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大学生の死生観・来世観: 沖縄地域学リポジトリ

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(1)

Author(s)

小西, 吉呂

Citation

沖縄大学紀要 = OKINAWA DAIGAKU KIYO(9): 130-148

Issue Date

1992-03-25

URL

http://hdl.handle.net/20.500.12001/5765

(2)

大学生の死生観・来世観

小西吉呂

目次 一はじめに 二調査の結果と分析 三おわりに はじめに 筆者は、昨年7月に脳死と臆器移植に関する学生の意識調査を行ない、その (1) 結果の一部を「沖大法学」誌上で公表する機会に恵まれた。本稿では、その際 公表を控えた死生観・来世観や死に対する一般的イメージを問う質問と、それ への回答の分析結果について報告させて頂く。これらの諸結果は、それ自身、 民俗学的には非常に興味深いものであるし、また、脳死と臓器移植の基底に横 たわる日本的あるいは沖縄的意識の-蝋を窺い知るうえでも、有意義な知見を もたらしてくれるであろうことが期待される。 (1)拙稿「大学生の脳死と臓器移植をめぐる意識」沖大法学11.12合併 号107頁以下(1991)。 調査の結果と分析 1.先の拙稿で詳しく触れた通り、調査は、県内の大学で法学関連科目を受 講中の2年次~4年次大学生240名に対して、調査票による集合調査という 形で行なわれた。その内、有効回答者は236名である。有効回答者の男女別 -130-

(3)

内訳は、男子185名、女子51名であった。 2.本稿で分析する調査票の質問は、死生観・来世観や死に対する一般的イ メージを問う次の3質問である。 問1さっそくですが、あなたは死後の世界の存在を信じますか。 1信じる 2信じない 3わからない 問1の①「信じる」と答えた人はその理由を書いてください。 理由: 問1の②「信じない」と答えた人はその理由を書いてください。 理由: 問2あなたは死ぬとどうなると思いますか。 1無になる 2魂が他の世界へ行く 3わからない 4その他( )

あなたは誰かにみとられて死ぬのがよいですか、それとも誰にも

みとられずに死ぬのがよいですか。 1誰かにみとられて死ぬのがよい 2誰にもみとられずに死ぬのがよい 3どちらともいえない 4わからない 問3 -131-

(4)

問3の①「誰かにみとられて死ぬのがよい」と答えた人はその理由を 書いてください。 理由: 問3の②「誰にもみとられずに死ぬのがよい」と答えた人はその理由 を書いてください。 理由: 3.以下では、先の拙稿と同じく(1)全学生、(2)県内男子学生と県内

女子学生の比較、(3)県内学生と県外学生の比較、という順序で上記の質問

に対する回答結果(付表1,2,3)を提示し、これらについて若干の分析を 試みたい。 (1)全学生の意職 ①死後の世界の存否に関する問1(図①)では、「信じる」が過半数を占 めている。意外な結果か、それとも十分納得できる結果か。また、今日の世相 の反映であろうか、それとも ありふれた世間一般の風潮で あろうか。 「信じる」理由をたずねる 問1の①では、マスコミや友 人。知人などからの情報によ るとする学生が少なくない。 それ以外には、「何となく」 信じる者、肉体と霊魂あるい は身体と心との二元性を根拠 とする者、本人の帰依する宗 図①あなたは死後の世界を信じますか。 -132-

(5)

教を挙げる者、生まれ育った地方からの影響を語る者、などが目につく。 やや特異と思われるものに、「死後の世界を見たことがあるから」や「私お よび家族はその世界を見たことがあります。真面目な答えです」がある。周知 の通り、近時、臨死体験やこれに類する話題がテレビ、雑誌などのマスコミを にぎわせている。『光の彼方に-死後の世界を垣間見た人々-』といった、刺 激的な題名の出版物も数多い。医科学や超心理学など、学術的専門的にもこの 方面の研究が蓄積されつつある。そうした動向のもとでは、上記の学生の理由 も、特異ではあっても無視できるものではない。ただ、具体的にどのような世 界を見たのかはわからない。金縛りや予知夢の類も「その世界」に入るとすれ ば、それはかなり広い内容を含むものとなろう。なお、「信じる信じないでは なく、必ずあると考えるべき」と主張する学生もいる。これなどは、キュープ ラー・ロスが死後生存を信じるのではなく知っていると断言するのに似ている。 他方、「信じない」理由をたずねる問1の②では、死後の世界の非科学性や 虚構性を理由とする者が目立っている。 ②問2(図②)では、「魂が他の世界へ行く」が半数近くを占めている。 この結果は、問1の「信じる」 学生との間に一定の相関関係 を予想させる。 問2の「その他」として、 「自然にかえる」、「士にな る」、「エネルギーが宇宙に かえる」、「この世にかえっ てくる」、「違う物として生 きている」、「聖書に記され ている真実のようになる」な どがあり、学生の豊かな意識 図②あなたは死ぬとどうなると 思いますか。 -133-

(6)

を感じさせる。そして、これらの回答の一部は、とくに再生信仰の問題とも関 わるであろう。古くは人々の共通認識であった再生観は、魂不滅の思想の典型 例であり、過去、現在、未来を一体として捉え、あの世とこの世を連続したも (1) のと見倣すものである。とも力、く、再生観にせよ来世信仰にせよ、それらによ れば、魂はどこかで生き続けることになる。 他方、魂というのは意識の働きであり、この意識の働きは頭脳の働きである から、人が死んで頭脳が腐敗してしまえば、意識の働きも失せ魂も消失すると 考えるのは、上記の再生観や来世信仰とは相容れない一個の常識的理解である (2) と思われる。し力、し、すでに紹介した通り、半数近くの学生は「魂が他の世界 へ行く」として、こうした理解を示さなかった。過半数の学生により死後の世 界が信じられている以上、何かがその世界に到達しなければならない。それが

魂なのであろう。実際、問1で死後の世界を「信じる」と答えた学生の中には、

問1の①でその理由として「魂などが人にはあると考えていて、その魂だけ集 まる所があると思うから」、「身体は死んでも魂は生きていて、その魂の生き る場所は必ずあるから」、「死後、体とは違う人間の精神の行き場所はあるは ずだから」などを挙げる者が少なくないのである。ちなみに、これらの学生は いずれも県内の学生であるが、その理由づけは沖縄の民俗的風習とも関係する

のであろうか。この点に関し、沖縄人の再生信仰を理由に、沖縄には死者の魂

(3)

が赴くこうした他界への信仰は存在しなかったであろうとする学者もいる。こ

こでは、魂が他界で生き続けるのか(来世信仰)、それともこの世で別人・別

物として生まれ変わるのか(再生観)、が問われる。県内・県外を問わず、魂

の行き場所としての死後の世界が有力に支持されている一方で、すでに触れた

通り、「この世にかえってくる」、「違う物として生きている」といった再生

観に根ざした回答も見られた。いずれの場合においても、魂の存在・不滅が前

提とされていることは確認されるのであるが、今回の分析ではこれ以上立ち入

らない。 -134-

(7)

③問3(図③)では、「誰かにみとられて死ぬのがよい」が圧倒的に多い。 い) ちなみに、日本人の遺体観念を考察したある研究で、日本人は死の間際にで きるだけ多くの身近な人にみとってもらうことを重視していること、死体が誰 からも護られずに放置されていることは非常に忌み嫌われること、などが指摘 されている。上記の調査結果と照らし合わせても、興味深い指摘である。 無回答では、なぜ「誰かにみとら 1.3% れて死ぬのがよい」のか。そ の理由をたずねる問3の①で は、一人で死ぬことのさびし さ、むなしさ、おそろしさを 挙げる者が非常に多い。また、 自己の存在の他者による再認 識、遺体処理への気遣いを挙 げる者も少なくない。他には、 死亡したことの確認、「誰か に一言いったり、誰かを一目 見たいから」、「遺言などを Iこいい体験になるから|など

蹴噸

図③あなたは誰かにみとられて死ぬのがよいですか、 誰にもみとられずに死ぬのがよいですか。 残すため」、「人の死をみとるのは、生き残る人にいい体験になるから」など がある。これらは、死の受容の仕方、そのあり方とも関係するであろう。この 方面は、いわば死の医学として今後益々大きな問題になるものと思われる。

さらに、「誰かにみとられて死ぬのがよい」の興味深い理由として、「誰に

もみとられなかったら、あの世へ行っても悔いが残り、この世に戻ってきそう

だから」や「誰にもみとられずに死んだら、この世に何かを忘れてしまいそう

だから」がある。両者とも、死後の世界や死後の霊魂の生存を前提にして語ら

れた理由である。こういう形で、問1.問2と問3が関連することは予想外で

あった。もっとも、死者が「遺体」という形をとって、関係者に対して何らか

-135-

(8)

の意思や権利や要求を突きつけているとする意味での遺体観は、日本人に伝統 (5) 的なものである。前記の学生の理由は、こうした遺体観との結びつきを予想さ せもする。また、この問題に関しては、前稿でも紹介したが、「人の生死は、 全て本人にその権利があると思う。私には、人の精神と肉体を分けて考えにく いので、死体の処理も本人が望む通りにしてほしいと思っている。脳死は人の 死だと思うが、死後の世界は誰にも分からないと思っている。だから、死後の 肉体の処理も、本人の宗教観や死生観に乗っとってあくまでも本人の意思を尊 重すべきだと思う」という、脳死と死生観をめぐる詳細な感想も寄せられてい た。ここでは「生者の価値がなぜ死者の価値をうわまわるのか」という根本的 な疑問が、「死者の意思を如何に実現するか」という形で提起されているよう に思われる。この感想を、やはり前稿で紹介した次の感想と対比すると、非常 に興味深い。脳死と臓器移植に関する「こういった問題は上の人が決めるので はなく、国民の合意によって定まるべきものと考える。要は、この社会は現実 に生きている人によって成り立っている。生きている人の意思を尊重すべきな のだ。死人には基本的人権はない」。この学生は、本人の意思よりも残された 者の意思を脳死移植問題で重視すべきだとしている。しかし、この「死人には 基本的人権はない」とする考えはどちらかといえば少数であり、多くの学生は (6) 死者やその意思に格BIの意味を認めていたといえる。 ところで、不慮の死・事故死では、誰にもみとられずに死ぬことが一般的で あろう。この点に関して、ある学生は問3で「どちらともいえない」を選択し つつ、アンケート末尾の感想記入欄では「僕の理想とする死に方は、たとえば

交通事故などで『即死』するパターンです」と興味深いことを述べている。癌

による死と心筋梗塞による死のどちらを選ぶかをめぐり、日本では「あっとい う間に死ねる」という理由から9割以上が後者を選ぶのに対して、アメリカで .(7) は3割程度カャ前者を選ぶとされる。この学生などは、そうした日本人の意識を

垣間見させる。「死の準備教育」が進められつつあるアメリカと、何かにつけ

-136-

(9)

死を「伏せ字」にする日本との文化的違いであろうか。 他方、「誰にもみとられずに死ぬのがよい」の理由をたずねる問3の②では、 「自分は静かに死んでしまいたいから」、「自分のことを完全に忘れてほしい から」、「人がまわりにいると別れがつらいから」、「他の人を泣かせたくな いから」、「自分の死顔を誰にも見せたくないから」、「苦しんで死ぬのなら、 悲惨な姿を見られたくないから」などが挙げられている。これらの理由では、 周囲の者への配慮、品位や尊厳の維持なども問題になっているようである。 県内男子学生と県内女子学生の比較 は、県内の男女学生 (2)県内男子学生と県内2 以下では、県内の男女学生 について、とくに女子の回答 傾向に着目しつつ分析を試み る。 ①問1(図④)では、男 女とも「信じる」が過半数に 達している。男女の比較では、 女子が男子を約10%上回っ ている。他方、女子は「信じ ない」が極めて少ない。性差 があらわれているようである。 沖縄では、霊能者のユタが 様々な観点から話題にされる が、それらの多くは、女子で ある。そして、県外でも、た とえばイタコやオカミサマに ついて、同じ特徴が見られる。 男子 女子 OU

わからない 信じる 信じない 図④あなたは死後の世界を信じますか。 -137-

(10)

意識調査の結果は、こうした事実と結びつけて問題にすることができよう。し

ばしば指摘されるように、女子は予知能力をはじめとした霊能に長けている。

また、女子が常日頃から祭祀に深く関わることにも留意すべきである。沖縄で

も、家庭の主婦ら女子が時として死者の「魂しずめ」を主宰しており、ユタ誕

生の一因になったとされる。そして、ユタはその多くが来世や他界のことに関

わりをもっており、死者の世界たるグショウ(後生)のことに通暁していると

(8) もされるのである。

とくに女子について「信じる」理由を見てみると、「全学生」の分析で指摘

したマスコミや友人・知人などからの情報によるとする者が目立って多いが、

他には、世界・自然の存在自身がもつ不可思議性や未解明を理由に挙げる学生

も少なくない。後者の理由に関係しては、「生まれる前もこの世があることを

知らなかったし、死んだ後の世界も、その存在は知られていないだけで、きっ

とあると思う」というものもある。なるほどと思わせる理由である。

他に興味深い理由を、やはり女子について紹介しておく。「霊、俗に幽霊を

よく見るし、話もするので、疑いようがない」。これは、自己の体験に基づい

て語られている。彼女にとっては、死後の世界を信じるかどうかが問題なので

はなく、知っているかどうかが問題なのであろう。いずれにせよ、その体験を

詳しく知りたいところである。

②問2(図⑤)では、男女とも「魂が他の世界へ行く」が半数を占めてい

る。ただ、女子が若干多く過半数に達している。反対に、「無になる」は男子

が27.6%、女子が26.1%で、それほど開きはない。ちなみに、「沖縄

人の信ずるところでは、人間の霊魂は人の死んで後も永続する。だから人の霊

(9)

魂Iま永遠不滅である」とされる。この沖縄の霊魂観については、後述したい。

③問3(図⑥)では、男女とも「誰かにみとられて死ぬのがよい」が非常

に多い。とくに女子は約10%男子を上回っている。女子の割合が多い一因と して、「誰かをみとってあげたい」という心理の裏返しも、無視できないよう -138-

(11)

に思われる。ある女子は、みと られて死ぬのがよい理由を次の ように述べている。「一人で死 ぬのはすごくさびしく感じる。 私のまわりに死にそうな人がい たら、私は最後はみとってやり たいと思うから」。他にも同様 の理由を挙げる女子がいる。女 子の場合、「看てあげたい」、 「世話したい」という女子に比 較的共通の心理が、裏側から回 答へ投影されているように思わ れる。 他に性差との関係は不明であ るが、次のように詳しくみとら れて死ぬのがよい理由を語る女 子がある。「死ぬ前に会ってお きたい人がいるし、自分が死ぬ ことで悲しむ人がいないように 話をしてから死にたいから」、 「人間は弱いものだし、それを ささえてくれる人間を探すため に人生があると思うので、死ぬ 間際にだって誰かにいてほしい と思います」。 %帥 。0

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魂が他の世湖

な あ 無になる⑤ 図 わからない その他 とどうなると思いますか。 %、別別仙釦加加

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匠司女子

みぬみ死どいわ無 とのといちえ力、回 らがらのらなら答 れよれがといな てい ずよ1コい 死にい 図⑥あなたは誰かにみとられて死ぬのがよいですか、 誰にもみとられずに死ぬのがよいですか。 -139-

(12)

(3)県内学生と県外学生の比較

回答者の割合は、県内学生209名に対して県外学生27名である。したが

って、適正な比較を行なうことはできず、信頼するに足る分析も期待しえない。

以下では、ごく大雑把な傾向を指摘するにとどめたい。ただ、このような不十

分なデータのもとでも、沖縄と本土の死生観・来生観の違いがある程度浮かび

上がってくるように思われるのは興味深い。

①死後の世界の存否を問う問1(図⑦)では、県内学生と県外学生とも、

「信じる」がほぼ同率で半数を超えている。しかし、「信じない」の回答は県

外学生が県内学生を上回っている。逆に、「わからない」は県内学生が県外学 生を上回っている。両者間で「信じない」と「わからない」の割合がほぼ正確 に逆転した格好である。 「信じる」理由としては、 すでにたびたび紹介してきた 県内 ように、マスコミ、友人・知 県外人の影響を挙げる者が多い。 県内学生の中には、他に「子 供の頃からあたり前のように 聞かされているから」や「ユ タの言葉から」を挙げる者が あり、沖縄の独自性を感じさ せもする。この沖縄の独自性 という点であるが、筆者が当 地に赴任して興味深く思った ことの一つに墓制がある。墓 の大きさや形が本土のそれと は随分違うこともそうである %的 50 40 30 20

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10 信信 わ じじ 力、 るな ら い な い 図⑦あなたは死後の世界を信じますか。 -140-

(13)

が、何よりも住宅のすぐ裏や隣に墓(地)が存在することに大変驚いた。今に u⑪ して思えば、沖縄では、来世を「今日そのままの延長と見る」と力、、グショウ 0,

(来世)が「ことのほ力、近い所と考えられている」といわれるように、生と死

が霊魂の存在を媒介として比較的連続した関係で捉えられていること、そして、 上述した墓の在り方はそうした関係の一個のあらわれなのであろうこと、に気 づかされる。また、祖霊の居場所としての門柱墓に見守られるという意味にお いても、霊魂や墓の存在が比較的近しいものとして認識されているように思わ

れる。他方、母体を形どっているとされる亀甲墓では、その墓口が性器をあら

(、 わしており、人を胎内で生まれ変わらせるという再生の思想力、あるという。こ のように、沖縄では、墓制と死生観や霊魂観がとりわけ密接な結びつきをもっ て語られている。 県外学生について他の「信じる」理由をまとめると、霊体験や帰依する宗教 を挙げる者が複数名いる。前者に関係しては、「私は幼い頃から霊を見たり、 感じたりして、おはらいをうけたりしていたから」というのもある。ここでは、 すでにいくつか紹介したところの霊体験が語られている。 他方、県外学生の「信じない」理由としては、非科学性、「人が死ぬことは、 無になることだと自分は思うから」、「生き物は、皆死んだら死んだ瞬間から 違う生き物として生まれ変わっていると思うから」などがある。後者の理由は、 すでに触れた再生観の典型であろう。 ②死ぬとどうなるかを問う問2(図8)では、両者の間にやや違った傾向 が見受けられる。県内では「魂が他の世界へ行く」が回答のほぼ半数を占めて いるのに対して、県外では約4分の1にとどまっている。その分県外では「無 になる」が高い割合を示している。沖縄独特の死生観。霊魂観が存在すること を示唆しているのであろうか。たしかに、霊魂と肉体とは別個のものであると u⑳ いう意識力《本土よりも一層強い沖縄では、この(霊)魂をめぐって実に豊かな 理解が示されているように見える。たとえば、死者の魂たるシニマプイ(死霊) -141-

(14)

と生者に宿るイチマプイ(生魂)が区別される。人が死ぬということは、イチ マプイがカラダ(肉体)から永久に離脱することであり、その人に死霊がつく qO ということであるという。上記のような魂をめぐる理解力《、程度の差こそあれ、 多くの県内学生に影響を及ぼしているのであろうか。もっとも、そうした霊魂 観に精通している県内学生は今日思いの外少ないことが、その後の学生に対す る聞き取り調査や雑談・対話などで筆者の知るところとなっている。したがっ て、多くの学生の理解としては、漠然と魂の存在を信じているという程度の域 をでていないようである。しかも、それらは沖縄独自のマプイ的なものという よりは、マスコミなどを通しての通俗的オカルト的なもののようである。マプ

イという言葉すら知らない学生も少なくない。しかし、そうではあるとしても、

県内の学生が魂の存在を沖縄の民俗的伝統のようなものに根ざして信じている

ことも完全には否定できないように思われる。前稿ですでに紹介した通り、あ

る県内学生が「沖縄の場合、死後も肉体に魂が宿っていると考えているので、

脳死と判定して臓器を取りだして、他人に移植することもよいとは思えない気

がする。文化的背景からも肉体を切りきざむのはよくない」として、魂と肉体

。③

の特別の関係を問題Iこしていたのが思いだされる。ただ、「死後も肉体に魂が

宿っている」という場合、死の直後であることからイチマプイが肉体から離脱

しきっていないと考えているのか、それともシニマプイがすでに宿ったと考え

ているのか、あるいはまったく別のイメージを描いているのか、などは不分明

である。なお、やはり前稿で紹介した通り、「現段階では、臓器移植はなされ

たとしても一年ももたない傾向があるが、それはやはり人間の身体と魂が密接

につながっていると思うからです。魂には関係なく身体の一部から臓器を取り

だし、他人の身体に取りつけたりしても、身体がもたないのは当然だと思いま

u⑤

す」と語る県内の学生もいた。こうした遺体に対する特別の感情lま、沖縄の

「献体思想の低さ」という形で非難されもする。いずれにせよ、肉体や臓器は

魂の宿り場であり、魂は死により離脱してもまた戻るかもしれず、戻らない場

-142-

(15)

合でもしばらくは宿り場にこ だわるものだという古代の積 儀礼に関わる観念は、県内・ 県外を問わず、依然日本で生 き続けているのかもしれない。 そして、こうした遺体へのこ だわりが、臓器移植への一個 の強力な抵抗になることは否 ⑰ 定できないであろう。 ③問3(図⑨)でも、両 者の間に違った傾向が見受け られる。県内・県外とも「誰 かにみとられて死ぬのがよい」 が多いものの、県内の方が約 10%高い割合を示す。反対 に「誰にもみとられずに死ぬ のがよい」は県外で高い割合 を示している。 「誰かにみとられて死ぬの がよい」の理由として、すで に紹介した通り、県内・県外 共通に、さびしさ、むなしさ、 おそろしさをを挙げる者が多 い。他に県外学生について理 由を見てみると、「最後に何 % 60 県内 50 県外 40 30

Mi「し

20 10 無’魂界 にがへ な他行 るの〈 世 図⑧あなたは死ぬとどう わそ かの り他 な い なると思いますか。 %印 50 40 30

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20

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10 みぬみ死どいわ無 とのといちえ力、回 らが らのらなら答 れよれがといな ずよ ていもし〕 死にい 図⑨あなたは誰かにみとられて死ぬのがよいですか、 誰にもみとられずに死ぬのがよいですか。 力、をし って死にたいから」、 143

(16)

「自分が確かに死んだということを、周囲の者たちにはっきりと知らしめたい から」、「死後の後始末をしてもらいたいため」、「自分が死んでも、ある人 の心の中で生きていたいから」、「自分の親が死んだ時みとれなくて、死んで から3年たった今でもまだ親が生きているような気がするので何かすっきりせ ず、自分の子などには、そういうふうにはなってほしくないから」などがある。 もっとも、これらの理由は、とくに県外の地域性を示すものとはいえない。 他方、「誰にもみとられずに死ぬのがよい」の理由をやはり県外学生につい て見ると、「湿っぽいのはいやだから」、「自分の結末に幕を引くのは自分で あり、他人は傍観者にすぎないから」などがある。 (1)赤田光男『祖霊信仰と他界観』33頁(人文書院、1986)。 (2)森三樹三郎『生と死の思想』64頁(人文書院、1990)。ちなみに、 沖縄でも、イチマプイ(生魂)とシニマプイ(死霊)を区別するが、生者 に宿るイチマプイは、やはり意識を意味しているとの見解がある。又吉正 治『霊魂とユタの世界』28頁以下(月刊沖縄社、1987)。 (3)酒井卯作『琉球列島における死霊祭祀の構造』339頁以下(第一書房、 1987)。もっとも、マプイが具体的にどのように再生するかは、筆者 の乏しい読解力のため本書からは不分明である。 (4)波平恵美子『脳死・臓器移植・がん告知一死と医療の人類学一』21, 60~61頁(福武書店、1988)。 (5)波平・前掲注(4)46~47頁参照。 (6)以上の学生の意識につき、拙稿「大学生の脳死と臓器移植をめぐる意識」 沖大法学11.12合併号131~132頁(1991)。 (7)水野肇『脳死と臓器移植』93頁(紀伊國屋書店、1991)。 (8)谷川健一「ユタと沖縄の人びと」『谷川健一著作集第6巻』404~ 406頁(三一書房、1981)。さらに、谷川によれば、ユタは僧侶に -144-

(17)

かわって死者の世界を司ると形容される。谷川「あかるい冥府」「谷川健 一著作集第6巻」252~253頁。 (9)照屋寛範「沖縄の宗教・土俗」57頁(星印刷所、1957)。 (10)照屋・前掲注(9)93頁。 (11)高江洲義英「南島のコスモロジーと死者儀礼」現代思想12巻7号11 3頁(1984)。 (12)比嘉朝進『沖縄の信仰用語」31頁(風土記社、1991)。なお、名 嘉真宜勝、恵原義盛『沖縄・奄美の葬送・墓制』152頁(明玄書房、1 979)。 ただし、「亀甲墓母体説」を否定する研究も有力である。沖縄タイムス 1992年1月27日付夕刊参照。 (13)桜井徳太郎、谷川健一、吉野裕子「鼎談沖縄の生と死一日本人の死生 観の原像をもとめて-」『伝統と現代保存版』86頁(伝統と現代社、1 983)。 (14)植松明石「死者・先祖一沖縄、台湾(漢人社会)の事例から-」沖縄文 化研究14号138,145頁(1988)、谷川健一『民俗論の原像』 180頁(伝統と現代社、1974)。 もっとも、イチマブイとシニマブイの関係は微妙であり、同じものが変化 するのか、それとも本来別個の存在なのかは明確でないとされる。桜井徳 太郎『沖縄のシャマニズムー民間巫女の生態と機能一』35~36頁(弘 文堂、1973)。この点に関し、あるユタはイチマプイがシニマプイに 変化すると主張している。月刊沖縄社編『ユタと霊界の不思議な話」98 頁(月刊一縄社、1990)。 (15)拙稿・前提注(6)123頁。 (16)拙稿・前提注(6)126頁。 (17)佐々木宏幹『聖と呪力』37頁(青弓社、1989)。 -145-

(18)

おわりに 筆者の沖縄における生活もすでに4年を経過し、わずかながらではあるが、 筆者自身の沖縄への関心をまとまった形で捉えることができるようになりつつ ある。先の拙稿と併せて、今回、ささやかながら沖縄をテーマに考察をめぐら

すことができたことを、心から嬉しく思う。もっとも、本稿は何分にも限られ

た資料に基づく分析であるため、今後もこの種の調査を継続して行ない、資料

の蓄積に努める必要を感じる。幸いにして、現在、宇流麻学術研究助成基金か らの援助を得て、県内医療関係者に対する同様の調査を実施中であり、差しあ たりその分析に期待したい。 -146-

(19)

[付表1] 1.全学生の恵鐵 問1さっそくですが、あなたは死後の世界の存在を信じますか。 1信じる 2信じない 3わからない ●●■ 【、二m)《四三m)(〕(西) {」(四)『■■((リヱ】 820 %%% 問1の①「信じる」と答えた人はその理由を書いてください。(省略) 問1の②「信じない」と答えた人はその理由を書いてください。(省略) 問2あなたは死ぬとどうなると思いますか。 ●●●● (一正()|●【、)(叩】】)『》〃00 (叩〃]“勾如」・イ00- 4312 %%%% 1無になる 2魂が他の世界へ行く 3わからない 4その他 問3あなたは誰かにみとられて死ぬのがよいですか、それとも誰にもみとら れずに死ぬのがよいですか。 %%%%% 32673 1誰かにみとられて死ぬのがよい 2誰にもみとられずに死ぬのがよい 3どちらともいえない 4わからない 5無回答 62. 7. 24. 4. 1. 問3の①「誰かにみとられて死ぬのがよい」と答えた人はその理由を書いて ください。(省略) 問3の②「誰にもみとられずに死ぬのがよい」と答えた人はその理由を書い てください6(省略) -147-

(20)

[付表2]2.県内男子学生と県内女子学生の比較 県内男子学生 問11信じる51.5% 2信じない19.6% 3わからない28.8% 県内女子学生 60.9% 6.5% 32.6% 問2 1無になる 2魂が他の世界へ行く 3わからない 4その他 27. 46. 19. 6. %%%% 6661 26. 52. 15. 6. %%%% 1225 問3 l誰かにみとられて死ぬのがよい 2誰にもみとられずに死ぬのがよい 3どちらともいえない 4わからない 5無回答 60. 8. 23. 5. 1. %%%%% 70958 71.7% 0% 23.9% 4.8% 0% [付表3]3.県内学生と県外学生の比較 県内学生 問11信じる53.6% 2信じない16.8% 3わからない29.7% 県外学生 55.6% 29.6% 14.8% 問2 1無になる 2魂が他の世界へ行く 3わからない 4その他 ●●●● 『〉。〃。[》〃〃0(u三一叩》(←【叩) (函ダニ】△ロ加一一一勺00- 3972 %%%% ●●●● 【一グ80|」『四》(四二〃】●幻バー( 、夕『U(四/](叩/】勺00- 0928 %%%% 問3 1誰かにみとられて死ぬのがよい 2誰にもみとられずに死ぬのがよい 3どちらともいえない 4わからない 5無回答 ●●●●● (叩く餌)(←{叩》(、『胡)|’【幻』)|『00- (』叩) (叩〉〃】 %%%%% 22934 ●●● P●【四)。”夘一。(叩】一望) 一●【四)ご●00-《四一〆】 68600 %%%%% -148-

参照

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