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須藤健太郎著『評伝ジャン・ユスターシュ 映画は人生のように』共和国、2019年4月

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レヴュー 『評伝ジャン・ユスターシュ 映画は人生のように』|福島勲

Eizōgaku, No.105, pp.108-111, 2021 ©2021 The Japan Society of Image Arts and Sciences

須藤健太郎著

『評伝ジャン・ユスターシュ 映画は人生のように』

共和国、2019 年4 月

福 島 勲 *

1 本書は、42 歳という短い生涯を駆け抜けた映画作家ジャン・ユスターシュの全フィル モグラフィを、デビュー作『わるい仲間』(1963 年)から遺作『アリックスの写真』(1980 年)にいたるまで、その細部や複雑性を捨象することなく、それらの作品に通底する一つ の意志を浮かび上がらせるモノグラフィである。副題の「映画は人生のように」という文 句が示唆するように、ユスターシュ作品とは、「映画」と「人生」との間の距離をめぐる問 いとして考察される。「ユスターシュにとって、人生とは映画であり、映画とは人生だっ た。両者は区別されることなく渾然一体をなしていた。彼はその極限を生きた」(11 頁)。 広範な資料収集とインタビューによって裏付けられていくこの視座は、ユスターシュが残 した作品群を、映画と人生とを、物語と現実とを、フィクションとドキュメンタリーと を、語りとイメージとを接近させるための不可能な——しばしば痛切な——試みの痕跡と して読み解いてみせる。 本書は三部構成であり、第一部は「映画は経験のように——『わるい仲間』から『ナン バー・ゼロ』」、第二部は「映画は鏡のように——『ママと娼婦』と『ぼくの小さな恋人た ち』」、第三部は「映画は反復のように——『不愉快な話』から『アリックスの写真』」と題 され、ユスターシュの作品を時系列で追跡している。各部はそれぞれ独立した論考のよう なものであると著者は言うが、「経験」「鏡」「反復」という切り口には、ユスターシュの映 画作りのかたちが、作品とともに、時系列的に展開していく過程が捕捉されている。以下 に各部を概観していこう。 第一部「映画は経験のように」で扱われている時代は、二十歳頃に田舎からパリに上京 し、国鉄で働いていたユスターシュが、恋人ジャネットを通じて『カイエ・デュ・シネ マ』誌の編集部に入り込んでいく時期から始まる。25 歳そこそこで中 処女作『わるい仲 間』で仲間に認められ、『サンタクロースの眼は青い』(1966 年)の完成によって、「ヌー ヴェル・ヴァーグ」に続く「ジューヌ・シネマ(若い映画)」の旗手として有名になってい くユスターシュの姿が活写される。だが、本書の眼目は、彼のラスティニャック的な成功 を彩るエピソード群ではなく、後に『ママと娼婦』(1973 年)という傑作へといたるユス ターシュの道程を具体的に追跡することにある。著者が注意を向けるのは、フィクション 映画であるよりも、故郷のペサックの祭を記録した『ペサックの薔薇の乙女』(1968 年)、 『豚』(1970 年)といったドキュメンタリー映画制作の経験である。そして、これらのノン フィクションの経験の果ての新境地として、『ナンバー・ゼロ』(1971 年)というドキュメ ンタリー作品が生み出されることになる。 この作品は、自らの半生を訛り混じりで、間断なく語り続ける実祖母オデット・ロベー ルの姿をひたすら撮影しただけの、映像としては極めて「貧困」な作品である。しかしな *1 早稲田大学人間科学学術院/フランス文学・思想・文化資源学

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がら、これこそがユスターシュの原点、文字通り、再出発のための「ゼロ」地点となった と須藤は分析する。「彼はパリに上京して居を構えた17 区レノ通りのアパルトマンで、祖 母にカメラを向ける。この単純な身振りのうちに、これまで実践してきた数々の試みが総 括され、その後の可能性が胚胎される」(40 頁)。すでに処女作『わるい仲間』が先述の恋 人ジャネットの経験に基づいて作られていたし、『サンタクロースの眼は青い』も故郷ナ ルボンヌで撮影されていたが、ドキュメンタリー制作の体験を通じて、ユスターシュは目 の前の現実、自分や親しい者たちの「経験」、自分たちの生きた場所こそが、自分がカメ ラを向けるべき対象であることを再発見するのである。それは、フレームの外にあって 「撮られることのなかったリヴァース・ショット」(96 頁)こそが映画になるということの 発見である。この『ナンバー・ゼロ』という作品から、「映画≒(自分たちの)経験」という 認識と新たなユスターシュ作品が生まれていくのである。 第二部「映画は鏡のように」では、第一部で発見した、「映画≒(自分たちの)経験」とい う認識からさらに進んで、「映画≒(自分たちの)鏡」という境地にまでユスターシュは踏 み込んでいく。なるほど、ユスターシュ作品は自伝的だと言われるし、私生活や実体験が 反映しているとも言われるが、『ママと娼婦』という作品は「経験」を活かしたどころの話 ではない。この作品は、ユスターシュの人生の「鏡」と形容せざるを得ないような交錯が 指摘されている。 『ママと娼婦』の主要登場人物は、ジャン=ピエール・レオ—演じる主人公の男アレクサ ンドルと三人の女性である。三人の女性はそれぞれ、アレクサンドルが一緒に暮らしてい る歳上のマリー(ベルナデット・ラフォン)、彼がカフェで出会い心引かれていくヴェロ ニカ(フランソワーズ・ルブラン)、すでに別れた元恋人ジルベルト(イザベル・ヴェンガ ルテン)である。ところが、この三人の女性にはすべてモデルとなった現実の女性たちが いる。なかでも特筆すべきは、マリーのモデルがこの映画の制作において美術を担当した カトリーヌ・ガルニエであること、さらには、ヴェロニカを演じたフランソワーズが、ジ ルベルトのモデルとなった当の人物であるということである。マリーのモデルにマリーを 演じさせないのはまだ納得できるとしても、現実世界で別れたフランソワーズを自作で起 用し、しかも彼女がモデルであるジルベルト役ではなく、むしろ新たに出会う女の方を演 じさせるというところに奇妙なアイロニーがある。「ジルベルトのモデルがヴェロニカを 演じるという事実がめまいにも似た幻覚をもたらす。そもそも、虚構と現実がときほぐし がたいほどに絡み合ったこの作品で、ユスターシュは本物と偽物との関係を再審に付し、 その序列を組み替えてみせる」(179 頁)。この込み入った配役は、もはや現実を映す「鏡」 の比喩を超えている。本書に紹介されたユスターシュの証言によると、彼はフランソワー ズを失いたくなかったがために、現実では去りゆく女ジルベルトであるにも関わらず、新 たに出会うヴェロニカ役を彼女に当てたとのことである。つまり、ここでの映画は「鏡」 であるよりは、現実に働きかける呪術のような機能が期待されていたのかもしれない。 もちろん、映画が完成しても、ユスターシュとヴェロニカを演じたフランソワーズが復 縁することはなかった。しかしながら、映画はその呪術を別のかたちで見事に成就してみ せた。マリーのモデルだったカトリーヌが初号試写に参加した数日後に実際に自殺したの である。作品中では、抱き合うアレクサンドルとヴェロニカを前にして、マリーが発作的 に睡眠薬を一瓶飲んでしまうシーンがあるが、あたかも映画と現実が重なったがごとく、 そのモデルとなった現実の人物が死を選んでしまう。『ママと娼婦』の冒頭に故カトリー

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レヴュー 『評伝ジャン・ユスターシュ 映画は人生のように』|福島勲 ヌへの献辞がクレジットされるのはそのためだが、こうした一連の映画と現実との交錯は 「映画≒鏡」というユスターシュの認識を裏付けるものだったと言える。 そして、続く『ぼくの小さな恋人たち』(1974 年)でも、「映画≒鏡」という姿勢は貫かれ ていく。今回は呪術的な側面は消えたものの、「鏡」としての機能は徹底的に追求されてい る。自らの少年時代を描くために、祖母と過ごした生まれ故郷ペサックとその後に母親と 暮らしたナルボンヌが実際のロケ地として選ばれている。しかも、少年時代の思い出の出 来事を撮影する場所として、まさに現実にそれが起きた場所で撮影するというこだわりよ うだった。『ママと娼婦』が映画ではなく人生そのものとなってしまったように、『ぼくの小 さな恋人たち』もまた現実の人生を再現(再演)する奇妙な「映画≒鏡」となったのである。 第三部「映画は反復のように——『不愉快な話』から『アリックスの写真』」は、『ぼくの小 さな恋人たち』の興行的失敗から1981 年の拳銃自殺にいたるユスターシュの晩年までを扱 う。切り口は「反復」である。確かに、この時代のユスターシュ作品には、文字通りの「反 復」が見られる。『不愉快な話』(1977 年)では、親友ジャン=ノエル・ピックがカフェのト イレの扉に女性の性器を盗み見ることができる穴を発見した男の妄想について語る姿が、 ミシェル(マイケル)・ロンズダール主演のフィクション映画により「反復」される。しかも、 この映画はその物語を語るピックの姿を撮影したオリジナルのドキュメンタリー映像と併映 されるのである。また、1979 年には、1968 年に撮影したドキュメンタリー映画『ペサック の薔薇の乙女』で撮影した同じ祭が『ペサック薔薇の乙女79』として再撮影される。さらに、 『ヒエロニムス・ボスの《快楽の園》』(1980 年)では、『不愉快な話』に登場したピックが10 年以上前に友人を前にして行った《快楽の園》の絵解きをもう一度カメラの前で「反復」さ せようとするものだった。確かに『ペサック薔薇の乙女79』の「反復」については、同じ対 象を時代を変えて撮影(定点観測)していくことで、時代の推移と撮影技術の変化を浮かび 上がらせるという具体的な目的を明示することができるが、他の作品については、その「反 復」の意図を説明するのはそれほど簡単ではない。『不愉快な話』と『ヒエロニムス・ボスの 《快楽の園》』では、そもそものオリジナルの行為自体が消失している以上、オリジナルなき シミュラークルといった問題系で語るしかなく、これらの実験的なアプローチの複雑性につ いては著者の須藤もいくつかの可能性を提案するにとどめている。 だが、この第三部のクライマックスは、須藤が比類のない注意力で分析してみせる遺 作『アリックスの写真』である。この作品は、一見すると、写真家アリックスが自らの写 真をユスターシュの息子ボリスに一枚ずつ説明していく様を撮影した普通のドキュメンタ リー映画に見える。写真家が自作について語り、少年ボリスがそれに相 を打ち、ときに 質問をし、スクリーン上には語られているその写真が映し出される。時にはアリックスの 手らしきものすら写真の上をよぎる。ところが、後半になると、聞こえてくる写真の説明 と目の前に映し出された写真が明らかに「ズレ」ているのに観客は気がつかざるを得ない。 芸術家の「語り」がその「写真」と明らかに一致していないのである。まるでそれは編集上 の「つなぎ間違い」が起こっているかのようである。実際、須藤は手の位置のずれなどを 丹念に分析し、明らかな「つなぎ間違い」がそこに生じていることを証明してみせる。だ が、一体、この事態は何なのか。 アリックスがヴィトゲンシュタインについての博士論文を用意していたことを補助線と しつつ、須藤はこの「つなぎ間違い」が意図的であることを指摘する。丁寧に縫い合わさ れていた語りとイメージは、作品が進むにつれて、次第に引き裂かれていく。もちろん、

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それは単なる編集上の遊び、ユーモアで片付けることもできるのかもしれない。だが、須 藤の分析によれば、この「つなぎ間違い」にはユスターシュの確固たる意志が込められて いる。つまり、語りと目の前にある写真との「ズレ」を赤裸々に浮かび上がらせるという 意志である。すなわち、ユスターシュがこの『アリックスの写真』という遺作で観客に示 そうとしたのは、語りと写真との根本的な不一致の問題であり、さらに言えば、物語と現 実の不一致、つまりは、映画と人生との不一致ではなかっただろうか。 もちろん、より正確に分析するならば、この場合、写真はイメージであり、すでにして 現実から生まれた一つのミメーシスでしかない。しかも、『アリックスの写真』という映 画ではその写真をさらに撮影しているのだから、そこに映し出された写真の映像は、もと の現実からは遠く離れたシミュラークルのようなものでしかない。しかしながら、その映 像がそれを語る言葉と同期しているかのような錯覚を得られるとき、人はそこに語りとイ メージとの、物語と現実との、映画と人生との合一の夢に一瞬包まれることがあるのでは ないだろうか。ユスターシュも長いキャリアの中でそうした夢に包まれる瞬間があったの かもしれない。 ところが、『アリックスの写真』では、この両者の合一という錯覚が、語りとイメージ との漸進的な切断によって、本当に錯覚でしかなかったことが赤裸々に示されていく。人 は物語と現実との、つまりは、映画と人生との乖離に直面させられるのである。もちろ ん、その「ズレ」が生じさせた新たな出会いから、新たな夢や映画的知覚を紡ぐことも可 能なのかもしれない。須藤はそれを「ジンテーゼのない永遠の弁証法」(271 頁)とも表現 している。 しかしながら、結局のところ、映画作家の実人生はそうした方向に進まなかった。作品 の中で顕在化していく語りとイメージとの「乖離」とは、まるで映画と人生との接続の不 可能性をユスターシュが受容していく過程であるかのようである。作品論としての立場を ストイックに守る本書は安易に映画作家の死を解釈することを自らに禁じているが、無責 任な一読者としては、ユスターシュがその一年後に選んだ自殺とは、ズレてしまった映画 と人生との関係を、再び「映画=人生」的な方法で修復するための儀式にも映る。須藤が 仄めかしている通り、映画『鬼火』の主人公のモデルにもなった、ユスターシュが敬愛し ていたジャック・リゴーが自殺した命日に一日違いで重ね合わされたその死は、人生と映 画(物語)を再び重ね合わせるための最後の試みだったのかもしれない。 ユスターシュの作品を通じて描き出された、この美しくも一貫したユスターシュの評伝 を前にして、教えられ、説得されるばかりで反論らしきものを何一つ思い浮かぶことがな かったが、第三部のキーワードだけは、「反復」ではなく、「ズレ」や「差異」の方がふさわ しかったのではないかという思いが一瞬頭をよぎった。とはいえ、この第三部の「映画は 反復のように」という表題には、不断に更新していくことの可能な「反復」こそが映画作 家として作品を作り続けていくユスターシュにふさわしいという著者の思いが込められて いたに違いない。終わりのない「反復」によって人生と映画との接近を考え続けていくこ と。国際的にも第一級のモノグラフィを完成させた本書の著者が、本書の献辞の宛先であ るとともに、1996 年の日本初公開時の『ママと娼婦』のパンフレットに燃えるような文章 を寄せていた故梅本洋一氏の志をさらに広げるかたちで、今後もこうした優れた研究の 「反復」を続けていってくれることを願ってやまない。

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