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tachiyana torusutaya no sanbun ni okeru gengo to monogatari : tanpengun kara chohen eno kiseki

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Academic year: 2021

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博士(文学)学位請求論文審査報告要旨

論文提出者氏名 高柳 聡子 論 文 題 目 タチヤーナ・トルスタヤの散文における言語と物語 ――短編群から長編への軌跡―― 審査要旨 提出者(高柳聡子)の学位請求論文「タチヤーナ・トルスタヤの散文における言語と物語――短編から長編への 軌跡――」は、全3章及び序論、結論からなり、現代ロシアの作家タチヤーナ・トルスタヤ(1951-)に関する我が国 で最初の本格的な研究である。また包括的な研究としては世界的に見ても完成度の高い先駆的な研究と言える。 厳しい査読制をとる日本ロシア文学会誌に掲載された2本の論文をはじめ、紀要等に掲載された諸論文を基礎とし ながら、枚数制限のある学会誌や紀要等に掲載しきれなかった多くの論考を新たに加え、また新しい読み取りを加 筆して、論としての体系性と一貫性、統一性が確保されるように配慮がなされている。 トルスタヤ研究の先行する著作としては、ヘレナ・ゴスチロの『タチヤーナ・トルスタヤの散文の爆発的世界』 (1996)がある。これはトルスタヤの代表的な 21 の短編小説を対象として、この作家のレトリックの技法の特徴を指摘 し、さらにフェミニズム批評も試みている。アイロニカルに挿入される二重の声、パロディ化された神話の挿入、イン ターテクスト性や語りの独自性、メタファーやメトニミーの修辞的な用法に触れており、トルスタヤ研究の基本的な文 献と言えるが、96 年までに発表された論のアンソロジーであり、全体として大きな主題があるわけではない。アレクサ ンドル・ゲニスの『余白の絵』(1999)ではトルスタヤの初期の作品を対象として、その後のトルスタヤ研究のキーター ムとなる「現実逃避」という語を用い、主人公たちの夢想の世界の閉鎖性を指摘した。ジョン・ギブンスは『ペテルス の反映、おばけ鏡、魔法の劇場、タチヤーナ・トルスタヤの「ペテルス」』(1993)において、この作品が「常に言語に よって挫折する人物の物語」であるとの重要な定義づけを行っている。本論文はゲニスとギブンスの論を出発点とし ているが、他にもフロリダ大学、タンボフ大学、コロンビア大学などに提出された学位論文を参照している。これらは 短編作品と長編『クイシ』とを乖離したものとして扱っており、レトリックなどの技法とプロット構造との関係という視点 は設けられていない。 本論文の序章では上記のような研究史が概観される。本論文はこれらの先行研究を踏まえた上で、それらを基礎 としながら、批判的にみずからの論考に取り入れていく。 「第一章 短編――内的世界の形成――」では、80 年代に執筆された短編小説を対象に、不在の相手との恋愛 や、身体描写の異形性という設定を通して形成される、主人公の「内的世界」のあり方が分析される。ここではこの 作家の得意とする比喩が、登場人物の身体の消去や断片化、あるいは虚構性を際立たせるために機能しているこ とが立証される。比喩化された身体の一部や付属的な事物が、人物の形象を全体としては示さず、比喩化、言語化 された部分のみの存在に切りつめられ、この言語化された身体は、実体のある肉体ではなく、表象的なイメージとし て主人公の内的世界に接触することが可能となる、とされる。主人公の身体と精神とが、それぞれ「外的世界」と「内 的世界」とに分離されて置かれていることが、その身体の見え方をいびつにすることも明らかにされる。単なる文彩と とれるような小さな手法のすべてが、まとまりのある身体の消去による内的世界の形成というプロセスに収束されると いうことが具体的に、明瞭に分析されている。 「第二章 『霧の中の夢遊病者』」では、中編小説の長さを持つこの作品(88)が分析される。この作品が特に前景 化されるのは、これが初期の短編小説と後の長編小説を結ぶ位置にあると考えられるからである。ここでは主人公 の内的世界と外的世界という対置が、夢と現実、死と生という概念と重ね合わされて、より重層的な物語空間が形成 されていくということが分析される。また、メタファーとプロットが係わりあい、メタファーが物語を動かす動力となって いる、という重要な指摘がなされる。主人公の部屋は海のメタファーによって満たされ、婚約者とその父の部屋は森 のメタファーに満たされている。主人公と夢遊病者が、義理の父と子という関係を通して鏡像関係にあるものとして

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2 氏名 高柳 聡子 提示されており、夢と死とが重なり合う。第一章で扱われた諸短編においては、外的世界と内的世界とは明確に区別 されるものであった。そして主人公たちはみずからの夢あるいは内的世界を、外的世界から守ることができない、とい うことが詳細に分析されたが、この中編においては、内的世界(死の世界)は外的世界(生の世界)を侵食し、夢の世 界が現実の世界へと滲出していくことが指摘される。物語は夢遊病者が霧の中へ、死の世界に脱出して行くことで終 わる。ここでは外的世界は夢遊病者の夢を破壊することも、閉じ込めることもできない。身体的な死という出来事によ って、夢の世界、つまり内的世界は永遠に守られる、という新たな結末を迎えている、とされる。また、死にゆく父と生 き残る息子という設定は、語られる父と語り手としての息子を意味しており、次の物語に繋がる、という指摘はトルスタ ヤの創作の論理を追う上で重要なものと思われる。 「第3章 『クイシ』――世界と言語、書物」では、2000 年に発表された長編小説『クイシ』が、第一章、第二章で扱 われた小説の発展形として分析される。舞台はかつてモスクワと呼ばれていた都市国家で、約 200 年前に起きた「大 爆発」によって、人類は絶滅寸前になり、生き残ったわずかな者たち、以前人と、その後に生まれた者たちがここで極 めて原始的な生活を営んでいる。こうした設定は、作者が追求してきた言語の問題を具体的に展開する上で有効な 物語空間を創出する。この世界には指示対象を失った膨大な量の語、意味を失った記号が溢れている。これまで書 かれてきたトルスタヤの作品では、主人公の内的世界が、外的世界に対するもう一つの精神的な世界としてあった。 それは夢(妄想)の世界でもあり、言語(比喩など)によって形成される世界であった。そこでは外的世界とは異なる原 理で世界が構築されていた。トルスタヤの主人公たちの内的世界はいわゆる夢の原理によって構成される。完全に 言語による世界、不在のものの世界である。『クイシ』にも、やはり明確な境界が何もないままに主人公の内的世界が 展開されている。主人公の内的世界が、指示対象を持たない、言葉によって作られた世界という意味で、短編、中編 と本質的にほぼ等しい。『クイシ』では物語世界そのものが、失われた事物を言語化する「書物」となっている、とされ る。この難解な小説の設定とプロットの意義を見事に読み解いていると高く評価することができる。 「結論」では、トルスタヤの作品には物語世界の根底をなしている「小説の言葉」への徹底した思考があり、主人公 の内的世界の形成という行為を核として徐々に発展していき、長編に至って未来小説という大きな設定を用いること でひとつの結実をみた、と締めくくられる。 以上のように、本論文は一貫した問題意識のもとに、対象となる作家のこれまでの創作活動の全体を視野に入れ つつ、それを一定の主題の論理的な展開として明確に捉えたものとして評価することができる。また、20 世紀初頭 のロシアにおける詩的言語実験との関わりにも触れられており、本論文は、重要な問題提起として、今後現代ロシア 文学を研究する者にとって必ず参照すべき研究として位置づけられよう。 以上のことから、審査委員会は全会一致をもって、本論文が博士(文学)の学位を授与するに値するものと判定 し、ここに報告する次第である。 公開審査会開催日 2011年 1月 8日 審査委員資格 所属機関名称・資格 博士学位名称 氏 名 主任審査委員 早稲田大学文学学術院 教授 井桁 貞義 審査委員 早稲田大学文学学術院 教授 貝澤 哉 審査委員 東京外国語大学 教授 沼野 恭子 審査委員 審査委員

参照

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