受付:2019年11月12日,受理:2020年9月7日 ※1喜山整形ハーブクリニック 院長 ※2喜山整形ハーブクリニック WHO レクチャーシリーズ
健康創成論から見た Balint 療法
―患者力の向上のために―
喜山克彦
※1,志田直樹
※2,杉山和成
※2,加藤晃己
※2 抄録:Michael Balintは,全人的医療の目的を「患者の自己理解を可能にさせ,直面してい る問題のよりよい解決方法を見いださせ,患者の環境との関係障害を統合させること」と 述べた.彼は,患者や医師の特性や医師―患者関係をユニークな言葉で表現した.一方, Aaron Antonovskyは健康創成論において,人生のどのステージにおいても相対的健康を創 成するには,コヒアランス感(SOC)が重要であると説く.SOCは理解能力,管理能力,意 義深さの3要素から構成されている.患者が,患者力を向上させることにより,医療社会 がどのようであっても,自身の相対的健康を創成できると考える.そのためには,まず患 者が自分を取り巻く医療社会,特に医師の特性と医師―患者関係を理解できることが重要 である.Michael Balintのユニークな言葉を利用することは相対的健康の創成,すなわち SOC向上の一助になると考える.キーワード:患者力,Michael Balint,全人的医療,Aaron Antonovsky,コヒアランス感 (SOC) はじめに Michael Balintは,ユダヤ系出身のハンガ リー系イギリス人の精神分析医である.1950 年代にロンドンにて,実地医療向けに研究およ び訓練セミナーを設立した.ここでの業績はイ ギリスのみならず,世界中の実地医療の様相に 変化をもたらした.Michael Balintは,心理臨 床に内在するある種のロマン主義には傾倒せ ず,現実主義に徹した人 1)であり,患者や医師 の特性,医師―患者関係に対して教条主義的な 考えに流されず,ありのままを分析し,数々の ユニークな言葉で表現していった. 一方,Aaron Antonovskyは健康創成論にお いて,人生のどのステージにおいても相対的健 康を創成するには,コヒアランス感(SOC:
sense of coherence)が重要であると説く.SOC
はcomprehensibility(理解能力),manageability (管理能力),meaningfulness(意義深さ)の3要 素から構成されている 2). 患者力を発揮するということは,医師が患者 のSOC向上に対して援助し,実現に導くこと と考える.今回,Michael Balintのユニークな 言葉を利用した,患者力を発揮させる試みにつ いて述べる.なお,本文において最初に述べる Balintおよびそのグループのユニークな言葉 は,原文と共に〝 〟で表示する. Michael Balint とそのグループの研究の概要 1.研究における探求態度,基本概念,教育目標 活動初期から,常に〝新しい着想の提案と疑 問を持ちながらの吟味(sceptical scrutiny)〟,〝自
身や医師―患者関係に対する批判的吟味( criti-cal scrutiny) 3)〟を基本的探求態度とし,臨床結 果は〝設定(setting)と医師と患者の相互作用 (doctor-patient interaction)に影響される 4)〟との 基本認識に基づき,応用技法の研究を行った. そして,学習者である医師に〝自分の愚かさへ の勇気(the courage of oneʼs stupidity) 5)〟を要求
し,〝制限はあるが有意義なパーソナリティ変 化(considerable though limited change of oneʼs own personality) 5)〟を目指した.
2.全人的医療の主要課題と治療目標
Michael Balintは〝全人的医療(whole-person medicine)〟の主要課題として,医師が患者の 提示する愁訴や疾病を「その患者にとって何を 意味するか」という視点で理解すること,疾病 や不健康を〝個人の生活史上の意義のある一段 階(a meaningful stage in a personʼs life history)〟 として考察することと述べている.また,全人 的医療の治療目標は,患者に自己理解を可能に させ,患者自身が直面している問題のよりよい 解決法を見いださせ,患者とその患者の環境と の間で,まだ形成されていない関係,あるいは 破壊されていた関係を〝統合(integration)〟さ せることであると述べている. 4) 3.実地医家の設定と独特な心理的雰囲気 Michael Balintは,一般実地医家と患者の間 の,親密で持続的な関係に基づく独特の心理的 雰囲気を〝相互投資会社(mutual investment company)〟と名付けた.一般実地医家は,長 期に渡って患者を診療することによって,非常 に価値のある資本金(正確な身体・心理・社会・ 実存的な事実 2),信頼)を手に入れ,また逆に, 患者はかかりつけの一般実地医家に投資(信頼, 支持)することによって,同じように価値のあ る資本金(親密な関係,短時間で的確な全人的 医療 2))を獲得する. 5)一般実地医家の設定にお いて,全人的医療に基づく全体診断を一気に行 うには時間の制約があり,〝長時間面接(long
interview)〟による〝ビッグバン(big bang)〟は とても許されない.一般実地医家における全人 的医療の成功は,患者が存在する領域におけ る,僅かだが確かな改善,〝時間依存的ではな く,濃密度依存的(not time-dependent, intensity-dependent)〟な,いわゆる〝リトルバン(little bangs)〟の蓄積を基盤にした相互投資会社を構 築することが前提となる. 3)
4.実地医療の精神療法とその変遷について
Michael BalintおよびBalintグループは,精 神療法の使用技法や治療成績は実施するための 設定に影響すると述べ,あくまでも実地医家の 設定における,〝専門職的な精神療法( profes-sional psychotherapy)〟を研究した.これらは 決して,医師に臨床態度,同情,常識などを要 求する道徳的なものでも社会的スキルの要求で もなく,精神科医あるいは臨床心理士がその設 定において使用する〝常識的な精神分析を水で 薄めるようなもの(watered-down common-sense psychoanalysis)〟でもなかった.その専門職的 な精神療法は,実地医家の現実に即し,濃密 で,ときには何世代も続く持続的な医師―患者 関係である相互投資会社を基盤とし,その技法 は〝傾聴面接(listening)〟,〝同調技法( tuning-in)〟,〝焦点療法(focal therapy)〟と変化し,現 在のBalint技法の中核的位置を占める概念で ある〝フラッシュ技法(flash technique)〟へと 発展していった. 一般実地医家の設定において,医師は〝大探 偵(great detective)の方法〟である長時間面接に よる全体診断が困難なため,短時間の面接でお およそ誤りがないように正確に同調することを 求められる.この同調している状態は,医師と 患者との間において認識のずれが少ない状態で 語り合えるように,面接の全期間に渡り維持さ れなければならない.フラッシュの経験とは, 両者の心がお互いに〝カチッとかみ合っている (clicking in)〟と言えるような体験を指す.フ ラッシュは,患者あるいは医師のいずれにも起
こりうるが,両者に同時に起こったとき,最高 の治療効果が期待できる.フラッシュ技法にお ける治療者である医師の役割は,同調し,患者 のリードに追いつき,患者が治療者を役立てる ことができるように導き,ときには患者が積極 的に医師を利用しうるようにすることであり, 控えめで決して魅力的な技法ではない. 3)フ ラッシュ技法は,Michael Balint自身によって は 明 確 に 理 論 付 け さ れ て お ら ず,Michael Balint没後,Balintグループのメンバーによっ て研究が引き継がれていった. 6) 患者力の向上を目指すための SOC 1. 患者の comprehensibility(理解能力)向上の ために ①2つの医業の認識
Michael Balintは,医業には科学的医学( sci-entific medicine)あ る い は 病 院 医 学(hospital medicine)と一般実地医療(general medical prac-tice)の2種類あると述べている.前者は専門医 の医療であり,主に総合病院や専門病院にて, 自然科学の追究による〝精密で正確な診断と治 療(diagnoses and treatment in rigorousness or pre-cision)〟を行う医療であり,観察者である医師 への洞察や,医師―患者関係の考慮がないこと がほとんどである.一方,後者は実地医療の場 で自然科学的追究はある程度放棄し,医師―患 者関係から生み出される,〝深い診断と治療 (diagnoses and therapy in depth)〟を行う全人的
な医療である. 4) ②2つの病気の認識 Michael Balintは,どの患者でも1つの病気 ではなく2つの病気と対応しなければならな いと述べ,〝自家製の病気(autogenous illness)〟 と〝医家製の病気(iatrogenous illness)〟がある と述べている.前者は患者がすでに自分の新奇 な感覚,恐怖,疑惑および苦痛などから創り上 げている一定の病像を言い,後者は医師が病歴 を聴取したり患者の話を傾聴したり検査をした りしながら,これらすべての資料をもとにして 創り上げた多少とも一定した病像を言う. 4) ③〝目標交差状態(at cross purpose)〟の認識 医師は,自身にとって大きな価値を持ち,自 らの情熱と努力を注ぎ続けた医療分野における 臨床推論に基づき,患者の不安の原因を突き止 めようとする.患者は,愁訴や疾患に罹患した ことによる,自然な発露としての心理状態を受 け止め,さまざまな防衛を支持してくれること を医師に求めている.医師と患者のお互いが, 2つの医業,2つの病気の理解がないために, 互いの目的がすれ違う状態を〝目標交差状態〟 と言う. 3) 2. 患者の manageability(管理能力)向上のため に ① 2つの医業の無理解から生ずる,目標交差 状態に対する管理 池見酉次郎は,開業医は専門医からの援助に 過度の期待を持たないこと 7)と述べている.社 会的状況にある医師がどのようであっても,患 者自身が自己管理できる能力を持ち,自身の相 対的健康を創造できる―すなわち患者力が必要 であると考えている.患者は2つの医業の特 性を理解し,それぞれの医師の特性に合い,か つ得意とする分野に医療的要求を行うことが得 策であり,そのことが患者にとって有益な2 つの医業からの信頼を積み上げになる. ② 2つの病気の無理解から生ずる,目標交差 状態に対する管理 自身の心理的状況がどのようであっても,患 者が自分を管理できる能力が必要である.その ためには,2つの病気の〝適合(matching)〟が 必要であると説く.適合とは,医師が患者に今 までとは違う考え方も受け止めさせることであ る.そのためにはまず医師自身がこの2つの 病気を理解する必要がある.そして,医師が患
者に対して,医家製の病気と患者自身の自家製 の病気について,筋が通って理解出来るように 導かなければならない. 4)患者自身が2つの病 気を理解したうえで,その特性にあったコミュ ニケーションを選択することが可能となり,そ のことが自分にとって有益な2つの医業から の信頼の積み上げになる. 3. 患者の Meaningfulness(意義深さ)獲得のた めに Viktor Franklは,ロゴセラピーとは患者に自 分の責任を十分に理解させようという試みであ り,それゆえ患者自身に,何のために誰に対し て責任を負うのかを自分で決定させる必要があ ると述べている.患者に自分の価値判断を押し つけず,決定を下す責任を医師側に委ねてしま うことを患者に許さず,患者の視野を広げ,患 者にとっての多種多様な意味の可能性の全体像 を見えるようにしてあげること,意識させるこ とがロゴセラピストの仕事であると述べてい る. 8) 患者力を向上させるための一般実地医家の援 助とは,〝医師という薬(the doctor as a medi-cine) 5)〟のよい作用を向上させることであり, それはそれぞれの患者に固有の価値があり,そ れぞれの医師にも固有の価値があることを認 め,それぞれの価値を浸食せず,一貫して医師 自身が患者の身体・心理・社会・実存的状況の 有効な資源となり,〝過度依存としがみつき関 係(too-dependent and clinging relation-ship)〟の ない,〝患者の医師利用(the patientʼs use of his doctor) 3)〟を引き出すことである.また,患者 に対してロゴセラピー的に接し続けることで有 意味性を獲得させ,患者が人生のどのステージ においても相対的健康を実現するための援助を 行い続けることである. 地方における全人的整形外科医療の 設定と診療の実際 Balintグループはそのセミナーで使用するた めの初回面接書式を作成している.それは 1966年から作成され,Michael Balintが没した 1970年に最終版MarkⅨ(1970年時点)ができ あがった(Table 1).今回,1970年の最終改訂 版の初回面接書式を使用し,記載可能な項目に 絞り,症例を報告する. 3)(項目Dの伝統診断 と全体診断に永田,池見,Franklらの全人的医 療の患者評価表 2)を採用し,整形外科医療,リ ハビリテーション医療の評価を組み入れた) 症例 1 A. 1.70代女性 2.面接時間:約6分 3.医師名簿上の患者登録期間:約7年 4.概略の受診回数:本人147回 B. 1.提示症状:背部から胸部にかけての締め付 けるような痛み 2.伝統診断:多発性骨髄腫,腰部脊柱管狭窄 症 C. 1.全体診断の手がかりを与えた面接前の症状 (特に医師―患者関係を通して) X-5年,他院で腰椎圧迫骨折,別の他院で第 4腰椎すべり症と診断された慢性腰痛を愁訴. 多発性骨髄腫の脊椎転移と診断し,専門病院に 紹介した.以後,専門医による抗がん剤治療に て病状は安定するも,診断当時とは異なる腰痛 や背部から胸部にかけての締め付けるような痛 みの増減を繰り返したため,定期的な診察とリ ハビリテーションを目的として受診を継続し た.患者は,症状が多発性骨髄腫の再発ではな いかとの不安が強かったが,医師はその臨床症 状と検査所見から,再発の症状ではないと保証 し続け,対症療法を行っていた.
X年,血液内科担当医師に「血液検査で, ある数値が少し高い」と言われたのと時期を同 じくして,背部から胸部にかけての締め付ける ような痛みが増強し,一睡もできないほどの睡 眠障害を認めた.その後「問題はない」と説明 されたが症状は持続し,その担当医師に症状を 訴え続けた.その結果,所属している総合病院 の整形外科を受診するよう促され,最終的にか かりつけ医に紹介状を依頼するように指示され た.その後も当院に継続的に受診した. 2.面接の総括(特に医師―患者関係を通して) 当院にても,背部から胸部にかけての締め付 けるような痛みを訴え,多発性骨髄腫再発に対 する極度の不安が認められた.今回の症状は, 最初に多発性骨髄腫と診断された症状とはまっ たく異なり,病状が安定していたときに訴えて いた症状とほぼ同じであった.患者は,これま で5年間の症状の変遷と,症状に対する診断
Table 1 Balint セミナーにおける初回報告用書式 Mark Ⅸ(1970 年 1 月時点) A.1 報告医 2 患者氏名 生年月日(年齢) 職業 3 結婚日時(年齢) 4 配偶者氏名 生年月日(年齢) 職業 5 子供氏名 生年月日(年齢) 職業 6 面接の日付と面接時間 7 医師名簿上の患者登録期間 8 概略の受診回数(全家族) B.1 提示症状 2 伝統診断 C.1 全体診断の手掛かりを与えた面接前の情報,特に医師-患者関係に関して 2 面接の総括,特に医師―患者関係に関して 3 探求上のチェックリスト (本文では b を取り上げず,c 以下のアルファベットの表記を繰り上げた) a 面接中に起こったフラッシュ b 面接の力動的総括 c 面接中の医師の治療的働きかけへの患者の反応 d 患者が医師に伝達しようとしたもの e 患者が医師から獲得しようとしたもの f 医師と患者の馴れ合いの程度 D.1 全体診断 2 治療上の決断事項の根拠 a 伝統診断 b 全体診断 ① 今回の面接の全体診断 ② 将来に向けての全体診断 E.予測: a 短期的(医師―患者関係,患者の生活状況,そして総体的症状の観点から) b 長期的(医師―患者関係,患者の生活状況,そして総体的症状の観点から) F.医師の後思考 G.セミナーでの検討で行われた追加と変更
と保証を思い出し,安堵した様子だった.保証 を強化するために,総合病院でMRI検査と整 形外科専門医の診断を受けることが必要だと判 断し,総合病院整形外科専門医のセカンドオピ ニオンを勧め,診療情報提供書を記載した. 3.探求上のチェックリスト a 面接中におこったフラッシュ これまで5年間の症状の変遷と,症状に 対する診断と保証を想起したことによる変 化 b 面接中の医師の治療的働きかけへの患者の 反応 表情から不安は軽減したように見えたが, まだ多少残っているようだった. c 患者が医師に伝達しようとしたもの 自家製の病気である,不快な身体感覚と多 問題(problems) 資源(resources) 現状での問題 潜在した問題 現状での資源 潜在した資源 身 体 全 身 系 器 質 的 病 態 多発性骨髄腫 再発可能性あり 再発していない 多発性骨髄腫,高血圧以 外の疾患なし 機 能 的 病 態 不眠 病的疲労感 身体症状を発 現するほどの 病態ではない 運 動 器 系 器 質 的 病 態 多発性骨髄腫の 脊椎転移 圧迫骨折後脊椎 変形 胸椎由来肋間 神経痛 持続的,断続的 で,atypical な 神経障害性疼痛 脊椎破壊の 進行なし 機 能 的 病 態 静的アライメン トの異常 バランス機能 低下 歩行速度の低下 年齢を重ねるに つれの身体機能 の低下(フレイ ル)の予測 ADL,IADL 全般に問題なし 心理 不安,恐怖悲観,孤独 混乱 専門医が自家製 の病気を治療し てくれないこと への不満 医家製の病気 の診療に対す る,専門医へ の信頼 社会 環境:一人暮らし 環境:状態が悪 化した後の介 助,介護 環境・参加: 専門医との目標 交差状態 環境:優秀な血 液内科専門医と 整形外科腫瘍専 門医の存在 参加:家事全般 に問題なし,地 域活動も行って いる 環境:実地医 家や理学療法 士,医療スタ ッフとの充実 した相互投資 会社が存在 実存 生きる意味の喪失 QOL 低下 創造価値,体 験価値,態度 価値を獲得す る可能性あり
発性骨髄腫再発ではないかという極度の不 安状態に対して,血液内科担当医師からは 「問題はない」という対応をされ,治療に 進展しなかったことへの不満 d 患者が医師から獲得しようとしたもの 自家製の病気に対する治療と,不快な身体 感覚が多発性骨髄腫の症状ではないという 保証 e 医師と患者の馴れ合いの程度 一般実地医家に対しては,症状が増強した ときのみ理解出来る訴えであり,過度な依 存やしがみつき関係ではなく,適切な医師 利用である. D.全人的医療の患者評価表(Table 2) E.予測: a 短期的(医師―患者関係,患者の生活状況, そして総体的症状の観点から) 専門医との関係の統合は,現状において多 発性骨髄腫は再発していないという確実な 保証の元に,再構築されると予測する. b 長期的(医師―患者関係,患者の生活状況, そして総体的症状の観点から) 再発の可能性が完全に消えることはないた め,再発に対する不安は今後も持続すると 予測される. F.医師の後思考 患者はこれまでの経過において,2つの医業 と,2つの病気の理解と,医師の使い分けは出 来ており,不安を抱えつつも身体・心理・社 会・実存的調和はなんとか取れていた.しか し,血液内科医師の「血液検査で,ある数値が 少し高い」という発言を契機に混乱を来し,同 医師との目標交差状態が生まれ,病態の適合と 専門医との関係性の統合が壊れそうになった. 患者の身体的状態がどのようであれ,患者力を 発揮させるため,再度介入し,適合と統合の回 復を目指した. 症例 2 A. 1.70代女性 2.面接時間:約8分 3.医師名簿上の患者登録期間:2年 4.概略の受診回数:本人31回,娘64回,孫 5回 B. 1.提示症状:全身の痛み,両下肢のむくみ 2.伝統診断:シェーグレン症候群,関節リウ マチ,心臓弁膜症術後に腎機能障害が悪化, 喘息 C. 1.全体診断の手がかりを与えた面接前の症状 (特に医師―患者関係を通して) 当院にて本人自身の骨折などの外傷による治 療や外反母趾に対する靴の制作に加えて,娘や 孫の受診に付き添っていたことから,患者と医 師の関係性は良好であった. シェーグレン症候群,関節リウマチの治療は 自宅から約80km離れた専門病院に通院してお り,腎機能障害は自宅から約40km離れた病院 の専門医,心臓弁膜症は近医循環器開業医が主 治医であった.どの医師とも患者はよい関係性 を築いており,治療内容について特に問題な かった.最近,遠方への通院が困難となり,出 来るだけ通院が容易な所在の医療施設へ転院し たいとの希望があり,市内唯一のリウマチ膠原 病専門内科医を紹介した.その後,腰痛,右膝 痛,右母指痛,右足の打撲等で,対症療法的に 治療を行っていた. 2.面接の総括(特に医師―患者関係を通して) 当院で四肢,体幹の症状に対する診察中,患 者が終始浮かない表情をしていたため,気に なっていることがあるのか聴き出したところ, 転院してから全身の痛みが増強したことと,両 下肢の異常な浮腫が出現したことを挙げた.腎 機能障害の悪化のため,担当のリウマチ膠原病 内科専門医が抗リウマチ薬とステロイド剤を変 更した後から,症状がやや悪化した.両下肢の 浮腫の原因を同医師に尋ねたところ心臓のせい だと言われたが,その前には循環器科の専門医
にステロイドによる浮腫だと説明を受けてい た.リウマチ膠原病内科専門医は,自分の訴え る症状にはほとんど反応せず,素っ気ない態度 でほとんどの時間をパソコン画面だけ見て処方 し,診療を終わらせていた.前医との関係が良 好だったこともあり,転院先の現在の担当医に 対する不満は大きく,医師―患者関係の目標交 差状態が存在していた.両下肢の浮腫に対し て,総合病院の総合内科への受診を希望してい たため,可及的対処として支持した. 3.探求上のチェックリスト a 面接中におこったフラッシュ カチッとかみ合った,フラッシュに至った 状況ではなかった. b 面接中の医師の治療的働きかけへの患者の 反応 問題(problems) 資源(resources) 現状での問題 潜在した問題 現状での資源 潜在した資源 身 体 全 身 系 器 質 的 病 態 シェーグレン症候 群 関節リウマチ 心臓弁膜症術後 腎機能障害悪化 全身の関節痛の悪 化 両下肢の浮腫 喘息,満月様顔貌 ステロイド,抗 リウマチ薬,鎮 痛薬の変更 多量の内服薬 ADL,IADL の低下を来さ ない程の状態 を保持 機 能 的 病 態 心機能悪化 運 動 器 系 器 質 的 病 態 骨粗鬆症 胸腰椎圧迫骨折に よる,脊椎後弯変 形 膝関節の変形性変 化(Kellgren-Lawrence 分類 gradeⅡ) 全身の易骨折性 機 能 的 病 態 最大筋力低下 筋持続力低下 バランス機能低下 運動速度低下 急激にフレイル に至る可能性 ADL,IADL の低下を来さ ない程の機能 を保持 心理 寝たきりになる不安,抑うつ リウマチ膠原病 専門医の診療態 度への不満,診 療への不信 元々,理性的 で,落ち着いた 人格 社会 環境:離婚し実家 に戻ってきた娘と 小学生の孫との 3 人暮らし 参加:家事全般を こなし多忙 参加:孫の面倒 を主に見ている 環境・参加: 専門医との目標 交差状態 参加:カラオ ケサークルで の活動 環境:実地医家 との相互投資会 社を創りつつあ る 専門医は医家製 の病気の医師と しては問題なし 実存 生きる意味の喪失 QOL 低下 創造価値,体験 価値,態度価値 を獲得する可能 性あり
2つの医業と2つの病気に対しての理解を 求めようと考えたが,まだ治療に効果的な 心理的雰囲気である相互投資会社の十分な 構築はできておらず,現在の心理的状況で の受け入れは困難であると判断し,リウマ チ膠原病専門医の診察の継続を勧め,両下 腿浮腫に対する患者の提案である,総合内 科の受診を可及的に支持した. c 患者が医師に伝達しようとしたもの 整形外科的症状に隠れた自家製の病気とし ての,シェーグレン症候群,関節リウマチ 悪化および両下腿浮腫への不安と,自家製 の病気による痛みの要因がどの専門医から も特定されないことへの不満,専門医への 不満 d 患者が医師から獲得しようとしたもの 自家製の病気に対する傾聴,治療の期待は ない e 医師と患者の馴れ合いの程度 一般実地医家に対して,過度な過度依存と しがみつき関係はないが,有効な医師利用 には至っていない. D.全人的医療の患者評価表(Table 3) E.予測: a 短期的(医師―患者関係,患者の生活状況, そして総体的症状の観点から) 専門医の力量から,医家製の病気の良好な コントロールは見込めるが,医師―患者関 係は破綻寸前である.総合内科医の診断に より,下腿浮腫が積極的に治療すべき症状 ではないとの保証が,自家製の病気と医家 製の病気の適合に介入する第一歩となると 予測される. b 長期的(医師―患者関係,患者の生活状況, そして総体的症状の観点から) 完全回復の見込みのない多数の慢性疾患に 罹患し,家族は離婚し実家に帰ってきた娘 と小学生の孫の3人だけであり,身体, 心理,社会的問題による苦痛は生涯続くと 推察できる.患者は,今後急速に病状が悪 化しフレイルに至る可能性があり,医家製 の病気の専門医との繋がりは必須である が,医師―患者関係破綻の可能性は常に内 在すると考えられる. F.医師の後思考 専門医の診療方針はリウマチ膠原病治療の診 断推論に沿ったものであり,処方変更内容も納 得のいくものであり,現在の悪化状況は仕方の ないことと考えられる.ただ,医師―患者関係 に目標交差状態があり,患者のストレスは強く なる一方で,診療内容そのものへの不信に繋 がっているようであった.近隣には信頼できる 専門に特化した医師,医家製の病気の専門家が いないため,今後患者が,患者力を向上させ相 対的健康を獲得するためには,自家製の病気と 医家製の病気が適合できるような医療面接を続 け,社会的資源の活用も高め,有意味性の獲得 を目指していく必要があると考えられる. 症例 3 A. 1.13歳女子中学生 2.面接時間:約8分 3.医師名簿上の患者登録期間:4年 4.概略の受診回数:本人40回,長兄36回, 次兄46回,母2回 B. 1.提示症状:四肢体幹の痛み 2.伝統診断:鉄欠乏性貧血 C. 1.全体診断の手がかりを与えた面接前の症状 (特に医師―患者関係を通して) 5年前(患者8歳時点)から,長兄,次兄の診 療に母親とともに付き添い,当院医師との関係 性が築けていた.医師との会話も十分にあり, 関係性は良好であった.次兄は線維筋痛症の診 断にて当院で治療したことがあった.患者は中 学入学後女子サッカー部に入部,以後次第に全 身の痛みを認めるようになり,当院を受診し線 維筋痛症,極度の貧血,急激な体重増加を認
め,食事療法を中心とした生活指導にて症状は 改善し,体調に合わせての運動復帰が可能と なった.2か月後,再度全身の痛みが出現し, 当院を受診した. 2.面接の総括(特に医師―患者関係を通して) いつも母親が付き添っており,4回目の面接 までは,年齢不相応な依存的言動が見受けら れ,ふだんは出来ている状況の説明をあえて母 親に代弁させ,自身への悲観,怒りや不安な感 情を過度に表出することがあった.学校におけ る友人関係のストレス,家を出ていた2人の 兄が帰ってきたことによる居心地の悪さ,特に 〝その場にいない患者(absent patient) 4)〟である 説教がましい長兄に対する不快感を訴えてい た.従来,母親の依頼である家事の手伝いを引 き受けていたが,すべてを拒絶するようになっ ていた.初回面接から,線維筋痛症の病名を伝 えることを失念していた.5回目の面接に線維 筋痛症の診断を告げたところ,〝変化の瞬間 (moment of change) 9)〟が起き,悲観の度合い を強く表出し,泣き出した.6回目の面接では 症状は回復していなかったが,晴れやかな表情 をしており,母親への過度なしがみつきも見ら れなかった. 3.探求上のチェックリスト a 面接中におこったフラッシュ 5回目の面接で起きた変化の瞬間は,後日 の面接の様子から患者側から起きたフラッ シュであったと判断できた. b 面接中の医師の治療的働きかけへの患者の 反応 4回目の面接までは,患者は十分な受容を していたとは言い難い様子であり,医師の 働きかけにも治療的反応は見られず,目標 交差状態であった.5回目の面接で病名を 告げたときに変化の瞬間を認め,6回目の 面接では患者本人がしっかりと医師と受け 答えをしていた. c 患者が医師に伝達しようとしたもの 自家製の病気としての,不快な身体的症 状,心理状態にもかかわらず,周囲が理解 してくれないことへの孤独と不満. d 患者が医師から獲得しようとしたもの 自家製の病気の治療である,心理,社会的 状況のストレスに対する解決. e 医師と患者の馴れ合いの程度 過度依存としがみつき関係を形成しやすい ことは,医師と親しすぎることと,8歳の 頃からの性格特性から予測していたが,病 名を告げられてからは,治療関係としては 良好であり,母親と共に適切な患者の医師 利用を行うようになった. D.全人的医療の患者評価表(Table 4) E.予測: a 短期的(医師―患者関係,患者の生活状況, そして総体的症状の観点から) 一旦症状は改善したこともあり,6回目の 面接からは症状は快方に向かうと予測され る. b 長期的(医師―患者関係,患者の生活状況, そして総体的症状の観点から) 血行動態不良症候群 10)と血糖値スパイク, 低血糖を認め,次兄も線維筋痛症,血行動 態不良症候群の既往があり,母親も極度の 貧血であることから,発症の先天的素因が 存在すると考えられる.依存性の強い性格 特性から,心理・社会的ストレスを過度に 受け,何度も発症する可能性が大きいと予 測される. F.医師の後思考 初回面接から4回目まで,自家製の病気を 訴える患者へ適切な応答ができず,目標交差状 態であった.5回目の面接において線維筋痛症 の病名を告げたことで,患者にフラッシュが起 き,奇異で不快な身体症状への本人の納得と, 家族,学校関係者などの周囲の理解が得られる ことによる孤独からの開放が得られ,良好な治 療関係に至ったと考える.また,学校関係者 は,次兄の罹患の際の経験があり,患者である 生徒の対応を心得ていた.有益な相互投資会社
を構築していたにも関わらず,医師による適切 な相互投資会社の利用が出来ていなかったと反 省している. まとめ 患者力とは,患者が疾患を煩いどのような心 理的状況に陥ったとしても,医師や医療社会な どの社会的状況がどのようであっても,自らの SOCを高め,身体・心理・社会・実存的調和 による相対的健康を獲得する力と考えている. そのためには患者自身が取り巻く医療の現実を 理解し,自分と医療社会の関係を管理できる力 と,愁訴や疾患を患った際の自分自身の心理を 理解し,管理する力を獲得することが必要であ る. 医師の役割は,患者のSOCを高めるための 援助をすることである.現実主義のMichael 問題(problems) 資源(resources) 現状での問題 潜在した問題 現状での資源 潜在した資源 身 体 全 身 系 器 質 的 病 態 鉄欠乏性貧血 元来,健康 機 能 的 病 態 線維筋痛症; VAS 29mm 病的疲労感; PS 4 睡眠障害; AIS 9 急な腹痛 血行動態不良症 候群 低血糖,血糖値 スパイク 月経が 2 か月停 止,急な体重増 加,次兄に線維 筋痛症の既往あ り,母親が重度 の貧血 若年者で,一旦 回復したことも あり,継続的な 回復の見込みは 大きい 運 動 器 系 器 質 的 病 態 機 能 的 病 態 全身の脱力感 運動困難 元来,健康で運動能力も高い 心理 悲観,不安,抑うつ やや依存的 周囲に理解され ていない孤独と 不満 明るい性格 社会 環境:学校の友 人関係における ストレス 環境:長兄に対 するストレス 参加:休学中 環境:充実した 医師や医療スタ ッフとの相互投 資会社 環境:母親や学 校関係者の疾患 に対する理解 環境:地域で育 った子に対する 周囲の温かい見 守り 実存 学校生活ができない 学校生活に戻りたい
Balintとそのグループが研究した,医師の特性 や医師―患者関係に対しての,明快でユニーク に定義された言葉を利用し患者を現実の理解に 導き,自身の管理能力の向上に繋げることは, その実現のための1つのアイディアだと考え ている.また,医師や医療スタッフとの濃密で 持続的なロゴセラピー的接触が,患者の有意味 性の獲得に繋がることを期待している. 本論文の内容の一部は,第25回日本実存療 法学会および第7回国際全人医療学会におい て発表した. 本稿に関して申告すべき利益相反なし. 患者(症例1.2.3)および患者保護者(症例 3)に報告の許可を得た. 文 献
1) Stewart H:Michael Balint Object Relations Pure and Applied.(細澤仁・筒井亮太 監訳:バリント入門― その理論と実践.金剛出版,東京,p226, 2018)
2)永田勝太郎:全人的医療の視点から見たサルート ジェネシス(健康創成論)と実存分析.
Comprehen-sive Medicine全人的医療7(1):103-110, 2006 3) Balint E, Norell J S:Six Minutes for the Patient -
inter-actions in general practice consultation.(山本喜三郎 訳:6分間対話療法―実地医療における対話とフ ラッシュ(ひらめき),考古堂書店,新潟,pp5-46, 2005)
4) Balint M, Balint E:Psychotherapeutic Techniques in Medicine.(小此木啓吾 監修,山本喜三郎 訳:医 療における精神療法の技法―精神分析をどう生かす か.誠信書房,東京,pp97-248, 2000)
5) Balint M:The Doctor, His Patient and the illness.(池 見酉次郎,杉田峰康,松山茂,小野亨雄 訳:実地 医家の心理療法.診断と治療社,東京,pp353-393, 1967)
6) Oppenheim-Gluckman H:Reading Michael Balint -a pragmatic clinician-. Routledge, London, p57, 2015 7)池見酉次郎 監修,永田勝太郎 編集:バリント療
法―全人的医療入門―.医歯薬出版株式会社,東京,
p19, 1990
8) Frankl V E:Grundkonzepte der Logotherapie. (赤坂 桃子 訳:ロゴセラピーのエッセンス―18の基本 概念―,新教出版社,東京,pp35-36, 2016)
9) Elder A, Samuel O:While Iʼm Here Doctor:Study of Doctor-patient Relationships. Tavistock Publications, London, pp54-67, 1987
10) Delius L, Fahrenberg J:Psychovegetative Syndrome, Thieme, New York, p290, 1966
Balint therapy from the perspective of salutogenesis
:
To improve patient power
Katsuhiko Kiyama
*1, Naoki Shida
*2, Kazunari Sugiyama
*2, Kouki Kato
*2*1 Director, Kiyama Orthopedic Herb Clinic
*2 Kiyama Orthopedic Herb Clinic
According to Michael Balint, the purpose of whole-person medicine is to enable patients to understand themselves, discover enhanced solutions to problems they encounter, and integrate disa-bilities with their environment. He employed unique verbal expressions to explain the characteris-tics of doctors and the doctor-patient relationship. On the contrary, Aaron Antonovsky used the the-ory of salutogenesis to explain that sense of coherence(SOC)is important to ensure relative health at any stage of life. SOC comprises three elements:comprehensibility, manageability, and mean-ingfulness. It is believed that the enhancement of patient power may result in them creating their own relative health regardless of the medical society. Accordingly, it is imperative that patients first understand their surrounding medical society, especially doctorsʼ characteristics and those of the doctor-patient relationship. We are of the view that employing Michael Balintʼs unique verbal expressions will help create relative health, i.e., improve SOC.
Key words: patient power, Michael Balint, whole-person medicine, Aaron Antonovsky, sense of coherence(SOC)