関西大学大学院社会安全研究科 博士課程
長谷川 浩 司
Graduate school of Safety science, Kansai University Koji Hasegawa持続可能な社会における経営者の
ガバナンスのあり方の一考察
A study on the concept of governance required for modern corporate executives towards the development of sustainable society
ABSTRACT
Modern Japanese listed company executive is required to deal with the following three points at the same time. The first point is the response to corporate governance. The second point is the response to ESG management that investors require as ESG investments. The third point is the response to the "Sustainable Development Goals: SDGs" that should be achieved by 2030. It is a study of how the company executives should govern the company to respond to these three demands in a sustainable society. Understanding the essence of the concept of governance, it is multifaceted research from the viewpoint of corporate philosophy and corporate culture with subjects of Hitachi's corporate reform case as a theme.
キーワード
コーポレート・ガバナンス、 ガバナンス、 ESG、 SDGs、 持続可能な社会 ナンス(Governance):G、の視点から企業の 評価を行うものである。3点目は2015年9月 国連持続可能な開発サミットで世界193カ国が 合意した2030年までに達成すべき「持続可能 な開発目標」(Sustainable Development Goals: SDGs)への対応である。このように上場企業 経営者は多面的な取組みが求められている。1 点目のコーポレート・ガバナンスの議論にお いては、伊藤レポート(1)が経営者にROE(2)8% 以上を求め、さらに近時では積極的な投資、 事業ポートフォリオの見直しを求められてい る。日立製作所(以下「日立」)の事例研究にⅠ はじめに
現代の我が国の上場企業経営者は、 新たに 次の3点に対応することが求められている。 1点目はコーポレート・ガバナンスへの対応 である。これは政府の成長戦略の議論を踏 まえて2014年2月金融庁より日本版スチュ ワードシップ・コード及び2015年6月東京 証券取引所からコーポレート・ガバナンス・ コードが公表された。2点目はESG投資とし て機関投資家が求める経営への対応である。 これは機関投資家が投資をする上で、 環境 (Environment):E、社会(Social):S、ガバ 日本経営倫理学会誌 第26号(2019年) 論 文より、ROEを高める事業ポートフォリオ管理 のあり方を考察する。2点目は、ESGのGであ るガバナンスとは本来どのような概念なのか。 これは3点目の持続可能な社会に対する課題で あるSDGsへの適確な対応にもつながる。ガバ ナンス概念の本質をレビューした上で、企業経 営者がこれからの持続可能な社会の中で、3つ の要請にどのような対応をしていくべきか、経 営者のガバナンスのあり方を考察する。本稿は コーポレート・ガバナンスを「様々なステー クホルダーの利害を経営に反映させる仕組み」 (Tirole:2001)とした上で、企業理念に持続 可能性という社会的規範に基づいて企業活動に 指針を与え、SDGsという具体的な社会課題を ビジネスチャンスと捉えて価値創造活動に繋げ ることで、持続可能な社会に適合して社会から 信頼を得て、更に、市場からの評価を得るとい う企業経営のあり方の研究に関する一考察であ る。
Ⅱ 問題の所在と考察課題
1.ROEを高める事業ポートフォリオ管理の あり方 1−1 政府の成長戦略とROEの課題 政府の成長戦略は2013年の日本再興戦略を 踏まえて、 2014年2月金融庁より日本版スチュ ワードシップ・コード 及び2015年6月東京証 券取引所からコーポレート・ガバナンス・コー ド が公表された。スチュワードシップ・コー ドの範とした英国での「ケイレビュー」(3)は企 業経営者と投資家の双方のショートターミズ ム、研究開発などの長期価値を生む資産への過 小投資、 過剰な事業変革や財務エンジニアリン グなどの短期的行動を指摘した。我が国のガバ ナンス改革の本質は、政府の成長戦略として企 業の利益及び剰余金を積極的にリスクテイクし て投資しての収益力向上、機関投資家にも、投 資対象企業に対してそのような行動への積極的 な関与を求めている。我が国コーポレート・ガ バナンス改革議論の土台とした伊藤レポートが 経営者に明示的にROE 8%以上を求めたこと でROE経営が注目されている。調査からも投 資家と企業経営者の双方が重視している指標(4) である。 1−2 事業ポートフォリオ改革からの課題抽出 伊藤レポートが指摘する日本企業の低ROE の状況については、米国企業及び欧州企業との 比較にてROEが10%以下の企業の割合は、米 国企業が31%、欧州企業が42%に対し日本企 業は78%を占めている(5)。原因は近時「稼ぐ力」 と言われる本質的な収益力の問題である。営業 利益率は米国企業の平均13.7%、欧州企業平均 13.9%に対し日本企業平均3.0%にとどまる(6)。 日本企業の営業利益率の低い原因として、コン グロマリット企業の収益性は、我が国のコング ロマリット企業における事業は赤字事業が8% (米国2%、欧州12%)、利益率5%以下の低収 益事業が55%(米国14%、欧州25%)で構成さ れる(7)。つまり低ROEの問題は各企業における 事業ポートフォリオ管理の問題である。近時の ガバナンス改革の議論は、内閣府「新しい経済 政策パッケージ」、金融庁「スチュワードシッ プ・コード及びコーポレート・ガバナンス・ コードのフォローアップ会議」にて、「経営環 境の変化に応じた事業戦略などの果断な経営判 断」、「事業ポートフォリオの機動的な組み替え などの果断な経営判断」等、事業ポートフォリ オに着目されている。青木(2008)は、企業ポー トフォリオの再編とガバナンスに関する研究に おいて、必要な改革を自律的に実施できるよう な組織能力の存在可能性があり、その組織能力 の内容が重要な課題であることを示している。 しかし金融庁「投資家と企業の対話ガイドライン」においても、「事業ポートフォリオの組替 えなど、果断な経営判断が行われているか」と しながら、経営環境の変化にどのように対応す べきかなど具体的なガバナンスのあり方につい て記載はない。本稿課題1として、コーポレー ト・ガバナンス議論から出発したROEを高め る事業ポートフォリオ管理のあり方について日 立改革の事例をとおして考察する。 2.ESG及びSDGs時代に求められる経営者の ガバナンスのあり方 2−1 持続可能な社会へのガバナンスのあり方 (1)ガバナンスの概念の本質 そもそもガバナンスとはどのような概念な のか。 伊藤博之(2016)は「企業の統治を議 論するには真っ先に統治とは何かが深く問われ ねばならなかった。ギリシア哲学以来の伝統 を持つ統治についての政治哲学的考察はほぼ まったく考察されていない」と指摘する。ガバ ナンス概念の本質に関する研究として代表的に はBevir(2013)や宇野(2016)が挙げられる。 ガバナンスは世界の変化に対応し協力し合い治 めるプロセスであるとされる(Bevir:2013)。 近年「ガバナンス」という言葉が人気なのは、 世界の変化にこの言葉が適合しているからであ り、ネットワークの内部で複数のステークホ ルダーが互いに協力し合い治めるプロセスで あり、どのように自己統治とするかである(宇 野:2016)。統治の作用は社会のあちこちでみ られるものであったが、 それを表現したガバメ ントがもっぱら国家統治の意味に限定されてし まったためガバメントからこぼれる「統治」の 働きを表現する言葉として注目されるのがマネ ジメントで、「マネジメント」という語の中に は、 企業の中にも単に組織運営というだけでは なく、ある種の政治学的な発想が込められてお り、単なる効率的な企業経営を超える企業に関 わるステークホルダーの利益を広く調整し、 企 業の社会的価値を高めることを意味する(宇 野:2016)。つまり、ガバナンスは「世界の変 化への適応」、「自己の統治」であり、ステーク ホルダーの利害を踏まえたマネジメントとして 企業経営者のガバナンスのあり方の考察が必要 になる。 (2)ESG及びSDGsの基礎概念となるガバナ ンスとメカニズム 1970年代末から80年代にかけて第二次世界 対戦後の西側世界が共有してきた国際関係と世 界経済のマネジメント方法のコンセンサスが崩 壊した。各国の政策担当者は市場メカニズムを 導入し国際金融機関を席巻していた自由貿易 を重視した「ワシントン・コンセンサス」と 呼ばれる新自由主義政策は批判を浴びて世界 銀行は「グッドガバナンス」へシフトしてい くことになった。1992年設立のグローバル・ ガバナンス委員会は、 地球環境問題を管理・運 営するための統合的なアプローチとして「グ ローバル・ガバナンス」を提唱し、Our Global Neighborhoodの中でガバナンスは「個人と機 関、私と公が共通の問題に取組む方法」であ り、変化を続ける状況に対して常に発展し反応 する広範でダイナミックで複雑な相互作用に よる「意思決定プロセス」と定義する(8)。1992 年国連環境開発会議(地球サミット)にて「持 続可能な発展」という言葉が「将来世代のニー ズを満たす能力を損なうことなく現在世代の ニーズを満たすような発展」と定義され広まっ た。持続可能性と企業の関わりとしてアナン国 連事務総長(当時)が1999年世界経済フォー ラムにて世界経済の成長を持続させ世界中の 人々がグローバル化の恩恵を受けられるように 社会と環境に関する重要課題克服にビジネス界 に協力を訴えて2000年7月「グローバル・コ
んでいる(11)。更に伊藤レポート2.0(12)において は①企業による戦略投資②投資家による長期投 資とし、「さらに重要なことは企業のガバナン ス強化や投資家との対話が、目的化することな く、企業のイノベーションと「稼ぐ力」の強化 に繋がっていくこと」としている。伊藤レポー トに対して福井(2015)は、インフレ下の欧 米企業とデフレ下の日本企業で物価上昇を考慮 する必要性を指摘し、須藤(2018)は米国・ 欧州企業との金利差が考慮されていないことを 指摘し、①高いROEは企業を持続的に成長さ せるのか②安易に高いROEを目指すことは会 社のためにも社会のためにもならないとする。 宮川(2014)は、「企業の目的はROE改善では なく企業価値の拡大。企業価値を創造するのは 自社の事業戦略がどのように競争優位を発揮す るかを地道に分析し、実行する企業努力であ る。」と指摘する。北川(2015)は、伊藤レポー トは「レポートの表題は企業と投資家の望まし い関係となっているが、両者のあるべき姿を模 索してゆくうちにチェーン全体の問題に触れ ざるを得なかったという側面がある」として、 インベストメントチェーンの俯瞰図を示してい る。 伊藤レポート2.0は「ガバナンスの開示要請 について、それぞれの制度で求められる項目を バラバラに捉えるのではなく、それぞれの共通 項を理解し、自社のガバナンスの全体像を的確 に伝えることが必要である(13)」とするが、バ ラバラということに対してガバナンスの本質的 な理解が必要である。図1で考察すると、企業 の左側の考察が欠けている。企業には事業活動 があり、事業は社会の中で展開される。持続可 能な社会において、社会の変化を捉えた持続可 能な社会に適した経営が求められている。吉 森(2003)は、今後は経営者の基本的機能を 「企業理念と企業文化」に基づく「企業倫理」、 ンパクト」が発足した。企業の役割や責任が拡 大し2015年9月にSDGsが合意され企業の社会 課題への取組みにより持続可能な社会への発展 との連動性が高まっている。企業には、社会に も貢献するというフィランソロピーから、企業 の社会的責任のあり方について再解釈が行われ 社会課題の解決主体として持続可能な社会の中 での役割が期待される。一方で機関投資家は、 持続可能な社会の発展による中長期的リターン を目指し、企業が持続可能な社会に向けた課題 解決による事業活動により収益を拡大する企業 を評価してESG資金として資金を振り向ける。 その資金が企業のSDGs等の社会活動に向かう 資金となるというメカニズムである。またESG は並列でなく、ESの上に立って束ねるものが Gである(9)と認識されてきている。ここで意味 するガバナンスとは何か。ガバナンスという言 葉の本質や概念の理解がなされないままに議論 が進められている。ガバナンスの概念の本質を 理解した上で、企業の価値創造活動が持続可能 な社会に貢献する統合概念となるガバナンスの 役割の考察が必要になる。 2−2 伊藤レポートの位置づけとの対比に よる課題抽出 伊藤レポートは企業開示面からの情報発信 と対話の促進を目的とした政策の一環である。 企業価値向上に向けた対話や開示のあり方の取 組みの一つが2012年7月企業と投資家等が参 加する「企業報告ラボ」であり、その目的は① 企業と投資家の建設的な対話②日本市場に関 心を持つ内外投資家とのネットワーク構築と メッセージの発信である。同ラボを経たプロ ジェクトとして始まったのが伊藤レポートであ る(10)。しかしながら伊藤レポートは日本企業 の低収益性に着眼し、経営者に明示的にROE 8%以上を求める等企業経営のあり方に踏み込
企業の社会的正当性の疑問視が起点になってい る」とする。現代までの議論は、1960年代の 環境問題での企業と社会の間の倫理問題から始 まり、1970年代のオイルショックにより社会 倫理と社会効率の「複合問題」になり、1990 年代のバブル崩壊にて「企業倫理」と「企業効率」 の問題になった。これが現代の我が国のコーポ レート・ガバナンス議論は、バブル崩壊後の日 本経済の低迷に対して、政府の成長戦略が牽引 し「企業効率問題」が中心となっている。 「企業戦略」「企業統治」の統合とする。本稿課 題2として、ガバナンス概念の本質を踏まえ て、持続可能な社会で経営者に求められるガバ ナンスの機能ついて日立改革の事例をとおして 企業文化論、哲学、倫理的アプローチによる多 面的な考察を行う。 3.持続可能な社会への課題であるSDGsへの 対応のあり方 3−1 これまでのコーポレート・ガバナン ス議論の過程 コーポレート・ガバナンス議論の発展過程 を整理すると、菊澤(2004)は「企業の発展 に豊かな未来を期待した市民が公害を生み出す 図1 インベストメントチェーンの俯瞰図を踏まえた本稿の課題 ←インベストメントチェーンの範囲→ ← 本稿のガバナンス検討課題 → 出所:北川(2015)を基に筆者が加筆作成
の基盤が整えられてきている。 3−3 持続可能な社会でのSDGsへの適確な 経営への課題抽出 持続可能な社会において、企業と社会と投資 家の同時解決問題としてSDGsへの適確な対応 というガバナンスのあり方が課題となる。江頭 (2011)は近時のコーポレート・ガバナンス論 は従前から会社法学者がいろいろな議論をして きたものであり、従来の会社法の議論と同じで ない部分があるとすれば、株主、従業員、地域 社会等、会社関係者の利益をどう制度的に位置 づけるべきかという問題と自覚的に結びつけた 形での論議とする。鈴村(2015)は今後のコー ポレート・ガバナンス論は社会が確固たる制度 を持つことを前提とした制度論ではなく、能動 的主体に生成され変化する社会的現実として把 握した議論が必要であるとする。新山(1995) は、この時期にコーポレート・ガバナンス論が これほどまでの隆盛を誇るに至ったのは何故な のか、それは企業の社会的責任の確保にあり、 3−2 社会的責任からのガバナンス 「企業効率問題」中心のガバナンス議論に対 して、国際的な枠組みとして進化した社会的責 任の動向として2010年11月にISO26000が発行 された(14)。2001年に企業の社会的責任、説明 責任、マネジメントに関する国際規格の検討を 開始、2002年5月に地域代表、産業界、NGO や国連機関等の代表で構成された組織を設置し たことで「社会的責任」という多くの関係者に 影響が及ぶテーマを議論する多様なステークホ ルダーの形成が成功要因の一つである。これ を踏まえたレポーティング改革の動向として 2000年6月非営利団体GRI(15)よりサステナビ リティ・レポーティング(16)としてGRIガイドラ インが発行された(17)。IIRC(18)は 2013年12月財 務情報と非財務情報を経営レベルで関連づけて 開示する「国際統合報告フレームワーク」を公 表。持続可能な社会の中での企業の役割及び責 任を踏まえたレポーティング改革も進展してお り、企業の持続的な社会に対する活動と社会の 評価の基になる開示も進展し、SDGsへの対応 表1 コーポレート・ガバナンスに関する議論の発展過程と今後のあり方 企業と社会の問題 (広義のガバナンス問題) 企業と投資家の問題 (狭義のガバナンス問題) Ⅰ これまでのガバナンス議論(菊澤) 倫理問題 (価値問題) 1960年代 環境問題・社会倫理問題 効率と倫理問題 (複合問題) 1970年代〜オイルショック /社会倫理と社会効率 1990年代〜バブル崩壊・不祥事多発 /企業倫理と企業効率 効率問題 (事実問題) 企業効率問題に移行(※近時の議論の中心) Ⅱ 社会的責任からのガバナンス 2000年代〜社会的責任概念の共有と浸透 /国連グローバル・コンパクト〜ISO26000 説明責任 環境報告〜CSR報告〜サステナビリテリー報告〜統合報告(財務+非財務報告) Ⅲ 今後求められるガバナンス 企業と社会と投資家の同時解決問題 価値問題 SDGsによる社会価値・企業効率の同期化 SDGsを起点とした社会課題による企業価値の追求 求められる ガバナンス機能 「世界の変化への適応」「自己統治」「ステークホルダーの利害を踏まえたマネジメント」「共通課題 に取組む意思決定プロセス」 出所:菊澤(2004) pp.32-35を基に筆者が加筆作成
の業績予想だったが、2009年1月「操業度悪 化」を主因として営業利益400億円となる大幅 な下方修正を発表し、同時に「操業度悪化」に 対処するグループ企業を含めた構造改革費用を 計上。将来収益の見込みに対応した繰延税金資 産を「操業度悪化」により大幅に取り崩すこ とになり巨額の赤字計上に至ったものである。 つまり、グループ企業を含めて将来収益の過大 な見込みに基づく投資が行われていたことにな る。その後2009年4月川村会長兼社長の就任、 2010年4月川村会長及び中西社長体制での利 益率回復動向をみると、2009年3月期の営業 利益率はわずか1.3%であったが、2018年3月 期の営業利益率は7.6%にまで大幅に回復して きている。日立の2009年3月期赤字からの改 革(以下「日立改革」)を考察する。 1−2 事業ポートフォリオ改革とその背景 日立の事業ポートフォリオは、図2のとお り改善されている。 デジタルメディア・民生機器事業の赤字拡大状 況から、高機能材料や社会・産業システム事業利 益の拡大等、果断な事業ポートフォリオ改革が成 功したと見てとれる。しかしながら、重要な点は 何故そのように大胆に事業ポートフォリオの改革 そのことがコーポレート・ガバナンスそのもの であるとする。山田他(2016)は、「既存のCSR 実務や研究においてコーポレート・ガバナンス は、企業のマネジメントシステムに関する諸法 令を遵守する手段としての役割が強調されてお り、CSRを経営活動全体で行うための仕組みと しての役割に視点が及んでいない」としコーポ レート・ガバナンス・コードに社会的責任への 統合という概念が今後必要な方向とする。同 コードは株主以外のステークホルダーとの適切 な恊働に関する考え方において、「近時のグロー バルな社会・環境問題等に対する関心の高まり を踏まえれば、いわゆるESG問題への積極的・ 能動的な対応もこれに含まれることも考えられ る」との記載に留り、2018年6月改訂で同部分 は何ら進展がない。本稿課題3として、持続可 能な社会でのSDGsへの適確な経営のあり方につ いて日立改革事例をとおし考察する。
Ⅲ 日立の事例研究による考察
1.日立の事業ポートフォリオ改革からのガ バナンス機能の考察 1−1 日立改革の概要 日立は2009年3月期7,873億円の赤字を計上 した。2009年3月期当初は営業利益4,100億円 図2 日立改革前と改革後の事業別営業利益額 (単位:百万円) (58,435) (109,914) (105,563) (200,000) (100,000) 0 100,000 200,000 300,000 400,000 500,000 600,000 2007年3月期 2008年3月期 2009年3月期 金融サービス 物流及びサービス他 高機能材料 デジタルメディア・民生 機器 電力・産業システム 電子デバイス 情報通信システム 60,203 59,055 84,708 58,418 101,784 123,074 (100,000) 0 100,000 200,000 300,000 400,000 500,000 600,000 700,000 2013年3月期 2014年3月期 2015年3月期 金融サービス その他( 物流・サービス他 ) 生活・エコシステム コンポーネント・デバイス オートモティブシステム 高機能材料 建設機械 電子装置・システム 社会・産業システム 電力システム 情報・通信システム (58,435) (109,914) (105,563) (200,000) (100,000) 0 100,000 200,000 300,000 400,000 500,000 600,000 2007年3月期 2008年3月期 2009年3月期 金融サービス 物流及びサービス他 高機能材料 デジタルメディア・民生 機器 電力・産業システム 電子デバイス 情報通信システム 60,203 59,055 84,708 58,418 101,784 123,074 (100,000) 0 100,000 200,000 300,000 400,000 500,000 600,000 700,000 2013年3月期 2014年3月期 2015年3月期 金融サービス その他( 物流・サービス他 ) 生活・エコシステム コンポーネント・デバイス オートモティブシステム 高機能材料 建設機械 電子装置・システム 社会・産業システム 電力システム 情報・通信システム 出所:日立有価証券報告書等より筆者作成ることに注力した。改革前の取締役会構成を見 ると社外取締役4名(大企業の相談役、顧問等) いるが、川村は「遠慮から場を荒立てる議論は なかった(19)」と述べている。さらにグループ 企業から4名が参画している。これは「グルー プ共存共栄(20)」を掲げ「子会社でなく系列会 社と呼ぶ」という日立の改革前の文化を表して いる。 1−3 成長要因と課題からの事業ポート フォリオ管理のあり方の考察 日立改革のポイントを整理すると表3のよ うになる。創業時からの成功要因が100年の間 に課題として顕在化し、改革が求められるに 至った。社会の動向を見据えて、従業員30万 人を擁する巨大企業が社会と企業の価値を高め を行うことが出来たのか、その背景にあるガバナ ンスのあり方である。意思決定機関である取締役 会構成は表2のように変革がなされている。 尾田(2012)は、1996年4月から2009年6 月までのM&Aの調査分析を基に、現場レベル でのシナジーが優先されるため、トップマネジ メントが事業の詳細を把握して大胆な資源配分 を行うには過度に複雑な事業構成になっている こと、事業再編の効果として子会社の成果が色 濃く結果として現れていることを指摘する。複 雑化する事業ポートフォリオ管理の困難性、子 会社のコントロールを含めた事業全体のガバナ ンス、30万人の従業員を擁する企業の戦略を担 うトップマネジメントとしてのガバナンスのあ り方が論点となる。川村氏が会長兼社長に就任 してまず経営の意思決定のあり方を大きく変え 表2 日立の取締役会構成推移 2008年3月期末 2011年6月末 2016年6月末 庄山会長 川村会長 中西会長 古川社長 中西社長 東原社長 社内取締役(執行)2名 社内取締役(執行)0名 社内取締役(執行)0名 社内取締役(非執行)0名 社内取締役(非執行)2名 社内取締役(非執行)2名 社外取締役(グループ)4名 社外取締役(グループ)0名 社外取締役(グループ)0名 社外取締役(国内)5名 社外取締役(国内)4名 社外取締役(国内)4名 社外取締役(外国人)0名 社外取締役(外国人)5名 社外取締役(外国人)5名 計13名 計13名 計13名 出所:日立有価証券報告書より筆者作成 表3 日立の成長要因と課題 創業からの成長要因 改革が必要になった問題点 (川村(21)及び中西(22)の指摘) 改革テーマ (川村及び中西のテーマ) 成功要因(23) ・和の精神・協力一致 ・独立独歩の技術 ・総合技術 ・技術と営業の平衡 ・グループ共存共栄 ・子会社でなく系列会社 ・自主経営の徹底 ⇒ ・「平等」な人員削減 ・「家電製品を止めるのか」反論 ・ 「いいモノ」にはコストが掛かる というロジックが赤字の根本原因 ・工場が強くプロダクトが大事 ・ボトムアップの意思決定 ・ 閉鎖的な取締役会(遠慮から場 を荒立てる議論なし) ・「捨」のみで「成長戦略」なし ⇒ ・ 「社会イノベーション事業」に 注力(マクロ的な事業の転換性) ・ ポートフォリオを変えるには平 気で大胆な決断が必要 ・変えるには多様化が最重要 ・ 会社は放っておくと増えてしまう ので必死に減らさないといけない ・ 安く作ることが高度な技術であ るという価値観の転換 出所:各種資料より筆者作成
ていくという「ガバナンス」概念の本質を考察 する必要がある。 川村(2015)は「2003年まで副社長として 人員削減・半導体事業対策など色々やりました が、何も完成されませんでした(24)」と述懐す る。菊谷、斉藤(2006)が指摘するように本 来はカンパニー制や事業部制の企業において子 会社化が銀行借り入れを行えば銀行がガバナン スの一部を担い、上場すればガバナンス機能の 一部を資本市場に委ねられることになる。しか し子会社のガバナンスにも課題があった。大杉 (2015)は事業部門の部分最適に対して社長お よび本社が全体最適を果たす必要性が大きい。 本社が真の意味でのグループ経営を実践するこ と、すなわち①事業部門に対する投資家として の機能②部門を連ねてシナジー・インキュベー ションを実現する機能③内外に向けてグループ を束ねる機能の3つを果たすことが喫緊の課題 とする。日立はグループとしてのガバナンスに 課題があった。ROEは本来このような課題に 対して経営者を支援するツールである。ROE はROI(25)の1つの指標であるが、ROIは元来複 合型企業の各事業の業績評価・管理指標として 多様な部門の効率測定指標や会社全体の財務業 績尺度としての「トップマネジメントのツール」 であった(Thomas and Kaplan:1987)。各活 動がどのように関連するかの「結合関係」を把 握するための指標である。ROE経営による企 業価値向上の経営者の役割は、全社事業の「結 合関係」を含めた統合組織の管理者である。日 立改革は意思決定体制を変更しポートフォリオ 変革の決断が出来るガバナンス体制に改革し、 グループ統合管理者の機能を改革しROEを高 める事業ポートフォリオ管理のガバナンス改革 を行ったと考察される。 2.多面的なアプローチによるガバナンスの あり方の考察 2−1 日立改革の時系列の流れ 日立改革を動的に捉えてビジョンから戦 略、経営者のマネジメントとしてのガバナン ス、ESGのガバナンスが環境や社会へどのよう な手順でコントロールされているのか時系列に て表4で表す。日立改革の中でのガバナンスの 役割を考察すると「社会イノベーション事業」 というビジョンを明確に打ち出し、ビジョンの 下で戦略、ESGを段階的に進めている。その中 核には自律的なガバナンスの機能がある。海外 研修人員の減少や人員不足等の課題も現れてお り、サステナビリティレポートにおいては「最 高ガバナンス組織における意思決定機能の仕組 みづくりに取組んでいる」とするように課題に 対する継続的なマネジメント機能である。 2−2 経営機能の中でのガバナンスの役割 からの考察 吉森(2003) は今後の経営者の基本的機能は 「企業理念と企業文化」の形成に基づく「企業 倫理」、「企業戦略」「企業統治」の統合とし、 コーポレート・ガバナンスは企業理念、企業倫 理、企業文化、企業戦略を合わせた経営者5 機能の1つであり図3の概念図を示す。角野 (2003) は「企業倫理と企業統治の問題は共に 相互に関連する側面を有し、経営理念と企業文 化が意思決定過程に大きな影響を与えている」 とし図4を示す。 日立の創業以来の社是は「和・誠・積極進取」 とされる(26)。創業者小平浪平は寡黙で自ら経営 理念を語り文書で表すことは少なく(27)、1981 年6月三田元社長就任時において、「和・誠・ 積極進取を行動の規律とし、時代の要請にいち 早くこたえることのできる独創的な新技術・優 れた新製品をとおして、真に社会に貢献出来る
図3 経営者機能 図4 意思決定過程結合機能 管 理
企業統治
資本市場の構造 企業倫理 社会的価値観 企業 理念 文化 経営 環境 企業 統治 企業 戦略 企業 倫理 経営理念 企業文化 意思決定過程 出所:吉森(2003)P.46を基に筆者作成 出所:角野(2003)P.198を基に筆者作成 表4 日立改革の時系列の流れ 2009年 2010年〜 2012年〜 2013年〜 2016年 2017年 2018年 ビジョン 「 社 会 イ ノベーション事 業 へ の 集 中 」 を宣言 グローバル成 長戦略/ 社会イノベー ション事業 CSR先進企業 グループアイ デンティティ 「 社 会 が 直 面 する課題にイ ノベーション で応えます」 SDGsを 踏 ま え、日立の社 会 イ ノ ベ ー ション事業を 通じての貢献 を経営で検討 戦略 コ ン シ ュ ー マーPC事業撤 退 投資:1兆円 R&D:6千億 円 CSR本 部 と 地 球環境戦略室 を統合 未来投資本部・サステナビリ ティ戦略会議設立 /SDGsレポート 「最高ガバナンス組織における意思決定に環境及び社会的なテーマを加速する 仕組みづくりに取組んでいます」 G 上場子会社5 社を完全子会 社化 (事業の統治) グローバルな 視点と多様な 価値観を経営 に反映する必 要性 外国人取締役 増員・社外取 締役過半ガバ ナンスガイド ライン策定 日立グループ ビジョン 経 営 とCSRの 統合/ 「 社 会 イ ノ ベーション」 社会が抱える 課題に最適な ソリューショ ン提供/「協 創」様々なス テ ー ク ホ ル ダーと課題・ ビジョン共有 ・「 環 境 」 バ リューチェー ン全体で課題 解決 S 世界25万人の人 材情報をデータ ベース化 従 業 員 エ ン ゲージメント サーベイ開始 女性活躍推進 目標策定 人員不足・情 報端末サポー ト不足の課題 認識 若手海外研修 参加者数2012 年 度1,202人 2017年度378 人 E 環境イノベー ション2050 生活の質の向 上と持続可能 な社会の両立 「 気 候 変 動 」 「水資源」を主 要テーマに選 定 出所:日立有価証券報告書、統合報告書、サステナビリティレポート等各種資料を基に筆者作成2−3 企業文化論的アプローチからの考察 企業文化とは「企業の歴史を通じて組織内 に培養され、蓄積されている知的・感性的資 産」(福原:1997)と定義され、経営資源の一 つの機能である。経営戦略論としての意義は、 戦略の分析視角を「分析型戦略論」から「プロ セス型戦略論」へ変更させたことである(水谷 内:1997)。境(1997)は、「企業文化はある 一定の時点でのものの考え方や行動スタイルと いった静態的なものではない。企業の歴史の中 で変容しながらも脈々と続いている「行動の型」 「構造や制度」「思考の枠組み」の三つを統合す る企業特有のスタイルといえる。企業が環境へ の適応経験の中から修得した環境に対する適応 様式であるとともに、経験にもとづく学習成果 を企業内に蓄積するための仕組みでもある」と する。「企業文化のダイナミクス」を表すと図 5となり、これにオムロンの統合思考経営を照 らすと図6のようになる。 企業になることこそ、私に課せられた最大の任 務である」(28)と示した。この三田元社長の「任 務」が、企業グループ全体の経営理念やビジョ ンとしてどのように昇華し、次世代に引き継 がれて行ったかが日立の課題であり改革の鍵 と考えられる。2009年4月に就任した川村会 長兼社長は最初に会社のスローガン、「社会イ ノベーション」という単語を作ったことが特 筆的である。「情報で武装したインフラはもの すごく強くなるはずで、それで行くぞとすご く強調した(29)」という強い信念で創業者の理 念を呼び戻し、自主技術で社会に貢献という企 業理念、文化を再興した。これにより長年の懸 念であった上場子会社の統合、グループのガバ ナンスを再構築した。企業統治は経営環境、企 業理念・文化、企業戦略と密接に結びつき、理 念、文化に結びついた意思決定を司る存在であ り、企業理念、企業文化に結びついたガバナン スとされるべきである。 図5 企業文化のダイナミクス 図6 オムロンの統合思考経営 思考の 枠組み 制度・ 構造 価値の 行動化 戦略実 行 価値の 学習 経営層 の環境 知覚 よりよ い社会 を目指 す思考 SINIC理 論で潜在 ニーズ探 知制度 潜在ニー ズに必要 技術を考 える行動 新製品 を先駆 け市場 投入 ソーシャ ルニーズ 創造 価値学習 社会の公 器の実現 環境知覚 出所:境(1997)P.196を基に筆者作成 出所:長谷川(2018)P.83を基に筆者作成
底」という人間性が重視され、効率性に問題が あった。「技術と営業の平衡」「グループ共存共 栄」等企業グループ内での身内社会の中での論 理が優先され、「社会に貢献する」という社会 性に問題があった。一方で、「効率性原理」と 「競争性原理」のみが優先されてはならない。 川村改革により「社会イノベーション事業」に 注力というビジョンを策定することで、技術 の価値観を転換し、多様性という面を踏まえ て、「人間性」を高めながら「効率性」に繋げ、 また「社会性」を「競争性」に結びつけて行っ たものである。 (2)小笠原の5大原理システム 小笠原(2004)は「現代経営の基本的経営 原理は、効率性、人間性、社会性、適応性の四 大原理とその全体を統一する創造性を加えた5 大原理からなる」とし、バーナードの恊働シス テム(経営体)構造に対応させて捉え直す必要 があるとする。社会性原理は、生活者としての 市民、地域社会、国民社会、地球社会の、公共 的厚生への要請であって、現代経営はそこから 「顧客」と「市場」という経済的サブカテゴリー のみを切り取って、これを適応課題としてきた とする。 Sheldon (1923)は「産業の製品の価値を評 オムロンは2015年5月に企業理念を改訂し た。「元来オムロンの発展の原動力となって いたソーシャルニーズの創造やチャレンジ精 神を社員がもっと強く意識していく必要があ る」(30)とその経緯を説明する。企業理念に対す る環境の知覚を機敏に感じて、環境に適合させ る努力をしている。日立改革前は各社自主経営 が行われていたため、グループトップが環境を 直に知覚して環境に適合したグループ統括のガ バナンス機能に問題があったと考察される。日 立改革を機に、「優れた自主技術・製品の開発 を通じて社会に貢献する」という理念の下で、 SDGsという時代の流れを捉えて「社会イノベー ション」事業に向かという企業文化のダイナミ クスを創り上げていく必要がある。 2−4 経営倫理哲学的アプローチからの考察 (1)水谷の4原理価値システム 水谷(2001)は、「効率性原理」と「競争性 原理」に「社会性原理」と「人間性原理」を加 えた4原理価値システムとして、「人間性」や 「社会性」を重視しながら、「競争力の強化」と 「効率性の向上」も同時に実現するように脱皮 していくことが21世紀型の持続的成長モデル であるとする。日立改革を例に考察すると、 「和の精神」「独立独歩の技術」「自主経営の徹 図7 現代経営の基本的原理 → 成熟 → 有効性 効率性 (物的) ←創造性→ 適応性 (生物的) 満足性 人間性 (人間的) 顧客↑市場 市民↑地球社会 社会性 (社会的) (対内) (対外) 出所:小笠原(2004)P.186を基に筆者作成
方向で展開し、顧客が本当に何をやりたいのか というニーズを抽象的なレベルから具体的なレ ベルまで引上げて課題に持っていくというフ ローを目指している(31)。 3−2 競争優位とSDGsのアウトサイド・イ ン・アプローチからの考察
Porter and Kramer(2011) に よ るCSRか ら CSV(32)の時代との主張は広く知られる。その 考えの本質は「資本主義を偏狭に考えてきた せいで、 社会の様々な課題の解決において、 企 業の潜在能力を十分引き出せずにきた。その チャンスはずっと目の前にあったにもかかわ らず、 だれもきづかなかった。そして現在直面 している喫緊の社会問題に対して、 慈善ではな くあくまで事業として取組むことが何より効果 的である。いまこそ資本主義に関する理解を新 たにすべき時である。社会のニーズが広がり高 まっていく一方、顧客、従業員、新しい世代の 若者たちは、企業の進歩を期待している」とい う記述に表れている。しかしその手段としては 競争戦略論の立場から社会問題へ対応すること で企業の生産性向上というあくまで自社の生 産性強化の発想に留まる。これに対してSDGs が2030年に向けて目指していく本来の社会課 題起点からの事業との融合のあり方について SDG Compass(33)の中でアウトサイド・イン・ アプローチを示している。起点を社会課題にお いたアウトサイド・イン・アプローチからの発 想により社会課題に関連した事業機会、投資機 会の発掘による企業価値の向上が必要になる。 価するのは産業ではなくて社会なのである」と する。 小笠原(2004)は、個人レベルでも豊かさ の内実を問い直し、生きることや働くことの意 味を内省する風潮が見られるように、事業経営 も「生きる=存続する」ことから「生きる=活 きる」ことへの意味転換が求められており、存 続が至上善ではなく、上位価値の実現による存 続保証こそ意志主体存在であり社会的存在たる 事業経営と言え、その上位価値とは事業の「使 命(mission)」であるとする。日立の赤字の原 因は短期的な視点で「顧客」と「市場」という 経済的サブカテゴリーのみに適応してきた結果 ではなかろうか。日立における存続を上回る上 位価値となる「技術で社会に貢献する」という ミッションを踏まえて、SDGsの課題を捉えて 社会的イノベーション企業になって行くことが 求められる。 3.持続可能な社会でのSDGへの適確な経営 のあり方の考察 3−1 日立のSDGs経営 日立のSDGs戦略は「優れた自主技術・製品 の開発を通じて社会に貢献する」という理念が 基盤になる。 トップ主導のサステナビリティ戦略会議で の議論を経て、SDGs17目標の中で自社の重要 課題5つの目標を選定した。これまでの技術基 点ではなく社会課題を基点にした経営の背景に は日立の企業のあり方に関する根本的な改革が ある。製造業として技術開発を行い工場が製造 して販売するというフローであったが、全く逆
とし、経営者が企業の環境として理解するの は、経営者が抱く目的、経営目的に関連のあ るもので無関連なものは環境とはならないと し、中西の姿勢が日立改革の源であり、日立改 革を導いた。 これからの経営に求められるガバナンスの 役割とは図9で描いたように、社会の要請を経 営陣が知覚し理念に基づいた考え方を文化に落 とし込み、理念・文化に基づいた意思決定をし ていく、この繋がりを適確にコントロールする 役割こそが環境や社会に適応して未来の持続可 能な社会にて発展し企業価値を高めていく為の ガバナンスである。社会イノベーション事業を ビジョン・理念とする日立改革は、経営者の抱 く目的にて社会の環境がようやく見えるように なったという点が日立改革の最大の成果であ り、持続可能な社会の中での経営者のガバナン スの根底にあると考える。 3−3 日立のSDGへの適確な経営のあり方 の考察 企業社会責任とは、そこに住む人々が自分 たちの社会のあり方を考え、それを実現する ために企業の協力を仰ぐこと、これが基礎に あって初めて成り立つコンセプトであり、どの ような社会を目指すのかという理想を意識しそ れに貢献するような取組みを展開しなければ企 業努力はほとんど評価されない(高:2002)。 植田(2018) は、「SDGsで重要なことは社 会の動向や要請に常にアンテナを張り、それ らに的確に対応しタイムリーに明確に発信を することである」とする。中西元社長は社長 就任後、「世の中が今後どうなっていくかを 深く考え、社会イノベーション事業がどのよ うな考え方をベースにして何を行うべきかを 検討してきた(34)」とする。高田(1978)は一 見奇異に思われるが「目的が環境を決定する」 図8 インサイド・アウト・アプローチとSDGsに求められるアウトサイド・イン・アプローチ CSV(インサイド・アウト) これからのSDGs(アウトサイド・イン) 企業 経営 資源 経営 資源 経営 資源 経営 資源 企業 社会 課題 社会 課題 社会 課題 社会 課題 企業 経営 資源 経営 資源 経営 資源 経営 資源 企業 社会 課題 社会 課題 社会 課題 社会 課題 企業戦略と社会課題の結びつけ 課題解決起点の事業投資機会発掘
守は最重要課題である。また水谷4原理価値シ ステムを基に考察すると、原子力や火力発電に よる効率性や競争力ではなく、人間性、社会性 と効率性や競争力を同時解決する再生可能エネ ルギーによるSDGs目標への注力が持続可能な 社会へのガバナンスであると考える。
Ⅳ 結論と課題
本稿は日立改革の事例研究により3点の課 題を考察した。1点目はROE指標の本来の役 割は各事業の結合関係を把握するための指標で 経営者の役割とは全社事業の統合管理者であ り、日立改革は意思決定体制を改革し統合管理 者としてのグループ統合機能改革によるROE を高める事業ポートフォリオ管理のガバナン スを示した。2点目はガバナンスとは企業理 念、企業文化に結びついたガバナンスであるこ と、日立は「社会イノベーション」という企業 文化のダイナミクスを創り上げていること、そ れが高い「人間性」を高めながら効率性に繋 げ、「社会性」を「競争性」に結びつけ、さら に「顧客」や「市場」という視点から「市民」「社 会」への適応になることを示した。3点目は顧 3−4 日立のSDGs経営に対する課題 日立はSDGs目標 7 クリーンエネルギーを 重要課題とし投資の方向性は再生可能エネル ギーを掲げる(35)。一方で原子力ビジネス責任 者は「福島第一原発の事故を受けて、原子力 に対する社会的受容性の低下により次世代を 担う人財の確保が難しくなっていることが当 ビジネスユニットの事業を継続する上で一つ のリスク」と認識しながら、「エネルギーの安 定供給と気候変動対策には原子力は必要不可 欠(36)」とする。2012年英国電力事業会社を買 収し原子力発電所建設総工費約3兆円を見込 む。2014年2月三菱日立パワーシステム社(37) を設立して火力発電事業を統合したが同社にお いては赤字処理の問題(38)及びコンプライアン ス問題(39)も生じている。ISO26000中核課題に 公正な事業慣行があり、社会的責任の原則に 「国際行動規範の尊重」がある。高巌(2002) は「途上国には、社会的責任に関する規格がな ければ多国籍企業が法の拘束力が弱い途上国 で無謀な事業活動を行う恐れがある」とする。 SDGs事業展開には基本的なコンプライアン遵 図9 日立の理念と社会課題の関係 SDGs目標 社会課題にイノベーションで応える理念を実現するガ バナンス SDGs目標 持続可能な社会 ステークホルダーの期待 9 産業と技 術革新 → 社会課題の 認識 ← イ ノ ベ ー ション 社会課題 イノベー ション 社会の 要請 理念継 承し文 化へ 理念に 基づく 意思決 定 経営層 の 知覚力 ← → 11 スマート シティ 3 健康福祉 6 安 全 な 水衛生 7 ク リ ー ン エ ネ ルギー 出所:筆者作成(7) 経済産業省(2017b)P.3
(8) Commission on Global Governance (1995)“Our Global Neighborhood”『地 球リーダーシップ 新しい世界秩序を めざして』京都フォーラム監訳日本放送 出版協会 pp.28-29 (9) 井口譲二(2013)p.42 (10) 経 済 産 業 省 担 当 官( 当 時 ) 大 賀 裕 可 (2015) pp.4-12 (11) 伊藤(2015)P.16にて「日本企業の経営 改革にも議論の射程を広げた」としてい る (12) 伊藤レポート2.0持続的成長に向けた長 期投資(ESG・無形資産投資)研究会報 告書2017年10月26日 (13) 「伊藤レポート2.0」 P.55 (14) 第三者認証を必要としないあくまで手 引書(ガイダンス文書)として発行され た
(15) Global Reporting Initiative
(16) 米国General Motors社がグローバル企業 に相応しい環境報告書のデファクトス タンダードを求めたことが発端である が、環境報告書に留まらずSustainability 報告書を作成すべきとなった (17) 最新は2016年10月のGRIスタンダード 2016 (18) 2006年に英国チャールズ皇太子が呼び かけたプロジェクトA4S(The Prince’s Accounting for Sustainability Project)の 一環として2010年8月に設立された (19) 川村隆(2015)pp.65-70 (20) 日立製作所史4昭和60年10月P.184 (21) 川村隆(2016) 『日立製作所の経営改革』 日本経済新聞社P.85 (22) 中西宏明(2017) pp.55-65 (23) 日 立 製 作 所 史 1 昭 和35年10月 改 訂 版 客視点への変革、SDGsのアウトサイド・イン・ アプローチも踏まえて、社会の要請を経営陣が 知覚し理念に基づいた考え方を文化に落とし込 み、理念・文化に基づいた意思決定をしてい く、この繋がりを適確にコントロールする役割 こそが環境や社会に適応して持続可能な社会に て発展していく為のガバナンスであることを示 した。日立SDGs経営にも「人間性」や「社会性」 を踏まえた経営課題があることも示した。今後 の課題は、本稿は日立改革をとおした事例研究 であり、ガバナンス改革やESG及びSDGsの枠 組みに関する急速な議論の動向を捉えながら他 社の事例研究にて理論を高めていくことが課題 である。 [注釈] (1) 経済産業省の持続的成長への競争力と インセンティブ〜企業と投資家の望ま しい関係構築〜最終報告書 (座長伊藤邦 雄により通称「伊藤レポート」) (2) Return on Equity:自己資本利益率 (3) John Kay(2012)"THE KAY REVIEW OF
UK EQUITY MARKETS AND LONG-TERM DECISION MAKING Final REPORT" pp.9-13 (4) 生命保険協会の「株式価値向上に向け た取組みについて」平成28年度調査に よれば重視する指標としての質問に対 して、投資家は79%が及び企業は57%が ROEを重視する指標として回答 (5) 経済産業省(2017a)「持続的成長に向 けた長期投資(ESG投資・無形資産投資) 研究会報告書」P.35 (6) 経済産業省(2017b)「生産性向上に向 けた新陳代謝の促進について」2017年 11月16日資料4P.10
Executive” 『経営者の役割』山本安次郎、田 杉競、飯野春樹訳 ダイヤモンド社pp.284-293 pp.294-297 江頭憲治郎(2011)「コーポレート・ガバナン スの視点からみた会社法」『会社法の基本問 題』有斐閣、 pp291-296 pp.312-317
Freeman R.E.(1984) “Strategic Management: A Stakeholder Approach” CAMBRIDE UNIVERSITY PRESS pp.240-249 福原義春(1997)「企業経営にとって文化の視 点とは-知的・感性的資産を育てて活かす」 『企業文化論を学ぶ人のために』梅澤正、上 野征洋編 1-1世界思想社P.5 福井義高(2015)「ひょっとすると役に立つか もしれない会計のはなし⑭」企業会計2015 Vol.67 No.5 pp.97-101 長谷川浩司(2018)「統合報告書の実証分析: 統合報告書から考察する統合思考と価値創 造ストーリーの研究」『統合思考とESG投資』 長谷川直哉編著第3章文眞堂pp.63-85 井形浩治(2011)『コーポレート・ガバナン スと経営者の新たな役割』角川学芸出版、 pp.51-67 井 口 譲 二 (2013)「 非 財 務 情 報(ESGフ ァ ク ター)が企業価値に及ぼす影響」『証券アナ リストジャーナル』2013年8月号P.42 伊藤邦雄(2015)「会計学の可能性—「伊藤レ ポート」からの示唆」企業会計2015 Vol.67 No.1 P.16 伊藤邦雄(2016a)「日本のガバナンス・資本 市場改革の進捗と今後の課題」月刊資本市場 No.365 P.18 伊 藤 邦 雄(2016b)「 日 本 企 業 の ガ バ ナ ン ス 改革の見取り図と展望—伊藤レポート、 SS&CGコードを見据えて—」月刊監査研究 2016.1(No.506) P.3 伊藤博之(2016)「組織論と組織統治論1」彦 pp.176-187 (24) 川村隆(2015) pp.67-68 (25) Return On Investments:投下資本利益率 (26) 日立製作所史3昭和46年1月P.7 (27) 岡本康雄(1979) pp.8-9 (28) 日立製作所史4P.22 (29) 週刊東洋経済2013.2.2 P.50「特集 日立 に学べ」川村隆インタビュー (30) オムロン統合レポート2015 P.37 (31) 中西宏明(2017)P.64
(32) Creating Shared value :共通価値の創造 (33) GRI/United Nations/Global Compact/
wbcsd (2016)「SDGs Compass SDGsの 企業行動指針」 (34) 中西宏明(2017)P.55 (35) 日立2018中期経営計画P.26 (36) 日 立 サ ス テ ナ ビ リ テ ィ レ ポ ー ト2018 P.16 (37) 三菱重工業65%日立35%出資による (38) 統合前に日立が南アフリカで受託した 石炭火力発電建設プロジェクト巨額赤 字に対して、三菱重工は日立に7,634億 円を請求し交渉が難航している (39) タイ火力発電所建設プロジェクトにお いては、元取締役ら3名が不正競争防 止法違反罪で起訴されている [引用・参考文献] 青木英孝(2008)「事業ポートフォリオの再編 と企業統治」宮島英昭編著『企業統治分析 のフロンティア』早稲田大学21世紀COE業 書企業社会の変容と法創造(第8巻)第5章 pp.115-139 芦澤成光(2012)「日立製作所の全社レベル戦 略の転換とその問題点」商学論集(中央大学) 第53巻第5・6号pp.33-34
Shared Value” Harvard Business Review Jan-Feb.P.4 宮川壽夫(2014)「ROE重視は日本の企業価 値を 拡大するのか」月間資本市場2014.12 (No.352) pp.22-31 水谷内徹也(1997)「企業文化創造の経営的意 義-企業文化の戦略的有効性を考える」『企業 文化論を学ぶ人のために』梅澤正、上野征洋 編 1-1世界思想社P.20 水谷雅一(1995)『経営倫理学の実践と課題』 白桃書房 pp.37-53 水谷雅一(2001)「企業の持続的成長と経営倫 理-倫理なくして持続的成長なし-」化学経 済2001年8月号 pp.15-18 中村元一(2012)「日立グループにおける経営 革新の基本方向軸」松蔭大学大学院松蔭論集 第8号 pp.13-22 中西宏明(2017)「日立の構造改革と社会イノ ベーション事業」証券アナリストジャーナル 2017.12号pp.55-65 野田博(2013)「CSRと会社法」『株式会社法 体系』有斐閣 pp.27-28 pp.33-39 岡本康雄(1979)『日立と松下(上)』中央公 論社 pp.8-9 小笠原英司(2004)『経営哲学研究序説—経営 的経営哲学の構想—』文眞堂現代経営学選集 第Ⅱ期第3巻 文眞堂pp.181-191
Oliver Sheldon (1923) “The Philosophy of management”『経営管理の哲学』田代義範訳 未来社P.80 大 賀 裕 可(2015)「「 持 続 的 成 長 へ の 競 争 力 とインセンティブ〜企業と投資家の望まし い関係構築〜」プロジェクト「最終報告 書(伊藤レポート)」の解説」監査役No.637 2015.2.25 pp.4-12 大杉謙一(2015)「上場会社の経営機構—強い 「本社」と社長を確保するために—」『法律時 根論業2016 winter/No.410 pp.24-37
Johnson, H. Thomas and Robert S. Kaplan (1987) “Relevance Lost:The Rise and Fall of
Management Accounting” Harvard Business School Press. 鳥居宏史訳『レレバンス・ロ スト-管理会計の盛衰』白桃書房,1992年 P.9, pp. 76-82, pp. 180-190, pp. 233-241 John R. Graham Campbell R. Harvey Shiva
R a j g o p a l ( 2 0 0 4 ) “ T H E E C O N O M I C IMPLICATIONS OF CORPORATE FINANCIAL REPORTING” NATIONAL BUREAU OF ECONOMIC RESEARCH P.24 川村隆 (2015)「100年企業の改革 私と日立」 異文化経営学会2015年11月14日講演抄録 異 文化経営研究13号pp.65-70 菊澤研宗 (2004)『比較コーポレート・ガバナ ンス論:組織の経済学アプローチ』 有斐閣 pp.30-35 菊谷達弥、斉藤隆志(2006)「事業ガバナン ス と し て の 撤 退 と 進 出 」Kyoto University Working PaperJ-56 P.2 北川哲雄(2015)「ガバナンス・コードの現 状〜2つのコードと伊藤レポートの意義」 AOYAMA ACCOUNTING REVIEW No.5 pp.80-86
北川哲雄(2016)「企業と投資家の建設的対 話を迫る「伊藤レポート」が示す深い意味」 NEW LEADERS2014.9 pp.30-32
Mark Bevir(2013) “Governance: A very Short Introduction” First Edition、Oxford University Press 野田牧人訳『ガバナンスとは何か』 NTT出版pp.3-5、pp.9-10
Melvin Aron Eisenberg(1983) “Corporate Legitimacy, Conduct, and Governance - Two Models of the Corporation ”Berkeley Law Scholarship Repository P.1
創造のための会計」『会計』第194巻第3号 森山書店 pp.264-267 植竹晃久(1994)「コーポレート・ガバナンス の問題状況と分析的視点—現代企業の統治 メカニズムと経営行動の研究序説—」『三田 商学研究』第37巻第2号 P.52 宇野重規(2016)「政治思想史におけるガバナ ンス」『ガバナンスを問い直す[I]越境する 理論のゆくえ』東京大学社会科学研究所 大 沢真理・佐藤岩夫編著 第1章 東京大学出版 会 pp.21-38 山田雅穂、平塚琢、荻野博司、古谷由紀子及び 蟻生俊夫(2016)「CSRとコーポレート・ガ バナンスの関連性の検証と今後の方向性— ISO26000とコーポレートガバナンス・コー ドの比較から—」日本経営倫理学会誌第23 号pp.43-45 吉森賢(2003)「企業統治を超えて」横浜経営 研究第24巻3号 P.46 吉森賢(2009)『コーポレート・ガバナンス』 放送大学教育振興会 P.238 【謝辞】 本論文の作成にあたり、3名の匿名審査員の 方々から、極めて有益且つ示唆に富むコメント を頂戴しました。ここに心から感謝し厚くお礼 を申し上げます。 報』87巻3号 pp.4-11 尾田基(2012)「事業再編における各組織階層 の役割—日立製作所と東芝を事例として-」 『日本企業のフロンティア⑧』一橋大学日本 企業研究センター編 第4章pp.43-51 境忠宏(1997)「企業価値の創造と企業文化 の革新—企業文化の深層構造にアプローチ する」『企業文化論を学ぶ人のために』梅澤 正、上野征洋編 1-1世界思想社pp.195-196 新山雄三(1995)「『コーポレート・ガバナン ス』論の意義と機能に関する覚書—学問的 成果の確認と活用のために—」『岡山大学 法学会雑誌』第44巻第3 ・4号pp.144-145 pp.148-153 pp.156-159
Stephen J. Brammer and Stephen Pavelin (2013) ”CORPORATE GOVERNANCE AND
CRPORATE SOCIAL RESPONSIBILITY” OXFORD UNIVERSITY PRESS pp.737-738 須藤典明(2018) 「コーポレート・ガバナンス と会社法の改正-東芝問題を手掛かりに-」 日本大学法科大学院「法務研究」第15号 2018.1 pp.58-61 鈴村美代子(2015) 「コーポレート・ガバナン ス論の生成と展開」明大商学論叢第97巻4 号P.108 高巌(2002)「多国籍企業の社会的責任への取 組み」STAKEHOLDERS No.55 2002 P.14、 P.33 高田馨(1978)『経営目的論』千倉書房P.10 立石一真(1974)『わがベンチャー経営』ダイ ヤモンド・タイムズ社P.126
Tirole J.(2001) “Corporate Governance” Econometrica69(1) pp.1-35
角野信夫(2003)「企業倫理と企業統治の展望 と課題」『企業倫理と企業統治-国際比較-』 文眞堂pp.179-198