は事前にKIに確認を 依頼した。また,解釈に確信の持てないベンガル語が あった場合についてもプライバシーの確保に留意しな がら解釈の適切性についてKIに確認をした。 3 ) KIインタビュー 研究フィールドにおける母子保健事情や研究対象者 の語りの内容について非構成的面接を6回実施し,研 究データの信頼性・妥当性の向上を図った。 6.データ分析 半構成的面接の逐語録とフィールド・ノートは質的 ・帰納的方法にて分析を行った。また,半構成面接の 逐語録データについては,まとまりのある意味内容を 抽出,分類しカテゴリー化を図った。分析過程におい ては質的研究の指導教員から定期的に指導を受ながら 進めた。 7.データの信頼性と妥当性の確保 面接内容の精選と研究者の面接技術の向上を図る目 的で,研究対象者への面接に先立ちKIの協力を得て 本研究と同様の方法でパイロットスタディを実施し, 面接内容の適切性を確認した。また,研究フィールド における母子保健事情や研究対象者の語りの内容の解 釈の確認のため,定期的にKIインタビューを実施し た。研究方法,データ収集および分析過程においては 定期的に指導教員からスーパーバイズを受けた。 8.倫理的配慮 研究対象者に対し口頭と文書により本研究の趣旨と 倫理的配慮についてベンガル語で説明した。説明の中 で匿名性の確保,プライバシーの保護,研究協力の自 由意思の尊重を伝えるとともに調査期間中に撮影した 写真や資料の論文,学会発表等での公表についても説 明し同意を得た。同意を得る際には研究協力同意書に 直筆で署名していただき,同意の意思を確認すること を基本としていたが,非識字者については例外的に口 頭による意思表示のみでも同意を得たものとした。 本研究は平成19年度聖路加看護大学研究倫理委員 会の承認を得て実施した。(承認番号07-012) 表1 各村の概略 A村 B村 C村 市街地からの距離 10Km 14Km 15Km 人口 12000人 8000人 7000人 電化率 約80% 約70% 約70% 上水道 井戸水 井戸水 井戸水 ガス 一部 なし なし 出生数/年 70人程度 50人 40∼50人 周産期死亡/年 0∼1例 0∼1例 0∼1例 乳児死亡/年 1∼2例 0∼1例 0∼1例 病院数 1 0 0 診療所数 4 5 2 薬局,村医者,伝 統医療施術者 15 30 15
Ⅳ.結 果
1.研究対象者の概要 研究対象者は9名であった。対象者の概要は表2の 通りである。 平均年齢は22.9歳(18∼30歳),平均初婚年齢は 13.2歳であり,政府が1984年に改正児童婚禁止法で最 低結婚可能年齢と定めた18歳を4.8年,同国の平均初 婚年齢である20.2歳を7.0年下回っていた。初産年齢 の平均は15.7歳(11.0∼19.0歳)だった。婚姻から最初 の出産までの年数は平均で2.5年開いているものの対 象者の平均初産年齢は,先に挙げた法律上の最低結婚 可能年齢にさえも満たない低年齢であった。平均出産 回数は2.5回(2∼4回)で全員経産婦だった。現在の子 供数は平均2.4人(1∼4人)であり,子供を亡くした経 験を持つ者は1名だった。 2.バングラデシュ農村部における女性の出産に対す るケア・ニーズ 女性たちの語りから妊娠・出産期を通じた女性の 出産に対するケア・ニーズとして【家で産むための支 援】,【親族の立会いで産むための支援】,【無事に丈夫 な子を得るための支援】という3つのコアカテゴリー が抽出された。以下バングラデシュ農村部における女 性の出産に対するケア・ニーズについて記述する。こ れ以降の記述にあたってはコアカテゴリーを【 】,カ テゴリーを〔 〕,サブカテゴリーを《 》で示した。ゴ シック斜体の「 」は対象者の語りを示し,対象者の語 りからの一部引用は を用いた。また,分かりにく い部分は( )で言葉を補った。 表2 研究対象者の概略 年齢 職業 夫職業 結婚年齢 初産年齢 学 歴 出産回数 子供の数 出産場所 出産時の立会い・介助者 A 21 主婦 死亡 14 16 小学校卒 2 2 第1子:病院第2子:実家 第2子:TBA第1子:SBA B 20 主婦 日雇い 13 18 小学校卒 2 (1人死亡)1 第2子:夫実家第1子:自宅 (第2子はSBAも同席)TBA C 27 主婦 肉体労働 18 19 中学中退 2 2 第2子:病院(帝切)第1子:自宅 第1子:TBA第2子:SBA D 22 内職 無職 14 18 中学中退 2 2 自宅のみ TBAのみ E 18 主婦 日雇い 10 11 小学校卒 2 2 自宅のみ (第2子はSBAも同席)TBA F 20 主婦 日雇い 12 13 小学中退 2 2 自宅のみ TBAのみ G 25 主婦 肉体労働 16 17 (非識字) 4なし 4 第2子以降:自宅第1子:夫実家 TBAのみ H 23 主婦 無職 10 11 小学中退 3 3 自宅のみ TBAのみ I 30 主婦 日雇い 12 19 小学校卒 4 4 自宅のみ TBAのみ 表3 女性の出産に対するケア・ニーズ コアカテゴリー カテゴリー サブカテゴリー 【家で産むための支援】 〔信仰上の信念〕 《ポルダを守りたい》《神のご加護を受けたい》 〔異常が無ければ家で産む〕 《胎位が正常なら家で産みたい》《異常があれば病院で産む》 〔リラックスできる環境〕 《家で産むとリラックスできる》 【無事に丈夫な子を得るための支援】 〔死産を懸念〕 《赤ちゃんが心配》 〔母子ともに無事に出産〕 《大事を取って病院で出産》《異常があれば病院で産んだ》 《専門家の技術を信頼》 〔丈夫な子を産む〕 《良い子を産むために健診に通う》 【親族の立会いで産むための支援】 〔慣習に従う〕 《昔から親族が介助》《皆親族が介助している》 〔親族と喜びを共有〕 《信頼できる親族の介助を希望》《親族と喜びを分かち合いたい》 〔安心して産める〕 《親族なら安心》1 ) 【家で産むための支援】 女性たちは自らの価値観や信仰に基づき,母子とも に正常な経過であれば家で産みたいと希望していた。 【家で産むための支援】の下位カテゴリーとして〔信仰 上の信念〕,〔異常がなければ家で産む〕,〔リラックス できる環境〕が抽出された。 (1)〔信仰上の信念〕 家で産むことを選択した理由について,多くの女 性が「ポルダを守りたかったから」(Aさん,Bさん,C さん,Gさん,Iさん)と語った。この地域では出産・ 産褥期をけがれ(不浄)期間と捉え,台所や納屋,産 小屋などで過ごす習慣が残っている。また,善であ る神に相対するものとして災いの象徴であるショイ ターン(サタン:悪魔・悪霊)の存在を信じ,恐れて いた。女性たちは「ショイターンに取り憑かれないよ うにポルダを守って過ごした」(Aさん,Cさん,Gさん, Iさん),「病院ではポルダが守れない」(Aさん,Bさん), 「アッラーの守りがあるから病院で産む必要はない」 (Fさん)と語り,〔信仰上の信念〕に基づき家で産むこ とを選択していた。 (2)〔異常が無ければ家で産む〕 研究フィールドの病院や診療所では,妊婦健診時の 胎位が正常であることが自宅出産適応の条件と指導し ており,自宅出産を希望する妊婦や家族は胎位に強 い関心を示す傾向があった。「健診にはポジション(胎 位)を確認するために行っていた。家で産めるとわか って嬉しかった」(Eさん),「健診でずっとノーマル(頭 位)と言われていたので家で産んだ」(Aさん)との語 りより,女性たちは妊婦健診で胎位を確認したうえで, 家で産む決定をしていることが明らかになった。また, 「異常があると言われれば病院で産んだ」(Aさん,Cさ ん,Hさん)という語りに代表されるように,家で産 みたいというニードには 異常が無ければ という前 提条件があり,母子の経過に異常が生じた場合には自 宅での出産を諦め,施設で産むこともいとわないとい う見解も示された。 (3)〔リラックスできる環境〕 〔リラックスできる環境〕は「家ならリラックスして 産めるでしょ。だからみんな家で産むのよ」(Dさん), 「家で産んだ理由はリラックスして産めるから」(Eさ ん)という語りから抽出された。語りの中の リラッ クス という言葉は日本と同様にRelaxという英語が 用いられており,病院と比較して〔リラックスできる 環境〕である家で産むことを選択したことが語られた。 2 ) 【親族の立会いで産むための支援】 9名全員が出産の立会い者として親族を希望し,そ の利点として安心感や喜びの共有,立会ってくれた親 族と長期にわたり良好な関係が保てること等を挙げて いた。こうした女性たちの語りから【親族の立会いで 産むための支援】というコアカテゴリーと,下位概念 として〔慣習に従う〕,〔親族と喜びを共有〕,〔安心し て産める〕というカテゴリーが抽出された。 (1)〔慣習に従う〕 〔慣習に従う〕とは嫁ぎ先や地域の慣習に従い,親 族の女性に立会い,出産を介助してもらいたいという 期待を指す。KIによると,農村部では嫁ぎ先の親族の 立会いで出産する嫁に対して好印象を抱く傾向がある という。「立会い者は親族がいい。昔から親族の女性 が立会ってたから……」(Eさん),Fさんは「義姉が取 りあげてくれた。この村では他の人も皆,親族の女性 が立会っているから,私も同じようにしたかった」と 語り,自らの出産体験を「とても嬉しかった」と振り 【家で産むための支援】 【無事に丈夫な子を得るための支援】 【親族の立会いで産むための支援】 出産立会い者ニーズ 異常時はSBAを頼る 出産場所ニーズ 妊婦健診ニーズ 異常時は病院へ SBA 無事に出産 TBA(親族の女性) 信頼,喜びの共有 慣習に従う・安心 安全・確実に産みたい 異常時は病院へ 大事を取って・緊急搬送 家で産みたい 信仰上の信念・リラックス 家族と喜びを共有 妊婦検診結果 家族に報告 妊娠経過・胎位正常 経過異常・大事を取って 胎児の生存確認 薬剤・有益情報 (自宅出産可否)胎位確認 妊婦健診受診 近い 診療所が近い ポルダを守れる 安い 家計に差障らない 夫,宗教指導者,村人周囲の勧め 村人・宗教指導者の認識の変化 ↑ 政府による妊婦健診受診率向上に向けた取り組み 図1 出産に対するケア・ニーズの構造
返った。地域の慣習や過去の範例に従い,親族の立会 いを期待する語りから〔慣習に従う〕というカテゴリー が抽出された。 (2)〔親族と喜びを共有〕 〔親族と喜びを共有〕とは,出産に立会った親族と 産婦の双方が子どもの誕生を心から喜び,その喜びを 共有し分かち合いたいという考えを示す。「家で産め ば上の子も親族も喜んでくれる。近所にミシュティ (砂糖菓子)を配って祝ったり,親族も近所の人も皆 が一緒に喜べる」(Dさん),「親族なので心から喜んで 取ってくれる。立会った人も自分も心から喜べるから 立会い者は親族がいい」(Iさん),「義理の姉が取って くれたので嬉しかった。姉も喜んでくれたし,自分で 取り上げたからずっとうちの子たちを可愛がってくれ ている」(Fさん)という語りから抽出された。 (3)〔安心して産める〕 〔安心して産める〕とは,普段から親しい間柄にあ る親族が立会い,出産を介助することにより安心して 出産に臨めたことをあらわす。女性たちは親族同士で あることの信頼感,安心感を語った。「最初の子は母 方の祖母が取ってくれた。2番目以降は祖母が亡くな ってしまったので母の姉が取ってくれた。信頼してい た祖母が亡くなって不安だったけど,伯母が取ってく れることが決まった時は安心した」(Gさん),「上の子 2人は義理の姉が取ってくれた。義姉は素人で,多分 私の子供を取り上げたのが初めてだったと思う。最初 は恥ずかしくて笑ったりしちゃったけど段々痛くなっ てきて,恥ずかしくなくなってきた。気心が知れてい るので安心して産めた」(Iさん) 3 ) 【無事に丈夫な子を得るための支援】 【無事に丈夫な子を得るための支援】とは,母親で あり嫁である女性たちの,五体満足で丈夫な子を産む ための支援に対するニーズを指す。下位カテゴリーと して〔死産を懸念〕,〔母子ともに無事に出産〕,〔丈夫 な子を産む〕が抽出された。 (1)〔死産を懸念〕 〔死産を懸念〕とは胎児を案じ,死産を懸念する様 子を表す。「妊娠中は家族から『お腹の子は生きている か……』といつも聞かれた。生きているかどうか自分 でもわからないから,子どもが産まれるまでは怖か った」(Cさん),「健診に行かないと家族に聞かれても お腹の子が死んでいないかどうか分からなくて心配だ ったから,出来るだけ健診に行くようにしていた」(G
さん)。United Nations Children's Fund(2011)による とバングラデシュの妊産婦死亡率(Maternal Mortal-ity Ratio)は出生10万対350,新生児死亡率(Neonatal mortality rate)は出生1000対30と高く,特に農村部に おいては日常的に妊娠,出産に関連した悲劇を見聞す る状況である。そうした背景から妊婦として純粋に 胎児の安否を心配すると同時に父系社会である研究フ ィールドにおいて,嫁ぎ先から丈夫な子を産むことを 強く期待される嫁としての立場からも〈死産を懸念〉 していた様子がうかがえた。 (2)〔母子ともに無事に出産〕 〈死産を懸念〉しながらも妊娠期を順調に過ごし, 分娩期を迎えた女性たちは〔母子ともに無事に出産〕 に至ることを願う。第1子を病院で出産したAさんは 「ナース(Nurse midwife)が取り上げてくれた。初め ての子だったので病院で産むことを選んだ。元気な 子を産むために……と,夫が決めてくれた」と,夫の 勧めにより大事を取って病院で産むことを決めた経緯 を語った。第2子が自宅出産中に遷延し,病院で緊急 帝王切開をしたCさんは「親戚のダイが取り上げてく れることになっていたけど,陣痛が強くなっても (胎 児が)下りてこなかった……ダイが『ドクターに見て もらおう』って言って,義母も夫も『そうしたほうが いい……』と言ったから病院に移動して帝王切開した。 同じ村に帝王切開で産んだ人がいたから手術は怖くな かった.病院には夫とダイと一緒にバンガリ(大八車) とテンプー(乗合バス)を乗り継いで行った。本当は 家で産みたかったけど,元気に産まれたからいい」と 語った。この2例ではTBAによる自宅出産よりもSBA による医療施設での出産の方がより安全であることを 産婦や家族,TBA自身が認識し,〔母子ともに無事に 出産〕するために病院での出産を決定していた。また, 自宅出産のケースでも「(親族が)ずっとアラーへの祈 りを捧げてくれた」(Bさん,Cさん,Eさん,Fさん), 「(産婦自身が)ずっとコーランを唱えていた」(Fさん) など〔母子ともに無事に出産〕できるよう,信仰によ り頼みながら出産した様子が語られた。 (3)〔丈夫な子を産む〕 「3人目から妊婦健診に行っていて良い子が産まれ ているから,今回も良い子が産まれるように健診に行 った」(Iさん),「今度は本当に良い子が産まれました。 お舅さんもこの子の写真を撮ってくれました(第1子 は軽度の先天性障害児)」(Hさん)。2人の語りの中で 使用された 良い子 とはベンガル語で「正しい子,良
い子(Bhalo Baccha)」という意味であり,五体満足で 丈夫な子の誕生を期待する様子が語られた。 子 とい う単語は文字通り「子ども(Child)」を意味し,日本で 一般的に用いられる「赤ちゃん(Baby)」という言葉と はニュアンスが異なる。婚家の繁栄や婚資として重要 な世継ぎとなる〔丈夫な子を産む〕ことに対する率直 で切実な期待が抽出された。
Ⅴ.考 察
1.家で産みたい—ポルダを守る— バングラデシュの自宅出産率は85%と開発途上国 全体の中でも高く,国際機関や政府及びNGOは医療 施設での出産を促すために様々な試みを行なってき た。経済的理由や医療機関までのアクセス等の問題を 改善するため,農村部を中心に安価または無料の医療 施設を多数設立するなどの試みも続けられたが,自宅 出産率に大きな変化はみられていない(Nasreen et al., 2010; NIPORT et al., 2009, pp.117-118)。諸問題が改善 されてもなお家で産み続ける彼女たちの出産に対する ニーズとして浮かび上がったのは, 家で産みたい と いう思いそのものであり,そこには〔信仰上の信念〕 に基づき《ポルダを守る》女性と家族の姿があった。 バングラデシュ農村部の女性たちが《ポルダを守る》 には3つの要因が存在すると考える。第1は信仰の証 である。研究フィールドの診療所には聴診器程度の医 療器具しか無く,日本のように超音波診断装置で胎児 画像を見ることもできない。近代医学的な知識も皆無 の村の女性たちにとって,妊娠から出産までの過程は 神秘のうちに進む。だからこそ女性たちは命がけの出 産に際して神の存在を強く意識し,母子の命を守る神 への信仰を証する表現のひとつとしてポルダを守るの ではないだろうか。 第2は災いの象徴であるショイターンの憑依を避け る目的である。彼らが特に身近に感じ,恐れるのは他 人のヒンシャ(ねたみ・嫉妬)の気持ちが生霊となり 憑依することだという。周産期や乳幼児の死亡率が高 いこの国では,妊産褥婦や小さな子どもは周囲から ヒンシャを受けやすい存在であり(Khanu, 2006),《ポ ルダを守る》ことは信仰の証しであると同時にショイ ターンの憑依を逃れ,母子共に無事に生き延びるため の手段でもあるといえよう。 第3にポルダを守ること自体がステータスシンボル となっている点である。イスラム教においてはポルダ を厳格に守るほどアッラーに対する忠誠と敬虔さを表 し人々の尊敬を受ける。また,ヒンドゥ教徒もカース トの高いものほどポルダに厳格である。特に農村部で はポルダの尊守が女性および女性が属する家族に対す る社会的評価に結びつくため若い嫁として婚家の面目 を果たすためにもポルダを守ることが求められるので ある。 2.親族の立会いのもとでの出産—喜びの共有— 我が国においても1950年頃まで約95%の出産が家 族の立会いのもと自宅で行なわれていたが1960年代 より出産の医療化・施設化が急速に進み,産婦のみが 分娩室に入り家族は分娩室の外で児の誕生を待つス タイルが一般的となった(母子衛生研究会,2012;白 井,1998)。その後1980年代より夫立会い出産が注目 され始め(堀口,1991),2000年代に入り立会いの対象 は上の子どもを含めた家族にまで広がりをみせてい る。その背景には出産の喜びを家族で共有したいと いう女性と家族のニーズがある(我部山・清野・伊藤 他,2004;白井・片岡,2011)。出産の喜びを家族で共 有したいと望むのは我が国もバングラデシュも共通の ニーズである。 しかし,バングラデシュの女性たちが親族の立会 いを希望するには同国特有の理由も存在する。約40 年前の国家独立の際には推定300万人の大虐殺があり, 独立後も現在に至るまで権力争いや大小のクーデター や根強い宗教対立が繰り返されている。様々な争いや マイノリティの排除が繰り返されるこの国では,一見 するとのどかな農村であっても人々は互いにどこかで 警戒しつつ生きている。同国では「あなたをビシェシ (信頼)します」という言葉は最高の賛辞の一つとされ る。互いの素性を知っていることが重要であるという 文化的背景は,最も身近で信頼できる【親族の立会い のもとでの出産】を望むニーズに大きな影響を与えて いるのではなかろうか。このことより,バングラデシ ュ農村部の女性が【親族の立会いのもとでの出産】を 望む背景には信頼でき,安心して頼れる親族の介助で 出産し〔親族と喜びを共有〕したいという思いが込め られていると考える。 3.丈夫な子を産む—母として,嫁として— 儒教には「子なき女は去るべし。是れ妻を娶るは子 孫存続のためなれば也」との教えがあり,日本におい ても江戸時代に貝原益軒が「嫁して3年子なきは去る」と記している(貝原,1909)。こうした考え方は現代に も少なからず影響を残し,妊娠,出産に関する周囲の 詮索や期待に苦しむ女性は多い。また,子どもに恵ま れなかったことが直接・間接的な原因となり別居や離 婚を決意するカップルも少なくない(白井,2003)。こ うした状況はバングラデシュも同様であるが,自分の 名前程度の読み書きしか出来ぬまま初潮を迎えると同 時に嫁入りし,子どもが出来なかったことを理由に離 縁された女性の生きる術は限られる。処女性を重んじ る農村部では再婚は稀であり,多くは実家にも戻れ ず住み込みの使用人や物乞いとして生きることにな る(Thengamara Mohila Sabuj Sangha, 2006)。バング ラデシュの女性にとって丈夫な子を産むことは,母親 としての純粋な願いであるのは当然のこと,嫁という 立場からも必ず達成しなければならない務めでもある。 だからこそ【親族の立会いのもとで出産】し,自分が この世に子を生み出す瞬間を,同じ家に嫁いだ義母や 叔母,義姉妹に見届けてもらい喜びを共有すると同時 に立派に子を産んだ嫁として自らの存在を認めてもら いたいと望むのではないだろうか。
Ⅵ.バングラデシュ農村部におけるSBAのあり方
バングラデシュでTBAが優位に選択される要因に ついて,先行研究では学歴差などの理由からSBAとの 間に信頼関係を築きにくく,TBAの方が優しく手厚い と捉えられていることやSBAの威圧的な態度が産婦 にとって脅威となっていることなどが指摘されてきた (Afsana & Rashid, 2001; Blum, Sharmin, & Ronsmans,2006; Chowdhury, Ahmed, Adams, et al., 1998)。しかし, 本研究では「ドクターもナースもとても優しかった」 (Aさん)「昔は怖いナースもいたけど,最近のナース はお姉さんみたいで怖くない」(Bさん)との語りに代 表されるようにSBAに対する認識は改善されていた。 また,女性たちの語りからSBAが妊娠期の有益な情 報提供者,異常時の援助者として受け入れられている ことが確認できた。一方,正常出産では親族が優位に 選択され,SBAは妊婦健診で自宅出産の可否の判断を 仰いだり正常逸脱時に頼る存在として認識されていた。 このようにSBAとTBAを状況や目的によって使い分 ける傾向は,バングラデシュのみならず他の途上国で も報告されているが(Phoxay, Okumura, & Nakamura, 2001; Thind & Banerjee, 2004),SBAに対しては健康 を害する恐れや母子の生命の危険を回避する助けのみ を求め,信頼感や安心感といった精神的な支えとして の存在としては十分に捉えられていない現状が明らか になった。2000年代前半までは異常発生時でさえSBA より村医者やコビラージ(祈祷師)が選択されていた ことから比べるとSBAの存在は確実に村人の意識の中 に浸透しつつあると言えるもののSBAにとっての課題 が示された。 バングラデシュ農村部の女性が自宅出産や親族を中 心としたTBAによる出産を希望する背景には宗教や 文化的慣習が深く影響していることから,同国におい てSBAの出産立会い率を向上させるには更に時間を要 するかもしれないが,Eさんの語りからSBAのあり方 についてのヒントを与えられた。慣習に従い叔母の介 助による自宅出産を希望した彼女は,異常事態に備え て村診療所に勤務するSBAを自宅出産に立会わせた。 胎児娩出時には叔母とSBAの双方が手袋を付けたが結 果的にSBAは手出しをせず,叔母の介助のみで無事に 出産は終了したという。Eさんは,自らのニーズを尊 重し親族による介助を 見まもり という形で支援し てくれたSBAに対し信頼と感謝の気持ちを語った。こ のSBAは研究者の元同僚でB村の隣村出身である。B 村の診療所を拠点にリプロダクティブヘルスサービス を担当するFWVであり,WHOとバングラデシュ政府 が推進しているCommunity-Based Skilled Birth Atten-dant Trainingにおいて助産技術を学んだ。このトレー ニングは地域保健を担うFWVを主な対象としており, 自宅出産時の緊急対応などコミュニティベースでより 安全で高度な出産に対応できるSBAの育成が特徴で ある(Nasreen et al., 2010; Murakami, Egami, Jimba, et al., 2003)。Eさんの出産に立ち会った元同僚のSBAは トレーニングで身に付けた専門知識を持ち,そのスキ ルを適切に発揮する準備を整えた上でEさんの意思を 尊重し叔母による出産介助を見まもった。ICMの国際 倫理要綱では助産師に対して女性および家族の意思 決定,文化的多様性の尊重と共に専門知識を活用しエ ビデンスに基づいて有害な行為や慣習を改善してい くことを求めているが(International Confederation of Midwives, 2008),バングラデシュの片田舎で遂行さ れたケアはまさにこの倫理に則るものであり,それに よりSBAは大きな信頼を得ていた。 本研究により,バングラデシュ農村部において MDGsの達成に向けSBAが医療者として人として信頼 され出産時の立会い者として選択されるためには,医 療者としての専門性を適切に発揮しつつ,女性と家族
の社会,文化的ニーズを尊重した関わりによって信頼 を得ていくことが大切であるとの示唆を得た。そのた めには女性や家族のニーズのどの部分を尊重し,どこ を改善すべきなのかを短・長期的な視点で見極める力 や根拠に基づいたケアを実践するためのアセスメント 力,判断力,実践力,特に村人がSBAに期待する専門 性を発揮し,バングラデシュの妊産婦死因の大半を占 める出血および子癇発作時の対応や新生児蘇生など基 本的な産科緊急対応力を高めると同時に女性と家族の ニーズを尊重し意思決定を支える関わりを持つことが 必要であると考える。
Ⅶ.研究の限界と今後の課題
本研究はバングラデシュ北西部,ボグラ県でのフ ィールドワークと9名の女性を対象とした面接結果を もとに分析をした第一段階の概念化である。今後はバ ングラデシュ国内の他の地域においても同様の研究を 重ね理解を進めていきたい。また研究者は日常生活に は支障をきたさない程度のベンガル語を理解すること はでき,指導教員やバングラデシュ人KIからのスー パービジョンを受けながら研究を進めたが,日本人が データ収集や分析を行っているという点において考え 方や言語解釈に多少の偏りが生じている可能性がある。 同国に対する理解を更に深めるとともにスーパービジ ョンを受けながら更に分析を洗練させていくことが必 要である。また,今後は家族の出産に対するニーズや 地域社会が女性の意思決定にどのような影響をもたら すのかという点についても明らかにし,様々な角度か ら検討を加えていきたい。Ⅷ.結 論
妊娠・出産期を通じてバングラデシュ農村部の女性 たちの出産に対するケア・ニーズとして【家で産むた めの支援】,【親族の立会いで産むための支援】,【無事 に丈夫な子を得るための支援】の3つのコアカテゴリー が抽出された。またケア・ニーズには宗教や慣習が大 きく影響を与えていることが確認された。女性たちの 語りから,SBAが妊娠期の有益な情報提供者,異常時 の援助者として受け入れられつつあることが確認され た一方,正常出産についてはSBAより親族を中心とし たTBAが優位に選択され,SBAに対しては健康を害す る恐れや母子の生命の危険を回避する助けを求め,信 頼感や安心感といった精神的な支えとなる存在として は十分に捉えられていない現状が明らかになり,SBA にとっての課題が示された。 バングラデシュ農村部においてSBA が出産時の立 会い者として選択されるためには,宗教を含め社会文 化的な背景を広く考慮し,女性と家族のニーズを尊重 しつつ医療者として根拠に基づいたケアを実践するた めのアセスメント力,判断力,実践力,特に基本的な 産科緊急対応力を高め,女性と家族のニーズを尊重し 意思決定を支える関わりを持つことが必要であると考 える。 謝 辞 本研究に快くご協力いただきました研究協力者の皆 様,研究協力先NGOの皆様,ご指導くださいました聖 路加看護大学の田代順子教授に感謝申し上げます。本 研究は聖路加看護大学看護学研究科博士前期課程へ提 出した修士論文に,平成20年度慶應義塾大学学事振 興資金の研究助成を受けた研究成果に基づいて加筆, 修正したものであり,一部についてはThe 1st Interna-tional Nursing Research Conference of world Academy of Nursing Scienceにおいて発表しました。文 献
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