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実店舗内における高額商品選択を促す 事前の購買行動の検討 ─スマートカートデータを活用した実証分析─

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1. 導入 リテールの実店舗では ID-POS データによって消費者の会計時の購買情報は分かるもの の,消費者が入店してから会計に至るまでの行動はデータ化されないか,することが難し かった。しかしながら最近のスマートデバイスの普及と IoT の浸透によって会計以前の店 舗内での消費者の行動がデータ化されるようになり,またそれらを媒体とした個別的かつ 即時的なマーケティングも期待されているので,店舗内での消費者の行動の理解に関心が 集まっていることが指摘されている(例えば Bradlow et al. 2017; Sheehan and Van Ittersum 2018)。

店舗内での消費者の行動は,例えば「果物や野菜を買って,次に牛乳を買って,またそ の次にビールやスナックを買って…」といった購買意思決定の連続であり,最近の消費者 の行動の研究では逐次的な選択機会(sequential choices)(Laran 2010)と位置づけられてい る。こうした消費者の逐次的な購買意思決定を扱う際には,それぞれの購買意思決定が独 立した単発のもの(single shot decisions)であると考えるより,事前の購買行動がその後に 続く購買意思決定に影響を与えると考える方がより深い消費者の行動の理解につながる (例えば Dhar and Simonson 1999; Khan and Dhar 2006)として,店舗内における購買意思決 定の動的な側面に焦点があたる(例えば Sheehan and Van Ittersum 2018; Hui et al. 2009)。そ して先行研究では,事前に安価な商品(例えばプライベートブランドの牛乳)を買った後に マーケティング・サイエンス Vol. 28 No. 1 2020 pp. 7 - 27 実店舗内における高額商品選択 を促す事前の購買行動の検討

実店舗内における高額商品選択を促す

事前の購買行動の検討

─スマートカートデータを活用した実証分析─

齊藤 勇樹 慶應義塾大学大学院経済学研究科 星野 崇宏 慶應義塾大学経済学部 本研究では店舗内での消費者の逐次的な商品選択ログを蓄積できるスマートカートから得 られたデータを活用し,事前の購買行動が事後の商品選択に与える影響について調べた。顧 客8,924人による45,094回の購買機会を分析したところ, 1 )カートに値引きないしクーポン 商品があるとき,また 2 )選択までに既に店内に長く滞在しているとき,高額商品を選択し 易くなることが示唆された。また階層モデルによる消費者異質性理解のための分析からは, もともと値引き商品を買いやすい顧客ほど 2 )の傾向が強まることなどが示唆された。 (店舗内意思決定,スマートカート,予算制約,タイムプレッシャー)

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高価な商品(例えばナショナルブランドのビール)を買う傾向,あるいはその逆があること (Sheehan and Van Ittersum 2018),また商品自体の議論にとどまらず,消費者自らが事前に 購買行動に対して費やした時間が長い場合には,その後訪れた売場で何も買わないより何 か買う傾向があること(Hui et al. 2009)などがわかっている。 そこで本研究では上記の先行研究に関連して,事前と事後の購買行動を考える切り口を 変え,店舗内の逐次的な購買意思決定において事後の高額商品選択を促す事前の購買行動 を検討する。具体的には①事前の値引き商品ないしクーポン商品選択と②事前の購買行動 に対して費やした時間が,事後の高額商品選択を促すという仮説を検証する。そのために 本研究では国内スーパーマーケットチェーンの企業より店舗内の消費者の逐次的な商品選 択がわかるスマートカートデータを提供頂き,顧客8,924人による45,094の実際の購買機 会を分析する。 導入の最後に論文の構成について述べておく。次節で関連研究を述べた後, 3 節で既存 理論に基づいて仮説を構築する。 4 節でスマートカートデータについて述べ, 5 節の分析 Ⅰで固定効果を導入した離散選択モデルによる分析をおこなって仮説を検証する。そのう えで 6 節の分析Ⅱでは事前の購買行動による状況要因に加えて,消費者の過去の購買履歴 など,すなわち個人要因をも考慮した階層モデルによる分析をおこなうことで,事前の購 買行動の高額商品選択への影響には異質性,ここでは消費者異質性変数による調整効果が 存在することを理解する。これはあくまでも探索的な分析であるが,マーケティングの観 点から重要であると思われるためおこなう。これら分析Ⅰ・Ⅱの概念モデルを図 1 に示し ておく。最後に 7 節で議論と結論,また限界とインプリケーションについて述べる。 図 1 分析Ⅰ・Ⅱの概念モデル

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2. 関連研究

本研究は意思決定の遂次性(例えば Dhar and Simonson 1999)に着目し,店舗内における 購買意思決定の動的な側面に焦点をあてた有名な研究としての Hui et al.(2009)や,まだ比 較的新しいが重要であると考える Sheehan and Van Ittersum(2018)などのアプローチを引き 継ぐ位置づけであるが,ここでは相違点も交えて具体的な関連を示しておく。 まず本研究は,店舗内の消費者自らが購買行動に対して費やした時間とそれから生じる 内生的なタイムプレッシャーを考慮し,また店舗内の消費者の行動の研究では従来取得が 困難であった行動データを用いる点で Hui et al.(2009)の研究と関連する。ただし相違点と して本研究は Hui et al.(2009)が検証した,事前に購買行動に対して費やした時間が長い場 合には,その後訪れた売場で何も買わないより何か買うといった購買行為自体の意思決定 を促すとした仮説を拡張し,時間の消費が高額商品選択を促すかどうかを検証する。また 研究に行動データを用いる点は同じであるが,Hui et al.(2009)が RFID を装着したカート による店舗内の消費者の径路(path)データを用いたのに対して,本研究はスマートカート による店舗内の消費者の逐次的な商品選択ログデータを用いる。本研究のように逐次的な 購買意思決定を議論する際,RFID の形式のデータでは事後的に POS データとマッチング しなければ逐次的な商品選択はわからない。Hui et al.(2009)ではマッチングにおいて半数 以上のデータが利用できず,利用できるデータについても正しいマッチングができるか不 明であった。一方スマートカートデータでは常に購入順がわかるという利点がある。 次に本研究は,店舗内の消費者の商品カテゴリーの中で相対的に定義される高額商品選 択に着目する点で,Sheehan and Van Ittersum(2018)の研究と関連する。ただし相違点とし て本研究は事前の購買行動として,もともと相対的に安い商品を買う行動(Sheehan and Van Ittersum 2018)ではなく,値引きやクーポン商品を買う行動を考慮し,店舗内の消費者 の「儲け(gain)た感」が高額商品選択を促すかどうかを検証する。こうした値引きやクー ポンの対象商品以外への影響も研究されており(例えば Heilman et al. 2002; Milkman and Beshears 2009),本研究はそうした研究とも関連する。

またこれら海外研究以外にも国内研究として,Hui et al.(2009)が着目したライセンシン グエフェクト(licensing effect)(Khan and Dhar 2006)を検証した石橋ら(2017)や,Dhar et al.(2007)のショッピングモメンタムエフェクト(shopping momentum effect)を検証した佐 野(2017)があり,いずれの研究も国内スーパーマーケットを対象に RFID を用いて店舗内 における消費者の行動を分析している。

3. 理論と仮説 3. 1. 金銭的予算制約と値引き・クーポン商品選択

店舗内における購買意思決定を議論する際に,消費者が金銭的予算制約をもつと考える のは自然である(例えば Heilman et al. 2002; Van Ittersum et al 2013; Stilley et al. 2010)。そし

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て消費者はその予算に見合う形で商品選択をしようとするため,逐次的な商品選択に伴う 予算の状態変化,例えば「あとどれくらいお金が使えるか ?」といったことを意識する(例 えば Heath and Soll 1996; Sheehan and Van Ittersum 2018; Van Ittersum et al. 2013; Van Ittersum et al. 2010)。

このとき事前に値引き商品やクーポン商品を買うことで消費者は「安く済んで儲けてい る」と感じ(Cheng and Cryden 2018; Milkman and Beshears 2009),その後の商品選択で高額 商品をし易くなると考える(Thaler 1990; Arkes 1994)。そしてその儲けの程度,すなわち事 前に選択した商品群の「値引き率」や「クーポン率」(これらは 5 節のモデルの変数定義の 箇所で詳しく説明する)が大きければ,高額商品選択確率も上がると考える。したがって, 以下の仮説を構築する。 H1a:消費者の事前に選択した商品群の値引き率が増加すると,その消費者は高額商品を 選択し易くなる。 H1b:消費者の事前に選択した商品群のクーポン率が増加すると,その消費者は高額商品 を選択し易くなる。 3. 2. 時間的予算制約とタイムプレッシャー 消費者意思決定におけるタイムプレッシャーの一般的な理解は,時間制約が消費者の選 択プロセスに影響を与えるということである(Bettman et al. 1991)。消費者の選択問題にお いて時間制約ひいてはそれから生じるプレッシャーは,与えられた選択肢の価値とは別に, タスク変数(task variable)として,消費者の情報処理に影響を与える(Payne et al. 1988)。そ の影響の一つとして Hui et al.(2009)が理論的根拠とした Dhar and Nowlis(1999)は,タイ ムプレッシャーが消費者の選択の延期(choice deferral),すなわち与えられた選択肢内から は何も選択しない(no-choice)という意思決定をすることの可能性を下げることを示した。 より厳密にはタイムプレッシャーがこの影響を与えるのは選択が困難な,すなわち選択肢 内でコンフリクト(conflict)が生じている場合においてとされるがそれは,タイムプレッ シャーの下では消費者が補償型決定ルール(compensatory decision rule)から非補償型決定 ルール(non-compensatory decision rules)へと意思決定戦略を変える傾向があり(Payne et al. 1988),非補償型決定ルールが認知的負荷を軽減して選択肢内からの選択の意思決定 (selection decision)を容易にするためとしている(Dhar and Nowlis 1999)。ここで補償型/ 非補償型決定ルールとは,選択肢の特徴間でのトレードオフを許容する/しない意思決定 戦略である(Bettman et al. 1991)。例えばある消費者が商品の特徴として{価格}と{味}を考 慮して選択する場合,その消費者にとってある商品 A の{価格}が他の商品の{価格}より 魅力的であるが,その商品 A の{味}は魅力的でなく他の商品の{味}がより魅力的であっ たとする。この時,補償型決定ルールであれば{価格}と{味}でのトレードオフが許容され, 両特徴をトータルで評価して商品 A を選択する可能性があるが,一方で非補償型意思決 定ルールでは{価格}と{味}でのトレードオフが許容されず,例えばそのうち「辞書編纂型

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戦略(lexicographic strategy)」では{味}が最重要視されれば商品 A を選択する可能性はなく 他の最も魅力的な{味}の商品が選択される(Bettman et al. 1991)。

本研究の仮説もタイムプレッシャーに関する既存の研究から,ごく自然に導かれる拡張 である。繰り返すが消費者は時間制約のもとでは認知的負荷の低い非補償型決定ルールに よって意思決定戦略を単純化(simplification)する傾向がある(Dhar and Nowlis 1999; Payne et al. 1988)。またその際重視するのは品質といった選択肢の特徴であり,高品質・高価格 な商品の選択率が上がることが知られている(Nowlis 1995)。 また最後に重要な点として,タイムプレッシャーに関する既存の研究の多くは(例えば Kawaguchi et al. 2019),時間制約を与える主体は少なくとも意思決定当事者ではない,す なわちタイムプレッシャーは外生的な変数であることを前提にしているが,Hui et al. (2009)の場合,店舗内の消費者の購買機会に時間制約を設けてはいない。彼らの場合は外 生的なタイムプレッシャーではなく代わりに,Thaler(1999)の心理会計理論の観点から店 舗内の消費者には心理的な買い物時間予算(shopping time budget)があるとし,その消費者 自らの時間的予算制約と店舗内滞在時間の増加による予算の枯渇から感じる内生的なタイ ムプレッシャーを想定している。本研究では Hui et al.(2009)との接続性を考慮し,この内 生的な点に関しては同様のアプローチをとる。したがって,以下の仮説を構築する。 H2:消費者の購買経過時間が増加すると,その消費者は高額商品を選択し易くなる。 4. データ スマートカート(smart cart)とはスキャナーのついたショッピングカートであり,消費者 は買い物の最中に買い物かごの合計金額を確認できる利便性を享受する(Van Ittersum et al. 2013)一方で,会計に至るまでの商品選択などの店舗内行動がログデータとして記録され る。 本研究ではデータ提供元企業がスマートカートを導入したある 1 店舗における,2018年 7 月 1 日から10月14日までの約 3 カ月半の期間で集積されたデータを用いる。データには, 企業側によって匿名化されており,ID によってのみ識別されるユニーク顧客10,617人に よる61,429回の支払が完了している購買機会が記録されていた。顧客がスマートカートの 使用を開始してから支払に至るまでの逐次的な商品選択ログに加えて,カートに一度追加 した商品のキャンセルがあった場合にはキャンセルログが,また企業側がクーポンの対象 とした商品の購入があった場合にはクーポン使用ログが記録されていた。このクーポンは スマートカートを端末として店舗内で電子的に配布されているもので,顧客は対象商品を 購入すると支払に現金として,また対象商品を購入した購買機会で,つまり即時で使える ポイントを取得できる。またスマートカートデータとは別に,当該期間の店舗における明 細データを頂き,売単価やスマートカートを使用しない通常購買での購買履歴など分析に 応じて適宜参照した。 分析にあたり,キャンセルログが一度でもあった購買機会は分析対象から外した。これ

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は逐次選択における事前の購買行動の事後のそれへの影響の分析を本研究では単純化する ためである。これにより分析対象となったのはユニーク顧客8,924人による45,094回の購 買機会であった。分析対象となった購買機会によって選択された商品数は29,475,さらに これらの商品は企業側によって予めカテゴライズされており,カテゴリー換算では579で あった。このカテゴリーに基づいて商品の価格が,上記の期間の店舗におけるカテゴリー の平均売単価の10%以上,またこの基準に加えて感度分析のためとして20%以上,30%以 上であれば高額商品とした。また商品によっては期間内で価格が変動しており,仮に価格 変動がなかった場合でも形式的に,その最大価格が観測される。そこで顧客の商品選択時 に,最大価格とその時点での価格に差が生じていた場合,その商品は値引き状態にあると した(中川・星野 2017)。そして仮に商品が高額商品に該当する場合でも顧客の選択時に, この値引き状態にあった,もしくはクーポンの対象であった場合は高額商品の選択としな いことにした。また支払までに同じ商品を複数選択した場合,連続して選択した場合はま とめて 1 選択(Sheehan and Van Ittersum 2018),間に別の商品選択を経た場合には別々の選 択とした。 分析対象となった購買機会をもとにカテゴリー別の購買点数を集計したところ,579カ テゴリーの総購買点数の約80%を,111カテゴリーの総購買点数で占めていた。そこでこ れら上位111カテゴリーにおいて,高額商品とそれ以外の商品の両方が購買されているカ テゴリーの割合を日別で確認した。その結果日別で大きな違いはなく,日平均で80%以上 (高額定義が10%以上:89%,20%以上:86%,30%以上:80%)のカテゴリーで高額商品 とそれ以外の商品の両方が購買されていた。この集計をもって,顧客が直面するカテゴリー とその商品群から高額商品を選択することができる,あるいは選択しないことができる余 地は概ねあったとし分析する上で問題はないと判断した。 最後に分析対象となった購買機会について表 1 に要約しておく。 平均 中央値 25%分位値 75%分位値 商品選択数 12.5 11 7 17 購買点数 15.0 13 8 20 購買商品数 12.4 11 7 16 購買カテゴリー数 10.1 9 5 13 10%以上高額商品点数 3.5 3 1 5 20%以上高額商品点数 2.6 2 1 4 30%以上高額商品点数 2.0 1 0 3 値引き商品点数 4.2 3 1 6 クーポン商品点数 0.3 0 0 0 購買時間(秒) 829 708 351 1,165 対象購買機会 45,094 表 1 購買機会ごとの購買情報に関する要約

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5. 分析Ⅰ

店舗内における消費者の逐次的な商品選択のログデータとは,同一の購買機会が商品選 択の回数分だけ繰り返し観測される時系列データであり,複数の購買機会を想定するので パネルデータである。パネルデータ分析は計量経済学の分野でよく行われており,マーケ ティングの分野でもその分析手法が応用されている(例えば Milkman and Beshears 2009)。そ こで本研究でも購買機会ごとに固定効果を導入した離散選択モデルによるパネルデータ分 析をおこなって仮説を検証する。この手法では購買機会や消費者に関連する変数,例えば 消費者の過去の購買履歴やその日の曜日,消費者のその購買機会特有の要因の影響がすべ て固定効果として表現されるため,観測されない様々な変数の影響に伴う,関心のある説 明変数の係数に対する除外変数バイアスを考慮したロバストな推定と分析が可能である。 5. 1. モデル

以下の固定効果ロジットモデル(Fixed Effects Logit Model)を考える。

(1) ここでyjtは購買機会j( = 1,…, n )の選択時点 t( = 1,…,Tj )における 2 値目的変数で,高 額商品選択であれば 1 ,そうでなければ 0 をとる。αjは購買機会ごとの固定効果である。 x'jt=(dcj,t-1, cpnj,t-1, timejt )は事前の商品購買・費やした時間といった状況要因を表す説明変 数ベクトルで,それぞれ以下で定義する。 カート内値引き率:購買機会j の選択時点 t におけるカート内の商品,これには選択時点 t で選択した商品も含まれるが,その合計金額を,それらの商品を最大価格で購入した場合 の合計金額で割った値を計算し, 1 からそれを引いた値をカート内値引き率:dcjtとする。 yjtを説明する際には,dcj,t-1を用いることに注意してほしい。 カート内クーポン率:購買機会j の選択時点 t におけるカート内のクーポン対象商品,こ れには選択時点t で選択した商品も含まれるが,その数を,カート内の商品の数で割った 値をカート内クーポン率:cpnjtとする。カート内値引き率同様に,yjtを説明する際には, cpnj,t-1を用いることに注意してほしい。 購買経過時間:購買機会j の選択時点 t = 1 ,すなわち最初の選択が終わった時間を始点と して,t 時点目の選択が完了するまでに経過した時間を購買経過時間:timejtとする。

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choicejtは選択時点,残りはそれぞれ状況要因と選択時点の交互作用項である。choicejtは 選択時点なので単に,choicejt = t であるが,購買経過時間 timejtとの混同を避けるため敢え てchoicejtと表記する。図 1 の概念モデルには明示しなかったが,これらを考慮する理由は, 値引き商品やクーポン商品を事前に選択することによって生じる予算の余裕の発生および 内生的なタイムプレッシャーに対する消費者の知覚や認知,心理状態は選択時点によって 異なる可能性があり,ゆえに選択時点の影響を統制,一定にしたうえでの状況要因の効果: β =(βdc, βcpn, βtime' を見たいからである。またそのうえで交互作用項の係数:γdc×choice, γcpn×choice, γtime×choiceを結果的,事後的にではあるが解釈することで,状況要因による高額 商品選択確率への影響が選択時点によって異なるといった,選択時点の調整効果を探索す ることができる。 以上の説明変数を,特に交互作用項を考えるため,選択時点を含めてすべてをモデル推 定時には標準化し,実質的には事前の購買行動が,少なくとも本研究の立場からは議論の 対象とならない選択時点t = 1 ,すなわち最初の選択は外した。また説明変数間の多重共 線性を VIF により確認したところ,一般的な基準値である10以下であり問題ないと判断し た。これら説明変数については表 2 , 3 に要約しておく。 モデル推定には固定効果ロジットモデルにおいて一般的な,条件付き尤度(conditional likelihood)に対する最尤法(Chamberlain 1980)を用いた(付録 1 )。さらに念の為,通常のロ ジットモデルに対して固定効果ロジットモデルを用いること,すなわちモデルの切片項で あるα に異質性(heterogeneity)を仮定することの統計的妥当性を Hausman test によって検 証(Greene 2003)したところ,その妥当性が支持された( χ2 = 3202,p<. 001)。仮説 H1a,b と H2に伴い期待される結果は以下のようになる。 H1a:βdc > 0 H1b:βcpn > 0 H2:βtime > 0 平均 中央値 25%分位値 75%分位値 dc .19 .13 .01 .31 cpn .02 .00 .00 .00 time 597 455 198 835 choice 10.2 8 5 14 総選択時点数 518,302 dc cpn time choice dc 1.00 cpn - .02 1.00 time .04 .01 1.00 choice .06 .03 .75 1.00 表 3 説明変数の相関係数(Pearson)行列 表 2 説明変数の要約

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5. 2. 結果 モデルの推定結果は表 4 の通りである。まず主の結果として「(1)10%」の「カテゴリー の平均売単価の10%以上ならば高額商品とみなす場合」であるが,本研究の仮説検証のた めに関心のある事前の購買行動を表す変数の係数の推定値はいずれも正であり(βdc > 0, βcpn > 0, βtime > 0),有意水準0.01で有意となった。このことは店舗内における高額商品の 選択は事前の購買行動の影響を受けており,事前の購買行動の結果としてのカート内値引 き率,カート内クーポン率,そして購買経過時間の増加は,高額商品の選択のし易さを増 加させることを示唆している。 またそのうえで交互作用項の係数の推定値であるが,カート内値引き率とカート内クー ポ ン 率 に 関 し て は 正(γdc×choice > 0, γcpn×choice > 0 ),一方で購買経過時間に関しては負γtime×choice < 0)となり,いずれも有意水準0.01で有意となった。このことは店舗内におけ る高額商品の選択は事前の購買行動の影響を受けており,カート内値引き率,クーポン値 引き率の影響は選択時点が後になるほど大きくなり,一方で購買経過時間の影響は選択時 点が後になるほど小さくなることを示唆している。 感度分析として「(2)20%」,「(3)30%」の「カテゴリーの平均売単価のそれぞれ20,30% 以上ならば高額商品とみなす場合」であるが,いずれも「(1)10%」の場合と推定値は異な るが同様の結果であった。ただし「(3)30%」のγtime×choiceはわずかな数値差で有意とはな らなかった。 5. 3. 議論 分析Ⅰでは本研究が主として関心のある①事前の値引き商品ないしクーポン商品選択と 事後的な高額商品の選択,それと②事前の購買行動によって累積させた購買経過時間と事 後的な高額商品の選択について分析した。対応する仮説は H1a,b と H2であり,固定効果 ロジットモデルによる分析の結果,いずれも支持された。この分析結果から店舗内におけ る高額商品選択の要因として,事前の購買行動の結果としてのカート内値引き率,カート 内クーポン率,そして購買経過時間が示唆された。 またそのうえで事前の購買行動が高額商品選択に与える影響に対する選択時点の調整効 (1)10% (2)20% (3)30% 係数推定値 p 値 係数推定値 p 値 係数推定値 p 値 βdc .285 .000 .290 .000 .275 .000 βcpn .107 .000 .092 .000 .085 .000 βtime .066 .000 .044 .000 .048 .000 γchoice .107 .000 .052 .000 .034 .002 γdc×choice .167 .000 .172 .000 .166 .000 γcpn×choice .076 .000 .061 .000 .058 .000 γtime×choice - .021 .000 - .012 .000 - .005 .110 総選択時点数 518,302 518,302 518,302 内 高額商品選択回数 129,918 99,432 77,503 表 4 モデル推定結果

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果について探索した。分析結果からカート内値引き率,カート内クーポン率が高くなると 高額商品を選択する傾向は,選択時点が後の方が大きくなることが示唆された。一方で購 買経過時間が長くなると高額商品を選択する傾向は,選択時点が後の方が小さくなること が示唆された。これら結果の事後的な解釈としては,商品選択時点が増えてもカート内の 値引率やクーポン商品の割合が一定ならば,消費者は「安く済んで儲けている」と意識し 易い可能性がある。一方で店舗内での消費者の逐次的な商品選択が「時間効率良く」行わ れているならば,消費者はタイムプレッシャーを意識し難い可能性がある。 6. 分析Ⅱ 導入でも述べた通り,ここでは分析Ⅰによって既に仮説検証された事前の購買行動と いった状況要因に加えて,店舗内における当該購買機会以前の消費者の過去の購買履歴な ど,すなわち個人要因をも考慮したいわゆる階層モデル(例えば Gelman and Hill 2006)に よる分析をおこなう。これは消費者間異質性理解(例えば星野 2013)のための探索的な分 析であるが,マーケティングの観点から重要だと思われるためおこなう。 6. 1. モデル i は顧客,j は購買機会,t は選択時点を表すとする。既に定義した事前の購買行動を表 す変数群に加えて,消費者異質性変数を考慮した以下の階層ロジットモデル(Hierarchical Logit Model)を考える。 (2) ここでαjと βj =(βjdc, β jcpn, βjtime)' はそれぞれ以下で階層的にモデリングされている。 (3) (4) (5) (6) ここで x'jt=(dcj,t-1, cpnj,t-1, timejt )は事前の購買行動を表す説明変数ベクトルであり,Ziが 消費者異質性変数である。またbqj (q = 0, 1, 2, 3)は変量効果であり,そのベクトル bj =b0j, b1j, b2j, b3j' は購買機会で識別され,その間で独立に多変量正規分布 N(0, D)に従うと 仮定する。これは階層モデルにおける一般的な仮定である。データ構造とモデル表記の関 係については表 6 (付録 2 )も参照してほしい。 この階層モデルを考えることで,固定効果モデルでは考慮することができなかった時点 方向に不変な変数,ここでは過去の購買履歴から予め計算された消費者異質性変数Ziを 組み込むことができる一方,もともとは固定効果項であるためαjにはdcj,t-1, cpnj,t-1, timejt

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との相関を仮定してそれぞれ購買機会内での平均であるdcj, cpnj, timejを組み込んだ。ま た消費者異質性変数Ziとして,本研究では以下の「平均値引き率」を考慮する。 平均値引き率:顧客i の過去の購買機会における値引き率,つまり当該購買機会支払時の 値引き率の平均を計算し,平均値引き率:Ziとする。この変数は顧客間における値引き商 品の買いやすさを表しており,既に定義した逐次的な商品選択ごとに計算されるカート内 値引き率と異なることに注意してほしい。 本研究ではこの平均値引き率を組み込んだ階層モデルを推定するために,データを分割 して 7 月 1 日から 9 月14日までを形式的に過去の購買履歴として平均値引き率の計算にあ て,残りの 1 カ月である 9 月15日から10月14日をモデル推定にあてた。ここで平均値引き 率に関しては支払時の値を参照するため,従来の ID-POS データから計算可能であり,ス マートカートでの購買機会に限定した計算はしていない。また過去の購買履歴がない購買 機会は外した。分析対象となったのはユニーク顧客4,493人による購買機会12,644回であっ た。またこのユニーク顧客らの平均値引き率の平均は0.151(中央値:0.133,25%:0.074, 75%:0.210)であった。 モデル推定時には変数を標準化し,最初の選択は外した。モデル推定にはラプラス近似 (Laplace approximation)による最尤法(例えば Raudenbush et al. 2000)を用いた(付録 3 )。本 研究の消費者異質性理解のための分析として関心があるのはこの平均値引き率が店舗内に おける高額商品選択に与える影響:δ01であり,また平均値引き率によって調整される事 前の購買行動が高額商品選択に与える影響:δ11, δ21, δ31である。 6. 2. 結果 モデルの推定結果は表 5 の通りである。新たに組み込んだ消費者異質性変数である平均 (1)10% 係数推定値 p 値 δ00 -1.049 .000 δ01 - .083 .000 δ02 - .322 .000 δ03 - .121 .000 δ04 - .020 .037 δ10 .220 .000 δ11 - .018 .029 δ20 .039 .001 δ21 - .006 .441 δ30 .092 .000 δ31 .024 .009 総選択時点数 147,621 内 高額商品選択回数 39,065 表 5 モデル推定結果

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値引き率の係数の推定値は負(δ01 < 0)であり,有意水準0.01で有意となった。このことは 店舗内における高額商品の選択は,当該購買機会以前の顧客の過去の購買行動の影響を受 けており,過去の購買行動の結果としての平均値引き率の増加は,高額商品の選択のし易 さを減少させることを示唆している。また平均値引き率と事前の購買行動の交互作用項に 関しては,カート内値引き率と平均値引き率の係数は負(δ11 < 0)であり,有意水準0.05で 有意,購買経過時間と平均値引き率の係数は正(δ31 > 0)であり,有意水準0.01で有意となっ た。一方でカート内クーポン率と平均値引き率の係数に関しては特に有意性はみられな かった。 またこれら事前の購買行動に対する平均値引き率による調整効果を推定モデルによる予 測確率をもとにした確認もしておく。関心のある 2 変数(カート内値引き率と平均値引き 率,また購買経過時間と平均値引き率)以外の変数には 0 を代入して統制した。事前の購 買行動を表す変数に関しては,観測値に加えて理論上とり得る値を参照し,また調整変数 である平均値引き率に関しては,四分位値(中央値,25%分位値,75%分位値)を参照する。 この高額商品選択の予測・理論確率を図 2 , 3 において示す。 図 2 からは,カート内値引き率の限界的な効果,つまりカート内値引き率が高くなると 高額商品を選択する傾向は,もともと値引き品を買いやすい顧客ほど弱いことがわかる。 また図 3 からは,購買経過時間の限界的な効果,つまり購買時間の経過から生じると考え られるタイムプレッシャーが大きくなると高額商品を選択する傾向は,もともと値引き品 を買いやすい顧客ほど強いことがわかる。 6. 3. 議論 分析Ⅱでは消費者異質性理解のための分析として,事前の購買行動が高額商品選択に与 える影響に対する過去の購買傾向:平均値引き率の調整効果について探索的な分析した。 階層モデルによる分析の結果,平均値引き率の高い,すなわちもともと値引き商品を買い やすい顧客は高額商品選択をし難く,カート内値引き率が高くなると高額商品を選択する 傾向は弱いことが,一方で購買経過時間が長くなるとタイムプレッシャーによって高額商 品を選択する傾向は強いことが示唆された。 7. 議論と結論 本研究では店舗内での消費者の逐次的な商品選択がログとして集積されたスマートカー トデータから,店舗内における高額商品選択の要因分析をおこなった。その要因として事 前の購買行動を考え,①事前の値引き商品ないしクーポン商品選択と②事前の購買行動に 費やした時間が,心理的な金銭的・時間的予算の状態を変化させて,高額商品選択確率を 上げると仮説を立てた。分析Ⅰは仮説を支持するものであり,また選択時点が①②の影響 を調整することを示唆した。さらに分析Ⅱは過去の購買履歴に基づく消費者異質性変数と して顧客の平均値引き率を考慮することで,事前の購買行動の影響には異質性が存在する ことを示唆した。

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図 2 予測確率におけるカート内値引き率の影響と平均値引き率による調整効果

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7. 1. オンラインでの消費者の行動の研究との比較による本研究の位置づけ

オンラインではクリックストリームデータ(click stream data)などによって商品選択に限 らず消費者の行動を即時的かつ逐次的に追跡することができ(Wedel and Kannan 2016),そ のデータ分析は既に行われていることは容易に想像ができる。オフラインにおいてもオン ライン同様に消費者の行動をより動的にデータ化できるようになり,その分析機会が与え られたという意味では「オフラインにおけるオンラインの再現」といえるかもしれない (Bradlow et al. 2017)。例えば Montgomery et al.(2004)はクリックストリームデータによっ て取得されたブラウジング(browsing)の逐次的な履歴情報が,購買約定(conversion)予測 を改善することを示した。また特にレコメンデーションの観点から,機械学習の手法の開 発と普及と並行して,即時的かつ逐次的にデータ化される消費者の選択および購買情報の 活用は関心のあるトピックである(Wedel and Kannan 2016)。

しかしながら,どちらかと言えばデータのパターン抽出としての分析であって,消費者 の行動に関する知見や理論を踏まえた上での事前の選択および購買商品の事後への影響の 議論は本研究の知る限りでは存在しなかった。またそうした変数より,オンラインにおけ る消費者の行動分析では,消費者の行動に影響を与えるものとしてユーザーインター フェースなどのオンライン環境自体や,レコメンデーションなどによる介入効果が研究さ れている(例えば Darley et al. 2010)。 したがって本研究の知る限りでは,事前の値引きないしクーポン商品の選択が与える影 響,特にそれが事後の高額な商品の選択に関しては,オンラインでも明らかではなかった。 一方でオフラインにおける滞在時間に対応すると考えられる,ブラウジング時間といった 消費者の行動を表す変数に関しては,タイムプレッシャーの枠組みでは仮説化されていな いが,ブラウジング時間と購買への衝動には正の関係があることが報告されている (Verhagen and Dolen 2011)。オン/オフライン限らず,店舗内においてより多くの時間を 費やすといった行動が,それがタイムプレッシャーで説明されるか否かは別として,その 後の購買確率を上げることは分かっていたが,本研究では,あるカテゴリー内での商品選 択集合に注目し,高額であるという商品属性をもつ商品が選択され易くなることを新たに 明らかにした。 7. 2. 限界,結論,インプリケーション 本研究の限界としてまず,分析対象があくまでもスマートカートによる購買機会という ことがあげられる。これはスマートカートによる購買機会でなければ,すなわち通常の購 買機会であれば店舗内における逐次的な行動は分からないのであるが,顧客がスマート カートを利用するか否かの選択は顧客の自由であり,いわゆる選択バイアス(例えば星野 2009)の可能性がある。これに関しては限界としながらも,スマートカートを利用するか どうかが顧客の価格感度によって左右される可能性,例えば「価格に敏感な顧客ほど利用 する傾向があるか ?」といったことを考慮して,購買点数が本研究の対象店舗における全 購買機会の平均である13の購買機会のうち A:スマートカート利用顧客らによる通常の購 買機会群(サンプルサイズ:NA = 1,042)と B:スマートカート非利用顧客らによる購買機

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会群(NB = 1,751)の間で, 1 点あたり支払額に差があるかどうかを検定(Wilcoxon の順位和 検定)した。検定の結果,有意差はなく(p = 0.498),極端に価格に敏感な顧客がスマートカー ト利用に至っているといった可能性が否定され分析結果に大きな問題はないと判断した。 また同様な限界として,分析対象がキャンセルログのない購買機会ということもあげられ る。これに関しても,購買点数が平均である購買機会のうち C:キャンセルログのない購 買機会群(NC = 2,035)と D:キャンセルログのあった購買機会群(ND = 659)の間で,同様の 検定をしたが,これも有意差はなかった(p = 0.412)。 また高額商品の定義についても検討の余地がある。値引きないしクーポン商品といった 分類同様に,カテゴリー平均より10%以上であるかどうかというあくまで客観的かつ定量 的な規準を設けて分類しているが,商品によってはこの規準のみでは単純すぎる可能性が ある。例えばビールカテゴリーにおいて,プレミアム価格帯のそれ 1 缶の商品とレギュラー 価格帯のそれ半ダースの商品では,本研究の定義だと後者が高額商品とみなされる場合が あり,これには異論があるかもしれない。本研究ではそれでも絶対的な金額ではやはり高 額であること,また店舗内のすべての商品を分析対象にすることから,この規準のみで定 義したが,今後,特に実務などでは特定のカテゴリーに絞って分析することが考えられる。 結論として本研究では,先行研究に関連して,事前と事後の購買行動を考える切り口を 変え,店舗内の逐次的な購買意思決定において事後の高額商品選択を促す事前の購買行動 を明らかにした。 最後に本研究はマーケティングに対して実務的なインプリケーションを直接的にもつこ とを述べておく。本研究の結果から得られる知見として,スマートカートと同様なシステ ムが実施可能な小売企業は値引きやクーポン商品を選択した顧客には比較的高額な商品を レコメンドすることが利益率を高める可能性があることが分かった。この検証として,分 析Ⅱの結果を利用した簡単なシミュレーションによって効果の評価ができる(付録 4 )。ま たスマートカートが利用できない場合であっても,棚や動線の工夫を行う,あるいはここ 数年で非常に普及したデジタルサイネージとスマートカメラを連動したシステムを利用し てエンドの安売り品を選択した顧客に高額な商品をプロモーションするなどが有効である 可能性があることが示唆された。同様にタイムプレッシャーについても顧客の店舗内滞在 時間の増加に合わせて,またそれがリアルタイムに観測することができない場合であって も,消費者がタイムプレッシャーに晒されると考えられる特定の時間帯・場所(例えば Kawaguchi et al. 2019)を狙って高額な商品をレコメンドすることが有効であると考えられる。

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付録 1 

固定効果ロジットモデルの推定には,以下の条件付き尤度関数(conditional likelihood function) (Chamberlain 1980)を考える。 (7) こ こ で Bjは d =(d1,…, dTj )を 要 素 と す る 集 合 で,dtは 2 値 変 数 で 0 も し く は 1 を と る が, を満たす。 で条件づけることによって,これは実際に観測された yjt = {0,1} の組み合わせ,すなわちデータに基づく尤度 を と な る dt = {0,1} の 異 な る 組 み 合 わ せ に よ る 尤 度 の総和で割ることになるが,固定効果パラメータ αjに依存しない尤度関数を導 出することができる。あとは標準的なロジットモデル同様に,式(7)を最大化することで構造パ ラメータである β を推定することができる(Chamberlain 1980の 3 節)。 付録 2  顧客(i) 購買機会( j ) 選択時点(t) 顧客と購買機会(i, j) 消費者異質性変数(Zi) A 1 1 A,1 ZA A 1 2 A,1 ZA A 1 3 A,1 ZA A 1 4 A,1 ZA B 2 1 B,2 ZB B 2 2 B,2 ZB B 2 3 B,2 ZB B 2 4 B,2 ZB A 3 1 A,3 ZA A 3 2 A,3 ZA A 3 3 A,3 ZA A 3 4 A,3 ZA C 4 1 C,4 ZC C 4 2 C,4 ZC C 4 3 C,4 ZC C 4 4 C,4 ZC … … … … … 表 6 階層モデルにおけるデータ構造の例

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付録 3  推定方法(例えば Raudenbush et al. 2000)を説明するために,改めて階層ロジットモデルを別の 一般的な形で表記すると以下のようになる。 (8) ここで ujt, vjtは説明変数ベクトルで,δ は p ×1の固定効果ベクトル,bjは q ×1の変量効果ベクト ルで多変量正規分布 N(0, D)に従う。これはあくまでも一般的な形での表記であって,本研究の 場 合 で は となる。このときモデル(8)式の一般的な表現による尤度関数は とすると,以下のようになる。 (9) しかしながら式(9)を解析的に積分することはできず,一般的にはこの尤度関数の閉じた式を得 ることはできない。この問題に対しては としてこの関数をラプラス近似(Laplace approximation)し,解析的に積分できる形に 持ち込む方法が提案されている(例えば Raudenbush et al. 2000)。 h(bj )のラプラス近似は条件付きモード の周りで二次のテーラー展開をするこ とで以下のように得られる。 (10) ここで また なので一次のオーダーの項は式(10)から消える。したがってラプラス近似による

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尤度関数は以下のようになる。 (11) 計算手順としては 1 )初期値あるいは現在の のもとでモード を計算する,2) のもとで L(δ, D)を最大化する を計算する,の 1 , 2 を繰り返すことで最終的な を推定する(ラプラ ス近似による最尤法)。 付録 4  現在最も良くあるレコメンドロジックは,顧客の過去の購買履歴にのみ基づくものである(例 えば Agarwal and Chen 2016)。このもとで顧客に高額商品をレコメンドする場合,企業は「おそ らく値引き商品ばかり買っているような顧客は高額商品を買い難いだろう」として,分析Ⅱの平 均値引き率が低い顧客(例えば平均値引き率25%分位値周辺)をターゲッティングしレコメンドす ることが考えられるが,顧客の反応,すなわち高額商品を選択するかどうかは本研究が示すよう に過去の購買履歴のみならず事前の購買行動によっても左右される。つまり図 4 が示すように, 例えばカート内値引き率と高額商品選択確率の関係:(dc, p )は点 A で(dcA, pA )=(0,27),点 B で (dcB, pB )=(1,32)なので,仮に平均価格を 1 ,高額商品価格を1.2とすればそれぞれの期待利益: E(profitA ), E(profitB )は (12) (13) で,その差 1 %程度の違いが「どの状況において顧客に高額商品を選択肢として認識させるか」 というレコメンドのタイミングによって期待利益に生じる。この違いは売上規模が数千億円とな るような企業においては,無視できない差であると思われる。 また過去の購買履歴のみならず事前の購買行動をレコメンドロジックに加えることで,例えば 点 C では(dcC, pC)=(0.5,27)であるがこれは pC = pAなので,平均値引き率が高い顧客であっても 事前の購買行動次第ではターゲティングの余地が生まれるのである。

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図 2 予測確率におけるカート内値引き率の影響と平均値引き率による調整効果
図 4 図 2 に点 A,B,C をプロットしたもの

参照

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