はじめに 本学保育科では、2年次に声楽専門の教員による弾き歌いの授業を行っている。1年次にバイ エルの課題を終えた学生から弾き歌いにも取り組み始め、2年次ではその達成曲数に応じて、8∼ 10名ずつのレベル別でクラスが編成される。授業は複数教員で同時に行われるため、レッスン 内容や授業の進め方は各教員によって多少違ってはいるが、各教員が共通して抱えている問題の 一つに「1人あたりのレッスン時間の短さ」があげられる。 1人当たりにかけられる時間は短いが、各学生の弾き歌いに対する気持ちや持っている技術、 声の特性などを見極め、学生1人ひとりに合った適切な指導を行わなくては技術の向上にはつな がらない。初心者や、弾き歌いに対して苦手意識を持っている学生には、練習の方法から丁寧に 指導する必要がある。ある程度弾ける学生には、声の出し方や、曲の表現の仕方など音楽的な力 を身につけさせたい。そして、このような技術や音楽性という基礎的な力を身につけていくのと 同時に、全てのレベルの学生が、それぞれのレベルで、就職試験や実習で保育者として歌唱指導 や音楽表現をするための実践的な力も身につけさせる必要がある。限られた時間の中で各学生の 指導方針を見極め、実際の指導法を決定していくことが我々の重要課題と言える。 これらの様々な指導をしていくことは、簡単なことではない。日々の授業を充実したものにす るためには、我々教員が授業力を身につけていく必要があると強く感じている。本論文は、我々 の授業力を向上させるために、実践や指導方法、考察をまとめたものである。「限られた時間の 中であっても学生に深い学びを与えられる授業力」を身につけるため今後も各教員で情報を共有 し合い継続的に学び合う機会を持ちたい。 Ⅰ 音楽Ⅱのクラス編成について 以下は2018年度音楽Ⅱのクラス編成である。1年次に弾き歌いを何曲終えているか、その達 成曲数に応じてレベル別にクラス編成が行われている。本学には初心者(入学と同時にピアノを 始めた学生)が毎年全体の約2割入学しており、レベルには大きな差があることがわかる。
集団の中で個人の弾き歌いの能力を伸ばす授業の考察
槌田幸子 笠木厚憲 鈴置育代
高田伸子 東島佳子 堀ノ内宏子
A、Bクラス(計64名) 達成曲数 2∼3曲 2∼5曲 6∼9曲 9∼11曲 13∼16曲 17∼19曲 20∼48曲 人数 8人 8人 9人 9人 10人 10人 10人 初心者 7人 6人 2人 2人 1人 0人 0人 B、Cクラス(計63名) 達成曲数 2∼4曲 4∼7曲 7∼9曲 9∼11曲 11∼13曲 14∼16曲 17∼38曲 人数 8人 8人 9人 9人 9人 10人 10人 初心者 7人 4人 0人 0人 0人 0人 0人 D、Eクラス(計64名) 達成曲数 2∼3曲 2∼5曲 5∼7曲 7∼9曲 9∼13曲 13∼18曲 19∼34曲 人数 7人 8人 9人 9人 10人 10人 10人 初心者 5人 5人 2人 0人 0人 0人 0人 E、Fクラス(計62名) 達成曲数 2∼3曲 3∼6曲 6∼8曲 9∼12曲 12∼14曲 14∼21曲 23∼69曲 人数 8人 8人 9人 9人 9人 9人 10人 初心者 7人 6人 3人 1人 0人 0人 0人 ※ 達成曲数をもとにクラス編成をしているが、人数の都合等により、達成曲数が同じでもクラス が分かれている場合がある。 Ⅱ レッスンノートを活用した授業 レッスンノートは、限られた時間の中で集団の学びと同時に能力差のある個人の学びを的確 に、また効率よく向上させる上で大変重要なツールであるといえる。一枚の厚紙の表面に日付と 曲目を、裏面には学生自身の振り返りを記入する様式となっている。前述(はじめに)のよう に、教員が学生各人と相対する時間は非常に短いため、その学習状況・成長過程を捉え、能力に 沿った指導をするためにはレッスンノートの活用が有効である。教員は短時間という制約の中で ポイントを押さえた指導が必要となる。それには単に技術的な指導だけではなく多面的なアプ ローチが必要である。一方的に知識を伝えるのではなく、コミュニケーションも大切にしたい。 音楽Ⅱは、音楽Ⅰと同様に子どもの歌「弾き歌い」を学修するが、音楽Ⅰとの大きな相違点は 歌うことの習得と実践である。音楽Ⅰでは2曲しか習得できなかったピアノ初心者も、20曲以 上習得したピアノ上級者も、歌声で子どもたちに気持ちを伝えられる弾き歌いを目指す。 1 音楽Ⅰレッスンノートの活用 音楽Ⅰレッスンノートは、表面に受講曲目(バイエルの番号・子どもの歌の曲名)、裏面に指 導内容と自己反省、そして前期・後期試験のできばえも含めた反省点を記録する。この2枚(前 期・後期)のレッスンノートから音楽Ⅰの学習状況や成長過程を知ることができる。
・バイエル修了時期や子どもの歌達成曲数からピアノ演奏技術 ・指導内容と自己反省から技術指導のポイントと日々の練習や学ぶ姿勢 ・試験のできばえを含めた反省から技術に加えて精神面の課題 音楽Ⅰでの学びが音楽Ⅱの学修に繋がるように音楽Ⅰのレッスンノートには丁寧に目を通し音楽 Ⅱに活用したい。 2 音楽Ⅱレッスンノートの活用 ① 練習の記録 ♦授業初回、春休みに練習した全ての曲を表面の余白に書く 練習した曲を記入した学生の特徴 ・1年次の達成曲数が少なく不安だった ・楽譜を見ながらピアノを弾けないので暗譜しなければならなかった ・ピアノが好きで弾くのが楽しい ・色々な曲を弾いてみたかった ・ホームレッスンでの課題だった 練習した曲を記入しなかった学生の特徴 ・バイトが忙しくて練習時間がなかった ・ピアノが嫌いで弾きたくなかった ・特に課題が出なかった 春休みの使い方は自由だが、約二ヶ月の間ピアノに触らなければ演奏技術は衰え、仕上げた曲 も弾けなくなる。一曲でも多く子どもたちの前で弾き歌いができるように、仕上げた曲の復習 を常に意識させたい。 ♦授業2回目以降、前回授業からその日までに練習した全ての曲を受講曲目欄に書く ピアノ初心者は一週間で仕上げられる曲が少なく、短い曲や易しい曲を選ぶ傾向がある。一曲 ずつ楽譜通りに仕上げることは大切だが、簡易伴奏楽譜の使用やコードを利用した自作の伴奏 で練習曲数を増やす努力も必要である。苦手なピアノ演奏に余裕ができることで、歌を意識し た弾き歌いができるようになる。実習に向けて少し長めの曲や季節を先取りした曲なども練習 しておきたい。 練習曲数の多いピアノ上級者は、曲のイメージが伝わる完成度の高い演奏を目指す。選曲は難 易度だけでなく、季節、目的、こどもの年齢なども意識したい。 練習曲数が少なく仕上がりの遅い学生は練習をしていないことが多い。練習時間確保のための 提案や効率の良い練習方法を繰り返し指導する。 ② 自己評価の記録 ♦①で記入する受講曲名には、それぞれ簡単な自己評価を書き添える 学生が記入する自己評価は、たぶん大丈夫、家では弾けた、完璧、などの漠然とした表現や、 時々止まる、歌詞が曖昧、歌うと弾けない、など状態の記入が多い。間違えなければ完璧、止 まらなければ弾けたと判断している学生も少なくない。
ここでの自己評価は気づきである。 大きな声で歌えば完璧なのではなく、歌詞の意味を理解して気持ちを込めなければ伝わる演奏 にはならない。歌詞を読むことや発音に気を付けた練習も意識したい。ピアノは止まらなけれ ば良いのではなく、歌を生かす音色や弾き方、バランスにもこだわりたい。テンポや強弱、歌 う表情など曲全体のイメージも大切である。 多くのことに気づき課題を実感することは技術の習得や成長に繋がる。 ③ その他の記録 ♦発声のポイントや発声練習の感想などを書く 歌は感覚的な部分が多いため、絵や文字を使い自分の言葉で記録する。 ♦友達とレッスンノートを交換して互いの演奏の感想を書く 新たな課題に取り組み成長する機会になる。 ♦裏面に個人的な悩みや相談、要望、意見などを書く 相談することで現状を把握し、気持ちを切り替えることができる。 3 まとめ 音楽Ⅱレッスンノートは半年間の授業記録であり成長記録である。他人との比較ではなく、自 らの努力による成長が記録される。教員は学生が記入する反省点や課題への取り組み方、自己評 価からその学生の意欲、性格、練習環境などを読み取り、常に目的を持った練習ができるように 具体的な課題を提示したい。達成感が得られ、前向きな気持ちを継続できるように注意を払うこ とも大切である。心の底から歌うことを楽しみ、笑顔で子どもたちの前に立てるように励まし成 長させたい。 Ⅲ 楽譜から読み取る表現方法 弾き歌いを習得するにあたり発声やピアノ技術の向上は必須である。それに加え、曲のもつイ メージを音符そして歌詞の面からも把握し表現できる方法を見いだしておかなくてはならない。 ここでは、まど・みちお作詩、團伊玖磨作曲の『ぞうさん』の楽譜を例に分析してみる。 ヘ長調4分の3拍子。12小節。前奏では始め2小節、左手に歌の冒頭のフレーズが現れる。右 手の演奏に気を取られがちだが、ここでは左手を十分に歌って弾くようにしたい。次に続く3∼ 4小節では、右手に「おはなが」「ながいのよ」の旋律が変化して現れている。この前奏で子ど もにしっかりと曲の雰囲気や旋律感をイメージできるようにしていく。また、左手の和音コード F−C7−F の運びを丁寧にして歌うためのブレスを導いておくと歌いだしがそろいやすくなる。 5小節目歌いだし「ぞうさん」の譜割りに注目すると、付点4分音符−8分音符−4分音符と なっている。このリズムで ぞ が一拍半のびることとなり「ぞうさん」の大きさや動きなど想 像しやすくなっている。このことを踏まえ、ピアノでは右手の付点4分音符の長さとスラーを しっかりと意識して弾いていくとよい。また5∼7小節の左手の和音にあるスタッカートとテ ヌートを表現することにより、歌で O の母音の伸びやかな発声と表現の助けとなってくれる。
続く「おはながながいのね」の O の母音にも付点4分音符があてられているので、長さに意 識しながら2小節をしっかり歌いきるように息の流れをもっていき、ピアノでは8小節目の左手 C音のテヌートをよく響かせ、次のB−Cの8分音符に移行することにより次の歌詞の盛り上が りに繋げることができる。そして9∼10小節の「そうよかあさんも」がこの曲の頂点と考える ことができる。ここでの付点4分音符では長さとともに最高音Dを歌うためのエネルギーをもっ ていくようにしたい。そのために呼吸や発音など身体の姿勢に気をつけ、表現を豊かにすること を考えていかなくてはならない。そうすることにより次の「ながいのよ」は8小節目のものとは 違う表現にしていかなくてはならないのが分かる。またピアノでは声部が増えて響きがより複雑 になっている。これにより「かあさん」に対する愛情や想い、距離感などが感じられ、子どもの 想像力をふくらませ豊かな気持ちにさせるように弾いていくように心がけたい。以上のことから 『ぞうさん』を演奏するにあたり、テンポを落ち着かせ伸びやかな声・表情を作り上げていかな くてはならないと考えられる。 歌詞全体を通して、子どもと母親の親子関係を考えなくてはいけない。単なる動物の歌にとど
まらず、親子の愛情・絆・ふれあいなど言葉の裏側にある背景をしっかりと読みとることも考え て、子どもの想像力をのばすひとつの手段として取り入れていかなくてはならない。 今日、幼児歌曲の楽譜は簡易なものからコードをアレンジしたものなどたくさん出版されてい る。したがっておなじ曲でも解釈や雰囲気が異なってくることがあると思われる。授業におい て、それぞれの技術にあった楽譜を選んでもらえば良いと思う。しかしただ弾いて歌うだけにな らないよう、上級者はより楽譜から情報を読みとって技術向上をめざし、初心者は無理に全部を 弾こうとせず楽譜からより大事な部分を見つけだし、簡易伴奏でも表現が伴った演奏できるよう に指導していきたい。最終的に学生の個々の感性を活かし現場にでて子どもたちに歌う楽しさ、 言葉の大切さを伝え想像力・表現力豊かな教育を目指してもらえることを願う。 Ⅳ 姿勢について 声楽を学ぶ場合は一般的には、立って行うことがほとんどである。しかし、保育士のための弾 き歌いでは、立った姿勢では難しいので、座った姿勢で歌うことになる。そこで、座った状態 で、発声に必要な姿勢について考えてみる。 最近の学生たちの姿勢を見ていると、首をやや下向きにし、肩を内側に入れた姿勢が多い。ス マートフォンの影響も大きいが、幼少期より日常的にリュックサックを背負い続けていること も、その原因の一つであると考えられる。また、生活スタイルの中では、椅子に座ることが多い が、ソファーの様に座面が軟らかく、沈み込むものが大半をしめていることも、姿勢を悪くする 一因ではないか。この点に関しては、バレエの指導者からも同様の意見を聞いている。実際に 座った姿勢の図を示してみる。 体重が脊椎 の神経部分 にかかって いる 今は体重が 中心線をと おって股間 節と座骨の 上にある 上図、左側の様に座ると、まっすぐに見えるようで、実は、重心が坐骨になく、姿勢はいわゆ る猫背状態となり、腹筋をしっかり使えず、腰部にかなり負担をかけることになってしまう。反
対に右側の図の様に座ると重心が坐骨の上にあり、体は安定するため、楽に呼吸でき、ピアノも 弾きやすくなる。この右側の図の様な座り方を学生に指導することが重要である。その方法とし て、まず、背もたれを使わず椅子に座り、足を浮かせ、坐骨で歩くように左右に尻を動かす。ど の様な状態で座ることが、安定するか、あらかじめ正しい姿勢を体得させることで、弾き歌いに 必要な呼吸や発声へと個人レッスンのなかでつなげていける。 Ⅴ 弾き歌い初心者へのアプローチ 1 ピアノ伴奏 弾き歌いをするにあたり、まずはピアノが弾けない限り、歌うことは成立しない。余裕がな く、歌うことさえ忘れていることもある。そのためにも、ピアノの技術を身につけることは、弾 き歌いの大前提である。しかし、弾けない学生ほど、ピアノ演奏のハードルを上げている。そこ で、ハードルを下げる方法として、二つのアプローチをする。 〈アプローチ①〉 練習方法を具体的に伝える。 ・部分練習 ・片手練習 ・自分の演奏を聴く。 初心者は、常に最後まで弾き通す練習をしがちである。そこで、効率的な練習方法を伝え、目 的、目標を明確にさせる。 〈アプローチ②〉 ピアノを独奏と伴奏に分け、見方を変えさせる。 ・ピアノ独奏とは、作曲者の楽譜を一音たりとも変えず、楽譜通り演奏する。 ・ピアノ伴奏とは、作曲者の楽譜を一拍たりともずらさず、流れを変えずに演奏する。 初心者が一番捉え間違えているのは、止まってでも、拍を伸ばしてでも、一音にこだわって演 奏し、正しい音を弾き直せば良しとする傾向さえある。独奏も伴奏も演奏が始まると弾き直さな い、流れを止めないのは同じである。しかし伴奏は、ピアノに集中してはならない。歌に伴わな ければならないのである。 【実践】 LESSON「演奏は始まったら最後まで何が何でも続ける。」 ① 間違っても弾き直さない。 ② つまっても、歌で曲をつなぎ、途中から弾き始める。(歌でカバー) LESSON「あくまで伴奏」 ① 音量調節(歌より強くならない。) ② 歌の表現に合わせる。(強弱・テンポ) この LESSON 2つを徹底すると、学生たちは曲を大きな流れで見るようになり、完奏という プレッシャーなく少し余裕を持って演奏できるようになる。
結果、歌を歌う余裕に繋がり、ピアノが止まっても、歌で曲の流れをつなぐことができるとい う事を知ることもできる。 〈レッスンノートより〉 ・歌をメインにすることで、ピアノが止まらなくなりました。(Aさん) ・伴奏に自信がなくなると、声が出なくなってしまうので、大きな声で歌うようにするために も、伴奏を完璧にしたいです。(Hさん) ・試験の途中で弾き間違えてしまいましたが、途切れないように体制を立て直して次のメロ ディーにいき、すぐに切り替えられたことは良かったと思います。(Sさん) ・まずはしっかりピアノを暗譜して、歌に集中できるようにしたいです。(Sさん) 〈まとめ〉 実は、学生たちはこのアプローチで、「弾ける」という事の認識の甘さに一番に気づく。 授業当初「家で弾いていた時は弾けたのに。」と言う学生が多い。しかし、弾けるという事は、 何時でもどこでも何度でも、間違えずに弾ける確率の高さである。レッスンを重ね、また歌に意 識を持っていく為に、伴奏を客観的に演奏しなければならないことを知ると、結果、ピアノの演 奏はもっと完成度を上げなければならないことに気づく。歌をメインにと意識を変えながらも、 ピアノの練習を重要視し、練習時間が増えた学生は少なくない。 2 歌唱 弾き歌いのメインは歌である。しかし、学生の歌唱力の現状は下記の通りである。 【技術面】 ・喋り声より歌声が弱い。 ・腹式呼吸ができない。息が浅い。 ・地声である。 ・苦しがる。 【精神面】〈授業初回アンケートより〉 ・容姿と同じようにコンプレックスを持っている。 ・褒められたことがない。 ・音痴だと信じ込んでいる。(言われ続けてきた。) ・恥ずかしい。 ・得意ではないけど、好き。 歌の場合、身体が楽器ということもあり、技術面と精神面、二つの影響があると考える。 〈アプローチ③〉 【技術面】 正しい発声法を知る。 初心者は、歌う時に、呼吸を意識していないことが多い。口先だけで歌い、身体を全く使って いない。また、力んでしまい、疲労のわりに声が出ていない場合がある。 【実践】 LESSON「腹式呼吸をしよう。」
① 鼻から吸って(お腹が膨らむ)、口から吐く。(お腹が凹む) ② 寝転がり、寝ている時の呼吸を感じ取る。 LESSON「喉を広げ、余計な力を抜き、声の当てるとこを見つける。」 「あくびの歌」を使い、歌いながら感覚をつかむ。 〈アプローチ④〉 【精神面】 声や性格の特徴を理解し、適する曲・生かせる曲を提案する。 最近活躍している、テニスプレーヤー大坂なおみ選手の試合でもよく見かけられるが、スポー ツ選手にメンタルトレーナーはとても重要な役割を果たす。そのことからも身体のコントロール には、メンタルが切り離せない関係であることは確かである。歌唱もまた、身体そのものが楽器 であり、メンタルが重要と言える。 ほめて伸ばすという言葉があるが、歌が上手いと言えるケースは少ない。しかし、個人個人長 所や声の特徴はある。 【実践】 例① 軽い声……速い軽快な曲 「ことりのうた」「トマト」 例② 柔らかい声……ゆったりした曲 「あめふりくまのこ」「思い出のアルバム」 例③ 言葉の発音がきれいな声……物語風、語り口調の曲 「山の音楽家」「めだかの学校」「森のくまさん」「犬のおまわりさん」 例④ 高音の響きがきれいな声……高音が継続する曲 「たなばたさま」「ゆき」 例⑤ 元気で積極的……感嘆詞・擬音・掛け声セリフのある曲 「宇宙船にのって」「犬のおまわりさん」「手をたたきましょう」「笑いごえっていいな」 〈アプローチ⑤〉 他人の前で表現するという事は、だれでも始めは躊躇することが多い。人前で表現できる人 は、その部類に長けている人ととらえているかもしれない。 自分の技術を見せるのではなく、その曲の良さ、楽しさを自分の技術を使って伝えることを意 識させる。 〈レッスンノートより〉 ・歌が苦手なことを克服したくて、音程に気を取られず、息を吸ってとにかく声を出す練習をし たら、少し緊張することなく弾くことができました。(Fさん) ・最初のころ、お腹から歌うことが出来なかったり、風邪をひいて高音を出すことが出来なかっ たりして、思うように弾き歌いをすることが出来ないことに悩んでいました。しかし、毎回の 授業で発声の仕方やお腹から声を出すことの大切さを学ぶとともに、何度も実践することで、 少しずつお腹から大きな声を出して、弾き歌いを行うことが出来るようになったと思います。 (Kさん) ・弾き歌いの授業を重ねていくうちに、自分は歌が好きだという事に気づくことが出来ました。
(Ⅰさん) ・自分にあった曲選びは、大切だと思いました。(Sさん) ・今後は歌を伝えることを課題に、その曲の雰囲気や良さを聴き手に伝わるように努力したい。 (Tさん) ・「アハハ」「ウンウン」のところは、この曲の面白さになっているので、そこを意識して練習し たい。(Nさん) ・楽しくみんなが歌いたくなるようなピアノを弾くことが出来るようになってきて、本当にピア ノの授業が楽しかったです。(Aさん) ・聞いている人が楽しいと思えるような、抑揚のある弾き歌いをしたいと思いました。(Mさん) 〈まとめ〉 身体は個性であり、そこから響かせる歌声もまた個性である。その個性を知り、生かし、楽し さを伝えるという目的をもった学生たちは、ミスや自身のコンプレックスを少し意識せずに、演 奏できるようになってくる。そうすると、自分自身が楽しんで演奏する実感を得るようになる。 どの分野でもいえることであるが、自身が楽しくないと、相手に楽しさを伝えることは難しい。 将来、教え、伝える立場になる学生たちに、音楽の楽しさを伝え、表現できるようにさせること は、とても重要なことである。 Ⅵ 保育現場を意識した内容への取り組み 保育実習において音楽活動の課題が大きな比重を占めている。実習の準備は、音楽表現的なア プローチのみならず、様々な保育技術と相互関連させて行うことが必須である。また、採用試験 の音楽実技課題の内容としても、採用先に指定された課題曲・自由曲の演奏だけでなく、「現場 実技の一つとして演奏する課題」が近年増えている。 出題例:○分以内で○歳児を対象に○の季節を想定し、弾き歌い曲を○曲入れて発表すること この課題には様々なアイディアの構想と、発表の内容に工夫が必要となる。実習の準備、採用 試験の準備のどちらにも、保育現場を意識した内容への取り組みが養成機関に求められており、 指導者にはスキルの伝達のみならず、学生の「自分たちが意欲的に取り組み、体現してみせる」 という自主的な感性を養う音楽指導が求められている。 子どもの発達や興味に合った音楽活動を適切に効果的なアプローチで提供することは、学生に はとても難しいことに思われるようである。弾き歌いの授業の中では楽曲を仕上げる音楽技術の 向上に加えて、保育現場における音楽活動への実践例を、学生各々の演奏技術のレベルに合わせ て身につけられる指導が必要である。 1 実践例と指導の留意点 ・メロディーを階名唱した後で歌詞を加える。演奏をメディア等で聴いて覚えてから歌うのでは なく、できるだけ読譜から歌えるようにする。リズムや音程が不明確な状態で伴奏をつけて弾 き歌いの練習をすることを防ぐようにする。
・右手でメロディーを弾きながら歌詞をつけて歌う。子どもの歌唱指導においてもガイドメロ ディーを弾きながら歌うことは不可欠な課題であるので、新しい楽曲に取り組む際の習慣とな るようにする。 ・音楽のフレーズを意識し、言葉のまとまりに合った位置でブレスをする。子どもの肺活量に あったブレスの位置に気をつける。フレーズやブレスの位置に合ったアーティキュレーション を心がける。 ・前奏は楽譜通りではなく子どもが歌い出しやすい前奏を工夫する。前奏から歌い出しへのテン ポが一定になるよう気をつけ、子どもの歌う意欲を引き出す前奏、楽曲のニュアンスに合った 前奏となるよう心がける。 ・曲の終わりは子どもの気持ちに届く終止をする。無伴奏の歌唱の場合でも常に終止感を大切に 音楽活動に取り組むことが大切である。 ・手遊び歌など動作が必要な活動では表情豊かに歌うことに加え、手や身体の動きが幼児にわか るよう明確に提示する。年齢に合わせたテンポ設定にも注意する。子どもが真似しやすいよう に鏡を見て左右逆の動きもできるようにする。 ・自分のスマートフォンやタブレットでレッスンの動画を撮影し、客観的に欠点を修正して練習 課題を自分で見つけられるようにする。学生同士で撮影し合うことで、自己の演奏状態を振り 返る機会となるようにする。 ・印刷配布された楽譜は、スケッチブックに貼るなどして整理し、レッスン内容を即時に書き込 めるようにする。クリアーファイルには入れない。教本の楽譜で3ページ以上あり譜めくりが 必要な場合は、コピーを貼るなどして工夫をする。 ・保育現場を想定して前奏から歌い出しに「さんはい」「123はい」等の合図の言葉がけや、 歌の途中に歌詞の事前提示の言葉がけができるようにする。何拍前に合図するのか、ピアノ初 心者や合図のタイミングをとることが難しい学生は楽譜の中に書き込み、歌詞と同じように明 確に子どもに伝わるようにする。 ・レッスンで指導された内容は楽譜に書き込む。他の学生への指導であっても他人事にはせず、 自分の留意点として楽譜に書き込み参考にする。 ・練習でメトロノームを使用することに慣れる。ミニサイズのメトロノームを携帯するか自分の スマートフォンにメトロノームのアプリをダウンロードして、常に子どもが安定して歌えるテ ンポを意識して練習できるようにする。 ・スマートフォンやタブレットにピアノ鍵盤のアプリをダウンロードする。ピアノやキーボード 等の楽器がない場所でも正しい音程、正しい歌いだしの開始音を意識して歌うように心がけ る。 ・実習、試験前は動画撮影を伴った「リハーサル」を数回おこなう。人前で演奏する緊張感を経 験し、苦手意識を克服していけるよう心がける。また卒園式や生活発表会など、平素より大勢 の人前での演奏にも対応できる演奏についても想定しながら練習し楽曲を仕上げるようにす る。 ・演奏マナーとしての姿勢、採用試験を見据えたあいさつや服装、髪型について話し合う。
2 まとめ 正確にピアノを弾くことにとらわれすぎず、保育者主導の状況にならないよう、子どもの発達 を知り、主体性を尊重することに留意して、何よりも保育者自身が正しい発声を心がけ、音楽の 楽しさを知ることが大切である。 音楽活動の目的は、正確な音程で歌唱することや、楽器の演奏技術を向上させるだけではな い。音楽活動を通して、コミュニケーション能力、主体性、自発性、自己表現力、集中力、社会 性などの生きていくうえで不可欠な様々な能力を育むことができる。保育者には幼児の活動に直 接関与しながら、子どもの興味や感動を受け止め感性に即座に反応し、対応することが求められ る。音楽活動の中に、どのような意義があるかを理解したうえで、現場では幼児たちの様子を見 ながら自分なりに活動内容をアレンジし、子どもの自由な表現や発想を尊重することに配慮しな がら、常に新しいアイディアが保育者と子どもとの相互作用として繰り広げられていくことが望 ましい。 今後も「弾き歌い」の授業では実習のための準備を意識したレッスンを心がけ、保育現場での 子どもとのかかわりを重視し、学生が互いに学び合えるような実践を取り入れた授業構成を行う ため、より効果的で前進的な授業展開を模索し研究を重ねていきたい。 おわりに ここに挙げた授業方法や指導法はすべての学生に対して必ずしも有効とはいえないが、我々教 員は一人一人の学生に対して有効であると思われる練習方法や指導法とは何か、常に最善の方法 を模索しながら授業をしている。音楽の授業は我々の持っている知識を伝えるだけでは成り立た ない。同時に、我々は自分の音楽の技能だけを磨いていても良い教員にはなれない。我々は自分 の持っている音楽的な技能を高めていくと同時に、それを学生に伝え、習得させるための技術や 授業力を高めていく必要がある。 今回、複数教員で情報を共有しあっていくことで、自分が感じていたものとは違う学生の特性 が見えてくることもあり、自分の指導がその学生のためになっていないのではないかと反省する こともあった。音楽Ⅱの後に開講されている音楽Ⅲでは、さらに「歌う」ということの学びを深 めているが、声に関してそれぞれの学生が持っている悩みや思いは違っているため、引き続き教 員間で情報を共有しながら指導に当たっている。例えばハスキーな声の学生にはどのような指導 が有効か、また高音がなかなか伸びない声質の学生に適した曲は何か、また同じ曲目でも、編曲 や難易度、音域が違う楽譜を共有することで、それぞれの受け持ちの学生に適した教材、練習方 法を相談し選曲、教材選択に役立てている。限られた授業回数の中で、学生の特性を把握し、そ の性格的な面、声質、音域、持っている技術を生かすための練習方法、選曲をするためには複数 の教員で頻繁に情報を交換しあうことは不可欠である。それぞれの教員が独りよがりにならず、 情報を共有し合い、多角的に学生を見て指導にあたりたい。我々は、彼女たちに、生き生きと表 現する力を身につけさせ、彼女たち1人ひとりがそれぞれの場所で輝いていけるよう大切に関わ り、育て、社会に送り出したい。
参考・引用文献(図) 柳澤邦子編著『領域「表現」子どもと楽しむための音楽表現─のびのびと心と身体を育む─』フレー ベル館 2014年 今泉明美・有村さやか編著『子どものための音楽表現技術─感性と実践力豊かな保育者へ─』萌文 書林 2017年 東京藝術大学大学院音楽研究科応用音楽学研究室編『子どもの心を育む音楽活動─音楽療法からの アプローチ─』2014年 エリザベス・バンドゥレスパー著、石丸由理訳『リトミック教育のための原理と指針─ダルクロー ズのリトミック─』ドレミ楽譜出版社 2012年 エミール・ジャック = ダルクローズ著、板野平監修、山田昌男訳『リトミック論文集 リズムと音楽 と教育』全音楽譜出版社 2003年 繁下和雄編『幼児の歌130選』全国社会福祉協議会 2001年 『MY SONG』教育芸術社 2013年 バーバラ・コナブル『音楽家ならだれでも知っておきたい「からだ」のこと─アレクサンダー・テ クニークとボディ・マッピング─』誠信書房 2000年 (受理日 2018年12月31日)