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戦後沖縄における就業構造の推移: 沖縄地域学リポジトリ

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Title

戦後沖縄における就業構造の推移

Author(s)

白戸, 伸一

Citation

沖大経済論叢 = OKIDAI KEIZAI RONSO, 12(1): 49-71

Issue Date

1987-09-30

URL

http://hdl.handle.net/20.500.12001/6763

(2)

戦後沖縄における就業構造の推移

白戸伸 はじめに L人口の推移 2.就業構造 (1)1955年以降の特徴 (2)今日の産業別就業者構造 はじめに 小稿は、沖縄県を対象に、地域経済の発展過程とその問題点を解明する作業の一 環である。1972年に本土復帰となった沖縄経済は、その歴史のゆえに独特の過程 を辿らざるをえなかった。また、地理的特性から離島問題を抱えてきた。そのこと を、人口動態や就業構造の側面から把握しようと試みた。依拠した主な資料は、 『国勢調査報告書』、沖縄大学家族問題研究会アンケート調査等である。十分な解 明には至っていないが、分析にあたっては、県内をいくつかの地域に分けて、それ ぞれの地域の特徴を解明することに心掛けた。 1.人ロの推移 まず、最近の国勢調査の結果(1980.1985年)をもとにして、沖縄県内の人口 動態をみるOいい .!.. 1985年国勢調査における県総人口は、約118万人、うち市部79万7,000人 (67.6%)、郡部38万2,000人(324%)であり、人口の3分の2が市部に集 中してる。県内には10市があり、最多人口は那覇、最少人口は、石川である。 -49-

(3)

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(4)

那覇市(全体の25.8%)沖縄市(8.6影) 浦添市(#い6.9%)宜野湾市(59%)○ ●●●● 石ノ11市(1.7%) 人口増加の著しいのは(80-85年)、市部では浦添(増加率16.1%)、宜野 湾(10.6%)、郡部では西原町(34.8%)、南風原町(20.6%)、北谷町(187 %)、ちなみに那覇市は2.7%である。県全体の増加率は6.6%である。 最大の人口を抱えているのは、相変わらず那覇市であるが、その週辺地域が急速 に人口を増加させてきていろ(図1)。つまり、】噸市の人口は、たとえば人口密

度で2位の浦添市の約2倍(7995.6)になっており、ほぼ横這い、微増となって

いるが、周辺地域に人口増加をもたらし、市街地の急速な拡大が那覇市を中心とし てみられる。 郡部は、全体的に低い伸びに留まっている。ただし、北谷・西原・南風原にみら れるように、中頭・島尻郡の一部(那覇市周辺地域)では急増している。そのいつ ぽうで、宮古のようにマイナス(-2.8%)もみられ、過疎化を指摘せざるをえな い。 以上のような傾向を、過去35年間のなかで見直すとどうなっているか。二つの 図は、実数の推移(図2)とその指数による推移(図3)である。1950年から1985 年に至る35年間に、県全体では約70万人-.118万人(1.7倍)、市部は約35万 人→約80万人(2.3倍)、郡部は約35万人→38万人(L1倍)となっている。指 数で増加傾向をみると、市部が県全体を上回り、郡部が下回っていろ。その際、市 部が1970年に若干増加率を下げるものの、一貫して増加傾向であるのに、:郡部は 1970年までは減少、それ以降は増加という違いがみられる。とすれば、単純に市 部の増加、郡部の停滞とはいえない。 市部の人口増加状況を個々にみると、最大の那覇市では1970年頃より増加率が 停滞し始め、他方では周辺地域の急増がみられる。ことに、浦添市は35年間で約 6.9倍、1970年→1985年の間でも約2倍という驚くべき増加を示している。 郡部においては、国頭郡や離島地域である宮古・八重山郡がほぼ一貫して減少し ている。特に八重山はこの10年間は停滞しているものの、35年間に3分の1以下 に減少している。ところが、同じ郡部でも中頭・島尻両郡は、それまで微増ないし 停滞していたのが1970年頃を境に増勢を強めている。特に豊見城村・南風原町. -51-

(5)

西原町などは1970年-1985年の間に、2.3~2.9倍という急増ぶりを示してい ろ。これらの町村は2噸市に近接しており、70年代以降】鰯市の人口が伸び悩ん■」 でいるのとは対照的に周辺地域の人口急増が明らかとなっていろ。 図21950年以降の沖縄県人口の推移(実数) 万人 120 110 100 90 80 m 60 50 40 35 80 25 20 15 10 8 6 ,4 2 0

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(6)

図31950年以降の沖縄県人口の推移(指数) / / /

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(7)

したがって、本島内の国頭郡と離島地域の過疎化傾向とS北谷から豊見城にかけて の一帯の、那覇市の飽和状態を緩和すべ<70年代より顕著となった過密化傾向が、 県内において顕在化しているのである。 この点は-世帯当たりの人数の推移にも現われている。県全体では1950年487 人→1985年353人と減少していろ。減少の顕著なのは離島地域である。八重山 郡は同時期に5.91人→2.68人、宮古郡は6.39人→3.75人と大幅な減少となって いろ。本島内でも国頭郡は469人→333人とかなりの減少を見せていろ。その際、 県平均の世帯(3.52人)を下回っているのが、ガ鰯市及び浦添市・宜野湾等の主 要都市であるいつぽう離島及び国頭郡であった。 両者には、世帯内容の相違がある。すなわち、主要都市及びその周辺部では、20・ 30代単独世帯・核家族(夫婦のみ・夫婦十子供・母子ないし父子家庭)の比率が高 い。厳密には沖縄・浦添両市と南風原・豊見城など那覇周辺町村では、核家族化が 顕著であり、那覇・宜野湾では単独世帯が多い(図4.5)。いつぽう離島及び国 頭部では、65歳以上の比重の大きい単独世帯がかなり高い比率を占めているのと 同時に、相対的に核家族は少ないが老夫婦のみの世帯がきわめて高い(図4で離島 及び国頭郡に属する村の、65歳以上親族を含む核家族の比率がきわめて高いが、 この場合の核家族は夫婦のみのケースが高率を占めている)。このことは、就業構 造や家計収支の地域的差異を検討する場合に、考慮する必要があろう。 -54-

(8)

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(10)

2.就業構造 (1)1955年以降の特徴 沖縄県下における全就業者数の推移をみると、戦後順調に増加していたのが、 1967年をピーク(約42万人)にして急減し、復帰直後の1973.4年には1957. 8年の水準(約36万人)にまで後退していろ(図6)○その後は再び増勢に転 じ、1979年には67年の水準にまで回復し、以降も順調に増加している。 図6沖縄県の産業別就業者数の推移 万 48. -.-全就業者数 46 ̄第3次産業就業者数 一一第2次産業〃 44 ---第1次産業〃 42

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(11)

復帰前後の就業人口のこのような急減は、如何なる理由によるものだろうか。労 働力人口の推移と対照してみると、1971年まではほぼ同じ傾向がみられる。つま り、労働力人口の減少=非労働力人口の増加ということになる。これは、進学や高 齢者の増加、その他の事情によると思われろ。しかし1972年以降、就業者数の減 少・停滞と労働力人口の増加が併存しており、両者は明らかに乖離している。その 結果が完全失業者の急増となって現われていろ(1971年には1万人を突破し、 翌72年には3万人へ)。 この事情の解明には、産業別就業者数の推移の検討が有効だろうd図6で明らか なように、第1次産業は1957年以降一貫して減少傾向にあり、反対に第2次・第3 次産業が増加傾向にあることがわかる。すなわち、67年のピークは第1次産業の 減少を上回る第2次・第3次産業者数の増加の結果であり、その後の減少は第1次 産業における急減、第2次・第3次産業の労働力吸引力の相対的低下をともなって いる。その意味では、第1次産業から押し出された労働力が失業を急増させたとい えよう。そして、70年代後半からの急速な回復は、第1次産業における減少が止 まり、横這い状態となったことと、第3次産業の吸引力が再び増加し始めたためで ある。 このような変動により、産業別就業者構成は1961年までは1位:第1次産業、 2位:第3次産業、3位:第2次産業、1962年~71年は1位:第3次産業、2 位:第1次産業、3位:第2次産業、1972年以降は1位:第3次産業、2位:第 2次産業、3位:第1次産業、という順序になっていろ。したがって、形式上は産 業の高度化の進展と捉えうる。 ところが、この構成を全国のそれと対置してみると、重大な問題を抱えているこ とがわかる。表1は1955年~85年にいたる30年間の産業構成の変化を比較し たものである。まず最初に明らかなことは、復帰以降の高い失業率である。数字の 上では、1975年をピークとして下がってきてはいるものの、1985年においても 全国の22倍という高率である。確かに、地理的制約により労働力の流動性が低い ことも考えられるが、産業構造上の問題がより重視されるべきだろう。全国と対比 した場合、第2次産業の低さと第3次産業の高さが明らかとなる。労働集約的産業 としての第2次産業が十分に発展していないことが、失業率を高めている。この点 は、さらに問題を含んでいる。第3次産業は、基本的には物的財貨を生産しない。 -58-

(12)

そのため、日常必要とされる財貨を外部に依存する割合が高くなる。したがって、 経済的には外部経済に左右されやすく、独自の政策や計画遂行を困難にされる。 表l沖縄県の産業別就業者構成 構成比指構成比指 全国沖縄全国沖縄全国沖縄全国沖縄 o各就業者の構成比は、対全就業者数、完全失業者は対労働力人口の割合。 o各年『臨時国勢調査報告』ないし『国勢調査報告』の数値より算出。 ところで、第1次産業は、沖縄では1970年代中頃より横這い状態になっている。 ある意味では限界まで低下したともいえるが、むしろ気候特性を生かした農業の成 果を考慮する必要があろう。この点は他の分析に委ねる。ここでは、農家所得の推 移と農業就業者数の推移を重ねて検討しておこう。 全国的動向を見ろと、1950年代から60年代における経済成長は、就業構造面 では農業就業者の急減となって現われていろ。なぜこの変化を生ぜしめたのか、そ の理由を解明するうえで重要な要素が、所得の推移にあると思われる。 -59- 年 第1次産業 構成比 指数 全国 沖縄 全国 沖縄 第2次産業 構成比 指数 全国 沖纏 全国 沖縄 1955 1960 1965 1970 1975 1980 1985 影 1773893 ●●●●●●● 1249309 432111 形5475964 ■●●●●●● 4321321 5432111 1 0 0 832583 876433 05 08 1 43 64 900 233 %4150162 ●●●●●●● 39 22 1 3 4433 3333 % 2444850 ●●●●●■● 8179011 111222 100 138 163 194 196 203 209 100 149 226 257 293 341 370 年 第3次産業 構成比 指数 全国 沖縄 全国 沖縄 完全失業者 構成比 指数 全国 沖縄 全国 沖縄 1955 1960 1965 1970 1975 1980 1985 影 5276845 ●●●●●●● 5836157 3344555 %3181787 ●●●●●□● 7599457 3445666 100 120 149 174 196 220 238 100 129 142 172 200 230 263 % 6744354 ●●●●●●● 1011223 影 4609176 LL238ⅥⅥ 100 50 106 112 192 219 313 100 121 156 319 712 758 841

(13)

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(14)

全国の動向を'見ると、1966年に農家所得が勤労者世帯の実収入を凌駕している 注1 (年間所得86.1万円、勤労者世帯実収入85.6万円)。それ以前においては勤労者世 帯の実収入が農家所得を凌駕しており、そのことが労働力の都市部への移動を促進 していたと思われろ。可処分所得も実収入における逆転に先立ち入れ替わり、60年 代後半にはそれほど両者に差はないものの、70年代には徐々にその差が開いてい ろ(図7)。なお、実収入では80年代にはいり両者は接近してきているが、可処 分所得ではその差がほとんど縮まっていない。非消費支出(とくに租税や社会保障 費)の圧迫が、勤労者世帯の可処分所得を引き下げている結果と考えられろ。 沖縄県における農家所得と勤労者世帯の収入を同様に追ってみよう(図7)。実 収入で見ろと、復帰後農家所得は順調に増加し、1976年には遂に勤労者世帯実収 ,注2 入を凌駕する(年間農家所得2673万円、勤労者世帯実収入263.7万円)d可処分所 得では、1974年にやはり両者は逆転している(年間農家可処分所得198.8万円、勤 労者世帯可処分所得177.0万円)。その後実収入では、1980年にその差が広がり、 それ以降はほぼ平行線をたどっているが、可処分所得では、70年代後半に両者の !、;・ 差は拡大し、80年代にもt『しろ差は拡大していろ。 このような状況から、全国的には勤労者世帯の収入が「高度経済成長期」には農 家所得を上回り、そのことが都市の労働力吸引要因となっていたが、1960年代後 半に転機を迎えたことを示していろ。しかも、70年代後半に両者の差が広がり、 収入面での農家の劣位(兼業農家,の増加、'農外所得の全体的な増加を考慮した場合、 .Oづ3.,0 6;ちろん農業の第2次・第,3次産業に対する優位と単純に評価することはできない〉 は、ひとまず解消したといえよう。その点は可処分所。得の場合、たとえば1978年

では実収入の差額の2倍の差が生じていろ。ただしその理由の一つに、勤労者世帯

に対する非消費支出の圧迫がより大きいことを考慮すべきである。,!□ さらに、沖縄の場合、全国動向に10年遅れて、1976年に勤労者世帯の実収入 が農家所得を凌駕し、可処分所得では1974年に凌駕している。この転換は、第1 '1`_ 次産業就業人口が70年代半ばに減少傾向をストップさせたことと符而合Iしている。

以上、復帰を挟む過去30年間における就業者構成を概観してきたが、第3次三

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第2次d第1次)という産業における構成11眉位は、全国iノベルで樺60年代半ばに連

.; .’1. しているが、沖縄の場合、それよりおよそ10年遅れて70年`代半ばに到達してい ることが明かとなった。しかしその構成変化の急激さのゆえに、全国的にみてもき -61-.

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わめて高い失業率を生み出さざるをえなかった。しかもその異常性が80年代半ば に至っても解消されていない。さらに、全国水準を遥かに上回る第3次産業は、消 費型経済の象徴ともいえろ。しかし、その内部構成や問題点の解明のためには、細 分して検討する必要がある。次に現状における就業構造を検討しながら、この点に 言及する。 (2)今日の産業別就業者構成 ①沖縄県の特徴 ここでは、1985年国勢調査の産業大分類に即して、その構成をみることにする。 全国との対比でみると(表2)、次のような特徴がある。まず第1に、製造業の比 率がきわめて低いことである。第2次産業全体の構成比が全国の約3分の2であっ たが、製造業のみでは、全国が23.9%であるのに沖縄は6.5%でしかない。雇用機 会の乏しさの最大要因といえよう。第2に、建設業の割合が高いことである。県外 からの財政への移転、という形で行なわれている社会資本充実のための公共投資が、 建設業肥大と一致していろといえよう。第3にサービス業の比率が高いことである。 表2産業別就業者数

、|構成比構成比,実数鰄比

Ca。b・c項は『昭和60年国勢調査報告』の数値であり、b項は全就業者、 c項は「世帯の主な就業者」を対象とした数値である。a・b.c項の公務 には「他に分類されないもの」が含まれている。 od項は沖縄大学家族問題研究会が行なったアンケート調査結果の数値である。 そこでは、飲食店は飲食サービス業に含まれている。また、公務に教員(公 私立とも)が含まれていろ。 -62- 産業 a 全国 実数 構成比 b沖縄 実数 構成比 C 沖 縄 実数 構成比 。沖縄 実数 構成比 総数 農林水産業 建設業 鉱業 製造業 卸・小売・飲食店 金融・保険業 不動産業 運輸・通信業 電気・ガス・水道業 (飲食サービス業) サービス業 公務 分類不能の産業 (無回答) 58,357,232 5,412,193 5,266,295 95,316 13,972,604 13,382.405 1,729,426 479,753 3,510,034 336,841 11,949,386 2,056,461 166,518 形0302990806558 0 0 1 990 32 22 3060030 2 6626308819193 7036394189441 5184651111101 009‐00▽009000 846202403112 7563213 23 4 1 1 形 0301825937354 0140662060丘60 011 2 2 1 83416 ZZZ92523249 2753749924O7 644268429062 240043149942 2 61 2 完 015198101839 O36O6L2L8026 011 2 2 1 〆 6 0 0 0 1 927 77 11 95745480246 50117452238 1 111 形 08179474548914 ●■●●印●●●●●■●●● 07705011745123 011 1 11 1

(16)

これは、基地依存の経済がサービス業の拡大をともなっていた経過もあるが、観光 関連産業の発展がその背景にある。1970年代後半より急速に増大してきた観光収 入に端的に現われている。第4に、公務員等の比率が全国の2倍近くあることであ る。これは、基地の存在・「本土化」推進のための国家政策・離島経済の特殊性など に起因して、人員や出先機関を多く必要としているためである。 以上、県全体でみた場合にはこのような特徴がみられるが、さらに地域ごとにみ た場合はどうか。 ②地域別の特徴 すでに人口分布の特徴でみてきたように、過密・過疎地という観点や年齢構成な どで、離島、北部、那覇及び】鰯周辺部、中部、南部では異なった様相がみられた。 ここでは、それぞれの地域で、前記の特徴がどのように現われるか検討してみよう。 表3は、市部.郡部別及びいくつかの自治体の就業者構成を表わしたものである。 まず市部と郡部では、農業と卸・小売・飲食店就業者の構成に大きな差異がみら れろ。すなわち、那覇・沖縄市に代表的なように市部では、農業は県平均の半分も しくはそれ以下であるのに、郡部では約2倍である。逆に卸・小売・飲食店就業者 数は、市部がはるかに多くなっていろ。また、製造業の面では市部も郡部もほとん ど差がない。個別に市部をみても突出したところがなく、いわゆる工業都市の形成 はみられない。 離島地域の特徴は、まず第1に農林水産業の比重が高いことである。ほぼ3~5 割台にあるが、城辺(宮古島)では63%に達していろ。ただし、観光地として整 備されてきた石垣市などでは比較的低い。第2に、公務員等の割合が高い。渡嘉敷 注3 村は36%と例外的に高いが、他はほぼ1割近くを占めていろ。 北部は離島同様に農業の占める割合が大きい(大宜味参照)。 中部は大軍事基地が置かれていることもあって、基地周辺では農業の割合はきわ めて低い。他方、建設業やサービス業の割合が高くなっている。 那覇は、卸.小売・飲食店就業者が市内の3分の1を占めているのみならず、県 下全体の同業種就業者の3分の1をも占めており、商業集積の圧倒的高さを示して いろ。逆に農林水産業は、きわめてネグリジブルとなっており、商業都市としての 様相を示しているd南部周辺では、第3次産業が市部並みの比重を占めているが、 その外側では農業の比重が2.30%台をしめている。 -63-

(17)

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(18)

③地域別世帯主の就業状態

家族を単位とした就業構造を考える場合、世帯主の就業状況がまず考慮されるべ

きであろう。国勢調査では「世帯の,主な就業者」を対象とした調査があるので、そ

れをひとまず世帯主の就業状況を反映しているものとみなして検討することにする。

世帯の主な就業者の就業構成(表4)を全就業者の場合(表2b項)と対比して

みろと、県全体では基本的には同じ構成となっている。すなわち、第1次産業は13

%、第2次産業は23%、第3次産業は63%であり、第3次産業に3分の2の主な

就業者が従事していろ。しかしおもに農業・建設業・運輸通信業では、主な就業者

の構成比のほうが高く、反対に卸・小売・飲食店、サービス業では全就業者の構成

比のほうが高い。そのような相違を生じた理由として、性別の就業者状況の差が反

映されていると考えられる。表5で明らかなように、全就業者478,576人のうち、

男性が629%女性が37.1%となっている。完全失業者や非労働力人口も含んだ

数値ではあるが一般世帯333,576世帯のうち、世帯主が男性79.8%女性20.2%

となっていろ。つまり、世帯主構成では男女が4:1と圧倒的に男性が多く、全就

業者構成に示される比率よりも、男性の就業者構成に規定された構成とならざるをえ

ないのである。それゆえ、農林水産、建設、運輸通信業では主な就業者の構成比が

高くならざるをえない。なお、卸・小売・飲食店、サービス業は男女の就業比が接

近していることからも明らかなように、女性の就業がそこに集中しており(女性就

業者総数177,371人中の701%)、相対的に主な就業者の構成比中の比率のほう

が全就業者の構成比に示された比率よりも小さくなっているのである。

さらに市部・郡部のそれぞれの構成を対比してみろと、市部では県全体と同様

卸・小売・飲食店およびサービス業で世帯の主な就業者の構成のほうが低く、その

分建設業と運輸通信業が多くなっていろ。郡部でも同様に卸・小売・飲食店

及びサービス業が低く、建設業、運輸通信業就業者が多くなっているが、

さらに農林水産業の比率が高くなっていろ。個々にみた場合、市部でも名護や平

良・石垣市では農林水産業の比率が高く、就業面における分化が相対的に遅い事が

わかる。また、北部の大宜味や離島の粟国村では農林水産業専業が就業構成のトッ

プを占めていろ。混合就業者を加えろと、さらにその比率は高まり、反対に卸業等

やサービス業がきわめて低い。先にみた年齢構成を考え合せると、老齢世帯主が第

1次産業にきわめて多く従事していることが分かる。 -65-

(19)

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(20)

表5主要産業における男女別就業者構成比

男(形)|女(%)

o沖縄県全体の就業者を対象とした構成比である。 。『昭和60年国勢調査報告』の数値を使用。 ④アンケート調査結果にみられる就業状況 このアンケート調査は、1986年2-3月と7月に沖縄大学家族問題研究会が行 なったものである。県内全域を対象として世帯を抽出し、1,192世帯より回答を得 た。聞き取り調査という制約のため詳細なデータの回収は不可能であるが、官庁統 計では得られない幾つかの事項が含まれているほか、とくに家族に関するデータと しては、サンプル数や地域別での把握という点で、有意義な調査であった。就業状 態は表2.項、表6のようになっていろ。産業分類は国勢調査の分類方法を基本と しながらも、一般飲食店、バー・キャバレー・酒場などは、卸業等と分離して集計 した(表中の飲食・サービス業)。また公務・教員の項には、学校教員が含まれてい る。その他の項には、分類不能のものや軍雇用が含まれている。 表7は、アンケート調査対象の世帯構成と、国勢調査における「世帯の主な就業 者」の構成の対比を試みたものである。両者と対比した場合、年齢構成では、アン ケート調査のほうが高年齢層の比率が高い。例えば、50代以上の比率は 52.1%と40.5%となっている。また、那覇市や沖縄市などではアンケート 調査のほうが構成比がかなり下回っているいつぽう、宮古・八重山、北部 等では逆に2倍前後も上回っており、実態に照らして離島・過疎地域にみられる傾 向が増幅されている。そのことは、表出していないが、市部・郡部の構成比を対比 してみると、アンケート調査では市部66%、郡部33%、国勢調査数値では69.7 筋、30.3%であり、相対的に市部の比率が低くなっていることからも指摘しうる。 -67- 男(%) 女(影) 農林水産業 連設業 卸 ● 小売・飲食店 運輸・通信業 サービス業 総計 344479 ●●●●●● 816802 694856 766631 ●●●●●□ 183197 3 5143

(21)

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(22)

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(23)

さらに世帯主の男女比は、アンケート調査の場合、男81.2%、女188%であるのに たいし、国勢調査の「世帯の主な就業者」の場合男79.8%、女20.2$となっており 若干男の比率が高くなっている。それゆえ、男の就業構成にいっそう規定されたも のとなっていろといえよう。 以上、アンケート調査の就業構成をみる場合の留意点を確認したうえで、その構 成の特徴をみろと、産業構成の高度化という点では、構成順位は官庁統計同様であ るが、第1次産業の比率がさらに高くなっている。その分第3次産業の比率が低く なっており、特に、卸・小売業、飲食店・サービス業の比率がアンケート調査の場

合かなり低い(表2c・d項対照)。逆に電気・ガス・熱供給・水道業や公務・教

員の比率はかなり高くなっている。地域別にみた場合、那覇市など市部ではサービ ス業、卸・小売業、飲食業などが力なり下回っており、その分を電気.ガス。熟供給・水

道業、公務員あるいは建設業の高比率が相殺していろ。南部(豊見城)、宮古(平良

市)では、農業の構成比がかなり高くて、卸・小売業、飲食店、サービス業が逆に

低くなっている。八重山(石垣市)では、公務・教員がかなり高く逆にサービス業、

卸.小売業、飲食店が低くなっていろ。要するに離島や南部での農業や公務員の比 率の高さが、全体的に第1次産業や公務員の比率を高め、市部での卸・小売業、 サービス業の低さが全体でのそれらの低さを方向ずけているといえよう。 以上の分析から明らかなように、復帰を契機として就業構造も大きく変化してき た。その特徴をまとめると、第1に、今日の沖縄における就業構造は、第3次産業 依存型の構造となっていることである。観光・リゾート地として、また東南アジア 地域との貿易の中継地点として沖縄を位置ずけ、3次産業が発展しているならば、

順調な展開といえよう。しかし軍事基地依存の経済構造に規定され、失業予備軍の

プールとして3次産業の肥大が進行してきた経緯があり、産業の高度化と単純に評

価できない。第2に、第2次産業がきわめて脆弱であり、そのことが全国の2倍と

いう失業率を生み出す原因の一つとなっていることである。確かに復帰後第3次産

業に次ぐ就業者を擁する産業となったが、その発展状況は低調であり、とりわけ製

造業の発展が課題となっているといえよう。第3に、第1次産業がきわめて停儒的

であることである。全国的にもこの分野は停滞的であるが、沖縄の場合80年代に

は農家所得の伸びも鈍化し、その就業者比率が高い北部・離島及び本島南端部では

就業者の高齢化が進んでいろ。地域経済発展の鍵を握っていろこの産業分野の現状

-70-

(24)

を、どのように改革していくのかが大きな課題となっているといえよう。 (注) L『農家経済調査報告』参照。 2.「農家経済調査報告』、農水省編『農林水産累年統計沖縄県』1980年刊参 照。 3.渡嘉敷村の場合、国立青年の家があり、公務員比率を高める要因となっていろ。 付記 本稿は、文部省科学研究費補助金(一般研究A)を得た「戦後沖縄における社会 変動と家族問題に関する総合的研究」(代表:沖縄大学学長新崎盛暉教授)の一 環としてまとめたものである。 -71-

参照

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