Title
『児童の産業』における地域語復権の試みと標準語教育
Author(s)
梶村, 光郎
Citation
琉球大学言語文化論叢 = GENGO BUNKA RONSO
TREATISES on LANGUAGE and CULTURE(2): 65-99
Issue Date
2005-03-31
URL
http://hdl.handle.net/20.500.12001/10005
『
児童の産業』 における地域語復権 の試み と標準語教育
梶村 光郎 は じめに 小論は、方言 -地域語 の否定 ・撲滅 を意 図 しつつ推進 された近代沖縄 の標準語 (普通語 を含 む) 教育の実態の一端 を、八重 山の石垣島の測候所 の所長 を して いた岩崎卓爾 によって1
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年11月2
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日に創刊 された 『児童 の産業』 とい う小 さな新 聞を手がか りに して、 明 らか に しよ うと するものである。 『児童の産業』 につ いては、主宰者の岩崎卓爾の年譜や書誌 の中で も取 り上げ られて いない(1'。 岩崎の生涯 を描 いた 『台風 の島に生きる』 (谷真介、倍成社、1
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年) の中で 「また島の子 どもた ちの教育 に熱意 をもっていた卓蘭は、 この年、八重 山発 の図書館 を創設 し、 『児童 の産業』 とい う 児童向けの新 聞を創刊 している。」 と記述12Iされたのが、取 り上げ られ た最初 の もので ある。 そ し て、最近にな って斎木喜美子が 『近代沖縄 における児童文化 ・児童文学の研究』 (風間書房、2
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年) を著 し、 「第 Ⅱ部 八重山での児童文化活動 の展 開」 の中の 「第一章 岩崎卓爾 の児童文化活 動」 で 『児童の産業』 を紹介 し、考察 して いる。 『児童の産業』 に焦点 を当てた沖縄 の児童文化活 動の歴史 に関す る研究 としては、最初の ものである。 しか し、後述す るよ うに、 『児童 の産業』 に 対す る史料 の吟味や、皇室関係記事へ の言及 の無 さ とい う点な どに課題が残 されて いる。 つ いで 村 上呂里が, 「地域 の言語文化 と近代学校 一八重 山地域 にお ける近代学校 出立 の頃-」 とい う論 稿川の中で、 『児童の産業』 に掲載 された 「テ ンヨ生」 の 「伊波先生 に呈す (上)」(
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年4
月2
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日号) と 「伊波先生 に呈す (下)」(
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年5月1
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日号) という二つ の論稿 を用 いて、言語文化 の 面か ら 「平民層 と近代学校」 を分析 している。 これ は、地域の豊かな言語文化 の可能性 を、 近代 学校が辺境 に押 しや り、抑圧 して いく姿 を描 き出 した ものであるが、 『児童の産業』 全体 を分析 し た ものではな い。 同時 に、梶村光郎 も 「沖縄 の標準語教育史」川を執筆 し,初 めて 『児童 の産業』 に掲載 された子 どもの作品の会話 の部分が普通語 で書かれ ている ことの意 味 を、 同新 聞の地域語 で書かれた記事 ・論稿 と対比 して考察 しているO しか し、それ は、論文 の全体 の中の一部で取 り 扱 うだけの ものであった。そ こで、今 回改めて 『児童 の産業』 に焦点 を当てなが ら、 この新 聞の 性格 の分析 を行 い、近代沖縄 の標準語教育 の実態 の一端 を明 らか に して い く。 そ こで、史料吟味 の面か ら、 まず現存す る 『児童 の産業』 の 目次 を示 し、それ を基 に掲載 された記事 ・論稿 の分野 別数量表 を作成す る。そ の分野別 の記事 ・論稿 の数量 を手 がか りに して、 この新 聞の果た した役 割や機能の多様性 を考察 してい くO そ の次 に、大正期 の沖縄 の標準語教育 の実態 の一端が明 らか になるのではな いか とい う観点か ら、 この新聞 に掲載 された地域語 の記事 ・論稿か ら地域文化 ・ 地域語復権 の試み を捉 えつつ、 それ に反 して投稿 された子 どもの作 品が普通語 のみで書かれて い るのはなぜなのか、 を考察 していくことにす る。66 『児童の産業』における地域語復権の試みと標準語教育
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. 『児 童 の産 業 』 の 目次 『児童の産業』 とい う 「小さき新 聞」 (岩崎卓爾) を分析 し、 どのよ うに評価す るかを決定す る ため に、 まず この新 聞の 目次構成 を示 してお きた い。 この新 聞の 目次構成 につ いては、斎木喜美 子が 『近代沖縄 にお ける児童文化 ・児童文学 の研究』 (2004年) に細 目を掲載 しているが、分析の 視点な どを踏 まえた凡例 に基づ き、それ とは異なる形で提示す る。 『児童の産業』 の 目次構成 凡例 一、 『児童 の産業』 の体裁 がイ メー ジできるよ うに、紙面の数字 を示すoその上で、その紙面 に掲 載 された記事や論稿 を、 上の段か ら下 の段 に向か って、右か ら左への順 とい う原則で掲載す る ことに した。 一、漢字 は、 人名や 団体名 を除き、原則 として常用漢字 を用 い、かな表記は原文 のまま表記 した。 -、 内容が理解 できるよ うに、場合 によっては、小項 目を書 き加 えた. 一、 内容 を分析す るため、 () の中 に記事や論稿 の分野 ・領域が分か るよ うに、児童文化等 の言 葉 をつけた。 -、 内容 を分析す るため、方言 -地域語 が使用 されて いる記事や論稿 につ いては、特 に◎ の記号 を付す ことに したO -、連載記事 の執筆者 の氏名が不統一である場合な ど判断が求 め られ る場合は、原則 として最初 の氏名で統一す るな ど、適宜判断 して表記 したO -、明 らか に誤字 と分かる ものについては、訂正 して示 した。 第1号 (1924〔大正13〕年11月22日創刊) 〔一面〕 ○摂政 (皇太子) 「令 旨 (1920年11月22日)」 (教育、皇室) ○無署名 「明 日は青年デー」 (ニ ュース、社会) ○蝶仙 (岩崎卓爾 の俳号) 「主張 鳩乳」 (教育、本紙) ○無署名 「土地 (石垣村 ・大浜村 ・竹富村 ・与那国村 ・合計)」 (統計、行政) ○無署名 「人 口 (石垣村 ・大浜村 ・竹富村 ・与那国村 ・合計)」 (統計、行政) ◎ いな さ 「十二 月の気候状態」 (気象) ○沖縄県教育会八重 山郡部会 「祝 児童 の産業之創刊」 (広告) 〔二面〕 ○岩崎卓爾 (八重 山通俗 図書館館長) 「皆 さまへ」 (通知、本紙) ○オー生 「お金が欲 しい」 (寄稿、教育) ○大浜用要 (帝国農全議員) 「祝 児童の産業之創刊」 (広 告 ) ○福 田柳太郎 (八重 山営林所) 「祝 児童 の産業之創刊」 (広告) 〔三面〕 ○石垣孫養 「祝辞」 (挨拶) ○黒嶋致 良 「祝辞 にかゑて」 (挨拶) ○池畑運送店八重 山出張所他 9団体 (個 人を含 む) 「祝 児童の産業之創刊」 (広告)○ コ ドモ文集 (児童文化) ・古藤義冨 (高二) 「我が国の為め海外発展 を・--」 (綴方) ・識名信邦 「星ながめ」 (綴方) ・岩崎貞子 (仙台) 「こね こ」 (綴方) ・山口賢一 (尋六) 「涼台 にて」 (綴方) 〔四面〕 ○山里医院他10団体 「祝 児童の産業之創刊」 (広告) ○ 無署名 「基隆石坂荘作先生よ り (岩崎卓爾宛)」 (手紙) ○八重山製糖所他
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団体 「祝 児童の産業之創刊」 (広告) ○井上義他8団体 「祝 児童の産業之創刊」 (広告) 〔五両〕 ○北村重敬 (作詞) ・宮 良長包 (作曲) 「児童の産業の歌」 (児童文化、本紙) ・「岩崎翁 を頒す」 (敬) ・「子供 を頒す」 (歌) ・「子供新聞を頒す」 (敬) 〔六面〕 ○ケイ生 「人間の習性 に就 いて」 (寄稿、教育) ○石垣嶋測候所他1団体 「祝 児童の産業之創刊」 (広告) 〇八興堂活版所 「大割 引」 (広告) ○コ ドモ文集 (児童文化) ・岩元照子 (尋四) 「秋 になったので花 ちゃん もにっ こり」 (綴方) 〔六面〕 ○コ ドモ文集 ツヅキ (児童文化) ・峰岸東渓 (尋五) 「御母 さんのお年は四十」 (尋四の作 ・綴方) ・平地キヨ (尋五) 「時計はさみ しく鳴 っている」 (綴方) ・黒鳥 ヒデ 「ホタル と思った らテフチ ンの光 り」 (綴方) ・佐久本 広 (尋六) 「夕や け」 (童謡) ・識名信邦 (尋五) 「秋 の風」 (童謡) ・キクヲ 「普サ ンハ」 (童謡) ○無署名 「輝 く少年少女 の為 に」 (児童文化) ○山里春峰 「編集 を柊へて」 (編集) 〔七面〕 ○無署名 「いよいよ近づいた養蚕期 -本春 の大敗 は養蚕知識 のないため」 (農業、文化) ○江積桐次 (群馬県) 「養蚕法大意」 (農業、文化) ○八重山復興教会 日曜学校 「児童の産業の創刊 をお喜び 申し上げ ます」 (広告) 〔八面〕 ○関卯次郎 (八重山庁島司)他11団体 「祝 児童の産業之創刊」 (広告) ○コ ドモ文集 ツヅキ (児童文化) ・瀬名波長成 (尋-) 「ウチ ノネコ」 (綴方) ・瀬名波長成 (尋-) 「人 ヲオコシマス」 (綴方)68 『児童の産業』における地域語復権の試みと標準語教育 ・菊池正三郎 「秋 の野原」 (綴方) ・菊池正三郎 「赤 とんぼ」 (童謡) ○川勝蓮子 「ご通知」 (挨拶、広告) 第2号 (1924〔大正13〕年12月22日) 〔一面〕 ○摂政 「令旨」 (前掲) ◎蝶仙 「年浪なかるる」 (主張、文化) ○富川盛貿 「謹賀新年」 (広告) ○無署名 「土地 (石垣村 ・大浜村 ・竹富村 ・与那国村 ・合計)」 (統計、行政) ○無署名 「人 口 (石垣村 ・大浜村 ・竹富村 ・与那国村 ・合計)」 (統計、行政) ○イナサ 「一 月の気候状態」 (気象、学術) ○白良尋常小学校 (書舎場永均) 「祝 児童の産業之発刊」 (広告) 〔二面〕 ○金城珍達 (八重 山郵便局長) 「貯金の話 し」 (教育、社会) ○無署名 r水産 ことしの漁獲高」 (ニ ュース) 〔三面〕 ○無署名 (京都発信) 「みや こだよ り 皇后陛下京都へ御入洛」 (ニ ュース,皇室) ○無署名 (東京発) 「澄宮様御誕生 日」 (ニ ュース、皇室) ○無署名 「今年 は どんな凧が出るのでせ う (絵)」 (児童文化) ○子供文集 (児童文化) ・牧志藤子 (尋四) 「すず めの子」 (童謡) ・牧志藤子 (尋四) 「きんぎょ」 (童謡) ・牧志藤子 (尋四)「ほ
し
」 (童謡) ・岩崎貞子 (仙台) 「木の葉」 (童謡) ・岩元照子 「お月様」 (童謡) ・石垣加美 (尋六) 「新 聞紙」 (童謡) ・玉代勢秀文 (尋五) 「つば め」 (童謡) ・太野正子 (本願寺 日曜学校) 「み仏様」 (綴方) ○春峰 (記者)「児童学友会員諸君へ」 (通知、児童文化) 〔四面〕 ○子供文集 ツヅキ (児童文化) ・識名信邦 (尋五) 「お とな りの金 ぎょ」 (童謡) ・識 名信邦 (尋五) 「ゑん とっ さん」 (童謡) ・玉代勢秀 良 (尋二) 「や ぎ」 (綴方) ・荘氏 (台湾 ・尋四) 「き くの花」 (綴方) ・富村致佑 (本願寺 日よ う学校) 「心の学校」 (綴方) ・国吉真一 (尋四) 「山び こ」 (請) ○春峰 (記者)「お ことは り」 (通知、編集) ○井上虞文 (那覇市) 「童話 お香は偉 いむ しじゃよ 太郎 さん」 (農業、児童文化)〔五面〕 ○井上康文 「童話 お蚕 は偉 いむ しじゃよ 太郎 さん」 (同上続 き) ○無署名 「当年 の秋蚕」 (ニ ュース、農業) ○無署名 「新糖初荷相場」 (ニ ュース、農業) ○山 口盛包 (大浜校校長) 「教訓お はな し 職業 に勉励せ よ」 (教育) ○無署名 「小学上級 生の修学旅行」 (ニ ュース、教育) ○牧志宗得 「無題 (年末年始 の欠礼)」 (広告) ○無署名 「記 (寄付)」 (ニ ュース) ○山 口盛包 ・親戚一 同 「御会葬御礼」 (広告) 〔六面〕 ○波照間武勇 (尋二)「やがてお正 月です」 (綴方) ○仙台某校 生徒 「鳩 間海底爆発 に就 いて」 (論説、社会) ○無署名 「鳩 間島海底爆発 に関 し開島司よ り県 へ報告」 (報告、行 政) ○崎山英商店 「祝 児童 の産業之発刊」 (広告) ○竹 内久吉 「(欠礼)」 (広告) ○無署 名 「一 口ハナ シ (原稿依頼)」 (通知、編集) ○比嘉統亨 「祝 児童 の産業之発刊」 (広告) ○児童の産業社 「社告 (職業紹介)」 (通知、本紙) ○山里春峰 「記者 の辞令」 (通知、編集) 〔七面〕 ○山里春峰 「瓜類穫培者 の福音」 (ニ ュース、農業) ○那覇昆虫時報社 「瓜実蝿防除用 としてパイ ンナ ップル 収穫 の激増四割」 (寄稿、農業) 〔八面〕 ◎ マヤマ ト生 「祝辞 にかへて」 (本紙、 芸能) ○田盛千代 「本校 の落成式」 (綴方) 第3号 (1925〔大正14〕年1月22日) 〔一面〕 〔二面〕 欠頁 〔三面〕 ○無署名 (東京発) 「みや こだ よ り 東宮妃殿 下御 妊娠」 (ニ ュース、皇室) ○無署名 (東京発) 「高松宮御成年式」 (ニ ュース、皇室) ○無署名 (東京発) 「高松宮議員就職」 (ニ ュース、皇室) ○和 田喜三郎 (秋 田師範学校校長)「(『児童 の産業』 の贈与 に対す るお礼 の手紙)」 (手紙) ○無署名 (東京発) 「大浜信泉氏欧米へ留学す」 (ニ ュース、教育) ○無署名 「吾八重 山に月々四千五百 円の金が台湾か らは いる」 (ニ ュース、社会) ○無署名 「丑年 には努 力力行 で行 き度 い と児童学友会員 の意気」 (ニ ュース、 児童文化) ○無署 名 「英人宣教師来 島」 (ニ ュース、社会) 〔四面〕 ◎浜崎荘市 「新 装せ るや いや ま」 (広 告)
70 『児童の産業』における地域語復権の試みと標準語教育 ○無署名 「啓 蒙の時代 にあ らず」 (論説、産業) ○春峰 「桟橋は斯 くの如 くして動 く」 (論説、行 政) 〔五面〕 ○春峰 「桟橋 は斯 くの如 くして動 く (続 き)」 (論 説) ○石垣測候所岩崎卓爾 ・外一 同 「賀正」 (広告) ○富村致祐 (高一) 「さん橋落成 式 の模様」 (綴方) 〔六両〕 ○無署名 「八重 山鳩特産 た る織物査定調/ 同価格調 (単位 一反)」 (ニ ュー ス、統 計、産業) ○無署名 「砂糖 製造 高 (十二年期/十三 年期)」 (ニ ュース、統 計、産業) ○無署名 「砂糖 の価格 は見込 たたず と某店主 人のお話其 のまま」 (ニ ュース、産業) ○無署 名 「池畑店 に就 いて荷客 取扱 ひ調べ」 (統 計、社 会) ○無署 名 「二代議士来場」 (ニ ュース、社会) ○井 上広文 「童話 ツヅキ」 (農業、児童文化) 〔七面〕 ○無署 名 「お待 ち兼 の諸学校 の試験科 目と試験 期 日が漸 く決 しま した (沖縄県 立第一一、第二 中学 /師範学校/農林学校/水産学校)」 (ニ ュース、教育) ○無署 名 「本社職業紹介所へ (群馬県 よ りの手紙)」 (手紙、通知) ○無署名 「吾 建築 界の一 大革 命た る幸福 カハ ラ生 まる」 (ニ ュー ス、社 会) 〔八面〕 ○八重 山郵便局 (金城珍達他
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名) 「賀正」 (広告) ○演崎壮市 「賀正」 (広告) ○無署名 「春 の七草 の内 すみれ のいろいろ」 (生物) ○八尋英美 (福 岡英数学会 長) 「祝 児童 の産業発刊」 (広告) ○無署 名 「学楽会 の歌 (と組織)」 (児童文化) ○ 山下義雄 (大 日本水産 会技師) 「疑 問 を作れ」 (論説、教育) 第4
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〔大正14〕 年2
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日) 〔一面〕 ○令 旨 (前掲) ◎無署 名 「新 聞は商 品な るや」 (主張、本紙) ○無署名 (東京発) 「宮 中歌御 会始」 (ニ ュース、皇室) ◎ 無署名 「三 月の気候状態」 (気 象、学術) 〔二面〕 ○無署 名 「坂 田安 次郎 翁が移 入 され たハヤ トウ リ」 (ニ ュー ス、 生物) ○無署 名 「台湾嶋 に於 ける昨年 中の石花菜採取 と内地移 出高」 (統 計、農業) ○無署名 「海 洋調査委 員選任」 (ニ ュース、文化) ○無署名 「沖縄 の鰹 節検査 問題」 (ニ ュー ス、水産) ○長光 (尋六) 「雨 の 日」 (童謡) 〔三面〕 ○無署 名 (佐世保発) 「伏 見官博信 王 臣籍 に御 降下」 (ニ ュース、皇室)○無署名 (東京発) 「秩父宮殿下御渡欧」 (ニ ュース、皇室) ○無署名 (東京特電) 「アイ ンシュタイ ン暗殺 女犯人直 に捕はる」 (ニ ュース、社会) ○無署名 (大阪発) 「米 の実収額減少 農商務省発表」 (ニ ュース、農業) ○無署名 (大阪発) 「締相場」 (ニ ュース、農業) ○無署名 「行 入来人」 (ニ ュース、社会) ○無署名 「本城 目がけて突進せん とす る 頭脳戦士百六名」 (ニ ュース、教育) ○無署名 「図書館だよ り」 (通知、教育) ○無署名 「社告
(
『児童の産業』 の発行、価格、送料 について)」 (通知、本紙) 〔四面〕 ○陳民 らん (嘉義尋玉) 「私 と弟の こと」 (綴方) ◎何氏柑 (嘉義尋玉) 「嘉義の商工銀行」 (綴方) ○黄氏嶺 (嘉義尋三) 「私 のいもうと」 (綴方) ○陳氏春矯 (嘉義尋玉) 「観兵式の こと」 (綴方) ○蘇氏梅 (嘉義高一) 「私共の任務」 (綴方) 〔五面〕 ○無署名 「竹林附記 (蘇氏梅嬢 について)」 (作者紹介 ・綴方批評) ○陳氏玉柳 (真義高二) 「私は下駄である」 (綴方) ○陳民意 (嘉義高一) 「私共の任務」 (綴方) ○岩崎貞子 (尋六) 「二羽の雀」 (綴方) ○無署名 「附記 童謡 (無題)」 (童謡、児童文化) ○春峰 「コールス じょう、が未だ若 くて甚はだ美人であった ら」 (ニ ュース、社会、宗教) ○春峰 「弓削菓子屋のパ ンとカステ ラ」 (ニ ュース、社会) ○無署名 「ウ リミバイ ク除及び予防方法は幾等 もある」 (ニ ュース、農業) 〔七面〕 ○山里春峰 「素敵 に賑ふた旧十六 日祭 りの衛生講話 ・素人音楽 と」 (ニ ュース、社会) ○暁星苦楽部員一同 「謝礼広告」 (広告) ◎無署名 「農作物 の恐ろ しい敵ヤハタ草発見さる」 (ニ ュース、生物、教育) ○無署名 「字石垣処女会発会式挙行」 (ニ ュース、青年、教育) ○井上腐文 「童話 お蚕は偉 い虫 じゃよ太郎 さん」 (児童文化、皇室) ○児童の産業社 「社告 (職業紹介)」 (通知) 〔八面〕 ○崎原菖舛他6名 「児童の産業の発刊 の趣 旨を祝 し健実な る発達祈 る」 (広告) ○冷夢 「詩歌 光 りの定期船」 (文芸) ○無署名 「海潮予知機 の発明」 (文化) ○坂 田俊郎 「謹告 (お礼)」 (広告) ○福島県二本松第一小学校高等科二年生徒 「(名所ハガキ との乞交換、風の宿宛手紙)」 (ニ ュース、 教育) ○無署名 「文部省の成績発表 学生 には虫歯 と近眼が多 い」 (ニ ュース、教育)72 『児童の産業』における地域語復権の試みと標準語教育 第5号 (1925 〔大正14〕年3月22日) 〔一面〕 ○摂政 「令 旨」 (前掲) ◎無署名 「合格 を祈 る親 こころ」 (主張、教育) ◎無署名 「気候状態 四月」 (気象、学術) 〔二面〕 ○無署名 「害虫 ク除予防法」 (農業) ○無署名 「全国処女会指導機関設置」 (ニ ュース、教育) ○無署名 「普選実施後 の」 (ニ ュース、社会) ○無署名 「八重 山郡教育部会 (講演会)」 (ニ ュース、教育) ○無署名 「早起会 (大浜 にて)」 (ニ ュース、教育) ○無署名 「自良尋常小学校主催隣校研究会 (童謡 に就 て)」 (ニ ュース、教育) ○無署名 「今年の流感 素人療治 の注意」 (ニ ュース、保健) ○無署名 「婦人授産場設置計画」 (ニ ュース、保健) 〔三面〕 ○伊波 トミ (尋六)「写真」 (綴方) ○伊波文子 (尋三) 「小犬」 (綴方) ○宵 良長辰 (尋四) 「兄 さんだちの中学校入学準備 をミて」 (綴方) ○井上正太郎 (高二) 「師の恩」 (綴方) ○神 山文柄 (高二) 「ワタクシの五年生時代てす」 (綴方) ○大潰寛惟 (高二) 「考へ させ られた」 (綴方) ○無署名 「学事」 (ニ ュース、教育) 〔四面〕 ○無署名 「御巡遊 日誌御下賜」 (ニ ュース、皇室) ○無署名 「社会事業御奨励」 (ニ ュース、社会、皇室) ○無署名 「小学児童の教科書代 (文部省調)」 (ニ ュース、教育) ○石垣俊雄 (高二) 「目が覚 めて起上るまで」 (綴方) ○北村先生 「鴨の鳥 をいただきて」 (短歌、文芸) ○識 名信光 (高二) 「対話劇 猿蟹合戦」 (児童文化) ○無署名 「図書館だよ り」 (通知、教育) 〔五面〕 ○無署名 「各学校 に於て卒業式並 に修業証書授与式 (日程)」 (ニ ュース、教育) ○大演用正 (尋六) 「善良なる国民」 (綴方) 〇人川生 (高二) 「地方の開発」 (綴方) ○無署名 「八重 山図書館 にて今 回八ヶ年皆勤学童諸子 に対 し国民小訓壱部 を贈 呈す」 (ニ ュース、 教育) ○無署名 「三 月師範 を卒業 さるる当郡 出身者」 (ニ ュース、教育) ○池宮城 ヨシ (尋六) 「冬 の朝」 (綴方) ○浦崎政一 (尋六) 「雑誌かきた」 (綴方) ○大藩光子 (尋二) 「私 のす きな もの」 (綴方)
○無署名 「人生最大の憂は病弱 にあ り」 (保健) ○田幸正次 (親族) ・喜舎場永均 (総代) 「謹告 (故翁長永富 の葬式へのお礼)」 (広告) 〔六面〕 ○東の星 「童謡 について」 (論説、教育) 第6号 (1925〔大正14〕年4月22日) 〔一面〕 ○牧野伸蘇 (宮 内大 臣) 「宮内省告示第六号」 (通知、皇室) ○無署名 「来 る五 月十 日大婚二十五年 の御祝 ひ大綱 を発表せ らる/御奉告祭/奉祝参賀/御賜宴 会/祝典進献/高齢者表彰/篤行者表彰/下 シ金」 (ニ ュース、皇室) ○関屋宮内次官 「質素にせよ有 り難 い御錠」 (ニ ュース、皇室) ○無署名 「養老ハイ をタマはる高齢者が案外少い」 (ニ ュース、皇室) ○無署名 「秩父宮殿下裁判所 を見学」 (ニ ュース、皇室) ○無署名 「賜冠 の儀 (山階宮藤麿)」 (ニ ュース、皇室) ○無署名 「お互 に警戒すべ し」 (主張、社会) ○無署名 「沖縄県会議員総選挙期 日発表」 (ニ ュース、社会) ○無署名 「新著紹介 沖縄写真帳 第一集」 (通知、文化) 〔二面〕 ◎無署名 「五月の気候」 (気象,学術) ○冷夢 「詩 と歌 夢 に生きませ う」 (文芸) 〔三面〕 ○無署名 「亀井知事先島を視察 さる (行政)/大津商船那ハ支店長 (社会)」 (ニ ュース) ◎無署名 「紹介欄 魚類学上よ り見たる鰹釣 に使ふ飼料」 (水産) ○無署名 「台東の鰹漁業」 (ニ ュース、水産) ○無署名 「新聞記者たるも亦たかたきかな」 (ニ ュース、社会) ○無署名 「北里関先生著 日本古代語昔組織考」 (通知、文化) ○無署名 「琴平テ ンラン会」 (ニ ュース、教育) ○無署名 「図書館たよ り (受領証)」 (通知、教育) ○無署名 「新 月堂様 よ り寄贈」 (通知、文化) 〔四面〕 〇 ・・・生 「耕地整理並 に開墾助成法 に就て」 (学術、農業) ○無署名 「石垣村の町制施か う」 (行政、社会) ○無署名 「危機 にある沖縄 才判所か らみた世相」 (ニ ュース、社会) ○無署名 「島の新麦走 り」 (ニ ュース、産業) 第7号 (1925〔大正14〕年5月10日) 〔一面〕 ○無署名 「奉祝御銀婚式」 (二ユ-ス、画、皇室) 〔二面〕 ○無署名 「天長地久」 (画、皇室)
74 『児童の産業』における地域言吾復権の試みと標準語教育 ○無署名 「(御真影)二葉」 (ニ ュース、写真、皇室) ○金城郵便局長 (読) 「大婚二十五年御祝典記念切手絵葉書 と記念 日付印 (紀念切手/絵葉書/紀 念 日付印/婚期 の祝ひ)」 (ニ ュース、皇室) 〔三面〕 〇 ・・・生 「耕地整理並 に開墾助成法 に就て」 (学術、農業) ○迷鳥 「詩 と歌 夜 の浜べで」 (詩、文芸) ○識名信行 (尋二) 「私 の家の桃 の木」 (請) ○無署名 「久米 島沖で岸上博士が鰹 の発生研究完成」 (ニ ュース、生物) ○冷夢 「思ひ出は さまよふ」 (詩、文芸) ○無署名 「煙草元売捌所 にて取扱ひた る金額」 (ニ ュース、産業) ◎無署名 「鰹 の餌料 (方言 アカサバ)」 (水産、ニ ュース) 〔四面〕 ◎無署名 「六月の気候」 (学術、気象) ○無署名 「太陽黒点数 の増減 と鰹漁獲高」 (ニ ュース、水産) ○ナカ生 「本期 (十三年度)収穫せ る甘藷含糖料状況」 (ニ ュース、農業) ○川勝蓮子 (尋五) 「誌友 よ り」 (手紙、本紙) 第8号 (1925〔大正14〕年9月22日) 〔一面〕 ○岩崎卓爾 (八重 山通俗 図書館館長) 「特別広告 (書籍 目録/十四年購入の部)」 (通知、教育) ○崎山写真館主 「紹介」 (広告) ○無署名 「南 に面 して北斗 を見る」 (主張、教育) ○井 口俊逸 「益御発展奉賀候 (台風被害 の八重 山桟橋会社へお見舞 い)」 (手紙、社会) ○無署名 「〔力の泉か ら〕信愛」 (詩、文芸) ○無署名 「海底電線全通」 (ニ ュース、社会) ○無署名 「郵便船 の消息」 (ニ ュース、社会) 〔二面〕 〇 ・・・生 「耕地整理並 に開墾助成法 に就て」 (学術、農業) ○山 口先生選 「農家金言集」 (教育、民俗) ○無署名 「教育界の新 しい試み」 (ニ ュース、教育) 〔三面〕 ○無署名 「世界一の小 さい国 (北海道小学生新 聞か ら)」 (文化) ○無署名 「蜂 よ り小 さい廿 日鼠が現れた」 (生物) ○無署名 「新著 ご紹介 (日本 の誇)」 (通知、文化) ○冷夢 「詩」 (文芸) ○迷鳥 「夜 の浜べで」 (詩、文芸) ○識 名信邦 (尋六) 「大暴風雨」 (童謡) ○無署名 「風 力の陸上 と海上 目測標準」 (気象) ○無署名 「沖縄 の漁業政策立直 し」 (ニュース、政治、水産)
〔四面〕 ○無署名 「九月一 目よ り同五 目に至 る台風観測概記」 (学術、気象) ○木村房次 (蘇州丸船長) 「蘇州丸船長 の報告 (石垣嶋測候所長岩崎卓爾殿宛)」 (気象) ○無署名 「天気樫諺 (石垣嶋)」 (気象、民俗) 第9号 (1925〔大正14〕 年10月22日、保健号) 〔一面〕 ○無署名 「御救他」 (ニ ュース、皇室) ○無署名 「皇孫降誕御 七夜 に催 さるる浴湯の御儀」 (ニ ュース、皇室) ○無署名 「天長節の御饗宴御取止」 (ニ ュース、皇室) ○無署名 「健康の女神 ヒゲイア (科学知識 よ り)」 (文化) ○無署名 「日本 に於 ける武士 の守護神摩利支天 (『謡詞 と邪神』 による)」 (民俗) ○無署名 「八重山における守護神 (?)は」 (民俗) ○無署名 「保健よ り増健へ」 (主張、保健、教育) ◎無署名 「島の吉凶に七五三綱」 (民俗、保健) ○無署名 「医家の警告 !!」 (保健) ○無署名 「魚類 にもマ ラリヤ (九大の小川博士談)」 (保健) ○無署名 「コレラと魚類 (伝研遠 山博士談)」 (保健) 〔二面〕 ○藤井孫次郎 (朝鮮釜 山警察署内) 「愛 の発露 (関島司へ、マ ラリヤの治療法 について)」 (手紙、 医療) ○無署名 「去 る六 日コレラ病疫 に関 し」 (保健、教育) ○川上為次郎 「チ ョ-チ ョ-の話 -米国に於 ける衛生宣伝 (論文抄録)」 (保健) ○無署名 「温故知新 島の哀史」 (歴 史) ○無署名 「両先島に初めて医師の駐在せ Lは」 (保健、歴史) 〔三面〕 ○無署名 「八重 山郡内に於 ける保健設備 の一斑 (園師警察署長談)」 (保健) ◎無署名 「百試百効 お祖父 さんの薬寵か ら」 (民俗、保健) 〔四面〕 ◎無署名 「百試百効 お祖父 さんの薬寵か ら (続 き)」 〔五面〕 ◎無署名 「百試百効 お祖父 さんの薬寵か ら (四面よ り続 く)」 ○無署名 「字登野城共 同墓地」 (マ「′ 歴史) ○無署名 「追補 ○ ヒンボサーグ」 〔六面〕 ◎無署名 「百試百効 お祖父 さんの薬寵か ら (三面よ り続 く)」 〔七面〕 ○無署名 「明治以前八重山島在番付詰医た りし人々を列記 します」 (歴史、医学) ○無署名 「明治の文化 (医学 に寄与 した欧米 人)」 (歴史、医学) ○無署名 「八重山郡 の薄荷栽培畑 (面積)」 (ニ ュース、農業)
76 F児童の産業Jにおける地域語復権の試みと標準語教育 ○無署 名 「大正十三 年度県税徴 収成績」 (ニ ュー ス、統 計、行 政) 〔八 面〕 ○無署名 「白良小学校外参考児童 の発育概 評比較」 (統 計、教育) ○無署 名 「他 山の石 発育概評 と栄養比較 (東京市 と八重 山都)」 (統 計、教育) ○無署名 「八重 山島の後継者教育 の為 に」 (教育) ○無署 名 「風 の息 (東京 ホ- リ子 ス教会監督 中田重治来 島/本年度秋季准訓検定試験志願者56名 /来 る十一 月上旬竹 富青年 団幹部講習会開催)」 (通知) 第 10号 (1925〔大正14〕年 11月22日) 〔一面〕 ○摂政 「令 旨」 (前掲) ○八重 山通俗 図書館 「お しらせ (寄贈並 び に購入 の もの)」 (通知、 教育) ○児童 の産業社 「『め ぐみ の結露』 (寄付)」 (通知、本紙) ○無署 名 「跨釜 の慨」 (主張、教育) ○無署名 「白虎 隊 の歌」 (歴 史) ○無署 名 「点心会席上 に現 はれ た金不換 の珍 品 (自了の略伝)」 (ニ ュース、歴史、美術) 〔二 面〕 ○ 田村浩 「沖縄県 民力疲弊 の原 因
(
『沖縄経 済事情』 よ り抄録)」 (経済、文化) ○無署名 「編集 室 よ り (南嶋叢書 の発行所 の紹介)」 (通知、文化) ○識名信 邦 (石垣 小、 尋六) 「枯 ゆ り」 (童謡) ○蕪村 「俳句」 (文芸) 〔三 面〕 ○無署 名 「漁業労働者 は労働組合 に入 らず」 (社会) ○無署名 「十一 月の気候状態 (各地 の種取時節な ど)」 (気 象) ○無署名 「読書 を嫌ふわ け」 (保健) 〔四面〕 ○小柳税務署長 「島の織物査定反致調 (十三年、十四年 の6月か ら10月まで)」 (統計、産業、ニ ュー ス) ○無署 名 「本県 で警羅船建造」 (ニ ュース、行政) ○無署 名 「丈夫 さ うで も無 力性体 質 の子供 が ある」 (保健)〇〇
〇生 「学童 の体格」 (保健) ○無署 名 「改正保健 食量」 (保健) ○無署名 「〔は くし〕 総数 の六割 が医学 博士」 (統 計、教育、ニ ュー ス) ○無署名 「児童文庫 を通 してみた る小学 児童 の読書趣味」 (統 計,教育) ○蝶仙 「鞍 山忌」 (文芸) 第 11号 (1925〔大正14〕 年12月10日) 〔一面〕 ○児童 の産業社 「勅題 『河 水 清』」 (通知、文芸、 皇室) ○無 署 名 「新 春 の御 儀 式 (四方 拝 / 朝 賀 /原 始 祭/新 年 宴 会 / 御 講 書始 / 陸 軍 始/ 御 歌始)」(ニ ュース、皇室、文化) ○無署名 「昆虫の猟師付、誓文梯」 (主張、文化) ○無署名 「『寿延』 (蝶仙他 の賀章)」 (文芸) ○無署名 「元禄快挙 大石 良雄侃刀の 目貫」 (文化) 〔二面〕 ○無署名 「八重山教育部会」 (ニ ュース、教育) ○無署名 「合同研究会」 (ニ ュース、教育) ○八重山通俗図書館 「お しらせ (休館)」 (通知、教育) ○八重山通俗 図書館 「お しらせ (入荷 ・寄贈 の図書)」 (通知、教育) ○無署名 「新著紹介 (与那国島図誌)」 (通知、文化) ○無署名 「英国 ロン ドンのお正月」 (文化) ○無署名 「羽翼あるカタツム リ」 (ニ ュース、生物) ○山口盛包 (大浜尋常高等小学校校長) 「近来の快事 (修学旅行)」 (ニ ュース、教育) ○識名信邦 (石尋六) 「年の暮」 (童謡) ○無署名 「購読者募集
(
『台湾、南支、南洋、パ ンフレッ ト』)」 (文化、通知) ○無署名 「除夜の三十番 と元旦の七福神参 り(
『東京の風俗』 よ り)」 (民俗) 〔三面〕 ◎無署名 「八重山諸島鳥獣捕獲法 (一、鳥 の部/二、獣の部)」 (民俗、生物) ◎無署名 「猪の方言 いろいろ」 (民俗、生物) ○無署名 「山猪 に関す る伝説 !」 (民俗、生物) ○無署名 「外部よ りの測定 (山猪)」 (ニ ュース、生物) ○無署名 「珍品ツグ ミ測定 自称 『いはさきツグ ミ』」 (ニ ュース、 生物) ○無署名 「風の息 (人事な ど14)」 (ニ ュース) 〔四面〕 ○矢野龍渓 「安 田善次郎伝 (本伝二十七のある一節 を抄 出)」 (文化) ○何 誰 (登野城尋常高等小学校教員) 「輝 く児童 をあづか らるる諸先生方の御苦心 (器械体操の 道具の設備の件)」 (依頼、教育) ○迷鳥 「詩だん 秋です」 (文芸) 第1
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号(
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〔大正1
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〕年1
月2
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日) 〔一面〕 ○岩崎卓爾 「豊栄」 (挨拶、ニ ュース) ○無署名 「大正十五年 を迎 えて」 (主張、教育) ○北里関先生他 「勅題 (河水活)」 (文芸、皇室) ○植村先生 「昨年中の八重山代理店 の受払計算」 (ニ ュース、社会) ○無署名 「社会 とラヂ オの進歩」 (通知、社会) ○八重山通俗 図書館 「お しらせ」 (通知、教育) 〔二面〕 ○岩崎貞子 (仙台)「春」 (綴方) ○真志善朝光 (首里第三小学校)「星」 (童謡)78 『児童の産業』 における地域語復権 の試み と標準語教育 ○無署名 「建築 に関す る信仰 (ぢちんさいめ/そせ き しき)」 (民俗) ○無署名 「仙 台 万 歳」 (芸能) ○無署名 「鶴 よ り亀 よ り」 (芸能) ○真志喜朝光 「鷺」 (童謡) 〔三面〕 ○無署名 「漁業組合及び人員」 (社会、ニ ュース) ◎無署名 「鰹釣餌料魚類 の種類」 (水産、生物) ○牧志つるゑ 「牧志令閏よ り (火事見舞 いへのお礼)」 (手紙) ○伊波興英 「賀正」 (広 告) ○八重 山復興教会 「賀正」 (広告) ○田場繊舟 「心 の時計」 (文芸) ○無署名 「寒 い国 と暑 い国の郵便配達」 (文化) 〔四面〕 ○大演保武 「与那国島 に於 ける鷹 に関す る伝説」 (民俗) ○八重山児童学友会 「会歌」 (児童文化) ○無署名 「風 の息 (在郷軍人会の開催 の件な ど)」 (ニ ュース) 第
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〕 年2
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日) 〔一面〕 ○無署名 「紀元節奉頒/建国祭奉頒」 (皇室) ○無署名 「春な らぬ」 (主張、教育) ○渡蓮義孝 「大地礼賛」 (論説、文化) ○無署名 「碧潮会発会詠草」 (文芸) 〔二面〕 ○崎山用多先生 「や っぷ島たよ り (一 月四 日発)」 (気象) ○無署名 「春 の動植物季節 (候鳥/昆虫/植物)」 (気象、 生物) ○無署名 「獣類測定 (曲尺)」 (生物) ○無署名 「大潰尋常高等小学校 の那覇訪問旅行 の開催」 (通知、教育) 〔三 面〕 ◎迷羊生 「郷土 の持つ歌」 (文芸) ○無署名 「世界で一番小 さな鳥 (大毎 よ り)」 (文化、生物) ○和 田先生 「狂歌 苛政猛於虎」 (文芸) ○八重 山通俗 図書館 「お しらせ」 (通知、教育) ○よ生 「偶感」 (論説、文化) ○無署名 「紹介 (出版物)」 (文化、通知) 〔四面〕 ○無署名 「八重山郡長寿者養成 (養老式)」 (社会、ニ ュース) ○無署名 「沖縄県士族 喜舎場マイ ツガ ネ (表彰状)」 (社会、ニ ュース) ○無署名 「目録 (喜舎場マツイガ ネへの下賜)」 (社会、ニ ュース) ○無署名 「風 の息 (建国祭式順 な ど10)」 (ニ ュース)○無署 名 「台北師範学校 の募集 人員八十 名」 (ニ ュース、教育)
○
仲本ハル (久茂地小学校 尋三、十一才) 「幼 さ こころ (父へ の手紙)」 (手紙) ○コ ドモ ノペイ ジ ・披名城孫光 「お 月様」 (童謡) ・披名城孫光 「朝」 (童謡) ・披名城孫光 「雨」 (童謡) ・真志喜朝光 「木 の葉 の舟」 (童謡) 第1
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〕年3
月1
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日) 〔一面〕 ○無署名 「時代 のちか ら」 (主張、教育) ○無署名 「陸軍記念 日」 (画、社会、ニ ュース) ○無署名 「卒業 の歌」 (教育) ○波速よ したか 「色 と光 -絵画の上か ら見 た八重 山の美-」 (美術、論説、文化) 〔二面〕 ○無署名 「誠実 のみの り」 (社会、教育) ○無署名 「シ ンガ ポール だよ り」 (統 計、産 業、通知) ○無署名 「風 の息」 (ニ ュー ス) 〔三面〕 ◎迷羊生 「郷土 の持つ歌 (風主 ぬあよ-/下地村 のあよ-)」 (文芸) ○無署名 「首相 加藤高明 を吊す」 (社会) ○ツコウ生 「大風」 (童謡) ○ ツコウ生 「雨」 (童謡) ○岩崎貞子 「羽つき」 (綴方) ○無署名 「就職難」 (社会、教 育、 ニ ュース) 〔四面〕 ○安 里安光 「鉄筋 コンク リー ト構造 法二就 テ 測候所新 築工事場」 (建 設、論説、文化) ○片野坂覚二 ・安里安光 「設計, 製図、 図案、土木建築 (請負)」 (広 告) 第1
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〕年4月2
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日) 〔一面〕 ○無署名 「花見機 嫌」 (主張、教育) ○無署名 「図書館 たよ り」 (通知、教育) ○無署名 「永 田秀次郎先生著」 (通知、教育) ○無署名 「新著紹介」 (通知、 教育) ○無署名 「迷鳥先生監修」 (通 知、教 育) ○無署 名 「物理学校 は」 (ニ ュース、教育) ○ さだ こ (仙台) 「机 を見つめた時」 (請) ○ さだ こ (仙台) 「笛」 (請) ○片桐八十 七歳 翁 「御礼広告」 (広告)80 F児童の産業』における地域語復権の試みと標準語教育 〔二面〕 ○無署名 「片桐八十七歳翁 (人物紹介/温かき方 々芳名/物品寄贈 された方 々)」 (社会、ニ ュー ス) ○無署名 「教化運動」 (ニ ュース、社会) ○無署名 「字石垣 の敬老会」 (ニ ュース、社会) ○無署名 「牧志婦人」 (ニ ュース、社会) ○無署名 「碧潮歌会第二回詠草」 (文芸) 〔三面〕 ◎無署名 「石垣 島測候所庁舎改築沿革 〔橋 ゆば節〕 の曲による」 (歴史、芸能) ○無署名 「風 の息 (図書館 よ り児童へ祝晶の贈呈な ど
8)
」 (ニ ュース) 〔四面〕 ○テ ンヨ生 「伊波先生 に呈す (上)」 (民俗) ○貞子 (仙台)「原っぱ の微雨」 (請) ○仲地光子 (白良尋五) 「か らす」 (請) ○中山清一 (北海道苫小牧校) (綴方) ○無署名 「ロビンソンクルー ソーの鉄砲」 (社会、ニ ュース) ○無署名 「飛行機 に乗った ライオ ン」 (社会、ニ ュース) ○無署名 「世界一の無線高塔」 (社会、ニ ュース) ○無署名 「火災の温度 を知 る方法」 (文化) 第16号 (1926〔大正15〕年5月10日) 〔一面〕 ◎無署名 「人災 ・天災」 (主張、文化) ○無署名 「図書館たよ り」 (通知、教育) ◎大潰信烈 「測候所改築 を祝ふて七十翁大演信烈先生作歌 松兼ゆんた」 (芸能) ◎無署名 「測候所 口説」 (芸能) ○無署名 「風の息(
8
つの記事)」 (ニ ュース) 〔二面〕 ◎選風生 「風の宿主人 に寄せて 〔鳩間節〕 の曲による」 (芸能) 〔三面〕 ○よ したか 「色 と光 (二)色の上か らみた八重山の美」 (美術、文化) ○無署名 「道府県水産会 (一四、一、三一調、設立状況)」 (水産、社会、ニ ュース) ○無署名 「郡市水産会」 (水産、社会、ニ ュース) ○ぶんげい ・東恩納 ウ ト (大演、二年) 「ひよ こ」 (綴方) ・下野正吉 (大演、三年) 「お父 さん」 (綴方) ・渡遠 よ したか 「春秋鉛」 (短歌、文芸) 〔四面〕 ◎テ ンヨ生 「伊波先生 に呈す (下)」 (民俗) ○無署名 「第三回詠草」 (文芸)◎迷羊生 (波照間島) 「郷土の持つ歌 (豊年ぬアヨー)」 (文芸) 以上が,現存 している 『児童の産業』 に関す る 目次 である。 以下の 『大正十五年 那覇地方修 学旅行記 大潰尋常高等小学校』 と題す る 「修学旅行記」 は、石垣 市立図書館保有 の 『児童 の産 業』 (複写版) の中に兄 い出された ものである。 この 「修学旅行記」 は、 『児童 の産業』 と同様 に、 タブ ロイ ド版印刷 になって いる。そ して、 F児童 の産業』 の複写版 と一緒 にまとめて複写 されて保 管 されているため、 『児童の産業』 の臨時号ではないか と見 間違 え られ る可能性がある。(6'しか し、 「修学旅行記」 の方 には、 「児童 の産業」 とい う新 聞名が記 されて いな い上 に、 上記 のよ うな表題 が付 されて いる。 また、大演尋常高等小学校長の山 口盛包が 同 「修学旅行 記」 の 〔一面〕 の記事 「旅行記発刊 に就 て」 の中で、 「苗 に旅行 に関す る一切 の記事 を印刷 に付 し御 同情 を垂れ給 ひ し各 位 に一部記念 として贈呈す る次第 であ ります。」 と述べているよ うに、 『児童 の産業』 とは無関係 であることが分かる。 このよ うな ことか ら、 『大正十五年 那覇地方修学旅行記 大潰尋常高等小 学校』 とい う印刷物は、 『児童の産業』 の臨時号ではな い と言 えるだろ う。 ただ し、 この 「修学旅 行記」 は、 『児童之産業』 と同時期 に発行 された ものであ り、校長 の山 口盛包 の論稿や旅行 開催 の 記事が F児童の産業』 に掲載 され るな ど両者の関係は深 いoそ こで、 『児童の産業』 の分析 をす る ための参考資料 として、次 に目次 を掲げ ることにす る。 F那覇地方修学旅行記 〔大損尋常高等小学校〕』(1926〔大正15〕年3月) 〔一面〕 ○山口盛包 (大潰尋常高等小学校校長) 「旅行記発刊 に裁て」 (挨拶) ○無署名 「観音堂参 り」 (祈額,報告) ○無署名 「見学 の第一歩」 (見学、報告) ○無署名 「文明の利器 ラジオ」 (見学、報告) ○無署名 「旅行 前の準備 (作業の交渉/船賃の交渉/旅館の交渉/父兄会/幻灯会/寄付金募集)」 (報告) 〔二面〕 ○山口盛包 「寄付金募集」 (依頼) ○無署名 「旅行 に関す る新聞記事 (児童の産業所載 「近来の快事」他)」 (文化) ○無署名 「那覇地方修学旅行計画案」 (教育) ○山口盛包 「御礼」 (挨拶) 〔三面〕 ○無署名 「旅行生心得及注意事項」 (教育) ○無署名 「児童の旅行感想」 (教育) ○無署名 「児童の感想観」 (教育) ○無署名 「旅行 日記」 (教育) 〔四面〕 ○無署名 「旅行 日記 (続 き)」 (教育) ○無署名 「児童の旅行感想二」 (教育) 〔五面〕 ○児童文集
82 『児童の産業』における地域語復権の試みと標準語教育 ・石垣 八郎 「旅行 出発」 (綴方) ・小底致市 「那覇上陸」 (綴方) ・東次 呂 賓 「波上神社参拝」 (綴方) 〔六面〕 ○児童文集 (続 き) ・仲若正 良 「宮古 を出てか ら」 (綴方) ・前盛 良夫 「百 聞は一見 に如かず」 (綴方) ○無署名 「旅行 中児童 の始 めて経験 した事」 (教育) 〔七面〕 ○無署 名 「旅行 日記 (四面 よ りの続 き)」 (教育) ○無署 名 「児童 の感 想観」 (教育) ○無署 名 「寄 付者御 芳名 (一般 有志/郡外有志/村 内有志)」 (御礼) 〔八面〕 ○無署 名 「寄付者御 芳名 (七面か らの続 き)」 (御礼) 〔九面〕 ○無署名 「寄付者御芳 名 (八面か らの続 き)」 (御礼) ○無署名 「旅行 費収支 計算書」 (報告) 〔十面〕 ○無署 名 「寄付者御 芳名 (九面 か らの続 き)」 (御礼) ○無署 名 「旅行 生氏名」 (報告) ○無署 名 「大演校旅行 隊万歳」 (通知)
2.
『児 童 の 産 業 』 の 発 行 とそ の 性 格 (1) 『児童 の産 業』 の 史料 的性格 まず最初 に、 史料 として の 『児童 の産 業』 の発行状況 と頁数 につ いて確 認 を してお くo 上記 に示 した 『児童 の産業』 の 目次 を基 にす る と、次 のよ うにな る。 第 1号 は、1
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年11月2
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日発行 で、 8頁。 第2
号 は、1
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頁。 第3
号 は、1
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年1
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日発行 で、6
頁(
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頁 の うち、 1-2
頁欠。)0 第4号 は、1
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月2
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日発行 で、 8頁O 第5
号は、1
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日発行 で、6
頁。 第6
号 は、1
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年4月2
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日発行 で、 4貢。 第7号 は、1
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日発行 で、 4頁。 第8号は、1
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年9
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引 ま、1
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号 は、1
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日発行 で、 4頁。第 11引 ま、1
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年)1
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日発行 で、 4頁0 第1
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号は、1
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年1
月2
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円発行で、 4貢0 第1
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号 は、1
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年2
月2
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日発行 で、 4貢。 第1
4
号 は、1
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5
)
年3
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0
日発行 で、 4貢。 第1
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号 は、1
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年4月2
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日発行 で、 4頁。 第1
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号は、1
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月1
0
日発行 で、 4頁。 以 上が、 現在確 認 で き る と ころの 『児童 の産 業』 の発行 状況 と頁数 の実態 で あ る。 これ に対 し 第3号 は、「(一、二頁 欠)」。第6割 ま、「(五、六、七、百欠)」。第7号は、「(五、六、七頁欠)」。第8号は
、
「(
五、六、七頁欠)」。第10号は、
「(五、六、七貢欠)」。第11号は、
「(
五、六、七頁欠)」。 第12号は、「
(
五、 六、七、頁欠)」。第13号は、
「(五、 六、 七頁欠)」。第14号は、 「(五、 六、 七頁 欠)」。第15号は、
「(五、六、七頁欠)」。第16号は、
「(五、六、七頁欠)」。 これ らの斎木 の指摘 につ いて言 えば、第3号の場合は、 1頁 と 2頁の一部が残 されてお り,複 製版 も3頁以降8頁 まであるので妥 当である。 しか し、第6号以下、第7号、第8号、第10号、 第11号、第12号、第13号、第14号、第15号、第16号 については、それぞれ 5頁、 6頁、 7頁の欠 があるとい う指摘 には疑問があ る。 その疑問の一つは、 欠頁の根拠が示 されて いな い とい うこと である。 ヒ記で示 したよ うに、第 1号か ら第4号までは、 8頁だてで発行 されている。 また、第 9号も8頁だてで発行 されている。 だか ら、 8頁だてで発行す るのを原 則 として いた と考 える こ とができる。 そ の観点 か ら言 えば、 斎木 の指摘 は、 1頁か ら4頁 と 8頁が存在 し、 5頁か ら 7頁 までの3頁分だ けが欠落 して いるよ うに受 け取 られ る。 しか し、 実際は8頁 の部分は存在 してお らず、第6号以下の欠頁 を有す ると指摘 された号の 『児童 の産業』 は1頁か ら4頁 までの分 しか 現存 して いな いので ある。 4頁分 しかな い第6号以下 の、 欠頁が指摘 されて いる 『児童 の産業』 に本 当に欠頁が あるのな らば、 1号か ら4号 まで と比較す ると 5貢か ら8頁 まで となるのではな いか。仮 に、斎木 の指摘通 りに欠頁が5頁か ら 7頁 までだ とす る と、 8頁だての号 との整合性 を どのよ うに考 えるか、 それが問題 とな る。 しか し、 この疑 問への答 えは用意 されて いな い。 二つ 目の疑問は、第5号は 1頁か ら6頁 まで しかないが、 これ に対 して欠頁の指摘がな されて いない ことである。 斎木の指摘 にな らえば、
「
(
7
頁欠)」 とな るのではな いか。それがそ うな らな いで、 第5号については、 欠頁の指摘がない。それ に対す る根拠 も示 されていないD それは どうしてな のか。そ して、三つ 目の疑 問であるが、指摘 されて いる第6号以下の 『児童 の産業』 の欠頁 は、 本当に欠頁なのか とい う問題が ある。そ のよ うな疑 問 を抱 く理 由の一つは、 それ らの号 にお いて は、それぞれ4頁分 しか残 されていないか らである。 どうして共通 して 4頁なのか。その ことの 理 由が見つか らないのである。 この資料 の保有者 は、欠損 した部分はあるが、 全ての号数 と頁 を 保存 しよ うと して いた と考 え られ る。 それは、第1号か ら第 4号、そ して第 9号 と, 8頁だての 『児童の産業』 がそっ くり保存 されて いるところか らも推測 されよ う。そ うであるな らば、それ ら 以外 の号の ものだ けが、共通 して 同 じ頁の部分 が欠頁 にな るとい うのは不 自然であ ろう。 二つ 目 の理 由は、毎月発行 されて いた ものが、1925 (大正14)年の 6月、 7月、 8月は発行 されなかっ たか らである。 発行 されなか った理 由は明 らかではない。新 聞には、何 の記述 もないか らである。 しか し、児童の産業社 に特段 の事情がな い限 り、新 聞の発行が止 まる ことは考 え られな い。考 え られ るとすれば、 費用 の問題であろ う。 この点 に関 して いえば、主宰者の岩崎は、1913 (大正2) 年2月か ら夫 人と子 ども 7人を郷里の仙台に帰 し、二重の生活 を送 っていたO仕送 りもしなけれ ば いけな い状況 にあったのであるO だか ら、経済的 に決 して余裕があったわ けではな い.
i"その余 裕 のな い家計か ら 『児童の産業』 を発行 して いたので ある。 また 『児童 の産業』 は、 一 ケ月10銭 であったが、それが高 いと注意す る人が いた ということである'nか ら、採算が とれていな い ことも 考 え られ る。 そ うだ とすれば,休刊や減頁 も充分考 え られ るだ ろ う。 また、第 11号以降、それ ま で掲載 されて いた八重山の気候 についての記事が掲載 されな くな る ことな どもあ り、 8頁だてで 発行 されて いなか った可能性 も考 え られ る。 そ うい う三つの理 由か ら、斎木 の、 5頁、 6頁、 7 頁が欠頁である とい う指摘 には疑 いがあるので あるO これ らに対す る疑 問が晴れ るまでは、 3頁 分 を欠貢 とす る結論 を出すのは早計で あるよ うに思われ る。84 『児童の産業』 にお ける地域語復権 の試み と標準語教育 『児童の産業』の記事 ・論稿の分野別数量 皇室 民俗 気 象 行政 産業 生物 保 健医療 文化教育 文化児童 芸能文 芸 本紙関 係 社会 通 知ニュース 広 告他 手紙 1号 1 0 1 2 1 0
00
0 4 145 00 18 1 11 12 1 2 3 0 1 3 6 0 00 41 136 01 8 2 58 7 0 3 3 0 0 1 4 1 00 03 31 00 1 4 123133 5 2 4 5 0 1 0 6 20
0 82 120 01 3 9 3 1 5 3 0 1 0 1 0 30 103 103 01 0 2 113 1 0 6 6 0 1 2 4 00
0
32 00 01 0 6 154 00
7 40
1 0 510
0 00 01 02 1 00
801
80
2 4 0 3 0 00 42 01 03 0 3 42 1 1 9 3 4 0 0 1 0 103 67 000
0 0 0 080
1 10 1 1 1 1 1 0 40 45 01 02 1 1 43 0 0 ll 2 3 0 0 1 6 00 78 01 03 0 ll 215 0 0 12 1 10
0 1 10
0 32 31 22 0 ll 122 3 1 13 2 0 2 0 0 3 00 84 40 03 0 9 134 0 1 14 0 0 0 0 5 0 00 37 03 01 0 49 113 1 0 15 0 1 00
1 0 00 ll2 05 11 0 15610
16 0 1 0 0 2 0 00 22 20 33 0 8 1100
0 合計 34 13 13 9 42 14 20 127 89 30 32 80 221 34 9(
2
)
『児童の産業』 の性格の多様性 次 に、 『児童の産業』 の性格 を見るために、掲載 された記事 ・論稿 の数 を分野別 に見てみよ う。 記事 ・論稿 の内容 によっては、複数 の分野 にまたが るが, この新 聞の性格 を見 て い く上では、 そ の方がよ り実態 を反映す るであろう。 現存 して いる 『児童 の産業』 の記事 ・論稿 の数量 を分野別 に分類 して示す と前頁 のよ うな表 に なるo この表 を分析す るため には、 い くつかの留保が必要であるO まず第-点は、 欠員が実 際 に 存在 し、 また斎木が指摘 して いる欠貢の問題が原本 の頁数が確定 されな いため に、 あ くまで も現 存 している 『児童 の産業』 につ いての もので ある とい う限定がついて いる とい うことである。 そ れで も 『児童 の産 業』 の記事 ・論稿 の数量 を分野別 に示す のは、 限 られた情報 ではあって も、 そ れ らの情報か ら 『児童の産業』 の性格 について見 えて くる ものが あるか らである。た とえば、 『児 童の産業』 を 「児童文化 史上きわめて重要な資料である」 (斎木) とい う視点か らみ る と、児童文 化以外 の分野 の記事 ・論稿 の意義付 け ・位置づ けの問題な どが 出てきて、そ の ことを無視すれば 『児童の産業』 が果た した役割や機能 の多様性 を見落 として しまう可能性が出て くる。そ うした見 落 としの可能惟 をできるだけ少な くしなが ら、実際 の 『児童 の産業』 が果た した役割や機能 を考 察す る ことを意図す るな らば、 児童文化以外 の記事 ・論稿 にも目配 りしな ければ な らない。 児童 文化運動 とい う視点か らも、 この新 聞の質 を問題 にす る とすれば、 そ うした ことへ の 目配 りが求 め られ るだろ う。 このよ うな問題意識 に基 づ いて、 この新 聞 に掲載 され た、記事 ・論稿 の分野別 の数量表 を作成 したのである。第 二点 目は、分野 の設定 につ いてである。 多様な分野 を限 られた 表のスペースに収めるために、 「文化教育」 のよ うに二つの領域 を一緒 に表示 を した. しか し、そ れぞれ の簡域 の記事 ・論稿が分か るよ うに、 先 に名前が出て いる領域 の ものは 上に、後 の領域 の ものは下 に書 いて いる。他 の領域 もこの原則 に基づ いて表示 して いる。 また、 教育 につ いては、 通俗 図書館 が通俗教育機 関である ことか ら、そ こか らの便 りを教育 に分類 して いる。 同様 に、歴 史や美術 に関す る記事 ・論稿 を 「文化」 で、 農業 と漁業 (水産) を 「産 業」 で、 広 告 と挨拶 を 「広告他」 で、それぞれ分類 して いるo 「行政」 については、行政機関 に関わ る問題だけを分類 し、 それ以外 の政治な どの問題は 「社会」 に分類 している。第三点 目は、 「児童文化」 であるが、子 ど も自身が作 り出 した児童文化 として、綴方や童謡や詩 を位置づけ、 教育 とは区別 して いる。第 四 点 目は、「風の息」 は、 内容か らニュース として分類 し、報道 されているそれぞれ の記事 を数量化 して示 して いる。 大 まかではあるが、以上のよ うな分類 の基準 に したが って、記事 ・論稿 を分野 別 に数量化 して表 を作成 している ことを断っておきたい。 さて、 『児童の産業』 の記事 ・論稿 の数量 の面か らまず注 目され るのは、 「通知ニ ュース」 関係 の記事 ・論稿であるO記事 ・論稿全体で7
6
7
点あるが、その うち2
8
.
8%
にあたる2
2
1
点 を 「通知ニ ュー ス」 関係で 占めて いるo新 聞 という性格上、 「通知ニ ュース」 関係 の記事 ・論稿 の比率が高 いのは 自然である。 問題は、 どのよ うな 「通知」や 「ニ ュース」が選び とられて掲載 されたのかである02
2
1
点の内訳 を見ると、 「通知」 が3
8
点、 「ニ ュース」 が1
8
3
点で あるOそ こで、 まず 「通知」 を例 にとって見てみる と、 『児童の産業』 に関す る ものが、10点。 「図書館たよ り」 が、11点。 図書紹 介が、11点。児童学友会関係その他が、 6点O以上のよ うな状況であるo 『児童の産業』 に関す る 「通知」 の中で まず注 目され る ものは、岩崎卓爾 の 「皆 さまへ」 とい う、創刊 号に掲載 された、次 のよ うな 「通知」である。句読点 を付 して示めそ う。86 『児童の産業』における地域語復権の試みと標準語教育
◎皆さまへ
南 島の朝晩は海か ら来 る風が さむ さを感 じられ ます が、 島 に居住 さるる皆様方私共 も無事息災 で一 日を楽 しく送 る事 は御 同慶 の いた りと存 じます。 さて このたび島の輝 く少年少女達 に手 引か れて、 「児童の産業」 と題す る、 シカモ 日本不二 の小 さき新聞創刊 いた しますか ら、御助 力を頗 上 げ ます。 一、創刊ハ大正十三年十一月二十二 日 -、毎 月一回 二十二 日発行 -、御寄稿 を願ふ 大正十三年十 月十七 日 八重 山通俗 図書館 館長 岩 崎 卓 爾 この 「皆 さまへ」 とい う 「通知」 は、 『児童 の産業』 を 「島の輝 く少年少女達 に手 引かれて」、 毎 月22日発行 という月刊 の新 聞 として、1924(大正13)年11月22日に創刊す るというものである。 そ して実 際 に、 この 「通知」 どお りに創刊 されて いるD 計画的 に準備 を して新 聞発行が企て られ た ことが分か る。 その ことは、発行 日を厳守 して いる ことと、創刊号 に 「児童の産業の歌」 とし て三つの歌が掲載 された ことか らも言 える。 しか も、 「岩崎翁 を頒す」 と 「子供 を頒す」 という歌 には、 「工工四」 の楽譜 までつ け られているのである。作詞 は沖縄県立師範学校 の校長北村重敬、 作 曲は同師範学校 教諭の宮 良長包で ある。 さらに楽譜はないが, 「子供新聞 を頒す」 という歌詞 も 掲載 されている。 これ らの歌が創刊 号 に掲載 された ことか ら分か る ことは、 『児童の産業』 につい ての発行 の意 図や性格が、 以前 に北村 と吉 良に伝 え られて いた ことである。作詞 ・作曲の時 間を 考 えれば 当然の ことである。そ うい う点か らも, 『児童 の産業』 は、 よほ ど準備 を して創刊 された と考 え られ る。 ここで問題 にな るのは、岩崎 と北村 ・宮 良の関係である。 この点 につ いて参考 に なるのが、次 の新 聞記事 である。 「八重 山郡八重 山村字 登野城尋常高等小学校訓導宮 良長包氏は去 月出覇の際伊波文学士宅 にて 毎 日曜 日開催 の子供 の会 を参観 し、感ず る処 あ り。 帰島後 同氏発起 して、石垣校登野城 の有志の 職 員及測候所長岩崎卓爾氏 と語 ひ本 月七 日花城永能氏宅 に於 て子供 の会発会式 を挙げた る由。 当 日参 会 の子供 は無慮二百 人程 にて賛助員諸子 も十五、 六人出席 され さ しもに広 い五十畳敷 の大広 間 も狭陰 を感 した る程 な りと。午 前九時宮 良長包氏開会 の辞 を述べ 引続 き岩崎卓爾氏、南風原英 意氏、大浜孫伴氏、喜舎場永均氏、宮城信範氏、佐久間長助氏、 宮良長包氏等 の話あ りo 其の間 に宮 良民 のバイ オ リン独奏 あ りて最後 に岩崎氏 の厚意 にて記念撮影 をな して閉会せ Lは午前十一 時半頃な りLと。」(10) この記事か らも分 か るよ うに、岩崎 と宮 良は 「子供 の会」 の発会 につ いて親 しく語 り合 う仲で あるO そ して宮 良が主宰す る 「子供 の会」 が発足 した時 には、岩崎は子 ども達 に話 を した り、記 念写真 を撮 ってあげ る等 の支援 を して いるのである。 また、官 良が勤務す る登野城尋常高等小学 校で開催 された全校児童童話大会 にも来賓 として招かれ、 「長 い長 い名前」 を語 った伊波南哲 を宮 良 ちと激賞 し、伊波 を励 ます ことも岩崎は行 って いる。`川 児童文化 に関わ っての宮 良 との こう し た関わ りか ら、宮 良が勤務す る沖縄県立師範学校 の校長である北村 との関わ りが生 じ, 「児童の産 業の歌」 が作成 され、 『児童の産業』 の創刊号 に掲載 された と考 え られ るo現段階では、岩崎 と北 村 との関わ りを示す資料や研究は見 あた らないOまた、吉 良の 「子供 の会」 は、発展 して各字 ご とに組織 されて い くが, 斎木 によれば、そ の状 況は次 のよ うだ った とい う。 「一 九二三 (大正一二)年頃は新川には真謝信友 の学友会、登野城 には伊波南哲 の学友会があっ た。 その他 に も,新川 の学友 会か ら別 れた八重 山児童学楽会 (のちに少年修 養学楽会 と改 名) が あ り、大川 には村 山秀雄、石垣正二 らの 『面 白ク ラブ』 があった。 こういった活動は、学校 で行 われて いた 『義上会』や 『童話大会』、 日曜 日の 『子供 の会』等 でお話会の面 白さを知 った少年た ちが 自主的 に展開 し,運営 して いた ものであった。」 ‖'2' 岩崎が こうした 「子供の会」 と関わ りを持 って いた ことは、彼が次 のよ うな呼びか け文 を発 し てカブヤー (凧揚げ)大会 を主催 した ことや、伊波南哲 の以下 の証言か らうかが うことができる. それでは,カブヤー大会の呼びかけ文 を見てみよ うo 八重山健児へ(13) 皆様 !二十世紀 は、 吾等児童 の世紀でせ う/ ドンナ ことを吾等 に教 えつ ゝあ りますか/ 日空 中 の征服 と空 中の研究 !/夫れでは、凧 の研究 か ら第一歩 にいた しませ う/ ソシテ一番 高 く揚 が る ものには特別 賞及び其 の外、一等か ら/五等 まで御褒美 を差上げ る ことに, いた します/皆様 ! 左記の条件御覧の上奮って/ 日独創 の凧 秘術 の凧 を/来 む二 月四 日 第十三時勝 敗 を決 しませ
ラ
条件 (以下七項 目省略) 大正十二年莫猪一月二十二 日 主催者 風廼宿主人 蝶 仙 敬 白 この文か ら、岩崎が、20世紀 を 「吾等 児童の世紀」 と捉 え、子 ども達 に期待 を寄せ ていること が分か る。 また、凧 の研 究 を通 して 「空中の征服 と空中の研 究」 つ ま り、科学研 究 へ八重 山の子 ども達 を誘お うとして いる ことも分か る。 そ して、 この呼びか けに応 えて登野城校 か ら13人、石 垣校5人、大浜校16人、 白良枝 か ら4人、客 員4人が参加 して いる事実‖l'を も加 味す る と、 この 呼びかけは 日頃子 ども達 と交流が あってな されたのだ とい うことが理解 され よ う。伊 波南哲 の話 か らもその ことは裏付け られ る。 「八重山児童学友 会の創立 当時は、 野天が会場だ ったので、 よ く測候所 の庭 を貸 して貰 ったC ここは海岸 に近 い高台なので薮蚊が いなか った。 糸数原 といわれて いたので岩崎所長 のペ ンネー ムは 『糸数原主 人』 で あった。 /安東 島司 らとともに俳句 の雑誌 を出版 した り、 島の若 い詩 人た ちの詩誌 『セ ブ ン』 を育てた りして いた。期せず して 同 じ登野城部落 に測候所があ り、南海 子 さ ん らと親 しくな り、岩崎所長 に可愛が られて薫 陶 を受 けた ことが、私 の人間形成 の上 にプ ラス し ている。」<1LJ' この証言か ら、岩崎が八重 山学友会 に便宜 をはか り、支援 して いた ことが分か る。 そ して 「可 愛が られて薫陶 を受 けた」 とい う表現 の中に一過性 でな い交流 と、子 どもへの働 きかけが あった ことも理解 され よ う。伊波 は、 同 じ論稿 で島 を出る際 に、岩崎が次 のよ うな送別 の辞 を述 べて く れた と語 っている。岩崎が八重 山の子 どもに何 を期待 して いたかが うかがえるものであるO 「大正十一年十二 月の下旬、私が近衛兵 として島 を去 る前 の晩の送別会 で、岩崎所長 は いわれ た。 『官費で憧れの東京 に運ばれ るのだか ら、 こんなお 目 (出)度 い ことはない。 除隊 して も帰 ら88 『児童の産業』における地域語復権の試みと標準語教育 ず に、東京 に踏み とどまって、詩人か作家 にな りな さい。佐藤惣之助氏 に紹介 してあげ る。 わた しは とき どき中央気象台 に出かけるか ら、何れ また会 えるだろ うo頑張 って くれ』」 `川) この伊波 の証言か ら、 島の子 どもの中にある才能や可能性 を見 つ け出 し、それが開花す るのを 期待す る岩崎 の姿 が浮かび上が って くる。 そ して岩崎 のそ の期待 に応 えて伊波 は東京 に留 ま り勉 学 に励む ことになるOその ことを第