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あらためて問う「脳死は人の死か」 ─移植医から見た臓器提供・摘出の現状─

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Cerebral Resuscitation & Brain Death Printed in Japan

Ask again: Is brain death a human death?: The current status of organ donation and transplantation in Japan from a transplant surgeonʼs perspective Atsushi Sugitani 米子医療センター外科 著者連絡先: 〒 683-0006 鳥取県米子市車尾 4-17-1 米子医療センター外科 抄 録:「脳死は人の死か」という命題は,1968 年の和田心臓移植によってもたらされた 臓器提供・移植に関する最大課題であった。医学界の自らの手で解明されることはなく曖 昧なままで,払拭し難い医療不信を国民に抱かせることになった。移植医と移植医療に対 する批判は峻烈を極め,1997 年の臓器の移植に関する法律(臓器移植法)成立,13 年後の 同法改正のときも,法学,倫理学,宗教学,文化人類学にわたる専門家をはじめ,患者と その家族から一般国民を巻き込む論争になっている。  医療行為は患者・医師の信頼関係に基づく裁量権の行使で成立している。わが国におけ る法的脳死判定後に「生き返る」事例は限りなくゼロに近い。私は移植医として,臓器摘出 手術の執刀をするのは「ドナーが死んでから」である。「人はいつ死ぬか」という命題を議 論するとき,医療にかかわる問題は,法律,宗教,文化などの人間の営みにかかわる深い造 詣が必要であるが,最終的には医師というプロ集団で決定されなければならないと思う。  臓器提供システムの整備や提供シミュレーションも重要であるが,医療分野の専門家が この最大命題に対する答えを見出す努力をして移植医に教えていただきたい。医学界が真 相究明に一致団結できなかった和田心臓移植の悔恨を二度と繰り返さぬことを希望する。 キーワード:脳死,心停止,臓器提供,臓器移植,死生観

Key words: brain death, non-heart beating donor, organ donation, organ transplantation, view of life and death

◆◆◆

特別寄稿

◆◆◆

あらためて問う「脳死は人の死か」

─移植医から見た臓器提供・摘出の現状─

杉谷  篤

はじめに

 私は移植医として,臓器移植が最善の治療,ある いは唯一の救命手段であるという患者を眼前にし て,日本の移植医療の現状に失望してきた。移植医 療は臓器を提供してくれるドナーがあって成立する 特殊な医療である。死体ドナーからの善意の臓器提 供があるべき姿であって,健常な生体ドナーに傷を つけて臓器を摘出する生体移植は正道ではない。米 国で移植医療の最先端を実践し,1997 年の臓器の 移植に関する法律(以下,臓器移植法)成立で日本 の医療に貢献できると思い帰国した。同年の法成立, 13 年後の改正法成立という時代の潮流を体験した 移植医として「人の死」を常に考えてきた。私が臓 器摘出のための執刀を開始するのは,「ドナーが死 んでから」である。旧臓器移植法制定のとき,臓器 移植を前提としたときの脳死と,従来の心臓死を もって人の死とするという「死の二重基準」ができ た。さらに,最近になって出てきた法的脳死と情的 脳死という「脳死の二重基準」は,日本人の死生観 に基づいた妥協案であろう。  広島大学大学院脳神経外科学の栗栖薫先生が第 32 回日本脳死・脳蘇生学会総会・学術集会を主催 された。開催にあたって,「30 年前に先代の魚住徹

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先生が主催され,当地で『脳死そのもの』を対象と した議論が活発に,また深く討論されていた」とい う言葉が述べられているのに感動し,移植医として の自分の疑問に対する答えのヒントが得られないか と思い発表した。その内容は,門外漢の私が本学会 に参加する理由,私自身の経験,移植医の視点から 見た和田心臓移植,脳死についての私見,日本の移 植医療の現状,日本人の死生観とその変化について であった。発表スライドに修正・加筆して「あらた めて『脳死は人の死か』」を問いたい。

私が本学会に参加した理由

 私がこの学会に参加した理由は,脳死・脳蘇生を 医学的・科学的に知り尽くしたプロフェショナル集 団の中に飛び込んで,以下のような疑問の答えを探 りたいと思ったからである。 ①私は移植医として,死体ドナーに対する臓器摘出 のメスは「死体」にのみ加える。したがって「脳 死体」は心臓が動いていても死んでいると信じて 執刀してきた。自分自身の幼い子どもが脳死ド ナーになった場合でも,移植医のプロとして摘出 手術をする。  →脳死は人の死ではないのか? ②臓器移植が最善の治療,あるいは唯一の救命手段 であるという患者を救うために臓器移植をしてき た。  →摘出手術は死体の魂を引き裂く不遜な手術で, 臓器移植は煩悩にこだわる非倫理的な医療なの か? ③国内の臓器提供を増やす必要性は黙殺し,海外渡 航移植は美談として扱うマスコミ報道。海外渡航 移植は,金で外国人の臓器を買う「日本人の恥」 と思ってみていた。  →多額の寄付で救命させること,保険適応として 日本人全体で外国人の臓器を買うことが倫理に 即した日本的美徳なのか? ④移植医療に携わる一方,一般医療のなかで器質的 脳障害,高齢者,がん末期の終末期医療を垣間見 て,人間の尊厳に反するような治療をしてはいな いかという疑問が湧くことがある。  →臓器移植を前提としない脳死判定はいけないの か? 延命治療の中止,尊厳死はいけないの か?  医療にかかわる問題は,法律,宗教,文化などの 人間の営みにかかわる深い造詣が必要であるが,最 終的には医師というプロ集団で決定されなければな らないと思う。

日本臨床倫理学会の成立と終末期医療

 脳死,臓器移植に関する問題は「倫理」問題とし て広く議論されてきた。『大辞林第三版』1)による と,「倫理」とは,人として守るべき道。道徳。モ ラル。「生命倫理〔バイオエシックス〕」とは,1960 年代,生命科学の進歩によって出生と死への人為的 介入が可能になった結果生じた,新しい倫理的諸問 題に対処する応用倫理学の一分野。人工授精・妊娠 中絶・脳死ならびに臓器移植などの問題について論 じる。患者の自己決定権などをめぐる医療倫理とも 関連。「臨床倫理〔ClinicalEthics〕」とは,1980 年代, とくに医療関係者からの要望で,日常診療において 生じる倫理的課題を認識し,分析し,解決しようと 試みることにより,患者診療を向上させること,と 定義されている。  1988 年,日本生命倫理学会が設立された。その 目的は,「本学会は,生命倫理に関する諸問題の研 究─科学技術一般と倫理との関係の研究,関連する 社会的課題の研究および関連分野の学際的総合研究 ─の推進を図ることを目的とする」と記載されてい る2)。生命倫理という命題が「人の生と死」という 根本問題を扱う領域であるから,その誕生は時代の 流れに合致していた。1997 年に帰国して以来,日 本の移植医療の現状に驚いた私は,臓器提供・移植 が進まない学術的な理由がわかるのではないかと思 い,この学会に入会した。欧米で生命倫理が誕生し た背景には,過去に患者をモルモットのように扱っ た非人道的な人体実験が行われていたことが明るみ に出るとともに,その反省に立って患者の人権を尊 重し,十分な説明と同意を得たうえで医療を行うと いう潮流があったからである。一方,日本生命倫理 学会が誕生した最大の背景は 1968 年の和田心臓移

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植であった。後述するように,移植医の立場で和田 心臓移植を検証してみると,起こった事実と和田 寿郎氏を含めた医学界の体質に驚愕した。法曹界, ジャーナリズムの領域から批判が噴出し,医療者と くに移植医に対する根強い医療不信が生まれたこと が悔やまれる。医療者の責任である。ここから,「脳 死は人の死ではない,臓器移植そのものが倫理に反 する医療行為だ」と拡大していったのである。  しかし,この学会は人権保護,医療不信が高じて 不条理が生じるようになっていた。2010 年 11 月, 私は前任地の大学勤務中に第 22 回日本生命倫理学 会年次大会を主催した。折しも臓器移植法改正が国 会で論議されていたので,移植医療や救急現場の実 際を紹介し,より広い視野で考えようという願いを 込めて,大会テーマは「社会における生命倫理」と した。演題募集を始めると,脳死移植反対論者から 多数の書籍や手紙が届いた。学会員の中にも「移植 医療に反対の学会なのに,移植医の主催を認めるこ とは容認できないので今回は参加しない」と表明す る者,臓器移植手術のビデオを供覧すると,撮影禁 止の倫理は無視して録画して移植反対材料に利用し ようとする者,質疑応答の場で自分の所属と名前を 名乗らないのも自由だと自己論理を展開する者が 現れて,私が認識していた医学系学会とはまったく 違う様相に失望した。実際,第一線で移植医療に携 わる医療者は皆無の環境で,脳死と臓器移植という ことが語られていたのである。「生命倫理」という 医学的な議論をする前提を自らで崩壊し,「科学的, 論理的に考え,建設的に議論する」「反対意見にも 耳を傾ける」「基本的な約束を守る」という倫理の 根底を見失った人権擁護団体に変容していると感じ た。これ以上の「移植医療の現実」を紹介すること は無意味と思い,私は脱会した。  和田心臓移植に端を発する医療不信の問題は,そ の後も続いた(表 1)。1999 年は医療事故元年と呼 ばれるほど医療事故が噴出した。同年 1 月に大学病 院での患者取り違え,2 月に消毒液静注,7 月に割 りばしによる脳損傷といった事例が明るみに出た。 2004 年には福島県立大野病院で帝王切開を受けた 女性が死亡し,2006 年に執刀医が業務上過失致死 で逮捕・起訴されるという事件が起きた。2008 年, 無罪判決となったが,逮捕・起訴を担当した当該警 察署は表彰され,警察は脳死からの臓器提供につい ても死の判定や臓器摘出のプロセスに疑義がある場 合は積極的な介入をする方針とした。医師の裁量で 医療行為を尽くす領域まで,警察・司法の介入が示 唆されたのである。その後も医療事故が公表される 機会が増え,2010 年に改正臓器移植法が施行され ると,世間の医療不信は医療崩壊へとエスカレート した。この状況を危惧した医師側が,「医療安全・ 医療倫理」という概念を導入し「日本医療安全調査 機構」を 2010 年に設立した。予期しない死亡事件 年次 社会問題 「医療事故」他 社会の出来事 1967~1998 脳死・移植植 1968:和田心臓移植 1988 日本生命倫理学会設立 1997 臓器移植法成立 1999~2006 医療不信 1999:医療事故多発 1.11 患者取り違え 2.11 消毒液静注 7.11 割りばし 2006~2010 医療崩壊 2006:大野病院事件 2010 改正臓器移植法施行 医療安全・医療倫理 医療安全調査機構設立 2007~2014:群馬大事件 2012 日本臨床倫理学会設立 2015 医療事故調査制度施行 日本 表 1 和田心臓移植に端を発する医療不信

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が生じた場合,医師が自発的に機構に報告する,機 構は専門的な事実調査を行い医療不信や医療訴訟を 未然に防ぎ患者支援につなげて医療崩壊を防ぎたい というものであった。医療事故調査制度として実績 を積み,2015 年以降,報告書が公開されている。  このような背景で,2012 年,日本臨床倫理学会 が設立された。やはり生命倫理,医療倫理,臨床倫 理という問題は医療者が主体として論じられなけれ ばならない。「本会は,日常の医療ケアの実践から 生ずる倫理的問題に対して広く関連分野との連携を 図りながら,患者の視点と現場の実践に基づいた立 場から対処し,よりよい医療の実践を目指すことを 目的とする」と趣旨を謳われており3),私も代表の 呼びかけに応じて発起人理事として参加した。①急 性期医療,②慢性期医療・高齢者ケア,③在宅医療 ケア,④終末期・緩和ケア,⑤精神医療・認知症, ⑥小児医療,⑦生殖医療,⑧臓器移植・再生医療, ⑨遺伝子医療,⑩倫理時事問題,⑪倫理教育の 11 領域に分かれて担当責任者を決め,手探りのなかで スタートした。医療現場で働く医療者を中心に,法 学,倫理学関係の人も多く参加し発展している。終 末期医療といえば,がん末期が念頭に浮かぶが,欧 米から学ぶターミナルケアとして整理してみると, がん末期,慢性疾患,急性疾患の 3 つの状況があっ て,患者や家族の状況,医療が営まれる環境,必要 な医療行為はそれぞれ異なっている。表 2 にそれ をまとめた。脳死や臓器提供・移植が問題となるの は,急性疾患で救急医療や集中治療を舞台として考 える場合が多く,がん末期,慢性疾患末期とは背景 が大きく異なる。本学会のように医療現場で実働す る医療者を中心にして,終末期医療のなかで脳死, 臓器提供の問題が議論されることを願う。

わが国初の交換生体腎移植の経験と顛末

 九州大学に在籍していたころの 2003 年 10 月 1 日, 3 日にわが国初となる交換生体腎移植を実施した。 実施に先立つ約 2 年前,血液型 B 型の 52 歳の夫が 血液型 A 型の 52 歳の妻に生体腎移植を希望する夫 婦と,血液型 A 型の 52 歳の妻が血液型 B 型の 49 歳の夫に生体腎移植を希望する夫婦が数カ月の間隔 をおいて受診した(図 1)。当時の血液型不適合移 植は,レシピエントに脾臓摘出,血漿交換,高用量 の免疫抑制薬投与という処置を施したうえで移植を 行う必要があり,それでも拒絶反応の発生や過剰免 疫抑制による感染合併例や死亡例もあって,血液型 一致移植に比較して術後成績も劣っていた。一組目 の妻は妊娠歴があるので夫に対する HLA 抗体も存 在しており,免疫学的に不利な点があった。二組目 は小柄な女性から男性への移植という腎機能面での 弱点があり,夫も長期透析による合併症があったの で過度の侵襲を与える手術は好ましくない状況で あった。合併症や偶発症を治療しながらそれぞれの 経過をみていたころ,一組目の妻から「日本では交 換生体腎移植はしないのですか?」と問われた。こ の女性はハワイで生まれ育った日系 2 世で,米国で 実施されている交換生体腎移植やボランティアによ る腎臓提供などの事例を知っていたのである。私は 文献を調べ,恥ずかしながらこのような移植が米国 や韓国で盛んに行われていることを初めて知った。 一組目の夫から二組目の夫に,二組目の妻から一組 目の妻に腎移植を行うと,血液型不適合,HLA 抗 体陽性,サイズ不一致,過剰免疫抑制,過大侵襲の すべてを回避することができ,医学的メリットは大 きい。しかし,血縁関係でもない,夫婦でもない,まっ たく他人同士の間での腎臓提供・移植はこれまでに 実施されたことはない。私は文献で医学的な情報を がん末期:緩和ケア病棟や在宅にて l 患者も家族も余命宣告を受けて承諾 l 患者の積極的治療はせず,身体的・精神的苦痛の緩和 l 家族のグリーフケア l 緩和ケアと在宅ケア 慢性疾患:慢性期病棟や在宅にて l ALS,脳卒中後,慢性心不全,慢性呼吸不全,認知症 l 高齢者の認知症,介護,老衰 l 小児がん患者 l DNAR,胃瘻造設,人工呼吸器停止 l 患者の意向と家族の意向 急性疾患:救急・ICUにて l 脳血管障害,心血管障害,予期せぬ事故や災害の犠牲者 l 脳死論議と臓器提供,臓器移植 l 患者はもちろん家族も不意 l 家族ケア 表 2  終末期医療(欧米から学ぶターミナルケア)の 実際 ALS:筋萎縮性側索硬化症,DNAR:蘇生措置拒否

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かき集めるとともに倫理的な面での検討を始めた。  当初は,私も患者も交換移植を躊躇していたが, 二組の夫婦 4 人ともに手術,術後のリスクが高いこ とを理解するようになった。精神科医による複数回 の面接ののち別個に説明し,交換生体腎移植を受け たいという意思を確認した。上司の主任教授に相談 のうえ,4 人にインフォームドコンセントを行い文 書で承諾を得た。1 年後,施設内倫理委員会に医学 的,倫理的,法律的な観点からの検討を申請したが, いったん保留となった。このとき承諾の条件として 二組目の妻があげたのは,「マスコミに漏れないよ うにしてください。われわれが記者に追いかけられ ることがないようにしてください。それを約束して いただければ移植をお願いします」ということだっ た。  その後,一組目レシピエントの糖尿病悪化,二組 目レシピエントが出血性胃潰瘍で胃切除術を受ける など,双方の生命予後はよくない状況であった。倫 理委員会の承認を再確認したのち,精神科医による 面談でドナーの自発的な意思を尊重し,医学的状況 とプライバシー保護を鑑みたうえで患者の利益を優 先することにした。倫理委員会との協議で,事前に 日本移植学会へ諮問するとマスコミに漏洩する懸念 があるため,二組の手術が終了してから公表するこ と,日本移植学会へは事後報告とすることとなり, 交換腎移植を行うことを決断した。当時の日本移植 学会では,血縁関係はないが夫婦間の移植は認めよ うということが議論されている最中であった。初診 から 2 年が経っていた。このときの倫理委員長で あった病理学教授から,「事後の責任はすべて委員 会で受けるから心配するな。でも,杉谷君,失敗す るなよ」という言葉を頂戴した。  交換腎移植を公表した直後,日本移植学会倫理委 員会から緊急呼び出しを受けた。冒頭,当時の日本 移植学会理事長から,「杉谷君,遺憾である」と言 われた。公聴会の大方の意見は「双方ともまったく 同じ条件で行われ,しかも結果が同一であることが 担保できなければしてはいけない」ということで あったが,もちろん現実的にはあり得ない。このと きの弁護士と思われる委員の一人が,「二組目のレ シピエントの病状が悪いから,交換したに違いない」 という主張をして譲らなかったことを私は今でも記 憶している。この事例は 1 カ月後の日本移植学会で 報告した。同時に,日本移植学会と日本外科学会に 法律家の演題がどれだけ出ているかを過去数年に 遡って調べたが,演題はほとんどなかった。法律家 は移植医療の実態をほとんど体験しておらず,医療 集団に加わって討議することもなかったのである。 後日の日本外科学会で,シンポジストの中谷瑾子氏 (故人)にフロアから質問した。「以前,交換生体腎 移植を執刀した杉谷篤という外科医であるが,その 後も正しかったかどうか悩みながら日常診療を送っ ている」と問いかけたところ,「インフォームドコ ンセントがとってあって,カルテに記載してあれば 問題ない」という回答であった。  しかし,生体から摘出された腎臓は,「ドナーの 意思をもった同一の人格」という生命倫理の考え方 に基づき,日本移植学会の倫理規定は変更され,実 質的には交換腎移植やリレー腎移植を国内では禁止 する内容となった。一方,死体から提供された腎臓

1-D:52歳男性

B型

2-R:49歳男性

B型

1-R:52歳女性

A型

2-D:52歳女性

A型

ドナー レシピエント 夫婦 夫婦 図 1 血液型不適合ペアに対する交換腎移植術

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は,「腎不全を治癒するためのモノで,日本国民共 有の財産」とみなされる。血液透析を受けている息 子をもつ父親が,「自分が死んだら,息子に献腎移 植をしてほしい」という遺言を残していても,家族 への腎臓提供は禁止され,日本臓器移植ネットワー ク(以下,JOT)のみがルールに基づいて斡旋でき るとされた。親族優先提供は 2010 年の改正臓器移植 法施行まで待たねばならなかったのである。その後, 欧米諸国,韓国では交換腎移植あるいはリレー腎移 植を行うためのプールが急速に普及・拡大しており, より安全で好結果を生むための医療が進んできたが, わが国では 1 例もない。わが国における臓器提供の 意義とその背後の倫理観が欧米諸国といかに異なる か,そして日本人が移植医療に対して払拭し難い医 療不信を抱いていることを実感する出来事であった。

日本の臓器移植の現状

 2010 年に施行された改正臓器移植法の骨子は, ①「脳死は人の死」と明文化,②生前の意思表示が ない場合,家族の承諾で脳死判定,臓器提供が可 能,③小児(16 歳未満)の臓器提供も可能,④親 族優先提供が可能,という 4 点である。JOT から 公開されているデータを基に,日本の臓器移植の現 状を紹介する。図 2 は臓器提供件数の年次推移を 示している4)。法改正後の数年は,心停止下提供は 激減したのに脳死下提供はわずかに増加したにすぎ ず,提供総数は漸減した。法改正後,JOT は脳死 下提供の普及や啓発に力を注いだ。摘出・移植とい う医学的観点からみれば,脳死下提供は摘出手術の 流れをコントロールすることができ,より多臓器の 移植が可能になるので,不意の心停止下提供よりも メリットは大きい。しかし,脳死下提供の施設や提 供システムの整備が不十分であったり,やはり「脳 死」の受容に抵抗があって絶対数が少ないためで あった。2015 年以降,心停止下提供は年間 30 例前 後で推移するが,脳死下提供が漸増していき,2019 年は 125 件と過去最多となった。しかし,2020 年 になって減少傾向にあり,欧米や韓国並みに増える ことはないだろう。  法改正後の脳死下臓器提供について,本人の意思 表示があったか,その提供のきっかけとなった理由 を図 3 に示した4)。約 8 割が臓器提供意思表示カー ドなどの意思表示がなかった例で,提供のきっかけ は約 6 割が提供施設の主治医,関係者からの選択肢 提示であった。別のデータでは,18 歳未満の提供 が 45 件あり,そのうち 15 件は 6 歳未満という小児 である。法改正によって,意思表示がない場合で も,小児の場合でも,脳死下臓器提供が可能になっ た現状がわかる。また,固形癌の治療方針の一つと して手術療法があるように,臓器移植医療も末期臓 器不全に対する集学的治療の一つとして手術療法が ある。摘出手技,移植手技をはじめ,ドナーとレシ ピエントの適応,免疫学も含めた術前・術後管理が 図 2 臓器提供件数の年次推移

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できる体制の結果として移植後成績が良好でなけれ ば,患者や国民に勧めることはできない。図 4 は, JOT から斡旋されて臓器移植を受けたレシピエン トの生存率を示したものである4)。心停止ドナー からは 2 人の腎移植レシピエントへ,脳死ドナー からは複数臓器が複数レシピエントへ移植される ので,移植件数は提供件数よりも多い。10 年生存 率は,心臓 90.9%,膵臓 86.6%,腎臓 83.5%,肝臓 75.7%,肺 58.5%,小腸 53.4%である。各臓器の生 着率は生存率よりもよくなる。また,心臓移植の生 存率は生着率と同じであるが,そのほかの臓器は生 体移植もあるので,死体と生体のドナーを合わせた 各臓器の 5 年,10 年生着率は治療法として十分に 容認できる。さらに,海外諸国と比較すると,日本 はいわゆる marginaldonor からの提供が多いにも かかわらず,いずれの臓器の生着率,生存率ともに 上回っている。  私が研修医であった 35 年以上も前,指導の先輩 医師らが 1 年間に 4 名の生体腎移植を施行された。 副主治医として参加したが,3 名は 1 年以内に透析 再導入となり,1 名は感染症で死亡した。肺水腫と なって泡沫状の喀痰を吐いた患者もあった。当時は, 拒絶反応を制御できる強力な免疫抑制薬がなかった のである。私は,腎移植医療は患者に勧められるも のではなく,自分も移植医療には進まないと実感し ていた。あのころから比べると,隔世の感がある。 図 3 法改正後の脳死下臓器提供 図 4 各臓器の移植後生存率(10 年)

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 実際の脳死下臓器提供の現場では,遺体にメスを 加えるのは移植医である。手術台の遺体は,心臓は 拍動し,体は温かく,唇は赤い。しかし,私がメス を加え,冷たい潅流液を流すと,心拍動は止まり, 体は冷たくなり,唇は白くなる。的確な手技で次々 と臓器を摘出していく。執刀開始前には,コーディ ネーターの合図で一同全員が黙祷をささげ,摘出後 は丁寧に閉創して,時には遺体安置室からのお見送 りにも付き添う。黙祷は神道で求める「御霊移し」 の儀式と私は考えており,仏教で求める遺体への礼 意も忘れてはいない。臓器摘出手術は「遺体」に対 する行為と確信して執刀しており,自分の子どもの 場合でも冷静に遂行できる。

和田心臓移植と医学界

 「なぜ,これほどまでに日本人は臓器提供,移植 医療に反対するのであろうか?」私は,この問いに 対する答えを探し続けていた。1968 年 8 月 9 日に, 札幌医科大学で日本初の心臓移植が行われた。いわ ゆる「和田心臓移植」である(図 5)5)。はじめは 日本中が賞賛をしており,私自身もレシピエントが 元気になった姿をテレビ報道で見た記憶がうっすら と残る。しかし,レシピエントが術後 83 日目に死 亡すると,批判が高まっていった。そして,心臓外 科教授であり,執刀医である和田寿郎氏が殺人罪で 起訴されるというショッキングな事件になるのであ る。私の記憶もそこまでで,日本に帰り移植医療を 専門とし,臓器移植反対の現実を知るまで,関心の ない出来事であった。  2016 年 3 月,「原点回帰─神々の生まれいづると ころで,日本人の死生観,臓器提供・移植を再考し よう」というテーマを掲げ,第 49 回日本臨床腎移 植学会を鳥取県米子市で主催した。学会が終わり, ある人から和田心臓移植に関する 1 冊の本を紹介し ていただいた。1998 年 4 月に共同通信社から上梓 された『凍しばれる心臓』(図 6)6)という単行本であっ た。これは共同通信社社会部の移植取材班が,1968 年の和田心臓移植の始まりから和田寿郎氏の告発, 鑑定,医学界の反応,そして札幌地検が不起訴処分 を決定するまでの記録と事実を,30 年を経て風化 せぬようにとまとめたものであった。札幌地検の捜 査調書が記載されている。今となっては,事実を知 る手がかりは,ここに記載された調書内容と事後の 報道記事,出版物しかないが,当時の医療レベルも 考慮して,移植医の視点から和田心臓移植を考察す 図 5 日本初の心臓移植を伝える新聞報道 (朝日新聞,1968 年 8 月 9 日 ) 図 6 『凍しばれる心臓』(共同通信社, 1998 年刊)

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る。  最大のポイントは,和田寿郎氏がドナーの執刀開 始時間を変更しているところである。1968 年 8 月 9 日,手術の翌日に開かれた記者会見をもとにした 新聞記事には,「手術は和田教授の執刀で 8 日午前 2 時 5 分から行われ 8 分で心臓摘出…,13 分で(レ シピエントの)心臓を取り出し,45 分で移植,同 5 時終了した」となっている5)。しかし,『凍れる心 臓』によると,1969 年 1 月 20 日に告発状が受理さ れて以降の捜査段階では,「心臓を摘出した胸部外 科講師の池田晃治は,検事に対してこう供述してい る。『和田教授の指示により 8 日午前 2 時 27 分,人 工心肺による補助循環を停止し,午前 2 時 30 分こ ろ山口の胸部を開き心臓の状態を観察した』」となっ ている6)。臓器摘出手術の執刀は,「ドナーが死ん でから」の皮膚切開で始まる。その後,胸骨正中切 開,心囊切開で直下に心臓が見えてくる。当時,心 筋保護液はまだ開発されておらず,心臓手術は動静 脈をクランプする単純阻血を繰り返すことで心停止 状態にして行っていた。  和田寿郎氏が執刀を開始したときには心電図は記 録されていたとあるので,心臓は拍動していたので あろう。そして,おそらく彼が直下に見た心臓は拍 動していたであろう。米国仕込みの医療を身に着け た和田寿郎氏は「脳死は人の死」と信じて,心臓が 動いていても手術を開始したが,のちに他の意見に 押されて,執刀開始を心停止後に変更したのであろ う。「脳死が人の死か」という命題は当時の学会, マスコミでも結論の出ていない大きな問題であった が,もとより医師一人で立ち向かい決断できる問題 ではない。  さらに,調査委員会を組織して第三者としての検 証をしなかった医学界の体質が大きく批判された。 以下は『凍れる心臓』からの抜粋である。①札幌地 検は当時の 3 人の最高権威者に鑑定を依頼したが, 時実(脳神経内科)鑑定,榊原(心臓外科)鑑定, 太田(病理学)鑑定は,いずれも医学者らしからぬ 曖昧な表現であった。②札幌医大の学内教授会では, 検討会開催が提案されたが,「いま開くと心臓移植 の名声が失われる,大学に汚点が付く」として反対 した。③その他の医学会,関連学会の反応は,表面 的な質疑で終わってしまった。この結末は,「日本 では集団のメンツを重んじ,ムラ社会のおきてから 外れることを恐れる。医学界という集団のなかでも, 自らの手で真相究明をしなかったので医療不信を招 いた」という移植医療の暗黒が始まる原因になった と私は思う。

脳死の二重基準

 「死の二重基準」というのは,1997 年の臓器移植 法制定のときに指摘された言葉である。従来の三徴 候死,すなわち呼吸停止,心停止,対光反射消失を 確認して人の死と考える「心臓死」に対して,6 項 目を満たす法的脳死を「脳死」と定義し,臓器移植 をする場合に限って脳死は人の死と認めるというも のである。  私がまだ日本生命倫理学会に在籍していたころ, 『脳死・移植医療』(シリーズ生命倫理学編集委員会 編,シリーズ生命倫理学 3,丸善出版,2012 年刊) が出版された。第 4 章は「臓器移植の現状と課題─ 移植医の立場から」と題して私が執筆した。東京大 学大学院人文社会系研究科の会田薫子氏が,第 10 章「脳死の『理』と『情』─臓器移植という医療の なかで」を執筆している7)。この中で,「脳死の二 重基準」という言葉を用いている。これは,6 項目 を満たす「法的脳死」に対して,「情的脳死」とい う言葉を新たに創出し,法的脳死がされた場合でも 人の死ではなく,それを家族が受容したときの「情 的脳死」が人の死であって,この間に救急医は家族 支援ができるという論理である。臓器移植法は,臓 器移植をする場合に限って「脳死は人の死」とした。 この政治的妥協の産物が,脳死の意味の変容ととも に救急現場の医師にとって有用になった。脳死の二 重基準によって,救急医の「裁量権」や患者・医師 の関係性に余地を残してくれる。つまり,法的脳死 は死ではなく完全脳不全という予後診断であって, 現代では情的脳死が科学的にも適切であると結論す るのである。  医学と医療の分野で患者という人に接する医師と して,このような形而上学的な論理に同意できるだ ろうか。ここでは,医師の裁量権を認めていながら,

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法的脳死を予後診断としており,最終決定の責任を 全面的に家族に負わせている。これで現実の医療が 成り立つはずはない。極論すると,現実の医療行為 は科学的なものは一つもない。手術,投薬,点滴す らも,受け手の患者によって科学的に適切な行為と 思われる場合もあれば,結果によって,心情によっ て,非科学的で不適切なものになり,それも時代と ともに変容する。もっとも大切なことは根底にある 患者・医師の信頼関係であって,法律や人文科学で 決まるものではない。医療現場における「人の死」は, その場にいる国家から賦与された医師免許証をもっ た人間が,その専門資格に値する技量をもって診断 するものであろう。

日本における一般的な「死と死体」に対する

考え方

 日本の歴史は,大化の改新以後に編纂された『古 事記』『日本書紀』の記載をもって始まる。そこに 描かれた神話を読んでみると,日本人古来の死に対 する考え方がみえてくる。イザナギ,イザナミの二 柱の神が「天あまの浮うき橋はし」から矛を海水に差し下ろし, 引き揚げたときに滴り落ちた海水からオノゴロ島が できた。そこに二柱の神は降り立ち,最初に淡路島, 次に四国,そして隠岐,九州,壱岐,対馬,佐渡, 最後に本州を生んだ。この八つの島を大おお八やし島まの国くにとい い,日本の原型となる。  『古事記』に描かれた死体の扱い方をみると,死 者は手足を縛られ窮屈な形で地中に埋められ,胸の 上に大きな石が置かれている(図 7)8)。死者の霊 魂が心臓に宿っているので,死後に霊魂が体を抜け て地上に現れ,災難をもたらすことがないようにと いう信仰からである。また,死んだイザナミに会い たいと熱望したイザナギが「黄泉の国」を訪ねたと ころ,体中にウジがわいて妖怪に囲まれたイザナミ を見たと記されている。古来神道では,死者は肉体 と霊魂から成り立つものであり,死は不吉なもの怖 いもので,死体は汚いもの見てはいけないものとし て考えられており,日本人が無意識のうちにもって いる死生観のルーツであろう。  神話の時代と前後して,中国から初期仏教が伝来 し日本中に広まる。仏教では,衆生がその業の結果 として,地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上とい う六道を輪廻転生する。唯一,人間道にいるときの み修行を積めば,悟りをひらいて如来(仏)になれ るとされる。その修行とは,あらゆる欲望を捨て, 生きていることに満足感を得るための肉体と精神の 鍛錬で,他者に布施を与える行為は尊いとされる。 推古天皇の摂政であった聖徳太子は法隆寺を建立 し,三宝(仏,法,僧)を敬うことを指示した。こ のころに神仏習合として神道と仏教が癒合された考 え方が庶民に広まった。  現代に戻って,この無意識な感情を極端に整理し て臓器提供・移植に当てはめてみると,神道の考え 方は「魂が抜けていない肉体にメスを加える臓器提 供には反対だが,すでに取り出された臓器に魂はな いから臓器移植は容認できる」一方,仏教の考え方 は,「布施行の一つとして臓器提供は認めるが,人 の臓器をもらってまで生きるという煩悩は許せない ので臓器移植には反対である」といえる。両者を融 合すると,臓器提供にも移植にも無意識のうちに反 対することになる。  死は不吉で死体は汚いものだから考えたくはな い,人は魂と肉体の融合である,その魂は心臓に宿っ ている。「体に触ると温かい,心臓の鼓動が見える, 耳を当てると拍動の音が聞こえる」のだから,この 図 7 古代の死体の扱い方

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図 8 渡航臓器移植に保険給付の報道 (日本海新聞,2017 年 12 月 10 日 ) 人は死んでいない。したがって,「脳死は人の死と は思えない」という結論になる。人間は五感をもっ て事象を判断するのである。

私自身の死生観と臓器移植に対する考え

 ここまで一般論を述べてきたが,移植医として医 療現場に従事してきたプロとして,私自身の死生観 と臓器提供・移植に対する私見を披歴する。 ◦人間も動物も,元は 1 つの有機物で,DNA とい う単純な構造から進化してきた。 ◦それでは,なぜ人間は牛や豚を殺して食べること ができるのか。人間は万物の霊長だから動物を食 べることが許され,命をもらって生きている。食 事の前に「いただきます」というのは,食事を作っ てくれた人へのお礼ではなく,食材となった命を いただき,感謝するという意味である。 ◦私は,神や天のおかげではなく,両親と先祖のお かげで生まれた。 ◦私は,死んだら,土や水や空気の一部となって自 然に還り,また別の生命体の一部となっていく。 死後の世界は存在せず,まったく苦痛を感じない 永眠状態であろう。 ◦死は医学だけで決定できず,社会のさまざまな要 因で変わる。個人の経験や環境で変わることもあ るだろう。しかし,私は,日本の現代医学の下で 脳死と判定されれば,生き返ることはないので, 使える臓器は移植を待つ人に提供してほしい。 ◦私は若かったころ,4 歳の子どもの臓器摘出をし たこともある。「自分の子どもでもできるのか」 という質問を受けた。私は,自分の幼い子がドナー になったとしても,プロの移植外科医として臓器 摘出をまっとうに遂行し他者を救うことを願う。 子の亡骸は,自分の手できれいに拭いた後,両手 に抱いて手術室を出る。

海外渡航移植

 2017 年 12 月 10 日の新聞紙上に,厚生労働省が 次年度から渡航臓器移植に 1 千万円程度の保険給付 をするという記事が載った(図 8)9)。米国,オー ストラリアやイギリスなどのキリスト教文化圏の 国々に臓器移植を受けに行くのである。「鳥取県議 会にも提案したいという議員がいるが,どう思うか」 と意見を求められたことがある。私は驚いた。2008 年のイスタンブール宣言で,臓器移植は自国内で賄 うように整備すると 78 カ国の参加で決められてい る。日本人が外国に行って臓器移植を受けると,そ の国の患者が移植を受ける機会を失う。そのような 医療に日本国民の税金を使うということである。当 該国の人々は何と思っているか想像力がないのであ ろうか。自国の臓器提供を増やすという努力をせず に,海外渡航移植を美談として取り上げる風潮が日 本にはあった。「利己的な日本人は,お金で臓器を 買っていく」という現地のマスコミ記事を思い出し た。国家政策として移植医療を進めるべきなのに, 国際的な感覚が欠如している。結局,この議題は審 議されることがなく実現しなかった。

死生観の変化と将来への期待

 1945 年 8 月 15 日,日本は太平洋戦争の敗戦を迎 えた。私たちの親,祖父母の世代は,空襲に逃げま どい,焦土と化した街を舞台に,目の前で肉親が死 んでいくのを経験した。「この深い悲しみの原因は

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どこにあるのだろう」「これまで,国家と天皇のた めに生きてきた」。GHQ の占領政策によって価値観, 死生観は大きく変化した。その結果,私の世代は親 世代の教育者から「国家のためではなく,自分個人 のために生きるべきだ」という教育を受けて育った。  2011 年 3 月 11 日,東日本大震災が起こった。い ち早く高台に避難した子どもたちは,逃げ遅れた親 や祖父母が津波に連れ去られていくのを目撃した。 「この深い悲しみの原因はどこにあるのだろう」「原 因を,責任を見つけることができない」「誰かのた めにできることをしよう」と考え,実際に多くの人 がボランティアとして活動した。かつて,臓器移植 に関するアンケート調査をすると,私以上の世代に は「家族,子どもには臓器提供をしてもよいが,見 知らぬ人に移植するのはいやである」という回答が 多かった。私の子どもたちの世代は,自分のためで はなく他人のために何かをすることが好ましいとい う価値観,死生観を抱くようになっている。これは 臓器提供が根本的に求める動機と共通している。  2016 年 3 月,鳥取県米子市で第 49 回日本臨床腎 移植学会を主催した。このときに JuniorSession と 題して,地元の高校生たちに「人の生と死」とい うテーマで自分たちの手で調査,研究してまとめ た結果を発表していただいた(図 9)。「Whoisthe OwnerofLife?〜死から生を知る〜」と題した発表 は,私たちに新しい世代の変化を感じさせるもので あった。2025 年には,団塊の世代がすべて後期高 齢者(75 歳以上)となる。医療費も高騰し,お金 がなければ移植手術を受けることができないという 状況が生まれる。iPS 細胞や再生医療が臓器不全の 人を治癒する時代は,まだ当分来ない。世代交代と 日本人の死生観の変化とともに,見知らぬ他人のた めに臓器提供をするということが普通になる社会が そこまで来ているように感じる。

おわりに

 冒頭で述べたように,私が本学会に参加した理由 は,「脳死は人の死か」という命題にもっとも医学 的に答えることができるプロフェショナル集団だと 思ったからである。質疑応答のなかで,会場に立っ た年配の脳外科医が,「この学会の最大のテーマは, 臓器提供のことではなく,『脳死は人の死か』とい う問いに対し答えを出すことだ」と発言してくだ さったことに一抹の安堵を覚えた。臓器提供システ ムの整備や提供シミュレーションも重要であるが, 医療分野の専門家がこの最大命題に対する答えを見 出す努力をして移植医に教えていただきたい。和田 心臓移植のときは移植医が萎縮した。臓器移植法改 正のときは脳外科医が身を引いた。医学界が真相究 明に一致団結できなかった和田心臓移植の悔恨を二 度と繰り返さぬことを希望する。 文 献 1)松村明編:大辞林第三版.三省堂,東京,2006. 2)日本生命倫理学会:学会について.  URL:https://ja-bioethics.jp/about/info/ 3)日本臨床倫理学会:日本臨床倫理学会会則.  URL:http://square.umin.ac.jp/j-ethics/pdf/ kaisoku_2017.3.18.ver.pdf 4)日本臓器移植ネットワーク:脳死臓器移植の分析 データ.  URL:https://www.jotnw.or.jp/assets/docs/data/ brain-death-data/analyze2019.pdf 5)日本初の心臓移植─少年の経過順調.朝日新聞, 1968 年 8 月 9 日. 6)共同通信社社会部移植取材班編著:凍れる心臓. 共同通信社,東京,1998,p135-137. 7)会田薫子:脳死の「理」と「情」─臓器移植とい う医療のなかで,シリーズ生命倫理学編集委員会 編,脳死・移植医療.シリーズ生命倫理学 3.丸善 出版,東京,2012,p179-195. 8)水木しげる:水木しげるの古代出雲.角川書店, 東京,2012,p39. 9)渡航臓器移植に保険給付.日本海新聞,2017 年 12 月 10 日. 図 9  第 49 回 日 本 臨 床 腎 移 植 学 会 Junior Session 「Who is the Owner of Life? ~死から生を知る~」 (2016 年 3 月 27 日)

図 8 渡航臓器移植に保険給付の報道 (日本海新聞,2017 年 12 月 10 日 )人は死んでいない。したがって,「脳死は人の死とは思えない」という結論になる。人間は五感をもって事象を判断するのである。私自身の死生観と臓器移植に対する考え ここまで一般論を述べてきたが,移植医として医療現場に従事してきたプロとして,私自身の死生観と臓器提供・移植に対する私見を披歴する。◦人間も動物も,元は 1 つの有機物で,DNA という単純な構造から進化してきた。◦それでは,なぜ人間は牛や豚を殺して食べることができるの

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