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バイリンガル教師の養成に向けて : 南米在住日本語教師の場合

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バイリンガル教師の養成に向けて

―南米在住日本語教師の場合―

Bilingual Teacher Development:

A Case Study of South American Japanese Teachers

佐々木 倫子

キーワード

バイリンガル,教師養成,越境,外国人児童生徒,南米在住者 

はじめに

近年の第二言語学習者は,しばしば低年齢化と越境という特徴を備えている。彼らに本来必 要なのは越境先の言語だけではない。越境前と越境後の両言語を視野に置いたバイリンガル教 育である。バイリンガル教育は人類の歴史上目新しいことではなく,人の越境と共に始まり, 「古代からルネッサンスの時代を経て現代にいたるまで」(ベーカー 1996:179)歴史を刻んでい る。しかし,地球的規模での通信と人の越境が今日ほど一般化し,それが一方向ではなく,往 還型(三田2009)なのが現代の特徴である。日本国内に居住する外国人就労者や国際結婚家族 は,特定の層の人々に限られるわけでもなく,国家主導の制度にそった集団移住でもない。個 人的理由というよりは,経済的・政治的要因によって広範に引き起こされた越境であるにせよ, 個人移住の範疇に入る越境が拡大している。親の移動に伴う子どもたちの移動も多く,移動を くりかえすことも少なくない。したがって,たとえ日本在住で日本の公立校の生徒であっても, 日本語のみを教え,学校に溶け込む方向のみを追求するのでは不十分である。同時に,南米に 帰国した児童生徒の教育においても,彼らがいつまた越境するかは予測できない。バイリンガ ル教育を視野に入れることなく,複数言語・複数文化を背景とする児童生徒に対する教育を満 足のいく形で行うことは出来ない。本稿では,バイリンガル教育に関わるキ−ワードを考察し た上で,南米在住の日本語教師の個人史を例に,教師養成上の課題を整理したい。

1 「バイリンガル」とは

まず,本稿の3つのキーワード「バイリンガル」「バイリンガル教師」「バイリンガル教育」を 採りあげる。 1.1 「バイリンガル」の古典的定義 「バイリンガル」が採りあげられるとき,その定義にはBloomfield(1933:56)の「native-like control of two languages(2言語の母語話者なみの操作能力)」がしばしば出発点として引用さ れるが,それには後続部分がある。移住や旅行,留学などでバイリンガルの事例が見られるこ

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と,また,言語接触のある地域,国際結婚家庭などの児童生徒,上流階級の異言語を持つ乳母 の雇用例などが指摘され,一般的には好ましい幼児環境がバイリンガルを生み出すことを意味 するに過ぎないかもしれないと結ばれるのである。現在「均衡バイリンガル」(ベーカー 1996) 「バランス・バイリンガル」「プロフィシエント・バイリンガル」(中島1998,佐藤・片岡2008) などと呼ばれるケースに言及されているわけで,社会的環境と個々の家庭の努力によって高度 なバイリンガルが達成されるということが,すでに指摘されていることが分かる。そして, Bloomfieldから80年が経過し,今や,留学生やビジネス関係者など,複数の言語で専門書を読 み,討議し,発信することが出来る人材は以前とは比較にならないほど多い。これらの高度な バイリンガルは,自身の複数言語獲得の努力もさることながら,そこに恵まれた教育環境があ ったからこそ生みだされた。しかし,現在越境する児童生徒たちは,そのような言語環境・学 習環境を手に入れられないことも多い。その児童生徒たちにとっての「バイリンガル」は母語 話者並みを目指すものとは異なるであろう。それでは,何を目指して彼らの「バイリンガル」 性を考えるべきだろうか。 1.2 複言語主義 近年のヨーロッパから発した「複言語主義」は,複数の言語運用に,融合の概念を見る。西 山(2010:26)は,「個人は人生の中でさまざまな言語を学ぶ(ママ)得ることから,複言語能力は 動的であり,固定的ではない」と,Coste ほかを引用して個人の言語の流動性を解説している。 尾辻(2009:86)もまた,従来の言語,文化,エスニシティ,国家間の1対1の繋がりの妥当性 が低くなっていることを示すLuke(2002)やPennycook(2003)の研究が出てきていること, さらに,グローバル化が進む中で,言語,エスニシティ,国家との結びつきが流動的になると 同時に,言語同士の境界認識も流動的に考えるべきであると提唱する研究が増えていることを 指摘している。2言語の運用や能力が固定的な捉え方から,より融合的・流動的に捉えられる ようになったことは,日系移民の言語研究にも徐々に現れており,ブラジルの「コロニア語」 の研究(工藤ほか2009)や日系移民のコードスイッチングの研究(久山2000,上甲2000)など がある。 しかし,これらで扱われているのは成人の言語運用である。越境する児童生徒のバイリンガ ル教育は,成人の使用実態の研究とは異なり,言語の融合で捉えきれる課題ではない。「学校は 単一の規範的言語や文化を教え込み,そのような教え込みそのものに権威を持たせ,正統性を 与えることから,文化の複数性との親和性は低い」(西山2010:27)面を持つ。しかし,地球的 規模の往来・通信は激しさを増しており,越境する児童生徒たちの教育を引き受ける組織はま すます増加している。そして,その教育組織が正規の学校であれ私塾であれ,全体として,言 語の複数性,文化の複数性と同時に,それら複数の言語の規範性と正統性をある程度満足させ る場でなければならない。以上から,本稿では越境する児童生徒の「バイリンガル」を「複数の 言語の独立性を保ちつつ,複数の言語での日常会話力と,少なくともひとつの言語での学年相 応をほぼ満足する学習言語能力を持つ」とする。なお,「学習言語能力」は「学習場面で必要な 言語能力」(バトラー 2010)を意味する。

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2 「バイリンガル教師」とは

「バイリンガル教師」と聞いたとき,一般的に浮かぶ概念には次のようなものがあるのでは ないだろうか。 (1)自身が複数の言語能力を持つ教師 (2)学習者に複数の言語能力を育てることを目的とする教育をおこなう教師 (3)複数の言語での教科教育・認知発達・人間発達を推進する教師 本稿の「バイリンガル教師」とは,(3)を目指す中で,複数の言語能力が結果的に育つ教育を おこなう教師であり,本人も(1)を基本的学習言語までは達成している人々と規定する。本稿 で採りあげる「バイリンガル教師」自身が,全員恵まれた複数言語環境において教育を受けた わけではない。しかし,本稿ではあえて「バイリンガル教師」を「第一言語(以下,L1)でも第 二言語(以下,L2)でも基礎的学習言語能力を備えている人」としたい。けっしてアカデミック な言語能力を絶対視するわけではない。ただ,教育に携わる者は日常会話程度ではなく,最低 でも学習言語能力の入り口には立っていることが望まれる。自身が思考を支えることばを持た ない人間が,どのような形であれ,認知発達に結びつくような言語教育を担当することは難し いからである。

3 「バイリンガル教育」とは

「バイリンガル教育」を末藤(2002:19)は「そもそもバイリンガル教育とは,生徒の母語を育 てていくこと,生徒に第二言語を習得させること,母語と第二言語を用いた教科教育を行うこ と,という三つの条件を同時に満たした第二言語習得のための教育方法のことである」と述べ ている。つまり,ここでは,L1の発達,L2の習得,両言語による教科教育の3つの条件が挙げ られている。筆者もまた,特に,3番目の両言語による教科教育が満たされるという条件は重 要であると考える。成人対象の場合とは異なり, 上記2.の(2)で述べた,学習者に複数の言 語能力を育てること自体を目的とするのではバイリンガル教育とは呼べない。以上から,本稿 では越境する児童生徒たちへの「バイリンガル教育」を複数言語の教育から,さらに,内容重 視の方向に進め,「複数の言語での認知発達・人間的成長を目標とする教育」としたい。 そして,日本国内の教育の場に目を転じると,現状はどうか。公教育における外国人児童生 徒の教育では,日本語,ないしは,日本語と英語しか出来ない教師による,日本語の初期指導 に続き,日本語での教科教育・人間発達につなげる流れを取ることも多い。そこでは,教科教 育の面でも人間発達の面でも,越境以前の言語,例えばポルトガル語や中国語による教育面の 空白期間が生じ,越境後の日本の学校教育への同化の道が示されるのみのことが多い。その教 育が,たとえ結果的にバイリンガル話者の誕生につながったとしても,ひとえに個々の家庭に よる個別の努力の成果であって,学校教育の成果ではない。 言うまでもなく,どの国,どの地域であっても,越境するすべての子どもの越境前と越境後 のバイリンガル環境を公教育で用意することは不可能である。越境前言語の話者集団の集住地

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区であれば,国内におけるブラジル人学校や中華学校,ブラジルにおけるかつての日本語学校 に見られるような,特定の言語による教育をおこなう学校が,私立学校として開設されること も多い。そこまでの環境が整えられない場合も,それぞれの言語による授業が連携し合えるよ うな教育環境を整えることによって,複数言語での教育にバランスを持たせる教育形態,例え ば,午前中は現地語クラスに通い,午後は越境前言語が教育言語である継承語クラスに通う形 態を成り立たせることは可能であろう。 しかし,現状では,国内は無論のこと海外においても実践例は限られている。本稿で採りあ げた教師でそのような形態が整った学校で教育実践をおこなっている者はいない。学校レベル でのバイリンガル環境の確保は難しく,モノリンガル環境の学校間,あるいは,学級間の連携も 難しいとなれば,残されるのはバイリンガル能力を備えた教師の力ひとつということになる。 3.1 バイリンガル教育に消極的な教育形態 モノリンガルに価値を置く国の場合,バイリンガル教育は社会統合に反する流れと受けとめ られることが多く,バイリンガル教育の制度の実現はたやすくはない。ベーカー(1996:179– 180)はアメリカやイングランド,スウェーデンのバイリンガル教育は公民権,教育の機会均 等,人種のるつぼ政策といった政治的な動きとともに,移住者の流入という歴史的な流れの中 で考えていく必要があるとする。つまり,アイルランドやウェールズのバイリンガル教育はナ ショナリズムの高まりや言語権運動とともに考えてみることによって,はじめて適切な理解が 可能となるとしている。そして,バイリンガル教育を「複雑な現象の簡単な呼称」であるとし, 「二言語使用に消極的な教育形態」と「二言語使用や2言語での読み書き能力に積極的な教育形 態」に二大別された表を作成している。以下は「二言語使用に消極的な教育形態」を一部簡略 化したものである。 表1 二言語使用に消極的な教育形態 バイリンガル教育の 種類 典型的な生徒 教室で使われる言語 社会,教育が 目ざすもの 結果として目指す 言語的状態 サブマージョン 少数派言語話者 多数派言語 同化 一言語使用 特別補習クラスつきの サブマージョン 少数派言語話者 多数派言語,L2補習つき 同化 一言語使用 差別型 少数派言語話者 少数派言語(強制的) 人種差別政策 一言語使用 移行型 少数派言語話者 少数派言語⇒多数派 言語 同化 どちらかというと一言語使用 外国語教育を含む通常 の学校教育 多数派言語話者 多数派言語(L2または外国語) 豊かさでは限定的 限定的な二言語使用 分離型 少数派言語話者 少数派言語(自らの 選択) 分離・自治 限定的な二言語使用 出典:ベーカー(1996:183)をもとに一部簡略化

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バイリンガル教師が,現在どのような形態で国内の外国人児童生徒の教育に従事しているか を見ると,上記の表1の特別補習クラスつきのサブマージョンと,移行型,分離型が大半と思 われる。さらに教師自身が受けた教育を考えても,サブマージョンと分離型が多いと思われる。 つまり,「二言語使用に消極的な教育形態」におさまってしまうのである。 3.2 バイリンガル教育に積極的な形態 以下の表2における「二言語使用や2言語での読み書き能力に積極的な教育形態」(ベーカー 1996:183)で,南米の多くの日本語学校が目指してきたのは,2番目の「維持型/相続言語教育 である。 表 2 二言語使用やバイリテラシーに積極的な教育形態 バイリンガル教育 の種類 典型的な生徒 教室で使われる言語 社会,教育が 目ざすもの 結果として目指す 言語的状態 イマージョン 多数派言語話者 最初は L2 に重点を おいた二言語使用 複合主義 二言語使用バイリテラシー 維持型/継承語 教育 少数派言語話者 L1に重点をおいた二言語使用 言語維持,複合主義 二言語使用バイリテラシー 双方向言語教育/ 二重言語教育 少数派言語話者と多数派言語話者の混合 少数派言語と多数派言語 言語維持,複合主義 二言語使用バイリテラシー 主流バイリンガル 教育 多数派言語話者 2つの多数派言語 言語維持, 複合主義 二言語使用バイリテラシー 出典:ベーカー(1996:183)をもとに一部簡略化 (筆者注:相続言語⇒継承語,2 言語での読み書き能力⇒バイリテラシー) 上記のようなバイリンガル教育に積極的な教育形態が整わない中で,越境する児童生徒の教 育を担わざるを得ないのが,バイリンガル教師であろう。これらの教師は,小規模であっても, イマージョンや双方向言語教育などの,バイリンガルに積極的な教育形態を自身のクラスに創 出していかなければならない。同じ複数言語を背景に持つという共通性があっても,年少時の 移動は一方通行型か往還型かで生徒とは異なる上に,自身は積極的なバイリンガル教育を過去 から現在に至るまで経験していない。そんな中で教育実践を積み上げていくわけで,不可能へ の挑戦にも思われる。しかし,越境をした児童生徒が行き場を失い社会の底辺であえぐことに なる悲劇を避けるためには,日本でも南米でも,機能できるバイリンガル教師養成が望まれ る。

4 日系日本語教師の個人史から

筆者は15年間にわたって,中南米に在住する日系日本語教師の訪日日本語教育研修の一部 を担当してきた。その間の研修生数を総計すると,のべ500人近くにのぼり,ひとくちに日系 教師といっても,一世から四世まで,母語も日本語,ポルトガル語,スペイン語,在住地域も

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ブラジルからメキシコまでと異なっている。ただ,大きな流れとしては,農業移住者であった 年配日本人一世教師の時代から,移住者の子どもとして中南米に生まれ,育ち,ポルトガル 語・スペイン語が強い二世に引き継がれ,そして,現在は二世には出稼ぎ経験者が増え,日本 育ち・日本滞在経験を持つ三世が増加するという動きが見られる。日本の学校育ちで,日本語 のほうが強い四世もいるが,いずれにしても,日本生まれ,日本育ちの人間に比して,全員が 現地語(ポルトガル語,または,スペイン語)と日本語のバイリンガルとみなされる。以下,教 師の個人史をもとに,教師自身が複数言語下で受けた教育,そして,今後教師として教育をど う位置付けているかの視点から,バイリンガル教師養成の課題を整理したい。なお,各個人史 は「日本語教育と『個人史』」のテーマのもと,「移民史」「家族の多言語状況」「継承語」「これか らの子どもたち」などについてまとめられたものである。考えの出発点として,「子どものころ よくしたこと,忘れられない思い出,どんな学校に行ったか,どんな友だちがいたか,日本語 の勉強の思い出,などの項目が挙げられた。 以下,2008年から2011年までの研修生(日本語教師)の個人史56篇の中から,自身の言語 習得に触れたものを選び出し,紙幅の許す範囲の7篇の個人史を採りあげる。 (1)日本から南 米への帰国者が増え,南米の多くの日本語学校に帰国児童が含まれるようになり,(2)研修プ ログラムに「バイリンガル教育」「継承日本語教育」などの,越境する児童生徒の言語習得/言 語教育関係の講義が明確に位置付けられるようになって以後の個人史である。 4.1 B1FO さんのケース(日系ブラジル一世女性) ブラジルで主婦が子育てに一段落したときに,日本語教師というボランティア的職場に就く ことは多い。その際,経験も資格も問われず,「いきなり」一冊の教科書をたよりに教え始める こともめずらしくない。 「『子供を7人も産んで育てているからできるでしょう』と言われて高校しか出ていないし, 教師としての経験も資格もないのにいきなり明日からこの教科書で教えてくださいと言われ て,小学4年生を教え始めたのが9年前です。」 このような準備のない状態で教育を始めた時,児童生徒の母語と日本語,その背景文化など を視野に置く余裕はなく,ひたすら日本語教科書の中の文の導入と定着をはかることになる。 一世は農業を中心とする集団移住世代の最後のグループの人も多く,日本語は母語/継承語と して自然習得し,現地語もまた現地校も含めた生活の中での自然習得が多い。この場合,言語 習得と言語教育の基礎から学ぶ必要があるが,そのような講義を受講する機会はまずない。日 本語教育の研修会に折に触れて出席し,日々の教育技術をみがく機会はあっても,そのような 研修会でバイリンガル教育に触れることは限られている。しかし,B1FOさんは,継承語とし ての日本語教育,日本文化教育は頭にあり,児童生徒たちには複数言語を身につけさせたいと 考える。また,居住地域での日系移民の歴史,社会貢献なども採りあげる。 「特に継承語としての日本語を教えることの大切さ。自分たちのルーツを知るために移住の 歴史を教えること,日系人がその国に貢献していることを教えること,また,日本の文化,住 んでいる国の文化を勉強することを通して,両国のよいところを生かして,両国の架け橋にな

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れるような人材を育てることなどを実感しています。」 しかし,児童生徒の認知発達のため,現地教育との連携を試みるといったことまでB1FOさ んに期待することは難しい。 4.2 B2FS さんのケース(日系ブラジル二世女性) ブラジル生まれのB2FSさんは家庭内言語が日本語だった。やがて現地の小学校に入学する。 「私も小学校に入学してからは,周囲はポルトガル語ばかりになったのですが,なぜか私は 他の兄弟よりも日本語に興味があり,ビデオで日本のテレビ番組を見たり,松田聖子や中森明 菜などのアイドル歌手のまねをして遊んでいました。この様に,私は日本の小学校に通った訳 でもなく,日本語学校で習った訳でもありません。私の日本語の先生は両親,特に父から日本 語を教わったのをよく覚えています。」 B2FSさんの日本語は家庭内習得である。父親が農作業のあいまに熱心に漢字を教えてくれ た様子が綴られる。やがてB2FSさんは成人して日本語学校で教え始める。 「何年か前に,家庭に問題があり,高校でケンカばかりしている,いわゆる,不良の生徒がい ました。服装などの見た目では少し問題がある雰囲気も感じましたが,私はそんな生徒にも, 『あなたを愛してる。』と授業で言い続けました。彼は高校にはほとんど行かなくなり,日常生 活の問題も多かったようですが,私の日本語教室には必ず出席し,授業中はとても明るく元気 な生徒でした。日本語学校にいる時だけ,彼は本当の自分になれたのかもしれません。」 教育実践の場は,狭義の日本語教育にはおさまりきらない。日本にルーツを持つ児童生徒た ちにとって,日本語学校が心の居場所の役目を果たすケースであると推察できる。少なくとも, B2FSさんは,自身の役割をバイリンガルでの認知発達を云々する以前の,居場所作りと捉え ている様子が見られる。 4.3 PA3FW さんのケース(日系パラグアイ三世女性) パラグアイは入植開始が20世紀の後半の移住地も多く,現在でも移住地内では日本語が日 常言語として用いられている。 「日本語学校では,普段でも日本語で会話しています。ですから,文を作るにしても,上手に できるのですが,児童生徒たちは『は』と『が』を間違えたりします。その違いをどのように教 えればいいのか,分かりませんでした。普段,何気なく使っている日本語を,いざ児童生徒た ちに教えるとなると,とても難しいと感じていました。 それからしばらく経ってから,教師研修がありました。そこでシニアボランティアとして来 られている先生と一緒に,「は」と「が」の違いについて勉強しました。おかげで今までの迷い がなくなりました。改めて,研修の大切さを実感しました。」 ある程度,日本語運用能力を持つ児童生徒たちに教えているPA3FWさんの文章からは,自 身の働きによって,正確な日本語が定着することを重視している様子が見られる。日本語を使 って児童生徒の人間発達・認知発達を促すというより,日本語教育の専門性を規範的な構造の 定着に置いていると思われる。

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4.4 B2FE さんのケース(日系ブラジル二世女性) 自身は家庭内で日本語のみで就学前の時期を過ごしたB2FEさんはブラジル現地の小学校に 入学したとき,ポルトガル語が分からなかった。 「そのときの救いが日本語学校でした。朝のうちは町のブラジル学校,そしてお昼からは帰 って日本語学校でお弁当を食べて,日本語の勉強の時間でした。一日でその時間が一番待ちど おしかったのを覚えています。日本語学校ではいつもの友達にも会えるし,安心してお話もで きるし,小学校の校舎の横にあったので一番なじみのある場所でもあったからです。日本語学 校では,歌を歌ったり,劇をしたり,絵画をならったりと,ブラジル学校の授業とはぜんぜん 違っていました。楽しかったことをよく覚えています。」 ここでの日本語学校はブラジル学校と連携しているわけではないが,補完的な教育役割を果 たしている。心の居場所,情操教育の役割のほかに,ブラジルの教育では弱いとされる分野を 日本語による教育で担っている。ただ,算数,理科,社会といった中核的な教育言語の使用域 はすべてポルトガル語であるわけで,教育言語としての日本語の地位が従属的であったことは 否めず,それは2言語能力にも反映されると思われる。 4.5 B2FM さんのケース(日系ブラジル二世女性) B2FMさんは中学生になってから日本語学校に入った。そのきっかけは以下のとおりであ る。 「家の中では日本語,ブラジル学校に行くとミックス語を使っていました。中学に通い始め, 日本語は話せて読み書きは,ひらがなカタカナは父に教わりましたが漢字が書けなかったので 父が日本人の子供だからやっぱり少し漢字も覚えたほうが良いと思い日本語学校に通うことに なりました。そして国語の本を使って4年間日本語学校に通いました。(中略)日本語の他,英 語も通っていました。やがて高校3年生になり受験勉強が忙しくなったため,日本語は辞めま した。英語は,続けました。そのころはもうあまり日本語を使う機会がなかったこともあって ほとんどポルトガル語でコミュニケしていました。両親と話すときも私はポルトガル語,両親 はミックス語(ポ語と日語)でした。 大学に入学しそこで初めて幼いころポルトガル語に力を入れていなかったしわ寄せがどっと 来ました。先生が言っていることが外国語のように聞こえました。そこで初めて私は,どっち もちゃんと出来ていない私にショックを受けました。その一年後日本へくることになりまし た。もう日本語を長年話していなかったのでとても不安でしたが,こちらに来て研修がスター トし,幼いころの日本語がよみがえりました。」 日本語,ポルトガル語とめまぐるしく入れ替わる中で2言語をからくも育ててきたB2FMさ んの生い立ちがわかる。B2FMさんは,自分と同じように感じる児童生徒たちを生み出しては いけないと思っているが,バイリンガル教育についての知識は現状では限られている。 4.6 PE3MK さんのケース(日系ペルー三世男性) 日本に出稼ぎに行った父が呼び寄せてくれたところからPE3MKさんの日本生活が始まる。 「家族4人がそろえば何もかもがうまく行くと思っていました。けれど,そのようなことはあ

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りませんでした。まず言葉の壁にぶつかりました。(中略)(筆者注:日本の学校で)意味がわ からない,話が出来ないということが当然ながら起こり戸惑う毎日でした。両親もわからなか ったため教えてもらうということも出来ませんでした。幸い学校が外国人受け入れ校だったこ ともあり,それに(筆写注:両親が先に日本に出稼ぎに行っている間,ペルーで)おばさんた ちと住んでいたことから必要以上に勉強するように言われ続けていたので自分で勉強する習慣 が身についていました。もちろん学校の先生方の協力があったのはいうまでもありませんが。 お陰で1年ぐらいで日常生活に困らないほどに日本語が発達していました。何かを得れば何か を失うということがあるように,知らず知らずのうちに日本語を習得していった兄や私は同じ ように知らず知らずのうちに母語であるスペイン語を忘れていってしまったのです。それが後 に大問題になることとは露知らず生きてきました。」 そして,PE3MKさんは,サッカーで活躍し,楽しい小学校,中学校時代を過ごすのだが,ス ペイン語を話したがらない(筆写注:自分たち)兄弟とスペイン語しか話さない父とはコミュ ニケーションがうまくいかず,家族がバラバラな状態が長く続くことになる。それが後に PE3MKさんをペルーでのスペイン語学習に駆り立て,ペルーの日系の児童生徒たちへの日本 語教師の道を開くことになる。バイリンガル能力を育てることの大切さを強く感じている PE3MKさんだが,バイリンガル教育は自身も受けておらず,自身の教授法には直結しない。 4.7 B2FK さんのケース(日系ブラジル二世女性) 日本語とポルトガル語を身につけ,ブラジルの大学を卒業後,B2FKさんは,出稼ぎ者とし て自動車企業の会社で働くため来日する。 「他の人たちよりも日本語の読み書きと会話が出来たので,時には会社で通訳や翻訳などを しました。そこで,ブラジル人の担当者だった方とも親しくなりました。その方はブラジル人 がいる少年院のやりとりの手紙を訳す仕事を受け持つことになり,手紙の翻訳の手伝いを頼ま れました。翻訳を手伝い始めて,私は日本で暮らしている少年少女のブラジル人が様々な問題 に巻き込まれて過ごしていることを思い知らされました。(中略)一番ショックだったのは,鑑 別所へ通訳として行ったとき,同じ町に住んでいた知り合いの息子の通訳をするめぐり合わせ になったことです。彼も仲間と同様に,学校に通わず,犯罪に手を染めてしまったのです。そ こで,“ことば” の壁があることにも気づきました。そのため,日本語がわからないブラジル人 に何か役立つことはないだろうかと考えました。私ができることは日本語を話すことでした。」 出会ったさまざまな日系人の児童生徒たちがきっかけとなってB2FKさんはブラジルで日本 語教育に従事する決心をする。自身は国語教育で複式授業を受けたB2FKさんだが,現在は教 案作成や実習などに力を入れ,日本語教授技術を磨いている。

5 事例が示唆するもの

引用した事例の数は限られている。しかし,これらは南米のバイリンガル教師像をかなり明 確に示している。彼らが受けた研修には,日本語の教授技術のほかに,バイリンガル教育理論, 継承語教育理論などの課目も含まれていたが,以下の共通する傾向が見られる。

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・自身の複数の言語能力の育成が家庭内習得,サブマージョンを経ており,系統だったバイリ ンガル教育を受けていない。 ・日本語教育のみを視野に入れ,児童生徒の言語能力を横断的にとらえない傾向が強い。 ・越境する児童生徒を取り巻く社会的状況の理解はあるが,教育実践には結びつきにくい。 ・日々の教育実践のみに目を向けており,バイリンガル教育制度への働きかけはない。 かつてのような日本語の自然習得環境が南米から消えつつあるということは認識されてい る。しかし,新たな時代の日本語教師として認識されがちなのは,「外国語としての日本語教 育」技術である。その理由として,(1)各自が担当する学習者が,必ずしも越境する児童生徒 たちに限定されるわけではなく,外国語として日本語を学ぶ成人と年少者もいることと,(2) 教師研修における課目の比重がかなり文法教育や教材作成などの日本語教授技術にあること, の2点が挙げられる。しかし,より大きな理由として,多くの教師自身が系統だったバイリン ガル教育を受けたわけでも,その理論と実践を学んだわけでもないため,短期間の研修では理 解も実践力も身につかないことが挙げられる。系統だったバイリンガル教育の形態を知り,強 い実感とともに教授法が定着するような体験型の養成がなければ,教育実践に結びつくことは ないだろう。 2012年9月の時点で,日本は近隣の国々と領土問題などをきっかけとして,厳しい関係にあ る。このような関係を好転させ,事態を真の解決に導くのは対話と相互理解しかない。それは お互いに言語を学び合いコミュニケーションを持つこと,双方の歴史的背景を知ること,そし て,相互に留学し合い,滞在し合うことで実現される。越境が一般就労者,そして,児童生徒 に広く及ぶことを積極的に受け入れ,バイリンガル教育の重要性を知る語学教師を養成してい く姿勢が強く求められる時代である。

付記 

本研究は,次の科学研究費補助金により助成を受けている。 研究種目名:基盤研究(B):  研究期間:平成24年度−27年度 研究課題名: 「生活のための日本語」の授業実践に関する研究:研修システムの構築をめざして 研究代表者:金田智子 なお,本論文は日本語教育国際研究大会名古屋2012におけるパネル発表の筆者担当箇所に, 加筆・修正したものである。

引用文献

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語接触』ひつじ書房 佐藤郡衛・片岡裕子(2008)『アメリカで育つ日本の子どもたち』明石書店 上甲アリセ(2000)「ケーススタディ :ある日系ブラジル人二世のバイリンガリズム」『日系ブラジル人 のバイリンガリズム』国立国語研究所 末藤美津子(2002)『アメリカのバイリンガル教育』東信堂 西山教行(2010)「複言語・複文化主義の形成と展開」『複言語・複文化主義とは何か』くろしお出版 バトラー後藤裕子(2010)「小中学生のための日本語学習語リスト(試案)」『母語・継承語・バイリンガ ル教育(MHB)研究』Vol.6 母語・継承語・バイリンガル教育(MHB)研究会 マッカーティ・スティーブ(1999)「2言語・2文化併用の意義 ―成人バイリンガルの自己観察―」『バ イリンガルの世界』大修館書店 三田千代子(2009)『「出稼ぎ」から「デカセギ」へ』不二出版 ベーカー・コリン(著)岡秀夫(訳・編)(1996)『バイリンガル教育と第二言語習得』大修館書店 Bloomfield, Leonard (1933) Language. Holt, Rinehart and Winston, Inc., The University of Chicago,

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