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マゲシカの骨角食行動と骨角食痕-南西諸島における偽骨角器の自然成因例-: 沖縄地域学リポジトリ

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(1)

Title

マゲシカの骨角食行動と骨角食痕−南西諸島における偽

骨角器の自然成因例−

Author(s)

立澤, 史郎

Citation

史料編集室紀要(26): 1-20

Issue Date

2001-03-27

URL

http://hdl.handle.net/20.500.12001/7882

Rights

沖縄県教育委員会

(2)

史料 編 集 室紀 要 第26号 (2001)

マ ゲ シ カの 骨 角 食 行 動 と骨 角 食 痕

南 西 諸 島 にお け る偽 骨 角 器 の 自然 成 因例 -立揮 史郎 1.問題 の所在

2

‥ 罵毛 島の環境 とマゲ シカの生息状況

3.

マ ゲシカに よる骨角食行動

4.

お わ りに

1

.問題の所在

ニホ ンジカ (CernlsnliponTemminck

,1

8

3

8

)

は 日本 列島お よび中国大陸東部 に広 く分 布 し (whitehead

,1

9

9

3)

、 肉や皮 な どの消費 的利用 か ら宗教 や芸術 に至 る まで、多面 的 な 資源利用 が古 くか ら行 われて きた。縄文お よび弥生期 の遺跡 出土動物遺体 におい て も、そ の大半 は本種 とイノシシ (Susscroh Linnaeus

,1

7

5

8

)

が 占めてお り (西本

,1

9

91

;

ほか)、 釣針 や鋲 な ど骨 や角 の加工 品 (骨角器)が各地で出土 してい る (金子

,1

9

8

6;

ほか)0 この よ うな骨 角器 の製作 。使用 を行 う文化 が 旧石器 時代 に も存在 した、す なわ ち旧石 器骨角器文化 が存在 した とす る主張 は、琉球列 島 (Tokunaga

,1

9

3

6;

直良

,1

9

5

4;

ほか) や地 中海地域 (Kuss

,1

9

6

9

)

で加工痕 を持 つ骨角が出土 した こ とが根拠 となっていたが、 I:I:l その後 これ らの加工 痕 が人 間で な くシカ科 cervidaeの寄食 に よる もの とす る指摘 が相次 ぎ (sutcliffe

,1

9

7

3,1

9

7

7;

加藤

,1

9

7

9,1

9

9

6

;

ほか)、近年 はそれ らを自然物 (偽骨器、擬 骨器、pseudo-tools;ここでは偽骨角器 と呼ぶ) とす る見 方が一般 的 となってい る。 この偽 骨器 の問題 につい て は議論 が続 いた例 が少 ないが、 そ の中で琉球列 島 (特 に伊 江 島) の事 例 につ い て は、共 に発掘 等 に関 わ った安 里

(

1

9

77

,1

999)

と加 藤

(

1

9

79

,

1

9

9

6

)

に よる レビュー と建設 的 な議論があ り、両者 の見解 は以下 の点でほぼ一致 を見 るに 至 ってい る。す なわ ち、① Tokunaga

(

1

9

3

6)

や直良

(

1

9

5

4

)

の指摘す る人工的加工痕 の う ち、不規則 な切 り込 み痕 と叉状形態 についてはシカ類 の寄食 に よる、② しか し食痕 のあ る 長骨 の長 さが揃 ってい るこ とについてはシカの行動等 か らの説 明が必要、(勤勉 の種類 の加 工痕 (神 経孔 の拡 大 や穿孔 、先端 の研磨 ) については別 に検討 が必要、 とい う ものであ り、

TATSUZAWA Shirow,‖Bolleand AntlerChewingbyMage sikadeer,CernlsnljPOHmageShjmae.

(3)

史料 編 集 室紀 要 第26号 (2001) また両者 は④琉球列 島の 自然環境条件 においてシカ類が骨角食 を行 った必然性の実証的検 討 の必要性 も指摘 してい る。 これ らの点 については動物学分野 か らの支援 もあ って然 るべ きだが、そ もそ も同定精 度 を上 げるために必要 なシカ類の食痕 の整理が十分行 われていない、骨角食が叉状形態 を 生ず ることの (行動観察 などによる)実証報告がない、骨角食の報告のほ とんどが高緯度 地方の アカシカ (an耶 elaphus)と トナカイ (RangI'reT larandus)に関す るものである (他 の種 お よび生息環境 における事例がほ とん どない) など、実 は骨角食 に関す る動物学 的知見が まだ不足 してお り、議論 を進 めるために情報 の集積や検証 を行 う余地が大いにあ る。 筆 者 は南西諸 島北端 に位置す る馬毛 島においてニホ ンジカ (亜種マゲ シカ)の生態研 究 を続 けているが、その過程で偽骨角器状の骨角食痕お よび骨角食行動 を頻繁 に観察 して い る。 これはニホ ンジカにおける骨角食の初めての事例である とともに、環境の似 る琉球 列 島で もシカ類が骨角食 を行い、その結果偽骨角器が残 されたことの傍証 になる と思われ るので、 ここに観察の概要 とその背景 となる情報 について報告 したい。

2

.

馬毛島の環境 とマゲシカの生息状況

(1)馬毛 島の環境 と歴史 大 隅諸 島 ・種子 島の西沖合

1

0

k

m

に浮かぶ馬毛島は、周囲

1

2

k

m

、面積

8.

4

k

m2、最高標高 わず か

71

.

2

m

の平坦 な小 島だが、無 人島 と しては全 国第二位 の面積があ る (

図 1

。写真 1)。島は砂岩や頁岩 を主 とす る熊毛層群か らな り、発達 した海岸段丘上 には幸屋火砕流 が運 んだ とも言われる巨大 なサ ンゴ礁石灰岩が点在す る。気候 は、黒潮の分流が直接 島を 洗 うため、月平均気温 は最低が

2

月の約

1

0

℃、最高が

8

月の約

2

8

℃ と、隣接す る種子 島よ りもさらに温暖で降積雪 もない。 しか し冬 は大陸か らの季節風 を遮 る ものが ないため、特 に島の北西側 は冷 え込みが強 く、 また夏か ら秋 にかけて台風が直撃す るこ とも多い。現在 の植生 は、 島の中央部がマテバ シイや クロマツを中心 とす る樹林帯、北部 と南部 にはチガ ヤ ・ススキ ・シバ な どの大草原が発達 し、 これ らの間にハマ ヒサ カキを主体 とす る疎林が 広が ってい る (写真

2

)。 なお

、1

9

8

6

年 には熱帯以外 では珍 しい飛蛙 (トノサマバ ッタの 大発生)が見 られた。 同島は奈良朝時代 の記録 に現れて以 降長 く無 人島で、江戸期 は種子 島家 の公領、明治 期 は国有地であ り

、1

9

0

5

年 に一部が払い下げ られて牧場化が試み られたが居住者 はほ とん どい なか った。牧場 は第二次大戦 中に海軍の砲爆演習場 とな り (現在 も施設が残存)、戦 後 は西之表市が買 い取 って

、1

9

5

3

年 に固有種 ホソバ アリノ トウグサ (タネガシマア リノ ト ウグサ)が発見 ・記載 されたのち

、1

9

5

5

年か ら島全体がマゲシカ保護 を主 目的 とした国設 鳥獣保護区 となった。その一方で

1

9

4

7

年か らは開拓団が入植 して島の約

3

分 の 1を住居 ・

(4)

-2-史料編集 室紀要 第26号 (2001) 田畑 ・牧場な どに利用 し、往時は

5

0

0

人近 くが生活 して小 ・中学校 も設置 され るな ど賑わ った。 しか し企業による用地買収のために

1

9

8

0

年に再び無人島 とな り、現在 に至っている。 なお、国設鳥獣保護 区は農作物被害のため

1

9

7

5

年に解除 され、保護 を求める世論が高まっ て

1

9

8

6

年 に県設鳥獣保護 区

(

1

0

年間) に指定 され るまで狩猟が解禁 され ていた。その後

1

9

9

6

年か ら同保護 区は

1

年更新 となったが

、2

0

0

0

年に島の大半を所有す る企業 による森林 伐採 (採石予備事業)が始まるまで人間による環境擾乱は皆無に近かった。

O

lkm

図 1.馬毛島の地形。中央南西部に岳之越 (標高71.2m)があり、全島および薩南の島々を一望 できる。国土地理院2万 5千分の1図 「馬毛島」を使用。

(5)

史料 編 集室紀 要 第26号 (2001)

(2

)マゲシカの分類 と歴史 ニホ ンジカには、 日本列 島の

7

亜種 (北か らエ ゾシカ、ホ ンシュウジカ、 ツシマジカ、 キュウシュウジカ、マゲシカ、ヤ クシカ、ケラマジカ) を含 めて14の地理 的亜種が記載 さ れている (Whitehead,1993)。 この うちマゲシカ (C.D.mageshJhTaeKurodaandOkada, 1950)については、ヤ クシカ (a n.y2血 血 e)と共 に島喚 タイプ として記載 された も のの、キュウシュウジカ (基避種) に含めた り、ヤ クシカに含 めた りと、暖味な扱 いが続 いて きた (Imaizumi,1970;三浦,1997)。 しか し近年の分子遺伝学的手法の発達 によ り、 ミ トコン ドリアDNA (D-1oop領域)の塩基配列 を比較す る限 り、種子 島 とは同一だが、九 州 島、屋久島 とは違いが見 られ、ケラマジカも含めた九州島峡部の遺伝 的多様性 の高 さを 担 っていることが示 されている (Tamateeta1.,1998)。 一方、マゲシカに関す る歴史資料 の発掘 は進 んでい ないが、鮫 島 (1962)によればマ ゲシカの生息 を示す記録 は奈良朝 まで遡 り、その後 も1763年 (宝暦13)に阿久根へ45頭 を 贈 った り、緊急時 に鹿茸 (袋角) をとるなど、種子 島家 による資源利用が続いて きたこと が窺 える。そ して大正期 (博多湾能古 島)か ら第二次大戦後 (阿久根大島お よび トカラ列 島臥蛇 島) にかけて も数 回他所へ移出され る反面、移入記録 は全 く見 当た らず、都合約千 年 間にわた り野生個体群が維持 されて きた可能性 もある。 また考古学的には、同島南西部 に弥生後期 とされる人骨埋葬跡 (椎 ノ木遺跡)が報告 され、 また他 の

3

カ所で先史遺物が 発見 されている (西之表市教育委員会,1980)が、同遺跡出土 の獣骨 は同定 されてお らず、 当時のシカ生息の有無 は不 明である。ただ し河 口 ・西 中川 (1985)は鹿児 島県下の貝塚遺 跡 出土獣骨の記録 を整理 し、薩南諸 島では比較的シカが優勢であ り、 しか も既 にマゲシカ 同様 の小型の ものであった ことを指摘 してお り、 これ ら縄文弥生期 の シカと現生種 (マゲ シカ) との系統関係 の解析が待 たれるところである。

(3

)マゲシカ個体群 の変動 筆者 は1987年 に初 めて馬毛 島に入 り、その後年

4

回、マゲ シカの数 と分布 のモニ タリ ング、死体 と角の回収 、食物量調査 などを継続 してい る。馬毛島は、その大半が草原であ る上 に、地形が中央部の最高地 (岳之越)か ら周囲へ なだ らか に傾斜 して海へ と落ち込 む ため、 島のほぼ全域 にわたる直接 観察が可能である (写真

2 ・3

)。 この ような絶好 の調 査条件 と、調査 ボランテ ィアお よび種子 島の人々の協力 に恵 まれて、マゲシカ個体群の動 態の詳細が明 らか になって きた。毎年の最高頭数 を示す8月の億 で見 る と、1988年の12 請/km2か ら1992年 の60頭/kmZまで密度が急増 した後、密度依存的な出生率 の抑制 と死亡率 の増加が生 じ、その後 も60頭/km2前後で変動 している (Tatsuzawa,1999;ほか)。なお、 種子 島では古来馬毛島へ の イヌの持 ち込み禁止 を申 し合わせ てお り (坂 中吉也氏 ほか,私 信)、現在 もマゲ シカの捕食者 は存在 しない。す なわち、 このマゲシカ個体群の密度調節 過程 は、捕食や狩猟 ではな く、 この個体群 に内在的な人口学的 メカニズムにより実現 して _4_

(6)

史料 編 集 室 紀 要 第26号 (2001) いると考 え られる

(

Ta

t

s

u

z

a

wa

,1

9

9

9;

ほか)。 また、捕食者 も人間 もお らず、死 肉を啄 む 可能性 のあ る大型鳥類 もミサ ゴとハ シブ トガラスが数羽ずつ確認 されているだけなので、 シカの死体 は基本 的 にその まま白骨化す る (写真

8・9

)0 なお、死体 と角 のセ ンサスは島の約

4

分 の 1の面積 において行 い、それ以外 に も発見 した死体 と角 は記録 ・回収 している。調査 開始当初

(

1

9

8

7

-

8

年) は死体 はほ とん ど発見 で きず

、1

9

8

6

年 まで行 われていた狩猟で用 いた解体場 と思 われる数 カ所 に、主 に四肢お よび 胴部の骨が集 まって見つかるのみだった。 しか しその後、最初の密度 ピークの翌年

(

1

9

9

3

午) まで死体 の発見数 は増加 し、以後 は年 間数十か ら約百頭 (総数の

1-2

割弱)の間 を 変動 してい る (立樺,未発表)。

3.

マゲ シカによる骨角食行動

(1)マゲシカによる骨角食痕の確認 先述の ような状況下で、当初発見 した白骨 や角 には全 くと言 っていいほ ど審食痕 は認 め られなかったが

、1

9

9

0

年頃か ら白骨死体や解体場 の骨が散乱 し、その一部、特 に四肢骨 (長骨)や回収 した角 に認め られるようになった。寄食痕 は特 に角 に印 された ものが明瞭 であ り、マゲシカ以外 の噛乳類 は寄食力の弱いジネズ ミしか生息 しないため (立樺 ・本川, 未発表)、Murie

(

1

9

7

4)

なども参照 しつつマゲシカの寄食痕 と断定 した。 この ような寄食痕 は特 に角 で 目立 ち、その頻度 は密度 または死亡率 と対応 す るように 年毎 に急激 に増加 した。個体群密度 が ピークとなった

1

9

9

2

年頃か らは初春か ら初夏 にかけ て落 ちる角が翌年 まで 無傷 'で残 ることは まれ にな り、歯形 だけで な く遠位端が噛 りと られ るな ど、角 の 一 部 ない しは大 半 が失 われ て い る もの が増 え、 さ らには角 の基 部 (coronet)しか残 っていない もの も見 られるようになった。同時に骨 の寄食痕 も増加 し、 下顎骨や椎骨 も頻繁 に寄食 される と共 に、いわゆる叉状 または fFolk'状 をな した長骨 も増 えた。現在 は、前年 に落角 した角 を見 つけることや、 白骨化 した死体 を全身揃 って見つ け ることもほ とん どない状況 となっている。 なお死亡直後 か ら腐敗進行 中の死体 については、マゲ シカはむ しろ忌避行動 を示 し、 また骨髄 内脂肪が残存 しているうちはほ とんど興味 を示 さない。す なわち、角 については 落角直後 か ら採食が始 まるが、骨 については白骨化す るだけでな く晒 された状 態 になって ようや く寄食 を始めることが多い。 ただ し骨角 とも土 中や水 中で保存 されていた ものはあ ま り好 まず、その結果新 しい ものほ ど早 く消失する とい う逆転現象 も生 じる。

(2

)骨角食痕の事例 写真

1

ト写真

1

5

にマゲシカに よる食痕が認め られ る骨角 を示す。いずれ も

1

9

9

9

年お よび

2

0

0

0

年の定期調査 で回収 した ものである。

(7)

史料 編 集室紀 要 第26号 (2001) 部位 ごとの特徴 まず落角 については、sutcliffe (1973,1977)などの指摘 どお り必ず遠位端か ら寄 って お り、写真 11にシーケンス (A-E・F)を示す ように、最後は基部 (coronet)を残すだけ となる。 なお寄 った部分 は叉状 を呈す ることもあ り (A ・B)、 また極めて扇平になること もあるが (B:矢印部分)、Kelsall(1957)などが指摘する明瞭なジグザグ形状が認め られる ことはあ ま りない。 またE ・Fの段階はいわゆる小型石斧状 を呈す るが、 ノミで削 った よ うな痕跡 も認め られることか ら、シカ類 に一般的な頬歯 による擦 り切 り (chewing)だけ でな く、門歯 による寄食 (gnawing)も行 っている可能性がある。 頭骨 (写真12)の場合は顕著 な寄食痕は吻部 と角 (雄のみ)、つ ま り突 出部分 にのみ認 め られ る。 この うち角 につ い て はや は りcoronetで とま り、 そ の下 の前 頭骨 の突 起 部 (pedicle)まで及ぶ ことはない ようである (A)。但 し、落角後の頭骨 (B)やcoronetがほ とん ど発達 しない亜成雄 (C)ではその限 りではない。 また吻部 については、おそ らく構 成骨が薄 く接合 も弱いため、擦 り切 るのではな く噛み砕いた痕跡 となっている。ただ し古 い頭骨では、歯形が なければ自然 に崩れた もの との区別が難 しい。 次 に加藤 (1979,1996;ほか)が人工的な加工でないことの根拠の一つ とした下顎 (写 真13)の寄食痕 については、 切歯側 と下顎枝 の双方か ら寄食が認め られ、前者ではシー ケ ンス (A-C)で示す ように叉状 を里す るもの もある。 またその過程で穴があいた状態 になるこ とが注 目されるが (B)、 これは中空である下顎体 を両側 か ら擦 り切 ることで形 成 された と思われ る。なお D のように寄食痕 と共に臼歯の歯槽部だけが残 っている例 も 多いが、 これが Cの状態か ら寄食のみで形成 されるか否かほ不明である。 付属骨格 (写真14)については、指骨 など小 さい もの を除 くといずれ に も食痕が認め られるが、肩 甲骨遠位端、棟骨 ・中手骨 ・中足骨の近位端 など、ほ とんど食痕が認め られ ない部位や、若齢個体の大腿骨の ように遠位端が外れやすい場合 にのみ食痕が認め られる 部位 もある。 各長骨 の叉状形態 については、やは り加藤 (1979)が指摘 した ように、 中手骨 ・腰 骨 ・中足骨 の遠位端 に認め られることが多い。上腕骨 については、近位 ・遠位双方 に、顕 著 な叉状形態が よ く認め られる。 また扇平で比較的薄い肩 甲骨近位端 と寛骨の後位端 につ いては、頭骨の吻端部同様 に噛 りとっている。ただ し寛骨の前位側 については、時 に叉状 を呈す る。寛骨の (左右の)癒合が強い場合は扱いに くいためか食痕が認 め られないこと が多いが、写真14(左上)の ように両側 に叉状形態が認め られる例 もまれ にある。 叉状形態 と長 さの斉-悼 これ ら叉状形態の形成 については、 シカ類の頬歯 による寄食 (chewing)のメカニズム と共 に、寄 られる骨 の形状が大 きく関与 していると思われる。す なわち、加藤 (1979)辛

(8)

∼6-史料 編 集室紀 要 第26号 (2001)

Ka

h

l

k

e(

1

9

9

0

)

が指摘する高い扇平鹿 に加 え、少な くともその片面が角出 していることで、 扇平面の中央部が側面 より早 く摩滅 し、 より顕著な叉状 (フォーク形状)が生 まれるので あろう。 安里

(

1

9

77

,1

9

99

)

が指摘す る"揃 った長 さ"の原因については不明であるが、叉状 を 呈す る長骨 において、部位 ごとに長 さが異 なるように見 えること、亜成獣 (写真

1

4

の腰 骨 ;矢印) と成獣ではサイズは異 なるが相対的に同 じ位置で寄食が止 まっていること、な どか ら、骨角の形状が よりこの間題 に効 いているか もしれない。ただ し両端が叉状 を呈す る (両叉型)標品 に限ると、その長 さがお よそ

7-

1

0

c

m

の範囲に集中 し、一方、マゲシカ の上顎左右第一大臼歯間の距離が

8

0

mm

前後であることか ら、加藤

(

1

9

7

9,1

9

9

6

)

が予測 するように、歯列間に骨 を挟み込 む形で形成 されている可能性が示 される。 これ らの量的 検討 については別報 に譲 る。 消失の非同時性 先述 の ように骨食が始 まるのは死体が白骨化 した後 だが、その後の散逸の程度 は部位 により異 なる。写真

1

5

は死亡後約

1

年経 ち、骨食が始 まって しばらくした時期 の死体一体 分であるが、四肢骨の うち遠位側が より早 く失 われたほか、摘出 しに くい ように思える寛 骨お よび下顎骨 もそれぞれ片側 (左側)が失 われている。 この"優先順位" には、死体の 横 臥姿勢 (この個体の場合は右が下 ;下側の骨 は土壌 に埋没することが多い) などによる 摘 出の しやす さ以外 に、寄食する個体の部位 に対する曙好性の違い (寄 りやす さなどによ る)が関わっていると思われる。 また部位 の消失 は、死体そばでの骨角食の目撃頻度が低 い こと、骨が次第 に散乱 してゆ くことか ら、その場所で完全 に消費 されているのではな く 持 ち去 りによると思われる。

(3

)骨角食行動の観察 個体群密度の増加 に対応す るよ うに骨角食痕の割合が高 まると同時 に、骨角食 を行 っ ている個体 を目撃す る頻度 も高 まった。 目撃場所 は、雄が優占する草原地帯で圧倒的に多 く、季節 的には偏 りはあるものの周年見 られている。以下に代表的な目撃例

2

例 を紹介す る。 事例

1

1

9

9

2

2

11日北部草地。午前の採食時間帯

(

1

0

時前後)に採食中の成雄

2

頭 を発見。観 察者 との距離約

3

0

m。2

頭は警戒 をは じめシカ道 をゆっ くり移動 し始める。後 ろの個体が 口に白い物体 を くわえていたが

、1

0

m

ほどシカ道 を移動 した ところで落 とす。同 じ個体が 立 ち止 ま り落ちた物 に口を付けるが、 くわえず立 ち去 る。その後 くわえていたのが長 さ約

4

c

m

まで小 さ くなった落角の基部であることを確認 し採集 した。 この間、口か ら落 とす

(9)

史料編 集室紀 要 第26号 (2001) まで発見 か ら約3分。発見時 には立 ち止 まって採食姿勢 をとっていた ことか ら、最低3分 以上寄食 していた ことになる。 また姿勢 は首 をやや下 げた状態で、ロで持 ち上 げていた と 思 われ るが詳細 は不明。 事例2 2

0

0

0

3

1

0

日北部草地。分散 して採食移動 中の成雄

3

頭 を発見。 中央 の 1頭

(

A)

が シバ地上 にあ る長骨数本 を発見 し、寄食 しは じめ る。後 ろの 1頭 (a)が追いつ き A を追 い払 って骨 に近寄 るが、寄食 はせず近 くの草本 を採食。先頭 の1頭

(

C)

が戻 りBと対時 し、骨 に鼻先 をつ けるが食べず に立 ち去 る。 その後 A が骨食 を再 開 し、最 初の骨食 開始 15分後の観察終了 まで骨食 を継続 していた。 この後、採食移動 中の別個体 2個体が 白骨化 した頭骨 と長骨 を寄食 してい るの を観察。頭骨 は吻部 を くわえて角度 を変 え、吻端部 を頬 歯 で寄 る ように採食 していた。多少 とも (A と B が)取 り合 う様子 を見せ たことか ら、 食物資源 と して認知 されてい る と思 われ る。長骨 についてはいずれ も一端 を くわえて寄食 す る とい うsutcliffe(1973)が指摘す る"葉 巻 くわえ姿勢"(cigar-likemanner) をとってい た。 (4)マ ゲ シカの空 間利用 と骨角 の偏在 加藤 (1979) は伊江 島 ゴヘズ洞穴 出土 の化石骨角 について、骨角食痕が認め られた骨 角部位 の比率 を示 し、それ らが枝角 ・腰骨 ・中手骨 ・中足骨 な どに偏 ってい ることを報告 してい る。 この ような、骨角食部位 の偏 り、 もしくは骨角食痕 の空 間的偏 在 に介在 す る可 能性 のあ る生態要 因 について若干考察す る。 シカ科 にお け る骨 角食行動 やその痕 跡 の頻度 の時 間的偏 り、つ ま り季 節 や年 に よる変 化 の報告 はい くつ かあ る (Bowyer,1983;Ban・ette,1985;ほか)。 この偏 りをもた らす要 因 として これ まで報告があるのは、 (a)骨角食 を引 き起 こす内的要因 (生理 的要 因、特 に 栄養要求)、 (b)その原因 となる外部要因 (環境条件、特 に食物条件)、の二 つであ り、大 抵 はカルシ ウム とリンの ア ンバ ランス または絶対 的不足が至近要 因 と して示 され、土壌や 植 生 (食物 )の成分 がそれ らを決定す るこ とも報告 されてい る (Denton,1982;ほか)。 こ れ らの要 因は、時 間的 に変化す る と共 に、空 間的 に も異質性 を持 ってい るので、空 間的に も骨角食 の偏在 をもた らす ことが十分考 え られ る。 ここで注 意すべ きは、野生動物 の行動 圏が 、特 に島峡環境 で は意外 に狭 く、例 えばマ ゲ シカで は発情期 を除 く年 間の行動 圏が雌雄 とも数百m四方 しか ない とい う点である。そ れ ゆ え馬 毛 島で は、植生や気候の地域差 に対応 してシカの生体 に も死体 に も分布 の偏 りが 見 られ、 しか も両者で傾 向が異 なる。簡単 に言 うと、生存個体が多 く死体 が少 ない南部 と その道 の北 部 に分 け られ、骨角食の 目撃頻度 は北部で多い。 この よ うな現 象 を目の当 た りにす る と、実 際 に観 察者 が 目にす る骨 角 食 の頻度 (実現

(10)

-8-史 料 編 集 室 紀 要 第26号 (2001) 頻度) に、上記 a。b 以外の要因が関わっていることに気付 く。一つは確率的な要因であ り、 シカ (行為者) と骨角 (対象物 ;資源)の密度比、いわば出会い頻度 である。前述の 観察例では、骨角食 はかな り機会依存 的に起 こっているように見 える。 とすれば、馬毛島 において、死体が多 く生体が少 ない北部で骨角食が多い ことに納得がい くし、生体が多い ため落角の供給 に優 れ る南部では比較 的角食頻度が高 くなることも予想 で きる。ただ しこ の ような落角 。死体 }生体の偏在、つ ま り個体群密度 や個体群動態の不均 質性 は、 また栄 養状態や社会的ス トレスの偏在 も生 むため、確率的要因だけを分離 して検討す るためには、 条件 を統一 した操作実験が必要 になる。 次 に、分布 の異 質性 とは別 に もうーっ考慮 すべ き要 因が、利用空 間の異質性 (行動 圏 の構造化)である。野生鳥獣類 の空 間利用 はその社会構造 と深 く関わってお り、環境条件 や個体 間関係、生活史上の必要性 (繁殖や出産 など) に応 じて利用場所 や集団構造 を変え、 結果的に生息地の構造的利用が行 われ る。マグシカでは、上記の密度分布の異質性 に加え て 、 雄 (南 北 の 草 地 部 ) と雌 お よび子 (中央 の森 林 部 ) との生 息 地 の分 離 (habitat segregation)が通年見 られる。 また特 に発情 した雄 は行動圏 をシフ トさせ てなわぼ り防衛 な ど交尾期特有の空 間利用 を行 う。 しか もマゲシカの (おそ ら くニホ ンジカの)社会構造 は可塑的かつ複合的であ り、 これ らの空間利用パ ター ンの変異が個体や群 れ単位 で見 られ る (立樺,未発表)。 この ような行動 圏内の異質的利用 パ ター ンの うち骨 角食 との関連で特 に注 目され るの は、休息場 の存在 とシカ道の利用である。先 に触れた ように、 白骨化 した死体 の各部位 は、 その場 で寄食 され るだけでな く持 ち運 びによる異所的な寄食 も受 け、骨角の分散の様子 を 見 る とむ しろ持 ち運 ばれて消費 され る方が多い ように思 われる。 また寄食や持 ち去 りにお ける部位の選択性 (選好性)があ り、一方、マゲシカが利用す るシカ道や休息場 はかな り 一定 しているので、結果的に選好性 の高い部位 (写真

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の例では模骨 ・中手骨 ・-腰骨 ・中 足骨)がそれぞれの死体か ら持 ち去 られ、特定の場所 に集 中す る可能性 もある。例 えば、 馬毛 島内でシカが休息 に頻繁 に使 う場所 に、周辺 に死体が見つか らないに も関わ らず、長 骨、特 に強度 に寄食 された中手骨や中足骨 だけが散乱 していることがある。 もちろん、寄 食の程度や、風化 な どによる破砕の し易 さなど他の要因 もあるため、単純 に選好性の高い 部分 が集積す るとは限 らないが、加藤 (1979)が報告す るような枝角 ・腰骨 ・中手骨 ・中 足骨 などに集中 した出土状況 は、 シカの寄食 における選好性の介在 を予測 させ る。 以上の ような骨 角食行動 や骨角食痕 の個体群 内お よび行動 圏内の偏在 を指摘 した報告 は まだないが、 トナカイの落角の偏在 については Miller&Ba汀y (1992)が報告 してお り、 発情期直後 (晩秋) に落角す る成雄の大 きな角が海岸部 の一定域 に集 中 してい ることか ら、 毎年 同 じ場所で交尾 していると予測 している。 この報告 は化石角の分布解析 に も示唆 を与 えるが、ニホンジカの落角は晩冬か ら初春であるのでその分布 は越冬場所 を示す場合が多 い と考 え られる。同 じ現象 を扱 って も種 の生活史 によ り意味が異 なって くるこ とに注意 を

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喚起 して お きた い 。 また骨 角 の持 ち去 りお よび集 積行 動 は、食 肉 目の プチハ イエ ナ (sutcliffe,1970;ほか)や審歯 目のヤマアラシ (Duthie and Skinner,1986;ほか)で よ く知 られているが、 これ も草食動物での報告は見 当た らない。洞穴で発見 されるシカ類の 化石骨角の場合 は、流れ込みや、水流 による部位 の選別機構の作用が大 きいか もしれない が、一般 に骨角食 やその痕跡の空間的多寡 を論ず る場合、生理お よび環境要因 (上記 a・ b)に よるいわば其 の骨角食頻度 にバ イアス を もた らす個体群や行動圏の構造性 (いわば 個体群要因)は、今後検討 してお く必要があろ う。 なお、 シカ類 の空 間利用 の異 質性 の研 究例 は まだ少 ないが、個体群 の最 も基本 的なパ ラメー ターである個体群密度 については 日本で も各地の個体群ですでに報告があ り、当該 個体群 における骨角食頻度 のデー タがあれば両者の対応やその結果の考古学への応用 も可 能である。実際 に馬毛 島では密度 に対応 した骨角食頻度の増加が示 されているが、 これは 骨角食頻度が密度状態 を推測す る指標 とな り、動物考古学分野の新 たなパ ラメー ター とし て用い うる可能性 を示唆す るものである (立揮,未発表)。

4.

おわ りに

以上、マ ゲ シカ における骨角食痕 と骨角食行動 について概略 を紹介 し、安里 (1977, 1999)と加藤 (1979,1996)が指摘す る擬骨角器問題 に関す る課題 の うち、叉状形態の形 成 に関す る追証 (「問題 の所在」 における① )、琉球列 島に近い環境 で骨角食が生 じた初の 例証 (同④ )、お よび骨食 を受 けた長骨長の斉-性 に関す る若干の考察 (同② ) を行 った。 また、骨角食行動 お よび骨角食痕の空 間分布 に及 ぼす個体群生態学的要因 を概説 し、それ らの現生種 における知見が化石骨角研 究 に応用で きる可能性 を指摘 した。マゲシカによる 骨角食 は、琉球列 島 を含 めニホ ンジカで初めての骨角食の例であ り、いわゆる偽骨角器が 骨角食行動 の結果生ず ることを実証す る初め例 で もある、 また典型的な石灰岩地帯 や寒冷 環境でな くとも骨角食が生 じることを示 したことで資す る ところ もある と思 われる。 擬骨角器 お よび化石骨角 の研 究 において動物学 は近年積極的 な貢献 を行 ってこなか っ たが、本稿 が多少 とも今後の異分野間の協 同作業 に役立てば幸いである。最後 に、本報告 の機会 を与 えて くださった安里嗣淳氏 と当山昌直氏 (史料編集室) にお礼 申 し上げる。 荏 :偶蹄目 (ウシ目)シカ科。現生種は通常16属36種とされ、うちcTertvs属、MuDlJ'acus属など3属4 種で骨角食が報告されている (sutcliffe,1973,1977;ほか)。伊江島ではリュウキュウジカ (C. 17'ub'LJenSJk)とリュウキュウキョン (M.astJdodon)(直良,1954)、地中海地域 (クレタ島) ではCretandwarfdeer(C.crelensl'S) (Sutcliffe,1973)が出土 している (いずれも化石種)0 ー1

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2-史料 編 集 室 紀 要 第 26号 (2001)

写真 1.上空か らの馬毛島。南端か ら北方 を望む。

写真2.岳之越南方 に広がる大草原 (東西差 し渡 し約3km)。左上 に多 くのシ カが利用す る島最大の谷 「椎 ノ木谷」がある。

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史料 編 集 室 紀 要 第 26号 (2001) 写真3 (左).岳之越頂上 に残 る旧海 軍の監視塔。現代史遺跡 として保存価値 が高い。 ここを観 察定点 に して1987年 か ら 定期調査 を行 っている。 写真4 (右 ).3叉 4尖 の角 をつ けた 成雄個 体。 角は8月末頃完成 し、秋 の発情期 の角突 きに使用す る。 マグ シカは体 は小 さいが角 は多 くが4尖 となる。 _14 _

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写真5.典型 的な雌 の群れ。左 奥で仔 ジカが雌 に寄 り添 ってい る。雌 の群 は中央部 の林内で1日 の大 半 を過 ごす。

写真6.北の荒原 にい る雄 の群れ。警戒 して集合 してい るが、通常 も数十mの範 囲内で行動 し てい る。全個体 が角 を付 けてい る。

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写真 8 (右).草原 で死亡 した君雄。冬か ら初 春 にかけて死亡が集 中す る。

写真 7 (左).草む らに潜む仔 ジカ。生後1週間ほ ど。

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-史 料 編 集 室 紀 要 第26号 (2001) 白骨化す る。 写真9.死亡後約3カ月の君雄死体。夏の雨 と昆虫な 流水で乱れた と思われ るが、椎骨な どの一部がすでに 「移動」 し始めていることに注意。 写真 8とは別個体。 写真10.角のサイズのバ リエーシ ョン。同一個体群で もこれだけの差があるが、左端の1本 を除き全て4尖であることに注意。主に1990年度の落角。最近はこのような 「無傷」の状態 で見つかることは珍 しい。縦のスケール は50cm。

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史 料 編 集 室 紀 要 第26号 (2001) 写真11.マグシカによる歯食 を受けた落角。 A - Fの順でいずれ も遠位端 (上部)か ら 轟食が進んでい る。 AとBの先端に二又、EとFでは浅い三叉の形状が認 め られ る。 スケールの1目盛 りは 5cm。以下の写真 も同様。 写真 12.マグシカによる窟食 を受けた頭骨。いずれ も雄で、A では落角前の角の基部が見えるO _18_

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史 料 編 集 室 紀 要 第 26号 (2001)

写真13(左).マグシカによる轟食 を受 けた下顎。

写真 14.マグシカ に よ る窟食 を受 けた複数個体 の肢 骨 (長骨) と寛骨。 スケール右側 が前肢 、左側 が 後肢。

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史料 編集 室紀 要 第26号 (2001) 写真15.マ グ シカ に よる番食 を受 けた1個 体分 の肢骨 (長 骨)・寛骨 。下顎骨。 スケール右側 が右側部位 、左側 が左側 部位。死亡約1年後 に周 囲約5m以内に散乱 していた もの を含 めて回収。肢骨 は遠位側のみ失われている。 -20 _

参照

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