170 ( 4 ) 国際交通安全学会誌 Vol. 45, No. 3 2021 年 2 月 設定するかが重要と指摘している。 日本国内の高速道路の最高速度は、長い期間にわ たって100km/hであったが、道路構造的に140km/h に対応した設計の新東名高速道路の開通等を契機と して、最高速度見直しの議論が加速し、一部の新東 名高速道路、東北自動車道において、規制速度を段 階的に引き上げる試行が行われた。矢野伸裕氏らは、 この試行について分析を行っている。結果としては、 総じて規制速度引き上げの影響は大きくなかった。 実態の走行速度に大きな変化が無いことで、結果と して速度超過車両が減少したという。試行により特 に大きな問題はないと確認されたことから、2020 年8月、警察庁は交通規制基準を変更、100km/h超 えの最高速度が施行される動きとなっている。規制 速度引き上げの影響については、さらに長期的なス パンで観測することの必要性が指摘されている。 ドライバーが速度超過を犯す要因の一つとして は、走行時間を節約したい心理が考えられる。森泉 慎吾氏らは、このような心理的要因に着目した研究 について報告する。ドライバーが知覚する節約時間 は、高速になるほど、実際の節約時間より大きくな る傾向(知覚的バイアス)があり、そのことが焦り を生み、さらなる加速につながる可能性があるとい う。知覚的バイアスを抑制する手法として、走行速 度の表現を従来の「km/h」ではなく、「距離当たり に必要な時間」に変えてトレーニングを行い、ドラ イビングシミュレーターで効果を検証した内容が報 告されている。 ドライバーの運転スタイルは、地域によって差が あるといわれるが、旅行の際にそれを実感すること もある。眞中今日子氏らは、全国アンケート調査デー タを用いて運転速度意識の地域間差異の有無を検証 している。分析の結果、制限速度に対する認知度は、 単純な傾向としての地域間差異は観察されなかっ た。一方、より詳細に速度調整の態度に関して分析 すると、速度取締や通学路における速度調整の態度 に関しては、近接地域では速度調整の態度が類似し ているが、物理的な距離が遠くなると、地域差が見 られることなどが明らかになったという。居住地と は異なる地域で運転する際は、速度意識の地域差の 存在を意識しておくことも重要であると指摘してい る。 道路交通は安全性と円滑性の両立が求められる が、特に歩車分離が十分でない生活道路においては、 車両の速度を制限して歩行者等の交通弱者との共存 を図ることが、安全性の観点から重要である。大橋 幸子氏は、このような生活道路に対する交通安全対 策の現状について紹介している。車両速度を落とす ためには、凸部(ハンプ)の設置が有効であるが、 日本では、プローブ情報収集による面的な速度情報 取得や急減速地点の抽出、対策後の効果分析が可能 となり、さらに可搬型ハンプを用いて地域社会にお ける受容性形成と効率的な対策実施が可能になった という。もう一つの交通安全対策として、通過車両 を生活道路から幹線道路に誘導して通過交通を抑制 することがあるが、これまでの対策で十分な効果が 得られたものは少なく、ライジングボラードの活用 等、地域の特性に合ったさらなる対策が求められる と指摘している。 生活道路においては、速度を制限することで他の 交通参加者と共存できる低速モビリティの活用も検 討されている。加藤晋氏は、低速モビリティの分類 や定義、利点と欠点、活用事例、さらに自動運転技 術を活用した実証実験について紹介している。低速 モビリティの遠隔型自動運転の社会実装に向けた取 り組みについては、地域事業者による長期の実証な どが進められ、福井県の永平寺町においては、遠隔 ドライバー1名が2台の車両を運用する遠隔型自動 運転の公道実証として、世界初の実証が実施された。 低速モビリティを持続可能な形で社会実装するに は、単に移動手段としてだけではなく、観光、警備 や広報、見守りなどの手段としての付加価値を、地 域の実情に合わせて上乗せすることが重要と論じて いる。 現状、日本においては規制速度と実勢速度の乖離 があり、速度マネジメントの実効性には、依然とし て課題がある。また、自動運転導入時には、規制速 度を完全に順守する自動運転車が、従来のドライ バーが運転する車両による交通流に適応できない可 能性がある。速度を抑制する車載支援技術や道路イ ンフラ技術の普及拡大、取り締まりの実効性向上、 そして、道路環境に即したきめ細やかな速度規制等、 速度マネジメントのさらなる進化が望まれる。 速度とは、単位時間当たりの移動量を表す物理量 であるが、モビリティにとっての代表的な指標と いっても良いだろう。モビリティとは人や物が移動 するための手段であり、その速度が高いほど、モビ リティとしての性能が高いとされる。陸上交通にお いて高速道路や高速鉄道が発達したのは、速度に対 する欲求に応えるためであった。高速かつ不要な加 減速も無く移動できることが便利、快適につながる。 一方、速度が高すぎれば、空気抵抗が急激に増大 して燃費が悪くなり、環境には悪影響がある。交通 安全の観点からも、運動エネルギーは速度の自乗に 比例するので、高速では制動距離が大幅に長くなり、 万が一衝突した際の衝撃も大きく、重大な事故とな る可能性が高まる。周囲の道路環境に即した適切な 速度を選択することは、安全運転の基本である。 従って、速度を適切にマネジメントすることは、 道路交通にとって極めてファンダメンタルで重要な ことといえる。そこで本特集では、速度マネジメン トについて、技術的な手法、速度取締と規制速度順 守に対する心理的要因、車両の速度制限による生活 道路での共存等、できる限り幅広い観点から取り上 げることで、改めて速度のマネジメントについて考 える一助となることを期待する。 速度マネジメントの手法として制限速度による管 理があるが、塩見康博氏は高速道路の動的速度マネ ジメントを対象に、欧米で導入されている可変制限 速度制御のシステム概要や理論的背景、導入効果の 報告事例を紹介している。可変制限速度制御とは、 交通状態に対応して自動的に制限速度を変更するシ ステムのことであり、イギリスの評価事例では、騒 音やCO₂排出量が改善され、交通事故件数も減少し ている。一方、イギリスと日本との比較調査によれ ば、日本では、多くのドライバーが制限速度を順守 せず、実態としての交通流に及ぼす影響は極めて限 定的という。動的速度マネジメントは、ドライバー に制限速度を順守してもらうよう働きかけることが 大前提であり、運用上の改善余地は大きいと論じて いる。 車載される速度抑制技術、また速度違反取締の技 術においても新たな動向がある。松尾幸二郎氏は、 これらの技術的手法について紹介すると共に、速度 取締の効果評価についても解説している。速度抑制 を支援する車載技術としては、Intelligent Speed Adaptation(ISA)がある。ISAとは、規制速度を 超過しないようにドライバーに警告を与えたり、車 両側で制御したりする安全運転支援システムである が、強制的な速度制御はドライバーの受容性が低く、 速度順守効果を高めるには、何らかのインセンティ ブが必要との考えもあると紹介している。速度取締 については、交通安全性を向上すべき箇所・時間帯 において実施することが求められるが、近年登場し た可搬式の速度違反自動取締装置によれば、違反車 両を現場で駐車させる必要がなく、取締箇所の自由 度が拡大する。ISAも速度取締も、規制速度を目標 とするアプローチであり、規制速度をいかに適切に
「速度マネジメントと道路交通」特集にあたって
1. 特集の背景 2. 速度マネジメントの技術的手法Speed Management and Road Traffic : Introduction
杉本洋一
*Yoichi SUGIMOTO*
株式会社本田技術研究所 先進技術研究所
Innovative Research Excellence, Honda R&D Co., Ltd.
*
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IATSS Review Vol. 45, No. 3 Feb., 2021 「速度マネジメントと道路交通」特集にあたって 設定するかが重要と指摘している。 日本国内の高速道路の最高速度は、長い期間にわ たって100km/hであったが、道路構造的に140km/h に対応した設計の新東名高速道路の開通等を契機と して、最高速度見直しの議論が加速し、一部の新東 名高速道路、東北自動車道において、規制速度を段 階的に引き上げる試行が行われた。矢野伸裕氏らは、 この試行について分析を行っている。結果としては、 総じて規制速度引き上げの影響は大きくなかった。 実態の走行速度に大きな変化が無いことで、結果と して速度超過車両が減少したという。試行により特 に大きな問題はないと確認されたことから、2020 年8月、警察庁は交通規制基準を変更、100km/h超 えの最高速度が施行される動きとなっている。規制 速度引き上げの影響については、さらに長期的なス パンで観測することの必要性が指摘されている。 ドライバーが速度超過を犯す要因の一つとして は、走行時間を節約したい心理が考えられる。森泉 慎吾氏らは、このような心理的要因に着目した研究 について報告する。ドライバーが知覚する節約時間 は、高速になるほど、実際の節約時間より大きくな る傾向(知覚的バイアス)があり、そのことが焦り を生み、さらなる加速につながる可能性があるとい う。知覚的バイアスを抑制する手法として、走行速 度の表現を従来の「km/h」ではなく、「距離当たり に必要な時間」に変えてトレーニングを行い、ドラ イビングシミュレーターで効果を検証した内容が報 告されている。 ドライバーの運転スタイルは、地域によって差が あるといわれるが、旅行の際にそれを実感すること もある。眞中今日子氏らは、全国アンケート調査デー タを用いて運転速度意識の地域間差異の有無を検証 している。分析の結果、制限速度に対する認知度は、 単純な傾向としての地域間差異は観察されなかっ た。一方、より詳細に速度調整の態度に関して分析 すると、速度取締や通学路における速度調整の態度 に関しては、近接地域では速度調整の態度が類似し ているが、物理的な距離が遠くなると、地域差が見 られることなどが明らかになったという。居住地と は異なる地域で運転する際は、速度意識の地域差の 存在を意識しておくことも重要であると指摘してい る。 道路交通は安全性と円滑性の両立が求められる が、特に歩車分離が十分でない生活道路においては、 車両の速度を制限して歩行者等の交通弱者との共存 を図ることが、安全性の観点から重要である。大橋 幸子氏は、このような生活道路に対する交通安全対 策の現状について紹介している。車両速度を落とす ためには、凸部(ハンプ)の設置が有効であるが、 日本では、プローブ情報収集による面的な速度情報 取得や急減速地点の抽出、対策後の効果分析が可能 となり、さらに可搬型ハンプを用いて地域社会にお ける受容性形成と効率的な対策実施が可能になった という。もう一つの交通安全対策として、通過車両 を生活道路から幹線道路に誘導して通過交通を抑制 することがあるが、これまでの対策で十分な効果が 得られたものは少なく、ライジングボラードの活用 等、地域の特性に合ったさらなる対策が求められる と指摘している。 生活道路においては、速度を制限することで他の 交通参加者と共存できる低速モビリティの活用も検 討されている。加藤晋氏は、低速モビリティの分類 や定義、利点と欠点、活用事例、さらに自動運転技 術を活用した実証実験について紹介している。低速 モビリティの遠隔型自動運転の社会実装に向けた取 り組みについては、地域事業者による長期の実証な どが進められ、福井県の永平寺町においては、遠隔 ドライバー1名が2台の車両を運用する遠隔型自動 運転の公道実証として、世界初の実証が実施された。 低速モビリティを持続可能な形で社会実装するに は、単に移動手段としてだけではなく、観光、警備 や広報、見守りなどの手段としての付加価値を、地 域の実情に合わせて上乗せすることが重要と論じて いる。 現状、日本においては規制速度と実勢速度の乖離 があり、速度マネジメントの実効性には、依然とし て課題がある。また、自動運転導入時には、規制速 度を完全に順守する自動運転車が、従来のドライ バーが運転する車両による交通流に適応できない可 能性がある。速度を抑制する車載支援技術や道路イ ンフラ技術の普及拡大、取り締まりの実効性向上、 そして、道路環境に即したきめ細やかな速度規制等、 速度マネジメントのさらなる進化が望まれる。 速度とは、単位時間当たりの移動量を表す物理量 であるが、モビリティにとっての代表的な指標と いっても良いだろう。モビリティとは人や物が移動 するための手段であり、その速度が高いほど、モビ リティとしての性能が高いとされる。陸上交通にお いて高速道路や高速鉄道が発達したのは、速度に対 する欲求に応えるためであった。高速かつ不要な加 減速も無く移動できることが便利、快適につながる。 一方、速度が高すぎれば、空気抵抗が急激に増大 して燃費が悪くなり、環境には悪影響がある。交通 安全の観点からも、運動エネルギーは速度の自乗に 比例するので、高速では制動距離が大幅に長くなり、 万が一衝突した際の衝撃も大きく、重大な事故とな る可能性が高まる。周囲の道路環境に即した適切な 速度を選択することは、安全運転の基本である。 従って、速度を適切にマネジメントすることは、 道路交通にとって極めてファンダメンタルで重要な ことといえる。そこで本特集では、速度マネジメン トについて、技術的な手法、速度取締と規制速度順 守に対する心理的要因、車両の速度制限による生活 道路での共存等、できる限り幅広い観点から取り上 げることで、改めて速度のマネジメントについて考 える一助となることを期待する。 速度マネジメントの手法として制限速度による管 理があるが、塩見康博氏は高速道路の動的速度マネ ジメントを対象に、欧米で導入されている可変制限 速度制御のシステム概要や理論的背景、導入効果の 報告事例を紹介している。可変制限速度制御とは、 交通状態に対応して自動的に制限速度を変更するシ ステムのことであり、イギリスの評価事例では、騒 音やCO₂排出量が改善され、交通事故件数も減少し ている。一方、イギリスと日本との比較調査によれ ば、日本では、多くのドライバーが制限速度を順守 せず、実態としての交通流に及ぼす影響は極めて限 定的という。動的速度マネジメントは、ドライバー に制限速度を順守してもらうよう働きかけることが 大前提であり、運用上の改善余地は大きいと論じて いる。 車載される速度抑制技術、また速度違反取締の技 術においても新たな動向がある。松尾幸二郎氏は、 これらの技術的手法について紹介すると共に、速度 取締の効果評価についても解説している。速度抑制 を支援する車載技術としては、Intelligent Speed Adaptation(ISA)がある。ISAとは、規制速度を 超過しないようにドライバーに警告を与えたり、車 両側で制御したりする安全運転支援システムである が、強制的な速度制御はドライバーの受容性が低く、 速度順守効果を高めるには、何らかのインセンティ ブが必要との考えもあると紹介している。速度取締 については、交通安全性を向上すべき箇所・時間帯 において実施することが求められるが、近年登場し た可搬式の速度違反自動取締装置によれば、違反車 両を現場で駐車させる必要がなく、取締箇所の自由 度が拡大する。ISAも速度取締も、規制速度を目標 とするアプローチであり、規制速度をいかに適切に 5. おわりに 4. 生活道路における共存 3. 速度違反の取り締まり