論 文
政策構造の視点からの行政職員の能力
村 山 皓
はじめに 1 章 行政職員の職員像と行政における公共の視点 (1)政策推進体制の発展への行政職員の人材育成 (2)政策構造としての公共政策プロセスと公共政策サイクル 2 章 新たな政策構造の見方と新たな職員能力の可能性 3 章 新たに求められる行政職員の能力と行政機構の機能の向上 (1)行政機構の機能をよくする自律的な公共管理 (2)政策移転の事例研修で目指せる職員能力と行政機能 おわりにはじめに
本稿の目的は、公共政策実施の政策過程の背後にある 政策構造に注目することで、今までに気づかなかった行 政職員の能力が新たに求められる可能性を示すことであ る。この能力は、政策過程で実施を担う行政機構がどの ように機能するかについて、政策の処理と公共の管理と 呼ぶ新たな視点を導入することで、公共政策の推進体制 の発展につながる行政職員の能力として明らかにされ る。公共政策の実現は、行政機構の構成員である行政職 員の能力に依存し、その傾向は、政策の対象者と直接に 接触しながら日々の職務を遂行する行政職員あるいは彼 らが属する第一線機関ほど強まる1)。公共政策の推進体 制の発展を政策の形成ではなく実施から議論しようとす るここでは、人々に近いところで政策実施を行う行政機 構である地方自治体を取り上げる。政策過程の段階モデ ルでは政策形成から政策実施への一連の分かち難い連鎖 を考え、政策課題の解決に向けて、ともすれば政策形成 過程での行政に注目しがちである。しかし、政策実施そ のものでの行政職員の能力を捉えるために、形成と実施 を敢えて分かち、また、政策の実施を指示・助言する中 央政府よりも、実際に施策を執行する地方政府の組織の 作動様式と職員の行動様式について、政策実施での議論 が必要である。 地方自治体の行政職員の能力を高めて政策イノベー ションにつなげることができるのだろうか。これが本稿 の基本にある疑問である。もともと、行政職員の能力を 高めることの帰結を、効率的な執行以外にも考えてみよ うとするところに、この疑問の出発点がある。行政の現 場において、職員研修は、様々な対象者に、様々な目的 をもって、様々な方法で行われており、行政職員の能力 と研修については多様なアプローチが必要だろう2)。こ こでは特に、政策イノベーションに向けての行政職員の 能力に絞って検討しようと思う。政策イノベーションと は、政策を単に執行するにとどまらず、その政策課題へ の新たな取り組みを試みようとすることと定義してみ る3)。再度明確にしておくべきことは、政策イノベー ションつまり政策の革新を、ここでは政策形成段階にお いて政策内容を革新するのではなく、政治行政過程での 行政改革でもなく、政策実施段階で政策の実施内容もし くは実施方法を革新することに限定する。言わば、政策 実施イノベーションでの行政職員の能力に注目する。そ のように実施におけるイノベーションに限定する理由 は、本稿での議論の中心が、政策の形成、実施、評価の サイクルでの実施を担う行政職員の能力を検討するため である。職員の能力に関して通常議論される効率的な執 行能力だけではなく、将来志向の実施の展開に資する能 力の開発が政策推進体制の発展のために必要である。な ぜ行政職員の能力を高めるのかの帰結として、その最終 的な目標が、本稿では将来への体制の発展にあると考えようとしている。 そこで 1 章では「行政職員はどのような政策構造の下 で活動するのか」を見てみる。その前提として、行政職 員の人材育成・研修の基本方針がどのようであるかを、 大阪府豊中市の人材育成基本方針を例に検討する。そこ から将来志向の展開に資する行政職員の能力の開発への 視点は、先進自治体事例などへのアンテナを高くして新 たな課題に取り組む能力との表現に見られるように、具 体化することが難しい課題であることを指摘する。次に その新たな能力の具体化に向けて、行政職員がどのよう な政策過程で活動するのかを知るために、行政職員の活 動を取り巻く公共政策のプロセスとサイクルを示す必要 がある。2 章では「従来とは異なる新たな能力が行政職 員に求められるなら、それはどのような政策構造に根差 す能力なのか」を検討する。まず、政策科学のアプロー チでの政策構造の要素と言える政策サイクルにおいて、 公共政策実施が果たす機能を示し、そこから政策構造を 新たに理解できる分析モデルを提起する。次に、その分 析モデルで得られるこれまでにない行政の機能について の知見に基づき、今までに気づかなかった行政職員の能 力が新たに求められる可能性を指摘する。さらに 3 章で は「新たに求められる行政職員の能力は、行政機構の機 能の向上にどのようにつながるのか」を考えてみる。ま ず、この新たに求められる能力の一つの具体例を、先進 事例からの政策実施における施策移転に向けてのアンテ ナを高くできる能力として示し、そこにはいくつかのタ イプがあることを示唆する。次に、政策イノベーション につながる公共政策の推進体制の発展のためには、法令 体系内での裁量で何ができるのかを学ぶに留まらず、政 策移転による施策の革新的な実施が、政策構造への理解 による行政の機能であり、自らの活動がその一翼を担え ると分かる能力として明らかにする。そして最後に、行 政職員の能力と行政機構の機能の向上についての今後の 研究において、本稿をさらにどのように深められるかに もふれることにする。
1 章 行政職員の職員像と行政における
公共の視点
(1)政策推進体制の発展への行政職員の人材育成 行政職員には、どのような能力が求められる現状にあ るのかを、先進自治体と目されることもある大阪府豊中 市の人材育成基本方針を例に見てみる4)。それは、基礎 自治体での人材育成の方向を示す一例にすぎない。しか し、政策の対象者と直接に接触しながら日々の職務を遂 行する行政職員あるいは彼らが属する第一線機関に注目 して、実際に施策を執行する地方政府の組織の作動様式 と職員の行動様式について考えようとするここでは、現 状についての示唆が得られる例となっている。注目する のは、政策の実施における将来志向の展開に資する行政 職員の能力の開発がどのように捉えられているかであ る。行政職員の能力を高める理由は、環境の変化や課題 に柔軟に対応しつつ、行政が政策実施の役割を十分に果 たしていける組織力を持つには、その担い手である職員 の能力の向上が不可欠であるからである。そこでは、職 員の能力に関して通常議論される効率的な執行能力だけ ではなく、政策推進体制の発展につながるような将来志 向の実施の能力の開発が必要であろう。ここでは、実施 能力を執行能力より少し広い能力と捉えている。しか し、そのような将来志向の課題対応の能力は、課題を発 見し解決方策を企画立案する政策形成の能力と捉えられ る傾向にあり、政策の形成と実施が不可分のものとさ れ、ともすれば、立案の能力の掛け声だけで具体性を欠 きがちになる。その結果、求められる職員像について、 明確な執行能力に不明瞭な企画立案能力が接木された人 材育成方針になってしまうことも多い。政策実施でのイ ノベーションへの職員能力を考えようとするここでは、 実際に必要な政策執行の能力に加えて、将来志向の政策 革新にもつながる実施の新たな職員能力を、職員研修な どのためにも具体的に明らかにしておく必要があるだろ う。 政策実施を執行にとどまらない新たな取り組みを試み ようとすることと定義する本稿では、政策イノベーショ ンつまり政策の革新を、政策形成段階において政策内容 を革新するのではなく、政策実施段階で政策の実施内容 もしくは実施方法を革新することに限定している。そこ から、将来への体制の発展につながるその役割を担える 職員能力を捉えようとする。2010 年 11 月に策定された 豊中市の人材育成基本方針を見ると、職務と職責の体系 である職階ごとの所管業務の執行に必要な能力と資質を 図 1 のイメージ図で示している。必要な資質の比重が異 なるとするが、将来志向の能力は新たな課題や業務改善 に取り組む課題対応能力・資質として、企画力をも含め て列挙されている。その能力に関連すると思われる研修制度による職員の育成についてさらに見ると、政策形成 能力の養成の項目で以下のように示されている。「現場 起点・現場意識に立って、自治体を取り巻く問題や先進 自治体事例などについて、アンテナを高く持ち、積極的 に情報を収集し、課題を見つけるとともに、解決方策を 企画立案して、実施できる力を高めます。」 豊中市の人材育成基本方針では、職員能力へのアプ ローチが、求められる職員像をまず措定し、そこから職 員の行動指針を導き出し、それが組織内で職員が果たす べき役割として整理され、その役割に見合う人材育成へ とつながるように見える。「市民のニーズや地域社会の 課題にしっかり向き合う」市民視点を持つ職員、「未来 を見すえ、柔軟な発想と行動力を持つ」未来志向の職 員、「力を合わせて組織目標を達成する」チームプレイ のできる職員の職員像の下に、それぞれでの行動指針を 定めている。標語のようなその職員像と行動指針を、図 1 の職階に応じた組織内で果たすべき役割に必要な能 力・資質の列挙にまとめている。そのような人材イメー ジからは、行政職員にとってなぜそれらの能力が必要か は当然とされているようで、ましてや、新たに求められ る能力を、それが求められる理由と共に考え出す余地は 少ないだろう。そこで逆に、職員自らが帰属する行政機 構そのものの機能から行政職員の役割を新たに見つけ出 し、そこからの新たな行動指針により求められる職員像 が必要な理由を示すことで、根拠のある職員像を具体的 に示せる可能性がある。政策実施イノベーションにつな がる公共政策の推進体制の発展に役立つような、将来志 向の職員能力の一つとして、アンテナを高くして先進自 治体から学ぶ力を例にとると、それが行政機構そのもの の機能に裏付けられたどのような理由のある能力かを示 すことで、先行自治体事例から何を学ぶのかを示せるだ ろう。それは、地方自治体の機能として単に法令体系内 で何がどのようにできるかを知るだけではなく、政策実 施イノベーションへの先行事例の意義を読み取れる能力 のようなものかもしれない。そのような革新性は、単に 「未来を見すえ、柔軟な発想と行動力を持つ」未来志向 のような標語ではなく、行政職員自らの活動においてあ る種の政策構造の理解から気づく新たな職員能力を通じ て生まれるだろう。 (2)政策構造としての公共政策プロセスと公共政策サイ クル 行政職員はどのような政策構造の下で活動するのかを 見てみる。政策構造とは、公共政策の実現の背後にある 図 1 常勤職員の職階別に必要な能力・資質の比率 (出所) 豊中市「豊中市人材育成基本方針」平成 22 年 11 月 1 日、10 頁(2013 年 6 月 22 日アクセス、http://www.city.toyonaka. osaka.jp/joho/jinji_kyuuyo/jinzaiikusei.html)
枠組を指し、政策プロセス、政策サイクル、政策システ ムなどとして表現される構成要素の組み合わせもしくは その組み合わせ相互の関係と捉えている5)。ここでは、 政策構造が如何に機能するかが政策イノベーション、つ まり政策の革新的な変動につながると考え、その変動に 資する行政職員の能力を検討する。政策イノベーション は、通常、政策形成での革新に注目して議論される。そ こでの行政職員の能力は、政治による政策形成に連動 し、形成作業の中核を担うと目されるエリート官僚の活 動能力と見られがちである。しかし、公共政策の実施を 担う行政機構は、そのようなエリート官僚、特に国のエ リート官僚の頭脳と活動のみで政策を実現できるわけで はない。国の行政機構は中央から地方までの行政組織が 一体となって公共政策を推進しており、なかでも政策形 成よりも政策実施での行政機構の機能こそが、行政の本 質であり、そこでの能力が行政職員の能力として議論さ れなければならない。その能力は、ストリートレベルの 行政職員に求められるものと言うように切り離して語ら れるのではなく、政策過程の中での行政の本質を示せる 政策構造との関連で理解される必要がある。 政策プロセスは政策立案から政策継続・廃止への一連 の流れで捉えられ、図 2 はその詳細な段階をそれぞれの 下に示している5)。公共政策プロセスはそれらと関連づ けてさらにその下に示している。政策立案と政策決定を 公共政策形成としてまとめているのは単に簡潔にしただ けであるが、政策プロセスでの評価に当たる部分を点検 と捉えるのに対して、それと政策継続・廃止を含めて公 共政策プロセスの評価として、点検と評価を使い分ける 造りとなっている。それぞれのプロセスに加えて、ここ では、政策決定、政策実施、政策点検の循環を政策サイ クルの修正プロセスとして示し、公共政策プロセスで は、修正・再生の公共政策サイクルを公共政策形成、公 共政策実施、公共政策評価の循環と捉え、政策構造の要 素であるプロセスとサイクルとの相互関係をも合わせて 示している。 そこでの政策プロセス一般と公共政策プロセスを私が あえて分けるのは、公共政策の定義と関連づけて考える からである。公共政策は、「個人や企業では解決できな い問題に対する政府のとる問題解決の技法」と定義でき る6)。この定義は、「政策」に力点をおいた定義と言え るだろう。ここでは、「個人や企業では解決できない問 題」を公共問題と見て、「公共」を問題解決の対象とし ての視点から捉えている。公共政策の公共とは、そのよ うな問題解決技法に力点を置いた見方で足るのだろう か。これに対して、政策が公共的であるからこそ、独自 の問題解決技法も見られると、公共政策の「公共」に力 点を置く見方も必要ではなかろうか。つまり、「個人や 企業での問題解決技法とは異なる技法が政府に求められ たりする公共の政策」との定義もありうる。政策が公共 的とは、公を共にする人々を視野に置くことである。そ れゆえ政策過程をからくり時計に見立てる単なる政策の 決定論的な点検ではなく、雲を描く政策過程での非決定 論的な人々の評価こそ公共政策では考慮すべきものとな る7)。そのような公共政策でのサイクルを示したのが次 の図 3 である。そこでは、公共政策サイクルの形成、実 施、評価のそれぞれの主体を、議会、行政、人々と簡潔 に示すとともに、その機能を政策での機能と公共での機 能との 2 層で示している。そこにも、公共に力点を置く 私の公共政策構造の表現の一端が示されている。
2 章 新たな政策構造の見方と
新たな職員能力の可能性
ここでは「従来とは異なる新たな能力が行政職員に求 政策点検 政策実施 政策決定 政策立案 政策継続・廃止 (政策サイクル:修正プロセス) (問題設定・調査・勧告)(法令制定)(法規施行・適応) (承認) (終結) (公共政策サイクル:修正・再生プロセス) [公共政策形成] [公共政策実施] [公共政策評価] 図 2 政策プロセスと公共政策プロセスめられるなら、それはどのような政策構造に根差す能力 なのか」を検討する。図 3 の公共政策サイクルは、形 成、実施、評価の政策サイクルを基本とするものである が、先の公共政策の定義に基づき、政策での機能のサイ クルに加えて公共での機能のサイクルをも示している。 この図は、人材育成の新たな視点を得るために、行政機 構のどのような機能に貢献できる人材が行政職員に求め られるかを、政策構造の理解から考える基礎になる8)。 そこからさらに、公共政策実施の機能を政策構造の新た な理解の下で検討できるモデルを提起し、それによっ て、これまでにない行政の機能についての知見に基づ き、今までに気づかなかった行政職員の能力が新たに求 められる可能性を指摘できる。議会が主な主体となって 行う公共政策形成は、政策の決定とそれによる公共の選 択がその機能である。行政が主な主体となって行う公共 政策実施は、政策の処理とそれによる公共の管理がその 機能である。人々が主な主体となって行う公共政策評価 は、政策の了解とそれによる公共の創造がその機能であ る9)。公共政策サイクルは、政策の決定、処理、了解が 出入力となる循環と、それに伴う公共の選択、管理、創 造が出入力となって循環する公共政策形成、公共政策実 施、公共政策評価の循環として理解できる。 このサイクルを入出力システムの政策構造に読み替え ると新たに見えてくるものがある。サイクルを構成する 三要素の組み合わせによって、二種類の読み替えモデル が可能である。一つは、一要素のブラックボックスの入 出力変換に二要素の協働のフィードバックとなるモデル と、いま一つは、二要素の協働の入出力変換のブラック ボックスとそのフィードバックが一要素であるモデルで ある。これら二種類のモデルは組み合わせによって六つ できる10)。政策実施の行政の機能に注目するここでは、 一つめのモデルのうち公共政策実施をブラックボックス とするものと、二つ目のモデルのうち公共政策実施を フィードバックとするものを取り上げる。特に後者のモ デルの政策構造から新たな行政の機能を指摘し、そこに 新たな職員の能力に気づける根拠があることを示す。図 4 は、行政の公共政策実施の入出力変換に公共政策評価 と公共政策形成の要素のプロセスがフィードバックとな るものであり、それらの要素のフィードバックを相互に 関連する一つの協働として表現する。人々と議会が組み 図 3 公共政策サイクル 図 4 公共政策実施のフィードバックとしての人々と議会の協働 (主体 議会) (主体 行政) (主体 人々) 公共政策サイクル 政策での機能(上段) 公共での機能(下段
)
決定 了解 創造 管理 処理 選択 公共政策実施 公共政策評価 公共政策形成 [出入力循環] [出入力循環] [出入力循環] [機能確認] [機能確認] [機能確認] 行政の公共政策実施 議会からの政策 決定と公共選択 人々への政策 処理と公共管理 人々による公共政策評価と議会による公共政策形成 (人々と議会の協働)によるフィードバック合わさったそのような協働のフィードバックが行政の公 共政策実施への修正・再生の役割を果たしている。ここ で注目すべきは図 5 の公共政策を実施する行政がフィー ドバックとなる政策構造である。このような見方はこれ までになかった新しい政策構造の理解である。 行政が担うフィードバックの働きとして、人々と議会 が一体化するような民主的な立案のプロセスでの入出力 変換が、過度であったり不足していたりが目立つとき、 システムの循環のバランスを保ち機能を高めることが期 待される。そこでは、選挙を通じての代議制での民主的 立案プロセス、あるいは市民立法から法案決定に至る直 接的な民主的立法プロセスでの行き過ぎや無関心など が、行政のフィードバックによる公共政策の処理と公共 の管理の働きでバランスが保たれる。先の図 3 の公共政 策サイクルを参考にして説明するなら、公共政策の実施 の入力を受けた民主的な政策立案プロセスは、まず、公 共政策の実施への人々の評価、例えば実施が人々に了解 されて受け入れられるか否か、あるいは受け入れずに新 たな価値を示すような人々の評価の意思表示が行われ る。それを受けて議会での法案策定などによる政策決定 やそこで示される公共の選択を経て、公共政策の形成の 出力へと変換される。行政機構のフィードバックの機能 は、そのような民主的立案の言わば協働プロセスで決定 された政策の内容を、その処理を通じて修正し、また、 民主的立案の協働プロセスで選択された公共の有り方 を、その管理を通じて修正するものである。そのよう政 策処理は、法律、政令、省令、訓令、通達などの法令体 系の下での執行段階での裁量などで行われている側面も あるが、裁量を超えると逸脱とされ、不明確な線引きの 中で、思い切った政策実施のイノベーションへ踏み出し づらい。しかし、公共政策の実施において、民主的な立 案プロセスでの公共の選択への修正となる公共管理の機 能が行政機構にあるとすれば、そこに単なる執行処理を 超えたイノベーションへと向かえる余地がある。そのよ うに踏み出せる根拠は、公共政策の定義における「個人 や企業での問題解決技法とは異なる技法が政府に求めら れたりする公共の政策」での実施における公共の管理に 見いだせる。民主プロセスが多数決原理に基づくことに かんがみると、実施における公平公正の合理性の公共管 理において、「未来を見据えた柔軟な発想と行動力」の ような抽象的な表現の内実を生み出す必要が、行政機構 の作動様式として求められるのかもしれない。
3 章 新たに求められる行政職員の能力と
行政機構の機能の向上
(1)行政機構の機能をよくする自律的な公共管理 政策イノベーションにつながる公共政策の推進体制の 発展のために、地方自治体の行政職員の能力を高める方 法はどのようなものだろうか。例えば、ここで取り上げ る先進自治体の政策実施からの政策移転について言え ば、移転のタイプによって、実施に見られる機能とその 実施を支える人材育成の手法も異なってくることを指摘 できる。単に模倣するのではなく、そこでのアイデアを 民主的立案へのフィードバックの視点に立って、自らの 自治体の政策体系に生かしうる政策移転の能力などが考 えられる。先に見た豊中市の人材育成基本方針に限ら ず、政策の執行現場での職員の能力に目がいくと、未来 指向の能力が具体化しにくいことは既に述べた。さらに 踏み込んで政策構造から導き出せる新たな能力として、 ここでは、公共政策の実施において公共を管理する機能 を重視した。職員が属する自治体の政策実施の目的手段 関係を示す政策体系に従って、実施機関としての自律性 のある公共管理の能力を、政策構造における民主的立案 プロセスへの修正機能に注目して、先行自治体の事例研 究の研修について検討してみる。そのようなフィード バックの役割については、官僚エリート機関ではなく第 一線の政策実施機関で支えられてこそ、十分な機能を果 民主的立案プロセス (評価と形成:政策の了解 と決定、公共の創造と選択) 公共政策の実施 公共政策の形成 民主的立案システムのフィードバック(行政) 政策の処理と公共の管理 図 5 民主的立案プロセスとフィードバックのシステムたす。研修によって、政策イノベーションを進められる ような公共政策実施のための行政機構の足腰を強くする には、行政が住民との協働に向けて、安易な公民協働を 探しまわるようであれば、行政本来の方向性を見失うか もしれない11)。その意味では、市民との協働の市民視点 が求められる職員像が強調されやすい今日の傾向は、政 策形成ではなく政策構造での実施の機能としては、自ら も民主的立案プロセスに近づきすぎて、かえって機能を 損ねる結果を招くだろう12)。行政機構の政策実施には、 公民協働もしくは議会との連携から距離を置く修正の フィードバックの自律性に存在意義がある側面もある。 行政機構が担う行政とは何かを考える時、その出発点 は、立法、行政、司法の三権分立の中の行政であろう。 国の統治機構において比較的その役割が明確な立法と司 法に比べて、行政は立法と司法を除くすべてと捉えられ たりする。議員内閣制など三権の相互関係や地方自治体 の二元代表制などによって行政の守備範囲が不明確なと ころもあるが、行政機構はそのように広範囲にわたる統 治機構での管理を担当する組織である。しかし、国が処 理しようとするすべての管理を任されているのが行政と 広く捉えすぎることは、行政は「何を」「どのように」 なせるか、また、なすべきかを考えるのに有益とは思え ない。ここでは、行政にとっての注目すべき管理は、公 共政策の処理における公共を管理すること、つまり、公 共的問題の解決を目指して政府が採用した公共政策をう まく処理するために、公共的な視点に立って、人、も の、金の公平公正な管理を実施することとみる。管理の 目的を公共の創造や選択ではなく、政策実施における政 策処理を通じての公共の実現と狭く理解するのは、広く 管理を捉えすぎて、公民協働での政策評価あるいは議会 との協働での政策形成に近づきすぎることで、行政の本 質が政策の実施にあることを見えにくくする危険を避 け、実施における行政の自律性を保つためである。日本 においては、国全体の行政機構のヒエラルヒーの最上位 にあるエリート官僚が、政府の公共政策作成の中心に位 置しているかの状況と、実際の政策執行を担う第一線実 施機関と第一線職員への上位機関からの詳細な執務マ ニュアルの通達や通知による強力な法令体系が、画一的 な執行を行政と見なしがちにする。同時に、実際には第 一線レベルでの裁量が高度に機能しており、実施の対象 となる人々にとっては第一線実施機関や職員が政策の実 質的な作成者であり決定者と映っており、そこでの人々 との協働に行政の活動意義を求めることで、政策の実施 責任の所在が見えにくくなる傾向もみられる。そのよう に政策実施が何かが錯綜し不明確な中では、実施を担う 職員に求められる能力が拡散する。だからこそ、行政機 構のヒエラルヒーでの執行に留まることなく、利益集団 での利害が錯綜する民主的立案プロセスとそのフィード バックの政策構造への理解によって、ここで示した自律 的な公共管理の役割に注目すべきであろう。 (2)政策移転の事例研修で目指せる職員能力と行政機能 新たに求められる行政職員の能力は、行政機構の機能 の向上にどのようにつながるのだろうか。政策構造を理 解することで、実施における政策の処理を通じての公共 の管理が、行政機構の機能として重要なことに新たに気 づいた今、その公共管理をより詳細に示せないだろう か。公共政策の推進体制の発展に向けて、将来志向の職 員能力と行政機構の機能の向上での公共管理を、ここで は政策移転を手がかりに検討する。政策移転は政策イノ ベーションの手法として行政の実施において比較的によ く見られるものであり、本稿の目的である革新的な行政 機構の機能と、それを支える新たな職員能力を知るには 格好の材料である。注目点は、公共政策の実施における 自律的な公共管理、つまり、多様な利益集団の利益獲得 への参加が競合する民主的立案プロセスに対して、公平 公正の維持を旨とする修正を、自律性を持って行える行 政機構の組織力と職員能力を検討する。行政機構がヒエ ラルヒーの官僚制に基づく必要を前提として、官僚組織 の集団行動の問題の核心は、規律と裁量、服従と自発の 適切な均衡をはかることであると言われる13)。行政職 員の能力を高めるために、ともすれば規律と服従が先行 しがちな官僚制の組織原理の下で、そこでの裁量と自発 を促進できる可能性を、政策移転における行政の態様か ら見てみる。図 6 は、公共政策実施の 4 タイプの態様 を、政策移転の種別に従って分類している14)。 行政の実施での行政機構の作動様式と行政職員の行動 様式を、二つの次元の組み合わせによるタイポロジーで 示した。一つは、展開志向の政策処理・公共管理と発展 志向の政策処理・公共管理の次元である。いずれも将来 に向けてのものであるが、展開志向が現状からの推進で あるのに対して、発展志向はより革新的な側面も備えて いる。いま一つは、他律的な政策処理・公共管理と自律 的な政策処理・公共管理の次元である。形成された政策
をただ執行する典型を他律的と言うなら、自らの組織原 理を加えて政策を実施するのを自律的と言えるだろう。 そこからできる 4 タイプは他律的展開志向の公共政策実 施態様、自律的展開志向の公共政策実施態様、他律的発 展志向の公共政策実施態様、自律的発展志向の公共政策 実施態様である。これらの態様を政策移転について見て いるが、それはあくまで政策実施における行政機構の作 動様式あるいは行政職員の行動様式であり、政策形成で の作動もしくは行動様式を見ているのではない。他律的 展開志向の政策処理・公共管理の政策移転では、行政機 構の効率的な「模倣」の処理つまり引き写しができる職 員能力が求められる。それは、一貫する法令体系の下 で、裁量としてできる範囲を知る能力であり、「模倣」 がもたらす政策構造での機能では、民主的立案プロセス の修正としての公共の管理に新たに何かを加えられるも のはない15)。他律的発展志向の政策処理・公共管理の 政策移転は、引き写しにプラスアルファーを加えて、政 策処理の「競争」で張りあえるような裁量の使い方がわ かる職員能力が求められる。そこでは、政策構造の視点 から、政策処理の多様性への貢献は認められるが、民主 的立案プロセスが示す公共に修正を加えて公平公正を促 進するような行政機構の機能にはつながらない。 それらのタイプに対して、自律的な政策処理・公共管 理の二つのタイプは、自律的な展開志向と自律的な発展 志向のいずれの公共政策実施の態様においても、民主的 立案プロセスが示す公共に修正を加えて公平公正を促進 する職員能力が求められ、政策実施におけるイノベー ションにつながる行政機構の作動となる。自律的展開志 向の政策処理・公共管理の政策移転では、自らの行政機 構の政策、施策、事業の目的手段の政策体系に変化をも たらし、公平公正を促進できるような公共管理を実現す るには、複数の先行事例から良いとこ取りしてどのよう に「混合」すればよいかを考えられる職員能力が求めら れる。それは民主的立案プロセスで形成された政策を受 け取った行政機構が、一貫する法令体系の規律の下での 認められた裁量をも行使して作り上げた自らの政策体系 に、風穴をあける能力とも捉えられる。地方自治体での その風穴は、国からの自律として意図されるだけではな く、地方自治体の民主的立案プロセスで形成された政策 への、行政機構の公共管理の自律性として機能すること も期待される。また、自律的発展志向の政策処理・公共 管理の政策移転では、先行事例での政策実施から発想の ヒントを得て、新たな視点から自らの政策体系を構築す るための「刺激」とできる職員能力が期待される。そこ での公共管理は、行政機能が自らの政策体系を自律的に デザインして公平公正をさらに発展させる機能へとつな がる。民主的立案プロセスで形成された政策への修正 を、どこまで独自の体系構築で工夫できるかには、政策 形成と連携しない政策実施を考える限り限界がある。そ こには政策の処理を超えて、公共の管理の視点から政策 形成へと踏み込む行政機構の機能を議論する必要がある だろう。本稿はその課題を検討の枠外に置いている。 従って、政策実施段階で政策の実施内容もしくは実施 方法を革新する政策実施イノベーションで求められる行 政職員の能力として、本稿で明らかにしたのは、自律的 展開志向の政策移転の良いとこ取りにおいて見られるよ うな、言わば横断的な政策理解から自らの階層的な政策 体系に風穴をあける能力とも捉えられる。それが政策構 造の視点から新たに気づいた行政職員の能力である。そ のような能力の涵養には、法令体系内での裁量での工夫 に留まらず、自らの活動で公共を管理する政策構造の一 翼を担えるとの意識と意欲が育つ研修プログラムが期待 される。
おわりに
本稿から得られた知見は、今までには気づかれたこと のない行政職員の能力が、行政の政策実施において求め 図 6 公共政策実施の態様に基づく行政機構の機能と職員能力 他律的な政策処理・公共管理 自律的な政策処理・公共管理 展開志向の政策処理・ 公共管理 行政機構の効率的な「模倣」の 機能とそれを支える職員能力 行政機構の体系的な「混合」の 機能とそれを支える職員能力 発展志向の政策処理・ 公共管理 既存の環境での「競争」に耐え る行政機構の機能とそれを支 える職員能力 新たな視点からの「刺激」を生 かす行政機構の機能とそれを支 える職員能力られる可能性があることである。その能力を本稿では、 政策構造の新たな解釈から見つけ出した。公共政策の形 成、実施、評価の政策サイクルでの実施を担う行政機構 の重要な機能が、人々の政策評価と議会の政策形成の協 働とも見なせる民主的立案プロセスのフィードバックと して、公共政策の形成の入力を公共政策の実施の出力に 帰還させるところにあると示した。そこでは特に、公共 政策の実施が政策処理を通じて公共の管理の機能を果た すという新たな側面を強調した。例えば、先行自治体事 例の政策実施の移転を考えてみると、移転による実施が 政策イノベーションにつながる公共政策の推進体制の発 展となるには、移転の意義を、単に実施可能で効果が予 想できる先行事例であると理解できるだけでは十分では ない。さらに加えて、民主的立案プロセスの行きすぎや 不足を正し、公共政策のバランスを保つフィードバック として、公平公正の視点から公共を管理する責務を持つ 行政の機能を理解できる職員の能力が求められる。それ によって、どのような政策実施の移転がどのような意義 を持っているかに踏み込みこんで、導入の可否を考えら れるような、地方自治体の行政職員の能力が身につくだ ろう。そこでは、今までに気づかれなった能力として、 横断的な政策理解から自らの階層的な政策体系に風穴を あける能力が注目される。 そのような能力の新たな視点を考慮すれば、政策実施 のための地方自治体での人材育成の基本方針やそれに基 づく研修において、具体的には先行事例研究に新たな目 的とプログラムを加えるような方向も見いだせるかもし れない。今後の研究においては、行政職員の能力と行政 機構の機能の向上について、さらに別の政策構造の理解 に基づく、新たな能力の必要性への議論を喚起するとと もに、それに基づく具体的な研修プログラムの作成など も必要だろう。 注 1 )西尾勝『行政学』[ 新版 ]、有斐閣、2007 年(初版 1993 年)、207 頁では、上級機関からの指揮監督権は、下級機関 ではおよびにくくなると指摘しており、マイケル・リプス キーのいうストリートレベルの行政職員を含めて考慮すれ ば、そこでの行政職員の公共政策実現への現実の影響力は強 いと言えるだろう。政策革新が、住民に近い地方自治体に起 こりやすいことについては、秋吉貴雄、伊藤修一郎、北山俊 哉『公共政策学の基礎』有斐閣、2010 年、249 頁を参照。 2 )日本での様々な行政職員の種別については、前掲、西尾勝 『行政学』132 頁を参照。 3 )政策イノベーションについては、政策の開発とともに語ら れることからも分かるように、何を公共的な政策問題とする かなど、単に政策の内容だけではなく、公共の視点から捉え ようとする見方もできる。新藤宗幸『概説日本の公共政策』 東京大学出版会、2010 年(初版 2004 年)、236 頁参照。 4 )豊中市は自立支援の活動などで、先進自治体としてメディ アなどで取り上げられることも多く、民間シンクタンクが実 施した先進自治体調査などで、先進自治体の一つと見られて いる。豊中市の人材育成基本方針については、豊中市「豊中 市人材育成基本方針」平成 22 年 11 月 1 日を参照(2013 年 6 月 22 日アクセス、http://www.city.toyonaka.osaka.jp/joho/ jinji_kyuuyo/jinzaiikusei.html)。 5 )この政策過程のプロセスについては、前掲、秋吉貴雄ほか 『公共政策学の基礎』205 頁を参照。ここでの図 2 は、村山 皓「公共政策構造論への政策科学」立命館大学政策科学会、 『政策科学』2012 年、8 頁にもある。 6 )一般的定義として、佐々木信夫『自治体の公共政策入門』 ぎょうせい、2000 年、62 頁、宮川公男『政策科学入門』第 2 版、東洋経済新報社、2002 年、91 頁を参照。少し公共に 注目する定義としては、森脇俊雅編著『公共政策学』ミネル ヴァ書房、2003 年、2 頁参照。 7 )そのような雲を描く公共に力点を置く私の公共政策の定義 については、村山皓『政策システムの公共性と政策文化─公 民関係における民主性パラダイムから公共性パラダイムへの 転換─』有斐閣、2009 年、7-8 頁を参照されたい。 8 )ここでの図 3 は、前掲、村山皓「公共政策構造論への政策 科学」9 頁にもある。 9 )ここでの了解は、公共性パラダイムに注目する私の特殊な 見方であり、詳細については、前掲、村山皓『政策システム の公共性と政策文化─公民関係における民主性パラダイムか ら公共性パラダイムへの転換─』24 頁、307 頁を参照された い。 10)6 種類のモデルについては、前掲、村山皓「公共政策構造 論への政策科学」11-13 頁を参照されたい。 11)松下圭一『政治・行政の考え方』岩波書店、1998 年、174 頁は、政策開発・政策研究における市民を視野に置く政策型 思考に注目する。 12)計画行政における協働の政策形成の危うさを指摘するもの として、村山皓「新しい公共性での計画行政の指針」日本計 画行政学会『計画行政』第 33 巻 2 号、2010 年がある。 13)前掲、西尾勝『行政学』195 頁、R. ベンディックス著、高 橋徹、綿貫譲治訳『官僚制と人間』未来社、1956 年、64 頁 参照。 14)「模倣」「競争」「混合」「刺激」の移転の 4 種別について は、前掲、秋吉貴雄ほか『公共政策学の基礎』254 頁、秋吉 貴雄「政策移転の政治過程─アイデイアの受容と変容」日本 公共政策学会『公共政策研究』4 号参照。