中学校国語科・小説教材(芥川作品)の学習指導法研究
22
0
0
全文
(2) 中学校国語科・小説教材(芥川作品)の学習指導法研究 加 賀 谷 い づ み 一. 研究の目的 平成20年3月告示の中学校学習指導要領国語(以下 、「指導要領」とする)では「読書. を通して自己を向上させようとする態度を育てる 」(第三学年・C読むこと)等の目標が 示されている。芥川龍之介作品には教材として適した要素があり、このような目標の達成 に有効であると考える。そこで、芥川作品の特色を考察した上で、学習指導法(授業の指 導案)を提案することとした。 指導要領の「C読むこと」には「ウ. 場面の展開や登場人物などの描写に注意して読み 、. 内容の理解に役立てること 。」(第一学年 )、「イ. 文章全体と部分との関係、例示や描写. の効果、登場人物の言動の意味などを考え、内容の理解に役立てること 。」(第二学年) と示されており、描写の読みが重視されていることがわかる。 同学習指導要領の解説では「描写」について次のように説明している。 また、例えば、文学的な文章における「描写」の効果については、情景や人物の描 写が文章全体の雰囲気を作り上げる効果について考えることが重要である 。「登場人 物の言動の意味」については、登場人物の言葉や行動が、話の展開や作品全体に表れ たものの見方などにどのようにかかわっているかを考えることが、文章の理解を深め ることになる。 「描写」には情景描写と人物描写があることに触れた上で、文章全体の雰囲気を作り上 げるという効果を述べている。また、描写の理解が「文章の理解を深める」ことと関連し ていることも明示されている。 「羅生門」が現在全教科書会社の高等学校「国語総合」の教科書に掲載されていること や 、「トロッコ」が昭和25年から現在までいずれかの中学校国語教科書に掲載され続けて いることから、芥川作品は教科書教材の定番といえる。芥川作品の特色の一つには描写の 読み取りやすさがあり、描写の効果や意義を指導するための有効な教材となり得る。. 1. 描写の定義 本研究では、描写について以下のように位置づけている。. - 28 -. ̶ 28 ̶.
(3) (1). 描写とは、情景や登場人物の様子等を、言葉を用いて絵画のように描く表現方. 法である。(注1) 2. 文学作品中の描写の効果 (1). 描写によって登場人物の心情や人物像を読み取ることができる。. (2). 情景描写は心情等が自然の様子等に反映される表現方法である。. (3). 人物描写は人物の表情や行動等の様子を描くことによって、心情や人物像を表. 現する。 (4). 「麦藁帽→夏」「瓦斯の光→明治時代」のように、季節や時代背景等の特定の. イメージを呼び起こす効果がある。 3. 学習指導上の重要性 (1). 描写を読み取る力をつけることによって、登場人物の人物像、心情、時代背景. 等を理解することができる。作品を詳細に読むための力の習得につながる。 (2). 描写を読み取る習慣をつけることで、小説作品を幅広く楽しむことができる。. 研究の方法. ニ. 芥川龍之介作品の特色を捉えた学習指導法を提案するため、本稿の方法を次のように定 めた。 1. 芥川の全小説作品から、中学生の教材として適した特色を挙げる。. 2. 「五」で挙げる3つの特色が顕著な作品について、それぞれの作品がもつ特色の根 拠となる箇所を引用して考察する。また、作品の教材としての適否を検討する。. 三. 3. 中学校国語科教科書を分析し、中学生への指導内容を明らかにする。. 4. 実際の授業を通して、中学生に適した作品の指導法を提案する。. 国語科教科書の文学的文章教材の学習課題等 中学生に指導すべき描写とは何か、中学校国語科教科書を基に考察する。平成28年度版. 中学校国語科教科書に掲載されている文学的文章教材を分析の対象とした。付録や資料編 、 読書教材として載せられた作品は除いてある。 平成28年度版中学校国語科教科書を出版している五社の教科書のうち、ここでは札幌市 や北海道石狩管内で採択されている光村図書の例を述べる。光村図書の平成28年度版中学 校国語科教科書の一覧を次に示す。 ・『国語1』(平成28年、以下【光村1】) ・『国語2』(平成28年、以下【光村2】) ̶ 29 ̶. - 29 -.
(4) ・『国語3』(平成28年、以下【光村3】) 上記の教科書について「教材名」「目標 」「学習活動 」「描写の例」を表に整理し、示し た。表の項目に対する内容は次のとおりである。 1. 「教材名」…教科書に掲載されている作品の題名を示す。. 2. 「目標」…教科書に掲載されている学習目標のうち、描写に関連する項目を抜き出 して示す。. 3 「学習活動」…教科書で示されている学習活動のうち、描写に関連する活動を示す 。 【光村】では教材の最後で学習課題を示した「学習」の頁が該当する。 4. 「描写の例」…目標や学習活動から、読み取る対象と加賀谷が判断した描写の文章 等を示す。. 〔表1〕教材ごとの描写の取り扱い(【光村1】) 教材名 花曇りの向 こう. 星の花が降 るころに. 大人になれ なかった弟 たちに……. 少年の日の 思い出. 目標 学習活動 場 面 や 登 場 ・それぞれの場面の「僕」の 人物の描写に 気持ちがわかる行動、会話 着目して、内 を押さえ、そこに表れた気 容を読み取る。 持ちを考えよう。 ・冒頭と結末の場面を比べ、 「僕」の気持ちの変化が表 れている風景や物を探して みよう。 場面の展開 この作品には、さまざまな や 登 場 人 物 な 情景 描写 が効果的に使われて ど の 描 写 に 着 いる。情景と「私」の気持ち 目 し て 、 作 品 との関係を考えよう。 を読み深める。 登場人物の 次の部分から読み取れる、 「僕」 行 動 や 情 景 描 や「母」の気持ちを考えよう。 写 な ど に 着 目 ・「 僕はあんなに美しい顔を して、心情を 見たことはありません。」 とらえる。 ・「石釜という山あいの村」 ・「 そのとき、母は初めて泣 きました。」 場面の展開 「僕」から見た「エーミー に 沿 っ て 、 登 ル」の人柄を端的に表してい 場 人 物 の 心 情 る 描写 を、作品の中から抜き の変化を捉え、 出そう。 作品を読み深 める。. ̶ 30 ̶. - 30 -. 描写の例 「晴れることを放棄した ようなぼやけた空に、僕 は今日も生ぬるい息をは いた。」 「僕が手に提げた小さな ふくろの中にはあまずっ ぱい梅干しがちゃんと入 っている。」 「かたむいた陽が葉っぱ の間からちらちらと差 し、半円球の宙にまたた く星みたいに光ってい た」 「母はそれを聞くなり、 僕に帰ろうと言って、く るりと後ろを向いて帰り ました。」 「美しい青空、桃の花が咲 く山村、橋の上からはあゆ の泳ぐのが見られます。 」 「結構だよ。僕は、君の 集めたやつはもう知って いる。そのうえ、今日ま た、君がちょうをどんな にとりあつかっている か、ということを見るこ とができたさ。」.
(5) 〔表2〕教材ごとの描写の取り扱い(【光村2】) 教材名 アイスプラ ネット. 盆土産. 走れメロス. 目標 登場人物の 言動に着目し て、人物の関 係や心情の変 化を捉える。. 学習活動 「ぐうちゃん」に対する 「僕 」、「母 」、「父」それぞれ の思いがわかる発言や行動を 挙げてみよう。. 描写の例 「それ以来、僕は二度と ぐうちゃんの部屋には行 かなかった。母は、そん な僕たちに、あきれたり 慌てたりしていたけれ ど、父はなにも言わなか った。」 作品の構成 人物の言動や様子が描かれ 「父親は右手でこちらの や 登 場 人 物 の ている表現を幾つか抜き出し、 頭をわしづかみにして、 描 写 に 着 目 し そこから読み取れる人柄や心 『んだら、ちゃんと留守 て 、 人 柄 や 心 情について考えよう。 してれな 。』と揺さぶっ 情を読み取る。 た」 描写 や会話に着目して、登 「濁流は、メロスの叫び 描写や会話 に 着 目 し て 人 場人物の人物像の変化を捉え をせせら笑うごとく、ま 物 像 の 変 化 を よう。 すます激しく踊り狂う。 捉え、作品を 波は波をのみ、巻き、あ 読み味わう。 おり立て、そうして、時 は刻一刻と消えていく。」. 〔表3〕教材ごとの描写の取り扱い(【光村3】) 教材名 握手. 故郷. 目標 登場人物の 置かれた状況 や言動に着目 して、人物像 を捉える。. 学習活動 次のような「ルロイ修道士」 の言動から、人物像を捉えよう。 ・「 園長でありながら、ルロイ 修道士は……子供たちの食 料を作ることに精を出して いた。」 ・「 総理大臣のようなことを言 ってはいけませんよ。…… それだけのことですから。」 ・「 上川くんはいけない運転手 です。けれども……楽しい のですね。」 場面や登場 次の風景や人物について、 人 物 の 設 定 に 回想の場面と現在の場面では、 着 目 し 、 内 容 描写 がどのように変化してい を読み深める。 るだろうか。それがわかる部 分を抜き出そう。 ・故郷の眺め ・我が家の様子 ・ルントウ ・ヤンおばさん. ̶ 31 ̶. - 31 -. 描写の例 「それは実に穏やかな握 手だった。ルロイ修道士 は病人の手でも握るよう にそっと握手をした。」 「ルロイ修道士は改めて 両手の人さし指を交差さ せ、せわしく打ちつける。 ただしあの頃とは違っ て、顔は笑っていた 。」. 「鉛色の空の下、わびし い村々が、いささかの活 気もなく、あちこちに横 たわっていた」 「昔の艶のいい丸顔は、 いまでは黄ばんだ色に変 わり、しかも深いしわが 畳まれていた。」.
(6) 〔考察〕 1. 全学年を通して9作品中5作品の目標に「描写」という文言が用いられている 。また 、 全教材の学習活動に描写に関連した項目がある。いずれの描写も心情や人物像を読み取 る手立てとなっている。. 2. 「描写」の文言を用いるのは第1・2学年の教材が中心である。これは、平成20年3 月告示の中学校学習指導要領国語「C読むこと」の指導事項に「描写」が示されている ためである。. 3. 【光村】では第3学年の「故郷」でも「描写」を扱っている。全学年を通しても目標 及び学習活動における「描写」の文言の登場回数が9品中7作品と多く、「描写」に着 目した学習指導を重視している。. 4. 使用する教科書によっては、目標や学習活動のとおりに指導すると、「描写」に着目 した学習指導が不十分になる 。「描写」の説明が少ない教科書を使用する場合、生徒に 「描写」を読み取る力を付けさせるためには 、「描写」の学習の機会を指導者が意図的 に設定する必要がある。. 四. 「トロッコ」の実践に関する研究の検討 芥川作品の中で中学校教科書に多く取り上げられてきた「トロッコ」の実践研究や教材. 研究を検討する 。「トロッコ」における描写がどのように扱われているかに注目する。検 討の対象は『国語科教育 』(全国大学国語教育学会 )、『日本文学 』(日本文学協会 )、『教 育科学. 国語教育』(明治図書)、大学等の紀要に掲載された論文・書籍等とした。. 1990年以降の「トロッコ」の実践研究や教材研究の中で描写がどのように扱われている かを検討し、以下の表にまとめた。表には次の3項目を設定した。 1「描写」 ○. 描写に着目した分析や、描写からの読み取りを中心とした学習活動がある。. △. 学習や分析の中心ではないが、描写に触れている。. ×. 描写はほとんど関係しない。. 2「概要」……実践研究や教材研究の概要を示す。 3「描写の扱い方」……描写の指導法や分析の内容を示す。. 〔表4〕『 「 トロッコ』の各研究における描写の取り扱い」 書籍・文献名 ①岡屋昭雄・近藤宏「作 品『トロッコ』の色彩 表現の研究」 1990年(注2). 描写 ○. 概 要 描写の扱い方 文学的文章を読み取る方 各場面で登場する色彩と 、 法の一つとして、 「トロッコ」 そこから連想される意味を の色彩表現を読むことの意 分析する。心理描写と描写 味・方法について提言する。 (自然、背景等)の接点に 色彩語彙を位置づけて読み ̶ 32 ̶. - 32 -.
(7) ②棚橋尚子「説明と描 写に関する考察(2) 1990年(注3). ○. ③ 浜 本 純 逸 「『 ト ロ ッ コ』の表現」 1992年(注4). ○. ④ 正 田 行 彦 「『 ト ロ ッ コ』全授業の展開と研 究」 1992年(注5). ○. ⑤冨永靖孝「個に対応 する授業の工夫―『ト ロッコ』を中心にして の実践から― 」 1992年(注6) ⑥ 大 西 忠 治 「『 ト ロ ッ コ』の読み方指導」 1993年(注7) ⑦ 岩 間 正 則 「『 言 葉 つ なぎ』を用いて作品を 読む」 2001年(注8) ⑧寺田守「読むことの 学習における小集団討 議の役割」 2003年(注9) ⑨田島伸夫「中学校の 近代文学教材を考える」 2003年(注10). △. ⑩ 伊 藤 和 子 「『 ト ロ ッ コ』の一場面で、中心 人物像のとらえ方を指 導する」 2004年(注11) ⑪ 内 藤 賢 司 「『 読 み の. △. △. △. ×. △. △. とることをの必要性を述べ る。 理解領域における「説明」 授業…描写の概念の提示 と「描写」の指導について →音読しながら描写を探す 実践的な問題を検討、整理 →描写の働きを考えて説明 し、授業について考察を加 と対比してとらえる→描写 える。 についてイメージを膨らま せる。 情景描写や行動描写と良 「うすら寒い海」や「黄 平の心情の関連に着目して 色い実」等の情景描写や「全 作品を分析した上で、最後 身でトロッコを押すように の場面は深く追求した指導 した」等の行動描写に良平 をしなくてもよいと述べる。 の心情が表れていることを 指摘している。 生徒の側に立った発問作 明るさの変化を示す情景 りと語句に重点を置いた読 描写と良平の心情の変化の みの指導を試みた全九時間 関係等についての発問・説 の実践を報告する。 明が、授業記録に残されて いる。 「個を生かす」ための授 気持ちの変化を読み取る 業実践を紹介する。発言・ 過程で、描写を書き出す場 発問を重視する。 合がある。. 「表層よみ・構造よみ・ 形象よみ・主題よみ」の過 程で詳細に読解する。 「言葉つなぎ」(概念地図 法)で主題と作品の構造を 考える。 学習者の読みと小集団討 議との関わりを探る。最後 の場面の解釈について討議 する。 『トロッコ』は人間と人 間とのかかわりを考えさせ ることができる、優れた近 代文学教材であると述べる。 中心人物の人物像のとら え方を知り、中心人物像を 一文で書く。. 「読みの指標」のある授 ̶ 33 ̶. - 33 -. 「形象よみ」をする際に、 描写が関わる場合もある。 主題を「不安」とし、不 安に関わるイメージ語とし て描写に関わる語が出てく る。 生徒の解釈や体験を語る ため、描写に直接触れるこ とはない。 生徒の話し合いの記録の 中で、行動描写から心情を 読み取っている生徒がいる ことがわかる。 中心人物の人物像をとら えるために、行動が書かれ ている部分に線を引く。. 「事件の発端」をとらえ.
(8) 指標』が、授業を変え る」 2005年(注12). 業として 、「事件の発端」を とらえさせる授業を示す。. ⑫乾英治郎「芥川文学 △ の教材化3『トロッコ』 ― 〈明るい教材〉の 可能性を巡って」 2005年(注13) ⑬田辺泰「文学に親し ○ む素地を作る読み方指 導」 2006年(注14) ⑭村上正子「感想文を ○ 分析するノートスキル」 2009年(注15). 良平の孤独な力走は悲劇 であるという固定観念を脱 し 、〈明るい教材〉としての 「トロッコ」の可能性を探 る。 文学固有の方法・原理を 踏まえ、文学的文章の学習 のポイントとして3つの「読 み方」を提案する。 「感想文の長所を分析す る」のためのノートスキル について示す。. ⑮河野涼子「一つの言 葉にこだわって読む」 2009年(注16). ○. ⑯角谷有一「中学校新 指導要領の全面実施を 前に文学教育の可能性 を探る― 復活教材『ト ロッコ』を読み直す」 2011年(注17) ⑰ 中 谷 い ず み 「『 ト ロ ッコ』の語り ― 教材 としての可能性― 」 2013年(注18) ⑱松原洋子「教材の図 解化 練習と効果ある 出題法」 2013年(注19). △. ⑲ 藤 井 智 子 「『 ト ロ ッ コ』の板書案・板書計 画」 2014年(注20). ○. △. △. る視点として 、「それまでの 説明的な書かれ方から、描 写的で生き生きとした書か れ方に変化するところ」を 示す。 分析の中で、情景描写と 主人公の心情の関係につい て指摘している。. 「読み方」の一つに「描 写を味わう」があり、「トロ ッコ」における情景・自然 描写を解説している。 感想文を書く前に描写に 注目するための発問を考え る学習がある。取り上げた 板書はノートに視写する。 一つの言葉にこだわって、 情景描写を探し、心情と じっくり読み味わわせるこ の関わりを考える。 と、人物の心情をじっくり 考えさせることに重点を置 いた授業。 読者の価値観・世界観の プロットを読む過程で情 瓦解を果たして、宿命に至 景描写に触れている。 る深層批評を目指す。. 『トロッコ』の教材とし ての可能性は、物語の様式 がその内容を表現するとこ ろにあると述べる。 主人公が体験した行動・ 線路の勾配・まわりの様子 を図にする。図解化により 文章を読む気になったり、 細部表現にこだわったりす るようになる。 1時間の学習の流れが一 目でわかる、板書の工夫。. ̶ 34 ̶. - 34 -. 行きと帰りの景色の違い が良平の心情の変化と関連 していることを指摘してい る。 図解化の過程で描写を読 むことがあるが、図と心情 との関わりは「発展的授業」 という扱いをしている。. 黒板を四分割し、場面、 情景描写、良平の心情、心 情曲線を書く場所とする。 情景描写を読み取り、心情 曲線に反映させる。.
(9) 〔考察〕 1. ほとんどの研究で描写に触れているほか、描写そのものを学習の中心として設定して いる研究もある 。「五」で述べるが 、「トロッコ」は色彩豊かな情景描写や主人公良平 の行動描写により、心情の移り変わりが読み取りやすい作品である。中には⑤冨永靖孝 のように読み取りやすい要素が描写にあることに触れず、心情の変化の流れそのものに 注目している研究もあった。. 2. 描写を読み取る実践という視点からでは、この中で最も参考になった研究は⑮河野涼 子「一つの言葉にこだわって読む」である。河野涼子は描写を通して作品を理解するこ とが読むことのおもしろさにつながると指摘している。そのために心情を表現した描写 を読み取る活動を重視している。生徒がグループで話し合った解釈が紹介されていて、 各描写から生徒がどのようなことを想像できるかが分かる。. 3. 課題は、この学習を他の文学作品を読む際にどう生かしていくかである。個人で読ん でも描写を見つけることができて、そこから作品のおもしろさを発見する力をつけさせ る指導が必要と考える。. 芥川作品の特色による分類. 五. 芥川作品に見られる「構成の読み取りやすさ・描写の読み取りやすさ・常識に挑戦する ことによるおもしろさ」の3つの特色を持つ作品をそれぞれ考察する。 1. 構成が読み取りやすい作品(『トロッコ』). 主人公の心情の変化の過程や話の展開が読み取りやすい構成を持った作品として 、『ト ロッコ 』『羅生門 』『仙人 』『煙草と悪魔』を挙げて分析した。ここでは『トロッコ』につ いて述べる。 『トロッコ』は1922(大正11)年3月、『大観』にて発表された。トロッコに憧れる8 歳の少年良平は、土工の手伝いと称して念願のトロッコに乗ることができた。しかし、家 から遠く離れた場所で1人で帰るように言われて絶望し、必死に家路につく。 この作品の中では、トロッコへの憧れから不安、絶望という「良平」の心情の移り変わ りが明確に描かれている。 ここでは、「良平」の心情の変容の過程が分かる4つの描写を引用する。 1例目は、「良平」が喜んで土工とともにトロッコを押している部分である。 (前略)良平はとうとうこらえ切れずに、怯ず怯ずこんな事を尋ねて見た。 「何時までも押していて好い?」 「好いとも」 ̶ 35 ̶. - 35 -.
(10) 二人は同時に返事をした。良平は「優しい人たちだ」と思った。 五六町余り押し続けたら、線路はもう一度急勾配になった。そこには両側の蜜柑 畑に、黄色い実がいくつも日を受けている。(注22『全集④』396頁) 日に照らされた「蜜柑畑」から、明るく暖かい印象を受ける。「良平」が土工を無条件 に信頼し、トロッコを押す喜びをかみしめていることが分かる。 2例目は、「良平」が初めて不安を感じる場面である。 (前略)その路をやっと登り切ったら、今度は高い崖の向うに、広々と薄ら寒い海 が開けた。と同時に良平の頭には、余り遠く来過ぎた事が、急にはっきりと感じら れた。『 ( 全集④』397頁) 日を受けた「蜜柑畑」と対照的に、海は「薄ら寒い」と表現されている。ここからの「良 平」はトロッコに乗っても純粋には楽しめなくなり、ついには「もう帰ってくれれば好い 」 (『全集④』397頁)と思うようになる。 3例目の場面では、「良平」は完全に帰ることばかりを考えている。 その坂を向うへ下り切ると、又同じような茶店があった。土工たちがその中へはい った後、良平はトロッコに腰をかけながら、帰る事ばかり気にしていた。茶店の前に は花のさいた梅に、西日の光が消えかかっている 。「もう日が暮れる」― 彼はそう 考えると、ぼんやり腰かけてもいられなかった。トロッコの車輪を蹴って見たり、一 人では動かないのを承知しながらうんうんそれを押して見たり、 ― そんな事に気も ちを紛らせていた。『 ( 全集④』397頁) 「西日の光が消えかかっている」ということは 、「良平」は明るい時刻には帰れない。 日没とともに 、「良平」の気持ちも暗くなっていることが分かる場面である。この直後に 1人で帰るよう土工に言われ、「良平」は絶望する。 4例目は、「良平」が必死に走って帰る場面を引用する。 竹藪の側を駈け抜けると、夕焼けのした日金山の空も、もう火照りが消えかかって いた。良平は、いよいよ気が気でなかった。往きと返りと変るせいか、景色の違うの も不安だった。すると今度は着物までも、汗の濡れ通ったのが気になったから、やは り必死に駈け続けたなり、羽織を路側へ脱いで捨てた。 蜜柑畑へ来る頃には、あたりは暗くなる一方だった 。「命さえ助かれば― 」良平 はそう思いながら、辷ってもつまずいても走って行った。『 ( 全集④』399頁) 行きは明るかった「蜜柑畑」が帰りには暗くなっていて、「良平」の心情とともに景色 も行きと帰りで対照的に描かれている。トロッコを押し始めたときの喜びから「命さえ助 かれば― 」とまで思い詰めた焦燥感に至るまでの、感情の落差が描かれている。 ̶ 36 ̶. - 36 -.
(11) 以上のように 、『トロッコ』では時間の経過を表す情景描写とともに 、「良平」の心情 の変化が描かれている。一日の中で明るい時刻は明るい心情、暗い時刻は暗い心情と、場 面と心情の明暗も一致している。これにより、『トロッコ』は主人公の心情をとらえやす い、明快な構成をもった作品となっている。 2. 描写が読み取りやすい作品(『蜜柑』). 描写が読み取りやすい作品として、『蜜柑』と『母』を挙げて分析する。描写が優れた 作品は数多くあるが、特に主人公の心情の変化がとらえやすい『蜜柑』と対照的な描写に よって人物像が明らかになっている『母』を取り上げた。ここでは『蜜柑』について述べる。 『蜜柑』は1919(大正8)年、『新潮』に発表された作品である。塚谷周次は「芥川の 直接体験を題材」とした最初の私小説と述べている (注21)。疲労と倦怠を抱えた主人公 の「私」が、同じ列車に乗り合わせた「娘」の行動に感動する話である。「娘」の様子が 細かく描写されていて、それを見ている「私」の心情が徐々に変化していくことが読み取 れる。 「私」の心情の変化に影響を与える描写の例を挙げる。 1例目として、列車が発車する前の「プラットフォオム」の様子を引用する。 (前略)外を覗くと、うす暗いプラットフォオムにも、今日は珍しく見送りの人影さ え跡を絶って、ただ、檻に入れられた小犬が一匹、時々悲しそうに 、吠え立てていた 。 (『全集③』31頁) 暗さ、人の少なさ、小犬の泣き声が「私」の陰鬱な気持ちを表している。 2例目として、発車直後の場面を引用する。 (前略)一本ずつ眼をくぎって行くプラットフォオムの柱、置き忘れたような運水車 、 それから車内の誰かに祝儀の礼を云っている赤帽― そう云うすべては、窓へ吹きつ ける煤煙の中に、未練がましく後へ倒れて行った。 (『全集③』32頁) この場面からは、出かけることに気が進まない 、「私」の暗い気持ちが伝わる 。「一本 ずつ眼をくぎって行くプラットフォオムの柱」は着実に元の場所から離れていることを表 し、全てが黒い「煤煙」に遮られることは戻ることもできないことを連想させる 。この後 、 「私」は前の席に座った「娘」を一瞥する。 3例目として、「娘」の外見を述べた箇所を引用する。 それは油気のない髪をひっつめの銀杏返しに結って、横なでの痕のある皸だらけの 両頬を気持の悪いほど赤く火照らせた、いかにも田舎者らしい娘だった。しかも垢じ みた萌黄色の毛糸の襟巻がだらりと垂れ下った膝の上には、大きな風呂敷包みがあっ ̶ 37 ̶. - 37 -.
(12) た。その又包みを抱いた霜焼けの手の中には、三等の赤切符が大事そうにしっかり握 られていた。『 ( 全集③』32頁) 「油気のない髪 」、「垢じみた萌黄色の毛糸の襟巻」、「三等の赤切符」などが、「娘」の 貧しさを表している。また 、「私の乗っている二等室の戸が」『 ( 全集③』32頁)とあるよ うに「私」と「娘」がいるのは二等室だが、「娘」が持っているのは「三等の赤切符」で ある。このことから「娘」が列車に乗ったことがないことも窺える。このあと「私」は「娘」 を「好まなかった 」・「 不快だった 」(『 全集③』32頁)と直接心境を述べるが、この描写 の時点で「私」が「娘」を快く思っていないことが伝わる。 「私」が煤煙でせき込むのもかまわず、「娘」は客車の窓を開けようとする。そこで私 の不快感は頂点に達するが、直後に思いがけないことが起こる。その場面を引用する。 (前略)するとその瞬間である。窓から半身を乗り出していた例の娘が、あの霜焼け の手をつとのばして、勢いよく左右に振ったと思うと、たちまち心を躍らすばかり暖 な日の色に染まっている蜜柑がおよそ五つ六つ、汽車を見送った子供たちの上へばら ばらと空から降って来た。『 ( 全集③』35頁) この引用以前の場面では、「両頬を気持の悪いほど赤く」『 ( 全集③』32頁)、「垢じみた 萌黄色 」(『 全集③』32頁 )、「煤を溶したようなどす黒い空気 」『 ( 全集③』34頁)のよう に、色彩は「私」の不快感を表す。しかし、この場面では「心を躍らす」「暖な日の色」 と、好意的な表現に転じている。 みすぼらしい姿をしている上にわざわざトンネル内で窓を開けようとする娘に、ただで さえ気が滅入っている「私」はいら立っていた。あらかじめ私の感情を最大限に負の方向 へ向かわせておいたため、最後の「私」が「朗かな心もち」になるという変容がより際立 つ。空気のよいところでやすやすと窓を開けるよりはるかに爽快感を強調する効果がある 。 以上のことから 、「私」の目から見た「娘」が詳しく描かれていることで、場面ごとの 「私」の心情を詳しく読み取ることができる。『蜜柑』は「私」の心情の変化を表すのに 描写が大きな役割を果たしている。 3. 常識に挑戦した作品(『猿蟹合戦』). 芥川作品には、民話や一般的な常識・価値観と全く逆の発想から生まれた小説がある。 対立する立場のどちらを中心とするかで、善悪や、悲劇・喜劇が逆になる物語が生まれる。 ここでは 、『猿蟹合戦』を考察する。なお、他に『第四の夫』もこの特色を持っている。 『猿蟹合戦』は1923(大正12)年 、「婦人公論」に発表された 。「お伽噺」の『猿蟹合 戦』は、悪い猿に青い柿をぶつけられた蟹が、臼や蜂などの力を借りて仇討ちをするとい う内容である。これに対し、芥川の『猿蟹合戦』はその後の「蟹」が「猿」を殺した罪を ̶ 38 ̶. - 38 -.
(13) 問われ、罰せられるという設定である。 「猿」と「蟹」の間の善悪の逆転について、特徴的な表現のある4例を引用する。 1例目は、仇討ち直後の「蟹」について説明した部分である。 (前略)いや、話していないどころか、あたかも蟹は穴の中に、臼は台所の土間の 隅に、蜂は軒先の蜂の巣に、卵は籾殻の箱の中に、太平無事な生涯でも送ったかの ように装っている。 しかしそれは偽である。彼等は仇を取った後、警官の捕縛するところとなり、こ とごとく監獄に投ぜられた。しかも裁判を重ねた結果、主犯蟹は死刑になり、臼、 蜂、卵等の共犯は無期徒刑の宣告を受けたのである。お伽噺のみしか知らない読者 はこう云う彼等の運命に、怪訝の念を持つかも知れない。が、これは事実である。 寸毫も疑いのない事実である。『 ( 全集⑤』137~138頁) 大団円で終わったはずの「お伽噺」と全く異なる厳しい現実は、「蟹」たちが幸せにな っただろうという予想に反している。さらに、「これは事実である。寸毫も疑いのない事 実である 。」と事実であることを念押しすることで 、「お伽噺」との違いが強調されてい る。 2例目として、「蟹」の裁判について述べた部分を引用する。 (前略)しかし蟹は猿との間に、一通の証書も取り換わしていない。よしまたそれ は不問に附しても、握り飯と柿と交換したと云い、熟柿とは特に断わっていない。 最後に青柿を投げつけられたと云うのも、猿に悪意があったかどうか、その辺の証 拠は不十分である 。(中略)その弁護士は気の毒そうに、蟹の泡を拭ってやりなが ら 、「あきらめ給え」と云ったそうである。もっともこの「あきらめ給え」は、死 刑の宣告を下されたことをあきらめ給えと云ったのだか、弁護士に大金をとられた ことをあきらめ給えと云ったのだか、それは誰にも決定出来ない。『 ( 全集⑤』138 頁) 裁判において一方的に不利な「蟹」の様子が述べられている。さらに、「蟹」が泡を吹 いたことや金銭のことを言っているかもしれない弁護士の様子を述べる表現は、死刑の深 刻さより滑稽さを強調している。語り手までもが見放したような述べ方になっていること から、「蟹」が社会全体から非難されていることが感じられる。 3例目は、「蟹」の仇討ちに対する社会的評価についてである。 かつまた蟹の仇打ちはいわゆる識者の間にも、一向好評を博さなかった。大学教 授某博士は倫理学上の見地から、蟹の猿を殺したのは復讐の意志に出たものである 、 復讐は善と称し難いと云った。それから社会主義の某首領は蟹は柿とか握り飯とか ̶ 39 ̶. - 39 -.
(14) 云う私有財産を難有がっていたから、臼や蜂や卵なども反動的思想を持っていたの であろう、事によると尻押しをしたのは国粋会かも知れないと云った。(中略)そ う云う中にたった一人、蟹のために気を吐いたのは酒豪兼詩人の某代議士である。 (中略)のみならず新聞のゴシップによると、その代議士は数年以前、動物園を見 物中、猿に尿をかけられたことを遺恨に思っていたそうである。『 ( 全集⑤』139~ 140頁) 「蟹」はどの方面の人物からも同情されず、厳しい評価を受けている。「反動的思想」 や「国粋会」という大げさな表現は、「蟹」が社会全体を敵に回したような印象を与えて いる。さらに、唯一の「蟹」の擁護者である「代議士」の、擁護する要因が「猿に尿をか けられたこと」であるため、事実上「蟹」に賛同してくれる者はいないという状況が分か る。 4例目として、「蟹」の残された家族について述べられた部分を引用する。 (前略)蟹の妻は売笑婦になった。なった動機は貧困のためか、彼女自身の性情の ためか、どちらか未に判然しない。蟹の長男は父の没後、新聞雑誌の用語を使うと 、 「飜然と心を改めた 。」今は何でもある株屋の番頭か何かしていると云う。この蟹 はある時自分の穴へ、同類の肉を食うために、怪我をした仲間を引きずりこんだ。 (中略)次男の蟹は小説家になった。勿論小説家のことだから、女に惚れるほかは 何もしない 。(中略)三男の蟹は愚物だったから、蟹よりほかのものになれなかっ た。『 ( 全集⑤』140頁) 「蟹」自身のみならず、遺族も残らず不幸になっていることが描かれている。その中で も「小説家のことだから、女に惚れるほかは何もしない」という部分は、自身が小説家で ある芥川が書くことで皮肉な表現となっている。 この後「三男の蟹」が握り飯を拾うため、同じ悲劇の繰り返しが予感させられる 。 「蟹 」 と遺族を徹底的に不幸に描いた上に、読者に不幸の循環を予感させておいているからこそ 、 最後の「君たちもたいてい蟹なんですよ 。」(『 全集⑤』141頁)の一文が痛烈である。こ れにより、この作品は「お伽噺」とは違うどころか、読者にもふりかかりかねない現実の 厳しさを訴えかける効果をもっている。. 六. 教材の適否一覧 「五」では三つの特色ごとに作品を分析した。この分析をもとに、それぞれの特色をも. つ作品等が中学生の教材として適しているかどうかについて考察する。 「五」で構成が読み取りやすい作品として挙げた『トロッコ』や『羅生門』については ̶ 40 ̶. - 40 -.
(15) 既に多くの教科書に掲載された実績もあるように、明快な構成が中学生にも理解しやすい 。 これに加えて展開が明快な『仙人』や、人物像の変化を読み取りやすい『煙草と悪魔』に も有効な教材になる要素がある。描写が読み取りやすい作品である『蜜柑』は描写を学習 する教材として適している 。『母』も、対照的な描写によって人物像が明らかになってい る、描写の効果が分かりやすい作品である。 この一方で、常識に挑戦した作品である『猿蟹合戦』と『第四の夫から』は一般常識に そぐわないことや残虐な内容を含むことから教材としては扱いにくい。また、指導の際は 難解な文章を読み取るために配慮をしたり、中学生には不適切な表現の取扱いに留意した りする必要がある。 次の表は、芥川作品の中学生の教材としての適否を示したものである。 1. 「頁数」…『芥川龍之介全集』の頁数(一頁当たり約700字詰)を算用数字で. 示した。 ◎. 『全集』10頁以下である。. ○. 『全集』11~20頁である。. △. 『全集』21頁以上である。. 2. 「指導」 ◎. 構成や描写が明快で指導しやすい。. ○. 構成や描写を指導することはできる。. △. 構成や描写が分かりにくく、教材に適さない。. 3. 「内容」 ◎. 中学生が読むのに適している。. ○. 中学生に指導する際は配慮が必要である。. △. 中学生が読むのに適さない。. 4. 「構成」 ◎. 構成が明快で指導しやすい。. ○. 構成を指導することはできる。. △. 構成が分かりにくく、教材に適さない。. 5. 6. 「描写」 ◎. 効果的な描写が多く、指導に適している。. ○. 描写を指導することはできる。. △. 描写が分かりにくい、もしくは少なく教材に適さない。 「常識」 ̶ 41 ̶. - 41 -.
(16) ◎. 視点や価値観を一般常識から変えたことによるおもしろさが理解しやすい。. ○. 視点や価値観を変えている要素を含んでいる。. △. 視点や価値観を変えている要素がない。. 7. 「備考・留意点」…留意すべき事項等。. 〔表5〕作品ごとの教材としての適否 作品名 羅生門. 発表年 1914(大正3)年. 頁数. 指導. 内容. 構成. 描写. 常識. 備考・留意点. 11 ○ ◎. ◎. ◎. ◎. ○. 高等学校「国語総合」に掲 載されている。. 鼻. 1916(大正5)年. 12 ○ ◎. ○. ◎. ○. ○. 身体的欠陥の扱いに配慮を 要する。. 芋粥. 1916(大正5)年. 28 △ ◎. ◎. ◎. ◎. △. 本文が長い。. 煙草と悪魔. 1916(大正5)年. 13 ○ ◎. ○. ◎. ◎. ○. 「煙草」の扱いに配慮が必 要である。. 蜘蛛の糸. 1918(大正7)年. 6 ◎ ◎. ◎. ◎. ○. △. 小学校と中学校の国語教科書 に掲載されたことがある。. 地獄変. 1918(大正7)年. 50 △ ◎. ○. ○. ◎. △. 残酷な表現がある。. きりしとほろ上人伝. 1919(大正8)年. 24 △ ○. ◎. ○. ○. ○. 「伊曾保物語」の文体が用 いられているため、読むの が難しい。. 蜜柑. 1919(大正8)年. 6 ◎ ◎. ○. ◎. ◎. △. 「娘」への差別的表現に配 慮を要する。. 舞踏会. 1919(大正8)年. 11 ○ ○. ○. ○. ◎. △. 中学生に興味をもたせる支 援を要する。. 秋. 1920(大正9)年. 20 ○ ◎. ○. ◎. ◎. △. 中学生に興味をもたせる支 援を要する。. 杜子春. 1920(大正9)年. 20 ○ ◎. ◎. ◎. ◎. △. 小学校と中学校の国語教科書 に掲載されたことがある。. 母. 1951(大正10)年. 19 ○ ◎. ○. ○. ◎. ○. 中学生に興味をもたせる支 援を要する。. 藪の中. 1921(大正10)年. 17 ○ △. △. △. ○. ○. 残酷・性的な表現がある。. トロッコ. 1922(大正11)年. 9 ◎ ◎. ◎. ◎. ◎. △. 描写が優れている。. 仙人. 1922(大正11)年. 7 ◎ ◎. ◎. ◎. △. ○. 展開が簡潔である。. おぎん. 1922(大正11)年. 11 ○ ◎. ◎. ◎. ◎. △. 山場が分かりやすい。. 猿蟹合戦. 1923(大正12)年. 5 ◎ ○. △. ○. ○. ◎. 残酷・性的な表現がある。. 伝吉の敵打ち. 1923(大正12)年. 10 ◎ △. △. ○. ○. △. 考証文のような文体のた. ̶ 42 ̶. - 42 -.
(17) め、読むのが難しい。不適 切な語がある。. 第四の夫から. 1924(大正13)年. 5 ◎ ○. △. ○. ○. ◎. 残酷・性的な表現がある。. 少年. 1924(大正13)年. 31 △ ○. ○. ○. ◎. △. 本文が長い。. 〔考察〕 1. 多くの作品で描写が多用されている。登場人物の心情の変化等を捉えるための教材と して用いることができる。また、10頁前後の短編は4時間扱いの教材として扱いやすい。. 2. 「蜘蛛の糸 」「杜子春」は敬体で書かれた平易な文章であることから、小学生の教材 としても適している。この一方で、「鼻」や「蜜柑」は差別的な表現を含み 、「藪の中」 のように中学生には不適切な題材の作品もある。. 3. 優れた教材となり得る芥川作品は多くあるが、取り扱いの際は現代ではふさわしくな いとされる内容や表現がないか留意する必要がある。. 七. 「トロッコ」の指導. 1. 指導目標 授業は平成28年9月8日から9月15日に、筆者が札幌市立元町中学校2年の5学級(1. 学級35~36名)を対象に、4時間扱いで実施した。 指導目標について、次の3項目を設定した。. 2. ①. 繰り返し音読して、音読の仕方を理解する。. ②. 描写を読み、その効果に気づく。. ③. 人物像の変化を読み取る。. 指導計画 実際の指導は4時間扱いで、次のような指導計画とした。 第1時. 音読をし、各場面に名前をつける。. 第2時. 表現方法の種類とその効果について知り、作品の前半の表現方法と人物の 様子の関係を考える。. 第3時. 作品の後半の表現方法と人物の様子について考え、人物像の変化を読み取 る。. 第4時 3. 全体を通読して、気に入った場面について話し合う。. 実際の授業 次に、主な発問、指示、説明を示す。丸括弧内は発問に対する解答や学習内容等を説明. した。 ̶ 43 ̶. - 43 -.
(18) 第1時 1〔説明〕芥川龍之介が書いた「トロッコ」を学習します。(学習の内容を知る 。) 2〔指示〕第1場面は先生が読みます。第2場面は同じくらいの速さでみなさんで読み ます。 3〔指示〕第1場面を「トロッコへの憧れ」と名づけます。ノートに書きなさい 。(場 面の名前) 4〔指示〕第2場面を読みなさい。(音読) 5〔指示〕第2場面の名前を考えてノートに書きなさい。(場面の名前) 6〔指示〕あてられた人は黒板に書きなさい。(場面の名前) ※以下、第6場面まで同様に音読と場面の名前つけを行う。 場面の名前の例. 第2場面「初めて触れたトロッコ」 第3場面「トロッコに乗る喜び」 第4場面「土工たちとの別れ」 第5場面「一人の帰り道」 第6場面「帰宅」. 7〔説明〕この時間は本文を読み、場面に名前をつける学習をしました。 〈授業評価〉 (1)「トロッコ」を音読し、正確に読めるようになったか。 (2)第2~6場面に名前をつけられたか。 第2時 1〔説明〕小説の前半の表現方法について考えます。(学習の内容を知る) 2〔指示〕第1場面を読みなさい。(音読) 3〔指示〕良平がトロッコに憧れている様子がわかる行動を探し、線を引きなさい。 (描 写を探す)(解答、「毎日村外れへ、その工事を見物に行った。」) 4〔説明〕このように、人物の様子を描くことで心情などを表す表現を、人物描写とい います。(人物描写を知る) 5〔指示〕第2場面を読みなさい。 6〔指示〕トロッコが下っている様子を説明しているところを四角で囲みなさい 。(描 写を探す) (解答、 「トロッコは最初おもむろに……良平はほとんど有頂天になった 。」) 7〔発問〕ここで、良平の気持ちを表している表現はどれですか。(解答、「有頂天」) 8〔説明〕ここでは勢いのあるトロッコの様子を描くことで、良平の有頂天になってい る気持ちを説明しています。このような表現を、情景描写といいます。(情景描写を ̶ 44 ̶. - 44 -.
(19) 知る。) 9〔指示〕第3場面を音読します。(音読) 10〔発問〕この場面の前半で、良平が喜んでいることがわかる独り言はどこですか。 (解 答、「登り道のほうがいい、いつまでも押させてくれるから。」) 11〔指示〕このような良平の様子が色彩を使って表現されている部分を探し、線を引き なさい。(解答、「広々と薄ら寒い海が開けた」) 12〔説明〕温かい表現から、寒々しい表現に変わりました。「あまりに遠く来すぎた」 ことを実感しています。 13〔説明〕この時間は本文を読み、表現方法について学習しました。 〈授業評価〉 (1)表現方法の種類とその効果について知ることができたか。 (2)作品の前半の表現方法と人物の様子の関係を考える。 第3時 1〔説明〕後半の表現方法について考えます。(学習の内容を知る 。) 2〔指示〕第4場面を読みなさい。(音読) 3〔指示〕良平は「帰ることばかりを気にしていた」とあります。この気持ちが行動に 表れている部分に線を引きなさい 。(解答 、「トロッコの車輪を蹴ってみたり……気 持ちを紛らせていた。) 4〔指示〕このような良平の気持ちが景色に表れている部分に線を引きなさい 。 (解答 、 「茶店の前には花の咲いた梅に、西日の光が消えかかっている。」) 5〔指示〕第5場面を読みなさい。(音読) 6〔指示〕良平の必死さが行動に表れている部分を探し、四角で囲みなさい 。(解答、 「良平はしばらく……鼻だけは絶えずくうくう鳴った。」) 7〔指示〕時間の経過が景色に表れている部分を探し、四角で囲みなさい 。(解答 、「夕 焼けのした日金山の空も、もうほてりが消えかかっていた。」) 8〔指示〕第6場面を読みなさい。(音読) 9〔指示〕家に着いたときの良平の行動が描かれている部分を探し、四角で囲みなさい 。 (解答、「彼のうちの門口……すすりあげすすりあげ泣き続けた 」) 10〔発問〕この行動には、良平のどんな気持ちが表れていると書いてありますか。 (解答 、「今までの心細さを振り返ると、いくら大声に泣き続けても、足りない気持 ち」) 11〔指示〕良平の変化をまとめた表の空欄に、語句を書きなさい。 ̶ 45 ̶. - 45 -.
(20) 12〔指示〕トロッコに憧れていた良平が激しく泣いてしまうほどに変わったきっかけは 何でしょう。自分の考えをノートに書きなさい。 13〔説明〕今日は表現方法と人物像の変化について考えました。 〈授業評価〉 (1)作品の後半の表現方法と人物の様子の関係を考えることができたか。 (2)人物像の変化を理解することができたか。 第4時 1〔説明〕全文を音読して、気に入った場面を発表します。(学習の内容を知る 。) 2〔指示〕初めから読みなさい。(音読) 3〔指示〕気に入った場面を1つ言い、その理由を簡単に説明しましょう。 4〔説明〕今回は描写に着目することで、主人公の人物像の変化を読み取ることができ ました。他の作品を読むときにも生かすと、作品が一層楽しく読めるはずです 。(学 習の意義) 〈授業評価〉 (1)全文を通読して、作品全体を考えることができたか。 (2)作品に対する自分の考え方をもてたか。 (3)作品に対する友人の多様な考え方を理解できたか。 4. 生徒の感想. 生徒の感想を作品と学習に関するものに分類した。主な感想を次に示す。 (1). 作品の感想. ①良平は泣いている場合ではないと判断し、一人で泣かずに駆け続けてすごいなと 思った。 ②良平の心情がどんどん変わっていく物語だと思った。 ③この物語の流れは、トロッコに対する良平の心情でできていると思った。 ④良平はトロッコが好きで仕方がなかったのに、ちょっとしたことがきっかけで不 安な気持ちになっていることが悲しいと思った。 ⑤成長しても記憶が残るのはそれだけ大変だったんだなと思った。 ⑥最初はトロッコに憧れていたのに、最後にはトロッコのせいで泣くという変化が 面白いと思った。 ⑦「西日の光が消えかかっている。」というところから悲しい心情が強く伝わって きた。 ⑧悲しい、嬉しい、楽しいなど端的に書かず、周りのものや色を上手く使い、登場 ̶ 46 ̶. - 46 -.
(21) 人物の心情を生き生きと表現できるのはすばらしいと思う。 ⑨良平の心情の変化が景色などによく表れていて、わかりやすいと思った。 (2). 学習の感想. ①登場人物の心情や、場面ごとの変化について分かった。 ②色や風景でも心情を表すことで、より詳しく心情が描かれているのだと思った。 ③芥川の作品をこうしてじっくり読んだことはなかったので、良い機会だった。 ④今までそこまで情景描写に目をつけていなかったが、今回を機によく知れてよか ったと思う。 ⑤私が今読んでいる小説でも人物描写や情景描写に注目して読みたいと思った。 5. 参観者の感想 (1) 生徒は文章を視覚化できているか。教師は推測される映像をイメージできている だろうか。 (2) 生徒は「薄ら寒い海」に臨場感を持てるだろうか。「命さえ助かれば」と思い詰 める8歳の子どもがどんな様子か想像できるだろうか。 (3) もっとイメージを膨らませられるだろうか。演劇にする場合どのような演出をす るか考えるとよい。 (4) 26歳の部分の扱いも大事である。感想で触れられる生徒がいるだろうか。26歳の 良平をイメージし、なぜ思い出すのかを考えさせたい。芥川の人生との関連等、話 題を広げることができる。 (5) 一斉音読ができていてよい。. 八. まとめ 「トロッコ」の学習指導では描写に着目することで、心情の変化を詳細にとらえられた. 生徒が多かった。作品そのものの解釈のみならず、文学的文章を読む際の技術として描写 を読み取ることを身に付けられている。 この一方で、主人公が変容したきっかけについては、指導者側が生徒に読み取らせたい ことを伝えるのが難しかった。特に「良平が変わったきっかけ」については「軽率な行動 の結果として楽しみが苦い思い出に変わった」ことを意図していたが、「遠くに来てしま った時点で気分が変わった」までしか考えられていない生徒が多かった。描写を通してよ り作品を詳しく読み取る力をつけさせることは、今後の課題である。また、芥川作品以外 の小説教材についても、描写の効果・役割に重点を置いた実践を示していきたい。. ̶ 47 ̶. - 47 -.
(22) 「注」 1. 市毛勝雄「Ⅲ章. イメージを描く(情景描写・自然描写 )」『文学的文章で何を教えるか』31頁、明. 治図書、1983年8月 2. 『研究報告』第79号、香川大学教育学部、1990年. 3. 『国語科教育』第37号、全国大学国語教育学会、1990年3月. 4・5. 『実践国語研究別冊「トロッコ」の教材研究と全授業記録』全国国語教育実践研究会、1992年. 2月 6. 『函館国語』第8号、北海道教育大学、1992年11月. 7. 『「トロッコ」の読み方指導』明治図書、1993年9月. 8. 『教育科学. 国語教育』第606号、明治図書、2001年5月. 9 『広島大学大学院教育学研究科紀要』第2部第52号 広島大学、2003年 10. 『早稲田大学国語教育研究』第23集、早稲田大学国語教育学会、2003年3月. 11. 『向山型国語教え方教室』第19号、明治図書、2004年6月. 12. 『教育科学. 13. 『月刊国語教育』第25号、日本国語教育学会、2005年12月. 14. 『教育科学. 国語教育』第668号、明治図書、2006年5月. 15. 『授業研究. 21』第631号、明治図書、2009年5月. 16. 『教育科学. 国語教育』第710号、明治図書、2009年7月. 17. 『日本文学』第60巻第8号、日本文学協会、2011年8月. 18. 『国文― 研究と教育― 』第36号、奈良教育大学国文学会、2013年3月. 19. 『教育科学. 国語教育』第767号、明治図書、2013年11月. 20. 『教育科学. 国語教育』第779号、明治図書、2014年11月. 21. 塚谷周次「蜜柑」の項目、菊地弘、久保田芳太郎、関口安義編『芥川龍之介事典. 国語教育』第659号、明治図書、2005年8月. 増訂版』明治書. 院、1985年12月、476頁 22. 芥川龍之介の作品は、中学生向け教材としての実用性から現代仮名遣いを用いている『芥川龍之介 全集』(筑摩書房版)から引用した。引用の後の数字は巻数を示す。 第1巻. 1刷. 1986年9月、13刷. 1995年10月. 第2巻. 1刷. 1986年10月、12刷. 1998年2月. 第3巻. 1刷. 1986年12月、16刷. 2013年5月. 第4巻. 1刷. 1987年1月、15刷. 2012年7月. 第5巻. 1刷. 1987年2月、13刷. 2012年6月. 第6巻. 1刷. 1987年3月、14刷. 2011年2月. 第7巻. 1刷. 1989年7月、9刷. 2011年10月. 第8巻. 1刷. 1989年8月、8刷. 2012年4月. ̶ 48 ̶. - 48 -.
(23)
関連したドキュメント
チツヂヅに共通する音声条件は,いずれも狭母音の前であることである。だからと
文字を読むことに慣れていない小学校低学年 の学習者にとって,文字情報のみから物語世界
〜は音調語気詞 の位置 を示す ○は言い切 りを示 す 内 は句 の中のポイ ント〈 〉内は場面... 表6
仏像に対する知識は、これまでの学校教育では必
明治33年8月,小学校令が改正され,それま で,国語科関係では,読書,作文,習字の三教
現実感のもてる問題場面からスタートし,問題 場面を自らの考えや表現を用いて表し,教師の
ピアノの学習を取り入れる際に必ず提起される
小学校学習指導要領総則第1の3において、「学校における体育・健康に関する指導は、児