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宇都宮大学教育学部教育実践紀要 第2号 2016年8月1日
小学校体育における「体ほぐしの運動」教材の有効性の検討
†
―「じゅうどうあそび」の授業実践を通して―
飯島 夏実
*
・平野 智之
**
・茅野 理子
***
宇都宮大学大学院
*
東洋大学
**
宇都宮大学教育学部
***
概要
本研究の目的は,畳と柔道着を用いずにできる「体ほぐしの運動−じゅうどうあそび」の教材を開発し,
小学校高学年を対象に授業実践を行い,教材としての妥当性を検討することであった。その結果,以下の諸
点が明らかとなった。単元後に下位群において感謝感情,社会的スキルが有意に向上したとともに,受け身
の技能を概ね習得することができた。
キーワード:体ほぐしの運動,じゅうどうあそび,感謝感情,社会的スキル,受け身技能
Natsumi IIJIMA* ・ Tomoyuki HIRANO** ・
Masako CHINO**: Examining Effectiveness
of Recreational Bodily Exercise through
Recreational Judo.
* Graduate School of Education, Utsunomiya
University
** Toyo University
*** Faculty of Education, Utsunomiya University
(連絡先:[email protected] 著者3)
1.はじめに
平成24年度より,武道が中学校保健体育において
必修化された。この背景には,2006年の「教育基本法」
改正によって,「伝統と文化の尊重」が盛り込まれ
たこと(石坂,2003)などが挙げられ,武道が,「生
きる力」の獲得を促進させる要因になると考えられ
たのだと云える。
柔道の創設者である嘉納治五郎は,「体育・勝負・
修心」の三側面を人間教育の手段であるとし,昔か
ら多くの学校で柔道が実践されてきた。そして,そ
の三側面の中でも修心における「徳育的価値」を
最も重視していたとみられている(永木,1999・
2000;山本ら,2013)。それに加え,「精力善用」,「自
他共栄」を柔道理念とし(永木ら,2003),これら
を,柔道を行う目的としている。さらに柔道は他の
武道と違い相手に対する媒体が素手によるものであ
り,相手との間合いが非常に近い(山本ら,2013)。
そのため,相手の気持ちを捉えやすく,体のふれあ
いや,アイコンタクトなどコミュニケーション能力
の向上にも有効だと考えられる。これらの理由から
も,柔道の教育的価値が高いことが窺える。
また,柔道理念は「体ほぐしの運動」の概念と結
びつけられるという報告がある(永木ら,2003)。
永木らは,柔道理念の「自他共栄」は,「体ほぐし
の運動」のねらいの1つである「③他者との交流」
に適合していると述べている。また,「精力善用」
は「②体の調整」と結びつき,柔道はあくまでも人
格の養成,精神の修養であるという考え方は,「①
自己の体や他者への気づき」「③仲間との交流」と
結びつくと指摘している。
その反面,必修科に伴う柔道事故や柔道の危険性
を考えて,必修化を批判する声も多くあり(ベネッ
セ,2014),全日本柔道連盟や文部科学省(2003)から,
安全な授業実施に向けての教本やマニュアルが作成
され,柔道経験のない教員でも安全に授業を行える
環境が最低限整えられたと考えられる。
しかし,武道必修化となった現在,安全に配慮し
すぎることから授業時間が約10時間∼ 15時間程度
の中では,柔道の礼法や基本動作のみしか教えるこ
とができていない授業内容の学校も少なくない。そ
れでは柔道を学習したとは言い難く,これは必修化
に伴う柔道授業に対する問題点として挙げられる。
そこで,永木ら(2003)の作成した「じゅうどう
あそびによる体ほぐしの運動」に着目した。小学生
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の時期に柔道の基本的な動き(受け身,固め技など)
を体験することで,中学校での柔道授業に入りやす
くなるのではないだろうか。また,小学校で受け身
の動作を行うことによりケガの防止(尾形,2013)
につなげることも期待でき,授業を通し柔道理念を
学ぶことで体育科の社会的行動目標の達成にもつな
げることができると考えた。しかし永木らの作成し
た「じゅうどうあそび」では畳と柔道着を使用して
いるため,多くの小学校では環境を整備することが
難しいと考えられる。
そこで,本研究では,畳と柔道着を用いずに行え
る「じゅうどうあそび」の教材を開発し,授業実践
を通して教材としての妥当性を検討することを目的
とした。
2.研究方法
(1)授業実践調査対象者
栃木県内のM小学校6年1組33名(男子17名,女
子16名)
(2)実施期間
平成27年9月9日∼ 18日(計5回)
(3)内容 じゅうどうあそび(体ほぐしの運動)
(4)授業者 柔道歴12年教職経験のない院生
(5)分析方法
1)対人的感謝尺度
特に他者に対する感謝感情を測定する尺度であ
り,小学生を対象に藤原ら(2014)によって作成さ
れた。この尺度は8項目1因子で構成されている。得
点幅は8 ∼ 24である。
2)社会的スキル尺度
社会的スキルとは,「円滑な対人関係を築き,そ
れを保持する個人的能力」と定義される(永木ら,
2003)。本研究では,特に対人関係能力への影響を
探るため嶋田ら(1996)が開発した「小学生用社会
的スキル尺度」を用い,単元の前後における変化を
みることとした。この尺度は,「向社会的スキル」
「引っ込み思案行動」「攻撃行動」の3つの下位尺度
から構成されており,質問項目数は15項目,得点幅
は15 ∼ 60である。逆転項目は反転し分析する。
3)受け身の技能チェックシート
日本体育協会の提示している走動作や投動作など
の運動観察の観点を参考に,後受け身・横受け身(左
右)・前受け身の重要とされるポイント3つ(○:で
きている,×:できていない)と全体印象(A:よい,B:
まあよい,C:よくない)から,受け身技能の獲得
を確認するシート作成した。単元終了後に撮影した
映像から,柔道を専門とする3名で,上記のシート
を用いて,受け身技能の習得度を分析し,本研究で
の受け身技能の獲得の有無を調査する。
(6)単元計画(図1)
本研究では,永木ら(2003)の作成した「じゅう
どうあそびによる体ほぐしの運動」を参考にプログ
ラムを作成した。
各授業時間の構成としては,ウォ―ミングアップ,
受け身あそび,寝技あそびの3段階とした。ウォー
ミングアップでは,「受けミッキー体操」により受
け身のスモールステップを音楽に合わせ行い,柔道
特有の動きが含まれるグループリレーで,自他共栄
を感じながら授業に取り組めるよう試案した。受け
身あそびでは,後受け身−手押し相撲,横受け身−
受け身サーキット,前受け身―じゃんけんバンなど,
各受け身に対応した教材を取り入れた。寝技あそび
では,3種類のゲームにより,それぞれ直接相手と
体が触れ合ったり,相手の力を感じられたりするよ
うな教材を考案し,取り入れた。
(7)統計処理
分析は,データに欠損のなかった児童,男子16
名,女子16名,計32名(有効回答率97%)を対象と
した。対人的感謝尺度及び社会的スキル尺度につい
て,単元前,単元後で対応のあるt検定を行い,統
計の処理は,すべてパラメトリック検定を用いた。
分析には,Microsoft Excel 2010を使用し,有意性
の判定基準は5%ととし,また参考までに10%有意
傾向もみることとした。
3.結果及び考察
(1)対人的感謝尺度の検証(表1,図2)
【図1.単元計画】
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単元前後の対人的感謝感情について対応のあるt
検定を用いて学級全体・上位群・下位群を比較した。
その結果,対人的感謝尺度の得点は学級全体,下
位群において5%水準で有意な向上が認められた。
上位群においては有意な向上は認められなかった。
特に下位群での向上がみられたことから,感謝感情
の低い児童に対し「自他共栄」をテーマとしたじゅ
うどうあそびの授業が,効果的に作用したと考えら
れる。
表2は項目別対人的感謝尺度の変容を示したもの
である。対応のあるt検定を行った結果,項目5「私
はまわりの人にいつも感謝しています」において
10%の有意傾向が認められた。また,項目1「普段
の生活の中で,まわりの人に感謝することがたくさ
んあります」,項目8「今の自分がいるのは,まわ
りの人が自分によくしてくれたおかげです」におい
て1%水準で有意な向上が認められた。1,5,8項
目はいずれも,自他共栄の精神に結び付く内容だと
考えられ,じゅうどうあそびの授業は,児童の感謝
感情にプラスに働いたと云えよう。
(2)社会的スキル尺度の検証(表3,図3)
単元前後の社会的スキルについて対応のあるt検
定を用いて学級全体・上位群・下位群を比較した。
その結果,下位群において1%水準で有意な向上
が認められたが,学級全体,上位群においては有意
な向上は認められなかった。
じゅうどうあそびは,特に社会的スキルが低い傾
向にある児童に影響を及ぼすとされた永木ら(2003)
の実践結果と同様の結果となった。
学級全体,上位群での向上がみられなかった要因
として,社会的スキルとは円滑な対人関係を形成,
保持していくために必要な認知的判断や行動に関
する技能で,学習可能なものであり,日常生活にお
ける対人経験を通して学習されるものであることか
ら,5時間の体育授業の中だけでは全体を高めるま
でには至らなかったと推察される。それに加えても
ともとの値が高いため,天井効果が働いた可能性が
考えられる。
(3)受け身技能チェックシートによる検証
単元終了後,児童の受け身技の能習得度を分析す
るため受け身の動作をVTRで撮影し,受け身技能
チェックシートにより習得度の分析を行った。
図6,7は後受け身の結果である。全体印象判定
の割合(図6)では,A「よくできている」,B「で
きている」の合計が94%という結果であった。した
がって,クラスのほとんどの児童が概ね後受け身を
習得したと云えよう。ポイント項目別習得数の割合
(図7)では,できている割合が「頭をあげあごを引
いている」87%,「うで全体でマットを打つ」84%,
「マットを打つタイミングが背中がついた後である」
【表1.単元前後における対人的感謝尺度合計得点の変容】
【図2.単元前後における対人的感謝尺度合計得点の変容】
【表2.単元前後における対人的感謝尺度質問項目別の変容】
【表3.単元前後における社会的スキル合計得点の変容】
【図3.単元前後における社会的スキル合計得点の変容】
【図6.全体印象の割合(後受け身)】 【図7.ポイント項目別習得数の割合(後受け身)】
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が69%と,半数以上の児童が習得できている。5時
間という短い時間数の中で90%を超える児童が後受
け身を習得できたと考えると,じゅうどうあそびに
より,後受け身の技能習得が可能であると云える。
横受け身では,全体印象判定の割合で,「よくで
きている」「できている」の合計が75%という結果
であった。ポイント項目別習得数の割合では,「頭
をあげあごを引いている」84%,「マットを打つと
きに足が交差していないか」84%,「うで全体でマッ
トを打つ」では59%であった。全体的にみると半数
以上の児童が横受け身を習得できたと捉えることが
でき,よってじゅうどうあそびによる横受け身の技
能習得は概ね可能であると云えよう。
前受け身では,全体印象判定の割合で,「よくでき
ている」「できている」の合計が84%という結果であっ
た。したがって,クラスのほとんどの児童が前受け
身を習得できたと考えられる。ポイント項目別習得
数の割合では,「手のひらからひじでマットを打つ」
が62%,「手をちょうどよい位置にかまえている」が
75%,また「頭,おなかをマットに打っていないか」
では97%と非常に高く,全体的な形が習得できおり
安全上も身を守ることができるようになったと捉え
られる。よって,じゅうどうあそびで前受け身の技
能習得することは可能であると云える。
4.まとめ
本研究から得られた知見は以下の通りである。
1)単元後には下位群において感謝感情が有意に向
上した。
2)下位群において単元後に社会的スキルが有意に
向上した。
3)じゅうどうあそび授業評価において,単元を通
して総合評価及び各因子とも右肩上がりに向上し
ており,じゅうどうあそび・体ほぐしの運動,両
方のねらいに沿った教材で児童に対し授業が行え
たと捉えられる。
4)じゅうどうあそびの授業を通して,ほとんどの
児童が受け身技能を習得することができた。
以上のことから,本研究で行った「体ほぐしの運
動―じゅうどうあそび」の教材は,感謝感情や社会
的スキル,受け身の技能習得の観点から推察し,体
ほぐしの運動の教材としても,中学校での柔道授業
の導入教材としても妥当であると云えよう。
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平成28年 3月31日 受理