SHERIDAN論考 : その悲劇的一面について
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(2) . 9 巻 第1 号 第1. 北海道教育大学紀要 (第一部A). 昭和43年9月. SH ERID A N 論 考 --その悲劇的一面について--. 純. 榎. 孝. 釧路分校英文学研究室. Sun i taka ENOKI l A STUDY OF SHERIDAN ON Hrs TRA( えRi p属RH) ALr Y一--. AUTHOR’ S AJ BSTRACT ight and vai lent Sher idan has often been regarded as not only l n but easy and indo because o fthe appearance of hi s career and dramatic works.. Such a way o f looking. t l t t b t im as thi s trouble on h si s . Hi ,of course, true to some ex en , u no proper atogether. i l t was revea bred unconciously at hear vi ng rather than se- edin an abnormal mode ofl l t were, fled away out oft i ion. He tat ・e agony of self com munion, where rious med ,as i ff i i h t t to cat l k h i h h i h t h b d c s very di i aracter cul l i ch es a l n spo t roug w c we oo n o s .エtj l forti ight comedi ing through hi l s general hi es sl y said to be s realinward fee . Such ef ’ b h l l t t i l e author andh i e ween s no relation at a s eve there i made in vain. Butl dont be l f s h d i h i i i l h h i k i s h i d W r k h f t i s a t s e e a o r a a s c a e o r n n n er an, n o n we wor s, as n e p y s g i fe l as in hi ch caused him so much torment s weak natmre whi s reall wel , we can see hi ’ i t ty, d i i i ide 工dlke o consider as hi fe ing trage y n l s tragic personal in fac . That weak s i f ofthi s essay. chi s the mot whi SHBRIDAN. 論考. --その悲劇的一面について一-- R, B. Sher idan を語るに当っ て その外面的活動の 華やかさ, また行動性の豊かに溢れた生活 , から 極めて具体的に把握できそうにみえて 実は甚だ掴み切れぬの が Sheridan の 内面的真実. ,. ,. idan そ の idan の あ ら ゆ る 伝 記 作 家 の 伝 記 を, 退 屈 ・ 嫌 怠 に 陥 ら せ た の は, Sher で あ る, 「Sher 1 2 ) ) h l er は 咳 き, Dr 人 に 責 め が あ る, 」 と But .Jo nson は 「陰の多い果敢ない人物」 と評し, そ )と嘆いたことは 千 C i I P i c c e 」3 e r 評価するに困難なほど矛盾に満ちた性格 は「 の書簡集の編者 ,. 変万化の浪漫的な生涯の歩み, 及びその裏面の心v清を探ろうとするとき, 等しく感ずるところであ る, 少くとも, その作品や経歴から極く安易に想像きれるような, 軽桃浮薄な人間を強調し過ぎて はならない. しかし一般には, そうした外側からだけ 見た印象の強さに災いされ, 文学史の 一頁に 9一 -5.
(3) . 榎. 純. 孝. 必ずやその紹介はあっ ても, 人間的な追求の試みを 他の同列の作家ほ どには迫らぬ体の ものにな , idan そ の 人 の 責 め に 帰 せ ら れ る こ と は 既 述 の と お り で も あ ろ う が っ て い る. 勿 論 そ れ も, Sher , , , だ か ら と い っ て, そ の 人 間 的 な 内 面 へ の 接 近 を 怠 て よ い こ と に は な ら な い 劇 作 家 と して ま っ , , , た Drury Lane の 所有に係わる実業家として また Wrhig の領袖の一人で ある政治家として 時 ,. , 流を極め たその境涯, また, それ等にまつわる挿話は 一面的 興味にのみ Sheridan を 押 し や る の , に, 大 い に 与 っ て 力 が あ っ た よ う で あ る と り わ け 厄 介 な の{ 土 作 品 か ら は, 他 の 作 家 の よ う に, 作 .. 者の内面的肉薄の契機が 捕え難いことである その描く世界が喜劇 特に風習喜劇の流れを汲むも . , idan の 思 想 な り の で あ る こ と ば, Sher ・ , 人と なり 等につ いて の追 求を , 一 段 と 阻 ん で い る. 第 idan に何であれ 思想らしい思想があ たのか それですノ 一, Sher ら具体的には掴みにくい. 固 , っ , よ り 政 治 家 と し て, ア メ リ カ 独 立 戦 争 や フ ラ ン ス 革 命 に 同 情 を 抱 き 母 国 ア イ ル ラ ン ドの 自 由 に 尽 ,. 岸し, カ トリック解放に情熱を 燃やし, 大概野党 にあっ た彼を 所謂 自由主義者あるいは革新的 , , 進歩主義者 と呼ぶことは可能であ るが, そういう呼称で呼んだとき ひどく場違いな違和感にも触 , れ て く る の が, Sheridan の 人 間 で も あ る よ う だ . 比 wou ld bel i l t t l i idan’ e less foo sh than to compare Sher s prologues andoccasional th the ””gデo andthe peノ wi r otto thatregion or neari 2sgro8o td i dheever .N h 工 t thi reac , twasno s o sound the depth of human thoughヒ or mount to any he ight of verses. fancy. Rosa ind and Prospero were outofhi l together;butforal ive l sreckoningal yob- ion o f what was going on upon the8udrace of1 serVat i fe, Wi th an occasiona1step a1 i tm leway----------but on 4 t 」 l l i t l t b d e way而-榊-『 ---- eyon : ya. idan の作品を読んだ誰もが抱 くところであろう 確 か に こ の 感 慨 は, Sher ・ , しかも十八世紀中葉 の 未 だ に 戯 曲 文 学 と し て は 確 立 し て い な か っ た 時 代 の 作 品 を と り わ け dramat ical で あ る よ り , , ica theatr l な そ の 作 品 を 舞 台 で で は な く 書 斉 で 接 す る と き Mrs iphant の 感 懐 は 一 層 鮮 明 . 0l , , , に 浮 出 して く る で あ ろ う, し か し, こ れ を 全 面 的 に 唯 受 入 れ る だ け で は Sher idan の人間を追求 ,. せんとする目的は, 少くとも作品の面からむ ± . , 一歩も踏み入ることを許さ れず, 創作以外の処だけ で果さなければな らない, これが今迄, とかく Sheridan の研究に, 魅力を感じさせなかっ た 有 iphant の述懐には大いに共感を抱かざるを得ないが 力な原因 であっ たように 思 う. Mrs, 0l , や は り, 実 人 生 と の 係 わ り 合 い も含 め て, 作 品 か ら も, Sher idan の内奥に迫る一端を 得 た い と 恩 . ※ idan は こ こ で, Sher , 従 来, ど の よ う に 見 な さ れ て い た か, 一 瞥 し て み た い. こ の こ と か ら Sher idan の人間像を解明す るに際しての問題の所在が窺え るように 思わ れ る Mrs 0l . iphant は , 5 ) S h i d er an を 評 し て, 束 の 間 に 消 え て ゆ く 巨 大 な 美 し い 花 火 に 讐 え て い る が 結論的に , こ れ は )と 相 像 て 誠 に 象 徴 的 な 評 と 言 わ ざ る を 得 な い こ の 両 But l er の ク リ ス マ ス ・ ツ リ ー のー檎え6 っ , ,. 者に含まれる共通の印象は, 衝動に駆られて現 れる華々 しさと瞬時にして移 ろう果敢ない忘却とで tHi ’ ’ 7 i fei あ ろ う, ( sl s a romance , ) と い う 言 葉 の 意 味 す る と こ ろ も, そ の 凝 視 の 方 向 を 等 し く す. るものである, このような感慨を忍ばせる背後 に当然予想されるように 才能ある閃き 奇抜 い , , , わゆる人柄の魅力, 例えば, 機智に富んだ会話の 妙, 優雅な態度などの 洗練された社 交 性 等 が , Sher idan の特徴とされてい る しかし そのどれもが底の浅い人生観や 人間性に対する洞察力 , , , 一 60 -.
(4) . SHERIDAN. 論考 -その悲劇的一面について-. の弱さからくる, 気楽で安易な生活感覚と結びつけられ, 更にここから怠惰, 無思慮, 自己耽溺の 敵も指摘され, 己の描く character, Charles Surface に も な ぞ ら え ら れ て く る の で あ る, ま た 華やかな社交界に憧れる心情は, 貴候社会に伍したがる虚栄心にも通じ, 節操や憂国の′ふ情を明ら idan の 政 治 家 と し て の 声 望 は, ど こ か, 愛 国 心 や 公 共 心 と は 違 っ た と こ ろ か に しな が ら も, Sher. で造られているように感じられる, 気軽に世間を渡り 歩き, 恋も富も名声も一度は手中に収めなが ら, やがて落魂の晩年に至った, およそ思想性に乏しいその生活は, 幾分の感傷を以て人に迫るが 決 して それ 以 上 に は な ら な い の で あ る,. )についても, 述べるところは大体上記と同様である 生れつきの遅滞の習慣, Moore の伝記8 . 一応功成り名遂げてからの虚栄心に溢れた行動, またそれに伴う派手な生活等 を顧み, 不幸にして 余りに魅力的であっ た Sheridan の社交性に言及する, 更に, 規則性の欠如が悪徳であることを,. ) その 生涯 は Sher idan ほ ど に 具 現 し た も の は な い と 言 い,9 , ひ た すE 反省 沈思のないものであっ idan の評価に加えて, 種々, 暖か た こ とを 痛 感 す る, し か し Moore は, こ の よ う な 従 来 の Sher. い配慮も忘れない, 劇作家また政治家として, 一般の推察とは裏腹に大変な努力家で, 周到な準備 に充分時間をかける性質であっ たこと, また, その生前の大部分には疎んじられながらも, 父こと 1て, 愛国の情に終始した に孝養を尽したこと, 政治家としては, 一 貫して清潔で節度ある姿勢をg ida l l にあっ ては密接不翼 I Eといわれる欠陥, 脆さ 等を, 声を大にして言う. その 思 い や り は, Sher や無規律をも, 彼を取囲む時代環境にあることを述べて寛 恕を求め, いわば, 合金川魅力を発見し idan の 遺 族 の 要 請 に よ っ て, こ の て, こ の 一 巻 を 結 ん で い る, こ れ は 一 つ に は, Moore が Sher t o ) と も 言 つれ て い る が そ の 辺 の 配 慮 も あ っ た の か も し れ な い と も あ れ そ の 外 伝 記 を著 し た, , , , idan への内面的肉迫の物足 面 的 記 述, 特 に 政 治 活 動 期 の そ れ に 多 く の 頁 を 割 い て は い る が, Sher り な さ は, な ま じ 大 部 の も の で あ る だ け に, 一 層 苛 立 た しさ を 覚 え さ せ る, t くぐ ’ Wrote Lord Byron to Thon V 1oore ing hi 1do no七 郎now, s owl nas P i L l beginn ユ seven ,the ぐan ’ ’” の f s f S k lf l f h i d b h t t d d i tt a a 挙 げ e a r s a s o e o e a u a o a e に られた o o mo e r r n v yg y g. , コodes の 描 く と こ ろ と 大 体 一 致 し て い る し か も, そ の 書 名 の 示 Sher idan の 生 活 賦 の 基 調 は, RI , 1 2 ) i H l を, 如 実 に 舞 台に 乗 せ な が ら も, Harl equin な る が 故 の 哀 し さ に 迫 ろ う と は し す ar equ n. なかっ た. 従 っ て, その記述全体から受ける印象は, 依然, 道化の皮相的華やかさでしかないので あ る, 3 1 ) S i Sher idan の生きた時 代の , 乱脈で騒然とした世相を写Lて特徴はあるが, herw n の 伝 記. は, 在来の Sheridan の描写から 歩も出ず, 徒らに信姫性の不確かな奇聞・奇談の類に紙面を割 いて, 内面的接近を少しも心掛けようとしなかっ たのは, 伝記として最も逮去かっ たところにある と言えよう, S卿 “〆αがs Pγαm の た Wo焔s の2d 乙メル による記述では, 軽薄安易で怠惰社会の人間とみな idan に 対 し, 思いやりある態度で 従来像の修正に努力している跡が窺われる さ れ て き た Sher , ,. その意図は分るが描くところは陳腐で, 何等新しい発見も可能性ある推測も見当らない, t ある劇作家であり, 雄弁家であるという Sheridan 像 多くの伝記作家が異口同音に唱える, wi l を, But er は大胆にも否定する, しかも, 兎角顧みー ふれることの少かっ た内面的追求に, 真正面 idan に 取 組 ん だ そ の 意 図 は, 達 成 の 度 合 い も さ る こ と な が ら, 大 い に 評 価 さ れ て よ い, Sher. が芸. 術家固有の内面的関心に欠如していることに着目し, 主として, それを, 人間と悲劇性という関連 において捉えようとする. その論旨の過程で, 多少独断や背景的事実の無理な論証はあるが, 今迄 殆 ん ど な お ざ り に さ れ て き た こ の 点 で の 努 力に は, 本 論 に あ っ て も 多 く の 示 唆 を 受 け る も の が あ っ. - 61 -.
(5) . 榎. 純. 孝. idan のように華麗な 所謂 ドラマチックな生涯に終始した 人間 の 場 た, こ の こ と は, 特 に Sher , 合, と か く 表 面 的 行 動 の ケ バ ケ バ し さ に 日 を 晦 ま さ れ て, 見 逃 し 易 い 一 面 で も あ り 往 々 に し て 従 ,. 来の伝記作家の 盲 点 で も あ っ た. も と よ り Sheridan か ら 深 遠 な 思想を発見することは不可能では あ る が, 華 や い だ 行 動 の 陰 に あ る 哀 し み を ま で, 皆 無 で あ っ た と は 言 い 切 れ な い “ ぐThe reaI , ’ saidthe β c 応 Sher idan, as he was in Private l i fe,i si rrevocably gone, ” yc 力α8dばα β“奴”- ’ ’ 4 * ) ”たα of 1886 , の 嘆 き も, 実 に 如 上 の 点 に こ そ 秘 め ら れ て い る の で あ っ て, 本 論 で も 出 来 得 る限 り の接 近を 計っ て み たいと思 う , idan の 作 品 か ら 受 け る 一 般 的 印 象 は, 銭 上 の 人 間 像 と 軌 を 一 に す る む し ろ 作 品 の ま た Sher , ,. 醸し出す雰 囲気は, 作品でしか接し得ない後世の読者にとっ て, 多分に, She i dan その人の映像 r. tBath i 5 ) と呼ばれた に 寄 与 し て い る こ と で あ ろ う, t s the hotel of the eighteenth cent館y“1 Bath に wi t と humom に富む享楽遊惰の世界は 実生活上での経歴と交互に作用し 合い 人 , , , で あオ 作品 で あ れ, 同 様 の イ メ ー ジ を 以 て 牢 固 と し て 迫 る の で あ る そ こ で, 人 間 性 に 対 す る 深 い , 洞察をを心掛けない Sheridan の 作 品 の よ う な も の か ら は, そ の 論 議 分 析 に よ っ て, 作 者 そ の 人 6 ) 勿 論 同じ演 劇 で も 人間精 の一面を 探 ろう と することの 無 益が説 か れる よう にもなっ て くる 1 , , ,. 神の深い省察や発展を扱う, いわゆるイ プセンの問題劇のような場合と同等に論じ, 同様の効果を idan と い え ど も 許 さ れ 期 待 す る こ と は で き な い が, 全 く そ の 作 者 を 作 品 か ら 切 離 す こ と が, Sher i て よ い わ け が な い. 彼 の よ う な theatr cal な効果の強い作品に, 作者を探ることの困難も分らぬ ではないが, 全面的に退いてしまうには, 余りにその背景は体験に酷似し, 登場人物の随所に相似 す る 若 き 日 の Sheridan を 発 見 す る の で あ る, だ か ら と い っ て,. そ の 事 件 な り character な り. を, 直線的に作者になぞらえ, 早急に安易な結論を引出すことは, その創造的資質を考えると慎ま ねばならない. その乱痴気騒ぎの舞台では, 極めて間接的にし ,か作者の一面は現われそうにもない が, それを探りあて何んとか Sheridan の 人 間 像 に 近 ず く 一 助 に し た い も の と 思う, こ う し た 角 度から臨むとき, 対象になるのは先ず創作劇でなければならない, 特にそのなかでも, 処女作 r棚 尺れαな (1775年 初 演) , 代表作. rZ g scたの′ たγ S卿〃〆〆 (1777年 初 演) z ,. 最 後 の 創 作 劇 rZ B Z. メカc(1779年 初 演)の 三 作 に は, 多 々 問 題 が 含 ま れ て い る よ う で あ る こ れ 等 を 舞 台 正 面 か う で は Cγ , な く, 袖 幕 の 陰 か ら 見 る よ う な つ も り,で接 す る と き, や は り, 作 者 の 人 と な り を 探 る 何 か が 見 つ け idan の, ら れ そ う に 思われる, とかく作品は残っ ても, 人は忘却の彼方に押しやられていた Sher. その不遇を 恢復する契機ともなれば, と希うものである,. Sher idan の経歴に目をやっ たとき この劇的で多様な生涯の中には , , 幾多の興味ある事実が指 摘 さ れ る, 先 ず 最 初 に 念 頭 に 浮 ぶ の は, 1777年 アルe scル卿/ 元r s吻′ 2メメ によっ て劇作家の地歩. を確立し, かくれなき文名を恋いままにした Sheridan が, 僅か三年後, 事実上創作を捨て文学 idan に と っ て, 政 に 背 を 向 け て, 何 故 に 政 界 へ の 一 大 転 換 を 画 し た か, と い う こ と で あ る, Sher. 治は文学と並んで早くから趣味・研究の二六領域をなしており, 文学上での一応の名声 の 達 成 か 7 )と ら, 更に新しい分野での野心の成就を夢み, 叉学とは別の処で才能発揮の場を求めようとした1 i す る Moore の 観 察 は, 一 般 に 多 く の 伝 記 作 家 に よ っ て も 代 表 さ れ る 見 解 で あ る が, Mrs ‐ , 0l idan は文学的名声に執着せず 社会的成功をこそ彼の求めたものであって r Phant は更に加え,She , , 8 ) こ と を 強 調 す る rたβ 尺れαお 知 性 に於 て で は な く 事 実 に 於 て 第 一 級 の 人 物 た る こ と を 望 ん だ1 , .. - 62 -.
(6) . SH日RIDAN. 論考 -その悲劇的一面について-. による劇壇への楓爽たろ登場以来, 貴顕紳士と交わること多く, その後 一貫して貴族社会に憧れを iphant の 見解 を俊っまでもなく, 誰し 抱 き, そ の 模 倣 に 堕 し た よ う な 生 活 ぶ り か ら は, Mrs , 0l も首肯したくなるところであろう, まして当時としては, 役者よりどちらかと言えば過小評価され row に学んだ子供の頃から, 役者の息子として 蔑 視 さ れ て き た かねない 劇作家の身分に, Har Sher idan が 何時までも馴染むことなく, より大きな勝利感を政界に求めた, とするのは, 極め て ,. 無理のない臆測 である. これを極論して. Sherwi idan にとっ て 文学は常に政治への道 n は, Sher. i h であり, 当時の有利な政治情勢を得て, Wr g のバラ色の未来に己の夢を託したように述 べ て い 9 )が だ か ら と い て そ れ 程 単 純 に 言 い 切 れ る こ と で は な い 執 れ に し て も 文 学 か ら 政 治 と い る1 っ , , ,. う神秘的転換について, 如上の方向に解釈する研究家は多数あり, またそれなりに妥当な推測であ 2 1 0 ) や Burke ) と の選追は 重要な 契機となっ たで る とも思う, 特に当時,政界の大物 であっ た Fox2 , idan の人間, 即ち世俗 あ ろ う, し か し, こ の よ う な 観 測 を 施 し た と き, 具 体 的 に 浮 ん で く る Sher. 的利欲に若い野心を燃やすといっ た人物像は, その後の30年余の政治生活の裡で, 意外にも 利欲に 捉われず地道に己の主義・主張に終始した政治家の Sheridan と, 多 少 の 織 船 を 感 じ さ せ な い で も ない, 勿論, 名声あるいは 栄誉ということだけを有力な転換の動機とみる場合には, 幾分説得力に 乏しくなるかもしれないが, それにしても, あり余る才能のやり場に困惑を感じ, 野心溢れるが如 き Sheridan を一般に想像しているだけに, 次のような政治家としての態度には, およそ考え みな か っ た 一 面 と して, ハ ッ と し た 思 い を 感 ず る の で は な い だ ろ う か, i fe i idan’ esfor gr‐ Di i s publ cl s the keynote of sher s nterestednessi . He never lobbi i f on the pension 1 storto cross est lndies, ne▽er tries to quarter himsel ants i n the Wr 2 2 i iumphant major ty i th a t t wi loor to s r the f ,) i in の 高 い 評 価 は, Mrs phant による次のより具体 的な述懐に基いている, こ の Shenv , 0l elythe ardours ives whi 工 fthe mot edhi In to that greatest of areanas Were notsol chl finteres fsel t じ nts o ,Hehadnothought of patriotism,they were not the meaner stimu.a s country; if he hopedto get advancementby her s fortune out of hi of making hi ,and honour ace among the highest, these desires were at least not mercenary, , and a pl idered i l lcons f f l icul ty be trasnlatedinto that whi i ch i sst 仁 t th very l e di and mi ht wi. g. i / l l tyofnobl i l emidぬs-----a ton cal rmi sthelastinf ty weakenss--一--that which n al of 3 ) ire of fame.2 des. 一等に位するほど idan は 利, 事 実, Sher , 欲に捉われぬ政治家として名を 挙げれば, まさしく第 で, 役職にある間常に 叛しいところがなかっ たようである, 彼の長い政治生活の中で受けた唯 一の l だけであ っ て 1 贈 与 は, Receiver ofthe Duchy of Com wal , 804年前任者の死に際 し空席とな. 4 2 ) から 提せら れた ので ある f Wral Pi es っ た こ の 地 位 を, 長 年 に わ た る 奉 仕 の 謝ネLと し て, rnce o が, そ の 忠 実 な 献 身 ぶ り か ら す れ ば, 大 し た も の で は な か っ た よ う だ, ま た Moore は, 上述のこ. とを裏付ける廉直な政治家の事例を, いくつか挙げている, 例えば Rockingham 内 閣 の と き 首 相 lburne 卿のやり方に憤害した Fox の下野をみるのであるが, それ迄 Fox の派 逝去 に 際 し, She i dan は利 r に属していた者も, 利害を悟り友情を失っても閣内に留まろうとする中にあって, She 5 ) ま た1794年 フ ラ ン ス 革 命 の 影 響 得 を 離 れ, Fox と 行 動 を 共 に し,2 , 特 に 過 激 化 して い っ た革 , 6 2 )や t t W r h i 命 後 の 対 岸の情勢は, 英国に於て g の 脱 党 者 を 増 す こ と と な っ た, こ の 時 期, Pi Burke の 勧 め に 屈 し, そ の 多 く は 世 俗 的 利 益 に 結 び つ き, 役 職 を 受 け て 政 府 の ポ ス トを 満 し た が, 7 ) 更 に1803年 St i この転向を Sheridan は 眉 を ひ そ め て 烈 し く 非 難 す る,2 , , V ncent 卿により, 内. - 63 -.
(7) . 榎. 純. 孝. 閣に尽した努力 の 報酬 iとし て, 息子 Thomas Sheridan に Regi ster of the Vi l ty ce‐Admi ra Court o f Ma l ta の 地 位 が 提 供 さ れ た と き. idan は自己の政治的立場や 動機の純粋性を 保 , Sher , D ) 次 は 政 治 家 Sher つ 意 味 で 拒 否 し た と い うZ i d M a n の 真 面 目 と し て o o r e からの 引用 の最後の , , 言葉 と したい ,. ‐ Thヱ l these occasional var ough al iat i ined a genuin vvhig to ons ,too , he rema the last; and、 as l have heard one of hi tike { l ly express i s 。wn party lappi t , was l - ld ’ ,9 pu1e go i ) re ,that Changes colour in the f ,but co茸Ies out una1tered,2 Moo re の伝記には 意識的に Sheridan を称揚する嫌いが あるので 批判的傾向 の 比 較 的 強い , Rhodes か ら そ の 事 例 を 拾 て みた い i l l 06年 Pitt 逝 っ て Grenvi eリ印や Fox の主導の下に, , っ , 8 新内閣は組織されたが, Fox himsel f l i h i t t f f f c i w ma a ma n s n id equa l ly o r y o ce , , was afra t ’ and h independence’ idan’ of sher i st i t H s n emperance. e advised him to accept a patent , f 妾2 0oo per annum, which wou ld have made him independent for l P1ace o fe i , , but く t i S h d h h her ida w c ty enough no magnanami に n a thstand ing hi s obvious necessities, to , twi ’ ’ 3 0 ) S h d i refuse あ て と っ , er an の 高 潔 な 一 面 を 覗 か せ て い る , ,. いずれにしても, 高度の政治的原 理はみられないが, 全く意外と言えるほど己の主義,主張に忠 実で, 改革と自由の方向に一貫し, フランス革命の結果の不味い事態に よっ ても その態度を変え , る こ と な く, 大 概 野 党 に あ っ て 利 欲 や 官 位 に 淡 白 な 姿 勢 を 堅 持 し た こ と は i , an a r of ease and l ightness に よ っ て 代 表 され る も う 一 つ の Sher i d a n 像との間 に, 著しい違和感を 生み, ひとか , たな らず困惑 を感じ させる の である , Rh。des はその伝記で 文学から政界への転換の事情は何も物語 てはいないが っ , , そ の 序 で, t (Perhaps he had exhausted hi th r棚 sc肋メ メメ scの2メメ,for when he wrote s mlne wi 1 ’ ’ 3 1 たe Cγ癖化 he had narrowed hi 7 )と述 べて f to the l i f i fe of theatre, tsel s satire from l ei い る が, こ れ を Rh。des の言う, 劇作家兼劇場経営者として浪費に終っ た無為な生活の表わ れ と し て で は な く, 30年 余 に わ た る 政 治 生 活 の 一 事 を 以 て し て も, Sher idan の劇作上の感興の 潤渇の っ 2 ) l B 説 明と して は充 分だ と す る, uter の考え方に符節を合わせるもの とみなしたい 従来 兎角. .. ,. Sher idan の才能を賞めるに急で それ以外の処で 転換の動機を求めようとしてきた一 つの盲点 , , l と し て, 大 い に 検 討 し て み な け れ ば な ら な い. 更 に But er は, 政界へ押しやろうとする既述のよ idan の心の深部に 転換の動機を 探ろ う な 周 辺 の 情 勢 を 述 べ る 外 に, 悲 劇 と の 関 連 に 於 て, Sher ,. 支僻 する, つまり, 人生に介在する悲劇的一 面を凝視する こ と を 避 うとする独創的見解を随所にお け, 不満 足な妥協で糊塗策を弄してきた Sheridan が, 時宛かも相次ぐ近親者の死で恐 怖 に さ い なまれ, 創作家にとっては忌避することの許されぬ, 人生の悲劇性との対決に畏怖の 念 を 抱 き ,. tRather than live ぐa slave to the 野 望 に 生 き る こ と に よ っ て, そ れ を 逃 れ よ う と し た と い う. t ’ d S t i l d ; read of hi h d b I s 却r, er an remem ered hi s ear y reso Ves, and turned hi sthoughts to- ’ ’ 3 3 )こ の 非 常 に 独 断 的 で は あ る が こ れ ま で の 伝 記 作 家 が 殆 ん ど 顧 慮 し な か た i ion. t wards amb , , っ ,. 心の内部に 晩入ろうとする態度は, 多大な示唆を与える もののようである. あの絢欄と幕を開いて. (He was playin leadi ng part in the drama of hi 落莫の禅に幕を閉ぢた Sheridan の, t s g ” く fe ’ 3 4 ’ ) な る生涯 の 葛藤のな か に t ’ 3 5 ) を imes lking shadow, t s but a wa , , Li , は し な く も 思い起 さ ざ る を 得 な い,. dan という人間は, その忘却の果敢なさを, 特に政治家の場合に 強く印象づけず i つ い で She r , にはおかない. 彼の内奥を探ろうとする場合, 欠かすことのできぬ一事である. - 64 -.
(8) . SHERIDAN. 論考 -その悲劇的一面について-. Never i f i i ly gratefulto fhe few patriot tain) be suf ndeed,can she (Great Br c ent ,i. i ts of thi spi r s period,to whosecou・ageandel ionoffree- oquencesheowesthehighs tat dom yet1 t to her;---nevercan her sons pay a homage too warm tothe 宜IeInory of ef such men a idan;who… …were yet the sav s a chatha ingl ] m,a Fox,andasher ight sof. Libertyinthosetimes.and alonepreserved the ark ofthe Const i i tut ing onfrom founder. 3 inthefou landtroubl 6 )〔( )内筆者註 ……部筆者省略〕 ed watersthat encompassed i t . , こ の よ う な Moore の 絶 賛 は, ひ と り 彼 に 留 ま ら ず, 当 時 の 世 評 に 問 え ば も と よ り 異 論 も あ た っ l が, 多 く の 納 得 す る と こ ろ で も あ っ た し か し But idan を求めて国会議事録 にも踏入 er は Sher ,. ってゆく, 雄弁で印象的なその演説に心慰められながらも, 結果的には意外に姿を消 してしまって 7 ) を 緩 い て み る と Pi いる の に 気 付 き, 思 わ ず 息 を 呑 む の で あ る, 因 み に 本 邦 出 版 の 英 国 通 史3 t t , , Burke は と も か く Fox は僅かではあれ一応の記載は あ る が sher i d an に至って は全く 皆無 で , , ある. 1787年か ら 翌 年 に か け て, 時 の ベン ガ ル 総 督 ‐Wrarren Hasrings の弾劾審理における , あ t t S h d i r Had he e an の 告発 非 難 は, ま さ し く 生 涯 の 最 高 峰 を 極 め る も の で あ っ た が, の劇的な d i ed 「hen,the wonder of hi s fame and greatness would have been lessened by no pain- ’ ’ 3 8 ) と の Mr fuldrawback. iphanr の 述 懐 に は idan s . 0l , 肌 に 触 れ る 真 率 の 響 き を 感 ず る, sher. の才は, まともな政治的原則に基くという より, 機智, 発明に発し, 地味な努力よりは, とかく人 の 耳 目 を 鋒 動 さ せ る よ う な 面 に 向 い て い た こ と, ま た, 才 子 才 に 溺 る の 噛 え で, 八 方 に エ ネ ル ギ ー. を費消し, あたら有為の才能をそれに従属させてしま っ たこと. 更に, 飽くまでも舞台人としての 本質を堅持して, 文学を捨てるべきではなかっ た等, 彼の名を消し去るのに与っていた原因は考え - られる, 特に晩年の暴飲燦惰の生活が及ぼした影響は無視できない. いずれも一面の真実をついて idan が何故に歴史の舞台か ら忘れ去られてい たのか その説明としては 依 然 は い る が, Sher っ , , 満さ れ ぬ 思 い が 残 る だ け で あ る. だ が, そ の 果 敢 な さ を, ど こ ま で も 彼 の 内 奥 に 求 め よ う と 一 貫 , l iphant は 誓 え て にHei l i k して But er は執念を燃やす, ここで Mrs t s o me e w n . 0l ,one of , “ 9 ly bui ldi 3 them painful )と 説 く 現 l ight l down. ng up whatthe other every day de s to pul .. 象 .的に見れば誠に穿っ た批評ではあるが, 何故そうなるのか, という疑問は, 依然として解決き れ ぬ ま ま 取 残 さ れ て い る,. i dan が, 政治家のように, 果敢なく忘却の彼方に追いやられたとは言 一方劇 作家としての She r え な い, し か し rたB Dz ‘〃””α に よ っ て, 71ルe βeggαγ’ s oPのα の6 3日 を 凌 ぐ75日 の ロ ン グ ・ ラ ン を 記 録 し, 古 典 的 喜 劇 と し て, そ の 紛 れ も な い 価 値 を rゑe scル卿Z fげ Scα“”〆 に 放 っ た 1 Sher idanが,7 ゐe Cγ”お 以後 全く創作の筆を断ち 専ら孫案劇に固執 し しかも1 792年, 浪漫 , , ,. 的な経過で結婚した最初の夫人の死以降, 変にくずれた駄作に傾いてしまっ た 観衆の好みや劇場 . 経 営 の た め と は いえ, 初 期 の 栄 光 を 汚 す も の と み な さ ざ る を 得 な い こ の よ う に, 前 ・ 後 半 に 対 比 ,. される著しく不調和な劇作活動は, 種々物議を醸し, 則窃の非難を 不必要なまでに招く一因ともな i ck の 後 継 者 と し て, Drury Lane を支配下に収めたとき 先ず創作の危 776年名優 Garr っ た, 1 , 機を自らもたらし, 1 78 0年 stafford 選出の下院議員としての第一歩は, 芸術家として半ば以上の i t 可能性を失わせ, 1 7年 Has 78 ngs弾劾による世俗的名声は, 彼に残る最後の芸術家を 決定的に追 放した, このような外面的行動性の豊かな sheridan の動きには, 芸術家に相応しい内 面 的 関 心 は, 余 り み て と る こ と が で き な い, 文 学 者 と し て 敢 て 果 敢 な さ に 通 ず る こ の 道 を 選 ん だ sher idan. の心奥に依然興味を感ずる所以である, i dan の波淵に富んだ生涯は, 意外にも一様に悲劇的な結末に彩 ら れ て し か も, こ う し た sh er - 65 -.
(9) . 榎. 純. 孝. も)る. tThere i ’ ck Sher idan had proclailned; and now the . s no such thing as tragedy , Di. fe was acco i i fourth catastrophe of hi shed lmpl sl , Tragedy had doggedly pursued and fe;hi i h i i ic h h i t t i h i fina l ly overtaken hi cl saesthet s publ ・n n s o]me, n s ea re andin hi 4 0 ) ft hadl ong since deserted him, gi i ey と の 結 婚 は, Moore によれば zabeth Linl 1773年 4月, 数 々 の 話 題 を 巻 き 起 し て 果 さ れ た E1. その後--意識的にこの種の問題を避けたらしいが-- 彼等夫妻には, およそ愛情の危機なぞ訪れ た こ と も な く, 約20年 に 及 ぶ 結 婚 生 活 に は, 何 の 破 綻 も 生 じ な か っ た よ う で あ る, こ れ に 反 し て, iphant 等は 一様にこの種の問題を取上げ, 一時期, 彼等夫 l But er . 0l , Mrs , Sherwin , Rhodes ,. 妻には,そもそもの結婚の経緯を疑わしめるような,かなりひどい破局が訪れ離婚沙渉まで特上り, 1792年における夫人の死も, 夫への不信, 良心の苛責--靖疑と不安と絶望の果ての最後であっ た よ う で あ る, lved upon Bxasperated by th d and outrageous inf ide l i i ty, N1 rs s stupi ,Sheridan reso lking her over, and he ion but 弾 l l i separat es Fox succeeded in ta rs e and char . Bouver , ivedhimintofavour i bly fr ightened by her behaviour was terr ,buteven ,sothatsherece t 1 ) lost a l in forgiving hi lconf idencein hi s professions and promises,“4 l l ・she had t. 夫人の死後二ヶ月 と経ぬ裡に,フランス娘 Pamera と 恋 に 陥 り, フ ラ ン ス 語 も 録 に 知 ら ぬ Sher- idan が フラン ス語の詩をものすべく苦労し 僅か二週間後にはもう結婚の運びに達 し た と い , ,. うことは, この間の事情を雄弁に物語るであろう-- 尤もこの恋には敗れることになる の で あ る が, こうして彼の最初の愛の結, 末は悲しみに終 っ たのである. . 劇 場 経 営 の こ と も, そ の 出 だ し の 花 々 し さ に 較 べ, そ の 終 り は ひ と き わ 哀 れ で あ る, 1776年 idan Garr i ck の後継者として嘱望され, 二十代半ばで Drury Lane を 手 に し た と き, 世 間 は Sher. 782年 のその神秘的能力に驚嘆したものであるが, 政界に入 ってからは頓に劇場への関心が薄れ, 1 から翌年にかけては, シーズン中にもかかわらず, 政治に心を奪われて劇場を顧みる こ と な く, 1783年9月, 遂に義父 Thomas Linley が形式上 Sheridan に 代 っ て 経 営 を 司 る こ と に な っ た. この後も政治への没頭, 濫費を極めた賛美な生活, また創作の筆を断っては往年の名作もなく, 最 初の夫人の病い重くなる頃から, 経営は一段と不振に陥・ っていっ た. Absence i in impression he produces on the actors’ minds s the ma. -‐absence of. i l l ike habits,absenceofeverysingle f consideration, absence of bus ess-l cash, absence o ‘ 2 ) in cash. l i d have, absence in the f ty a managershoul esh to obta qual 更 に, 1809年 2月24日 に お け る New Dr皿y Lane の焼失は, 決定的破滅をもたらしたかに見. i bread は, Sheridan を委員から排し, 特殊持株の権益を主張 t える. 再建委員会を主導する Wh する彼に厳しく, 1812年これが最後となっ た Stafford 選 出 に お け る 落 選 は, 2,000 ポ ン ドの 運 動 ian を嘆かせる程であっ た 過去の累積してきた怠慢 の 費 を 融 通 して く れ な か っ た た め だ と, Sher , idan は眼前 結 果 は, 今 や, 彼 の 発 明 の 才 を 以 て し て も, 如 何 と も 為 し 難 い 事 態 を 招 い て い た, She. に突きつけられた敗北を, 否応なしに認めざるを得なくされたのである, Sher idan の 半 生 が 送 ら れ た 政 治 家 と し て の 生 涯 を 振 返 っ て み た と き に も, Warren Hastings. の弾劾を頂点として, 除々に転落の道程を歩んでいっ たかにみえる, 1812年彼が議会での最後 の演 idan の 政 治 的 運 命 を 決 定 し た の は 説 は, 対 仏 平 和 交 渉 の 反 対 に よ る も の で あ る が, Sher ,. カ トリ. こ於 け る こ の カ トリ ッ ク 解 放 の 問 題 は, 長 年 の 奉 ッ ク 解 放 の 問 題 で あ っ た と も い う, ア イ ル ラ ン ドレ. - 66 -.
(10) . SHER工DAN. 仕と友情によっ ても Prince. Regent. 論考 -その悲劇的一面について-. 3年カ トリッ ク解放法をみるま で から期待は裏切られ, 死後1. は, 年 来 の 主 張 も 実 現 さ れ る こ と は な か っ た, ま た1787年, 彼 が 畢 生 の 雄 弁 に よ っ て 開 姶 さ れ, 一 idan が 最 も ings の 審 理 は 1795年 に 至 っ て 漸 く 結 論 を 得, 政 治 家 Sher 大反響を喚起した Hast ,. i t s ngs は一転 し て賞賛と 記憶に結びつく非難の告発は, 無残にも斥けられ無罪の宣告となり, Ha S H i h i d t e s s r a n た折り a n は に会 後年 同情を以て迎えられる ようになっ た, g っ , 次の ような 弁 解染みた言葉を述べたという, The part whi ong gone by ch ltookin events l. egardedas any test of mLust not be r. l ti l i s cp eader whose duty i my private oplnlons, because 工 was then a publ , under al i i dt b h i f1 can the C arges whi s coーmm ss one o rng ch hei circumstances, to make goodi ‘ 3 ) forward.. idan の敗北の自己宣言であり こ の 引 用事 実 に 全 く 間 違 い が な け れ ば, こ れ は Sher , 自殺 行為. 的な告白でさえもあろう, 更にまた政界へ入る以前から,、その人柄と政治家としての魅力に敬愛措 く能わざるものを感じ, 終始一貫, 影の形に添う如く行動を共に してき ・た Fox と の 間 柄 も, 1802 年頃から漸く破綻の色のを帯びてくる, 虚栄に彩られ狂気染みた Sheridan の 愚 行 は, Fox の 目 にも不安を映し出した・ようである, 時を同じくして, ボナパル ト対英宜戦の兆し現れた1803年, 愛 idan は, 慎 重 を 唱 え る Fox と意見を異 国 的 情 熱 に 雛 立 て ら れ, 戦 意 の 昂 揚 に 趨 る う と す る Sher t he would に し, 冷 淡 か ら 不 信 に ま で 至 る き っ か け を 作 っ て し ま っ た, 死 後, Thanet 卿 に, t ”“ ) S h i d have l iked to be placed nearFox で さ e r に て は お そ ら く不本 意 an と っ とま 述懐 れ た , , な 敬 愛 の 終 り で あ っ た に 違 い な い, と も あ れ, 1812年の落選は, 政治的には決定的敗北 を 以 て 迫. 2才の老人は, 己を支える 一 切の精神的基盤を喪失して, ひたすら飲酒と り, 懐↑ 過と悲嘆の果てに6 頒廃の生活に逃れ, 生ける形骸の如く世を去 ってしまっ た, 前半の華麗な登場にひ き較べ, 余りに idan の 政 治 生 活 の 象 徴 に 他 な ら な い の で あ ろ う, 哀 れ な そ の 終 島 も, 所 詮, Sher 1 た海ひ郷 で あ る 劇作家の終幕とて例外ではない, 最後の舞台 上演劇 は1806年 の r粥 F研か 7 が, 劇 作 家 と して の 経 歴 は, 1779年 r脳 C“fた で 事 実 上 終 り を 告 げ た と い う べ き で あ る, そ の. 後, 折りに触れての詩篇, 議案物, 即興的作物等あることはあるが, そのいずれにも往年の面彰を 5 )も み と る こ と は で き な い, 彼 自 身 と し て は 自 慢 し て い た PZZ僻 地4 , 上演 的 に は 成 功 だ っ た よ う. 一というのは, フランスとの対抗上その愛国心をかきたてる内容が, 当時の世相を反映 1粥 C“≠な に よ っ て し観客の好みに一致するという, 政治的影響に支配されていたのである---7 , であ る が. 誇張された不自然な偽れる劇を痛罵した Sheridan の, 到 底ものすべき作で は な か っ た 筈 だ, ’ ’ ‘ 6 “Truly Sher iod i idan had se i c voice ofthe per zed on a dramat . ) と は, 良 い 意 味 で も 悪 い. 意味でも言えそうである, 時代の要請の赴くままに, 上の評言を後者で具現していたことは, 少く 4 7 )の演出ぶりにも充分窺うことが できる 感傷喜劇に挑んだあ と も rたB CZ e 0γお“s ぞ勿szo′矛“” , の楓爽とした初登場を思うにつけても,その果敢なさと空しさは一入である,政治を介在させた二 重 の生活は, 私的な生活にまで及んでそのバランスを崩し, 内に秘められた芸術家は喪失の一途を辿 っ て い っ たの で あ ろ う, ,℃ tNot ou’sa . f l l never wr i te again, you are af id lto hi raid to write, l t lメYou wi y , t ou are ’ l i d i t t h f i i h i f i ? i d l d e e o me s e e r a n a n n h e s sa y p . w om am a ra g y , xng ’ ‘ 8 ) lfor Scandal id ofthe author ofthe Schoo afra , idan の晩年 国王が Drury Lane に rZ e s魂oメ ルγ Scα〃d郷 観 劇 の と き, 次 z こ れ は Sher , 9 ) と 出会って交 ly4 作の時期についての下問に, 現に執筆中と答えた Sheridan が, そ の 翌 日 Kel. - 67 -.
(11) . 榎. 純. 孝. した言葉であるという, 甚だ示唆に富む挿話である,. ※ さ て 作 品 上 か ら, Sher idan の内面に探りを入れようとするに当 て先ず問題になるのは 劇は っ , 小説のように, その紙面の背後 から作者が語りかけるようには, 作者を物語るものではない, とい うことである, 即ち, 舞台に現れる人物相互の語り かけを客観的に見るだけである 従っ て, それ , でな くてさえ困難な Sheridan の人間追求の試みも 作品の上では尚一層の筆の渋滞を 覚悟 し な , ければならない, とりわけ風習喜劇の作家であること が, その困難を一段と倍加する ,ことにもなろ. う, それは, つまり, 社会生活の習俗・因襲等の愚かしさを, 遊離的に描く作家ということになる わけで, 心然的に Sheridan の場合にも, 個々の人間の内面を見つめない, いわば, 鮫景のような. 作 品 と な っ て 現 れ て く る 社 会 を 反 映 せ る 描 写 と し て にHi s comedies were comedies of soci- , ,. ”5 0 ety,the mo i t ten,but merely comedies ofsoci st amusing ever wr ety . )で あ り, 登 場 す る 人. 物は. human natme による深 い省察に彩られたものではな く いっの時代どこにでも見られる あ , ,. の環 境 や因 襲 に 染 ま っ た 愚 か しさ を 鮮 明に して 描 かれ る , し か も, こ れ に 加 え て, scene に次ぐ. t t t , その舞台に漂う遊離・軽妙の雰囲気は, Bu. Scene を 以 て 魅 了 す る idan の特徴であり ,の が Sher. the l ighter drama wi th whi l hides no depths mlder i l l i iant t ch we have now to dea s br ’ ’ 1 6 ) f sm ace idan の 芸 術 を 一 方 的 に お と し め る を 裏 付 け る こ と にも な, る. だ が, こ の こ とで Sher , のは, 余りに酷であろう, 劇の目的は必ずしも human character の 表 出 だけに限られ て い る わ t l ings けではな い. 特 に 喜 劇 の 場 合 に は, ( as a picture ofthe manners, the fee an‐ ,and the l ’ ’ 5 2 f l h f ) u a e t inted e c ass o persons who are pa g g ,o な る こ と に も 意 味 は あ ろ う, 極 端 な 感 傷 主 .. 義の発達のために 笑いを破壊されたなかにあっ て, Con - 望eve や Wrycherley に 真 正 の 笑 い の 復 活 を求め, 時流の sentiment に俄きていた観客の希望に答える ものであっ たことを考えるならば, むしろ, 彼の作風のもたらす長所の側面とも言えよう, ただ何としても, 内面的真実を作品に求め idan の よ う な 作 品 に は, 質 る こ と の 難 か し き は, 論 を 僕 た ぬ と こ ろ で あ っ て, そ こ に 自 ら, Sher ・ 量 共 に か な り の 限 界 の あ る こ と は, 避 け ら れ な い の で あ る . idan の創作活動を追っ て さ て, Sher. r綾. , 一種異様な感じに襲われるのは, 前期三作(r彰 圧力αs ,. 1卿 Cr飼お へ の 激 変 で あ る 前 三 作 は 言 う ま D “e”7 1 ゐe scルo〆 !or scα7 2α, 7 2α〆) か ら, 7 ,. でもなく最 も風習喜劇らしい劇的様相を備える, 主として Bath での体験に基き, 当時の上流社 交界の人間群像へ, 楽しい皮肉のこもっ た照射を浴せて現出されたそ の世界は, 後者に至って一転 して対象を劇壇に狭め, 因襲的藤に陥っ た演劇, 特に悲劇に暗虐的な靭りを試みる 既に, i7 77年 . S h i d の文名によっ て劇壇に覇を唱え た e r an が, 僅か二年後に, 劇作家としての己の一切が依拠す る劇壇を, 何故にこうも無残に, まるで猫が鼠でももてあそぶように, 細時流と皮肉の筆で描かねば な ら な か っ た の か. こ れ が 最 後 の 創 作 劇 で あ る だ け に, そ の 意 味 す る と こ ろ は 大 き い 結 果 と し て ,. 1 Z Zc は theatre の 改 革 に 何 が し か の 寄 与 を 為 し た で あ ・ ゐe Cγ 派生的に生じた事態を考えれば, 7 Z ろ う し, 少 く と も, こ の 後 長 く つ ま ら ぬ 悲 劇 の 上 演 を 阻 止 す る 働 き を し た こ と は 争 え な い が, そ う. いうことを始めから意図 して発表されたとは受取り難い. 真正面に演劇改革を志向したものとすれ ( (Au‐ ば, この後創作の筆を捨て, 更に文壇からも去っ たに等しい彼の行動は, 説明の仕様もない.. ・ui imenta ty of mismanaged . l drama,the incong1 stage effects, gustan tragedy, the sent ’ ’ 3 5 ) と の Evans の 評 言 は l these sher idan burlesqued. al な , そ れ り で 全 く 異 論 は な い が, 同 様. - 68 -.
(12) . SH] ERIDAN. 論考 -その悲劇的一面について-. i d r をm が, 無分別な に, 建設的改革の意図が動機とは受取り難い, 悲劇との対 決を恐れてきた She このよう 等感が 舞台に対する 大騒ぎのこの一篇で, 悲劇の全滅を志 し, いわば, 悲劇に対する劣 , ‘ ) と説く Bu l t e r の特異な発想は甚だ興味深いが, これを裏付ける直接的動機 な猛襲を敢てした5 , l t e r は 例証として 掲 や実証的事 実に乏しい, 前三作までにみら れる悲劇との不満足な対決を, Bu 一体に悲劇の凝視を避けようと しかし 力に欠けよう げるが, それ等は多分に情況証拠的で説得 , , l ida er の 見 方 を 魅 力 的 に す る. 劣 等 感 l l の 生 涯 か ら 受 け る 印 象 は, But 行 為 し た か に み え る Sher S 云々の言葉には 何か手掛りのようなものを発見する 所詮 heridan は 舞台人たる ことに 終. , , , 図という方向には 真面目な改革の意 何であれ 生後めたさを 感じていたのだ. , 向っ ていなかっ た ,. im 1脚 Cri l lsher idan’ ぎ chhasleastC1a s plays す s ci よ う に 思う, む しろ, “7 ,the one whi ,of a ida ”5 5 l が, な た Sher to o inal i l ig ty r . , )と い う こ と の 方 に 賛 同 し た い , 底 の 浅い 人 生 観 しか持 て かっ. 己の描く. character. に託したものは, 安易で感傷 的な悔懐や恕しだけで, それ等を言い尽すと,. ic を 次 の よ う に 〆 iphant は, rルe Cr t さ っ さ と 舞 台 に 背 を 向 け去 っ て しま っ た, と み る Mrs . 0l trZ 6 )と 略 同 じ 考 え に 属 す る で あ ろ う t ze l er や 既 述 Rhodes の 所 見5 位 置 づ け る が, こ れ は, But , d b f tt cγなすc se of creative energy, or what ,for Want o a e er Wor , we ,so far as the impul “ ’ 5 7 ) d W r d s h i d l i t l gen us, was concerne , Was l or . er ans as ca ,. 少年時代からの舞台への嫌悪感に促されて, 当時の比較的低い劇作家 としての社会的地 位に飽足 りぬ思いをかこち, 軽妙安逸の空気に触れては, とかく人生の深刻に目を伏せ, 内面的関心の欠如 ion , の 綱 渇 を 招 き, 己 の 哀 し み も 凝 視 せ ぬ ま ま, そ れ を 罵 誓 雑 言 の 虚 勢 に 託 し た に凝れて imginat の で は な か ろ う か, そ の 発 表 が 政 界 へ の 転 換 も い よ い よ 迫 っ た1779年10月 で あ る こ と を 考 え る と,. これは文学からの訣別の一篇, 内的関心からの意識せざる逃亡でもあっ ただろう,. 1籾 Ri idan の 人 間 を 探 っ て み た い, 7 りα為 次 に 作 品 上 に お け る 統 一 の 破 綻 と い う 面 か ら, Sher. に醸し出される 雰囲気は, 登場人物の気紛れや誇張された馬鹿馬鹿しさを, 情として蓄じ ることも なく芸術の域にまで高めたという印象によって代表される, しかし Sheridan は, 同 時 に, こ の ナ ン セン ス の 遊 び を 最 後 ま で 通 し 切 れな か っ た 弱 さ も 露 呈 す る,. ia の 例 え ば,, Faulkland と Jul. in plot の sub‐plot にあっ ては, その評価が感傷主義への調刺であれ, 名残りであれ, また ma Capta in Abso lute と Lydia に対する引立役であれ, その登場の場面は悉く 感傷主義の粧いを 以 , て 描 か れ る, し か も, 危 険 な ま で の こ う し た 傾 向 は, 最 終 場 面 に 至 り, も は や こ の 作 品 の よ っ て 立. l i a に よ っ て 紹 介 さ せ て い る. つ基調をも侵害するような感 傷主義を, Ju l t so: and Whi tudy to preserve i e Hope pictures tousaflattering 力仏 Then l et us s ts penci l those i f futu 二 re bl ss,letus deny i scene o to be l ing ast .. ight colours which are too br. i VVhen hearts deserving happiness Would・unite the r fortunes, Virtue. ing l l lowers;buti landof modesthurt l judg - thanunfadinggar essf Would crown them Wi hose thorn o f fends the]m when th Passion Wi l lforce the gaudi er rose into the ・ wrea , w. 8 5 ) i ts leaves are dropped!. 同様の 事情は Tたe scル御′ 元γ Scα’〆 “ についても指摘できる, 前者に較べ遥かに 感傷主義の. 臭 い の 少 い こ の 作 品 で も, 最 終 場 面 で の 結 び の 言 葉 は, 放 蕩 者 の Charlesに‐言わ せ て い る だ け に,. その矛盾を一層あらわに浮立たせる. ’ d that 工 1 l mal ir Peter,工 ses くe no promi Cた .α品 s綿γf , an . Wrhy,as to reforming, S . lbemy moni tor一--my t taketo be a proof thatlintend to set abouti . Butthereshal. 9 6 ) l lumine? le gu ide gent .- -Ah! can l leave the virtuous path those eyes i 9- -6.
(13) . 榎. 純. ,孝. lesque の持つあの天衣無縫とも言える喜劇精神は 矛盾相池を 苧む作者の人となりを 結 局, bur ,. 避け切れなくて, 感傷に逃れ安易な妥協を計っ た, 即ち, 作者の性格の不調和な 一面を露出したも t や火花と散る台詞で舷惑するその筆先が, l ove scene や serious の と い え よ う, 洗 練 き れ た Wi では一向に冴えないのも, 同様を 性格上の欠陥からくるものであっ て, とかく悲 劇 性 の 凝 視を避けたがる作者の 一面は, 己自身の実人生に於ける対決の暖味さを, 人生の深刻を描くその描. scene. 写 の 拙 劣 と い う こ と で, 露 呈 せ ざ る を 得 な く さ れ た の で あ ろ う. idan の人間的側面を垣間見ることはできそうである 彼が創造した 性 格 創 造 の 巧 拙 に も, Sher . character の な か で, そ の 描 出 の 優 れ て い る も の と, 劣 っ て い る も の を 比 較 し て み る と よ い .. ia T l Mrs in Absolute e . M alaprop~ Capta , ,joseph の 一 群 と, Faulkland,Jul , Acres , Lady eaz Lydia M i ては 行動性に a r a 「 前者にあ 達とのそれぞれのグループに共通に感じられるのは , っ , ,. 富むこと, 華やかな場面での登場が多いこと, 及び深刻な内面心理の表白を必要としない性格であ る こ と」 等 で あ り, 後 者 に あ っ て は, 「行 動 性 に 乏 し い こ と, 深 刻 な, あ る い は 真 面 目 な 場 面 で の. 登場が多いこと, 深刻な内面心理の描写が必要な性格であること」 等が数えられる, 唯えて言えば dan その人の面影を行動様式の共通性に忍ばせている, i r 前者の一群には, 実生活上に於ける She 劇構成のなかの一要素として, 複雑に織りなされた人間の営みの裡にあっ て, 作用し反作用し合い 溢れるばかりの行為を伴い躍如たる描写を現出する. 一方後者の面々は, 説明的 situation に留ま ious な場面が要求する内面心理の描出は 甚だしく説得力に欠けたも r っ て行動の 停 滞 を 招 き, se , の に な っ て い る.. 例 え て い う と, 先 に も 触 れ た こ と で あ る が, 意 識 的 に serious を粧った sub‐. lkland と Jul ia plot の Fau 不 調 和 の た め に,. は, その意図が何であれ, 喜劇的とも悲劇的ともつかぬ 人物描写の. i ion に よ っ て, tua 喜 劇 と い う ジ ャ ン ル の 中 で は 全 く 失 敗 に 終 っ た の で あ る, s. ある程度 の真面目さ, あるいは深刻を要求される後者の群像が, comic と も serious と も つ か ぬ 妙に中途半端な描写に終っ たところに, 作者の内心の動きを読みとる鍵がある, 劇なるが故の制約 は配慮しなければならぬが, 後者の人間群像の描写に拙劣であっ たということは, 行為ある人間は iousness rag- 描 け て も, 内 面 的 動 き の 人 間 を 描 く こ と は 苦 手 と す る, と い う こ と で, ser , 更 に はt edy の方向に対する作者自身の対決の弱さは, 無意識裡に, 作品上の欠陥として具現したようであ idan が, あ の ドラ マ チ ッ ク な 体 験 を 以 て し て も, 《 ラ ブ ・ る. scene の 創 造 に は 定 評 あ る Sher シ ー ン に は 劣 る 》 と い う 評 価 を 確 立 さ せ て し ま っ た の も, こ の 理 由 に よ る の で あ ろ う. 従 っ て, 一般的に言っ て Sheridan は, 集 団 あ る い は 群 像 の 備 轍 に は 優 れ て い る が, 個 々 の 人 間 と の 真 面 目 な 対 決 に は, ひ ど く 劣 っ て い る と も 言 え よ う, idan を覗いてみたい 風習 t と humom に焦点を当てて Sher 最後に笑いの二つの要素, wi , , C d S t によって立つ劇 喜劇の伝統を継ぎ,主と し て ongreve に笑いの蘇生を計った heri an が, wi t によっ て時折り毒されてあることも見逃すわけにはゆ 作 家 で あ る こ と に 異 論 は な い, し か し, wi i‐ ic personal t は, 往 々 に し て, 濫 用 に よ り dramat かない, 本来が知的で head で 造 ら れ る wi h t h e c a r a c r への深い の創造に災いをもたらし, 徒らに好みの類型的人間を造り上げ, uman. ty. t によ 洞察を怠る傾向を招く, また dialogue に 特 徴 あ り と す る Sheridan は, 余りに過度な wi ing dia logue のために 却っ て人間の性格がぼやける 蔽害を生み これ等が 共 に 働 い る sparkl , , て, 内 面 的 真 実 に 触 れ る character の 創 造 を, 益 々 困 難 に し て い る, し か し, 彼 に humom が無 t に 乏しいが 少 か っ た わ け で は な い. Tた8 尺れのs は Tたe scルの′ 〆oγ Scα7 z〆” に 較 べ て wi , く と も, humour には富んでいる,本来, 情的で heart で 感 得 さ れ る humour が, 最も優れた描 lute l e に 豊 か に み ら れ る こ と, ま た 同 様 に 評 判 の 良 い Anthony Abso 出 と い わ れ る Peter Teaz. - 70 -.
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