反教育学-その理論的基礎jと原理
\ ト > ト ●池谷∧壽夫●●●●●● ●●
犬(教育学部教育学教室)六十 j \ し A面面dagogik-Ihre Theoretische G血姐1面面und Prinzipien
1 十 ・. ∧Hisao Ikeya ト 1.1..・
(Forscれungsanstalt der Piidagogife, Fafeultot derErziehjing)
Abstract:Der
Zweck dieser Abhandlur!g besteht dari!i,erte臨上d如theoretische Grundlagen
皿d
Prinzipien der “Antipadagogik”
seit 1975 im
Deutschland
klarzumachen.Dabeトwerde
ich die・ Lehren von
耶
Schoenebeck iiberpriifen.Zweitens spiireしichdie Entwicklungニder
入皿ipadagogik seit der
zweiten Halfte
8O's Jahr.Drittens herausgreife ich dieニGegensatzpunkte zwisかhen E.
V.
Braunmuhl
und H√VトSchoenebeck.undletztens darstelle die Aufgaben.die Antipadagogen
uns
stellen.つ .・..・・ .・ ・. ・・ ・・. .・・・・ > \ ∧
Key
word: An ti皿dagogik, Erziehung, Freundschaf t mit Kindern.Selbstbestimmung・
△
はじめに 十
本論文の課題は、まず第一に、ドイツで70年
代後半から起こってきた寸反教育学Antipada-gogik」の理論的基礎と原理を、その代表者で
あるEkkehard
von
Braunmiihlの70年。代の著
書とHubertus
von
Schoenebeckの著書を中心
に明らかにすることにある。第二の課題は、<
反教育学>の80年代以降の展開をさぐる中で、
両者の見解の相違点を明らかにすることである。
そして最後に、反教育学がわれわれに提起した
課題を明らかにすることであるてしたがって反
教育学に対する批判め検討は別稿に譲り、ここ
では取り上げないことにする)J
第1章 <教育への勇気>と反教育学
第1節 <教育への勇気>と教育批判派上
旧西ドイツでは、60年代後半にできるだけ多
くの人間によりよい教育を、という政治的な要
求が世間の共鳴を得たが、そこには二づの要因
があった.一つは√このままでは西ドイツが世 界市場で競争できなくなるという恐れであり、 もう一つレは、教育は万人の市民権であるという 国民の要求であくる.三島憲才によると、後に首 柑になったS P Dのシュミツ斗は69年に、二う のごとを指摘しでいる.一つは、J能力主義の原 則に依拠している現代工業社会の中で連帯の掟 を優先させることでありぐもう一つは、60年代 後半に技術革新に遅れをとぅたこと=である.こ れらの問題をブラント政権は特に教育改革にお いて実現しよくうとした.\すなわち総合学校の導 入(72年)∧に=よる教育の不平等の修正と技術革 新能力の形成である1≒…………: ニ しかしこめ教育改革の中でぐ「問いはもはや、 どのようにし七個々の子どもが彼の力と能力の 展開するように援助するかというのではなくて、 どのようにしてできるだけ多くの子どもたちに、 できるだけ高い資格を与えることができるのか 」2)ということになってしまうたゝと言われて いる.犬 .・・.・・.・. ・・.・.・..・4 0 ノこしうした70年代の教育改革の挫折の:中で√一\………::=ijj 方では保守的な政治家と科学者たちぱ√教育は…………:………I それがな廿れば社会の共同生活が成り=立たない犬∇=………と ような古い徳く(例えば、寛容、義務万に忠実なこ………∧…… とど、心遣い、勤勉、二謙虚さ)しを再び教えねばな犬ゲ:=;jy=jし らない√そ=して個人的な幸福への努力と個人的…………J I な利害ノ・関心は仁れらの徳比従属しなければな……=:=jj らない=、;……Jと・主張七、て教育へ1の勇気ニMut zur ErziehungJ〉を主張七レだ。 Ulrich K!白雨血によノ△j = ればぺ\例えば√1978年に、スユンペンの哲学……=.・.、・j万万・.. 一一● .・ ● ●・●・ ●‥・● ・ 一一 ・.● 者Robe皿=S皿贈込姐は、………教育政策楡おける保十< 守的、な転換を導入ソし=よう土としたぐボシめ<教育 への勇気>の会議の枠内懲、しく自明なも、のとし ての教育>にや=いで語り:、次の。よう\に述㈱でい る6 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ ‥‥‥‥‥ エ「私ノは教育という言葉を\(/・・・)、そこ・で人格 を形成する副次的作用がぱう・。きりこと考慮さ\れる十 ような√若い人々との交際φため/に使用する。ト このよノうな考慮は交際:の仕方を刻印しでいる。 目標は√子どもを、……わ:れわれ大人が自〉ら善=いミ 美=しい、価値のある、意味めある‥ものあるいは 有用だと見なしてい/るものへと参加さフせること である。:われわれがそもそも善いもしの、\美しい………I=る几……=……万……: も:の、へ有用なもめ等々を見うけ出すと仮定すれ∧ ば、われわれが愛する者に/これを伝えたいと思/ うのは当然であjる。そしてこれ。は、。例えば、わ/ れわれが子どもを援助して、こめような伝達物\ を理解する可能性を得させたいというレこことであ る」ト 犬 ………I ‥ ‥‥‥‥‥‥ ‥
①ie Her纏sforderungレhl: Wisse尚尚在住s加y
trum◇Bonn(Hrg.):双晩)町]Erzieh-ungStutt犬 gart 1978、回。16-17)。‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 別の場所で数年前に、\バイエルンの文部大臣、/ Hans Maierは√1972年10升めアヴスブルク竹 の牛丿\ス下教社会同盟の文化会議の折に、<教二 育的なもφφ再獲得y取りノ戻七≫について語、り (Wieder如面面面g/d叩……:B・rzieherischen 7Pla- ノ・,jj・j七。 doy好くf面白ine十如如圃ldungspolitik.・レIれト:」王・ ゲ:いく……,..・j・.・・・] M心瞳:刄尨昌β(ノ恥壮図ge>zur Kultur-und\谷 ○・ ..・………: .≒ ≫=七言:う∇人には√その ず卜るIとペスノ=不当に非難 うのナもく人がいる、どころ 意 味 あ る フ タ ,… … … ヒ ・ . ・ 耳 ・ ・. = ヤ ン ソI=:Åufgabea.……Pro-ド≫と卜うことに対 ve吋〔爾心胸〕o叫乖レ肺attgart 1978)、jそレノケのjケこし==メ]トダノド岸漱ノ収j==こ. <_ ■!J万g て/tり75年犬にレはドナ=△ウブ土.ルトの教育学財団……… …=:.壮こ∧A卜面:ヶ\=1・Mi・111jej7.;1・.j。・j.、.・M一万友八・.・d。万、.万J=j.・.・ Cassi面面血引00周年記念の折に<教育4こり
E︰E終
反教育学-その理論的基礎と原理(池谷)
動のアスペクトで、その代表は例えば、アメリ
カのJohn Holt、Richard Farson、ドイツで
はSchoenebeck、J.Heimrathである。第3は、 文化批判のアスペクトであり、その代表人物と
しては例えば、J.Liedloff、B. Stern、M.Mead
が挙げられている。第4は政治のアスペクトで、
例えば、E. V. Braunmiihl、G.Kern、B. Stern
がその代表人物である(ibid、n)。そして反教 育学の教育学者としては、例えば、Heinrich Kupffer、Wolfgang Hinte、Harmut von Hentigらがいる。Klemmに昨年末に会った時 に聞いたところによれば、反教育学は現在およ そ5つの潮流に分かれ展開されているとのこと である。すなわち、①Braunmiihl、②Schoene、 beck、③G.Kern、B. Stern、U.Klemmらの哲 学的・アナーキズム的な潮流、④H.Kupffer、 H.GieseckeやW.Hinteなどの一部アカデミズム の共感者たち、⑤ドイツ児童保護連盟、である。 ③については、1984年以来連邦全体のアナーキ ズム的な議論提携である<リベラルな情報のだ めのフォーラム>内部に、<AG Antipada- gogikアナーキストグループ・反教育学>が ある。これは長い間リベラルな教育学対反教育 学の論争と対決して、反教育学をBildungと Erziehungに関わるアナーキズム的な態度の首 尾一貫した継続と見なしている6)。 最初に反教育学者として「教育の廃止」をはっ きりと要求したのが、E. V. Braunmiihlの『反
教育学---一教育の廃止についての研究Antipd-dagosife.S仏心en zur Abschaffuns der Erzie一
加昭』(1975年)であった。「これまでいまだ (けして?)はっきりとは表明されなかったし 議論されなかったこの要求は、連邦共和国に予 想外の議論を引き起こした。この議論は今日ま で続いてくたんなる>教育学的な時代精神の批 判以上のものとなっている」(QDA、10)。 しかし「反教育学」という概念は、Braun一 血止1が初めて旧西ドイツで使用したものでは ない。この概念は、H、Kupfferの論文「反精 神医学と反教育学 <全体的な制度>にお
ける教育問題」(Antipsychiatrie und
Antipa- dagogik. Erziehungspr obleme in der ”totalen
41
Institutionen”。)の中ではじめて用いられたも
のである。ただしKupfferにあっては、「反教
育学」という概念は、その後すぐにBraunmiihl
が行ったように、あらゆる教育のトータルな拒
否という意味で使用されているわけではない。
Kupfferは長年田園教育舎Landerziehungs-heimで青少年と関わる中で、青少年との新た
な「反教育学」的関係を構想し七きた。そこで
は反教育学は次のように総括的に特徴付けられ
ている。
「反教育学は、もはや<教育される>べきで
はないとは言わない。反教育学が反対するのは、
役割のうちに前もって刻印されている、教育す
る者と教育される者との間の位置関係である。
反教育学は、教育諸事象の科学的な認識が余
計なものだなんつてことを言わない。教育学研
究はたんに内在的な研究に限定されるばかりで
なく、社会化の。隠れたメカニズムを解明すべき
である。
反教育学は、いかなる種類の教育学的措置も
もはや適切ではないとは言わない。しかし反教
育学は、このような措置がはじめて意味あるも
のになるのは、いつものヒエラルヒーの枠内で
行われない時であることを示す。
反教育学は、反権威的な教育の支持を言わな
い、というのは前者は後者が権力構造を、根本
においてさえ廃棄していないことを認識してい
るからである。
反教育学は、教育学的制度が廃止されうると
は言わない。反教育学はただ、このような制度
がどのような社会的目的に奉仕しているかを解
明しようとする。
反教育学は、制度の内部ではもはやいかなる
秩序も支配すべきではない、とは言わない。反
教育学は、すべての当該者の広い参加を可能に
する√相互作用の新たな形態をむしろ支持する。
反教育学は、制度が自律的な、外部から影響
を受けない<共同体>を形成できるとは言わな
い。人々が制度の中で互いに交際し彼らの利害
を調整する条件を考えることは、逆にまさに社
会へと反作用を及ぼすことになる。以上のこと
からこういう結論がでる。すなわち反教育学は、
42 高知大学学術研究報告 第46巻(1997年)社会科学 教育をただわずかに社会的な強制の機能として とみるあらゆる傾向に反対する、という結論で ある。したがって反教育学は、どの次元におい て若い人々の<自律>へのアクチュアルな要求 が実行されうるかをそもそもはじめて目に見え るものにするのである」7)。 このようにKupfferは、<反教育学>という 用語を、教育全般に対する批判として用いてい るわけではなく、限定的に使用しているのであ る。 さて、その後Braunmiihlは、70年代に以 下のような著書を出している。
・Braunmiihl、E、 V、 /Kupffer、 H. /Oster-meyer、Hermut.:Die Gleichberec晩igung des Kiades. Programm、 zitr Beeruiigu昭des Erzie一 hunsskrieses ziuischen 盛几 Generationen. Reformuors硫laee fur Familie 、Geset2gebung unA IniititiAtioncn.Fischer Taschenbuch Ver-lag 1976。 ・Braunmiihl、E.v.:Zeit fur Kinder.Fischer Taschenbuch Verlag 1978. 十 『反教育学』とこの2つの著書は、Ulrich Klemmによって、今日まで「教育に対する反 教育学的な闘争における基礎文献」(QDA、13) と評価されているものである。 もう一人の、重要な反教育学者にH、v.Schoe-nebeckがいる。Schoenebeckはアメリカの70年 代初頭の子どもの権利運動やBraunmiihlの 『反教育学』などに触発されて、<子どもとの
友好関係Freundschaft mit Kindern>をスロー ガンに掲げ、1978年には社団法人「子どもとの
友好関係一−一支援サークル」を創設し、現在も 旺盛な実践・宣伝活動を行っている6彼の主要 な著書としては以下のようなものかおる。
・Der Versuche、ein kindeづreundlicher Leh.-rer 2U sem. Fischer Taschenbuch Verlag 1980.
その後£)Le Mcnschlicfifeeit der Schule-eine Utopia? TagebLむch eines 反証deづreundlichen Lehrers、として、1990年にVerlag Dr.Hubertus von.Schoenebeckより出版。
・UaterstiLtze几statt erziehen、Die neue Eltem、二Kind-Bezi=ehu几g、 Kosel Verlag 1982.
・!ch liebe miとh万]so u)ie icfi,bin.E)er Weg a1認 SelbstfiaL Ohnemacht und
EgoisTTuis. Kbl・sel-Verlag\四甜∧そヶの後Verlag Dr.Hubertus von Schoenebeckよ宍りレ出版。\∧ ………
・Antipdd昭ogife im Dialog.Eine Einfuhru昭 in antipad昭Oボsches Denfeen. Beltz Verlag 1985. =\ダ: \犬 犬
・Jenseits der Erziehung. Gnmdlagen UTld. Praxisfraeeれ∧&r er2ieh.ungsfreien Lebens-fuhrunsFreundschaft mit KinderかForder-kreis e.V。Miinster 1992に
・ Die aatipddasogisch* Argumentation Ant一 wartp.n.ヶauf pdddgogisclxe……Kritik.Verlag Dr.
Hubertus von Schoenebeck、 1996.これは、
A肘φa面gogife\1m Dialog、cr)増補版で、次の
論文が付加されでいる。 犬 。・。 ・。・・:
Erziehungsifreie Praxis, aus:Unteratiitzen
statt erziehsrt、S.223、255. ☆
Antipadagogik:Riickblick und Ausblick. In
:UTKlemm(Hrg.)、Quelleti und Dokwnente der A.庇眼泳面eogik.dipふVerlag 1992、S.231- 234. \ ¨ さらに、Schoenebeckは反教育学の資料集、 肛ateradlienzurぐAntip adagoaifel∧/n を Dieter Schneiderとの共同編集で、・1995年に
Freundschaft mit Kindern-Forderkreis e.V.
からし出七了いるレ6……=丿 十万∧………; KlemmはSchoenebeckを次のように評価して いる。「反教育学は80年代にはとりわけHuber一 如s von Schoenebeckと市民運動<子どもとの 友好>(ミュンスター)とによって、いっそう 発展して、・最初は子どもに限られていた反教育 学的なレやTスペグ‥ティヴをあらゆる生活分野を 包括する教育フリーな構想ぺと広げた。反教育 学は今や、あらゆこる教育学を博物館的な因習的 なもの七みなすずダスト教育学的なパラダイムに なる」(QDA、10-11)。 ‥ 今日では、反教育学はドイツで一定の市民権 を獲レ得するぽどまでになノづているo Ulrich Klemmによればく大学では、教育か=らフリー な生き方の構想に対する関心の増大が学生の側 から作昨出ざれている。それは、例えば反教育
反教育学一一-その理論的基礎と原理(池谷)
学者の特別講演への招待や試験答案にも示され ている。また今日、<教育の代わりに支援を
Unterstiitzen statt erziehen ! >というテーマ
での講演とセミナーが標準プログラムの一部に なってい局教育施設(市民大学)がますます多 くなっている。 さらに、反教育学運動は、 Schoenebeckによって創設された、ミュンスター の支援サークル<子どもとの友好関係>という 形で制度化され、その運動体は、そのセミナー プログラムと助言プログラムをたえず拡げて、 すでに外国で広報活動を行うまでになっている (QDA、7)。 こうした反教育学とその運動に対して、教育 学者側の反応は、先に挙げた一部の学者たちを 除いては、全体としては否定的なものであった。 いち早く反応したのはJ.Oelkersであるが、彼 は、反教育学の基本方向は、すでにEllen Key によって要求されたような、伝統的な<子ども からの教育学>であり、そして背景理論として は、核においては<反精神医学>の制度批判の ラディカル化であり、家庭教育の必要性の人類 学的基礎付けの解体だ、としでいる8)。 80年 代始めには反教育学に対する3つの包括的な教 育学の回答がでている。 Michael W inkier: Stichujorte zur A戒φddagogife.1982、A.Flit-ner : Konrad、 sprach、dieFrau Mama. 1982、 J. Oelker s/Th. Lehmann:Antipadagogik.、1983 である。これらの批判に対しては、Schoenebeck が『対話における反教育学Antipdd昭oeife im Dialog』(1985)のなかで、詳細に回答してい る。
第3節 反教育学のその後の軌跡
ところで、反教育学は現在では重点を反教育
学から次第に、教育学と反教育学との対立を超
えた立場を目指している。
80年代半ば以降、
Braunmuhlは教育学に対する反教育学という
彼の根源的な立場から次第に距離を取って、両
者を超えた「教育学と反教育学の彼岸Jenseits
von Padagogik
und Antipadagogik」の道を
探っていくことになる。その思想は80年代半ば
以降の次の著書に見ることができる。
43 ・Der heimlicke Generationenuertrag..Jen-seits von Pddagogife und Antip d dagogife. Rowohlt 1986。 ・Zur Vemu吋t feommen、。 Eirve”Å以しPsy-chopddagogik.”. Beltz Verlag 1990。 ・AnneteBohm/E.v.Braunmuhl、乙油eoh-几e Hiebe. Der Weg 2U harmonischen Familも一 enbeziehu昭'en. Patmos-Verlag. 1993。 ・Annete Bohm/'E.v.Braunmuhl、Gleicか berechtigu昭行-sseRe Sch八tt zum F八e臨几. Patmos-Verlag・ 1994。 またH.v.Schoenebeckも、90年代の始め以来、 <ポスト教育学的postpadagogisch>という 概念を持ち込んで、<反教育学>概念に代えよ うとしている。「教育フリーな生活哲学の掛替 えのない概念はまだない。形容詞くポスト教育 学的postpadagogisch>はその際名詞<反教育 学>よりもずっと鋭い、というのは<ポスト教 育学的postpadagogisch>には、そもそも (反教育学がなお対決している)教育学と教育 的なものdas Erzieherischeとのいかなる親近 性もないからである」(JE、64)。くポスト教育 学的post巨dagogisch>は、子どもとの教育 フリーな交際だけではなく、それをこえた全体 的な生活哲学として理解されている。それゆえ 「90年代は、教育フリーな生活構想がポピュラー 化されうるかどうかそしてどのようにしてポピュ ラー化されうるのかをもう示さなければならな いだろう。これまで以上に、今日実践、教育と 教育学との具体的一実践的な違い、反教育学の 長所とその<長期的な効果>に関する問いが提 起される。いつ私は実践において教育者であり、 そしていつ私は反教育学者であるのか?こうし た説得活動を反教育学はこれまで以上にリアリ スティックに行わねばならない。反教育学をイ デオロギー的に基礎付け正当化する時代は過ぎ 去ったー<処方涯>が問われる。人々(実際 ほとんどみな<教育された者>であり<教育す る者>である)に反教育学のくよりベターな> 実践を納得させることに成功する時だけ、教育 フリーの生活構想をもっと広めることが可能で44 高知大学学術研究報告 第46巻(1997年)∧社会科学
ある」(QDA、20)。
こうしたその後の展開の中で、Braunmuhl
とSchoenebeckとの間には、後に見るように、
反教育学とその運動をめぐって決定的な意見の
対立が生じてくることになる。
第2章 Braunmuhlの<反教育学>
第1節 Braunmiihlの時代認識と<教育>批判 1 ) Braunmiihlが<教育>と<教育学>の 批判の際に、彼が共有している前提は、M.Mead の時代・文化認識とL .deMauseの親子関係様 態の時代区分である。 Meadは『文化とコミッ トメント』(『地球時代の文化論』太田和子訳、 東京大学出版会)の中で、人間の文化を3つの 文化形態に類型化している。すなわち「過去志 向型の文化」、「現在志向型の文化」、「未来志向 型の文化」である。そして「未来志向型の文化」 こそ今後の文化形態にならねばならない、と考 える。それは「これまでに例を見ない世界的規 模での“世代の断絶”という現実」(99ページ) が起こっているからである。「子供たちは現在、 想像もつかぬような未知の未来に直面している ように思われる。わたしたちはそれを、年長者 中心で親がモデルとなるような安定した文化、 いいかえれば多くの過去志向的な要素を内包す る文化に現在志向的な要素をとりいれつつ世代 の交替をはかることで問題を解決しようと試み ている」(80ページ)。「だがこれからは、能力 も未知で選択も自由なままの子供たちが主体と なる未来に主眼をおいた開放システムの創造に 向かって歩まねばならない。そうするなかで、、 われわれは現在まで歩んできた道をふたたび歩 くことは不可能だということを、はっきり認識 するのである」(113ページ)。 この第3の未来 志向的な文化の発展は、大人との間にたえず対 話が成立するかどうかにかかっている。その対 話によってこそ、自発的に自由に行動する若者 たちが大人を未知の方向へ導いていけるからで ある。そうすれば、大人の世代は新しい経験的 知識をもてるようになるだろうし、そうしてこ そ有益な計画を立てることもできるだろう。「く。りかえしレて言うが、われわれが生存しうる
未来を建設できるのは、そ岑した知識をもった
若者たちの直接参加があってこそなのだ」(115
ぺ午ジ)。 ・。・
一方、deMauseは親子関係の様態の進化の歴 史を√彼めゾケ「jLIヽ理発生的理論」に‥もとづいて。 6つの形態の歴史として描いている(L・ドウ モ二ぐス編著∧『子ど=も期の歴史』寸794年、一部邦 訳了親子関係の進化』宮渾康人他訳、海鳴社)。 すなノわち親子関係ダ)歴史を、①子殺し的様態 (古代から4世紀にかけて)、②子捨て的様態 (4世紀か=ら13世紀にかけて)、③対立感情共存 的様態(14世紀から17世紀にかけ七)、④侵入的様態(18世紀)、⑤社会化的様態(19世紀か
ら30世紀半ばにかけて)、⑥援助的様態(20世
紀の半ばから)9)に区分し、その歴史を、そ れらの様態が重なナり合いなごがらも次第に進化し ていく歴史と見ている。この6つの様態の連鎖 で示されてナいるのは、「親/と子の距離が次第に 接近してくる過程土であり、丁親が世代を追う にしたがって徐々ノに、自らスの子育てにおける不 安を克服しご子どもの要求に同化し、それを満 たしてやるy能力を発達させできたこと」(邦訳、 161ページ)\である。 以上の世代間の対話の可能性と援助的な子育 て様:態という時代認識を共有七ながら、 Braunmiihlは、このような時代にあっては、 「将来子どもはもはや自分のその後の人生へと 準備されねばならない者と・して見なされてはな らずミこごにそ七七今、自己了解して自己決定 して生き学習している者として見なされねばな らない」(A、9)と考える。 そしてまたこの点 て、現代を<子どものための時代>と総括し必 然だとしてごいる。 しかし<子どものための時代 >が今日の時代を意味しているわけではない。 むしろ、子:ども・青少年の犯罪、アルコール中 毒、………自殺√ノドラッグ問題√暴力行為、行動障害 等々に見られるように、今日、子ども期は「子 どもごに敵対する時代」(DGK、7)となっている。 そしてこの敵対を生み出している元凶こそ、< 教育>と<教育イデオロギ=>なめである・6反教育学-その理論的基礎と原理(池谷) 2)<教育>とそのイデオロギーを批判して いぐ際、Braunmiihlは教育(学)を<土台> と<上部構造>とに分ける。「土台現象」とは 「現実に子どもに関して起こ9ているこ=と、特 に子どもの最初の年齢の間に起こっていること」 (A、11)である。ここには個々の教育イデオロ ギーに貫通している観念、すなわち「教育イデ オロギー一般」も含まれる。 これに対して、 「上部構造」には特定の教育イデオロギー(勇 気への教育、社会主義教育、反権威的教育、解 放的教育等々)やさまざまな教育構想が含まれ る。 Braunmiihlが 「子どもの最初の年齢の間 に起こうていること」を教育学の土台として重 視するのは、第一に、子どもの最初期にこそ、 <教育>と<教育の必要性>をめぐる議論、お よび子どもに対応する大人のあり方が最もプリ ミティヴなかたちでかつクリアに示されるから であり、第二に、後に見るように、乳幼児期に 受けた養育・教育体験にこそ、大人になった際 に自らが行う<教育(学)的な態度>の根源が あるからである。 以上の教育の<土台一上部構造>論は、マル クス主義の<土合一上部構造>論とは明らかに 違っている。<教育>や<教育イデオロギー> はマルクス主義の理解では、上部構造の主要な 構成要素どして位置づけられる。例えば、L. Althusserでは√<教育イデオロギー>は国家 のイデガロギ一装置の中に組み込まれてい る1o)。これに対七て、Braunmuhトが<教育イ デオロギー>を土台とするのは、<教育イデオ ロギー>を社会システムや生産諸関係に依存し ない「独立変数」と見なすからである。この点 について、Braunmiihlは、deMauseの心理 発生的理論-「親子関係の進化が歴史的変化 の独立ノした原因をなしている」(邦訳、5ページ) --を引き合いに出しながら、次のように述べ ているJ「もっと情動的な成熟への大人の進化・ 発達はー・-一一人間の魂と精神においても改良が可 能である前に、まず他のすべてのものが違った ものにならねばならないといつも主張する人々 が信じているようには一一社会システム、生産 諸関係等々に依存していない。教育学的思考は 45 独立変数・独立した量 eine eigenstandige G祐佃である。-(自称人間に対する人間 の支配がないとされている)最も麗しき社会主 義は、資本と資本家の支配は一づの事柄である とはまだ把握していなかった。これに対してまっ たく別の事柄=は、人間に対する人間の年齢に条 件づけられた支配(/これは本質的に教育イデオ ロギーによつて生命を維持され擁護される)な のである」(DGK、29)。このように、Braunmiihl =は、<資本の支配>(生産関係上の経済的な支 配)と<年齢による支配>とIを区別し、それを 経済的支配から独立七た変数とする。 犬 \ レで・は<教育イデオロギー>とは何小6 Braunmiihlは丁教育」〉の概念と反教育学の立 場を、次のように明らかにしている。「反教育 学が<陶冶>にも<教授>にも反対せず、∧ただ <教育>犬(およびぞの使用手引の<教育学>)/ だけに反対している\ことは、自明である。 他の 人間をその<基本構造>において形成するとい う要求、<人生形成め目標><人生のコ‥−ス> を立てるという要求4彼らが<人生に値するも の>として見なすものを決定するという要求、l こうした要求こそ、<教育>概念でもって特徴 肘けられるもめである」(Å、78)。 こめく教育 >把握の点では、GieseckeもBraunmuhlも一致 七ている。= 上 犬 ニ= ∧十・さてこの意図的な教育をBraunmuhlはく補 完教育erganzende Erziehung>と<実体的教育 substanzialle Erziehung>とトいう2つの概念 ぺと下位区分している。∇まず<補完教育>には、 丁問いに答える∇こ=と、および、子どもが大人に そう七てくれるように要請するので、大人が行 うすべてのこと」が入るが、七かしまた、子ど もが一人ではおそらく克服することができない アクヂュケルな状況に限定されたままであれば、 大人め干渉もまたそこには入ることになる。こ れに対して<実体的教育>は、「子どもをその 実体において変えさせようとするような行為」 (ZfK、85)を意味する。ごの<実体的教育>こ ぞ、‥反教育学が廃止しようとするものである。 二ではなぜBraunmiihlは<教育>の廃止と言 うのか6それは、「<教育>という言葉のうち
46 高知大学学術研究報告し=第46巻=ム……=………〔1997年㈲ププ=jミ社会科学二……1………1………j…………万・.=〕 に半、……I公丿的・な言語慣用のjうちにもしづていくるま、いト∧≫七 響きとは:かかれりノなjくノ、レ何か尊厳をおと/しめる………=こ・ 4zヤ、り・-、iはK・4・.よタヽダ4・・ ..・・・-.-・、ヴ丿・/r7・http://www..・t.?..-.、・.・・ソ ものの響きが。こ:もらでい4」∧(ZfK,86)がヽら万一で ある6/こ:こでは寸教育の客体力あ右者は、<飼………1.:I・.: いjな:らす者Zogiling>でjあ/り√まっこたくゾ服従ヘニj……; 1き£jlマ資.・│φli/\--> 1≪ J.、、、エ1/ 1/ _一犬l /ゝたrtrt/−l-x≠flt?/│ふ・│・/ と義務づけノられ:な‥いレとしても、ト従属ぺとj義務づ\/1..y=1万一 けられてくお上りレ√<未熟>であり√そ口者に=は価△し 値に満ぢ溢れた人間性の何かがまだ欠けてゾいるレニづ し加し<教育>の最も重要な伴音はゝ・∧教育客:体∧j………jll の不自由、4……教.育客体が委ねられている¨こと、二教\…………:=・・y 育客休め自己決定と自己責任を妨げていること\〉 である丁(ebenda.)oすなわち√<教育>概念………万ノノソ.ユI.・ に共通している=のは√「他の人間を改良七、変1………:……1 えようノとする要求丁であ町√そして子どもの生 き方や価値観比:対するブ他人による決定と干渉」 (A,80卜である。……万そ・こす・は子ど/も画寸吋己決定 しと統合性丿は否定されでいるし八子どもしに対す る万「尊敬」尚もフ見い/だすこ/とができない。 こトの 「尊散士こぞ水=ましざまな教育理論を評価する際 ニの試金石・となる◇(ZfK,28)。………= ∧………… △こう七寸寸教育イプデオロギー」士は√「あ\ら ゆる政治的抗争め彼岸で子どもと青少年を、大 人の規範……・……目標観念/のこ訟めに徴発する上 (AS万一、91)∧ものでありご「教育上は√子どもを大 し た 占 フ は I … … I / 示 … … … し j = 万 サ ゙ て し … … I ケ ゙ … … = と ' j j も j ≫ 4 = ノ レ … … … る I = = U I ヽ k 人の・望むように改良したいという点て、上子ども∧☆ (とそのしあノるが=ままの姿)に対する非寛容と不∧ソ 信を前提としている=限り、4「寛丿容/・」尊重犬(信頼レヘ…… J---・ ・ 4 .1...哺.・・・ − = −・ ■
の理念」ことは相容れないものである。したがっ
てそこでは民主主義などは問題に\もならないノ
そしてこの<教育>と<教育イデオ9ギ≒->が
具体化かれた]=ものが<教育ノ(学卜的思考面よ
daまog爾h卵/D邸ken>であり√<教育\(学)ト=
uagogisり11りb ueiiKen^ c <cリ、\45χ目 しニFノ==……… 的郷屎p面砲ogischeニ良ns:teUu噌>であ乱レ画=\\万………るいは逆、に言えばぐ<教育学的思考>と<教育i
学的態度>七いう具体的な実践の背後にあり、上
それを支えレているものが<教育>と≪教育千デ
オロギT>である。=………/ ……/ \
3)∧ではなゼ仁のようなl<教育イ\デす口
トによ . : ・ . ミ W ・ . U . ・ . 宍らyでヶいが ・ 〃 − ・ ・ ・ ・ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ㎜ ■ ■ ㎜ ㎜ ■ ・ . 一 一 7 イ ケ デ こ オ : 口 … … : レ : , ノ と い う ソ こ … … … : と = = : I Z つ j G = ) 七 丿 悲 し I 4 稲 し そ れ を \ フ ゙ ケ ゙ 才 卜 ら 卜 才 試 方 士 な y の で あ j ギー>が土台として再生産さレれるjのか。 Braunmiihトは<教育学的野心巨dagogisむhβj………iyj;で AmbitioU>のうちに見る6I扮au:nmiihlトはく教 育(学)……的野心>を<十次的教育/(学)∇的野心 ・=とに分宍ける≒。レ<。一 なごじ無意 であトり、 卜(無意識的な) ぎ起yこ\さソれるこ。 kyの不快で苦 方法くはミその 本験奄意識か √「乙工の抑圧 し無意識jの 〉り\「子士ど ;ぐの時期の プ出を抑圧 らなyい。あ 対ぐしで親目身万ほ どレして)万……=とらくプ「親は生命、
予 言 ] も = の う ≒ ち レ に あ ノ と 万 万 ・ に ノ な \ る j ・ = j J … … g . = ・ J 「 子 ど れこ……=品=位を汚 心れたこ レベで=の力 I=も憾良き を汚され、 ため にされたか な:いサ右済ま ㈲∧教育は 、……疎外され反教育学一一その理論的基礎と原理(池谷)
とは、<一次的教育学的野心>を自覚し恥じた1
としても、「大人たちは教育しなければならな
い」(親の教育の義務と権利)というく教育イ
デオロギー>の前で、自分が十分には教育して
こなかったとして、教育的措置をエスカレート
さ廿ていくところに生しるしものである。教育の
犠牲者である親は、<教育イデオロギー>にと
らわれている限り、<一次的教育学的野心>を
さらに<二次的教育学的野心>でもって強化せ
ざるをえない。「教育学的野心とは、その当時
の教育者に対する無意識的な復讐であるふしか
七、教育学的野心はその当時の教育者に向かわ
ずに、今日の子どもに向かう。すべての教育理
論はこうした心理学的背景で成長する」(ZfK、
45)。こ・うして教育の悪循環が生じることにな
る。 /
、第2節 Braunmiihlの反教育学の定理 し Braunmiihlは教育の悪循環を断ち/切るため に、「反教育学の定理」を掲げる。それは①乳 児の権威性、②正当防衛原理、③子どもとの友 好関係、しである。 十 (1)乳児め権威性∧ ダ …… H.Gieseckeも含めて教育と教育学は、子ども (特に乳児)の自己決定能力を否定することで 成り立っている。とすれば、「自発的であれ口 「自律的であれ!」という教育学の要請自身が 矛盾を抱えることになる。 Gieseckeの<教育= 学習>論はこうした議論の典型懲ある。という のも、・ Giesecke では、学習が「服従\Unteト werfung」√すなわち他者による決定と同一視 されでいるか石であるよGieseckeは次のよう に述べ七いた6「子どもの最初の学習はある程 度は、両親が現にあること及び両親が要求する ことへの服従である√そして両親が要求するこ とは、すでに述べたように、大部分は、社会が 全体とし七要求するもの、ないレは両親の社会 的な階層において慣例であるものである。どの 程度最初の時期の学習が服従と同一であるかを 計り知るためには、新生児が彼の両親と他の大 人に全面的に委ねられていることを十分に考え なければならないJo)。 I 47 そこで問題は、<乳児には自律性があるのか ないのか>ということになる丿自律性が始めか /らあるとすれば√<自律性への教育>は余計な ものと七てミそノもそも成立しなくなる。逆にな っいとなれば、教育(他者による決定)は肯定さ れることになる=。結論を先取りして言えば、づ Braun血Uh1は子どもの生まれっきの<実存的 な自律性existenUemAutondmie>を承認す る。……この・・自律性は<自発的自大律性 Spontanautonomie〉>とも、\ま直日.D.Laing にならっで<存在論的目律性トontologisむhe Aut6no 「沁>(『ひき裂かれた自己』阪本健二 他訳、みすず書房、73ぺ¬ジ)と万も呼ばれてい る。それはI「先行する他人の決定がない自己決 定上(A、149)と七/七、<う次的自律性>と言 われる。これに対して<教育>が求める自律性 は<二次的自律性>である。 =上 ‥‥‥‥ トではj・Braunmiihlがくや次的自律性>を主 丿張する根拠は何か。その根拠は、乳児にはすで レに自我と人格状態があるこどであるノ「<人格 >をLaingととも/に<二重に>ゝ……すなわち客観 的宇宙め定位中心としての経験と行為の源泉と しての行動とから、定義するとすればぐあるい ヶゲは<自我>をEriksonとともに<人間の経験と \行勤め中心的な組織原理>と定義すれば√すで に乳児には自我と人格状態/(進化ポテンシャル としての)トがあることを認めざるを得ない、と いうめ士もすでに乳児は世界を自分の感官でもっ て経験七、自分の理由で行為し(叫び、眠り)、 自分め不安から教育比従うからである」(A、15 6)ノこうした乳児の能動的な性格、自発性は、十 J・.Pi昭此\は言うまでもな尚く、しとりわけT.G.R・ Bauerの乳児研究以来(例えば、『ヒュ←Tマン・ ディベロプメツノト』ミネルヴ=ア書房、等参照)、 今白の心理学では、ますます確認され七いる。 \こう=した反解釈から、子どもの側から大人に ∧対七で<自律性要請AUto如m1叫nSprUch> が出されるよただし√この<自律性要請>とい \う概念は経験的には裏付けられない6それは< 十仮言ダWQnyD飢n>命題としTご、周囲の。大人 ……の世界め構え≒態度に依存している。すなわち、 「自律性が・(‥。:・…始めからの性質として、‥そう48‥‥‥ ‥‥‥‥‥‥‥‥‥ ‥‥高知大学学術研究報告∧第砧巻:……(1り97年)社1 ■ ■ ■ -〃← したこくとを考慮して子Jどもたちと(大人とする………万…………くる:=が1………こ∧う七レだ………こ万と万す=づて=をj乳児恚している. のと同様に)ト交際しな/ければなら女い諸前提φ\レ……]ごけ性乳児……の・j一一.親゜.・やj.:世・混 一七)として見な・され、:それゆjえ子ども.だ=ちが服丿 従√教育√脱自己化を免れる:とすれば√子ども た=ちは始めか]ら自発的自律的な実存形態を実現……=:lj;=万万;: すjるこムとができ希」.ト(か160)o Braunmuhl tt・、 ノ ミ ー y .' ゛ . . . ・ w ? ″ ・ J . ・ V - ' ≫ - タ ・ ゛ ・ ` ´ ` ゛ ・ ノ り ょ ー ! a ・ t 4 t 4 ・ ` ↓ x . 4 t s ↓ - よ ≪ C N - ^ . ・ ぺ で : . ・ j 一 次 的 自 律 性 を 否 定 し 二 次 的 自 律 性 1 = を 求 め く る ≪ 十 … … = 万 万 : 教育、(学)二的自立>に対して、……始めかゲら☆次的 自律性を前提とすくる付立を<政治ノ\(学)‥的 自立>〉①GK、41)二と呼んでいる。\……\……… また教育学者だ万ちは、ノ乳児の依存性や未熟性、………yj万万 無力・さから√子ども・に対する,大人の<教育>め………レ。jJ・ I) 必要性を主張してき=た。丁教育学者だ=ちこは√世∧] 代間の交際において:は大人たぢが優位々あこるゾしレパ do・inieren優位でな廿れ万ばならyない恚い今点……: で¬-致しでいる」,=でA√223)めであうるj丿そのト……… 例と:して士Braun出面1犬はGieseckeづの次の一文 \ を引=用jして・いるよ「教育lにおける」支配の唯一の………万1= 正当化は√今日では個体発生的に条件付け言れ た未熟さ卜口うちに=ある」1几しか七、し乳児 の例からノは逆に、上大人との関係で実際に優位な のは乳児であるノ「あくる理性的なこ→一愛のない ないしは教育的な母親とは反対に一一一一母親は、 権威や優位を要請せずに、自分の乳児に服従レ でい:る、それはただ乳児がひじょうに依存して お・り母親を頼りにしているから・という\理由jかレら である。 (中略)し彼女はぐ=自分かではなくて・、: 乳児が自分には何か欠けでいるかを知・つてもい るしし合図もすることを認識している。すなわちて .-一甲-'一一・-・ .ご . --● '㎜・--・・・ − − ミW /  ̄・・〃.● 一一. 乳児は(あらゆる意識性比先だうで卜知覚コyこレ万万・J j・=J= ピテンスぐとコミュニケ→レションコンビテンズを 持つトでお力√始めから自己決定の能力を持づて いるのでjある土(Aj、恕4赳。このように乳児の指 示に母親が応ずるとすれば、こめことは、実際 には「乳児が権威であり正当な上司である\ごと⊥ (Å、225)を意味仁でいるノ ∧‥‥‥‥‥ニ 犬Braunmiihlは別のと犬ころでは、乳児ノと親ダ \保護者どの関係を√前民主主義時代の専制君主 と廷臣、農民との関係と比較しながら論じてい る。jすべての廷臣、手工業者く農民が専制君主万 の願望や命令を気にしな=1ければミそjめ王は荒れ‥ 狂い、ニ叫び回うて、ごういこには顔を青ざめで諦め ぐ]彼らソの活動を提案 …………こ/4:」……/1(=lt
反教育学-その理論的基礎と原理万(池谷) 49
し合う」(A、237)のである。 ∧ し (3)子どもとの友好関係 犬 こうした大人と子どもとの反教育学的な関係
をBraunmiihlは「子どもとの友好関係Freund-schaft mit Kindern」 と表現する。 Braunmiih
lによれば、「今日子ども期-ただたんに就学 期間としてではないー一一は子ども敵対の時代で ある」(ZfK、7)。多くの親たちが<教育学的態 度>で子どもに接しているからである。こめ 「子ども敵対性」のオールタナティヴが「子ど もとの友好関係」である。 Braunmiihl は、< Freundschaft>概念を、「親切・好意Freundli-chkeit」(「子ども好きKinderfreundlichkeit」)・ 概念をはるかに超え出るものとしてとらえてい る。・Braun血iihlによれば、友人Freundeの 開か親切freundlichなものであるとしても、 そこに賠勲さや偽善とい\う意味での親切・好意/ Freundlichkeitが出てくjれば、友好関係 Freundschaftはだめになるし、また一方が教 育学的な考えを思いつくやいなや友好関係はそ の基礎を失う。これに対して、/友人が互いに信 頼しあうことができると言う時、これは核心に\ おいて「他者が自分をあるがままに受容するこ と、他者がたしかに求められなければ干渉しな いが、しかし彼はあらゆるあり得る援助のため には呼び出しに応じること」(A、235卜を意味 している。 これがBraunmiihトの言う友好関 係Freundschaftである。 :こうした友好関係は強要したり何らかの方法十 で操作的に作り出すことができない。友好関係 は生じ、友人は、求め合わずに見づけられるの である。しかしそれが求め合ったものならば、 彼らの関係は結婚に似た似非友好関係となる。 すなわち独立の要素が欠けており、当事者は互 いに「利用し」合うようになる。その時にはそ れは友好関係ではなくて、ただ「パートナーシッ プPartnerschaftJ (A、236)である。 この点 で、「<近代的なパートナーシップの教育>と犬 いう概念は教育イデオロギーのもう一つの策略十 でしかない。主人と奴隷もあるいは客と売春婦 もパートナーである」(A、236)。これに対して、■■■ 友好関係には先に見た「正当防衛原理」が内在 している。「友人たちは教育し合わないけれど も、しかし不当な干渉に対しては互いに防衛し 合う」(A、237)めである。 犬 Braunmiihlは子どもと=親との友好関係を 「客Gast」しと「ホスト」との関係になぞらえて いる。「子ども好き・子ども友好的な親が教育 学的には考えて行勤しないことは明らかである。 彼らは自分の客をもてなし、すべてその客の気 に入るよう=にすることができる時に喜ぶ。彼ら はその客を判断しないし、その客の将来を心配 しない七を\め客の関心事に干渉しない、要する に、ニ彼ら鍵客の権利を尊重するのであって、わ が子が、親の客との友情を濫用しようどする考 えを思い付<時にだけ、コ<服従>を拒否する土 (ZfK、26)。 犬 \ ■■ ■ 子どもとの友好関係を持とうとする=と、当然 大人の責任という問題が浮かび上がるノすなわ ち、大人が子ども敵対的でもなく、教育もしな いとなれば、親は何に対して責任を負\うべきな のか、という問題であjる。これを考えるために、 Braunmiihトは「親め心配・。し不安A面牡」を次 の5づのパースyぺ1クティヴに分けて論じている。 すなわち、第一に、し親にとっては「快適なでき るだけ調和のある1日の経過上が大事で、困難 が生じると、それをできるだけ速やかに解決し ようとする。これが「日常のパ市スペクティヴ あるいは現実的なパースペクティヴ」(Pi) である。 しかし親ぱしばしば、自分たちが正し く行動しないと、明日あるいは明後日ふたたび ある困難が起こることが/あるくので。はないかと、。 心配する。これが第二の丁短期的なパースペク ティヴ」(Pト2)である。また親。は特定の人生 の時期、新たな状況を機にそして切迫する危機 の長期の見通しにたづて心配する。これがて中 期的なパースペク・ティ丿」(P3①である。\さ らに、親は自分たちがかべかく行動すれば、トわ が子は大人の時にどうなっているだろうか、と 心配することもある。=これが丁長期的なノドース ベクディヴ」(P4)であるふそしで以上のす べてのパースペクティヴは「社会的なパースペ クティヴ」(P5卜によって補完されている。 すなわち、親は国家、経済、民主主義、ご平和が
5 0 どうな⑥だろうレカベ……そしてわが子がこれレらめ咄. 来事とうまく=やう\でいける=かどうかを心配する/ (ZfK,115)o………万…………ノ=犬………\…………I:
責任は
寸子ど 上φ原こ レしかし以上め:5づめパTスベクテイ∧ヴのうぢ、………理エ.I.―4It P1ノだけが特殊性を持つでいるoすなれちぺ…………ゾ社会>を展望す……=jるノめ寸あるjよ………レ.十十十=………\………=I.J……… れうる」。ニ(ZfK・、116)トのであよるノこれに対して、 将来の成果に関する決定はまったく違=つでる・。 例えば、教育する親は現在の子どもに関七て心 配しているめ懲=はなノぐてミ「彼らの功名心の将 来に関七で不安(心配を抱いている)レ‥づま唐= 「彼弓は=自分の子ども。だ。ち・=に高一一い・目標を定;め・、・ 高い期待と要求を彼ノらの子ども誰将来に向けで いる」ぐ「それゆえ将来に対して責任をもづてい……,:万。 るだけTぐある」(ZfK,122)。二だが√官分の子‥ど\\ もの将来に対して責任があると考えるやいなや、………::I 「子どもこ=は自=由な主体としてでは方トくて√ただ=ト Tマリオネヅ\ト=、ロボッ\ト、機械としてのみ現れ∧ るJ (ebenda.)。‥‥‥‥ ‥ ‥ ‥‥‥‥ ‥‥‥‥‥‥‥: これに対していBra面皿Uh卜はし「そ\も。そ:もあ入 る他め人間の将来に対七で責任を持つことはで きなレい」しと主張するよ私かPIの領域で子とも\ と会話をして√子ど右と私か直接的にくよい> ミ・--9http://www.jp`.″〃IW″¶「゜・」一二4ノ・・・4` ベミ'.・ /. .・.・ <正しい>/と判断する決定を行っても、……これら…………j万: <正しい>と判断する決定を行っても、……これら………れ=Iで4=?万=るJ、 め決定が将来と社会的な利益と:にどのような一……=∧∇nati.と 定の影響柴及ぼすかを知るこ七はでプぎ=ない。∧紅上士]血贈時 しろ寸子どもにとらて今日悪ければ、ニ子ど為に\ト加圃 とダで4:ま明日√翌年献トそトもそも悪卜とい∇う公…………:grupi 算のほうIが、……今日子ど有にことぅて・よこい時よ、りトも………JI.・:;・ 大きい」(ZfK、124)o………そ:こて?私かできる=こ:とは√<レ 「Pl」領域のなかでだ/け、ノ子どもが何によニらて自\\………」・ 由と幸福のよノうな概念を具体的に実現する:かを√レ………j 子どパも/と<交渉七で取カ:決め名・au.sh=臨de拓>………\………こ. こと」(ZfK,125)で画るレごうして:Braur面Uhト\y 「Pt領域のなかでだ/け、ノ子どもが何によノらて自………:………」・i」・4di万一:宍:1万:・tier..・」・: はぐ大人=が自分の子どもたちに対す⑥責任を 要求する権利に反対する。寸私の見方ではミ大 人たちは彼右自身四行為に対すくる責任を担うの であ・つて、=子どもトに対す蕃責任をではなこいノ反教育学一一-その理論的基礎と原理(池谷) ることを決心する(U、199-200)。その第一歩が、 「私か初めておずおずと子どもとの私の経験を ミュンスターの児童保護連盟で報告し、その市 の連盟の当時の理事であったJans-Ekkehard Bonteが全メンバーに私のポジションペーパー を送った時」(U、200)であった。そして1978 年10月30日に、Schoenebeck は Jans-Ekkehard Bonteら8人の仲間と共同して社団 法人<子どもとの友好関係一支援サークル>を 創設し、理論的実践的な啓蒙運動を展開してい くことになる。 Schoenebeckは、1975年来、反教育学の創始 者であるBraunmiihlと共同研究をし共同行動 をとったりしていた。しかし、基本的な戦略の 違いもあって、Braunmiihlは先の支援サーク ルから脱退していくことになる。 Klemmも指 摘しているように、またSchoenebeck自身が 筆者にも語ったように、その違いとは「E.v. Braunmiihlが<政治的行動>をプロパガンダ しそのイニシアティブを取るのに対して、H.v. Schoenebeckにとっては、教育学の世界を差別 しない啓蒙・助言活動が、教育フリーな(彼は これを<ポスト教育学的な>とも呼ぶ)生活態 度の理念を広い範囲に普及するという目標を携 えて、前景に出て来る」(QDA、15)、といった ものである。 Schoenebeckは、反教育学者に対する Andreas Flitnerの批判---一反教育学がすべて の教師と教育者を激しく誹膀するのは、ジャー ナリスティックな効果を狙っているからだ、と いう批判(Konrad、 sprach die Frau Mama.)
に応える中で、反教育学者を「攻撃的な
反教育学者と攻撃的な子どもの権利論者」と
「反教育学を平和的な手段で社会へともたらす
ような反教育学者」とに分けている。その際、
前者としてフランスの子どもの権利論者
Christine Rochefortだけを挙げ、自分を後者
に入れている(AiD、48-49)が、おそらく前者
で念頭に入れている一人はBraunmiihlであ
ろう。 Schoenebeck
は自分の立場をこう述べ
ている。
「だが攻撃的な反教育学者ばかりではなく、
51反教育学を平和的な手段でもって社会へともた
らすような反教育学者もいる。私はそうした反
教育学者に数え入れられるし、彼らの仲間の中
から1978年来子どもとの友好一運動が発達して
きたが、この運動は反教育学をリアリスティッ
クな日常実践へと置き移すことを追求し教育学
的な人間に関係・繋がりと対話を提供するもの
である。これらの反教育学者は、彼ら’の攻撃的
な共同闘争者と同様に反教育学的な諸命題とは
一線を画しはしない。しかし彼らは、反教育学
的な諸関係への変革は今日の権力者、教育学的
に自己了解している人間の情動的な方向転換
Umorientierungを前提とすることに賭けてい
るし、教育学的な人間のうちに一一彼らの見方
からもその人間の破壊的な作用にもかかわらず
ー、建設的な関係に入ることが人間的に必要
であるばかりではなく核心からして不可欠であ
るところの隣人を見る。反教育学的なことを知
らせるための前提は、呼びかけられた人が感情
的にも内容に向くことである」(AiD、49)。
Schoenebeckが、次に見るように自分の立
場を<反教育学>と呼ばずに、もっぱら<子ど
もとの友好関係>と呼ぶのはこうした意図から
でもあろう。
第2節 <子どもとの友好関係>とその理論的 基礎 \ Schoenebeckは大人と子どもとの新たな関 係を「子どもとの友好関係」と呼ぶ。 Schoenebeckによれば、「この名称に私かたど り着いたのは、私か1975年にEkkehard v. Braunmiihlの<反教育学>(Weinheim 1975) を読んで、どのようにしたらこの否定的な反概 念(<Antipad融ogik>)の代わりに建設的な 概念が見いだされるかをよく考えた時であった。 V. Braunmiihl自身は、彼の本の小さな一節に <子どもとの友好>というタイトルをつけてい たし、その中で建設的なパースペクティヴを示 していた。私にとづてはこの短い定式は、新し い関係において実現されうるものすべてを表現 している。私の学問的な仕事のために、私は< AmicaUon>(英語のamicable、すなわち友52 高知大学学術研究報告 第46巻(1997年)社会科学
好的なfreundlichに由来する)を、Freund-schaft mit Kindern の専門用語として導入し、
そして1978年、つまり新しい関係のための広報 活動の始まり以来、私はFreundschaft mit Kindern を世代間の新しい共同生活 Mitieinanderのトレードマークにした」(U、11)。 この丁子どもとの友好関係」は、Schoene-beck によれば、次の3つの立場に立脚してい る。すなわち、①反教育学、②子どもの権利運 動の諸命題、および③精神力学的な諸認識であ る(U、12)。先にも指摘したように、Schoene-beckにとっては、反教育学は、自分の立場の理 論的基礎の一つとして位置づけられている。こ の点て、<反教育学>という基本的な原理では Braunmiihlとは一致するとしても、その力点 の置き方が大きく異なっている。その要因の一 つとして考えられるのは、Schoenebeckが 「反教育学の自己了解丁としてあげている重要 な人物の一人がCarl Rogers であることに関 係していると思われる。すなわち、Rogersの 「静かな革命」という平和戦略的な思想(Carl Rogers oa PersonalPoioer. Die Kraft 面s Guten、邦訳『人間の潜在力』畠瀬稔・畠瀬直 子訳、創元社)がSchoenebeckに対して大き な影響力を及ぼしている、と考えられるのであ る。 (O反教育学 上\ まず「反教育学の本質的な命題は、<教育要 求>(<教育学的野心>)を教育行為の基礎と して取り出したこと、そしてこの要求を拒否す るこどである」(U、12)。 Schoenebeck によれ ば、<教育>は①「子どもは生まれつき自分の 最善を自分で気づくことができない、という基 本的確信」、そこから導かれる二つの要請、す なわち、②「私はおまえにとって何か善いかを おまえよりもよく知っていトる、という教育的な 要求・要請」、および③「私か最善だと確定す るものは実際におまえにとって善いことを分か りなさい、という拘束要求・要請」(AiD、19) からなる。 ①については、教育(学)者Padagoge Schoenebeckの言う教育学者とは、先の要請
を持=づ=大人々めことで、職業上め<教育学者>
とは区別されている(AiD、20)-は子ども
が自己決定能力を持っていくることを認めたがら
ないがぐSchoen6beckはごう\した教育的態度を
「教育=(学)的タブー」(U,48)と呼んでいる。
すなわ\ち、「<年少の人々の7i・・.自分と自分の運 命にづいで有意義に自ら決定できるという能力 を認識するな>というタブー」(ebenda.)であ る。‥‥‥‥‥十 \ ②の<教育的要求>は、Schoenebeckによ れば、すでに見たBraunmiihlのく教育学的 野心>レノ( 正確には<二次的;な教育的要求>)に 当たる……=ものであくる。Scho・enebeckは<教育的 要求>についてこう述べている。 ト「教育:あ\る人がやってく:る、そして他人よ りもごの者にとらて何かよいかをよく知ってい るという内面的な要求で一杯である。彼は、他 人ぱ自/分自身に関七て、部外者である彼ほどに はよく〕理解しでい万ないと確信している。そのよ うにしてやって来る者のごうした内的な態度は、 反教育学によって=、<教育学的野心>と呼ばれ る。私は<教育的要求ニelヽzieherischer An-spruch、>という表現を用いる。 こうした内的 な態度から一一一昔/れゆえ教育的要求からー一行 動か生じる時、部外者が他人め最善についての 自分の見解を実現し始める詩、彼はその人を教 育し=始めてい\奉』:lj.い(=U、55)ふ……、レノ……I その際、との人は実際に、「他人にとって何 かよいかを、この他人自身よりもよく知ってい =るといレう要求=・\自負Anspruch」を持有、その ための<正当性>をも自分ぱ与える。く私の方 が経験がある><私は年上だ><私には責任が ある≫ぐあるいは逆にくおま(えは経験がない> <おまえは(まだ)あまりにも小さい>くおま えは(まだ)自分で決定し自分で責任を負うこ とができこない>とケいう言い分懲である(ebenda.)o それゆえ、Schoenebeckにとって、「教育とは 教育的要求の実現、他人に他人のために<最善 >と=して選び出吝ゲれた目標を実現するレために、 本題・核心に踏み込むごとdas Zur-Sache-Schreitenである。<私は、ダ私がおまえにとっ て養いノものとしで選び出したものが生じること反教育学-その理論的基礎と原理(池谷) を貫徹するあるいは試みる。>これが教育」 (ebenda.)なのである。たとえ<教育>にどの ような形容詞がつけられようとも(<反権威的 教育>、<民主主義的教育>、<パートナーシッ プ的教育>、<レッセ・フェール教育>、<社 会主義教育>、<批判的教育>等々)、ここに は一つの共通項がある。すなわち「他人にとっ て何かよいかを他人よりもよく知っていて、こ れを貫徹しようという、ある人の要求」(U、56) である。 このようにSchoenebeckにとっては、<教 育>とは「教育要求によって支えられた行動様 式」だけであるから、<影響Beeinflussung >は教育概念からは排除されることになる。 「教育的要求と結び付いてはいないすべての影 響を、私は教育と呼ばずに、影響Beein-flussungと呼ぶ。これらのー−一教育フリーな 一影響は絶えず起こるし、誰もそれから免れ 得ない」。「私は<本来的に教育的なもの>、す なわち、他人にとって最善を知っておりそれを 貫徹しようという意図と要求とはっきり区別し て、教育的要求がある場合にだけ<教育>と言 うが、それ以外では<影響>について語ること を優遇する」(U、56−57)。 ③の「拘束要求・要請」とは、大人が自分の 価値観を子どもに押し付けていく「価値評価拘 束」(AiD、76)の要請である。「教育者が伝え るものは大人の私事であるばかりではなく、子 どもにとっても客観的に正しいものおよび子ど もを拘束すべきものだという拘束要請」 (AiD、63)なのである。 以上のような、子どもに対する「教育要求の 取り消し」を行い、教育フリーな子どもとの関 係や生活様式をすること、これがSchoenebeck の言う<反教育学>である。 Schoenebeckは 教育学と反教育学の違いを、人間像の違い(教 育学的人間像と反教育学的人間像)として、以 下のように総括している。 「教育学的人間像は次の基本的確信を含んで いる。すなわち、子どもは生まれつき自分の最 善を自分で気づくことができない、という基本 的確信である。子どもがこれを(まだ)できな 53