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日本料理の発明 : 近代的「美味しさ」が作った日本の階層

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Academic year: 2021

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(1)日本料 理 の 発 明. :. 近代的「美味 しさ」が作った日本の階層 橋. 本. 満. Invention of Japanese Cuisinc:. A Stratification of New Japan by Modern ``Good Taste". HASHIMOTO Mitsuru Abstract:Japanesc cuisine is an invention by modern Japan.Iniuenced by the French“. haute cuisine"Metti. elites needed Japanese cuisine to express their new status as well as their taste. The invention should look very traditional but not an inheritance sui generis. The newly made cuisine denied the older cuisine,ん. 7σ rJ, and at the same tilne recreate the new Japanese dishes after a traditionalた αJsθ たj-7σ This invention of Japanese cuisinc has developed Japanese food, or food,or yσ. θんzι κ―. rJ。. レ ッ α∫んθたァ, in comparison to Western. sん θ た夕. ,and Chinese food,or θλ湧たα(Japanese― Chinese).These newly made food categories parallel. to classes of modern Japanese people who eat those food genres as showing their social statuses. Invention of Japanese cuisinc has forlned the national taste but stratified Japanese through their eating customs.. 他 の民族 の料理 を食 べ る と,な じみの ない 「美味」 の 1。. 「美味 しい」 は個人的体験 か. 冒険が で きる。 そ の民族 の美味 を分 か ち合 う喜 びで も あ る。 女 の好 きな ものは,芋 ,タ コ,南 京 な どと言 われて. 英語 に,“ You are what you eat"と い う言 い方があ る。 ドイツ語の “ Mann ist,was er i3t"か らきた らし. きた。 けれ ども,男 も食 べ る。 男 に とって も,芋 ,タ. い。 フォイエ ルバ ッハ は “ Der Mensch ist,was er i3t'. コ,南 京 はか な り美味 で ある。 それ で もなお ,男 女 で. と定式化 した。 (Furguson,216,n。 10)日 本語 で は. 食 べ 物 の好 みが違 う と区分す るには どの よ うな意味 が. ,. 「何 を食 うた らあんなになる」 とか,「 蓼食 う虫 も好 き. あ るのだろ う。階層 の上下 ,民 族 の違 い ,な どとい う. ず き」 とい うように,む しろ奇 とす る表現 に食べ物が. あ ま り明確 で ない 区分 を,日 に見 えて,臭 い や味 の違. でて くる。食べ物 と人 間の あ り方 には強 い 関係が あ. い の はっ き りして い る食で もって ,差 異 をよ り明確 に. る,と い う点では共通する。. しようとい うので あ ろ う。. 食べ物 は人が何者 であるかを決 める,と い うなら ,. 食 べ 物 は,そ れ を美味 しい ,と 感 じる人び とに よっ. 高級 なものを食べ る人は上流で,安 い ものを食べ る人. て支 え られて い る。 日本 人 は,韓 国料理 の辛 い もの は. は下流 ,と い うことになる。あるい は,出 身地 ,身. 苦手 だ,と か ,フ ラ ンス料理 の ク リーム系 の しつ こい. 分 ,民 族,性 別 とも関係づ けられる。 もちろん庶民 に. 味 は 胃に もたれ る,な どと,他 国他文化 の食 べ 物 に否. とっては,高 級料亭 の敷居 は高 く,下 町の食堂 は値段. 定 的 な感想 を持 つ こ とが ある。 けれ ども,日 本 人がす. か らして も入 りやす い。. べ て ,辛 い料理 や ,ク リーム を多 く使 った料理 を苦手. エスニ ック・フー ドと言われる韓 国焼肉店,イ ン ド. とす るわけではない 。油 の 強 い 中華料理 を好 んで食 べ. 料理店,あ るいはタイ料理 の店な どで提供 される料理. る人 もい る し,カ レー はや は り本場 イ ン ドの 辛 さが い. は,そ れぞれの文化 を強調 したメニューで客 を呼ぶ。. ちば ん 美 味 しい ,と い う人 も多 い 。最 初 は 辛 す ぎて.

(2) 甲南女子大学研究紀要第 46号. 人間科学編 (2010年 3月. ). も,何 度 も食べ る うち に,慣 れ る。 味覚 には学習す る. る食 にふ さわ しい客 を集め る。庭 ,部 屋 ,器 ,サ ー ビ. とい う こ とが ある。 日本 人 と一括 りに して好 き嫌 い を. ス,盛 付 け,と い うように,化 学 で は対象 にな らない. い う よ りも,個 人に よって「美 味」 の 感覚 はか な り違. 文化 的要素が ,美 味 を構 成す る。. う。 そ れ な らば ,個 人で美 味 を楽 しめ ば よ い は ず だ. 庭 や掛 け軸 ,花 ,器 な どで料理 に雰 囲気 を与 える. ,. あ る い は ,美 味 を化 学 的 に分析 し再構 成 しよ う とす. が ,い っ しょに食べ る こ とを楽 しみ とす る。 美味 しい ,ま ず い ,は ,4国 人の感覚 だが (好 き嫌 い. る,ど ち らの狙 い も,食 そ の ものの 美味 しさだけで は. は もっ と個 人的感覚 で あ る),誰 か と共 有 しな い と. な く,外 在的 な何物 か に よつて美 味 を客観化 しようと. 美味 しい ,あ るい は まず い ,と い う経験 にな らな い。. す る。逆 に言 えば,美 味 は い くつ もの要素 か らなる複. ,そ の 肉. 合体 で あ り,語 りつ くす ,分 析 しつ くす ,と い う こ と. をい っ しょに味 わって い ない 人に伝 えて ,そ んな肉 を. が難 しいの であ る。 た しか に,き れ い な器 に盛 って あ. 食べ てみ た い ,と い う「賛 同」が あ って ,そ の 美味 さ. る とさらに美味 しい し,雰 囲気 の よい部屋 は美味 しさ. は個 人の感覚 よ り以上 の 意味 を もつ 。美味 しい とい う. を増す。化学調味料 も,そ れだけで は化学物 質 だが. 個 人的感覚 は,共 感 を得 て体験 とな り維持 され る。. 出汁 に しのばせ る と美味 さの輪郭が はつ き りす る。明. ,. あれ ほ どに美味 い 肉 を食 った こ とが ない ,と. ,. カ ン トは,プ ラ トンか らの伝統 の なかで ,美 味 につ. 石 の桜鯛 だ,若 狭 の グジだ,越 前 の カニ だ,と 言 われ. い て は じめ て 本 格 的 に 論 じた 哲 学 者 で あ っ た 。. る ととて も高級 で 美味 しく感 じられ る。 つ ま りは,個. (Telfer,35;Pippin;Rind)社 会学 で は ,ジ ンメルが. 人的経験 と して の 美味 しさは,美 味 を共感す る場所. 食 にお け る「共 感」 につ い て 議論 して い る。 (ジ ンメ. そ の雰 囲気 や ,調 理法や盛付 けにつ い て,具 体 的 な言. ル)他 者 な しには,美 味 は美味 と して存在 しえない 。. 葉 をま とわせ るこ とで伝 わ りやす い 。具体 的 な言葉 は. さらに,賛 同 した人 は 自分 の体験 の なかで と くに美. 料理 の格差 を生 み ,食 材 ,調 理法 ,食 べ る場所 ,そ し. 味 しか った 肉 を語 るか も しれ ない し,肉 の美味 しい料. ,. て食べ る人の違 い を如実 に表す。. 理法 を語 るか もしれ ない 。す き焼 ,し ゃぶ しゃぶ ,ス テ ー キ,ロ ース ト・ ビー フ,と い う食べ 方 につい て も. 2.本 膳 料 理. :最 高 の 料 理. 語 るだろ う。 ス テ ー キの焼 きかげんは どの程度が好 も しい か を論 じる こ ともあ る。甘 い ,辛 い ,酸 い とい う. 戦前 の 日本 ,か な り裕福 になった昭和初期 で も,京. 感覚 に,香 り,歯 ごた えが加 わって ,美 味 い とい う味. 都 や大 阪 の商家 で は,魚 が食卓 にのぼるの は 月 に二 回. が完成す る。食べ 物 と して賞味す るには,個 人的 な感. であ った。 一 日 と十 五 日は 「 さか 日」 と呼 ばれて ,こ. 覚 の経験 を,調 理法や食材 を客観 的 に語 つて 美味 さを. れ以外 の 日は ,ご 飯 に漬 物 ,煮 た野菜 が 副 菜 で あ っ. 確 実 にす る よ うで もあ る。美 味 しい ,を 共 有 す る に. た。 (橋 本 ,178). は,主 観 的 で抽象的 な言葉 で伝 えて も的確 には伝 わ り に くい 感覚 なのであ ろ う,ど の よ うに調理 されたか. ,. 二 〇世 紀 の 半 ば以 降 ,日 本や アメ リカな どの先進社 会 にお い て ,人 類始 まって以 来 の潤沢 な食料事情が実. さらに どの よ うな場 で 供 されたか ,と い う よ うにモ ノ. 現 された。 スーパ ーマー ケ ッ トには,世 界 中か ら集 め. と して確 か ら しい要素 の 表現 が語 りの重要 な部分 にな. られた幾 多 の種類 の 食物が溢 れて い る。 この潤沢 な食. る。. 料 の状況が起 る前 は,多 くの人び とは質素 な食生活 に. 美味 しい か らと奨め られた店 に行 ったけれ どそれ ほ. 甘 ん じ,時 には飢饉 を経験 し,そ の 間 ,権 力者 だけが. どで はなか った,と い う こ とになる と,奨 めた人の感. 贅沢 な食事 を して きた。食事 は権力 を誇示す る方 法 で. 覚 が問題 になる。あ る場合 には,趣 味全体 が問題 にな. もあ った。 ヨー ロ ッパ では,国 王が 食事 の 質 だけで な. る し,人 間性 が疑 われ る と うこ とに もなる。共感 を得. く量 も多 く食べ てみせ るこ とは権力 の 象徴 となって い. るに しろ,否 定 され るに しろ,美 味 は一 人の 感覚 だけ. た。 ル イ十四世 は この 点 では有名 で ,朝 か ら卵 二 〇個. では成立せず ,社 会 的 で あ る。. も使 った オム レツを食べ た と言 う。す で にナ イフが テ. 化学 的 に,美 味 しい とい う感覚が再現 で きる と して も,食 す る状 況 が整 わ なけれ ば美 味 の 経 験 に な らな. ー ブルに備 え られ る よ うになって い たが ,手 で 食 べ る こ とをル イ十 四世 は好 んだ。 (Pincard,80). い。 日本料理 な ら,庭 ,掛 け軸 ,器 ,さ らに供 され る. 庶民 に も,贅 沢 な食事 の一 端が 口に入 るこ とが あ つ. 料理 の順 とタイ ミングが重要であ る。食事 を楽 しむ時. た。 祭 り,婚 礼 ,葬 儀 な どの 非 日常 の機会 で あ った。. 間 と空 間 を,家 族 や友 人,同 僚 ,あ るい は接 待 の相手. 特 別 な場 合 に,肉 や野菜が贅 をこ ら して盛 られて い る. と共有す る こ とも重 要 であ る。 また,料 亭 も,提 供す. 料理 を楽 しむ こ とがで きた。権 力者 の 日常 の 食が ,一.

(3) 橋本. 満 :日 本料理 の発明 :近 代的「美味 しさ」が作 った 日本の階層. 般庶民 には稀 な機会 と して ハ レの 食事 が配分 されたの. た。 ただ し,参 加者全員 に三の膳 が つい て ,し か も三. で あ る。. の膳 には土産が のせ られて い る こ とが 多か った。鯛 の. 食事 は,地 位 と機会 に よって不均等 に配分 されて き. 尾頭 つ きの塩 焼 とか ,大 きな慢頭 とかが 用意 されて. ,. た。 身分 の 高 い者 のテ ー ブルには いつ くもの皿 に食 べ. そ の場 で 口にす る もので はなか った。膳 に乗 っていた. 物が 山 と積 まれ ,身 分 の低 い者 のテーブルに乗 せ られ. 品 に格差 はおそ ら くな く (主 賓 だけは土産が違 った よ. た皿 数 は少 なか った。 中央 の一段 高 い場所 に国王一家. うで もあ る),着 座 の順 で ,た とえば分家 とい う格 差. のテ ー ブルが据 え られ ,国 王一家が食 べ ることを居並. は つ け られ て い た だ ろ う。 また ,本 膳 と呼 ば れ た膳. ぶ貴族 たちは見守 った。 さらに この宴会 を,市 民 は遠. は,食 事 の最後 に出 されて,米 やそばな どの主食がの. 巻 きに眺 め て い た。 (Pincard,87;Ferndndez― Armesto,. せ られた膳 で もあ った。 つ ま り,言 葉 だけが残 って. chap.5). 本膳料理 の本来 の姿 は失 われて い た。(増 田 ・江原 ,30. 食 べ る こ とは権力 の 表現 で あ つた。不平等 を と もな. ,. -31). って食事 が行 われたの に,一 方 で は美味 しい ,と い う. 本膳料理 は,身 分制度 の上で行 われた宴会の料理 で. 感覚 は共有 され ない と意味 を もたない 。美味 とい う個. ある。広大な屋敷 で,多 数の人間が,そ れぞれの身分. 人的経験 が他者 と共有 されては じめて意 味 を持 つ こ と. に従 って,座 位置か ら食材,料 理法 まで違 うものを. に矛盾す る よ うに,不 平等 に美 味 の「共感」 は保 たれ. 一斉に食 したのである。現在 の感覚 か らは,共 に食 し. て,権 力 の維持 に貢献 して きた。. た とは言えない。けれ ども,確 かに共食の体験 (conviv―. ,. 日本 で は,正 式 の 宴会 に供 されたの は本膳料理 であ. ial)で あ った。かつ て 日本人に とつて正式 の料理 であ. った。室 町時代 に さかのぼる とされ る。 最 高級 の本膳. り,そ の座に参す ることに意味があ り,そ れだけで も. 料理 は七五三 と呼 ばれた。一 の膳 (本 膳 )に 七 品 ,二. 美味であ っただろ う。. の膳 に五 品 ,三 の膳 に三 品が載 せ られた。最高 の七五 三の本膳料理 は 身分 の 高 い 主客 だ けに供 された。 身分. 身分社会が崩壊 してい くと,同 じものを共に食 して 楽 しむ,と い う方向へ ,宴 会 の料理 は変化 して い つ. が下が るに したが い ,品 数 ,膳 の 数が減 らされ ,膳 の. た。 この「進化」 は,身 分か ら切 り離 された主体性 の. 格 に したが って着座 も主賓 か ら遠 ざけ られた。最下 級. 強まり,伝 統 にのっとらない権力,た とえば資本力 と. の者 は,膳 で な く折敷 に一 汁 二 菜 ,場 所 は廊下 ,と い. い うような近代的権力 ,の 変化 を表 していた。. う こ とになった。米 の掲 き方 までが違 ってい た。 (濱 田 ・林 ;熊 倉 ,25-29). 3.会 席. (懐 石 )料 理. ここで も,美 味 の共感 は あ ったはず で あ る。 この盛 大 な本膳料理 に参加 した とい う こ とと,末 席 で も料理. 現 代 の 日本 にお い て料 亭 で 提 供 され るの は ,会 席. は 日常 の 食 とは ちが った「ハ レ」 の ものだった。廊 下. (懐 石 )料 理 と称 され る コース料 理 で あ る。 参加 者 が. に参席す るだ けで も,相 当 の 身分が必要 で あ った。 一. 数人 で も百人で も,全 員 に同 じ料理が供 され る。 同 じ. 汁 二 菜 で あ って も参列 で きる こ とは,参 加 で きず に屋. 料理 を食 べ て美味 を共感 し,同 じ時 間 と空 間 を共有す. 敷 の外 にい る人び とに対 して,権 威 を示す こ とで あ っ. る。格式張 った大 きな宴会 な ら着座 の順 もあ るだろ う. た。 この廊 下で食 した一 汁 二 菜 の美味 はそ う と うの も. が ,せ いぜ い が主賓 と重立 った もの ,あ とはそれ以外. ので あ ったろ う。. の者 とい う程度 の不平等 であ る。本膳料理 の よ うな身. 本膳料理 は重 要 な宴会 に供 されたので ,文 書 に残 さ. 分格差 を前提 に した宴会料理 で はない 。. れて い る。 記録 は宴会 の盛大 さ,つ ま り上下の ものが. 出 され る食 べ 物 は平準 化 され て い る。 向 う付 ,八. どれだ け参加 したか ,と い う こ とを残 して い て ,料 理. 寸 ,と い う よ うな オ ー ドヴルに,煮 物 ,焼 物 あ るい は. 法 な どは詳 しくわか らな い。 もちろん,檜 ,焼 物 ,蒸. 天 ぷ らが あ り,吸 物 と御飯 が あ って ,水 菓子 と呼 ばれ. し物 とい う よ うな料理 は,使 われた贅沢 な食材 ,鳥. るデザ ー トで終 わる。 この形 は, フラ ンス料理 の フル. ,. 魚 ,野 菜 な どとともに記録 されて い るが ,想 像 で しか. コー ス とよ く似 て い る。 さらに,数 人が前 にす るテ ー. そ の 美 味 は 再 現 で きな い 。 (熊 倉 ,同 上 ;seligman,. ブルに二 品ず つ サ ー ビス され る点 で も同 じであ る。本. 170). 膳料理 の一 部 を切 り取 って簡便 に したのが会席料理 だ. 本膳 とい う言葉 は,第 二次大戦後 で も,地 方 の宴会 では使 われていた。結婚式や葬式 ・法事 に残 された本. と言 われ るが ,現 在 の会席料理 は個別 の膳 で供 され る こ とが な い 点 だ け で も伝 統 の 本膳 料 理 か ら切 り離 さ. 膳料理 は,三 の膳 までつ くとい う形式 は継承 されてい. れ ,形 も料理 も供 し方 も現代 の フラ ンス料理 の フル コ.

(4) 甲南女子大学研究紀要 第 46号. 52. ― ス に似 て い る。. 人間科学編 (2010年 3月. ). す る会 席料理 は世俗 の 食事 で あ った。江戸 の八 百善. ,. 会席料理 は,茶 の湯 の 際 に供 されて い た。懐石 とい. 京 の祇 園二 軒茶屋 な どの料理屋が文化文政期 に盛 んに. う字 をあて る よ うにな ったのは,千 利体 の 時代 か らは. な り,幕 末 には料理屋 の番付 までが作 られた。料理屋. か な り下 る。 (谷 村 ,H4-15)元 々 は ,茶 を喫す る前. は遊 里 にあ り,飲 み ,食 い ,芸 能 を楽 しむ場 で あ っ. の腹 こ しらえのための 食事 であ る。利 体 は一 汁 三 菜 を. た。 大 名 の宴会 に能が欠かせ なか った よ うに,遊 里 の. 基準 と した。秀吉 を招 い た茶事 で も,一 汁 三 菜 で あ っ. 宴 会 は芸 妓 の 歌 舞 音 曲 な しに は あ りえ な っ た 。 (揖. た。 本膳 料理 か らす れ ば ,一 汁 三 菜 は あ ま りに質素. 斐 ,209-13). で ,利 体 の 茶 の湯 の思想 を十分 に表 して い る。 点か ら見 る と,会 席料理 は 本膳料理 へ の対抗 とい う′. か つ ては,富 と社 会的地位が なければ,茶 事 の会席 料理 を楽 しむ こ とはで きなか った。武家 だけで な く ,. 茶事 に参加 した客 に同 じもの を供 して ,共 食 に不平等. 資本 を蓄積 した商 人 の 間に も茶事 は広が って さらに贅. を持 ち込 まない。本膳料理が多数 の 客 を招 い て ,身 分. 沢 になった。遊里 に料理屋が さか んになる と,金 さえ. 格差 をあ らわ に し権力 を示威す るの に対 し,茶 の 湯 の. あ れ ば 高級 料理 を楽 しむ こ とが で きる よ うに もな っ. 食事 で は亭 主 自らが食 を供 して主客 の対等 な一 体感 を. た。江戸の八 百善 は,な かで も贅沢 とされて い て ,材. 強調す る。 身分 の 高 い亭 主であ って も,心 配 りの 食べ. 料 を吟味 した茶漬一杯 に とんで もない料金 を請求 し. 物 を,最 高 の状態 で最 良 の タイ ミングで提供 して もて. 人 々はそれ をむ しろ喜 んだ。 (原 田,231). ,. なす。 当然 ,茶 の湯 を共 にす る少数の 人間が ,茶 を楽 しんで一時の非 日常 を共有す るのであ る。茶の湯が重. 4。. 近 代 の 料 理 :日 本 料 理 の 発 明. 視す る「心 づ か い」 は,の ちの 日本料理が引 き継 ぐ重 要 な伝 統 と もされ る。 つ ま り,モ ノ を供 す る こ とに. 明治 以 降 ,西 洋 の 料理 が 日本 に流 入 した。 明治 以. 「心づかい」 とい う意味を付与 して,心 の問題を食材 とその調理によつて美味 とするのである。単に食べ. 前 ,す で に西 洋 の料理 は 日本 に入 ってはい た。 長崎 の. る,と い う こ とだ けで な い ,convivialの 体験 が 醸 し. に西洋 人のためのホテ ルが作 られ ,ホ テ ルの レス トラ. 出 され る。. ンで西洋料理が供 せ られ る よ うにな って,日 本 人 も西. 利休 は,わ び,さ び を旨 と して質素であ るこ とを茶 の湯 の 中心 にお い たが ,利 体 の死後す ぐに も贅沢 にな. 卓献料理 はその一 つ であ る。 だが ,本 格 的 には,東 京. 洋料理 に接す る よ うにな った。 もちろん,一 部 の 政治 的経済的 エ リー ト,教 育界 の エ リー トだけであ る。. ってい った。 よ りす ぐった器 を使 い ,高 級 な食材 を用. 明治政府 は,当 時 の ヨー ロ ッパ の王 宮 に広が ってい. い ,贅 を こ らす よ うにな った。幕 末 には,鳥 取 藩 の松. た フラ ンス料理 を正 餐 と した。明治五年 に天皇が 牛 肉. 平不昧 ,彦 根藩 の井伊 直弼 な どは茶 人 と して有名 で あ. を食べ た と言 われて い る。 (岡 田 ,41)外 国 の 賓 客 に. ったが ,道 具や後段 と呼 ばれ る茶事 の 宴 会 に凝 った。. 供 された正式 の 食事 は,た とえば 明治四年 の天 長節祝. 会席 に 「懐石」 とい う字が あて られて ,茶 事 の 食事 を. 晩餐 で は,日 本料理 ではな くフラ ンス料理 で あ った。. 特 別 の もの と した の も,茶 の湯が高級 な文化 と して喜. 正 餐 に 日本料理 は使 われなか った。 (岡 田,172-77). ばれ る よ うになってか らである。懐 の石 で 暖 め る,と. 開国 の ころ,日 本 に来た外 国 の全 権大使や公使 を. い う メタフ ァー で もて な しを表現す るのであ るが ,質. 幕 府 は 本膳料 理 で もて な した。本 膳料 理 の 形 式 ば っ. 、 づ かい と し 亡 素 さに心 をのせ て供す る よ りも,贅 沢 を′. た ,ま ず い料理 に対す る不満 を,パ ー クスたちは記録. て供す る料理 へ と変化 した。 (谷 村 ). して い る。 (増 田,81-82,83-84). ,. 主君が 臣下 の 家 へ ,「 御 成 り」 とい う訪 間 をす る。. 西洋各 国が ,幕 府 の要 人 を もて な した の は,す で に. 茶事 か ら始 まって ,食 事 が 延 々 と続 く大 宴 会 で あ っ. ヨー ロ ッパ 各 国 での正 餐 で あ った フラ ンス料理 であ っ. た。翌 日の 夕刻 まで ,酒 を献 じ,膳 を換 え,そ の 間 に. た。 肉食 を しな い と聞 い て い た 日本 の 高官 は,喜 んで. 能や狂言が演 じられ る とい う大層 な もので あ った。宴. 肉 を食べ ,土 産 と して もって帰 った。 (児 玉 ,78). 会 には ,食 事 ,酒 ,そ して芸 能 が不 可 欠 で あ った。 (熊 倉 ,26-29). パ ー クス た ちの 日常 食 に,幕 府 は鳥 ,猪 ,鹿 ,兎 を 提供 した。 パ ー クスは提供 された良質 の 肉 を賞賛 して. 会席料理 は,茶 の 湯 か ら離れて ,よ りよい 食材 や巧. い る。 つ ま り,当 時 の 日本人は牛 や馬 は食べ なか った. み な調理 を競 い ,料 理屋 の 会席料理 へ と展開 して い つ. が ,雉 ,鴨 ,猪 ,鹿 とい った家畜 で ない獣 肉は食 して. た。 (谷 村 :熊 倉 ;筒 井 )茶 事 や御成 りの 宴 会 は ,い. い た。生 肉の処理 の技術 があ って こそ ,パ ー クスが喜. わばハ レの 食事 で あ ったが ,富 裕 な人び とが 贅沢 を食. んだ良質 の 肉類 を提 供 で きた ので あ る。 (1曽 田,77,88.

(5) 橋本. 満 :日 本料理 の発 明 :近 代 的 「美味 しさ」が作 った 日本 の 階層. -89)当 時 の 日本 人 は,牛 肉は食 べ なか ったが ,猪. ,. 雉 ,鹿 ,猿 な どの野 生 の 獣 肉 は 食 べ て い た よ うで あ る。 もちろん,毎 食 に肉が供 されたわけで はな く,一 日,十 五 日 とい つた ごちそ うの 出 る 日や ,正 月や盆. 5。. ヌ ー ベ ル ・ キ ュ イジ ー ヌ. :. フラ ンス 料 理 の 革命. ,. 祭 り,と い ったハ レの 日にである。 あ るい は,よ く言. 明治 四年 の天 長節 の 晩餐会 を用意 した の は,築 地 ホ. われ るが ,薬 食 い ,と い って ,体 の滋養 のため に獣 肉. テ ルにいた フラ ンス 人の シ ェフ,ル ー ル とベ ギ ューで. が食 された。. あ った 。 (村 岡 ,175)彼 らが提 供 した フ ラ ンス 料 理. 牛鍋が ,明 治 になって流行 した。牛 肉 を和風 の 味付. は,現 代 のわれわれが フランス料理 とい って い る もの. けで ,日 本 人 は食 べ は じめたのであ る。西洋料理 で嫌. とはか な り違 う。 ナ イフ とフ オー クは用意 されたが. われたのはバ ター の風 味 で あ って ,牛 肉 を醤油 と砂糖. 一皿 ご とに供 され る ロ シア式サ ー ビスで あ つたか は. で煮 る とい う「伝統 的」 な食 べ 方 は,さ ほ どの抵抗 な. メニ ュー か らはわか らない。 (村 岡,182-83). ,. ,. く受 け入 れ られた。鴨鍋 ,猪 鍋 ,と して食べ られて い. われわれが フラ ンス料理 とい つてい る料理 は,二 〇. たの を,牛 肉に代 えた「新 しい」料理 で あ った。食材. 世紀 に入 って,エ ス コ フイエ が確 立 した フラ ンス料理. に馴‖ 染 みの ない こ とよ りも,調 理法 ,味 付 けが ,日 本. であ る。 フラ ンス革命 か ら一 九世紀 の終 りまで にほぼ. 人の味覚 にあ うか が 「美味」 の大 きな条件 であ った。 染 み ない食材 よ りも,U‖ 染 み ない風 味 に適応 す る. 形が そ ろって きた コース編成やサ ー ビスの 方法 をま と め あ げ た 「 新 しい 料 理 (ヌ ー ヴ ェ ル ・ キ ュ イ ジ ー. のが むつ か しい。明治 の初期 には,そ れ まで 日本 にな. ヌ)」 であ る。 オ ー ドヴル ,ス ー プ,メ イ ン ・ デ イ ッ. か った食材 が 多種多様 に入 って きた。 ほ うれん草 ,茄. シ ュ,サ ラダ,デ ザ ー トとい う,今 も供 され る順番 と. 子 ,じ ゃが い もな どの西 洋野菜 だ けで な く,大 根 や人. 皿 数 で あ る。 エ ス コ フイエ の 変革 は,コ ースの 品数 を. 参 な ど日本 人が食 して きた野菜 も輸入 された。逆 に言. 減 ら し,そ れぞれ一 品ず つ をサ ー ビスす るこ とで あ っ. えば,野 菜 も,日 本 の在 来 の もの は ごぼ うや蕪 の他. た。一皿 ず つ を一 人一 人 に供す る方式 は,ロ シア式 と. J‖. ,. 七 草 と してあげ られ るほ どの種類 で ,貧 弱 な ものが 多. 呼 ばれて ,一 九世紀 か らフラ ンス に入 って い た。 これ. か つた 。 (岡 田 ,61)新 しく入 つて きた野菜 は ,日 本. 以前 の フラ ンス式サ ー ビスで は,大 きな鉢 あ るい は皿. の調理法 で「 日本 の料理」 として食 べ られた。昆布 や. にのせ た料理 をデ ー ブルに運 んで い た。あ とは,銘 々. 鰹 の 出汁 ,醤 油 ,と い う日本 人 にな じみの美味が ,新. が 自分 の皿 に とる,と い う食事 の仕方 で あ った。. 入 りの 食材 の 調 理 に用 い られ た。 同 じ野 菜 を西 洋風. ヌ ーベ ル ・ キ ュ イジ ー ヌは,今 で は,一 九七 〇 年代. に,た とえばポ トフー にす る と,こ れ は馴染 みの ない. に 日本料理 の手法 をフラ ンス料理 に取 り入 れた変化 と. 料理 であ った。. され る。 エ ス コ フイエ が確 立 した味 を,ク リーム を減. 明治 の大変化 の なかで ,日 本 人は牛 肉 を食 べ る よ う. ら して ソースの味付 け を軽 くし,ア ジア風 の香 辛料 を. になったが ,そ れ まで食 べ て い た猪 ,ウ サ ギ,鹿 な ど の獣 肉 を食 べ な くな った。 ただ ,猪 は牡丹鍋 と して残. 使 い ,飾 りつ け も色彩 あ ざやか に変 えた フラ ンス料理 であ る。 だが ,ヌ ーベ ル ・キ ュジーヌの動 きは何 度か. ってい る。 食 べ る肉の種類 が減 ったの に対 し,野 菜 の. あ り,フ ラ ンス料 理 が 欧米 の 高級料 理 haut cuisineと. 種類 は格段 に増 えた。 だが ,大 根 も人参 も在来種 はほ. して独 占的地位 を獲得 して い くなか で ,か つ ての宮廷. とん ど消 えて しまった。 ここで ,日 本 人 は,慣 れ親 し. 料理 を変 え,さ らに時代 にあ つた新 しい料理 と して変. んで 食 べ て きた野菜 を失 った。食材 には大 きな変化が 起 ったが ,食 べ 方 は維持 されて 日本料理 は継承 された. 革 して きた 「運 動」 であ った。 (Pinkard;Davis,8) 最初 のヌ ーベ ル ・キ ュ イジ ー ヌは,高 級料理 の確 立. ので あ る。 つ ま り,ア メ リカ原産の野菜 は,在 来種 よ. で あ った。 一八 世紀 で あ る。 どの よ うに新 しか ったか. り形 や大 きさが変 わって も,調 理法が 同 じな らJ‖ 染 み の風 味 を もつ 日本料理 と して,食 の伝統 は継 がれた。. とい う と,ソ ース を軽 くし,装 飾 を少 な くした こ とで あ る。 この変革 を行 った料理 人 は,ア ン トニ ン・ カ レ. 明治維新 に よる断絶 は,馴 染み の調理法 に よって伝統. ームが代 表 であ った。 それ まで の料理 は,ロ ース トさ. の 日本料理 として継続 された。. れた肉 (鹿 や豚 )に 木 の実 を飾 りつ け,さ らにサ フラ ンな どで金色 に染 め る,と い う手法 で整 え られた。大 皿 あ るい は大鉢 に山高 く盛 り付 け られて,テ ー ブルに 運 び込 まれた。客 は,銘 々の皿 (か た いパ ン)に 料理 をのせ るのだが ,大 皿か ら手 で とって持参 のナ イフで.

(6) 甲南女子大学研 究紀要 第 46号. 切 る,と い う食 べ 方 で あ った (エ リア ス,第 四章 )。. 人間科学編 (2010年 3月. ). フ イエ の 登場 よ り以前 の ものであ った。 い くつ かのヌ. カ レーム は食材 の 自然 の形 を生 か し,食 材 の 本来 の. ーベ ル ・ キ ュ イジー ヌの運動 をへ て,高 級料理 の地位. 味 を生か し,自 然 を供す る よ うに した。 カ レームの得. をす で に確立 して い た。 テ ー ブルにはナ イフ とフ ォー. 意技 は,当 時 の建築 か庭 園 の よ うに左右対称 に盛 り付. クが並 べ られ ,個 人 ご との皿 も用意 されて い たが ,ロ. ける こ とであ った。今 か ら見 る とか な り装飾 的だが. シア式 サ ー ビス とは 限 らなか った。大鉢 ,大 皿 に盛 ら. ,. そ れ で も当時 と して は ,カ レー ムの 手 法 は 新 しか っ た。 哲 学 で は ル ソーの 自然主 義 が 興 隆 した時期 で あ. れた料理 を銘 々が 取 り分 ける フラ ンス式 のサ ー ビス も 残 っていた。 つ ま り,幕 末 0明 治初期 にや って きた西. る。 古 い 人工 に対 して ,新 しい 自然 ,と い う対比が. 洋料理 はエ ス コ フィエ 「革命」以前 の ものだった。. ,. このヌー ベ ル ・キ ュ イジー ヌの運 動 で あ った。. さらに, 西 ,羊 料理 はイギ リス とアメリカか ら日本 の. 一九 世紀 には,カ レームの料理 は時代遅 れ になって. 来 たの もので ,「 美味 しくな い 」西 洋料理 で あ った 。. い た。 カ レームが 始 めた「革命」 は さらに新 しさを求. た しか に明治の新政府 に力 を持 ったのは イギ リスで あ. めたので あ る。食が ,儀 礼 としての 食 よ りも,個 人 の. った し,開 国 させ たの はアメ リカであ った。太平洋 を. 好 み を優先す る よ うにな った。. さかんに行 き来 して い たの はアメ リカの船 で あ った。. レス トラ ンは ,個 人の好 み にあ う食 べ 物 を,一 人. 当然 ,新 しい 食材 もア メ リカか らや って きた。 日本 で. で ,あ るい は家族 で ,親 しい友 人 とテ ー ブル を共 にす. 供 されて い た西 洋料理 は,イ ギ リス風 とか アメ リカか. る機会 を作 った。 レス トラ ンが 出現す る前 の外 食 は. らだか ら,と 言 われて ,日 本 に い た外 国人 の評判 は よ. ホ テ ルで 「主 人の テ ー ブ ル. table d'hOte」. ,. に つ く しか. くなか った。 (岡 田,50-51). なか った。 ホテルで 供 された食事 は,見 知 らぬ 客 同士. 明治 の 半 ばには,多 くの料理書が翻訳 された。 あ る. が一 つ のテーブル (ホ テルが用意 した料理が大皿や大. い は,大 使館 で働 い た料理 人が街 へ 出て レス トラ ンを. 鉢 に盛 られて い る)を 囲 む もので しか なか った。 この. 開 い た。 また ,新 しく開かれた女 学校 で は,ア メ リカ. 不便 さに対抗 して,フ ラ ンス革命 が勃発す る前 か ら. か らの家政 学 とともに,栄 養豊か な西洋料理が若 い 日. 健康維持 のための 食事 と称す る スー プを提供す る人た. 本女性 に伝 え られた。女 学校 へ 娘 をや る階 層 とい う. ち restaurateurが 店 を持 ち始 め た。 客 の それ ぞ れ の 要. 限 られた人 々の 間 でだけ,西 洋料理 は広 ま り楽 しまれ. 望 (体 調 )に 応 じて食 べ 物 を提供す る よ うにな ったの. て い た。 (草 間,137-38). ,. ,. であ る。客 は,ホ テルが用 意 して選択 の 余地 の な い 食. 二 〇世 紀 になって ,エ ス コ フ イエ が確立 した フラ ン. くつ かの献立か ら自分 の好み にあ う料. ス料理が 日本 に入 って きた。 フラ ンス料理 をプ ロの料. 事 で はな く,い. 理 を選 べ る よ うにな った。 (spang) ブ リア ーサ ラヴ アンが 現 れ ,ガ ス トロノ ミー を始 め たの も この 頃 であ る。 彼 の 『美 味礼 賛 La Physiologie. 理 人に教 える コル ドン・ブルーが 開設 されたの は一九 〇〇 年 で あ った し,こ の学校 での近代 フラ ンス料理が 正 統 な もの として世 界中 に広 め られた。 カ レームが. ,. は,美 味 を求 め てサ ロ ンや友 人知 人 の 家 を. 自然 を尊重 し,食 材 の 味 を引 き出す料理 ,と 主 張 した. 食 べ 歩 くエ ピソー ドを集 め た もの だが ,「 生理 学 」 と. 王 宮 の 高級料理が ,エ ス コ フィエ にい たって高級 ホテ. あ る よ うに,一 つ の科学 と して美味 は探 求 され る もの. ルで 供 され る「 高級 料 理 」 と して確 立 され た の で あ. だ とブ リア ーサ ヴ ァラ ンは主 張 した。食事 をす る場所. る。 日本 に も,い くつ もの高級 ホテルが 建 て られ ,フ. はす で に宮廷 ではな く,宮 廷 で供 された高級料理 は消. ラ ンスで 習 って きた高級料 理 が供 され る よ うに な っ. え,貴 族 の屋敷 あ るい はマ ダムた ちのサ ロ ンが ,新 し. た。 (草 間). du GoOt』. い 美味 の供 された場所 であ った。 だが ,新 しい 時代 の. 日本 に どれ ほ ど,こ の正 統 的 フラ ンス料理が伝 え ら. 交遊 の なかで楽 しむべ き味 とは,実 は,失 われた美 味. れ たの だ ろ うか。焼 失 した築 地 ホ テ ルで の 宴 会料 理. の懐 旧で もあ った 。彼 は,「 古 い 料理 」が もはや昔 の. は,エ ス コ フィエ 流 の完成 した高級料理で はない 。 日. ままで は な い ,と い う レ トリックで ,「 近代 の 美 味 」. 本最初 の正 餐 と して残 された メニ ュァ を見 る限 り,皿. を確 立 しようと した。 (ブ リア ーサ ヴ ァラ ン ;BOuvier,. 数 ,供 された順 ,ソ ースの種類 は古 さを残 して い る。. 97-8). (村. 岡,同 上 ). 洋食 にむ しろ この「古 い フラ ンス料理」 の 名残が あ 6。. 日本 に定 着 した西 洋料 理. る よ うで あ る。 カ レー ライ スや トンカ ッは,洋 食 と称 され る 日本で発明 された西洋料理 で あ る。 カ レー ライ. 一九世紀半ばの 日本に来たフランス料理は,エ スコ. スは,フ ラ ンス料理風 のル ー にカ レー の濃 い 味 をのせ.

(7) 橋本. 満 :日 本料理の発明 :近 代的「美味 しさ」が作 った日本の階層. て,肉 と野菜 を煮込 んだ料理 であ る。 イ ン ドか らイギ. に うつ るが ,鰹 と昆布 の 味 は強 い風 味 を もた らす。 フ. リス をへ て,カ レー味 の ブラウ ン・ ソース に仕立 てて. ラ ンス料理 の 白 い 皿の代 わ りに,色 と りど りで さまざ. あ る。 トンカ ツ も,天 ぷ ら風 にデ イー プ ・ フライに し. まの形 を した鉢 や椀 が使 われ ,食 材 の 自然 さを演 出す. た豚 肉に,強 い味 の ウス ター ソース をか ける。 コロ ッ. る。現在 の 日本料理 で は,本 膳料理 の銘 々膳 はす で に. ケ も,ベ シ ャメル ・ ソ ー ス を使 うク ロ ケ ッ トを真 似. な く,テ ー ブルにつ ぎつ ぎ と皿が運 ばれて ,膳 ご とで. て,マ ッシ ュ したジ ャガイモ を衣 で 包 んで天ぷ ら風 に. 料理 を供 す るこ とはな い。味 と見 た 日は フラ ンス料理. あげる。 日本 で作 られた洋食が ,軽 い 味 を好 む 日本料. に対抗 して,供 し方 は本膳料理 を否 定す る。. 理 にはない はず の濃厚 な味 を持 つ 。 日本 人 に とつて. ,. 近代 の 日本料理 は,美 味 の経験 にお い て本膳料理 ヘ の批判 で成 り立 ちてい る。本膳料理 は 自然 で ない 。膳. 洋食 は重 い 味 で なければ い けないの で あ る。 た しか に,エ ス コ フィエ の料理が ,カ レーム の 時代. ご とに用意 された豪華 さは美味 で はない。膳 に乗せ ら. の料 理 とちが って ,フ ラ ンス 料 理 と して は よ り「 自. れて い る料理 が 身分 の上下 をあ らわす ことは,身 分制. 然」 の 味 を追求 した ものであ って も,当 時 の 日本 人が そ の 違 い を区別 で きたか は疑 間 であ る。「 自然 の 味」. を残 す点 で近 代 の料理 としては許せ ない。 一 堂 に会 し た人び とは同 じ料理 を食す るべ きであ る。 ヌ ーベ ル ・. とい って もク リームや バ ター の味 と香 りが強 く,出 汁. キ ュ イジ ー ヌ以前 の宮廷料 理 にお い て も,作 られた豪. と醤油 をベ ース にす る 日本 人が なれて きた味覚 とは ま. 華 さに最高 の価値 が あ り,テ ー ブルに広 げ られた料理. った く違 った「重 い 味 の」料理 であ る。. は,金 色 に輝 き,飾 りあげ られて い た。 豪華 さに美味. ただ し,洋 食 は,ち ょっ とハ イカラで手軽 な西洋料. があ った。そ の 豪華 さの一端 にかか わるこ とがで きる. 理 と して庶民 に浸透 した。高級 なフラ ンス料理 は,ふ. こ とが 「美味」 で あ った。正餐 と して の本膳料理 に も. つ うの 日本人ではなかなか出会えない西洋 の料理 であ. 同 じこ とが 窺 われ る。近代 の会席料理 は,本 膳料理 に. った。百貨店が高級 な品揃 えをして中流の新興ブルジ. 対す るヌ ーベ ル ・キ ュ イジー ヌに位 置 づ け られ る。. ョワジーの消費文化 を提供 したとき,洋 食 は食堂 に不. 日本料理が ,西 洋 の正 餐 と対等 に見 られ る よ うにな. 可欠なメニ ューであ つた。百貨店に比べ ると,ホ テル. ったの はいつ 頃か らだろ うか。江戸 の八 百膳 や京 の二. はさらに上層 の 日本人を相手に,高 級 なフランス料理. 軒茶 屋 中村楼 とい う江 戸 時代 か らの料 亭 は遊 里 にあ. を提供 していた。カレー ライスや トンカツとい う日本. る。供 された料理 は現在 の コース料理 ではない 。 二 の. 化 された「洋食」ならかな り多数の 日本人が共有で き る味覚 であったが,エ ス コフイエの料理本 の最初 に出. 膳 ,三 の膳 ,さ らには五 の膳 まで も供 されて い た。皿. て くるポ トフーの味 を,ど れだけの 日本人が想像で き. あ る。膳 の合 間に,芸 妓 の歌舞音 曲を楽 しんだ。能狂. たかは疑 間である。. 言が演 じられた本膳料理 の形式 と食 し方 を継承 して. 数 ,品 数 ともに もっ と大量 の料理が用意 された よ うで. ,. 食す る こ とよ りもむ しろ遊 ぶ こ とに力点が置 かれた よ. 7.日. うで あ る。他方 ,近 代 の会席料理 は,食 す る こ とだ け. 本 料 理 の特徴. を許す。魯 山人が 一九二五 年 に始 めた星 岡茶 寮 で は. 北大路魯 山人が主張する日本料理の特徴 は,も ちろ. ,. 芸妓が入 るこ とは禁 じられた。 (山 田,32). ん,現 在 の 日本料理 の料理人たちも言 うのだが,季 節 の食材 を自然のままに調理 して素材の味 を引 き出 し ,. 8.新 し い 美 味 の 体 験. 三新 し い 支 配 層 の 形 成. 心 を込めて供す ること,で ある。 (平 野 ,39-41,46, 47,50). 幕 末 か ら明治 の初 め に西洋料理 をは じめて食 べ た 日. カ レー ム も自然 を強調 した。 エ ス コ フ イエ はそ れ を. 本 人 に とって,西 洋 の 味 ,つ ま リク リーム とバ ター の. 徹 底 した。 フ ラ ンス 式 サ ー ビス は廃 止 され ,個 々 の 客. 風 味 は,鼻 をつ くおそ ろ しい味覚体験 で あ つた。 それ. に一皿 ず つ供す る ロ シア式サ ー ビス は,日 本料理 で言. で も,肉 料理 とワイ ン,ウ イス キ ー に喜 んだ。食 し方. う,心 を込めた もて な しであ る。 茶事 にお い て ,主 人. は,本 膳料理風 に,歌 って踊 つて ,飲 み食 い した。残. が客 を もて なす基本 で あ った。. した ものは懐紙 に包 んで土産 に した。 (児 玉 ,56). 近代 の 日本料理 は,ヌ ーベ ル ・キュイジ ー ヌ後 の フ. 日本 に西洋料理が定着す る と,土 産 の風 習 は引 き出. ラ ンス料理が旧体制 の料理 を批判す る と きに用 い る レ. 物 に踏襲 された。 ホテルの宴会 ,た とえば結婚 の披露. トリックを元 に して い るか に も聞 こ える。透明 な出汁. 宴 で ,菓 子 な どが 引 き出物 と して最初 か ら用意 されて. は,フ ラ ンス料理 の ク リーム に比 べ る と目には軽 い 味. い る。本膳料理 の三 の膳 の継承 で あ ろ う。 もちろん. ,.

(8) 甲南女子大学研究紀要 第 46号. 披 露宴 の なかで ,親 戚や友 人が歌 った りす るの は,日. 人間科学編 (2010年 3月. ). 「芸術 家」 とい う新 しい 地位 を手 に入 れた。. 本 の伝統 的 な宴 の慣 習 で あ る。芸 の披 露 な しに,パ ー. 日本料理 ,あ るい は「会席料理」 と称 し,正 餐 とし. テ イは終 らない 。味 だ け で な く,い っ しょにな って歌. ての格式 を もつ ジ ャ ンルがで きれば,こ の ジ ャ ンル を. い踊 る饗宴 で ない とハ レの 日の 集 ま りにはな らな い。. 人び とは「 高級料理」 と して食べ る。 カテ ゴ リーがで. 味 を楽 しむだけで は convivialに な らない 。. きれ ば,ど の よ うな食材 を使 お う と,西 洋料理 とは異. 北大路魯 山人の星 岡茶寮 は,遊 里 か ら離 され ,食 事. なる 日本料理 と して の美味 の体験 が可能 になる。 肉 を. だけ をす る場所 で あ った。大阪 の 吉兆 も,食 す るため. 焼 い て も,西 洋 食材 の ソース を使 って も,日 本 の器 に. の 料 亭 とな つた 。 茶事 の 「懐 石 」 料理 を継 承 しつ つ. 盛 れば 日本の美味 になる。現 在 の 日本料理 の もっ と も. も,利 体 の主 張 した一 汁 三 菜 で は 質素 なので ,一 の膳. 「 近 代 的」 な部 分 は ,生 野 菜 が 供 され る と こ ろ で あ. だ け の一 汁 五 菜程度 の 日本 の コース料理 を創造 した。. る。サ ラダな どは,本 膳料理 で は あ りえない 。西洋料. い や む しろ ,エ ス コ フ イエ の 「 高級 料 理 」 を範 に し. 理が 日本 に入 る まで ,日 本人 は生 の野菜 を食 しなか っ. て ,向 う付 ,八 寸 ,焼 物 ,煮 物 ,揚 げ物 ,汁 ,飯 ,水. た よ うであ る。 (児 玉 ,77)会 席料 理 で 食 べ るの は. 菓子 ,と い う,新 しい「 日本料理」 の コースが作 られ. もち ろん 料理 そ の もの を食 べ るの で あ るが ,庭 で あ. たのであ ろ う。 もちろん,贅 沢 な コース は,焼 物 と煮. り,器 であ り,そ こ にある空 間 で あ って ,こ の世 界 に. 物 の 間 に一 汁 を加 えて三 汁 になった り (本 膳料理 の二. 供 され る食は 日本料理 となるので あ る。. ,. 汁 五 菜 ,あ るい は膳 ご とにつ く汁 を連想 させ る。本膳. た とえば しゃぶ しゃぶ は,高 級料理 で もあ る し,大. 料理 で は汁 は もっ と も重要 な部分 で あ った),焼 物 が. 衆 向 け の 料 理屋 で も出 され る代 表 的 な 日本料 理 で あ. 海 の もの と山の もの と,と い う組合 せ になる。海の も. る。 だが ,元 は,北 京 の漏1羊 肉であ る。北 京 で は羊 肉. の と山の もの,と い う組合 せ は,フ ラ ンス料理 の ドウ. で ,大 蒜 や豆板醤 を効 かせ た ソース につ けて食 べ る。. ー ・ザ ン トレを思 い起 こ させ る。. しゃぶ しゃぶ は牛 肉 をポ ン酢 や ゴマ だれの ソース につ. 日本料理 とい う言葉 は,明 治 の初期 には使 われて い. けて食べ る。鍋 も,北 京 で は金 属製 だが ,日 本 で は陶. た よ うであ る。 ただ し,西 洋料理 で はな く日本式 の料. 器 であ る。 戦後 に,中 国か ら帰 国 した人が始 めた「 日. 理 とい う意味 だった よ うで ,今 の 日本料理 で あ ったか. 本料理」 で あ る こ とは確 かであ る。. は不 明 で あ る。 (読 売新 聞 )現 在 の 京都 の 老舗 料 亭 で. 逆 に, ラー メ ンは 中国 にな い 中国料理 で あ る。ス ー. は,長 い歴 史 の伝統 を強調 しつつ ,魯 山人の器 を もっ. プは透 明 に とる こ とが和洋 中 のい ず れの料理 で も基本. て い るこ とを自慢 す る。 (「 京都吉兆 ;吉 兆お もて な し. で あ るが ,ラ ー メ ンのスー プは 白濁 した り,濃 い醤油. の 器」;「 京都 ウ ォー カー :露 庵 菊之井」)け れ ど も. 味 だった りと,強 い味 が つ け られて い る。縮 れた麺が. 魯 山人は京都上賀茂 の生 まれで は あ るが ,新 しい 日本. 中国麺 の よ うに見 えて (縮 れて い る麺 は中 国に はほ と. 料理 を作 ったのは東京 にお い てであ る。 吉兆 の 創業者. ん どな い ),中 国風 の 器 (中 国 で は 見か け な い 「 中国. 湯木貞 一 も,播 磨 の 出身の職 人で ,一 九三〇年 に大 阪. 風 」)で 供 され る。餃子 も,焼 き餃子 は中 国 で はめ っ. に開 い た小 料理屋 を一 代 で大 き くした。 (「 吉兆 ものが. た に食べ ないが ,日 本 では よ く知 られた中華料理 で あ. た り」)二 人が 日本 料理 の 「新 しい 運動 」 の 中心 人物. る。. ,. となったの は,伝 統 の 中心 に育 たず に周辺か ら新 しい 要素 を持 ち込 んだか らであ る。 二 〇世紀 の ヌ ーベ ル. 0. 日本料理 とい うカテ ゴ リーは,西 洋料理に対抗 して 作 られた。 日本料理 とい う表現 は,日 本 においてなぜ. キ ュ イジーヌの運動 を リー ドしたポ ール ・ボキュー ズ. 必要か とい う と,他 者 が 日本のなかにい るか らであ. たち もや は り,パ リの 中心 の レス トラ ンか ら出て きた. る。蕎麦,だ けで十分なはずだが,日 本蕎麦,と 言 っ. ので はなか った。 (Rao et al.,805). て,中 華そば. (ラ. ー メン)と 区別 しようとする。西洋. 老舗 の料理屋 で は主 人は料理 をせず ,職 人が雇 われ. 料理や中華料理が 日本に入 って きてか ら,日 本 の料理. て い た。 この 意味 では,魯 山人は職 人 を雇 っていた伝. を区別 し,こ とさら西洋料理,あ るいは中国料理 との. 統 的 な料理屋 の主 人であ った。吉兆 は主 人が包丁 を握. 違 い を明確 にするために,日 本 を接頭語にする新 しい. った。 ち ょうど,エ ス コ フ ィエ 革命 の あた りか ら,フ. 料理が作 られたのである。. ラ ンス料理 で もシ ェフが レス トラ ンの オ ー ナ ー を兼 ね. さらに,洋 食 とい うジャンルがある。 日本で発明 さ. る,と い う ことが 始 まった。 シ ェフが 自由 を獲得 した ので あ る。 高級料理 を食す る人び とが 新興 の ブル ジ ョ. れた「西洋料理」である。洋食に対 しては,和 食があ る。和食 には,う どん ・そば,鮨 ,天 ぶ ら,う なぎ. ワジ ー で あ るの に応 じて ,シ ェフ も雇 われ る職 人か ら. 鍋 ,と い うように,会 席料理 に較べ て軽 くてい ささか. ,.

(9) 橋本. 満 :日 本料理の発明 :近 代的「美味 しさ」が作 った日本の階層. 料理 と異 なるジ ャ ンル として作 られたか らであ ろ う。. ツ,焼 き鳥,お でん,す き焼 きとい う大衆の味 は,江 戸時代 の庶民 の味 を残 しつつ,ハ イカラの味覚 を定着. ただ し, この和 食 とい うジ ャ ンルの 食が ,外 国人 ,と. させて,エ リー トではない「 日本人」 の食 を作 った。. くに欧米 人 に よろ こば れ る「 日本料理」 で は あ る。 牛. (渡 辺). 肉 を食 べ ,油 で あげる和 食 は,西 洋料理 を内包 して い る。伝統 の 日本料理 で あ る会席 料理 は,外 国に対 して. 「美味」 は経験 として確 かにあるが,現 実 に具体 的 に,ど のような美味 かは表現 しに くい。共感するため. 日本 を代 表 しない かの よ うで あ る。. には,確 かに示す ことがで きる具体物が必要である。. 安 く食 べ られ る料理 が含 まれ る。 洋食が高級 フラ ンス. この ジ ャ ンル分 け,西 洋料理 一 日本料理 ,中 華料理. さらに,「 文化」 として体験す るためには,意 味 が籠. 一 日本料理 ,洋 食 一和 食 ,さ らに,フ ラ ンス高級料理. め られてい る必要がある。茶道 の言 う「心 の もてな. 一会席料理 とい う対 立 的 カテ ゴ リー は,日 本 の食が. し」であ った り,四 季 を表現す る「幽玄」の雰囲気 で. ,. 近代西洋 に出会 って「 日本料理」 と して再編 された こ. あ った り,い わば神秘の美味 を演出する装置が必要 で. とを示 して い る。 これ らの発 明 された料理 は,ど の よ. ある。高級文化 として,料 理が芸術 だ とか,料 理人を 芸術家だ とす る一方 で,屋 台や立ち食い とい う芸術 と. うな近代 日本 を形成 したのだろ うか。 一九七 〇 年代 のヌ ー ヴ ェル ・キ ュ イジ ー ヌは,あ き らか にオ リエ ン タリズムで あ る。 アジアの異文化 を も. は無縁 の大衆 の食があ る。何 を美味 い として食す るか は,人 を決める。美味 さを選ぶ ことで,自 身の階層 を. ・キ ュ イジ ー ヌの運動 を継承 して ,伝 統 の フラ ンス料. 確認す る。 もちろん,大 衆文化 は高級文化 に仕立て直 される。た とえば鮨である。屋台の早鮨 しは,今 では. 理 を革新 す るため に,日 本 とい う他者 を使 って ,「 旧. 高級 な日本食である。 だが伝統 は,回 転寿司 とい う大. 体制」 を壊 そ う とした。 ち よう ど,一 九六 〇年代 の半. 衆食 をしっか りと保持 して,高 級化 した鮨 の出自を示. ばか ら七 〇年代 のは じめ にか けて起 こった フラ ンスの. してい る。. って きて ,自 文化 の古 い部分 を批判 した。 ヌ ー ヴ ェル. 学 生運動 に呼応 して ,伝 統 の 食へ の批 判が行 われたの で あ る。 (Rao. et al。. 誰が ,何 を,ど の よ うな状況 で 食 べ るか ,美 味 い と す るか ,は ,日 本 人が どの よ うな文化 を生 きるのか を. ,803-04). 日本料理 は古 い本膳料理 を抹殺 し,遊 里 の会席料理. 描 い て い る。高級文化 を選択す る 日本 人 なのか ,大 衆. を否定 し,近 代 日本 にふ さわ しい正式 の料理 と して作. 文化 を自らの もの とす る 日本 人 なのか を表現す る機会. られた。 ヨー ロ ッパ の正 餐 であ るフラ ンス高級料理 に. となる。 フラ ンス料理 と言 つた り,洋 食 と言 つた り. 対抗 して ,日 本 の伝 統 と しての 「正 餐 」 を作 り出 し. 会席料理 と言 った り,和 食 と言 った り,こ の よ うな食. た。対 抗 す る こ とは 内包 で もあ る。 二 〇世 紀 に入 る. べ 物 の カテ ゴ リー化 は,近 代 の 日本 人が ,自 分 は何者. と,エ ス コ フィエ のヌ ーベ ル ・キ ュ イジ ー ヌは 日本 の. か ,を 表現 す るため の 役 割 を担 わ され て い るの で あ. ホテルの西洋料理 と して浸透 して い った。古 い フラ ン. る。. ,. ス料理 へ の対抗 の理 論 は,フ ラ ンス料理 の正 統 的理論 参考文献. と して 日本 に定着 して い ったのだ ろ う。 (中 村 )旧 体 制 の批判 の論理 は,新 しい 日本料理 を確 立 しようとす る人 び とに とって最適 の レ トリック となった。 魯 山人 の星 岡茶 寮 は,新 しいエ リー ト,す なわち近 代 日本が作 り出 した,産 業 ,政 治 ,軍 部 の指導者が求 めた「高級 料理」 を提供 した。彼 ら新 しく興 隆 した エ リー トは,フ ラ ンス か ら輸入 した高級料理 で はな く. Bouvier, ]Luke。 2005。. ``A Taste for Words: Gastronomy and. the Writing of Loss in Brillat― Savarin's Pた ysjθ Jθ gj` グ gθ 扮′ ,". Davis,Jennifer J.2009.``Masters of Disguise: French Cooks. Bctween Art and Nature, 1651-1793," Gα. 求 めて い たので あ る。文学 も,歌 舞伎 な どの舞台芸術 も,哲 学 も,宗 教 も,日 本伝統 の新 しい文化 を望 んで い た。村 井弦斎 の 『食道楽』 が ベ ス トセ ラー になった のは,こ の新 しい「食文化」 を論 じて ,新 しい 日本 の エ リー ト階層 の支持 を得 たか らであ る。 他方 ,一 般大衆 には,洋 食 と和 食が与 え られた。 彼 らに も新 しい 「 美 味 」 は必 要 で あ った 。 カ レー ,カ. s′. rθ. れθ jθ α, 9: “. 1.. Ferguson, Priscilla Parkhurst。. jれ g 2004.Aθ θθ れ′ ルr. =わ. θTrj“ ″ρ力 6ノ. F″ んε力 C′ jsjれ. 7bS′ ι ′. “. ,. 日本 人 の 味覚 として継承 す べ き「新 しい 日本文化」 を. “. Mosα jθ , 38: 3,95-111.. `,The University of Chicago. Press。. αれグ 7bb′ ιs r ス Ferndndo― Armesto,Felipe。 2002。 Neα r A 7カ θ夕∫. 〃jsゎ り げ Fθ θ″ Frec Press. Pincard,Susan。. 2009。. Jθ れj4 7bbJ`′ A Rι ソ θι 夕′. 7カ. `RJsι. qノ. o CarLbridge University Press。 Frι れ θ λC夕 jsjん ι. Pippin,Robert B。 1996.1`The significance of taste: Kant,acs― thetic and re■ ect市 e judgment." P/2jι. θs9ρ λッ, 34: 4,549-569。. Jげ ′ んι〃jS′ θり 《 わ し √ “"α. Rao, Hayagreeva, Philippe Monin, and Rodolphe Durand。.

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参照

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