抄録 本論文は、ミニマリスト・プログラムの標示の理論(Chomsky(2013, 2015))により、 英語における動詞と名詞の補部に対して付与される格や内項の構造的位置に関する相違に ついて論ずる。Chomsky(2015)で提案されている範疇決定要素から語根への素性継承を 仮定するが、動詞と名詞では素性継承の仕方に相違があると主張する。名詞では問題とな る素性継承が起こらず、それにより名詞の内項は補部位置でなく付加詞の位置を占めるこ とになる。また、そのような素性継承の欠如から、かつて Horn(1975)や Bach and Horn(1976)が名詞句制約によって説明した一種の定性効果や複名詞句制約の効果が付加 詞条件の対象として再解釈される。 1.はじめに 生成文法のいわゆる拡大標準理論以降の枠組みでは、通範疇的に観察される基本的な統 語的特徴が(1)の X バー式型によって一般化された。 (1) a. X → X Y* b. X → Z * X X バー式型によれば、句(X )はその主要部 X の投射であり、内心構造を取らなければ ならない。X バー式型には各語彙項目の持つ項構造の情報が組み込まれ、それぞれの句の 構造が組み立てられる。(1a)により主要部と同一範疇の中間投射(X )が形成され、そ の中には主要部と補部(内項)が生じる。また、その外には(1b)により付加詞や指定部 の要素が生じる。そのような X バー式型で捉えられる通範疇性は、例えば次のような動詞 句と名詞句の例により確認できる。
(2) a. He [V authors mysteries], and she [V does so], too.
b.*He [
V authors mysteries], and she [V does so] romance strories.
(3) a. this [N author of mysteries] and that [N one]
b.*this [
N author of mysteries] and that [N one] of romance strories
(4) a. They [V studied linguistics] at Harvard.
b.*They studied at Harvard linguistics. (=(4a))
(5) a. the [N study of linguistics] at Harvard
b. *the study at Harvard of linguistics (=(5a))
動詞句と名詞句のいずれにおいても、(2a),(3a)に見られるように主要部と内項からなる 中間投射 authors mysteries/author of mysteries が代用形 do so/one によって置換され、 そうでない(2b),(3b)は非文法的である。(4)と(5)のペアでも同様のことが示されて
いる。主要部 studied/study と内項(of) linguistics がまず併合1することにより内項が付
加詞 at Harvard の内側に生じることになるが、その逆の配列となる(4b),(5b)は排除さ れる。 X バー式型で捉えられてきた事実は句構造上の通範疇的共通点であったが、異なった範 疇間には重要な相違点も存在することは言うまでもない。(2)−(5)の例でも見られるよう に、動詞句では主要部が補部名詞句を取るとき前置詞 of が必要とされないのに対し、名詞 句では必要とされる。of の必要の有無については、従来、主要部による格付与の仕方に よって説明された。格の中でも of で具現するようないわゆる内在格は、外部併合で形成さ れる項構造を反映した基底の構造と密接な関係を持つ。それに対し、目的格などのいわゆ る構造格は、外部併合で実現される項構造と直接には密接な関係を持たない。これら2種 類の格の付与は基本的に相補的な関係を成す。つまり、内在格が付与される環境では構造 格が付与されないのである。 現行のミニマリスト・プログラムにおいても格の議論は多いが、議論の主な対象は構造 格であり、内在格ではない。そこで本論文は、これら2種類の格の違いにも注目しつつ、 動詞句と名詞句の内部構造の相違について考察を行う。Chomsky(2008)以降の分析では、 語彙範疇主要部を範疇決定要素である機能範疇の v/v*, n 等と、範疇決定要素でない語根
R とに分けることが一般化されているが(cf. Marantz(1997), Borer(2005), Embick and
Marantz(2008))、補部の要素が直接、併合するのは v/v*や n ではなく R である。当然 ながら、補部が併合された時点では R に標示は付与されていない。そのような仮定の下、 Chomsky(2013, 2015)で提案されている標示の理論を採用し、動詞と名詞の補部に与え られる格や内項の構造的位置の相違について検討していく。本論文の構成は次のとおりで ある。まず、2節で、繰り上げにより内部併合される名詞句に対しての格付与の問題を取 り上げる。3節では名詞句の DP 分析を仮定した上で、Chomsky(2015)が提案する範疇 決定要素から R への素性継承に関して名詞と動詞では相違があると主張する。名詞では問 題となる素性継承が起こらないとすることから、4節では、名詞の内項は補部位置でなく 付加詞の位置を占めることが必須となり、そこから Horn(1975)や Bach and Horn(1976) で提案された名詞句制約の効果が導出されることを述べる。5節では素性継承について再 考し、定名詞句と不定名詞句においてその内部の要素の摘出可能性に違いがあること(定
性効果)の説明を試みる。6節は結論である。 2.内在格と内部併合 まず、補部名詞句に対する格付与について、Chomsky(1981, 1986)の枠組みにおける かつての分析から議論を始めよう。項名詞句は、音形を持つものであれば格フィルターの 要求により何らかの格が付与されていることが必要とされた。格付与が可能となるために は、格付与子となる主要部が被格付与子を統率しているという構造関係が成立していなけ ればならないが、補部への格付与については統率子となる主要部のうち、範疇素性[−N] を持つもののみが格付与を為す。[+V, −N]を持つ他動詞が目的格を付与するのはその例 である。一方、名詞は(6)に見るように項名詞句を直接、補部に取ることができない。 (6) *the study linguistics at Harvard (cf.(5a))
これは名詞が[−V, +N]を持つため格付与能力が無く、補部に名詞句が現れても格付与 できずに格フィルターの違反が生ずる結果と考えられる。本来、名詞の補部位置に外部併 合されるべき内項は、(5a)でも見たように前置詞 of の挿入によって生起可能となる。 Chomsky(1981)では(7)のような書き換え規則による of 挿入が提案されたが、挿入さ れる前置詞は[−V, −N]を持つため主要部名詞に代わり補部名詞句に対する格付与を行 う。 (7) NP → [P of]NP in env.: [+N] ___ 動詞と名詞ではこのように補部名詞句への格付与に違いがあるわけであるが、よく知ら れるように、次のような相違点も指摘できる。
(8) a. Mary appears to have left. b. *Mary s appearance to have left
(9) a. John believes Mary to have left. b. *John s belief(of) Mary to have left
(10) a. John believed Mary a genius. b. *John s belief(of) Mary a genius.
(8a)は繰り上げ動詞を含む文であり、不定詞節の主語が主節主語位置に内部併合されて 主格が付与されている。繰り上げ動詞の名詞化形を含む(8b)では、(8a)と比較される ような名詞句内主語位置への内部併合が許されない。また、(9a),(10a)は例外格標示 (ECM)動詞を含む文であり、当該動詞により埋め込み節(不定詞節/小節)の主語に対
して目的格が付与されている。ECM 動詞の名詞化形を含む(9b),(10b)では、(9a),(10a)
と比較されるような埋め込み節主語への格付与が、of 挿入を伴ったとしても、やはり可能 にならない。それゆえ、従来、ECM は構造格である目的格のみに認められた。ついでな
がら、ECM 動詞が受動化された場合、(11a)に見られるように(8a)と同様の繰り上げ が起こるが、(11b)の名詞化形は、(8b)と同様、繰り上げの結果が非文法的となる。 (11) a. Mary is believed to have left by John.
b. *Mary s belief to have left by Johnbelief to have left by Johnbelief
表面上、ECM には繰り上げが関与していないように見えるが、Postal(1974)や Lasnik
and Saito(1991)2以来、ECM にも繰り上げ分析が提案されている。繰り上げ分析によれ
ば、(9a),(10a)の埋め込み節主語は(12)に示すように主節動詞句内へ繰り上げられる ことになる(以後、内部併合のコピー元を示すのに便宜的に を用いる)。
(12) a. John believes Mary [ to have left]. ( =(9a)) b. John believed Mary [ a genius]. ( =(10a))
このような ECM の分析を取れば、(8)−(11)の a. 例で本来、埋め込み節の主語であると 解釈される名詞句は共通して主節に繰り上げられて構造格が付与されていることになる。 ECM の繰り上げ分析は、ミニマリスト・プログラムの最新の枠組みでも採用されてい る。既に触れたように、語彙範疇の主要部とされてきたものは範疇決定要素である機能範 疇(v/v*, n 等)と範疇決定要素でない語根 R に分析されることが前提となる。それに基 づき、Chomsky(2015)は、R の句(RP)と他動的な v*が併合されて形成される主節動 詞句の構造(13)において、(14)の一連の派生が起こると主張する。 (13)[ v*[ α DP [ R [β ...]]]] (14) i. form R-β by EM ii. IM of DP in α(EPP)
iii. Merge v*, reaching the phase level
iv. Inheritance
v. Labelling; α is labelled <ö, ö>
vi. R raises to v* forming R with v* affi xed, hence invisible, so phasehood is
activated on the copy of R, and DP(which can be a wh-phrase) remains in situ, at the edge.
vii. transfer of β (13)でβは R の補部として併合されている不定詞節/小節であり((14i))、その主語の DP が RP と内部併合してαを形成する((14ii))。Chomsky によれば、統語構築物には何 らかの標示が為されていることが解釈のために必要となる。αは厳密には {DP, RP} であ り、併合した要素のどちらかの主要部が卓越するような言わば非対称的な構造ではなく、 対称的な構造になっている。この理由により、αには標示がされない。αと v*が併合した
上げられた DP の持つ ö 素性と一致する。この ö 素性を R と D の双方が共有する卓越的 素性と見做すことにより、αに <ö, ö> という標示が与えられる((14v))。同時にこのと き v*から R に継承された格付与素性が、DP に対する目的格の付与、つまり、ECM を遂 行するものと考えられる。その後、(14vi, vii)に続くが、ここでは直接関係しないので省 略する(4節参照)。 不定詞節/小節を補部に選択する主要部が動詞(v/v*-R)であれば、(12)に示した ECM の場合を含め、主節への繰り上げが起こる。これについては、Chomsky(2015)の 枠組みで説明が可能である。一方、不定詞節/小節を選択する主要部が名詞(n-R)であ れば、ECM に対応する(9b),(10b)のような場合を含め、繰り上げが起こらない。この ことについては、同枠組みでまだ説明が為されていないように思われる。ミニマリスト・ プログラム以前の議論においては、Chomsky(1986)が提案した一様性条件(uniformity condition)により一定の説明が与えられた(Kayne(1981)等も参照)。Chomsky(1986) では、名詞など動詞以外の語彙範疇主要部はその項名詞句に対して構造格でなく内在格を 付与し、付与された内在格は属格の of や - s に具現するとされた(cf. Chomsky(1981))。 一様性条件によれば、内在格が付与される名詞句は、それにθ役割を付与する主要部の統 率領域内に具現しなければならない。つまり、内在格名詞句は同一主要部によってθ役割 と格の両方を付与されなければならないのである。例として、(15a)の受動文に対応する 受動名詞化形の句(15b)を見よう。
(15) a. The city was destroyed by the enermy. b. the city s destruction by the enermy
(15b)では、内項の the city がθ役割および内在格の付与を行う主要部 destruction の統 率領域内にあるため文法的である。単純な名詞句の構造を仮定するならば、(15b)では (16)に図示するような単一句内での内部併合が起こっていると思われる3。 (16)[XP YP [XXX X YP]] X YP]] これに対し(8)−(10)の b. では、繰り上げ分析に基づき、埋め込み節主語 Mary が主要 部名詞 appearance/belief の統率領域内に到達しているようには思われるが、その主要部 名詞によってθ役割は付与されない。したがって、内在格付与に掛かる一様性条件が(8) −(10)の b. では充たされることがなく、非文法的となる。また、(15b)と一見、対照的 にも見える(11b)の非文法性についても一様性条件の説明が当てはめられる。 しかし、一様性条件は、それが依拠する D 構造や統率といった概念がミニマリスト・プ ログラムの枠組みにおいて最早有効でないため、そのままでは維持が不可能であり、何ら かの再解釈が必要となる。更に、より根本的な疑問として、内在格名詞句はそれにθ役割
を付与する主要部の句の中に具現しなければならないが、それは一体なぜか。単一の名詞 句に対して内在格を付与する主要部とθ役割を付与する主要部が同一でなければならない のはなぜなのか。例えば、内在格の一種であると見做されてきたアイスランド語等に見ら れる奇態格に関しては、それが付与されている項名詞句がθ付与を受ける動詞句内に留ま らず、表層主語の位置に内部併合される。(17)として Zaenen, Maling and Thráinsson
(1985)からアイスランド語の受動文の例を引用しよう(D = 与格)。
(17) Ðeim var hjálpað. them(D) was helped
`They were helped.'
(17)では、文頭に現れている受動文の主語が、動詞に接辞化して具現している時制辞 T と数において一致していない。それに伴い、主語には主格ではなく、アイスランド語で主 題項に典型的な与格が奇態格として付与されている。このような文における奇態格名詞句 の生起の仕方は明らかに一様性条件に合致しない。この意味において一様性条件は、内在 格名詞句がθ付与子となる主要部の句の内部に生起することが可能であるという、内在格 名詞句の一面を記述しているに過ぎない4。 内在格と区別されてきた構造格では格付与子がθ付与子と別個の主要部で構わず、それ ゆえに内部併合先において構造格が付与された項名詞句が生起可能となる。その例が(8) −(11)の a. および(15)の a. であった。Chomsky(2015)の分析では、構造格の付与は 機能範疇から継承された素性による。(14)の手順に従い、最小探査に基づく一致によっ て標示が適用される際、付随して構造格の付与が起こる。具体的には、(18a)に示すよう に、TP 極辺に内部併合した名詞句(DP)に対し補文化辞 C から T に継承された素性に よって主格が付与される。また、(18b)に示すように、RP 極辺に内部併合した名詞句 (DP)に対し v*から R に継承された素性によって目的格が付与される。 (18) a. [ C [TP DP T ... ...]] 主格 b. [ v*[ RP DP R ... ...]] 目的格 議論の前提として以下、(18)を仮定する。(18b)で範疇決定要素である機能範疇 v*から 独立した R が全く範疇的特性を持たない、純粋に中立的な要素であるならば、格付与素性 は v*から継承される以前には R に与えられていないはずである。これを範疇一般に当て はめると、名詞でもその内部に包含される R には本質的に格付与素性などの素性がやはり
与えられておらず、範疇決定要素 n からの素性継承が無ければいかなる格の付与も起こら ない。名詞による内在格は元来、D 構造におけるθ役割の付与に結び付けられたが、既に 触れたように D 構造は破棄されており仮定し得ない。一方、θ役割については文派生の過 程で付与される素性あるいは素性値であるとする議論がある(Bošković and Takahashi (1998), Lasnik(1995), Hornstein(1999)等参照)。格付与素性が R にではなく、それと 併合する範疇決定要素に由来すると考えるのと同様に、素性としてのθ役割、つまり、θ 素性も R にではなく範疇決定要素に由来している可能性を考える。これが正しいとする と、構造格と内在格の区別も従来のようなものではなくなり、内在格の付与およびそれに 関 連 し た 事 柄 に つ い て も 再 検 討 が 必 要 に な る。 次 節 で は(13)−(14) に 引 用 し た Chomsky(2015)の提案を受け入れながら、(8)−(11)の b. のような事実や、動詞と名 詞の間に見られるその他の相違について考察を加えていく。 3.DP 構造における素性継承 動詞と名詞の格付与の仕方について簡単に概観してきたが、その相違について説明を与 えるべく、本節では名詞句内での標示と素性継承について提案を行う。そのためにまず名 詞句の構造を明確にしておく必要がある。旧来の名詞句は名詞 N を主要部としたが、 Abney(1987)以来、機能範疇である決定詞 D を主要部とする DP 分析が広く受け入れら れてきた。DP 分析は Chomsky(1970)によって指摘された節と名詞句の間の平行性を捉 えたものであり、後の統語構造地図のアプローチ(Rizzi(1997))に基づいた Haegeman (2004)等による節(CP)と DP の平行性の研究に結び付いている。Haegeman では、C と D のいずれもが定形/非定形、定/特定などといった概念の限定あるいは固定に関わっ ているとされる。また、CP と DP の極辺は話題/焦点といった談話情報にも関係してい る。そのような平行性の議論から、ここでも名詞句を DP とし、その構造は vP/v*P とで はなく、むしろ(19a)に示す CP と平行的であるとして、(19b)の構造を仮定する5。 (19) a. [CP C [TP T [vP v ...]]] b. [DP D [nP n [RP R ...]]] (19a)の標準的な CP の構造では、機能範疇である T(の句)とやはり機能範疇である C が併合する。同様に、(19b)の DP の構造にも二重の機能範疇の層が含まれている。ま ず、語根の句である RP に機能範疇 n が併合して範疇に関する特性を与え、更に機能範疇 D が併合して談話に関する情報を付け加え、完全な名詞句を形成する。 (19b)の構造には先に(18b)で示した v*P の構造とも共通する点がある。範疇決定要 素である機能範疇が RP と併合している点である。(18b)の構造では v*から R に素性の 継承が起こり、RP 極辺の DP と一致を起こして DP に目的格が付与された。一方、(19b)
の構造においては中間の機能範疇 n が(19a)の構造における T と比較できる。T は v/v* へ素性を継承しない(計算機構の演算である素性継承のみを問題としているのであり、接 辞付加等の形態音韻的操作は議論の対象としていないので注意されたい)。ここで、CP と DP の平行性により、(19b)の DP の構造でも素性継承が起こらないことが同じように当 てはまると提案する。前提としている仮定から、n は範疇決定要素であるため、v*と同様、 標示を為す。が、DP における n が CP における T に対応することにより、n は補部の主 要部である R へ(20)に示すような素性継承を行わない。 (20) [ n [RP DP R ...]] ↓ [ n [<ö, ö> DP R ...]] したがって、(18b)の v*P 内では起こった R と DP との素性の一致および <ö, ö> の標示 が nP 内では起こらないことになる。 英語では、[sg[pl our/their] teacher]のように DP 内主語の数が複数であるとき主要部 名詞も複数を取るというような一致は起こらず、人称についての一致も無い。更に、(3a) における author と mysteries のように、主要部名詞とその補部の DP の間にも人称・数の 一致は観察されない。特に後者の事実から、英語において n から R に継承すべき ö 素性 は存在せず、そのため一致に関わる素性継承も起こらないと仮定することが可能かもしれ ない。なお、そのような仮定をそのまま英語における v*から R への素性継承に当てはめ ることについては問題があると思われるが、ここではそれに立ち入ることはしない。 n から R への素性継承が無いとすると、(20)に示した <ö, ö> の標示がされないため、 RP はいかなる標示も持たないことになる。したがって、nP 内の RP には適切な解釈が与 えられることがない。更に、標示を持たない統語構築物に含まれる要素も解釈にとって不 可視となり、解釈不可能になると仮定しよう(ただし、5節で若干修正を加える)。これ らの仮定により、前節で見た内在格の問題に戻ろう。(8)を再録する。
(8) a. Mary appears to have left. b. *Mary s appearance to have left.
(8a)では埋め込み節から主節主語へ繰り上げが起こっている。DP への主格付与について は既に(18a)で見たが、主節 TP と併合した DP は C から T に継承される素性により主 格を付与される。これに対して(8b)はどうか。埋め込み節から繰り上げられた DP は、 (19b)の構造において所有格が出現する位置である DP 極辺に併合されている。しかしな がら、その内部の R はそれ自身で標示を為さない。すぐ上で提案したように、<ö, ö> の 標示をもたらす n から R への素性継承も起こらない。RP に標示が与えられなければ、そ
れに埋め込まれた不定詞節も解釈にとって不可視となり、(8b)の非文法性が生じること になる。(9b)についても同様の説明が成り立つ。
(9) b. *John s belief(of) Mary to have left
(9b)では、DP 内主語として所有格の John が現れていることから、埋め込み節の Mary はこの DP と併合していない。併合相手の候補としては、やはり(19b)の構造において、 RP あるいは nP になる。 (21) a. [DP D [nP n [RP DP R ... ...]]] b. [DP D [nP DP n [RP R ... ...]]] n から R へは素性が継承されないため、(21a)のように併合した R と DP は ö 素性の一致 を起こす可能性が無い。更に、n が構造格付与素性を仮に持っていたとしても、構造格の 付与は一致に付随すると仮定しているため、構造格付与も起こらない。RP は標示がされ ず、RP およびその内部が解釈不可能になるのは(8b)と変わらないことから、(9b)の非 文法性を説明する。また、(21b)のように繰り上がった DP が nP と併合される場合も (21a)と同様、RP が標示を持つことがなく、その内部は解釈にとって不可視となる。n は そもそも DP と一致するような素性を持たないとしたことから、その引き換えとしての構 造格の付与も起こらず、DP の繰り上げ自体が無意味に終わる。これらの理由により(21b) でも(9b)の非文法性が説明される。 4.補部の付加詞分析 以上で提案した分析によれば、(8)−(11)の b. のような例の非文法性が内在格付与に課 せられた Chomsky(1986)の一様性条件によることなく説明することができる。これらの 例では不定詞節/小節が補部として埋め込まれていたが、不定詞節/小節以外の補部につ いて以下、議論していく。 まず、(5a)に挙げた例を考えたい。
(5) a. the [N study of linguistics] at Harvard
(5a)にも(19b)の構造を適用すれば、(22)のようになる。 (22)[DP the [nP n [RP study of linguistics ...]]]
前節の分析から、(22)では範疇決定要素でない R(study)はそれ自身で標示を為すこと もなく、n からの素性継承を受けることもない。R の補部に(of) linguistics が生じている が、素性の継承が無い R とは一致が起こらず、構造格付与も起こらない。RP は標示を持 たないことになるため、その内部は解釈にとって不可視となる。が、(14)に示した派生 過程に従えば、vi. のように R は最終的に範疇決定要素と結合すべく前者は後者へ繰り上 げられる。このため、RP 外に取り出された R は n との結合体として可視的となる。なお、
Chomsky(2015)は、(14vi)で R が繰り上がった結果、範疇決定要素が不可視になると している。しかし、(14vi)における主要部繰り上げは従来のそれと異なって、一度出来上 がった構造に変更を加えることを禁じているいわゆる改竄禁止条件(no tampering condition)に抵触する可能性を孕んでいる。この理由から、本論文では繰り上がった R が 疇決定要素を不可視にするという説は取らず、むしろ従来的な主要部繰り上げを仮定す る。さて、R 補部の(of) linguistics がそのまま RP 内に留まれば、不定詞節/小節が埋め 込まれたときと同じように、解釈にとって不可視となるはずである。しかし、(22)の構造 を持つとした(5a)は実際には文法的であるため、この予測は事実と矛盾している。 (5a)での矛盾は R の補部が RP 内に残留する場合に起こる。この問題について、Horn (1975), Bach and Horn(1976)から次の例を引用したい。
(23) a. *What did the class discuss the growth of?
b. *Who did you see John s picture of?
(23)では R(growth/picture)の補部として解釈される of 句から疑問詞が取り出されて いるが、結果的に非文となっている。このような例について、Horn(1975), Bach and Horn(1976)は、名詞句によって支配されるいかなる構成素もその名詞句から変換規則に よって移動(もしくは削除)されないとする名詞句制約により排除することを提案してい る。(23)の非文法性は、やはり Horn(1975)に引用される(24)の非文法性と比較でき る。
(24) *Who did his parents criticize Bill s arguing with?
(24)でも目的語 DP に含まれる with 句から疑問詞が取り出され、非文となっている。 with 句は DP 内で付加詞となるが、付加詞からの抜き出しは従来、付加詞条件によって排 除されてきた。現行のミニマリスト・プログラムにおいて、付加詞は文の基本構造を作り 出す集合併合ではなく、付加構造を作る対併合によって文に導入される(注1参照)。統 語構築物(SO)の内部から抜き出して内部併合を適用するのに、Chomsky(2008)は(25) のような付加詞条件を規定している。 (25) 集合併合で文に組み込まれた SO の要素のみが上位集合の要素から可視的であ る。 SO の外部に生起する要素から可視的であることが内部併合適用の前提条件であるとする と、(24)で付加詞の with 句に含まれた要素は探査の対象とならず、内部併合ができな い。(23)における of 句も補部でなく、むしろ付加詞として RP の外側の nP に直接、対併 合されているものとしてみる。nP に対併合されるとするのは、主要部繰り上げによって形 成される主要部名詞 R-n と意味的共起関係が形成可能な構造的位置だからである。 (26) ...[DP the [nP [nP growth-n [RP growthgrowth]][PP of what]]] (=(23a))
(26)の構造では RP の外に現れる of 句が解釈にとって可視的となる。が、対併合により 付加構造の中に埋め込まれているため、その内部の要素が付加構造の外にある要素からは 見えず、疑問詞の摘出は不可能となる。(22)でも of 句が RP 内の補部位置に併合されて いるのではなく、付加詞として nP に対併合されているのであれば、解釈にとっては可視 的となり、その文法性が導かれる。 名詞の内項が構造的に R の補部ではなく nP の付加詞と分析されることにより、名詞句 からの当該項の摘出が不可能となることが説明される。このような分析から、素性継承が 起こる動詞では内項が補部位置を占め、付加詞と非対称性を示すのに対し、素性継承が起 こらない名詞の内項は付加詞と対称性を示すという範疇間の違いが捉えられる。本分析を 支持する他の事実を見よう。まず、動詞が補部に定形の CP を取るとき、その CP からの 疑問詞の摘出が可能である例を(27)に挙げる。
(27) Who did he believe [CP that John saw ]?
これに対し、付加詞節は摘出を許さない。つまり、(25)の付加詞条件の違反として(28) のような例は排除されるのである。
(28) *Who did Mary cry [
CP after John hit ]?
名詞が補部に定形節を取るとき、動詞の場合とは異なり、CP からの疑問詞の摘出は不可 能となる。
(29) *Who did he believe [
DP the claim [CP that John saw ]]?
(29)は複名詞句制約(Ross(1967))の違反の例であるが、CP を埋め込んだ DP は動詞 の補部の位置に併合されている。CP が名詞の補部位置を占めているならば付加詞条件に 抵触しないはずであるが、(29)は(28)とほぼ同等の非文法性を示している。 上の議論から、(29)で DP に含まれる nP 中の RP とその内部が解釈にとって不可視に なるとすると、RP に埋め込まれた CP も適切な解釈が与えられないことが予想される。 Chomsky(2015)は、C の素性が T に継承された後に C が消失し、CP のフェイズ性が TP に移転されると主張する。TP フェイズはその極辺を除き、全て外部システムへ転送さ れる。転送された要素が RP 内部の解釈に対する不可視化を免れる可能性はあるが、TP 極辺に生起する主語((29)の John)や T は転送されないため、それらの解釈について問 題が残る。また、C が消失せず、CP のフェイズ性も保たれるとするならば、補部 TP の転 送後に C が残されるため、C に与えられている発話力等についての解釈が問題となる。し かし、次の例でも明らかなように、埋め込まれた CP には適格な解釈が与えられるため、 CP 内の要素が解釈にとって不可視になっているとは思われない。
(30) He believed [DP the claim [CP that John saw Mary]].
上げられ、R の補部と見做されてきた CP は nP に付加詞として対併合されていると分析 してみる。DP 内の構造は(31)のようになる。
(31)[DP the [nP [nP claim-n RP][CP that John saw Mary/who]]]
この構造で、RP 内には R のコピー以外に何も残らず、R も CP も RP の外にあるため解釈 にとって不可視とならない。CP は対併合によって付加された位置に生起することになる ため、(25)の付加詞条件に基づき、CP 外部の要素からその内部へは探査が及ばない。 よって、その中からの要素の摘出はできず、(29)の非文法性が導出される。 非文となる(29)に対し、(27)は CP からの摘出が行われた結果、文法的となることか ら、この CP は付加詞ではなく補部の位置に現れていなければならない。とすると、CP を 埋め込んでいる v*補部の RP は <ö, ö> の標示が与えられて解釈にとっては可視的になっ ているはずである。しかし、DP と異なり、CP が ö 素性の一致に参与しないならば、RP は標示がされない。(27)の CP 主要部 that が DP 主要部となる that と同一形態である (だけでなく、同一語源でもある)ことに注目しよう。同一形態であれば、DP 主要部の that と同様、CP 主要部の that にも3人称・単数の ö 素性が与えられていると考えること も不思議ではないと思われる。C の主節動詞への移動については Pesetsky(1991)等に議 論が見られるが、C が主節 v*補部の RP 極辺に内部併合するとすれば、C と R が一致を起 こし、RP は <ö, ö> の標示が与えられることになる。結果として、(27)の文法性が導か れる。 名詞の補部に対する付加詞分析は以上のように動機付けられた。なお、(31)の複名詞 句では埋め込まれたのが定形節であったが、(8b)や(9b)の例で問題となったのは不定 詞節であったことを思い出されたい。
(8) b. *Mary s appearance to have left
(9) b. *John s belief (of) Mary to have leftbelief (of) Mary to have leftbelief
これらの例で不定詞節は nP に対併合された付加詞と見做し得るであろうか。(8b),(9b) のいずれにおいても不定詞節の主語が繰り上げを受けその外に摘出されるものとすると、 付加位置にある不定詞節からの摘出は付加詞条件からやはり排除されることになる。この 説明は不定詞節が直接、nP と対併合した場合に成り立つ。不定詞節が R と併合すること 自体を妨げるような理由が無ければ、前節で提案した説明の可能性も残される。補部を導 入する集合併合も付加詞を導入する対併合も全く自由に行われると考えるならば、いずれ の選択肢も取り得るとすべきであろう。ついでながら、(9b)の不定詞節が補部位置に集 合併合される際、(21a, b)のような可能性を前節で考えた。
(21) a. [DP D [nP n [RP DP R ]]] b. [DP D [nP DP n [RP R ]]] この場合にも最終的に R は n に繰り上げられる。この繰り上げがあっても元位置における 主要部 R とその補部との一旦構築された構造関係が変更されることは許されないとすると (cf. Chomsky(2015))、RP 自体は標示がされないままであり、RP とその内部が解釈にとっ て不可視であることも変わりが無い。また、(21b)のように不定詞節から繰り上げられた DP が R-n と併合しても、後者には一致を起こすような ö 素性が無いと仮定していること から構造格が付与されないことも前節で述べたとおりである。 5.素性継承再考 ここまでの議論は、範疇決定要素 n から R へ素性継承が起こらないという仮定を基礎に してきた。この仮定から、R の補部とその内部は解釈にとって不可視となり、適切な解釈 が与えられなくなる。解釈が与えられる場合には、R の補部ではなく nP に対併合した付 加詞となっており、そこからの摘出は妨げられる。後者のような事実は Horn(1975), Bach and Horn(1976)の名詞句制約でも説明される。しかし、同制約には反例もある。 (32)の例を見よう。
(32) a. Who did you see [DP a picture [PP of ]]?
b. Who did you see [DP pictures [PP of ]]?
(32)の例では目的語 DP に埋め込まれた PP から疑問詞が摘出されているが、非文とはな らず、この点で既に(23)で見た名詞句制約違反の例((33)として再掲)と対照的であ る。
(33) a. *What did the class discuss [
DP the growth [PP of ]]?
b. *Who did you see [
DP John s picture [PP of ]]?
Horn(1975), Bach and Horn(1976)は両者に異なる構造を与えており、(32)について は PP を動詞句に直接支配させ、今日的に言えば動詞の補部相当の要素として扱っている。 しかし、そのような分析は、項選択や修飾といった意味的共起関係が一般に同一句内に制 限されるという点から不自然さが否めない。また、(32)と(33)ではなぜ構造的に PP の 生起位置が異ならなければならないのか、その根本的な理由も定かでない。 ここで、(32)と(33)における相違点に着目することによって代案を試みたい。(32) では問題となる DP が不定可算名詞句であるのに対し、(33)では定可算名詞句であり定 性効果を示している(Fiengo and Higginbotham(1980)参照)。不定可算名詞句において は、単数を表す決定詞が生起しているとき主名詞はそれに一致して単数形を取り、単数決 定詞が生起していない、換言すれば、(空の)複数決定詞が生起しているときには主名詞
は複数形を取る。これに対し定可算名詞句では、this/that/these/those のような指示詞が 生起する場合を除き、そのような一致が見られない。そこで、[−defi nite]素性を持つ D と併合する nP 主要部であれば R へ素性継承を行っていることが許され、[+defi nite]素性 を持つ D と併合する nP 主要部であればそれが許されないものとしよう。これは、(19) で述べた T と n との平行性から表面的には逸脱するように見えるが、n は範疇決定要素で あり T はそうでないという本論文における前提的仮定に関連付け得る。しかし、後述する ように、T から v へ素性継承が起こる可能性も無いわけではなく、その意味では平行性は 保たれる。 n から R に継承される素性には、上での議論のように DP と一致する ö 素性は含まれな いが、2節で触れたようなθ素性(素性としてのθ役割)とそれに付随した内在格付与素 性が含まれるものとする。素性継承により R 補部の DP にθ役割が付与され、同時にその DP に対し前置詞を介して内在格付与が遂行される。従来、内在格付与はθ付与を前提条 件としたが、内在格は DP がθ付与によって既に解釈可能な、すなわち、解釈にとって可 視的な要素になっていることを表示するために与えられると考える。つまり、内在格が付 与されていれば、DP は最早、解釈にとって不可視にならないのである。 (32)に戻ろう。DP 内で n から R への素性継承が起こっても、R は ö 素性の一致を起 こさない。そのため RP はいかなる標示もされず、RP とその内部は解釈にとって不可視と なるが、θ素性および内在格付与素性の継承によりθ役割と共に内在格が付与される DP は RP 内にあっても解釈にとって不可視とならない。(33)ではこれらの素性の継承が起こ らない。よって(32)と(33)の対比が説明される。 内在格付与には構造格の場合と異なりθ付与が伴う。埋め込み節、取り分け、繰り上げ が適用される不定詞節の主語は、埋め込み節内でθ役割を付与される。θ付与は外部併合 された位置でのみ行われるとする従来的見解に立てば6、埋め込み節の主語が内部併合先 でθ役割および内在格を付与されることはない。 本分析は Nissenbaum(2000)に引用される(34)の事実からも支持される。 (34) a. I saw a (very good) picture yesterday of the museum.
b. ??I saw the (best) picture yesterday of the museum. c. I saw the (best) picture yesterday from the museum.
(34a)は不定名詞句内から of 句が文末に外置されたものであり、文法的である。(34b)も of 句が外置されているが、定名詞句からの外置であり、非文(に近い文)となる。外置に 移動が関与しているか否かについてはここで問題としない。of 句を本来の位置で解釈すべ く再分析するとき、(34a)の不定名詞句では、名詞語根 R の補部の位置に再分析されても R に継承されているθ・内在格付与素性によって項 DP は可視的となり、解釈が可能とな
る。一方、(34b)の定名詞句では of 句が R 補部位置に再分析されたとき、R にθ・内在 格付与素性は継承されておらず、項 DP は解釈にとって不可視となり解釈が与えられな い。(34b)とは対照的に、定名詞句から付加詞の from 句が外置されている(34c)は非文 とならない。from 句を解釈すべく再分析する場合、RP 内にではなく、nP 付加位置に再分 析されるからである。 Chomsky(1981)や Stowell(1981)等によって論じられてきているように、名詞句は 格付与の対象となるのに対し、節はその対象にならないと考えられる。が、これについ て、やはり Nissenbaum(2000)から引用される(35)により問題が提起される。
(35) a. I heard a similar rumor yesterday that you were quitting. b. ??I heard the same rumor yesterday that you were quitting. c. I heard the same rumor yesterday that you were spreading.
(35b, c)では定名詞句からそれぞれ補部と付加詞の定形節が外置されており、(34b, c)と 平行的である。(35a)についても(34a)と全く平行的であるとするならば、定形節が不 定名詞句内において R の補部と見做されるべきである。その場合、節は格付与されないと すると、(35b)と同様に定形節が解釈にとって不可視となり非文となるはずである。しか し、これは事実と異なる。とすると、不定名詞句内ではやはり節にθ付与が行われる際、 内在格付与も同時に行われていると考えるべきである。それにより解釈にとって不可視と なるものがなくなり、(35a)は文法的な文となることが説明される。 素性継承に関して T と n との平行性が表面上、逸脱される可能性について触れた。本 節を閉じるにあたり、T と n の平行性を支持するような T から v への素性継承が起こる可 能性について若干言及したい。例えば、(17)に挙げたアイスランド語の奇態格文におい て、T の ö 素性が v に継承されるとしてみよう。このとき、C はまだ併合されておらず、 C から T への素性継承も起こっていないとする。そして、継承される T の ö 素性は人称・ 数に関して完全に値が未指定ではなく、初期設定値とも言える3人称・単数の値が与えら れているとする(Schütze(1999)等参照)。そのような初期設定値の ö 素性が v に継承さ れたとき、主語となる DP とは言わば空虚な素性一致を起こし(あるいは、全く素性一致 を起こさず)、DP には引き換えに奇態格である与格が付与される。この場合の奇態格は、 おそらく、構造格と内在格の両方の特徴を兼ね備えたものと見ることができるかもしれな い。奇態格 DP は、その後、C から素性継承を受けた T の極辺へ移動する。英語でも there 構文に奇態格が関与しているとする議論があるが(Belletti(1988)参照)、取り分け 口語で用いられる(36)のような there s 文の場合について同様の分析が可能ではないか と考える。
(36)では T と vP 内に留まっている DP の間に ö 素性(数)の一致が起こっていない。 (17)のアイスランド語の例と同様、動詞に接辞化した T が初期設定値である3人称・単 数の値を取って is の縮約形である - s に具現していることから、vP 内の DP には奇態格が 付与されていると見做せる。 6.結論 本論文では動詞句と名詞句の間に見られるいくつかの統語的相違について、Chomsky (2013, 2015)の枠組みにより可能な説明を試みた。それぞれの句に埋め込まれた不定詞節 からの繰り上げ、補部 DP からの摘出、補部定形節からの摘出の可能性の有無について、 これまで生成文法では様々な説明が与えられてきたが、本論文の分析においては範疇決定 要素 v/v*, n から語根 R への素性継承の有無に基づき範疇間の相違を統一的に捉えること ができた。素性継承が起こらないことにより、名詞句では n の補部の RP とその内部は解 釈にとって不可視となる。解釈が与えられる場合には R の補部ではなく nP と対併合した 付加詞になるが、その内部の要素の摘出は妨げられる。そのような素性継承の欠如から、 かつて名詞句制約により処理された一種の定性効果や複名詞句制約の効果は付加詞条件の 対象として再解釈された。また、不定名詞句内で n から R へのθ・内在格付与素性の継承 を仮定し、θ役割と共に内在格が付与される DP は RP 内にあっても解釈にとって不可視 とならないとした。これにより、名詞句制約では十分捉え切れなかった例にも説明を与え ることができた。 残る問題は少なからずある。例えば、次に挙げる(37)は不定可算名詞句を含んでお り、その中で of 句が R の補部として併合されていると考えられる。
(37) a. *Who did he lose a picture of?
b. *Of whom did he lose a picture?
θ・内在格付与素性の継承により、R の補部項は解釈にとって可視的となるため(37)の 例は文法的であると予測されるが、実際には非文である。これについては、非架橋動詞の 補部節から摘出が不可能であることと状況的に共通するところがあるようにも思われる。 (38) a. *What did Mary scream [that Bill discovered ]?
b. *What did John sigh [that Mary did ]?
c. *What did John quip [that Mary wore ]?
可能性として、(37)の不定名詞句がフェイズとなり、何らかの理由により脱出口となるは ずの極辺が利用できないといったことも考え得る。
本論文の議論を更に展開すれば、動詞については項の生起が原則、義務的であるのに対 し、名詞については項の生起がしばしば随意的になることも自然に導かれるように思われ
る。
(39) a. The doctor examined *(the patient).
b. The doctor s examination (of the patient) was successful.
(39a)と異なり、(39b)では内項の of the patient が R の補部ではなく nP の付加位置を 占め、構造的には随意的な付加詞と見做されるのである。ところが、Grimshaw(1990) では、結果名詞と事象名詞という名詞の2つの分類において、事象名詞の解釈を強制する ような文脈があれば名詞の内項の生起も義務的になるとしている。
(40) a. The assignment is to be avoided.
b. The constant assignment*(of unsolvable problems) is to be avoided.
cf. *We constantly assign. 事象名詞の解釈を強制する文脈が無い(40a)では内項を省略することが可能なのに対し、 頻度を表す形容詞 constant によって事象名詞の解釈が強制される(40b)では内項の生起 が義務的となっている。これについては純粋に統語的な問題と考えず、意味・語用論的な 問題とする可能性もあろう。より精密な検討が必要となるが、それについては稿を改めて 論ずることにしたい。 注 1. 併合は文の基本的な構造を構築する集合併合(set merge)と付加構造を作る対併合 (pair merge)に分類される。以下では特に断らない限り、併合は集合併合を指す。ま た、集合併合は移動を伴わない外部併合(external merge)と移動を伴う内部併合 (internal merge)に分類されるが、これについても区別が必要なときのみ言及する。 2. Postal (1974)は(i)のような対比において、a. の埋め込み節では許されない副詞 recently の主節の作用域解釈が b. の不定詞節では許されることから、ECM 不定詞節 の主語が主節に繰り上がっていることが裏付けられるとした。
(i) a. I have found that Bob has been morose. b. I have found Bob to be morose.
また、Lasnik and Saito (1991)は(ii)−(iii)の事実により同様の主張を行っている。 (ii) a. ? *The DA proved [that none of the defendants were guilty] during any of
the trials.
b. ?The DA proved [none of the defendants to be guilty] during any of the trials.
(iii) a. Joan believes [that hei is a genius] even more fervently than Bobis
mother does.
b. ? *Joan believes [him
i to be a genius] even more fervently than Bob to be a genius] even more fervently than Bob to be a genius] even more fervently than Bob s i
mother does.
(iia)では主節中の否定極性項目 any が埋め込み節中の否定句(主語)により c 統御 されず認可を受けないのに対し、(iib)では主節に繰り上がった不定詞節の主語によ り c 統御されて認可を受ける。(iiia)では than 節の指示表現 Bob を that 節の主語代 名詞が c 統御せず指示表現の束縛は起こらないことから束縛条件 C に抵触しないが、 (iiib)では不定詞節の主語が主節に繰り上がり指示表現を c 統御することから束縛条 件 C に抵触する。 3. Abels (2003)などでは単一句内における補部から指定部への移動を禁じる反局所性 制約(anti-locality constraint)が提案されている。同制約が一般に適用されるもの とすれば単純な名詞句構造と一様性条件は相容れない可能性があるが、本論文では厳 密に単一句内の移動に適用されるような反局所性制約は仮定しない。 4. 純粋な内在格と奇態格とは区別すべきであるとする見解もある。それについては Chomsky (2000), Bošković (2002)およびそれらに引用されている文献を参照された い。本論文では紙幅の都合によりその区別には立ち入らないが、奇態格文の可能な分 析については5節で若干触れる。 5. Haegeman (2004)では(i)のような DP の構造が提案されている。 (i)[FP F [DP D [IP I [RP R ...]]]] DP には Rizzi (1997)の分離 CP が当てはめられ、DP も幾つかの層を成すとする。 (i)の IP は本論文で提案している(19b)の構造中、nP に対応する。 6. 単一の DP が複数のθ役割を付与される可能性は否定しないが、本論文では Bošković and Takahashi (1998), Lasnik (1995), Hornstein (1999)等で提案されているような 内部併合先でのθ付与については検討しない。
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