日本料理の発明 : 近代的「美味しさ」が作った日本の階層
全文
(2) 甲南女子大学研究紀要第 46号. 人間科学編 (2010年 3月. ). も,何 度 も食べ る うち に,慣 れ る。 味覚 には学習す る. る食 にふ さわ しい客 を集め る。庭 ,部 屋 ,器 ,サ ー ビ. とい う こ とが ある。 日本 人 と一括 りに して好 き嫌 い を. ス,盛 付 け,と い うように,化 学 で は対象 にな らない. い う よ りも,個 人に よって「美 味」 の 感覚 はか な り違. 文化 的要素が ,美 味 を構 成す る。. う。 そ れ な らば ,個 人で美 味 を楽 しめ ば よ い は ず だ. 庭 や掛 け軸 ,花 ,器 な どで料理 に雰 囲気 を与 える. ,. あ る い は ,美 味 を化 学 的 に分析 し再構 成 しよ う とす. が ,い っ しょに食べ る こ とを楽 しみ とす る。 美味 しい ,ま ず い ,は ,4国 人の感覚 だが (好 き嫌 い. る,ど ち らの狙 い も,食 そ の ものの 美味 しさだけで は. は もっ と個 人的感覚 で あ る),誰 か と共 有 しな い と. な く,外 在的 な何物 か に よつて美 味 を客観化 しようと. 美味 しい ,あ るい は まず い ,と い う経験 にな らな い。. す る。逆 に言 えば,美 味 は い くつ もの要素 か らなる複. ,そ の 肉. 合体 で あ り,語 りつ くす ,分 析 しつ くす ,と い う こ と. をい っ しょに味 わって い ない 人に伝 えて ,そ んな肉 を. が難 しいの であ る。 た しか に,き れ い な器 に盛 って あ. 食べ てみ た い ,と い う「賛 同」が あ って ,そ の 美味 さ. る とさらに美味 しい し,雰 囲気 の よい部屋 は美味 しさ. は個 人の感覚 よ り以上 の 意味 を もつ 。美味 しい とい う. を増す。化学調味料 も,そ れだけで は化学物 質 だが. 個 人的感覚 は,共 感 を得 て体験 とな り維持 され る。. 出汁 に しのばせ る と美味 さの輪郭が はつ き りす る。明. ,. あれ ほ どに美味 い 肉 を食 った こ とが ない ,と. ,. カ ン トは,プ ラ トンか らの伝統 の なかで ,美 味 につ. 石 の桜鯛 だ,若 狭 の グジだ,越 前 の カニ だ,と 言 われ. い て は じめ て 本 格 的 に 論 じた 哲 学 者 で あ っ た 。. る ととて も高級 で 美味 しく感 じられ る。 つ ま りは,個. (Telfer,35;Pippin;Rind)社 会学 で は ,ジ ンメルが. 人的経験 と して の 美味 しさは,美 味 を共感す る場所. 食 にお け る「共 感」 につ い て 議論 して い る。 (ジ ンメ. そ の雰 囲気 や ,調 理法や盛付 けにつ い て,具 体 的 な言. ル)他 者 な しには,美 味 は美味 と して存在 しえない 。. 葉 をま とわせ るこ とで伝 わ りやす い 。具体 的 な言葉 は. さらに,賛 同 した人 は 自分 の体験 の なかで と くに美. 料理 の格差 を生 み ,食 材 ,調 理法 ,食 べ る場所 ,そ し. 味 しか った 肉 を語 るか も しれ ない し,肉 の美味 しい料. ,. て食べ る人の違 い を如実 に表す。. 理法 を語 るか もしれ ない 。す き焼 ,し ゃぶ しゃぶ ,ス テ ー キ,ロ ース ト・ ビー フ,と い う食べ 方 につい て も. 2.本 膳 料 理. :最 高 の 料 理. 語 るだろ う。 ス テ ー キの焼 きかげんは どの程度が好 も しい か を論 じる こ ともあ る。甘 い ,辛 い ,酸 い とい う. 戦前 の 日本 ,か な り裕福 になった昭和初期 で も,京. 感覚 に,香 り,歯 ごた えが加 わって ,美 味 い とい う味. 都 や大 阪 の商家 で は,魚 が食卓 にのぼるの は 月 に二 回. が完成す る。食べ 物 と して賞味す るには,個 人的 な感. であ った。 一 日 と十 五 日は 「 さか 日」 と呼 ばれて ,こ. 覚 の経験 を,調 理法や食材 を客観 的 に語 つて 美味 さを. れ以外 の 日は ,ご 飯 に漬 物 ,煮 た野菜 が 副 菜 で あ っ. 確 実 にす る よ うで もあ る。美 味 しい ,を 共 有 す る に. た。 (橋 本 ,178). は,主 観 的 で抽象的 な言葉 で伝 えて も的確 には伝 わ り に くい 感覚 なのであ ろ う,ど の よ うに調理 されたか. ,. 二 〇世 紀 の 半 ば以 降 ,日 本や アメ リカな どの先進社 会 にお い て ,人 類始 まって以 来 の潤沢 な食料事情が実. さらに どの よ うな場 で 供 されたか ,と い う よ うにモ ノ. 現 された。 スーパ ーマー ケ ッ トには,世 界 中か ら集 め. と して確 か ら しい要素 の 表現 が語 りの重要 な部分 にな. られた幾 多 の種類 の 食物が溢 れて い る。 この潤沢 な食. る。. 料 の状況が起 る前 は,多 くの人び とは質素 な食生活 に. 美味 しい か らと奨め られた店 に行 ったけれ どそれ ほ. 甘 ん じ,時 には飢饉 を経験 し,そ の 間 ,権 力者 だけが. どで はなか った,と い う こ とになる と,奨 めた人の感. 贅沢 な食事 を して きた。食事 は権力 を誇示す る方 法 で. 覚 が問題 になる。あ る場合 には,趣 味全体 が問題 にな. もあ った。 ヨー ロ ッパ では,国 王が 食事 の 質 だけで な. る し,人 間性 が疑 われ る と うこ とに もなる。共感 を得. く量 も多 く食べ てみせ るこ とは権力 の 象徴 となって い. るに しろ,否 定 され るに しろ,美 味 は一 人の 感覚 だけ. た。 ル イ十四世 は この 点 では有名 で ,朝 か ら卵 二 〇個. では成立せず ,社 会 的 で あ る。. も使 った オム レツを食べ た と言 う。す で にナ イフが テ. 化学 的 に,美 味 しい とい う感覚が再現 で きる と して も,食 す る状 況 が整 わ なけれ ば美 味 の 経 験 に な らな. ー ブルに備 え られ る よ うになって い たが ,手 で 食 べ る こ とをル イ十 四世 は好 んだ。 (Pincard,80). い。 日本料理 な ら,庭 ,掛 け軸 ,器 ,さ らに供 され る. 庶民 に も,贅 沢 な食事 の一 端が 口に入 るこ とが あ つ. 料理 の順 とタイ ミングが重要であ る。食事 を楽 しむ時. た。 祭 り,婚 礼 ,葬 儀 な どの 非 日常 の機会 で あ った。. 間 と空 間 を,家 族 や友 人,同 僚 ,あ るい は接 待 の相手. 特 別 な場 合 に,肉 や野菜が贅 をこ ら して盛 られて い る. と共有す る こ とも重 要 であ る。 また,料 亭 も,提 供す. 料理 を楽 しむ こ とがで きた。権 力者 の 日常 の 食が ,一.
(3) 橋本. 満 :日 本料理 の発明 :近 代的「美味 しさ」が作 った 日本の階層. 般庶民 には稀 な機会 と して ハ レの 食事 が配分 されたの. た。 ただ し,参 加者全員 に三の膳 が つい て ,し か も三. で あ る。. の膳 には土産が のせ られて い る こ とが 多か った。鯛 の. 食事 は,地 位 と機会 に よって不均等 に配分 されて き. 尾頭 つ きの塩 焼 とか ,大 きな慢頭 とかが 用意 されて. ,. た。 身分 の 高 い者 のテ ー ブルには いつ くもの皿 に食 べ. そ の場 で 口にす る もので はなか った。膳 に乗 っていた. 物が 山 と積 まれ ,身 分 の低 い者 のテーブルに乗 せ られ. 品 に格差 はおそ ら くな く (主 賓 だけは土産が違 った よ. た皿 数 は少 なか った。 中央 の一段 高 い場所 に国王一家. うで もあ る),着 座 の順 で ,た とえば分家 とい う格 差. のテ ー ブルが据 え られ ,国 王一家が食 べ ることを居並. は つ け られ て い た だ ろ う。 また ,本 膳 と呼 ば れ た膳. ぶ貴族 たちは見守 った。 さらに この宴会 を,市 民 は遠. は,食 事 の最後 に出 されて,米 やそばな どの主食がの. 巻 きに眺 め て い た。 (Pincard,87;Ferndndez― Armesto,. せ られた膳 で もあ った。 つ ま り,言 葉 だけが残 って. chap.5). 本膳料理 の本来 の姿 は失 われて い た。(増 田 ・江原 ,30. 食 べ る こ とは権力 の 表現 で あ つた。不平等 を と もな. ,. -31). って食事 が行 われたの に,一 方 で は美味 しい ,と い う. 本膳料理 は,身 分制度 の上で行 われた宴会の料理 で. 感覚 は共有 され ない と意味 を もたない 。美味 とい う個. ある。広大な屋敷 で,多 数の人間が,そ れぞれの身分. 人的経験 が他者 と共有 されては じめて意 味 を持 つ こ と. に従 って,座 位置か ら食材,料 理法 まで違 うものを. に矛盾す る よ うに,不 平等 に美 味 の「共感」 は保 たれ. 一斉に食 したのである。現在 の感覚 か らは,共 に食 し. て,権 力 の維持 に貢献 して きた。. た とは言えない。けれ ども,確 かに共食の体験 (conviv―. ,. 日本 で は,正 式 の 宴会 に供 されたの は本膳料理 であ. ial)で あ った。かつ て 日本人に とつて正式 の料理 であ. った。室 町時代 に さかのぼる とされ る。 最 高級 の本膳. り,そ の座に参す ることに意味があ り,そ れだけで も. 料理 は七五三 と呼 ばれた。一 の膳 (本 膳 )に 七 品 ,二. 美味であ っただろ う。. の膳 に五 品 ,三 の膳 に三 品が載 せ られた。最高 の七五 三の本膳料理 は 身分 の 高 い 主客 だ けに供 された。 身分. 身分社会が崩壊 してい くと,同 じものを共に食 して 楽 しむ,と い う方向へ ,宴 会 の料理 は変化 して い つ. が下が るに したが い ,品 数 ,膳 の 数が減 らされ ,膳 の. た。 この「進化」 は,身 分か ら切 り離 された主体性 の. 格 に したが って着座 も主賓 か ら遠 ざけ られた。最下 級. 強まり,伝 統 にのっとらない権力,た とえば資本力 と. の者 は,膳 で な く折敷 に一 汁 二 菜 ,場 所 は廊下 ,と い. い うような近代的権力 ,の 変化 を表 していた。. う こ とになった。米 の掲 き方 までが違 ってい た。 (濱 田 ・林 ;熊 倉 ,25-29). 3.会 席. (懐 石 )料 理. ここで も,美 味 の共感 は あ ったはず で あ る。 この盛 大 な本膳料理 に参加 した とい う こ とと,末 席 で も料理. 現 代 の 日本 にお い て料 亭 で 提 供 され るの は ,会 席. は 日常 の 食 とは ちが った「ハ レ」 の ものだった。廊 下. (懐 石 )料 理 と称 され る コース料 理 で あ る。 参加 者 が. に参席す るだ けで も,相 当 の 身分が必要 で あ った。 一. 数人 で も百人で も,全 員 に同 じ料理が供 され る。 同 じ. 汁 二 菜 で あ って も参列 で きる こ とは,参 加 で きず に屋. 料理 を食 べ て美味 を共感 し,同 じ時 間 と空 間 を共有す. 敷 の外 にい る人び とに対 して,権 威 を示す こ とで あ っ. る。格式張 った大 きな宴会 な ら着座 の順 もあ るだろ う. た。 この廊 下で食 した一 汁 二 菜 の美味 はそ う と うの も. が ,せ いぜ い が主賓 と重立 った もの ,あ とはそれ以外. ので あ ったろ う。. の者 とい う程度 の不平等 であ る。本膳料理 の よ うな身. 本膳料理 は重 要 な宴会 に供 されたので ,文 書 に残 さ. 分格差 を前提 に した宴会料理 で はない 。. れて い る。 記録 は宴会 の盛大 さ,つ ま り上下の ものが. 出 され る食 べ 物 は平準 化 され て い る。 向 う付 ,八. どれだ け参加 したか ,と い う こ とを残 して い て ,料 理. 寸 ,と い う よ うな オ ー ドヴルに,煮 物 ,焼 物 あ るい は. 法 な どは詳 しくわか らな い。 もちろん,檜 ,焼 物 ,蒸. 天 ぷ らが あ り,吸 物 と御飯 が あ って ,水 菓子 と呼 ばれ. し物 とい う よ うな料理 は,使 われた贅沢 な食材 ,鳥. るデザ ー トで終 わる。 この形 は, フラ ンス料理 の フル. ,. 魚 ,野 菜 な どとともに記録 されて い るが ,想 像 で しか. コー ス とよ く似 て い る。 さらに,数 人が前 にす るテ ー. そ の 美 味 は 再 現 で きな い 。 (熊 倉 ,同 上 ;seligman,. ブルに二 品ず つ サ ー ビス され る点 で も同 じであ る。本. 170). 膳料理 の一 部 を切 り取 って簡便 に したのが会席料理 だ. 本膳 とい う言葉 は,第 二次大戦後 で も,地 方 の宴会 では使 われていた。結婚式や葬式 ・法事 に残 された本. と言 われ るが ,現 在 の会席料理 は個別 の膳 で供 され る こ とが な い 点 だ け で も伝 統 の 本膳 料 理 か ら切 り離 さ. 膳料理 は,三 の膳 までつ くとい う形式 は継承 されてい. れ ,形 も料理 も供 し方 も現代 の フラ ンス料理 の フル コ.
(4) 甲南女子大学研究紀要 第 46号. 52. ― ス に似 て い る。. 人間科学編 (2010年 3月. ). す る会 席料理 は世俗 の 食事 で あ った。江戸 の八 百善. ,. 会席料理 は,茶 の湯 の 際 に供 されて い た。懐石 とい. 京 の祇 園二 軒茶屋 な どの料理屋が文化文政期 に盛 んに. う字 をあて る よ うにな ったのは,千 利体 の 時代 か らは. な り,幕 末 には料理屋 の番付 までが作 られた。料理屋. か な り下 る。 (谷 村 ,H4-15)元 々 は ,茶 を喫す る前. は遊 里 にあ り,飲 み ,食 い ,芸 能 を楽 しむ場 で あ っ. の腹 こ しらえのための 食事 であ る。利 体 は一 汁 三 菜 を. た。 大 名 の宴会 に能が欠かせ なか った よ うに,遊 里 の. 基準 と した。秀吉 を招 い た茶事 で も,一 汁 三 菜 で あ っ. 宴 会 は芸 妓 の 歌 舞 音 曲 な しに は あ りえ な っ た 。 (揖. た。 本膳 料理 か らす れ ば ,一 汁 三 菜 は あ ま りに質素. 斐 ,209-13). で ,利 体 の 茶 の湯 の思想 を十分 に表 して い る。 点か ら見 る と,会 席料理 は 本膳料理 へ の対抗 とい う′. か つ ては,富 と社 会的地位が なければ,茶 事 の会席 料理 を楽 しむ こ とはで きなか った。武家 だけで な く ,. 茶事 に参加 した客 に同 じもの を供 して ,共 食 に不平等. 資本 を蓄積 した商 人 の 間に も茶事 は広が って さらに贅. を持 ち込 まない。本膳料理が多数 の 客 を招 い て ,身 分. 沢 になった。遊里 に料理屋が さか んになる と,金 さえ. 格差 をあ らわ に し権力 を示威す るの に対 し,茶 の 湯 の. あ れ ば 高級 料理 を楽 しむ こ とが で きる よ うに もな っ. 食事 で は亭 主 自らが食 を供 して主客 の対等 な一 体感 を. た。江戸の八 百善 は,な かで も贅沢 とされて い て ,材. 強調す る。 身分 の 高 い亭 主であ って も,心 配 りの 食べ. 料 を吟味 した茶漬一杯 に とんで もない料金 を請求 し. 物 を,最 高 の状態 で最 良 の タイ ミングで提供 して もて. 人 々はそれ をむ しろ喜 んだ。 (原 田,231). ,. なす。 当然 ,茶 の湯 を共 にす る少数の 人間が ,茶 を楽 しんで一時の非 日常 を共有す るのであ る。茶の湯が重. 4。. 近 代 の 料 理 :日 本 料 理 の 発 明. 視す る「心 づ か い」 は,の ちの 日本料理が引 き継 ぐ重 要 な伝 統 と もされ る。 つ ま り,モ ノ を供 す る こ とに. 明治 以 降 ,西 洋 の 料理 が 日本 に流 入 した。 明治 以. 「心づかい」 とい う意味を付与 して,心 の問題を食材 とその調理によつて美味 とするのである。単に食べ. 前 ,す で に西 洋 の料理 は 日本 に入 ってはい た。 長崎 の. る,と い う こ とだ けで な い ,convivialの 体験 が 醸 し. に西洋 人のためのホテ ルが作 られ ,ホ テ ルの レス トラ. 出 され る。. ンで西洋料理が供 せ られ る よ うにな って,日 本 人 も西. 利休 は,わ び,さ び を旨 と して質素であ るこ とを茶 の湯 の 中心 にお い たが ,利 体 の死後す ぐに も贅沢 にな. 卓献料理 はその一 つ であ る。 だが ,本 格 的 には,東 京. 洋料理 に接す る よ うにな った。 もちろん,一 部 の 政治 的経済的 エ リー ト,教 育界 の エ リー トだけであ る。. ってい った。 よ りす ぐった器 を使 い ,高 級 な食材 を用. 明治政府 は,当 時 の ヨー ロ ッパ の王 宮 に広が ってい. い ,贅 を こ らす よ うにな った。幕 末 には,鳥 取 藩 の松. た フラ ンス料理 を正 餐 と した。明治五年 に天皇が 牛 肉. 平不昧 ,彦 根藩 の井伊 直弼 な どは茶 人 と して有名 で あ. を食べ た と言 われて い る。 (岡 田 ,41)外 国 の 賓 客 に. ったが ,道 具や後段 と呼 ばれ る茶事 の 宴 会 に凝 った。. 供 された正式 の 食事 は,た とえば 明治四年 の天 長節祝. 会席 に 「懐石」 とい う字が あて られて ,茶 事 の 食事 を. 晩餐 で は,日 本料理 ではな くフラ ンス料理 で あ った。. 特 別 の もの と した の も,茶 の湯が高級 な文化 と して喜. 正 餐 に 日本料理 は使 われなか った。 (岡 田,172-77). ばれ る よ うになってか らである。懐 の石 で 暖 め る,と. 開国 の ころ,日 本 に来た外 国 の全 権大使や公使 を. い う メタフ ァー で もて な しを表現す るのであ るが ,質. 幕 府 は 本膳料 理 で もて な した。本 膳料 理 の 形 式 ば っ. 、 づ かい と し 亡 素 さに心 をのせ て供す る よ りも,贅 沢 を′. た ,ま ず い料理 に対す る不満 を,パ ー クスたちは記録. て供す る料理 へ と変化 した。 (谷 村 ). して い る。 (増 田,81-82,83-84). ,. 主君が 臣下 の 家 へ ,「 御 成 り」 とい う訪 間 をす る。. 西洋各 国が ,幕 府 の要 人 を もて な した の は,す で に. 茶事 か ら始 まって ,食 事 が 延 々 と続 く大 宴 会 で あ っ. ヨー ロ ッパ 各 国 での正 餐 で あ った フラ ンス料理 であ っ. た。翌 日の 夕刻 まで ,酒 を献 じ,膳 を換 え,そ の 間 に. た。 肉食 を しな い と聞 い て い た 日本 の 高官 は,喜 んで. 能や狂言が演 じられ る とい う大層 な もので あ った。宴. 肉 を食べ ,土 産 と して もって帰 った。 (児 玉 ,78). 会 には ,食 事 ,酒 ,そ して芸 能 が不 可 欠 で あ った。 (熊 倉 ,26-29). パ ー クス た ちの 日常 食 に,幕 府 は鳥 ,猪 ,鹿 ,兎 を 提供 した。 パ ー クスは提供 された良質 の 肉 を賞賛 して. 会席料理 は,茶 の 湯 か ら離れて ,よ りよい 食材 や巧. い る。 つ ま り,当 時 の 日本人は牛 や馬 は食べ なか った. み な調理 を競 い ,料 理屋 の 会席料理 へ と展開 して い つ. が ,雉 ,鴨 ,猪 ,鹿 とい った家畜 で ない獣 肉は食 して. た。 (谷 村 :熊 倉 ;筒 井 )茶 事 や御成 りの 宴 会 は ,い. い た。生 肉の処理 の技術 があ って こそ ,パ ー クスが喜. わばハ レの 食事 で あ ったが ,富 裕 な人び とが 贅沢 を食. んだ良質 の 肉類 を提 供 で きた ので あ る。 (1曽 田,77,88.
(5) 橋本. 満 :日 本料理 の発 明 :近 代 的 「美味 しさ」が作 った 日本 の 階層. -89)当 時 の 日本 人 は,牛 肉は食 べ なか ったが ,猪. ,. 雉 ,鹿 ,猿 な どの野 生 の 獣 肉 は 食 べ て い た よ うで あ る。 もちろん,毎 食 に肉が供 されたわけで はな く,一 日,十 五 日 とい つた ごちそ うの 出 る 日や ,正 月や盆. 5。. ヌ ー ベ ル ・ キ ュ イジ ー ヌ. :. フラ ンス 料 理 の 革命. ,. 祭 り,と い ったハ レの 日にである。 あ るい は,よ く言. 明治 四年 の天 長節 の 晩餐会 を用意 した の は,築 地 ホ. われ るが ,薬 食 い ,と い って ,体 の滋養 のため に獣 肉. テ ルにいた フラ ンス 人の シ ェフ,ル ー ル とベ ギ ューで. が食 された。. あ った 。 (村 岡 ,175)彼 らが提 供 した フ ラ ンス 料 理. 牛鍋が ,明 治 になって流行 した。牛 肉 を和風 の 味付. は,現 代 のわれわれが フランス料理 とい って い る もの. けで ,日 本 人 は食 べ は じめたのであ る。西洋料理 で嫌. とはか な り違 う。 ナ イフ とフ オー クは用意 されたが. われたのはバ ター の風 味 で あ って ,牛 肉 を醤油 と砂糖. 一皿 ご とに供 され る ロ シア式サ ー ビスで あ つたか は. で煮 る とい う「伝統 的」 な食 べ 方 は,さ ほ どの抵抗 な. メニ ュー か らはわか らない。 (村 岡,182-83). ,. ,. く受 け入 れ られた。鴨鍋 ,猪 鍋 ,と して食べ られて い. われわれが フラ ンス料理 とい つてい る料理 は,二 〇. たの を,牛 肉に代 えた「新 しい」料理 で あ った。食材. 世紀 に入 って,エ ス コ フイエ が確 立 した フラ ンス料理. に馴‖ 染 みの ない こ とよ りも,調 理法 ,味 付 けが ,日 本. であ る。 フラ ンス革命 か ら一 九世紀 の終 りまで にほぼ. 人の味覚 にあ うか が 「美味」 の大 きな条件 であ った。 染 み ない食材 よ りも,U‖ 染 み ない風 味 に適応 す る. 形が そ ろって きた コース編成やサ ー ビスの 方法 をま と め あ げ た 「 新 しい 料 理 (ヌ ー ヴ ェ ル ・ キ ュ イ ジ ー. のが むつ か しい。明治 の初期 には,そ れ まで 日本 にな. ヌ)」 であ る。 オ ー ドヴル ,ス ー プ,メ イ ン ・ デ イ ッ. か った食材 が 多種多様 に入 って きた。 ほ うれん草 ,茄. シ ュ,サ ラダ,デ ザ ー トとい う,今 も供 され る順番 と. 子 ,じ ゃが い もな どの西 洋野菜 だ けで な く,大 根 や人. 皿 数 で あ る。 エ ス コ フイエ の 変革 は,コ ースの 品数 を. 参 な ど日本 人が食 して きた野菜 も輸入 された。逆 に言. 減 ら し,そ れぞれ一 品ず つ をサ ー ビスす るこ とで あ っ. えば,野 菜 も,日 本 の在 来 の もの は ごぼ うや蕪 の他. た。一皿 ず つ を一 人一 人 に供す る方式 は,ロ シア式 と. J‖. ,. 七 草 と してあげ られ るほ どの種類 で ,貧 弱 な ものが 多. 呼 ばれて ,一 九世紀 か らフラ ンス に入 って い た。 これ. か つた 。 (岡 田 ,61)新 しく入 つて きた野菜 は ,日 本. 以前 の フラ ンス式サ ー ビスで は,大 きな鉢 あ るい は皿. の調理法 で「 日本 の料理」 として食 べ られた。昆布 や. にのせ た料理 をデ ー ブルに運 んで い た。あ とは,銘 々. 鰹 の 出汁 ,醤 油 ,と い う日本 人 にな じみの美味が ,新. が 自分 の皿 に とる,と い う食事 の仕方 で あ った。. 入 りの 食材 の 調 理 に用 い られ た。 同 じ野 菜 を西 洋風. ヌ ーベ ル ・ キ ュ イジ ー ヌは,今 で は,一 九七 〇 年代. に,た とえばポ トフー にす る と,こ れ は馴染 みの ない. に 日本料理 の手法 をフラ ンス料理 に取 り入 れた変化 と. 料理 であ った。. され る。 エ ス コ フイエ が確 立 した味 を,ク リーム を減. 明治 の大変化 の なかで ,日 本 人は牛 肉 を食 べ る よ う. ら して ソースの味付 け を軽 くし,ア ジア風 の香 辛料 を. になったが ,そ れ まで食 べ て い た猪 ,ウ サ ギ,鹿 な ど の獣 肉 を食 べ な くな った。 ただ ,猪 は牡丹鍋 と して残. 使 い ,飾 りつ け も色彩 あ ざやか に変 えた フラ ンス料理 であ る。 だが ,ヌ ーベ ル ・キ ュジーヌの動 きは何 度か. ってい る。 食 べ る肉の種類 が減 ったの に対 し,野 菜 の. あ り,フ ラ ンス料 理 が 欧米 の 高級料 理 haut cuisineと. 種類 は格段 に増 えた。 だが ,大 根 も人参 も在来種 はほ. して独 占的地位 を獲得 して い くなか で ,か つ ての宮廷. とん ど消 えて しまった。 ここで ,日 本 人 は,慣 れ親 し. 料理 を変 え,さ らに時代 にあ つた新 しい料理 と して変. んで 食 べ て きた野菜 を失 った。食材 には大 きな変化が 起 ったが ,食 べ 方 は維持 されて 日本料理 は継承 された. 革 して きた 「運 動」 であ った。 (Pinkard;Davis,8) 最初 のヌ ーベ ル ・キ ュ イジ ー ヌは,高 級料理 の確 立. ので あ る。 つ ま り,ア メ リカ原産の野菜 は,在 来種 よ. で あ った。 一八 世紀 で あ る。 どの よ うに新 しか ったか. り形 や大 きさが変 わって も,調 理法が 同 じな らJ‖ 染 み の風 味 を もつ 日本料理 と して,食 の伝統 は継 がれた。. とい う と,ソ ース を軽 くし,装 飾 を少 な くした こ とで あ る。 この変革 を行 った料理 人 は,ア ン トニ ン・ カ レ. 明治維新 に よる断絶 は,馴 染み の調理法 に よって伝統. ームが代 表 であ った。 それ まで の料理 は,ロ ース トさ. の 日本料理 として継続 された。. れた肉 (鹿 や豚 )に 木 の実 を飾 りつ け,さ らにサ フラ ンな どで金色 に染 め る,と い う手法 で整 え られた。大 皿 あ るい は大鉢 に山高 く盛 り付 け られて,テ ー ブルに 運 び込 まれた。客 は,銘 々の皿 (か た いパ ン)に 料理 をのせ るのだが ,大 皿か ら手 で とって持参 のナ イフで.
(6) 甲南女子大学研 究紀要 第 46号. 切 る,と い う食 べ 方 で あ った (エ リア ス,第 四章 )。. 人間科学編 (2010年 3月. ). フ イエ の 登場 よ り以前 の ものであ った。 い くつ かのヌ. カ レーム は食材 の 自然 の形 を生 か し,食 材 の 本来 の. ーベ ル ・ キ ュ イジー ヌの運動 をへ て,高 級料理 の地位. 味 を生か し,自 然 を供す る よ うに した。 カ レームの得. をす で に確立 して い た。 テ ー ブルにはナ イフ とフ ォー. 意技 は,当 時 の建築 か庭 園 の よ うに左右対称 に盛 り付. クが並 べ られ ,個 人 ご との皿 も用意 されて い たが ,ロ. ける こ とであ った。今 か ら見 る とか な り装飾 的だが. シア式 サ ー ビス とは 限 らなか った。大鉢 ,大 皿 に盛 ら. ,. そ れ で も当時 と して は ,カ レー ムの 手 法 は 新 しか っ た。 哲 学 で は ル ソーの 自然主 義 が 興 隆 した時期 で あ. れた料理 を銘 々が 取 り分 ける フラ ンス式 のサ ー ビス も 残 っていた。 つ ま り,幕 末 0明 治初期 にや って きた西. る。 古 い 人工 に対 して ,新 しい 自然 ,と い う対比が. 洋料理 はエ ス コ フィエ 「革命」以前 の ものだった。. ,. このヌー ベ ル ・キ ュ イジー ヌの運 動 で あ った。. さらに, 西 ,羊 料理 はイギ リス とアメリカか ら日本 の. 一九 世紀 には,カ レームの料理 は時代遅 れ になって. 来 たの もので ,「 美味 しくな い 」西 洋料理 で あ った 。. い た。 カ レームが 始 めた「革命」 は さらに新 しさを求. た しか に明治の新政府 に力 を持 ったのは イギ リスで あ. めたので あ る。食が ,儀 礼 としての 食 よ りも,個 人 の. った し,開 国 させ たの はアメ リカであ った。太平洋 を. 好 み を優先す る よ うにな った。. さかんに行 き来 して い たの はアメ リカの船 で あ った。. レス トラ ンは ,個 人の好 み にあ う食 べ 物 を,一 人. 当然 ,新 しい 食材 もア メ リカか らや って きた。 日本 で. で ,あ るい は家族 で ,親 しい友 人 とテ ー ブル を共 にす. 供 されて い た西 洋料理 は,イ ギ リス風 とか アメ リカか. る機会 を作 った。 レス トラ ンが 出現す る前 の外 食 は. らだか ら,と 言 われて ,日 本 に い た外 国人 の評判 は よ. ホ テ ルで 「主 人の テ ー ブ ル. table d'hOte」. ,. に つ く しか. くなか った。 (岡 田,50-51). なか った。 ホテルで 供 された食事 は,見 知 らぬ 客 同士. 明治 の 半 ばには,多 くの料理書が翻訳 された。 あ る. が一 つ のテーブル (ホ テルが用意 した料理が大皿や大. い は,大 使館 で働 い た料理 人が街 へ 出て レス トラ ンを. 鉢 に盛 られて い る)を 囲 む もので しか なか った。 この. 開 い た。 また ,新 しく開かれた女 学校 で は,ア メ リカ. 不便 さに対抗 して,フ ラ ンス革命 が勃発す る前 か ら. か らの家政 学 とともに,栄 養豊か な西洋料理が若 い 日. 健康維持 のための 食事 と称す る スー プを提供す る人た. 本女性 に伝 え られた。女 学校 へ 娘 をや る階 層 とい う. ち restaurateurが 店 を持 ち始 め た。 客 の それ ぞ れ の 要. 限 られた人 々の 間 でだけ,西 洋料理 は広 ま り楽 しまれ. 望 (体 調 )に 応 じて食 べ 物 を提供す る よ うにな ったの. て い た。 (草 間,137-38). ,. ,. であ る。客 は,ホ テルが用 意 して選択 の 余地 の な い 食. 二 〇世 紀 になって ,エ ス コ フ イエ が確立 した フラ ン. くつ かの献立か ら自分 の好み にあ う料. ス料理が 日本 に入 って きた。 フラ ンス料理 をプ ロの料. 事 で はな く,い. 理 を選 べ る よ うにな った。 (spang) ブ リア ーサ ラヴ アンが 現 れ ,ガ ス トロノ ミー を始 め たの も この 頃 であ る。 彼 の 『美 味礼 賛 La Physiologie. 理 人に教 える コル ドン・ブルーが 開設 されたの は一九 〇〇 年 で あ った し,こ の学校 での近代 フラ ンス料理が 正 統 な もの として世 界中 に広 め られた。 カ レームが. ,. は,美 味 を求 め てサ ロ ンや友 人知 人 の 家 を. 自然 を尊重 し,食 材 の 味 を引 き出す料理 ,と 主 張 した. 食 べ 歩 くエ ピソー ドを集 め た もの だが ,「 生理 学 」 と. 王 宮 の 高級料理が ,エ ス コ フィエ にい たって高級 ホテ. あ る よ うに,一 つ の科学 と して美味 は探 求 され る もの. ルで 供 され る「 高級 料 理 」 と して確 立 され た の で あ. だ とブ リア ーサ ヴ ァラ ンは主 張 した。食事 をす る場所. る。 日本 に も,い くつ もの高級 ホテルが 建 て られ ,フ. はす で に宮廷 ではな く,宮 廷 で供 された高級料理 は消. ラ ンスで 習 って きた高級料 理 が供 され る よ うに な っ. え,貴 族 の屋敷 あ るい はマ ダムた ちのサ ロ ンが ,新 し. た。 (草 間). du GoOt』. い 美味 の供 された場所 であ った。 だが ,新 しい 時代 の. 日本 に どれ ほ ど,こ の正 統 的 フラ ンス料理が伝 え ら. 交遊 の なかで楽 しむべ き味 とは,実 は,失 われた美 味. れ たの だ ろ うか。焼 失 した築 地 ホ テ ルで の 宴 会料 理. の懐 旧で もあ った 。彼 は,「 古 い 料理 」が もはや昔 の. は,エ ス コ フィエ 流 の完成 した高級料理で はない 。 日. ままで は な い ,と い う レ トリックで ,「 近代 の 美 味 」. 本最初 の正 餐 と して残 された メニ ュァ を見 る限 り,皿. を確 立 しようと した。 (ブ リア ーサ ヴ ァラ ン ;BOuvier,. 数 ,供 された順 ,ソ ースの種類 は古 さを残 して い る。. 97-8). (村. 岡,同 上 ). 洋食 にむ しろ この「古 い フラ ンス料理」 の 名残が あ 6。. 日本 に定 着 した西 洋料 理. る よ うで あ る。 カ レー ライ スや トンカ ッは,洋 食 と称 され る 日本で発明 された西洋料理 で あ る。 カ レー ライ. 一九世紀半ばの 日本に来たフランス料理は,エ スコ. スは,フ ラ ンス料理風 のル ー にカ レー の濃 い 味 をのせ.
(7) 橋本. 満 :日 本料理の発明 :近 代的「美味 しさ」が作 った日本の階層. て,肉 と野菜 を煮込 んだ料理 であ る。 イ ン ドか らイギ. に うつ るが ,鰹 と昆布 の 味 は強 い風 味 を もた らす。 フ. リス をへ て,カ レー味 の ブラウ ン・ ソース に仕立 てて. ラ ンス料理 の 白 い 皿の代 わ りに,色 と りど りで さまざ. あ る。 トンカ ツ も,天 ぷ ら風 にデ イー プ ・ フライに し. まの形 を した鉢 や椀 が使 われ ,食 材 の 自然 さを演 出す. た豚 肉に,強 い味 の ウス ター ソース をか ける。 コロ ッ. る。現在 の 日本料理 で は,本 膳料理 の銘 々膳 はす で に. ケ も,ベ シ ャメル ・ ソ ー ス を使 うク ロ ケ ッ トを真 似. な く,テ ー ブルにつ ぎつ ぎ と皿が運 ばれて ,膳 ご とで. て,マ ッシ ュ したジ ャガイモ を衣 で 包 んで天ぷ ら風 に. 料理 を供 す るこ とはな い。味 と見 た 日は フラ ンス料理. あげる。 日本 で作 られた洋食が ,軽 い 味 を好 む 日本料. に対抗 して,供 し方 は本膳料理 を否 定す る。. 理 にはない はず の濃厚 な味 を持 つ 。 日本 人 に とつて. ,. 近代 の 日本料理 は,美 味 の経験 にお い て本膳料理 ヘ の批判 で成 り立 ちてい る。本膳料理 は 自然 で ない 。膳. 洋食 は重 い 味 で なければ い けないの で あ る。 た しか に,エ ス コ フィエ の料理が ,カ レーム の 時代. ご とに用意 された豪華 さは美味 で はない。膳 に乗せ ら. の料 理 とちが って ,フ ラ ンス 料 理 と して は よ り「 自. れて い る料理 が 身分 の上下 をあ らわす ことは,身 分制. 然」 の 味 を追求 した ものであ って も,当 時 の 日本 人が そ の 違 い を区別 で きたか は疑 間 であ る。「 自然 の 味」. を残 す点 で近 代 の料理 としては許せ ない。 一 堂 に会 し た人び とは同 じ料理 を食す るべ きであ る。 ヌ ーベ ル ・. とい って もク リームや バ ター の味 と香 りが強 く,出 汁. キ ュ イジ ー ヌ以前 の宮廷料 理 にお い て も,作 られた豪. と醤油 をベ ース にす る 日本 人が なれて きた味覚 とは ま. 華 さに最高 の価値 が あ り,テ ー ブルに広 げ られた料理. った く違 った「重 い 味 の」料理 であ る。. は,金 色 に輝 き,飾 りあげ られて い た。 豪華 さに美味. ただ し,洋 食 は,ち ょっ とハ イカラで手軽 な西洋料. があ った。そ の 豪華 さの一端 にかか わるこ とがで きる. 理 と して庶民 に浸透 した。高級 なフラ ンス料理 は,ふ. こ とが 「美味」 で あ った。正餐 と して の本膳料理 に も. つ うの 日本人ではなかなか出会えない西洋 の料理 であ. 同 じこ とが 窺 われ る。近代 の会席料理 は,本 膳料理 に. った。百貨店が高級 な品揃 えをして中流の新興ブルジ. 対す るヌ ーベ ル ・キ ュ イジー ヌに位 置 づ け られ る。. ョワジーの消費文化 を提供 したとき,洋 食 は食堂 に不. 日本料理が ,西 洋 の正 餐 と対等 に見 られ る よ うにな. 可欠なメニ ューであ つた。百貨店に比べ ると,ホ テル. ったの はいつ 頃か らだろ うか。江戸 の八 百膳 や京 の二. はさらに上層 の 日本人を相手に,高 級 なフランス料理. 軒茶 屋 中村楼 とい う江 戸 時代 か らの料 亭 は遊 里 にあ. を提供 していた。カレー ライスや トンカツとい う日本. る。供 された料理 は現在 の コース料理 ではない 。 二 の. 化 された「洋食」ならかな り多数の 日本人が共有で き る味覚 であったが,エ ス コフイエの料理本 の最初 に出. 膳 ,三 の膳 ,さ らには五 の膳 まで も供 されて い た。皿. て くるポ トフーの味 を,ど れだけの 日本人が想像で き. あ る。膳 の合 間に,芸 妓 の歌舞音 曲を楽 しんだ。能狂. たかは疑 間である。. 言が演 じられた本膳料理 の形式 と食 し方 を継承 して. 数 ,品 数 ともに もっ と大量 の料理が用意 された よ うで. ,. 食す る こ とよ りもむ しろ遊 ぶ こ とに力点が置 かれた よ. 7.日. うで あ る。他方 ,近 代 の会席料理 は,食 す る こ とだ け. 本 料 理 の特徴. を許す。魯 山人が 一九二五 年 に始 めた星 岡茶 寮 で は. 北大路魯 山人が主張する日本料理の特徴 は,も ちろ. ,. 芸妓が入 るこ とは禁 じられた。 (山 田,32). ん,現 在 の 日本料理 の料理人たちも言 うのだが,季 節 の食材 を自然のままに調理 して素材の味 を引 き出 し ,. 8.新 し い 美 味 の 体 験. 三新 し い 支 配 層 の 形 成. 心 を込めて供す ること,で ある。 (平 野 ,39-41,46, 47,50). 幕 末 か ら明治 の初 め に西洋料理 をは じめて食 べ た 日. カ レー ム も自然 を強調 した。 エ ス コ フ イエ はそ れ を. 本 人 に とって,西 洋 の 味 ,つ ま リク リーム とバ ター の. 徹 底 した。 フ ラ ンス 式 サ ー ビス は廃 止 され ,個 々 の 客. 風 味 は,鼻 をつ くおそ ろ しい味覚体験 で あ つた。 それ. に一皿 ず つ供す る ロ シア式サ ー ビス は,日 本料理 で言. で も,肉 料理 とワイ ン,ウ イス キ ー に喜 んだ。食 し方. う,心 を込めた もて な しであ る。 茶事 にお い て ,主 人. は,本 膳料理風 に,歌 って踊 つて ,飲 み食 い した。残. が客 を もて なす基本 で あ った。. した ものは懐紙 に包 んで土産 に した。 (児 玉 ,56). 近代 の 日本料理 は,ヌ ーベ ル ・キュイジ ー ヌ後 の フ. 日本 に西洋料理が定着す る と,土 産 の風 習 は引 き出. ラ ンス料理が旧体制 の料理 を批判す る と きに用 い る レ. 物 に踏襲 された。 ホテルの宴会 ,た とえば結婚 の披露. トリックを元 に して い るか に も聞 こ える。透明 な出汁. 宴 で ,菓 子 な どが 引 き出物 と して最初 か ら用意 されて. は,フ ラ ンス料理 の ク リーム に比 べ る と目には軽 い 味. い る。本膳料理 の三 の膳 の継承 で あ ろ う。 もちろん. ,.
(8) 甲南女子大学研究紀要 第 46号. 披 露宴 の なかで ,親 戚や友 人が歌 った りす るの は,日. 人間科学編 (2010年 3月. ). 「芸術 家」 とい う新 しい 地位 を手 に入 れた。. 本 の伝統 的 な宴 の慣 習 で あ る。芸 の披 露 な しに,パ ー. 日本料理 ,あ るい は「会席料理」 と称 し,正 餐 とし. テ イは終 らない 。味 だ け で な く,い っ しょにな って歌. ての格式 を もつ ジ ャ ンルがで きれば,こ の ジ ャ ンル を. い踊 る饗宴 で ない とハ レの 日の 集 ま りにはな らな い。. 人び とは「 高級料理」 と して食べ る。 カテ ゴ リーがで. 味 を楽 しむだけで は convivialに な らない 。. きれ ば,ど の よ うな食材 を使 お う と,西 洋料理 とは異. 北大路魯 山人の星 岡茶寮 は,遊 里 か ら離 され ,食 事. なる 日本料理 と して の美味 の体験 が可能 になる。 肉 を. だけ をす る場所 で あ った。大阪 の 吉兆 も,食 す るため. 焼 い て も,西 洋 食材 の ソース を使 って も,日 本 の器 に. の 料 亭 とな つた 。 茶事 の 「懐 石 」 料理 を継 承 しつ つ. 盛 れば 日本の美味 になる。現 在 の 日本料理 の もっ と も. も,利 体 の主 張 した一 汁 三 菜 で は 質素 なので ,一 の膳. 「 近 代 的」 な部 分 は ,生 野 菜 が 供 され る と こ ろ で あ. だ け の一 汁 五 菜程度 の 日本 の コース料理 を創造 した。. る。サ ラダな どは,本 膳料理 で は あ りえない 。西洋料. い や む しろ ,エ ス コ フ イエ の 「 高級 料 理 」 を範 に し. 理が 日本 に入 る まで ,日 本人 は生 の野菜 を食 しなか っ. て ,向 う付 ,八 寸 ,焼 物 ,煮 物 ,揚 げ物 ,汁 ,飯 ,水. た よ うであ る。 (児 玉 ,77)会 席料 理 で 食 べ るの は. 菓子 ,と い う,新 しい「 日本料理」 の コースが作 られ. もち ろん 料理 そ の もの を食 べ るの で あ るが ,庭 で あ. たのであ ろ う。 もちろん,贅 沢 な コース は,焼 物 と煮. り,器 であ り,そ こ にある空 間 で あ って ,こ の世 界 に. 物 の 間 に一 汁 を加 えて三 汁 になった り (本 膳料理 の二. 供 され る食は 日本料理 となるので あ る。. ,. 汁 五 菜 ,あ るい は膳 ご とにつ く汁 を連想 させ る。本膳. た とえば しゃぶ しゃぶ は,高 級料理 で もあ る し,大. 料理 で は汁 は もっ と も重要 な部分 で あ った),焼 物 が. 衆 向 け の 料 理屋 で も出 され る代 表 的 な 日本料 理 で あ. 海 の もの と山の もの と,と い う組合 せ になる。海の も. る。 だが ,元 は,北 京 の漏1羊 肉であ る。北 京 で は羊 肉. の と山の もの,と い う組合 せ は,フ ラ ンス料理 の ドウ. で ,大 蒜 や豆板醤 を効 かせ た ソース につ けて食 べ る。. ー ・ザ ン トレを思 い起 こ させ る。. しゃぶ しゃぶ は牛 肉 をポ ン酢 や ゴマ だれの ソース につ. 日本料理 とい う言葉 は,明 治 の初期 には使 われて い. けて食べ る。鍋 も,北 京 で は金 属製 だが ,日 本 で は陶. た よ うであ る。 ただ し,西 洋料理 で はな く日本式 の料. 器 であ る。 戦後 に,中 国か ら帰 国 した人が始 めた「 日. 理 とい う意味 だった よ うで ,今 の 日本料理 で あ ったか. 本料理」 で あ る こ とは確 かであ る。. は不 明 で あ る。 (読 売新 聞 )現 在 の 京都 の 老舗 料 亭 で. 逆 に, ラー メ ンは 中国 にな い 中国料理 で あ る。ス ー. は,長 い歴 史 の伝統 を強調 しつつ ,魯 山人の器 を もっ. プは透 明 に とる こ とが和洋 中 のい ず れの料理 で も基本. て い るこ とを自慢 す る。 (「 京都吉兆 ;吉 兆お もて な し. で あ るが ,ラ ー メ ンのスー プは 白濁 した り,濃 い醤油. の 器」;「 京都 ウ ォー カー :露 庵 菊之井」)け れ ど も. 味 だった りと,強 い味 が つ け られて い る。縮 れた麺が. 魯 山人は京都上賀茂 の生 まれで は あ るが ,新 しい 日本. 中国麺 の よ うに見 えて (縮 れて い る麺 は中 国に はほ と. 料理 を作 ったのは東京 にお い てであ る。 吉兆 の 創業者. ん どな い ),中 国風 の 器 (中 国 で は 見か け な い 「 中国. 湯木貞 一 も,播 磨 の 出身の職 人で ,一 九三〇年 に大 阪. 風 」)で 供 され る。餃子 も,焼 き餃子 は中 国 で はめ っ. に開 い た小 料理屋 を一 代 で大 き くした。 (「 吉兆 ものが. た に食べ ないが ,日 本 では よ く知 られた中華料理 で あ. た り」)二 人が 日本 料理 の 「新 しい 運動 」 の 中心 人物. る。. ,. となったの は,伝 統 の 中心 に育 たず に周辺か ら新 しい 要素 を持 ち込 んだか らであ る。 二 〇世紀 の ヌ ーベ ル. 0. 日本料理 とい うカテ ゴ リーは,西 洋料理に対抗 して 作 られた。 日本料理 とい う表現 は,日 本 においてなぜ. キ ュ イジーヌの運動 を リー ドしたポ ール ・ボキュー ズ. 必要か とい う と,他 者 が 日本のなかにい るか らであ. たち もや は り,パ リの 中心 の レス トラ ンか ら出て きた. る。蕎麦,だ けで十分なはずだが,日 本蕎麦,と 言 っ. ので はなか った。 (Rao et al.,805). て,中 華そば. (ラ. ー メン)と 区別 しようとする。西洋. 老舗 の料理屋 で は主 人は料理 をせず ,職 人が雇 われ. 料理や中華料理が 日本に入 って きてか ら,日 本 の料理. て い た。 この 意味 では,魯 山人は職 人 を雇 っていた伝. を区別 し,こ とさら西洋料理,あ るいは中国料理 との. 統 的 な料理屋 の主 人であ った。吉兆 は主 人が包丁 を握. 違 い を明確 にするために,日 本 を接頭語にする新 しい. った。 ち ょうど,エ ス コ フ ィエ 革命 の あた りか ら,フ. 料理が作 られたのである。. ラ ンス料理 で もシ ェフが レス トラ ンの オ ー ナ ー を兼 ね. さらに,洋 食 とい うジャンルがある。 日本で発明 さ. る,と い う ことが 始 まった。 シ ェフが 自由 を獲得 した ので あ る。 高級料理 を食す る人び とが 新興 の ブル ジ ョ. れた「西洋料理」である。洋食に対 しては,和 食があ る。和食 には,う どん ・そば,鮨 ,天 ぶ ら,う なぎ. ワジ ー で あ るの に応 じて ,シ ェフ も雇 われ る職 人か ら. 鍋 ,と い うように,会 席料理 に較べ て軽 くてい ささか. ,.
(9) 橋本. 満 :日 本料理の発明 :近 代的「美味 しさ」が作 った日本の階層. 料理 と異 なるジ ャ ンル として作 られたか らであ ろ う。. ツ,焼 き鳥,お でん,す き焼 きとい う大衆の味 は,江 戸時代 の庶民 の味 を残 しつつ,ハ イカラの味覚 を定着. ただ し, この和 食 とい うジ ャ ンルの 食が ,外 国人 ,と. させて,エ リー トではない「 日本人」 の食 を作 った。. くに欧米 人 に よろ こば れ る「 日本料理」 で は あ る。 牛. (渡 辺). 肉 を食 べ ,油 で あげる和 食 は,西 洋料理 を内包 して い る。伝統 の 日本料理 で あ る会席 料理 は,外 国に対 して. 「美味」 は経験 として確 かにあるが,現 実 に具体 的 に,ど のような美味 かは表現 しに くい。共感するため. 日本 を代 表 しない かの よ うで あ る。. には,確 かに示す ことがで きる具体物が必要である。. 安 く食 べ られ る料理 が含 まれ る。 洋食が高級 フラ ンス. この ジ ャ ンル分 け,西 洋料理 一 日本料理 ,中 華料理. さらに,「 文化」 として体験す るためには,意 味 が籠. 一 日本料理 ,洋 食 一和 食 ,さ らに,フ ラ ンス高級料理. め られてい る必要がある。茶道 の言 う「心 の もてな. 一会席料理 とい う対 立 的 カテ ゴ リー は,日 本 の食が. し」であ った り,四 季 を表現す る「幽玄」の雰囲気 で. ,. 近代西洋 に出会 って「 日本料理」 と して再編 された こ. あ った り,い わば神秘の美味 を演出する装置が必要 で. とを示 して い る。 これ らの発 明 された料理 は,ど の よ. ある。高級文化 として,料 理が芸術 だ とか,料 理人を 芸術家だ とす る一方 で,屋 台や立ち食い とい う芸術 と. うな近代 日本 を形成 したのだろ うか。 一九七 〇 年代 のヌ ー ヴ ェル ・キ ュ イジ ー ヌは,あ き らか にオ リエ ン タリズムで あ る。 アジアの異文化 を も. は無縁 の大衆 の食があ る。何 を美味 い として食す るか は,人 を決める。美味 さを選ぶ ことで,自 身の階層 を. ・キ ュ イジ ー ヌの運動 を継承 して ,伝 統 の フラ ンス料. 確認す る。 もちろん,大 衆文化 は高級文化 に仕立て直 される。た とえば鮨である。屋台の早鮨 しは,今 では. 理 を革新 す るため に,日 本 とい う他者 を使 って ,「 旧. 高級 な日本食である。 だが伝統 は,回 転寿司 とい う大. 体制」 を壊 そ う とした。 ち よう ど,一 九六 〇年代 の半. 衆食 をしっか りと保持 して,高 級化 した鮨 の出自を示. ばか ら七 〇年代 のは じめ にか けて起 こった フラ ンスの. してい る。. って きて ,自 文化 の古 い部分 を批判 した。 ヌ ー ヴ ェル. 学 生運動 に呼応 して ,伝 統 の 食へ の批 判が行 われたの で あ る。 (Rao. et al。. 誰が ,何 を,ど の よ うな状況 で 食 べ るか ,美 味 い と す るか ,は ,日 本 人が どの よ うな文化 を生 きるのか を. ,803-04). 日本料理 は古 い本膳料理 を抹殺 し,遊 里 の会席料理. 描 い て い る。高級文化 を選択す る 日本 人 なのか ,大 衆. を否定 し,近 代 日本 にふ さわ しい正式 の料理 と して作. 文化 を自らの もの とす る 日本 人 なのか を表現す る機会. られた。 ヨー ロ ッパ の正 餐 であ るフラ ンス高級料理 に. となる。 フラ ンス料理 と言 つた り,洋 食 と言 つた り. 対抗 して ,日 本 の伝 統 と しての 「正 餐 」 を作 り出 し. 会席料理 と言 った り,和 食 と言 った り,こ の よ うな食. た。対 抗 す る こ とは 内包 で もあ る。 二 〇世 紀 に入 る. べ 物 の カテ ゴ リー化 は,近 代 の 日本 人が ,自 分 は何者. と,エ ス コ フィエ のヌ ーベ ル ・キ ュ イジ ー ヌは 日本 の. か ,を 表現 す るため の 役 割 を担 わ され て い るの で あ. ホテルの西洋料理 と して浸透 して い った。古 い フラ ン. る。. ,. ス料理 へ の対抗 の理 論 は,フ ラ ンス料理 の正 統 的理論 参考文献. と して 日本 に定着 して い ったのだ ろ う。 (中 村 )旧 体 制 の批判 の論理 は,新 しい 日本料理 を確 立 しようとす る人 び とに とって最適 の レ トリック となった。 魯 山人 の星 岡茶 寮 は,新 しいエ リー ト,す なわち近 代 日本が作 り出 した,産 業 ,政 治 ,軍 部 の指導者が求 めた「高級 料理」 を提供 した。彼 ら新 しく興 隆 した エ リー トは,フ ラ ンス か ら輸入 した高級料理 で はな く. Bouvier, ]Luke。 2005。. ``A Taste for Words: Gastronomy and. the Writing of Loss in Brillat― Savarin's Pた ysjθ Jθ gj` グ gθ 扮′ ,". Davis,Jennifer J.2009.``Masters of Disguise: French Cooks. Bctween Art and Nature, 1651-1793," Gα. 求 めて い たので あ る。文学 も,歌 舞伎 な どの舞台芸術 も,哲 学 も,宗 教 も,日 本伝統 の新 しい文化 を望 んで い た。村 井弦斎 の 『食道楽』 が ベ ス トセ ラー になった のは,こ の新 しい「食文化」 を論 じて ,新 しい 日本 の エ リー ト階層 の支持 を得 たか らであ る。 他方 ,一 般大衆 には,洋 食 と和 食が与 え られた。 彼 らに も新 しい 「 美 味 」 は必 要 で あ った 。 カ レー ,カ. s′. rθ. れθ jθ α, 9: “. 1.. Ferguson, Priscilla Parkhurst。. jれ g 2004.Aθ θθ れ′ ルr. =わ. θTrj“ ″ρ力 6ノ. F″ んε力 C′ jsjれ. 7bS′ ι ′. “. ,. 日本 人 の 味覚 として継承 す べ き「新 しい 日本文化」 を. “. Mosα jθ , 38: 3,95-111.. `,The University of Chicago. Press。. αれグ 7bb′ ιs r ス Ferndndo― Armesto,Felipe。 2002。 Neα r A 7カ θ夕∫. 〃jsゎ り げ Fθ θ″ Frec Press. Pincard,Susan。. 2009。. Jθ れj4 7bbJ`′ A Rι ソ θι 夕′. 7カ. `RJsι. qノ. o CarLbridge University Press。 Frι れ θ λC夕 jsjん ι. Pippin,Robert B。 1996.1`The significance of taste: Kant,acs― thetic and re■ ect市 e judgment." P/2jι. θs9ρ λッ, 34: 4,549-569。. Jげ ′ んι〃jS′ θり 《 わ し √ “"α. Rao, Hayagreeva, Philippe Monin, and Rodolphe Durand。.
(10) 甲南女子大学研 究紀要 第 46号. 58. Institutional Change in Toque Vine: Nouvene cui_ 2003. “. A“ιrjε α4 Jο 夕r12α ′θ′Sθ εjθ ι θgy, 108: 4,795-843. 2000。. Seligman,Lucy。. 1三. “ Whatis ddmed in a Kanuan judgment of. taste?"ノb“ r77θ ′q′ ′ 力ι〃jSrθ り qノ. P力. y,38:1,63-85。 ′ ′ θSη 力. 1994.“ The History of Japanesc Cuisine。 " ノ α―. ρθ′0′ αrr`rヶ ,41: 2,165-179. Spang, Rebecca L。 Pα ris. ακグMoグ `rκ. 2000。. ノ κソ. 7カ. jθ. ′qノ ′ 力. ). 熊倉功夫 1998「 日本料理 における献立 の系譜」『日本料 理の発展』芳賀登 ,石 川寛子 『全集 日本の食文化』 第. sine as an ldentity Movement in French Gastronomy," Rind,MiLs。. 人間科学編 (2010年 3月. ′rα ′ 2r r. ` `77′ ` R`Srα Gα srrθ ′ θ777jε C′ ′ ′ 夕″.Harvard University. たS, 15-40. 児玉定子 1980「 日本 における食事様式 の伝承 と明治 の 断層 一外国人のみた幕末 日本の食事様式」『帝京短期大 学紀要』4,45-105 ジンメル,ゲ オルク 1978「 食事 の社会学」『ジンメル著 作集』 12(坂 田健 二 ,熊 沢義宣 ,杉 野正 ,居 安正訳 ) 白水社 ,286-95 谷村玲子 1998「 茶 の湯における 『懐石』 の系譜」『季刊. Press。. Telfer,Elizabeth.1996.Fθ θ グメ9r. 日本思想史』52,H4-134。. g力 ′ Tた θ ′ 。Routeledge.. 揖斐高 1998「 江戸文人の遊歴 と料理」『日本料理 の発 展』芳賀登・石川寛子『全集日本の食文化』第七巻,209. 筒井紘- 1998「 会席料理 の近世的展開」『日本料理の発 展』『全集 日本の食文化』第七巻,雄 山閣,41-69 中村雄昂 1985『 西洋料理人物語』築地書館. -219。. 江原絢子 1998「 増田郡中呂の大前家 の儀礼食」『日本料 理の発展』芳賀登 ・石川寛子 『全集 日本の食文化』 第. 橋本満 1994『 物語 としての「家」 』行路社 濱田明美 0林 淳 - 1990「 江戸幕府の接待 にみ られる江. 七巻,263-290 エ リア ス,ノ ルベ ル ト 1977『 文明化 の過程』上 (赤 井. 戸中期か ら後期の饗応の形態 (第 2報 )」 『 日本家政学 会誌』41巻 11号 , 1055-1060 原田信男 1998「 江戸 と地 方 の料理文化 一近世後期 の利. 慧爾 ,中 村元保,吉 田正勝訳)法 政大学出版局 岡田章雄 1997「 文明開化 と食物 」『異文化 との接 触 と受 容』芳賀登 ,石 川寛子 『全集 日本の食文化』 第八巻 ,. 雄山閣,36-70 「吉りL物 語」http:〃 wwwokitcho.com/tokyo/top―. p/page―. ■eam/. histryohtml(2009年 9月 2日 アクセス 「京都 ウォーカー :露 庵菊乃井」http:〃 www.wJkerplus.com ). /kyoto/gourmet/DETAIL/V―. KYOTO-l RTAC 860/(2009. 「京都 吉 兆 :吉 兆 お もて な しの器」http://www.khchoocom/. 9月. 1. 日ア クセ ス. ). 草 間俊 郎 1997「 西 洋 の 食文化 受 容 の 過 程 と教 育 (1)一 明治初期 の横 浜毎 日新 聞 の 役割 ―」『異 文化 との接 触 と 受 容 』 芳 賀 登 ,石 川 寛 子 『全 集 日本 の 食 文 化 』 第 八 巻 ,雄 山閣出版 ,H9-142. 平野雅章 『魯山人 美味の真髄』 リヨン社 ,1997 ブリア ーサ ヴァラ ン 2005『 美味礼賛』 (関 根秀雄 ,戸 部 松実訳)上 。下 ,岩 波書店 増 田真祐美 。江原絢子 2005「 婚礼献立 にみ る山間地域 の食事形態 の変遷 一江戸期か ら大正期の家文書 の分析 を通 して 一」『日本調理科学会誌』 38:4,25(333)-34. 年 9月 1日 ア クセ ス) kyoto/servた e/omotenasi/utuwa/utuwa.htm(2009年. 根川流域 を中心 に 一」『日本料理の発展』芳賀登 ,石 川 寛子 『全集 日本の食文化』第七巻,雄 山閣,223-262. (342). 2008『 魯 山人の美 食 :食 の天 才 の献立』 平凡社 読売新 聞 「 日本料理」 1876年 10月 28日 朝 刊 3面 「 ヨ ミ 山田和. ダ ス 歴 史館 」 https://database.yomiurioco.jp/rekishikan/ (2009年 10月 1ロ ア クセス 渡辺 善 次郎. ). 1988『 巨大都 市 江 戸 が和 食 をつ くった』 農. 山漁村文化協 会.
(11)
関連したドキュメント
Japanese food has predominantly been gaishoku ( eating out ) for Thai people, which means that people have tended to eat Japanese food outside their homes.. In recent
Clinical efficacy and tolerability of gosha-jinki-gan, Japanese traditional herbal medicine, in females with
The Japanese Clinical Practice Guidelines for Management of Sepsis and Septic Shock 2016 (J-SSCG 2016). The Japanese clinical practice guideline for acute kidney injury
The Moral Distress Scale for Psychiatric nurses ( MSD-P ) was used to compare the intensity and frequency of moral distress in psychiatric nurses in Japan and England, where
As a research tool for the ATE, various scales have been used in the past; they are, for example, the 96-item version of the Tuckman-Lorge Scale 2) , the semantic differential
Sociocultural norms, along with the tenets of Confucianism, place an expectation on Japanese women to take on major caregiving responsibilities for their frail, elderly parents
強者と弱者として階級化されるジェンダーと民族問題について論じた。明治20年代の日本はアジア
食品カテゴリーの詳細は、FD&C 法第 415 条または、『Necessity of the Use of food product Categories in Food Facility Registrations and Updates to Food