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管楽器基礎奏法におけるテクニカルアスペクトの解析と再考 : 伝統的基礎練習「ロングトーン」の本質

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(1)Title. 管楽器基礎奏法におけるテクニカルアスペクトの解析と再考 : 伝統的基 礎練習「ロングトーン」の本質. Author(s). 渡部, 謙一. Citation. 北海道教育大学紀要. 教育科学編, 71(2): 177-186. Issue Date. 2021-02. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/11692. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) 北海道教育大学紀要(教育科学編)第71巻 第2号 Journal of Hokkaido University of Education(Education)Vol. 71, No.2. 令 和 3 年 2 月 February, 2021. 管楽器基礎奏法におけるテクニカルアスペクトの解析と再考 伝統的基礎練習「ロングトーン」の本質. 渡 部 謙 一 北海道教育大学岩見沢校合奏研究室. Reconsideration and Analysis of Aspects of Fundamental Techniques for Wind Instruments : The True Nature of “Long Tone” as Traditional Basic Training. WATANABE Ken-ichi Department of Brasses and Ensembles, Iwamizawa Campus, Hokkaido University of Education. 概 要 本論は,管楽器の基本奏法や原理に関して紐解いた前論を受けて,実践的な練習法について 様々な考察を展開したものである。日本をトップランナーとして今や世界の吹奏楽のレヴェル はおそらく,そのレパートリーやメソードの数の豊富さから見て,オーケストラや合唱のよう な他のアンサンブル媒体をしのいでいると考えられる。しかしながら,その教授メソードは数 十年前のものすなわち先の大戦・戦中・戦後のものと質的には未だほとんど変わっていないの が現状である。この憂うべき状況を鑑み,全自動万能の社会文化で育った現代人の様相に即し, 本質的に普遍的な管楽器奏法についての研究が急務であると確信している。今回は伝統的な練 習法に視点をあて,その本質をつまびらかにし,効果的な練習方法を提示し,ロングトーンの 本質を明確にすることを目的とした。. ●基本練習とは まずはじめに,本来あらゆる種類のパフォーマンスに必要と考えられている基本練習とは,何を指すもの なのかを考えてみなくてはなりません。とりわけ音楽においてどういったこと指すのか。その意味を掘り下 げて考えてみたいと思います。 音楽において最も根本的な基礎は,内的なものと外的なものの二つのカテゴリーに分けられるのではと思 われます。すなわち,内的なものとしては音の感性向上で,外的なものは演奏能力(もしくは作曲能力)と. 177.

(3) 渡 部 謙 一. しての,音を具現化する能力であろうと思います。一般的に言って,この場合の内的基礎は,ソルフェージュ と総称される基礎訓練を指すと考えても良いのではないかと考えられますが,実際に演奏する,すなわち音 を具現化して作り出すことを行わなければその感覚が外に伝わることはありません。そして,外的基礎であ る具現化能力においても,例えば音程(二つ以上の音の幅)や音色(羅列される倍音の組み合わせ)を感じ る能力を伴わなければ,楽音として用いるに足るクオリティーの音を作り出すことはできません。従って音 楽における基礎練習は,この二つの要素を組み合わせたものでなければならないともいえるでしょう。 そうなると,管楽器における基礎練習とは,一音一音のクウォリティを問うものでなければならないとい うことに結論付けられるのではと思います。外的基礎である音のプロデュースに関しては,前論で述べてい るような,発音原理や呼吸法といったフィジカルな要素に根源を持ち,より,音のプロデュースの実情に近 い要素を明確にしながらも,内的基礎がそれを裏打ちするものでなければならないわけであります。この視 点をもって,今まで伝統的に行われてきた基礎練習を吟味し,再構築していくことを本論の中核としたいと 考えております。 1)ロングトーン ロングトーンは,管楽器の基礎練習の一丁目一番地として認識されている重要な練習である,と目されて います。単純に音をまっすぐ伸ばすだけの練習ですが,なぜそこまで重要なのかを明示した資料はほとんど 見当あたらず,むしろ口伝的に広まっているようにすら感じます。とは言いながら,もしも価値のないもの であればここまで長い間,重要な基礎練習としての立場に淘汰されずに残っているはずがありません。そこ で本論では,このロングトーンの価値について検証していきたいと考えます。 管楽器演奏従事者の多くは本能的にこう考えていると思います。ロングトーンはウォームアップである, 準備運動である,と。ですが,ウォームアップとは,本来何らかパフォーマンスを行う前に最適な心身の状 態を作り出すためのものであるわけで,確かに,例えばアスリートがランニングや柔軟体操等によって身体 の活性化を図るように,ロングトーンによって,演奏する状態に自分自身を向けるために効果はあるかとも 思います。一般的に,アスリートのウォームアップは,「体温の上昇に伴う反応」と「それ以外の反応」の 二種類にその効果が大別されています。体温上昇に伴う反応として,筋肉温度の上昇そして神経機能の強化 および活性化が挙げられるはずです。また体温以外の反応として,筋肉への血流増加や酸素消費量の上昇が 挙げられます。これらの諸要素は,同様に身体を使う音楽演奏にも大半当てはまる訳です,が,ロングトー ンがそれらを全てカヴァーするとは到底思えず,また音楽演奏はアスリートよりも多分にメンタルもしくは 感性からの影響が強いと考えられるため,もっと他の効果がロングトーンには存在するのではないかと考え られるのです。 観点を変えて,今度は揮毫(書道,書写)を考えてみましょう。大半の日本人であれば小学生の時に書写 の時間がありました。あの時間の一番初めに何を行なったのか考えてみましょう。皆, 「つけ,止め,払い」 に気をつけて,まっすぐの横の線,縦の線,斜めの線を描く練習をしなかったでしょうか?これにどうもロ ングトーンは近いような気がします。あれは何のためにやっていたのでしょうか?小学生当時その理由につ いて教わったことはないはずですし,そのようなことを教えるよう現在も指導要領上には記載されていませ ん。 推測するにあのお稽古は, 「きれいな書写を行うため」の基礎であり,すなわち,綺麗な字を書くための 基礎づくりだと考えられます。ということはロングトーンも極めてこれに類似しているのではないでしょう か。単純にまっすぐ音を伸ばし,低い音域から高い音域まで丁寧に響かせていく練習は,言うなれば,音楽 演奏で用いる「音作り」の要素が色濃く含まれた練習であると言えるのではないでしょうか。もちろんそこ. 178.

(4) 伝統的基礎練習「ロングトーン」の本質. にはアスリートたちが黙々とランニングをしキャッチボールをする練習のように体全体の血流を促進し温め る役割もあるでしょうが,そうであるなら,もっと演奏に作用している筋肉を動かさないと血流が活性化し 体が温まりきりません。事実,柔軟性を含めた実践的な練習は他にもたくさんあります。種々様々な練習方 法が編み出されては淘汰されてきた音楽練習,特に管楽器における基礎練習の中で,淘汰されずに,むしろ 普遍的価値を持って生き残った,このロングトーンの多様な本質について掘り下げていくことは,管楽器演 奏の発展のために極めて意義深いものになるのではないでしょうか。 2)ロングトーンの本質 ここまでで述べたようにロングトーンは楽音としての素材作りが主たる目的であると考えられます。ただ まっすぐ音を伸ばすだけで,そこにはたくさんの重要な,演奏のための基本要素が含まれているからこそ, 普遍性を持って生き残った練習なのであろうと思います。また,単純に音を伸ばしているだけの間に,多く のことを感じながら演奏することによって,自ら多くの進歩のための材料を見つけることが必要なのであろ うとも考えられます。また,ウォームアップの要素も含まれていると目されていることを考えると,ロング トーンを行うことで,体が音楽するためのものにいかに変わって行くかを考えなくてはならないのではと思 います。そこでまず,ロングトーンの練習を解析するためにいくつかのカテゴリーに分けて切り込んでいき たいと思います。 ・メンタルな要素〜呼吸との関連 この中にもいくつか異なるファクターが含まれていると思います。まず,身体生理学的に言って,生命維 持に関係する量以上にたくさんの息を吸い,ゆっくり時間をかけて息を吐くということ自体は実はあまり自 然ではないということが考えられると言えます。たくさん吸うことも長く吸うこともそれ自体で精神・神経 を何らかの形で刺激することになる,と私たち人間のほとんどは感覚的に認識しています。だとすると­,こ こで考えられるのが自律神経です。自律神経とは一言でいうと,内臓や血管などの動きをコントロールし体 内環境を整える神経です。自律神経には,活発な動作の源になる交感神経と,リラックスを促す副交感神経 があり,無意識で人間の生のために働いている活動例えば呼吸や内臓の動きを司り,また体温を維持したり しており, 一つの器官や働きに対してこれら二つの神経が互いに相反する働きをすることで知られています。 ここで気になるポイントがあります。上に述べた,ロングトーン練習を行うことに最も重要な「たくさん 息を吸って, ゆっくり吐く」ことは,副交感神経の働きを象徴する最も効果的な活動であるということです。 副交感神経が働くことによって心臓のリズムは緩まり心拍数が減ります。そして何より神経が落ち着きリ ラックスする方向に体が向くことになります。この本質的な人間生理が実はロングトーンの本質であると言 えます。そうなると, 「ロングトーンはウォームアップである」と伝統的因習的に伝わってきたことは,本 来身体の活性をあげる意味であったことと反することになります。もしくは,音作りであると考えられてい るロングトーンの効果を求めるためにはもっと付加的な意味を持たせる必要があるのではという考えに及ぶ のではないでしょうか。 ・副交感神経との関連 「たくさん息を吸い,ゆっくり吐く」所作は実は音楽外の分野で様々利用されています。国語学者の齋藤 孝明治大学教授は, 「キレやすい子供ほど息が浅い。なのでゆっくり吸いゆっくり吐くことをさせることで 改善が見られる」と言っています。演劇の演出家である鴻上尚史は「演じる基本はゆっくりした呼吸である」 と言っています。ゆっくり息を吸うとはすなわちたくさん吸うことでもあり,ここにもロングトーン練習と. 179.

(5) 渡 部 謙 一. 何らかの共通性があることがわかります。この二者の言葉でわかることは,こういう呼吸が神経にかなりの 影響を及ぼしているということであります。キレやすい子供にゆっくりした呼吸を行わせることで,精神の 安定を図り,次の能動的行動の質を考えさせているわけです。心の中の喜怒哀楽を自らの身体表現で演じ観 客に伝えるために,ゆっくりした呼吸を土台とし,リラックスした心と身体から最大限の演技を引き出さそ うとしているということではないでしょうか。こう考えると,管楽器のロングトーン練習もこれらに準じる といっても過言ではないと思います。ということは,ロングトーンは,深い呼吸をその土台として,まず精 神の安定を図ることで,これから奏する音楽のイマジネーションの窓を開くために行っているということに ならないでしょうか。 ・自律神経との関連のまとめ これまでに述べたことを考えた上で実際のロングトーンの状態を考えてみますと,精神的なリラックス状 態の上で音を吹き伸ばしているということは,つまり,冷静に自分の音を聞くために集中する状態にあると いうことになります。同時に,自分の周囲に自分の音がどのように響いているのか,伝わっているのかを自 然と感じるようになるとも考えられます。書写でも線一本一本に神経を集中して美しい線を描くことと同じ 行動を起こしていることがわかります。冷静な精神は自分の身体がいかに,音を出すために働いているかを 知覚しようともするでしょう。 ロングトーン練習という管楽器特有の練習の本質そして土台はまさにこのためであったのだと考えます。 ・フィジカルな要素 ロングトーンを行うということは,実際のところ音を発生している様々な部位に負荷がかかっています。 まず第一に音振動を発生させている,アンブシュアと呼ばれる口周辺の筋肉,そしてゆっくりした呼吸を支 える横隔膜とその周辺の筋肉がそうです。一つの音を長く伸ばすということは,その間,関係の筋肉を固定 して動きのブレがない状態を維持しなければなりません。そうでないと安定した「音の素材」を作ることが できないからです。また管楽器は,演奏する際には,高音域でも低音域でも,どの音域においても日常生活 では用いることのないほどの空気の圧力がこれらの関係筋肉にかかります。ということは,この唇とその周 辺の筋肉,そして呼吸関連の筋肉を強化する役割がロングトーンに存在していることは明白だと言えます。 このように,ロングトーンには演奏における耐久力をあげる効能があるわけです。 ですが,これだけでは問題があります。なぜなら筋肉は,ある一方向に伸ばすもしくは固めるだけでは鍛 えられず,むしろ疲労度が高まるだけで成長しにくい性質があるからです。特にロングトーンでは,音を伸 ばしているその一定時間筋肉を固定している状態になりますから,血行が悪くなり乳酸が筋肉にたまり,不 健康な状態に突き進む結果になります。反面,筋肉は,その耐久力の限界値辺りの負荷をかけないと鍛えら れていきませんから,効果的なロングトーン練習のためには,いろいろ異なるアイディアを同時に身体及び 精神に作用させなくてはいけないということになります。 ・より実践的で効果的なロングトーンとは〜呼吸と酸素の関係 前述のように負荷をかけて筋肉には乳酸が溜まりますから,それを解消するためには酸素が体内に供給さ れなければなりません。すなわちたくさん息を吸うことによって摂取した酸素が,疲労した筋肉内の乳酸を 解消する触媒的な役割となり,筋肉の緊張と弛緩の動きの中で酸素による乳酸解消の働きが生まれ,筋肉が 強くなっていくと考えられます。たくさん息を吸うことによって,大きな負荷をかけることで自然と発生す ることになった,疲れすなわち乳酸を解消する作業が活発であればあるほど,演奏に用いる筋肉が鍛えられ. 180.

(6) 伝統的基礎練習「ロングトーン」の本質. ていくという仕組みであろうと考えられます。しかしここで矛盾が生まれます。ロングトーンの最も土台と なることがリラックスすなわち脱力だとしたら,ここで述べた,演奏のために空気の圧力を生み出し支え酸 素を送り込むことはむしろ,身体における能動性を象徴したものであるということです。言うなれば交感神 経の役割であると言えます。また,脱力とは言いながらも,演奏者はなにがしかの楽器の重さを体で支え, 種類によっては5キロ前後の重さを支えながら演奏するものもあります。おそらくこの矛盾の共存にロング トーンの実践的な意味が潜んでいるのではと推測する次第です。 ・こんにゃく体操 東京芸術大学名誉教授で人間の身体生理の権威であった野口三千三は,芸大で伝統的に行われてきた「こ んにゃく体操」という脱力のための体操を中心に,人間の本来持っている力を呼び覚ますことを目的に「野 口体操」を考案し,藝大生の体育の授業で取り上げていました。それは,「人間は立っているだけでもどこ かしかの筋肉を使い,また,まっすぐ立っているつもりでもどこか傾いていたり歪んだりしている。演奏す るときも同様に力は必要である。だが,必要のない力を抜くことが重要で,演奏する技術と同様に,うまく 脱力するための技術が必要である」というものであります。このことはまさに前述の交感神経と副交換神経 のせめぎ合うバランスと全く同じことを表しているように思えます。 ここからロングトーンを改めて考察してみると,ロングトーンはまさしく「こんにゃく体操・野口体操」 そのものであると感じられます。脱力と活力,副交感神経と交感神経という相反した身体生理要素を本丸と した,管楽器のための重要な練習方法であったということではないでしょうか。楽器を持つことによって重 さが余分に身体にかかりまた,持つために大なり小なり体を歪ませなければならない時もあります。その上 で,ゆっくりたっぷり息を吸い長い時間をかけた上で音を作り出し持続させることによって,身体のあらゆ る神経を意識せざるを得ない状況に体を置き,音への完成度そして演奏のための筋肉の耐久性および柔軟性 を鍛えるという,オーヴァーオールな練習であったのだと考えられるのであります。それがゆえに,時代の 淘汰にも流されず,多くに人が無意識にロングトーンが必要であると認識され,今まで生き残って生きたの ではないかと思います。 ・ロングトーンの歴史と現代性を持った理想的なロングトーン練習法 これまで述べてきたことをもとに,伝統的なメソードや現代の人間文化を考慮した上で,より効果的と考 えられるロングトーンの練習方法を以下のように考えました。 これは敢えて名付けるなら,ロングロングトーン練習法としたいと思います。一般的にロングトーンと思 われている長さをはるかに超えたものだからです。一見シンプルなこの練習方法ですが,ここに至るまでに これまでに述べた諸要素に加えて,これまで流布されてきた情報や,伝統的なエチュードやメソードから得 た知見からの考察が加味されています。 さて,このロングロングトーンを構築する前にまず,メソードの歴史を紐解いて見ましたところ,そこで 興味深い点を見つけました。それは金管楽器にとってのバイブル的存在であるフランスのコルネット奏者 アーバン(Jean Baptiste Arban 1825-1889)が書いた教本(主にトランペットもしくはコルネットを中心 とした金楽器全般の教本)およびパリ・オペラ座管弦楽団首席トロンボーン奏者ラフォーズ(Andre Lafosse 1890-1975)の教本(伝統的なトロンボーン専門の教本)であります。これらは,極めて初歩課程 からの練習法について書かれているものですが,どちらのメソードにも,いま私たち日本の管楽器奏者が行 なっているようなロングトーン練習の方法は一切書かれていないのです。 メソードとして一番最初から既に,タンギング(発音のための舌つき)を用いて確実に発音することから. 181.

(7) 渡 部 謙 一. ロングロングトーン練習例. 始まっているのです。これはすなわち,長く吹き伸ばすこのロングトーンと私たちが呼んでいる練習方法は 彼らの生きている時代では主流ではなく,取り立てて必要だと考えられていなかったことになります。吹き 伸ばしてもせいぜい四拍程度です。むしろ明確に発音できるようになることの方がより重要視されていると 言えます。 次にもう一つ別なメソードを見てみました。主に金管特有の練習であるリップスラー強化の練習方法の創 始者と目されている,アメリカのトロンボーン奏者で管楽器教育の名門だったイーストマン音楽院教授,レ これは敢えて名付けるなら,ロングロングトーン練習法としたいと思います。⼀般的にロングトーンと思われて ミントン(Emory Remington 1892-1971)の「Warm-up Studies」です。ここではまさしく,私たちが今, いわゆるロングトーンとして認識している練習方法が記されています。時代性を見てみるに20世紀に入って, 音楽の歴史がちょうど二つの大戦をまたいでヨーロッパからアメリカにメインストリームが移りかけていく 頃に,メソードのヴァリエーションが増えたり,国々の文化が混沌として結合と崩壊が頻繁に行われ始めて. 182.

(8) 伝統的基礎練習「ロングトーン」の本質. きたことによって,現代のロングトーンにあたる練習のような,それまで存在していたもの以上に単純な練 習方法の必要性が生まれ,常態化したのではないかと考えられます。ただ,ロングトーンに市民権を与えた レミントン教本にも,取り立ててロングトーンの意義についての記述はありません。おそらく,前述の推論 のように,観念的かつ個人のセンスにおいて,こういう,長く吹き伸ばすことが必要,と感じたことによる 発想であろうと思われます。 であるとすれば,本論前半の論証はより価値を持つ可能性が出てきたと言えなくはないでしょうか。呼吸 との関連そして自律神経との関係が,名教師のインスピレーションを刺激したことも想像に難くありません。 むしろ, ロングトーンの練習意義の確率はかなりの現代性を持っているとも考えられます。前述したように, 耐久力養成の意味合いが強いロングトーンに脱力の要素を加えるだけでなく,音楽的意味合いをより深く思 考かつ浸透させる意図を組み入れることで,淘汰の波を生き残ったロングトーンという練習方法が21世紀に おける重要な練習方法になると考えられます。そのためには,交感神経系の持つ,多くの酸素を取り込み血 行を促進させることで筋肉の活性をあげるといった指向性と,副交感神経系が持つ,身体および精神の脱力 を促し無駄な力を限りなく省くというような指向性の,相反する性質のパフォーマンスの方向性を広げるこ とで,音楽のイマジネーションが広がる可能性を大きくすることになるのではないかと推測されます。すな わち, かなり長い時間(拍)吹き伸ばす事で,筋肉にも耐久力の限界を問われるような負荷をかけながらも, 長く息を吐き続けることで脱力の神経作用を長く続けさせ,これまたその持続性の限界を問わせるというこ とで,脳内に新たなインスピレーション〜音楽表現の表現力の可能性〜の広がりを感じさせしめることが, ロングトーンが持つ新しい価値なのではないでしょうか。 新しいインスピレーションを生み出すという点で,ここまで述べてきた内容と共通する事例があります。 発明家として非常に数多の特許を持っていて有名なドクター中松は,依頼のためにどうしても締め切りまで にアイディアが思いつかない場合,自宅プールに飛び込み息を止めて,息が苦しくて気絶する寸前まで潜り 続けるそうです。そうすることで,生命維持のための酸素が極限まで無くなってきた脳がひらめきを起こす のだと,中松は言っています。このことは脳科学の分野でもしばしば言われる脳トレーニングの方法でもあ り,ロングトーンに応用できる重要なファクターであると考えられます。 また,ヨガの呼吸法も応用度が高いと言えます。ヨガの本質は意識的な呼吸のコントロールであり,それ によって身体の活性化と脳の情操制御の振り切りの幅を拡大することができると言われています。一例とし て, 「ヴィシャマヴリッティ・プラーナーヤーマ」という非常に特徴的な呼吸法があります。これは,息を 吸う・止める・吐く,という動作を,1:4:2の時間配分で行うものです。これを例えば,基本のスパン を4秒とした場合,4秒・16秒・8秒のパターンで「吸う・止める・吐く」と繰り返します。実際に行って みると,パターンの回数が増えていくと止めるのも吐くのも非常に苦しくなります。また基本のスパンを6 ないし8にすると,意識的に持続して回数を重ねようとしてもあっという間に身体的限界がきて,汗だくに なります。ただ呼吸しているだけなのに,です。もともとプラーナ(エネルギー)の流れをカラダ全体に効 率的に巡らすための呼吸法で,同時に,汗だくになる程負荷のかかる呼吸法でありながら心身(特にメンタ ル)の浄化と調和を図ることができる驚くべき効果を持つ呼吸法です。これも応用要素の一つとして,あえ て長い「ロングロングトーン」を構築するに至りました。 また,パソコンをはじめとしたIOT世界となった現代人への効果も考慮しなくてはならないと考えていま す。筆者が生まれ育ったいわゆる高度経済成長期は,テレビがようやく全家庭に一台は入るようになりまし たが,まだ全家庭が電話を持っているとは限らない時代でもありました。テレビの画像は白黒でしたし,何 かを注文するにしても,電話やインターネットはありませんでしたから,全て人の足で,出かけて,対面で 物事を進めていた時代です。いまと比べれば何かと面倒くさい時代でした。現代はかなりの部分で自動化さ. 183.

(9) 渡 部 謙 一. れていて,それによって極めてグローバルで多様な情報生活を私たちは享受できるようになりましたが,そ のおかげで,人間がいちいち体を動かして「めんどくさい」イコール「心身に負荷がかかる」ような所作・ 動作が激減していると言えるわけです。そのため,若い世代の,自ら工夫する力は間違いなく昔と比べて落 ちており,身体的そして精神的耐久力も明らかに低くなっていると実感しています。その結果,生きている ことそのものを取りまく「文化」そのものの深みがだんだん無くなってきているように思えます。せめて, 演奏ぐらいに少しずつ負荷をかける練習を取り入れないと,音楽文化そのものも人間から離れていってしま います。全てがPC処理された,確実で完成度は高いけれども味気なく平面的なものに世の中の文化性全体 が成り下がってしまう危険性を感じ,このロングロングトーンを考案しました。この練習では,これまで述 べてきた諸要素を鑑みながら,以下の留意点を持って練習してほしいともいます。 まず,常に意識するべき総合的なファクターとしては以下の通りです。 ・できる限りたくさんの息を吸うこと。 ・息を吸う際には,できるだけ身体的にテンションのかかっているところを抜き,柔らかくそして出来る限 りたくさん鼻で吸うこと。 ・鼻で吸うことで,唇周辺の筋肉の弛緩は最小限に抑えられ,呼吸によって摂取した酸素の体内循環が最小 限に抑えられ,限られた酸素量での乳酸解消が行われるよう筋肉を習慣づけると考えること。そうやって 耐久力が上がると理解していいと思います。 ・音の出だしが乱暴にも,不鮮明にもならず,テンポのタイミングに合わせて正確に出ること。 ・息の流れは最後まで一定に吐き続けること。 ・途中で息が続かなくなった場合は,最低限の回数で息継ぎを行なっても構わない。 ・音が揺れたり,音色がゆがんだりせぬよう注意深くコントロールすること。 ・はじめに楽器を構えたら,最後まで口をマウスピース等から離さず最後まで演奏すること。そうすること で唇周りの,演奏に関わる全ての筋肉を効率的に鍛えることができるようになります。 ・発音は常にノーアタックで行うことによって,音振動の発生源(唇,リード,等)の敏感度および繊細度 を高めることができます。 次に,身体の使い方におけるコンセプトについては以下のようであると考えています。 ・楽器の重さのかかる様々な関節〜手首,肘,肩,腰椎,等のリラックスに集中し,不要な力が筋肉にかか ることを常に避けること。 ・姿勢には最大限の注意を払うこと。特にきちんと腰を立て,足が床もしくは地面にきちんと設置し,リラッ クスしながらも安定した状態を,演奏中も維持すること。そうでないと,十分に息を吸うことができない し,自然な音の響きを作ることが難しくなるからです。 ・楽器を持つことによって,体を多少ねじる傾向にある場合も極力そうなることを避ける様,姿勢をコント ロールし工夫すること。わずかでも捻りがあることで,自分の肺活量いっぱいに息を吸うことが出来なく なるからです。 ・演奏中,様々なところに余分なテンションがかかってきたら,意識してその力を体の他の部分に分散する ことを意識すること。 ・この練習では,より広い音域まで到達するチャレンジングな精神を養わさせられます。一般的にはかなり. 184.

(10) 伝統的基礎練習「ロングトーン」の本質. ハードではありますが,実際に使う音域であることは間違いありません。ここで提示されている音域で, このハードなロングロングトーンができるようになれば,相当な耐久力と運動能力基礎が身につくことは 間違いありません。はじめは,できるレベルの少し上までやり遂げ,最終的にはきちんと2オクターヴで きる心と体に,自らの力で成長させることになると考えられます。 ・演奏者の技術的限界に応じて,音域の変更を行うことも考慮する必要があります。ですが,出来るだけ楽 譜に忠実に,演奏のための筋肉を鍛えるつもりで,パワーセーヴすることよりも,自らの限界を越えよう とし,着実な進歩を目指すべきであると考えてください。. ●ロングトーンの総括 上記のようなテクニカルな要素を一つ一つ理解・認識しながら,こういった基礎練習はデイリートレーニ ングとして継続的な練習を行うことが重要です。観点を変えて考えてみると,ロングトーンは,人間におけ る自然行動と不自然行動の両方を同時に行うという点で,農業のようなものと考えられるかもしれません。 もともと自然物である人間が,意識と同格にある交感神経を用いて,ココロの中にある何らかのイメージを 「演奏」というパフォーマンスで外に表出する。その際に,より受け入れられやすい音を作るために副交感 神経を用い身体の力のバランスをとり,イメージをふくらませる脳を刺激し演奏に導くという作業は,交感 神経の作業すなわち,脳科学者養老孟司言うところの「脳化」行動とされる不自然な,人工的な方向に向か う行動でもあるからです。同時に, 「楽器」という脳のイメージから出来上がった人工物を用いて,自然物 である人間が音をプロデュースし発することで,人工物であるはずの「オト」は,外に発せられた瞬間に, 自然物として空気の中に響き溶け込むことになります。 農業もまさに同様ではないでしょうか。日々の手入れで,肥沃でどのような作物も豊かな実りを得るよう になるための土作りと,ロングトーンは同じだと考えられます。またそれは,楽器と演奏者の肉体のコンビ ネーションであります。自然物である土や太陽の光そして水が演奏者の身体と呼吸で,楽器や楽譜が人工物 としての不自然物です。全てが両極に離れて存在しつつも,よりよいバランスを保っていなければ,美しい 音質に進化することは出来ないということなのではないかと,ロングトーンを考察することで結論に至った 次第です。. ●今後の展望 前論の「基礎奏法,そして呼吸法の本質」から引き続き,本論から管楽器の実践的基礎練習法の本質を探 る考察を行っていますが,ここまでが大きな技術論構築に至る基本編とみなしたいと考えています。これ以 降,管楽器の基礎技術である「タンギング」そして「音階練習」についての本質と練習における効能を探求 していきたいと考えています。ここまでの論拠に至るエナジーとなった,「管楽器研究が学究の遡上に殆ど 乗っていない」と言う現状の打開には,次世代研究者たちの活動を待つしかありません。その次世代研究の 礎の一端になることが,おそらく筆者の研究の意義なのではないかと感じています。そのためにまた引き続 き,自らを鼓舞し旺盛に研究活動を展開していきたいと考えています。. 参考文献 養老孟司,(1998),唯脳論,筑摩書房 鴻上尚史,(2002),発声と体のレッスン,白水社. 185.

(11) 渡 部 謙 一. 齋藤孝,(2003),呼吸入門,角川書店 野口三千三,養老孟司,(2004),アーカイブス野口体操 Arban, Jean Baptiste, (revised 2005), Celebre Methode Complete, Edition Musicales de Trompete, Alphonse Leduc Lafosse, Andre, (revised 2005), Methode Complete de Trombone a Coulise, Alphonse Leduc 中村明一,(2006),「密息」で身体が変わる,新潮選書 池谷裕一,(2007),進化しすぎた脳,ブルーバックス 養老孟司,(2013),手入れという思想,新潮社 甲野善紀,(2014),「筋肉」よりも「骨」を使え!,ディスカヴァー携書 ドクター中松,(2015),打ち破る力,世界文化社 黒坂洋介,渡部謙一,(2003),楽呼吸法,ワールド・プロジェクト・ジャパン. . 186. (岩見沢校准教授).

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