現代政治経済学への視座 : 「共同社会的条件の政治経済学」をめぐって
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(2) . う教授の経済学の全体像を示唆する作品になっ. に触れることにより,宮本教授の著作に見られ. ているからである.. る時代認識の確認から始めたい.. 『公共政策のすすめ』の章別編成は,序章・. 小論冒頭で,教授には多数の著作があると述. 公共政策はこれでよいか,第 1 章・資本主義と. べたが,それらの魅力は,何よりも,研究テー. 「市場の欠陥」,第 2 章・現代資本主義と「政府. マごとの根拠地(現場)に根ざした,実証研究. の欠陥」 ,第 3 章・新自由主義と公共政策の危機,. の上に聳え立つ,その独自の体系的理論的指向. 第 4 章・公共性の序列と混合財,第 5 章・政策. の強さにある.しかし,いまはそれを前掲小論. デザイン,第 6 章・日本型公共政策,第 7 章・. に譲り,横に置いて書けば,著作の「あとがき」. 公共事業はこれでよいか,第 8 章・福祉・保健・. こそは,教授の人間味があふれ,研究の構想や. 医療の一体化,第 9 章・地域政策の課題と展望,. 課題に係わるヒントが書かれていて面白い.そ. 第 10 章・環境政策を足もとから考える,終章・. の次に,興味津々なのは,著作の導入部である.. 維持可能な社会をめざして,である.. 導入部は,本や論文を手に取った人が読み進. 以下では,上記の還暦記念出版論文との重複. んでくれるかどうかを決めるので,執筆に当. を避けることとし,「共同社会的条件の政治経. たって力が入る箇所であり,その後の原稿の行. 済学」という宮本教授の経済学の体系的な考察. 方を規定するような魔力をもっている.そうか. という大上段からの議論は行わない.同時に,. といって気負い過ぎると筆が進まないし,書き. 本稿は『公共政策のすすめ』の書評ではないの. 過ぎると頭が重たくなってバランスを欠くこと. で,各章に即しての紹介や検討も行わない.小. になる.あれこれ悩んだ割には,あとからばっ. 論では,『公共政策のすすめ』の再読を契機に. さり削除する破目になるという,私の場合には,. 触発された論点を軸に議論を進め,現代政治経. なかなか厄介な導入部である.. 済学の発展をめざす上での方法論的な視点,課. 教授の著作における導入部は,いつも,時代. 題とすべき論点のいくつかについて考察を加え. 認識を鮮明に打ち出しているところに特徴があ. ることをテーマとしたい.. る.教授の著作をゼミナールのテキストに採り. 具体的には,宮本教授の著作の導入部に見ら. 上げる時は,いつも,最初に,含蓄の深い導入. れる,現代政治経済学をめざすものが共有すべ. 部の解説で長い時間を割くことになる.私が教. き「転換期という時代認識」にふれたうえで,. 授の著書にふれて導入部の言葉に魅せられるよ. 「近代化の時代の終末という問題意識」, 「共同. うになったのはいつ頃からであろうか.. 社会的条件と今日の経済危機」 ,「共同社会的条. 私と教授の著作との出会いは,大学 4 年生の. 件と社会的共通資本」 ,「 『共同社会的条件の政. 時(1969 年 11 月),偶然『社会資本論』初版初. 治経済学』から『現代政治経済学』への展開」 ,. 刷り(1967 年 10 月刊 )を手にしたのが最初で. 「現代政治経済学と制度派経済学・地域政治経. あった.宮本教授は,この著作によって京都大. 済学」,「宮本政治経済学と現代の制度的アプ. 学から経済学博士を授与された.既成理論の適. ローチ」といった論点を設定して検討し,宮本. 用ではなく,産業基盤や生活基盤という物的イ. 経済学が,現代政治経済学の発展をめざすもの. ンフラとそのサービスに係る実証的研究から社. にとって継承に値する意義を持っていることを. 会資本論という新しい理論を創造したもので,. 示し,また,そのいっそうの発展にとっての課. 当時の世界における研究水準と比較しても,そ. 題について考察する.. の先駆性が明らかな,たいへんオリジナリティ に富んだ著作であった.私は,この本に触れた. 「始めチョロチョロ,中パッパ」という教え. 時,その内容のリアリティと新しい理論を創造. に倣って,最初(序論)は,緩やかに,教授の. しようとする著者の勢いに圧倒され,大事な個. 諸著作や『公共政策のすすめ』の導入部の魅力. 所に線を引き引き,一気に読んだ後,何か自分.
(3) . が新しい,すごい理論を手に入れたような気分. あるため、教授が好まれる「あとがき」がない.. になった記憶がある.. それゆえ、この本の「まえがき」は、 「あとがき」. すぐさま『日本の都市問題』 (筑摩書房 1969 年). が「まえがき」の位置に座っているようである.. へと読み進むと, 「あとがき」に「大阪市立大. 1982 年の『現代の都市と農村』になると,. 学大学院経営学研究科では 1970 年から助教授. 導入部の転換期認識は,より端的な表現形式へ. も大学院を担当することになった」旨の記述を. と洗練され,その後の教授の著書に共通の冒頭. 見つけた .高校,大学と,勉強に身が入らな. 部表現形式を確立している. 「現代は転換期で. かったが,将来,経済学者になるとだけは勝手. ある.産業革命以来,人類は都市化と工業化を. に決めていたので,自分の指導教授になる人を. すすめながら,経済を発展させ,近代をつくり. 見つけたという嬉しい気持ちになった.幸運に. あげたが,いま,それが重大な転換期を迎えよ. も大学紛争で 2 月実施に延期されていた大学院. うとしている.」6). 入試を受験し,1970 年 4 月,大学院宮本ゼミ. ニクソン・ショックに始まる 1970 年代を経. 第 1 号として,教授の研究室に入ることができ. 験し,この時期を戦後資本主義経済の転換期と. た.. して強烈に認識されたことが,教授の著作の冒. 話を戻そう. 『社会資本論』の導入部も時代. 頭部が転換期の認識で始まる契機となったので. 認識の文章から始まっていたが,本論の内容に. あろう.その後,1980 年代半ば以降,とりわけ,. 直結するストレート球であった.第 2 次大戦後. 90 年代以降の IT 革命を基礎としたグローバル. の資本主義が重化学工業化をテコに高度成長を. 経済の時代の到来,あるいは,地球環境問題の. していた時代の作品であり,成長の時代との学. 深刻化によって,転換期の認識は,いよいよ鮮. 問的格闘が前面に出て,本論の鋭さを直截的に. 明になっていった.. 予感させる導入部であった.逆に,それだけに,. 1989 年の『環境経済学』では, 「コペルニク. 導入部に魅せられるという感じではなかったよ. ス的転換 」 という鮮烈な言葉が小見出しとな. うに記憶する.. り,現代の環境問題と環境保全への取り組みが,. やはり,1980 年の『都市経済論』あたりか. 人類史の歴史的転換を意味することを高らかに. らであろうか.この本では「18 世紀イギリス. 謳って,読者を一気に惹きつける.地球環境問. 産業革命以後,人類は工業化・都市化とよば. 題の意味が,資本主義の転換期と人類史の転換. れる社会発展によって,それまでの数十万年の. 期を重ね合わせながら明らかにされている.. 人類史にみられなかった急激な経済発展を遂げ. 翌年,教授と横田茂教授と私と,3 人の共編. た.」という言葉で始まり, 同ページの終わりで,. 著として有斐閣から出させていただいた『地域. 5). 「私たちはいま,資本主義の転換期を前にして. 経済学』 (1990 年 )でも,教授執筆の序章は,. いるが,それを象徴するのが大都市の危機では. グローバリゼーションの時代の地域経済学とい. なかろうか.ここに現代資本主義とそれが生み. う問題意識を鮮明にして,その冒頭部を,わず. 出した文明の危機が集約されている. 」という. か 2 行あるいは 6 行の魅力的で端的に捉える言. ように転換期論が語られ,導入部の締めが行わ. 葉で始めておられる. 「近代に入って以降,今日. れている.. ほど『地域』という言葉が重要になった時代は. 1981 年の『現代資本主義と国家』は、岩波. ないであろう.それは国民国家−国民経済とし. 書店の「現代資本主義分析シリーズ」の一冊で. て成立した資本主義が生産力の新しい発展段階. 5)宮本憲一『日本の都市問題』筑摩書房 1969. 6)宮本憲一『現代の都市と農村』日本放送協会 出版部 1982 年. 年.
(4) . に直面し転換期に入り,国家とは異なった新し. ションの時代が到来している.先進工業国は成. い空間構成を求めはじめているためである. 」7). 熟経済となり,ポスト工業社会の段階に入って. グローバリゼーションは地域の意義を消失させ. いるが,他方では,地球規模の工業化が進ん. るという議論が横行している当時にあって,生. で,資源の争奪や地球環境問題の深刻化を必至. 産力の新しい発展段階に対応する新しい空間構. とし,人類史に例のない,新たな対応(サステ. 成として,国境を超える国際的な地域と国家の. ナブルな社会への転換 )を求めている.ここか. 内部の地域,2 つの地域の意義が浮上している. ら,宮本教授は,アメリカの消費文明をモデル. という問題提起で導入部を始められたことは,. とする近代化指向が,中国のように政治的には. 読者に感銘を与えることになった.. 社会主義を標榜する国も含め,新興国の台頭と. 1.「近代化の時代の終末」という問題意識. ともに,地球規模に広がっている時代を,逆に, 近代化の終わりの時代と受けとめられたのであ. 『公共政策のすすめ』もまた同様に,大きな. る.冒頭の数行の文章は,こうした時代認識を. 問題意識,時代認識をもって考えることの重要. 示しており,この本の根底にある問題意識を端. 性を示唆する導入文で始まっている. 「いま人. 的に表わす言葉となっているのである.. 類は産業革命以来の近代化の時代の終末に立っ. ところで,ここでは,近代化は,産業革命以. ています. ・・略・・」. 降の産業資本主義の確立,機械制大工業による. 冷 戦 構 造 の 時 代, と り わ け 1950 年 代 か ら. 工業化の本格的展開から捉えられている.百も. 1960 年代の戦後資本主義の高度成長の時代に. ご承知のことをあえて言えば,近代化は,前近. は,近代化論が一世を風靡した.西欧の近代社. 代社会から近代社会への移行のことであり,西. 会は,資本主義化によって工業化を進め,産業. 欧近代化の歴史に焦点を合わせて,産業革命・. 革命を画期として近代資本主義経済を確立し,. 工業化の歴史的基礎として宗教革命,市民革命. 貧しい生活を強いる農業社会から物質的に豊. を位置づけ,宗教革命,市民革命,産業革命あ. かな生活を実現する工業社会への移行に成功し. るいは工業化,資本主義の発展という順序で理. た.世界の発展途上国は,社会主義への道では. 解するのが,伝統的な理解であろう.近代化は,. なく,西欧近代社会をモデルとして,農業段階. 何よりも社会の近代化であり,近代的市民社会. から工業段階への離陸,すなわち,資本主義化. の形成が欧米における工業化,工業社会の発展. による工業化の道を突き進むべきであるという. への基盤となったからである.個人の自由,基. わけである.かつては,産業革命の母国・イギ. 本的人権の擁護,民主主義,議会政治,法治国. リスが近代化のモデルであったが,第 2 次世界. 家,合理的精神,科学技術信仰,禁欲と勤労精. 大戦後は,大量生産・大量消費システムを先導. 神,物質的欲望と貨幣的欲望など近代市民社会. したアメリカが近代化のモデルとなった.アメ. の発展が,西欧における資本主義経済,工業化. リカの大量消費生活様式が大衆をして近代文明. の発展を導く社会的基盤となった.個人の自由. を享受する豊かな生活のモデルとされ,日本で. や民主主義の発展など近代市民社会の形成と工. も,大量生産・大量消費システムの構築による. 業化の発展,両面から近代化は捉えられてきた.. 経済成長を優先する政策が展開された.. 本書の導入部において,あるいは『都市経済. いまや,アメリカをはじめとする先進工業国. 論』の冒頭でも同様であるが,近代化あるいは. の工業化が成熟化する段階のもとで,新興国で. 近代化の終焉は,産業革命あるいは工業化の側. 工業化・近代化を加速させるグローバリゼー. 面からのみ捉えられて,なぜ,市民革命の面か らは論じられていないのであろうか.地球環境. 7)宮本憲一・横田茂・中村剛治郎編著『地域経 済学』有斐閣 1990 年. の危機と結びつくのは,市民革命ではなく,大 量生産を生んだ工業化である,という認識から.
(5) . であろうか.そして,産業革命あるいは工業化. を掻き立て, 大量消費に走る消費者を育てた(ガ. が都市化を生み,大量消費の基盤になるのだか. ルブレイスの「依存効果」8)) ,あるいは,管理通. ら,近代化は工業化から捉えるのが基本という. 貨制度を基礎とする福祉国家による大衆的消費. 理解によるものであろうか.. を生み出したという理解はありうる.それゆえ,. 言い換えれば,市民の立場や民主主義を重視. 『社会資本論』以来,批判もされるが,ガルブ. される教授にあっては,近代化の終焉は,大量. レイスを評価されてきた宮本教授もまた,同. 生産・大量消費を進めた工業化の終わりを意味. 様に理解されていると受けとめるべきであろう. するのであって,市民革命→個人の確立・人権・. か.. 民主主義などの発展という経路は,今後も人類. しかし,労働者が市民社会のメンバーとなっ. 社会に共通のテーマであり,非西欧社会におい. ただけでなく,物質的な消費欲望の充足に豊か. ても継承すべきものと受け止められているから. な生活を見出し,大衆的な大量消費生活様式が. こそ,近代化の終焉が工業化の限界から説かれ. 浸透するに至ったという,現代市民の主体的な. るのであろう.. 変化を,大量生産の論理の従属変数としてだけ. 別の角度から推論すれば,市民革命を基礎と. でなく,一つの独立変数として捉えることも欠. する工業化,近代化という流れは,西欧におけ. かせないのではないかという疑問は,やはり残. る近代化の歴史についてのみ言えることであっ. るのではなかろうか.. て,アジアの近代化の場合には,市民革命を基. 実際,教授もまた,終章においては,見田宗. 礎とするというよりも,出発点として工業化が. 介『現代社会の理論』9) を引用しながら,「大. あり,やがて,工業化の成功が近代市民社会の. 量消費よりも朝焼けの美しさを選択するように. 形成あるいは「市民革命」を課題とするに至る. 欲望がかわれば,未来社会は滅亡でなく,サス. という,西欧とは異なる近代化の歴史を背負っ. テナブルな社会になる」という,新しい生活様. ているという問題意識があるためかもしれな. 式の創造、市民あるいは大衆の主体的な変化に. い.これまでの地球環境問題は欧米諸国や日本. 係わる議論を提起して締めのメッセージとされ. など先進国の責任に係わるが,これからの地球. ている.. 環境問題にはアジアの工業化,巨大な人口を抱. やはり,現代の市民社会は,サステナビリティ. える新興国における資本主義の発展を視野に入. という視点に立つ現代的な主体の確立,現代的. れざるを得ない.教授には,従来のように,欧. な市民革命を必要としており,そうした主体の. 米の視点だけで世界を見てはいけない,非西欧. 形成に成功してこそ,近代化の時代を終わらせ. 世界,とりわけ,アジアの視点を入れた世界認. ることができるのだと考えるべきであろう.. 識が重要という問題意識があるために,世界横. さらにいえば,ポスト工業社会が知識社会で. 断的な工業化の論理で近代化や近代化の終焉を. あるとすれば,教育や技能の普段の向上が重要. 説かれている,と読むべきなのであろう.. となり,これに対応する市民と対応できない市. ところで,工業化は,供給サイドだけでな. 民との間で深刻な格差が生まれる社会となる.. く,大衆的消費という需要サイドの変化なしに. 同時に,G・エスピン−アンデルセン『ポスト. は,大量生産システムを確立できない.この場. 工業経済の社会的基礎』10)がいうように,女性. 合でも,工業化という供給サイドの変化が,あ. の経済的自立が進んで,共働き・子育て・介護. るいは,大量生産の論理が,それに見合う需要 構造を造出すべく,広告等を駆使して消費欲望 8)ジョン・ケネス・ガルブレイス『ゆたかな社会』 岩波書店 1960 年.. 9)見田宗介『現代社会の理論―情報化・消費化 社会の現在と未来』岩波新書 1996 年. 10) G・エスピン・アンデルセン『ポスト工業 経済の社会的基礎』桜井書店 2000 年..
(6) . 社会となり,物的な消費よりもサービス的な消. が先見的に行われることになったのであろう.. 費が重要になる社会へと変わる.. こうした認識は,近代経済学の宇沢弘文東京. 家族のあり方,市民の意識や関心が大きく変. 大学名誉教授にも共通するものである.宇沢教. わり,現代の環境革命や公共政策の主体へと市. 授は,主流派経済学界では新古典派経済学の理. 民が大きく前進していくことによってこそ,近. 論的発展に貢献された業績で有名であるが,ア. 代化,工業化が終わり,ポスト工業社会が知識. メリカの大学(シカゴ大学教授)から帰国され. 社会として持続可能な形で確立する基盤がつく. て以降は,『自動車の社会的費用』 ( 岩波新書 ). られてゆくであろう.. を始め,どちらかといえばケインジアン的な立. 2.共同社会的条件と今日の経済危機. 場からの議論あるいは社会的費用論や社会的共 通資本論など制度派経済学的な議論から,社会. さて,『公共性のすすめ』を再読して,改め. が要請するテーマに真正面から応える理論的研. て感動したのは,本書の「あとがき」 (1998 年. 究成果が顕著である.自然環境,道路など社会. 3 月執筆 )である. 「戦前の 1920 年代の金融恐. 的インフラ,教育・医療・金融制度など制度資. 慌から世界大恐慌の時期」にふれた後に,現代. 本という 3 部門を一括して社会的共通資本とよ. を捉えて,「歴史はくりかえしませんが,重大. び,社会的共通資本が国家の統治機構の一部と. な転機に公共政策がゆきづまり,右往左往して. して官僚主義的に管理されたり,利潤追求の対. いる点はよく似ています. 」と述べている.ま. 象にされたりした時に,資本主義は経済危機や. るで,米国発世界金融危機が引き起こした世界. 社会危機に陥るとし,今日の経済危機の原因と. 同時不況に見舞われている今日についても語っ. 対策についても,社会的共通資本の視点からア. ているようである.すでに新自由主義が政策思. プローチしておられる 11).. 潮になっていた時代を批判的に論じていた本書. 宮本教授の場合には,公共事業,福祉・保健・. であるとはいえ,さすが,というべき先見性が. 医療,文化,教育・訓練,地域政策,環境政策. 示されている.. など,社会資本・都市・国家・環境に係わる公. 宮本教授の「共同社会的条件の政治経済学」. 共施設・サービスを共同社会的条件という概念. という現代資本主義論には,公共部門が市場の. で括って捉えておられるのに対し,宇沢教授は,. 失敗(教授の概念では「市場の欠陥」)を補完し. 3 部門から成る社会的共通資本という整理され. 支えることによって資本主義は存続し発展する. た概念にまとめておられる.より洗練されてい. が,同時に,資本主義は私的利益を優先する民. る印象があり,より広く受け止められているよ. 間部門に引っ張られて,あるいは,政府組織の. うである.. 官僚主義的な膨張の論理によって,公共政策に. いまから 20 年くらい前の話になろうか. 『環. 失敗し(政府の失敗,教授の概念では「政府の欠. 境と公害』( 岩波書店発行 )という雑誌の編集. 陥」) ,資本主義の危機を生む,そして,危機か. 会議のあと,宇沢教授を中心に幾人かで飲みに. らの脱出には,公共政策の新たな展開を必至と. 行った時に,酔っ払った宇沢教授は,私をつか. する,という,公共部門あるいは共同社会的条. まえて,「中村さん,あなたは宮本さんのお弟. 件の管理あるいはガバナンスに注目した仮説が 根底にある.現代資本主義は,もはや,民間経 済の成長促進よりも,公共部門あるいは共同社 会的条件の充実を主要な課題とすべきであると いう大胆な仮説を逸早く,そして,一貫して, 提起されてきた教授であるからこそ,今日の世 界同時不況をめぐる議論につながるような指摘. 11) 宇沢弘文『自動車の社会的費用』岩波新書 1974 年,同『社会的共通資本』岩波新書 2000 年 など一連の著作,参照.社会的共通資本の視点か ら今日の経済危機を捉える宇沢教授の議論は,同 「今日の経済危機と環境危機をどう捉えるか―社会 的共通資本の視点から」 『環境と公害』39 巻 1 号, 2009 年,参照..
(7) . 子さんですね.私がアメリカのベトナム戦争に. る傾向が強い.それゆえ,資本で括れないもの. 幻滅して帰国した時,宮本さんの『社会資本論』. まで資本概念で括ると,大事にすべき非経済的. を読みましてね,感動したのですよ.その後の. 価値がゆがめられると警戒し,抵抗を感じるこ. 私の研究を刺激しました. 」と,おっしゃった.. とになる.. 私の記憶によれば,宇沢教授を市民の間でも有. 資本(capital)の語源は, ラテン語の頭(caput). 名にした岩波新書『自動車の社会的費用』やそ. と言われている.家畜に子どもを産ませ,家畜. の後の宇沢経済学の核心を成す「社会的共通資. の頭数を増やして資本を大きくしていく,そこ. 本」という概念は,宮本教授の『社会資本論』. に資本の語源的な意味がある.つまり,資本と. における社会的費用論や社会資本論から受けた. いうのは,もともと,それを元手に財産あるい. 刺激を重要な契機にしているということであっ. は経済価値を増やそうとするものであり,自己. た.実際,宮本教授の共同社会的条件と宇沢教. 増殖しようとする経済価値といってよい.. 授の社会的共通資本の議論には,制度論的な共. 道路や港湾など社会の物的インフラが,なぜ,. 通性がある.お二人を見ていると,経済学の立. 社会資本という資本概念で捉えうるかというの. 場の差異を超えて共通する議論を大事にし,互. は,宮本教授の『社会資本論』が解明した論点. いに尊敬し合い,社会改良で連帯することは,. である.社会が整備する物的インフラは,民間. とても大切なこと,と思う.. 企業の生産設備などと一体化して機能すること. 3.共同社会的条件と社会的共通資本. により,資本の生産過程に入り,資本蓄積の過 程を構成するために,社会資本化することが明. ところで,政治経済学の立場からすると,自. らかにされた.しかし,自然環境は,経済活動. 然環境,物的インフラ,制度インフラを,一律. に直接入り込む資源と同じ経済価値の扱いはで. 的に,資本概念(自然的共通資本,社会資本,制. きず,資本蓄積に寄与しない場合が多く,その. 度資本,総じて,社会的共通資本)で括ってよい. 場合でも,その存在,その働きは人間の生存基. のかという問題がある.. 盤,エコロジー的基盤として重要で,保全対策. 宇沢教授の場合についてではなく,一般的に. のために必要な社会的なコストをかけねばなら. いえば,近代経済学の場合には,資本主義制度. ない.つまり,自然環境は,必ずしも資本概念. 以上の体制はありえないと想定し,歴史貫通的. に包摂できない非経済的な価値をもっている.. に資本概念を使うことに抵抗感がなく,人的資. 経済循環における役割が物的インフラ(社会資. 本,社会関係資本,文化資本,自然資本, ・・・・,. 本)と異なるのである.. 何でも,資本という概念で括る傾向がある.資. 自然環境を自然的共通資本と捉え,物的イン. 本は,経済活動を行うための元手,投資によっ. フラとともに一括して理解される宇沢教授の社. てリターンが見込めるもの,増やせるもの,と. 会的共通資本という概念について言えば,私は,. いった程度で理解されているのであろう.素材. 資本という体制概念ではなく,社会共通資産と. 的把握と体制的把握の区別がなされず,ないま. して素材概念で把握すべきだと考える 12).そう. ぜになっているといえよう.. なれば,宮本教授の共同社会的条件と同様に,. 政治経済学の場合は,市場を絶対視せず,非. 歴史貫通的な,素材(使用価値)的な概念とい. 市場的な価値にも敬意を払い,また,諸利害・. うことになろう.. 諸階層・諸アクターの利害関係や力関係,交渉 と妥協,歴史的に形成される社会の制度との関 連で市場を相対化してとらえ,資本については, 自己増殖しようとする経済価値として体制的概 念でとらえ,その意義と同時に限界をも重視す. 12)ここでの論点をめぐって,中村剛治郎「書 評 諸富徹著『環境税の理論と実際』」 『環境と公害』 30 巻 2 号,2000 年,および,同『地域政治経済学』 有斐閣 2004 年において言及したことがある..
(8) . 自然環境を資本概念で捉えてよいかという論. 部門は,それぞれの分野における職業的専門家. 点は,さらに,次のような問題にもつながる.. によって,職業的倫理にしたがって管理・維持. 資本は,減らす結果になるかもしれないとい. されなければならない. 」( 前掲注 11)『環境と. うリスクを取る投資によって自己増殖しようと. 公害』39 巻 1 号 )と明言されている.賢人主義. する経済価値である.増える場合もあれば減る. の立場といえよう.. 場合もある.投資や事業に失敗して資本が減れ. 職業的専門家の役割は重要であるが,はたし. ば,次のチャンスで成功して取り返せばよいと. て,社会における共同社会的条件あるいは社会. いう考え方が基盤にある.自然環境を自然資本. 的共通資本の各部門のあり方を,当該分野の職. と捉えると,経済成長のために自然環境を犠牲. 業的専門家が決めることができるであろうか.. にしても,経済成長の結果として環境投資を行. 経済を社会や文化,政治,環境と結びつく政. えば,自然環境を取り戻すことができる,自然. 治経済として捉える政治経済学の立場からする. 資本を増やすことが可能だという態度に陥りや. と,政治経済は,多様な経済的社会的政治的諸. すい.しかし,自然環境には,一度失うと元に. アクターが歴史的に作り出し再編する制度のも. は戻らないという不可逆性の問題があり,自然. とで,彼らの活動を通じて動いていくものであ. 環境の保全を経済を制約する素材的な枠組みと. る.共同社会的諸条件のあり方を規定する諸制. して位置づける,環境的な維持可能性(サステ. 度のあり方は,これら諸アクターの集団的な力. ナビリティ) の考え方に立つことが求められる.. 関係,相互作用,対立や協調,それらを反映す. 人的資本や文化資本, ソーシャルキャピタル(社. る議会制民主主義などを通じて,歴史的に選択. 会関係資本)といった概念にも,同様に,一義. され決定されていく.その社会およびその制度. 的に資本概念でとらえてよいのかという問題が. の歴史が経路依存性をもっており,あるいはま. ある.都留重人『公害の政治経済学』(岩波書. た,諸制度のそれぞれの部門のあり方は,制度. 店 1972 年)が提起した,素材的性格と体制的. 補完的に整合性のある相互規定関係を特徴とす. 性格を区別した上で総合するという政治経済学. る制度構造を形成している.だからこそ,資本. 的アプローチの重要性が再確認されるべきであ. 主義制度のもとでも,共同社会的条件あるいは. る.加えて,外部化する環境問題を市場経済に. 諸制度のあり方は,各国ごとに,あるいは,経. 内部化しようとする環境政策に意義があること. 済社会のモデルごとに,歴史的に多様な構造な. はいうまでもないが,いったい,成長指向をも. り特徴をもって形成されている.いわば,職. つ資本主義を前提したまま採用される環境政策. 業的専門家がその役割を発揮する場の枠組みが. で環境問題を最終的に解決できるかどうか,あ. 政治経済過程を通じて選択され決定されるので. るいは,現代においては,資本主義の経済過程. あって,その上で職業的倫理にもとづくプロ. の外側から,市民運動を原動力とする規制や対. フェショナルとしての管理の活動を行うものと. 策が資本主義の成長の論理にメスを入れるまで. 想定すべきであり,そのような政治経済過程を. に至っているか,という問題をも視野に入れる. 抜きに,立派な職業的専門家が社会的共通資本. べきではないかという論点もある.. の諸領域のあり方を選択したり決定したりする. 共同社会的条件とするか,社会的共通資本と. ことが望ましいとするわけにはいかないのであ. するか,2 つのアプローチの間には,学問的に. る.. は,共通性と同時に微妙な差異があるわけであ. もっとも,このように政治経済学的な制度的. るが,差異は,さらに,維持・管理の調整シス. アプローチが重要といっても,そのことは,か. テム,その主体の捉え方をめぐっても生まれる. つての単純で硬直的な政治経済学的分析を前提. ようである.. するものではない.かつては, 資本主義制度は,. 宇沢教授の場合には,「 社会的共通資本の各. 資本による賃労働の搾取,階級抑圧の制度とし.
(9) . てのみ分析され,経済の矛盾が階級闘争,階級. 資本概念の扱い,素材的規定から入って体制. 対立,ひいては,体制変革の原動力を生み出す. 的規定を行う方法,あるいは,社会的政治的プ. という単線的な論理で,政治経済を捉える傾向. ロセス,諸アクターの行動,制度の構造などを. があった.ここから,資本家階級は国家を支配. 重視する政治経済学的アプローチを指向する立. して,道路や港湾など資本蓄積を促進する社会. 場から,私は,共同社会的条件の政治経済学と. 資本の充実を求め,住宅や医療,福祉,環境な. いう宮本教授のアプローチを支持するが,すで. ど共同的生活条件の充実には消極的で,後者の. に宇沢教授の社会的共通資本の概念を検討した. 充実は労働の立場からの圧力や社会運動によっ. 時に指摘したことと同様に,共同社会的条件よ. て実現するという批判的なシェーマで論じられ. り,共同社会資産とか,社会共通資産と言い換. たりもした.実際には,共同社会的条件をめぐ. えた方がよいのでは,と考える.そして,この. る政治経済過程は,もっと複雑で,多様な形を. 理論をより洗練された精緻な理論にするには,. とる.. 多様な制度を基礎とする多様な資本主義経済モ. たとえば,デンマークの社会保障はたいへん. デルの分析という視点に立って,各国における. 充実している.失業期間中の生活保障の水準は. 共同社会的条件(社会共通資産)の多様なあり. 高いし,新しい仕事に就けることを促進するた. 方と発展の方向性についての類型論的把握,し. めの職業訓練制度も世界のトップ水準である.. かも,静態的な類型論にとどまらない動態的な. 包括的な北欧型福祉国家は,労働組合の組織率. 発展プロセスを重視した動態的類型論,すなわ. が高く,労働団体の政治への影響力が強いとい. ち,政治経済プロセスに注目する諸類型の変化. うことを抜きには理解できない.しかし,同時. あるいは進化のプロセスの解明などに取り組ん. に,デンマークにおける上記の社会保障は,資. でいく必要があると考える.. 本の側の要求の反映でもある.そして,これら の制度の充実は,実は,社会保障制度の弱い. 4. 「共同社会的条件の政治経済学」から 「現代政治経済学」への展開. 自由主義経済モデルのアメリカと同様に,解雇 が比較的容易であるというデンマークの社会事. 宮本教授は,『公共政策のすすめ』の「あと. 情,つまりは,雇用制度と制度補完的な関係の. がき」の最後に,「本書を書いてみると,改め. もとに実現しているのである.たとえば,北の. て『現代政治経済学』という研究書を書く必要. 国に位置するデンマークでは,季節的な産業が. を感じました.これは他日を期さねばなりませ. 多いので,解雇が容易でなければシーズンオフ. ん.」という言葉で締めくくっておられる.し. における企業の負担が重くて,企業は存続でき. かし,その具体的な内容については触れられて. ない.同時に,中小企業が多いので企業内の教. いない.. 育・訓練によって次の新しい就業能力を準備す. 『公共政策のすすめ』は,入門書であるが,. る余裕がない.それゆえ,労働者の要求による. 公共政策論あるいは 「 共同社会的条件の政治経. だけでなく,資本の要求としても,積極的労働. 済学 」 としては同じ内容(構成)なので,その. 市場政策として労働者の教育・訓練の充実を図. 研究書版を書くというのか,それとも,内容(構. ることが社会的合意となっており,議会制民主. 成 )的に異なる, 『公共政策のすすめ』を土台. 主義という政治によって制度化されているので. として,新たに対象を広げた 「 現代政治経済学. ある.結果として,デンマーク経済は,北欧型. 」 という名にふさわしい発展した内容のものが. 福祉国家を基調としつつも,その制度的再編を. 想定されているのか,不明である.. 通じて,知識経済の時代の最も重要な富の源泉. 「共同社会的条件の政治経済学」ではなく「現. たる人間の知識労働,その能力を社会的制度的. 代政治経済学」ということになれば,社会資本・. に発展させる経済となった.. 都市・国家・環境といった共同社会的条件や公.
(10) . 共サービス,公共政策に焦点を合わせる公共部. (容器)を射程に入れない(市場あるいは中身中. 門論アプローチにとどまるわけには行かないで. 心の)経済学への批判として,宮本教授が「共. あろう.共同社会的条件という枠組みの中で,. 同社会的条件の政治経済学」を切り拓かれたと. 市場や社会で活動する諸産業,民間企業,労働. すれば,共同社会的条件を経済学の体系に内部. 市場や金融市場,社会保障,教育システムなど. 化した新しい政治経済学は,その枠組みの下に,. の制度的特徴,多国籍企業や国際金融,NPO,. 市場経済や民間企業,NPO や市民団体の活動,. 市民の労働や生活ぶり,つまり,教授の容器と. いわば,中身を容器の中に入れ直した制度的研. 中身という区分けで言えば,容器との関連であ. 究を,あらためて課題としたいということであ. れ,中身を真正面から採り上げる必要が出てく. ろうか.本書あとがきにある「現代政治経済学」. る.資本主義の制度的な多様性を基礎にした共. という言葉の意味するものを私なりに想像した. 同社会的条件の類型論的進化と多様な中身の発. わけであるが,いかがであろうか.. 展・衰退との関連,中身の変化や進化を重視す る視点の再導入による容器と中身の相互作用関. 5.現代政治経済学と制度派経済学・地域政治経済学. 係の分析といった枠組みが必要になろう.. 資本主義批判で終わる,かつてのマルクス経. ここで言おうとしていることは,「共同社会. 済学なら,資本主義の危機が共同社会的条件の. 的条件の政治経済学」は,第一義的には,社. 危機として現れることを批判的に明らかにすれ. 会資本や都市,国家や環境という,いわば中身. ば事足りたかもしれないが,現代において,そ. の活動を支える容器 = 公共部門に焦点を当てる. れはありえない.現代は,これからも長期的に. ものではあるが,それにとどまりえないという. 混合経済の時代が続き,そのもとでの共同社会. ことである.宮本教授は,出発点であり立脚点. 的条件のあり方を考えるべき政策論の時代ある. としての財政学を大事にされつつも,財政学の. いは主体形成の視点をふまえた公共政策の構想. 研究や財政学者であることを超えて,広く政治. と実現を競うべき時代だからである.だとすれ. 経済学の新領域の研究を拓き,政治経済学者で. ば,共同社会的条件の政治経済学の目的や課題. あることを体現されて来たのであった.政治経. は,それにふさわしく発展したものを想定すべ. 済学の立場から,なぜ,容器(共同社会的条件,. きだということになる.繰り返しになるが,容. 公共部門)を取り上げるかといえば,中身(民. 器としての共同社会的条件の研究は,それ自体. 間部門,非営利市民組織,市民の労働と生活など). で完結せず,いま述べたように,市民の自由や. の発展,その可能性の開花を期待するためにこ. 連帯,生き生きとした人々の暮らし,労働と生. そ,であり,言い換えれば,直接,中身からで. 活の質,労使関係,産業の発展など,容器の中. なく,迂回的に,容器からアプローチすること. 身の充実,中身の質的な発展をめざすことであ. を通じて,中身の充実に迫る方法(「共同的社. り,そのための条件を明らかにする一つの迂回. 会条件の政治経済学」の体系)に,現代的意義を. 的方法と位置づけるべきであろう.たとえば,. 見出すからであろう.. 共同社会的条件がこのように充実し進化( あ. だとするなら,共同社会的条件に直接の関心. るいは衰退 )すれば,その中身たる,個人や. があるとしても,この立場が,どのような共同. NPO,企業の活動がこのように活発になる(あ. 社会的条件の下で,どのような民間企業の発展. るいは衰退する )可能性が高まる,という形で. や NPO や市民団体の活動,市民の人権保障や. 実証的に明らかにすることが研究テーマになる. 自由と連帯,生活の質の充足があるのか,どの. はずである.言い換えれば,宮本教授の共同社. ような経済社会の発展モデルがありうるのか,. 会的条件アプローチ,公共部門の政治経済学の. という視点から,中身に係わる研究に関心を寄. 思想と理論を継承しながら,改めて,民間セク. せるべきは当然のことである.共同社会的条件. ターの経済活動に焦点を合わせる研究が課題に.
(11) . なるのではないかという問題を提起しようとい. この間まで,グローバルスタンダードとか「構. うわけである.. 造改革」とかが叫ばれたのは,まさに,この. 公共部門よりも民間部門がまずもって重要な. 流れへの適応を当然視する米国追随の立場が政. 経済主体となる地域経済を専門分野とする私. 治や経済を支配していたことを意味した.これ. は,宮本教授の共同社会的条件あるいは社会共. に対し,ヨーロッパ大陸においては,グローバ. 通資産の政治経済学という公共政策的問題意識. リゼーションのもとで英米型あるいはアングロ. を受け継ぎつつも,地域政治経済学という新し. サクソン型自由主義経済モデルとの競争を強い. い地域経済学の構築を自らの課題として,独自. られ,その影響を受けて軌道修正を余儀なくさ. の展開を試みようとしてきた.その内容は,教. れつつも,ドイツを中心とする大陸欧州型経済. 授の公共部門論的アプローチから少し外れて,. モデルや北欧型社会民主主義経済モデル,ある. 市場で活動する民間企業あるいは産業のあり方. いは,イタリアなど家族・地域社会重視の地中. を地域経済との関連でとらえることに注力し,. 海型経済モデルなど,世界にはいくつかの資本. 地域的協働や地域的関係性,地域的ネットワー. 主義経済モデルがあり,再編されつつも,それ. ク,地域公共部門の役割等を媒介項に入れた,. ぞれの基本型を継承しながら存続しているとい. 経済発展の地域的な仕組み,地域政治経済ステ. う認識が根強くある.決して,英米型経済モデ. ムのあり方に焦点を当てる研究である.その到. ルに収斂していくものではなく,資本主義の多. 達点として,国民的制度論にとどまらない,地. 様性は揺るがないと主張し,アメリカナイゼー. 域制度的アプローチを構想し,地域経済という. ションへの対抗軸を示そうとする,現代の制度. 独自の地域的協働的な経済システムの形成と再. 的アプローチが有力な議論として影響力を確保. 編,その動態的な発展プロセスを重視する研究,. してきたのである 14).その根拠として提示され. つまり,地域政治経済システムアプローチとも. たのが,歴史の経路依存性であり,これを規定. いうべき新しい地域経済学,地域政治経済学を. する制度補完性という仮説であった 15).. 構築しようとしている( 前掲拙著『地域政治経. 経路依存性や制度補完性の仮説を基礎とする. 済学』1 章・2 章,編著『基本ケースで学ぶ地域経. 制度分析は,歴史や社会・文化の多様性を経済. 済学』有斐閣,序章・2 章・9 章. ,参照) .. 13). 現代の制度派的アプローチとの関係で,上記 の編著における私の立場についていえば,歴史 =経路依存性,制度補完性という論点,グロー バル競争のもとでの福祉国家の無力化=企業中 心アプローチという方法の意義を受けとめなが らも,同時に,それらの枠組みを乗り越えるこ とを課題として,地域政治経済学の立場からア プローチしている. グローバリゼーションは,グローバリズムと いうアメリカナイゼーションを意味するかのよ うに,アメリカの自由主義的経済モデルを各国 の経済システムに浸透させた.日本でも,つい. 13)中村剛治郎編『基本ケースで学ぶ地域経済学』 有斐閣,2008 年.. 14)ピーター・A・ホール,デヴィッド・ソス キス編『資本主義の多様性―比較優位の制度的基 礎』ナカニシヤ書店,2007 年(原著 2001 年) ,レ ギュラシオン学派から制度的アプローチに接近し た,ブルーノ・アマーブル『五つの資本主義』藤 原書店 2005 年(原著 2003 年),ヴェルナー・アー ベルスハウザー『経済文化の闘争』東京大学出版 会 2009 年(原著 2009 年) ,制度的アプローチの研 究動向を手際よく紹介している山田鋭夫『さまざ まな資本主義―比較資本主義分析』藤原書店 2008 年,などを参照. 15)もっとも,これらの概念は,新制度学派と 称される,ゲーム理論から比較制度分析の方法を 切り拓いた青木昌彦教授らの一連の著作,たとえ ば青木昌彦『経済システムの進化と多元性―比較 制度分析序説』東洋経済新報社 1995 年,同『比較 制度分析に向けて』NTT 出版 2003 年(原著 2001 年) などが提起したものであり,注 14 であげた政治経 済学的な制度的アプローチは,これらに依拠して 展開されているのが現状である..
(12) . 分析の視野に入れるものであり,制度の違い. の制度的構造を形成しており,経路依存的な影. が資本主義の多様な発展のあり方を規定するこ. 響力を発揮するからである.. とを明らかにして,伝統的な新古典派経済学の. それはそうだとしても,グローバリゼーショ. 静態的一般均衡分析を超えようとするものであ. ンの時代,知識社会やサステナブル社会への構. る.しかしながら,経路依存性や制度補完性の. 造転換を必至としている時代には,「構造改革」. 仮説は,そのままでは,歴史的に形成されてき. 路線とは違う方法で,すなわち,経路修正ある. た多様な経済モデルが,それぞれ持続性をもっ. いは既存の歴史的に形成されてきた制度を基礎. て,多様性を維持することを示すにとどまるこ. に,現実の課題が求める必要性から,異質の経. とになる.. 済モデルに特徴的とされていた制度を新たな制. 政策論や新しい経済発展のあり方の創出,あ. 度として部分的に導入し,独自の複合的制度を. るいは,構造転換の時代を課題とする現代政治. 作り上げる,いいかえれば,現実の課題に対応. 経済学の立場からすれば,変化を導く主体の意. するための新たな整合性を導く制度拡張を推進. 思と行動や動態的な発展プロセスに焦点を合わ. する道を拓くことによって,制度的構造の再編. せる動態的な時間的場所的比較制度的アプロー. を図る必要が生まれる.このプラグマティック. チこそが課題である.歴史は,現在や未来が過. な道こそが構造転換を実現するための現実的な. 去に規定されることを意味するだけでなく,現. 道であり,実際的な政策論の課題となろう.制. 在の生き方や行動によって,過去からの制約を. 度補完性を意識しつつ,その制約を超えて,新. 乗り越え,現在を変え,未来を創り出すという,. しい制度構造の創造を図っていかなければなら. 歴史を拓く主体性や歴史的経路の修正を内包す. ないのである.スウェーデンをはじめとする北. るものでもある.過去が形成した制度補完性,. 欧諸国における,教育・訓練や生活保障,積. そして,それに規定される経路依存性は否定で. 極的な社会保障政策を軸とする包括的な北欧型. きないし,革命的変化は簡単には成功せず,経. 福祉国家の枠組みを基礎にしながら,グロー. 路依存性や制度補完性に制約されることは確か. バリゼーションと知識経済化に対応するフレキ. な事実の一面としても,経路修正あるいは経路. シブルな制度を部分的に導入することによって. 拡張の余地があり,それなしには,変化する厳. 1990 年代以降における新たな経済発展に成功. しい現実に対応することは難しいというのも確. した経験は,まさにそうした経路拡張の賜物で. かな事実の一面であろう.その発展の動態的な. あり,経路拡張論の実際性を証明したといえよ. プロセスを主体の形成を視野に入れて実証的に. う.. 解明することこそが現代の政治経済学の課題で. さらに言えば,制度派経済学の議論は,国民. あろう.. 的制度を当然の前提としており,地域レベルで. 現代の制度的アプローチがいうように,諸領. の制度的アプローチは軽視されている.しかし,. 域の諸制度は,歴史的に互いに補完的な関係を. 経路修正や新しい制度の導入による制度拡張の. もちながら結果として整合的に形成されてきた. 試みは,国家レベルでよりも,経済社会問題の. ので,ある領域の制度を変えようとしても,他. 現場であり,新しい政策やそのための新しい制. の領域の制度・慣習と抵触し, ぶつかってしまっ. 度を求める地域レベルで,多様な実験として先. てうまくいかないという歴史的制約性をもつ.. 行的に行われ,その成功事例が国民的レベルで. それゆえに,「構造改革」と称してアメリカ型. の制度拡張をもたらす成功モデルとして位置づ. 経済モデルに追随する制度改革を,別の経済モ. けられ,普及することを通じて進んでいくので. デルを特徴とする大陸欧州や日本で一挙に行お. はなかろうか.私は,そこに地域経済の,言い. うとしても,なかなか実現しないし,制度的競. かえれば,地域的制度的アプローチという視点. 争優位を持つことは難しい.制度補完性が各国. に立つ地域政治経済学という新しい地域経済学.
(13) . の存在意義があると考える 16).. 向したい.そして,地域レベルでこそ,この問. 他方で,経路依存性や制度補完性の議論をす. 題を地域的諸アクターの意思や行動,対立と協. る現代の制度派経済学の一部には,たとえば前. 調,地域内のアクターと地域外のアクターの関. 掲『資本主義の多様性』における基調のよう. 係,地域経済と国民経済や世界経済との関連,. に,国家論を軽視する傾向が見られる.グロー. 国家だけでなく自治体論を踏まえて,より実証. バリゼーションの時代に国民経済の発展を考え. 的に解明できるのではと私は考える. 『地域政. ると,政治の関心は企業の国際競争力に置かざ. 治経済学』では,その研究方法を地域政治経済. るをえない.これまでの福祉国家の時代のよう. システムアプローチと名づけている 18).. に,国民国家が労働や市民からの圧力を受け てナショナルな視点から独自に経済過程に介入. 6.宮本政治経済学の発展と現代の制度的アプローチ. し,国民経済をコントロールすることはもはや. 『公共政策のすすめ』の本論に要望があると. 不可能である.北欧のように福祉国家の制度が. すれば,宮本教授の政治経済学が,宮本教授. 充実している場合でも,企業の競争力を削ぐも. が独自に創造された制度的アプローチであるこ. のであれば存続できないので,それらは,むし. とに違いないとしても,本書における制度学派. ろ,企業の競争力の強化に作用するような社会. の研究の紹介が,バーリ&ミーンズ『近代株式. 的条件,資本主義の型をもつような経済として. 会社と私有財産』(原著 1932 年 )やガルブレイ. 理解すべきだ,という立場をとっている.結果. スなど 1960 年代までの制度学派の議論にとど. として,多様な福祉国家が多様な資本主義をつ. まっていて,現代の制度的アプローチの発展が. くるのではなく,多様な資本主義が多様な福祉. 取り上げられず,それらと宮本政治経済学との. 国家をつくるのであって,政治経済分析は「企. 位置関係に言及されていないことである.とい. 業中心」のアプローチを必要としている,とい. うのも,本書の執筆段階において,ソ連・東欧. うわけである 17).. 体制の崩壊以降,ミシェル・アルベール『資本. 私は,こうしたアプローチの現代的意義を認. 主義対資本主義』 ( 原著 1991 年,邦訳 1992 年 ). めつつも,やはり,グローバル競争の時代であ. を契機に,資本主義の制度的特徴の多様性に焦. るとしても,資本の要求だけに重きを置く分析. 点を合わせる注目すべき研究が飛躍的に発展し. には一定の留保をしたくなる.経済発展の創出. ていたからである 19).. という視点を大事にするにしても,経済諸利害. 近年においては,新古典派アプローチから. の対立や協調を基礎とする政治的社会的過程が. ゲームの理論へと進んだ制度的アプローチが盛. 経済発展の仕組みをめぐる制度のあり方に影響. んで,レトリックとして新古典派経済学批判. を与えるという政治経済学的なアプローチを指. を行うスタイルをとりつつ,青木昌彦スタン フォード大学名誉教授らのゲーム理論的アプ. 16)拙編『基本ケースで学ぶ地域経済学』にお ける拙稿,序章・2 章・9 章における,研究コーナ ーを含む,議論を参照.最近手にした,日本の進 化経済学会におけるテキスト作りの成果には,進 化主義的制度設計に地域(社会的企業者を担い手 とする地域通貨や社会開発の発展に注目する,特 殊限定的なものであるが)の重要性を体系的に組 み込む研究の進展ぶりが示されている.江頭進・ 澤邉紀生・橋本敬・西部忠・吉田雅明編『進化経 済学の基礎』日本経済評論社,2010 年. 17)前掲,ピーター・A・ホールほか『資本主義 の多様性』は,その代表である.. ローチによる比較制度分析など,政治経済学の 立場と共通する問題意識をもって,歴史的な制. 18)前掲,中村剛治郎『地域政治経済学』およ び中村剛治郎編『基本ケースで学ぶ地域経済学』 参照.前掲,ブルーノ・アマーブル『五つの資本 主義』は政治過程を重視する政治経済学的アプロ ーチに立っているが,地域レベルの比較制度的ア プローチの意義を方法論的に否定している. 19)ミシェル・アルベール『資本主義対資本主義』 竹内書店新社 1992 年(原著 1991 年) ..
(14) . 度の意義や制度の変化を捉えようとする新制度. センティブを組み込んだ制度設計となり,未来. 派的経済学研究を発展させている.. 社会もまた,倫理性をもたず個人の利害で動く,. 先に注 15)で指摘したように,政治経済学. その意味で,真に自由な人間とは言えない,効. 的な制度経済学における経路依存性や制度補完. 用極大化をめざす人間像を前提した社会にとど. 性の仮説も,実は,青木教授の仮説を受け入れ. まることになるかもしれない.しかしながら,. て行われてきたのであった.企業中心アプロー. 私が専門的な研究対象としている地域経済のよ. チを掲げて,国際競争力をもつ製品市場,コー. うな領域では,発展に成功している事例には,. ポレート・ガバナンス,企業間関係,労働市場,. 何よりも地域のことを想うリーダーや人間集団. 労働インセンティブ,イノベーション,金融,. の存在を抜きにしては語れないという場合が多. 福祉,教育など諸制度領域の比較分析,その変. い.前掲編著序章で取り上げたフィンランド・. 化あるいは進化に焦点をあてる, ピーター・ホー. オウル地域の経済発展についても,その地域的. ルらの「資本主義の多様性」アプローチの研究,. な発展の仕掛けの創造性,地域的な制度実験こ. そして,レギュラシオン・アプローチからの制. そが重要な学問的論点としても,ふるさとたる. 度的アプローチ(たとえば,ブルーノ・アマーブ. 辺境地域オウルをなんとかしたいという地域第. ル『五つの資本主義』 )などが, それである.ホー. 一の熱い想い,その共有を基礎にした信頼関係. ルらのグループの企業中心アプローチに対し. を抜きにしては,経路依存を脱して経路修正を. て,資本主義経済モデルの多様性を主張する制. 導いた創造的な発展システムの形成・再編過程. 度の理論は,より根底から,とりわけ,政治的. を理解することはできないであろう.. 過程つまり社会政治的グループの形成と変化の. 歴史が現在や未来を規定し,特定の社会の諸. 側面において行われるべきだと,政治経済学的. 制度は複雑に絡み合い,諸制度発達の歴史的経. アプローチの再建の必要を強調したのがアマー. 過の中で互いに整合的に形成されており,制度. ブルであった.. の一部を抜き出して変えようとしても全体の構. しかしながら,新制度派経済学は,伝統的な. 造的圧力の影響を受けてなかなか変わらない,. 新古典派経済学の批判の上に成り立っていると. ということは,日々,人々が経験し,これまで. しても,効用極大化と均衡という新古典派経済. も常識として意識され,学問的にも議論されて. 学の基本的な枠組みを共有していると見るべき. きた歴史の一面,制度の一面であって,それ自. であろう.いわば,伝統的な新古典派経済学に. 体に新たな発見があるわけでない.むしろ,歴. おける非現実的でリジッドな仮定について,経. 史を経路依存性という一面でとらえ,諸制度. 済人の完全合理性を限定合理性に,唯一の均衡. 補完性の面で制度的構造の存在を理解するとい. を複数均衡の可能性へと修正し,緩和したもの. う仮定は,数理モデルによる解明でなければ経. といってよい.新制度派経済学が,静態的分析. 済学といえないという主流派経済学の基本的な. に終始する新古典派経済学と違って,制度変化. 枠組みの中で,歴史や制度を取り上げることを. によって新たな経済発展を導くという動態的な. 可能にするために必要な特殊化限定化された道. 分析を指向するものであり,歴史や制度を経済. 具立てにすぎないのではないか.そこに新制度. 学に取り込むものとして評価に値することはい. 学派の新しさ,学界への貢献が生まれる契機が. うまでもない.. あったと評価するとしても,である.. そうだとしても,新古典派経済学と共有する. にもかかわらず,歴史的あるいは定性的分析. 基本的な枠組みの下での,将来の経済社会の発. を認める政治経済学としての現代の制度的アプ. 展を導く制度設計は,社会のルールとしての制. ローチが,それを,あたかも依拠すべき新発見・. 度の概念規定からして,金銭的利害や名誉その. 新理論のように扱い,複雑な現実を政治経済学. 他の利益で諸個人の行動を誘導するようなイン. の立場から歴史的定性的に分析するための方法.
(15) . として依存し,実証を通じて再確認することを. 従来の,共同社会的条件に焦点をあてる「容器. 課題としてきたことは,研究の意義と同時に限. の経済学」にとどまらず,素材と体制の間に,. 界を示すものといえよう.歴史的定性的分析は,. 中間システムという媒介項を入れた 「 中間シス. 数理モデル分析では不可能な,あるいは,いま. テムアプローチ 」 を提唱された.環境という容. の数学の適用段階では解けていないような,複. 器あるいは素材が資本主義という政治経済体制. 雑な社会科学的問題を発見し,実証的に解明し. に規定される関係を解明することをもって政治. てこそ,あるいは,そのための理論的実証的な. 経済学的分析とするという従来の素材と体制の. 仮説や方法を創造してこそ,その存在意義があ. 二元論的な立場を超えて,資本主義という同じ. るというものであろう.制度変化と経済発展の. 政治経済体制の下でも,各国ごとに環境問題の. あり方をめぐる筆者の実証的研究について言え. 現れ方は多様であり,環境政策も異なってくる. ば,拙著『地域政治経済学』に収めた,堺泉. という多様な資本主義のもとでの現実の解明に. 北コンビナート開発をめぐる大阪経済の構造変. より接近するために,素材と体制の中間領域に. 化,金沢経済の内発的発展プロセス,米国・ポー. 注目する新しい政治経済学の方法論を提起する. トランドにおける地域経済の知識経済化プロセ. ものであった.. スをめぐる研究は,いずれも,定量的分析に努. 教授は,それぞれの専門分野ごとに,どのよ. めつつ,歴史的定性的分析の独自の意義を発揮. うに中間領域を設定するかという課題が生まれ. する動態的な発展プロセスの研究を意識したも. るという立場をとっている.環境経済学におい. のである.. ては,①資本形成(蓄積)の構造,②産業構造,. ところで,制度の変化にともなって,新たな. ③地域構造,④交通体系,⑤生活様式,⑥廃棄. 発展が生まれていることを数理モデルで分析し. と物質循環, ⑦公共介入のあり方(a 基本的人権,. て動態的な制度分析としている場合でも,変化. b民主主義と自由のあり方) ,⑧市民社会のあり. のプロセスよりも,結果としての二時点(異時. 方,⑨国際化のあり方,という九つの領域が環. 点)における制度とパフォーマンスを数理モデ. 境を決定し,環境問題を規定する政治経済社会. ルで解き,両者の違いの比較分析にとどまる傾. 的な要因であるとされる.. 向が見られる.この場合には,動態的な比較制. これは,環境経済学からの構想であるが,そ. 度分析といっても二つの時点での静態的分析の. れにとどまらない,広く政治経済学の方法論的. 単なる比較にとどまり,その変化は単なる偶然. 意義を有する問題提起であったというべきであ. の結果に過ぎないものとされ,最も重要な,2. ろう.資本主義の時間軸(縦軸)での発展段階. 時点間の変化を導いた要因,発展プロセスや主. だけでなく,空間軸(横軸)での資本主義の発. 体的な意思と行動の理論的実証的分析には,数. 展の多様性を捉える,ある種の比較制度的アプ. 理モデルのメスが入っていない.さらには,現. ローチであったと見ることができるのではない. 代政治経済学をめざすものは,人間の倫理性や. だろうか.この視点から,世界における政治経. 自由な意思と行動,社会的な連帯,エコロジー というものが勝利するような将来の経済社会を 展望する立場から,新たな歴史を切り拓く主体 的な人間像を想定しながら,制度設計を行うよ うな,新しい現代政治経済学を構想することを 希望するであろう.歴史的定性的分析は,こう した問題の解明にこそ威力を発揮するはずであ る 20). 宮 本 教 授 は,1989 年 の『 環 境 経 済 学 』 で,. 20)近年の研究においては,中世後期の商業革 命の時代を研究対象とするアブナ―・グライフ『比 較歴史制度分析』NTT 出版 2009 年(原著 2006 年) のように,数理的な分析モデルを重視する立場か らも,その制約を逃れて,歴史的特殊性や歴史的 プロセスという多様な発展を解く鍵となる問題に 取り組むために,歴史的定性的分析の意義を認め, 新制度学派のゲーム理論と歴史的分析の方法を統 合した研究成果が登場してきている..
(16) . 済学の研究動向を見渡すなら,その先端的な研. プローチからの新しい地域経済学(地域政治経. 究方向を切り拓くための独創的な試みであり,. 済学)の構想という試みは,そのような想いの. その後の現代の制度的アプローチによる政治経. 小さな試みである.. 済学の研究の流れと共通するものであったと評. 宮本政治経済学をどのように継承し発展させ. 価できよう.. ていくべきか.その思想,その方法論,その理. だとするならば,余計に,世界における,. 論を継承するという時,それは単に倣うことで. 1990 年代以降の,政治経済学の制度的アプロー. なく,問題に苦しみ解決を求めている人々のい. チの発展をふまえ,それらとの位置関係を明ら. る現場に立って,それらの人々に心を寄せ主体. かにしながら,それらとの協働や宮本政治経済. 形成を期待しながらも,研究者独自の立場から. 学の独自の発展方向を共に考えたいという想い. 科学的に考えるという宮本教授の方法的立場を. が募るのは当然の成り行きであろう.私の個人. 継承しつつ,諸学派の研究成果とも交流し学び. 的な専門研究の作業についていえば,上述の,. ながら,自由に創造的に継承し発展させていく. 私の著書,編著における,地域政治経済システ. 試行錯誤の結果として成されていくものであろ. ムという中間システムの地域経済学への導入,. う.. 発展プロセスを重視する動態的な地域制度的ア. (横浜国立大学大学院国際社会科学研究科教授).
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