八論
説
V
﹁
支
配
的
政
党
﹂
としてのゴ
l
リスト政党の後退。
││選挙政治史の観点から││
っt 本木本
哲
良
B
1一一『奈良法学会雑誌』第3巻3号 (1990年12月〉 目 次 は じ め に 第一節ゴ i リ ス ト 政 党 の 支 持 基 盤 の 変 容 ( 以 上 、 第 一 巻 第 一 一 号 ) 第二節フランス世論における争点領域の時系列的変動 第三節世論における争点領域の変動の要因(以上、本号)第二節
フランス世論における争点領域の時系列的変動
本 節 は 、 いくつかの世論調査の結果を用いて、 フランス国民が政治における主要な争点(課題)と考えている政策 領域が、ゴ i リストが上昇期1
支配的地位にあった五0
年代末から六0
年代全般と、退潮期に入った七0
年代を比較 したとき、先の時期にはこの争点領域が︽政治制度・対外政策・経済成長︾にあったのが、後の時期には︽社会的公第3巻3号一一2 表2-1 国民が主要関心を抱く政策領域の変動 (1)
*
iあなたの考えでは,現在フランスにとって最も重要な問題は,何ですか」 あるいは,これに類した質問に対して。(合計100~百〉 ① 政 策 領 域 (%) 55.6 56.5 57.9 58.~ 戸8 6vv.0.2", 61.~ -5 賃金・物価〈購買力〉 39 14 9 9 11 8 5 住宅問題 6 7 4 失業問題 2 3 1 経済状態(成長・再建・貿易〉 5 6 7 7 財政状態〈再建・予算均衡〉 20 8 政治制度〈体制の安定・憲法改正)I
12 6 4 19 4 海 外 領 町 山 ア 〉 問 題I
2! 17 67 53 42 78 82 国際問題(平和・ヨーロγバ) I 24 26 8 24 12 2 3 〈出典)Sondages v. 19 n・2p.5, v.20n・1-2p. 39, n・4pp.4-5, v. 22 n03 p.39, v. 23 n01 p.8 により作成 政 策 領 域 く%) 6一2.109 64.1 66.5 68.12 71.6 賃金・物価(購買力〉 7 23 26 15 13 22 住宅問題 6 10 2 失業問題 9 2 社会問題〈一般・老人・退職年・青年〉 5 21 9 35 農業問題 5 10 6 6 経済状態〈成長・再建・貿易〉 10 36 財政状態(再建・予算均衡〉 政治制度〈政府の安定・秩序維持〉 6 5 5 611│
海外領〈主にアルジエリア〉問題 13 国際問題〈平和・ヨーロヅパ〉 44 21 19 11 ② 正︾に移行したということ v p n v p v n v v P 成 3 作 h M 自に整理して作成したもの パ に 灯仏である(表①は五二年i
六 句 恥 M M 一年の結果を、表②は六二 S P 酌叩年1
七一年の結果をそれぞ 出 を明らかにしようとするも の で あ る 。 ︹ 表 211 ︺ は 、 一 九 五 二 年から七一年にかけて IFo
p
が定期的におこなって きた質問︽あなたの考えで は、現在フランスにとって もっとも重要な問題は何で すか(あるいは、これに類 した質問)︾に対する回答 を、時系列的に比較可能な ように筆者がいくつかの項 れ示している﹀。この表で示す寸政策領域﹂のうち、﹁賃金・物価(購買力)・住宅問題・失業問題﹂(表
211
の①﹀﹁賃金・物価(購買力γ
住宅問題・失業問題・社会問題(一般・老人・退職年・青年﹀﹂(表211
の②)が、先に述べた︽社会的公正︾の政 策領域に含まれる。次の﹁経済状態(成長・再建・貿易﹀・財政状態(再建・予算均衡)﹂︿表211
の①②)の項目は 明らかに︽経済成長︾の政策領域に含まれ(なお農業問題は筆者の考え2
i
努
)
的 7.¥..
.
.
正 1経 :i斉 l 成 長 政 制 皮 -50←一一--.. 一一一一一一ー一一一ーーー←一ー一一一一一一司 貢サ 外 政 軍司100 '52 3一一「支配的政党」としてのゴーリスト政党の後退。 毘民が主要関心を抱く政策領域の変動 図1 50←一一ーーー四一ーー 一ーーーーーーーー日目ーーー---一ーーー一ーーー--ーーーーー-__,.一一。
71(年) 百8 百6 百1'62s9百:::2::" '1064 百0 '58 '57 '56 '55 では︽社会的公正︾の領域と︽経済成長︾の領域の双方にまたがるもの である﹀、﹁政治制度(体制の安定・憲法改正﹀﹂﹁表2
ーーの①) ﹁ 政 治 制度(政府の安定・秩序維持)﹂(表211
の②﹀の項目は、当然の事な がら︽政治制度﹀﹀の政策領域に含まれる。最後の﹁海外領(おもにアル ジェリア)問題・国際問題(平和・ヨl ロ V パ ) ﹂ ( 表211
の①②)の 項目は︽対外政策︾として一括される。 (表2ーのより作成 次の︹表212
︺(と、これをグラフ化した︹図1
︺ ) は ︹ 表211
︺ で示した政策領域を、︽社会的公正︾と︽経済成長・政治制度・対外政 策︾に二分割して、争点領域の変化を浮き彫りにしようとしたものであ るが、この表とグラフからは次の諸点を指摘し得ょう。(なお農業問題 はこの二分割から除外している。﹀ 第四共和制末期の一九五六年から、第五共和制初期の一九六二年 (特に六月﹀までの聞は、︽経済成長・政治制度・対外政策︾の比重が (1 ﹀ 圧倒的であったこと。明らかに、 アルジェリア問題および、それに関わ第3巻3号一一4 政策領域の変動 (2) • ,60・2 i '61.
←
5 i '62・6 i '62.9-10 i '64.1 i '66・5 1 '68・12 1 '71.6 j 8 i 5 i 7 i 2 3 1 3 7 i 4 6 1 3 2 i 6 1 - : - : - : - : 10 36 -1 - 1 4 1 - 1 6i - i 5 1 5 1 6 80i
85i
87i
57 1 21i
19 1 11 1 : 8o 1 89i
87! 63 1 21 1 34 1 52 7 ._--72 i -84 i -80i
-40 1 十1 6 ! + 1 2 j - 2 0 1 +54 ② 表 2-3 社 会 ・ 経 済 問 題 で の 優 先 順 位 (1968ー1973) ① ( 100%) 1968. 12 物価高に対する闘争 27% 購買力の改善 21 69% 失業に対する闘争 21 経済成長 13 通貨(フラン〉防衛 7 27 輸出の発展 7 無 回 答 4 〈出典)Sondages v. 31 nOl-2p.74より作成 世帯主のCSFl
a
j
Z
価 購力買 失業Ib
) 躍 躍 輸 出I
x
=
a
-
b
農 業 従 事 者 62%: 28% 22 12 37 14 6 17 +25 商 工 業 者 58 23 19 16 40 24 6 10 +18 上級幹部・自由業 42 10 11 21 53 35 10 8 -11 中 級 管 理 ・ 事 務 66 20 22 24 31 15 8 8 +35 労 働 者 81 34 21 26 15 8 4 3 +66 無 職 69 27 22 20 26 10 11 5 +43 全 体I
69 21 13 7 +42 (出典)Ibid.5一一「支配的政党」としてのゴーリスト政党の後退仁) 表
2
-
2
国民が主要関心を抱く 政策領域 (%〉│
' mi
'5Mi
'5ui
' m j ' 弘 同 社会的公正 (a)I
47 1 24 i 14 i 9 i 11 経 済 成 長 (b) │ 19 j 5 j 6 j 27 j 15空竺型1.~___~~!.____..J
一 一1
空
竺
竺
乙
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仁一一一一一回一一一-一一一---一一-一 -対 外 政 策 ω(叫 │ お ! 4必3 j 7祁5 7 7 ! 544 b+c十d │ 5 7 j 5 4 i 8 5 i 山 i 88 a一(b+川 〕 │ - 1 0 i - 3 0 ! - 7 1 ! - 9 5 i - 7 7 (表 2-1)より作成 ③ 1971.5 プランス人の様々なカテゴリ一間のより大きな平等 41% 教 育 経済の拡張 環境保護 そ の 他 無 回 答 〈出典)Sondages v. 33 n 01_2p.47より作成 ④ より大きな社会的公正 経済拡張の追求 無回答 18 14 7 14 6 1973. 10-11 73% 15 12 (出典)Sondages v. 36 nOl_2pp. 8--9より作成 ⑤ 世帯主のCSP 経済拡張の追求 より大きな社会的公正 農 業 従 事 者 18% 63 商 工 業 者 14 77 上級幹部・自由業 19 75 中 級 管 理 ・ 事 務 17 75 労 働 者 13 77 無 職 12 69 (出典)Ibid.第3巻3号一一6 るフランス政治体制の機能不全、政治的不安定の問題が、最大の争点となったことを表している。 一九六二年秋以降(すなわちアルジェリア問題の解決、第五共和制の定着による政治の安定化がほぼ達成され て以降)六
0
年代全般にわたって、︽経済成長・政治制度・対外政策︾の領域は急速にその比重を減らして行く o 他(
2
﹀ 方︽社会的公正︾の領域は、その比重を次第に高めつつあるとは言え、五0
年代末1
六
0
年代初めの時期の︽経済成 長・政治制度・対外政策︾の比重に匹敵するまでには至っていない。 ( 3 ) しかし七0
年代に入ると、︽社会的公正︾の領域が︽経済成長・政治制度・対外政策︾の領域を完全に凌駕す る よ う に な る 。 この最後の点に関して、次に︹表213
︺の各表(①1
⑤)を見ていただきたい。これらの表は、 一九七三年にかけて、社会・経済問題の中での政策的優先順位を尋ねた結果を示したものである。 一九六八年から まず①は一九六八年二一月の調査結果で、︹表212
︺ にならって整理すると、︽社会的公正︾六九Z
、 ︽ 経 済 成 長 ︾ 二七%となり、︹表2i2
︺が一示す世論調査よりも早い時期から︽社会的公正︾領域の優位が現れている。 @は①の調査結果について、世帯主の CSP( 社会・職業別カテゴリー)ごとに、優先順位のつけかたの相違を見 ょうとしたものであるが、X
欄(︽社会的公正︾の万│︽経済成長︾の克)の数字、がマイナス、すなわち︽経済成長︾ を優先されるべきものとして選択した人の割合の方が多いのは、﹁上級幹部職・自由業﹂だけである。他方︽労働者︾ は、国民全体の平均値 ( X H 十四二﹀よりもはるかに高い数値 ( X H 十六六)を示している 正︾を優先されるべきものとして選択した人の割合の方がはるかに高い﹀唯一のカテゴリーである。労働者階層にお (すなわち︽社会的公 けるこの特徴こそ、 七0
年代に入ってからのゴlリストの支持基盤の狭陸化(労働者階層のゴ I リスト離れ)を、六 。年代末つまりゴ l リストが絶頂期にあるように見えていた時期に、すでに予示していたものと考えることができよう ③は一九七一年五月の世論調査結果だが、ここで選択肢として﹁フランス人の様々なカテゴリー聞のより大きな平 等﹂という頂目が設定されていることそれ自体、︽社会的公正︾の問題が、この時点でフランス国民の聞で重要な謀 題として認識されてきていたということを意味している。 そして一九七三年一
01
一一月の世論調査(④⑤﹀では、︽社会的公正︾と︽経済成長︾の二者択一が求められた。 この調査では先の②で見られた﹁上級幹部職・自由業﹂と﹁労働者﹂の聞のようなカテゴリー聞の顕著な相違は消え 去り、どのカテゴリーでも、優先的に追求されるべき政治課題として、圧倒的多数の人々によって︽社会的公正︾が 7一一「支配的政党」としてのゴーリスト政党の後退。 選択されたのである。 ( 1 ﹀ 前 節 と 同 様 、 本 節 で も 主 に ﹁ フ ラ ン ス 世 論 調 査 研 究 所 ﹂ ( 三 ロ 弘 吉 弘 片 田 口 明 白 ぽ 己 ・ 0 1 E o ロ 6 H H σ -S E m -F O P ) が 定 期 的に行ってきた世論調査の結果を利用している。その主要なものは機関誌﹃世論調査﹄(守誌をh
g
i
前 節 注 ( 7 ﹀ の 文 献 ① ) に掲載されていたが、残念ながらIFOPの衰退にともない七八年二・三合併号で終刊となった。IFOPにかわって現在 最も有力な世論調査会社となっているのが、﹁フラ γ ス 世 論 調 査 協 会 ﹂Q
R
広 広 州 門 戸 呂 田 山 田 町q g
ρ
己 宮 町 田 沼 恒 吋 臼 O 豆 諸 巾 ♂ S OFRES)である。なお、フランスの世論調査会社、世論調査の実態等については次のものが有益である o 吋E
S
町 、 旬 、 口 。 ω ω ・ 回 世 ∞ ♂ ︽ 円 、 白 白 血 OD 仏間m
g
︾ ・第三節
世 論 に お け る 争 点 領 域 の 変 動 の 要 因 それでは、この関心領域(世論における争点領域) の変動は何故生じたのであろうか? ﹂の点に関して、筆者は 次のように考えたい。 ハ 1 ) 第四共和制(とりわけ末期) の状態へのアンチテーゼとして、あれほど渇望され関心を集めた μ 政治的安定と第3巻3号一-8 CSP別耐久消費財保有率の変化・ 1959-1969年(世帯単位,
%
)
帯主のCSPl
i
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よ
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1....~9...~..;
よ
自 営 農 民 35.5 : 72.5 3.3 52.1 9.6 67.6 15.4 56.9 商 工 業 者 50.1 79.0 15.6 76.3 34.7 : 82.9 32.8 64.7 上級幹部・自由業 74.3 89.6 24.8 75.7 66.7 93.7 45.0 71.6 中 級 管 理 職 員 57.8 : 83.0 16.1 70.7 39.7 : 89.9 33.1 62.4 事 務 職 員 30.1 58.0 13.1 69.6 31.0 80.7 25.3 55.7 職長・熟練労働者 22.6 63.6 12.4 72.6 22.4 83.0 25.5 60.0 そ の 他 の 労 働 者 20.5 49.0 7.1 64.3 11.0 71.7 20.8 52.7 表 3-1 秩序 μ は、それらが第五共和制の確立によって日常的にもたらされるようになっ た結果、所与のものとして受けとめられ、政治的争点にならなくなったこと。(出典)Georges Dupeux, La France de 1945品1969,A.Colin, 1969, p.361より作成
(これとのかかわりで付言すれば、第四共和制下では、その政治制度を否定する 左右の大勢力が存在していた
ll
共産党とドゴlル派││のに対して、第五共和 制では、共産党を含めた左翼も、結局直接選挙による大統領中心体制を軸とした政 治制度 H ゲ l ム の ル i ルを受け入れ、このゲ l ムに積極的に参加するに至った。こ の結果、第五共和制はきわめて広範なコンセンサスに支えられることになった。一 九八一年の社会党ミッテラン政権の成立はこのコンセンサスの完成を意味する。﹀ 対外問題では、第四共和制末から第五共和制初期(一九六二年まで)の最 大の争点であったアルジェリア問題は解決された。それ以降は、国際政治の舞台 ( 2 ) におけるフランスの自立性・独自性を主張するドゴlルの対外政策が、国民の関 心を集めかつ支持を受けた訳であるが、 一般的に一言って、園内的諸問題と不可分 のもの(例えばアルジェリア問題)は別として、対外政策の問題は、重要な国内 問題が現れる時国民の関心を失いやすいと言え、ドゴ i ルの場合も例外ではなか った。この場合、より重要な圏内問題とは﹁社会的公正﹂の問題であったのだ。 ( 3 ) しかし、第四共和制下でなされた経済近代化の基礎固めを前提にして、第 五 共 和 制 下 で 高 度 経 済 成 長 が 展 開 し 、 社 会 の ど の 階 層 に も 、 不 品 伊 佐 干 円 、 除 、 か ル 経 済 成長の恩恵がそれぞれに行き渡って、 ﹁豊かな社会﹂が実現していた限り、この9一一「支配的政党」としてのゴーリスト政党の後退。 (1949年を100とする〕 労 働 者 職 長 独 身 者 子 供 二 人 管理職 事務職 ミ リ │ 地 方 │ パ 担 │ 地 方 技術員 100 1949 100 100 100 100 100 100 1954 190 182 176 169 198 178 170I 1959 288 277 252 241 320 275 262 1964 425 415 361 350 500 412 400 1969 596 590 502 484 725 583 581 社 会 階 層 別 月 額 所 得 の 変 化 ( 1949-1969) 表
3
-
2
*超過勤務手当・家族手当を含み,社会保障費・退職積立金・税を控除したもの. (出典)G. Dupeux, op.cit., pp. 349-350より作成 1970年 前 後 の 西 側 先 進 諸 国 に お け る 所 得 配 分 一税引後総所得の配分率(%)ー低(下所位得3階
O~百層
〉 高(上所位得20階%層〉 高(上所位得1階0%層〉 く%) 絶 対 値 後標準の誼じ 絶対値 標後準の値化 絶 対 値 震 雄 フ ラ γ ス (1970) 8.5 7.4 46.9 47.1 30.4 30.5 ス ベ イ ン (1971) 11. 3 8.6 42.3 45.0 26.7 28.5 ア メ リ カ (1972) 9.0 9.5 42.9 42.1 26.6 26.1 西 ド イ ツ (1973) 11.1 11.1 46.1 46.3 30.3 30.6 イ ギ リ ス (1973) 11.8 11.4 38.7 39.3 23.5 23.9 日 本 (1969) 14.0 12.8 41.0 41.9 27.2 27.8 ノノレウェー (1970) 11.9 12.3 37.3 36.9 22.2 21.9 オ ラ γ ダ (1967) 11. 7 15.9 42.9 36.3 27.7 21.8 スウェーデン (1972) 12.5 13.6 37.0 35.0 21. 3 18.6 表3
-
3
(注〕 国別の差異は,世帯規模の差異で説明のつくこともある.したがって,r
標準化された」世帯規模をも とにデータを再計算したものが,:
r
標準化後の値」として示されている.〈出典)M. Sawyer“,Income Distribution in OECD countries
ヘ
OECD Economic OutlookCParis: Ju!y 1976) pp. 1ι19., cited by Johnson, op. cit. p. 119. ﹁社会的公正﹂の問題は顕 在化しなかった。例えば消 費生活水準について見れば、 ︹ 表
311
︺が示すように、 五0
年代末には顕著であっ た社会カテゴリー(ここで はCSP)聞の耐久消費財 保有率の差異は、六0
年代 末には著しく縮小していた し、より直接的に所得につ いて見ても、確かに伸び方 は不均等ではあったが(と くに管理職層とその他のカ テ ゴ リ 1 で て ど の 社 会 カ テゴリーでも着実な増大が 見られた ( 表 3 │ 2 )。
ペ コ る ま 限 り り ノ号 、 イ そ が の 拡 分、大 け、し 方、続 ( け 誰 て カ,、
"
第3巻3号一一10 フランスにおける階層別所得(税込み〕配分状況
│
暫 階 層(1:{¥I: 20%)約
一
│
高所得階層 (上位10%) 1956 1962 1965 1970 1975 36.2 36.1 34.0 29.3 33.0 55.0 53.4 50.5 47.6 48.0 低所得階層 (下位30%) 3.0(%) 5.0 7.0 8.1 9.0 (世帯別・1975年〉 (出典)Johnson, op. cit.p.120 tab1e 7-2, p.301 note 8より作成 フランスにおける資産と所得の配分 表3
-
5
産 資 得 所 層 階 50.2 68.7 0.75 33.0(%) 48.0 9.0 10J百 20% 30% 位 位 位 上 上 下 どのような方法で、どんな比率で分けるのか)は問題にならなかった ハ 2 ﹀ の で あ る 。 以下、この﹁社会的公正﹂の争点がどのような形を取って現れて きたのかを見てゆくが、この点でまず指摘されねばならないのは、 フランスが先進工業国の中でも階層間の不平等がとりわけ著しい国 (出典)Babeau et Strauss-Kahn, op. cit., p.164 tab1eau XXXVより作成 のひとつだという点である。 具体的に、まず階層間の所得格差について見ると、よく知られて いる一九七六年の OECD の報告によれば(表313
﹀、低所得階 層(下位三O
M
)
への所得配分率でフランスは、ここに挙げられて いる九ヶ国中(絶対値でも、標準化後の値でも)最も低く(イギリ ス、アメリカよりも低い)、逆に高所得階層への所得配分率は 上 位 二OM
と 一OM
の双方で)西ドイツと並んで最も高い国となって いる。要するにフランスは西側先進国のなかで階層間の所得格差が 最も大きい国だ、ということである。そして︹表314
︺が示すよ うに、この格差は五0
年代から七0
年代なかばまでの時期において、 確かにがい小引縮小して来たが、その変化は緩慢で、それどころか 七0
年代に入ってむしろ拡大の傾向さえ見せ始めている。 さらに資産格差1
l
投票行動に対しては所得格差よりもこちらの︿ 4 ﹀ 方がはるかに大きな影響力をもっているーーについて見れば、︹表
315
︺が示すように所得格差よりも大きい。CE
係数1│
資産・所得配分の分布状態を示すのに最も広く用いられている係数︿011
﹀で、ーに近付くほど配 分の不平等度は大きいーーでは、所得の0
・ 四 二O
に対して、資産のそれは0
・六六回である。また CSP 別で見て も、労働者とその他のカテゴリーの間の資産格差は大きく、とりわけ有価証券による資産格差は著しい(表 3 6 ) 。 主要先進国との比較で見れば(データの関係上、世帯単位ではなく個人単位での控除前資産の集中度)、 一 九 七O
年 (主要先進国中最も資産格差が大きいと言われる)、西ドイツよりも集中度は小さかったが、 ( 6 ﹀ アメリカよりも大きいものであった。そしてこの資産集中度は、 前後においてイギリス 一九六四年まではやや増大する傾向が見られ、その 1 1 - [支配的政党」としてのゴーリスト政党の後退。 後は(七0
年代半ばの時点まで)変化がほとんど見られない、言い換えれば資産格差は縮小していない、ということ が 重 要 で あ る 。 また、これらの点で階層間格差が大きくても、階層間の社会的流動性(世代内、世代間)が大きければ社会は固定 的ではないけれども、 フランスの場合、この社会的流動性は決して大きくはないと言わねばならない。例えば世代間 によれば、上級幹部職・自由業の人の二六・六広はその父もおなじ上級幹部職・自由業に 流動性を示す︹表 3i7 ︺ 属し、父が労働者であったという人は一五・五%である。これだけを見ると流動性は比較的大きく見えるかもしれな いが、人口構成上労働者の数の方がはるかに多いのだから、これだけではそうは言えない。そこで次にいわゆる﹁再 生産率﹂に目を移すと(表中の()内の数字)、上級幹部職・自由業の人の子弟はその四一・七広が同じ上級幹部職 -自由業に就いているのに対して、労働者の子弟で上級幹部職・自由業に就いている人は僅かコ了三%にす、ぎず、農 ( 8 ﹀ 民、農業労働者の子弟に至ってはもっと少ないことが明らかとなる。 しかし、問題はこのような言わば物質的側面での不平等構造に尽きるのではない。これら物質的(経清的)不平等第 3巻 3号←ー1Z 表 3-6CSP別月平均所得 (1973)及び世帯主平均資産保有高 (1975) i 資 産 保 有 高 │ CSP l 所 得 h │流動資産 i有価証券 i住居価額平均資産価額│ 上 級 幹 部 職 243
i
仰i
234I
288I
350 中 級 管 理 職 158i
212 172 176I
日 事務職 ---i~õ---i---ïõ~---i---ïõ(i----T---ï~õ---r---ï;;õ 労働者 7 8 : 2 7 ! 75 67 2 熟古練東労働者 1 : : ω9 9 単 能 労 働 者 : : 7乃 2 単 純 労 働 者 1 : : 6臼 職人.小商業主│
別i
泌260i
210I
幻 工 業 経 営 卸 商!
お抑o
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一 (注〕 ① 事 務 職 員=100 ②所得は,世帯主の申告所得,賞与・残業手当を含む(男子のみ〕 (出典〉 害塁『前掲書~p.22(表 1-7),p.158(表5ーのより作成。 表 3-7 世代聞の社会移動 (1970年,男子労働力のみ〉 子 の C S P 父のCSP 自営農民 農業労働者 商工自営業者 O. 白 営 農 民 88.6(38.8) 46.9( 6.3) 16.9( 6.5) 1. 農 業 労 働 者 3.8( 6.6) 29.7(15.6) 5.0( 7.5) 2. 商 工 自 営 業 者 2.5( 1.9) 5.2( 1.2) 42.9(28.3) 3. 自由業上級幹部職員 0.8( 1. 9) 0.6( 0.4) 3.1( 6.7) 4. 中 級 管 理 職 員 0.2( 0.5) 0.4( 0.3) 2.2( 5.1) 5. 事 務 職 員 0.6( 0.9) 2.1( 1.0) 5.7( 7.7) 6. 労 働 者 3.1( 1.1) 13.1( 1.3) 20.4( 6.0) 7. サ ー ビ ス 従 事 者 O.2( 1. 0) 0.8( 1. 6) 1.3( 7.6) 8. そ の 他 就 業 者 0.2( 0.9) 1.2( 1.9) 2.5(10.5) 100.0 100.0 100.0 (注〉 ① 父の社会的地位は,本人の学業終了時で分類。子のそれは,調査時点で分類。 ② ( )内は再生産率を示す。 〔出典〕 欝旦『前掲書~p.271表2-3を転載。 く%) 級自幹由業部職・上員 6.8( 1.9) 1.1( 1.3) 22.5(10.7) 26.6(41. 7) 12.6(20.9) 10.3(10.1) 15.5( 3.3) 1.0( 4.2) 3.6(10.9) 100.0もまた、論点先取り的に述べれば、 J 労働者階層などの︿民衆﹀層がフランス国民社会において十分な市民権を持ち えていない、あるいはフランス国民社会の運営主体として一人前扱いを受けていない μ という現実の物質面での現れ にすぎないということである。これが本稿で言う﹁社会的公正﹂問題の要である。 この問題を
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・ ジ ョ ン ソ ン ( ﹄ 。 ぽ ロ 由 。 ロ ) は ﹁ 一 九 六 八 年 の 真 の 遺 産 ﹂ を 巡 る 議 論 の 中 で 次 の よ う に 指 摘 し て い る o 少し長くなるが、行論の必要上要点のみ引用しておきたい。 ﹁ ︹ 一 九 六 七 年 に は ︺ はっきりとした不穏のさざ波が労働運動を通して持続していた。景気の下降によってとりわけ 明らかになったことは、労働運動が、それ自身の運命に対するいかなる現実的な影響力行使からも、どれほど徹底的 13一一「支配的政党」としてのゴーリスト政党の後退。 に排除されているかという、正にそのことだった。新しい諸措置をめぐって労働組合との協議の見せかけさえなかっ た。政府は、意識的な政策の問題として故意に失業を増やした。政府は命令によって!│法によってではなくi
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賃 金を抑えつけた。超過社会保障料が議会での何の討議もなく、 たんなる行政命令で労働者から取り立てられた。﹂ ﹁一年後、水面下に潜んでいた憤慨と欲求不満は、 一九六八年五月│﹂ハ月の大きなストの波となって噴き出してき た。労働者が事の核心であった。︹中略︺学生の騒動はセンセイションであり、 H 事件 μ であったが、真の現象はスト ライキの波││最近のヨーロッパあるいは世界史においても最大の波であった。﹂﹁︹労働者の︺体制(システム)に対 する不満は、彼らが体制(システム)の中で、社会的宿無し(。ES
え ) と し て 、 ほとんど不利な境遇の子供として扱わ れているということであった。彼らも彼らの代表者も、本当に耳を傾けられてはいないし、尊重されてもいないとい うことを、彼らはよく知っていたのだ。倣慢な政府とブルジョワジ 1 は、自分達が、労働者を単なる生産要素として、 非常に多くの非人間的なロボットとして見ているということをほとんど隠そうとはしなかった。﹂﹁今や彼らは、外な らぬ全き市民権を欲していたのだ。それゆえ彼らは、自主管理守口宮市川g
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。ろを要求した。すなわち労働の世界に対第3巻3号一一14 するより大きな参加とより大きな支配、そしてそれを越えて真の影響力へのより大きなアクセスを要求したのだむな かんずく彼らは、耳を傾けられること、そして本当に考慮に入れられることを正に要求したのであった
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強調原文) つ労働者階級のより全き市民権と社会への統合 μ という争点の上昇は、当然のことながら、 きた)社会的・経済的不平等という問題により大きな注意を集めさせた。﹂ (これまで無視されて 以上、ここでは﹁フランス国民社会の運営主体として一人前の扱いを受けていない﹂ということの﹁労働の場﹂に おける現れが指摘されているわけである。 言い換えれば、 ﹁労働の場﹂で労働者階層が﹁全き市民権﹂を得ることを通して﹁フランス国民社会の一人前の運 営主体﹂としての意識をもち得る、というメカニズムが存在していないということが示唆されている。先に述べた ﹁社会的公正﹂への要求とは、結局このことなのである。そこで次にジョンソンのこの間題提起を受けて、﹁︽労働の 場︾におけるフランス労働者﹂の在り方を、①フランス企業の権力構造(六0
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年代)、②フランス産業関 係の特徴(六0
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年代)、そして③労働問題へのゴlリストのアプローチ、 てここで言う﹁社会的公正﹂の問題をより具体的に明らかにしたい。 の三点から検討し、それによっ ( 1﹀この点で、﹁包括政党合三岳 l 田 口 匂 恒 三 日 刊 凹 )17 ﹂ こ で は 多 様 な 階 層 を 支 持 基 盤 に も っ と い う 意 味 で 理 解 さ れ て い るUl
が 有権者層を拡げたり、あるいは限られたものにしたりするに際してのイデオロギーの機能は、いわゆる H 包 括 政 党 理 論 “ では、全く無視されたわけではないけれども、あきらかに二次的なものと見なされていた﹂と批判し、包括政党としてのゴ l p ストを支えていたきわめて重要な要素として︽ナショナリズム︾というイデオロギーを強調して、ド・ゴ l ル 退 陣 ( す なわち﹁人格化されたナショナリズム﹂の退陣﹀の後、ゴ l リ ス ト の 支 持 基 盤 が 狭 隆 化 し は じ め 、 ﹁ ま す ま すB
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と -的 で な く な っ て き た ﹂ こ と を そ の 証 拠 と し て 挙 げ て い る パ 1 ジャーの議論は、本稿の立論と基本的に一致するものであり、た い へ ん 興 味 深 い0
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ロ 片 山 町 出 J Z N V 白 刊 号 Z h-15一一「支配的政党Jとしてのゴーリスト政党の後退白 4 0 -H D ∞ ・ ロ OYHUA 可 申 ・ 喝 同 Y A 注 目 I A F h p u ( 2 ﹀パイの分け方について語られるとき、しばしば﹁どんな比率で﹂だけが語られるが、本稿で扱っている場合については、 それに限ると全体をとらえ損なうであろう。﹁誰が、どのような方法で﹂というのも同じ程度に重要なのである。 ( 3 ) これまで本稿では、﹁階級﹂ではなく﹁階層﹂という用語を使ってきたが、それは﹁階級﹂概念を次のように考えるから である。すなわち、ここでは﹁階級﹂という集団を、全体社会ハ近代以降では、それは国民国家という形に統合された、あ るいはそういう形に統合されねばならないとされる社会である)のなかの下位集団として、固有の下位文化システム(全体 社会の文化システム H ︽支配的文化︾に浸透されつつも、固有の価値観・行動様式││服装等の外観要因も含め!ーによっ て形成されている﹀によって特徴づけられる集団の一っと定義する。したがって、社会職業的地位から定義された統計学上 の集団としての労働者が他とは区別し得る固有の下位文化によって特徴づけられない限り、それは国有の集団(この場合は 階級﹀をなしていないというべきであり、政治学的に見れば、たんなる海辺の砂粒に過ぎないのである。例えば社会主義政 党の持続的・安定的支持基盤は、比較史的に見るとき、このような﹁階級﹂として形成された労働者にあったと言うべきで あり、﹁砂のごとき﹂統計学的集団としての労働者にあったわけではない。従って、比較史の視点から長期的スバ γ で 社 会 主義政党の選挙力の源泉を考えるとき、﹁階級形成﹂(H他からはっきりと区別され得る、固有の下位文化システムの形成﹀ のあり方が関われねばならないのである。 なお、ここで﹁階級﹂というとき、私はマルクス主義的な﹁階級﹂概念には全くこだわらない(結果として、部分的にマ ルクス主義的なーーといっても様々であるが 111 ﹁階級﹂諸概念と重なることがあっても﹀。例えばマルクス主義で言う ﹁対自的階級﹂という概念は﹁社会主義革命││マルクス主義で言う l l s を指向する意識﹂といった歴史主義的な強い価値 負荷を持つものであるがハ例えば、見回・栗原・田中編﹃社会学事典﹄弘文堂、一九八八年の﹁階級﹂﹁階級意識﹂の項目 ︿ともに田中義久﹀は、マルクス主義の立場からの凝縮された解説であり、あわせて参照されたい)、私の提示する概念には そのようなものは不要である。(マルクス主義的に言えば、﹁改良主義的、労働組合主義(トレード・ユニオユズム)的﹂なイ ギリスの労働者は﹁階級﹂として充分に形成されていない、と言うことになるのだろうが l l s だからフランス労働者の﹁革 命的意識﹂と対比してペリ l ・ ア γ ダ I ソ γ が嘆くことになったのだが。ぇ・同 M m ﹃ミ﹀ E R m o p a O 江 区
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、 私 の 定 義 で は 、 w それゆえに﹁階級﹂として形成されていない M と は 言 え な い 。 ﹀第3巻3号一一16 ともあれ、このように考えたとき、六
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年代のフランス社会で労働者﹁階級﹂について語ることがどの程度まで 正当化されるのか、今のところ確信が持てない、という理由から、本稿では﹁階級﹂という用語の使用を避けたのである。 ところで、つ階級 u という概念こそは、一九世紀西ヨーロッパの思考を特徴づける、すなわちきわめて一九世紀的かっき わめて西ヨーロッパ的なカテゴリーである。︹中略︺一九世紀西ヨーロッパにおいては、︹ n 階級“および M 階級闘争 u という 考え方は︺特殊マルクス主義的な概念であったのではなく、︹中略︺一つの時代思潮をなしていた。﹂﹁階級は近代社会に関 するカテゴリーであるけれども、じつは中世いらいの身分制との歴史的連続性において概念化されたものである。というこ とは、︹中略︺階級に閣しては西ヨーロッパは少なくとも一九世紀初頭まで、事実上身分制的秩序が色濃く残存していた社 会であった、ということを意味する。﹂﹁身分制の延長として考えられていたのであるから、それらの階級的地位は、中世の 身分と事実上おなじように、そのもとに生れついたら一生︹さらには世代をつうじて︺変わらない、というより変わりえな いものとみなされていた。一九世紀における階級論の登場は、そのような身分制にも等しい階級区分が不当である、との認 識にその出発点をもっているのである﹂という富永健一氏の指摘(富永﹃日本産業社会の転機﹄、東京大学出版会、一九八 八年、第四章の特に第三節﹀は、︽固有の下位文化システムとしての階級︾というここでの定義を、﹁階級﹂概念形成の歴史 的条件という側面から支持するものであろう。 ( 4 ﹀拙稿﹁︽資料︾フランス人の投票行動について﹂(一)﹃奈良法学会雑誌﹄第二巻四号(一九九O
年 三 月 ) 、 一 三 一 一 │ 三 四 頁 。 ( 5 ) ﹀ ロ 品 広 切 釦v
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M M 同y H ∞ o l H ∞ ﹁ ( 8 ) この点に関連して、フランスで事実上各分野での﹁エリート選抜機関﹂となっている﹁グランド・ゼコール(唱g
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、専門大学校﹀﹂のそのまた頂点に立っと言われる﹁国立行政学院(開g
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何 回 A ﹀ ﹀ ﹂ は 、 もともと﹁社会的機会の平等の実現、高級官僚の出身階層の拡大をめざしてその創設が企図された﹂にもかかわらず、﹁最 近になればなるほど︹一九七0
年代始めごろまでの時点で︺出身階級、地域、出身学校のかたよりはまずまず激化し、現状 を 見 る 限 り で は 、 ENA の民主化はほぼ失敗に終わっているといわざるをえない﹂という、梶田孝道氏の指摘は重要である。︿梶田孝道﹁テクノクラートと現代フランス﹂宮島・梶田・伊藤﹃先進社会のジレンマ﹄有斐閣、一九八五年、所収) ( 9 ) ﹄ 。 吉 田