批判的思考力育成に向けた
イメージ的歴史解釈活動の活性化に関する検討
Imaginative-thought-based Interpretation Activities on History Towards
Cultivating Critical Thinking Skills
衣川 文貴 林 佑樹 瀬田 和久
Fumitaka KINUGAWA, Yuki HAYASHI, Kazuhisa SETA
大阪府立大学 現代システム科学域
College of Sustainable System Sciences, Osaka Prefecture University
Abstract: In history learning, it is desirable for learners to develop the ability to give a critical
interpretation of historical events by considering the background context such as people values, social structure and norms during the target era. However, many learners tend to interpret historical events from a single perspective without being aware of the importance of performing rich historical thinking activities. In this paper, we consider the development of a framework dedicated to enhance such learners’ awareness of critical thinking in history, by providing them opportunities to reconsider their interpretations of historical events from contextual and temporal perspectives.
1 はじめに
O’Reilly によると,批判的思考とは「所与の仮説 や一般化あるいはそれらを含んだ解釈・議論」,「結 論を示し,それを根拠に基づいて論理的に基礎づけ る言論」と定義されている[1].批判的思考力は学習 や学問を行う基礎となる能力であり,このスキルを を養うために様々な教育方法が提案されている. 批判的思考力を「どのような科目で」「どのよう に」育むのかという観点から教育方法を捉えた場合, 批判的思考を教えることを目的とした科目を用い て批判的思考の一般原則を教える「普遍アプロー チ」,既存の科目の中で思考の一般原則を示してい く「インフュージョンアプローチ」,批判的思考の 一般原則は明示せず,既存科目の中で批判的思考を 誘発していく「イマージョンアプローチ」の 3 つの アプローチに分類される[2].本研究では,批判的思 考の発揮が求められている歴史的考察[3]を題材と して,インフュージョンアプローチの立場から,学 習者の学習対象に即した批判的思考を活性化させ る「問い」を適応的に提示する仕組みを検討する. 歴史学習で有意味な批判的思考活動を達成する ためには,歴史事象に対する因果関係を捉え,歴史 解釈を論理的に意味づけていく思考活動が重要で ある[4].一方,学校教育の場などにおいては,教師 が提示した歴史的解釈を唯一の解であると捉えて しまい,個々の歴史事象のみに着目した暗記的な学 習に陥りやすいことが指摘されている[5].また,歴 史事象に関する場面設定,時代的背景,因果関係, 事件・ステークホルダ(関与者)のディテールなど を総合する「イメージ形成」を伴わず,学習者の生 活世界に根ざした諸認識である「日常知」と切り離 された抽象的言語で歴史学習を行った場合,歴史理 解が表面的なものに陥りやすいことが指摘されて いる[6].したがって,提示された解釈を無批判的に 鵜呑みにするのではなく,因果関係に基づいた歴史 事象のイメージ形成を伴う学習活動をデザインす る必要がある. 本研究では,批判的思考力の育成に向けたイメー ジ的歴史解釈活動の活性化支援環境の構築を目的 としている.本稿では,歴史事象が発生した当時の 価値観やステークホルダの心情といった各説の構 成要素を相対化して捉えやすくすることにより,歴 史事象に対するイメージ形成を促進し,批判的思考 への意識の活性化を促すイメージ的歴史解釈活動 支援システムを検討する.2 イメージ的歴史解釈活動
2.1 批判的な歴史的思考力
人工知能学会研究会資料 SIG-ALST-B802-07 - 38 -本研究では,「歴史解釈」は史料から得た史実を 元に,そこでの出来事間に成り立つと考えられる, 合理的関係性を説明するものであり,「説」は解釈 と史実によって構成された歴史事象の一連の流れ であると捉える. 図 1(右)に尾原が提案している批判的な歴史思 考力モデル[1]を示す.ある歴史事象を学習者が客観 的・批判的に考えるためには,その事象において唱 えられている説がどのような史実・解釈で形成され ているのか,その事象を成す本質的な因果関係を考 える「事実的思考」,それらの史実・解釈を構成す る要素を批判的に吟味し,一つの説では説明のつか ない史実が存在することに気づく「反省的思考」, それらの史実・解釈を構成する関与者の心情や思惑, 価値観,社会構造に気づき,説を深掘りして考える 「価値分析的思考」を経て,説の矛盾点や別の説へ の着想を得,複数の解釈の比較・検討から新たな解 釈を形成していく「理論的思考」へと遷移するとい う 4 レベルから構成される思考変遷を示している. 歴史的思考力を育成するための学習活動では,史 実間の個々の要素の因果関係を体系化することに より,歴史的事象全体を把握し,さらに当時の社会 全体との関わりや,歴史の流れ全体との関わりを位 置付ける学びは「部分体系化」型と呼ばれる[7].ま た「部分体系化」型の歴史思考に加えて,史料や解 釈を批判的に吟味する思考活動が,歴史事象に関す る科学的な知識の獲得にも寄与することが知られ ている[7]. 本研究では,この尾原の歴史思考力モデルをベー スに,各レベルにおける歴史事象のイメージ形成を 伴う学習活動(図 1)を検討する.
2.2 歴史的イメージ形成
宮崎は歴史的イメージ形成には以下の 3 つの段 階があることを指摘している[6]. (1) 実在する対象を可能な限り忠実に再現せんとす る写真などの映像イメージに比定される段階 (2) 不必要な細部を切り落とし,必要な部分が誇張 されたデッサンのイメージに比定される段階 (3) 個々の事象よりも,全体像を作り上げるために 事象相互間の関係が重視され高度な抽象化がな される段階 この中でも,(2)と(3)の段階が歴史学習に有効で あることが指摘されており,事項を精選して内容を 平易にすることによる(2)の支援や,イメージ的思考 と概念を用いた論理的思考を行う(3)を支援するこ とが重要となる.表 1 は尾原[1]から引用し著者らが 改編したものであり,(イ)はこれらのイメージ的 思考を促す問いの例を示している.3 イメージ的歴史解釈活動支援
システムの検討
本章では,学習者のイメージ的歴史解釈活動の学 習プロセス支援に向けて検討を進めている学習支 援システムを説明する.3.1 エリアでの学習活動
図 2 に本研究が想定するシステムのインタフェ ースイメージを掲載する.この例で学習対象として いる歴史命題は「黒死病期のユダヤ人迫害の原因は 図 1:イメージ的思考を加えた 批判的な歴史思考力モデル 表 1:システムが提示する「問い」の例 尾原(92)から引用し著者らが改編 提示する「問い」 (イ)イメージ的思考の促進 (ロ)思考遷移の促進 (ハ)批判的思考の促進 事実的思考 ① 歴史的事象が起こった当時の情景 はどうだろうか ② 歴史的事象は,どのような史実・解釈 によって構成されているのだろうか ③ 歴史的事象が起こった結果,何が 起こったのだろうか 反省的思考 ④ ②の史実・解釈の因果関係はどうだ ろうか ⑤ ②の史実・解釈はどのような行為主 体・根拠から成立しているのだろうか ⑥ ④の根拠の信憑性は確かだろうか 価値分析的思考 ⑦ ⑤の行為主体の心情・思惑はどうだ ったのだろうか ⑧ ⑦の心情・思惑はどのような社会構 造・価値観で説明できるだろうか ⑨ 史料の中で,書き手が自明と考え ていること,書き手が隠しておき たいことは,それぞれ何だろうか 理論的思考 ⑩ 歴史的事象の一連の流れを,その背 景まで意識しながら,想像できるだ ろうか ⑪ 矛盾するような史実・史料はないだろ うか ⑫ 複数の説から,どのような新しい 説を形成できるだろうか - 39 -何か?」[8]を想定しており,これがシステム上部に 表示されている.本システムでは,2 章で述べた批 判的な歴史思考力への学びの確度を高める学習活 動として,以下(i), (ii), (iii)の支援機能を有する 3 つ のエリアから構成されている. (i) 各解釈の比較・検討 (ii) 根拠に立脚した解釈の論理的構築 (iii) 学習者の歴史像形成の促進 (i), (ii)は図 1 の「理論的思考」,「反省的思考」を 促すための支援機能である.(iii)は,歴史的イメー ジ形成のための 2.2 節(2), (3)の段階を支援するため の機能である. (a) 説構成エリア:歴史事象を構成する説の史実・ 解釈を形成するエリアである.学習者は後述の説構 成部品エリアから説を構成する史実・解釈ブロック を選択・配置することにより,現在着目している説 を成す論理的因果関係をコンセプトマップ形式で 表現する活動を行う.本エリアでは,(i)の支援機能 として説 毎に形成されるコンセプトマップの比 較・検討を促すために,複数の解釈を並列に表示さ せることを考えている. (b) 説深堀りエリア:説を支持する構成部品を考察 するエリアである.学習者は(a)または(c)のエリア に配置されている任意の説構成部品を選択し,(b) のエリアで吟味する活動に取り組む.「根拠スロッ ト」に説構成部品の根拠となる史料を,「関与者ス ロット」には関係するステークホルダを設定し,説 構成部品に関わる関与者の心情・思惑,時代的背景 や価値観・社会構造を読み解く活動を行う.図 2 の 例では,(b)エリア左部で史実「ユダヤ人が井戸に毒 物を流した噂」が設定されており,(b)エリア右部で この史実に関連するものとして設定された根拠史 料「帝国年代記」を考察している状況を表している. また(b)エリア下部では,学習者に促す「問い」が表 1 に沿って表示される. (c)説構成部品エリア:問い,史実,解釈,関与者, 史料ブロックを格納しているエリアである.学習者 はこのエリアからブロックを選択し,(a),(b)各エ リアへと配置することを想定している. 学習者は,表 1 の問いに従って説に対する理解を 深めていく.具体的には,学習者は初め,歴史命題 の定説に関するブロックが与えられ,(b)下部に表示 される 1.の問いに答えていく.回答は,(c)の「問い」 タブに表示される①から⑪の問いブロックをクリ 図 2:想定するシステムインタフェース - 40 -
ックし,表示されるテキストウィンドウに自然言語 で記入することを想定している.