数学的規範の形成を促す算数の指導に関する研究
†
―多様な考えを比較検討する規範に焦点を当てて―
大嶋靖久
*・牧野智彦
**宇都宮大学大学院(現 宇都宮市立姿川第一小学校)
*宇都宮大学教育学部
** 概要 本稿の目的は,算数の授業における学び合いを目指して,「多様な考えを比較検討する」という数学 的規範の形成過程を実験授業より分析し,その規範の形成を促す算数の指導の視点を示すことである. 近年,学び合いをテーマにする教育研究が多い.その中で,算数の授業における学び合いは,主に多様な 考えを比較検討する活動を中心に行われている.そして,学び合いが実現している学級には,学び合うため の社会的規範が形成されていることが明らかになっている. 算数・数学に特有の規範として,社会数学的規範,数学的規範は示されているが,それらの規範の形成過 程に関わる先行研究は少ない.また,多様な考えを比較検討する態度の養成が望まれているが,規範の形成 と関わりのある態度の養成について具体的には示されていない. 本稿では,第一に,算数の授業特有の規範に着目し,先行研究を整理する.また,算数の授業における学 び合いを実現させるための規範を示す.第二に,規範形成に関わる先行研究を整理し,規範の形成過程を構 築する.第三に,規範形成を捉えるための調査を実施した結果を分析し,数学的規範の形成を促す算数の指 導に関する視点を探る. キーワード:数学的規範 規範形成 多様な考え 比較検討 1.はじめに 平成20年改訂小学校学習指導要領解説算数編で は,「日常の事象について見通しをもち,筋道を立 てて考え,表現する能力を育てる」ことについて,「授 業においては,自分の考えたことを表現したり,友 達に説明したりする学習活動を取り入れることで, お互いが学び合えるようになる」(文部科学省, 2008, p.22)とされている.これは,自分の考えを表現する 能力を育てるための活動を通して,算数を学び合う ことができるということだが,算数の授業で学び合 うためには,課題も挙げられている. 例えば,溝口達也(2010)は,「練り上げが児童の考 えた方法の発表会の場になっていないか」と述べ, 表現することや説明することを学習活動に取り入れ ればよいわけではないことを示唆している. 大谷実(2002)は,教師の日々の授業により,児童 たち自身が問題の定式化に責任を負うことが社会的 規範として構成されている様相を捉え,算数の授業 を学び合うための一つの方法として,学び合うため の規範を形成させる必要があるとしている. 算数・数学の授業特有の規範について,Yackel & Cobb(1996)が社会数学的規範を,関口靖広(2010) が数学的規範を示している.しかし,それらの規範 の形成過程に関わる先行研究は少ないとの指摘があ る(杉本潤也,2013). 一方,算数の授業における学び合いでは,多様な 考えを比較検討する活動が行われていると指摘され ている(大谷, 2002; 溝口, 2010).また,池野正晴(2010) も,「練り合い・練り上げ指導の改善」として,多 様な考えを比較検討する実践的な態度の養成を必要 としている.しかし,これらの研究は,規範形成に 宇都宮大学教育学部教育実践紀要 第1号 2015年8月1日Nobuhisa OSHIMA*, Tomohiko MAKINO**: A Study on the Teaching of Math Conducive to the Formation of Mathematical Norms -Focusing on the Norm to Compare Various Ideas- .
Keywords : Mathematical Norms, Norms Formation, Various Ideas, Comparison
* Graduate School of education, Utsunomiya University
** Faculty of Education, Utsunomiya University (連絡先:[email protected])
関わる態度の養成について言及していない. そこで,本稿は,算数の授業における学び合いを 目指して,「多様な考えを比較検討する」という数 学的規範の形成過程を分析し,数学的規範の形成を 促す算数の指導に関する視点を示すことを目的にし た.方法として,第一に,算数の授業特有の規範に 着目し,先行研究を整理する.また,算数の授業に おける学び合いを実現させるための規範を示す.第 二に,規範の形成過程を提示する.第三に,規範形 成の手がかりを得るための調査を実施した結果を分 析し,数学的規範の形成を促す算数の指導に関する 視点を探る. 2.規範と数学的規範 関口靖広(2010)は社会学の用語に従って,「きまり」 を「規範」(norms)とし,「何かを成し遂げるため に人々が利用する文化的知識ないし道具の一種」と されている. 学習科学の文献によると,例えば教室に,「理解 を求めて探求することを価値あるものとみなし,生 徒(および教師)は学ぶために失敗してもかまわな い」とする社会規範が成立していることが,生徒の 学習を促進するとしている(米国学術研究推進会議 編著,2002).教室にある規範によって学習が左右 されることが示されており,教科特有の規範がある ことも明らかになっている. 大谷 (1997)は,「近年,数学教育研究では,算数・ 数学の授業過程の社会・文化的側面に関する質的研 究が増えている」と述べ,「教師が数学的に望まし い相互作用の規範を構成するように,子どもの数学 的活動の文脈をネゴシエートしている態様が明らか にされている」研究として,Yackel & Cobb(1996) による社会数学的規範の研究を挙げている. Yackel & Cobb(1996)によれば,社会数学的規範 とは,生徒たちの数学的活動に特定化された数学的 議論に関する規範である. 関口靖広(2002)は,Cobbらの研究に依拠し,数学 的規範という用語で算数・数学特有の規範について 定義している.関口は,「数学的活動に特定化され, かつ特定の数学的課題を超えてある程度一般的に適 用されると教室の当事者たちに理解されている規 範」を「数学的規範」と呼んだ.なお,関口は,規 範とはそもそも社会的なものであるため,「社会数 学的規範」ではなく,「社会」を除いて「数学的規範」 とした. 関口(2010)は,観察研究により,複数の教室に共 通してみられた数学的規範を例示している.それは, 「多様な考え方の追求」,「効率性」,そして「妥当性」 等の多様な考えを比較検討する活動に関わる規範で あった.関口(2010)によれば,規範形成には,教師 が何を生徒に伝えているか,生徒はそれを受けてど んな行為に及んでいるかが関わっている. そこで,本稿では,数学的規範の一つとして,多 様な考えを比較検討する規範に焦点を当てて,学級 に提示された多様な考えを,児童が自主的に比較検 討していくようになるには,算数の授業で教師は一 体何をすればよいのかという研究設問を設定した. そのために,人間が規範をどのように形成している のかについてみることにする. 3.数学的規範の形成 (1)規範形成 押谷由夫(1979)によれば,規範は,個人規範,集 団規範,社会規範に分類することができる.本稿で は,関口による数学的規範の定義を参考に,規範が 学習活動に関わる当事者たちに理解されている状態 を目指して規範形成とするため,集団規範に焦点を 当てる. 押谷は,個人が調和的に融合していくとする,「調 和共感型」による規範形成を理想としている.さら に,このタイプは,自然と共感していく側面と,積 極的に取捨選択していくタイプの2種類に分けられ る.児童は,様々な学習活動で集団規範に関わるが, 集団規範に自然と共感していくには,長期的な集団 規範との接触が必要である.意図的に規範を形成さ せる場合は,児童が積極的に規範を取捨選択してい ける機会を与える必要がある. (2)数学的規範の形成に関わる要素 数学的規範の形成に関わる先行研究から,数学的 規範を形成させるためのいくつかの共通する要素が 挙げられる(林,2007;関口,2010;杉本;2013). まず,数学的議論の場を授業に設定することである. これは,Cobbら(1996)の社会数学的規範の定義 に依拠するためである.次に,教師が何らかの働き かけを行っている.そして,数学的議論の場では, 教師と児童,あるいは児童同士が関わっている.さ らに,集団が規範をきまりとして理解していること, また,そのような状況になるには継続的な指導が必
要である. (3)規範の形成を促す指導の手順 住野好久(2004)は,「学習する集団につくり出され た,共有される学習に関する価値観や規範,および それらに基づいて学習しようとする態度や行為」を 学習規律とし,学習規律の形成を促す指導について 述べている.本稿では,住野による学習規律の指導 手順を参考に,規範形成の指導の手順を作成した. 表1 規範形成の指導の手順 上述した規範形成の指導の手順の順序について は,必ずしも順番通りとは限らない.例えば,教師 が規範を導入していなくても,児童の価値ある行為 が表出する場合がある. (4)児童が数学的規範を形成する過程 個人が規範を受け入れる視点,数学教育における 規範形成に関わる要素,そして規範形成を促す指 導の手順をもとに,表2のように,児童が数学的規 範を形成する過程の枠組みを構築した.児童は,授 業においてこのような過程を継続的に繰り返すこと で,規範が習慣化していくと考えられる. 表2 児童が数学的規範を形成する過程 4.調査 算数の授業における規範形成を促す指導の視点を 得るために,多様な考えを比較検討する数学的規範 に焦点を当て,実験授業を構想し,実施した.そし て,その授業から規範の形成過程を分析し,規範形 成の手がかりとなる視点を得た. (1)調査対象と授業観察 調査対象は,栃木県の公立学校の4学年1学級(男 子14名,女子18名)である.平成26年4月から7月の 期間に授業観察(25回)と実験授業(6回)を行った.授 業観察では,児童が多様な考えを提示する場面は確 認できたが,提示された考えを比較検討する活動は ほぼ観察されていなかった. (2)実験授業の構想 多様な考えの比較検討を重視した授業を構想する にあたり,池野正晴(2010)の「練り合い・練り上げ 指導の改善」を参考にした.授業の特徴としては, 解決方法に多様性が含まれるように課題を工夫し, 自力解決は「自分の考えをもつ」時間として短めに し,多様な考えを提示させた後に,「くらべる・考 える」という場面を設定した. 表3 実験授業の概要 (3)分析の視点 規範形成の指導の手順と,児童が数学的規範を形 成する過程の枠組みをもとに,規範形成に関わる教 師と児童の行為について分析する.特に,教師によ る規範形成に関しては,「規範を導入する」行為と「規 範の価値を示す」行為,児童による規範形成に関し ては,「規範に従って行動する」行為と「規範を道 具として利用する」行為を分析の視点とした. (4)分析 ①教師による規範の導入 多様な考えを比較検討する数学的規範を導入する 方法として,次の3つの活動に取り組ませている.「問 題に対する考えが多様にあることを意識させる」, 「多様な考えを提示させる」,そして,「提示された 多様な考えを比較検討させる」
ア.考えが多様にあることを意識させる 問題に対する考えが多様にあることを意識させる ために,実験授業①で,教師は問題を提示した後に, 「やり方ってどれくらいあると思う?」と,児童に 発問している.児童Aは,「18×26をする」と発言し, 自分の考えを提示しようとしている.教師は,「や り方は何かあると思う?」と,児童Aなりの考えが あることを認めつつ,「1つ? 2つ? 3つ? 4つ?」と, 考えの多様性の話題に戻すと,ある児童から,「そ ういうこと?」と,教師の発問に対する理解を示す 発言があった. このときの児童は,自分の考えを提示することは 念頭にあるが,考えの多様性については意識してい ないと思われる.児童は,問題に対する考えが多様 に存在することを知らない場合があるので,教師が 意図的に意識させることが必要である. イ.多様な考えを提示させる 児童に多様な考えを提示させる方法は,2通りの 方法が確認されている. 実験授業①では,自力解決後の児童に考えを提示 させる場面で,児童に1つの考えに対してその意味 を説明させることはせず,「ほかの意見も聞いてみ よう」等の問いかけ,次々に児童に発言させる方法 をとっている. 実験授業②以降では,児童に自分の考えと似てい る考えをできるだけまとめて提示させる方法をとっ ている.提示のパターンとしては,まず児童に1つ の考えを提示させた後に,その考えと同じ,もしく は似ている考えを児童に提示させている.同じ,あ るいは似ている考えを確認した後,自分の考えとは 違う考えの児童がいるかを確認し,いた場合は別の 考えとして新たに提示させた. ウ.多様な考えを比較検討させる 実験授業②では,「500円で,230円のはさみと150 円のノートを一つずつ買う時のおつりの求め方を考 える.」という問題に対して,児童Bの500−(230− 150)=120と児童Cの500−230+150=120という2つ の考えが話題に挙がった.この2つの考えは,式の 発想レベルにおいて多様であり,妥当性において比 較検討する必要があった. この2つの考えは,誤りではあるが問題を1つの式 で表すという重要なアイディアを含んでいた.教 師は2つの考えの特徴を児童に考えさせた.すると, 児童Dが「ひき算を使っている」と発言した.しかし, 他にもひき算を使っている式があったため,この発 言は容認されなかった.次に,児童Eが「500と230 と150だけ使っている」と発言した.2つの式だけに 共通する特徴が明らかになってきたところで,児童 Fが「3つの数字を1つの式にまとめている」と発言 し,それらの式の特徴が明らかになっていった.さ らに,児童Gは,児童Cの式の「230+150」を,児 童Bのように括弧でまとめるとよいことを指摘し, 500−(230+150)に定式化された. ある児童は,この授業の大切なことについて,「み んなで意見を出して考えること」と振り返りカード に記入していた. ②教師による規範の価値の提示 教師は,自力解決で自分の考えを表出することが 困難な児童に対して,「みんなのアイディアをもっ てきて,(中略)求め方をみんなで見ていくからね.」 のように,多様な考えを比較検討することで問題を 解決することができるという価値を示している. ③児童が規範に従って行動する 実験授業では,ほとんどの児童は教師が示した規 範に沿って行動している様子が確認されている.そ れは,①で述べた「教師による規範の導入」に対応 する形で表れている. ④児童が規範を道具として利用する 実験授業④では,授業の文脈に沿わない発言があ る児童から表出されると,規範に従っていないとし て疑問視される声が挙がる場面があった. この授業では,「80円切手と30円切手を5枚ずつ買 う方法を考える.」という問題に対して,児童Hの(80 ×30)+30×5と,児童Eの80×5+30×5という考え が以下のように比較検討されていた. T:(児童Hさんと)児童Eさんのと比べると,ちょっ と違いがあるよね. 児童D:それ面倒くさい版. T:どっちが面倒くさいの? 児童D:今やった方. 複数児童:えっ?えっ? T:でもさ,先生がちょっといいなって思ったのは, かっこをもう使っていないことなんだけど,こうい うときかっこはどうしていいんだっけ? 複数児童:省略∼. T:省略できるんだよね. 児童D:そういうことじゃなくて・・・,向こう[(80
+30)×5を指して]と比べると面倒くさい. 児童Dの主張の意図は,(80+30)×5という考えと 比較すると,2回かけ算をする80×5+30×5の考え は面倒くさいということであった.つまり,授業の 文脈には沿っていないが,全体的に比較検討をしよ うとしていたのである. その後,児童Iは,児童Dが(80+30)×5が効率的 である理由を述べている間に割って入り,「答えが 同じなら,80×5+30×5の方がやりやすい」と,自 らが2つの考えを比較した意見を述べている. これは,児童Dの影響を受けて,児童Iも自ら多 様な考えを比較検討している態度の現れであり,少 なくとも教師と児童D,児童Iの3人は多様な考えを 比較検討する数学的規範を問題解決のための道具と して理解していると捉えることができる. 5.規範形成を促す視点 (1)多様な考えを比較検討する活動の場を設定する 授業において規範を意図的に形成させる場合は, 教師が学級に規範を導入することが位置付けられて いる(表1,①).児童によっては,自分の考えに固 執し,問題に対する考えの多様性に気づかなかった り,考えの多様性に混乱したりする場合がある. 多様な考えを比較検討する活動は,「考える」活 動であるので,児童は苦痛を感じることがあるかも しれない.与えられた問題を,教師が示した通りに 解いていく授業の方が楽と感じる児童もいるかもし れない.しかし,それでは児童の主体性は養われな いだろう. 教師は,多様な考えを比較検討していく道筋を組 み入れたり,「くらべる・考える」のような場を意 図的に設定したりすることが,規範形成には必要で ある. (2)児童が自分の考えを提示したり,提示された 考えを比較検討したりするときの心構えを示す 児童の発想は様々な可能性を秘めているが,未熟 な場合が多い.だからこそ,提示された考えを学級 で比較検討しながら補強・補完し,考えを定式化し たり,洗練したりしていくことで,多くの児童が問 題を解決することができる. しかし,このような活動では,自分が提示した考 えが修正されたり,ときには非難されたりすること もあり,児童の情緒的なバランスを崩すことがある かもしれない.教師は,学級で多様な考えを比較検 討するコーディネイターとして,児童が自分の考え を提示したり,提示された考えを比較検討したりす る際の心構えを示す必要がある. 実験授業②では,発想を生かしていくという目的 で,誤りを含む2つの考えを教師が話題にする場面 があった.教師は,「自分の考えを出したときに, 間違いがあったとするじゃん.そういうときって, みんなどういう気持ち?」と児童に語りかけた.児 童らは,「恥ずかしい」や「泣いちゃう人もいる?」 と発言するが,教師は,自信がなくても自分の考え を提示することは,正解につながる機会をつくり, みんなで解決していけるよさがあることを伝えた. 規範の形成過程では,教師が示した規範に従って 児童が実行していくという活動があるが,児童がで きるだけ前向きに活動していけるように,授業に合 わせて教師が心構えを示していくことが望ましい. (3)多様な考えを比較検討する教師と児童の相互 作用のパターンを繰り返す 児童は,多様な考えを比較検討する活動において, 教師との相互作用のパターンを繰り返し経験するこ とで,多様な考えを比較検討するパターンを身に付 けていくことができる. 実験授業②から⑤では,ある児童が提示した考え に対して,教師は同じ考えの児童がいるかを確認し, 続いて似ている考え,異なる考えを児童に提示させ ていく相互作用のパターンが観察されている.この ようなパターンを経験する中で,教師の「何か気づ いたことありますか?」のような問いかけに対して も,「AとBの考えの似ているところは…」のように, 児童が自ら比較検討する姿が見られるようになる. (4)協働的に比較検討することで考えを補完し, 定式化していく活動へ参加させる 教師が規範を示し,その規範に従って行動すると いう規範の形成過程は,教師側と児童側の両方の規 範形成の視点に共通する過程である.実験授業にお いては,教師による規範の示し方は間接的な方法が とられることが多かった.間接的な方法とは,多様 な考え方を比較検討するという活動に児童を参加さ せるという意味である. 実験授業②では,誤りを含む2つの考えをもとに, その特徴を捉え,考えを補完し,定式化していく活 動に複数の児童が関わっていた.教師と複数の児童 によって多様な考えを比較検討しながら協働的に補
完し,定式化していったのである.このような活動 に参加していたのは,直接考えを提示した数名の児 童はもちろんだが,学級の児童全員が見聞きをする という形で参加していたのである. ある児童が,「みんなで意見を出して考えること」 を授業の大切なこととして振り返りカードにと記入し ていた.このような活動に参加することが大切だと 感じている児童は,多様な考えを比較検討する数学 的規範に価値を見出していると捉えることができる. (5)児童の価値ある学習行為を見つけ出す 児童は,実験授業を通して,多様な考えを比較検 討する活動に継続的に参加した.比較検討していく 活動における教師と児童のやりとりは,ほとんどが 教師からの発問か,教師の意図的な指名に対して児 童が発言するという相互作用であった. 実験授業④では,授業の文脈に沿わない発言が話 題になる場面があった.しかし,その発言は児童自 ら比較検討していこうという行為の現れであるとか 考えられる.このような行為が現れたことは,問題 解決のために多様な考えを比較検討することを道具 として利用していることから,多様な考えを比較検 討する数学的規範が形成されつつあることを意味し ていた. しかし,そのような児童の価値ある学習行為を教 師がすべて見つけ出し,評価し,その価値を示すこ とは困難である.その理由として,教師が設定した ねらいに沿って授業を進行していること,時間的な 制限があること,価値ある児童の行為を学級に広げ ることが内容的に難しい場合があること等が挙げら れる. 規範形成を促す指導を試みることに限らないこと かもしれないが,教師は児童の素朴な考えを学級に 表出できるように工夫していく必要がある. 6.おわりに 調査結果を分析し,考察することで,規範形成を 促す視点を得ることができた.活動の場を設定する こと,心構えを示すこと,価値ある学習行為を見つ け出すことの視点は,主に教師のはたらきによるも のであり,相互作用のパターンを繰り返すこと,協 働的解決への参加をさせることの視点は,主に教師 と児童の関わりによるものであった. 今後の課題としては,児童の規範の形成過程を中・ 長期的に調べることが挙げられる。特に,数学的規 範が学級でどのように受容されていくのか,その過 程の特徴を解明する必要がある。それとあわせて, 規範の形成過程を促す教師の役割,働きかけについ て調査する必要がある。 7.主要参考・引用文献 米 国 学 術 研 究 推 進 会 議 編 著(2002). 授 業 を 変 え る ― 認 知 心 理 学 の さ ら な る 挑 戦. 北 大 路 書 房.pp.147-149. 林尚之(2007).学級集団に社会数学的規範が形成さ れていく過程に関する研究‐多様な考えを生かす 授業を事例として‐.日本数学教育学会第40回数 学教育論文発表会論文集,pp.547-552. 池野正晴(2010).豊かな発想に基づく多様な考え方 の生かし方・まとめ方,古藤怜/池野正晴 新潟 算数教育研究会著,豊かな発想をはぐくむ新し い 算 数 学 習‐Do Mathの 指 導‐. 東 洋 館 出 版. pp.10-19. 文部科学省(2008).小学校学習指導要領解説算数編. 東洋館出版. 溝口達也(2010).指導方法,数学教育研究会編,新 訂算数教育の理論と実際.聖文新社.pp.172-197. 押谷由夫(1979).子どもの規範形成過程に関する一 考察−個人的規範の拡張パターンを中心に−.高 松短期大学研究紀要,pp.11-20. 大谷実(1997).授業における数学的実践の社会的構 成‐算数・数学科の授業を事例に‐,平山満義 編著,質的研究法による授業研究.北大路書房. pp.270-285. 大谷実(2002).学校数学の一斉授業における数学的 活動の社会的構成.風間書房. 澤田利夫ほか27名(2011).小学算数4上.教育出版. 関口靖広(2010).数学の教授・学習における数学的 規範の日豪比較,清水美憲編著,授業を科学する ‐数学の授業への新しいアプローチ‐.学文社. pp.67-89. 杉本潤也(2013).小学校第1学年算数科における教 室内規範の形成についての研究−P. Cobb の社 会数学的規範をてがかりにして−.日本数学教 育学会誌 第九十五巻 数学教育学論究 臨時増刊. pp.201-208. 住野好久(2004).学習規律,日本教育方法学会編, 現代教育方法事典.図書文化社,p.345.
n o r m s , A r g u m e n t a t i o n a n d A u t o n o m y i n M a t h e m a t i c s . J o u r n a l f o r R e s e a r c h i n Mathematical Education,27(4),pp.458-477.