[山梨大学工学部研究報告第45号1994年12月]
総 説
外科手術シミュレーションシステム
周欣欣(平成6年8月31日受理)
Surgical Simulation System
XinxinZHOU Abstract This paper describes the research work for the author’s doctor degree, that is the new functions that have been required by surgeons to improve the efficiency of the surgical simula− tion system. By these functions we provide surgeons an automatic simulation procedure to fit femur into pelvis that will increase the contact area, and also a new method to measure the scalor distance between femur and pelvis from X−ray CT images, and also a new computer assisted system for selection of the optica1−fit artificial stem. In this paper some photos of a pre−operative surgical planning with the new functions are showed. According to the surgeon who has used the new functions, they work efficiently for preoperative diagnosis and surgical Planning. 1 まえがき 先天的,あるいは事故などの後天的な理由による大 腿骨形状の異常を修復する手術を股関節整形手術とい う.このような手術の計画は,従来外科医が大腿骨・ 骨盤部のX線像を用いて行っていたが,これは2次元 的なものであり,かつ細部については外科医の経験に 頼っていた. 本文で紹介する股関節整形手術シミュレーションシ ステムは,連続するCT断層像から人体の3次元像を グラフィック画面上に構成・表示し,画面上の3次元 画像に切断,移動,回転などの会話的操作を行うこと によって手術計画立案を支援するものである.本シス テムは画像処理とグラフィックスアルゴリズムをソフ トウェアパッケージとして,名古屋大学大型計算機セ ンターに登録されている. *電子情報工学科,Department of Electrical Engineering and Computer Science 1.1 研究背景1)−3)
最近X線CTやMRIなど断層像イメージング装置
の進歩により,各種医用3次元画像データが入手し易 くなった.従来,レントゲン画像は体内の情報を可視 化するという点において非常に意味のあることであっ たが,X線による平面への透過像であるため,2次元 の情報しか持っていない.これに対し,CTは患者の体 内の3次元情報を,その断面像として見せることがで きる.医師は患者を切開することなく,連続的に撮影 されたCT像を並べて観察することによって,病変部 分の空間的な位置や広がりを自分の頭の中で描いて, 診断や治療に役たてることが可能となった. しかしながら,CT画像から3次元形状への再構成 は,現在,医師の想像力に頼っており,正確な3次元 形状は理解しにくい.このため,CGと画像処理の諸手 法を利用した方法で,CT画像から元の3次元形状を 抽出,表示する必要性が生じた. 骨の変形を修復する手術(例えば頭蓋骨の形状修復 のための手術)では主に形状に注目すれぽよく,形状の表現にCGを利用できる. X線CTの場合,骨領域は 計算機により安定して自動抽出が可能である.力学的 な検討を要する股関節部の手術計画に対しても,計算 機を利用して,ある程度の数値解析によるシミュレー ションが可能である. 最近,計算機の発展はめざましく,従来超大型計算 機が必要とされたシミュレーションが低価格のワーク ステーションなどで実現可能になってきている. 1.2 国内外における同研究の現状 外科手術への3次元画像処理の利用はこれまで, Vannier4), Herman5), Tuy6), Brewster7), Fellingham8) らが頭蓋形成手術へ試みたが,いずれも簡単な操作の シミュレーションで,臨床で行われている複雑な手術 のシミュレーションを可能にするような高度なもの は,未開発であった. このような状況のもとで,名古屋大学鳥脇研究室で は実用性を目指して1985年から病院との協力で頭蓋骨 形成外科手術計画システムNUCSS(Nagoya Univer− sity Craniofacial Surgica1−planning System)を開発 した9).NUCSSは任意方向からの骨切断・移動・回転 の実行,術後の顔面形状の予測などの機能を持ってい る10). さらにNUCSSをベースにして,股関節部整形手術 シミュレーション・システムのプロトタイプが開発さ れた.このシステムは,手術シミュレーションの基礎 となるNUCSSの諸機能を継承するとともに,整形外 科手術シミュレーションで要求される骨の重なりを チェックする機能や移動操作のときに接触するまで移 動させる機能,および荷重部分を判定するための骨の 接触面の表示機能などの新たな機能を追加して開発さ れたものであるll). ドイッのHδhneのグループは脳外科手術支援シス テムを開発した12).これは頭部の3次元表示像を生成 し,そのうえで適当なウィンドウを指定すると皮膚表 面が取り除かれ内部の適当な奥行きでの断面画像が観 察されるシステムである.ハードウェアで高速な表示 を可能にしているため,リアルタイムで断面位置を変
化させることができる.このシステムはKONTRON
の名前で商用化されている. また,東京大学石井らのグループは頭骨の3次元像 上で仮想的なドリルを用いて適当な部分を切削し,こ れにより内部構造を観察できるようなシステムを作っ ている13).そのほか,周藤らは脊椎関節の整形手術シ ミュレーションを高速に実行できるシステムを開発し ている14). 1.3 以後の内容 以下では,筆者が研究開発した外科手術システムの 次の機能について説明する. (1)大腿骨自動はめ込み機能と骨間距離計測機能 (2)人工骨置換手術支援機能 2 大腿骨自動挿入機能と骨間距離計測機能 股関節部整形手術の目的の一つに,大腿骨・骨盤の 形状や位置関係を修復することによって,大腿骨と骨 盤の相互位置関係を改善し,患者の立つ機能や歩く機 能を回復することがある.このとき,計画された手術 により改善される可能性とその度合が術前に把握され れば,手術計画の有効性を評価する上で大きな意義を 持つ. 股関節部整形手術の定量的な評価基準の一つとし て,大腿骨と骨盤間の接触面積が採用されている.本 システムは,従来大腿骨頭部のうち骨盤とある距離以 内の位置関係にある領域を色を変えて表示する機能は 既に開発しているが15),より実用的な機能の開発が求 められていた.また,大腿骨を骨盤部のより安定する 位置に移動させることがこの種の手術では重要であ り,計画立案の際,安定な位置を探す医師の作業を軽 減する機能も求められていた. 2.1 大腿骨自動はめ込み機能 股関節部の整形手術においては,大腿骨をできるだ け骨盤ソケット部に深くはめ込むことが必要となる場 合が多い.この作業を計算機内の3次元画像上で行う には,干渉判定を行いつつ,試行錯誤によってより深 い位置を求めなけれぽならない. 従来のシステムで大腿骨を移動させるには,オペ レータが指定する一方向に,干渉判定を行いながら最 大限に移動させる基本的な移動機能を用いていた. 従って,より深い位置を求めるには,多方向からの移 動を幾つも組合せなくてはならず,方向指定を何度も オペレータが行う必要があった. これに対し本機能は,大腿骨を骨盤付近に移動させ た後は,あらかじめ指定された代表的な移動方向を計 算機が順次選び,より深い位置を自動的に決定してい くものである. 基本的な方法として,人体の正面像と側面像の二方 向からの操作により大腿骨を骨盤ソケット部のできる だけ奥深い位置へと移動させる.実際にはこの二方向 からの移動を交互に繰り返すことにより,最適な3次 元的位置を決定する. 正面像では,大腿骨を真上への移動と体軸方向への平成6年12月 山梨大学工学部研究報告 第45号 水平移動の繰り返しによってソケットにはめ込む「基 本移動」と,体軸に対して斜め上方向(45°,60°,30°)へ の「多方向試行移動」を試みる. また側面像では,移動可能距離と方向共に正面像上 に比べて少ないことが医師の操作経験から分かってい るため,真上(90°),右上(135°),左上(45°)のうち 可能な方向に移動する. 得られた複数の移動結果から最終的にどの案を採用 するかは医師が選択する. 2.2 骨間距離計測機能 大腿骨・骨盤間の骨間距離は股関節部疾患の診断に おいて医学的に重要であり,その計測に関する研究は 他のグループからも報告されている16)−19). しかし,それらの測定法ではある方向からの奥行値 として距離を与える,いわば投影法が用いられており, 厳密には,3次元的な距離とは言えない. 本機能は,より正確な診断及び評価のために骨盤, 大腿骨を3次元ディジタル画像としてとらえ,その間 の距離を3次元距離変換20)により求める(図1).また 図1 骨盤からの距離計測の概念図 Fig.1 111ustrative explanation of distance calculated from pelvis. 距離値を等高線図状に大腿骨上に擬似カラー表示す る。 これにより,大腿骨への体重のかかり具合いが推定 でき,形態のみでなく,機能的な面で手術計画の評価 が行えるようになった. また,ディジタル画像として得られるCT画像を用 いていることから,計測値には誤差が含まれると考え られる.そこで,誤差評価を行う目的で,CTと同じ撮 影条件で構成された単純な立体幾何形状モデルに対す る距離計測を行い,測定精度について検討した. 2.3 臨床応用例 大腿骨の境界面ボクセルを距離計測機能で得られた 大腿骨・骨盤間の距離値により色を変えて表示するこ とにより,大腿骨表面の距離値の分布(距離マップ) が得られる.距離マップが付加された大腿骨の骨頭部 の表示例を図2に示す. 図2 大腿骨頭における距離マップ表示例 Fig.2Distance map on the femoral head(red:2−3 mm, green:3−4mm, blue:4−5mm, rose: 5−6mm, sky blue:6−7mm, orange:7−8 mm, yellow:8−9mm, purple:9−10 mm). 図3 距離マップのウィソドウ表示例 Fig.3Multi・window for the distance map. また,距離マップ表示用のウィンドウを複数用意す ることにより,医師が複数の距離マップを同時に観察 して計画を検証することを可能にした.本機能は,例 えぽ,以下のような用途(何れも医師からの要望が強
い)に用いられる: ① 大腿骨と骨盤の相対位置を固定し,距離分布を 同時に多方向より観察する. ②歩行等を考慮して,大腿骨と骨盤の相対位置を 変化させた際の距離分布の変化を同一画面上で同 時に観察する. 図3にはその一例を示す. 3 人工股関節置換支援機能 股関節整形手術では悪化した症例に対して人工大腿 骨による置換手術(人工股関節移植手術)が行われて いるが,安全かつ有効な手術のためには術前に人工骨 選択等の十分な手術計画が必要である. 筆者が開発したX線CT画像による3次元像を利用 したレディ・メイドの人工股関節選択支援システムは, 会話的に人工股関節を選択するものである. 3.1 人工骨関節置換支援処理の概要 人工股関節選択支援システムは複数の人工大腿骨か ら患者の大腿骨に最も適するものを選び,挿入シミュ レーションにより適合性の評価を行うものである.シ ステムの処理を以下に述べる. (1)相似形人工骨の自動生成 レディ・メイド人工骨製品は多数市販されているが, 各モデルに対しては相似形のものが多く存在してい る.全製品を計算機内に記憶させておくことは実用的 ではなく,少なくともこれら相似形のモデルは計算機 内で自動的に生成させる方が望ましい.本機能は代表 的な人工骨モデルからそれと相似なモデルを計算機内 で自動生成させるものである. (2)人工骨と患者骨の軸合わせ 人工骨を患者のステムに挿入するシミュレーショソ をグラフィヅク画面上で会話的に行うためには,3次 元的な動きを2次元画面上で指示する困難が伴う.本 機能は3面図から会話的に入力された患者の髄腔軸と 人工大腿骨のステム軸とを自動的に一致させ,後に続 く挿入シミュレーショソを容易にするものである. (3)人工骨位置補正 軸合わせ処理を行った後の人工骨に対して,画面上 で会話的指示に基づいて軸のまわりの回転及び軸に 沿った平行移動を行うことにより,挿入する人工骨の 正確な位置を決定する. (4)挿入位置の適性評価 上述の方法で人工骨を患者骨に挿入した後,選択し た人工骨及びその位置の適性について評価する.ここ では臨床上有効な以下の2種類の評価法を用意した. a)骨間距離マップ 前節で述べた骨間距離計測機能で人工骨と患者骨と の適合性を定量的に評価する. b)濃淡投影像による半透明表示 CT値による濃淡投影により半透明表現された患者 骨像と人工骨とを合成表示することで,人工骨の挿入 状態をより明らかにする.この方法により表示される 像は通常のX線画像と同様な透過像となり,レントゲ ン像を見慣れた医師にとっては評価し易いものとな る. 3.2 臨床応用例 本システムを用いてこれまでに3例の患者に対し て,外科医による人工大腿骨移植手術シミュレーショ ンが行われている.ここでは試験的に2種類の人工骨 をCTにより撮影し,これをもとに相似形の人工骨を 16個自動生成し,その中から手術シミュレーショソで 患者の大腿骨に最も適切なものを選んだ. 本システムを用いた外科医による人工骨選択および 移植手術のシミュレーショソの一例を図4に示す. この例は,図4(a)に示す変形した左大腿骨頭の切 断とその部分への人工骨置換手術のシミュレーション である.図4(b)には,2種類の人工骨から計算機内で 自動生成した人工骨が表示されており,これらより外 科医は最適と考えられるものを選択する. 図4(c)より手術シミュレーションが開始される.ま ず,置換すべき変形した左大腿骨頭部を切断操作によ り除去する.図では切断領域が示されている. 次に3面図上で大腿骨髄腔と人工骨との軸を会話的 に指定し(図4(d)),軸に沿った平行移動(図4(e)) と,軸回りの回転移動(図4(f))により,大腿骨に対す る人工骨の位置を微調整する. 図4(g)では,決定された人工骨の位置をさまざま な方向から観察し,その整合性を評価する.骨盤およ び右大腿骨も含めた人工骨置換手術シミュレーショソ の最終結果を図4(h)に示す. 人工骨の位置評価のため,大腿骨髄腔との距離マヅ プ表示を図4(i)に示す. また,大腿骨を半透明表示した濃淡投影像により位 置関係を視覚的に評価することが可能である(図4 (j)). このシミュレーショソの結果,外科医の見地から見 た本システムの各機能の臨床での実用性が確認され た. この場合の試行錯誤を含む計画時間は約2時間で あった.大型計算機FACOM M−1800/20上で,会話的
平成6年12月 山梨大学工学部研究報告 第45号 (a)術前正面図 (a)Pre−operative front view. (b)自動的に生成された相似形人工骨 (b)Similar figures of artificial bone generated auto− matically. (c)異常側(左)大腿骨頭部の切断 (c)Cut process of the head of the abnormal femur (left). (d)3面図上での軸指定 (d)Specification of axes on orthographic views. (e)自動軸合せ後の軸に沿った平行移動 (e)Translation along the axis after putting them together. (f)軸まわりの回転 (f)Rotation around the axis. 図4 外科医による人工骨移植シミュレーショソの例 Fig.4Pre−operative surgical simulation of artificial bone implant by a surgeon.
(9)指定方向への投影図 (9)Views from specified direction. (i)距離マップによる評価 (i)Evaluation by the distance map. (h)シミュレーション終了時の正面図 (h)Result of the implant surgical simulation. (j)濃淡投影図 (j)Density projection image. 図4 外科医による人工骨移植シミュレーションの例 Fig.4Pre・operative surgical simulation of artificial bone implant by a surgeon. 操作での待ち時間は最大10秒で,これは外科医にとり それ程問題とはならないことが使用経験より判明し た. 4 むすび 本文では,筆者が名古屋大学在学中に研究開発した 股関節整形手術シミュレーションシステムについて紹 介し,特にこのシステムの「大腿骨自動はめ込み機能」, 「骨間距離計測機能」および「人工骨置換支援機能」 について述べた.これらの新機能を実際の症例に対し て外科医が使用し,臨床応用に際しての有効性を確認 した21). 参考文献 1)横井茂樹,安田孝美:医用画像処理・グラフィッ クス技術.テレビジョン学会誌,43−7:663− 668 (1989) 2)横井茂樹:手術シミュレータ.計測と制御, 28−7,73−76 (1989.7) 3)横井茂樹:医用3次元画像処理技術と形成外科応 用.Medical Imaging Technology,7−1,2(1989) 4)Vannier MW, Marsh JL, Warren JO:Three dimensional computer graphics for craniofacial surgical planning and evaluations. Proc. SIG− GRAPH’83:263−274(1983)
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