287 できるように,うまくできるように
1.は じ め に
SNSでは「普段は気にしない何らかの変化に気付い た」,「同じ事実に対する自分と異なる感性を知った」,「自 分の誤解に気が付いた」のような,ある時点での自己認 識からの相違を潜在的に求めて利用されることも多い. この欲求は,誰もがもつ知的好奇心の表れであり,自身 の内的変容,すなわち成長するための契機となり得る. この発動は,既存の内的状態に対する新規入力との間で, 明示的または暗黙的な対比による差の発見の影響を受け る.差には概念的な大小はあれど,正負の方向性は議論 し難いものである.また,その大小は既存の内的状態の 固定化の程度に依存するため,外化しにくい性質をもつ. このような差の発見(=トリガ)を,身体の技に関す る成長の開始点として見る際には,まず発動させる身体 そのものの特徴記述をしておかねばならない.例えば, 身体的な成長では,好む好まざるの嗜好や意思によらず, 加齢とともに一定の大局的な変化が表れるものであり, その様態によって技の発動方法も変わると考えられる. 加齢に伴い一般に緩やかに変化する身長や体重といった 身体的変化は「ピーク」を過ぎれば縮小方向になり,こ の影響から前述の知的好奇心とは少し趣を異にする. 身体スキルの学習において,知的好奇心に相当する内 的欲求を学習者が感じることは,成長過程で多かれ少な かれ経験することといえる.例えば,縄跳びの前とび(一 重とび)ができた子供に,あやとびを見せたときや二重 とびを見せたとき,子供は夢中で新しいとび方に取り掛 かろうとする.新しいとび方が成功した際には,それを 長く続けようとする.このような「身体知的好奇心」と もいうべき内的欲求は,意識下になくとも,人間誰もが もつ身体技能(=スキル)の成長に寄与する概念の一つ であろう.それは,子供だけでなく,成人でも同様と考 えられる.例えば,[後藤田 10] にはナワトビスキル開 発支援において,成人を含む訓練コミュニティメンバ間 での映像記事の推薦を通じた技の広がりが報告されてい る. 本稿「私の学習研究」は,この「身体知的好奇心」を システム技術の側面から触発する方法論を検討しなが ら,技能習得の本質が何かを考え,その支援手法を設計・ 開発することである.本稿執筆時点では,対象を反復運 動に絞って幾つかの具体的なスキル習得支援を行ってい るため,以降はそれらについて,視座は高くしたいが, 主観的に概説したい.2.制 御 の 対 象
反復運動系スキルの本質は「摂動」であろう.目標 運動軌道が,大局的な周期運動と波形波形波形して所与 となった際に,局所的に見れば,微細なズレが常に生じ ている.このズレを認識し,安定周期軌道の運動に戻す ための即時調整が反復運動スキルの要件となろう [松浦 15].ここで,我々の研究課題は,ランニング(フォー ムや心拍の安定化,運動継続化の支援など)のような道 具を要しない運動と,ナワトビやフラフープのように道 具を要する運動に大別できる.これを制御という観点か ら論じたい. 環境が変化しない運動では,身体の制御のみに焦点を 当てることができる.室内でのトレッドミル利用のよう に,外部環境条件が固定化できれば,典型的なクローズ ドスキルであるが,フィールド走においてもコースを固 定するなどで,同様に捉えることは可能である [Gotoda 11].このような対象の随意運動段階では身体の時系列 変化を認知すべくフィードバックを与えることで,身体 制御能力を高めるという考え方をもつ.この種の学習支 援システムの研究では,身体制御技能を獲得させるため のシステム制御手法を設計することになる.なお,開始 から終了までの運動時間が比較的短い分離運動に比し て,反復運動の場合は,運動時間が長いことから,学習 時にも習得後のパフォーマンス時にも随意性を強めるこ とは可能と考える. 一方,ナワトビやフラフープでは,道具との接点にお いて,道具制御のための局所的身体制御と,その道具の 動きに応じた全身運動制御という二つの側面を同時に捉できるように,うまくできるように
Study on Learning Support: To Be Able, and to Be Able to Do Well
松浦 健二
徳島大学情報センターKenji Matsuura Center for Administration of Information Technology, Tokushima University. [email protected]
Keywords:
learning support, skill development, technology enhanced learning, informal learning. 「学習科学と学習工学のフロンティア─私の“学習”研究─(前編)」288 人 工 知 能 30 巻 3 号(2015 年 5 月) える必要がある.スキル学習としては,これら二つの側 面を,認知スキルと運動スキルの両面同時に捉える.し たがって,支援システムとしては,どこの部分に焦点を 当てるのかといった選択戦略や,同時に支援するといっ た総合戦略を考える.学習支援システム研究としては, 道具制御を内包する身体制御手法を個人ごとに学ばせる ためのシステム制御を行うことになる.システムが適切 に機能するには,道具の状態観測と身体運動計測,それ らの分析,学習支援機能の発動といったメタ制御サイク ルを設計するべきであろう.
3.スキル習得目標の考え方
一方的に情報を与えるテキスト教材と違い,支援シス テムの目指す方向性は,入力(=モニタリング),シス テム内部処理・分析・戦略選択,出力(=フィードバッ ク)といった単純構造で捉えると,入力系機能が必須で ある.これは例えば,[曽我 08] における“①外界の認識, ②認識の結果に対する最適な行動の選択,そして,③行 動,のサイクル”とのモデル説明にも合致する.システ ムが人間に働きかける段階では,フィードバックとして さまざまな工夫を凝らすことになるが,それは前段の入 力内容・精度に依存する.また,システムが与えるもの は主に外在的であり,KR(Knowledge of Result:結果 の知識)や KP(Knowledge of Performance:パフォー マンスの知識)に分類される [シュミット 94]. そこで,身体技能のモニタリングは,主に外部の可観 測な対象に対して行われることも多く,パフォーマンス 結果は,客観的な評価指標となる.一方で,スキル学習 支援研究としては,表層的に現れない潜在的な変容であ ることから,システムの有用性評価は,このような表層 的なパフォーマンス結果に依存する間接的アプローチが 多くなる.例えば,具体的な達成目標を数値化し,その 達成具合によって,システムの評価だけでなく,スキル の獲得と呼ぶ立場である.スキルは,明示的な運動目標 が与えられ,その達成具合によって図られるとすれば, 自然なアプローチともいえる.“できるように”の研究は, 外在する目標達成に主眼を置いたアプローチである. 一方で,パフォーマンス結果ではなく,人間内部の経 時的変化具合を認知できるようになる,あるいは結果に 結びつく運動中のフォームの認識や達成目標の調整や多 面的捉え方の習得といった,内在的能力や変容に応じる 調整能力を重視してスキル学習の対象とするアプローチ もあろう.前述したパフォーマンス結果ではなく,その 目標達成までのプロセスの改善をスキル習得の目標とす る立場である.外在するパフォーマンス結果に直接寄与 しないこともあるが,むしろ行動変容に基づくスキル学 習という側面からは,本質的である.“うまくできるよ うに”の研究は,到達するスキルレベルを,スキル発動 者の内部に置くアプローチである.4.お わ り に
スキル学習支援は,属人性の強い対象に対する研究分 野である.エキスパートを分析対象とする研究では,こ の傾向が一層強まるが,著者は,初学者から中堅層を対 象としている.この段階では,内的な運動プログラムが まだ内部構成されておらず,運動プログラム自体を外的 にシステムが助長する方法論を展開する.知的好奇心は 生涯もち続けるように,身体知的好奇心ももち続けるこ とは可能である.ただ,その体現時には,過去に構成さ れた内部モデルからの差分を,正負いずれの方向にも適 度に補正できるようにする必要がある.このため,内外 に現れる変容に対して,うまく自らの四肢や体幹をア ジャストできるような身体制御の方法が重要であり,そ れを支援する具体的なシステム技術の設計・開発論とし て継続的に研究したいものである.◇ 参 考 文 献 ◇
[後藤田 10] 後藤田中,松浦健二,鍋島豊晶,金西計英,矢野米雄: SNS上でのナワトビスキルの学習者を対象とする個別記事閲覧 とその全体像俯瞰の支援,日本教育工学会論文誌,Vol. 34, No. 3, pp. 269-277(2010) [松浦 15] 松浦健二,濱上佳祐,山田慶太:等位置での反復運動ス キル学習支援システムーフラフープスキルを対象として,信学 論,Vol. J98-D, No. 1, pp. 61-70(2015)[Gotoda 11] Gotoda, N., Matsuura, K., Otsuka, S., Tanaka, T. and Yano, Y.: Remote coaching system for runner’s form with wearable wireless sensor, Int. J. Mobile Learning and
Organisation, Vol. 5, No. 3/4, pp. 282-298(2011)
[曽我 08] 曽我真人,松田憲幸,瀧 寛和:デッサン描画領域に依 存したアドバイスを提示するデッサン学習支援環境,人工知能 学会論文誌,Vol. 23, No. 3, pp. 96-104(2008) [シュミット 94] リチャード・A・シュミット 著,調枝 孝治 訳:運 動学習とパフォーマンス 理論から実践へ,大修館書店(1994) 2015年 2 月 11 日 受理