シビックプライドを醸成することの可能性について
Possibility of fostering Civic Pride
山田 均
Hitoshi YAMADA
要旨(Abstract)
昭和20年代、農村型社会であった日本は、高度経済成長期に入り、工業社会となり急速に都市化が進んでいった。 それとともに農村から都市へと人口移動が行われ、過密・過疎など地域社会の在り方に関わるような問題が発生し 現在に至っている。 こうした地域社会の問題の解決には、地域の住民自らが主体的に解決に当たることが必要である。最近「シビッ クプライド」と呼ばれる地域社会の問題に対して当事者意識をもち、主体的に活動するという意識を有した人々が、 地域社会の問題に対して様々な働きかけをしているという取組が広がりを見せてきている。 一方で、社会科教育では地域について調査活動等を通して理解し、地域社会に見られる課題を把握して、その解 決に向けて社会の関わり方を選択・判断したり、選択・判断したことなどを適切に表現したりする力を養い、より よい社会を考え、主体的に問題解決しようとする態度を養うとともに、地域社会に対する誇りと愛情、地域社会の 一員としての自覚を養うということを目標としている。 そこで、地域社会の問題を改善し、地域社会に展望を開くことができる可能性のある「シビックプライド」につ いて、これまで社会科教育で取り組んできている地域社会の一員として社会参画を目指して取り組まれた事例をも とに検証していくことを目的として考察を行った。 キーワード:(シビックプライド)(社会参画)(主権者教育)(地域社会)Ⅰ.はじめに
平成29年告示の「小学校学習指導要領」の「第1章総説」では、改訂の経緯の背景として、現在の社会状況の分 析について述べている。それは、現代社会は少子高齢化やグローバル化の進展、急激な技術革新などにより、社会 構造や雇用環境、社会保障制度などに大きな変化が生じてきており、まさに予測が困難な時代を迎えているという ものである。 ここに述べられているような時代を迎えているからこそ、求められることは、一人一人が持続可能な社会の担い 手として、質的な豊かさを伴った個人や社会の成長につながる新たな価値を生み出していくことができる人間の育 成なのである。 このような時代を迎え、実際に地域社会でどのようなことが起こっているのかについて目を向けてみると、例え ば、少子高齢化に伴う人口の減少などにより地域社会は限界集落などと言われ、コミュニティとして成り立たないところも出てきている。他にも高齢者の独居に代表される独居家庭の増加、老老介護や虐待など介護や子育てに関 する問題、地域として取り組まなければならない防災などの問題等、様々な問題が生じてきている。こうした問題 に対して、政治や行政主導による制度化や仕組みづくりだけでは解決には至らないであろう。なぜなら、現在起こっ ている問題は、ソーシャルボンドの欠如により、コミュニティとして地域が機能していないことに大きな要因があ ると考えられるからである。したがって、地域の住民自らが地域の問題を解決し、住民自らがよりよい地域の未来 づくりに向かって行動できるかが、問題解決にとって必要とされるであろう。 現在、「シビックプライド」と呼ばれる地域の問題に対して当事者意識をもち、主体的に活動するという意識を 有した人々が、地域社会の問題に対して様々な働きかけをしているという取組が広がりを見せてきている。そこで、 本稿では、地域社会の問題を改善し、地域社会に展望を開く可能性のある「シビックプライド」について、これま で社会科教育で取り組んできている社会参画や主権者教育との関連の中で検証していくことを目的として考察を加 えていきたい。
Ⅱ.シビックプライドの概念
シビックプライドの概念について、伊藤は「シビックプライドとは『都市に対する市民の誇り』である。しかし 単なるまち自慢や郷土愛ではなく、『ここをよりよい場所にするために自分自身がかかわっている』という、当事 者意識に基づく自負心を意味している。シビックプライドがあれば、自分からまちに何かやってみようという気持 ちが起きて、まちづくりの動機やアイデアが出てくる。自分がやったことでまちが少しでも良くなると、意義が感 じられ、自分がやったという誇りにもなる。」1)さらに、伊藤はシビックプライドという概念の誕生について「歴 史を紐解くと、イギリスでは19世紀のヴィクトリア朝の時代、商工業によって多くの都市が勃興し、こういった都 市でシビックプライドが都市の規範になったと言われている。それまでの王侯貴族や教会に替わり、19世紀になっ て都市の主役として台頭してきた市民階級が、富と進歩的な考え方を背景に、新たな都市づくりを支えていくこと が自分たちの社会的ミッションであり、美徳であるというように考えていた。特に彼らのシビックプライドの象徴 となったのが公共建築、文化施設、公園といった、都市の新しい空間であった。実際に建設を呼びかけて世論を形 成したり、自分たちで寄附をしたりして、これらの空間をつくっていった。建築はシビックプライドを象徴する都 市のシンボルとして具現化されたものであり、市民にとっては誇れるものであった。イギリスではいまだに、シビッ クプライドというと公共建築であるとか、この時代の建物が織りなすまちなみと結びつけて考えられること多い。」1) と述べている。 また、牧瀬は「シビックプライドの定義は決まっている。それは『都市に対する市民の誇り』という概念である。 日本の『郷土愛』といった言葉と似ているが、単に地域に対する愛着を示すだけではない。なお、郷土愛とは『生 まれ故郷に対する愛情』という意味がある。郷土愛は『生まれ故郷』に限定されるが、シビックプライドはそうで はない。生まれ故郷でなくても、例えば、住んでいる都市に対する市民が誇りを持てば、そればシビックプライド である。シビックプライドの『シビック(市民の/都市の)』には、権利と義務を持って活動する主体としての市 民性という意味がある。つまりシビックプライドには、『自分自身が関わって地域を良くしていこうとする、当事 者意識に基づく自負心』を指す。」2)と定義し、その概念の誕生については、「近年、自治体はシビックプライドを 注目しているが、その歴史は古い。シビックプライドという言葉は、イギリスの産業革命後に栄えた都市において、 既に使われていたそうだ。当時は20~30年の間に人口が2倍になるような急激な成長が起きていた。多くの都市が 勃興する中で、都市間競争が激しくなり、市民自らのアイデンティティとして、シビックプライドという概念が大事にされるようになったと言われている。」2)と述べている。 両者とも、シビックプライドについては、自分が居住している地域に対する当事者意識に基づく自負心という定 義で共通している。当事者意識を持つということは、自分たちの生活に対して意識的であり、地域の問題解決に対 しても積極的に関与しようとする存在となるということである。そう考えるならばこのシビックプライドは、社会 科教育が育成を目指している社会参画の意識や主権者意識と重なる部分が多いと考える。なぜならば、主権者とは、 社会の中で自立し、他者と連携・協働しながら、社会を生き抜く力や地域の課題解決を、社会の構成員の一人とし て主体的に担うことができる力を身に付けた存在であると考えるからである。
Ⅲ.日本の社会の発展と課題
現在の地域社会は様々な問題が発生しており、コミュニティとしての機能が働いていないという現状を考える上 で、その要因として、日本の地域社会の歴史、とりわけ戦後の歴史を見ていくことが必要であると考える。日本の 社会の歴史的な発展は驚くほど短期間の内に起こっているということを改めて認識する必要がある。ヨーロッパで は数百年かけて前近代、近代、現代の歴史的発展をとげているが、日本の社会は終戦から70年余りの間に、前近代 と近代と現代という3つの大きな歴史的な段階を経て発展を遂げてきている。高度経済成長前の昭和20年代、日本 は農村型社会であった。農村型社会は村落共同体が地域社会を支えていたので、地縁によって維持されていた自己 完結的な社会と言えるであろう。経済の面で見ると自給自足的な状況であった。ところが、高度経済成長期に入り、 日本は全国的に都市化へと向かっていったのである。農村から都市へと人口移動が行われ、日本は瞬く間に工業社 会へと進んでいった。そして現在では脱工業化が進み、グローバル化の進展や情報化が進み、世界、地球が一つに なっていくような時代になってきている。 この急激な変化の中で、例えば、1960年代には東京、大阪、名古屋をそれぞれ核とした三大都市圏に多くの人口 が集中した。人口や企業が集中する地域では人口の過密が生じ、交通渋滞やごみ問題、住宅問題等が発生した。ま た、都市部の過密地域は地価が高いため、地価の安い郊外に住む人が増え、都市の中心部は人口が少なく、周辺の 地域は人口が多くなるドーナツ化現象も発生した。しかし、1990年代以降、東京や大阪などの都市部では地価の下 落に伴い、都市再開発が進み、郊外から都心部に居住する人が増える都心回帰現象も起きている。 都市部で過密化が進んでいく一方で、地方では働き手となる若者が仕事を求めて都市部に出ていくため、過疎化 が進んでいった。過疎地域では人口が減少して、労働や冠婚葬祭など生活の様々な場面で住民が支え合うことによっ て維持してきた地域社会が成立しなくなる状況が生まれた。また、過疎が進んだ地域では生産人口の減少から農業 や漁業、林業など、地方が担ってきた第一次産業が衰退していった。そして、鉄道やバスなどの公共の交通機関が 運行を休止したり、子どもの減少から学校が廃校になったり、第一次産業の衰退による就業機会が減少したりする など、生活の基盤が失われ、その結果、さらなる人口の流出を生み出すという負のスパイラルも進んでいった。過 疎地域のうち、高齢化が進み、65歳以上の高齢者が人口の50%以上を占める集落は限界集落と呼ばれ、このまま集 落が消失してしまうと危惧されている。 このように、短期間のうちに農村型社会から都市型社会へと社会的変動が進んだことが、今日の地域社会に見ら れる様々な問題を引き起こしているのではないかと考える。 また、経済的な側面から見ていくと、地域社会の変化が様々な格差を生み出していることが見えてくる。 高度経済成長により、日本の社会は豊かで便利な生活を実現した。昭和30年代には、白黒テレビ、冷蔵庫、洗濯 機の「三種の神器」が、ほぼすべての家庭に普及していった。そして昭和40年代にはカラーテレビ、カー(自動車)、クーラーの「3C」が、これも短期間のうちに大半の家庭に普及していった。まさに「一億総中流」と言われるよ うに、大多数の日本人が、自分は中流階級に属すると考えている時代を迎えたのである。この「一億総中流」とい う言葉は、「国民生活に関する世論調査」(旧総理府などが実施)で昭和40年代以降、自分の生活水準を「中の中」 とする回答が最も多くなされたことから生まれたものである。つまり、この時期の日本では国民の所得・生活水準 に大きな格差がないことを示していたのである。しかし、平成に入りバブル経済崩壊後は、格差の進行が進み、格 差社会へと移行している。 格差社会は、東京を中心とした地域とそれ以外の地域の間で不均等な発展と経済力格差の拡大を引き起こした。 そして、長時間労働、過密労働、過労死、失業、ストレス亢進、ひきこもり、家族関係の不安定化、児童虐待、高 齢者虐待、離婚、ホームレス、自殺の増加という新しい社会病理、社会問題を生み出した。こうした問題は、個人 や家族のありようや地域社会における個人や家族の在り方に関係していることは否定できないと考える。 このような地域の状況の中で、地域社会に見られる問題を解決していくためには住民自らが当事者意識を持って 問題解決に取り組む、地域づくりに取り組むことが必要である。ある意味、実質的に住民が社会の主人公になって 動ける住民自治の仕組みを構築することが必要になってきている。その際には、個人に帰結する自己責任という考 え方に終始せず、他者との連帯により、協働して取組を進めることが求められる。 このように考えていくと、伊藤が提起している「『ここをよりよい場所にするために自分自身がかかわっている』 という、当事者意識に基づく自負心」1)であるシビックプライドを持つことで「自分からまちに何かやってみよう という気持ちが起きて、まちづくりの動機やアイデアが出てくる。自分がやったことでまちが少しでも良くなると、 意義が感じられ、自分がやったという誇りにもなる。」1)という住民自治へつながっていく可能性が見いだせると 考える。
Ⅳ.小学校社会科の目標・内容からシビックプライドを考える
小学校社会科の目標は、次の通りである。 社会的な見方・考え方を働かせ、課題を追究したり解決したりする活動を通して、グローバル化する国際社会を 主体的に生きる平和で民主的な国家及び社会の形成者に必要な公民としての資質・能力の基礎を次のとおり育成す ることを目指す。 ⑴ 地域や我が国の国土の地理的環境、現代社会の仕組みや働き、地域や我が国の歴史や伝統と文化を通して社会 生活について理解するとともに、様々な資料や調査活動を通して情報を適切に調べまとめる技能を身に付けるよ うにする。 ⑵ 社会的事象の特色や相互の関連、意味を多角的に考えたり、社会に見られる課題を把握して、その解決に向け て社会への関わり方を選択・判断したりする力、考えたことや選択・判断したことを適切に表現する力を養う。 ⑶ 社会的事象について、よりよい社会を考え主体的に問題解決しようとする態度を養うとともに、多角的な思考 や理解を通して、地域社会に対する誇りと愛情、地域社会の一員としての自覚、我が国の国土と歴史に対する愛 情、我が国の将来を担う国民としての自覚、世界の国々の人々と共に生きていくことの大切さについての自覚な どを養う。 ※下線は筆者による 小学校社会科の目標は「知識・技能」「思考力・判断力・表現力等」「学びに向かう力・人間性」の3観点で示さ れている。目指していることは、地域や我が国について調査活動等を通して理解し、社会に見られる課題を把握して、その解決に向けて社会の関わり方を選択・判断したり、選択・判断したことなどを適切に表現したりする力を 養い、よりよい社会を考え、主体的に問題解決しようとする態度を養うとともに、地域社会に対する誇りと愛情、 地域社会の一員としての自覚を養うということである。この目標を見ていくと「シビックプライド」と通じるもの が多いことに気付く。 ここで、地域、とりわけ自分たちが住む市区町村を学習対象とする第3学年の目標と内容を見ていくこととする。 第3学年の目標は、次の通りである。 社会的事象の見方・考え方を働かせ、学習の問題を追究・解決する活動を通して、次のとおり資質・能力を育成 することを目指す。 ⑴ 身近な地域や市区町村の地理的環境、地域の安全を守るための諸活動や地域の産業と消費生活の様子、地域の 様子の移り変わりについて、人々の生活との関連を踏まえて理解するとともに、調査活動、地図帳や各種の具体 的資料を通して、必要な情報を調べまとめる技能を身に付けるようにする。 ⑵ 社会的事象の特色や相互の関連、意味を考える力、社会に見られる課題を把握して、その解決に向けて社会へ の関わり方を選択・判断する力、考えたことや選択・判断したことを表現する力を養う。 ⑶ 社会的事象について、主体的に学習の問題を解決しようとする態度や、よりよい社会を考え学習したことを社 会生活に生かそうとする態度を養うとともに、思考や理解を通して、地域社会に対する誇りと愛情、地域社会の 一員としての自覚を養う。 ※下線は筆者による 前述した通り、第3学年の学習対象は自分たちが居住している市区町村である。それぞれの目標で目指している ことは、 ①身近な地域や市区町村に見られる課題を把握して、その解決に向けて社会への関わり方を選択・判断する力を 養うとは、例えば、身近な地域や市区町村、自分自身の安全に関して、地域や生活における課題を見いだし、 それらの解決のために自分たちにできることを選択・判断したり、これからの市の発展について考えたりする 力を養うようにすることである。 ②考えたことや選択・判断したことを表現する力を養うとは、身近な地域や市区町村に見られる社会的事象の特 色や相互の関連、意味について考えたことや、社会への関わり方について選択・判断したことを文章で記述し たり、資料などを用いて説明したり話し合ったりする力を養うようにすることである。 ③よりよい社会を考え学習したことを社会生活に生かそうとする態度を養うとは、これまでの学習を振り返り、 学習したことを確認するとともに、学習成果を基に、生活の在り方やこれからの地域社会の発展について考え ようとする態度を養うようにすることである。 ④身近な地域や市区町村に対する誇りと愛情を養うとは、地域社会についての理解を踏まえて、自分たちの生活 している地域社会としての市区町村に対する誇りと愛情を養うようにすることであり、地域社会の一員として の自覚を養うとは、地域社会についての理解を踏まえて、自分も地域社会の一員であるという自覚や、これか らの地域の発展を実現していくために共に努力し、協力しようとする意識などを養うようにすることである。 これらの目標を達成することによって、小学3年生なりの主権者意識を育てたり、社会参画を実現したりするこ とを目指しているのである。言い換えれば、地域社会の課題を把握し、その課題の解決のために自分たちにできる ことを選択・判断するということは当事者意識をもって地域社会の課題に向き合うということである。社会への関 わり方について選択・判断したことを文章で記述したり、資料などを用いて説明したり話し合ったりする力を養う
ということは、個人での対処だけではなく、それを他の人々に発信し、話し合い、共に取組を進めようとする力を 身に付けさせるということにつながる。そして、生活の在り方について考えたり、地域社会の発展ついて考えたり、 自分たちが生活している市区町村に対して誇りと愛情を養ったり、地域社会の一員としての自覚を養ったりするこ とは、今、自分たちが住んでいる地域に対して市民が誇りを持つということであり、地域に対しての権利と義務を 持って活動する主体としての市民性へとつながり、「自分自身が関わって地域をよくしていこうとする、当事者意 識に基づく自負心」というシビックプライドへとつながる可能性が大きいと考える。
Ⅴ.社会科の授業実践からシビックプライドを考える
奈良市立佐保小学校の田中教諭が取り組んだ、小学3年生「市の様子の移り変わり ~そのとき富雄が変わった!~」 の実践を通して、シビックプライドの醸成について検証を行ってみることとする。 田中教諭が取り上げたこの単元は、これからの市の発展に関心をもち、市が将来どのようになってほしいか、そ のためには市民としてどのように行動していけばよいかなど、市の将来について、児童が考えたり討論したりする ことができるよう指導することが大切であるとされている。 この実践は、令和元年10月に開催された第57回全国小学校社会科研究協議会研究大会で発表されたものである。 田中教諭が所属している奈良県小学校教科等研究会社会科部会では、「自らの学びを深め、よりよい社会の形成に 参画する力を育てる社会科学習」を研究主題に設定している。主題設置の理由として「よりよい社会の形成に参画 するためには、社会について十分な理解、つまり意味や特色など十分な理解をしておくことや、社会の事柄を自分 事として捉えること、社会的事象に関わる課題に目を向けることが求められる。これらの力は深い学びによって養 われていくものであり、児童が学びを深めていく上で不可欠なものが「社会的事象の見方・考え方」である。」とし、 社会の形成に参画する資質・能力を身に付けた児童の育成を目標としている。 この研究主題を受け、田中実践では、土地利用や交通、人口、公共施設などの時期による違いに着目し、これら の事象の時期による違いを比較したり、事象同士を相互に関連付けたりしながら、「社会的事象の見方・考え方」 がいかに働き、深まっていくのか。また、それを働かせることで子どもの学びがどのように深まるかを追究してい くこととしている。 具体的に実践を見ていくと、単元目標の「主体的な学習態度、社会的事象に関わろうとする態度」の観点におい て、「奈良市、富雄の様子や人々のくらしの変化について、学習問題を意欲的に追究し、自分たちが住みたいこれ からの奈良市、富雄について、住民の一人として考えようとしている。」と設定している。「自分たちが住みたいこ れからの奈良市、富雄について、住民の一人として考える」という目標はまさしく当事者としての意識を持って学 習に臨むということを求めている。それは、田中教諭がこの単元で学習する内容は、交通や公共施設などの視点を 通して、市や人々のくらしの様子の移り変わりについて捉え、それらの現状を理解することに止まらず、移り変わ りの様子についての理解をふまえて、市の在り方について考え、未来へと続く市の在り方を創造することへの意識 を育てることが必要だと考えていることの表れである。この学習は3年生の発達段階を考慮しながらも、地方自治 は人々の願いを実現するために行われるものであることやその取り組みに際しては民主的な手続きを経ていること、 公共施設や道路などの公共財へ税金を使う意味などについて学習することが求められているからであろう。こうし た学習は社会科として求められている社会へ参画することの大切さ、主権者意識の醸成、ひいては公民としての資 質の基礎を養うことへとつながるものであると考える。 さらに、田中教諭は「今の富雄について好きなところや足りないところ」を事前に聞き取りをさせて、「これから富雄をどうしていきたいか」について話し合わせる学習や、富雄の自治連合会の会長や奈良市役所の職員から、 富雄や奈良市についてどのような願いを持っているかを聞き取る学習を設定している。このような学習を通して、 わかったこと、考えたことをもとに自分が住む奈良市や富雄に対して、自分は今後どのようにかかわっていけばよ いかを考えさせる学習を設定している。 実際の学習の流れに沿って、児童の富雄に対する考え等の変容を見ていくことにする。 学習の流れ(全18時間) 「みつめる」段階 2時間 ・富雄駅がまだ存在しない頃、できたころ、現在という3つの時期の写真を提示し、現在の写真と比べ、まちの様 子の違いに気付き、「わたしたちの町の様子はどのように変わったのだろう。」という学習問題をもった。そして、 写真や地図を比べることから、富雄の町がどのように変わったのか予想した。出てきた予想を「公共施設」「土 地利用」「交通」「人口の増減」に分類し、追究の見通しをもった。 A児:どうして家が増えたり、人が増えたりしたのか。 B児:今より昔の方が田や山が多いのがびっくりしました。建物がすごく増えたのもびっくりしました。でもど うして人がこんなに増えたものか知りたいです。 C児:3枚目の地図は家がいっぱいあったけど1枚目の地図は家がぜんぜんなかったことに気づいた。 D児:家がとっても多くなって人も多くなった。もうちょっと木を増やしてほしいです。 E児:どうやって人が増えたのか。1962年と1967年の地図を比べてみると家がめちゃくちゃあると気付きびっく りしました。 どの児童も地図の比較から、田畑や森が減少し、住居が増えているという土地利用の変化に驚いている。これは 高度経済成長期における大都市への人口流入そして、大都市の郊外に住宅が増え、人口が増えるというドーナツ化 現象を読み取っている。その人口が増えた要因は富雄駅の設置にあるということへの気づきも生まれてきている。 「しらべる」段階 10時間 ・「公共施設」「土地利用」「交通」「人口の増減」について調べ、調べたことを年表に表した。 ・児童によって「昔」という概念が違うので、時間認識を育てるために等尺年表(10年を1メートル)を作成した。 ・富雄の町の人は年々増えていると予想している児童は多い。しかし、富雄駅の利用者数は年々減っていることが 明らかになった。 A児:富雄は便利なまち。スーパーもいろいろあって駅につながる道が多いから。 B児:富雄は家やマンションが多いまち。人が多くなったから道も広くてきれい。車に乗る人が増えたから人が 増えた。 C児:富雄は駅があって便利なまち。遠いところに行きたかったら電車があるから便利だから。 D児:富雄はにぎやかなまち。建物も人も増えたから。 E児:駅があって便利なまち。いろんなところへ行けて便利だから。 調べたことを交流する中で、児童は富雄駅の存在に関わって、人口の増加、家やマンションなどの住居の増加、 人口が増加することによる商店や公共施設、道路などの整備が進んでいったことに注目していった。自分たちが住 んでいる富雄というまちは、にぎやかで便利な町であるという肯定的な捉えをしている児童が多い。
「ふかめる」段階 3時間 ・連合自治会長から、これまでの富雄の町の移り変わりや、その移り変わりについての思いを聞かせてもらった。 ・「私が考えるこれからの富雄」について、願いを込めたキャッチフレーズや絵と説明を書いた。絵空事にならな いように既習事項を踏まえて考えさせた。そして、作成した年表を手掛かりに、富雄の町の未来について考えた。 この学習を通して、未来の富雄の町を創るのは自分たちだという主権者意識につなげた。 A児:もっと駅の利用者数が増えてほしい。今は学園前より少ないから。増えたら人も増えて友達も増えてしゃ べる人も増えて楽しくなる。 B児:これからも同じように犯罪が少ない地域になってほしい。もっとたくさん大人や子どもが来てくれたらもっ ともっと児童数が増えて、富雄駅の利用者数も増えるのにな。急行が止まるようになったら、住む人も増 えてお店も増えて富雄駅の利用者も増えると思うから。 C児:安全なまちですごくにぎやかで人が多いまちがいい。不審者がいないまちだとにぎやかだし安全なまちに なると思う。 D児:犯罪が0になってほしい。みんなが全員に優しくしてほしい。助けられた人が笑顔になるから E児:安全なまちになってほしい。今も安全だからそれがずっと続いてほしいから。しかも次の子どもたちに今 も安全だけど前も安全だったんだよと伝えたいから。 自治会長から、富雄では子どもたちの見守りに一生懸命取り組んで、安全なまちづくりに努力していること※や 人が増えたことはよいことだが、自然が少なくなったことは残念に思うといった話を聞かせてもらった。この聞き 取りによって、児童は自分たちの安全を守るために地域の人たちが努力していることや、便利でにぎやかな富雄の まちについても、自分たちとは違う見方をしている人がいることに気づいていったようである。 ※富雄地区で平成16年、富雄北小学校1年の児童が誘拐、殺害された事件が発生した。この事件を契機として、地域の子どもを 守るために地域全体で地域の見守り活動に取り組み、地域と学校、保護者等が一体となった活動を継続している。 抽出児の考えの変化を見取っていくと、「みつめる」段階では、どの児童も、田畑や森が住居などの建物に変わっ ているという土地利用の変化に注目している。そして、土地利用の変化に伴い人口の変化にも目が向いている児童 がいることが分かる。 「ふかめる」段階の児童のノート
「しらべる」段階では、自分たちが住んでいる富雄地区を人が多 く住み、便利で、にぎやかなまちだと捉えていることが分かる。そ れは、富雄駅を中心に発展してきたまちであるということの理解と そのことを理由として自分たちが富雄に住んでいるということの理 解がなされているからだと考える。総じて現在の富雄を肯定的に捉 えている。 「ふかめる」段階では、調べてわかったことをもとに考え合う学 習を進めるとともに、富雄の移り変わりをずっと見守ってきた連合 自治会長からの話を聞かせてもらうという学習を行った。その結果、現在の富雄が抱える課題に気付いてきた児童 も見られるようになった。隣接する特急や急行も止まる駅と各駅停車の電車しか止まらない富雄駅を比較し、今よ りももっと便利な富雄にするために、富雄駅の利用者数を増やす必要があることを考える児童が出てきたり、かつ て富雄で起こった悲しい事件についての思いや二度とこのような事件が起こらない安全で安心な富雄にするために、 地域一丸となって取組を進めてきているという連合自治会長の話を聞き、安全なまちというものの大切さに気付く 児童が出てきたりしている。児童の意見からは、まだ、自分たちができることの意見は見られていない。しかし、 地域の人々の営みによって、自分たち子どもの安全が守られていることを具体的に理解することで、富雄の住民の 一人として、当事者意識が育ってきたのではないかと考える。E児の「安全なまちになってほしい。今も安全だか らそれがずっと続いてほしいから。しかも次の子どもたちに今も安全だけど前も安全だったんだよと伝えたいから。」 という意見からそれを感じることができた。
Ⅵ.まとめにかえて
田中教諭が取り組んだ「市の様子の移り変わり ~そのとき富雄が変わった!~」で見られる児童の姿から、主 権者意識の芽生えを感じることができたと考える。それは、富雄駅が作られてから、家が建ち、人が住み、学校な どの公共施設や商店が作られ、道路などが整備されてきたまちであることを理解したこと。そして、自分たちが富 雄に住んでいる理由も富雄駅があり、通勤や生活に便利だからであるということに気付いたからである。大げさで はなく、自分たちが求めて富雄のまちに住んでいるということが、富雄のまちに対する誇りや愛着につながってい る。しかし、そんな富雄のまちにも少子化という問題が起こっていることや子どもの安全が脅かされる恐ろしい事 件があったことを知り、問題を抱えているということを知った。しかし、地域の人々がその問題を解決するために 努力し、現在の安全なまちを創っているということも理解している。 このように自分たちが住んでいる富雄のまちについての理解を深めている児童は、これからの富雄をよりよいま ちにしたいという願いを具体的に持つことができている。よりよい富雄のまちについて実現可能性や具体的な手立 て講じるところまでは至っていないことは事実である。しかし、小学3年生の児童という発達段階を考えれば、富 雄という自分たちが住んでいる地域に対して当事者意識を持って見つめようとしているという段階でもよいのでは ないかと考える。小学3年生の児童にとって未来の富雄のまちについてできることは、富雄のまちをリアルに理解 することや富雄のまちに住んでいる人の営みを共感的に理解すること、富雄のまちの移り変わりから未来の富雄の まちを学習したことをもとに具体的にイメージすることであると考える。その点で考えると田中教諭の学級の児童 は「シビックプライド」につながる意識が芽生えてきているように思う。それは、先に示したように「シビックプ ライドには権利と義務を持って活動する主体としての市民性という意味がある。自分自身が関わって地域を良くしていこうとする、ある種の当事者意識に基づく自負心、それがシビックプライドということです。」に示されてい る自負心が育ってきていると考えるからである。