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変わりゆく民事裁判

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V

変わりゆく民事裁判

げ れ ド 古 品 第

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年 手 続 改 革 一 克 年 民事訴訟法の実演評価 今年(平成二年)は、日本の民事訴訟法典(明治二三年法律第ニ九号)が成立してから、ちょうど一

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年になり ます。明治二四年(一八九一年)の一月一日に施行されていまずから、平成二年(一九九

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年 ) 一 杯 で 一

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年の実 績を重ねたことになるというわけです。 こ の 一

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年の実績を採点するとして、 いったいどれくらいの評価が得られるでしょうか。とてもとても、良い点 はもらえそうにありません。最も明瞭に不成績を表しているのは、やはり、民事訴訟の事件数でしょう。最高裁事務 総局から出ている﹁裁判所百年史﹂によりますと、民事訴訟法の施行された明治二四年の新受件数は、地裁と区裁を あわせて一四万二千余件です。その後、戦争があったりして大きく落ち込んだり、最近にも消費者訴訟が急激に増え たりする時期があったりするわけですが、大体は、地裁と簡裁を併せて一

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数万件に止まっていて、昭和五

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年代の

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第4巻2号一一2 中ごろまでニ

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万の大台を超えることはなかったのでした。その問、人口は四

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万人から一億二

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万人にな っていますし、社会経済のあらゆる方面において大変な発展をとげているのですから、そこに発生している紛争は、 一

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年前に比べて何千倍、何万倍にもなっているはずですが、それが一向に訴訟の増加に反映してこない。その理 由は、ということになると、 いろいろの角度から検討し分析していかなければならないでしょうが、 い ず れ に し て も 、 そうなった責任のかなり大きな部分を民事訴訟法が負わねばならないことは、当然でしょう。 と 申 し ま す の は 、 いまの民事訴訟法に則って行われている日本の民事裁判が、甚だしい訴訟遅延 い う ま で も な く 、 に 陥 っ て い て 、 いろいろの努力にかかわらず、長いあいだ、その状況を抜け出すことができないからであります。日 弁連が昭和六一年に行った第一一回司法シンポジウム﹁国民の裁判を受ける権利合己││民事裁判の現状と謀題 ││﹂の報告によりますと、地裁第一審の事件で審理期間が六ヶ月を超える対席判決による終局事件では平均約二七 -五ヶ月かかっており、和解で終わった事件でも審理期聞が六ヶ月を超えるものは平均約二二・五ヶ月かかっていて、 しかも、人証等の証拠調べに要した時間は全体で約四時間にすぎない、というような状況であります。病院診療につ きまして﹁三時間待たせて三分診療﹂というような非難が出ているわけですが、民事裁判でも﹁二ヶ月に一回三分間 弁論﹂というようなこともいわれています。こうした審理期間の長期化は、裁判官や弁護士の方々には当たり前のこ となんで、裁判には時間がかかるものなんだ、とおっしゃるわけですが、 一般の国民には、とても正常とは思えない。 あまりにも現代社会のテンポとかけはなれているからです。 今日の民事訴訟の遅滞は、高速道路の渋滞みたいなもので、平く行かねばならないのに、みんなエンジンをふかし なかなか目的地に到着できない状態です c 続けながら、ちょっと走っては止まり、 ちょっと走っては止まって、

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ドイツ法の継受と実務 ご 承 知 の と お り 、 日本の民事訴訟法が制定されましたとき模範になりましたのは、ドイツの民事訴訟法でございま して、これは一八七七年にできております。その僅か一一一一年ほど後の明治二三年(一八九

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年)にわが国の民事訴訟 法ができた。民訴法だけでなく、刑事訴訟法、裁判所構成法等いろいろ司法に関する法律ができておりまして、この 明治二三年というのは、 日本の近代民事司法にとりまして出発の年であったわけでございます。このときに模範とな りましたドイツ民事訴訟法でございますけれども、最初はご承知のとおり、ドイツ法の直訳にちかいような旧民事訴 訟法で出発いたしまして、私も﹁外国法典叢書﹂という有斐閣から出ております本の新版で条文対照表をつくりまし たところ、条文の構成と内容がよく似ておりまして、対照表を作るのが大変楽だったことを覚えております。強制執 行法は、昭和五四年に民事執行法ができますまで、この旧民事訴訟法のほとんどそのままでやっておりましたが、ご 承知のとおり民訴総則や判決手続については民事訴訟法は大正一五年に改正をしております。この大正一五年の改正 も、ドイツ法的な性格を変えておりません。大正一五年の改正の際におきましでも、弁護士層からの意見を徴するこ ともあまりやらないで、極めて職権的に改正を進めてしまいまして、この出来映えはどうかというと、今日ではかな り消極的な評価をされています。 その基になりました旧民事訴訟法ですが、ドイツ法を模範としておりますけれども、ドイツ民訴法そのものが果た して模範とするに足りるものだったんだろうかということが、最初から問題になります。最近、東西ドイツの分裂が 解消して統一されたわけでありますけれども、ドイツというのは元々、。フロイセンとかバイエルンとかザクセンとか ヘ ッ セ ン と い う よ う に 、 いくつも国が分かれておったわけでございまして、この状態が長く続いておった。これを変

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第4巻2

4 えたのは、やはり産業草命、資本主義の発達でありまして、ドイツ全般にわたりまして商取引が展開され大量の商品 が流通するようになってまいりますと、どこで取引をやりま

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ても、どこで裁判をしても何とか貸した金、信用取引 で売った代金が取れるように、資金が回収できるようにということを考えなければならないというところから、まず 裁判手続を統一的に準備しようという動きが起こってくるわけでございます。ご承知のとおり、これは一六世紀頃か ら始まりましたロlマ法継受という形をとりまして、 ローマの訴訟法││これはロ 1 7 のユスティニアヌス帝時代の 書面訴訟というものに教会法の訴訟手続が加わり、あるいはイタリアの都市法の手続が加わりましでできたものです けれども、そういうロ l マ法の継受によってドイツ法というものが、 いわゆる普通手続法としてできあがってきたわ げでありますが、これを基にいたしましてドイツのあちこちでそれぞれ国の民事訴訟法典ができて参ります。お隣の フランスにおきましては、もっと早く一八

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六年にいわゆるナポレオン法典の一つとして民事訴訟法典ができまして、 この影響も及んでおります。こういったものを参酌しながら、ドイツ民事訴訟法典ができあがったのですけれども、 それは、ドイツ帝国が一八七一年に成立してから、わずか六年後の一八七七年のことでして、不動産執行のところな どを地方特別法にまかせたままで、施行に踏み切っています。母体になったハノi ブ ァ 1 草案の審議のさいには随分 と詳しい議論を重ねていますが、強制執行の部分を私があちこち覗いた限りでは、意見が対立して、 八対七、八対七 というようなきわどい票決が記録に残っているところが少なくありません。ドイツ民事訴訟法が施行されたあとも、 すぐに改正論議が出まして、 一八九八年には大きな改正を行っております。そういうわけですから、果たして、 が模範にして受け容れるほどの良い法律だったかどうかは、最初から問題だったわけであります。 日 本 もうひとつ、問題なのは、手続法規をもってきただけで、これを運用するための機構の受け入れは不備だったし、 裁判実務の受け入れが全くなされなかった、という点です。

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とくに、ドイツの弁護士制度は、 日本には受け入れられなかった。ドイツ民事訴訟法のなかの弁護士強制制度や、 資力のない人々のための救助弁護士制度ゃ、各裁判所に所属して取扱事件を確保する弁護士分属制など、 いずれも日 本に入っておりません。 ですから、たとえば、民事訴訟法の上告審の手続規定は、ドイツと日本でよく似ていますが、機能は全く違います。 西ドイツの連邦最高裁 ( B G H ) では、そこで代理人として活動できる弁護士は約二

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人しかいませんし、功成り名 遂げた、歳のいった人ばかりですから、上告事件は、自然に厳選され、濫上告とか上告事件山積という事態は避けら れる仕掛けになっています。日本では、そこを外しているので、その代わりになる方築を考えておかなければならな かったのですが、未だうまくいっていない。 それと、ドイツの裁判実務を一緒に継受しなかったのは、重大な欠陥だと私は思います。ドイツは、もともと、ば らぱらの固なので、統一された、統一民事訴訟法ができたといっても、それぞれの国の裁判慣行や特別法に任された ところが多い。学者は、 よ く 、 ﹁ ド イ ツ で は ﹂ ﹁ドイツでは﹂といいますが、 ほんとうは、どこのドイツかはっきり させないと正確ではないことが少なくありません。二

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数年前になりますが、ドイツのある小さな州の首都に滞在し ておりましたときに、そこの地裁に弁護士さんと一緒に行きましてびっくりしたんですけれども、 いろんな事件の準 備室日面を持って行かれまして、裁判所の中にある弁護士控室のビジョンボ y クスに各弁護士の名前が出ておりますか ら、そこへ準備室閏面なんかを自分でどんどん入れていく。そこから法廷に行きましたら、同じ時間にあちこちの法廷 で事件を持っておりまして、どうするのかと思っておりますと、そこへ弁護士の記録を持ってまいりまして、法廷で そこの机の上にポンと置いておく。そしてまた他の法廷に行ってポンと置いておくというようなことで、何をしてい るのかと思いましたら、結局、そういうふうに記録を置いておけば、そこへやって来た他の弁護士がやってくれると

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第4巻 2号一一6 い う こ と で 、 一般的復代理という慣行があるということなんですね。記録の中にメモがはさんでありまして、 ﹁ 準 備 書面を陳述して次回期日を入れてもらう﹂と書いであれば、そのとおりゃって、それでまた机の上に置いておく。そ して、あとは事務員さんがそれを取りに行く。取りに行くのが遅れたら裁判所の書記官室にとりに行けばよいという ようなことなんです。 このような、民事訴訟法にはなにも書いてないが実務では毎日やってて、それでもってうまく機能する、というよ うなことが、沢山あったはずなんですね。しかし、明治政府が多くの裁判官をドイツへやって裁判実務を修得させた というようなことは全く聞いたこともないし、明治の弁護士もイギリスやアメリカには行っていますが、あまりドイ ツには行ってない。ドイツの実務法曹が日本の裁判実務を指導したという記録もない。民事訴訟法典だけを継受して、 裁判実務は継受しなかった。パソコン、 マニュアルをもらってくるのを忘れたのと同じです。 ワープロを買ってきて、 よくやってこれたものだと思う次第です。 民事裁判と憲法 大学の学生たちと地方へよく法律相談に参りましたが、訴訟を起こしたいという人たちがくると、 いつも﹁時間と 費用ばかりかかってラチがあかないよ、調停の申立てをしなさい﹂というようなことばかり申しておりました。この ような状態では、巣たして、憲法第三二条にいう﹁裁判所において裁判を受ける権利﹂が現実に保障されているとい えるのだろうか、という疑問がわいてきます。 民事裁判と憲法ということになりますと、ドイツでは憲法裁判所の判例が沢山出ていまして、議論もさかんですが、 わが国では、手続関係の憲法判例は少なくて、あまり問題とされません。刑事事件については、迅速な裁判を受ける

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権利を被告人に認めた憲法第三七条一項があり、高田事件の判決などもあって、ご承知のとおり、最高裁は、憲法第 三七条一項というのは立法や司法行政上の措置を要請しているだけではなくて、個々の事件についても現実に迅速に 手続を進めなければならない、といっております。同じことは、民事裁判についてもいえるはずで、民事上の権利保 護の手続がいつまでかかってもいい、ということでは、実際には救済が受けられないわけで、裁判を受ける権利が害 されるといわざるをえません。 もともと、裁判手続は、法の実現のための手段にすぎないわけですから、その目的を果たぜないような手続は、ど んどん変えていくべきで、民事訴訟法の定めていない手続でも、民事訴訟法の基本理念に反しないかぎり、実務慣行 として作っていって一向にかまわないし、 ﹁裁判を受ける権利﹂を実務的に保障するために必要なら、そうすべきだ とおもいます。現行の民事訴訟法の規定だけをそのまま厳密に固持しなければならない、というようなことは、さき ほど申しましたような継受の事情からいってもおかしいし、むしろ、日本の社会や民情、法曹や司法機構に適合させ るための立法上・実務上の努力がなされなければならないのではないでしょうか。お手本としたドイツ民事訴訟法じ たびたび、改正を重ねて、たえず機能の確保・向上をはかつているのに、日本の民事訴訟法は、停滞を重ね p e 、 寺 、 、 φh ‘I v , 刀 て、社会の動きに全くとりのこされているのではないか、訴訟の新受事件、が長いあいだ増加してないということは、 一一変わりゆく民事裁判l これを端的に示しているように思うのです。 四 裁判の﹁適正﹂と﹁迅速﹂の黄金分割を 手続改革論と裁判官増員論 訴訟の促進を、という声に対しては、 1 い つ も 、 いや裁判は何よりも適正でなければならない、急いで誤るようなこ

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第4巻 2号一-8 とがあってはならない、という反論が出て、対立します。 ﹁裁判の遅延は裁判の拒否﹂といわれますが、たしかに、裁判は、迅速にやればそれで良いというものではなく、 誤った裁判がなされて不法な権利侵害が残ることのないよう、慎重な審理が必要なことはいうまでもありません。し かし、その反面、適正な裁判に到達するためなら、どれだけの年月をかけてもよい、ということにはなりません。要 するに、あくまでも正しい裁判を求めて上昇するタテ軸と、そのために伸びてゆく時間のヨコ軸との間で、適正と迅 速という二つの理念の﹁黄金分割﹂を求めてゆかなければならないわけであります。 これに対しては、そんなむつかしいことをいわなくても、裁判官を大幅に増員すれば訴訟遅延は解消する、裁判官 増員こそ先決であるべきだ、という主張が有力になされていることは、私も、存じております。たしかに、 日本の裁 判官の数が少ないということは、紛れもない事実です。国民総人口が日本の半分しかない西ドイツに、日本の裁判官 の七倍の数の裁判官がいる。訴訟遅延が著しいのに、裁判官の定員は一向に増えない。裁判官の増員が緊要だ、とい うことは、全くそのとおりだと思います。しかし、それだからといって、民事手続を改草しなくていいか、というこ とになりますと、それは、絶対おかしいのではないでしょうか。 裁判官増員と手続改革は、どちらも緊急に必要で、どちらが先決ということはないと思うのです。裁判官増員先決 論に直ちに賛成できない理由としては、次の三つの点を挙げることができます。 第一一は、増員に要する時間です。かなりの数の裁判官を増やすとなると、そのためにクリア 1 すべき問題がかなり ございます。渋滞のひどい道路に新しいバイパスをつくるようなもので、なかなか一挙にできるものではありません。 現在の訴訟遅延に悩んでいる国民の救済として、路遠しの感が強いのです。 第二は、増員の方法です。たとえば、裁判官を三

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人増員するとして、それを司法修習終了者から採っていくと

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いたしますと、司法試験合格者を大幅に増やさなければなりません。その結果は、当然、弁護士の大幅増になるでし ょう。西ドイツでは、人口が日本の半分なのに、毎年、弁護士が一五

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人から一八

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人程度増え続けて、 た い へ 日本でも、訴訟運営を今のままの状況において弁護士がまず増加するとなれば、同 じような問題が起こりかねません。弁護士からの任官で、という方法は、法曹一元というメリットがありますけれど ん深刻な事態に陥っていますが、 も、果たして訴訟遅延を解消できるほどの人数を確保できるか、となると、悲観的にならざるをえません。もともと、 日本のようなタテ型社会でのヨコの移動はそれなりの困難に逢着せざるをえないわけですが、 かなりの数の か り に 、 任官者を弁護士から採るとなれば、以前にドイツでイギリス型の法曹三主導入のが議論されたときに出たような、弁 護士としてうまくいかなかった﹁弁護士業の廃兵を裁判所に収容するわけにはいかない﹂、 くなるでしょう o 他に適当な増員方法があるでしょうか。 というような反対論が強 第三は、裁判官増員が捗らないままでの手続改革にも、それなりの効果は期待できる、という点です o 裁判官を少 しくらい増やしても、さみだれ式の審理という現在のやり方を続けるならば、訴訟遅延の状況には何の変化もないで しよう。しかし、訴訟運営のやり方を変えて、それを多くの裁判官が実践すれば、確実に事情は変わると思うのです。 西 ド イ ツ で は 、 日本の七倍もの裁判官がいるのですが、通常裁判権の民事事件を扱っている裁判官の数は、事件数の 割合からいうと日本とほぼ同じだ、という分析も最近発表されておりまして、 ほぼ同じ数の裁判官がほぼ同じ程度の 事件を抱えて迅速に処理しているとなれば、やはり、審理手続の方に問題があると考えないわけにはゆかないのであ り ま す 。 2 手続改革論の挫折と新生 訴訟遅延の対策は、従来から、 たびたび、議論され、提案され、実行され、そして挫折して参りました。

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第4巻2号一一10 戦後、昭和二五年に、占領軍の総司令部 ( G H Q ) の命令に基づいて、最高裁が﹁民事訴訟の継続審理に関する規 則﹂を作りました。事実関係を予め調査して主張・立証を尽くすことを当事者の責務だとしまして、原則として準備 手続を先にやり、準備手続止を経た口頭弁論は、終結にいたるまで出来るかぎり継続して実施する、という建前でした が、実際はこれといった成果も挙がらなかったようでございまして、昭和三一年には現在の民事訴訟規則の制定と共 に廃止されてしまったのであります。並行して東京高裁の訴訟手続準則というようなものが作られていますが、実務 には浸透せず定着しないで終わりました。戦前の大阪地裁にも﹁新件部﹂というものが設けられた時期があるようで すが、東京地裁でも新件部というものが昭和三三年九月から約三年間活動したわけでございます。これは新件全部を 準備部に一旦は入れまして、そして証拠調の必要のある事件だけを通常部に回すというような形を取りまして、通常 部では、もう既に準備が済んでおりますので集中審理をやるという方策が採られたのであります。ところが、ゴ一年で どうしてやめてしまったかというと、新件部に事件が沢山たまり過ぎたという理由なんですね。これまで、各裁判官 の 努 力 で 、 いろいろな工夫や実験がなされてきたようですけれども、結局は元の木阿弥になってしまうという状況が これまで続いてきたわけでございます。 ところが、最近になって、急速に、手続改革の気運が色濃く醸成されて参りました。 一部では、すでに実務上、新 しい審理方式の実践に踏み込んでいるという情勢でございます。 東京地裁に続きまして、約一ヶ月前から大阪地裁でも、三ケ部において民事訴訟の新審理方式が実施されていると きいております。その内容は必ずしも明確ではありませんが、かなりの年月をかけた準備作業のあと、すでに昭和六 二年四月に公表されていた﹁民事訴訟の審理を充実させるための東京・大阪両地方裁判所方策案﹂が一部の裁判官に よって試験的に実施されておりましたし、この方策案や多数の裁判所の裁判官に対するアンケート結果をふまえてま

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とめられた、数名の裁判官による﹁民事訴訟のプラグティスに関する研究﹂が昨年春に司法研修所から刊行されてお りまして、そのあたりの線が基調になっているものとみて間違いがないと思われます。 民事訴訟法学者の間でも、シュトゥットガルト・モデルの驚異的な成功や東京地裁の裁判官による新方式の試みを 機縁として、論議が盛り上がり、民事訴訟法学会でも﹁民事訴訟の促進について﹂というテ i マでシンポジウムを行 っ た り ( 民 事 訴 訟 雑 誌 三

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号・昭和五九年に所収)、個別的な研究が多く出ております。 最も注目される最近の特徴は、弁護士側の積極的姿勢が非常に顕著だという点です。これは、これまでの改革論議 こ ま 、

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ほとんどみられなかったことです。ご承知のとおり、日弁連の司法シンポジウムの第一

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回 か ら 第 一 一 一 回 で も って民事裁判における審理の充実・促進を取り上げていますし、昭和六

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年に第二東京弁護士会が﹁民事訴訟充実促 進マニュアル方式案﹂というものを提示してシンポジウムをやっていますし、昭和六三年春には、第一東京弁護士会 の委員会が﹁新民事裁判手続試案(迅速訴訟手続要領)﹂ なるものを出して、その思い切った提案が注目を浴びてお りますほか、多くの弁護士の方々が法律雑誌に論文を発表して手続改革を論じておられることは、壮観というほかあ りません。大阪弁護士会でも、現在、司法委員会と司法問題対策委員会からの合同の小委員会を組んで、熱心な論議 が交わされておりまして、 いずれ、大阪弁護士会としての見識が示されるものと大いに期待しています。 3 改革論へのインパクト なぜ、最近になって、このように、民事裁判手続の促進充実がさかんに論議され、実践にまで進んできたのでしょ う か 。 一部では﹁外圧﹂が働いているという見方もあります。外国の企業などでは、 日本で民事訴訟をやるような羽目に 陥らないように、国際合意管轄を必ずしておく、という話を直接にきいたこともあります。しかし、これは渉外事件

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第4巻2号ーー-12 に限られることで、 おおきな原因とはいえないでしょう。 かなり以前ですが、ある地方の弁護士会の長老の方のお話をきいていたさい、 ﹁この県の弁護士さんは、訴訟促進 など全く興味がありません。訴訟事件は一件しかもってないとか、二、三件しかないという人が多いですから﹂とい われて、唖然としたことがあります。入院患者がいなくなっては因るからとて治療を引き延ばすような病院があった ら、それが分かればだれもそんな病院には行かないでしょう。また、自分の事務所の体制ではあまり手続を急がれる とついていけない、とおっしゃる弁護士さんもおられるが、事件の依頼者に不満はないのでしょうか。最近では、 し、 ま訴訟の促進を図らないと弁護士の門をたたくひとはやがていなくなってしまうかもしれない、という危機感をもっ 弁護士さんも増えてきています。将来の見通しとして、これまでのような地価の連続的上昇と経済成長によって依頼 者に生ずる利益への弁護士の参入は次第に困難になるし、代替的紛争解決の拡大も続くとすれば、業務形態の脱皮が 必須である、という認識が広まりつつあるといわれているわけです。 裁判所もそうではないかと思うのですが、大学の民訴法研究者にとりましては、なんといっても、 シュトゥットガ ルト・モデルの成功が大きな刺激でした。 ご 承 知 の と お り 、 一 九 六

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年代後半のドイツでシュトゥットガルト地裁のベンダー判事が審理方式を考案してめざ ましい成績をあげた。ほとんどの事件を一回の期日で終わる。審理期聞は平均三ヶ月以内で、 一年以内に九九万の事 件が片付く、というような驚くべき成績です。法改正なしにそれがやれた。そのやり方を簡単に申しますと、訴えの 提起がありますと、答弁書提出期聞を決めまして口頭弁論期日も決めるんですが、すぐに答弁書を提出させる。そし てこの答弁書が出てまいりますと、これに対する反駁書面というものを提出させるということにいたしまして、さら にこれに対する再反駁書面を出させる。そして第一回期日以前にもう裁判官の間で合議をするというような形をとり

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ま し て 、 旦損弁論期日には訴状を陳述し、当事者から事情を聞き、そして和解あるいは集中証拠調をして判決に持う ていくというようなやり方であります。このシュトゥットガルト方式の成功に促されましてドイツ民事訴訟法が改正 ( 一 九 七 七 年 ﹀ さ れ ま し て 、 いわゆる衝素化法というものができました。この簡素化法というものは、シュトワット ガルト方式のような、書面を第一回期日前に原・被告間で交換いたしまして予め争点を詰めるという方式だけではな くて、早期に第一回期日を開くというような方式も認めておりまして、書面先行手続型と早期第一回期日型というこ つの方式を両論併記のような形で条文自体で並行させているわけでございます。この中でどちらが多く取られている かというようなことでいろいろ言われておりますが、それなりに成果を上げているようでございます。ただ、ドイツ と日本では、さきにも申しましたように、司法事情がかなり違います。ドイツでは、裁判官の弁護士に対する統制力 が強いし、ドイツ弁護士手数料法はいわゆる一括手数料制度を採っていて、 口頭弁論を一回やっても一

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回やっても 弁論手数料は同額だし、証拠調べも同様で、訴訟で勝っても敗けても同額を受けるので弁護士も手続促進が有利であ るとか、弁護士費用の敗訴者負担の原則があるなどの事情が背景にあります。 日本では、とても閉じ方式で成果を収めることはできません。 日本に適合した、日本なりの新たな審理方式を確立していく必要があるし、最近の論議の内容や一部の 実践は、まさに、それを志向しているといえるわけであります。 日 本 で は 、 第

新審理方式の諸提案

最近出てきております民事裁判の新しい審理方式のいくつかの提案のなかから、三つをとりあげてその内容を紹介

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第4巻 2号一一14 しておきたいと思います。弁護士側からの提案一つ、学者からの提案一つ、裁判所側からの提案一つを選びました。 東京一弁の迅速訴訟手続要領 昭和六三年三月に第一東京弁護士会の民事訴訟促進等研究委員会が発表いたしました﹁新民事訴訟手続試案(迅速 訴 訟 手 続 要 領 ) ﹂ は、訴訟遅延の現状に対する切迫した危機感を示しながら、遅延解消のための制度を考えるうえの いくつかの努力目標を設定して、大胆かっ斬新な新審理方式の構想をまとめています。注目されるいくつかの点を挙 げ て お き ま す 。 1 訴訟の納期 原則として、第一審の全ての訴訟手続を一年以内に終了させる。納期のないサービス業はない。 サービスを提供できる時期を明確にすることにより、国民のニ 1 ズに応えた実質的な権利保護が可能となる、との考 えに基づくものです。 訴状には、要件事実だけでなく、重要な間接事実および事情をも記載し、書証を提出し、書証・人証と請求原 因との関連を明示し、審理の進行に対する希望を表明する。 2 3 裁判所は、訴状の提出を受けたらご週間以内に、三週間以内の日を事件振分期日とする指定書を発送﹂する。 事件振分期日は、原被告双方が出頭し、裁判所は、原被告から事情や事件処理方針を聞き、事件の振り分け(請求認 諾・欠席判決・早期和解・公示送達が見込まれる訴訟かどうか、本人訴訟となるかどうか、実質的な審理を必要とす る事件かどうか)を行う。被告の準備のために、 ﹁事件振分期日より四

1

六週間以内の答弁書提出期日﹂が指定され、 原告の提出した書類に対応する主張(単純否認は不可)と証拠の提出が要求される。答弁書の提出期限は、 回 四 週間を限度として延長を認められるが、延長期日までに提出しないと、あらゆる主張は排斥される。失権効でありま

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す 。

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第一回審理期日は、 そ れ ま で に 、 ﹁ 事 件 振 分 期 日 よ り 一

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週間以内﹂とする(原則として延期を認めない ) 0 裁判所は、原被告提出の書面等を熟読・整理・検討し、補充・補正・釈明に努めたうえ、審理予定表案(主張整理・ 証拠調べ・和解・判決などの日程を記載)を作成する。第一回審理期日に、主張を整理し争点を摘示して審理を進め、 原被告の意見を聞いて、審理予定表を確定し、その日程は、その後原則として変更しない。第一回審理期日では、書 証の原本の提示と、主張・証拠の補充の機会が与えられるが、第一回審理期日までに主張・立証しないと、原則とし て時機に遅れた攻撃防御方法として却下される(失権効)、 原被告本人尋問・証人尋問の決定も、この期日でされる。 5 迅速訴訟手続の審理期日(弁論・証拠調べ・和解の総合期日)は、当事者が法廷審理を申し立てた場合を除き、 法廷以外の場所でも行える。審理期日は、三回以内を原則とする。第二回審理期日以降には、原被告は、第一回審理 期日において明確に指摘された﹁争点﹂についてのみ、補充的に準備室百面および証拠を提出でき、裁判所は、争点を 中心に審理を進めるのであります。 6 裁判所は、事件振分期日、審理期日、和解期日を通じて、可能な限り心証を開示する。 7 原被告本人の尋問は、早期に争点について実施し、証人尋問は、十分に絞りをかけた必要事項について行う。 主尋問は、陳述書が提出されている場合は省略するのを原則とし、また、尋問方法は、交互尋問以外の方法によるこ とができ、当事者の合意があれば、裁判所が主尋問を行いうる。尋問調書は、要点のみを記載する。 8 裁判所は、必ず和解案を提示しなければならず、そのため、事前に電話・パソコン通信・ファクシミリなどの 手段により原被告の意向を聞くことができる。 判決書は、訴訟物・主文および簡略な理由のみで足り(簡素化)、 証拠は、判断を左右する重要なもののみを 9

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第 4巻2号一一16 理由中に括孤書きで記載するにとどめる。 ﹂のように構成しているわけです。 竹下教授の三期日審理提案 竹下守夫教授は、民事訴訟の改善のための新たな審理モデルとして、争訟性のある平均的訴訟事件についてですが、 次のような三期日審理を提案しておられます。 争訟性を有する平均的事件は、審理の充実を図ることにより、三回の期日をもって審理を終結することを目標とす べきである、というのでして、その第一回期日は、早期に聞き、争訟性のある事件とない事件(欠席判決型、公示送 達型)とを区分した後、当事者の意思、紛争の経過等を考慮して、事件処理の方針(弁論続行・和解・付調停)を定 め る こ と 、 および、第二回期日で主張の整理・争点の確定と証拠の整理を完了できるよう、裁判所が両当事者に必要 な準備命令を発すること、を目的とする。第二回期日は、書証との突き合わせによる主張の整理・争点の確定、 お よ び、証拠の整理と取り調べる人証の決定、を目的とする。 そして、第三回期日は、集中証拠調べ、 および、証拠調べの結果に基づく最終弁論、そして、弁論の終結、を目的 とするというのでございます。 このような三期日審理を実現するために、以下のような具体的方策が示されております。 1 第一回期目前準備 原告側については、訴状に、請求原因事実のほか、紛争の経過、予想争点、主張事実│ 証拠の対応関係の記載、直接証拠のない主要事実を推認させる間接事実の記載、提出予定の書証の写しの添付が要求 される。被告側については、答弁書に、原告主張事実の認否、積極否認事実のほか、可能ならば、抗弁事実、それら

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と証拠との対応関係の記載、必要に応じ間接事実の記載、提出予定の書証との添付が要求されることになる。 2 第一回期日 争訟性のない欠席判決事件、公示送達事件は、審理を終結する。争訟性のある事件は、当事者の 意思・紛争実態に応じて処理方針を決定するが、続行事件については、裁判所は、両当事者に必要な釈明を求め、釈 明準備命令を発し(民訴一二八条)、 書証の提出を促す(同一二七条一項 ) 0 そのさい、それらにつき期限を定める こ と が で き る 。 3 第二回期日前準備 釈明準備命令に応じて提出された被告側の抗弁・間接事実・書証の写しに基づいて、必要 に応じ、さらに原告側から準備書面、裁判所から釈明などを繰り返す。そのため、第一一回期日までの期間は、二ヶ月 な い し コ 一 ヶ 月 程 度 と な る 。

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第二回期日 特別の事情がない限り、弁論兼和解の方式によるのを相当とする。竹下教授の見解によれば、弁 論兼和解は﹁非公開の準備的口頭弁論﹂であり、その結果は公開法廷における本質的口頭弁論で陳述して初めて判決 資料となりうると解すべきで、それにより合憲性を肯定できる、というのです。主張の整理・争点の確定、証拠の整 理の過程においては、裁判所は、むしろ積極的にその見解を開示すべきである。訴訟上の争点は、訴訟前・訴訟外の 紛争の核心と一致するように形成され、しかも、その争点を、それが主要事実か間接事実かをとわず、証明主題とす べきである、とされています。 5 第三回期日 平均的事件では人証数三

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四名、所要合計四時間程度であり、本提案の審理方式を経て証明主題 を絞りこめば、一層短縮できる。この期日には、各当事者が、弁論の全趣旨・証拠調べの結果を基礎として、事実の 認定、法の解釈・適用について最終的意見を述べる機会をもち(刑訴二九三条、刑訴規二一一条)、 拠調べに引き続き口頭でなすことが望ましい、とされるのです。 これは集中的証

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第4巻2号一一18 竹下提案における最大の問題は、同教授自身が認識して補足されていますとおり、アメリカのデイスカバリー のような証拠収集手段を当事者がもたないわが国の現状で、このようなコ一期日審理方式が適正を害する危険はないか、 6 ということであります。また、実務的に三期日審理の実行可能性じたいを疑問視する向きも多いと思われます。竹下 教授としては、現行法上の、文書提出命令、証拠保全、立証を促す釈明、証人等との事前面接、弁護士法第二一二条の 二の照会や、この提案の期日前の書証開示等により、一二期日審理が裁判の適正を損なうことなく実行可能だ、といわ れ る 。 ま た 、 一 ニ 回 と い う の は 、 一つの理念にすぎず、要は、一ニ回の期日で終結するのが本来あるべき姿であるとの共 通の認識に基づいて、この目的に向けて訴訟関係者が協力・努力を重ね、その実績の上に立って、立法上・財政上の 障害を除去しあるいは条件を整備していくことである、との基本志向が示されています。 裁判官によるプラクティス案 現時点で最も有力な訴訟手続改革案は、昭和六一年度司法研究員であった東京地裁・大阪地裁の計六名の裁判官に よる﹁民事訴訟のプラク一アイスに関する研究﹂ (司法研修所編・平成元年)が、さきにふれました東京地裁・大阪地裁 の審理充実方策案の試行結果を踏まえ、多数の裁判官・弁護士に対するアンケート調査や関連資料を基礎に練りあげ て提示している案(以下に、プラスティグ案とよぶ)で、すでに一部の裁判所で実施されている新方式もほぼこの線 に沿うものと推測されます。その要点は、次のようなものであります。 基本的視点として、民事訴訟を適正・迅速に解決するには、判決・和解・調停という紛争解決方法の的確な選 択が重要であり、そのためには、裁判官・弁護士が、裁判作用の役割と﹁事件の構造﹂ 1 (対象紛争の実体および事件 の成り立ち)について十分理解することが必要、とし、事件の構造を把握するための手続の整備と、紛争解決方法の

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占 (2) 検 (1) 資 料 の 添 付 を 励 行 す る 選択を念頭においた訴訟進行の考慮とが提言されています。 2 第一回口頭弁論期日は、早期に聞いて﹁事件の振り分け﹂を行う。 訴状審査は、民事訴訟法の要求する形式審査にとどまらず、 ﹁欠席判決ができるか否かの審査﹂を含む。訴状 前準備を実施する。和解意向の打診、訴状の補充、資料収集の補充など、そのための書記官との協同、訴状審査表の 第一回期日前に、事件の進行類型(欠席判決型・公示送達型・弁論進行型・和解型・調停型﹀を想定しての事 使用、求釈明の方法等につき、検討結果が一不され、新実務慣行の形成が説かれております。

ω

第一回口頭弁論期日には、公示送達型の事件を処理するほか、その他の事件は、被告の応訴態度を確認したう え、欠席判決型・和解型・調停型・弁論進行型に振り分け、それぞれに対応する措置をとる。 弁論進行型に振り分けられた事件は、争点整理をしなければなりません。 3 争点整理 ) 43 ム ( 争点整理の重要な機能は、証明すべき具体的事実の特定にある。主要事実の認否にとどまることなく、争いの く ある主要事実についてはその間接事実の主張を求め、あるいは書証等の提出を求めて相互に関連づけながら進めてい (2) 準備書面については、提出期限を指定すベく、指定すれば提出管理を行う。証拠説明書・書証認否蓄を、証拠 弁論のための準備書面として機能させる。 (3) 直接的な争点整理として、裁判官の釈明権の行使による意見交換、心証の開示を含む﹁口頭の討論﹂の場を、 事案に応じ、弁論期日・弁論兼和解期日・準備手続の中に求める。 (4) 期日間釈明は、その方法(電話連絡・事務連絡書など)について慎重に検討する必要があるが、積極的に活用

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第4巻 2号一一20 すべきである、とされます。 争点整理と連携した効率的な証拠調べを実施する。証拠期日空転の防止策、人証尋問時間の短縮方 法、当事者尋問の時期等の検討結果が一不されていまして、集中的証拠調べないし準集中的証拠調べが推奨されていま 4 証拠調べ す 。 判決と並ぶ重要な紛争解決手段と位置付けて、裁判官は、運用・技法につき研鎮を加えつつ、和解の積 極的活用に心がけるべきである、としています。和解相当事件の選択、和解勧告時期、和解における適正手続の保障、 心証開示、和解不成立後の適正な訴訟運営等が説かれておりますほか、付調停制度再構築の提言もあります。

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和 解 6 協同的訴訟運営 訴訟慣行の改善は、裁判所と当事者が協同して改善に努力することにより初めて可能となる。 また、裁判官と書記官が十分打合せをし、裁判官が要所をチェックする形の進行管理システムを作り上げることによ り、書記官の積極的な関与による円滑な訴訟進行管理を期すべきである、としております。 第

新審理方式の問題点

以上にみて参りましたような、新審理方式の諸提案に共通するいくつかの問題点について、若干のコメントをして おきたいと存じます。 早期の事件振り分けと争点整理 手続の、できるだけ早い段階で、事件の性質・内容に応じた振り分けを行い、期日の事前準備を十分にやって争点

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整理をする。いわば、渋滞道路に車線区分をして事件に相応した手続処理をするというわけでして、これが、新審理 方式の大事な要点のひとつです。ここでは、二つの問題点が指摘できるのではないかと思います。

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裁判官と裁判所書記官との協同 新しい審理方式では、民事訴訟法の条文に出てないような活動を裁判官に要請するところが少なくないので、書記 官の協力が重要となります。具体的には、訴状の具体的審査の補助とか、求釈明事項を当事者・代理人に連絡すると か、準備室百面の提出が所定時期までになされているかどうかをチェックして、出でなければ催促するといったことで ありまして、最近では、訴訟進行管理事務とよばれています。すでに、事件ごとの担当書記官をきめてこういう事務 に当たらせるということが裁判所によって実施されつつあるようですが、それがどの範囲まで許されるのか、という 問題があります。 一般論としては、訴訟進行管理事務をできるだけ広く認め 細かく検討しなければならない面もあると思いますが、 るべきだと考えております。現行法制のうえでも、裁判法第六

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条では、裁判所書記官の構限は書類の作成・保管と、 それから法律において定められている事務、裁判官の命を受けて行う調査の補助というように定めておりまして、進 行管理事務というものがどこに入るのかという疑問が出てくるわけでありますが、そのように狭く考える必要はない のでありまして、むしろ裁判官の固有事務というものを中心に考えて、裁判官の固有事務以外の裁判に関する事務は 裁判所書記官がやれるのだというところから考えていかなければならない。これは最高裁事務総局から出ております 裁判所法の逐条解説にも出ている考え方でございまして、明文上裁判所法の第六

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条にあたらないようにみえるもの でありましでも、裁判に関する事務で裁判官の固有の事務││裁判をするという事務ーーに当たらないものは書記官 に行わせていいのだというふうに考えていいのではないかと思います。

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第4巻 2号一一22 ただ、この点をやはり議論をはっきりさせるために法律上明確にした方がいいのではないでしょうか。そのことの ためだけに限らず、現在の日本の裁判所には、司法補助官というものが要るのではないか。裁判官の大幅増加が望め ないとすれば、書記官の中から裁判官の事務を補助する司法補助官というものを養成していく。これに裁判官の権限 に固有の裁判事務でないものを委譲いたしまして、裁判官の負担軽減を図るべきだと考えるわけでして、ドイツでは 既に今世紀の初頭から司法補助官というものが出てまいりまして次第に権限が拡がっております。例えば、かなりの 範囲の非訟事件や、強制執行とか破産・和議事件の手続における裁判官事務のほとんどが司法補助官に権限委譲され ているのです。わが国でも、民事執行法ができましたさい、執行上の登記嘱託・公告・配当額の供託などが書記官の 固有権限に移されましたが、私は、これが日本の司法補助官制度の出発だと認識しております。この方向は、今後、 ますます拡充・発展すると予想されますし、書記官の新審理方式への関与もひとつのステップになるだろうと考えて お り ま す 。 2 争点と間接事実 ベテランの裁判官の方に伺いますと、 ﹁ ま あ 、 いろいろと多くの主張や抗弁が出ていても、たいていの訴訟では、 本当の争点は一っか、 せいぜい二つです﹂、というようなことをおっしゃる。そういう争点を把握して、それを中心 に審理を進めよう、というのが新審理方式の眼目である、といえます。しかし、どうすれば本当の争点がつかめるの か。民事訴訟法では、訴状には請求の趣旨・原因、当事者、法定代理人を書けということになっている。その記載に つきましでも、通説はいわゆる識別説ということで、どういう権利主張がなされているかが分かればいいんだという。 そのため、しばしば問題になっておりますように、﹁原告所有、被告占有﹂というような明渡訴訟の訴状であるとか、 あるいは﹁原告所有、被告登記名義﹂というような登記抹消請求の訴状とか、あるいは﹁公正証書作成﹂だけを書い

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た請求異議の訴状というような、異議を言う理由が全然出ていないというようなものも、これは適法なんだと考えら れております。しかし、このような訴状のままでは第一回の口頭弁論期日が空転することは自に見えているわけでし て、できるだけ早く争点を確定するために重要な間接事実が出て来なければいけない。 近藤完爾先生の書かれました﹁準備手続の回顧﹂という論文│││﹁裁判今昔﹂ (昭和六三年)という本のなかに入 っ て い ま す 1 ーから具体的な例を一つ挙げてみますと、融資の申込を受けた金融業者が担保を要求したところ、金を 借りたいという人の母親が不動産を持っている。この不動産を提供するというふうに言ったので、その金融業者の職 員が物件調査に行って、母親に会って意思を確かめた。その後で母親の印鑑証明と実印を持ってきて、その金融の申 込者と金融機関の聞に契約書を作って登記手続を済ませて金を渡したというような場合に、請求原因の構成はいくつ も考えられる。母親に会いましたときにすでに担保権の設定契約が成立したのか、あるいは後日申込書と印鑑証明書 と実印を持って来たときに申込者との聞に契約が締結したのか、あるいは代理権が争われる場合であれば、表見代理 に基づく請求をするかというふうに分かれてくるわけではありますが、生の事実としては一つでありまして、このよ うにどの請求を取るかによって主要事実になったり間接事実にもなるというような事実そのものが出ていないと実際 の審理では争点がつかめないのではないか。このような例はいろいろ考えられるわけでして、間接事実の重要性とい うことが最近の民訴法学でも非常に強調されるようになってきているわけです。 その間接事実を早期に主張させるのに、どういう根拠に依るかということが理論上問題になります。民事訴訟法で は、口頭弁論の終結に至るまで、いつでも攻撃・紡御方法を提出できるといっているわけですから、なぜ訴訟の最初 から出さにゃいかんのかということになりますと、これは何か別の説明が必要です。この点につきまして、ドイツ民 訴では、失権の制裁をもって早期に事実を詳しく言わせるというふうにしている根拠といたしまして、やはり訴訟促

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第4巻2号一-24 進義務というものを民事訴訟法で明文で決めているわけです。 一般的訴訟促進義務というものを決め、各当事者は口 頭弁論において適時に攻撃・防御方法を出さなければいけない、正しい時期に提出しなければならないとしたうえで、 さらに、個別的な訴訟促進義務として、裁判官が提出期聞を決めたら、原則としてこの期間内に出さなければならな いと規定しております。この義務を悌怠した場合には攻撃・防御方法は出せない、出しても却下されるというように しているわけです。これは、原案はもっと厳しくなっておりまして、却下しなければならないというふうに言ってお ったのですけれども、弁護士層の強力な反対がありまして、漸次後退をいたしまして、却下できるということになっ たわけです。現在でも、これに対してドイツの弁護土層では反対がありますが、やはりこういう失権で裏付けられた 義務というものがあって初めてこういうことがいえるのではないだろうかと思います。 それでは、こういう訴訟促進義務は、どういう理由で認められるかというと、ドイツの簡素化法の理白書では、攻 撃・防御方法を適時に提出するということをしないと、結局、司法の運営が害される。訴訟制度を利用する一般人の 利益が害される。だから、こういう訴訟義務を決めているのだという説明です。また、ある有力な学者は、憲法では 裁判を受ける権利というものを認めている。この裁判を受ける権利、あるいは審問請求権というものに付随する、そ の行使態様を制約する義務であるというふうに言っているわけであります。 私は、このような訴訟促進義務を、わが国でも解釈論としてやはり認めなければならないと考えております。根拠 としては訴訟上の信義則というもので十分ではないだろうか。訴訟上の信義則に基づく適時提出義務、裁判所及び相 手方に対する信義則上の義務ということで根拠づけができるのではないか。 つまり、弁論主義で、ある主張や証拠を 出さないと敗けてしまうということがありますけれども、それと同じように適当な時期に出さないと敗けてしまうこ とが出てきても仕方がないのではないだろうか。 つまり、攻撃・防御の提出責任には時間的制約がある。その時間的

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制約はどこから出てくるかというと、国民のすべてが利用できる共同の福祉制度としての裁判制度を利用する者とし て信義則上要求される制約だ。重要な間接事実を適切な時期に出さないでおいて、不適切な時期に提出することによ りまして、相手方の攻撃・防御を妨げ、あるいは裁判を遅延させるというようなことをすることは許されないという ように、考えるべきだと思うのであります。これは昨今問題となっております解明義務と同じでありまして、例えば 医療過誤の訴訟で医者がどんな薬を使ったか、どんな手術をしたか分からない。しかし、これはどうみても医者のミ スだというような場合には、この解明義務というものを働かせまして、医者の方で実はどういう手術をした、どうい う薬を使ったということを言わないと、それは原告の主張を認めたことになるというふうにもっていく。これも信義 則からいえることでございまして、信義則上の解明義務と同じように考えていいんじゃないだろうかと考えておりま す 。 弁論兼和解の適法性 現 在 、 ﹁弁論兼和解﹂という審理方式は、すでに、多くの裁判所で実務上行われるようになっている。しかし、そ の呼び名すら、あるいは和解兼弁論のほうが大阪ではとおりがよいわけで、裁判所書記官を立ち合わせるかどうか、 調書はどうするかなど、取扱の確定しないところがありますし、争点整理重点型・和解勧試重点型・本人訴訟対策型 という分類もなされておりますように、個々の事件でその使われ方が違うという面もあるようです。 民事訴訟法の教科書やコシメンタlルなんかには、まだ、全然出ていませんが、その性質なども十分論じられない ままに実務では普及しております。とにかく、 メリットがある。どこにあるのか。まず、法定外の和解室等で、ラウ γ ドテーブル方式で実施するので、開廷日の制限を受けないし、ゆっくりした時聞がとれて、弁論が活性化される。

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第4巻 2号一一26 代理人だけでなく、当事者本人からも聴けるし、間接事実や事情も分かるし、証拠の説明も理解しやすい。早期に争 点を把握できて、積極的な和解勧試ができる、といった点が挙げられます。 理論的に最も問題になるのは、このような弁論兼和解が﹁裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ﹂とうた っている憲法第八二条に反しないかどうか、という疑問でしょう。 たしかに、弁論兼和解は公開法廷でやらない点にメリ y トがあるのですから、憲法第八二条の文言をそのまま貫け ば、違憲の結論になる。この結論を避けようとして、弁論兼和解は一種の準備手続であるとか、民事訴訟規則第二六 条の準備的口頭弁論であるという性質付けがなされるわけですけれども、必ずしも成功していません。準備手続なら、 やはり民事訴訟法第二五五条の失権規定がはたらくことになって困るし、準備的口頭弁論も口頭弁論には違いないと すれば、公開法廷の要求を外せないはずだからであります。 私は、合憲の根拠を、次の三点から理論付けできるのではないかと思っております。 第一は、形式的な理由です。 つまり、厳格な方式によらず、ラウンドテーブル式でなされる弁論兼和解を、憲法第 八二条の﹁対審﹂に含めなくてもよいのではないか。それに、和解室でやれば、それは直ちに非﹁公開﹂になるのか どうか。傍聴したいという人があれば入れる、というのならそれでいいではないか。弁論兼和解は、そこで専ら和解 準備が行われて、和解の成立に移行するということもあるのですし、少なくとも、従来の口頭弁論じたいとは違う。 弁論兼和解のなかに従来の﹁口頭弁論﹂と﹁和解﹂とが同時にあるいは並んで入っている、というような、両性説と いいますが、併存説といいますか、そのように考える必要はなく、この二つの中聞に実務が新たに創り出した、実務 が必要に迫られて案出した新型の審理形態であって、民事訴訟法の既成条文には当たらなくても法の趣旨に反しない 限り、そのような新しい審理形態も許される。このように考えるべきだと思うのです。たしかに、民事訴訟法では、

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訴訟につき必要的口頭弁論の原則を定めていまずから、 口頭弁論を聞かないで判決することはできないのが原則であ るわけですが、公開法廷で口頭弁論を開いて審理し、途中で弁論兼和解をやり、さらに公開法廷で口頭弁論をやって、 終結して判決するのは、なんら違憲とか違法とするに当たらないのではないでしょうか。 第二は、実質的な理由です。公開法廷での書面化した口頭弁論と弁論兼和解を比べてみた場合、どちらが﹁口頭﹂ の﹁弁論﹂の実質をより多くもっているでしょうか。 さらにいえば、今日、通常の民事事件で﹁公開の原則﹂を貫くことに、 いったい、どれだけの意味があるのでしょ うか。刑事被告人の公開裁判を受ける権利は、あくまで厳格に守らねばなりませんが、民事裁判では、公開原則の意 義がはるかに小さいことは昨今しばしば指摘されるとおりです。とくに、憲法第八二条二項が公開を要しない例外の 場合を定めていますけれども、それが狭すぎて当事者のプライバシーを守れない。この点は、国際人権規約の B 規約 第一四条第二県が公開裁判の要求を緩和いたしまして、この規約がわが国でも昭和五四年九月に発効しておりますか ら、現在では、わが国でも、この条項に従って、当事者の私生活の利益のため必要な場合だけでなく、公開が司法の 利益を害することになる特別な状況があって裁判所が必要と認める限りでは、裁判の全部または一部を公開しなくて よい、というのが現行法であるわけです。もちろん、普通の事件では、この条項を適用できる場合はあまりないでし ょうけれども、とにかく、裁判に対する国民の信頼を確保するという公開原則の重みは刑事事件よりはずっと軽い。 民事事件、とくにその対象が当事者の処分に委ねられております事件では、公共による訴訟のコントロールを一般公 開というかたちで維持する必要は少ないのが普通ではないか。和解室での弁論兼和解が非公開だとしましでも、それ が当事者処分権主義の妥当する訴訟で、しかも弁論兼和解の方式でやることにつき、両当事者が同意している場合で あれば、違憲でも違法でもない、というべきではないでしょうか。

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第4巻 2号一一28 第二一には、裁判の公開の原則よりも裁判を受ける権利の保障のほうが優先すべきだと思うのです。 裁判による適時の確実な権利保護がえられてこそ、憲法第三二条の﹁裁判を受ける権利﹂の意味がある。開廷日の 制約や書記官の立合いからの制約などのために、訴訟遅延による裁判拒絶の状態が続くならば、それを打開する審理 方式を実務が開発すべきで、裁判の公開の原則が﹁裁判を受ける権利﹂の足をひっぱるというのは、本末転倒という べきではないでしょうか。憲法で保障された﹁裁判を受ける権利﹂の価値が現実には実現されていないという場合、 憲法じたいが手続改革の原動力になるべきものであって、憲法の規定によって手続改革が妨げられてはならない、と 考える次第です。 証拠調べの問題 次に、証拠調べの問題点を二っとりあげておきます。 1 集中証拠調べ 集中証拠調べは、どの改革案でも、その必要を説いていますが、どうも歯切れが悪いですね。やはり数人の証人を 一斉に同じ期日に尋問しようとしましでも、代理人に故障が出たりすると、丸々その期日がロスになってしまうとい うようなことがあるようでございまして、やはり集中証拠調に対してはどの改革案におきましでも、あまり強いこと は言つてないように思われます。この場合でもやはり争点整理が先決でありまして、弁論兼和解による争点の絞りと いうものが有効になされるならば証人の数も減りますし、証人尋問の時間も短縮できると思います。実際に集中証拠 調べを経験された弁護士さんの書いておられるものを見ますと、数人の証人を同一期日に尋問すると、二番目、ゴ一番 目、四番目になるに従って時聞が短縮されてくる。要らない部分は先に済んでいるので出て来ないといったところか

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ら非常に有効であると言われておりますが、やはり一回で終わってしまうということになりますと、 ておくべきだった﹂という後悔が出てくるということもおっしゃっておりまして、実際問題として証人尋問を集中的 ﹁ あ そ こ も 聴 い に実施するということは、何かと問題があるようでございます。しかし、ここでも言えることは事前準備と争点整理 が十分になされておれば、これでもって自然に証拠調べというものは促進されるのではないだろうかということでご ざ い ま す 。 2 当事者尋問の補充性 もう一つは、当事者尋問でありますが、これは民事訴訟法の大正一五年の改正でできました現行の第三一三六条の規 定 で は 、 ﹁証拠調に依りて心証を得ること能はざるとき﹂にできるということになっております。これは立法当時の 資料を調べますと、国会の議論で修正されてこうなったのでして、立法当時の原案では、 ﹁証拠調に依りて心証を得 ること能はざるとき、その他必要ありと認むるとき﹂は当事者尋問ができるとなっておりました。これがどうして国 会で修正されたかというと、 ﹁必要があると認める場合には﹂ということでやったら、裁判官が職権で当事者をどん どん先に尋問して困るという事態が出てくるのではないだろうかということが反対理由として主張されたからであり ます。ドイツ民事訴訟法におきましては、当事者尋問の中で申立てによってやる場合と職権でやる場合を分けまして、 職権でやる場合は補充性の要件があるんですが、当事者の申立てにより当事者尋問をやる場合は補充性の要件はない んですね。これは当然のことだろうと思います。当事者というのが一番事実に近接しておりまして、真実に最も近い と考えられるわけであります。先に証人の証言などでいろいろと訴訟上の事実が作り上げられてまいりますと、 力、 又, って当事者の陳述は曲がってくるということが考えられます。 補充性要件はどこから来たかと言いますと、ドイツ民訴法ではなくてオーストリアの、民訴法のできる前の小さな

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第 4巻 2号一一30 法律から来ていまして、 日本の民訴法ができた後にですけれどもオーストリア民訴法ができまして、ここにはやはり 日本の民訴法と同じような補充性要件が規定されていたわけです。しかし、これにつきましては、特に実務法曹から 長い間これは困るというので改正要求が出ておりまして、最近、 一九八三年にオーストリア民事訴訟法は改正をいた しまして、この補充性要件を削除したわけであります。したがって、現在では当事者尋問は補充性を持ちません。た だ、補充性要件の削除に至るまでに非常に実務は困りまして、そこから﹁当事者聴取﹂という別の実務上の方式が生 まれておりまして、裁判所の慣行として根づいてしまった。当事者尋問ではないのですけれども、当事者から早く事 情を聴くという形でどんどんとやっておったようでございまして、今回の改正につきましても、当事者聴取があるか らもういいじゃないかというような声も聞かれたわけでございます。こういった点で当事者尋問の規定は民事訴訟法 を 改 正 し て 、 はっきりとこの補充性要件を外さなければいけないと思っているわけです。 日本でも、この点は、実務では補充性要件にこだわらず、かなり早期に当事者尋問を行う場合もあるということで すので、それだけの心配は要らないかもしれませんけれども、やはり明文上、補充性要件を削除して、大正一五年改 正当時の誤った成り行きというものを修正しなければならないのではないだろうかと思っております。この点で、新 しい方策案のすべてが当事者尋問の補充性の緩和をうたっておりますのは、賛成でありますけれども、私自身は、少 なくとも、現行法の解釈としては、 ﹁裁判所が証拠調べに依りて心証を得ること能はざるとき﹂と民訴第三三六条が いってるのは﹁裁判所が当事者本人を尋問する必要があると認めるとき﹂の例示にす、ぎないと解して、事案の具体的 状況に応じた当事者尋問の早期実施を確保すべきだと考えております。

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四 裁判官の心証開示、判決書

1

心証の開示 審理の過程で、裁判官がその段階での心証を当事者・代理人に開示すべきかどうか、については、従来からいろい ろ議論もありまして、実務経験のない私どもにはよく分かりません。しかし、新審理方式の諸提案では、いずれも、 裁判官は弁論兼和解などにおいて積極的に心証を開示すべきだとしています。じっさい、裁判官がそれぞれの段階で 自己の所見を明示しないと、争点も整理できないでしょうし、心証を開示することによって弁論兼和解や和解の期日 が実効を挙げるというのは事実だろうと思う。心証を開示するためには裁判官はよく記録を読み証拠資料も整理でき ていないとできないので、 シシドイでしょうが、裁判官がその心証を適時に開示すれば、当事者は、不必要な主張・ 立証から開放されるし、裁判のある程度の予測ができて和解の成立に連なる。その意味で賛成なのです。 西ドイツの民事裁判では、木川統一郎教授がたびたび紹介しておられるように、裁判官は、審理の当初からどんど ん自分の所見や心証を示して手続を強力にリードしているようです。また、西ドイツ民訴の簡素化法では、裁判官の 法的観点指摘義務を認めて、当事者が気付いていないような、あるいは重要と思っていないような法的観点から裁判 することは、あらかじめ当事者に意見表明の機会を与えない限り、できないと規定しています。 こういったことは、日本でも必要だと思いますが、西ドイツのような裁判官と弁護士との関係や弁護士強制が日本 にはないし、日本特有の風土的な心情も考えなければならない。結局、心証の開示には努めるべきだが、その時期や 方法が問題だということになるのではないでしょうか。

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